【SNS世論/1月16日】原子力規制の「権力監視」に期待 頼りないオールドメディア
◆「原子力規制で孤立、独善化しないか?」事前懸念が的中
東京電力福島第1原発事故の後、原子力規制行政は刷新された。独立性と権限の強い規制委員会、実施組織の規制庁が設置され、厳格な規制を行った。その結果、原発の安全性は高まった。しかし審査の長期化に伴い再稼働が遅れ、電力料金の値上がりなどマイナス面の影響もある。
そして国の原子力・エネルギーを左右する重要な決断を、一行政機関にすぎない規制委が繰り返し行っている。例えば、規制委は16年に厳しい審査を行い運営者の日本原子力研究開発機構発機構が事業者として不適切とした。それを一因にして高速増殖炉「もんじゅ」は廃止となった。また24年には日本原電敦賀2号機の原子炉の下に活断層がある疑いが「否定できない」と判断を下した。この原子炉の運用が続けられるか難しい状況になっている。
こうした規制委の判断や活動の妥当性をチェックする機関がない。さらに国会は野党勢力が、原子力の活用に反対し、与党側が規制制度をなかなか直せず放置している。
12年に原子力規制の新体制が発足するとき懸念があった。この規制制度では、米国を参考に、規制当局の独立性と権限を強めた。しかし米国では民間と行政が裁判で対抗したり、議論をした上で合意をしたりして、物事を進める慣習がある。米国の企業の姿と違い、日本では企業が行政に反抗しない。そのために行政権力が暴走し、またコミュニケーションが足りなくなる可能性があるとの予想だった。「独立ではなく、『孤立』や『独善』になってしまうのではないか」と、述べた原子力安全の研究者がいた。その通りの状況になり、行政権力がチェックされないままになっている。
その上に、メディアの問題もある。原子力規制政策の妥当性を是々非々のスタンスで検証する大手新聞・メディアの報道はなかなかない。福島原発事故以来、一部の左派系オールドメディアは反原発の意見に凝り固まっている。そうした報道姿勢が、規制当局への批判や検証の舌鋒を鈍らせているのだろう。
◆ネット世論の関心が、行政の正常化を生む期待
最近は、バイアス(偏向)が強く、取材の甘いオールドメディアより、SNSが問題を提起し、世論を動かすことがある。今話題の外国人問題は、オールドメディアは動かないのに、SNSが主導して問題が社会に広がった一例だろう。しかし残念ながら原子力規制問題ではSNSの関心は少ないように思える。
オールドメディアが左に傾きすぎた反動からか、日本ではSNSでは、保守派が強い印象がある。米国では左右拮抗、欧州ではリベラルが強い感じだ。そのために日本のSNSでは、原子力について、経済安全保障の観点から原子力の活用、そして再稼働については支持する声が多い。
ただし、そこから一方進んだ議論、例えば原子力規制政策の状況には関心が薄い。ネットの世論は関心が移り変わりやすい。また原子力規制は複雑で専門的な面がある。そのためにSNSには向かないようだ。
原子力の規制の厳格化はプラスの面がある一方で、マイナス面も顕在化している。原子力の活用が停滞し、技術の進化がない。原子炉の稼働が遅れ、国民負担が増えている。かつて世界最先端を走っていた日本の原子力産業が、中露に追い抜かれて勢いを失った。この一因は、原子力規制政策への対応に事業者もメーカーも追われてしまったことが一因だろう。
もちろん原子力をめぐる具体的な運用、また正確な情報の発信は、原子力事業の当事者である電力会社や、研究者、メーカーなどの実務家の仕事だ。原子力関係者に、そうした活動が足りない面はある。しかしこれまで述べたように、政治、メディアが原子力規制行政の監視をしない、できない状況だ。
ネット世論、SNS世論が原子力規制への関心を示してくれれば、適切な原子力規制作りの世論の支援が生まれ、その正常化への動きが生まれるかもしれない。エネルギー業界の片隅にいる筆者は、持ち場でその努力をしたい。そしてこの問題に関心を持ってくれる人を増やし、SNSを起点に意見と議論が広がることを期待したい。
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