【SNS世論/4月7日】力を失った空想的安保論 エネルギーの熟議につながるか

2026年4月7日

「日本はダメだ」「日本人はダメだ」。こんな意見を、オールドメディアや、一部の政治勢力から、筆者は数十年の人生でさんざん聞いた。そして、こうした意見に違和感を持ってきた。

筆者は、オールドメディアにいじめられがちなエネルギー業界でさまざまな会社、立場、業界の人と働いてきた。仕事の現場で感じることは「日本の現場には、真面目で優秀な人が多い」という感銘だ。日本経済の力が衰えたという自信の喪失が社会に広がっている。確かにそうした面はある。しかし現場を見ると、その日本人労働者の質の高さは、まだかろうじて維持できているように思える。そんな人たち(もちろん他の国籍の人も含めて)の作る日本社会を筆者は信頼している。

そしてメディアや政治の場で流れる情報と、健全な日本の多数の意見や現実とかけ離れていることが多いといつも思う。特に安全保障の問題は、私が物心のついた約50年前から違和感を感じてきた。それが、この1年でようやく普通の日本人の話す世界と一致し、「正常化」しつつあるように見える。空想的安全保障論が相手にされなくなっているのだ。

昨年10月の高市早苗首相の就任、さらに2月の選挙で日本型リベラル勢力が大敗した。(私の寄稿「【SNS世論】日本型リベラルの崩壊とエネルギー政策への影響」 で解説した。)高市首相のPRポイントは、安倍晋三氏の継承を強調し、安全保障問題に強いと言うことだ。それが国民に評価され、高支持率を得ている理由の一つだ。

3月にワシントンで行われた日米首脳会談では、エネルギー問題が話し合われた。(首相官邸ウェブサイトより)

高市首相と政府は防衛力の整備に動いている。そして高市首相は憲法の改正への希望も述べた。日本の安全保障をめぐる議論は、非武装中立を定めた憲法九条の取り扱いが、1947年の日本国憲法の公布以来、ずっと論点になってきた。それが変わる可能性もある。

現実、そしてSNSが状況を動かす

一方で、空想的な安全保障を語る人は変わらない。選挙前に「戦争怖い」「#ママ戦争止めてくるわ」といった、現実離れしたコメントを大量に流していた。一般の人が呆れているのに、それに気づかない。選挙が終わった後も流し続けている。しかも観察すると、その反響がそれほど大きなうねりになっていない。

一部の政治勢力がかたくなに姿勢を変えないのは、検索システム、そしてSNSのサービスの多くにつくアルゴリズム(類推機能)の影響があるかもしれない。同種の情報しか表示されず、批判の声はエコーチェンバー(音の跳ね返る部屋、転じて同じ政治志向の人が集まると異論が聞こえなくなる現象)の中に閉じ込められていく。空想的安全保障論が国民全体の空気に影響を与える力は、もうほとんど残っていないのだろう。

これまでの空想的な安全保障論が顧みられなくなってしまったのは、なぜだろうか。おそらく誰もが、以下の2つの理由を思いつくだろう。

第一の理由は国際情勢の緊迫がある。2023年からのロシアのウクライナ侵攻、今年2026年の米軍のベネズエラとイランへの武力行使、そして現時点で北朝鮮の核開発とミサイルの威嚇、中国の軍事力増大と台湾侵略の危険が起きている。国民はもう「平和はタダでは手に入らない」ことを肌感覚で理解し、具体策、現実的な対応を求めている。

第二の理由は、情報流通の主導権がSNSに移ったことだ。今はSNSやネットを通じて、「誰でもメディアの時代」。そうした空想的安全保障論を流す人、支援するかのように報道するオールドメディアを、「おかしい」という批判が強まった。

ただし日本の人々の大半は賢明だ。イランと米国・イスラエルが武力衝突について、米国に加担しろとの強硬な意見はあるものの、そんなに広がっていない。政府も、中東への艦艇派遣には踏み切らなかった。

エネルギーと安全保障の議論は直結

エネルギーと安全保障の議論は、直結する。日本はかつて第二次世界大戦で米国など連合軍と戦争に踏み切った理由の一つは米国などによるエネルギーの遮断だった。軍事や経済とエネルギーは直結する。

ただし日本の人々の賢明さ、そして空想的安全保障論の衰退が、健全なエネルギー政策の議論に結びついていないように思える。

日本のエネルギーの政策、そして産業の目標は、2026年3月時点では、供給の確保、消費者に提供する価格の抑制であろう。具体的な論点として、原子力発電所の再稼働、中東地域からの海上交通線の安全確保が必要だ。また数年の中期で考えるべきことはエネルギーシステム改革の見直し、12兆円以上とされるエネルギー補助金の検証と見直しだ。これらの一連の問題には、政府の動きの鈍さ、また失策がある。は、SNSではおかしさを指摘する声は出ているが、強いものになっていない。

エネルギー業界は、今は問題提起のチャンスだと思う。国民が関心を持つ安全保障論に絡めて、エネルギーの産業、政策の問題点を自分たちの立場、置かれた状況を丁寧に説明する。そうすれば、賢明な日本国民は議論、そして新しいエネルギー業界との協力に動くかもしれない。人々の支援がビジネスに必要不可欠であることは、2011年の東電の福島原発事故以降の混迷で、業界に関わる人は誰もが感じたはずだ。

逆に今、政治の方が、やらないところがあるものの、積極的に動いている面もある。3月に行われた日米首脳会談で経済協力が合意された。エネルギーを中心にしたもので、米国産の原油の調達拡大、南鳥島にあるレアアースでの共同開発、小型原子炉SMRの共同開発などを合意した。高市早苗首相は、エネルギー問題について、原子力発電に詳しいなど、やる気は見える。自民党の小林孝之政調会長・元内閣府特命担当大臣(経済安全保障)も、エネルギーをめぐる国民的議論を起こしたいと主張している。

せっかく政治が、エネルギーを取り上げるのだから、エネルギー業界自らが、堂々と「日本のために」を掲げて、前向きの提案をし、議論を盛り上げてはどうだろうか。

ただし上記のアイデアを電力関係者に言ったら、「エネルギー業界、特に電力は業界の気質がおとなしい。好機を活かして社会にエネルギー問題の議論を沸き起こす。そうすれば良いというのは、その通りだと思うが、自粛と自制が重なり、結局、動けないだろう」と感想を言われた。今回のこの好機もエネルギー関係者の方が、活かせないかもしれない。