【コラム】ドイツの地域電力会社にみる顧客離れの構造と日本への示唆

2026年8月14日

矢島正之/電力中央研究所名誉シニアアドバイザー

国際的コンサルティングファームである Simon‑Kucher & Partnersのエネルギー調査(2026年3月3日発表)によると、ドイツの地域電力会社(地方自治体の所有するシュタットヴェルケや広域地域に展開する電力会社)への顧客ロイヤルティの低下が顕著に表れている。本コラムでは、同調査の内容に基づき顧客ロイヤルティの低下の実態と背景について掘り下げるとともに、わが国にとっての含意を明らかにする。

同調査によると、ドイツでは現在、電力会社の変更を望む顧客の意向が過去最高水準に達しており、顧客の3人に1人(33%)が変更を検討している。契約期間が2年未満の顧客では変更の意向はさらに高く50%に達する。地域電力会社への顧客ロイヤルティは低下し、その顧客は3年前の56%から2025年には40%に減少した。もはや、伝統だけではロイヤルティは保証されず、地域密着型企業だからといって顧客離れを防げるわけではない。また、現在では価格比較ポータルを通じた電力契約が一般化しており、顧客はまずポータル上で電力会社を選択する。そのため、顧客との関係は電力会社が直接築くのではなく、ポータルを介して始まる。エネルギー調査でも、新規顧客の大半(70%)が価格比較ポータルなどの外部チャネル経由で獲得されていることが示されている。

電力市場で崩壊しつつある顧客ロイヤルティに代わって、顧客獲得の決定的な要素となっているのが料金である。顧客にとって、現在のあまりにも高い料金が電力会社変更の主要な理由となっている。また、エネルギー調査では、大多数の顧客(75%)は、5~15%の値上げにも鋭く反応しているとのことであり、それは電力会社間の料金格差にも敏感であることを示している。さらに注意を要するのは、価格比較ポータルを通じた電力契約は持続可能ではないことである。価格比較ポータルの顧客のうち、最初の契約期間終了後に電力会社を乗り換える意向のある顧客は少なくとも60%に上る。また、長期契約顧客の割合は2024年の54%から2025年の47%にまで減少している。価格比較ポータルの利便性を学習した顧客は、電力会社の変更を頻繁に行う傾向がある。

ドイツでは、ある家庭用需要家が属する地域の電力ネットワークで、最も多くの需要家に供給する事業者(Grundversorger)が、標準料金(Grundtarif)を提供することを義務付けられている。標準料金は、多くの場合、地域電力会社によって提供されているが、顧客対応コストの高さから、競争事業者(Grundversorger以外の供給事業者)の料金よりも高く維持されており、この数年その差は大きく拡大している。ネットワーク規制庁(BNetzA)によると、ウクライナ危機で2022~2023年にかけて急上昇した家庭用電気料金は2023年のピークから下落し、2025年までに標準料金は6%低下したものの、競争事業者の料金はその倍以上の13%も低下している。2025年時点では、標準料金44.93ユーロセント/kWhに対し競争事業者の料金は38.20ユーロセント/kWhとその差は大きい。

また、電気料金は2023年のピークから下落しているとは言っても、その水準は依然として高い。10年前と比べると、2025年における標準料金は49%、競争事業者の料金は37%ほど高くなっている。電気料金のレベルが高いままで、標準料金と競争事業者の料金の差が拡大していることが、現在における電力会社変更を促進している。このため、地域電力会社は脱落しそうな需要家に対して、競争事業者の提供する料金に近い自由料金(2025年現在39.51ユーロセント/kWh)を提供して引き留めを図ろうとしているが、その料金は競争事業者の料金を下回っていない。その結果、地域電力会社の顧客離れは、今後も続くだろう。

日本でも、地域に根差す電力会社である旧一般電気事業者(旧一電)において、顧客離れが進展する可能性は否定できない。とりわけ注目すべきは、旧一電がGXやDXの基盤整備を担うことで生じる巨額のコスト負担が、標準料金や自由料金、新電力の料金差を超えて、旧一電に構造的な不利をもたらす非対称性を生み出すだろうという点である。

日本では、2050年のカーボンニュートラル達成を掲げ、GXを加速させている。とりわけ電力分野では、原子力発電の再稼働・新設、再生可能エネルギーの導入拡大と送配電網の強化、水素やアンモニアなどの合成燃料を活用した火力発電の商用化、さらにCCS(CO₂回収・貯留)を組み合わせた石炭・ガス火力発電の実用化など、多岐にわたる取り組みが求められている。加えて、DXも進展している。AI技術の急速な普及やデータセンター建設に伴う電力需要の増大に対応するため、発電設備や送配電網の増強が必要となるが、こうした取り組みの過程では膨大なコストが発生する。

旧一電はGXやDXの主要な担い手であり、これらに伴うコスト増は電気料金に反映せざるをえない。しかし、そのことは競争状況に影響を及ぼし、旧一電を不利な立場におく可能性がある(送配電網の増強は競争中立であるとしても)。旧一電の競争力が低下すれば、GXやDXのための原資も生み出せないというジレンマに陥ることにならないだろうか。