【論考】世界を襲う「複合石油危機」の実相 迫られる日本のエネ政策転換〈下〉※期間限定無料公開
石油政策の根本的修正を迫られる日本
米国が対イラン海上・経済封鎖による「経済的相互破壊」に傾く中で、親イラン勢力は軍事攻勢を強めて米軍の展開・継戦能力を試している。ホルムズ海峡付近でイランによる対タンカー攻撃は再び激化し、紅海南部地域でフーシ派による攻勢が続く。一方、ロシア・ウクライナ双方のエネルギー施設への攻撃は終息が見通せない。トランプ米政権は2月末の無謀な対イラン開戦で世界を「複合石油危機」へと導いたが、今度はそれをさらに高進させる軽油輸出禁止策を、目先の自国優先策として公言する。この不合理な禁輸策が浮上した一因は、欧州・西側が支持するウクライナの対ロシア反撃による軽油供給の一層の逼迫と価格高騰であり、ウクライナがロシア産の輸出を阻害するほどに、米国の輸出停止の危険性が高まる。
米国が迷走し、西側全体の協調も乱れる今日であればこそ、日本は未曾有の世界的石油供給逼迫の進行を直視し、これに対して冷静に、戦略的・合理的な対応を取る必要がある。供給逼迫に際しては、価格の上昇を梃子として、需要抑制および供給増大を促しつつ、価格上昇の負担が過大に低所得者層に掛からぬよう、所得再分配を図るのを基本的な構えとせねばならない。また国家備蓄の取り崩しで市場外からの供給補填を組み合わせつつ、それが「複合石油危機」の進行で底をつく事態に備え、政府による、より直接的な需給調整・統制策を用意しておく必要がある。
しかし目下のところ、日本の姿勢はこれと大きく離れている。22年の燃料油価格補助金導入以来、日本は国内燃料油価格を人為的に低水準で固定し、本来であれば強く促されるべき省・脱石油に向けた国民の主体的努力を妨げてきた。日本の国内燃料油価格は国際価格との連動性を失って「仮想現実」と化している。
その最も根本的な問題は、補助金を用いた国内価格操作が、「原油高」対策からの逃避であることだ。日本にとって「原油高」とは、原油輸入代の高騰を意味する。したがってその対策も、原油輸入代の抑制を図ることにある。しかし巨額の補助金によって国内価格を低水準で固定すれば、それは省・脱石油への誘因を削いで需要を支え、同時に国家財政を圧迫して円安を助長し、合わせて日本の原油輸入代を押し上げる効果を生む。これは即ち「原油高促進」策だ。今の日本が原油高対策と称しているものは、原油高を放置したままの、国費を用いた「石油の国内大安売り」だ。
日本の原油輸入価格はドル建の国際価格とドル・円為替レートの積で決まる。22年1月を基点として見るとき、22年第4四半期以降、日本の原油輸入価格の上昇の過半は円安に起因している。特に24年11月から今年2月までの間は、原油高のほぼ100%が円安によるものだった。今年3月から8月の間も、60%が円安要因だ(図2参照)。

日本にとって「原油高」は、その過半が円安問題だ。図2が示す通り、今年4~8月の原油輸入価格の上昇幅は1ℓ当たり50円を超え、22年2月から今年3月までの平均値から倍増以上となっている。よしんば原油輸入量の確保に成功しても、現行水準の国内価格を維持すれば、補助金投入額が急速に膨らんで財政を圧迫し、円安をさらに助長して原油輸入代に上方圧力を加える危険性が高い。燃料油補助金の予算累積額は、9月初めの追加措置も含め、既に9.6兆円に達している。この巨額の国費が、石油の代替・供給確保ではなく消費支援に用いられ、それが残したものは一層の財政逼迫と石油燃焼後のCO2だけという状況を省みなければならない。
また燃料油価格高騰の負担減も、まずは円安で利得を受ける層から、円安による物価高に苦しむ層への所得移転として実現を図るのが、あるべき筋道だ。このような国民間の共助の仲介が、本来の政治の任務であるはずだ。それを、その場しのぎの一律の価格操作で済ませようとするので、国民の中から共助の気運も起こらず、また高価格を梃子とした主体的対応への意欲も萎縮する。
「政治家が石油価格を決める」異常事態が5年近くも続くうちに、国内燃料油価格に対する方向感覚を、日本社会は失ってしまったといえよう。なぜガソリン価格が170円なのか、なぜそれが妥当なのか、誰も説明できない。国内価格の変動は、それに合わせて国民が主体的に行動を変え、世界の需給動向に全体として適合していくための、共通の拠り所だ。日本はこれを自ら否定し、あたかも政府が廉価の石油供給を保証できるかのように振る舞っている。しかし原油高からの逃避という大方針が根本的に誤っている以上、これは必ず行き詰まる。実際の輸入価格上昇と国内価格との乖離は、いずれ解消を迫られる。
価格の正常化、所得移転を柱とする国内的経済支援、政府による石油緊急事体制への準備、これらによる軌道修正を急ぐ必要がある。現在の惰性のまま進めば、供給ひっ迫を「目詰まり」と言い換えて政府が一件ごとの対応に没頭する間に、民間も政府も本来為すべき用意もないまま、供給危機の顕在化を迎える危険が大きい。
危機であればこそ、冷静に、合理的に、力を合わせて対処する他ない。今がその時なのだ。
国際石油アナリスト 小山正篤
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