【SNS世論】原子力規制側に問題はなかったのか?浜岡巡る不適切事案を別の視点で考える
規制に問題はなかったか?
確かに中部電力の一連の行為は問題だ。しかし原子力規制の実態を巡る情報を付け加え、社会常識から考えてみたい。すると規制当局の審査に非合理性という問題があり、それと現実の衝突の中で、問題が生じたように思える。
中部電力が当局に出した基準地震動の1200ガルとは、重力よりも負荷が大きく、上下に加わったら地上にあるもの全てがすべて空中に放り投げられるような凄まじいエネルギー量の振動という。浜岡は近未来に起きる可能性がある東南海地震の影響を受ける地域だが、実際にここまでの振動がこの地区にある可能性は少ないようだ。
これは非現実的な目標だが、2012年当時の「規制を厳しくしろ」という世論に押された当局の圧力で設定されたようだ。それゆえに、それより少なくても大丈夫という慢心が、中部電力のデータの扱いにつながったらしい。
また原子力規制は一時期の混乱は収まったものの、地質や地震動などの地震関係の審査で問題が続く。地震は完全に予想ができず、危険性に恣意的に判断を加えられるためだ。その審査では明確な基準を当局が出すのではなく、事業者側が安全性を説明し、当局が納得しなければ、許可が出ない。今回問題になった、データ取り扱いをめぐる厳密なルールの設定もなかった。
実務とプラントをよく知るのは事業者だ。一方で当局側の権限は強く、官僚的な責任逃れと福島事故のトラウマのためか、安全性を過度に追求する意見を出し、なかなか審査が進まない傾向があるという。地震動、地質をめぐる問題ではそれが著しい。
そして規制委員会、規制庁の判断が正しいのか、検証する仕組みが、今の制度ではない。日本原電敦賀2号機では、原子炉の下に活断層があることを否定できないとして、2024年11月に原子力規制委員会から不許可処分(事実上の不合格)が決定され、原電はその決定を不服として再審査の準備をしている。
その規制の仕組みが、今回の不祥事に繋がっていた面があるように、報告書からうかがえた。中部電側は1200ガルの高い目標を本心から承服せず、出す数値の選定基準が曖昧であることを突いて問題行為を続けた。「中部電力が悪い」ことは確かだが、合理性を欠き、事業者が納得できない規制にも問題がある。そこを是正しない中で、中部電力だけを責めても、規制は適切な方向に改善しない。本来必要だったのは、中部電力側が規制側と徹底的に議論することだ。
常識が通じるSNSへの期待
原子力発電所の安全性を巡る技術的な検証は専門家の間で深めていくべきだろう。しかし日本の規制当局は学会や専門家との関係も深くなく、孤立しているとの批判がある。行政機関として独立性が強い形になったが、それゆえに他の専門家との交流がなくなっているのだ。
こうした状況にある原子力の規制政策について、一般社会からの批判と検証が必要だ。工学や地質学の専門的な問題を一般人は触ることは難しい。その面だけではなく原子力規制に、社会常識としておかしい面がある。一般社会で批判されるところの、非合理的なお役所仕事があり、ハラスメント的な行為が行われている懸念がある。
また原子力の長期停止は日本国民の損になる。100万kWクラスの原子炉を稼働されれば、年間1000億円超の天然ガス燃料が節約できるとされる。原子力発電が使えないことによるコストを、日本国民は電力料金の形で支払い、国力が低下しているのだ。現在の日本には商業用原子炉は約33基ある。しかし新規制基準下で再稼働した数は15基だ。審査のスピードがあまりにも遅い。 残念ながら、オールドメディアは反原発に今でも凝り固まっている。政治家も原子力規制の見直しに積極的ではない。少数になったが反原発を唱える一部の人を気にするためだろう。原子力規制を巡る一般の人の関心がSNSで高まり、おかしなところを議論するようになってほしいと思う。SNSの手軽さ、そして一般の常識が反映される長所は、この面で効果を出すはずだ。
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