トリチウム水放出への懸念 問われるコミュニケーション能力

2021年1月11日

タンク内の汚染水はALPSで放射性物質を除去する

朝日新聞や毎日新聞のような反原発を是とするメディアでさえも、トリチウム水については「風評被害」への懸念を記事にしている。風評を懸念するということは、トリチウム水による健康リスクがないということの裏返しである。

「風評」とは、読んで字のごとくうわさのことだ。うわさなら、科学的な説明をしっかりとすれば、打ち消すことが可能だ。一視聴者としてテレビを見ていて、「これならトリチウム水を海へ流しても大丈夫だ」との印象を強く抱いたのは、世界中の原子力施設から、トリチウム水が海や大気に放出されている事実を描写した世界地図だ(図参照)。

世界中の原子力施設がトリチウム水を放出しているのであれば、誰だって「日本が海へ放出しても批判されることはない」と考えるだろう。原発敷地内にある化学分析棟に入り、透明なトリチウム水を見て、放射線量まで測った福島民友新聞の記者が次のような記事を書いていた。

「(トリチウム水は韓国やフランスなどでも基準を守った上で海へ放出されているという)説明が現場実態に合っていると感じられたのは、こうして目の前で見たからだ……」。

現実に国民の多くがALPSを見られるわけではないが、この記者が体験した安心感は国民にも伝わるはずだ。

世界の事実をビジュアルで 関係者は心配を見せずに

そういう事実を考えると、トリチウム水については地元の漁業者たちが風評被害を懸念している点を除けば、世界で起きている事実をビジュアルで伝えていくことが必要だ。風評が起きるのではないかという心の不安が現実に風評被害を生み出してしまうメカニズムを考えると、漁業者自身が「風評が心配だ」という顔をあまりテレビで見せない方が戦略的には得策だということも強調したい。

一方、トリチウム等汚染水は、トリチウム水に比べると少々やっかいになる。そもそも、トリチウム以外に除去すべき放射性物質がタンク内に大量にたまっている事実を知らない国民が多いからだ。

記者経験のある学者でさえも、知らなかったことに驚きを感じた。水島宏明・上智大学教授(元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター)は「トリチウム以外は問題ないだろうと認識していたところへ、実は『トリチウム以外にも基準を超える放射性物質が62種類もあった』というテレビ報道(2020年3月8日のサンデーモーニング)を知って、驚いた」とヤフーニュース(20年3月9日)に書いている。

長い間、食品企業の不祥事問題を取材してきて感じるのは、「まさか、そんなこととは知らなかった」という予想外の驚きと信頼感の喪失が企業への不信感を生み出すという構図だ。

毎日新聞の記者が注目したのも、トリチウム等汚染水の方だった。

福島第一原発のALPSを訪れて書いた毎日新聞のルポ記事(20年9月20日)で、記者はトリチウムのリスクについては「線量計を当てると毎時0・26マイクロシーベルトの目盛りを指した。その場所の大気中の線量と変わらないのを確かめた」と短く書き、残る記事の後半は、放出基準を満たしていない未処理水(トリチウム等汚染水)のことを詳しく報じた。

この記事では「タンク内には、放射性物質の炭素14が想定よりも多く含まれていることが明らかになった」と書いている。炭素14は62種類の放射性物質とは別の物質だ。記者たちが関心を示すのは、トリチウムではなく、想定していなかった物質が新たに発見されることだ。炭素14は想定外なのでニュース価値が高くなるのだ。

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