「再エネ100%地域」の実現へ 脱炭素時代を見据えた新港工業団地

2022年3月4日

一方では、温室効果ガスを分離して炭酸ガスとして貯蔵しつつ、これを利用して温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという時代になる。つまり、天然ガスも水素と一度分離した炭素を組み合わせた合成メタンに代替される方向のようだ。そのための実験などが国内外ですでに実施中と聞く。

しかし、これらの実現には、いずれもゾッとするくらい難しい技術の開発と高コストを覚悟しなければならず、たとえ覚悟したとして、量的にはなかなか実現が難しいのではないか。また水素の製造に関しては、風力発電の変動隙間の電力を活用したものや原子力を活用した方法もあるが、いずれも高い製造コストという問題を抱えている。

また海洋国日本としては、大規模風車による洋上風力の拡大が期待されるが、現在のテスト開発レベルでは実現はなお遠くの状況にあり、2050年までには今から30年弱しかないこと、1973年の石油危機からおよそ50年も経過してもなお今日の技術レベルであることなどを考えれば、ここでも大きなため息が聞こえそうだ。

石狩湾新港工業団地の周辺に立地する風力発電

施策高度化と省エネ徹底 脱炭素化への現実的な施策

では、現実的にどうしたらよいか。無論これが正解などとは言いにくいが、私は、「新しい技術を追い求めつつも、併せて、30年の『低炭素化時代』の施策の高度化を進めること、これが現実性のある効果的な施策ではないか」と考えている。

つまり供給側においては、再エネの活用を進め、一方の需要側においては、既存の技術にいま一度最大限の英知を結集して、省エネルギーをはじめとするエネルギーの効率的利用を徹底的に推し進めることによってエネルギー使用量をさらに縮小させることが、結果として、相当程度の低炭素化を実現することにつながるのではないか、と私は考えている。

かつてわが国は1970年代に経験した石油危機の最中で、善良な企業と国民はエネルギーの節約と効率的な使用を自らの責務として実践し、その結果、一時的であったにせよ、日本のエネルギー輸入量は激減した事実がある。そういう意味では、温室効果ガス問題も、企業と国民一人ひとりが先の石油危機の際に感じた恐怖ともいえる心境にならない限り、解決の方向には進みにくいのではないかと思う。私は、決して、2050年の「脱炭素化時代」の目標自体を否定するものではないが、現実的な回答は、「さらなる省エネルギーの徹底」という、一丁目一番地の原点に極めて近いところにあるのではないかと考えている。

LNG基地に隣接する北海道電力の石狩湾新港発電所

出発点は8年前のISEC 国の調査事業を受託

こうした流れの中で、これから紹介する本稿の主題「石狩市の取り組み」は、地方自治体としての実力の限界を見極めつつ実現可能な低炭素化施策を推し進めようとしている石狩市の熱意にあふれたものである。この熱意と実践の延長線上に「再エネ100%地域としての石狩市」があることについて申し述べたいと思う。

そのために、まずは石狩市の「再エネ100%地域」へ至る思いについて説明しよう。今から約8年前、13年9月、石狩市庁舎の一室で、当時の田岡克介・石狩市長の主催で、ISEC研究会(石狩スマートエネルギーコミュニティ構想:略称アイセック)の発足を兼ねた会合が開催された。今にして想えば、石狩市が今日目指そうとしている「再エネ100%地域」の出発点はこの会合にあったといってよい。

その数カ月前、総務省はエネルギー問題主管の経済産業省との連携のもと、「分散型エネルギーインフラプロジェクト(導入可能性調査事業)」と題する委託調査事業の募集を実施したが、これは「地方自治体におけるエネルギーの有効利用事業の促進」を主題とした事業性検討調査であった。総務省としても画期的な募集事業であっただけに、当時の総務大臣はじめ関係官僚による地方自治体への説明も丁寧を極めて実施された。

石狩市も北海道庁からの説明を受けるとともに、直接、学識経験者の方々からもご協力をいただき、石狩市は「石狩湾新港工業団地」をフィールドにした「分散型エネルギーインフラ事業に関する調査研究」という名称で応募し、その結果、国からの委託業務として全国31件とともに受託することができた。

先ほど述べたISECの第1回の会合は、そのための準備委員会であった。委員会は石狩市の主管の下、北海道大学教授に委員長をお願いし、北海道庁はじめ関係する行政機関、電力・ガス・石油などのエネルギー業界、建設専門家、設計事務所など、事業設計に関わる関係者が一堂に結集した。たまたま筆者も石狩市経済特命顧問として、その会合に出席していた。 委託調査の概要や結果については、次号「後編」で紹介する。

くさの・しげろう 1967年慶応大学卒、東京ガス入社。2002年東京ガス副社長、08年北海道ガス会長などを経て、12年から現職。

1 2