【コラム】「国立劇場再整備を惑わすPFI手法を考える~構造改革時代の残影」

2026年10月30日

飯倉 穣/エコノミスト

1、国立劇場再整備~PFIの迷走

今日の経済社会の姿は、不要な構造改革に明け暮れた過去40年の残影である。この国の伝統芸能を享受し、次世代に継承する国立劇場の再整備が、Private Finance Initiative(PFI)手法固執の行政で手間取っている。2014年(平成26年)に「国立劇場等大規模改修基本計画」の策定後、19年「国立劇場再整備事業」に変更となる。整備計画の要素として民間収益施設の導入を目論見、PFI事業スキーム(民間資金等の活用による公共施設の整備)を要求した。

その後PFIの枠組みで22年4月国立劇場再整備等事業の入札を実施、同年11月入札不調となる。続く23年2月の再入札も、同年8月入札不落となった。

このため「国立劇場再整備に関する有識者検討会」で条件等の再検討となる。そして計画改定後(25年9月)、「国立劇場再整備等事業の実施に関する方針」(同年12月)に基づき、3回目の国立劇場再整備等事業入札(26年3月告示)を実施中である。

この間、報道もあった。「閉場中の国立劇場、2033年度に再開場の方針 文化庁が発表」(2度入札不調後)(朝日デジタル25年9月24日)。「建て替え不調の国立劇場、3度目の入札公告 ホテル設置は任意、再開場は最長で10年後」(産経デジタル26年3月31)。「国立劇場 3度目入札始まる」(朝日26年4月1日)

改修・再整備検討から12年経過で再再度挑戦である。よほど難しい施設か、それとも政治家・国民ニーズが低い施設なのか。担当官庁の対応の弱さもちらつき、一方内閣府のPFI手法執着も感じられる。

国立劇場の再整備で、抑々収益施設を当てにした開発が妥当だろうか。社会資本整備に関するPFI手法の特性と限界を考慮した対応が必要ではないか。構造改革時代に考案されたPFI手法と内閣府行政を考える。

2、最近の責任者の考え~3回目に期待

伊藤学司・文化庁長官の日本記者クラブ会見があった(「文化芸術と経済の好循環に向けて」26年9月25日)。国立劇場の再整備に関する質疑があった。長官の回答は概ね以下の通りだった。「入札の取組で反省すべき点があった。不調の要因は3つ。第一にカネの問題。第二に受注者側の人手確保問題。第三にランニングコストを賄う予定だった収益施設(ホテル)の妥当性である。入札不調後の業者ヒアリングで、ホテル事業はギャンブル的という見方が判明した。このため入札条件を変更した。

3回目の入札は、①ホテルの条件を外し自由提案とする。②工期を2033年絶対でなく、状況を鑑み猶予期間を設ける。③カネの問題で、金額の目安(見積もり)に関する要望があったので、その金額(工事本体1550億円、その他200億円)を提示した。

PFI方式が問題という意見もあるが、3回目は失敗しないと考えている。つまりPFIでどの範囲を見るか明確にし、必要なら国責任で一定の金額を手当していく。様々な考えを聞いて対処していく」と話した。(会見趣旨を筆者要約)

考え方に違和感を覚えた。抑も、政府が、施設構想の過程で民間の知恵を活用し、国立劇場を計画的に再整備する手法をなぜ採用しなかったか疑問が残った。適当な官民の人材活用・組織創設・予算措置で建設可能である。また建設費抑制もコスト+フィーの考えで見積もれば、一般的な競争入札が合理的である。あえて民間に施設構想をゆだねるPFI方式でなくてよい。国有地の上で民間の収益施設をあてにした複合施設とする必然性がみえない。そして利用者に迷惑をかけない閉場の時期、完成時期も明確にできる。

3、なぜPFI方式にこだわるのか

社会資本の基本は、公共財として、国民生活の質向上にある。長期間機能を発揮できるように効率性の尺度だけで無く、一定の裕度をもち整備することが期待される。故に公共が整備・運営主体に相応しいと考えられてきた。毎年の整備・運営予算は、その時の経済財政状況に依存する。

PFIは、公共部門が、国民・住民に公共サービスを提供する一方式である。近時の流れは、英国が嚆矢である。経済停滞と公的部門の非効率に直面したサッチャー政権は、経済の効率化と行財政改革の一環として民営化に加えPFI手法を導入した。財政の節約が目的である。

わが国のPFIは、1990年代後半の経済混乱の時期に登場した。橋本改革(97年)の財政再建に絡んで、公共事業縮減政策が登場する。かつ世情は、公共投資をめぐる不要プロジェクト、コスト高、無駄、天下り等が話題となっていた。

そこに財政抑制回避を企図した英国物まねの民間活用PFIが登場した。そして関連業界の熱意で99年PFI法が成立する。建前は、民でできることは民でという発想である。関係業界は、バブル崩壊後過剰設備に悩み、新規分野を開拓できず、仕事を官に求めていた。財政の合理化というより仕事作りの意味合いが強かった。

PFIの効果は、第1に、建前は民のコスト意識期待と事業の一体運営を通じたコスト削減・財政負担の縮減である。第2に民間に公共施設等の整備を委ねる。つまり財政資金を効率的に利用する。第3に本音として民間の事業機会を作る。その延長新産業を創出し、経済構造改革を推進期待だった。(「完全網羅 日本版PFI―基礎からプロジェクト実現まで」西野文雄監修01年4月等参照)

要するに日本版PFIは、バブル崩壊経済危機で、困っていた民間企業に事業機会を賦与することだった。故にPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)は、内閣府が、民間にPPP/PFIの推進に資する提案を求める制度を組み込んでいる。問題もある。民間企業が、国に仕事を求めたら、一時凌ぎとなっても、企業活力の低下を招く懸念がある。企業の経営とは、目的は利益、手段は経営資源の有効活用(創意工夫努力)、理念は自己否定で、自立自営が基本である。今日となれば、万年不況前提のPFI法の枠組みの変更が必要である。

4、PFI手法の有効性と限界~TPOの見極めが鍵

本来PFI事業は、従来型事業(公的サービス)と比較して、サービス内容同一、サービス期間一定で、国民負担(財政負担)を軽減することが眼目である。この意味でPFIの導入は、国、地方公共団体の公共投資の在り方と担当役人の執務態度に一石を投じた。一般的に、国、地方公共団体の財政コスト削減のインセンティブは、公共団体の首長・議会・地域の利害関係が絡み、限定的で、創意工夫の努力も低下気味である。

勿論予算執行で、入札等によるコスト削減は一定程度可能であろうが、限界もある。この意味でPFI方式は、民間の採算面の利潤動機を梃子に、収入拡大・コスト削減で創意工夫を期待できる。公共事業・サービス遂行の在り方として選択肢を拡大する意味もある。故にPFIの使い方は、TPO(時・場所・場合)次第である。

とりわけ事業手法の選択(公共直轄かPFIか)で、VFM(Value for money:財政支出の価値を高める)の概念で、コスト比較出来れば、節約程度を超えて、財政負担の削減に寄与する可能性をもつ。本来両手法の比較を突き詰めていけば、VFMは収斂していくであろう。ただその調査・評価に手間暇と費用を要する。公共の勉強に民間が付き合うとして、その勉強コスト(公的負担)をどう考えるか。TPO次第である。

これまでのPFIの実績(2025年度累計)は、1999年制度創設以降1,219件(国129,地方1,029他)、10兆4730億円である。案件的には、文化社会教育(学校、文化・社会教育施設)、医療・福祉(病院診療所、児童福祉施設)、環境衛生(斎場、廃棄物処理施設)生、経済地域振興(MICE、観光・地域振興施設)、インフラ(上下水道、工業用水、道路、港湾施設)、行政(庁舎・宿舎)等である。

この実績の多寡の評価は区々だが、内閣府民間資金等活用事業推進室の物言いの努力でもあり、官民連携による民間提案制度も寄与している。ただ仕事作りは結構だが、肝心の財政の削減効果は、どの程度に達しているか不明である。VFM比較検証が無ければ抑も把握困難である。ここに事業選択の不透明さに加え、何のためにPFIを行っているかという問題が存する。 

現時点で見れば、日本的PFIで、民間から、PFIの提案を受ける制度は、妥当だろうか。民間は、自らの商売を自らの創意工夫で創造することが基本である。税金頼りの仕事の分配を求めていては、経済の活性化にならない。この意味で内閣府は、PFI制度の存続と組織存続のために一所懸命頑張っているようにも見える。

5、国立劇場の再整備の姿とは

国立劇場の基本構想は、現在地に、大劇場、小劇場、演芸場、研修・普及施設、管理施設(計51,400㎡)を再整備することである(国立劇場再整備基本計画 20年3月)。PFI推進筋は、加えて再整備で民間施設(ホテル・事務所等の収益施設)を作り、国立劇場の運営管理費を未来永劫賄えることを目論んだ。皇居前という国有地に、公共空間の利用として国立劇場の再整備は頷けるとして、収益狙い且つ流行り廃りのある複合施設にする妥当性を抑々議論すべきである。この複合施設の姿は、日本人特有の雑居主義や空き地開発によくある不完全美を思い起させる。

PFI推進の役人の仕事づくりが、後世に禍根を残さないか心配である。国の制度と組織は。創設後20年もたてば自己目的化し、どうでもよい仕事を作る傾向となる。机上の財政負担比較計算も存在しない状態で、少しの財政節約を金科玉条として、この国の社会資本の姿を歪めることになる。

今回のPFI選択とその後の迷走は、政府全体として、公共サービスの顧客である国民、そしてその担い手である伝統芸能関係者の意志を全く蔑ろにしている。閉場から十数年も空白期間を作ることは、本来計画的であるべき社会資本整備の姿として異常である。文部省文化庁の意志薄弱も、内閣府の伝統芸能の将来の姿を考えずPFIにとらわれる体質も気に懸かる。そして文化的でない政治家の姿も考えてしまう。

国立劇場は、文部省文化庁が、人を得て、国立劇場の基本構想を、官民の有識者を結集して、PFI事業によらず、本来通常の公共施設整備としてすすめるべき話と考える。

6、構造改革時代の後遺症から脱却が必要

日本経済の健全化のためには、構造改革時代の制度改変をひとつずつ見直し日本の風土・現状に沿った形に改めていくことが必要である。事例を挙げれば枚挙に暇がない。郵政民営化、電力システム改革、過度な競争政策(規制緩和)、行政改革(官邸機能強化・経済財政諮問会議の在り方)、国立大・国立研究所の独法化、長期計画の廃止、人商売奨励・雇用流動化、投資金融偏重経営等等である。PFI事業も同様である。公共事業・サービスに適用するには、まず担当部署でTPOとVFM比較を踏まえるべきである。故に行政的には、内閣府等の制度見直しも必要である。