【気候危機の真相 Vol.10】伊藤公紀/横浜国立大学名誉教授
発行から10年以上経つ「不都合な真実」は、今なお温暖化関連で最も有名な書籍といえよう。だが、同書でのアル・ゴア氏の主張には不正確な記述が多く、反証にも目を向ける必要がある。
アル・ゴア元米国副大統領の手による本書は2006年の発行で、帯には故・筑紫哲也氏をはじめ、今見てもそうそうたる顔ぶれによる推薦文が記されている。筆者は、本書の内容について幾つかの論評(例えば渡辺正氏との共著「地球温暖化論のウソとワナ」第4章)を書いたが、改めて本書を読むと、もし現在このままの内容を信じている人が多いなら困ったことだ、と感じざるを得ない。
そもそも前書きから、「ハリケーン・カトリーナのような強烈な暴風雨が大西洋、太平洋でももっと増えるだろう」「海面が6mも上がる恐れがある」とあり、恐怖心をあおる。本文には「アフリカのチャド湖はわずか40年で姿をほぼ消した」とか、「永久凍土が溶けてシベリアの建物が崩れている」とかの証拠としてきれいな写真が載せられている。装丁などを見ても良くできた本には違いない。
しかし内容には問題点が多過ぎる。図に見るように、気候変動の要因は自然と人為、また規模も局所的から地球的まであり、その結果や対策も多岐にわたる。しかしゴア氏はAのように、何でもかんでもCO2の人為的放出のせいにしている。

出典:「パリティ」2012年1月号
英国で下された判決 「教材とするには注意必要」
英国では、中学校の教材として本書の内容に基づく映画を使う際、教師はいくつもの注意をすべきだ、という裁判の判決が07年に出たが、日本ではあまり知られていない。担当のバートン判事が07年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次報告書に基づいて書いた注意点を具体的に挙げよう。
①氷河の後退が人為的温暖化の証拠とされているが、例えばキリマンジャロ山の氷河が後退する原因は複雑である、②過去65万年のCO2濃度と気温の関係について、CO2が気温変化の原因と読者が誤解しそうだが、実際には気温変化が数百年先行している、③海水温が上がってハリケーンが強大化し、カトリーナは甚大な被害を与えたとあるが、個別の現象を気候変動に帰することはできない、④チャド湖の消失の原因については共通の理解はない、⑤ハリケーン、洪水、旱ばつ、山火事のような極端な気象やそれによる被害が気候変動のせいだという証拠は不十分である、⑥北極の氷が40年で40%減少し、シロクマが溺死したとあるが、シロクマについては元の研究が明確でない、⑦海洋コンベアベルトが不安定化し、急変してヨーロッパが氷期に戻るのではとあるが、科学者の大多数の意見では、氷期が差し迫っているというのは憶測にすぎない、⑧温暖化はサンゴ礁に影響するだろうが、乱獲や汚染の影響と区別するのは難しい、⑨南極の氷が急速に崩壊しており、海面が6mも上がる可能性があるとの記述に関連して、実際に海面がそんなに上がるにしても数千年はかかるし、「ニュージーランドに避難する太平洋の島嶼国」のような事実はない―。