行き詰っていた原子力規制委員会による志賀原子力発電所の敷地内断層調査で、新たな展開があった。北陸電力が新たに採用した「鉱物脈法」を規制委が評価し、審査が前に進む可能性が高まっている。
努力に対して敬意を表する―原子力規制委員会が開いた7月10日の審査会合で、石渡明委員は褒め言葉を発した。電力会社に注文を付けることは何度もあったが、その日は珍しく高い評価を下した。審査対象は北陸電力の志賀原子力発電所。敷地内地層にある亀裂が活断層か否かを巡って双方の議論は平行線をたどり続けていたが、北陸電が評価手法を変更して新たなデータを示したことに高い評価を与えたのだ。

志賀原発の審査が始まって6年。北陸電が評価方法を切り替えたことで、亀裂の評価基準がようやく定まったといえる。このまま審査は順調に進むだろうか。
上載地層法を断念 鉱物脈法に転換で進展
同社はこれまで、敷地内地層の亀裂を評価するために「上載地層法」を採用していた。地表付近の地層で観察できる亀裂が地震によって形成されたかどうかを探る手法だ。亀裂に沿って数十カ所で掘削調査も実施。複数ある亀裂が数百m規模と短いことや、亀裂に埋め込まれている鉱物が割れていないことなどを論拠に活断層ではないと主張してきた。地震が起きて地層が割れたら亀裂の長さは数百mで収まらないし、亀裂上に鉱物があれば一緒に割れるからだ。地層に残る火山灰も分析し、活断層の定義に当てはまらないと説明。しかし、審査に取り組む原子力規制庁の担当者を納得させられないまま時間だけが過ぎていった。
審査が全く進展しないため、北陸電は評価手法を抜本的に転換。亀裂付近にある岩石や鉱物の連なりを調査する「鉱物脈法」に切り替えた。岩脈や鉱物脈が亀裂で切断されていなければ、少なくとも数百万年前から当該地点は動いておらず活断層に該当しないと立証できるからだ。
7月10日の審査会合で、同社は鉱物脈法で評価した新たなデータを提出。亀裂を一直線に横切る形で鉱物脈が形成されていると説明すると、石渡委員は「大きな進展だと評価したい」と発言。志賀原発の敷地内地層を巡る議論に、ようやく扉が開かれた形となった。
疑問が残るのは、なぜ北陸電は最初から鉱物脈法で評価しなかったのかという点だ。ほかの電力各社は敷地の地層にある亀裂を「破砕帯」と呼び分析調査を進めていた。地震や地滑りなどで岩石が粉砕した場所を指す専門用語だ。北陸電は破砕帯ではなく、建設時の安全審査で用いた「シーム」(粘土質薄層)という言葉で説明していた。破砕帯と呼ぶほど亀裂部分が崩れておらず、溶岩が流れ出ていた太古に熱水の圧力で亀裂が形成されたと分析していたからだ。
志賀原発の掘削地点は、地表近くまで亀裂が入り込んでいる。割れ目の横幅は数㎜程度。「2万5千年に一度の割合で動くような活断層は40㎝幅で地層が粉砕している」(地質学の専門家)ため、亀裂の規模を考慮すると熱水で亀裂が入ったという北陸電の見解も理解できる。そのため北陸電は亀裂を破砕帯と呼ぶことに抵抗があり、評価対象の亀裂を「断層」と表現するまで1年近くの時間を要した。
規制委の真意を「読み損ねた」(北陸電幹部)ことも審査が遅れた要因といえる。本格的な審査が始まる前の2016年4月に、地形学者などで構成した規制委の有識者会合が志賀原発敷地の地層に関する評価書を公表。今後の課題として、亀裂を横切る鉱物脈のデータを拡充することも挙がっていたからだ。もっと早い段階から鉱物脈法に取り組んでおけば審査は早く進んだ可能性は否めない。
北陸電によると、志賀原発の敷地内亀裂が活断層ではないことを鉱物脈法で立証するのは難しいと考えたという。他社の原発敷地には地下水が高温だった太古の時代に生成されたイライトなどの鉱物脈が見つかっている。志賀の敷地は低温な地下水でも生成されるスメクタイトが鉱物脈の中心。活断層の定義である後期更新世(12万~13万年前)以降は動いていない事を、鉱物脈法で説明しづらいと判断したようだ。しかし従来のやり方では規制委の理解を得られない。そこで評価手法を抜本的に見直すため、19年ごろに鉱物脈法の新たな評価手法について検討を開始した。
粘土鉱物や粘土分析の専門家の協力を得ながら志賀敷地にある鉱物脈を分析したところ、太古に生成されたイライトも含まれる可能性があると発見。これが大きなブレークスルーとなった。さらにデータを拡充し、志賀敷地の地層にある鉱物脈はイライトとスメクタイトの混合層だとの裏付けを得た。この混合層は600万~900万年前にできたものだと同社は推測。混合層が亀裂を横切る形で存在し、その形成年代を特定できれば活断層の定義に当てはまらなくなる。北陸電の見通し通りに活断層問題をクリアできれば再稼働への道筋も見えてくるだろう。
福島事故後に断層再評価 規制側にも長期化の理由
敷地内地層の評価に長期を要している理由の一つに、規制側に大きな問題があった事を指摘したい。事の発端は福島第一原発事故の後に、旧原子力安全・保安院が全国の原発敷地で断層を再評価した時にさかのぼる。志賀原発の建設時に描かれた地層断面のスケッチ図を見て、評価会合に参加した複数の専門家が「典型的な活断層だ」と発言。そこから志賀原発敷地の地層問題が始まったからだ。
評価地点が活断層なのか否かはスケッチ図や写真だけでは判定できない。現地を調査し、地層に含まれる鉱物を顕微鏡などで入念に観察しなければ「判断が付かない」と多くの地質学者から聞いた。それをスケッチ図だけで活断層だと断定した旧保安院の評価会合の見解が独り歩きした結果が今に至る。
規制委が実施した有識者会合も同類だ。志賀敷地の亀裂を「活断層の可能性を否定できない」と判断したものの、ほかの専門家も交えた会合では有識者会合の見解に異論が続出したからだ。それでも規制委は有識者会合の結論を変えなかった。かたくなな姿勢こそが、志賀原発の活断層問題をこじらせた要因の一つだろう。