脱炭素と安定供給の達成 原子力・火力の役割欠かせず


【オピニオン】伊藤 菜々/電気予報士電力系ユーチューバー

2050年脱炭素を目指して、再エネという言葉をよく耳にする。脱炭素は必ずしも再エネとイコールではなく、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること。再エネはCO2が出ない発電として世間から応援されがちだが、あまり応援されない原子力発電もCO2は排出せず、燃料も一度輸入してから約10年使える純国産のベース電源として活用できるエネルギーだ。3.11以前は日本のエネルギー自給率を上げるために原子力の比率を高めていたが、その後ベース電源としての役割は火力発電に置き換わった。過去に経験したオイルショックやロシアウクライナ問題での化石燃料価格高騰により、日本の電気代は値上げせざるを得なくなった。輸入燃料に頼らないことで経済性も保つという観点で、原子力の活用は真剣に取り組むべきだろう。

また再エネには課題があり、太陽光や風力は自然の気候に、バイオマスは木材や廃棄物の取集状況に左右されるため、発電が歪であり出力を需要に合わせることができないことがある。そこで重宝されているのが、出力調整が細かにできる火力発電。電気は需要と供給を瞬間で一致させる必要があるため、揚水発電や系統用蓄電池などで対応している部分もあるものの、まだまだ調整できる容量が足りず火力発電のような調整力が必要になる。つまり、同時同量を叶える調整力を確保すること、エネルギー自給率を保てること、温室効果ガスの排出を減らすことという幅広い観点から、エネルギーバランスが重要なことが分かる。

脱炭素といえども、必要な時に電気を使えるという安定供給なくしての達成は元も子もあり得ない。そのためには発電、送電、需要側が協力して安定供給や再エネを最大限活用するための行動が必須だ。再エネ導入をしてもそのエリアで活用しきれず出力抑制が起こる。送電線の増強も必要だが、まず再エネの発電に合わせて需要をタイムシフトしたり、需要を作ることが第一。送電線の増強やインフラの保守面では、電力系の専門職や工事作業の方の人口減少が深刻で、待遇の改善や電力の素晴らしさを広く伝えていくことも必要だろう。

また日本の電気は三相交流といい、これは火力や水力、原子力などが持つ回転系の発電機からつくられるリズムの良い波形で、回転系が多い時代は慣性力に支えられていた。しかし変動性再エネや需要側にもインバーターが増えたことで慣性力が低下し安定供給を脅かしてるため、再エネのインバーターに疑似慣性力を持たせたり、需要側にも高調波対策として直列リアクトルを設置するといった対策が必要になる。電気は目に見えないと言われるが、物理的に電子が波形をつくり時間のタイミングである位相を持って移動する。それをいかに効率良くかつ一般的に使いやすい形にするかが大事であり、多方面から考える必要がある。 脱炭素と安定供給を達成するにはこの広い範囲を協調して乗り越える覚悟が必要だろう。

いとう・なな 上智大学経済学部卒。再エネファンド、新電力を経て2019年に電気予報士として独立し、電力入門ユーチューブチャンネル「電気予報士なな子のおでんき予報」を開設。電力に関する情報を発信中。

次世代見据えた地域熱供給へ 容積率緩和でZEB化を誘導


【地域エネルギー最前線】 北海道 札幌市

札幌市で、ブラックアウトの経験も踏まえて脱炭素化に資する都市への再構築が始まった。

地域熱供給のバージョンアップや、容積率緩和による民生の省エネ深掘りなどを進めていく。

197万人都市である札幌市は長年、エネルギーの面的利用を図り、特に中心部では地域熱供給システムが重要な役割を果たしている。札幌五輪開催に合わせて1971年に熱供給を開始して以降、順次エリアを拡大。コージェネレーションシステムなどを活用したネットワークが132haもの広域をカバーし、熱導管の総延長は約51㎞におよぶ。さらに7カ所のエネルギーセンターが稼働し、市民の生活を支えている。

当初から供給を担う北海道熱供給公社に加え、再開発が進んだ二つのエリアでは、札幌エネルギー供給公社と北海道ガスがそれぞれ事業主体となっている。なお、12年前に供用が開始された札幌駅前通地下歩行空間を整備した際には、後々熱導管を延伸できるよう、あらかじめピットを作っておいた。このように「エネルギー対策とまちづくりを一体的に進めてきたことが札幌の特徴」(市都心まちづくり推進室)といえる。

寒冷地での熱利用に関する省エネ化によるCO2削減に加え、強靱化に資するシステムとして活用されてきたわけだが、3年前に市が宣言した「ゼロカーボン都市」の実現に向け、バージョンアップの必要性が出てきた。また、5年前の夏には未曽有のブラックアウトが発生。以降その教訓として、官民の間で防災面への意識が一層高まっている。

こうした情勢を踏まえ、市は、熱供給システム以外のさまざまな対策も駆使してカーボンニュートラル(CN)化と強靭化に資する都市へのリニューアルを計画。これが環境省の「脱炭素先行地域」に認定され、先述の北海道ガスや北海道熱供給公社のほか、北海道電力などと共同で取り組む。

具体的には、①都心の民間30施設、②水素モデル街区2施設、③北海道大学キャンパス1施設、④公共施設1394施設、⑤招致中の2030年冬季五輪・パラリンピック関連5施設―を対象に、30年度までの電力CN化などのエネルギー転換を進めていく。先行地域の取り組みの中でも、この需要規模は最大級だ。

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2023年6月号)


【コスモ石油マーケティング/茅ヶ崎市で53施設目となる市立病院へ再エネ電力供給】

コスモ石油マーケティングは、茅ヶ崎市立病院に実質再生可能エネルギー由来の電力の供給を開始した。茅ヶ崎市は2050年のカーボンニュートラル実現を目指す「気候非常事態宣言」を表明し、「コスモでんきビジネスグリーン」を公共施設に導入。同電力プランは、コスモエコパワーが発電する風力電源にひもづく非化石証書を組み合わせたものだ。茅ヶ崎市立病院への導入は53施設目となり、53施設の年間電力使用量約1550万kW時が実質再エネ電力に切り替わる。茅ヶ崎市の施設の総電力使用量の約72%に相当し、年間約7380tのCO2を削減可能だ。両者は今後も、より一層の環境負荷軽減を図り、脱炭素社会実現に向けたさまざまな取り組みを協議継続していく。

【大阪ガス/エネルギー業界初の「エコ・ファースト企業」に認定】

大阪ガスは4月、エネルギー業界で初めて「エコ・ファースト企業」に認定された。エコ・ファースト制度は、環境分野で「先進的、独自的でかつ業界をリードする事業活動」を行っている企業であることを環境大臣が認定するもの。エネルギー業界を含めたさまざまな業界で、環境先進企業としての取り組みが進むことを目的としている。同社は、2021年1月にグループ全体で「カーボンニュートラルビジョン」を発表。これまでの天然ガス利用拡大の取り組みに加え、メタネーションなどによる都市ガス原料の脱炭素化、再生可能エネルギー導入を軸とした電源の脱炭素化により、2050年のカーボンニュートラル社会の実現に貢献していく。

【放射性廃棄物管理シンポ/放射性廃棄物の国際会議に2800人参加】

放射性廃棄物管理(WM)について意見交換や教育を行っている米国のNPO法人、「WMシンポジア」は毎年2~3月上旬にアリゾナ州フェニックスで国際会議を開いている。49回目となる今年の会議は2月26日から3月2日にかけて開催された。30か国の政府機関と産業界、学界、地方自治体、国際機関などから約2800人が参加。日本からも42人が出席した。WMシンポジアは、米ハンフォードサイトでの高レベル放射性廃棄物について議論するために、1972年に独立した公開の討論会として発足。以来、原子力バックエンドの問題に焦点を当て議論を続け、2013年からは福島第一原発の廃炉についての特別セッションも設けている。

【三浦工業/タイヤ製造で水素式ボイラ―が稼働】

三浦工業が住友ゴム工業から受注した水素燃料の貫流蒸気ボイラー「SI-2000 20S」が稼働した。場所は白河工場(福島県白河市)。副生以外の水素を燃料とした高圧貫流ボイラーの運開は同社としては初めて。住友ゴム工業は、NEDOの助成事業で「水素エネルギーの地産地消と、工業的熱利用による温室効果ガス総合的削減実証研究」を行っている。タイヤ製造において、高温・高圧の蒸気が必要とされる加硫工程での熱利用機器として、この水素ボイラーが採用された。

【東京ガスほか/炭素マイナスのコンクリ ガス機器排気を吸収】

東京ガスは4月、鹿島建設、日本コンクリート工業、横浜市と共同で、都市ガス機器利用時の排気に含まれる低濃度のCO2を吸収・固定化して製造したカーボンネガティブコンクリート「CO2-SUICOM」を、横浜市立元街小学校に設置したソーラー設備の基礎ブロックの一部として導入したと発表した。この製品は、東京ガス、鹿島、日コンの3社が製造し、実用化は日本初。一般的なコンクリートの基礎ブロックと比べ、CO2排出量を製品1㎥当たり298kg削減。マイナス27kg/㎥のカーボンネガティブを実現した。

【商船三井/認証取得アンモニア サウジから日本に輸送】

商船三井はこのほど、第三者認証機関に認証された低炭素アンモニアを、サウジアラビアから富士石油の袖ケ浦製油所に輸送した。サウジ基礎産業公社アグリ・ニュートリエンツ・カンパニーがアラムコの原料ガスから製造したもので、発電燃料用として混焼される。アンモニアの製造過程で発生するCO2を分離・回収し、後工程で活用する。温室効果ガスを実質的に抑制できるため、低炭素に分類される。商船三井は、安全で高品質な輸送サービスで広範なバリューチェーンに積極的に参画することで、脱炭素社会の実現に貢献する。

【四国電力・奥村組ほか/木質バイオマス発電運開】

四国電力は4月、奥村組・岩堀建設工業と共同設立した平田バイオエナジー合同会社の「福島平田村バイオマスパワー2号」の運転を開始したと発表した。年間発電量は、昨年5月に運開した福島平田村バイオマスパワー1号と合わせて、約2900万kW時を想定する。発電出力は各1990kWだ。燃料の木質チップには、福島県と近隣県の林地で発生する間伐材などを使用する。この事業を通じて、森林整備の促進、林業振興、雇用創出により地域社会の活性化にも貢献していく。

【三菱電機/サイブレーク社を買収 高電圧直流送電を強化】

三菱電機は、再エネ普及に貢献する高電圧直流送電(HVDC)システムにおける直流遮断機(DCCB)の技術開発や事業競争力強化のため、同分野に高い技術力を持つスウェーデンのScibreak(サイブレーク)社の全株式を取得する株式譲渡契約を締結した。サイブレーク社の技術やノウハウを取り入れ、再エネのさらなる普及を通じた脱炭素の実現を目指す方針だ。

【大和ハウス工業/九州・響灘混焼火力 バイオマス専焼へ転換】

大和ハウス工業は、子会社が運用する響灘火力発電所(11万2000kW)の燃料方式を変更する。石炭とバイオマスの混焼だった方式を、2026年4月からバイオマス専焼方式する。同発電所は19年に運転を開始し、石炭70%、バイオマス30%の割合で混焼していた。大和ハウスでは、30年度までに250万kW以上の再エネ電源を自社運営する計画だ。

【IHIほか/建設新材料を開発 CO2排出量を大幅削減】

IHIとIHI建材工業は、横浜国立大学、アドバンエンジ社と共同で、セメントを全く使用せずセメントコンクリートと同等の強度特性が得られるジオポリマーコンクリート「セメノン™」を開発した。セメントコンクリートは、製造時の高温焼成でCO2を排出するが、セメノン™は製造過程でセメントを使用しないため、従来のセメントコンクリートに比べCO2排出量を最大で約80%削減できる。さらに、CO2貯留・固定化技術と組み合わせることで、カーボンニュートラル、カーボンネガティブを実現できる。

【清水建設/河北総合病院の移転建設でZEB Oriented取得】

清水建設は、設計施工を進めている杉並区の河北総合病院の移転建設工事で、日本建築センターから「ZEB Oriented」の認証を受けた。急性期病院の認証は都内初で、全国で3例目。ZEB OrientedはZEBに加わった4番目のカテゴリーで、延べ床面積1万㎡以上の大規模建築が対象。病院建築の場合、一次エネルギー消費量の削減基準は30%以上となっている。同病院は9階建てで、延べ床面積は約3万3000㎡。敷地内の落葉樹の保存林を利用した日射制御や、熱負荷の少ない方角に病室を設置するといった敷地条件を生かす工夫のほか、高効率の設備機器の導入で、一次エネルギー消費量を34%削減した。ランニングコストも毎年約3700万円削減できる見込みだ。

【マーケット情報/6月9日】欧米原油が下落、供給増の見方が台頭


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油を代表するWTI先物、および北海原油の指標となるブレント先物が下落。米国とイランの核合意に進展があるとの見込みから、供給増の観測が強まった。

イランによる核兵器開発の推進を受け、欧米諸国が核合意の協議進展を目指す可能性が台頭。米国とイランの間で合意が締結された場合、米国の対イラン経済制裁が緩和され、イラン産原油の出荷が増加する見通しだ。ただ、米国は合意締結の可能性を否定している。

米エネルギー情報局は、今年と来年の国内生産予測を上方修正。また、今年と来年ともに、産油量が過去最高に達するとの見方を発表した。

需要面では、欧米の一部製油所が、火災や装置不具合などにより停止。原油処理量が減少するとの見込みが、価格の下方圧力となった。

一方、ドバイ現物は、供給減少の予想により、前週から上昇。サウジアラビアは、7月から日量100万バレルの自主的な追加減産を行うと発表。また、ロシアは、日量50万バレルの減産計画を、2024年末まで継続すると公表した。さらに、OPECプラスの5月産油量は、過去19カ月で最低を記録した。


【6月9日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=70.17ドル(前週比1.57ドル安)、ブレント先物(ICE)=74.79ドル(前週比1.34ドル安)、オマーン先物(DME)=75.20ドル(前週比1.47ドル高)、ドバイ現物(Argus)=75.28ドル(前週比3.66ドル高)

*2日がシンガポールで休場だったため、ドバイ現物のみ1日との比較

メタンの排出削減 LNG輸入国としての責務


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.15】関口博之 /経済ジャーナリスト

天然ガスの主成分であるメタン。天然ガスは燃焼時のCO2の排出量が石炭や石油に比べ少ないが、メタン自体はCO2の28倍の温室効果があるとされ、その排出削減が課題になっている。今のところ日本が矢面に立たされている状況にはないが、関心は持っておくべきだ。

国際的な取り組みは広がっている。世界のメタン排出を2030年までに20年比で30%削減するとして米国が提唱した「グローバル・メタン・プレッジ」には150以上の国が参画。日本もいち早く一昨年9月に参加を表明した。また企業側でも、OGMP(石油・ガスメタンパートナーシップ)という自主的な取り組みがある。世界の石油ガス生産の3割を占める企業が加わっている。

さらに規制にまで踏み込んだのが米国だ。昨年できたインフレ抑制法(IRA)では石油・ガス施設からのメタン排出が一定量を超えた場合、過料を課す。24年以降の排出から課金され、額は段階的に上がる。早期の対策を促す形で、米国で初の炭素税としても注目されている。

実は、メタン排出に関しては日本は極めて少なく、年間2740万t(CO2換算)で、人口当たりの排出量では米国の9分の1、欧州連合(EU)の4分の1とされる。その8割以上が稲作や、いわゆる牛のげっぷなど農業分野。次いで廃棄物からの排出で、エネルギー由来の排出(燃料の燃焼や漏出)は7%弱にとどまっている。そもそも油田やガス田に乏しいのだから当然ともいえるが、一方ではLNGの大輸入国としての責務もある。

日本にはLNG輸入国としての責務がある

LNG流通の下流では日本らしく、きめ細かい対策がすでに取られている。東京ガスによれば、例えばLNG基地の配管は漏れのリスクがあるフランジを避け溶接を基本とし、保守点検の際は配管内ガスは可能な限り窒素ガスを使ってタンクに戻し、大気に出さない方法を採ることで、LNG調達量に対するメタン排出量の比率は0.002%にとどめているという。こうした技術やノウハウを今後、新興国などに移転することで削減貢献もできる。「日本はLNGを買ってきているだけ。生産井など上流には責任を持てない」とも言っていられない。バイヤーや輸入国もよりクリーンな、つまりメタン排出削減対策を取っていると確認できた生産者から調達すべき、という圧力が強まる恐れもないとはいえない。

その際に重要になるのが、メタンの排出量をどう正確に、公平に測るかだ。測定・報告・認証(MRV)の国際的なルール作りが欠かせない。科学的に有効で、過大な費用を要しない手法を編み出す必要がある。でないとMRVや削除対策のコストがLNGの買い手に転嫁され、われわれの負担増になってしまう。また調達先が限定されれば、安定供給に支障が出る懸念もある。メタンの排出検知のためのリモートセンシングやドローンの活用など、技術の進展も重要だ。政府、企業、専門機関が協力し、ルール作りと技術の両面で積極的に関与すべきだ。低廉な計測技術を確立し、それをてこにルール作りを進める発想も必要だ。


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.1】ロシア軍のウクライナ侵攻 呼び覚まされた「エネルギー安保」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.2】首都圏・東北で電力ひっ迫 改めて注目される連系線増強

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.3】日本半導体の「復権」なるか 天野・名大教授の挑戦

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.4】海外からの大量調達に対応 海上輸送にも「水素の時代」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.5】物価高対策の「本筋」 賃上げで人に投資へ

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.6】なじみのない「節ガス」 欠かせない国民へのPR

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.7】外せない原発の選択肢 新増設の「事業主体」は

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.8】豪LNG輸出規制は見送り 「脱炭素」でも関係強化を

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.9】電気・ガス料金への補助 値下げの実感は? 出口戦略は?

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.10】“循環型経済先進国” オランダに教えられること

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.11】高まる賃上げの気運 中小企業はどうするか

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.12】エネルギー危機で再考 省エネの「深掘り」

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.13】企業が得られる「ごほうび」 削減貢献量のコンセプト

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.14】EUがエンジン車容認 EV化の流れは変わらず

せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

原子力開発最前線 東芝エネルギーシステムズ 革新軽水炉「iBR」に見た先進性


【澤田哲生 エネルギーサイエンティスト】

東芝の原子力開発は久しく雌伏していたかに見えたが、ものづくりへの強い意志は変わっていなかった。

革新的な設計の軽水炉「iBR」により、BWR(沸騰水型軽水炉)の新たな地平を開こうとしている。

「iBR」の”i”には三つの意味が込められている。そこに、私には東芝の開発チームの意気込みが透けて見える気がした。Innovative(革新的)、intelligent(知的)、 inexpensive(安価)のトリプル”i”。”BR”はもちろん沸騰水型軽水炉のことである。

東芝が国産技術を駆使して高い安全性と高効率を追い求めたABWR(改良型沸騰水型軽水炉)に、「3.11」のシビアアクシデント(重大事故)から得た教訓を徹底的に反映し、熟考に熟考を重ね合理性を追究した。それがまさにintelligentたるゆえんであると知った。そうして出来上がったiBRの設計は、実にスマートなパッケージに仕上がっている。私がとりわけ刮目したのは、安全設計とテロ対策、いわゆる特定重大事故等対処施設(特重施設)である。

革新的安全性を追求した「iBR」の全体像

ベントの概念をなくす グレースピリオドを7日に

3.11の翌12日、時の菅直人首相が自衛隊のヘリコプターを駆って現地視察に乗り込んだ。そのためベント操作が遅れたことが、事故をより深刻な方向に導いたという説がある。真偽はさておき、人が介在する操作が必要だったためにベントが遅れたのではないかという論争が巻き起こった。

ならばいっそのこと、ベント弁を介した放射性物質の大気放出をなくしてしまえばいい。iBRでは仮に燃料損傷や炉心溶融のようなシビアアクシデントが発生したとしても、電気による動力や人の操作を介在しない静的なシステムによって、崩壊熱により発生した蒸気は格納容器建屋内のプールに導かれて熱交換器を介して冷却され、さらに粒子状の放射性物質は格納容器内に設置された静的なフィルターによって濾し取られ、ガス状の放射性物資は格納容器内に閉じ込められる。その結果、放射性物質が原子炉システムから大気中にベントされることはない。

これは3.11後に追加的に設置が義務付けられた「フィルター式ベント」のさらに先をいく安全対策である。つまりベントという概念そのものをなくしたのである。

また、万が一炉心溶融が起こり、溶融燃料が圧力容器底部を貫通して落下した場合には「コアキャッチャー」が受け止め、そこで冷やされる。格納容器内の下部に配置された十分な量の水を満々と蓄えた大型プール(サプレッションプール)の水が常々コアキャッチャー底部に流れ込んでいるので、溶融燃料は落下して時を置かずに冷却される。

このように静的あるいは受動的な安全対策が、従来よりも一層厚みを持ち、かつ多様で耐性の高いものとされている。その結果、事故発生後でも運転員の操作が不要で安全を確保できる期間(グレースピリオド)は7日間になったと評価されている。そして、万が一の重大事故時にも住民の緊急避難は不要で環境汚染を防止できるという。ここにiBRをインテリジェントとする一つ目の肝を見た。

格納容器は原子炉の安全確保の最後の砦といわれる。iBRは格納容器を二重円筒型にして衝撃を吸収しやすい構造で強靭化されている。既存の原子炉は一重である。さらに従来は航空機などの外部飛来物に対して脆弱であるとされた格納容器のドーム部(頭頂部の丸い部分)は鋼板コンクリート構造によって、外部飛来物の衝撃吸収能力を大幅に向上させている。

これらの結果、地震、津波などの甚大な自然現象への耐性を増しただけでなく、航空機などの飛来物の衝撃やテロ行為などへの強靭性を大幅に改善している。

3.11後に原子力発電所に設置が義務付けられた特重施設は、大型航空機の衝突やその他のテロリズムによって炉心損傷が発生する可能性に対して放射性物質の放出を抑制する施設である。実態はベールに包まれて不明であるが、一説によれば岩山をくり抜いて強大な冷却用プールを備えるなど、大げさな施設になっているという。そして、その費用は数千~5000億円にも達するとされる。

iBRの説明を聞いて、私は大ざっぱに見積もっても特重コストは現状の半分以下に合理化できるのではないかと思った。ここにiBRのもう一つのインテリジェントを見る思いがした。

2050年カーボンニュートラルを達成する上で、原子力はベースロード電源の役割を担う。しかし、現実は昼間の太陽光が大きな変動要因になって時に悪さをする。発電量が需要をオーバーしても大規模な停電が発生する。太陽光や風力は変動電源でしかなく、発電量を能動的に制御できない。

そこで求められるのが原子力発電の出力調整であろう。その点でもiBRは有利だという。BWRでは炉心への冷却材の流入は再循環ポンプによって制御している。それにより再循環流量の制御が容易であり、原子炉出力を大幅かつ短時間のうちに容易に調整できるという。iBRは再エネ変動電源が招く必要電力の超過分と不足分に対応できるフレキシビリティーが高いのである。

さまざまな角度から安全対策の厚みを持たせた設計

iBRという「翼」を得て 技術の東芝への期待

このように良いことずくめのiBRであるが、絵に描いた餅ではどうにもならない。ものづくりが実際に始まらないことには……。

私は東京工業大学で30余年、原子力の研究と教育に携わった。東工大のモットーは”工業”つまりviable(実行可能)なものづくりである。私は、工業は科学と技術の上にあると考えている。

ともすれば、やや朴訥で地味な東工大生に、研究と教育の現場を通じて、天性のものづくりへの情熱を見てきた。それはすなわち”愛”のなせる技だと思う。その東工大生がのぞむ就職先のトップクラスが東芝である。

さて今、原子力発電は再稼働が急がれ、運転延長に合理的な道筋が見えてきた。しかし、このままの調子では50年までにネットゼロを目指す目標は、比較的容易な電力部門さえ到底到達できない。

そのためにはiBRなどの大型炉の新設に今すぐ具体的に踏み出さなければならない。日本が頼りにできるのは原子力しかないのだから。それには、ファイナンスと原子力規制制度のハードルを越える必要がある。ファイナンスのためには、英国のRAB(規制資産ベース)モデルのような準総括原価方式が求められる。一方、原子力規制は推進・規制の間に真っ当な融和の道が開かなければ―。

私の実家には60年前の扇風機がある。東芝製である。まだ動く。かつて「サザエさん」は番組の冒頭で「明日をつくる技術の東芝がお送りします」と言っていた。東芝の原子力がiBRという翼を得て、ネットゼロの未来に向け胸を張って羽ばたくことに期待したい。

さわだ・てつお 1980年京都大学理学部物理学科卒。三菱総合研究所、ドイツ・カールスルーエ工学所客員研究員、東京工業大学助教などを経て2022年から現職。工学博士。専門は原子核工学。著書に『原子核工学入門』『やってはいけない原発ゼロ』など。

対馬市が「文献調査」か 地元商工会など請願提出


原発から出る高レベル放射性廃棄物(HLW)の最終処分場を巡り、新たな動きだ。長崎県の建設業協会対馬支部、対馬市商工会などが「文献調査」への応募を求める請願を市議会に提出し、6月下旬に予定される定例会での採択を目指すという。

文献調査は処分地選定プロセスの第一段階で、現在は北海道の寿都町、神恵内村の2町村で実施されている。果たして、対馬市が3市町村目となるのか―。その可能性は高そうだ。

対馬市では3年前の市長選で、最終処分場の誘致を訴えた落下傘候補が得票率10%超を獲得。応募への機運は高まっていた。最終的な判断は比田勝尚喜・対馬市長が下すことになり、現地では既に反対の署名活動が始まっているというが、地元の有力者は応募を確実視する。「市議のほとんどが賛成しているし、業界団体の声を無視したら来年の市長選に大きく影響する」

文献調査は5市町村程度での実施が望ましい(エネルギー専門家)とされ、調査地が増えることは処分地選定プロセスの着実な前進だ。進展を注視したい。

規制のための規制機関にならぬよう 西村経産相は積極的に物申すべし


【永田町便り】福島伸享/衆議院議員

私が所属する会派「有志の会」は経済産業委員会に委員ポストを持っていないものの、共に修正案を取りまとめた日本維新の会のご配慮で、4月26日の経済産業委員会でGX脱炭素電源法の質疑に立った。この法案は、地域と共生した再生可能エネルギーの導入のための環境整備と、原子力発電の運転期間延長のためのルール作りを大きな柱としている。後者について、一部の野党は強く反対して与野党の対決法案となった。

私が違和感を持ったのは、法案制定に当たって経済産業省が原子力規制委員会に接触したことを一部のメディアや野党が強く批判したことであった。国家行政組織法第三条に基づく独立規制機関の規制委員会は、原子炉等規制法などに基づく規制を中立的・科学的に行う組織であるが、与えられた役割は法律の執行機関である。

その根拠となる法律では、規制の枠組みや規制の実効体制などが定められているが、法律を作るのは日本国憲法上、言うまでもなく立法府の国会である。内閣は法律の案を作るのが役割であり、当然のことながら、それは環境省や、その外局の三条機関である規制委員会に限定されるわけではない。内閣の中には、エネルギーの安定供給のために原子力発電事業の適切な実施をつかさどる経産省も含まれるのだ。

そもそも、法律とは、規制する側、規制を受ける側、原子力事業を推進する側などさまざまな立場の対話と調整によって作られるべきものである。規制すること自体が目的の規制などありえず、事業を進める前提がなければ規制という存在そのものが成り立たない。

事業推進が大前提 「質」が安全を実現へ

2011年3月の福島第一原発事故以降、原子力については「世界一厳しい規制」ということを政府は売り物にしてきたが、「世界一厳しい規制」が安全を実現するわけではない。科学的に合理的な規制なのか、常に起き得る事象に適切に対応できているのかといった「規制の質」こそが、安全を実現する。そうした観点からは、規制する側と規制を受ける側の対話が常に必要なのである。それを批判するなど筋違いもいいところだ。

私は、こうした問題意識に立って、経産委員会の場で「西村大臣、原子力安全規制について、積極的に物を申すつもりはあるのか」と問い掛けた。しかし、西村大臣は「やはり、われわれ、福島第一原発の事故の反省、教訓の上に立って」と、残念ながら消極的な答弁に終始した。採決間近のやり取りだったので、ここで足元をすくわれたくないという〝安全運転〟だったのかもしれない。

しかし、規制委員会が「規制のための規制機関」とならないよう、経産省も原子力規制のあり方については言うべきことは言う、という姿勢を見せてほしいものだ。

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ふくしま・のぶゆき 1995年東京大学農学部卒、通産省(現経産省)入省。電力・ガス・原子力政策などに携わり、2009年衆院選で初当選。21年秋の衆院選で無所属当選し「有志の会」を発足、現在に至る。

重要性増す生物多様性への配慮 ビジネスに組み込む動きが加速


【業界紙の目】濱田 一智/化学工業日報 編集局行政グループ記者

企業活動を行う上で、気候変動に続き生物多様性の保全に関する情報開示が求められつつある。

その評価手法や理論的根拠などを巡る議論が続いており、企業はその動向を注視すべきだ。

5月22日は「国際生物多様性の日」だが、生物多様性と聞いてピンと来る人は少ないだろう。「また〝意識高い系〟が好きそうなスローガンか」と冷笑する声すら漏れてきそうだ。ところが環境問題の専門家の間では最近、気候変動に次ぐ重要テーマとして、生物多様性が真剣に議論されている。

ビジネスとも無縁ではない。気候変動対策が企業活動に組み込まれてきたように、資本主義の内部に生物多様性の保全が位置付けられようとしている。場合によっては経営に有利に働くかもしれない。

生物多様性の保全とは大まかにいえば、森や海や生物を尊重すること。こうした企業活動を、倫理的のみならず経済的にも評価する動きが出始めている。一例が「自然版TCFD」と呼ばれるTNFDだ。

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)という組織は、企業が気候変動によって被りそうな財政的影響を、投資家に対して開示するよう提言している。例えば財政的影響を「移行リスク」や「物理的リスク」に類型化し、気候変動が続いた場合の未来像を示す。あるいは温暖化ガス排出量をスコープ1~3という段階ごとに数値化する。あくまでも任意だが、賛同企業は日本でも増えつつある。

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の問題意識はTCFDと共通だ。両組織とも、情報開示の方法論を模索している。ただしTCFDとTNFDがそれぞれ注目する財務情報は性質が異なる。最大の違いは、自然関連情報が個別的にならざるを得ない点だ。林業なら森、水産なら海、資源開発なら鉱山や油田に関わるが、関わり方はそれぞれ違う。温暖化ガスという統一指標が使える気候関連情報に比べてルールメイキングが難しいのだ。

北電が社長交代を発表 現場力武器に難局打破へ


北海道電力は4月28日、藤井裕社長が代表権のある会長に就き、斎藤晋取締役常務執行役員が社長に昇格する人事を発表した。6月の株主総会で決定する。

藤井社長はこの日の会見で、就任4年で社長交代する理由について「現在、料金審査、泊安全審査など継続案件もあるが、(重要な経営課題の解決に向けて)一定の道筋を付けることができた」「カーボンニュートラル時代を見据えた展開や新たな事業ポートフォリオを実現していくためには、新社長による新たな業務執行体制で、柔軟な発想を持ちつつ、挑戦していくことが必要と判断した」などと説明。一方で、「原発を再稼働できなかった責任は重いと感じている」とも述べた。

新社長に就く斎藤氏は火力部門の出身。2018年9月の北海道胆振東部地震の際に苫東厚真発電所の所長を務めており、国内初のブラックアウト(道内全域停電)を現場責任者として経験した。「現場に精通していて、現場を熟知している」(藤井氏)人物だ。

国内でも人口減少や過疎化が著しいエリアにあって、電力インフラの健全な維持は道経済の生命線だ。現場力を武器に難局に立ち向かう斎藤氏の手腕が試される。

将来の社会を担う人材の創出へ STEAM教育で学びを革新


【学びのイノベーション・プラットフォーム】

女子高校生に将来のありたい自分の姿を考えるきっかけにしてもらおうと、「女子高校生のための女性活躍応援イベント~企業におけるロールモデル」が5月13日に都内で開催された。

東京電力ホールディングスや三菱商事など、日本を代表する企業で活躍する7人の若手女性社員が、学生時代の過ごし方や就職活動、入社してからの経験、ターニングポイントでの決断などについて語り、女子高生らの職業観の形成につなげようという試みだ。

同イベントを主催したのは、「STEAM教育」の普及促進を目的に2021年に発足した一般社団法人「学びのイノベーション・プラットフォーム(PLIJ)」。STEAM教育とは、五つの領域「科学(Science)」「技術(Technology)」「工学(Engineering)」「芸術/教養(Liberal Arts)」「数学(Mathematics)」を分野横断的に学ぶことで、これまでの知識偏重教育から脱却し、問題発見、課題解決、俯瞰的なものの見方を育む教育をいう。

女子高校生を対象に開催されたイベント

国の競争力強化のためには、科学技術の推進やイノベーションの促進が不可欠であり、重要なのが、それを担う人材の育成だ。STEAM教育には、中学・高校といった早い段階から科学技術開発で重要とされる分野に触れることで、新しい技術に興味を抱き、次世代の担い手として成長する可能性を広げる狙いがある。

PLIJは、「教材のライブラリー」や「リアル体験」「人材ネットワークの整備」の三つの事業を通じて、産学官や地方自治体とも連携し学びのイノベーションを促進し、子供たちの学びを支援している。これまでに、正会員として34の企業が参加し、学校や教育委員会、博物館・科学館などが特別会員として名を連ねる。

探求型の学びの場を提供 ウェブシステムの運用開始

今年4月には、大学、研究機関、企業にある多彩な素材をSTEAM教育や探求型の学びに資する「コンテンツ」や「リアル体験機会」として提供するウエブシステム「PLIJ STEAM Learning Community(https://community.plij.or.jp/)」の運用を開始した。

「サイエンス」や「エンジニアリングとテクノロジー」など、六つの分野別に計750件のコンテンツが登録されており、今後さらに拡大、充実させていく計画だ。

浦嶋将年理事長は、「世界は、国の競争力の根幹である将来を担う子供たちの教育革新に懸命に取り組んでいる。日本は周回遅れの状態で、国際的な競争力がさらに劣後しかねない」と、STEAM教育推進の必要性を訴える。

日本の競争力回復に向け、産業界、教育機関、研究機関などと連携しながら将来社会を担う人材育成にしっかりと取り組んでいく考えだ。

揺らぐ「水素先進国」の地位 基本戦略改定で巻き返しなるか


【論説室の窓】宮崎 誠/読売新聞 論説委員

2050年のカーボンニュートラル(CN)の実現に向け、水素活用を巡る国際競争が激化している。

日本が後れを取れば、CNの達成が遠のくだけではなく、経済力の低下を招きかねない。

「再エネ・水素分野の激しい国際競争に対応しつつ、国内の脱炭素化を進める」

岸田文雄首相は4月、政府の「水素基本戦略」を6年ぶりに改定する狙いを語った。さらに、「関係大臣は、縦割りを廃し、相互に連携して、取り組みを具体化してもらいたい」とげきを飛ばした。

政府が、世界に先駆けて17年に策定した戦略を改定するのは、「水素先進国」の地位が揺らいでいるためだ。

日本は、09年に家庭用の燃料電池コジェネレーションシステムを世界で初めて市販し、14年には、トヨタ自動車が燃料電池車(FCV)の「MIRAI」を投入した。長年、水素の利活用で世界の先頭を走っているとみられてきたが、政府内では、「すでに米欧に追い抜かれている」との危機感が広がっている。

欧州は、ロシアによるウクライナ侵略を機に、水素の活用に向けたギアを急速に上げた。欧州連合(EU)は、ロシア産の天然ガスなどからの脱却計画である「リパワーEU」を決定し、その中で、再生可能エネルギーから製造する「グリーン水素」の導入量を、30年に計2000万tまで増やす目標を示している。

インフラ整備については、30年までに約2万8000㎞の水素パイプラインを形成するほか、幹線道路において、200㎞ごとに水素ステーションの設置を義務付ける方針だ。

さらに、水素製造業者への資金供給の仲介役を担う「欧州水素銀行」が、今秋から稼働を開始する予定となっている。民間企業の動きも活発で、昨秋以降、大型の水素関連プロジェクトが相次いで公表された。

ドイツとオランダ、デンマーク、スペイン、イギリスでは、すでに国家目標を超える規模に達したという。

EUは3月、エンジン車の新車販売を35年から禁止するとしていた方針を転換し、水素を使った「合成燃料」の使用を条件に販売継続を認めることで合意した。これにより、水素の利用に弾みがつく可能性がある。

日本は6年ぶりに水素基本戦略を改定する

米国は大規模減税を実施 中国も発展計画を策定

米バイデン政権も、水素の生産コストを低減させる施策を講じ、「水素大国」としての地位を固めようとしている。

昨年8月に成立したインフレ抑制法(IRA)では、再エネの普及策などとともに、水素の製造と投資に対する大規模な減税策を打ち出した。設備稼働から10年間、水素1㎏当たり最大3ドルの税額控除か、投資額の最大30%の税額控除のいずれかを選択できる制度だ。このほか、生産拠点の整備に80億ドル以上を投じるという。

こうしたさまざまな取り組みにより、コスト高が障壁となっていた水素業界に「革新的な変化」がもたらされるだろうと、米金融大手ゴールドマン・サックスは評価した。

米エネルギー省は、水素の価格が十分に低下した場合、30年に1000万t、50年には5000万tにまで需要が積み上がると試算している。

民間企業では、エクソンモービルがテキサス州での大規模な水素製造施設の建設計画を進めている。産業ガス事業などを手掛けるリンデとBPも、テキサス州においてブルー水素製造で連携する方針を発表した。水素活用を大きなビジネスチャンスと捉え、一段と投資が活発化している。

中国の動きも見逃せない。昨年3月に中央政府として水素産業の発展計画を初めて公表した。25年までにFCVの保有台数を5万台、グリーン水素の製造で年間10~20万tとの目標を盛り込んでいる。すでに北京や上海などで、水素産業のサプライチェーンを構築する動きも出ているという。

中国は現在、年間3300万tを使用する世界最大の水素需要国だ。世界需要の3割を占めているが、そのほとんどは化石燃料から製造されている。ただ、今後は中国国内での再エネによるグリーン水素の製造拡大が見込まれており、国際エネルギー機関(IEA)は、中国の水素製造量は、60年に約9000万tに達すると予測している。

日本の産業競争力を左右 官民の実行力が問われる

こうした海外勢の動きに対して、日本はどのように対抗していくのか―。

政府は、水素の国内供給量を現在の200万tから、40年に6倍の1200万t程度まで拡大することを目指すという。今後15年間で官民合わせて計15兆円を投資する計画も示している。数値目標を提示することで、水素関連産業への民間企業の参入を促す狙いがあるのだろう。

具体策としては、石炭や天然ガスの市場価格との差額を補助する制度を創設し、水素価格を現在の3分の1程度に引き下げたい考えだ。水素コンビナートなどの整備も検討しているという。

政府がこれまでに示した施策の方向性は妥当だといえるが、気掛かりな点もある。

水素製造において、海外に比べ、大規模プロジェクトの組成が遅れていることだ。水素は水を電気分解して取り出せる。日本は福島県内などで、10MW級の水電解装置の実証実験を行ってきたが、海外では、数百MW級以上の大規模な水電解プロジェクトが進行中だという。

それでも、日本勢は次世代の水電解装置や革新的な部材の開発などで、優位性を保っているとされる。だが、それに安心せず、日本勢が持つ強みを統合する形で、野心的なプロジェクトを進めてもらいたい。

水素の普及は、CN実現への手段にとどまらない。世界に先駆けて水素社会を実現できれば、資源のない日本にとってはエネルギー安全保障の強化につながる。さらに、成長が見込まれる水素関連市場で主導権を握り、日本の産業競争力を大きく向上させることにもなるだろう。

日本の官民を挙げた実行力が問われている。

巨額のGPI買収劇 再エネバブルの様相呈す


NTTアノードエナジーとJERAが、グリーンパワーインベストメント(GPI)などの株式を保有する米企業との間で売買契約を結び、国内再生可能エネルギー事業を共同取得する。5月18日に発表した。買収額は3000億円規模とみられ、NTTアノードが8割、JERAが2割出資。ENEOSによるジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE)の買収額約1900億円を超え、国内再エネ関係では最大規模となる。

買収額についてNTTアノードは「適正な価格で取得できた」(伊藤浩司副社長)と強調。だが、主力の陸上風力資産約186万kWのうち150万kWが開発中案件であり、「JREと同様、決して安い買い物ではない。バブル的な様相を呈している」(再エネ関係者)。

NTTアノードは、洋上風力公募第一段で三菱商事グループが3地点を総取りした際の協力企業の1社。今後の公募への影響が気になるところだが、「NTTは洋上風力では引き続き三菱商事との連携を軸にし、これをもってJERAと組む形になるとは考えにくい」(同)との見方が出ている。

一酸化炭素の危険性を周知 警報器の大切さを体感するラボ開設


【新コスモス電機】

家庭用ガス警報器でトップシェアを獲得する新コスモス電機はこのほど、火災実験室「PLUSCO Lab.(プラシオラボ)」を兵庫県三木市に開設した。

5月にオープンしたプラシオラボ

2006年に全ての住宅への火災警報器の設置が義務化されて以降、火災による死者数は減少傾向にある。それでも年間900人が命を落としているという。22年版の消防白書によると、建物火災による死因の4割は一酸化炭素(CO)中毒による窒息死だ。COは血液中のヘモグロビンと結びつきやすく、ごくわずかな量でも吸引し続けると中毒を引き起こすなど非常に毒性が強い。しかも無色・無臭で気づきにくく、1分1秒でも早くCOの存在に気づくことが生死を分けることになる。

新コスモス電機は06年の警報器設置義務化と同時期に「一酸化炭素検知機能付き火災警報器」を発売、改良を重ねて新製品を発売してきた。同警報器の決定版ともいえるべき製品が、昨年9月に発売したCO検知機能付き火災警報器「PLUSCO(プラシオ)」だ。同製品は、100ppmのCOを検知すると、音声で注意報を知らせるとともに、自動的にセンサー感度を通常の約2倍に引き上げて、煙センサーのみの火災警報器より早く発報する。

また、販売チャンネルをガス事業者経由の販売に加え、全国の家電量販店やホームセンターに拡大した。こうした取り組みが功を奏し、発売から半年で累計販売台数が2万台を突破するなど好調だ。

ラボで火災実験を実施 一般消費者にもアピール

同社ではCOの危険性と合わせて、プラシオの有効性を広く知ってもらうため、同ラボを開設した。

寝室と台所を想定した実験スペースで、布団くん焼火災実験、天ぷら火災実験などを実施する。実際に布団や天ぷら油に火を付け熱して、どの程度の時間で火災が発生し、警報器が検知して発報するかを体験できる。髙橋良典社長は「これまで火災実験室は本社に設置しており、主にガス事業者や消防関係者に見学してもらってきた。同ラボに移転したのを機に、地域住民や学生など、エンドユーザーにも火災について、警報器の大切さを体感してもらいたい」とラボ開設の背景を話す。

同社ではプラシオラボを通じて、少しでも住宅火災やガス事故を減少するよう今後も注力していく。

ラボ内でのデモ風景

【覆面ホンネ座談会】電力カルテル処分の波紋 薄れる監視委の存在感


テーマ:電力不祥事の影響

明暗分かれた公正取引委員会による電力カルテル処分が、業界の分断を呼び込んでいる。処分内容の明暗が分かれた各社の行く末には何が待つのか。他方で電力・ガス取引監視等委員会の存在意義を問う声も高まる。(内容は5月22日時点の情報に基づく)

〈出席者〉 A評論家  B有識者  Cジャーナリスト

―公取委が電力カルテルに関する排除措置命令・課徴金納付命令を3月30日に行って以降、業界の混乱は深まるばかりだ。規制料金の値上げや各社の決算にも影響が出ている。課徴金を課された中部電力や中国電力、九州電力に対し、リーニエンシー(課徴金減免制度)を使った関西電力、それぞれの状況をどう見る?

A 九電以外の3社は処分発表当日の会見で今後の対応方針に言及している。中部電が公取委の記者会見の2時間後に、取り消し訴訟提起を表明したことには驚いた。また、中国電は会長、社長の引責辞任を表明した。大阪での記者会見と比較して、ある記者は「瀧本夏彦社長がカルテルの初期段階に関与したと、会見で自らの非を正直に認めたことに驚いた」と語っていた。

―現時点では、中部電と中国電が取り消し訴訟の意向を示している。ただ、その方針には温度差がある。

B 今後の取り消し訴訟のやり方には違いが出てくる。中部電は独占禁止法に抵触していないとして、ゼロか100かの争いに挑む。他方、中国電は約707億円もの課徴金の額を巡る条件闘争を目指しているようだ。なお、4月3日付の電気新聞記事が有識者のコメントとして、地裁判決までが3年間、最高裁までいくと4~5年程度かかると紹介している。特に中部電が最後まで争う姿勢を崩さなければ、結論が出る前にトップの任期が来てしまうことになる。

公取委のカルテル処分に対する取消訴訟の行方はどうなるのか

電力たたきに燃える公取委 課徴金命令の3社それぞれの道は

C 中部電側の弁護士は調査段階から事あるごとに公取委に対して意見書を提出しており、公取委は中部電の動きを織り込み済みだ。処分の発表がのびのびになったのも裁判で負けないための証拠固めに時間をかけたから。そして訴訟では、どんなやり取りで合意したと判断されるかが争点になる。とにかく公取委は「電力業界はカルテルの塊」で自由競争に消極的な古い体質だとみなしており、できるだけ強く世論に訴えかける形を意識している。

A 公取委の事前レクでは、メディアの理解を高めてもらうためか、かなり丁寧に答えていたようだ。

B 一方、中国電の経営はかなり厳しい状況に追い込まれている。3メガバンクの支店長が瀧本社長への面会を求め、経営計画を提出するよう迫ったと聞く。中国電は訴訟に敗れれば課徴金の額はさらに上乗せになるが、自信があるのか、それとも破れかぶれなのか。事業者が公取委との訴訟で勝つのは10回に1回あるかないからしいね。

―ただ、公取委は処分発表会見で「通常であれば特定の会合で情報交換し合意形成するが、今回は必ずしもそうではない」と説明。状況証拠を積み重ねた結果の判断とされている。

B 確かに、公取委がそこまで強い証拠をつかんでいるのかというと実は微妙だ。通常のカルテルでは、公取委が検察と一緒に動いて刑事告訴を目指す。リニア中央新幹線工事を巡る談合の例などがそうだ。しかし今回、初めから刑事罰をあきらめたということは、証拠が弱い可能性がある。