【ニュースの周辺/9月11日】各種資料から読み解く地域脱炭素事情


7月の参院選後、政局が注目される状況が続いている。一方、社会保障、財政、安全保障、そして世界の経済秩序が大きく変わる中での経済成長など、中長期の視野で議論を深めるべき課題は多い。エネルギー政策もその一つと言えよう。2月18日、「第7次エネルギー基本計画」「地球温暖化対策計画改定」「GX2040ビジョン」が閣議決定され、また、日本の「NDC(国が決定する貢献)」が国連気候変動枠組み条約事務局に提出された。そこでは多くの課題も提示されており、その中で「脱炭素と経済の両立」という困難な命題に対処しなければならない状況にある。

例)

・当面のデータセンターなどの電力需要増加に対する系統などのインフラ整備

・核燃料サイクルの進捗、安全対策の高度化などに伴うイニシャルコスト増などへの対応が求められる中での原発活用の促進(再稼働、新増設)

・コストアップ、地元との共生など、太陽光や洋上風力などにおいていろいろな課題が表面化した再生可能エネルギーの拡大

◆「地方創生」と「地域脱炭素」

1.「地方創生」と「再生可能エネルギーの導入による地域脱炭素の推進」

ところで、エネルギー問題への取り組みは本来、国全体の経済社会の安定を支えるとともに、石破政権が重要テーマとした「地方創生」とも密接にかかわり、後押しするものである6月に閣議決定された「地方創生2.0基本構想」では、「稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生」の一つとして「再生可能エネルギーの導入による地域脱炭素の推進」が掲げられている

参考= 「地方創生2.0基本構想」(6月13日閣議決定、概要より抜粋)

●政策の5本柱

(1)安心して働き、暮らせる地方の生活環境の創生

(2)稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生~地方イノベーション創生構想~

再生可能エネルギーの導入による地域脱炭素の推進⇔「地球温暖化対策計画改定」(2月18日閣議決定)2030年度までに脱炭素先行地域を少なくとも100地域で実現し、先行的な取組を普遍化

(3)人や企業の地方分散~産官学の地方移転、都市と地方の交流などによる創生~

(4)新時代のインフラ整備とAI・デジタルなどの新技術の徹底活用

(5)広域リージョン連携

→都道府県域や市町村域を超えて、地方公共団体と企業や大学、研究機関などの多様な主体が広域的に連携し、地域経済の成長につながる施策を面的に展開

2.「地域循環共生圏」「地域脱炭素ロードマップ」から「脱炭素先行地域」へ

◎「地域循環共生圏」第五次環境基本計画(18年4月17日閣議決定)で提唱

地域循環共生圏とは、「各地域がその地域資源を活かして自立・分散型の社会を形成、補完し、支え合う」(環境省資料)ことで地域を活性化させるというものである。第五次環境基本計画では、新たなバリューチェーンを生み出し、地域の活力を最大限に発揮する地域循環共生圏の考え方を展開するとした。

参考= かつて、ある環境省幹部は次のように述べていた。

地域循環共生圏では、まずは、エネルギー、文化・観光、食、自然、農林水産など、時に見過ごされがちだった各地域の地域資源を再認識し、価値を見出していくことが、地域における環境・経済・社会の統合的向上に向けた取り組みの第一歩となる。例えば、地域におけるバイオマスを活用した発電・熱利用は、化石資源の代替と長距離輸送の削減によって低炭素・省資源を実現しつつ、地域雇用の創出、災害時のエネルギー確保によるレジリエンスの強化といった経済・社会的な効用も生み出す。分散型エネルギーの収益を地域での再投資に向けるなど、地域資源で稼ぎながら課題解決をすることで、持続可能な形で地域循環共生圏の形成に取り組むことになる。地域循環共生圏の形成とは“地域の未来づくり”に他ならない」「分散型エネルギーシステムは、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの普及拡大、エネルギーシステムの強靭化に貢献する。それはまた、コンパクトシティや交通システムの構築など、まちづくりと一体として導入が進められることで、地域の活性化にも貢献し、“地域循環共生圏”の形成にも寄与するものである

◎「地域脱炭素ロードマップ」21年6月9日 国・地方脱炭素実現会議で決定

●キーメッセージ

地方から始まる、次の時代への移行戦略(概要より抜粋)

・わが国は、限られた国土を賢く活用し、面積当たりの太陽光発電を世界一まで拡大してきた。他方で、再エネをめぐる現下の情勢は、課題が山積(コスト・適地確保・環境共生など)。国を挙げてこの課題を乗り越え、地域の豊富な再エネポテンシャルを有効利用していく。

・一方、環境省の試算によると、約9割の市町村で、エネルギー代金の域内外収支は、域外支出が上回っている

・豊富な再エネポテンシャルを有効活用することで、地域内で経済を循環させることが重要。

今後の5年間に政策を総動員し、人材・技術・情報・資金を積極支援して、

・30年度までに少なくとも100か所の脱炭素先行地域を創出

・全国で重点対策(自家消費型太陽光、省エネ住宅、電動車など)を実行

◎脱炭素先行地域の創出

「地球温暖化対策計画改定」(2月18日閣議決定)においても、30年度までに100以上の脱炭素先行地域の創出を掲げている。 

【記者通信/9月10日】三菱商事の洋上風力撤退 村瀬エネ庁長官「非常に遺憾」


資源エネルギー庁の村瀬佳史長官は9月3日、専門紙記者団のグループインタビューに応じた。この中で、三菱商事が秋田・千葉両県沖の3海域で進めていた洋上風力発電事業から撤退を表明したことについて、「非常に遺憾で残念だ」と述べた。一方、「第7次エネルギー基本計画で示した方針は揺らぐことなく進めていきたい」と強調。3海域については速やかに再公募に取り組む意向を示した。

三菱商事と中部電力子会社のシーテックによるコンソーシアムは、2021年に実施された洋上風力公募の第1ラウンドで「秋田県能代市・三種町・男鹿市沖」「同県由利本荘市沖」「千葉県銚子市沖」の3海域を落札したが、インフレなどによる事業環境の急変を理由にこれら全てのプロジェクトから撤退を決めた。村瀬氏は、世界的な資材価格の高騰に加え、国内では円安や風力設備の調達を海外メーカーに依存せざるを得ない状況であることから、撤退に一定の理解を示した。

第1ラウンドの評価基準は、供給価格点と事業実現性の配点をそれぞれ120点と同じ割合にしていた。村瀬氏は、「当時は供給価格と事業実現性を半々で見ていたが、結果論で言えば事業実現性にウエイトを置いて考えておくことが妥当だった」と振り返った。同社が破格の価格で3海域を総取りしたことについては「大企業として能力も責任もあると見込み、やり切ってもらえるとの期待があったが、裏切られる結果になった」との見解を示した。

第7次エネ基では、発電電源に占める風力の割合を現在の約1%から40年度に4~8%に拡大する方針を掲げる。この方針に向けて、今後は入札参加者が公平・公正なルールの下で事業を成り立たせられるよう制度設計を進める考えだ。仮に、事業実現性を重視すればコストが上振れする可能性があるため、「社会的に許容される制度設計がポイントになる」(村瀬氏)。再公募の具体的な時期については言及を避けた。

【時流潮流/9月5日】米中印の微妙な三角関係 石油資源問題も背景に


インドのモディ首相が8月末、7年ぶりに中国を訪問した。上海協力機構(SCO)首脳会議に出席し、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領とも会談した。インドと中国は2020年にヒマラヤ国境付近で衝突して以後、関係が悪化した。一方、米国とは、事実上の中国包囲網である協力枠組み「クアッド」を日本、豪州とともに形成し良好な関係を築いてきた。

だが、トランプ氏の米大統領就任後、米印関係に亀裂が入る。きっかけは今年5月初旬にあったインドとパキスタンの4日間紛争だ。パキスタンが核兵器使用に踏み切る構えを見せたことで、米国などが止めに入った。幸い停戦に至ったが、ノーベル平和賞を本気で狙うトランプ氏は、自分の成果だと自慢した。

モディ氏はこの発言が気に障る。インドの圧力でパキスタンが停戦に応じたと考えているからだ。6月17日のトランプ氏との電話協議では「米国からの仲介を受けておらず、今後も受けるつもりはない」と言い放ち、両国の対立の根が意外と深いと世に知らしめた。

トランプ氏も黙っていない。手始めにモディ氏との電話協議の翌日、インドと対立するパキスタンの軍参謀総長をホワイトハウスに迎えた。米国は中国やイランと国境を接するパキスタンを、地政学的に重要な国として北大西洋条約機構(NATO)に準ずる同盟国と位置づけているが、軍参謀総長を単独でホワイトハウスに招いたのは初めてだ。

7月末には、パキスタンの油田開発支援を打ち出した。石油の海外依存度が高いパキスタンは、国内で探鉱を続けるが、米エクソンモービルが19年に撤退するなど失敗続きだ。

トランプ氏は「米国は膨大な石油埋蔵量の開発に協力する。多分、将来はインドに輸出することになる」と宣言した。ただ、具体的な計画は何も示さず、インドを意識したパフォーマンスにすぎないと受け止められている。

インドのしたたかな外交術

極めつきは8月だ。トランプ氏はロシア産原油を購入し、ロシアのウクライナ戦争の戦費を支える諸国に「二次制裁を課す」と脅した。インドは、中国に次いでロシア産の原油を多く輸入する国だが、米国の脅しを無視して輸入を継続する。

反発した米国はインドに50%の高関税を発動する。ただ、中国への二次制裁は見送った。レアアースの対米禁輸措置など報復を恐れたためだ。中国と違い「切り札」を持たないインドを狙い撃ちした形だ。トランプ氏は、今秋にインドで開催予定の「クアッド」首脳会合への出席も見送る意向で、米印関係の改善はしばらくは見込めそうもない。

そうした中、中国は王毅外相を8月中旬にインドに派遣し、今回の首脳会談実現に道筋をつけた。米国の「敵失」を利用し、反米感情を持ち始めたインドへの接近を図る構えだ。

とはいえ、インドは一筋縄ではいかない。訪中前の訪問先に日本を選び、日本の新幹線導入を決めた。プーチン氏なども参列した3日の中国戦勝パレードには参加せずに帰国した。欧州を含めバランスのとれた外交を目指しているからだ。トランプ劇場の行方もさることながら、世界最大の人口を武器にしたインドのしたたかな外交術にも注目だ。

【記者通信/9月4日】経産省の来年度概算要求 GX推進対策費で52%増


経済産業省は2026年度予算の概算要求で、今年度当初予算比18.8%増の総額2兆444億円を計上した。このうちエネルギー対策特別会計は同19.9%増の1兆4551億円。「GX推進対策費」が同52%増の7671億円に拡充され、歳出額を積み増した。GX関連には国庫債務負担行為を活用し複数年度にわたる事業があり、これらの設備投資が増えるステージに入った格好だ。

GX推進対策費で計7671億円を計上した

個別事業別では「強靭な経済基盤の構築」に向けた予算が大きく、1兆4243億円と今年度当初予算から4000億円ほど積み増した。不確実な国際環境と交易条件の悪化に対応する狙いがある。具体的には、エネルギー価格の変動に強いエネルギー需給構造への転換を促すため、徹底した省エネと非化石転換、DR(デマンドレスポンス)を促進していく。「省エネルギー投資促進・需給構造転換支援事業費」に同2.3倍の1810億円、「再生可能エネルギー導入拡大に向けた系統用蓄電池などの電力貯蔵システム導入支援事業」に同3.1倍の472億円などを計上した。また、脱炭素電源の最大限活用に向けて、事業環境の整備や次世代技術の社会実装を推進する。「洋上風力発電の導入促進に向けた採算性分析のための基礎調査事業」を同29億円ほど積み増し120億円を計上した。発電施設を排他的経済水域(EEZ)にも設置できるようにする改正再生可能エネルギー海域利用法の成立を受けて、調査対象区域を広げていく考えだ。高速炉や高温ガス炉の開発を後押しする「次世代革新炉の技術開発・産業基盤強化支援事業」には研究開発の進展を踏まえ、同43.1%増の1273億円を計上した。こうした事業強化を通じ不確実性が一層高まる国際環境に備える。

このほか同省は、①産業競争力強化・経済成長および排出削減の効果が高いGXの促進、②AI・半導体分野における量産投資や研究開発支援などの重点的投資支援、③米国関税・物価高高騰などによる影響を踏まえた中小企業・小規模事業者に対する機動的な金融支援や賃金向上、生産性向上および成長の強力な下支え――などの六つの重点分野について事項要求を行う考えだ。

【記者通信/9月3日】DC事業者が電力調達に危機感 自家発の可能性に言及も


企業のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)支援を手掛けるBooostが8月下旬、需要家向けに「エネルギーカンファレンス」を開催し、「不透明なエネルギー情勢を乗り越える、電力・再エネポートフォリオ戦略」をテーマにパネル討論を行った。登壇したソフトバンク執行役員グリーントランスフォーメーション推進本部長の中野明彦氏は、データセンター(DC)事業を拡大していく上で、長期の再エネ電気の確保はもとより、その他の電力も5~10年単位の契約を電力会社に求めていくことが重要だと指摘。さらに、さまざまな選択肢を検討する中、「最後は自家発という方法もあるが、ガスエンジンをただ並べるわけにはいかず、一工夫することなども含めていろいろ考えている」とコメントした。

エネルギーカンファレンスで行われたパネル討論会の模様

Booostの青井宏憲代表がモデレーターとなり、中野氏、そしてKPMG FAS執行役員パートナーの鵜飼成典氏が参加。第7次エネルギー基本計画などの政策面や、電力・再エネの調達リスクを踏まえつつ、ポートフォリオ構築の必要性について見解を交わした。

中野氏は、自社で300MW(1MW=1000kW)級のAI向け大型DCの建設を複数地点で計画する中、安定的に低廉な電源を長期で確保していくことは「極めて重要な経営課題」だと強調した。同社では、電力広域的運営推進機関が示した複数の将来の需給シナリオのうち、GX・DXが進展した場合に電源が20GW(1GW=100万kW)足りないといった想定と近い認識を持っているという。

また、20年間の再エネ調達契約を経営会議で決定したことを紹介。電力市場の変動の大きさから「長期で電力コストを固定するという概念」が重要だとの考えを示した。

KPMGの鵜飼氏は、複数シナリオを提示しバランス感を重視した第7次エネ基は「企業が今後の電力需要を考える上で頭に入れておくべき世界観だ」と説明した。

企業の電力調達戦略に関しては、「エネルギー価格がまた吹くかもしれず、市場全体が変わる中でリスクを取れるのかという分析が経営陣には欠かせない。電力は需給バランスが変わるタイミングが一気に来るという特性があり、このリスクが大きい」と強調。取れるリスクと取れないリスクを分けながら、全体の経営計画の中で電力調達をどう考えるのかがポイントになると指摘した。

【記者通信/9月3日】東ガスが重要課題を改定 DX軸に次期中計に反映へ


東京ガスは9月1日、グループの事業運営における「マテリアリティ(重要課題)」を改定したと発表した。経営理念を現場課題に落とし込む「羅針盤」と位置付け、「エネルギーの安定供給とカーボンニュートラル(CN)の実現」と「脱炭素・最適化・レジリエンスに資するソリューション提供」を、創出すべき2大価値と定めた。これを実現するため人材強化やデジタルトランスフォーメーション(DX)に注力し、2026年度以降の次期中期経営計画に反映させる方針だ。

改定の内容を説明する東ガスの南CFO

マテリアリティは15年に初めて策定され、2~3年ごとに見直されてきた。南琢常務執行役員兼CFO(最高財務責任者)はこの日の会見で、「前回(22年改定)は環境課題やサステナビリティを網羅したが、経営計画への落とし込みが不十分だった」と振り返り、「今回は価値創出に必要な取り組みを明確にし、社員が日々意識できる内容にした」と説明した。

具体的な行動指針として、人材強化、ステークホルダーとの共創推進、DXなど五つの変革テーマを設定。人材面ではジョブチャレンジ制度を拡充し、社員が主体的にキャリアを描ける環境を整える。ステークホルダーとの取り組みでは、自治体との協力やカーボンオフセット都市ガスの普及拡大を通じ、CN実現に向けた地域との連携を強化する。

中でもDXを最重要課題と位置付け、昨年独自に開発した生成AI活用アプリ「AIGNIS(アイグニス)」の本格導入や3000人超のDX人材育成を進める。南氏は、「各目標の実現には、現場でのDXの進展が欠かせない」と述べ、グループ各組織が自律的にDXを推進できる体制づくりを目指す方針を示した。

今回の改定は、CNの進め方や地政学リスクなど、事業環境の変化に対応する狙いがある。南氏は「2030年に向けた道筋を社内外のステークホルダーと共有することが重要」と述べ、グループ全体で持続的成長と社会課題の解決を追求する姿勢を強調した。

【記者通信/9月1日】東急PSが蓄電池1000台を無償配布 都市型VPP活用も視野に


東急パワーサプライ(東京都世田谷区)は8月28日、東京都内の戸建て世帯を対象に蓄電池1000台を無償で配布する「てるまるでんちプロジェクト」を始めたと発表した。都の助成金を活用し、蓄電池本体や工事、保守の費用はすべて同社が負担する。蓄電池は家庭の電気料金の抑制や防災に寄与し、需給がひっ迫した際には各蓄電池を束ねてVPP(仮想発電所)として運用することで、都市部のレジリエンス強化につなげる狙いがある。

蓄電池の大規模配布プロジェクトを発表した東急パワーサプライの村井社長(右)と冨山氏(同社提供)

利用者は、市場価格に応じて30分ごとに料金単価が変動する「ライフフィットプラン」への加入が必須で、ほかにも太陽光パネルやエネファームなどの発電設備を設置していないことなどが条件となる。蓄電池は同社が遠隔制御し、料金の安い時間帯に充電した電気を高い時間帯に使うことで、年間で約3万3千円の削減効果が見込めるという。また、常に3割以上の容量を残しながら運用するため、停電時でも電力を利用でき、利用者は行動変容や特別な操作なしで節約と防災を両立できる。

蓄電池で採用したのは、パワーコンディショナーの製造などを手掛けるオムロンソーシアルソリューションズ製の大容量型。1台あたり12.7kW時の容量を持ち、1000台で計1万2700kW時となる。これは系統用蓄電池2~3台分に相当する規模で、東急パワーサプライはこれをVPPとして活用し、都市部の電力安定化に貢献したい考えだ

「蓄電池を当たり前の生活インフラに」

1000台もの蓄電池を無償で配布するのは異例の取り組みだ。プロジェクト責任者の冨山晶大シニアアドバイザーは、「蓄電池の普及拡大はもちろん、将来的には需給調整市場や容量市場を通じた収益化を見込んでいる。1000台であれば市場参加の最低ラインを満たし、投資リスクとしても折り合いがつく」と述べ、大規模展開に踏み切った背景を明らかにした。

同社の村井健二社長は、「都には手厚い支援制度があるにもかかわらず、太陽光発電に不向きな住宅が多いことや費用負担への懸念から、導入は進んでいない現状がある。今回のプロジェクトを通じてこれらの課題をクリアにし、蓄電池を『当たり前の生活インフラ』として広げていきたい」と意気込みを見せている。

【表層深層/9月1日】東電「上場廃止」はあり得る? 著名アナリストが徹底解説


2025年度一四半期決算で巨額の特別損失を計上した東京電力ホールディングを巡り、一部関係者の間で上場廃止の可能性が取りざたされている。エネルギーフォーラム9月号(8月末発売)のレポート記事で取り上げているが、その際に著名アナリストの伊藤敏憲・伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー代表に見解を寄せてもらった。誌面では一部しか紹介できなかったが、この問題の深層を分かりやすく解説する興味深い内容だったため、オンライン限定で全文を掲載することにした。

◆第一四半期の純損益が8500億円超の赤字に

東京電力は2025年度第一四半期決算で、7月23日に開催された原子力損害賠償・廃炉等支援機構(原賠機構)の燃料デブリ取り出し工法評価小委員会において、燃料デブリ取り出しに関わる準備作業のあり方が示されたことを踏まえ、①新たに見込まれる取り出し準備の作業費用等9,030億円を災害特別損失に計上したこと、②出荷制限指示などによる損害、風評被害および間接損害などその他に関わる見積額が算定期間延長によって増加したこと――などで巨額の特別損失が発生したため、四半期純損益が8576億円の赤字となり、25年6月末の純資産が3月末比9248億円減の2兆8613億円に減少、自己資本比率も同5.8%ポイント減の19.3%に低下した。

◆債務超過に陥る可能性はあるのか

東電の燃料費の変動に伴う期ズレ影響を除いた実質的な経常収支は堅調に推移している。販売電力量の減少、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働の遅れ、同発電所の再稼働に向けた安全対策工事に関わる支出の拡大などの減益要因を着実に進捗しているコスト削減・効率化の効果や収益拡大に向けた取り組みの成果などによってカバーできているからだ。

原子力損害賠償支払額および要賠償額が対象の追加や見直しにより想定より積み上がっているが、原子力損害賠償のスキームが変更されない限り、賠償による収支への影響は限定される見通しである。

ただし、現時点では見積もられていない福島第一原子力発電所のデブリ取り出しに要する支出想定額が追加された場合、巨額の災害特別損失の計上を余儀なくされ、原賠機構による支援スキームが見直されない限り債務超過に陥る可能性が高い。

◆震災後に上場廃止が話題に

朝日新聞が11年6月4日付朝刊で、東京証券取引所グループの斉藤惇社長(当時、斉藤氏は産業再生機構の元社長)の談話として「東電も日本航空と同様の処理が望ましい」と報道、斉藤氏は具体案として、1990年代の金融システム危機を参考に特別法をつくり、東電の資産内容を厳しく調査したうえで、債務超過ならば一時国有化して銀行には債権放棄を求め、上場廃止し、数年後に発電会社として再上場するという案を披露したとのことだった。この報道を受けて、東京電力の株価は同月6日に急落したが、東京証券取引所が同日に「現時点で、東京電力が上場廃止基準に抵触すべき事実はないと認識している」とのコメントを発表したことで、騒動が沈静化したことがあった。

ちなみに、日本航空は、長年にわたる放漫経営による経営体質の悪化に、リーマンショックによる経営環境の悪化が追い打ちをかけて、業績が著しく悪化したため、10年1月に会社更生法の適用を申請し、2月に株式を100%減資して上場廃止。その後、経営の再建に成功し、12年5月に再上場を果たした。

東電のケースでも、11年3月に起きた東日本大震災によって被災し原子力事故を起こした福島第一原子力発電所の廃炉、除染、放射性廃棄物の貯蔵・処分などに関わる損失、被災者賠償などによって債務超過に陥る見通しとなった場合に、東電を破綻処理して株式を100%減資して上場を廃止し、送配電、燃料調達、発電、電力小売などの電気事業を継承する会社(いわゆるグッド東電)と、福島第一原発の廃炉や除染などの事故処理や被災者への賠償事業等を行う会社(バッド東電)に分離し、バッド東電は国の事業とすべきとの意見も見られた。しかしながら、結果的に東電を存続させたまま、現在の原賠機構による支援スキームを作ることで、東電をスケープゴートとしつつ、廃炉・賠償等の資金の捻出、財政支出の抑制、金融機関等が保有する債権の保全などが図られた。

【表層真相/8月31日】三菱商事「洋上風力撤退」の波紋 トップの責任問う声


秋田・千葉両県3海域で計画していた洋上風力発電事業からの撤退を発表した三菱商事。入札した当時とは事業環境が異なり、事業コストや工期、収益性など様々な面で事業継続が困難になったと判断したという。破格の安値での入札で当初から事業性を疑う向きもあったが、図らずもその指摘が的中した格好だ。洋上風力発電の大型プロジェクト第1号案件が頓挫したことで、ほかの大型プロジェクトに参画している事業者にも影響を与えることが必至だ。さらに洋上風力の不透明感が増したことは、「脱炭素」をベースに成り立ってきたエネルギー政策やグリーントランスフォーメーション(GX)戦略などの大幅な練り直しが必要になる可能性が出てきた。同社トップの責任は重大だ。

会見では中西社長の責任や進退を追及する質問がほぼ出なかった(8月27日)

「安値入札」が起因 絶えない疑念

「結果的にプロジェクトを進めることができなかったのは断腸の思いだ」

8月27日に記者会見した三菱商事の中西勝也社長は、事業撤退についての所感をこう述べた。中西氏は事業撤退の理由について「建設費が入札時の見込みから2倍以上に膨らみ、将来さらにコストが膨らむリスクがあった。経済情勢が激変し、投資回収すら難しい状況になった。FIPに転換しても開発継続は困難と判断した」と説明。破格の安値での入札に無理があったのではとの質問には「見通せる事業環境やインフレ、金利なども含めて十分な採算を確保できると判断した」と述べ、あくまで予期できなかった外部要因が事業継続を困難なものにしたという主張を突き通した。

三菱商事は2025年3月期に洋上風力発電で524億円もの損失をすでに出している。さらに今回の撤退でペナルティーとして約200億円を支払うことになる見通しで、損失は現段階でも700億円を超すとみられる。だが「実態は1000億円を超す損失になるのではないだろうか」(エネルギーアナリスト)と推測する。

広報の仕切り通りに⁉ 異例の会見模様

経営の失敗を発表するというテーマの重大さからすると、異例の会見だった。質問は一人一問に限定され、時間も予定通りの1時間で終了した。「広報が会見を取り仕切り、顔見知りの記者を中心にあてていった感じがした。中西社長の責任や進退を問う質問はほとんど出なかった。自分はずっと挙手していたが、完全にスルーされ、真後ろにいて司会からは見えづらいはずの一般紙記者があてられていた。そもそもこの手の会見で、一人一問しか聞けないとか、1時間きっかりで終了することなど、普通はあり得ない」(専門紙記者)。いわば全てが三菱商事の流れで進んだ社長会見だったのだ。自らの責任について中西氏は「データの開示など後続の企業につないでいく取り組みはやらなければいけない。当社としてやれることはあると考えている。引き続き、社長としての責務を全うして当社をけん引していきたい」と続投を表明した。

しかし中西氏ら経営陣の判断がそもそも間違っていたとする指摘は、社内外から上がっている。とりわけ強いのが、入札時の破格な安値が問題だったのではないかという指摘だ。

三菱商事の入札価格は1㎾時あたり、秋田県能代市沖が13.26円、由利本荘沖が11.99円、千葉県銚子市沖でも16.49円だった。上限価格とされた29円を大幅に下回る価格に他の事業者は「20~22円でギリギリ採算が取れる水準。本当かと耳を疑いました」(事業関係者)と振り返る。

三菱商事の関係者は「長期プロジェクトのリスクを見通せなかったというのは経営判断として甘すぎる。社内でもあれほどの安値で採算がとれるというのは無理があると考えていた人はいたはずだ。見通しの甘い事業によく手を突っ込んだものだ」と批判する。

大手エネルギー企業の幹部は「洋上風力発電はとにかく金がかかる。何らかの思惑のために無理やり作り出した数字だったのではないか。むしろインフレが進んで降りやすい理由が見つかったと考えるのが普通だろう」と手厳しい。

【記者通信/8月27日】将来の需給シナリオに経産省OBが異論 「広域機関の検証は不十分」


電力広域的運営推進機関が発表した将来の電力需給シナリオを巡り、関係者からさまざまな意見が出ている。GX・DXの進展に伴い、データセンター(DC)などの需要増が見込まれる中、シナリオは三つの技術検討会社の想定を基に、2040年、50年の需給バランスを複数ケースで提示。50年に最大で8900万kW供給力が不足するとしたが、「本当にそこまで需要が急増するのか」といった受け止めは少なくない。

経済産業省の有力OBは、シナリオ想定に対して懐疑的な見方を示す。

まず、「既にDCに関するイノベーションのペースがある程度見通せる段階になっているが、広域機関のシナリオはその点の検証が不十分。特に一部技術検討会社の想定は論外だ」と評する。

例えば、DCの電力総需要のうち、冷却用は4割以上と大きい。この部分の省エネ化がDC需要全体の動向に直結する。既に液冷や液浸などの技術が存在しており、今後さらなるイノベーションも見込める。

また、データ処理時の消費電力に関してはこれまで、データ処理量が指数関数的に増えていくので電力需要も急増するとの見方があった。しかしサーバーの処理能力が格段に上がっており、実際の需要はそこまで増えていない。光電融合技術などが実装されれば大幅な省エネへとつながる。

さらに、AIの用途・ニーズを踏まえた分析も重要になる。オープンソースでないAIはゼロから学習していく上で電力を爆食いするが、そうした開発を主導するのはむしろ米国や中国。日本は必ずしもそうではなく、ディープシークなどオープンソースのAIがどの程度普及するかも重要なファクターだ。

前出の経産省OBは、そもそもこのシナリオでは本当にカーボンニュートラル(CN)を実現するかどうかが見えてこない点も問題だと指摘。「都市ガスを使わない、工業用需要は電気や水素などで賄う、車は全てEV化――といった前提ではなく、妥協している。CNの地獄を見せていない。政策としてCNを掲げている以上、そこから逆算して『供給力が何万kW足りない、そうなると原発がこれくらい必要』などと示さなければ試算の意味がない。CNは無理だと思うならば正直に示すべきだろう」と提案する。

電力潮流への影響も 引き続き議論欠かせず

一方、新たな需要創出が電力潮流に与える影響についても考える必要がある。これまでは湾岸に大規模需要があるという前提で系統のルートを決めてきたが、今後は千葉県印西市などの地点に大規模需要が存在するようになり、ネットワーク全体の見直しが必要となる可能性もある。

それに付随するコスト負担も今後の論点だ。「特殊なDC用需要に関するコストは、DC事業者が負担すべきだ。再エネで発電側課金があれだけ議論になったのに、DCでは需要家側にコストを寄せるとしたら公平感がない。DC事業者が原子力のオーナーになるような事態を想定した制度の見直しも必要ではないか」(前出の経産省OB)――。

このように、将来の電力需要増に向けて考えるべき観点は数多ある。

シナリオ内でも、「さまざまな主体による検証やさらなる検討の材料として活用されることを期待する」「3~5年ごとに見直すことを基本とし、必要に応じてより早期の見直しを行うこととする」との記述がある。

供給側・需要側双方がリスクをどう分担し、不確実な需要増に備えていくのか、といったさらなる議論が欠かせない。

【目安箱/8月26日】米貿易・関税交渉とエネルギー 夢は大きいが先行き不透明


日米の貿易・関税交渉交渉が続いている。主要国の中で日本は米国との間で合意をいち早く結び、米国による高率の関税を回避した。しかし合意の中身は曖昧さが残る。エネルギーを巡っては、アラスカのLNGの日本の関与、またガソリンの代替となるバイオエタノールの輸入拡大が合意された。しかし漠然とした内容だ。米国に無理な要求をされないように、日本側のエネルギー業界、有識者の方から早めに制度づくりの注文をした方がよさそうだ。

25年2月の日米首脳会談(首相官邸Hウェブサイトより)

◆日米合意で何が決まったか

7月の合意文書はエネルギー関係の箇所を抜粋すると、次のような内容だ(ホワイトハウスの公開した文書より)。日米両国政府は、正式な合意文書を作成しておらず、これは問題だ。(日米関税合意に関するホワイトハウスのファクトシート全文(日本語訳

▶︎5500億ドル(約80兆円)を超える新たな日米投資枠組みで、その利益の90%をアメリカがとる。これは外国投資として史上最大のコミットメントであり、数十万人規模の米国の雇用を創出して国内製造業を拡大し、何世代にもわたる米国の繁栄を確保することになる。

▶︎日本はトウモロコシ、大豆、肥料、バイオエタノール、持続可能な航空燃料(SAF)を含む米国製品を80億ドル相当購入する。

▶︎日本向けの米国産エネルギー輸出が大幅拡大される。米国と日本はアラスカ産LNGに関する新たなオフテイク(長期供給)契約を模索している。

この80兆円の投資に関する日米間の認識の違いが問題になっている。米国側は投資収益の90%が米国に帰属すると主張する。一方で日本側は出資割合に基づく民間企業間の利益配分としており、財政負担は数百億円程度に抑えられるとしている。この食い違いが、今後、大きな問題にならないかが懸念される。ただし日米両国政府の支援による共同事業や大規模投資が行われる可能性は高い。

◆アラスカ天然ガスで新ルート建設

アラスカは、原油、天然ガスが埋蔵されているが、その採算が取れる採掘場所は限られている。日本もアラスカ南部の天然ガスをかつて輸入したが、その産出量が減ったために今はなくなっている。

トランプ米大統領は、就任直後に出したいくつかの大統領令の中で、アラスカの天然資源の開発を行う意向を示した。アラスカ・ガスライン開発公社は、同州北部で算出する天然ガスを、州を縦断する長さ約1300キロのパイプラインで南部に輸送し、供給基地を作る計画を示している。2030年頃の運転開始を目指している。

米国側は、この供給網を日本の金で整備し、ガスを日本に輸出しようと考えているようだ。日本は世界の2割のLNGを輸入する世界最大の輸入国だ。その輸入先は中東や東南アジアに偏在しているため、友好国の米国から輸入することは好ましいだろう。供給先の多角化によって、有事の際の安全保障リスク軽減するためだ。

日本にとってアラスカは中東より近く、中国の勢力圏である南シナ海を通らない。またLNGを使う、台湾、韓国などの近隣諸国とも、共同して供給網を整備することもできる。

しかし、この事業開発のコストと時間が問題になる。発表によると、その工事金額はおよそ計画で440億ドル(6兆4000億円)だが、上振れの可能性がある。アラスカのガス開発に、日本側がどのように関わるか、まだ明確ではない。そしてトランプ大統領の任期終了である2028年までに結果が出る話でもなさそうだ。

◆バイオエタノールも今すぐ使えない

バイオエタノールも同じことが言える。日本ではバイオエタノールはほとんど使われていない。それは「これからインフラを作る」ということだ。すぐには使えない。

バイオ燃料は燃焼時に二酸化炭素を排出するが、原料となる植物が成長過程でそれを吸収するため、差し引きゼロ、つまりカーボンニュートラルとみなされる。燃料の脱炭素化の手段として注目されているが、日本ではコストの高さから作られてこなかった。一方で、農業大国でもあるアメリカではトウモロコシ由来のバイオエタノールがガソリン、軽油への利用、近年では航空燃料への試験的利用が行われている。米国はそれを売りたがっている。

日本は今年25年2月に第7次エネルギー基本計画を閣議決定した。そこでバイオエタノールの活用を、政府が支援することを宣言した。また今年6月に経産省・資源エネルギー庁は、民間企業などと、利用のためのアクションプランを作った。そこでは2028年からエタノールを10%含むE10燃料の供給を始める目標を掲げた。ここでも即座に使用が広がる状況ではない。

バイオエタノールは、一種のアルコールだ。ガソリンに添加する場合、米国では直接混合してコストを下げている。バイオエタノールを「ETBE」というガソリン添加剤に加工して、ガソリンに混合してきた。米国では直接混合しても、問題はないという。しかし日本ではガソリンスタンドの供給設備、また入れる自動車エンジンの破損や損耗が起きる可能性を懸念する声もあり、その検証、また対応が必要だ。

またバイオエタノールの混入が10%程度の「E10」なら、改造なく自動車エンジンで使っても大丈夫と言われる。しかし米国と気候が違い、産地から搬送したエタノールを使う日本で問題はないか。その検証も必要になる。米国では同量のエネルギー量なら、ガソリンよりバイオエタノールが安い傾向がある。しかし日本ではバイオエタノールの輸送費がかかるため、価格面で優位になるかはまだ不明だ。日本の消費者がそれを使うかはわからない。

トランプ政権は農業の支援を重視しているので、日本のバイオエタノールの大量輸出は、米国内での政治的なアピールにはなるだろう。しかし未定のことだらけなのだ。合意文書で出てきた80億ドルの購入の根拠、時期も公表されていない。

◆日本の産業界から積極的に政府に提案を

日米合意とエネルギーを調べると、中身は何も決まっていなかった。何か大きな取引を成し遂げたような印象を与えるため、トランプ米大統領を喜ばせるため、急いで日米当局が合意を結んだように見える。

ところが結果の出ないことをトランプ大統領がこれら二つの問題で不快に思ったら、交渉がおかしな方向に転がるかもしれない。

LNG、またバイオエタノールに関わるエネルギー産業の人は、早め早めに動いた方がいいだろう。自分のビジネスの向き合い方と、この政治圧力を利用して、どのように利益を上げるかを考えるべきだ。場合によっては日米両政府の政治家や官僚、または気まぐれなトランプ大統領の意向に先んじて、ビジネススキームを作って提案し、逆に彼らを引き回することも考えるべきだ。日米関係は重要だが、だからと言って、政治や役人の思いつきで、個人や個別企業が損を受ける必要はない。

「どうせ考えなるなら大きく考えろ。どうせ生きるなら大きく生きろ」。これは、不動産経営者だった時に、トランプ大統領が語った言葉という。トランプ大統領、日米両政府を引き回すほどのプランを、日本のエネルギー業界人が提案できたら面白い。

【時流潮流/8月25日】月面での原発開発競争 米国は29年度までに建設計画


月を巡る競争が激化している。東西冷戦期は、米ソ両国が月面一番乗りを競ったが、現在進行系の新たな競争は米中露の3カ国がしのぎを削る。米国はアルテミス構想、中露両国はILRS構想を掲げ、2030年前後から月面基地建設を目指している。

生成AIで作成した月面原発のイメージ画像

基地建設で最大の焦点はエネルギー供給源の確保となる。宇宙に浮かぶ国際宇宙ステーション(ISS)や多くの宇宙船のエネルギーは太陽光パネルがその主役を務めるが、月では太陽光発電は十分に機能を果たすことができない。

その訳は、月の1日が地球の約1カ月に相当する事情のためだ。2週間ほど昼が続いた後は、2週間ほど夜が続く。最低気温は氷点下173度という極寒だ。つまり、闇に包まれた時間が地球より長く、太陽光発電には適さない。

1972年に最後に月面に着陸したアポロ17号は、滞在期間が13日間ほどだったため、バッテリーで対応できた。だが、基地を建設し、定住するとなれば安定したエネルギー確保が不可欠となる。

両陣営とも注目しているのが原子力発電所だ。

先陣を切ったのは中露両国。今年5月に、月の南極地点に2035年までに設置を予定する月面基地に原発を作る計画を公表した。ロシアの航空宇宙局(ロスコスモス)と中国の国家宇宙局(CNSA)が共同して開発にあたる。30年までに中国の「嫦娥8号」と、ロシアの「ルナ28号」が建設候補地に着陸し、30年の着工を目指す。35年以後に基地に人が住み始める絵を描く。

27年度に第一陣が月面に降り立つ計画

一方、米国の航空宇宙局(NASA)はこの夏、中露よりも早い29年までに月基地での原発建設を急ぐ考えを表明した。出力は小規模な町の電力をまかなえる最低100kw、重量15㌧以内を目指している。打ち上げは29年10月~12月の予定だ。

NASAは16年に米エネルギー省との協力を開始、月面基地に最適なマイクロ原子炉の開発を続けてきた。数世帯分の電力を供給する10kwのパイロット炉が完成、米国内での実験で好成績を収めたため、現在は33家庭分の40kw炉の実験を続ける。

核燃料にはキッチンペーパーの芯ぐらいの大きさの高濃縮ウランを使う。地上の原発では、発生した熱を蒸気に換えタービンを回して発電するが、宇宙では原子炉で発生した熱をピストン・スターリング・エンジンで熱に変える。余分な熱は大型のラジエーターで大気に放出する形となるという。

8月5日に会見したNASAのショーン・ダフィ長官代行は「宇宙でも、中国を打ち負かしたい」と述べ、中露両国に先手を打つと強い意欲を示した。

宇宙原子炉計画は、月だけでなく将来の火星基地での利用も見据えたものだ。月面基地では、この原子炉から生じるエネルギーを活用して、資源開発や月面の氷を解かし、水素や酸素の製造を目指す。月面を資源基地と「宇宙中継基地」に育てていく意向を持つ。

ただ、計画実現には早くも疑問符が投げかけられている。トランプ米政権はNASAの予算を24%削減する方針を打ち出しており、開発予算を予定通り確保できるかが今後のカギとなりそうだ。

米国はまず26年2~4月に「アルテミス2」を月の周回軌道に投入し、27年度に月面に第一陣が降り立つ計画だ。「アルテミス2」に搭乗する4人のクルーはすでに決まり、訓練を続けている。宇宙開発競争の行方から目が離せない展開が続きそうだ。

【SNS世論/8月18日】参政党躍進の期待と不安 物事の単純化で再エネ敵視も


7月の参議院議員選挙で自公連立政権が敗北し、少数政党が躍進した。その中で14議席を獲得した参政党の伸長が目立った。この結果はエネルギー問題にどのように影響するのか。エネルギー業界の中にいる人間として、期待と不安の双方を持っている。SNSの動きから支持者の考えを見てみよう。

参政党の選挙ポスターと神谷宗幣代表

◆ネット世論と連動する参政党

参政党は3年前の選挙で1議席を獲得しており、今回合わせると15議席になった。これは議会のルールで予算を伴わない法律の提出権を持ったことになり、同党の存在感は増した。躍進した国民民主党、日本保守党も、再エネの無制限な拡大に懐疑的だ。今後、再エネ振興や脱炭素政策の推進には、議会から一定のブレーキがかかるだろう。

ただし参政党はまだ準備不足のようだ。あるジャーナリストが参政党の政治家個人に取材を申し込んだところ、党本部の広報担当から連絡が来て、「全議員が研修中なので秋まで対応ができない」と断ってきた。議員が自らの言葉で語れない。参政党は中身よりも、勢いで勝ってしまった。エネルギー政策でも、これから中身を作っていくことになりそうだ。

同党は九つの柱を掲げ、その中で「地球と調和的に共存する循環型の“環境・エネルギー体系と国土づくり”」(リンク:参政党政策集)https://sanseito.jp/2020/hashira09/を唱える。ただしその公約は政策に詰めきれていないようで、かなり曖昧なものだ。再エネの補助金の縮小と、原子力の促進、太陽光による森林伐採などの抑制、エネルギー産業への外資導入の縮小が方向になるだろう。

国民に政治参加をさせる政党――。参政党はそれを強調する。それではエネルギーではどうなのか。SNS世論から見られる支持者の傾向を見てみよう。日本のSNSは既存メディアの左傾化の反動のためか、他国と違って右、保守派の人の力が強い。その支持者たちは、揃って再エネや脱炭素政策に懐疑的だが、参政党もそれに同調している。

◆SNSで固まり、再エネ敵視へ強まる意見

エネルギー業界の片隅にいる私は、反原発は異様な政策であると思っている。そして自公政権が推進し、既存メディアなどが支援する脱炭素政策はおかしいと思っている。気候変動への対応は大切であるが、無駄な資金が投入されている。従って、それに対する疑問を示した参政党、また国民民主党や日本保守党には期待しているわけだ。

しかしSNSでの参政党の支持者、関係者の言論を見ると、少し心配になる。ネットでは、自由に言論が流れているが特定の意見を持つ人々が集まり、異なる意見を排除して、過激になっていく現象がある。「サイバーカスケード」(カスケード:かたまり)とか「エコーチェンバー」(反響の響く部屋、特定の音が大きく聞こえる)という現象だ。政治に絡むと、そうした動きが先鋭化する。どの政党や政治集団もそうだが、参政党の支援者は特に強い印象だ。

短文投稿のSNSのXでは、その政治議論が可視化される。何人かの参政党の支持者のXをのぞいてみた。「日本の自然を壊してメガソーラーを建てるのはおかしい」「森林伐採を伴う再生可能エネルギー事業の禁止を求める」「太陽光パネルは中国製だ。日本の金で中国に利益を与えている」といった意見が溢れていた。

それらは同意できるのだが、「エネルギー利権で日本が売り渡される」「再エネや脱炭素は米民主党政権の謀略だ」など、そこから陰謀論めいた発言をしている同党の支持者もいた。もちろん、それは一部の人の意見だろうが危うさがある。

◆SNSは「陰謀論」の増幅器か

日本のエネルギー政策は、不幸な動きをした。福島第一原発事故の後で、反原発感情が強まった。原子力の代替策という間違った位置付けをする旧民主党政権、政治勢力で過剰な保護に引っ張られ、一種の再エネバブルが生まれた。それらが落ち着き始めたのは良いが、今度は陰謀論めいた言説が語られる。SNSはその増幅器のようだ。

私たち既存エネルギー業界の人間は、再エネを敵視しているわけでもないし、脱炭素は長期的には必要だと大半の人が考えているだろう。既存水力を含めると総発電量の1割強までに成長した再エネを、既存のエネルギーシステムの中にどのように組み込むこのかが課題だ。再エネは雇用や産業を産んでいる。「原子力、頑張れ!」の声援はありがたいが、逆に原子力だけに突出して成長させるのも無理がある。

物事を単純化する意見にひっぱられがちな参政党と同党支持者の動きに危うさを感じる。要はバランスだ。

参政党は、脱炭素一辺倒の政策に疑問を呈し、国民の生活コスト軽減とエネルギー安全保障を優先する方向だ。これから作る政策を期待したい。

保守政党が欧米で躍進し、揃って脱炭素政策に疑問を示している。米国ではトランプ大統領がその先頭に立っている。また参政党は杉山大志氏など、脱炭素に懐疑的な専門家を招き勉強をしている。そうした専門家の知恵を活かして適切な政策を組み立ててほしい。SNSを観察し、そんな感想、そして期待と不安を参政党に抱いている。

【記者通信/8月12日】国民・玉木代表が原子力政策で見解 与野党連携へ全面協力の姿勢


国民民主党の玉木雄一郎代表は8月7日、エネルギーフォーラムのオンライン番組「そこが知りたい! 石川和男の白熱エネルギートーク」に出演し、エネルギー政策における政党間の連携について「(与野党問わず)エネルギーに関しては全面的に協力する」と述べ、原子力推進の立場を取る自民党や日本維新の会、参政党などとの政策連携に前向きの姿勢を示した。連立入りについては「いつかは政権を担いたいと思って頑張ってきたが、自民党だけでなく立憲民主党や日本維新の会の党内政局をよく見定めたい」と述べるにとどめた。衆参ともに少数与党となり個別政策を巡る与野党の連携が焦点となる中、原子力の活用や電力システム改革の見直しを掲げる国民民主の動向に注目だ。

エネルギーフォーラムのオンライン番組に出演した玉木代表

視聴者からの「政党では自民党、日本維新の会、参政党が原発推進の立場を取っている。エネルギー、とりわけ原子力分野での政策連携はあるか」との質問に対し、玉木氏は「全面的に協力する。これまでもやってきた」と強調。その上で、「エネルギー政策は国家の基本。どちらも連合に応援してもらいながら立憲民主と一緒にできないのは、原発ゼロを綱領に掲げているから」だとの見解を示した。

暫定税率廃止は民意 再エネ賦課金は「やめた方がいい」

8月1日には野党が求めるガソリン税の暫定税率廃止を巡る与野党協議が始まった。野党側は11月1日廃止を訴え、与党側は来年度以降の代替財源の確保が先決と主張する。玉木氏は「恒久財源を見つけないと今年度中の廃止はできないと与党側は言うが、選挙で示された民意をしっかり考えてほしい。日本は物流コストが高いので、廃止は物価高対策としても効く。ぜひ年内に実現したい」と意気込みを見せた。今年度中の財源については「自民党が参院選で公約として掲げた2万円給付をやめれば、お釣りがくる」との見方を示した。

再エネ賦課金については、「やめた方がいい。当初よりも負担が大きくなっている。それが手取りの増えない原因の一つ」と廃止を訴えた。地元同意や原子力規制委員会の審査長期化で再稼働が進まない原子力については「大切な判断を首長や事業者に任せている。国は『前面に出る』と言っているが、出たことがない。国がもっと責任を持つような体制に、法制度も含めて変えていかないといけない」とした。規制行政についても「見直しが必要」との認識を示した。

番組の一部は、エネルギーフォーラムのYouTubeチャンネルで公開している。

【書評/8月6日】80年前のエネルギー危機 技術者はどう立ち向かったか


日本のエネルギー自給率は22年度で12.6%、日本のエネルギーのホルムズ海峡依存度は23年末で、原油で約87%、LNGで約20%だ。無資源国日本は、外国からエネルギーが輸入されないと国が立ち行かなくなる。そしてエネルギー供給ルートを、他国から攻撃され、戦争に巻き込まれることにとても脆弱だ。

これは昔から変わらない。1941年夏の日本は、米国などから、石油などの戦略物資の禁輸措置を受けた。当時の日本は、石炭をある程度採掘ができたが、石油は9割以上が外国からの輸入だった。この「油断」を一因に、日本は無謀な米国などの連合国との戦争に突き進む。必敗の事前予想を多くの識者がした。それなのに無謀な戦いを挑んだのは、石油がなくなって経済と軍備が崩壊する前に、状況を打開しようしたことが一因とされる。今年2025年は日本が太平洋戦争で敗北してから80年だ。

石油技術者の立場から、太平洋戦争を記した名著がある。『石油技術者たちの太平洋戦争』(光人社NF文庫)だ。1991年の刊行だが、戦後80年を前に復刊され、今も読む価値がある。著名作家の司馬遼太郎氏は、「昭和前期の一角に電灯がついた」と、知られざる話を記録にまとめたこの本を評価したという。

◆パレンバン油田占領、事前準備とその後

この本ではインドネシアのスマトラ島のパレンバン油田の占領のあと、その施設を復旧し、そこで石油採掘と精製を続けた技術者たちの経験を紹介している。

パレンバン油田は、当時、連合国側だったオランダの植民地のスマトラ島にある。日本陸軍は、42年2月に空挺部隊による奇襲でこの油田を占領。落下傘を使う攻撃は新聞・ラジオの報道で華やかなものに映り、空挺部隊の広報映画「空の神兵」と共に国内で喧伝された。同名の歌は、国内でヒットし、今でも著名な軍歌として歌われている。

しかし、その攻撃前の準備とその後のことはあまり知られていない。事前に陸軍は民間人を動員し、想定される火災の消化と停止した石油の採掘・精製プラント再開の準備をしていた。民間から集められた技術者たちは大変な努力で破壊されたプラントを修理し、翌43年初頭には占領前の8割の採掘量まで石油の生産を復旧させた。