【記者通信/8月1日】東電が9549億円の災害特損 自己資本比率改善が課題に


東京電力ホールディングス(HD)は7月31日、2025年度第1四半期決算を発表した。経常利益こそ前年同期比で同水準の1012兆円の黒字となったが、災害特別損失にデブリ取り出しの作業費用など9549億円を計上。純利益は8576億円の赤字となり、自己資本比率は25.1%から19.3%に低下した。一般的に20%を下回ると、金融機関との間で結ばれている財務制限条項(コベナンツ)に抵触する可能性が高まる。記者会見で山口裕之副社長は「自己資本比率を改善していかないといけない」と意気込んだが、頼みの綱である柏崎刈羽原発(KK)の再稼働時期などは未定で具体的な道筋は見えていない。

記者会見する東電HDの山口副社長(左から二人目)

「災害特別損失として燃料デブリ取り出し準備の作業費等を計上したことは、廃炉の進捗を示すものと考えている」(山田氏)

原子力損害賠償・廃炉等支援機構の燃料デブリ取り出し工法評価小委員会は7月23日、デブリ取り出しの準備作業のあり方を提示した。まず、原子炉建屋の上部から圧力容器内の燃料デブリを加工し、格納容器の底部に降ろす。その後、建屋の横から回収する工法をとる。こうした「横/上アクセス連携工法」を実施するために、新たに作業場所の線量低減費用や原子炉内部の調査費用、干渉設備の撤去費用など9030億円が必要になった。

行き詰まる経営

東電は廃炉等積立金として、年間2600億円程度を積み立てている。現在は7000億円程度の残高があるといい、山口氏は「9030億円は廃炉等積立金制度の中で支援できるので、(自由に使える資金を示す)フリーキャッシュフローをさらに悪化させるものではない」との見方を示した。一方で、「自己資本比率が20%を若干切るところまで落ちたのは事実なので、改善していかないといけない」と述べた。ただ、1基当たりの収益改善効果が1000億円と見積もる柏崎刈羽原発がいつ再稼働するかは未定で、昨年度内に予定していた第5次総合特別事業計画の策定は延期している。

山口氏は稼ぐ力の向上に向けて「今後伸びていくデータセンター事業者の需要を取り込むことで収益を伸ばしつつ、またコストも抑えつつ、収支・フリーキャッシュフローを改善していきたい」との展望を語ったが、経営が劇的に好転するかは不透明だ。電力購入量や社員の給料支払いに使われる東電のフリーキャッシュフローは2018年度から赤字が続き、金融機関からの融資に頼っている現状だ。こうした中でも毎年、廃炉等積立金の積み立て2600億円、原子力損害賠償・廃炉等支援機構への特別・一般負担金の納付3000億円を継続しなければならない。今後、積み立て・負担の軽減や小売部門のアライアンス、さらには上場廃止といった再建に向けた大胆な動きはあるのか。何より、KKの再稼働の見通しさえ立てば、手元の資金繰りを巡る金融機関の対応も変わってくるのだが……。

【記者通信/7月31日】年内のKK再稼働に黄信号 出直し知事選の可能性は⁉


東京電力・柏崎刈羽原発(KK)は年内に再稼働できるのか――。7月20日に投開票が行われた参院選・新潟選挙区では、自民党の新人・中村真衣氏が当初の予想以上に善戦したものの、立憲民主党の現職・打越さくら氏に約1万票の僅差で破れた。同県では昨年10月の衆院選で、五つある選挙区全てで立憲の候補者が勝利。今回、KK再稼働問題はほとんど争点にならなかったが、国政選挙での連敗に自民関係者からは「年内の再稼働は難しいかもしれない」との声が漏れる。

地元の逆風にさらされる自民党・新潟県支部連合会

新潟選挙区は2016年に1人区となって以来、与野党が激しいデッドヒートを繰り広げてきた。自民党に対する厳しい逆風が吹き荒れる中、県連は昨年12月、シドニー五輪競泳銀メダリストの中村真衣氏の公認を決定。県民栄誉賞第1号で抜群の知名度が強みだったが、参政党に保守層が流れたこともあり惜敗した。中村氏の地元の長岡市や、柏崎市と刈羽村、農村部では勝利したが、人口が多い新潟市や上越市では劣勢だった。

問われる県議会の「やる気」

KK再稼働を巡り、花角英世知事は18年の知事選で、自らが是非を示した上で「県民の信を問う」との公約を掲げた。その手法としては、①出直し知事選、②県議会の意見集約、③県民投票──という三つの可能性があったが、県民投票については4月中旬、県議会が市民団体による県民投票条例制定を求める直接請求を否決した。今後は9月中旬まで公聴会や首長との意見交換、県民の意識調査が行われる予定で、花角氏はそれ以降に是非を判断するとみられる。

県議会での意見集約となった場合、鍵を握るのは与党の自民党だ。ベテランを中心に再稼働に慎重姿勢を崩していない議員がおり、党内調整は容易ではない。党勢が戻らない中で、再稼働という県民を二分する難題に手を付けることを嫌う向きもある。次回の県議選への悪影響を恐れているからだ。「参院選の敗戦で再稼働に対するやる気は失われた。もう立憲民主にお願いしてよ、という感じ。勢いのある国民民主の連立入りなどがあれば流れが変わるかもしれないが、現状では年内の再稼働は難しいかもしれない」(自民関係者)

知事選を防ぐ「切り札」

柏崎港からKK(写真左側)を望む

新潟県はKK以外にもさまざまな問題を抱えている。とはいえ、仮に出直し知事選になった場合は再稼働が最大の争点となろう。18年に買春疑惑で辞任した米山隆一前知事(現衆議院議員)は出馬を否定しておらず、推進派にとっては手強い相手となる。勝利すれば、少なくとも任期中の4年間は再稼働できないという状況に陥りかねない。官僚出身で物分かりのいい花角氏が、出直し知事選を選択するはずがない──。自民関係者や東電関係者からはこうした楽観的な見通しを耳にするが、本当にそうだろうか。

「信を問う」と言われて、最初に思い浮かべるのは選挙だ。確かに野党議員や電力会社と距離がある人は「結論を出して一旦辞任した方が分かりやすい」(一般紙論説委員)、「冬前に辞めて選挙に打って出るのではないか」(無所属衆議院議員)と見る。「花角氏は知事職に執着していない」という評価もかねてから聞こえていた。自民県議団には頼れないし、もういつでも知事の座を降りていい──そう考える花角氏が突然辞任する可能性は否定できない。それを防ぐべく「首相の来県」という最後のカードは残っているが……。

【時流潮流/7月30日】 動意づく「シベリアの力2」 中露ガスパイプライン交渉の行方


イスラエルとイランの「12日戦争」をきっかけに、地政学リスクに再び注目が集まっている。世界のエネルギー輸送の約2割を占めるホルムズ海峡が封鎖される事態も予想され、リスク回避を探る動きが始まっている。

中でも最も動意づきそうなのが、中東産の石油や天然ガスへの依存度が約5割の中国だ。

中国は、これまでもミャンマーと中国を結ぶ石油パイプラインを建設、ロシアとも天然ガスパイプライン「シベリアの力1」を整備することで、タンカーが中国に近づけない事態に陥っても、エネルギーを安定確保できる態勢づくりを進めてきた。今回の中東有事をきっかけにこれを一歩進め、5年ほど続く「シベリアの力2」の交渉を加速させる可能性がある。

19年に開通した「力1」は、シベリア東部産のガスを、「力2」はシベリア西部産のガスを中国に輸送するパイプラインだ。

2022年2月のウクライナ侵攻の結果、ロシアは主要なガス輸出先であった欧州市場を失った。開店休業状態にある西部のガス田を活用するには、「力2」の早期実現が望ましい。

一方、中国はこれまで「力2」に気乗り薄だった。ロシアのウクライナ侵攻後、ロシアから原油や液化天然ガス(LNG)などの調達を増やしたことで、エネルギー依存度は20%にまで跳ね上がった。「力2」が実現すれば、依存度は40%になる。この数字は、ウクライナ侵攻前の欧州諸国のロシア依存度と同じで、ある意味、リスクと言える。

価格の問題もある。「力1」の価格交渉は、ロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合し、経済制裁を受ける中で進められた。中国は、破格の安値を勝ち取る。中国は「力2」では、これをさらに下回る価格を求めるが、ロシアがこれに難色を示す構図にある。

ただ、中国にも弱みがある。エネルギー需要の急増が見込まれる中、ロシア産ガスの調達を増やさなければ、米国や豪州などからの調達を増やす必要がある。米国と緊張状態が続く中、中東地域が一気に不安定化すれば、予断を許さない状況にもなりかねない。

トランプ大統領が「2次関税」で揺さぶりも

そうした中、7月に入り中露両国を揺さぶる新たな事案が発生する。トランプ米大統領は14日、対露政策を大転換し、50日以内にウクライナとの停戦に応じなければ新たな制裁を科すと発表した。原油やガスなどのロシア産品を大量に輸入する諸国に100%の「2次関税」を課す考えだ。

ロシア産原油・石油製品の輸出先は、中国、インド、トルコの3カ国だけで9割を占める。「高率関税」を武器に取引を断念させ、ロシアの継戦能力に打撃を与えることを狙う。

トランプ氏が設定した「50日」の猶予期間は9月2日に切れる。その直前の8月末にロシアのプーチン大統領は上海機構の首脳会合出席のため訪中し、中国の習近平国家主席と会談する予定だ。

中露両国の首脳は、米国の圧力をものともせずに「力2」の前進を図るのか。それとも、圧力をいなすのか。中東情勢だけでなく、米中露3カ国の駆け引きからも目が離せない展開が続く。

【論考/7月29日】中東「12日間戦争」が脅かす国際石油供給秩序


本年6月の「12日間戦争」の結果、ペルシャ湾岸の地域秩序は一層不安定化する。国際石油供給の秩序基盤は大きく動揺し、日本も石油供給確保に向けた対応が迫られる。

核による抑止の必要性を上げた戦争

「12日間戦争」によって生じたイスラエルの軍事優位は、まさにそれ故にイランを核武装による抑止力の獲得へと一層傾斜させよう。米国の後ろ盾で現状の優位を固定したいイスラエルと、これを拒否するイランとの間で、間歇的な軍事衝突が続く可能性が大きい。

6月13日以降のイスラエルによるイラン本土大規模空爆の対象は、核兵器開発能力に止まらない。イラン西部の防空能力、及び、対イスラエル反撃能力の無力化が図られた。すなわち、航空・ミサイル戦力全般に於ける対イラン優位の確立が目指されていた。

イラン核開発の中心であるイスファハン、ナタンズ、フォルドゥの3施設を打撃。有力な核技術者らも空爆で殺害。同時に早期警戒レーダー網や空軍基地などを攻撃し、テヘランを含むイラン西部における航空優位を確立。また20に及ぶミサイル基地を叩き、貯蔵ミサイルや発射台を次々に破壊し、ミサイル生産・開発施設も打撃。併せて全軍統合参謀長をはじめ軍・革命防衛隊の首脳を次々に殺害、司令系統の麻痺を図った。

開戦前は直接的関与に消極的と伝えられたトランプ政権は、緒戦におけるイスラエル軍の圧倒的優勢を見て態度を豹変。表向き交渉継続と見せかけながら、6月22日にイラン核施設を地下貫通弾も用いて空爆。この直接攻撃で米国はイスラエルの始めたイラン核施設破壊を仕上げたが、それによって対イラン戦争の当事国となり、その収拾の責任を自ら負うこととなった。

「12日間戦争」後の新たな現状の維持、すなわち、イランに核開発および対イスラエル攻撃能力を持たせず、そのためにイラン西部の航空優位を確保し続けることが、今後イスラエルの目標となろう。しかしこれはイスラエル・米軍の空爆に対するイランの自衛力喪失を意味する。防空・反撃能力が著しく劣勢に陥った現在、イランにとって核兵器保有による抑止力獲得の重要度は、むしろ開戦前に比して格段に上がったと見るべきだろう。また交渉相手としての米国への信頼は、決定的に毀損されたであろう。

7月2日にイランはIAEAへの協力を停止。査察官を国外退去させ、高濃縮ウランの所在や核施設の被害・残存能力を外部からは検証不能にした。ウラン濃縮および武器化の可能性に関して様々な観測が流れる中、あくまで核開発再開を図るイランと、これを独自の情報・観測に基づいて実力で阻止するイスラエル・米国との衝突が、今後間歇的に繰り返されるだろう。

「12日間戦争」はイスラエル・米国の圧勝に終わった。しかし戦闘での勝利は、それを持続性ある秩序の再構築へとつなげなければ、戦略的な失敗となって終わり得る。

中東秩序を撹乱する米国

イスラエルの奇襲成功に乗った米トランプ政権による参戦の決定は、その野放図な関税措置他の外交姿勢と同様、目先の情勢に左右されたもので、指針となるべき戦略を欠く。イスラエルが米国の無条件の支援を前提に打撃に専念し、その後の事態収拾をもっぱら米国に負わせる構えは、根本的に機会主義的であり、不安定である。

イスラエルはイラン核施設のみならず、サウスパースガス田の陸上処理施設およびガス精製所を空爆、またテヘラン近郊の石油貯蔵・精製施設および発電所も限定攻撃と報じられた。特にイラン首都圏におけるエネルギー不足と治安撹乱を狙ったものと考えられるが、これは核兵器開発阻止という主目標から逸脱し、むしろ紛争拡大を誘う挑発行動だった。

昨年4月、10月にイスラエルが対イラン「報復」爆撃を行った際には、当時の米バイデン政権との間で核・エネルギー施設は対象外とする了解があった。「12日間戦争」はこの一線を越えた。

もっともイラン・エネルギー施設への攻撃は国内供給向けに限定され、輸出能力は対象外だった。その点で一定の自制が働いたとはいえ、世界のエネルギー供給に占める中東の重要性に鑑みれば、非常に危険な行動だ。本来歯止めを掛けるべき米国がこれを実質的に支援した事態の重大さは、看過し得ない。

現在われわれが当然視している市場本位の開放的な国際石油供給の在り方は、1985年末にサウジアラビアがスポット市場連動の価格方式に転換して始まり、90~91年の第1次湾岸戦争で米国主導の多国籍軍がイラクのクウェート侵略を退けて以来、体制として定着した。米国による安全保障の傘のもとで、西側消費諸国の緊急時協調対応、およびサウジの原油生産余力確保とその機動的稼働を組み合わせ、不測の供給ひっ迫時にも市場機能の健全性を維持する構えだ。

この体制の主柱は、中東地域秩序を支える米国の外交・安全保障能力だが、その米国がむしろ地域秩序の撹乱者となって現れているところに、今日の石油を取り巻く問題の深刻さがある。

【メディア論評/7月29日】霞が関人事に関する報道~環境省編~


環境省の幹部人事(7月1日付)が経済産業省と同じく6月24日に発表された。

◆幹部人事の概要 6月24日発表、7月1日付(抜粋)

事務次官 鑓水洋(1987年):辞職(財務省出身)上田康治(89年)大臣官房長

地球環境審議官 松澤裕(89年技):辞職土居健太郎(90年技)地球環境局長 

大臣官房長 上田康治(89年):事務次官に←秦康之(90年技)総合環境政策統括官

総合環境政策統括官 秦康之(90年技):大臣官房長に 白石隆夫(90年)環境再生・資源循環局長(財務省出身)

地球環境局長 土居健太郎(90年技)地球環境審議官に

関谷毅史(91年技)福島地方環境事務所長

水・大気環境局長 松本啓朗(90年):国土交通省出向(国交省出身)大森恵子(90年)大臣官房地域脱炭素推進審議官

自然環境局長 植田明浩(89年技):辞職←堀上勝(89年技)大臣官房審議官

環境再生・資源循環局長 白石隆夫(90年):総合環境政策統括官に(財務省出身)←角倉一郎(91年)環境再生・資源循環局次長

環境再生・資源循環局次長 角倉一郎(91年)環境再生・資源循環局長に←小田原雄一(94年技)大臣官房審議官(国交省出身)

大臣官房政策立案総括審議官 中尾豊(92年):大臣官房地域脱炭素推進審議官に←飯田博文(93年)大臣官房審議官 (経産省出身)

大臣官房地域脱炭素推進審議官 大森恵子(90年):水・大気環境局長に中尾豊(92年)大臣官房政策立案総括審議官

◎6月24日浅尾慶一郎大臣記者会見 人事についての質疑

Q:今回閣議決定された人事についてお伺いします。

昨年度、循環型社会形成推進基本計画や、地球温暖化対策計画が決定されて、今年度は施策を実行に移す段階に入ると思います。またトランプ政権の誕生によって、世界の気候変動対策が後退する可能性もある中で、今回どのような狙いをもって省として人事を決定したのか、その狙いについてお伺いいたします。

A:今回の人事は、新陳代謝と、そして人材の適材適所を旨として、ベストの人選を行ったものと考えております。鑓水事務次官が勇退いたしますが、これまで大臣官房長、総合環境政策統括官として、環境政策全般を引っ張ってまいりました上田氏を事務次官に任命し、引き続き脱炭素、循環経済、自然環境保全の統合的な推進などに取り組んでまいります。新たな体制の下、山積している環境行政の諸課題に取り組んでまいりたいと考えています。

Q:大森恵子さんが初めて本格的な局長になられます。霞が関ではいろいろな省庁も女性局長がおられますけど、やっとというか、ようやく環境省の女性局長が出たということについて、何か浅尾大臣のコメントがいただけたらと思います。

A:女性幹部の登用については政府全体として取り組むこととしており、環境省初の女性局長が誕生することは、大きな一歩と考えております。環境省としても引き続き、女性が活躍できる職場づくりに努めてまいりたいと考えています。

●メディアの報道

◎環境新聞7月9日付各幹部の就任会見(7月4日)を紹介(抜粋)

〇上田 康治 事務次官

Q:どう取り組むか

A:“頑張る人が頑張る”というモデル事業だけで足りず、サーキュラーエコノミー(CE)、カーボンニュートラル(CN)、ネイチャーポジティブ(NP)のあらゆる分野で、多くの人々の関心を呼び参加してもらう“施策の普遍化”が重要だ。

Q:何を進めるか。

A:先の震災の原発事故に伴う除染で出た除去土壌の再生利用に向け市民の安心感を醸成する。100を超える先行地域を認定しドミノで進める地域脱炭素や、懐疑論が盛り返している気候変動対策など、いずれも正しく、分かりやすいメッセージを打ち出し着実に進めなければならない

〇秦康之官房長

Q:環境省は他省庁の出向者が多くプロパーが霞んで見えるようだ

A:2000人の職員のうちプロパーは約半数。他省庁や民間、自治体の人材であってもわれわれは適材適所と考え活用していく。その上で当省の風土になじんでもらうように努めている。自然環境や生物が専門の自然保護官(レンジャー)についても近年、メインとなる自然環境局に留まらず多方面で活躍している。カーボンニュートラル(CN)や資源循環についても、ネイチャーポジティブ(NP)とセットで進めなければ効果が薄い環境の損失を防ぐため残された時間が限られる中で、全体が分かる人間を育てなければならない

【現地ルポ/7月27日】米国バイオエタノール事情<下> 問われる日本の選択


日本とアメリカの両政府は、貿易・関税交渉で7月22日に合意した。アメリカのトランプ大統領は8月1日から日本からの輸入に25%の関税を課すと通知していたが(自動車と部品には既に課税されていた)、これは止められた。しかし合意文書も作られず、曖昧さも多くある。日本の対米貿易黒字は、今後も問題にされそうだ

そしてホワイトハウスのファクトシートに明示されたように、交渉では米国産のトウモロコシから作られるバイオエタノールの輸入について合意されているようだ。次のように明記されている。日本はトウモロコシ、大豆、肥料、バイオエタノール、持続可能な航空燃料(SAF)を80億ドル(1兆2000億円)購入する。

米通商代表部(USTR)の2024年外国貿易障壁報告書では、日本におけるバイオエタノール利用の増加を促す意向が示されている。また日本政府も、今年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画で、バイオ燃料の活用を目標に掲げている。トランプ政権発足前から、日米の関係者の間で日本での普及が検討されていた。

どの程度、日本はバイオエタノールを購入できるのか。バイオエタノールは、アルコール燃料であり、軽油、ガソリンの双方に混合して使える。日本のそれらの推定市場規模は原油価格が変動するので割り出しづらい。日本のガソリンスタンドの売上総額は、2020年で約5兆3000億円だ。

エタノールは石油燃料で、混合率10%程度(E10と呼ばれる)までなら、既存の車両にも改造なしに、またエンジン出力が落ちることなく使える。米国でもE10が普及の中心だ。これまで日本ではほとんどバイオ燃料が使われていないが、仮にE10が普及しガソリンスタンドの販売の10%をエタノールが占めるようになったら、5000億円規模になる。かなり大きな金額で、トランプ大統領も喜ぶだろう。

日本にエタノール製造産業なし

もちろん国内産業を潰してアメリカの支援をするのは愚かなことだ。しかし日本にはエタノールの関連産業が日本にはなく、仮に輸入をしても大きな損害を受ける業種がない。かつて北海道のトウモロコシや砂糖大根、沖縄のサトウキビで試験的に生産が行われたが、コストが高すぎて事業者が断念し、国も支援を打ち切っている。

また日本の石油会社も、これまでシェアが奪われるために、バイオ燃料の普及に消極的だった。しかし自社が流通や輸入でビジネスに関わり、利益を出した方が良いと判断したためか、容認の姿勢に変わっている。

また専門家によるとガソリンの流通インフラが使えるので、バイオエタノールを大量に導入しても、タンク建設などの新しい設備投資がそれほど必要なわけではない。またバイオエタノールの成分はアルコールなので危険物質でもない。そして値段も安い。脱炭素にも貢献する。

【現地ルポ/7月26日】米国バイオエタノール事情 <中>「食料を燃料に使うな」にどう向き合うか


「食べ物を燃料に使うな」。世界で使用が広がるトウモロコシやサトウキビを使って作られる燃料のバイオエタノールに、日本でこんな批判がある。米国のバイオエタノール事情を6月初旬に取材した。その活用が進む米国でも同じような批判が、かつてあったという。どのように乗り越えたのか。

バイオエタノールが日本で普及するためには「食べ物を燃料に使うな」の批判を乗り越えなければならない。(イメージ、iStockより)

◆米国にもあった「食べ物を使うな」批判

この「食べ物を燃料に使うな」という批判はかなり根強く、日本でのエネルギー関係の世論調査を調べると必ず出てくる。世論調査では、「次に期待するエネルギー」を聞くと、必ず風力や太陽光がバイオエタノールよりも上位になる。それを批判する理由として「世界で飢餓に苦しんでいる人がいるのに、自動車のために食べ物を燃やして使ってはいけない」という趣旨の意見が必ずある。

この反応を記者は日本特有のものかと思った。日本では自然との一体感、そして食べ物に感謝する思想を持つ考えが、文化の底流にある。誰もが食事のたびに「いただきます」と、そこで捧げられた命と作った人に感謝の言葉を述べる。

しかし米国でも食べ物を使うことへの批判は約30年前のバイオエタノールの社会実装の当初からあった。「一般の人たち、また一部の活動家、環境派の政治家から、そうした批判は続いている」(穀物業界団体幹部)という。それを乗り越えたのは「教育」の成果と、その幹部は語った。

ここで日本人の同団体の担当者が説明した。「米国英語の『教育』(Education)という単語は、日本語の『教育』と比べると意味が広い。教えるという上から目線の意味で言っているのではなく、情報提供を丁寧に行うという意味で使われている」といった。その幹部も「その通りで、決して相手を批判する、偉そうに相手に教え込むという意味ではない。私たちは事実を示し、ステークホルダーと対話を続けている」と話した。

◆バイオエタノールを巡る事実

以下、米国の農業団体や関係者が説明する事実を紹介してみよう。

▶︎米国産のバイオエタノールに使用されるトウモロコシは、主に飼料用や工業用に栽培される品種「デントコーン」であり、食用の「スイートコーン」とは異なる。

▶︎デントコーンは、そのでんぷん部分がバイオエタノールに使われ、残りは大半が畜産用資料に使われる。無駄がない。

▶︎世界でも、米国でもトウモロコシの全収穫の10%前後がバイオエタノールに使われる。米国では耕地がそれほど増えないものの、とうもろこしの増産が続いている。これは遺伝子組み換え技術、品種改良、IT活用など農業技術の進歩の結果だ。食糧生産が、バイオエタノールの増産のために抑制されていることはない。

▶︎エタノール生産はトウモロコシ価格を下支えしている。しかしそれで穀物の価格が大きく上昇したことはない。シカゴで世界の指標になる穀物市場が運営されているが、エタノール生産が相場材料になったことはない。食用穀物、トウモロコシの不足が発生したこともない。

▶︎米国産のトウモロコシを原料とするバイオエタノールは、ライフサイクルで見ると、ガソリンに比べCO2排出量を半分以上削減する。輸送部門での気候変動対策として重要な意味がある。

▶︎バイオエタノール産業は米国の農村地域に雇用創出や経済の活性化をもたらしている。さらにその生産と消費、さらには輸出で、米国に利益をもたらす。また開発途上国では、農家の収入向上に貢献している。

このような主張は、使う際の不安を減らすものだ。

◆安い商品として提供され、世論が動く

それでは、情報提供の中で効果があったのは何か。実際に安い値段で売られるようになったこと、そして政府・農務省が消費者の情報提供を行ったことの影響が大きかったという。

6月初旬に訪問したイリノイ州のシカゴ近郊のガソリンスタンドでの店頭小売価格は1ガロン(約4.54リットル)で、無鉛ガソリンが3.35ドル(1リットル換算で約105円程度)、E30(エタノール混合率30%)が3.05ドルで売られていた。つまりエタノール混合ガソリンの方が安い。

バイオエタノールを使うためには、E10以上はそれ専門のエンジン、もしくはガソリンエンジン改装の必要がある。それでも車を多用する米国では、燃料の安さは魅力だろう。もちろん原油価格と穀物価格によって、ガソリンとバイオエタノールの価格は上下するが、20年前からエタノールの大量生産が行われるようになり、混合燃料はその頃から常に安くなっている。燃料そのものに補助金は出ていない。競争力のある商品となっている。特にここ数年、原油価格が上昇気味で、エタノールが選ばれやすくなっている。

◆「農家に利益を」と政府が議論を誘導

政府の情報提供で特に反響が大きかったのは、農務省が1997年から始めた「フード・ダラーズ」という取り組みだ。消費者が食料にお金を支出した場合に、どのようにそれが分配されるかを示したものだ。お金がどの業界に分配されるのか、支出はどのように使われるのかなどを分析する。

1米ドル(100セント)札を表示して、どのように使われるか、その紙幣を分割する見せ方の工夫をしている。今も続いているが、消費者向けの細かいガイドは2011年から作られなくなっている。

フード・ダラーズのガイド

その中で注目されたのが農家の収入だ。2011年の資料では、米国民が食品に1ドル支出しても、米国農家の収入は15.8セントしかなかった。食品の加工や流通、販売に回ってしまう。政治家やメディアがこのデータを使って、「農家の収入を増やそう」と主張したという。その増収の手段の一つとして、バイオエタノールが注目され、国民も受け入れるようになった。「自国の農家を守れ」という主張は、どの国でも政治的に受け入れられやすいようだ。

◆大規模導入前夜の日本、何が必要か

日本ではバイオエタノールは輸送燃料向けに大量に使われていない。かつて試験的に製造されたがコストが高すぎ断念された。そして石油業界がその導入に消極的であったためだ。ところが最近は石油業界が態度を軟化して、その販売を系列ガソリンスタンドで検討している。さらに日米関税・貿易交渉で、トランプ大統領が自らバイオエタノールを売り込み、日本政府も応じる構えだ。

政府が騒いでも、消費者がそれを買わなければ意味がない。このエネルギーを導入する場合に、消費者の懸念、特に「食べ物を燃料に使うな」という批判に関係者は向き合うことになるだろう。

日本では、こうした懸念を乗り越えることのできた米国の経験を参考にするべきではないか。「あなたのため、日本のために利益になる商品」という論理を組み立てられることができれば、賢明な日本の消費者は、バイオエタノールを受け入れるはずだ。

フリージャーナリスト 石井孝明

【現地ルポ/7月25日】米国バイオエタノール事情<上> 脱炭素・価格・支援策のポイント


トウモロコシから作る燃料のバイオエタノール。世界最大の生産国である米国でガソリンとの混合燃料として定着し、航空機燃料などにも用途が広がっている。トランプ大統領はこの輸出拡大を目指しており、2月の日米首脳会談で言及し継続中の日米貿易・関税交渉でもその輸出を議題にしている。そのバイオエタノールの米国での最新動向を6月初旬に現地取材した。米国の関係者は、揃ってバイオ燃料の日本への輸出拡大に期待していた。

見渡す限りのトウモロコシ畑。3家族で協力し、2240haを耕す。ちなみに日本の農家の平均経営面積は3.1haに過ぎない。

米国産バイオエタノールの大量輸入の前に、考えるべき論点は次になるだろう。「バイオエタノールは脱炭素に役立つのか」「値段はどうか」「トランプ政権のバイオエタノールの支援政策はどのようになっているのか」の3つだ。取材からそのポイントをまとめた。

報道の公正さのために述べると、取材先の選定で米国の穀物の業界団体の協力を受けた。

◆ライフサイクルのCO2排出量はガソリンの半分

バイオ燃料の二酸化炭素排出量は「カーボンニュートラル」という考えで、排出量として原則カウントされない。原料となる植物が成長過程で大気や土壌から二酸化炭素を吸収しているため、燃焼時に排出されるそれと差し引きゼロになると考える。

米国のバイオエタノールはトウモロコシから作られるものが大半だ。人の食用ではないデントコーンの中のでんぷん質を分離しエタノールにする。成分は酒類に含まれるアルコールと同じだ。

その製造過程で出る二酸化炭素が問題になる。米国取材で、イリノイ大学シカゴ校エネルギーセンターのステファン・ミューラー氏に話を聞いた。エネルギーのライフサイクルの専門家だ。

バイオエタノールの製造工程での二酸化炭素排出量は栽培や工程の効率化が進み、過去20年で大きく低下した。ライフサイクルで見ると、バイオエタノールの近年での二酸化炭素の排出量は同じエネルギー量を出すガソリンのそれの半分以下になったという。

また供給も問題ないという。「米国農業の強さ、品種改良やITの利用で面積あたりのトウモロコシの収穫量は毎年増えている。農地を急拡大させる必要はない。エタノールは過渡期の燃料ではなく、脱炭素の手段として輸送を支える主要なエネルギー源になれる」と分析する。

◆価格は割安 自分で混合するスタンドも

価格はどうか。イリノイ州でエネルギー小売り事業を営むパワー・グループのシカゴ近郊系列ガソリンスタンドを訪ねた。アメリカでも日本と同じように、エンジンの効率化や自動車の電化でガソリンの消費量が伸び悩み、スタンド経営は厳しいという。ここでは給油所だけではなくコンビニ、レストラン、EV充電所などを併設し、売り上げを伸ばしていた。

ここのスタンドでは使う燃料を自分で選べ、混合できる状況になっていた。ステーションの地下には、オクタン化とエタノール混合率を変えた、複数のガソリンタンクが置かれ、顧客がその混合率を混ぜて決めることができる。

ガソリン・エタノールの混合燃料の販売機。割合を顧客が自分で調整できる

【メディア論評/7月24日】霞が関人事に関する報道~経産省編~


経済産業省及び環境省の幹部人事(7月1日付)が6月24日に発表された。

◆幹部人事発表の概要(抜粋)6月24日発表、7月1日付

事務次官 飯田祐二(1988年):辞職 ←藤木俊光(88年)経済産業政策局長

経済産業審議官 松尾剛彦(88年):留任

大臣官房長 片岡宏一郎(92年):留任

総括審議官(成田氏の場合、経済安全保障政策統括調整官を兼務)成田達治(92年)貿易経済安全保障局長に←佐々木啓介(93年)内閣府大臣官房審議官(経済安全保障担当)佐々木氏は首席地方創生担当政策統括調整官を兼務

政策立案総括審議官(兼首席国際博覧会統括調整官)茂木正(92年技):留任

技術総括・保安審議官(兼産業保安・安全グループ長)湯本啓市(93年技):留任

福島原子力事故処理調整総括官(新居氏の場合、首席能登復興担当政策統括調整官兼務)新居泰人(91年):復興庁統括官に藤本武士(92年)消費者庁政策立案総括審議官

福島復興推進グループ長 辻本圭介(92年技:留任

経済産業政策局長 藤木俊光(88年):事務次官に畠山陽二郎(92年)資源エネルギー庁次長 畠山氏は前職より引き続き首席GX推進戦略統括調整官を兼務

通商政策局長(兼首席ビジネス・人権政策統括調整官)荒井勝喜(91年):留任

貿易経済安全保障局長(福永氏の場合、首席経済安全保障政策統括調整官兼務)福永哲郎(91年):内閣府科学技術・イノベーション推進事務局統括官に←成田達治(92年)総括審議官

イノベーション・環境局長 菊川人吾(94年):留任

脱炭素成長型経済構造移行推進審議官(兼GXグループ長)龍崎孝嗣(93年):資源エネルギー庁次長に←伊藤禎則(94年)資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長

製造産業局長 伊吹英明(91年):留任

商務情報政策局長 野原諭(91年):留任

商務・サービス審議官(兼商務・サービスグループ長)南亮(90年):留任

資源エネルギー庁長官 村瀬佳史(90年):留任

資源エネルギー庁次長 畠山陽二郎(92年)経済産業政策局長に(畠山氏の場合、「首席最終処分政策統括調整官」、「首席エネルギー・地域政策統括調整官」に加えて「首席GX推進戦略統括調整官」を兼務)←龍崎孝嗣(93年)脱炭素成長型経済構造移行推進審議官(兼GXグループ長)龍崎氏は首席最終処分政策統括調整官、首席エネルギー・地域政策統括調整官を兼務

同庁省エネルギー・新エネルギー部長 伊藤禎則(94年):脱炭素成長型経済構造移行推進審議官(兼GXグループ長)に←小林大和(96年)大臣官房秘書課長

同庁資源・燃料部長 和久田肇(92年技):留任

同庁電力・ガス事業部長 久米孝(94年):留任

特許庁長官 小野洋太(89年):辞職←河西康之(90年)内閣官房内閣審議官(新しい資本主義実現本部事務局長代理)

中小企業庁長官 山下隆一(89年):留任

中小企業庁次長 飯田健太(92年):消費者庁政策立案総括審議官に←山本和徳(93年)中小企業庁事業環境部長

【目安箱/7月24日】参院選で鳴りを潜めたエネルギー政策 実務者が声を挙げる好機


7月20日に行われた参院選は自民、公明両党の連立与党が大敗し、非改選を合わせ参議院の過半数を失った。衆議院でも連立与党は過半数を失っている。これをきっかけに政治が流動する可能性がある。またエネルギー、特にこれまで政治の注目の的であった原子力政策が選挙で争点にならなくなった。これはエネルギーに関わる産業人などの実務家が声を上げ、状況を動かすチャンスにも見える。

◆自民党が自壊した選挙、エネルギーは争点にならず

石破茂首相(自民党総裁)は23日時点で退任の意向を示していない。その去就は不透明で、政治の先行きが見えなくなっている。

参院選挙では物価高などの経済問題が争点になったが、外国人問題などがSNSで盛り上がり、勢力を伸ばす参政党が「日本人ファースト」とスローガンを掲げた。それに左派のメディアや政治勢力が批判。移民促進など自民党のこれまでの政策が問題視され、左傾化批判の批判も重なり、これまで続いていた中道・保守層の自民党離れが広がったようだ。

そしてエネルギー問題は選挙中に大きく取り上げられなかった。各政党の公約には気候変動対策の言及はあるが選挙戦では強く主張されなかった。物価高対策では、各党とも具体的な決め手のある対策を打ち出せない中で、これまで政府が行ったガソリンの補助金政策が放置された。選挙前に再エネへの過剰補助金を疑問視する声が、国民民主党や日本保守党から出た。ただし、その問題での政党間の是正の協力は具体的な形にはなっていない。再エネ好きと言われる石破首相は、エネルギー問題を語らなかった。

エネルギーを巡る議論の低調さは、朝日新聞が社説で「参院選 エネルギー 原発論議が足りない」(7月17日)など叱る社説を掲載するほどだった。朝日はこれまで脱原発、エネルギー自由化の促進を主張してきた。

ただし、このエネルギーを巡る政治の変化は、民意の適切な動きを反映したものと捉えることもできる。原子力への好き嫌いでエネルギーを感情的に語る意見が減り、政治問題にする必要はないという人々の考えの変化も表しているのだろう。ちなみに、国民民主党、参政党は原子力推進を公約に掲げている。この両党が参院選で躍進した事実を見ても、原子力に対する有権者の抵抗感がなくなってきた証左ともいえよう。

◆「決められない政治」が再び

衆参両院ともに少数与党の政権運営は一段と不安定になる。原子力政策では与党の自民党、消極的な公明党の間では向き合い方に差がある。野党では脱原発を掲げる立憲民主党などの左派政党と、活用を掲げて再エネに批判的な国民民主党、参政党、日本保守党との間で距離がある。エネルギー政策で、まとまった政治の動きがつくられそうにない。民主党政権下で福島原発事故から始まったエネルギーシステム改革は、短期間で方向が決まった。これは福島原子力事故の衝撃が影響した、例外的な状況だったのだ。

比較的若い世代、そして勤労世代の支持があった新興政党の先行きは未知数だ。今回の選挙で躍進は著しい。国民民主党の得票数は762万票(選挙区との合計17議席)、参政党は742万票(同14議席)、日本保守党は298万票(同2議席)となった。自民党の得票数は919万票(同19議席)と、こうした新興政党の合計に及ばない。また既存政党の支持者は、自民党、立憲民主党、共産党、いずれも高齢層に傾いている。新しい政党が今後、議席や得票を大幅に減らすことは考えにくいし、彼らの考えがエネルギー政策にも反映していくだろう。

単独で過半数をとれない各党が、その時々の政治情勢に応じて連立を組んだり、合意で一時的に協力したりする。これは欧州の比例代表制を導入した国で頻繁に起きる政治状況だ。日本でも1990年代に次々と政権が変わり「何も決められない」政治状況になってしまった。

ただし欧米の場合には、エネルギー・原子力政策など、国の根本をなすことや安全保障政策では、国民的合意ができている国が多い。日本では、原子力、再エネでは、そのような合意ができていない。そこで多党化が進めば、大きな国策は何も決まらない状況になるだろう。

◆外部の意見に振り回されたエネルギー業界

一方で、世論や政治家の関心がエネルギー問題で薄れている状況は、逆にエネルギーの関係者にとっては存在感を増す好機かもしれない。福島原発事故からエネルギー業界、特に電力業界は、政治と行政と世論、そして専門家と称する人に振り回された。

そこで増幅された「民意」や「世論」と称するものの中には、エネルギー問題を使って政治主張をする活動家の主張もあった。原子力、再エネ、電力の地域独占解体と自由化、そして気候変動問題で、そうした理念先行の意見に影響された制度改革が行われた。

筆者はエネルギー業界の片隅で、そうした政治的動きを見てきた。そこでは電力・エネルギー業界側が、一方的に「あるべき姿」を押し付けられる場合が多かった。そしておとなしかった。福島原子力事故のため、また国民全部が顧客であるため、意見を言いづらかったのだろう。また各電力会社の企業文化として、おとなしく紳士的な面がある。こうした事情が重なって、実務家の意見の反映が少ない、奇妙な制度ばかりになった。

◆政治の関与の低下は実務家の存在感を増す

その状況が変わるかもしれない。エネルギー問題で政治が決められない一方で、口を出さなくなった。意見の押し付けがなくなり、専門家・実務家の意見が目立ちやすくなった状況でもある。この状況を、エネルギー関係者は活用してほしい。

筆者は米国の慈善活動家のビル・ゲイツ氏の著書「地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる」(早川書房)をこのほど読んだ。彼は成功したビジネスマンらしく、「まず形にする」ことに、こだわっていた。アイデアでも技術でも、プラントやビジネスにすることで、関係者に突きつけ社会や関係者を動かし、現実を変える。彼が新型原子炉などのビジネス化を急ぐのも、この理由だった。同じ発想が、今の日本のエネルギー問題に使えるかもしれない。

実務家の方から動き、提言し、ビジネスやプラントの形を作り、人々の意見を取り入れながらより良いものにしていく。社会からの要求に萎縮するのではなく、現場の実情を基にして具体的な物を見せて提案をする。どのようなエネルギーシステムを作るべきかをステークホルダーと語り合う。

このように適切な電力・エネルギーシステムの議論が始められる状況にある。これはガス、石油など、他のエネルギー産業においても同じだ。今回の選挙で力を得た新興政党は、そうした強い日本を作ることに、前向きな考えの議員や支持者が多い。

参議院選挙の結果を深読みすると、そのような変化の期待が、エネルギー関係者に抱かせるものになっているように思う。

【記者通信/7月14日】ヘリカル社が核融合炉計画を刷新 資金調達で実用化へ加速


ヘリカル型核融合炉の開発を手がけるスタートアップ、ヘリカルフュージョン(東京都中央区)は7月11日、新たな開発戦略を発表した。商用炉として求められる三つの技術要件(高エネルギー出力、長時間運転、メンテナンス性)の早期達成を目指し、従来の基幹計画をアップデートしたものだ。併せて、SBIインベストメントや元サッカー日本代表の本田圭佑氏が率いるX&KSKなどから、融資を含めて約23億円を新たに調達。補助金などを含めた累計調達額は約52億円に達した。

計画刷新と追加の資金調達を発表した田口CEO(左から2番目)と出資したVCの代表者ら

現在、各国で核融合の実用化に向けた取り組みが加速している。米欧を中心にトカマク型やレーザー核融合などの方式で実証開発が進む中、日本政府も6月、民間支援を強化する新戦略を打ち出したばかりだ。そうした中、同社はヘリカル方式に専念してきた。

「現在の技術力で実用化に至る唯一の道はヘリカル方式だ」。同社代表取締役CEOの田口昂哉氏は、こう強調する。従来主流のトカマク方式は、強力な外部電流によってプラズマを閉じ込めるが、急激なプラズマ崩壊(ディスラプション)のリスクを抱えるなど、その安定性が課題とされてきた。一方、ヘリカル方式は外部電流を用いず、らせん状の磁場でプラズマを安定的に閉じ込める構造のため、原理的に連続運転に適している。

同社は、二重らせん構造のコイルを用いた独自設計により、高い安定性とエネルギー効率を両立できると説明する。さらに、核融合反応で発生する高速中性子を熱エネルギーに変換する「ブランケット」の交換設計を前提とすることで、メンテナンスの容易さも確保。実用炉として求められる継続運転性や保守性に対応する。

独自の二重らせん構造コイルは、高い安定性とエネルギー効率を生み出す

今後は、ブランケットとプラズマ容器など主要装置の統合検証を実施。その後、長時間運転、発電性能、保守性などを含む「トータルプロセス」の実証に移る。2030年代前半での実用化を視野に入れている。

最終段階の実験設備には約400億円の投資が必要と見込まれており、今後は官民を挙げた支援体制がカギを握る。田口氏は「核融合が実現すれば、その恩恵は社会全体に及ぶ。国とも連携しながら、実用化に向け一体となって取り組みたい」と展望を語った。

【SNS世論/7月14日】小泉進次郎氏を巡るネット評判の悪さを変えられるか?


小泉進次郎衆議院議員は、2009年の初当選以来、SNSで注目されている。ところが小泉氏についてのSNS世論の内容を見ると、批判の書き込みが多く、注目はマイナスの方に働いている。特に環境大臣時代のエネルギー問題を巡るさまざまな奇行が、今も尾を引く。今後の政治活動の中で、SNSとエネルギー問題が足を引っ張り続けるかもしれない。

小泉氏は、テレビや新聞などのオールドメディアに頻繁に登場する。この5月に農水大臣に就任した小泉氏は、米高騰という直近の大問題に対応しているために、その登場頻度は増えた。爽やかなルックスや明快なスピーチ。米価はそれほど下がっていないが、イメージ上は自民党と低支持率に苦しむ石破政権にとって大変なプラスになっただろう。

7月20日に参議院選挙が行われる。与党自民党は厳しい状況に陥っている。同月初旬に自民党の関係者と話したが、「小泉さんが、選挙の雰囲気を変えてくれればいい」と、期待を述べていた。そこまでの効果は出ていないようだが、小泉氏は連日選挙の応援演説で各所を飛び回っている。

SNSでは批判が目立つ

しかし小泉氏の政治活動では、SNS世論は負の方向に働いている。主なSNSを見ると、小泉氏を取り上げる投稿のうちの7割程度が批判だ。そして中身はその行動をからかうものばかりだ。

「進次郎構文」「シンジロー語」「ポエム」「言語明瞭意味不明」「名言(迷言)メーカー」。こんな言葉が彼への批評で使われている。論理でしっかり批判するよりも、からかいが多く、軽く見られているようだ。

小泉氏へのそうした批判の根拠は、エネルギーに絡むものが多い。小泉氏は安倍内閣、菅内閣で19年9月から21年10月まで、環境大臣を務めた。大臣職は初めてで、注目を集めた。その際に19年にニューヨークで、気候行動サミットが開かれた。そこで小泉氏はテレビカメラの前で「日本はこのままではいけない。だからこそ日本はこのままではいけない」と発言した。また記者懇談会で「気候変動のような大きな問題は、楽しく、クールに、セクシーに向き合わなければならない」と発言し、具体的に何をするのかと外国人記者に聞かれると黙り込んでしまった。これらは今も、笑いの題材として使われる。

日本政府は21年4月22日、関係閣僚会議を開き「30年度までに温室効果ガスを46%削減する」と決定した。気候変動サミットに合わせた国際公約のためだ。この公約は今でも生きている。

同23日放送のJNNのニュースで「46%に設定した根拠」について、環境大臣として出演した小泉氏は「くっきりとした姿が見えているわけではないけど、おぼろげながら浮かんできたんです。46という数字が」と、手振りを交えて発言した。国の目標をこのような霊感で決められたら、日本の未来が心配だ。これは今でも、SNSではネタの一つにされ「オカルト進次郎」という言葉もある。

エネルギー問題は、「かっこよさ」「見栄えの良さ」を常に注目する小泉氏にとっては複雑すぎる問題だったのかもしれない。24年9月の自民党総裁選挙では、小泉氏は有力候補だったが、SNSの批判の盛り上がりを背景に、人気が途中で失速し党員票が集まらなかった。

変化する小泉氏への期待

一方で彼は変化する能力がある。今年5月に農水大臣に就任したが、大きな失言はしていない。またその大きな発信力を適切に使う時もある。福島原発の処理水の海洋放出の際に、中国や韓国左派勢力、日本の一部勢力が、海が汚染されるという騒ぎを起こした。小泉氏は23年9月、福島の海でサーフィンをやって、「福島の海は安全です」とPRした。これは見事な広報だ。反原発を掲げるメディアもこぞって報道し、世論の沈静化の一助になった。やや右派が強く、口の悪い人の多い日本のSNSでも、このパフォーマンスの見事さは賛辞だけだ。

小泉氏は今、チームを作ってSNSで情報を発信しているようだ。短く印象的な映像と短い言葉が並ぶ。それらは批判的に「バズる」ことは少ないが、自らの良いイメージづくりには役立っている。かつてのような、奇妙な発言の回数は減っている。SNSの力を十分知っているようだ。

進次郎氏の父、小泉純一郎元首相は、「キャッチーな言葉を作って世の中に訴える(ワンフレーズポリティクスと呼ばれた)」「政治勘のよさ」「意外にも勉強家」という行動をして、首相として大きな存在感を示した。同じような資質が進次郎氏にもあるのかもしれない。

SNSは小泉氏を変えられるのか

小泉氏とSNSの関係では、次の未来が考えられるだろう。①SNS世論が小泉氏の奇行を発信し続け、彼の問題を日本社会全体に気づかせる。②小泉氏が自ら変わり、発信力と見識を備えた大政治家になる。③SNS世論の歯止めが効かず、このままの姿で権力を拡大する――だ。

現状の見識で小泉氏が自民党で要職に就いていくと、さまざまな問題で混乱が起きそうだ。これまでのエネルギー問題で見られたように、格好のいい、見栄えの良い政策に飛びついてしまいかねない。SNS世論は、小泉氏を変える起爆剤となるのか、どうか。

【メディア論評/7月11日】週刊経済誌のエネルギー関係特集を読む(下)化石燃料・天然ガス編


本年2月18日、2050年カーボンニュートラルに向けてのエネルギー政策や電源構成についての第7次エネルギー基本計画、温室効果ガス削減目標を13年度比で35年度60%、40年度73%とする地球温暖化対策計画などが閣議決定された。国際的には、ロシアのウクライナ侵攻に伴い欧州は安いロシア産天然ガス依存からの脱却を求められ、米国についてはトランプ政権誕生に伴う脱炭素政策の見直しや関税交渉の中でアラスカなどの天然ガスへの投資が話題になるなど、エネルギー政策やビジネスを取りまく状況は変化している。

週刊エコノミスト4月15日号「トランプショック 化石燃料の逆襲」

週刊エコノミストは、「トランプショック 化石燃料の逆襲」と題して、トランプ氏が描く化石燃料回帰のシナリオは、米国を変え、そして日本でも波紋を広げつつある状況を概観している。中国のエネルギー・資源戦略、欧州市場の動向などにも触れ、また特集の後半では「混迷 日本のエネルギー戦略」と題して、エネルギー基本計画にみられる課題、個別テーマとして電気料金、排出量取引制度、洋上風力などを取り上げている。結果として幅広いテーマ設定となり、論者も多岐にわたる。寄稿やインタビューには、今井尚哉キャノングローバル戦略研究所研究主幹、有馬純東京大学公共政策大学院客員教授、橘川武郎国際大学学長など、エネルギー政策に長年の知見を有する識者も登場している。

ここでは、その3氏のインタビュー取材・論稿について紹介しておく。

◎今井尚哉キャノングローバル戦略研究所研究主幹(経産省OB取材〈「エネ覇権」は共和党の思想〉〈米化石燃料回帰で日本は恩恵〉(抜粋)

Q:日本はCNを目標として掲げている。米国がパリ協定から離脱した際に、日本はどう対応すべきか。

A:そもそもパリ協定ができた時の話をしたい。パリ協定は15年に成立し、当時の安倍晋三政権は「30年度までに13年度比で温室効果ガスを26%削減する」と約束した。これはいろいろと積み上げ、詰めに詰めた数字だった。高炉でつくる鉄や航空機の脱炭素化は難しいというのが結論だった。ところが、菅義偉政権でCOP26があり、「とにかく野心的な目標を出せ」という中で、30年度の削減目標として、13年度比46%削減を表明した。これは無理な数字で、経済を犠牲にするしかない目標だ。政治合戦の状況で、欧州委員会も目標を掲げているが、実現できずどこかで修正せざるを得ないと私は考えているその上で(だが)、今はそこに向かってインフラ整備、技術開発を進めており、その努力の芽生えを摘むわけにはいかない今までの路線で加速せざるを得ないだろう。気候変動対策も日本が怠ることはないし、逆にチャンスも多い

Q:具体的には。

A:例えば燃料電池の分野だ。水素を使って燃料電池バスやトラックが走る交通輸送網などは、チャレンジする価値が大いにある。産業用ボイラーに水素を使う技術開発も日本は早い。肝心の水素が安くならないといけないが、商品化へのコストと道筋を見据え、オールジャパンで進めるべきだ米国が“一抜けた”のだから、日本にとっては大きなチャンスだ

◎有馬純東京大学公共政策大学院客員教授(経産省OB)論稿(抜粋)〈影響力強める中国〉〈巧みな温暖化交渉で覇権狙う〉〈脱炭素の陰で進む資源支配〉〈筆者は経済産業省で温暖化国際交渉に関与し、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)に過去19回出席してきた。その経験に照らせば、地球温暖化交渉は、各国の国益が正面からぶつかる武器なき経済戦争であり、温暖化を巡る国際政治の中で最もうまく立ち回っているのは中国である。日本を含む先進国が遮二無二推進してきた再エネ導入の恩恵を最も受けたのは中国であろう。23年のCOP28において世界の再エネ設備容量を30年までに3倍にするとの世界目標が設定されたが、これは中国製再エネ産品に市場を保証したようなものだ。中国は石炭火力技術の最大輸出国でもある。日本がOECD輸出信用ガイドラインなどによって優れた高効率石炭火力技術の輸出を禁じられている中、中国は経済圏構想“一帯一路”などを通じて多くの国に石炭火力発電所を建設してきた。……国連の場では中国は未だに“途上国”の扱いを受けており、CN目標も先進国より10年遅い60年だ。中国は先進国のネットゼロ政策の進捗状況をみながら、余裕を持った対応ができる。……24年のCOP29において先進国は、中国や産油国も対途上国資金援助に参加するように呼び掛けたが、中国はこれをかたくなに拒み、あくまで“南南協力(途上国間支援)”による個別の影響力拡大を狙っている。……中国のドミナンス(支配)に対する有効な対応策があるのか。……現実的な解は中国への過剰依存を避けつつ、代替手段がコスト高である場合、脱炭素化のスピードを調整するしかないだろう日本の場合、中国製再エネ機器に依存した脱炭素化を回避するためにも原発を活用していくことが重要だ。〉

◎橘川武郎国際大学学長取材(抜粋)

Q:(エネルギー基本計画閣議決定に向けた)審議をどう見たか?

A:昨年5月に始まり、何度も会議をやったのに、11月まで具体案が出てこなかった。ところが12月に突然案が出て、あっという間に2月に閣議決定した。冷静に考えれば、11月の米大統領選の結果を待っていたと考えるのが自然だ。

Q:新エネ基では“原発の依存度低減”の文言が削除された。

A:……気をつけて見るべきは、“原発の最大限活用”という言葉が入ったが、その部分には必ず“再生可能エネルギーと原子力の最大限活用”とセットで言っていることだ。定量面で過去2回のエネ基と比べれば、原発は全体の2割で据え置きなのに対し、再エネは4~5割と倍以上だ。……再エネ主力電源化で原発副次電源化という流れが定着した。……世間で言われている“原発回帰路線”というのは本質ではない。むしろ“最大限活用”というのは、原発の地盤沈下を覆い隠す最大限のリップサービスだったと私は理解している

【時流潮流/7月3日】消えた濃縮ウラン 中東核ドミノ倒しの懸念


イランの核兵器取得を防ぐことを名目に6月13日から始まった「12日戦争」。イスラエルに加え米国も途中から参戦、複数の核施設を空爆した。しかし、肝心の濃縮ウランは行方不明のままだ。攻撃は、イランの核武装加速や、中東地域全体に「核ドミノ」がひろがる危険を高めた可能性もある。

イランへの空爆実施を発表するトランプ米大統領(中央)と主要閣僚たち=米ホワイトハウスのX(ツイッター)から

イランは中部フォルドーとナタンツのウラン濃縮施設で60%濃縮ウランを製造し、それをイスファハンの核施設で保管していた。

米軍は22日未明、二つの濃縮施設に地中貫通弾(バンカーバスター)を投下、イスファハンには24発のトマホーク巡航ミサイルを撃ち込んだ。トランプ米大統領は「イランから(核)爆弾を取り上げた」と主張したが、米国内にも懐疑的な見方がある。米国防総省の情報機関は、核開発を「数カ月遅らせた」程度と分析するなど、評価はまだ定まっていない。

最大の問題はブツのありかだ。国際原子力機関(IAEA)によると、イランは5月17日時点で408㎏の60%濃縮ウランを保有していた。90%にまで濃縮度を高めれば、約10発分の核爆弾が造れる。

イランは空爆開始を受け、濃縮ウランを守る「特別措置をとる」とIAEAに通告した。シリンダーに詰めてある濃縮ウランは、トラックなどに積んで容易に運べる。秘密の施設に移された可能性がある。

米国がフォルドーを空爆する数日前には、衛星写真がフォルドー周辺で車列を組む16台のトラックを捉えていた。施設内に残る濃縮ウランや遠心分離機などを運び出した可能性がある。

60%濃縮ウランに加え、イランは原爆2発分に相当する20%濃縮ウランや、同じく10発分に相当する5%濃縮ウランを保有している。これらのありかも突き止めるのも重要な作業となる。

イラン「三番目の濃縮施設」 サウジやトルコも意欲

イランは12日にIAEAに「3番目の濃縮施設を作る」と通告した。イスファハンの地中奥深くにあり、バンカーバスターの攻撃にも耐えられる造りとされる。すでに施設は完成し、稼働間近とも言われる。濃縮ウランの保有量がますます増える懸念がある。

イランの核活動が「地下に潜る」危険もある。地下に施設を作るという物理的な話ではなく、IAEAの査察を拒み、核活動が「見えなくなる」可能性が高い。イラン国会は25日、IAEAへの協力を停止する法案を可決、政府は7月2日、同法を施行した。これによりIAEAの査察活動が大幅に制限されることになった。

北朝鮮と同様に、イランが核拡散防止条約(NPT)を脱退し、IAEAの査察官を国外追放する深刻な事態を招くことも懸念材料となっている。イランは、これまで核兵器を取得する意思はないと重ねて否定してきた。だが、NPTを脱退すれば、核取得を目指すと宣言したことと同義となる。

そうなれば、イランのライバルであるサウジアラビアは黙っていないだろう。サウジのムハンマド皇太子はイランが核核兵器を取得したら「同じことをする」と明言している。トルコのエルドアン大統領も核兵器取得に意欲を示す。

イスラエルと米国のイラン空爆は、中東の「核ドミノ」というパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。

【記者通信/6月30日】豪州で原発導入論封印 現政権は東海岸のガスを輸出から国内消費へ


アルバニージー首相率いる労働党が総選挙で圧勝したオーストラリアは、再生可能エネルギーを中心とする脱炭素政策を推進していくことになる。原子力発電所の導入を掲げて政権奪還を狙った野党保守連合(自由党・国民党)は、改選前の議席を大幅に割り込み歴史的大敗を喫した。高止まりする電気料金の是正に原発を活用する期待感もあったが、野党連合の思わぬ大敗に原発導入の機運は急速にしぼんだ。野党連合内では国民党が連合解消を一時表明する事態に発展。自由党が原発政策の見直しを示したことで連合の瓦解は避けられたものの、原発導入の議論は当面封印する形となった。労働党政権は光熱費軽減と電力不足に対応するため、東海岸にある天然ガス資源を輸出から国内消費に転換する方針を示した。日本にとっては天然ガスなどエネルギー資源の調達に支障をきたす可能性が出てきた。

COP誘致へ脱炭素政策を推進

5月に定数150議席で争われた総選挙は、労働党が94議席で改選前から15議席以上増やした。もともと強かった都市部に加え、保守の地盤である地方でも議席を伸ばした。一方の野党連合は43議席と、改選前から13議席以上失い歴史的大敗を喫した。地盤だったクイーンズランド州で大幅に議席を減らし、自由党のダットン党首が落選するという憂き目に遭った。

アルバニージー政権はこの選挙結果を受けて、再エネと蓄電池を中心とする脱炭素政策を強力に推進していく方針だ。9月には35年以降の温室効果ガス国別削減目標(NDC)を国連に提出する予定だが、関係者は「来年のCOP31誘致を成功させるためにも、相当高い削減目標を示すのではないか」と見通す。

早速、労働党は環境保護・生物多様性保全法(EPBC)の改正に着手する意向を示した。EPBCは前回の総選挙後に改正を模索したが、エネルギー業界や一部の州政府の反対で審議が滞っていた。労働党が示している改正案は豪州環境保護局の設置、開発制限区域の選定などを盛り込んでいる。

業界などが反発している企業の温室効果ガスの開示義務化の扱いをどうするかが焦点となりそうだが、ワット環境相は業界団体などとの協議を重ねており、現政権内での改正案成立に自信を見せているという。

改選前の現政権は日本企業に対し「気候変動対策に積極姿勢が見られない」などと不満を漏らし、一部企業が冷遇されることがあったという。豪州内に拠点を持つ大手企業の関係者は「環境規制が強くなれば、豪州内でのビジネスがよりやり辛くなる」とぼやく。

野党「原発7基導入」を撤回

一方、野党連合が掲げた原発導入論は後退を余儀なくされた。改選後すぐに国民党のデービット・リトルプラウド党首が「原発政策を含めて自由党とは隔たりがある」と述べ、連立離脱を表明する事態になった。国民党は原発導入には賛成だが、自由党が掲げる多額の国費投入や石炭火力発電所からのリプレースによる2030年代半ばまでに7基の原発新設という政策に異論を唱えた。

国民党の「三行半」に慌てたのはダットン氏に替わって党史初の女性党首に就任したスーザン・リー氏だ。国民党の連立離脱表明から1週間もしないうちに、「原発7基の建設」という柱ともいうべき政策を撤回し、原発新設を禁止している二つの連邦法の解除に注力することを約束した。この大幅な譲歩によって、国民党は連立にとどまることを表明。保守勢力の分裂という最悪の形は回避できた。

しかし連立崩壊は避けられたものの、野党連合が掲げていた原発政策は大きく後退することになった。豪州のエネルギー企業関係者は「選挙戦の中盤から自由党の旗色が悪くなり、原発導入についての議論が深まらなかった。30年代半ばまでに7基導入という公約も現実的ではなく、争点化のための公約だったんだろう。豪州での原発新設の話は遠のいた」と指摘する。

光熱費増に不満が内在 エネルギー相「天然ガスを国内消費に」

歴史的な勝利に終わり、安定した政権運営ができると自信を見せているアルバニージー政権だが、物価上昇は続いており国民の不満要素は消え失せていない。豪州は7月から新年度となるが、光熱費が値上げされる。電力基準価格の引き上げにともない、6月までの電気料金と比べて最大で9%超上昇するところもある。西オーストラリア州では世帯平均で年間1200豪ドル(約11万円)から1.5倍上昇することになる。今後、再エネ導入のための新たな送電網の整備が進めば、消費者の負担が増えると予想される。

電力ひっ迫の懸念も消えない。ビクトリア州では大型の石炭火力発電所が故障し、通常の出力の半分しか出せていない。ガス火力でも不備があり供給量が減少している。再エネはこれらの不足分を補えるほどの供給量を確保できていない現状だ。豪州電力会社のトランスグリッドのレッドマンCEOは地元紙のインタビューで「統一的なエネルギー供給の拡大が必要で、石炭火力の閉鎖時期の見直しなどが必要だ」と訴えた。

豪州内での電力事情は今後さらに厳しくなると予想されている。強硬派で知られるマイケル・ボーエンエネルギー相は6月30日、東海岸のガス田から出る天然ガスを国内消費向けに切り替えると発表した。これにより、豪州からの輸出量は大幅に減ることになり、さらにいくつかのガス田の開発も30年代にかけて閉鎖される。日本にとっては調達先が先細ることになり、燃料不足による電力逼迫の懸念が頭をもたげる。

選挙では大勝したものの、アルバニージー政権の2期目はエネルギーをはじめ不安要素が充満している。就任後の晴れ舞台となった先日の主要国首脳会議(G7サミット)に招待され、トランプ米大統領との初会談が予定されていた。しかしトランプ氏は日本などとは会談に応じたが、アルバニージー氏との会談はドタキャンした。豪州内では「縁起が悪い」などとこの先の政権運営を案ずる向きもある。