【記者通信/11月20日】で既報の通り、オーストラリアの野党連合(自由党、国民党)がこのほど、原発を導入した際の費用試算を公表した。現政権の与党労働党が示す再生可能エネルギーを軸にした電源構成に比べ、44%コストを低減できると主張した。与党側は再エネのコスト安を強調する戦略に出るなど、原発導入をめぐる与野党の論争の火蓋が切って落とされた格好だ。原発か、再エネか。どちらが安上がりな電源であるかをいかに国民に浸透できるかが勝負の分かれ目となる。
50年の電源「原発38%」
野党連合のコスト試算は、豪州大手コンサルタントのフロンティア・エコノミクスが作成した。次期総選挙に公約として掲げている豪州内7カ所に計1400万キロワットの原発を新設し、かつ2050年までに稼働させた場合、発電コストは3310億豪ドルになるとした。
13日に記者会見した野党連合を率いるピーター・ダットン党首は、現政権が掲げる再エネを軸に50年にカーボンニュートラルを達成する計画に比べ、「国民は2630億豪ドルもの電力コストを節約できる」と語った。野党連合は再エネの導入を促進する現政権のエネルギー政策を「誤った判断」と批判した。「石炭火力などの廃炉により、ベースロード電源が34年までに約9割失われる。供給不安や停電に見舞われる」と指摘した。
野党連合は休廃止する石炭火力の跡地に原発を導入する計画で、50年の電源構成に占める原発の割合を38%とするとしている。再エネは53%、残りはガス火力にCCS(二酸化炭素の回収・貯留)を組み合わせてカーボンニュートラルを実現していく青写真だ。
原発は「経済的狂気」
だが野党連合が発表したコスト試算に早くも疑義が生じている。
オーストラリア連邦科学研究機構(CSIRO)が野党連合の試算公表の2日前に、「原発の発電コストはメガソーラーと比べて約2倍かかる」との結果を示した。現政権側はCSIROの試算と、エネルギー市場運営機関 (AEMO)による独立報告書を引用して、再エネの優位性をアピールした。
さらに現政権は再エネを軸とした電源構成を達成するためには、1220億豪ドルの費用がかかるとし、「野党連合が比較している金額のベースが大きくかけ離れている。原発が再エネに比べて44%コストを低減できるというのは単なる『空想』だ」と激しく批判している。
地元メディアによると、クリス・ボーエン気候変動・エネルギー相は野党連合の試算は「間違いだらけだ」と指摘し、ジム・チャルマーズ財務相は、原子力計画は「経済的狂気」だと述べた。アンソニー・アルバニージー首相も「悪夢の政策だ」と吐き捨てた。
現政権の激しい応酬にダットン党首はCSIROの数値は誤解を招きやすく政治的なものだと主張するが、 地元メディアの報道によると、CSIROも「我々は独立した厳密な調査を、恐れや好意なしに行っている」と反論した。早くも与野党の小競り合いが始まった形だ。
豪州政治に詳しい専門家は「この論争が5月の選挙に向けて激しさを増していくだろう。両者とも(自分たちの政策に)に都合の良いモデルを設定して試算しているので、どちらが正しいかを判断するのは難しい。今後政党のアピール力が国民にどれだけ浸透できるかが、試算の正当性に影響を与えることになるのではないか」と分析する。
原発稼働には高い障壁
ダットン党首は最初の原発稼働を2035年と明言している。しかし彼らが導入する炉は小型モジュール炉(SMR)が中心だ。まだ世界で1基も商用化されていない。あと10年前後で技術的な課題をクリアできるか未知数だ。
さらに豪州は二つの連邦法で原発の商用利用を禁じている。法改正には相当な時間がかかる上、野党連合が議会での大多数の議席を獲得しないと簡単にはできない。州独自に原発稼働を禁じる法を定めているところも多く、州法の改正も厳しいハードルだ。
次期総選挙は来年5月にも実施されるとの見方が強い。残り時間が迫る中、原発は「低コスト」だという世論が醸成できるか。はたまた政権政党の強みで労働党の巧みな戦略により、再エネの優位性が浸透するのか。激しい応酬から目が離せない展開になった。