【メディア論評/2月20日】COP28巡る論調〈下〉交渉結果の前段を読む


ところで、COP28の交渉結果を見るに際して、G7広島首脳コミュニケや議長国からのレターなど、その議論の前段階として参考となるいくつかの事項に触れておきたい。    

◆G7広島首脳コミュニケ(23年5月20日)~

今回、岸田首相は、G7議長国としてCOP28に出席することになった。その「G7広島首脳コミュニケ」で気候変動、環境、エネルギー分野で表明された内容はどのようなもので、COP28にどのようにつながったかという視点で見ておく。

<G7広島首脳コミュニケ 本文及び骨子より~> (抜粋)

◎気候〈我々の地球は、気候変動、生物多様性の損失及び汚染という3つの世界的危機、並びに進行中の世界的なエネルギー危機からの未曽有の課題に直面している。我々は、この勝負の10年に行動を拡大することにより世界の気温上昇を摂氏1.5度に抑えることを射程に入れ続け、2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させ、エネルギー安全保障を確保するとともに、これらの課題の相互依存性を認識し、シナジーを活用することで、パリ協定へのコミットメントを堅持する。我々は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)及びその第6次評価報告書(AR6)の最新の見解……を踏まえ、世界のGHG排出量を2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減することの緊急性が高まっていることを強調する。我々は、国が決定する貢献(NDC)目標の達成に向けた国内の緩和策を早急に実施し、……我々の指導的役割、また、すべてのG7諸国において排出量が既にピークを迎えたことに留意し、……すべての主要経済国が果たすべき重要な役割を認識する。2030年の国が決定する貢献(NDC)目標または長期低温室効果ガ ス排出発展戦略(LTS)が、摂氏1.5度の道筋 及び 遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標に整合していないすべての締約国、特に主要経済国に対し、可及的速やかに……2030年NDC目標を再検討及び強化し、LTSを公表または更新し、遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標にコミットするよう求める。〉

 <参照1>電気新聞23年10月27日付〈橘川武郎 国際大学学長〉〈2035年 2019年比60%削減〉〈……日本はG7の開催国として、(上記の)新しい削減目標を事実上「国際公約」したことになる。日本のそれまでの国際公約は「2030年に温室効果ガスの排出を2013年比で46%削減する」というものであった。2013年度から2019年度にかけて、わが国の年間温室効果ガス排出量は……14%減少した。14%減少した年間温室効果ガス排出量をさらに60%削減するというのであるから、これは大事(おおごと)である。「2035年GHG2019年比60%削減 」という新しい国際公約は「2013年」比に換算すると、「66%削減」を意味する。期限が2030年から2035年へ5年間延びるとはいえ、削減比率は46%から66%へ20ポイントも上積みされるからである。日本の多くの企業や自治体は、政府のこれまでの「2030年GHG2013年比46%削減」目標に平仄を合わせるか、若干上積みするかして、……カーボンニュートラルを目指す中長期計画を策定してきた。……ところが、政府が「2035年GHG 2019年比60%削減」目標を新たに国際公約したことによって、状況は一変する。多くの企業や自治体は、カーボンニュートラルにかかわる中長期計画の目標値を大幅に引き上げざるをえなくなる。……〉  

(コミュニケ本文に戻る)◎気候 (続き)〈〇グローバル・ストックテイク……我々は、COP28における第1回グローバル・ストックテイク(GST)の最も野心的な成果物を確保するために積極的に貢献することにコミットし、その結果が、緩和、適応、実施手段と支援にまたがる、強化された、即時かつ野心的な行動につながるべきである。〇トランジション・ファイナンス 我々は各国の状況を考慮し、多様かつ現実的な道筋を通じた移行を支援するとともことを含め、排出削減を加速するために、開発途上国及び新興国に関与する。2020年から2025年にかけて年間1000億米ドルの気候資金を合同で動員するという先進締約国の目標に対する我々のコミットメントを再確認する。特にクリーン技術や活動の更なる実施及び開発に焦点を当てた民間資金を含む資金を動員することの重要性を強調する。我々は、カーボン・ロックインを回避し、効果的な排出削減に基づいているトランジション・ファイナンスが、経済全体の脱炭素化を推進する上で重要な役割を有することを強調する。〉

<参照2>トランジション・ファイナンス推進に向けた取組23年11月経産省事前レク資料〈・パリ協定実現のためには、再エネを中心とする「グリーン」のみならず、省エネやエネルギー転換など着実な低炭素化を実現する「移行(トランジション)」が重要。・トランジション・ファイナンスの市場環境整備のため、これまで基本指針及び分野別技術ロードマップの策定、モデル事業・補助事業を実施。結果として、累計調達額は1兆円を超える規模に市場が成長。〉

(コミュニケ本文に戻る)◎環境〈我々は、持続可能で包摂的な経済成長及び発展を確保し、経済の強靭性を高めつつ、経済及び社会システムをネット・ゼロで、循環型で、気候変動に強靭で、汚染のない、ネイチャーポジティブな(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること)経済へ転換すること、及び2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させることを統合的に実現することにコミットする。〇生物多様性 我々は、人間の幸福、健全な地球及び経済の繁栄の基礎となる、生物多様性の損失を2030年までに止めて反転させるための歴史的な昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の採択を歓迎し、その迅速かつ完全な実施と各ゴール及びターゲットの達成にコミットする。すべての署名者に対し、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の下での彼らのコミットメントを迅速に実施し、途上国に対して支援を提供できるよう用意することを求める。我々は、自然に対する国内及び国際的な資金を2025年までに大幅に増加させるというコミットメントを改めて表明する。〉

<参照3>〈日経新聞23年8月15日付寄稿〉〈和田篤也 環境事務次官〉〈今年、G7広島サミット、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合が開催されました。そこでは、ネット・ゼロ、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの統合的な実現の重要性が再認識されたところです。政府においても、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」や「新しい資本主義実行計画」に、この3つの課題に向けた取組みが位置づけられました。……特にネイチャーポジティブは生物多様性をネット・ゼロと一体的に取り組むべきビジネス課題と位置付けて事業活動に組み込んでいく動きが加速する中、国際的にも注目されています。生物多様性の損失や自然資本の劣化が事業継続性を損なうリスク、あるいは新たなビジネスを生み出す機会として認識されつつあるのです。 〉

(コミュニケ本文に戻る)◎エネルギー〈我々は、エネルギー安全保障、気候危機及び地政学的リスクに一体的に取り組むことにコミットする。ロシアのウクライナに対する侵略戦争による現在のエネルギー危機に対処し、遅くとも2050年までにネット・ゼロ排出という共通目標を達成し、同時に、エネルギー安全保障を高める手段の一つでもあるクリーン・エネルギー移行を加速することの現実的かつ緊急の必要性及び機会を強調する。我々は、各国のエネルギー事情、産業・社会構造及び地理的条件に応じた多様な道筋があることを認識しつつ、気温上昇を摂氏1.5度に抑えることを射程に入れ続けるために、これらの道筋が遅くとも2050年までにネット・ゼロという共通目標に繋がることを強調する。〉

<参照4>〈小山堅 日本エネルギー経済研究所専務理事・主席研究員〉〈G7広島サミットの成果と日本の課題〉〈「我々は、各国のエネルギー事情、産業・社会構造及び地理的条件に応じた 多様な道筋があることを認識しつつ」という部分は、今回の合意の最重要部分。G7気候・エネルギー・環境大臣会合(札幌)で提示された重要な原則「多様な道筋、共通のゴール」をそのまま引き継ぐ形で提示された。欧米からの「上から目線」の「一本の道筋」を押し付けるのでなく、各国の国情を踏まえた対応を認めることは、エネルギー転換のコストを抑制しつつ、グローバルサウスとの連携を強めるアプローチになる。 世界の分断という現実を踏まえ、地政学的に極めて重要な意味を持つことになる。〉

(コミュニケ本文に戻る)◎環境(続き)〈〇省エネ、再エネ 我々は、現在と過去のエネルギー危機への対処の経験を通じて、「第一の燃料」としての省エネルギー及びエネルギーの節減の強化並びに需要側のエネルギー政策の発展の重要性を強調する。我々はまた、再生可能エネルギーの実装や次世代技術の開発及び実装を大幅に加速させる必要がある。〇水素・アンモニア 我々は、低炭素及び再生可能エネルギー由来の水素並びにアンモニアのような派生物は、摂氏1.5度への道筋と整合する場合、産業及び運輸といった特に排出削減が困難なセクターにおいて、セクター及び産業全体の脱炭素化を進めるための効果的な排出削減ツールとして効果的な場合に、……開発及び使用されるべきであることを認識する。〇石炭火力、カーボンリサイクル 我々は、……国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトを加速するという目標に向けた、具体的かつ適時の取組みを重点的に行なうというコミットメントを再確認し、他の国に対して我々に加わるよう要請する。……公正な方法でクリーン・エネルギー移行を加速するため、排出削減対策が講じられていない新規の石炭火力発電所のプロジェクトを世界全体で可及的速やかに終了することを他国に呼びかけ、協働する。……我々は、二酸化炭素回収・有効利用・貯蔵(CCUS)/カーボンリサイクル技術が、他の方法では回避できない産業由来の排出を削減するための脱炭素化解決策の幅広いポートフォリオの重要な要素となりうること、また、強固な社会及び環境面のセーフガードを備えた二酸化炭素除去(CDR)プロセスの導入が、完全な脱炭素化が困難なセクターにおける残余排出量を相殺する上で不可欠な役割を担っていることを認識する。〇LNG クリーン・エネルギー移行を加速させることの主要な必要性を認識しつつ、……ロシアのエネルギーへの依存からのフェーズアウトを加速すること、及びエネルギー供給、ガス価格及びインフレーション、並びに人々の生活へのロシアによる戦争の世界的な影響に対処することが必要である。この文脈において、我々は、液化天然ガス(LNG)の供給の増加が果たすことのできる重要な役割を強調するとともに、ガス部門への投資が、現下の危機及びこの危機により引き起こされ得る将来的なガス市場の不足に対応するために、適切であり得ることを認識する。〉

<参照5>〈小山堅 日本エネルギー経済研究所専務理事・主席研究員〉〈G7広島サミットの成果と日本の課題〉〈エネルギー安全保障問題のハイライトの一つはガス・LNG問題。グローバルサウスへの配慮や気候目標との整合性確保に言及しつつ、「我々は、液化天然ガス(LNG)の供給の増加が果たすことのできる重要な役割を強調するとともに、ガス部門への投資が、現下の危機及びこの危機により引き起こされ得る将来的なガス市場の不足に対応するために、適切であり得ることを認識する」との合意を取り付けた。〉

◆UAE ジャーベルCOP28議長から事前に各国に宛てたレター 2023年10月 (23年11月経産省事前レク資料)

〈〇グローバル・ストックテイク 今年は最初のグローバル・ストックテイク(GST)を行うパリ協定実施の重要な年。気候野心サミットは、グローバル・ストックテイクに関する成果物を検討するハイレベル・イベント開催のプラットフォームとして機能する。各国リーダーが、行動、支援、国際協力の強化に関する機会と課題を特定し、重要な政治的メッセージを提供することを期待。〇緩和 COP28の成果の中心であり、1.5度を射程に持ち続けるために重要。我々は明日のエネルギーシステムをどう構築するかを考えなければならない。そして、利用可能なあらゆるソリューションや技術の実装拡大などを通じて、今世紀半ばまでに排出削減対策の講じられていない化石燃料から脱却する未来のエネルギーシステムに向けて取り組まなければならない。〇ロス&ダメージ 優先事項の一つとして、新しい基金と資金アレンジメントが早期に創設・運用されることを確保する必要あり。〇議長国行動アジェンダ エネルギー移行の加速化 *すべての化石燃料の需要と供給のフェーズダウンは重要。今世紀半ばまでに実現する排出削減対策の講じられていない化石燃料から脱却したエネルギーシステムに向けて取り組む必要性があり、特に、石炭に関しては優先度を持って行動が必要。一方で、エネルギー安全保障、経済性、そしてアクセシビリティを確保しながら、実現する必要もある。*世界の再生可能エネルギー容量を3倍(2030年までに11TWに到達)とし、エネルギー効率を世界年平均で2倍(2030年までに4%に到達)とすることについて、すべての締約国に対し誓約(pledge)に参加することを求める。*再エネ3倍・エネルギー効率2倍の実現と、排出削減対策の講じられていない石炭火力の新規認可の終了は、化石燃料の需要のフェーズダウンを可能にし、1.5度を達成可能な範囲に留めるために不可欠。〉

〈参照〉環境省幹部の振返り23年12月談〈〇合意内容について〈グローバルストックテイク(GST)を議論するタイミングで、今回の内容に取り纏めることが出来たことは本当によかった。GSTは地球全体で考えないといけない話であり、「みんなでしないといけないけれど、どうする?」という話だ。そうであれば自ずと、ソリューションにハイライトがあたる。そうすると、まずは再エネをみんなでしましょう、その次は省エネをしましょう、となる。「エネルギー効率」という言葉も今回初めてでてきた。e-fuelや原子力、CCUSまで書いてある。日本が入れ込んだというよりも、結局はソリューションを示す国が日本しかなく、日本の取組み以外にネタがないから、日本の主張するソリューションが評価されて、全て書かれることになったというのが正しい理解だ。この頃はメディアに対しても、「1.5度目標なんて出来ないと思っていたけれど、最近は産業界がいろいろソリューションを出してくれるので、もしかしたら1.5度目標は一旦置くとしても、2050年カーボンニュートラルは出来るかもしれない。日本の技術が流布されるならば1.5度目標もありだな、と思っている」と言っている。メディアも最近では技術を勉強して、ソリューションについて書き始めている。今はペロブスカイト発電や洋上風力、蓄電池がハイライトされており、今後もっと多くの記事が出てくると思っている。〉

年が明けて、日経電子版で「温暖化対策、旗振るべきは経済産業省か環境省か」という記事が出た。あえて、ほぼ全文を引用する。                                                  

〇日経電子版24年1月14日付〈霞が関ノート〉〈霞が関での地球温暖化対策の旗振り役は、環境省なのだろうか。経済産業省なのだろうか。〉〈……COP28が開かれた。化石燃料や再生可能エネルギーなどが注目を浴びた「エネルギーCOP」での主役は経済産業省だ。象徴的だったのが成果文書に入った「transitioning away from fossil fuels」という文言の訳し方だ。メディアはawayの言葉に着目した。化石燃料から離れるなら「脱却」となる。伊藤 信太郎 環境相は記者団にこう話した。「化石燃料からの移行に言及する文書が公表されたことは大変重要だ」。移行なら脱却とはニュアンスが違う。見解を求めた記者団に経産省の官僚がこう答えた。「この10年間は非常に重要な期間でしっかり頑張るものとして定められた」。移行という訳が正しいというわけだ。日本は多くの原子力発電所が再稼働せず、再生エネの導入も遅れている。電源は石炭や天然ガスの火力発電に依存する。脱却ではなく移行を目指すというのは経産省の意見だ。世界各国が「脱却」の方策を競っても、日本は足元では対応しきれない。経産省はエネルギー業界の意見に配慮せざるを得ない。では、環境省は誰の意見を誰に発信するのか。立ち位置の曖昧さが垣間見えた場面もある。伊藤氏はCOP28で中国の解振華・気候変動問題担当特使とは会談する予定があったが、直前に相手が趙英民・生態環境部副部長に差し替わった。会場からはケリー米大統領特使(気候変動問題担当)が出てきたため、解氏と面会したのではないかとみられている。環境省幹部は「趙氏は代表団長なので伊藤氏と同格だ」と語る。出張したUAEは暑い国で、COPの会場は空調が効きすぎなほどひんやりしていた。霞が関にある中央省庁のビルは生真面目なほど温度管理を徹底している。環境省はもっと懸命に、日本の温暖化対策の努力を説明すべきではないか。もどかしさが募った。〉

ジャーナリスト 阿々渡細門

【メディア論評/2月12日】COP28巡る論調〈上〉「~ away from」どう解釈!?


◆COP28の交渉結果

COP28は昨年11月30日~12月13日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された。今回の会議ではいくつかの成果事項があった。パリ協定の目的達成に向けた世界全体の進捗を評価するグローバル・ストックテイク(GST)に関する決定、ロス&ダメージ(気候変動の悪影響に伴う損失と損害)に対応するための基金を含む新たな資金措置の制度大枠に関する決定などが採択された。(以下は環境省、外務省資料などから作成)

〇グローバル・ストックテイク(GST)に関する決定

参考=第1回グローバル・ストックテイ。2023年に第1回を開催。その後は5年に1度、世界全体のパリ協定の実施状況を評価。(パリ協定第14条)。先進国や島しょ国は、各国の定める「2030年目標(NDC)」や「長期目標」は、「1.5度目標」に整合的であるべきと主張。日本は既に「1.5度目標」に整合的。(23年11月経産省事前レク資料) ←環境省幹部(23年12月談)「日本はオントラック」という点をCOPで訴求しようと、経産省と一緒に官邸にもあげた。官邸の受けも良く、岸田首相はCOPにおいて「ジャパン・イズ・オントラック」と述べた。これはインパクトがあり、日本叩きがしづらい状況になった。

<決定事項>

●1.5度目標の達成に向けて25年までの排出量のピークアウト

●全ガス・全セクターを対象とした野心的な排出削減

●各国の判断、事情等を考慮して行われる世界的努力への貢献

・世界全体で再エネ発電容量3倍・省エネ改善率2倍

・排出削減対策が講じられていない石炭火力発電の逓減加速

・エネルギー部門の脱・低炭素燃料の使用加速

・化石燃料からの移行

・再エネ・原子力・CCUSなどの排出削減・炭素除去技術・低炭素水素等の加速

・メタンを含む非CO2ガスについて30年までの大幅な削減の加速

・交通分野のZEV・低排出車両の普及を含む多様な道筋を通じた排出削減

・非効率な化石燃料への補助のフェーズアウトなど 

 〇ロス&ダメージ

 COP27で設置が決定されたロス&ダメージに対応するための基金を含む新たな資金措置を運用化するための決定が採択。基金については、気候変動の影響に脆弱な途上国を支援の対象とすること、世界銀行の下に設置すること、先進国が立ち上げ経費の拠出を主導する一方、公的資金、民間資金等のあらゆる資金源から拠出を受けることなどを決定。

◆COP28閉幕後の記事掲載状況

これに対して、閉幕直後の全国紙は、会議の中で合意に至るまでに激しいやり取りがあった脱化石燃料についての議論を中心に記事掲載した。(一部を紹介)

〇日経新聞23年12月15日付〈COP28 「化石燃料脱却」初の明記〉〈大幅削減 道は見えず〉〈曖昧さ残す「歴史的合意」〉〈……COP28は「化石燃料からの脱却」を成果文書に盛り込む「歴史的な合意」(欧米メディア)を得て閉幕した。化石燃料の削減を促す方針を明記したのは初めてだが、大幅削減への道筋は曖昧でもある。実効性を持たせられるかが試される〉〈「化石燃料時代の終わりの始まり」。国連はCOP28の終幕時にこう総括した。これまでのCOPは石炭火力発電の段階的削減を打ち出したが、すべての化石燃料の扱いは言及していなかった。多くの欧米メディアは肯定的な見出しで報じた。……当初案にあった「化石燃料の段階的廃止」の明記は、サウジアラビアなど中東産油国からの猛反発で見送った。成果文書の前の案にあった「減らす」という文言からは表現は強まったが、廃止は実現できなかった。1.5度目標の達成には温暖化ガスを2030年までに10年比で45%減らし、今世紀半ばにゼロにする必要がある。今回の案では30年に具体的にどれだけ化石燃料を減らすか定かではない。……国連は化石燃料の使用削減を訴えるが、二酸化炭素など温暖化ガスは増え続けている。……1.5度の達成には不十分だが200カ国・地域が温暖化ガス削減目標を共有する意義は大きい。〉

〇毎日新聞 見出しのみ*23年12月14日 付1面〈脱化石燃料化、初の合意〉〈「温室ガス35年6割減」明記 COP成果文書〉22面〈化石燃料時代の終わり〉〈COP28合意 意義大きく〉*23年12月15日付「検証」コーナー〈脱化石燃料 薄氷の合意〉〈COP28産油国に配慮 実効性課題〉〈日本 交渉で薄い存在感〉*23年12月22日付「オピニオン 記者の目」コーナー〈COP28「化石燃料脱却」合意〉〈日本も実現への道筋示せ〉

こうした記事傾向について、経産省時代にはCOP交渉にも携わった有馬純・東京大学公共政策大学院特任教授は次のように評価、指摘する。

〇産経新聞24年度1月15日付「正論」コーナー〈ドバイで行われたCOP28に参加したが、元交渉官としての経験に照らし、評価できる点とできない点がある。報道の多くは「化石燃料からの移行」が初めて書き込まれたことを歴史的成果としている。しかし温室効果ガス削減のための世界的な取り組みとして列挙された8項目の1つであり、これだけを特筆大書するのはバランスを欠く〉〈それ以外にも2030年までに世界の再エネ設備容量3倍、エネルギー効率改善率2倍、ゼロ・低排出技術(再エネ、原子力、炭素回収・利用・貯蔵=CCUS=等)の導入加速、ゼロ・低排出自動車等を含む様々なやり方による道路部門の排出削減が含まれる。新聞は報道しないが、再エネと並んで原子力、CCUSが加速すべき技術として認定されたこと、エネルギー安全保障を確保しつつエネルギー転換するための移行燃料(天然ガス等)の役割が書き込まれたことも史上初めてだ。COP28の成果として特筆大書すべきなのは、これらの取り組みを「それぞれの国情、道筋、アプローチを考慮し、国ごとに決定された方法で行う」としたことだ。COPの世界では「再エネは推奨するが、原子力、CCUSは排除すべき」といった偏頗な議論が幅を利かせてきた。しかし脱炭素化という方向性を共有しつつも、経済発展段階、化石燃料生産国と輸入国など各国の置かれた状況は様々で排出削減の道筋も異なる。評価できない点は世界の気温上昇を「1.5度」に抑える目標の呪縛である。〉〈合意文書にはIPCC第6次評価報告書を踏まえ、1.5度目標を達成するためには世界の温室効果ガス排出量を2025年にピークアウトさせ、19年比で30年に43%削減、35年に60%削減が必要、といった数値が盛り込まれた。……しかし、そのためには23~30年で年率9%、30~35年で年率7.6%の削減が必要だ。……今後の排出削減のカギを握る中国、インド、ASEAN等の新興国・途上国がそれに見合った目標を出す可能性はゼロに等しい。……COP28では化石燃料フェーズアウト(段階的廃止)が最大の争点となった。低炭素化、脱炭素化に向けたエネルギー転換が進むことは間違いない。しかし1.5度目標、50年カーボンニュートラルから逆算して急速な排出削減経路から割り出し、化石燃料の新規投資を排除せよと主張するのは化石燃料が世界の8割を占める現実から乖離しており、……1.5度目標は死んでいるに等しい。……〉

【記者通信/2月7日】23年度新エネ大賞決定 応募・受賞数が過去最多


新エネルギーに関する機器開発、設備導入、普及啓発に貢献した取り組みを表彰する「新エネ大賞」(主催:新エネルギー財団)の受賞式が1月31日、東京・有明で開かれ、過去最多の応募数83件の中から25件が受賞した。受賞数も過去最多だ。最高位の経済産業大臣賞には、パナソニックホールディングス(HD)、パナソニックエナジー、FDの3社による新たな太陽光発電導入方式の取り組みが選ばれた。次点の資源エネルギー庁長官賞は、ビオクラシックス半田、にじまちの2社による「地域バイオマス資源を活用した脱炭素型地域内循環の創出」。このほか、新エネルギー財団会長賞が20件、審査委員長特別賞が3件という結果だった。

新エネ大賞の受賞者が勢ぞろい

経産大臣賞を獲得したパナソニックHDなど3社が開発したのは、特別高圧受電の大規模工場に太陽光発電を導入する際、工事費を大幅に抑制する新たな手法だ。一般的な方式では、地絡事故が発生した際、逆潮流が起きないように瞬時に発電停止の指令を出す「地絡過電圧継電器(OVGR)」を特高部に設置することが必要。これがない場合は、大掛かりな設備改造が求められる。

経産大臣賞を受賞したパナソニックHDなど3社(赤バラのリボン)

一方、本件は2MW級の太陽光発電を自社工場に導入するに当たり、高圧側に高速作動する「デジタル式逆電力継電器」を設置することで、変電所の大幅な改造工事を必要とせず、系統事故時に求められる3秒以内の発電停止を実現した。これにより、工事費の2億円削減、工期の約1年短縮という成果を生み出した。発電設備は昨年4月に稼働を開始。電力購入契約(PPA)によって年間約2000万円の電気代削減、年間1000tのCO2削減を見込んでいる。

今回の受賞では、工事費の大幅な削減や工期の短縮化を実現する先進性、独創性ある取り組みとして高い評価を受けた。ちなみに日本全体の特高受電契約件数は約1万1200件。同様のケースで今回実証したシステムを活用すれば、スピーディーな新エネ導入促進に寄与する可能性がある。3社は、パナソニックの他工場でも同様の効果が期待されるとして導入を検討中だ。

太陽光・バイオマスが7割超 脱FIT・FIP傾向も

今年度の応募傾向として、新エネ分野のうち、太陽光分野が38件と全体の4割以上を占めた。ただ、蓄電池や周辺機器の普及に向けたビジネスモデルが多く、独創性のある新技術の開発は少なかったという。次に応募が多かった分野は、バイオマス分野で、太陽光と合わせると全体応募数の約7割を占める。ここ数年、この2分野が過半数を占める傾向が続いている。

審査委員会委員長を務めた内山洋司氏(筑波大学名誉教授)は、FIT(固定価格買い取り制度)・FIP(市場連動価格買い取り制度)に依存しない新しいビジネスが展開されたことは望ましいとしつつも、「太陽光パネルの多くは輸入品で、これでは日本の産業が育たない。もっと力を入れて普及啓発に努めていく必要がある」と強調した。50年カーボンニュートラル実現に向け、新エネルギーに係る開発技術や知見が一堂に会する「新エネ大賞」からますます目が離せない。

【書評/1月31日】従来の芭蕉論を超えた新人物像を提示する力作


江戸時代前期、それまで言葉遊びに過ぎなかった俳諧を、人生観や哲学を十七音で表現する文学へと昇華させ、俳句の源流を確立した“俳聖”松尾芭蕉。日本各地を旅し多くの作品を残した。中でも、晩年に奥州、北陸道を巡り記した紀行文『おくのほそ道』はあまりにも有名だ。それだけに、各時代の研究者によって研究しつくされてきた同作だが、昨年11月、これまでの芭蕉研究に一石を投じる力作、「もう一人の芭蕉――句分百韻でたどる曾良本『おくのほそ道』」(平凡社)が出版された。

A5版、506頁、定価4950円(税込み)。全国の大手書店やネット書店で販売

上梓したのは、大阪ガスの副社長を務めるなどエネルギー業界に多大な貢献をした有本雄美氏。序文の「面八句を庵の柱に掛置」という言葉をヒントに、同作全編が連歌の伝統である(一巻が百句で成り立つ)「句文百韻」という形式を踏まえたものではないかとの仮説を提示。これを裏付けるために、原本の一つである「曾良本」に残された芭蕉自らの朱筆から推敲の形跡を丹念にたどりながら分析することで、従来の芭蕉論を超えた「もう一人」の芭蕉像を明らかにしている。

本書は大きく、①分析の手法を明示する「立証編」、②それぞれの分析内容を吟味する「内容編」、③さび、不易流行、しほり、かるみという芭蕉が到達した境地を考察する「俳論編」――という3篇で構成。あたかも推理小説をたどるような展開で、読者を惹き付ける。

〈『おくの細道』は百韻で構成されている。「表八句を柱にかけおく」とした序文の謎を、実証的に解き明かす意欲作。これまでの研究にはない、新しい芭蕉の姿が見えてくる。「面八句を庵の柱に懸置」。奥の細道への芭蕉の旅立ち、また著者の芭蕉への旅立ち、その端緒となるひと言です。「面八句」が百韻連句の冒頭であることに目をとめ、『奥の細道』全篇を百韻形式と見定めて、全作をこの定型に沿って読み解こうと構想された一書。この名作紀行文にどう向き合うか、読者が試される新たな刻がやってきた〉。国文学者の藤田真一・関西大学名誉教授は、平凡社のウェブサイトで、本書に対しこんなコメントを寄せている。

有本氏は、大阪ガス退社後の2007年に関西大学文学部に入学。12年に同大大学院文学研究科を修了し、大学院文学研究科修了。同著の執筆には6年の歳月をかけたという。同著を手に取り、著者とともに新しい芭蕉を探す旅に出てみては。

【目安箱/1月31日】トップが相次ぎ不祥事辞職 ENEOS社風の功罪


国内石油・エネルギー業界の雄、ENEOSホールディングス(HD)。資源高と多角化投資が当たり、業績は好調だが、斉藤猛社長(当時)が女性にセクハラ行為をしたとして、昨年12月に解任された。同社は昨年も杉森務会長(当時)がセクハラ行為を一因に辞任した。同社は活力ある社風が知られるが、その裏側に「有能で仕事さえできればいい」といった考えがなかったか。これを「他山の石」として、エネルギー業界は自らを見直すきっかけにしてはどうか。

◆連続不祥事もコンプライアンスは機能

その斉藤氏は、昨年末、泥酔状態で、懇親会の席で女性に抱きついた。それが内部通報で発覚し、取締役会に報告され、12月に解任に至った。そのセクハラ行為の詳細は公表されていない。女性の立場も分からない。社長解任の記者会見には斉藤氏本人、役員は出席せず、社外取締役や調査をした委員会の弁護士のみが出席し、斉藤氏の「女性に謝罪し、深く反省する」という趣旨の短いコメントがあるのみだった。

会長だった杉森氏は22年7月に沖縄での代理店を交えた酒席で、ホステスに絡み、暴行したとされる。その様子が、週刊誌で報道された。関係者によると、杉森氏は個人的な病気もあったが、同月辞職をした。この時、内部通報を通じて状況を知った斉藤社長が、杉森氏に辞任を迫ったという。

同じ過ちで首脳部が辞職するのは、前代未聞だ。しかも、女性に対するセクハラ、暴力も異常である。仮に接客業の女性に対して、また酔った状況としても絶対に許されない。

それでも、ENEOSはトップのセクハラ行為を発見し、コンプライアンスの仕組みが機能して、組織の問題を是正できた。人による管理ではなく、仕組みやルールによる管理を行った。問題を起こした経営層もそれに従った。同社の経営に、健全な面が残っているということだろう。

◆営業至上主義の組織文化、逆に古さが残る

淘汰の進むガソリンスタンド分野において、ENEOSは元売りトップで、その主導権を握る。米国の有名投資家のピーター・リンチは「負け組市場のチャンピオンの株を買うべきだ。彼らは、そうした市場で生き残るしたたかさを身につけ、残った市場も支配できる」との言葉を残している。

さらにいち早く多角化で向き合った金属分野、石油・LNGでの海外の採掘事業では利益を確保。水素燃料電池も世界のトップランナーにいる。いずれの分野でも業績は好調だ。

同社の強さの秘けつは、人材かもしれない。同社幹部は社外では「仕事ができ、社交的な明るい人ばかり出会う」(電力)と評価が高い人が多い。杉森氏も経団連副会長、そして気候変動問題では、行き過ぎた環境保護の動きに正論を述べて反対し、財界、政界の評判は高かった。

一方で、同社の長所は立場を変えると、別の姿にも見える。ある社員は、「外部には良い面ばかりが目立つが、内部から見ると営業成績至上主義、パワハラ・セクハラ気質のある『昭和の体育会的ノリ』の幹部が多い。典型的な人が退任した杉森会長で、彼の引き立てた首脳部は同じ雰囲気の人が少なくない。宴席などでは、そんな姿が出てしまう」(中堅幹部)という。

斉藤社長が辞職したため、旧東燃ゼネラル石油出身の宮田知秀副社長が暫定的に社長事務を代行し、4月までに社外取締役、外部委員などで社長と取締役を決める。しかし「人事を根底から変える必要がありそうだが、杉本派と斉藤社長が対立している噂が出ていた。彼らが一新されて、会社が生まれ変わる好機もしれない」(同)との声も出ている。

◆古いビジネス感覚一掃の契機に

組織の強みは、逆に弱点でもある。そして、うまくいっているためにその現状をなかなか変えられない。またかつては許されたことが、時代の変化に適合しなくなる。これは、どの会社、組織でも見られることだ。ENEOSのような巨大企業にとって、進路を急に変えることはなかなか難しかったのかもしれない。

しっかりした、真面目な人が多い、エネルギー業界でも、組織の病に見えるような、人の問題、おかしな意思決定は時々、見たり、聞いたりする。しかも、古い会社が多いので、昔のビジネスの価値観が残っている場合も多い。ENEOSの光と影を見つめて、『他山の石』として、エネルギー会社は自らの社業を見つめ直すきっかけにしてもいいだろう。

【論考/1月26日】燃料油補助を考える〈下〉「所得移転」が支援の本筋


ガソリン税・本則税率は60年前の制度

ガソリン税(揮発油税及び地方揮発油税)を特例税率1ℓ当たり53.8円から本則税率28.7円へ、軽油引取税も特例税率32.1円から本則税率15.0円へと、それぞれ25.1円 、17.1円引き下げるべきとの意見が、特に野党から強く出されている。連続3カ月でガソリン平均小売価格が160円を超えると本則税率が適用される、いわゆる「トリガー条項」の発動。あるいは、特例税率そのものを廃止。いずれの手法も、実質的な効果では変わりなかろう。一旦「トリガー」が引かれると、特例税率の再適用には、連続3カ月で(本則税率での)ガソリン平均小売価格が130円を下回らねばならない。直近でこの条件を満たしたのは2021年・第2四半期だが、当時の原油輸入単価は1バレル67ドル、為替レートは1ドル109円。いずれも今日の水準から遠い。

この本則税率は1964年に第3次池田内閣のもと、第4次道路整備5カ年計画の財源確保のため定められた。その後に暫定税率として3度引き上げられ、その最後は第二次石油危機が進行中の1979年6月、第1次大平内閣による、ガソリン税及び軽油引取税の25%(それぞれ10.7円、4.7円)引き上げである。過度な財政負担の回避と安定的な道路財源の確保が目的とされた。以来約45年間、2008年4月に一時的に本則税率が適用された以外は、税率は据え置かれてきた。

これに対し、例えばドイツの場合、ガソリン燃料税は1986年から2003年までに約3倍引き上げられて1ℓ当たり65.5ユーロセントとなり、現在も同率である(ただし、22年6〜8月は35.9ユーロセント)。これは21年平均で85円、2023年では99円に相当する。この燃料税を含んだガソリン価格に、付加価値税19%が掛かる。この、いわゆる「二重課税」は、欧州でも通例である。

すなわち、特例税率でも、既に日本のガソリン税は欧州に比べて顕著に低い。消費税率も、日本は(少なくとも現時点では)欧州のほぼ半分である。このガソリン税を60年前の本則税率に戻し22年2月以降に適用したとすると、日本のガソリン小売価格は22年平均・171円となる計算で、これは補助金投入後の実際値にほぼ一致する(注5)。23年では平均・163円で、実際値を10円、インドの価格を14円、それぞれ下回る。

1964年当時、日本経済の規模は現在の5分の1にも満たない。廉価豊富な中東原油を活用し、重化学工業主導の高度成長に弾みをつけていた。石油危機は予想もできず、まして地球温暖化対策となれば空想科学(SF)の領域であったろう。「どんどん石油を使う」のが時代の要請であった頃の「新興国・日本」の税率に復帰(ないしは同様の補助金を投入)して、国内ガソリン価格をインド以下に抑えることに、与野党挙げて賛成しているのが日本の現状である。ムーンウォークというべきか、「先手」の対策と称しながら、日本をいたずらに後退させている。

仮想現実から目を覚まし、前進せよ

「新たな激変緩和措置」の発表時には、2023年8月下旬にガソリン平均小売価格が「過去最高」の185円に達したことへの懸念が表明されていた。しかし、日本が実際に支払っている原油輸入単価は、その1年以上も前の22年7月に99.6円と過去最高値(名目)をつけている。

日本は「過去最高」の原油輸入価格を、既に22年に支払い済みなのだ。それを消費者と(将来の)納税者で負担を分けたとしても、支払った原油代金は変わらない。原油輸入額の抑制という本来の課題に対して、これは何ら解決策にならない。それどころか、原油高価格のシグナルが消費者に届かず、省・脱石油に向けた国民の努力・創意を阻害する。燃料価格補助金は、低燃費自動車をはじめ省・脱石油への取り組みに対して罰金を課すに等しいからだ。

小売物価指数を用いた実質価格(22年度)では、ガソリン平均小売価格は第一次石油危機後の1974〜76年度および第二次石油危機後の79〜82年度の計7年間、200円を超えている。185円が「過去最高」というのは名目価格に過ぎず、実質ではまだかなり安い。また2022年度の日本の原油輸入量は1974年度に比して4割以上少ない。現在の日本の経済規模は80年と比較しても2倍であり、原油単価の上昇に対する耐性は石油危機時を遥かに凌ぐ。185円程度で、萎縮する必要などない。

今、世界は深刻な分断の時代を迎え、エネルギーを含む安全保障強化が喫急の課題となり、また地球環境問題がとりわけ自動車輸送の革新を強く促している。政治に本来求められるのは、この大きな転換期に最も相応しいエネルギー、自動車技術、輸送網及び情報網を構想し、その大局の中であるべき燃料税を定めていく戦略的な姿勢である。60年前の税率を基準として、巨額の補助金投入や減税によって、盲目的に燃料油価格の引き下げを図る場合ではない。例えば、非石油燃料による自動運転車を中心とした新たな燃料、道路、情報網の一体的構築とその財源を考え、その結果としてガソリン増税という考えが出てきても一向不思議ではないのだ。

「トリガー」は消費税を対象に

一律の燃料価格引き下げは、その恩恵が燃料消費の多い高所得層により手厚く、したがって低所得層への支援策としても非効率である。いわゆる「アベノミクス」に基づく財政出動と金融緩和が持続し、その副作用として国際的な金利上昇局面での円安を誘発し、これが2022年第4四半期以降、原油輸入額押し上げの主因をなしている。とすれば、円安によって利益を得る企業・所得層から、円安による物価高に苦しむ低所得層への所得移転を図るのが、支援の本筋だろう。いずれにせよ、日本の原油高は「アベノミクス」が日本経済に与えた歪みの一環である点で特異であり、この歪みを是正する大本の努力なくして、その解を見出すことはできない。

また、ガソリン税は従量税だから原油価格が上昇するほどに税負担率は下がる。「トリガー」を設けるとするならば、むしろ従価税である消費税を対象とすべきだろう。例えば課税価格が180円を超えた段階で消費税を一定額(18円)とすれば、ガソリン価格で199円以上の分は、卸価格の上昇を忠実に反映するに止まり、また、小売価格が断絶して買い急ぎや買い控えを惹起することもない。

一旦政治が恣意的に価格を決めると、必要な値上げも政治のせいにされ、これを嫌がってぐずぐずと補助が続く「無責任体制」となりがちである。このような自縄自縛に陥ることなく、率直に国際石油価格を国内市場に反映させて国民に創造的対応を促し、これを統合して新たなエネルギー・輸送システムの構築につなげていく、前向きな政治的指導力が求められる。

W BC準決勝、吉田の同点スリーラン、遊撃手「源田の1ミリ」の守備、本塁打を狙える球をあえて犠牲フライにした山川、凡打の確率が最も高いコースに投げ込まれた球を短く持ったバットで弾き返した大谷、そして最後は主砲・村上の一振りで代走の俊足・周東がサヨナラのホームイン。そこには選手の技があり、試合運びの全てが理に叶っており、そして何より、逆境の中で最後まで勝利を目指す気迫があった。原油高価格に挑む、そのような本来の日本の姿が見たい。

石油アナリスト 小山正篤

(注5)資源エネルギー庁による「補助がない場合の」想定ガソリン価格から消費税分を引き、そこで特定税率を本則税率に置き換えた上で、消費税を掛け直して算出。

【目安箱/1月25日】能登半島地震で難航する電力復旧 システム改革の影響は?


電力システム改革の制度設計で活躍中の東京大学の松村敏弘教授は、2022年6月に「【論考】初の電力需給ひっ迫警報 大騒ぎしすぎではないか」という記事を、エネルギーフォーラムのウェブサイトに寄稿している。これはエネルギー関係者の間で騒ぎになった。

松村氏はこの論考で、政府がこの時点の電力不足への懸念から出した「電力需給ひっ迫警報」への反響を「騒ぎすぎ」という言葉を使って批判。停電のリスクをゼロにする必要はないと指摘し、電力自由化を止めてはならないと主張した。

自由化によって、電力供給に完璧を目指さなくてよいという考えもあろう。松村氏はその立場のようだ。しかし消費者の大半は、自分が認めてもいないのに電力の安定供給が損なわれることは容認できないはずだ。松村氏の割り切った考えは、消費者の希望から離れている。そして、その考えを採用して自由化を進めた結果、それを一因として供給設備が不足する事態になった。

消費者は、安定供給を何よりも重視する――。1月1日に発生した能登半島地震で、それが顕著に現れた。

◆能登半島沖地震、復旧完了まで約1カ月の見通し

この地震での1日も早い復旧と被災者の方の生活の回復を祈りたい。

電力インフラでは復旧が進んでいる。停電数は、地震直後に一時4万5000戸だった。1月24日午前時点で、石川県の能登半島地域の一部で約4300戸まで減った(北陸電力送配電・停電情報)。今月中には、復旧作業が概ね完了する見通しだ。

この北陸電力の電力システムの維持は、素晴らしい成果だ。北陸三県、石川、富山、福井に主に電力を供給する同社の契約口数は23年9月末時点で218万8200件ある。電力供給の大半は維持されている。その努力に感謝をしたい。

北陸電力の復旧作業(同社1月22日のXより)

停電が残っている主な理由は、能登半島の交通事情の悪さによるものだろう。今回の地震で被害を受けた石川県北部、能登半島は、道路の数が少ない。半島という一方向からしかアクセスができない地形の影響もあるはずだ。

日経新聞は1月24日付の朝刊で、「電力供給 進まぬ分散 大手寡占、災害時にリスク」と題する記事を掲載した。これに対し、電気事業連合会は同日、「一般送配電事業は、周波数を維持し安定供給を実現するとともに、電柱や電線など送配電網の建設・保守のスケールメリット、一元的な管理による二重投資の防止、などの観点から、規制領域とされている許可事業であり、大手の寡占との指摘はあたらない」「今回の能登半島地震においては、輪島市、珠洲(すず)市を中心に道路の寸断(土砂崩れ、道路の隆起・陥没・地割れ等)や住宅の倒壊等により立入困難な箇所が多数あることなどが思うように復旧作業が進まない要因だと承知しており、停電長期化の原因が『電力供給のもろさ』にあるという指摘はあたらない」などとする見解を公表した。そもそも、大手の寡占が災害時のリスクになるという指摘は、どう考えてもおかしい。そうだとすれば、地域独占時代は災害に弱い電力システムだったということになってしまう。それが事実ではないことは、歴史が証明している。

これまでの巨大地震では、復旧はもっと早かった。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では約260万戸の停電が発生し、6日後の23日に倒壊した家屋を除いて概ね復旧が完了した。2011年3月11日の東日本大震災では東北電力エリアで466万戸、東京電力エリアで405万戸の停電が発生。東電エリアでは7日後に停電が解消され、東北電エリアでも地震発生から8日以内に約94%の地域で停電が解消された。16年4月の熊本地震では約47万7000戸が停電し、1週間後にほぼ全戸で復旧した。18年9月の北海道胆振東部地震では北海道全域でブラックアウトが起きたが、やはり1週間後にはほぼ全戸で復旧した。

こうしてみると、1週間という期間が復旧完了の一つの目安だったことが分かる。いずれの地震でも、復旧に相応の時間を要した水道や都市ガスに比べると、「レジリエンス」に優れたエネルギーといえるのだ。しかし、こうした状況が今後も続くかは分からない。

◆発送電分離後初の巨大地震

政府は、1990年代から電力自由化に着手し、東日本大震災を機に「エネルギーシステム改革」の名で一段とその範囲を広げた。電力とガスではこれまで大口の産業用が自由化されていたが、それが家庭用も含めて全て自由化された。2022年までに電力会社の発電会社と送電会社を法的に分離することが目標にされ、実行された。北陸電も2019年に北陸電力配送電を設立し、分社化した。

それまで、災害対策は発送電一貫体制の大手電力会社が一手に担ってきたが、発送電分離後は事業会社ごとに対策が分かれてしまったのだ。今回の能登半島災害は、発送電分離後初めてとなる巨大地震である。北陸電グループが発送電を分離しても災害対策をおろそかにしているわけではないのは言うまでもないが、19年9月に台風15号の影響で発生した千葉大停電では、いち早く発送電分離されていた東京電力グループの体制が復旧現場を混乱させる一因になったとの指摘が、東電内部から聞こえていた。

実は、電力システム改革を巡る議論の中で、小売全面自由化、発送電分離、再エネ電源導入拡大の局面において、有事の安定供給体制をどのように維持していけばいいのか、問題を徹底的に詰めていなかった。システム改革は2011年3月の東京電力福島原発事故の後で、「事故を起こした東京電力はけしからん」という批判を背景に、当時の民主党政権において政治主導で始まった印象がある。経産省の「電力システム改革専門委員会報告書」(13年2月)を見ると、自由化後の災害での電力安定供給の維持について「期待したい」「電力会社の社内文化の維持を支える制度づくりが必要」といった指摘はあるが、具体策は書かれていなかった。

◆電力システム改革の影響の検証を

今回の能登半島地震では、インフラの復旧、特に停電地域で電気を求める声は切実だ。災害が今後も多発する日本で、電力の安定供給は重要な論点であるのに、それを確保する仕組みがまだ詰めきれていない。供給責任の所在も、曖昧なままだ。契約という個別の関係で解決されるというのが自由化の建前だ。しかし今回の災害では、地域の安定供給維持を大手電力が期待され、北陸電力もそれに応えようと頑張っている。一方で、あまたある新電力は今回どのような災害対応を行っているのか、全く表に出てこないことも気になる。全て北陸電力任せで、特に何の協力、応援も行っていないのだろうか。

いずれにしても、電力システム改革の後戻りはできない。経産省は、かつての発送電一貫体制時代の災害対応を評価した上で、今回の地震で電力システム改革の悪影響が出ていなかったかを何らかの場で検証してほしい。さもなければ、今回の能登半島地震が、「日本の電力復旧、最後の成功例」になってしまいかねない可能性は否定できない。

【論考/1月22日】燃料油補助問題を考える〈上〉 日本を弱体化させるワケ


昨年3月、「侍ジャパン」のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝に日本中が沸いた。フロリダ州マイアミで行われた準決勝、決勝とも先制点を許しながらの逆転劇。手に汗握る展開の中で、困難に立ち向かうチームの気迫、技、そして粘り強さは、多くの人々に感銘を与えた。

原油価格が高騰する時、日本に期待されるのは、あの「侍ジャパン」のような姿勢だ。現実が厳しくとも決して逃げず、これと格闘する中で技を磨き、自らを強靭化して局面を打開。最後は逆転サヨナラ勝ち、といった展開だ。これは決して言葉の遊びではない。事実、日本が経済大国として台頭したのは、1970年代の2次にわたる石油危機を潜り抜けてからだ。良質・低燃費の小型車を開発して世界の自動車市場を席巻し、また従来の資源・エネルギー集約的な素材・重化学工業から電機・電子工業を中心とする組み立て産業へ、さらにはサービス産業へと、石油危機を梃子に産業構造の転換までも遂げた。

70年度から80年度にかけて、日本の原油輸入単価は11倍、総額では実に14倍も上昇した(注1)。また80年度、原油は日本の総輸入の36%を占めていた(2022年度は11%)。これほどに強烈な衝撃を受けても、それを克服する突破口を切り拓き、その道筋を示してきたのが日本だ。2000年代半ば以降の油価上昇期にも、日本はハイブリッド車の普及を加速させ、資源高を消費側の技術革新によって積極的に克服する姿勢を見せた。

しかし今回はどうだ。2022年1月末以降続いている燃料油価格補助金は、いわばWBC準決勝でメキシコに3点先取されたところで、「負担に耐えられない」と白旗を上げ、不戦敗を宣言して退場してしまったようなものだ。「侍ジャパンはどこへ行った?」と観客(世界)は唖然とする他ない。

燃料油価格補助金は日本を弱体化させる。以下、考えてみよう。

◆対処すべき問題は何か?

「燃料油価格高騰」とは、日本が産油国に支払う原油代金の高さ、の問題である。原油代金は、ドル建ての原油価格と、円の対ドル為替レートに分解できる。図1は22年1月以降の原油輸入単価(円/ℓ)の上昇を円安とそれを除く(ドル建価格上昇)効果とに分けて示している。基準となる22年1月の輸入単価はバレル当たり約80ドル、為替は1ドル約115円。「円安効果」は、各月の為替レートがこの115円で一定であった場合と比べての増分である。すると22年10月以降、原油輸入価格上昇の半分以上は円安によることが分かる。特に23年1~11月では、円安の寄与度は平均75%となり、「原油高」の大半は円安の結果だった(注2)。

この問題に日本が取るべき対応は、原油高を梃子とする一層の省・脱石油の促進、換言すれば石油生産性(石油消費単位あたりの経済・社会活動)の向上であり、これによりドル建て原油価格に下方圧力を、円・ドル為替レートに上方圧力を加えることである。

補助金は、原油輸入額抑制への誘因を削ぎ、対処すべき問題をむしろ悪化させる。「脱炭素化への逆行」云々以前に、根本的に誤っているのは、問題自体から逃避する姿勢なのである。

◆ガソリン価格上限はインドの平均価格並み

燃料油価格の「激変緩和事業」は22年1月末から実施されている。当初はその名の通り、期間は同年3月末までと時限的、また支給単価上限も1ℓ当たり5円の緩和措置だった。しかし、ロシアの対ウクライナ侵略開始後、3月4日「原油価格高騰に対する緊急対策」さらに4月26日「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」により、基準価格は同168円で固定、支給上限は同35円に引き上げられる。以来、時限的緩和の性格は消え、小売価格を一定水準に抑え込む「継続的な価格操作事業」に変容した。このとき22年9月末まで延ばされた期限は、その後さらに4回延長され、今のところ24年4月末である。

表1は日本のガソリン小売価格をドイツ、米国及びインドと比較している。ウクライナ危機以前の22年1月を基準とすると、22年の平均価格はドイツ(ユーロ/ℓ)で11%、米国($/ℓ)で20%弱上昇。これが日本(補助金後)はわずか1%強である。価格変動が打ち消されたのが分かる。円換算すれば、同年の最高値(月間平均)はドイツ281円、米国174円(注3)。米国の場合、乗用車1台当たりのガソリン消費量は日本の2倍半以上だから、日本の感覚に直せば400円超と言っても大過無かろう。対して日本の最高値は175円。これはインドの平均価格177円をも下回っている。

22年10月「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」では補助を23年6月以降に25円から段階的に縮小して9月末に打ち切るとしていた。しかし8月にガソリン価格が180円台に乗った後、政府は「新たな激変緩和措置」を9月7日から開始、これを23年11月「デフレ完全脱却のための総合経済対策」で24年4月まで延長した。この「新たな」措置では、ガソリン価格の上限を175円程度とする明瞭な目標値が置かれ(基準価格168円+非補助限度5分2 (185-168)=175円)、これに沿って補助金が支給される。この上限は、やはりインドの23年平均価格 177円を下回る。ちなみにインドの1人当たり名目国民所得は日本の1割に満たない。

こうして22年2月以来、日本の国内燃料油価格は国際市場の変動から遮断され、「仮想現実」と化して下位安定した。実質的に公定となったその価格水準は、「物価高から国民生活を守る」を旗印に、漠然とした「国民の実感」に基づく政府の裁量に委ねられている。

◆原油代金の2割を納税者が立替え

燃料油価格補助金の予算計上総額は21年度以降約6.4兆円に上る。会計検査院・令和4年度決算検査報告によれば、激変緩和対策開始から23年3月までの補助金交付額は、計2.99兆円。一方、22年2月から23年3月までの期間、日本の原油輸入総額は計15.5兆円だった。すなわちこの期間、実質的に、政府は日本の輸入原油の約2割を産油国から国際価格で購入し、円安による値上がり分も含め、全て無料で国内石油会社に提供。これを石油会社が小売業者を通じて消費者に還元した形だ(注4)。

結局のところ、政府補助金の原資は税金だから、これは納税者から消費者への所得移転となる。消費者としての国民は、輸入原油2割相当分の無料化という、大安売りを享受した。しかし最終的にその無料化の費用を支払うのは、納税者としての国民である。それが将来の増税、あるいは納税の対価である公共サービスの劣化など、どのような形を取るにせよ、納税者が負担することに変わりない。

23年3月までに3兆円。24年4月までに、もし予算を使い切れば、計6兆円超。この巨額の国税を使って、1バレルの石油生産能力、1カ所の高速充電施設、1台の自動運転車も増えない。増えるのは、既に1200兆円を超える国の借金と、石油燃焼後の温暖化ガスくらいのものだ。そして課題である省・脱石油への動きは、むしろ低価格によって阻害される。財政負担を増しつつ、石油高価格への耐性を弱めるこの政策は、将来の日本を弱体化させる。

〈下〉に続く。

石油アナリスト 小山正篤

(注1)資源エネルギー庁「エネルギー白書2023」、図・第 213-1-8 (https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2023/html/2-1-3.html)。

(注2)石油連盟「統計資料リスト03. 原油・石油製品輸入金額」(https://www.paj.gr.jp/statis/statis)を参照。

(注3)表1ではレギュラー・ガソリン小売価格の月間平均値をまず求めた上で、その年間平均、最高値、最安値を示す。ドイツ、米国、インドの円貨表記の最高・最安値は、現地通貨での最高・最安値をそれぞれ当該月の為替レートで換算したもの。データの出所は以下の通り。

日本:資源エネルギー庁「燃料油価格激変緩和補助金」(https://nenryo-gekihenkanwa.jp/)。

ドイツ:European Commission, Weekly Oil Bulletin (https://energy.ec.europa.eu/data-and-analysis/weekly-oil-bulletin_en#price-developments).

米国:U. S. Energy Information Administration, Weekly Retail Gasoline and Diesel Prices (https://www.eia.gov/dnav/pet/pet_pri_gnd_dcus_nus_w.htm).

インド:International Energy Agency, OECD Energy Prices and Taxes.

為替レート:台湾中央銀行統計(https://www.cbc.gov.tw/tw/cp-520-36599-75987-1.html)など。

(注4)ただし会計検査院は2022年2月から2023年3月までの期間に、補助金交付額と実際のガソリン価格抑制額との間に101億余円の差があり、その分は消費者に還元されなかったと指摘している。会計検査院「令和4年度決算検査報告の本文」、633-658頁(https://www.jbaudit.go.jp/report/new/all/index.html)を参照。

【記者通信/1月18日】能登半島地震で志賀原発を巡る流言飛語の真相


能登半島地震で、北陸電力志賀原子力発電所を巡るデマや、不安をあおる情報が流れている。果たして、実際のところはどうなのか。「今回の地震で、人体に影響のある、放射能漏れのような重大事故が、志賀原発で起こる可能性はまずない」

これが結論だ。大手メディアは被害が軽微だった志賀原発の問題ばかり報じているが、実際には、そこから25kmほど東にある北陸電力七尾大田火力発電所(石炭、総出力120万kW)ほうが揚炭機や払出機が損傷するなど被害は甚大で、現時点で復旧のめども立っていない。電力供給の観点で言えば、長期停止状態にある志賀原発よりも七尾大田火力の問題のほうがはるかに大きいのだ。事と次第によっては、被災地の復興にも影響してこよう。

しかし、メディアが七尾大田火力の話題をほとんど取り上げていないこともあり、世間的にはこの問題が知られていない。そうした中、とりわけ原発ばかりを問題視する朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の報道姿勢を巡っては、エネルギー業界のみならず、経済界や有識者からも疑問の声が噴出している。いたずらに不安をあおり立てるのではなく、被災地の実情や今後の復興に目を向けた報道姿勢が問われている。

北陸電力の志賀原子力発電所(編集部、2015年)

◆確認すべき情報源

では、志賀原発の現状はどうなのか。北陸電力はウェブサイトのトップページ「令和6年能登半島地震について」「志賀原子力発電所の現状について」、電気事業連合会は「特設サイト:能登半島地震による各原子力発電所への影響について」などで、志賀原発を巡る情報を積極的に公表している。これらのページを読んでいただきたい。

一方で、原子力規制庁は地震発生時の1月1日に2回の臨時ブリーフィングを実施。原子力規制委員会は10日の第57回会合で「能登半島地震における原子力施設等への影響及び対応」を公表したが、能登半島地震における原発関連の情報はそれ以外に発信していない。しかも、規制委ウェブサイト上の一発でたどり着けない場所にこれらの情報が置かれている。おそらくは人員不足などのためだろうが、国民に安全・安心を提供する国の機関としての機能を全く果たせていないと言わざるを得ない。

これらに書かれている情報を、より短く、読みやすいよう、ネットで見られる疑問に沿って整理してみた。

◆多い質問とその答え

Q:能登半島地震で志賀原発に何が起きたのか。放射能漏れは起きていないのか。

志賀原子力発電所は現在、新規制基準の審査などのため1号機、2号機ともに停止中。1号機は申請しているものの、発電能力の大きい2号機の審査が優先されている。いずれも核燃料は装填されていない。ちなみに2号機は2006年3月に運転開始したABWR(改良型沸騰水型原子炉)で当時は世界最新鋭だった。発電出力は135万kWと国内最大規模だ。

今回の地震では原子炉本体に異常はなく、外部への放射能漏れなどの事故は起きていない。

一方、発電所内の電流の電圧を変える変圧器が破損し、コンサベータ(油劣化防止装置)、冷却器配管、変圧器本体の3カ所から計1万9800ℓの油が漏れた。そこから取水溝を通じて「海に漏れた油」があった。それを騒いだメディアがあったが、海に漏れた油の量は推定で6ℓ前後とごくわずかだ。漏れた油は油膜フェンスでせき止められて、海上に広がっていない。ちなみに、変圧器は原発に限らず、どの発電所にも置かれている一般的な設備だ。

破損した変圧器の一つ。破損部位はブルーシート部分(北陸電資料)

放射能が漏れているかどうかは、モニタリングポストで確認できる。「図1」で示された通り、放射能漏れは起きていない。自治体が設置したポストが破損しただけで、志賀原子力発電所構内のポスト7カ所は壊れずに、放射線の測定を続けている。

モニタリングポストの数値。1月9日時点。石川県内の放射線の状況はすべて薄青で、自然放射線レベル。何も危険はない(規制庁資料)

Q:地盤が崩壊していないか。

一部の地面が揺れ、舗装などに割れ目があった。しかし、いずれも数cmレベルの舗装道路の破損で、発電所の運営や交通や作業に支障はない。頑丈に作ってあり、大規模災害時に使う発電所内の基幹道路は破損していない。構内の道路の破損は図2の通りだ。

志賀発電所の地震の影響で生じた主な道路の破損箇所。いずれも数cmのずれ(規制庁資料)
物揚場(港湾の物資揚陸に使う場所)で生じた段差(規制庁資料)

Q:津波が不安だ。福島第一原発事故は、津波で設備が壊れたことで発生した。

津波の高さは、気象庁によると志賀町付近では1月1日の地震で約3mだった。志賀原発では、外部から冷却のために取り入れる取水槽の水位が、それに連動したためか、3m上昇したことが観察されたが、そこからの水の構内設備への漏れ、浸水などはない。

志賀原発は、海面から高さ11mの場所に主要設備が作られ、その11mの場所に高さ4mの防潮堤が作られている。つまり海面から主要設備が水没するまで15mの高さの余裕がある。3mほどの津波で影響はない。

水位上昇の説明図(規制庁資料)

Q:火災が発生したと報じられている。

火災は発生していない。

Q:外部電源がなくなったとの情報がある。

なくなっていない。外部電源は5系統ある。そのうち、変圧器の破損で2系統が使えなくなったが、3系統は維持されている。非常用電源は1号機に3台、2号機に3台あり、いずれも使える。また、それとは別に大容量電源車が2台(1台点検中)、高圧電源車が8台あり、それらも使える。電源が喪失することはない。

原子炉2号機の非常用発電装置の写真。損傷は1月10日時点でない(北陸電資料)

Q:想定外の揺れの地震があった。

設計上は旧規制基準の600ガル(揺れの大きさを示す加速度)に耐えられる。新規制基準で1000ガルに耐えられるように工事を行う予定だ。原子力規制庁によれば、1、2号機の基礎部分の一部で揺れが想定を上回った(東西方向の0.47秒周期の揺れで、1号機では918ガルの想定に対し957ガル、2号機では846ガルの想定に対し871ガルだった)が、原子炉建屋などの重要施設が影響を受けやすい周期ではなく、重要施設に異常はないと説明している。原子炉の安全に関係する主要機器では想定以上の振動は観測されなかった。

Q:使用済み核燃料の保管プールが心配だ。水が漏れたと伝えられた。

どの原子力発電所でも使用済み核燃料を原子炉建屋内に保管している。水中に入れて冷却を維持している。志賀原子力発電所では1号機の冷却ポンプが地震直後に停止したが、すぐに復旧した。2号機では揺れによって推定57ℓの水がプールの周辺に漏れた。微量の放射線を発する水だが、すでに拭き取っている。外部への放射線漏れなどの影響はない。またいずれのプールでも破損はないし、冷却は維持されている。

1号機、2号機とも運転停止から10年以上が経過しているため、同燃料の温度は下がっている。水を冷却しなくても、加熱して水が蒸発する可能性はほとんどない。

2号機の使用済み核燃料の保管プール。安全に燃料は管理されている。1月10日(北陸電資料)

Q:石川県に地震の可能性がある以上、原発を作るべきではない。

今回の能登半島地震のプロセスも解明されていない状況で乱暴な意見だ。日本の原子力発電所は、堅固な岩盤の上に原子炉が建てられ、活断層が重要施設下部にない条件で建設されている。「活断層でない」とは直近12万年動いた形跡がない断層のこと。もちろん今回の地震の分析は必要だが、今回のように安全が確保できるならプラントを潰す必要はない。

冷静に原子力情報に向き合う 規制委・規制庁に重要な役割

以上が主な疑問と、専門家の意見、各当事者の意見を参考に編集した答えである。あり得ない志賀原発の事故の不安を膨らませるのではなく、冷静に情報を受け止めてほしい。そして、今の災害の克服と次の災害の準備をするべきだ。

繰り返しになるが、こうした有事には流言なども含めさまざまな情報が錯そうする中で、北陸電や電事連がいくら正確な情報を発信しても、当事者の業界だけに信頼性、客観性のある情報として受け止められない可能性がある。だからこそ、いたずらに不安をあおるような流言飛語を打ち消すためにも、国の機関である規制委・規制庁が原子力の安全・安心に関する情報を、分かりやすく積極的に発信していくことは、重要な役割のはずだ。対応の改善が求められる。

◆「志賀原発の安全性が証明された」との考え方も

最後に、改めて強調しておきたいのは、志賀原発があれほどの強い揺れに見舞われながらも、「外部電源や必要な監視設備、冷却設備、非常用電源などの機能を確保しており、原子力施設の安全確保に問題は生じていない」「発電所に設置しているモニタリングポストの数値に変化はなく、外部への放射能の影響もない」ことだ。

一般的に考えて、原発に限らず、どのような施設であろうと、強い地震に見舞われたら、何らかの損傷が発生することは避けれられないだろう。もし、それを回避し、どんなに強い地震でも傷一つ負わない施設を構築しようとすれば、実に膨大なコストや労力、時間が必要になってしまうのは、誰の目にも明らかだ(現在の原発安全対策は、それに近いものがあるが)。

重要なのは、たとえ何らかの被害を受けたとしても、人の生命に関わるような重大事故の発生を防ぐことができる仕組み、対策をしっかりと講じておくことだ。分かりやすく例えるなら、津波の進入を100%を阻止する防潮堤の構築が必要なのではなく、万が一、津波が防潮堤を乗り越えてきたとしても、重大事故にいたらないような二重、三重の仕組みの構築が必要ということだ。そうした意味では、今回の地震によって志賀原発の安全性が逆に証明された、と考えることもできるのではないか。志賀原発を巡っては否定的、批判的な報道が目立つ中で、あえて課題として提起しておきたい。

【メディア論評/1月11日】中部電力・東邦ガスのカルテル疑惑事案を検証


2021年4月と7月、公正取引委員会は中部電力・中部電力ミライズ、関西電力、中国電力、九州電力・九電みらいエナジーの電力4社グループについて、独占禁止法第3条(不当な取引制限の禁止)の規定に違反する行為(カルテル) すなわち「特別高圧・高圧のエリア外での営業活動の制限」に関する立入検査を行った。並行する形で同年4月と10月、中部地区の大手電力、ガス事業者である中部電力・中部電力ミライズ、東邦ガスに、公正取引委員会による立入検査が行われた。こちらは、4月が「家庭向け低圧電力、都市ガスの販売価格維持」、10月が「特別高圧・高圧、大口ガスの入札、見積もり合わせの際どちらが受注するかなどの受注調整」についてであった。

◇公正取引委員会による立入検査の経緯

・21年4月13日

〇中部電力・中部電力ミライズ、関西電力、中国電力「中部地区、関西地区又は中国地区における特別高圧・高圧のエリア外での営業活動の制限」

〇中部電力・中部電力ミライズ、東邦ガス「中部地区における家庭向け低圧電力、都市ガスの販売価格維持」

・21年7月13日

〇関西電力、中国電力、九州電力・九電みらいエナジー「中部地区、関西地区、中国地区、九州地区における特別高圧・高圧のエリア外での営業活動の制限」

・21年10月5日

〇中部電力・中部電力ミライズ、東邦ガス「中部地区における特別高圧・高圧、大口ガスの入札、見積もり合わせの際どちらが受注するかなどの受注調整」

Ⅰ.(参考) 電力4社のカルテル疑い 事案の推移

上記の大手電力4社グループのカルテル疑い事案については、関西電力がいわば扇の要として中部電力、中国電力、九州電力それぞれと協議を行ったとされた(関西-中部、関西-中国、関西-九州)。今般の中部地区のカルテル疑い事案の参照とするため、この電力4社の事案の推移について振り返る。なお、中部地区の事案はまだ意見聴取通知書受領の段階である。このため、電力4社の事案における最終的な排除措置命令・課徴金納付命令(23年3月30日)、その後の取消訴訟、株主代表訴訟の動きについては、中部地区の事案の今後の展開などに参考となる部分に絞って言及する。

◇事案の展開

22年11月25日 公取委は、事前にリーニエンシー(課徴金減免制度)をした関西電力を除く電力3社グループ(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力九電みらいエナジー)に、排除措置命令や課徴金納付命令に関わる意見聴取通知書を決定、通知を行う。

22年12月1日 電力3社が上記意見聴取通知書を受領、プレス発表。これを受けて中部電力・中電ミライズは当日、特別損失(275.5億円、うち中電201.8億円、中電ミライズ73.7億円)計上を適時開示。中国電力は翌日に特別損失(707.1億円)計上および業績予想の修正を開示した。事前リーニエンシーをした関西電力には、排除措置命令もなされなかった。

・その後、上記電力3社グループ(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力・九電みらいエナジー)に対する意見聴取

・23年3月30日 電力3社に排除措置命令・課徴金納付命令中部電力:同日に記者会見(水谷 仁副社長

公取委の調査に対して一貫して否定をしていた中部電力は、処分が発表された3月30日、取消訴訟提起を発表した。正式の提訴は9月25日に行った。中部電力のプレスリリース〈公正取引委員会からの排除措置命令などに対する取消 訴訟の提起を決定いたしました〉〈……今回の各命令(排除措置命令、課徴金納付命令)について、……公取委との間で、事実認定と法解釈について見解の相違があることから、本日、取消訴訟を提起することを決定いたしました。今後、訴訟において当社の考え方を説明し、司法の公正な判断を求めてまいります。〉

中国電力、九州電力も23年9月末に正式に取消訴訟を提起した

〇中国電力  取消訴訟提起 納付命令を受けた課徴金が個社レベルでも史上最高となった中国電力は、中部電力より少し遅れて23年4月28日に訴訟提起を決定した。正式の訴訟提起は9月28日に行った。中部電力の場合、訴訟提起は「事実認定と法解釈について見解の相違がある」ためとしたが、中国電力の場合は「事実認定と法解釈において一部に見解の相違がある」と、「一部に」という文言が付いた。処分が出された3月30日の記者会見の質疑において、同社幹部はカルテル行為の認定の範囲について下記のように述べている。「今回の認定では、中国地方すべての顧客、すべての官公庁入札が認定されているが、当社としてはそういう認定はおかしいのではないかと考えている」

〇九州電力 取消訴訟提起 九州電力の取消訴訟提起は、上記2社より遅れて、7月31日に決定、9月29日に正式に提訴した。

◎株主からの現旧取締役に対する責任追及の提訴請求への対応

関西電力を含む各社の株主からは株主代表訴訟に向けた動きも出てきた。23年6月、電力4社は、それぞれの株主から、現旧取締役の責任追及の提訴請求を受領した。電力4社のうち中部、関西、九州の3社は訴えを提起しないことを決定した。一方、中国電力は8月3日、清水希茂・前会長、瀧本夏彦・前社長(いずれも6月株主総会日をもって退任)ら一部役員に責任追及の訴え(調査にかかった弁護士費用など約5993万円)を提起することを決定した。その結果を受けて10月12日、各社の株主が現旧取締役に損害賠償を求める株主代表訴訟を名古屋、大阪、広島、福岡の各地裁に起こした。

◎経産省からの業務改善命令

一方、公正取引委員会の命令を受けて、7月14日、経産省から4社に対し業務改善命令が出され、各社は8月10日までに業務改善計画を提出した。

【目安箱/1月6日】使われ方がゆがむ? 茨城県の原発事故シミュレーション


日本原子力発電の東海第二発電所(茨城県東海村)が事故を起こしたらどうなるか――。茨城県はそんな事態を想定したシミュレーションを、11月27日に公表した。こうした検討は万が一の想定のために意義あるものだろう。しかし懸念通り原子力の反対派やメディアが恐怖感を強調し、情報を拡散しており、政治の現場でもゆがんだ形で使われそうな気配だ。茨城県は、この扱いについて慎重に向き合うべきではなかったか。

茨城県が公表した、放射性物質の拡散図。南西の風、降雨、安全設備が全て使えないというこの図の想定の場合に、17万人の避難が必要になる。

◆茨城県で広がる波紋

このシミュレーションは、原電が作成し、茨城県がその妥当性を検証して公開した。避難計画の実効性の検証を目的として自治体が電力会社に事故のシミュレーション試算を求めて公表したのは全国で初めてだ。原子力規制委員会が16の原子炉で事故のシミュレーションを公開しているが、避難者の推計を出してはいない。

この県の対応は、大井川和彦茨城県知事の主導によるものとされる。東海第二の再稼働で問題になっているのは避難計画だ。福島事故の後で災害対策基本法が改正され、原発から30km圏では住民の避難計画の策定が必要になった。東海第二の場合は、30km圏内に約92万人がいる。この数の多さから策定が難しいのだ。避難計画の不備を主な理由に水戸地裁は21年3月に東海第二の運転差し止めを命じ、東京高裁で控訴審が続いている。

東海第二を巡っては、その範囲にある14市町村のうち8つの自治体で広域避難計画がまだ出来ていない。地元の東海村は23年12月27日に避難計画を作成し公表した。

大井川知事は発表の会見で「再稼働の可否にはシミュレーションの結果は関係がないが、92万人が同時に避難することはないと明らかになった。県は周辺市町村と一緒に避難計画の完成を目指す」と述べた。

◆政治的に利用される懸念

東海第2原発(原電提供)

大井川知事は避難計画作成の支援になる情報と考えたようだが、予想通り、原発に懐疑的なメディアが、批判の材料に使った。また市の一部地域が30km圏にかかる水戸市では、再稼働に慎重な高橋靖市長が「結果をよりシビアに受け止める必要がある。市内全域が一時移転(避難)する可能性があるという認識のもと、全市民分の避難先を確保し、全地域の避難計画を策定していきたい」との考えを示した。

11年3月の東京電力福島第一原発事故では、安全神話の下に事故の避難を誰も真剣に準備せず、大きな混乱を引き起こした。その反省からシミュレーションを行うことには意義がある。しかしそうした予想は、政治の現場や一般人の間では、一部のみを取り出し、情報がゆがめられて広がり、別の意味を持ってしまう可能性がある。しかも、意図的に情報を捻じ曲げようとする人たちがいる。このシミュレーションでは、そんな傾向があるようだ。

このシミュレーションの結果について、茨城県は大規模な広報をするのではなく、資料の一つとして扱うべきではなかったか。また次に述べるように、ほぼあり得ない想定を設けて、このシミュレーションは行われた。それに基づく準備は、無駄になる可能性が高い。

◆最大17万人の避難、ただしあり得ない想定

東日本大震災、福島事故での郡山市内の避難所の様子(読者提供)

シミュレーションの中身は、やや現実性を欠いたものになっている。ほぼ全ての地震・津波対策の設備と、大型航空事故やテロ対策の設備が使えないと想定している。

ここでは一部の重大事故対処のための装置のみが使えて、その上でフィルター付きベント(排出)装置を通して、原子炉内の圧縮空気を大気圏に放出する場合を「シミュレーションⅠ」とした。そしてそのベント装置と重大事故対策装置も使えずに原子炉が破損して、放射性物質が外部に出る場合を「シミュレーションⅡ」とした。そして風向きや気象条件を変えてそれぞれ11通りずつ、計22通りのパターンを作成した。

県の計画では、原発事故が起きると、5km圏の住民(東海第二の場合は東海村全域、日立市、ひたちなか市、那珂市の一部の約6万4千人)は放射性物質が放出される前に予防的に避難する。5~30km圏の住民は原則、屋内退避で、空間線量の実測値が高かった区域は、基準に応じて数時間以内に避難、または1週間以内に避難(一時移転)をする。

シミュレーションⅠについては、5㎞圏の約6万4千人は避難するものの、5~30km圏では、避難は必要ないという結果だった。

シミュレーションⅡについては、避難者が最も多い場合は次のような状況だ。5km圏の住民に加え、南西方向に風が吹いて長雨が降った場合、5~30km圏で那珂市とひたちなか市の最大約10万5千人の避難(一時移転)が必要になる結果だった。5㎞圏の約6万4千人と合わせ、約17万人が避難対象になる。

原電は、安全対策工事を行っており、また事故対策の設備は分散させ、また複数ずつ設置しているために、ほとんどの設備が同時に使えなくなるという、今回のシミュレーションの想定は「工学的には考えにくい」としている。

このシミュレーションが政治的に利用されることなく、実効性のある計画を作るという本来の目的のために使われてほしいと願う。

そして「なぜ稼働させながら避難や事故対策を考える」という取り組みを、政府は行わなかったのか、改めて疑問に思う。諸外国ではそれが通例だ。避難計画の難しい規制を作ってしまったゆえに、原発を動かせず、電力業界、そして日本経済が混乱している。

【記者通信/12月29日】現地ルポ・東海第二 安全対策工事の最前線を行く


日本原子力発電の東海第二発電所(茨城県東海村、東海第二)を訪れた。安全性向上のための対策工事によって、発電所が大きく生まれ変わろうとしている。この原発の再稼働では、事故の際の避難計画の作成と住民の同意が解決すべき課題になっている。この大工事の具体的な中身や努力が知られれば、関係者に安心をもたらすのではないか。

日本原電東海第二発電所の外観(同社提供)

2024年9月の完工目指す

東海第二では、構内をぐるりと囲む防潮堤、電源装置を常置する頑強な建物、地下貯水タンクなど、巨大な建造物が作られつつあった。この工事は、原子力規制委員会が2013年に作った新規制基準に対応したものだ。東日本大震災の教訓を生かして、安全性を高める取り組みを求めている。日本原電は東海第二の工事で、24年9月の完工を目指す。

東海第二は1978年11月に運転を開始した。米国のGEと日立製作所が建設を担い、当時の世界ではまれな大きさだった出力110万㎾の発電能力を持つ沸騰水型原子炉(BWR)だ。原子力規制委員会は原子炉の運転期間を原則40年としていたが、この原発は安全対策の計画を出して60年までの運転を認められている。

2011年3月の東京電力の福島第一原発事故直後から東海第二は停止した。ここは関東に唯一ある原子力発電所だ。首都東京に最も近く、社会の注目度も高い。再稼働をすれば、日本の原子力産業、原子力発電事業が福島事故から復活して再び前進を始めたことを、日本と世界に印象づけられる。さらに関東と東北では夏冬の需要期の電力不足、さらに価格上昇に直面している。東海第二の再稼働と大量の電力供給は、その電力問題を改善する。

城塞のような巨大防潮堤

福島原発事故では、次のことが起きた。地震と津波で機材が壊れて必要な電源をすべて失い、原子炉を冷やす機能を失い、それが破損した。それを教訓に東海第二では、「自然災害から発電所を守り、電源を絶やさない」「原子炉を冷やし続ける」「放射性物質を外部に漏らさずに地域環境を守る」との3分野の対策が行われていた。

第一の対策として、発電所を自然災害から守る取り組みが強化されていた。東海第二は鹿島灘に隣接する。そこからの津波対策のために原子炉を「コの字」に囲む防潮堤が建設されていた。海側の防潮堤は海面からの高さが20mに達する。高さ14mの津波が押し寄せても大丈夫なように、この壁を建設した。直径2.5mの鋼管杭(こうかんぐい)を約600本並べて岩盤に届くまで打ち込み、鉄筋コンクリートで固めて厚さ3.5mの壁にしていた。大変堅牢だ。壁の全長は約1.7km。まるで城塞のようだ。

巨大な東海第二の防潮堤(同社提供)

また電源確保の取り組みも行っている。外部からの電力が喪失した場合に備え、非常用電源を地下に設置した。移動式の電源車を頑丈なコンクリート構造物内や高台に置いていた。

さらに自然災害での重要施設の破損に備えていた。主要設備には竜巻、突風による破損を避けるために、鋼鉄の覆いが付けられていた。敷地内の施設は地震、火事などの災害に備え補強や難燃性のケーブルへの取り替えなど、さまざまな取り組みを行っていた。

第二の対策として、原子炉を冷やし続ける設備が建設されていた。原子炉の冷却機能を多様化した。これまでの既存の設備に加えて、さらに新たな冷却設備を作った。5000㎥の淡水をためる地下タンクが原子炉の隣に設けられた。さらにそれが機能しない場合に備えて、別の場所にも同様の水源を設置するほか、熱交換器などを冷やすための海水ポンプピット(貯留槽)も取り付けていた。

巨額の対策投資 安全性は大幅向上へ

第三の対策として、仮に重大事故が発生しても放射能を漏らさず、地域の環境を守る取り組みが強化されていた。原子炉の格納容器内にたまった放射能を帯びたガスを放出しなければならない事態になった際に、そのガスから放射性物質を取り除く「フィルター付きベント装置」が建設中だった。これがなかったために、福島第一原発では、事故で外部に放射性物質が出てしまった。

さらに事故対策で司令塔になる緊急時対策所も敷地内の標高21mの高台に作り、そこにがれき撤去などに使うホイールローダーなど、災害対応車両を配備していた。テロ行為などがあった場合に、所員がそこに集まり原子炉を操作できる特定重大事故等対処施設(特重)の建設にも着手していた。

東海第二の敷地は約20万㎡もある。その敷地内に、隙間なく物が置かれ、工事が進んでいた。東海第二の松山勇副所長は「既存の建物の隙間に新規構造物を作るために、敷地の余裕が少なく、難しい工事だが、工夫と努力で課題を乗り越えてきた。地元の皆さまに安心していただける安全なプラントを作り、運営したい」と抱負を話した。

東海第二では、ここまでの大工事で事故の可能性が大幅に減少するのは確実。工事費用は約2350億円に上る。投資規模の大きさを考えると、早期の再稼働が求められるのは、言うまでもない。

避難計画が課題に 求められる現実的な想定

東海第二の再稼働で問題になっているのは避難計画だ。福島事故の後で災害対策基本法が改正され、原子力発電所から30km圏では住民の避難計画の策定が必要になった。しかし東海第二ではその範囲にある14市町村のうち8つの自治体で広域避難計画がまだできていない。地元の東海村は12月27日に避難計画を作成し、公表した。避難計画の不備を主な理由に水戸地裁は21年3月に東海第二の運転差し止めを命じ、今東京高裁で控訴審が続いている。30km圏内には約92万人がいる。

岸田文雄首相は原発再稼働に「国が前面にたってあらゆる対応をとる」(G X実行会議、22年8月)と決意を述べた。計画の作成は政府、茨城県、各自治体という行政側に対応が委ねられた形になっているが、その言葉通りのその早急な実行を期待したい。日本原電は、20年から地元の人々の個別訪問、説明会や車座スタイルの対話集会を開いて理解を広げようとしている。

東海第二でのここまでの安全対策を見る限り、周辺に住む人々の人体に影響があるほど、放射性物質が拡散するほどの事故が起こる可能性は極めて低いといえよう。92万人全員の避難が必要になると非現実的な想定をするのではなく、起こり得そうな状況に基づいて現実的な計画を早急に立てた方がいい。

不安ばかり煽らず 活用の利益に注目を

福島事故の経験から、原発の運用に不安を抱く人は当然いるだろう。茨城県でも、いろいろな意見がある。ある水戸市民は「1986年のウクライナのチェルノブイリ事故前までは、原子力施設があることは茨城県民にとって自慢だった。私の周りには原子力を闇雲に反対する人はいない。安全対策をしっかり行い、地元に利益があれば、稼働を容認する人が多いのではないか」と話していた。

日本原電は電力会社とメーカーが出資して57年に設立された原子力発電の専業企業だ。東海第二の隣には、日本で最初の商用原子力発電を行った同社の東海発電所がある。地元と原電の信頼関係はもともとある。この徹底した安全対策をもっと周知していけば、県民の不安は減るのではないか。

東海第二をはじめ、原発の活用は国際情勢の混乱を背景に高騰するエネルギー価格を抑制し、日本経済や経済安全保障にプラスになる。安く豊富な電力は、経済活動、個人の生活を豊かにする前提となる。原子力のパイオニアとして、日本原電に再稼働を目指し頑張ってほしい。そして問題に関わる人は、不安ばかりを煽るのではなく現実を見て、東海第二の再稼働で得られる利益を考えてほしい。

【記者通信/12月27日】柏崎刈羽「運転禁止」解除 地元同意の鍵握る知事の判断


原子力規制員会は12月27日、柏崎刈羽原子力発電所に出していた核燃料の移動禁止措置(事実上の運転禁止命令)の解除を正式に決定した。同原発は燃料装荷後に行う検査の実施が可能となり、再稼働に向けようやく一歩前進した格好だ。山中伸介委員長は、この日の会見で「あくまでスタートライン。これからも自社の努力で改善してもらうことが必要だ」と強調した。今後の焦点は地元同意と広域避難計画の策定で、新潟県側の対応に関心が集まる。東京電力ホールディングスの小早川智明社長は、夕方の会見で「人、モノ、資金を投入し、ハードソフト両面で継続的に改善していく」と述べ、自らのリーダーシップの下で新潟県との協議を続けていく考えを示した。

柏崎刈羽原発では2021年1月、他人のIDカードを使って中央制御室に不正入室していたことが発覚。規制委は同年3月、東電に運転禁止命令を出し、テロ対策の追加検査と東電に原子力事業者としての「適格性」があるかどうかの再確認を行っていた。

12月20日の規制委では、委員と東電の小早川智明社長との意見交換が行われた。小早川社長はテロ対策強化の取り組みについて、現場の意識改革の重要性について「仏像(出来上がった仕組み)に魂を入れる作業」と表現。一方、委員からは「規制委が東電に何かお墨付きを与えるわけではない」(山中委員長)、「東電は落第し、追試験を受けて評定が『可』になった。スタートラインに戻っただけ」(伴委員)などと厳しい発言が相次いだ。

「地元同意」をどう得るか 地元との信頼関係は

地元同意については、新潟県の花角英世知事が「県民の意思を確認する」としている。注目はその「手法」だ。最も穏便なのは自民党が過半数を占める「県議会での決議」だが、花角知事は「『信を問う方法』は最も明確であり重い方法と考えている」(10月13日の記者会見)と発言するなど「出直し知事選」の可能性も否定できない。10月には「再稼働」「停止」「廃炉」の三つのケースでの経済効果の試算を今年度内に試算するよう求めており、安全性を巡る新潟県の説明会などを開いた後、5月にも「再稼働容認」の判断を下す可能性がある。その場合は新潟県議会の6月定例会がヤマ場か。

再稼働に向けては、地元との信頼関係の構築も欠かせない。23年には社員がテレワークのために持ち出した書類を紛失するなど東電の不手際が相次ぎ、地元では不安の声が噴出した。「東電が事業主体として原発を動かすことは受け入れがたい」(自民党新潟県連の桜井甚一前幹事長、3月)、「東電ではない発電の体制や仕組みを考えた方がいい」(長岡市の磯田達伸市長、5月)「東電が本当に再稼働を担うことができる会社なのか、ほかの会社があるのか、自問自答を始めた」(柏崎市の櫻井雅浩市長、6月)――。

「再稼働容認」へ動き出す地元 経産相の新潟訪問あるか

ただ最近、再稼働への地ならしと見られる動きがあった。新潟県の原直人防災局長や緊急時防護措置準備区域(UPZ)圏内の磯田市長らが19日、原子力防災を担当する伊藤信太郎環境相宛てに要望書を出したのだ。連名には花角知事の名前もあり、安全対策で国が責任を持つ体制の構築を求めた。またUPZ自治体が「原子力防災体制の強化など負担のみ強いられている」とし、必要な財政措置や新たな支援制度の構築を要望。再稼働容認に向け、「国の責任」を明確にしたい意図が透ける。

国もこの動きに呼応する。共同通信の報道によると、経済産業省は規制委の安全審査をクリアした後も再稼働が進まない原発の地元自治体を対象に、避難計画策定などを支援するため最大40億円を支払う新たな交付金を設けた。今後は政権幹部の新潟県訪問など、表立ったアプローチが行われるかどうかも注目だ。

広域域避難計画の策定は、大雪時の対応が課題となっている。22年12月の大雪では、柏崎市で立ち往生が発生した。除雪時の人員確保や避難道路の整備拡充、鉄道網の活用など実効性の向上させる必要があるが、23年12月に国が大雪時対応の全体像を示すなど策定に向けて前進している。

24年は女川2号機、島根2号機、柏崎刈羽6、7号機と震災後初となる沸騰水型軽水炉(BWR)の再稼働が見込まれる。東日本の50hz地域の電力安定供給や東電の経営再建という観点からも、柏崎刈羽の再稼働が欠かせないのは言うまでもない。

【メディア論評/12月25日】COP28「化石賞」を巡る国内メディアの報道ぶり


2023年もCOP28の期間中、多くのメディアが現地に記者を派遣し、「グローバル・ストックテイク」や「ロス&ダメージ」に関する議論・交渉の状況を報道した。その一方で、一部のメディアは、国際的な環境NGOが気候変動対策に消極的だと判断した国に贈る「化石賞」で日本を選んだことについて、COPにおける交渉状況の報道とスペース的には横並びのレベルで報じた。気候変動対策についての本筋の議論ではないが、この日本のメディアの毎年恒例の報道状況について改めて見てみたい。

まず一例として、NHKの報道を見てみる。

◎NHK12月4日〈日本に「化石賞」「気候変動対策に消極的」国際NGOが発表〉

〈気候変動対策を話し合う国連の会議「COP28」で、国際的な環境NGOは、日本が石炭火力発電所などを延命させ、再生可能エネルギーへの移行を遅らせているとして、気候変動対策に消極的だと判断した国に贈る「化石賞」に選んだと発表しました。「化石賞」は、世界各国の環境NGOが作るグループ「気候行動ネットワーク」が、COPの期間中、気候変動対策に消極的だと判断した国を毎日選び、皮肉を込めて贈っています。3日、COP28での最初の発表を行い、日本、ニュージーランド、そしてアメリカを化石賞に選んだとしています。このうち日本については、火力発電所の化石燃料の一部を、二酸化炭素を排出しないアンモニアなどに転換することで排出削減を進めようという日本の取組みに触れ、「国内だけでなくアジア全体で石炭火力などを延命させ、再生可能エネルギーへの移行を遅らせている」などと批判しています。化石賞のトロフィーを受け取るパフォーマンスをした日本の環境NGOのメンバーの長田大輝さんは「気候変動の影響が世界中で出ていて、一刻も早く脱化石燃料をしないといけない中、日本はそれができていない。脱化石燃料に向けて具体的な行動をしないといけない」と話していました。今回のCOP28でも気候変動対策に消極的な国として、国際的な環境NGOから4回連続で「化石賞」に選ばれたことについて、日本政府関係者は「民間団体の活動に、政府としてコメントすることは差し控える」とした上で、「日本政府が進める温室効果ガスの排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所の新規建設は行わないという日本の脱炭素の取組みを世界に発信していきたい」と話していました。松野官房長官は午後の記者会見で「石炭火力は、安定供給を大前提にできるかぎり発電比率を引き下げていく方針で、まずは2030年に向けて非効率な石炭火力のフェードアウトを着実に進めるとともに、2050年に向けて水素やアンモニアなどを活用した脱炭素型の火力発電への置き換えを推進する。加えて排出削減対策の講じられていない新規の石炭火力発電所の建設を終了していく」と述べました。〉

化石賞は「国際的な茶番にすぎない」

こうした日本のメディアの「化石賞」についての“丁寧な”報道について、疑問を呈する有識者もいる。昨年末には、かつて経産省でCOPの交渉に携わった有馬 純氏が「国際的な茶番にすぎない奇妙な化石賞」というコラムを著している。

◎2022年12月19日 GEPR(グローバルエネルギー・ポリシーリサーチ コラム) 〈国際的な茶番にすぎない奇妙な化石賞〉有馬純・東京大学大学院教授

……COP25で日本が受賞した時、イベントを見に行ったが、小泉進次郎環境大臣(当時)のスピーチを取り上げ、日本が温室効果ガス削減の目標値を引き上げなかった、脱石炭に積極的な姿勢を示さなかったとの「罪状」を読み上げ、「日本に化石賞第1位を授与する」と宣言すると日本の環境NGOの女性が壇上にあがり、石炭を模した黒い塊の入ったバケツを持たされ、周囲の国際NGOの人たちが「恥を知れ、日本」と言いながら黒い塊を彼女に投げつける。高校の文化祭のレベルにも達しないようなくだらないイベントだが、翌日の新聞では〈日本、2度目の化石賞受賞〉との見出しが躍った。もともと自虐傾向の強い日本のメディアは日本が化石賞を受賞すると小躍りして大々的に報道する。国際環境NGOもそこをよく分かっているので、日本は化石賞受賞の常連である。COP27において11月9日に日本が会期中最初の受賞者となった。受賞理由は「化石燃料に対する公的融資が最も多い。化石燃料の利用を長引かせるソリューションの輸出を企図している」というものだった。例によって日本のメディアは大々的に報道していたが、良識を期待されるべきNHKまで嬉々としてそれに乗ったことを残念に思った。……毎度のことながら、世界最大の石炭消費国・石炭火力輸出国である中国は化石賞を受けていない。グラスゴー気候合意やG7サミットでは中国等を念頭にNDCの引き上げをエンカレッジしているが、中国はそれに応じていないどころか、COP27では解振華副主任が石炭火力の必要性を強調している。それでも中国は特別扱いをされているかの如くである。知り合いのNGOの方に聞いたところ、化石賞は毎日、各国NGOが協議の上、コンセンサスで決めており、中国の名前があがったこともあるが、全員一致にはならないという。中国を批判するようなことをすると中国での活動が難しくなるとのジレンマもあるらしい。各国NGOには中国のNGOも参加しているはずだが、そもそも全体主義国家、中国において真の意味でNGOなど存在するのか。彼らが反対に回り,最大の排出国中国はずっと化石賞の圏外におり、日本は常連受賞国でそれをメディアが大げさに取り上げる。やはり化石賞は国際的な茶番劇でしかない。〉

◎産経新聞12月19日付〈「環境万博」と変容したCOP28〉竹内純子・国際環境経済研究所理事

〈今回のCOPでも、日本に対して環境NGOが「化石賞」を贈ったことが大きく報道された。化石賞は、会場片隅で環境NGOの若者が2週間の会期中、毎日イベント的に発表しているものだ。彼らの声を軽んじるわけではないが、選定の基準も定かではない。そもそも気候変動は先進国に責任がある、というのが前提で、環境NGOの多くは欧州勢のため、米豪加日あたりが選出されるものと相場が決まっている。実際にわが国の気候変動対策は遅れているのだろうか。実は先進7か国(G7)の中で、排出削減目標に対する進捗が軌道に乗っているのは、わが国と英国のみだ……わが国におけるエネルギー・環境に関する報道は、異様なまでに自虐的であり、国際環境NGOの批判をうのみにするものが多い。わが国もやるべきことが山積していると筆者は考えているが、なにがどこまでできているのか正当に評価しなければ、差分としてのやるべきことが明確にならない。〉

NGOに偏った取材で中途半端な内容に

さすがに今年は、COP関連の動きを最も精力的に報道する一方、「化石賞」についても大きく報道する毎日新聞が、〈「化石賞」をなぜ中国が受賞しないのか〉という疑念があることを意識してか、その点について紹介する記事を掲載していた。ただ、内容的には、取材がNGOに偏るなど、結果としてやや中途半端なもので終わっていた。

◎毎日新聞夕刊12月11日付〈COP28も第1号 化石賞ニッポン 不名誉も「名誉」〉〈「常連」は「期待の表れ」〉

……「化石賞は基本的に期待を込めた賞です」。気候行動ネットワーク(CAN)の日本組織「CANジャパン」参加団体の一つ、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの小西雅子専門ディレクターは話す。「批判を受けることによって政策や交渉姿勢を見直す可能性がある国が対象になると考えられます。注目を浴びることで、その国の対応が良い方向に変わることを期待しているのです」という。……「日本は化石賞をものすごく気にしてくれる国」と話すのは、CANジャパンの参加団体「地球環境市民会議」の早川光俊専務理事だ。……日本では化石賞についての報道が多く、閣僚が記者会見で質問を受け、受賞についてコメントをすることもある。……近年のCOPでは日本の「石炭依存」を理由にノミネートされるケースが目立つ。多くの国がCO2排出量の多い石炭火力発電の廃止を鮮明にする中、日本が廃止年限を示さず使い続ける方針を掲げているからだ。日本政府内でも最近は、NGOなどから批判を受けても、「日本は欧米とはエネルギー事情が違う」「日本には日本の脱炭素の道筋がある」など淡々と受け止めるケースが多い。とはいえ、化石賞に選ばれると「世界最大の排出国の中国はどうなんだ」と恨み節も漏れる。……中国は世界最大の石炭消費国で、世界全体の温室効果ガス排出量を減少に転じさせるうえで最もカギになる国だ。……早川さんは「中国にもっと化石賞を与えるべきだという声があるのも理解できる。ただ、中国国内の環境団体が弾圧されて活動しにくくなる可能性があることを踏まえ、配慮せざるを得ないのでは」と説明する。中国の場合、NGOの指摘で政策が変わることは考えにくいため、日本のように受賞を気にする国が選ばれやすいこともあるようだ。……〉

なお、こうした“化石賞”についての報道を受けて、国会では野党が取り上げている。

◎朝日新聞12月7日付〈アンモニア混焼「化石賞」経産相反論「日本の技術理解されていない」〉

西村康稔経済産業相は6日の衆院経産委員会で、……COP28で温暖対策に後ろ向きな国に贈られる「化石賞」に日本が選ばれたことについて、「ただちに急激に石炭火力を抑制することになれば、電力の安定供給に支障が生じかねない」と不快感を示した。……6日の経産委で、篠原孝氏(立憲民主党)が「日本は化石賞の常連。恥ずかしいことだ」と指摘。これに対し、西村氏はアンモニア混焼発電などの取組みを紹介したうえで、受賞について「日本の新しい技術を理解されていない方々が言っているんじゃないか」と述べた。

中国はなぜ化石賞を取らない?NGO支援者との関係が理由か

ところで、霞が関の環境エネルギー行政にかかわる人たちは、この「化石賞」の扱いをどうみているか。公式の場では言いにくいであろうが、何人かの幹部の認識は明快である。

経産省のある幹部は、「化石賞のNGOの支援者に中国政府のフロント企業とおぼしき者があるのは有名な話。中国が化石賞をとらないのはそういう理由だと聞いている。自分が行ったCOPにおいても、公式展示の中国パビリオンは、政府や関係機関による出展ではなく、上海の不動産会社の出展であり、NGOがセミナーを開く場所として提供するなど、なるほど世の中のカラクリはこうなっているのかと思った」と述べる。

また、もう一方の環境省の幹部は、記者から「日本が化石賞で批判されているが、どう受け止めているか」と聞かれて、「(NGOは)中国からはお金をもらっているんでしょ」と答えている。ちなみにこの幹部は、2年前、就任早々の岸田首相がCOP26に出席するに際し、メディアの取材を受けて、「石炭火力については、間違いなく批判されるだろう。しかし、安定電源を入れた方が再エネの導入も早まる。それなのに、石炭火力継続で批判されると「エネルギーの安定供給のため」と言ってしまうから、気候変動の戦争に勝てない。途上国は石炭火力の稼働率を減らしたら、同時に再エネも減ってしまうのだ」と述べている。

毎年、日本の一部のメディアが、ウィングを広げて取材せず、スタンスを変えずに報道を続けることには寂しさを感じざるを得ない。

【記者通信/12月20日】中部電と東邦ガスのカルテル容疑で異なる処分案のワケ


電力・ガス販売などを巡るカルテルの疑いで、中部電力、中部電力ミライズ、東邦ガス3社への立ち入り調査などを進めていた公正取引委員会が12月20日提示した処分案(意見聴取通知書)は、関係者の事前予想を覆す、異色の内容となった。

中部電は同日午後3時、同社と子会社のミライズが大口顧客向けの都市ガス販売で独占禁止法(不当な取引制限の禁止)に違反した疑いがあるとして、公取委から計2600万円の課徴金納付命令と排除措置命令に関する処分案を提示されたと発表した。中部側は「内容を精査するとともに、公取委より予定される命令の内容等に関する説明を受け、今後の対応を慎重に検討」していくとコメント。課徴金は2024年3月期第3四半期の決算で特別損失に計上する予定だ。

一方、東邦ガスは同時刻、中部地区における低圧電力・家庭向け都市ガス販売、再生可能エネルギー固定価格買い取り(FIT)期間終了後の電力に関して独禁法違反(不当な取引制限)の恐れがある行為を行っていたとして、公取委から警告書案を受け取ったと発表した。コメント内容は中部側とおおむね同様で、「厳粛に受け止めるとともに、警告書案の内容を精査・確認し、今後の対応を慎重に検討」していくとしている。

両者の部分的な「リーニエンシー」が処分案に影響か

中部側、東邦の両者はこれまでに公取委による二度の立ち入り検査を受けている。最初は2021年4月13日で、家庭向け電力・ガス販売でのカルテル容疑が対象。2回目は同年10月5日で、今度は大口向け電力・ガス販売でのカルテル容疑だった。そこにFIT期間終了後の電力が加わり、大きく五つの市場で公取委の調査が行われていたわけだ。共同通信は20日配信の記事の中で、関係者の話として「3社は遅くとも2016年11月ごろから、中部地区の工場や自治体向けのガスの大口契約で、事前に受注者を決め、見積もり金額を調整していた疑いがある。中部電側がガス販売に進出する中で、互いに顧客確保を狙ったとみられる。公取委は21年4月と同年10月に立ち入り検査し、実態解明を進めていた」と報じている。

中部地区限定ではあるものの、調査対象となった市場が電力、都市ガス、大口、家庭、卒FITと多岐に渡るだけに、業界関係者の間では「もし全てが処分対象となれば、相当な課徴金額になるのでは」(大手電力関係者)と予想する向きもあったが、ふたを開けてみれば中部側は大口都市ガスで2600万円、東邦については低圧電力・家庭用都市ガス・卒FITで警告という案にとどまった。「両者とも、独禁法の課徴金減免制度(リーニエンシー)に基づく自主的な違反申告が部分、部分で認定されたことなどから、重い処分を免れた可能性がある。そのため同じカルテル容疑で調査を受けながら、両者の処分案に大きな違いが出るという、はたからみると実に分かりにくい内容となった感は否めない」(事情通)

3社は今後、公取委の処分案に対し、どのような対応を図っていくのか。特に中部電とミライズは去る9月25日、「関西電力とカルテルで合意した事実はない」として公取委を相手取り、計275億円の課徴金処分の取り消しを求める訴訟を東京地裁に起こした経緯がある。それだけに、「カルテル容疑の中身・構図は、大手電力4社のケースとは異なる」(関係者)とはいうものの、今回の処分案を受け入れるのかどうか。今後の展開が注目される。