ところで、COP28の交渉結果を見るに際して、G7広島首脳コミュニケや議長国からのレターなど、その議論の前段階として参考となるいくつかの事項に触れておきたい。

◆G7広島首脳コミュニケ(23年5月20日)~
今回、岸田首相は、G7議長国としてCOP28に出席することになった。その「G7広島首脳コミュニケ」で気候変動、環境、エネルギー分野で表明された内容はどのようなもので、COP28にどのようにつながったかという視点で見ておく。
<G7広島首脳コミュニケ 本文及び骨子より~> (抜粋)
◎気候〈我々の地球は、気候変動、生物多様性の損失及び汚染という3つの世界的危機、並びに進行中の世界的なエネルギー危機からの未曽有の課題に直面している。我々は、この勝負の10年に行動を拡大することにより世界の気温上昇を摂氏1.5度に抑えることを射程に入れ続け、2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させ、エネルギー安全保障を確保するとともに、これらの課題の相互依存性を認識し、シナジーを活用することで、パリ協定へのコミットメントを堅持する。我々は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)及びその第6次評価報告書(AR6)の最新の見解……を踏まえ、世界のGHG排出量を2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減することの緊急性が高まっていることを強調する。我々は、国が決定する貢献(NDC)目標の達成に向けた国内の緩和策を早急に実施し、……我々の指導的役割、また、すべてのG7諸国において排出量が既にピークを迎えたことに留意し、……すべての主要経済国が果たすべき重要な役割を認識する。2030年の国が決定する貢献(NDC)目標または長期低温室効果ガ ス排出発展戦略(LTS)が、摂氏1.5度の道筋 及び 遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標に整合していないすべての締約国、特に主要経済国に対し、可及的速やかに……2030年NDC目標を再検討及び強化し、LTSを公表または更新し、遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標にコミットするよう求める。〉
<参照1>電気新聞23年10月27日付〈橘川武郎 国際大学学長〉〈2035年 2019年比60%削減〉〈……日本はG7の開催国として、(上記の)新しい削減目標を事実上「国際公約」したことになる。日本のそれまでの国際公約は「2030年に温室効果ガスの排出を2013年比で46%削減する」というものであった。2013年度から2019年度にかけて、わが国の年間温室効果ガス排出量は……14%減少した。14%減少した年間温室効果ガス排出量をさらに60%削減するというのであるから、これは大事(おおごと)である。「2035年GHG2019年比60%削減 」という新しい国際公約は「2013年」比に換算すると、「66%削減」を意味する。期限が2030年から2035年へ5年間延びるとはいえ、削減比率は46%から66%へ20ポイントも上積みされるからである。日本の多くの企業や自治体は、政府のこれまでの「2030年GHG2013年比46%削減」目標に平仄を合わせるか、若干上積みするかして、……カーボンニュートラルを目指す中長期計画を策定してきた。……ところが、政府が「2035年GHG 2019年比60%削減」目標を新たに国際公約したことによって、状況は一変する。多くの企業や自治体は、カーボンニュートラルにかかわる中長期計画の目標値を大幅に引き上げざるをえなくなる。……〉
(コミュニケ本文に戻る)◎気候 (続き)〈〇グローバル・ストックテイク……我々は、COP28における第1回グローバル・ストックテイク(GST)の最も野心的な成果物を確保するために積極的に貢献することにコミットし、その結果が、緩和、適応、実施手段と支援にまたがる、強化された、即時かつ野心的な行動につながるべきである。〇トランジション・ファイナンス 我々は各国の状況を考慮し、多様かつ現実的な道筋を通じた移行を支援するとともことを含め、排出削減を加速するために、開発途上国及び新興国に関与する。2020年から2025年にかけて年間1000億米ドルの気候資金を合同で動員するという先進締約国の目標に対する我々のコミットメントを再確認する。特にクリーン技術や活動の更なる実施及び開発に焦点を当てた民間資金を含む資金を動員することの重要性を強調する。我々は、カーボン・ロックインを回避し、効果的な排出削減に基づいているトランジション・ファイナンスが、経済全体の脱炭素化を推進する上で重要な役割を有することを強調する。〉
<参照2>トランジション・ファイナンス推進に向けた取組23年11月経産省事前レク資料〈・パリ協定実現のためには、再エネを中心とする「グリーン」のみならず、省エネやエネルギー転換など着実な低炭素化を実現する「移行(トランジション)」が重要。・トランジション・ファイナンスの市場環境整備のため、これまで基本指針及び分野別技術ロードマップの策定、モデル事業・補助事業を実施。結果として、累計調達額は1兆円を超える規模に市場が成長。〉
(コミュニケ本文に戻る)◎環境〈我々は、持続可能で包摂的な経済成長及び発展を確保し、経済の強靭性を高めつつ、経済及び社会システムをネット・ゼロで、循環型で、気候変動に強靭で、汚染のない、ネイチャーポジティブな(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること)経済へ転換すること、及び2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させることを統合的に実現することにコミットする。〇生物多様性 我々は、人間の幸福、健全な地球及び経済の繁栄の基礎となる、生物多様性の損失を2030年までに止めて反転させるための歴史的な昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の採択を歓迎し、その迅速かつ完全な実施と各ゴール及びターゲットの達成にコミットする。すべての署名者に対し、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の下での彼らのコミットメントを迅速に実施し、途上国に対して支援を提供できるよう用意することを求める。我々は、自然に対する国内及び国際的な資金を2025年までに大幅に増加させるというコミットメントを改めて表明する。〉
<参照3>〈日経新聞23年8月15日付寄稿〉〈和田篤也 環境事務次官〉〈今年、G7広島サミット、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合が開催されました。そこでは、ネット・ゼロ、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの統合的な実現の重要性が再認識されたところです。政府においても、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」や「新しい資本主義実行計画」に、この3つの課題に向けた取組みが位置づけられました。……特にネイチャーポジティブは生物多様性をネット・ゼロと一体的に取り組むべきビジネス課題と位置付けて事業活動に組み込んでいく動きが加速する中、国際的にも注目されています。生物多様性の損失や自然資本の劣化が事業継続性を損なうリスク、あるいは新たなビジネスを生み出す機会として認識されつつあるのです。 〉
(コミュニケ本文に戻る)◎エネルギー〈我々は、エネルギー安全保障、気候危機及び地政学的リスクに一体的に取り組むことにコミットする。ロシアのウクライナに対する侵略戦争による現在のエネルギー危機に対処し、遅くとも2050年までにネット・ゼロ排出という共通目標を達成し、同時に、エネルギー安全保障を高める手段の一つでもあるクリーン・エネルギー移行を加速することの現実的かつ緊急の必要性及び機会を強調する。我々は、各国のエネルギー事情、産業・社会構造及び地理的条件に応じた多様な道筋があることを認識しつつ、気温上昇を摂氏1.5度に抑えることを射程に入れ続けるために、これらの道筋が遅くとも2050年までにネット・ゼロという共通目標に繋がることを強調する。〉
<参照4>〈小山堅 日本エネルギー経済研究所専務理事・主席研究員〉〈G7広島サミットの成果と日本の課題〉〈「我々は、各国のエネルギー事情、産業・社会構造及び地理的条件に応じた 多様な道筋があることを認識しつつ」という部分は、今回の合意の最重要部分。G7気候・エネルギー・環境大臣会合(札幌)で提示された重要な原則「多様な道筋、共通のゴール」をそのまま引き継ぐ形で提示された。欧米からの「上から目線」の「一本の道筋」を押し付けるのでなく、各国の国情を踏まえた対応を認めることは、エネルギー転換のコストを抑制しつつ、グローバルサウスとの連携を強めるアプローチになる。 世界の分断という現実を踏まえ、地政学的に極めて重要な意味を持つことになる。〉
(コミュニケ本文に戻る)◎環境(続き)〈〇省エネ、再エネ 我々は、現在と過去のエネルギー危機への対処の経験を通じて、「第一の燃料」としての省エネルギー及びエネルギーの節減の強化並びに需要側のエネルギー政策の発展の重要性を強調する。我々はまた、再生可能エネルギーの実装や次世代技術の開発及び実装を大幅に加速させる必要がある。〇水素・アンモニア 我々は、低炭素及び再生可能エネルギー由来の水素並びにアンモニアのような派生物は、摂氏1.5度への道筋と整合する場合、産業及び運輸といった特に排出削減が困難なセクターにおいて、セクター及び産業全体の脱炭素化を進めるための効果的な排出削減ツールとして効果的な場合に、……開発及び使用されるべきであることを認識する。〇石炭火力、カーボンリサイクル 我々は、……国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトを加速するという目標に向けた、具体的かつ適時の取組みを重点的に行なうというコミットメントを再確認し、他の国に対して我々に加わるよう要請する。……公正な方法でクリーン・エネルギー移行を加速するため、排出削減対策が講じられていない新規の石炭火力発電所のプロジェクトを世界全体で可及的速やかに終了することを他国に呼びかけ、協働する。……我々は、二酸化炭素回収・有効利用・貯蔵(CCUS)/カーボンリサイクル技術が、他の方法では回避できない産業由来の排出を削減するための脱炭素化解決策の幅広いポートフォリオの重要な要素となりうること、また、強固な社会及び環境面のセーフガードを備えた二酸化炭素除去(CDR)プロセスの導入が、完全な脱炭素化が困難なセクターにおける残余排出量を相殺する上で不可欠な役割を担っていることを認識する。〇LNG クリーン・エネルギー移行を加速させることの主要な必要性を認識しつつ、……ロシアのエネルギーへの依存からのフェーズアウトを加速すること、及びエネルギー供給、ガス価格及びインフレーション、並びに人々の生活へのロシアによる戦争の世界的な影響に対処することが必要である。この文脈において、我々は、液化天然ガス(LNG)の供給の増加が果たすことのできる重要な役割を強調するとともに、ガス部門への投資が、現下の危機及びこの危機により引き起こされ得る将来的なガス市場の不足に対応するために、適切であり得ることを認識する。〉
<参照5>〈小山堅 日本エネルギー経済研究所専務理事・主席研究員〉〈G7広島サミットの成果と日本の課題〉〈エネルギー安全保障問題のハイライトの一つはガス・LNG問題。グローバルサウスへの配慮や気候目標との整合性確保に言及しつつ、「我々は、液化天然ガス(LNG)の供給の増加が果たすことのできる重要な役割を強調するとともに、ガス部門への投資が、現下の危機及びこの危機により引き起こされ得る将来的なガス市場の不足に対応するために、適切であり得ることを認識する」との合意を取り付けた。〉
◆UAE ジャーベルCOP28議長から事前に各国に宛てたレター 2023年10月 (23年11月経産省事前レク資料)
〈〇グローバル・ストックテイク 今年は最初のグローバル・ストックテイク(GST)を行うパリ協定実施の重要な年。気候野心サミットは、グローバル・ストックテイクに関する成果物を検討するハイレベル・イベント開催のプラットフォームとして機能する。各国リーダーが、行動、支援、国際協力の強化に関する機会と課題を特定し、重要な政治的メッセージを提供することを期待。〇緩和 COP28の成果の中心であり、1.5度を射程に持ち続けるために重要。我々は明日のエネルギーシステムをどう構築するかを考えなければならない。そして、利用可能なあらゆるソリューションや技術の実装拡大などを通じて、今世紀半ばまでに排出削減対策の講じられていない化石燃料から脱却する未来のエネルギーシステムに向けて取り組まなければならない。〇ロス&ダメージ 優先事項の一つとして、新しい基金と資金アレンジメントが早期に創設・運用されることを確保する必要あり。〇議長国行動アジェンダ エネルギー移行の加速化 *すべての化石燃料の需要と供給のフェーズダウンは重要。今世紀半ばまでに実現する排出削減対策の講じられていない化石燃料から脱却したエネルギーシステムに向けて取り組む必要性があり、特に、石炭に関しては優先度を持って行動が必要。一方で、エネルギー安全保障、経済性、そしてアクセシビリティを確保しながら、実現する必要もある。*世界の再生可能エネルギー容量を3倍(2030年までに11TWに到達)とし、エネルギー効率を世界年平均で2倍(2030年までに4%に到達)とすることについて、すべての締約国に対し誓約(pledge)に参加することを求める。*再エネ3倍・エネルギー効率2倍の実現と、排出削減対策の講じられていない石炭火力の新規認可の終了は、化石燃料の需要のフェーズダウンを可能にし、1.5度を達成可能な範囲に留めるために不可欠。〉
〈参照〉環境省幹部の振返り23年12月談〈〇合意内容について〈グローバルストックテイク(GST)を議論するタイミングで、今回の内容に取り纏めることが出来たことは本当によかった。GSTは地球全体で考えないといけない話であり、「みんなでしないといけないけれど、どうする?」という話だ。そうであれば自ずと、ソリューションにハイライトがあたる。そうすると、まずは再エネをみんなでしましょう、その次は省エネをしましょう、となる。「エネルギー効率」という言葉も今回初めてでてきた。e-fuelや原子力、CCUSまで書いてある。日本が入れ込んだというよりも、結局はソリューションを示す国が日本しかなく、日本の取組み以外にネタがないから、日本の主張するソリューションが評価されて、全て書かれることになったというのが正しい理解だ。この頃はメディアに対しても、「1.5度目標なんて出来ないと思っていたけれど、最近は産業界がいろいろソリューションを出してくれるので、もしかしたら1.5度目標は一旦置くとしても、2050年カーボンニュートラルは出来るかもしれない。日本の技術が流布されるならば1.5度目標もありだな、と思っている」と言っている。メディアも最近では技術を勉強して、ソリューションについて書き始めている。今はペロブスカイト発電や洋上風力、蓄電池がハイライトされており、今後もっと多くの記事が出てくると思っている。〉
年が明けて、日経電子版で「温暖化対策、旗振るべきは経済産業省か環境省か」という記事が出た。あえて、ほぼ全文を引用する。
〇日経電子版24年1月14日付〈霞が関ノート〉〈霞が関での地球温暖化対策の旗振り役は、環境省なのだろうか。経済産業省なのだろうか。〉〈……COP28が開かれた。化石燃料や再生可能エネルギーなどが注目を浴びた「エネルギーCOP」での主役は経済産業省だ。象徴的だったのが成果文書に入った「transitioning away from fossil fuels」という文言の訳し方だ。メディアはawayの言葉に着目した。化石燃料から離れるなら「脱却」となる。伊藤 信太郎 環境相は記者団にこう話した。「化石燃料からの移行に言及する文書が公表されたことは大変重要だ」。移行なら脱却とはニュアンスが違う。見解を求めた記者団に経産省の官僚がこう答えた。「この10年間は非常に重要な期間でしっかり頑張るものとして定められた」。移行という訳が正しいというわけだ。日本は多くの原子力発電所が再稼働せず、再生エネの導入も遅れている。電源は石炭や天然ガスの火力発電に依存する。脱却ではなく移行を目指すというのは経産省の意見だ。世界各国が「脱却」の方策を競っても、日本は足元では対応しきれない。経産省はエネルギー業界の意見に配慮せざるを得ない。では、環境省は誰の意見を誰に発信するのか。立ち位置の曖昧さが垣間見えた場面もある。伊藤氏はCOP28で中国の解振華・気候変動問題担当特使とは会談する予定があったが、直前に相手が趙英民・生態環境部副部長に差し替わった。会場からはケリー米大統領特使(気候変動問題担当)が出てきたため、解氏と面会したのではないかとみられている。環境省幹部は「趙氏は代表団長なので伊藤氏と同格だ」と語る。出張したUAEは暑い国で、COPの会場は空調が効きすぎなほどひんやりしていた。霞が関にある中央省庁のビルは生真面目なほど温度管理を徹底している。環境省はもっと懸命に、日本の温暖化対策の努力を説明すべきではないか。もどかしさが募った。〉
ジャーナリスト 阿々渡細門