次世代資源のメタンハイドレート。ネット言論の期待は大きいが、なかなかビジネスとして形にならない。コストが高く、踏み出す企業がまだいないためだ。筆者は、これは他の新たなエネルギーに比べて特に優れたものではなく開発を急ぐ必要はないと、個人的に考えている。
ネット言論で大人気、実際は?
「日本ついに資源国へ」。人気のツイッターやユーチューブが6月19日にざわついていた。「メタンハイドレート」が、日本海側で開発されることを一部の人が喜んでいた。調べてみると、小さな動きがあった。
西村康稔経済産業大臣が6月19日、メタンハイドレートの具体的な開発計画を2023年度内に策定する方針を表明し、そこで日本海側の開発を含めることを表明したからだ。海底資源開発の課題や目標を示した「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」の改定に反映させる。これまで試掘作業は、太平洋岸で行われていた。
日本海沿岸の12府県でつくる「海洋エネルギー資源開発促進日本海連合」の花角英世会長(新潟県知事)がメタンハイドレートの開発促進を要望に大臣を来た時に答えたものだ。西村大臣は、花角新潟県知事と、メタンハイドレートの開発を訴えてきた青山繁晴参議院議員議員と一緒にツイッターに写真を掲載した。それでネット界に吹き上がったようだ。ここは保守派の個人の存在感が大きい。そして青山議員は言論人出身で、執筆や、ネットでの発信で知られて、保守派に人気のある政治家だ。
しかし、ネット言論は既存メディア、実際の関係者の動きは、どの問題でもたいてい大きく離れてしまう。エネルギー関係者、またこの方面に少し知識のある人の大半は「まだメタハイ試掘しているのか」という驚きや「東電の柏崎刈羽原発を動かすためのお土産だろう」と反応するだろう。メディアの関心の乏しさも問題だが、ネット言論の期待もかなり現実からずれている。
メタハイとは何か?日本近海に多数存在も
「メタンハイドレート」(MH)は海底や永久凍土などに分布するメタンと水分子からなるシャーベット状の物質だ。深海や土中の圧力と冷却によって氷になった。日本近海に多数あるという。
現在、経産省は「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」(21年3月)で、「2023~2027 年度の間に民間企業が主導する商業化に向けたプロジェクトが開始される」ことを目標とし、メタンハイドレートの開発を進めている。現在は「MH21-S」という研究開発コンソーシアムで、太平洋側の深海で砂の中にあるMHを採取している。
青山議員は、以前はシンクタンクの経営者で、東大などと組んで、日本海側のMHを調査していた。花角知事は、以前から日本海側のMHによる地域振興に関心を寄せていた。今回、経産省・資源エネルギー庁は、試掘をしようというものだ。
巨額の予算投入もいまだ採算ラインに乗らず
しかし、産業界は様子見だ。メタンハイドレート関係の予算は、2022年度に272億円。2015年から実に年100億円以上が投じられている。
しかしそこで明らかになったのは「日本の近くの深海にM Hがあることは確認されつつあるが、商業ラインに乗るかは疑問」(関係者)との状況だ。
エネルギーの世界には「井戸から軸へ」(Well to Wheel)という言葉がある。石油やガスの資源を採掘井戸(Well)から、取り出しただけでは使うことはできない。車や工場機械の駆動軸(Wheel)にまでつながる流通の道筋を考える必要があるという意味だ。
おそらくMHは、火力発電所の混焼で用いられることになるだろう。シャーベット状のM Hを運搬することになるが、海中から地上までの採掘、一定の圧力をかけた上気化しないようにする形での運搬、発電所での投入と活用に、それぞれエネルギーがかかる。エネルギー効率(投入量と活用量)は悪い。経産省は2000年ごろの研究会で、メタンの発電コストをkW当たり20円で行いたいとしていたが「おそらく無理」(同)との評価だ。
「メタンハイドレートを広報してもらった青山氏には感謝する。しかし彼は、一般人や政治家を煽りすぎた。それに釣られた政治主導で、これだけ投資してしまった。引くに引けなくなった」と、ある経産省OBから聞いたことがある。
確かに、エネルギー業界の片隅にいる筆者は、一般の人からMHをめぐる質問を頻繁に受ける。しかし、その人たちの大半が、「中国が日本海を狙っているのはメタンハイドレートのせいだ」など、青山氏の発言を根拠にした怪しい話をしながら聞いてくるのをみると、少し戸惑ってしまう。
石井吉徳東大名誉教授は、90年代にMHの開発可能性調査を国の委託を受けて行った。「メタンハイドレートは資源ではない。「質」が悪い」「利権を生みかねない」と、強い批判をしている。ある商社の幹部は「既存のエネルギーより量と値段で競争でき、利益が出れば、喜んで取り扱う」と述べていた。
調査と議論の深化がMHの未来に必要
ただしMHをダメと切り捨てる必要もないだろう。日本近海のさまざまな場所にMHの集積地はあるようだ。その資源量は不明だが、その調査を続けるべきだ。もしかしたら、一瞬で取り尽くしてしまうかもしれない。もしくは青山議員の言うように、日本が突如、資源大国になる量かもしれない。また花角新潟県知事が夢見るように、日本海側の各県がメタンの産出地として栄えるかもしれない。それはまだ分からないのだ。
ただし現時点で見る限りにおいては、すぐに商業化できるような量と質のMHはまだ見つかっていない。私の印象だが、今経産省が力を入れている、新しい電力のエネルギー源のアンモニア、水素よりも、「筋は悪い」発電エネルギー源と思っている。
MHへの研究投資、年270億円の金額が必要かは疑問に思う。しかし、可能性を捨てる必要なく、過度な期待は持たないで、冷静に事実を検証するべきであると思う。