【記者通信/12月20日】斎藤経産相が専門誌と会見 次期エネ基へ重厚な議論を


12月14日に就任した斎藤健・経済産業相が20日、エネルギーフォーラムなど専門紙誌記者団と就任後初のインタビューに応じた。この中で来年にも議論が始まる第7次エネルギー基本計画について、「国民生活や経済活動の基盤となる安定的で安価なエネルギー供給、そのために必要な燃料を確保するべく、わが国を取り巻くエネルギー情勢などをしっかりと確認した上で重厚な議論を行っていきたい」と、決意を述べた。主な一問一答は次の通り。

Q モビリティの電動化、カーボンニュートラル(CN)化、自国産業保護主義の流れがグローバルで加速する中、経済産業省としてどう取り組むか

斎藤 自動車産業のCNと競争力強化を同時実現するためには、電気自動車(EV)や水素、合成燃料など多様な選択肢を追求することが重要。その前提のもと、新興企業が台頭するEVでも競争力を確保する必要があり、グリーンイノベーション(GI)基金を活用した全固体電池、合成燃料などのイノベーション促進、国内市場整備に向けた車両購入支援や充電インフラ整備支援、EVなど国内生産に関する新たな減税制度、蓄電池の国内生産拠点の確保といった政策を統合的に進めていく。EV競争においても、日本の自動車産業はなんとしてでも勝ち残っていかなければならない。日本企業の取り組みの加速化に期待するとともに、かつて日米通商交渉に携わった立場として、EVや蓄電池の分野で保護主義的な動きが加速する中、同盟国と連携しながら公正で持続的な市場づくりに取り組みたい。わが国の自動車産業がグローバル市場をリードできるよう、政府としてあらゆる取り組みを進める。

Q 鉄鋼産業のGX化支援を通じた競争力強化について

斎藤 鉄鋼業は日本経済を支える屋台骨である一方で、産業部門の約4割のCO2を排出する産業セクターである。世界に先駆けて技術革新に挑戦し、排出削減のみならず、グリーン市場の獲得を通じてさらなる成長につなげていくことが、わが国のGX実現にあたっての重要課題だ。GI基金から約4300億円拠出し高炉水素還元技術や直接還元技術、大型電炉における不純物除去技術といった革新的な技術開発を後押しするほか、高炉から革新的な電炉への転換に対してはGX経済移行債を財源とした先行投資への支援、(政府与党の2024年度税制改正大綱に盛り込まれた)生産販売量に応じて法人税額を控除する「戦略分野国内生産促進税制」などを通じ、思い切った脱炭素投資を促していきたい。

Q エネルギー供給の「最後の砦」としての石油製品の安定供給、サプライチェーンの維持・強化について

斎藤 CN社会への移行を進める中でも、ガソリンや灯油などの液体燃料は災害といった緊急時におけるエネルギー供給の「最後の砦」として安定供給の確保が不可欠。製油所などの耐震化・液状化対策、大雨や高潮対策を補助し一層の災害対応能力の強化を図っていく。また、地域の供給拠点であるガソリンスタンドに対しては、自家発電の設置やタンクの大型化など、災害対応能力強化の支援を行っている。SS過疎地も含め、自治体など関係機関との連携を図っており、中小企業支援策を活用したガソリンスタンドの経営力強化を後押ししている。こういた取り組みを着実に実施することで、引き続き石油製品の安定供給確保に努めていく。

Q 燃料油価格激変緩和対策事業のこれまでの実績をどう評価し、出口戦略をどう探るか

斎藤 原油価格の高騰が国民生活や経済活動に与える影響を常に勘案しながら柔軟かつ機動的に対応してきたと承知している。全体として制度設計上想定していた水準まで価格の抑制は実現できていると考えており、本事業の効果は概ね確保されてきた。その上で、来年4月の出口を見据えながら、国際情勢、経済やエネルギーを巡る情勢を踏まえて対応していく。

Q トリガー条項の凍結解除について

斎藤 与党と国民民主党との間で協議が進められるものと承知している。現段階で具体的にコメントすることは控えざるを得ないが、経済産業省として適切に対応していく。

Q 国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)を踏まえ、エネルギー基本計画における脱炭素戦略、エネルギーミックスの在り方をどう考えるか。

斎藤 今回のCOPの議論は、ネットゼロ実現に向け、世界全体で各国の需要に基づいて脱炭素電源の拡大と省エネを進める方針が確認された。先般開催されたAZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)首脳会合でも、各国の需要に応じた多様な道筋の下でのネットゼロの実現について参加各国と合意をしたところ。アジア各国とも協調しながら、具体的な取り組みを推進するとともに、世界の脱炭素化に貢献していきたい。

わが国は2050年CN、30年度の13年度比46%削減という国際公約を掲げており、その目標の実現に向け、徹底した省エネや製造業の燃料転換に加え、再エネや原子力など脱炭素電源への転換を推進している。まずは、第6次エネルギー基本計画やGX推進戦略で示された方針に基づいて政策を実行していくことが重要だ。その上で、次期エネ基について検討していくことになるが、エネルギー政策はS+3E(安全、安定供給、経済、環境)のバランスの確保が重要であり、国民生活や経済活動の基盤となる安定的で安価なエネルギー供給、そのために必要な燃料を確保するべく、わが国を取り巻くエネルギー情勢などをしっかりと確認した上で重厚な議論を行っていきたい。

【メディア論評/12月12日】宝塚歌劇団問題に見るインフラ企業のリスク対応


◇インフラ企業のリスク対応として見る 宝塚歌劇団問題◇

宝塚歌劇団問題に関する報道が続いている。報道のポイントは、後述の全国紙各紙の社説でも挙げられているように、大きく下記の3点について歌劇団の管理が適切であったかが問われている。

・過重労働はなかったか。

・上級生からのいじめやパワハラは確認できなかったのか、歌劇団側が言うように“社会通念上相当な範囲内”といえるのか。

・女性が結んでいた拘束性の強い業務委託契約は労働契約と取扱うべきではないか。

<参考1>

*本件の経緯  朝日新聞11月15日付から

    ・2023年2月

     宙組の劇団員の間で「いじめがあった」と週刊文春が報道

     歌劇団は「事実無根であることを当事者全員から確認」とウェブサイトで発表

   ・9月29日

          宝塚大劇場で宙組公演が開幕

   ・9月30日

          宙組の劇団員の女性が自宅マンションの敷地内で倒れて死亡しているのが見つかる。

   ・10月7日

          歌劇団が外部の弁護士らでつくる調査チームの設置を発表

   ・10月20日

          宝塚大劇場での宙組公演が全日程中止に

   ・11月10日

          女性の遺族の代理人弁護士が記者会見。

長時間労働やパワハラを指摘し、歌劇団側に謝罪と補償を求める。

   ・11月14日

          歌劇団が会見。(←内容については後述「全国紙各紙の社説」参照)

遺族側も会見し反論

<参考2>

     阪急阪神グループの組織形態  阪急電鉄ウェブサイトより

    阪急阪神グループホールディングス

          |

         阪急電鉄

                        |――――――――――――

                    創遊事業本部        |

           |            |

         歌劇事業部       宝塚歌劇団

  *阪急電鉄の業務組織としては、これ以外に経営企画部、広報部、総務部等がある

当初メディアの報道は、内容は全く異なるが、ジャニーズ事務所問題に続く芸能事案として、宝塚歌劇団のガバナンスの問題として、主に社会面で扱われてきた。

本稿は、上記3点についての当否を論じるものではなく、関西を代表する地域密着のインフラ企業である阪急阪神ホールディングスグループが、リスク案件発生時にどのような対応をしたかの視点でこの問題を見るものである

阪急阪神グループでは、奇しくもちょうど10年前の秋、阪急阪神ホテルズで起こった食材偽装問題で、親会社出身の社長が拙い記者会見対応で辞任に至るなど、傷を負った

これをグループとしてのリスク対応での痛い経験と同グループが認識しているのかは不明であるが、それから10年、今回の宝塚歌劇団の問題は、組織としてのリスク案件対応の観点からみた場合、阪急阪神グループとしては「歴史は繰り返す」というべきものではなかったか。

歴史を振り返りながら考えてみたい。

◇阪急阪神ホテルズ 食材偽装問題◇

2013年の秋、ホテル等の食材偽装問題が社会問題となった

本題の阪急阪神ホテルズでは、

・バナメイエビを芝エビと表示。

・ビーフステーキと表示していたが実際は牛脂を注入した成形肉であった。

・一般のネギを九条ネギと称した。

・手作りとしながら既製品のチョコソースを使用

・信州産の蕎麦を使ってないのに“天ざるそば(信州)”と表示。

などが明らかになった。

食材偽装の問題は、それ以前に他でも起こっており、不当景品類および不当表示防止法違反として、排除命令が出された事例もあった。

13年には、この食材偽装問題が日本の著名なホテル等で続いて大きな社会問題となったが、それは阪急阪神ホテルズの発覚以降に注目度が高まったともいえる。この年には、それ以前に東京ディズニーリゾートやプリンスホテルで同様の問題が起きており、当時、阪急阪神ホテルズはプリンスホテルの問題を先例として参考にしたため、事態の拡大を予測できなかったとも指摘された。

関西では信頼されるブランドであった阪急グループの阪急阪神ホテルズの食材偽装は、そのつたない記者会見も相まってメディアでも大きく取り上げられ、結果的にその後に著名なホテル等による同様の件での公表が続くこととなった。

阪急阪神ホテルズの問題となった記者会見は10月24日に行われた。

新聞報道で振り返る。

◎日経新聞10月24日付〈阪急阪神ホテルズ社長「偽装ではなく誤表示」〉

〈阪急阪神ホテルズがホテルのレストランなどでメニュー表示と異なる食材を使用していた問題で、同社の出崎弘社長は24日、大阪市内で問題公表後初めて記者会見し「信頼を裏切ったお客様に心よりおわび申し上げます」と謝罪した。一方で、原因は従業員の認識・知識不足にあるとして「偽装ではなく誤表示」と強調した。出崎社長は「信頼回復のめどが立つまで」20の報酬減額、他の役員9人は6カ月間10%減額の処分とした。親会社の阪急阪神ホールディングスの角和夫社長も役員報酬の50パーセントを自主返上する。メニュー表示をチェックする専門部署の新設など再発防止策も公表した。出崎社長は“従業員が意図的に表示を偽って利益を得ようとした事実はない。誤表示と思っている”と説明。……問題があったのは東京や京都、大阪、兵庫の8ホテルと1事業部の計23店舗。メニュー表記と異なる食材は47種類。提供期間は2006年3月~2013年9月で、利用客は延べ7万8775人。同社は総額約1億1千万円の返金を見込んでおり、24日午前9時までに3480人分、計1022万円の返金に応じたという。

◎日経新聞10月29日付〈後手の対応 結局「偽装」 阪急阪神ホテルズ〉

ホームページなどでの公表だけで始まった阪急阪神ホテルズのメニュー虚偽表示問題は、発覚から一週間となる28日、トップが辞任を表明する事態に発展した。批判に押される形で断続的に開いた会見では幹部が説明に窮する場面も目立ち、後手後手の対応は“阪急阪神ブランド”の傷口を広げる結果となった同社が問題を公表したのは22日午前、ホームページ上だった。7日に消費者庁に事実関係を報告しながら、2週間問題を公表していなかった。22日午後に急きょ会見を開いたが、出席したのは部長クラス。出崎弘社長が初めて会見したのは2日後の24日午後で、謝罪はしたものの“意図を持って表示し、利益を得ようとした事実はない。偽装ではなく誤表示”と繰り返し強調した。……同社には消費者からの怒りの電話などが殺到。事態の深刻さに気付いたのか「お騒がせした」ことを理由に、29日午前に予定していた出崎会長の会見を28日夜に前倒しした。社長は「今回の件は阪急阪神ブランド全体の失墜を招いた」と陳謝。「偽装と受け止められても仕方がない」と認めるしかなかった。〉

当時、上記の出崎社長と以前から面識のある全国紙の幹部(大阪社会部出身)は、筆者に「あの記者会見を見て、『これはダメ。なんで自分に相談してくれなかったのか、アドバイスしたのに』と唸りました」と述べていた。

そして、この阪急阪神ホテルズの食材偽装問題により、阪急阪神ホールディングスの角和夫社長も財界活動を当面自粛すると表明した。

◎産経新聞10月31日付〈阪急阪神ホールディングスの角社長、財界活動を当面自粛〉

〈阪急阪神ホテルズの食材偽装問題を受け、親会社の阪急阪神ホールディングス社長で関西経済連合会副会長を務める角和夫氏は、財界活動を当面自粛することを決め30日、関係者に伝えた。角氏はこの日、関経連を訪れ、森詳介会長(関西電力会長)らに経緯を説明し、陳謝。“今後、信頼回復に向けた仕事に全力をあげる。関経連の会議や会合には出席しにくくなり、ご迷惑をかけることになる”などと説明し、活動を控える考えを伝えた。森会長らからは、特に意見は出なかったといい、角氏の判断は了承された。角氏は引き続き関経連の役職にとどまる。〉

◇関西電力金品受領問題での第三者委員会の調査◇

ここで、同じ関西のインフラ企業である関西電力で、2019年9月に判明した金品受領問題の展開について、リスク案件が発生した際の調査委員会のあり方の視点に限定して見ておく

この問題では、前年に問題発覚した後の社内調査委員会の調査報告書について、当時の相談役、会長、社長が非公表という対応を決定し、取締役会には報告されていなかった。

それから約1年後、国税筋への取材に基づく本件に関する報道を受けての複数回の記者会見の後、結局、会長、社長(下記の第三者委員会の調査結果報告日付)とも辞任に至った。

その後、元検事総長を委員長とする第三者委員会でフォレンジックの活用も含めた詳細な調査がなされ、今まで知られていなかったことも含め、多くの事実認定がなされた

●14年3月14日、第三者委員会報告書公表

本文で200ページ、委員長の但木敬一元検事総長による4時間に及ぶ記者会見

第5章で「本件問題(金品受領及び事前発注約束)に関する総括的分析」を行い、第6章で「本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応」について論じた。そして第7章で一連の事態を惹起した「原因分析」を行っている。  

第6章「本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応」では、まず「第1 本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応に関する事実関係」を明らかにし、次に「第2 本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応についての問題点」を指摘した。(←料金値上げ申請時に社会に約束した役員報酬の減額に対して補填していた事実も、この第三者委員会の報告で判明した)

本件は、原子力発電という電気事業の本丸に関連する案件であり、電気事業法に基づく経産省の権限行使の影響も大きかったといえるが、少なくとも事実の解明という面では、この第三者委員会の詳細な調査により疑念は拭えたといえる。

【目安箱/12月11日】原発売り込みに掛ける海外勢の本気度


ロシア政府の原子力プラントの異様な販売努力を紹介してみよう。関係者に迷惑をかけたくないので、話を少しぼかして紹介する。

諜報機関が動く? 原子力ビジネスの現場

2011年3月に東電の福島原発事故が起きる前に、原子力発電の導入計画が各国にあった。日本でも、いくつかの企業グループができて、海外での売り込みに動いていた。ある国でそうしたグループに、米国人を自称する人当たりの良い白人と現地人の男性コンビが接近してきた。2人は商社を現地で経営し手伝いたいという。調査などの仕事を任せ、関係が深まった。すると現地の日本大使館からグループに連絡が来た。

「あの2人はロシアSVR(対外情報庁、諜報機関)の関係者らしい。気をつけてほしい」。いつもはビジネスを支援する大使館幹部が口重く、これだけ述べて会合を終えた。情報の出所は言わなかった。米英の諜報機関が教えたのかもしれない。

すると、その会合の後でコンビに急に連絡が取れなくなり、事務所を訪ねると引き払われていた。その後に売り込み先組織に行くと担当者に言われた。「あなたたちが、わが国市民のことを探り、人権侵害だと政府の人が懸念していた。変な動きをしない方がいい」。そのために真相追及をやめた。その国では、ロシア国営企業ロスアトムも原発プラントの売り込みをしていた。

結局、その国の政策転換で原発建設は立ち消えになり、日露とも売り込みに失敗した。「想定外の出来事で平和ボケだった。ロシアは怖い」。話を聞いた人は、感想をこう述べた。ロシアは諜報機関を投入するほど、国が原子力輸出に力を入れているといえよう。

原発売り込みに成功する中国とロシア

経産省の資料によると昨年9月時点で、世界では原子炉50基が建設中で中国企業が14基、ロシア企業が14基を作っている(両国国内を含む)。建設準備中の68基のうち中国9基、ロシア29基を受注している。日本企業は建設中が国内2基(大間、東通)で東電事故の後で止まった。海外で受注が確定した案件は現在ない。

ウクライナ戦争の後で、世界が中露と西側陣営に二分されている。中国とロシアの原子力産業には競争力がある。両国企業の原子炉は安く、技術力もあるという。さらに両国の外国への売り込みでは「おまけ」が多い。軍事、経済援助と原発の販売を抱き合わせる。核廃棄物の再処理や原子力技術者の教育なども引き受けている。以前から、中露はアフリカ、南米の発展途上国との関係が外交的に強い。中国はシルクロード諸国とつながる一帯一路戦略を取っており、そこに売り込みを仕掛けている。

そして原発を売り込むことは、その国のエネルギーシステムに、その建設者が入り込むということだ。英国は中国製原発の導入を17年に決めたが、中国政府がインフラに関与するという安全保障上の懸念から取りやめた。対外的に拡張政策を行う両国の原発導入を懸念する声が各国で出るのは当然だ。しかし、安く、他にメーカーがなければ、それを採用してしまう国もあるだろう。

米国も新型炉で政府と企業が協調

新型原子炉への関心が高まる米国でも、政府と民間企業の売り込みの動きは活発だ。フィリピンは米国と11月16日、アジア・太平洋経済協力会議(APEC)開催中の米カリフォルニア州サンフランシスコで原子力協定に署名した。報道によると、署名に立ち会ったマルコス大統領は、32年までに同国で初めて原発を稼働させる目標を示し、米国を「パートナーの一つ」と呼んで調達先と見なしていることを示唆した。

協定が発効すれば、フィリピンは原発導入に向け、米国から機器や核物質の輸入、技術移転を認められる。マルコス大統領は「この提携はフィリピンにとってクリーンで持続可能なエネルギーの選択肢を探求するための重要な一歩だ」と述べ、協定を歓迎した。

前日15日には、フィリピンの電力最大手のマニラ電力と米原子力発電開発企業ウルトラ・セーフ・ニュークリア・コーポレーションが小型原子炉のフィリピン導入を検討する協力合意文書に署名した。小型原発の導入が有力視されており、マルコス大統領はここにも臨席した。

フィリピンは1984年に原発を建設した。しかし安全上の懸念や86年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故の影響で、運転はされていない。そのままになっている。マルコス大統領は22年5月の選挙に勝利する前、選挙公約に新型核開発、この原発の再利用調査を行い、同国の電力不足を解消することを公約にしていた。また同国にはエネルギー分野、電力会社の大株主や石油流通業に中国系企業が進出し、その経済活動での影響力の増加を懸念する声がある。

米国も、その国家としての政治的な存在感の大きさを背景に、新型炉で外国への原子力の売り込みを政府と企業が協力して行っていくだろう。

日本政府の支援はどうか?

一方で日本政府の原子力売り込みはどうか。岸田政権によって政府が22年秋から、新型炉や原子力の活用に言及した。一瞬、「政策転換か」との期待が原子力、エネルギー関係者に広がった。

しかし1年が経過して具体的に大きな変化はない。口だけだ。海外の売り込みも、努力はしているのだろうが、日本企業の受注が確定した案件は発表されていない。東芝、日立製作所、三菱重工業が関連の海外企業と共に新型炉の構想を打ち出したことは期待できるが、この動きが形になるかはまだ不透明だ。

日本国内では、厳格な審査などさまざまな理由で原発の稼働が遅れ、電力会社とメーカーがその対応に追われている。経産省関係者の話を聞いていても、支援はするが外交案件として強く押し出すという状況ではなさそうだ。そもそも岸田文雄首相が、中国包囲網を意識して世界を飛び回った安倍晋三元首相と違って、途上国外交に熱心さを欠くように見える。安倍元首相が熱心にインドや東南アジア諸国に行ったような首相自らの原子力売り込みのPRはない。

ジリ貧前に、もう一度挑戦を

中国とロシアと国情が違い、日本政府は原子力だけを露骨に売り込めないのだろう。また世界貿易機関(WTO)や経済協力開発機構(OECD)のルールでは、援助などと結びつけた、政府のビジネスの売り込みを自粛するルールがある。しかし、諜報機関の不法行為まで利用して支援するロシアとは、あまりにも力の入れ方が違う。

福島原発事故前に、日本の原子力メーカー、電力会社は、海外事業に活路を見だそうとしていた。プラントの販売に加え、運営・管理のノウハウを売ろうとしていた。福島事故から12年が経過した。この動きを再開してほしい。あるアジアの国の外交官は「日本の原子力は西側陣営の技術。しかも、日本は平和利用に徹してきた。中国やロシアの原子力を私たちは使いたくない」と期待していた。

このままでは、ジリ貧で日本の原子力が衰退する。ぜひ海外ビジネスに挑戦をしてほしいと当事者の奮起をお願いしたいし、エネルギー業界人として私もできることを重ねたい。

【目安箱/12月9日】東京・本所防災館を訪ねる 体験教育の意義深さ


東京消防庁の防災学習施設、本所防災館(東京都墨田区横川)を訪ね体験研修を受ける機会があった。今年は関東大震災100年だ。ここでの学びを紹介して、エネルギー産業に関わる方、読者の方が災害対策を考える一助にしたい。

本所防災館(筆者撮影)

◆都市災害に直面し続けた東京

東京消防庁は、本所、池袋、立川に防災館を運営し、体感イベントを伴う講習を違う。池袋は1986年、残り二つは1990年代に作られたが、私は不勉強で存在を知らなかった。企業や学校向けの研修、体験を積極的に受け入れている。内容も少しずつ違う。しかも原則無料だ。防災教育という有意義なことに、税金が使われることは歓迎だ。

この防災館のある本所地区(旧本所区、墨田区南部)は、江戸時代から大火など、災害の被害を受け続けてきた。隅田川の東側にあり江戸時代から住宅が密集していた。

興味深いことに、最近の訪日観光客の増加の中で、ここは外国人観光客の人気スポットになっていた。私もフランス人と一緒に回った。「フランスに地震はない。日本人は大変だろうが、こうした施設で学ぶ取り組みは素晴らしい」と話していた。

関東大震災からの教訓

まず見たのは「ノブさんからのメッセージ 手記に学ぶ関東大震災」という映像資料だった。

当時29歳で、大工の夫、2人の子供と関東大震災を体験した本所に住んだ松本ノブという女性の手記の紹介だ。夫は一緒に逃げた後で、貴重品を取りに家に戻り、火災に巻き込まれ、亡くなったという。

関東大震災は午前11時58分に発生した。当時は家で煮炊き、暖房、お風呂に使うため、石炭や木炭を燃料に火を使っていた。そのために大震災の直後に東京各所で火事が発生した。

人々は川、そして強風の中で風上に向かって逃げたが、大八車や馬車で道は混雑、特に橋で動けなくなってしまった。ノブさんら3人は、陸軍の倉庫前の広場に逃げた。そこで、火災旋風に巻き込まれそうになった。風の強い日の火事だと、広場などで熱せられた空気が上昇して火を伴った旋風が発生してしまうことだ。これは今でも各国の災害で観察される。そして1945年3月10日の東京大空襲で、同じように避難者が火災旋風で多数の人が亡くなった。今は東京都慰霊堂になっている。

そしてノブさんは、その後の人々の支援、国や隣同士の共助に救われたという。その恩返しと教訓のために記録を残した。全く災害準備が無かったことの反省、そして共助の大切さを彼女は主張している。これは今の災害にも役立つ考えだろう。

関東大震災は、約10万の死者のうち、9万人が火災によるものだった。時代は変わっても、今もエネルギー業界は火に関係する。日本各地の地震や災害で、火災による死者は減っている。それはエネルギー業界の努力もある。一段と気を引き締めて安全を追求してほしい。

◆地震、火災、風水害、都市水害を体験

そこから体験学習をした。事前のビデオ学習のために、体験がより印象に残った。四つの体験をした。

第一の体験は地震だ。シミュレーターで関東大震災級の震度7、また2016年の熊本地震の震度6の直下型地震の揺れを体験できた。地震の揺れは数十秒だが、それは驚くもので、大変長く感じられた。立っていられず、不安が沸き起こってしまった。

本所防災館の地震シミュレーター

第二の体験は火災だ。水蒸気の煙を焚き込めた廊下で、いきなり暗くなった。そこから手探りで出口までたどりつく体験だ。暗闇の中で、煙を吸わないように、身を屈めて地面近くの空気を吸いドアを探した。その際に暗闇でも障害物にぶつからないように、手を前にかざし、壁をつたって逃げる逃げ方を学んだ。焦って走っては危険だと分かった。

第三の体験は風水害だ。雨合羽と長靴を貸してもらい完全防水の上で、また風速30メートル、降雨量1日降水量50ミリの暴風雨を着て体験した。立っているのが難しく、隣の人と会話ができないほどだ。最近は、このレベルの暴風雨も、地球温暖化の影響のためか、珍しくなくなっているという。

第四の体験は都市水害だ。水害で、冠水したとき、鉄の扉、車の扉を開ける場合に、どの程度の力が必要かを試した。10センチ、20センチ、30センチを体験したが、30センチになると、大人の男である私も開けることは難しかった。この際に、300キロ近い負荷が水でかかってしまうという。

各体験前には、以下の三つの丁寧な説明があった。

1・災害はどうして起きるの?

2・起きたらどうなるの?(二次災害は?)

3・起きる前にするべきこと、起きたらするべきこと

この三つを知るだけで、災害への対応は違ってくるだろう。

◆エネルギー関係者への呼びかけ

エネルギー産業は、その事業で、災害で社会や人命に被害を与えないこと、安定的に供給を続けることを、求められる。エネルギー業界に関わり私が常に思うのは、電力、ガス、石油のいずれの産業でも、その使命を忘れずに努力をし続けている人が多い。とても真面目な産業だ。しかしそれが自由化で、国と経産省が、支援する仕組みを維持することを配慮せず、各事業者の自主努力に任せているのが、非常に怖く、残念に思う。

各企業は、災害に備えて、シミュレーションや社員教育を行っていると聞く。しかし蓄積と知見のある行政と協力し、もう一度、体験教育、そして情報収集をしてほしいと思う。

日本は国土が狭いようでいて意外と広い。ある地域の体験は、なかなか共有されない。また10年一昔という。過去の体験は伝わらず、時の経過と共に忘れられてしまう。

電力業界の人の話を聞くと、東電の人から以前ほど、東日本大震災と原子力事故の話を聞かなくなった。2018年の北海道胆振東部地震の詳細を九州電力の人は知らなかった。2016年の熊本地震のことを北海道電力に聞くと、ほとんど知らなかった。人間の認知とは、このように限られるものだ。

「天災は忘れた頃にやってくる」「ものをこわがらな過ぎたり,こわがり過ぎたりするのはやさしいが,正当にこわがることはなかなかむつかしい」。物理学者の寺田寅彦はこのような言葉を残している。次に来る災害のための準備は、すでにエネルギー関係者はしているだろうが、改めてお願いしたい。その際に、東京消防庁が防災館で行っているような「擬似体験学習」は大きな効果を発揮するだろう。

【論考/12月5日】間違いだらけの地球温暖化論争 「原因9割は人為起源」の誤解


2023年春に定年退職を迎え、筑波大学名誉教授の称号を頂いた。私の専門は大気科学で、主に天気予報や気候変動の基礎となる地球流体力学の研究をしてきた。そうした立場から、昨今の地球温暖化論争について思うところを、この定年の機に述べたいと思う。

1981年、地球科学研究科の大学院生の時に私は米国ミズリー大学に留学し、そこで博士(Ph.D)の学位を得て88年にアラスカ大学地球物理学研究所の助教として教鞭を取った。1991年に10年ぶりに帰国して筑波大学の地球科学系講師となり、それ以降は定年までに100人を超える卒論・修論・博論の研究指導を行い、15人の博士を世に送り出した。

私の最終講義の演題は、本稿のタイトルと同じ「間違いだらけの地球温暖化論争」だ。この温暖化懐疑論とも取れる演題を、聞いただけでピリピリする人が大勢いて大変だった。講演内容は、温暖化懐疑論には間違いがあるし温暖化危機論にも間違いはある、という中立的な趣旨でまとめることにした。温暖化の研究者が一度懐疑論者のレッテルを貼られると、その学者は国家プロジェクトから外され、論文が受理されなくなり、研究費が枯渇することになるからだ。しかし、最終講義では研究者人生の断末魔の叫びとしてこのタイトルを選んだ。最終講義の企画当初は、学内の少人数を相手に密室で開催される予定だったが、講義は直前にオープンとなった。すると、産経新聞の長辻象平記者が出席し、氏の計らいで最終講義の内容は写真入りで掲載され、全国に知れ渡ることとなった(産経新聞 ソロモンの頭巾 2023年3月22日)。

温暖化の半分は自然変動 CO2削減でも異常気象は起きる

米国では温暖化懐疑論(共和党)と温暖化危機論(民主党)が真っ二つに分断されて対峙している。トランプ前大統領は「地球温暖化はでっちあげ」と言い、当時は懐疑論が主流だった。それがバイデン大統領になり逆転したが、もしトランプ氏が大統領に復帰すれば、再び懐疑論が主流となり、主要研究機関のトップ人事が入れ替わると予想される。

ここでいう地球温暖化とは、人為起源のCO2などが原因で起こる温暖化と定義される。最近は地球温暖化とはいわずに気候変動という表現にすり替えられた。気候変動という用語なら人間活動と無関係な自然変動が含まれてもいいからだ。私は、異常気象をもたらすブロッキング高気圧や北極振動の研究をしてきたが、これらは力学的には自然変動だ。そのため私は気候変動として温暖化が起きていることには同意するが、その原因の90% 以上が人為起源であるとのIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の説明には反論してきた。長年の研究結果から、気候変動の半分は人為起源ではなく自然変動であると考えている。

ここでいう自然変動としては、大気・海洋・海氷や植生などからなる地球システムの内部変動や、雲量の増減によるアルベド(反射率)の変化、太陽活動の長期変化などが候補に挙がるが、未知の変動要因が将来発見されるかもしれない。つまり、人間がCO2の排出量を抑えたとしても、今まで通り異常気象は発生し、気候変動は起こると考えている。しかし、このような仮説には納得できる明確な根拠が必要だ。気候変動の数値モデルを走らせたらそうなったという根拠ではだめなのである。数値モデルの結果はあくまで仮説に過ぎず、真実の証明にはならない。これは懐疑論にも危機論にも言えることだ。

ヒートアイランドで気温上昇も 太陽定数は一定ではない

定年となった23年、現役最後の気候変動に関する論文が国際学術誌に掲載された (Soon et al. 2023)。世界中の研究者37人の共著論文で、私はその中の一人だ。この論文では温暖化の大半が自然変動で生じていることの根拠を提示している。論文の結論は二つあり、一つ目は、地上観測で集計される全球平均気温の上昇には都市のヒートアイランド効果が半分程度含まれているという点だ。世界平均の100年当たり0.89℃という観測される気温の長期トレンドからヒートアイランドの影響を差し引くと、そのトレンドは 同0.55℃に減少する。つまりヒートアイランドの影響で62%も長期トレンドが増えていると言える。

二つ目は、太陽放射強度(太陽定数)は一定ではなく長期的に変化するという点だ。太陽定数は定数であるかのように我々は教科書で教わったが、これは固定観念であり、一定とは限らない。教科書の数値は年々変化している。人工衛星活用以降のデータは、歴代の複数の衛星観測値に1㎡当たり10 Wもの平均バイアスがあるので、作業仮説としてこのバイアスを除去して長期データを結合する。すると太陽黒点の11年周期の変動が滑らかに表現される一方で、衛星観測データの長期トレンドはなくなる(図1)。平均バイアスがないと仮定したので当然ではあるが、これは真実ではない。具体的には太陽活動が極小値の時の太陽定数は一定と仮定している。人工衛星を活用する以前の時代の正確な太陽放射強度は分からないので、数値モデルでは将来予測でも過去再現実験でもこの値は一定と仮定してきた。太陽放射強度が一定というのは単なる仮説であり、変動する可能性があるからだ。

図1: 太陽放射強度 (W/m2) 偏差の経年変化 (1850-2020)。(a): 値がほぼ一定で11年周期のあるモデルA(上のSolar #1)と、(b): 値が長期的に自然変動するモデルB (下のSolar #2)の比較。(Soon et al. 2023, Climate, 11(9), 179, 2023 からの引用)

IPCC仮説は完全崩壊 自然変動で説明可能

IPCC報告の気候モデル予測では、太陽放射強度がほぼ一定のモデルA (図中のSolar #1) が一貫して使われてきた。よってモデルの1000年単位の年平均気温はほぼ一定となる。太陽放射強度は一定と仮定したのだから、近年温暖化しているという観測事実はCO2放射強制力のみで調整・説明されることになるが、これは仮定から導かれた当然の帰結である。数値モデルを走らせたらそうなった、では真実の証明とはならない。

一方で、太陽放射強度は長期的に大きく変動するというモデルB(図中のSolar #2)がある。18世紀ころの小氷期と呼ばれる寒冷期には黒点が長期間消滅した時期があり、この時の太陽放射強度は低下していたとの仮定から、太陽放射強度は大きく変動するという仮説だ。このモデルBも上述のモデルAも対等な仮説だが、残念ながらモデルBが気候モデル予測に使われることはない。この問題はすでに解決済みであると言われる。

本研究では、モデルBの結果として得られる気温変動が、上記のヒートアイランド効果を差し引いた気温変動とほぼ一致することから、モデルBが正しいと結論した。論文査読では、「IPCCではモデルAが採用されており、この論文の結果はIPCCの結果と整合的でないので不採用」との回答が一部にあった。IPCCが絶対視されている。絶対にこの論文は受理すべきでないという圧力の中で、一部の好意的な査読者により本論文は受理された。

今後さらなる検証が必要だが、もしモデルBが正しいという本論文の結論が正しければ、過去の温暖化も長周期変動も、太陽放射強度の変動という自然変動で説明可能となり、CO2放射強制による調整(チューニング)が不要となる。この場合はIPCC仮説の完全崩壊を意味し、CO2排出をネットゼロに削減しても、自然変動で起こる温暖化には何の影響もないことになる。コロナ禍のような厳しいCO2削減を30年続けても、温暖化とは無関係となる。CO2の排出が問題でないとなると、石炭火力が一番安全で安いエネルギー源となる。このあたりの詳細については「脱炭素は嘘だらけ」(杉山大志 2021)の主張をご一読いただきたい。

懐疑論者は業界から村八分に 脱炭素でボロ儲けの実態

「かけがえのない地球を守る」とか、「将来を担う子供たちに環境破壊のつけを残してはいけない」といった美しすぎる謳い文句で温暖化危機論が展開され、本質的なサイエンスの議論が棚上げされている。「地球の危機を救え」とばかりに海外では数百万人の子供たちが温暖化阻止のデモ行進に集った。まだ自我に目覚めてもいない小学生を含む子供たちが、温暖化阻止の大合唱を繰り広げていることに疑問を感じるのは私だけだろうか。

日本では温暖化危機論者が99%の優勢を占め、1%の懐疑論者は業界から村八分にされるのが現状だ。米国の分断の比率と異なる。私は米国で学位を得ているので、両国の国民性の違いをよく知っている。最終講義では本音を話し、最後の温暖化論文が受理・公開されたが、「懐疑論はフェイクだから見向きもするな。スルーしろ」とのお達しが温暖化村の村長からは聞こえてくる。トップが一般市民相手にこんなセリフを吐くのだから、温暖化のサイエンスはもう死んでいる。

間違いだらけの地球温暖化論争は棚上げにし、あたかも真実に立脚しているかのように見せ、「脱炭素を達成するため」とか、「気温上昇を1.5℃以下に抑えるために」といった温暖化対策が膨大な国費を費やして推進されている。しかし、今日の政府やマスコミ、環境NGOによる脱炭素の活動は、実は仮説に過ぎない不確かなサイエンスに基づいているのだ。温暖化研究が国家予算で推進され、NHKが恐怖心をあおる特集を組んで大衆を洗脳し、政治家は世論に基づいて地球温暖化対策推進法を制定して脱炭素を推進し、それに従わない懐疑論を弾圧するようになった。もはやサイエンスはポリティクスに凌駕されている。今後、間違った法律ができたら万事休すだ。

グリーン事業やエネルギー革命の名目で、今後10年で150兆円もの投資案が国会で議決された。今、ボールは国民に投げられている。脱炭素で石炭火力が廃止に追い込まれ、エネルギーが高騰し、再エネ賦課金で電気料金が値上げされ、それが根源の物価高で国民が苦しんでいる。これでは自業自得と言われても仕方がない。一方、脱炭素でぼろ儲けしている人たちがいる。何が正しくて何がフェイクなのか、他人の頭でなく自分の頭で考えて判断することが大切なのだ。

田中 博/筑波大学名誉教授

たなか・ひろし 1980年筑波大自然学類卒。88年米ミズリー大コロンビア校卒、Ph.D取得。専門は大気大循環研究。94年から22年間、日本気象学会常任理事を務める。2005年から23年3月まで筑波大計算科学研究センター教授。

【論考/12月1日】中東危機と「アラブ・イスラム石油禁輸」の可能性


10月7日に勃発したイスラエル・ハマス戦争は、中東の地域秩序を根底から揺るがしている。

ハマスのテロ行為により約1200人の無辜のイスラエル市民が惨殺され、200人以上が人質として拉致された。イスラエルが受けた衝撃は大きく、ハマス殲滅の一念で直ちにガザ地区を「完全包囲」しつつ侵攻。その容赦無い空爆により11月中旬には同地区の死者は約1万5千人に上り、その半数近くが児童である。水、食料、医薬品、電力、燃料供給は欠乏し、通信は遮断。病院、学校、難民キャンプまで空爆に晒される中で、170万人が家を失い避難民と化している。

市民生活を破壊する「完全包囲」を発表する際、イスラエルのガラント国防相は「われわれは人獣と戦っている」と述べた。ネタニエフ首相は、イスラエルが「文明と善」の側に立ち、「野蛮と悪」のハマスおよびその支援者イランと争う戦争だと言う。パレスチナ市民の犠牲は、彼らを「人間の盾」として利用するハマスの戦争犯罪だ、との論理だ。

ハマスはガザ地区の地下深くトンネル網を張り巡らし、これを軍事拠点としてきた。地上は地区全体で230万の人々が覆う。確かにこれら市民は、地下のハマス軍事要塞を、イスラエルの攻撃から守る「人間」の盾だ。しかし彼らは「人獣」の盾ではない。

取り返しつかぬイスラエルの大失敗

国際法の技術的解釈はともあれ、イスラエルによる無差別攻撃は、無抵抗の市民に対する残虐性に於いて、ハマスによるテロ行為と相違ない。空爆後の瓦礫の下から救い出される血まみれの子供達を見て、これを「文明」や「善」と呼び得る人がどれだけあろうか。

イスラエルは、一方でパレスチナ市民の安全を確保しつつ、他方でハマス軍事拠点を漸次攻撃して無力化する、戦略的・統合的な作戦を冷静に、忍耐強く実行すべきだった。市民と戦闘員を峻別する努力を示すことで、対照的にハマスの残虐性を浮き彫りにし、市民をハマスから離反させ、また国際社会に自国の行動の正当性を強く訴え得たのではないか。ようやく11月24日に4日間の戦闘休止・人質の一部解放となるまで、ネタニエフ首相は即時停戦・戦闘休止の呼びかけを「ハマスへの屈服」として拒否し続けていたが、合理的な戦略の策定に時間が必要だったのは、むしろイスラエル側ではなかったか。

自国安全保障への平衡感覚を失ったまま、即時に全面的な無差別攻撃に入ったことで、イスラエルはおそらくは取り返しのつかぬ大きな失敗を犯した。その残虐性は、かえってハマスのテロを正当化させ、全パレスチナ市民の恐怖と憎悪を呼び、国際社会、とりわけアラブ・イスラム諸国の反イスラエル感情を沸騰させている。

11月11日リヤドで開催されたアラブ連盟・イスラム協力機構の合同首脳会議は、イスラエルによる攻撃を、パレスチナ人民に対する侵略行為として非難し、その即時停止を求める決議を採択した。「完全封鎖」を戦争犯罪に当たるとし、イスラエルに対して外交、政治および法的圧力を加えるよう加盟国に求め、また、西側による国際法適用の二重基準を批判し、戦争拡大の危険を警告している。

石油供給を巡る中東諸国・欧米の攻防

一部報道によれば、会議参加国の多くが、対イスラエル外交・経済関係凍結等の具体的制裁を盛るべきとし、その中に石油を外交手段とすることが含まれていた(注1)。サウジアラビア、UEA、バーレーン、エジプトなどの反対で実現を免れた、とされるが、十分な注意が必要だ。

既にイランは10月半ばの時点でイスラム諸国に対イスラエル石油禁輸を呼びかけている。ガザ地区の人道危機が深刻化する中で、石油輸出削減によりイスラエルおよび西側に抵抗すべきだとの主張が力を得ている様子がうかがえる。2020年のUAE、バーレーンに続き、サウジも米国を仲介役として対イスラエル国交正常化に動いていたが、今これらの国々はアラブ・イスラム世界の中で外交的に守勢に立たされている。

イスラエルは日量30万バレル弱の原油を、カザフスタン、アゼルバイジャン、ナイジェリアなど、中東域外から輸入し、この3産油国ともイスラム協力機構加盟国だ。しかしこの数量であれば、たとえ全量が禁輸対象となっても、非イスラム圏からの代替供給、また、輸送の第3国経由などで容易に制裁を逃れ得る。

また、イスラエルの軍事を支える米国は、世界最大の産油国。原油では日量300万バレル弱の純輸入だが、石油製品では日量200万バレル強の純輸出国だ。したがって、たとえイスラム圏からの原油輸入全量(日量100万バレル弱)を失い、これを代替できない事態となっても、石油製品輸出が減少するだけに終わろう。

一方、欧州の状況は異なる。欧州は中国と並ぶ世界最大の石油輸入者だ。昨年、トルコを除く欧州OECD諸国の原油輸入量・日量800万バレル強のうち、イスラム圏からの輸入量は日量300万バレル強、約4割を占める。さらに極東では、この比率が日本で95%、韓国でも約7割となる。ロシアのウクライナ侵略に対抗するこれら諸国は、ロシア産原油への代替もできない。

そこで、もし石油を外交上の「武器」として使うとすれば、イスラエル・米国への直接的影響は乏しいと承知した上で、西側の「弱い環」である欧州・日韓も対象に加えて輸出削減措置を取り、間接的に米国に圧力を加えて即時停戦へと向けさせる。そのような手が考え得る。すなわち、米国がパレスチナを見殺しにするのであれば、その同盟者である欧州・極東の経済ひいては安全保障を揺さぶるが良いか、という構えだ。

サウジを盾にするイランのしたたかな思惑

一方「イスラエル寄りの中立」の立場では、インドも西側と変わらない。10月27日に国連総会が人道的休戦を求める決議を採択した際も、日本と同様に棄権に回った。賛成票を投じたフランスに比してもイスラエル寄りだ。アラブ・イスラム側がインドを制裁する必要はなく、すると欧州・日韓を対象にする理由が立たない。あえて実施しても、欧州・日韓との関係を悪化させるだけで、米国・イスラエルを抑止できない可能性も十分にある。

ここでイランは、そもそも米国の課す2次制裁によって西側・インドに輸出できない。したがって、このような「アラブ・イスラム石油禁輸」が強行されても、自国は何もしなくてよい。実行の主体者は、欧州向けにはサウジおよびイラクの中東勢、それにリビア、ナイジェリアおよびアルジェリアのアフリカ勢。極東向けは中東勢、特にサウジおよびUAE。併せて、やはりサウジアラビアが矢面の中心に立つ。

イランとすれば、たとえイスラエル抑止の効果がなくとも、対西側の石油輸出制限をサウジに実行させれば、西側と同国を離反させ、中東での自国の影響力を強化し得る。イランが石油禁輸を主張し、サウジがこれを拒否する展開が、今後も続くと見るべきだろう。そしてそれは、アラブ・イスラム世界における反イスラエル感情が、次第にサウジに矛先を向ける危険性を意味する。

これはOPECプラスを通じた生産量調整とは次元の全く異なる、国際石油供給秩序それ自体に関わる事柄だ。今回のイスラエル・ハマス戦争は、おそらくは2003年の米国・対イラク戦争と同様に、中東の地域秩序を構造的・長期的に不安定化させる。西側は「市場本位の開かれた石油供給」を共通理念として、サウジアラビアとの協働関係の再構築を急がねばならない。

(注1)例えばThe Times of Israel の以下の記事。https://www.timesofisrael.com/liveblog_entry/tv-report-saudis-helped-blocked-arab-summit-bid-to-sever-all-contacts-with-israel/

小山正篤 石油市場アナリスト

【記者通信/11月29日】ソフトバンクがエコ電気アプリを海外へ COP28でお披露目


ソフトバンクの子会社SBパワーとエンコアードジャパンは、11月30日~12月12日にアラブ首長国連邦(UAE)ドバイで開催される「国連気候変動枠組条約第28回締結国会議(COP28)」において、家庭向け節電サービス「エコ電気アプリ」を環境省主催の「ジャパン・パビリオン」で実地展示すると発表した。COP関連イベントで、国内通信事業者の取り組みが展示されるのは初めて。

エコ電気アプリは、SBパワーがエンコアードの独自のAIアルゴリズムなど特許技術を活用し、スマートフォンアプリを通して顧客に節電を呼びかけるサービスだ。

電力小売事業者は電力需要が高まった時に、アプリを通して利用者に節電を要請。節電を実現した利用者に、成功報酬としてペイペイポイントを付与する。

エコ電気アプリの仕組み

電力小売事業者は電力需給ひっ迫・卸市場価格上昇などに伴う逆ざやを回避でき、利用者は電力使用量を下げると同時に、ペイペイポイントを得ることができる。双方にメリットが生まれる点が画期的だ。

一利用者の節電効果は料金換算で年4000円相当

節電に関しては、このアプリを利用する消費者と利用しない消費者の電力使用量を比較すると年間10%程度の差が生まれる。料金に換算すると約4000円に相当するとのことだ。

エコ電気アプリの操作イメージ

ソフトバンク・グリーントランスフォーメーション推進本部ソリューション開発部の須永康弘部長は「ジャパン・パビリオンは、日本の優れた製品サービスや気候変動への取り組みを世界に発信する目的で設けられる。エコ電気アプリはスマホアプリの特長を生かしたユニークなサービスと評価された」と話す。

アプリで22年度に1万909tのCO2を削減

ソフトバンクは同サービスを「ソフトバンクでんき」の契約者向けにエコ電気アプリとして展開しており、アプリ利用者数は120万世帯を突破。ソフトバンク以外に、東京電力エナジーパートナーなど電力小売り大手6社が採用しており、全国の300万世帯以上が利用する。これに伴う22年度のCO2排出削減量は1万909tに上ったという。

須永氏は「今回の出展を契機にエコ電気アプリの海外展開も視野に入れる。家庭部門のさらなる脱炭素化に向けたサービス開発を進めていく」と意気込みを見せる。同社にとって、今回の出展が絶好の機会となりそうだ。

【メディア論評/11月28日】電力カルテルの株主代表訴訟を巡る報道


公正取引委員会は今年3月30日、電力3社(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力・九電みらい)に対して、独占禁止法第3条の規定に違反する行為(カルテル)について排除措置命令・課徴金納付命令を発した。(リーニエンシー=課徴金減免制度=を行った関西電力には排除措置命令も出されなかった)。カルテル行為に伴い、会社に発生する損害・費用としては、課徴金のみならず、第三者で構成する調査委員会の調査費用、官公庁の入札停止処分で失った利益などが考えられる。株主から、こうした損害を発生させたとされる現旧取締役に対して責任追及の提訴を請求する動きが、関西電力を含む4社に対して6月から出てきた。

~株主からの現旧取締役に対する責任追及の提訴請求への対応~

今年6月、電力4社はそれぞれの株主から、現旧取締役の責任追及の提訴請求を受領した。(中部6月21日受領、関西6月7日受領、中国6月8日 受領、九州6月8 日受領)。会社が60日以内に訴訟を提起しない場合、または提訴しないという回答を得た場合には、株主自身が会社を代表して訴訟を提起することになる。

結果としては、電力4社のうち中部、関西、九州の3社が訴えを提起しないことを決定する中、中国は8月3日、清水希茂前会長、瀧本夏彦前社長ら一部役員に責任追及の訴えを提起することを決定した。

提訴しないと決定した中部、九州は、「善管注意義務違反があったとは認められず、責任追及の訴えを提起しないこととした」と、いわば常套句で説明をした。

一方、関西は、「提訴した場合の勝訴の可能性、訴訟手続きにおける立証活動の範囲や負担などを総合的に判断し、責任追及の訴えを提起しない」と、いずれ出てくるであろう株主代表訴訟を意識したかと思われる理由付けをした。

〇関西電力7月28日のプレスリリース「訴えを提起しないことを決定」

「株主からの提訴請求への当社の対応」〈……独立性を確保した利害関係のない社外の弁護士に調査を委嘱し、その客観的かつ厳正な調査結果を受けて、対応を検討してまいりました。検討の結果、現旧取締役24名について、本件提訴請求に対して、対象者の責任の有無、提訴した場合の勝訴の可能性、訴訟手続きにおける立証活動の範囲や負担などを総合的に判断し、責任追及の訴えを提起しないことを本日の監査委員会、取締役会で決定しました……。〉

〇九州電力8月3日のプレスリリース「訴えを提起しないことを決定」

「株主からの提訴請求に関する当社の対応について」〈……当社は、独立性を確保した利害関係のない立場にある社外の弁護士に対して、本提訴請求書に記載の本件取締役の責任について調査を委嘱し、その調査結果の報告を受け、本件取締役の責任追及の訴えの提起の要否について検討してまいりました。検討の結果、本件取締役には、本件提訴請求書に記載の事項について善管注意義務違反は認められないことから、当社は、本日、いずれの本件取締役に対しても責任追及の訴えを提起しないことを決定いたしました。〉

〇中部電力8月9日のプレスリリース「訴えを提起しないことを決定」

「株主からの提訴請求への対応」〈……当社取締役とは利害関係のない外部法律事務所に調査を委託し、その結果を監査役会にて精査し、対応を検討してまいりました。検討の結果、本日、当社の全監査役は、当社の現取締役および元取締役20名に関し、本提訴請求書で指摘のあった事項について、善管注意義務違反があったとは認められず、責任追及の訴えを提起しないことといたしました。〉

~中国電力 株主からの現旧取締役に対する提訴請求への対応~

〇8月3日のプレスリリース「清水前会長、瀧本前社長らへの訴え提起を決定」

「現旧取締役に対する株主からの提訴請求への対応について」〈旧取締役3名(清水 希茂前会長、瀧本夏彦前社長、渡部伸夫元副社長)について責任追及の訴えを提起すること、その他の現旧取締役19名は不提訴とすることを決定。 〉*同日、清水前会長、瀧本前社長はそれぞれ相談役、特別顧問を辞任。*提訴理由については、下記10月4日提訴時のプレス資料参照     

〇10月4日のプレスリリース「清水前会長、瀧本前社長等への訴えを提起」

「旧取締役に対する損害賠償請求訴訟の提起について」〈—本年6月、当社の株主20名から当社監査委員宛の「責任追及等の訴え請求書」を受領したことから、提訴請求を受けた現旧取締役22名について、責任追及の訴えの提起の要否を検討した結果、当社監査等委員会は、旧取締役3名に対して責任追及の訴えを提起する ことを決定しました。当社は、本日、当該旧取締役に対する損害賠償請求訴訟を広島地方裁判所に提起しましたので、お知らせします。〉      

*損害賠償請求額5992万6297円=今後新たな損害が確定した場合には請求の拡張を行います*請求の原因=公正取引委員会から受領した独占禁止法に基づく排除措置命令および課徴金納付命令が、現時点において法律上有効であることを前提とすれば、同委員会が設定した違反行為が行われたとされる当時(2018年11月~20年10月)において、清水希茂氏、渡部伸夫氏、瀧本夏彦氏には、取締役としての法令順守義務違反、監視監督義務違反および内部統制システム構築運用義務違反があったと判断しました。

具体的には、3氏は当時、法令に違反する行為に直接関与していたこと(法令順守義務違反)、3氏(取締役)相互もしくはその使用人の行為を是正・制止するための行為を取っていなかったこと(監視監督義務違反)、およびそれらの行為を防止するための具体的な内部統制システムの構築・運用が不十分であったこと(内部統制システム構築運用義務違反)が挙げられます。したがって、これらの義務違反により当社が被った損害について損害賠償請求を行うものです。

なお、当社は、公正取引委員会からの排除措置命令等に対し、取消訴訟を提起しており、将来においてその全部または一部について取り消される可能性があるため、取消訴訟の結果によって、本訴訟における訴訟上の主張を撤回または変更することがあり得ます。<引用終わり>

◎メディアの報道

10月5日、業界紙と地元紙は、中国電力の前会長・前社長らへの損害賠償請求提起を丁寧に報道した。

〇電気新聞10月5日付〈前社長ら3人に損害賠償請求提起〉〈中国電力、カルテル問題で〉〈中国電力は4日、電力販売カルテル問題に関して清水 希茂 前会長と瀧本 夏彦 前社長、渡部 伸夫 元副社長の3氏に対し損害賠償請求訴訟を広島地方裁判所に提起したと発表した。〉〈……カルテルを結んだとされる期間に取締役だった人物を提訴すべきとの株主の申し立てを受け、監査等委が元取締役について社内を調査。責任を追及すべきかどうかを検討し、8月3日に提起を決めていた。請求額は調査にかかった弁護士費用などの5992万6297円。連帯して支払いを求める。社内調査の結果、監査等委は3氏ともに「法令順守義務違反」「監視監督義務違反」「内部統制システム構築運用義務違反」があったと判断。—同社が被った損害の賠償請求を行うと説明している。〉中国電力は9月28日に公正取引委員委員会の排除措置命令と課徴金納付命令に対し、取消訴訟を東京地裁に提起した。結果次第で、公取委から納付命令を受けた約707億円の課徴金額が変わる可能性もある。その場合は今回の損害賠償請求訴訟を撤回、もしくは変更することがある。〉〈中国電力の株主は6月、カルテルを行ったと公取委から指摘を受けた期間に取締役だった役員22人に対し、課徴金と電力入札の指名停止に伴う損害額として合計808億円の賠償を求めていた。〉

一方、地元紙の中国新聞は10月5日付朝刊で、取消訴訟、旧役員への賠償請求、そしていずれ株主代表訴訟と、3つの訴訟案件を抱えることになる状況を説明している。なお、この紙面において同紙は、元役員3名への賠償請求額が社内調査を依頼した弁護士費用に限定され、課徴金を含んでいない点について、草薙真一兵庫県立大副学長の「(取消訴訟で)3人の行為に伴う損害が確定してから追加請求する方法は妥当」というコメントを紹介している。

中国新聞10月5日付中国電力、カルテル問題で三つの訴訟、公取委処分取り消し・役員への賠償請求の焦点は? 10/12には株主代表訴訟も〉〈中国電力は、電力販売で関西電力とカルテルを結んだとされる問題に端を発し、今後三つの訴訟に対応する。 公正取引委員会の処分取り消しを求め、9月28日に東京地裁へ提訴した。 瀧本夏彦前社長たち元役員3人には今月4日、損害賠償を求める訴訟を広島地裁に起こした。 一部の株主は、他の役員経験者に損害賠償を求め、12日に広島地裁へ訴えを起こす。〉

*元役員3人への訴訟。〈中電は清水希茂前会長と瀧本氏、渡部伸夫元副社長の3人に対し、計約5992万円の賠償を請求する。社内調査を依頼した弁護士費用で、課徴金は含んでいない。中電は6月、公取委がカルテルを結んでいたと認定した期間に取締役だった22人を会社として訴えるよう株主20人に求められていた。取締役会から独立する監査等委員会の判断を受け、3人の責任を追及する。監査等委員会と取締役会が社外の弁護士に委託して調べたところ、瀧本氏と渡部氏は自ら関電側と情報交換し、報告を受けた清水氏も容認したと確認した。取消訴訟の結果が出ない段階では、処分は有効と判断した。取消訴訟の結果によっては3人の責任原因に関する主張を変更、撤回する可能性があり、賠償請求額についても見直すとみられる。〉

*株主代表訴訟。〈株主20人が広島地裁に訴えを起こすのは、中電が「違反行為に関与した事実はない」として提訴を見送る役員経験者19人(←10月12日の実際の訴訟提起では、会社が訴えた3氏も含めて22人)。課徴金に相当する約707億円の賠償を求める。カルテルに直接関与していない人を含め、当時の経営陣全体の責任を問うスタンスだ。〉

*識者の視点。〈兵庫県立大の草薙 真一 副学長(エネルギー法)は……元役員3人に損害賠償を求める方針は「自らうみを出そうとする姿勢の表れ」と評価する。 課徴金相当分を当初の請求額に含めなかったことについては「(取消訴訟で)3人の行為に伴う会社の損害が確定してから追加請求する方法は妥当」とする。〉

~電力4社の株主代表訴訟~

株主からの現旧取締役の責任追及の訴え提起に対して、電力各社は、上記のように中国電力が一部役員を提訴することを除き、訴えを提起しないことを決定した。これを受けて、10月12日、各社の株主が当時の取締役らに損害賠償を求める株主代表訴訟を名古屋、大阪、広島、福岡の各地裁に起こした。

請求金額=関西12名約3508億円、中部14名約376億円、中国22名約707億円、九州電力8名約28億円

今回の訴訟提起では、被告となる役員数や請求額を絞り込むなどしており、中国や九州では、課徴金見合いの請求額となっている。その中で、関西に対しては課徴金が課されない中、約3508億円を賠償請求額とした。

〇電気新聞10月13日付〈4社株主、代表訴訟提起〉〈カルテル問題 役員数・請求額絞る〉〈……各株主は12日、それぞれの地方裁判所に株主代表訴訟を提起した。今後の訴訟対応などを考慮し、6月に会社側へ役員提訴を請求した際に比べ、被告となる役員数や請求額を絞り込んだ。中国電力は既に3人を提訴しているが、同社株主らは別訴として3人を対象に含めた。各社株主はカルテル問題を巡り6月に会社側へ役員提訴を請求。課徴金のほか、社内調査費用や官公庁の入札停止処分で失った利益などの支払いを求めるよう主張した。〉〈一方、中部、関西、九州の3社は8月までに会社側として提訴しない方針を決定。中国電は10月に清水 希茂 前会長ら3氏を提訴している。中部、関西、九州の3社株主は代表訴訟提起に当たり、役員の責任範囲や損失額などを精査したと説明。被告とする役員数を絞り、中部電は21人から14人、関電は24人から12人、九州電は25人から8人としている。……〉中国電力の株主らは会社側が提訴した元役員3氏についても、課徴金額を請求していないことなどを理由に「二重起訴」には当たらないと主張。6月の提訴請求時と同じ22人を今回の対象としている。〉

ところで、関西電力への賠償請求について約3508億円となったことについて、各紙は次のように報じた。

〇朝日新聞10月13日付〈……カルテルを主導したと認定された関電。株主ら26人は八木誠元会長ら12人に対し、約3500億円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。課徴金は免れたものの、カルテルで電気料金を高止まりさせ、「今後賠償を求められるなど、潜在的な債務を負わせた」としている。〉

〇毎日新聞10月13日付〈……大阪地裁への提訴後、記者会見した河合弘之弁護士は「自由競争 を制限し、消費者から利益を吸い上げようとした。道義的に許されない」と批判。カルテルを主導した関電が課徴金を免れたのも不当だと訴えた。〉

両紙とも「カルテルを主導した関西電力」という表現が出てくるが、この点について触れておく。3月30日の処分発表時の公取委の記者会見では下記のような質疑が出てくる。

Q:今回のカルテルの中心になっていたのは、関西電力ということですね。

A:そこはですね。我々が審査した結果、関西電力が本件に違反行為を主導したという事実は認められなかったと評価しています。本件違反行為は、2017年頃から、中部電力管内、中国電力管内、九州電力管内の顧客を獲得するための営業活動を関西電力が行なっていて、それに対抗した中部電力、中国電力、九州電力と価格競争が進んだことを契機としていると考えています。各違反行為社は各社間で行われた顧客獲得競争によって電気料金の水準が低下した。関電のみならず各社が電気料金の水準の低落を防止して、自社の利益を確保する必要性を認識した。各社は顧客獲得の競争相手である関西電力との間で、それぞれ複数回の面談等を重ねて、本件合意形成したものであるということなので、事実関係として、関西電力が中心になったとか主導したというものでは必ずしもないのかなと思っています。

要するに、公取委では関西電力のみならず各社が電気料金低落防止、自社利益確保の必要性を認識、違反行為の合意はあくまで当事者双方の合意に基づくものであり、「関西電力が中心になったとか主導したというものでは必ずしもない」と言っている。

これに対して、メディアが「関西電力主導」と言うのは、関西電力が各社とそれぞれ、いわば扇の要として、しかも当時の副社長まで出て、調整に当たったことをイメージの中心において言っている。

~中国経済連合会会長人事~

ところで、中国電力が前会長、前社長らの訴え提起を決定したのだが、一連の流れの中で、地元のメディアが厳しい反応を示したのが、清水希茂会長(当時)が中国電力の会長を辞任表明している中で、中国経済連合会会長をいったん留任したことであった。3月30日、公取委によるカルテルの排除措置命令、課徴金納付命令を受けて、中国電力は清水希茂会長が6月(28日)の株主総会をもって会長を辞任、相談役に就任することを発表した。

一方、同氏が会長を務める中国経済連合会の総会が6月7日に開催され、清水氏の続投が決定した。この点について、地元メディア、全国紙地元版は、ネガティブな論調で記事掲載した。(見出しのみ紹介)

*読売新聞6月8日付〈清水氏 異例の会長続投 中電会長は引責辞任〉

*日経新聞6月8日付〈中経連、会長の続投決定 カルテル追及なし〉

*中国新聞6月8日付〈中経連 清水会長を再任 理事会反対なく続投要請〉

ところが、上記のように8月3日、中国電力は 株主からの現旧取締役の責任追及の提訴請求に関して、旧取締役3名(清水前会長、瀧本前社長、渡部元副社長)について責任追及の訴えを提起することを決定し、あわせて同日、清水前会長は相談役を辞任した。結果、中国経済連合会は、8月31日の臨時総会・理事会で清水氏の会長退任、芦谷茂・現中国電力会長の会長就任を決定した。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【目安箱/11月28日】原子力規制委は“治外法権”なのか!敦賀2号を例に考察


「行政手続きに12年かかり、いつ結論が出るか分からない」。そんなことを行政機関が行ったら、日本でも、どの国でも、大問題になる。ところが日本の原子力施設の審査ではそうした状況が続き、原子力発電所が再稼働できない状況が続く。もちろん遅れには事業者側の問題もあるが、それだけなのだろうか。考える材料として、日本原電の敦賀原子力発電所2号機の審査状況を紹介したい。

(写真1)日本原電敦賀発電所2号機(原電提供)

◆浮かび上がった原子力規制の問題

原電敦賀2号機の審査は今年9月まで約2年にわたって中断していたが、その後は淡々と議論と確認が進んでいる。この原子炉ではその下の破砕帯が活断層かどうかの議論が10年以上行われてきた。審査が少しずつ進んでいるのは、良い状況だと思う。しかし、この審査期間の長さは問題だ。

西日本の原発は稼働しているが、北海道、東北、東京、北陸、中部、中国、原電の各電力の発電所は、2011年3月の東京電力福島第1原発事故の直後から停止し、建設中の電源開発大間原発も地震動の審査で建設が止まっている。いずれも停止期間があまりにも長過ぎる。それは原子力規制の問題があるためだ。

東京電力福島第一原発事故の後で、それまでの原子力審査体制が壊され、原子力規制委員会、実施機関としての原子力規制庁が12年に発足した。そして同年、新規制基準ができ、規制が強化された。そして旧制度で一度運転と建設の認可が出た原発を、新規制基準に基づいて審査をやり直させている。これは法律上に規定がないのに、当時の田中規制委員長のメモで実行している。

安全性を高めようという、規制委の取り組みは評価されるべきであろう。しかし、それによって審査が大幅に遅れて原発が動かない。特に地質の判定によって審査がどの原発でも遅れがちだ。

原発が新しい規制基準によって、法律の根拠なく、運用できなくなっているのは、電力会社の財産権の侵害だ。そして仮に廃炉になった場合の補償、今回のような長期停止の補償は、制度の上で全く決まっていない。原子力プラントは建設に数千億円かかり、発電という企業活動のための設備だ。行政機関の規制委が、その判断で民間の電力会社に損害を与える仕組みは、明らかにおかしい。

敦賀2号機は一度、行政の認可が出されて建設され、1987年から営業運転を開始し、運営されてきたプラントだ。そして規制委員会の依頼に基づく有識者調査団がやってきて13年に、この敦賀2号機の下の破砕帯を活断層の可能性があると報告した。この調査団には、反原発を公然と唱える人も入っていた。この判定については、判断の妥当性をめぐり、地質学者や原電の強い批判が出て、審査会合の参考にするという位置付けになっている。

そして2015年に審査が再開された。

◆規制委員会、審査再開認めるまでの経緯

ところが、ここで原電がミスをしてしまう。

敦賀2号機の審査は同社が15年11月に原子力規制委員会に提出した「原子炉設置変更許可申請」で申請書を説明する審査資料に不備があるとして、20年10月以降、約2年間中断した。これは東電の福島第一原発事故への反省から作り直された新規制基準に適合するための、原子炉設備の変更を申請、判定する手続きだ。

規制委は今年4月に、原電に補正書の提出を求め、また文書不備の指導を行い、原電は8月31日に改善策と補正書を出した。規制委は、それを受理し、審査再開を9月6日に認めた。昨年10月の段階で規制委は意図的な書き換えなどはなかったと判断していたが、審査資料の変更が重なったために、これらを反映することを求めた。

この審査では、原子炉近くを走る断層(審査ではK断層と呼ばれる)が活断層であるか。またそのK断層が原子炉の下の破砕帯と連動しているかが焦点になってきた。新規制基準では活断層の上に原子炉を設置することを認めていない。ここで言う活断層とは、「将来活動する可能性のある断層等、後期更新世以降(12~13万年前以降)の活動が否定できないもの」としている。

原電は審査のために、その地質をボーリング調査でとった。ボーリング調査の地層を図示することは、地質調査のために一般的に行われ、その図は「柱状図」(ちゅうじょうず)と呼ばれる。その図はそのままの形で評価者に提出されるが、原電は審査のために柱状図に記載していた肉眼観察に基づく評価結果を、より詳細な顕微鏡観察に基づく評価結果に変更したことが、生データを加工したと受け取られ問題視された。

また資料の取り違えの箇所、誤記なども、申請書の中に多数あった。原電は、修正が必要とされた約470ページの当初申請を差し替え、再提出分の補正書は1600ページになったという。

さらに規制委員会も、認識などの行き違いがあったことを踏まえ、合意事項と論点を審査会合ごとに文書化するようにした。現在まで、議論はK断層の評価を巡って議論が進み、原電が提出した資料によって進められ、11月までに審査会合は2回行われている。そして今年12月までに現地調査が予定されている。

◆原電、再発防止に取り組み、資料はより詳細に

原電は規制委からの指導を真摯に受け止め、作成する書類の品質強化に取り組んだ。関係会社との協力を深め、社内の査読、チェック体制もより細かくした。

さらに補正書で、原電は新たな知見を書き加えた。地層の年代判定の新たな方法を複数取り入れ、K断層を判定した。その結果、「K断層は活動するものではないこと、敦賀2号機の原子炉建屋直下のいずれの破砕帯とも連続しないことを確認した。主張を新資料で強化し、規制委員会にも理解をいただけると思う」(担当者)としている。

原電は審査書類の記載ミスなどをした。それは問題だし、当然是正をされるべきだ。反省してほしい。

しかし調べると筆者は工学、地質学には素人だが、審査が本当に安全を調べているのか疑問に思ってしまう。敦賀2号機の審査で問題になったのは、柱状図の書き方の違いとか、データの取り違えなどだ。プラントの安全性の問題ではない。書類の形などの形式に、審査のポイントがずれていないだろうか。

また原電が提出した補正書は1600ページになったという。規制の手続きと審査が煩雑になり、書類が膨大で、審査が長期になっていることから、そうした間違いを誘発した面があると思う。書類の完成度ではなくプラントの安全性を審査することが重要なのだ。

◆経済危機を再稼働で解消してほしい

行政手続法では日本の全ての行政機関は2年以内に、行政手続きを完了させることを求めている。しかし敦賀2号機は10年以上も止まっている。このように原子力の稼働が遅れ、その結果、日本全国で電力不足に陥り、電力価格も上昇している。約116万kWの発電能力がある原電の敦賀2号機が稼働すれば、電力の需給問題の改善に役立つ。

日本原電は早急にこの2号機の運用を始めてほしい。そして規制委は、その審査を速やかに行ってほしい。

そして原子力規制委員会誕生以来、多くのエネルギー関係者が要請していることだが、審査で無駄がないかを、規制委員会は検証してほしい。そして審査を速やかに行ってほしい。審査に手を抜け、安全をないがしろにしろとは誰も言っていない。原発再稼働の遅れによって、一つの行政機関が、電力価格の上昇と電力不足という、日本経済の混乱を引き起こしている。

原子力発電所の安全性を確保すること、そして10万年の間にあるかないかの活断層の運動を注目することは大切かもしれない。私はそれと同じように、今の日本の経済・社会を維持するために、安く大量の原子力発電の電力を供給することも大切だと思う。

【メディア論評/11月7日】電力カルテル取消訴訟提起を巡る報道を振り返る


公正取引委員会は今年3月30日、電力3社(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力・九電みらいエナジー)に排除措置命令・課徴金納付命令を発した。(事前リーニエンシーをした関西電力には排除措置命令も出されなかった)。この公取委の処分について、電力3社が取消訴訟を提起するかが注目された。

参考:行政事件訴訟法

第三条(抗告訴訟)(2)この法律において「処分の取り消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取り消しを求める訴訟をいう。

第十四条(出訴期間)(1)取消訴訟は、処分又は裁決があったことを知った日から6箇月を経過したときは提起することができない。但し、正当な理由があるときはこの限りではない。

電気新聞 今後の取消訴訟の展望等に関する記事

史上最大の課徴金となった今回のカルテル行為、業界紙の電気新聞は、3月30日に処分が発表されて早々(4月3日←この時点で取消訴訟提起を決定したのは中部電力のみ)に、「取消訴訟 難しい経営判断」と題し、識者の視点も紹介しながら、今後の取消訴訟などの展望を記事にした。少し長くなるが、引用する。

〈……取消訴訟を含む各社の対応が当面の焦点となっている。既に中部が訴訟の提起を公表しているほか、中国、九州も公取委との間で「見解に相違がある」とし、慎重に対応を検討する構えだ。 訴訟を行う場合、カルテルに関わる合意形成の有無、対象範囲などが論点になるとみられるが、結果が出るまでに数年単位の時間がかかり、事態が長期化するリスクもはらむ。〉〈……過去のカルテル事案でも(取消訴訟を)提起された例が複数あり、アスファルト合材販売業者が行った訴訟では2020年1月の提訴から2022年11月の敗訴確定まで3年以上を費やした。膨大な時間と労力を費やす反面、事業者勝訴のハードルは極めて高いというのが関係者の共通認識だ。一方、訴訟を起こせば、事業者は公取委との間で見解が異なる点を主張できる機会が設けられる。〉〈……実際に提訴された場合、カルテルにつながるような合意形成の有無に加え、合意形成にかかわった対象者・案件の範囲も論点になりそうだ。対象案件や期間にかかわる事実認定が変わった場合、課徴金額に影響が生じる可能性もゼロではない。〉〈……過去には、公取委との間で「見解の相違」があるとしていた事業者が  「長期的な企業価値の維持・保全」などを理由に不提訴を決めた例もある。訴訟を行うにせよ、行わないにせよ、事業者が負うリスクは重く、極めて難しい経営判断になりそうだ。〉

各社の取消訴訟提起の経緯

1.中部電力・中電ミライズ 取消訴訟提起

公取委の調査に対して一貫して否定をしていた中部電力は、処分が発表された3月30日、取消訴訟提起を発表した。正式の提訴は9月25日に行った。

〇3月30日のプレスリリース「訴訟提起決定」

〈公正取引委員会からの排除措置命令などに対する取消訴訟の提起を決定いたしました〉〈……今回の各命令(排除措置命令、課徴金納付命令)について、……公取委との間で、事実認定と法解釈について見解の相違があることから、本日、取消訴訟を提起することを決定いたしました。今後、訴訟において当社の考え方を説明し、司法の公正な判断を求めてまいります。〉

〇9月25日のプレスリリース「東京地裁に訴訟提起」

〈公正取引委員会からの排除措置命令等に対する取消訴訟の提起〉。上記プレスと同旨。

2.中国電力 取消訴訟提起

納付命令を受けた課徴金が個社レベルでも史上最高となった中国電力は、中部電力より少し遅れて4月2日8に訴訟提起を決定。正式の訴訟提起を9月28日に行った。中部電力の場合、訴訟提起は「事実認定と法解釈について見解の相違がある」ためとしたが、中国電力の場合は「事実認定と法解釈において一部に見解の相違がある」と、「一部に」という文言が付いた。排除措置命令・課徴金納付命令を受けた3月30日の記者会見では、瀧本夏彦社長自ら次のように述べている。

「公取委から発表された排除措置命令にも記載されているが、社内調査においても、2017年11月以降、当社が関電と営業活動に関する意見交換や情報収集活動を行う中で、私自身(瀧本社長)を含め、一部に不適切なものがあったと確認しており、独禁法抵触を疑われてもやむを得ない面があったと受け止めている。しかしながらその一方で、各命令における事実認定と法解釈に関し、当社と公取委の間で一部見解の相違がある。そのため今後、命令の内容を精査確認のうえ、取消訴訟の検討も視野に入れつつ、慎重に検討する」

また当日の質疑の中で、同社幹部はカルテル行為の認定の範囲について次のように述べている。

「今回の認定では、中国地方全ての顧客、全ての官公庁入札が認定されているが、当社としてはそういう認定はおかしいのではないかと考えている。」

〇4月28日のプレスリリース「訴訟提起決定」

〈公正取引委員会からの排除措置命令・課徴金納付命令に対する取消訴訟の提起について〉〈……当社は、各命令の内容を精査・確認のうえ対応を慎重に検討してまいりましたが、各命令の内容には、事実認定と法解釈において当社と公正取引委員会との間で一部に見解の相違があることから、本日開催の取締役会において、各命令に対する取消訴訟を提起することを決定しましたので、お知らせします。今後、取消訴訟において当社の考え方を説明し、公正な判断を求めてまいります。〉

この中国電力の「一部に見解の相違」について、地元紙の中国新聞も4月28日の訴訟提起決定プレスの翌日の記事で紹介をしている。

 〈中国電力は、……公正取引委員会に対し、処分の取消しを求めて—訴訟を提起すると発表した。カルテルの認定範囲が広く、見解の相違があるとし、司法の場で争う姿勢を示した。期限の10月2日までに提訴する。……会見した瀧本夏彦社長は、「独禁法への抵触を疑われてもやむを得ない面があった」と述べる一方、「各命令の内容には事実認定と法解釈で一部に見解の相違がある。司法の場で考えを説明したい」と主張した。具体的には、中国電と関電の管内で進めた事業者向けの電力販売と中国電管内の官公庁の電力入札がすべてカルテルとみなされたことを不服とした。 課徴金の算定ベースとなる売上高に、再生可能エネルギー普及のための賦課金が含まれている点も問題視した。提訴の時期については、「これから弁護士と相談し、念入りに準備をして臨みたい」として明言しなかった。〉

〇9月28日のプレスリリース「東京地裁に訴訟提起

〈公正取引委員会からの排除措置命令、課徴金納付命令に対する取消訴訟の提起について〉〈……各命令の内容には、事実認定と法解釈において当社と公正取引委員会の間で一部に見解の相違があることから、本年4月28日開催の取締役会において、各命令に対する取消訴訟を提起することを決定しました。その後、当社は訴訟代理人と各命令内容を精査のうえ主張内容を整理してまいりましたが、公正取引委員会が独占禁止法違反であると認定した各命令は承服しがたいものであることから、本日、各命令の全部の取消を求める訴訟を東京地方裁判所に提起しました。……当社といたしましては、取消訴訟の提起に関わらず、独占禁止法への抵触を疑われてもやむを得ない事案を起こしたことへの深い反省のもと、今後とも再発防止策を着実に実施し、お客さまや関係者の皆さまからの信頼回復に努めてまいります。

ところで、3月30日の公取委の処分発表前のメディアへの事前レクでは、次のようなやり取りがあった

記者:課徴金の算定根拠。例えば中部は5県すべてが対象? 長野県に行くとは考えづらいが。

公取委:長野県、考えづらいですか。むしろ取りやすいんじゃないですかねそもそもそういう考え方ではなくて、市場分割なので相手地区に行かないということ。行かないのだから全てのお客さんが対象。長野の山奥でもお客さんが関電に電話する場合がある。

「市場分割なので相手地区に行かないということ。行かないのだから全てのお客さんが対象」という論理展開と、中国電力は闘うことになる。

3.九州電力 取消訴訟提起

九州電力の取消訴訟提起は、上記2社より遅れて、7月31日に決定、9月29日に正式に提訴した。九州電力の場合、メディアの取材によれば、昨年12月のカルテルの処分に関わる意見聴取通知受領以降、取消訴訟を提起するか否かはいろいろ議論があったようだ。

一点言及しておくと、今年6月8日に株主から九州電力に現旧取締役の責任追及の提訴請求がなされた。 中部、中国もそれぞれ同様の提訴請求を受けている(中国6月8日、中部6月21日)が、取消訴訟の提起は上記のようにそれ以前に決定していた。これに対して九州の取消訴訟提起の決定は、株主代表訴訟の動きが出て以降となった。

〇7月31日のプレスリリース「取消訴訟提起決定」

〈公正取引委員会からの排除措置命令等に対する取消訴訟の提起について〉〈……当社は、今回の行政処分の事実認定等に関し、同委員会との間で見  解の相違があることから、各命令の内容や証拠について精査・確認のうえ今後の対応を慎重に検討してまいりましたが、本日開催の取締役会において、各命令に対する取消訴訟を提起することを決議いたしました。今後、取消訴訟において当社の考え方を説明し、公正な判断を求めてまいります。〉

〇9月29日のプレスリリース「東京地裁に訴訟提起

〈公正取引委員会からの排除措置命令等に対する取消訴訟を提起しました〉。上記プレスと同旨。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【目安箱/11月6日】推進と抑制が同時進行 問われる再エネの再構築


日本のエネルギー政策の目標は、岸田文雄首相が機会あるごとに繰り返す「脱炭素社会の実現」「GX(グリーントランスフォーメーション)による成長」であるはずだ。ところが、再エネ拡大を止める制度や政策が増えて、投資意欲が減っているようだ。推進と抑制が同時に行われる異様な状況を、一度立ち止まって修正した方がよい。

自治体主導で規制条例の制定が続く

「災害の発生が危惧され、誇りである景観が損なわれるような産地への大規模太陽光発電施設の設置をこれ以上望まないことをここに宣言します」。今年8月に、福島市の木幡浩市長は、「ノーモアメガソーラー宣言」を行なった。

福島市の木幡市長の会見(8月、同市HPより)

福島市には建設中を含めると20を超えるメガソーラー事業がある。「生活の安全安心を守り、ふるさとの景観を地域の宝として次世代へ守り継いでいかなければならない」と、木幡市長は会見で語った。そして山の斜面や森林でのパネル設置などを行政として取りやめさせるという。しかし規制条例は作らずに「地域共生型の再エネは推進する」としている。(福島市の宣言ページ)

地方自治研究機構の10月19日付の調査「太陽光発電設備の規制に関する条例」(リポート)によると、太陽光規制を入れた地方自治体は258になる。県では8例だ。中でも山梨県の場合は、私有地でも、森林や土砂災害警戒区域などに太陽光発電施設の新設を原則禁止する厳しい内容になっている。

自治体による再エネ課税が始まる

再エネへの課税の動きも出ている。宮城県議会では7月、森林開発を伴う再エネ発電設備の所有者に課税する全国初の条例が成立した。宮城県の村井嘉浩知事は「税収を目的としない新税、乱開発の規制が目的で、一番うまくいったら税収がゼロになる」と会見で述べた。ただし、再エネの促進区域での建設は奨励する。

青森県も検討の意向だ。青森県の宮下宗一郎知事も9月に、再エネ事業者に対する新税の検討に言及した。宮下知事は「都会の電力のために青森県の自然が搾取されている」と、敵を作る彼の政治スタイルらしく、再エネを敵視するような発言をしている。

一連の規制策は、再エネ立地地域で不信が広がっている現れだ。不適切な再エネビジネスを、住民とその意向を反映した自治体が拒絶している。太陽光発電設備について、国レベルでの環境配慮ための法律は作られていない。自治体が民意を反映して規制に動くのも当然といえよう。

投資家に聞く「もう太陽光は儲からない」

個人で太陽光を西日本に5カ所持っている人に話を聞いた。持つ設備数と投資金額は公表しないが、2015年前後の価格(1kWあたり20円超)で、利回り(投資額に対する収益)12%前後の売電収入になっている。設備は当時値段がやや高かったが国産メーカーを買い、設備の大規模な破損は少ないが、パネルではなく、インバーターなどは修理の必要が出ている。

ただ、昨年から太陽光発電の出力調整が九州で増えて、昨年度は利回りで1%以上低下した。九州電力管内で原子力発電所が稼働しているためだ。今後、四国、中国電力管内でも出力調整が行われることを警戒している。19年前後の15円前後の買取価格で収益は利回り10%、入札枠に応じる22年からのFIPでは利回り6~7%しか見込めず、「別の投資をした方がいい。他の金融商品との比較で、投資を決める」と、追加投資をやめた。個人的には再エネを過剰優遇する政策には疑問だが、利益が出るので投資をした。「再エネを増やしたいのならば、太陽光で儲けた金を再投資させる仕組みを作ればいい。それなのに太陽光の投資家に、梯子を外そうとしているかのように冷たい」と不満を述べた。

メガソーラー事業から逃げるプロ投資家

再エネビジネスをやっている元商社マンに話を聞いた。この会社は、メガソーラーを持っていたが、それを売ってしまい、今は再エネの建設コンサルティングや仲介にシフトした。メディアなどで話題になっている中国系企業にも、物件を売った。

「日本は政策がコロコロ変わるので、設備を持つのは危険だ。15年ごろ再エネ設備建設に対して市民の反発が起きる事業が出始めた。そして『出力調整問題』がやがて起き、収益が不安定になると思った。そのために売り逃げた。予想通りのことが起きている。固定価格買い取り制度そのものも、民意に右往左往する日本政府だから、国民の批判が強まればなくしてしまうかもしれない」という。洋上風力に乗り出そうとしたら、秋本事件に遭遇した。そして憤慨している。

「日本の政策は、どこに進んでいるのか、方向が分からない。落ち着いて投資もできないし、リスクも取れない。さらに、まるで失敗国家のように、金目当ての政治家が再エネ周りをウロウロしている。これではビジネスはできない。まずい形で日本の再エネは動いている」と、この人は話した。

矛盾した政策を検証すべき時

政府は脱炭素を推進するため、再エネの主力電源化を目指している。21年に決まった第6次エネルギー基本計画では、現在は20%程度の再エネの発電の比率を、30年度に36~38%へ増やす目標を掲げる。

しかし、その目標を達成するのはこのままでは難しそうだ。地方自治体での規制、ビジネスの利益での有利さが低下している。問題を解決するために、経産省・資源エネルギー庁は、洋上風力に期待を寄せたようだ。ところが、期待した洋上の浮遊式風力の商業化は足踏み。固定式も秋本真利議員の汚職事件で足踏みだ。再エネにマイナスの方向への状況変化がある。つまり政府は再エネで、エンジンとブレーキを同時にかける、奇妙な行動をしている。

再エネを巡っては関係者全員が一度立ち止まり、拡大はどのような形で行うか、民間の投資をどのように呼び込むか、どのようにみんなが豊かになるかなどを考え直す必要があるのではないだろうか。

このままでは、再エネの拡大目標が達成できないばかりか、国民の不信感の中で再エネを巡るトラブルが広がる一方だ。

【記者通信/11月5日】電力10社が上期黒字に 厳しい財務状況は変わらず


大手電力10社の2023年度上半期決算が10月31日までに出そろった。純損益は北海道510億円、東北1553億円、東京3508億円、中部3115億円、北陸511億円、関西3710億円、中国1230億円、四国487億円、九州1498億円、沖縄32億円と10社全てが黒字を確保した。燃料費調整の期ずれ差損が差益に転じたことや電気料金の値上げなどを反映した格好だ。関西、九州は原子力発電所の稼働増による燃料費減も寄与した。一方、大手都市ガス3社も黒字となった。

前年同期の収支状況を見ると、大手電力はガス・石油などエネルギー関連事業者が軒並み好業績を上げた中で四国以外の9社が赤字という「総崩れ」状態だった。燃料費の高騰や円安の加速で調達コストが上昇し、燃料費調整条項に基づく燃調価格が全電力で上限(基準価格の1.5倍)に到達。事業者が上限超過分を負担し経営を圧迫する状況に、電気事業連合会の池辺和弘会長は「このまま赤字が継続すれば、私どもの使命である電力の安定供給に支障をきたしかねない」(昨年11月18日の記者会見)と警鐘を鳴らすほどの惨状だった。その後、昨年末から年明けにかけて、北海道、東北、北陸、東京、中国、四国、沖縄の7社が経済産業大臣に規制料金値上げの認可申請を行い、今年6月、一斉に値上げを実施した。

規制料金の値上げを行わなかった3社のうち、関西と九州は原発が稼働済みという共通点がある。例えば、関西は経常収支で前年同期比5267億円の増益を記録したが、1980億円が原発利用率の上昇によるものだ。

中部は浜岡原発が稼働していないが、昨年7月に自由料金メニューの値上げをいち早く発表するなど、独自の対応を進めてきた。製造業が集中していることなどで法人向けの販売割合が高いことも、価格転嫁の余地が大きかった要因とされる。同社は期ずれ分を除いた経常損益も約980億円の増益となり、林欣吾社長は10月27日の会見で電気料金や株主還元の検討を表明した。

北陸は決算発表と同時に、連結経常収支450億円以上、連結自己資本比率20%以上(27年度末)を掲げた新たな財務目標を公表。株主還元についても前向きな姿勢を示した。3月には規制委で志賀原発の「活断層論争」に終止符が打たれ、「一つひとつ前に進んでいる」(北陸電力関係者)という現状を反映した内容だった。

国際情勢混乱で先行き不透明 自己資本の積み増しが課題

東京以外の9社は23年度通期業績予想も公表した。いずれも黒字で、北海道と沖縄を除く7社は過去最高益となる見通しだ。とはいえ、緊迫する中東情勢など燃料費が再度上昇に転じる可能性があり、燃料費の見通しは「保守的に(高めに)見積もった」(大手電力担当者)との声も聞こえる。

こうした事業変化の振れ幅に対応し安定供給を維持するためには、自己資本の積み増しが欠かせない。だが、依然として各社の自己資本比率は低いままだ。現在、安全圏とされる30%を超えるのは中部のみで、北海道・東北・中国・九州は15%以下。31日の各社会見では「楽観視できる状況ではない」(中国電力の中川賢剛社長)、「実質上の収支は依然として厳しい」(四国電力の長井啓介社長)と厳しい発言が相次いだが、大手電力の財務状況を如実に表していると言えよう。

大手ガス3社は東京1039億円、大阪245億円、東邦893億円と、いずれも前年同期を上回る黒字に。東京・東邦はガス販売量減などの影響で売上高が減少し減収増益、前年同期に米フリーポート液化基地の火災の影響で減益だった大阪は、運転再開も増益要因の一つとなった。

【記者通信/10月30日】Jモビリティショー開幕 日本の「全方位戦略」の行方は


電気自動車(EV)シフトが加速している。日本は昨年のEV+プラグインハイブリッド車(PHEV)の新車販売台数が9.5倍と前年から2倍以上となった。日産自動車の軽EV「サクラ」の販売や中国BYDの日本参入などが大きな要因だ。10月26日に東京ビッグサイトで開幕したジャパンモビリティショーでも、国内外の自動車メーカーが新型EVを相次いで披露し、さながらEV博覧会の様相だ。今後、車両と充電インフラの整備拡充によりEV化は加速するとみられるが、日本におけるEV社会の実現にはさまざまなハードルが横たわっている。

コロナ禍を経て4年ぶりに衣替え開催となった「ジャパンモビリティショー」

ジャパンモビリティショーでは、トヨタ自動車が高性能スポーツバッテリーEV「FT-Se」を、日産自動車が全固体電池の搭載で圧倒的な加速力を目指す次世代電動スーパーカー「ハイパーフォース」を初公開。ホンダとソニーグループの合弁会社は大きな全面パネルで映画などが楽しめるEV「アフィーラ」を初公開するなど、異業種との連携も目立った。スバルが出展した「空飛ぶクルマ」の実証機「エアーモビリティコンセプト」も見た目のインパクトは絶大だった。

トヨタ「FT-Se」
日産「ハイパーフォース」
スバル「エアーモビリティコンセプト」

だが現実のEV販売で先行するのは、米テスラと中国BYDだ。BYDは日本発売第1弾のミドルサイズのスポーツ用多目的車(SUV)「ATTO 3」、9月に発売したコンパクトEV「ドルフィン」、そして第3弾として投入予定のスポーツセダン「シール」などを展示。EVの中では低価格だが実際に乗ると中国メーカーにありがちな「安っぽさ」がなく、全世界で販売数を伸ばしていることに合点がいった。

世界ではHV・PHEV需要も拡大 EV製造の支援策拡充を

西村康稔経産相は20日の定例記者会見でEVの支援策について、「市場の立ち上げが重要で、EVの価格と充電インフラの整備が課題」との見方を示した。充電インフラについては18日、新たに「充電インフラ整備促進に向けた指針」を策定。30年の設置目標をこれまでの15万基から2倍に相当する30万口へと引き上げた。3月時点では約4万基の設置にとどまるが、今後急速に拡大する可能性がある。

また西村経産相は今後の政策について、「日本の自動車産業が引き続きグローバル市場をリードしていけるよう、官民一体で連携しながら取り組む」と意気込みを語った。産業競争力の面で鍵を握るとみられるのが、環境規制の厳しさだ。

欧州連合(EU)や英国が35年以降に完全電動化、CO2排出量100%削減を目指す一方で、日本の35年販売目標にはHVが含まれる。欧州勢に比べて「甘い」電動化目標に対して、モータージャーナリストからは「欧州並みの厳しい規制でメーカーが強力にEVシフトしなければ、世界市場で勝てなくなる」と手厳しい声が挙がる。一方で、「EVは価格や航続距離、充電インフラなどの問題を抱えるため、HV需要は必ず残る。メーカーに対してHV製造の選択肢を残しておくべきだ」「合成燃料やバイオ燃料などのCN燃料が実用化すれば、HVで脱炭素の可能性も残る。内燃機関技術を残すため、電動化目標にHVを盛り込んだのは正しい」と日本の全方位戦略を評価する向きも根強い。

実際に日本の戦略が功を奏す可能性もある。現在、世界的にEVの販売台数は増えているが、EV化の準備が整っていないことなどからHVやPHEVの需要も増加している。一例として、米フォードは今年のEV関連の損失が45億ドル(約6270億円)と当初に想定していた30億ドルから拡大すると予測。8月には、今後5年間でHV販売を4倍に増やす計画を公表した。米国はカリフォルニア州などが厳しい環境規制をかけるが、30年の販売目標ではEV・PHEV・燃料電池自動車(FCV)を50%とし、HV販売の余地を残す。また世界一の巨大市場である中国も、35年販売目標ではHVが50%を占める。

だが、EVの販売競争は世界で始まっており、日本勢が後れをとっていることは事実だ。「全方位戦略」をとりつつ、中国が圧倒するリチウムイオン電池のサプライチェーン多様化やモーターシステムの高効率化、小型・軽量化、全固体電池の開発など、日本メーカーが「EVでも」シェアを拡大できるような施策を急ピッチで進める必要がある。

【目安箱/10月27日】賠償を無限に払い続けるべきか 『東京電力の変節』に違和感


『東京電力の変節 最高裁・司法エリートの癒着と原発被災者攻撃』(旬報社、後藤秀典・著)という本を読んだ。普通の書評は本をほめるものだが、今回は批判的にこの本を取り上げながら、東京電力の福島第一原発事故の賠償問題を考えたい。

「賠償問題は今、どうなっているのか」。これに即答できる人は少ないだろう。原発事故から歳月が流れ、多くの人が忘れてしまっている。

福島原発事故では、個人と企業・団体の精神、財物価値、経済活動の損害に、東京電力の責任で賠償が支払われている。それは2023年10月までに10兆9188億円と巨額だ。個人には延べで約104万4000件、自主避難者などの個人には同148万3000件、法人・個人事業主には同48万件になった。

賠償金の支払いの構造は、まず国が支出し、将来に東電が返済する形だ。経産省の下に原子力損害賠償・廃炉等支援機構があり、そこから賠償金や廃炉の費用を国が東電に貸し付けている。一時的という名目で、同機構は国債で資金を調達している。東電は収入、つまり主に管内の電力利用者の支払う電力料金によって、その返済金をまかなうしかない。東電本体は国の出資を受け入れて事実上の国有になっており、国が見直さない限り、この仕組みから抜け出られない状況だ。

「東電宝くじ」、手厚い補償で被災者の生活は守られたが…

賠償の金額は人によって違うが、2014年に私が話を聞いた家族のことを記してみよう。福島県の原発近くの富岡町から、事故をきっかけにいわき市に事故直後に転居した5人家族だ。その当時、毎月一人当たり10万円、毎月50万円をもらえた。ほとんど自家消費していた、母のやっていた農業の補償、そして勤めていた工場の休業補償、避難の家の家賃、富岡町の家の修理代ももらえていた。総額は言わなかったが、数千万円の臨時収入があったそうだ。

「もらいすぎと思うが、国と東電がくれるというので、もらっている。誰も言わないが、『東電宝くじ』なんて言葉もいわき市にあり、周りの人から妬まれている。避難者はやることがなくてお金があるので、昼間からファミレスに集まっておしゃべりをしたり、パチンコをしたりしている。良いこととは思えない」と話していた。

このように、かなり手厚い補償が、この事故の被災者に出た。今では避難指示が大半の場所で解除され、補償額の支払いはゆっくりと減っている。しかし訴訟によって上乗せの賠償支払いを求める動きがある。それによって利益を得る弁護士、政治活動家が後押しする。

全てを「東電のせい」にしていいのか

この賠償金、そして上乗せの賠償を求める動きについては、立場によっていろいろな考えがあるだろう。ただし、闇雲に支出するのではなく、その必要性を精査する段階にきていると、私は思う。

賠償とは、損害を補填するために行われるものだ。原発事故直後から、この事故で漏洩した放射性物質によって、健康被害は起こらないと予想され、実際に起こったとは確認されていない。人々の恐怖や社会混乱という問題の根源は、被災者の健康被害の可能性であった。しかし健康被害がなかったのに、「損害があった」として賠償が払われるのは、おかしな話だ。社会混乱によって、多くの人が損害を被った。それは恐怖によって増幅し、デマなどで大きくなった風評によってもたらされたものだ。東電の責任だけによるものではない。

この巨額の補償は必要だったのか。放射能の影響がわかった2011年の夏の段階で帰還を促し、日常生活に戻るように生活をすれば、社会の損害はかなり少なかったはずだ。

また全てを東電の責任にするのは、正しいことなのか。福島事故前の安全審査や、その後の政策による混乱は国が原因ではなかったのか。また東電は「倒産」という選択肢もあった。それなのに、同社を延命させたのは国の判断だ。

そして、ここまで賠償金が膨らみ、国民負担が広がる前に、国が責任を持って、賠償を最小限にするように線引きをすれば良かった。それなのにしなかった。

今は賠償金の仕組みを見直す必要が出ているのだ。

「変節」批判は正しいのか

この本はその賠償について、東電の裁判戦略の変化、そしてその背後にある司法界の癒着という二つの変節を告発することを意図していると、前書きにある。

著者によると、賠償を巡る裁判で被告である東電側の弁護士が、原告側の主張を受け入れずに積極的に反論するようになっているという。

また裁判所、行政、企業の癒着を、大手法律事務所が媒介して深めているという。東電寄りの判決を下した最高裁の裁判官が、退官後に大手法律事務所に属した。またこうした法律事務所が、賠償問題に関わる政府の委員会に人を出しているという。それが、上乗せ賠償を巡る裁判で、国の責任を認めることや、増額に慎重な判決を生んでいる可能性があると、著者はいう。

巨額の賠償を抱える東電

前者は当然のことと私は思う。私がこれまで説明した、10兆円以上の東電の賠償の巨額さ、異常さを強調していない。この賠償を減らさないと、東電の経営も成り立たず、消費者が負担を受ける一方だ。

国が賠償の線引きをする行為から逃げている以上、東電がその裁判で支払いを減らす抵抗するのは仕方がないだろう。

また後者の司法界の癒着は、部外者からするとおかしさを感じることは同意する。司法の癒着への批判の視点を、部外者である私たち一般国民は当然持つべきだ。しかしそれは東電の裁判への対策のためだけではなく、他の企業や利権がらみでも、法曹の間の協力関係は起きている。

例えば一連の東電の賠償裁判にも、弁護士側がネットワークを作り、東電を攻めている構図がある。そして、一部の反原発勢力、政治勢力、メディアに応援を受けている。この種の裁判は、原告側の弁護士の利益になる。普通の裁判では裁判費用の他に、勝った場合には、賠償の2~3割を弁護士が得られる。これも一種の不透明な「癒着」であろうが、著者はその問題に触れていない。

もちろん、東電の賠償裁判では、実際に原告が困ったことがあったり、弁護士が正義感から参加したりする面があるかもしれない。しかし、どうもそうした「きれいごと」だけではなさそうだ。

賠償問題を見直すとき

東電の賠償裁判では、賠償を線引きし、司法が介入するような状況を作り出さなければよかったのだ。初動を間違え、全てを東電のせいにしたことで、今になって多くの問題が顕在化している。

この本は、岩波の月刊誌「世界」の連載を本にしたが、あまり話題になっていないようだ。東電の原発事故を巡る「東電悪い」の単純な視点に、多くの人が共感せず、またこの問題に関心がないのだろう。関心を持つ少数の人は、この解決策、賠償問題のおかしさを認識し始めているのかもしれない。

このまま賠償を減らし、東電の負担を減らす議論を始めるべきではないのか。著者の意図とは逆に、そんなことを読んで考える本だった。賠償を無限に東電が払い続ける状況を作ってはいけない。それは日本全体、そして電力事業者全員の損害になってしまう。

【目安箱/10月18日】エネ補助金延長の愚策 ばら撒きの出口見えず


政府が10月末に取りまとめる総合経済対策に、燃料油や電気、ガスといったエネルギー価格の高騰を抑制するための補助金(激変緩和措置)について来年3月までの延長が盛り込まれる見通しだ。4月以降については今後のエネルギー価格や為替の動向を見極めながら判断していくという。国民は喜んでいるが、本当に役立つ政策なのか。

トラック事業者の視察を行う、岸田文雄首相と斉藤鉄夫国交相

この政策は、メディアには評判が悪い。「やめられぬ「激変緩和」ガソリン補助延長、1週間で決着 支持率下落、与党から圧力」など、ばらまきを批判する論調だ。しかし一般人にはいたって評判が良い。私だって嬉しい。9月発表のNHKの世論調査では、この対応が適切だと思うかたずねたところ、「適切だ」が62%、「適切ではない」が22%だった。岸田内閣の支持率は各社調査で伸び悩むが、この政策だけは評価が目立つ。

終わりの見えない補助金政策の中身

ここで、エネルギー価格抑制のための補助金政策の中身を簡単に振り返ろう。昨年からエネルギー価格は上昇している。円安の進行や物価全般の上昇、昨年2月からのウクライナ戦争後の国際エネルギー市場の動揺など、さまざまな要因が重なっている。根本的な原因に手を入れないまま、日本政府は昨年1月からガソリン価格引き下げのために政府は補助金を出した。元売りに金を渡す形だ。さらに昨年度下半期から電力、ガス価格にも補助金を出した。これも大手の電力、ガス会社に補助金を出す形になった。

今年9月末までの暫定措置とされたが当面継続とし、その終わりは見えない。岸田首相は今年8月末にその意向を示し、9月25日経済対策をめぐる会見で、物価高対策の中心政策と位置付けた。

この補助金政策の目標は、ガソリン小売価格が1ℓ当たり175円程度に据え置くことだ。これは実勢価格より30円ほど安くなるとされる。ガソリン以外の灯油、重油、軽油も安くなる。また電気、ガスも補助金によって負担を抑える。モデル料金で1世帯月8200円(東京電力、260㎾時使用、3人程度、再エネ賦課金など含む)が、1000円ほど抑えられる見込みだ。

ところが、負担も応分に大きい。今年8月末までの累計の補助金総額は石油元売りへ6兆2000億円、電気・ガスで3兆円になるという。それがまた膨らむ。財源は予備費、また税収増分を当てている。これだけの巨額の税金投入は、適切なのだろうか。

インフレに補助金は悪手 経済学の常識だ

私は大学で経済学を学んだ。インフレ局面では経済は名目の上で膨らみがちだが、物価は上昇して実質的な収入が減り、一般人の生活は苦しくなることが多い。

そのために、国が行うべき定型の政策がある。成長を取るか、インフレを抑制するか、経済の状況を見て選択する。インフレを抑制する場合には、財政支出の抑制と中央銀行による金融の引き締めが必要になる。これは別に経済学を学ばなくても、常識で理解できる政策だ。

ところが、それと真逆の政策を岸田政権は行っている。つまりエネルギー価格の上昇が問題になっているのに、それに手をつけず、補助金による財政拡大をしている。状況次第では、価格上昇が一段と加速する可能性もある

またインフレ局面では中央銀行は、金利の引き上げという金融引き締め策、為替の通貨高(日本の場合円高)誘導をする。ところが日本の場合は、国の借金が国際残高約1200兆円まで膨らみすぎた。金利の引き上げは、国債市場の混乱を招きかねず、日銀は動けないようだ。そして、岸田首相は、さらに財政の負担を増やそうと、人気取りのばら撒き、ポピュリズム政策を行う。これも常識に反する。

そもそも今回のインフレは、さまざまな要因によって生じている。特に2020年ごろまでの、世界各国コロナ禍での財政出動の副作用などで、過剰流動性が各国の経済にあふれたこと、そしてエネルギー市場の動揺など複合要因で起こっている。その原因を変えることは即座には難しいが、そこを修正しなければエネルギー価格の上昇傾向は変わらないだろう。つまり、この政策はダラダラと続く可能性が高い。岸田政権は政策の目標を間違えている。

第2に、大量の補助金は、エネルギー市場の価格メカニズムを自ら壊す。価格は上昇すれば消費の抑制を生み、価格の低下を促し、また省エネルギーなどの技術革新を進めるはずだ。しかし昨年のガソリン販売量は7年ぶりに増加した。この補助金制度が販売促進効果をもたらしている。岸田政権の政策は脱炭素であったはずだ。そして日本は電力・エネルギー自由化を行なってきた。その流れにも逆行する。

第3に、エネルギー業界、特に石油業界への影響だ。価格上昇によって、昨年度の決算は石油会社、ガス会社は軒並み好調だ。この補助金はこうした企業に投じられており、税金を投じる必要性は薄い。そして業界の体質改善を遅らせてしまう。

そもそもガソリンに巨額の税金が課せられているのは、その備蓄や、道路整備に加え、税による使用抑制の意味もある。ところが大量の補助金は、ガソリンやエネルギーの使用をうながし、政策を支離滅裂にしている。

人気取りは失敗に 賢い中国にまた負けた

ちなみにこうした燃料費補助政策はどの国も採用するが、朝日新聞の前出記事では、今年7月時点ではG7諸国で継続しているのは日本と英国のみ。また中国政府は、コロナ禍の時からEVシフト政策を行い、そこに補助金を注ぎ込んだ。化石燃料への補助金は、中央政府レベルでは行わなかった。同国のEV産業はこの1~2年、急成長した。中国政府の賢明な政策が影響しているようだ。

日本の政策に問題があることは岸田首相も、政治家も、起案する経産省の人々も当然知っているだろう。経済政策の指針を出す経済財政諮問会議でも名前は非公表の民間有識者から「激変緩和対策を段階的に縮小・廃止するとともに、物価高の影響を強く受ける低所得・地域等に、重点を絞ってきめ細かく支援すべき」(7月30日議事録要旨)という正論も出ている。

ところがばら撒き政策は、野党も反対しない。政権の人気は高まる。今秋の衆院解散総選挙を探っているとされる岸田首相は、こうした人気取り政策に動いてしまった。

政府は、一時しのぎの補助金に頼るばかりでなく、電気自動車の普及や、輸送の効率化など、ガソリン消費を抑えるための取り組みを強化するべきであった。日本経済が転落し、各産業で中国や韓国に抜かれ続けた一員は、こうしたばら撒きを繰り返したためではなかったか。

エネルギー価格の補助金抑制政策で、また失敗を繰り返したことに暗い気持ちになる。