【記者通信/8月18日】西村環境相が会見 「脱炭素化と経済の好循環目指す」


西村明宏環境相は8月17日、専門紙誌の記者と会見し「脱炭素化を進めて経済に好循環を目指そうとするときに、環境省と経済産業省が争っていては達成できない」と述べ、経産省との連携を深める考えを示した。脱炭素政策に伴う経産省との主導権争いについて問われると、「経産省は自分たちの思いを形にしたいだろうし、環境省としても思いがある。しっかり話をして脱炭素化を進める」と調整に尽力する意向を表明。その上で、来年議長国のG7サミット(先進7カ国首脳会議)でのアンモニア、CO2回収・有効利用・貯留(CCUS)の活用といった脱炭素化技術発信や、2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向けた再生可能エネルギーの主力電源化を推進すると強調した。

政府部内で議論が進むカーボンプライシング(CP)については、「ともすれば、CPするということが経済に対して足かせになる議論もある。CPで税をかけて厳しくすればOK、みんなそっちに行くというのは少々乱暴なところもある」と述べ、産業界への影響の観点から、CPの一つである炭素税の導入には慎重な考えを示した。西村大臣が、CPとして炭素税よりも排出量取引を重視する姿勢だとすれば、これまでの環境省路線とは一線を画すことになりかねない。今後の議論の行方が注目される。

「ベースロード電源」としての地熱発電に期待寄せる

一方、会見では再生可能エネルギーの導入拡大について質問が及ぶと、西村氏は「小規模水力発電や太陽光発電など、地域ごとの特色にあったエネルギーを確保すれば、地域活性化にもつながる」と、CNによる地域資源を活用した自立・分散型社会「地域循環共生圏」の必要性に触れた。再エネの今後の課題として「ベースロード電源になり得る再生可能エネルギーの開発」を指摘し、その解決策の一つとして地熱発電に言及。「日本の世界有数の地下エネルギー資源国。ベースロード電源になり得ると考えている。技術的な課題もあり主力化の状況はまだだが、個人的に進めてほしい」と期待を寄せた。

現在判明する地熱資源の約8割は国立公園、国定公園の一部であり、温泉による観光業や自然環境の保護と地熱開発のバランスで、難しいかじ取りが求められている。「自然環境を守るのが環境省の本質。ただ環境を守るだけではなく、自然環境を生かし政策を行いたい」と、地熱発電の有効活用に前向きな姿勢を見せた。そのほか、バイオ燃料やバクテリアのエネルギー生成にも言及し、政府の方針である再エネの最大限の導入実現に意欲を見せている。

【目安箱/8月17日】低迷する原子力を救う「司令塔」はどこに?


◆なぜ安倍首相の存在感は大きくなったのか?

安倍晋三元首相が7月8日に暗殺されて亡くなり、その影響は社会のさまざまな場所、国際政治に至るまで広がっている。安倍氏の存在感の大きさを実感するが、ここまでそれが大きくなった理由は何だろうか。

理由の一つは、安倍氏が外交、国家観でグランドデザインを示したことにある。そして、それを示すことで安倍氏個人が日本外交を巡る「司令塔」となり、存在が大きくなった。安倍氏は日米同盟の強化、自由で開かれたアジア・太平洋の構築を訴えた。そのデザインを巡り人々が議論をし、彼の存在感が高まった循環が起きた。実際に安倍氏主導の提言や安全保障法制の整備など政策が具体的な形になって現実を動かしたことも存在感を高めた。

なぜ筆者はこんなことを考えたのか。令和3年度(2021年度)版の原子力白書を読みながら、司令塔も、グランドデザインも不在のままで、混乱の続く原子力発電、原子力産業のことを思ったためだ。

◆意欲は見えるが空回り?原子力白書

令和3年度版原子力白書が7月、閣議に報告された。特集は「2050年カーボンニュートラルおよび経済成長の実現に向けた原子力利用」というもの。内容は、経済との関係や社会的必要性を強調している。

原子力白書は、原子力委員会が取りまとめ、国の原子力政策の方向を記す文章だ。2011年の東京電力福島第1原発事故の後で、発表が一時止まって2015年から再開された。それ以来、「福島の反省」ばかりをテーマにしていたが、今年は雰囲気を変えた。

2020年12月、東大教授だった上坂充氏が原子力委員会委員長に就任した。その上坂氏の問題意識がこの白書では強く出ている。冒頭の序文で上坂委員長は「エネルギーは人間のあらゆる活動を支える基盤であり、誰にとっても他人事ではない」として、「じぶんごと」として捉え、考える必要性を自らの文章で訴えた。

(図)原子力白書概要 (同委員会ホームページより)http://www.aec.go.jp/index.html

しかし、せっかく白書をまとめたのに、メディアの取り上げや世論の関心は少ない。かつて原子力を巡って政府が何か発表すると大騒ぎした一部政治勢力は、今回特に騒がなかった。7月に参議院選挙と安倍首相の暗殺という大事件があり、別の問題に関心を向けた。

そして、この白書に原子力関係者の関心もいまひとつだ。電力会社は、再稼働準備と経営危機、電力不足対策でそれどころではない。メーカーも、原子炉新設がないので、積極的に動けない。

自民党の原子力活用派の中堅議員からは、「原子力委員会に政策をまとめる中心になってほしい。委員会は、白書をもっと目立たせる工夫をしてほしかったし、原子力活用をもっと強調してもよかった」という批判まであった。

◆司令塔探しで、原子力委員会に期待?

とはいえ、原子力委員会と上坂委員長の努力を批判するのは酷だろう。原子力委員会は1956年に設立された。その際に、学者を集めて原子力政策の理論武装と司令塔になることを期待された。しかし日本の行政府は予算が取れる場合には積極的に仕事をとり、問題がある仕事は他所に押し付ける傾向がある。原子力委員会は、1960年代に原子力発電が実用化されると原子力発電関係の権限を通産省(現・経済産業省)に取られ、70年代に高速増殖炉開発計画が持ち上がるとその権限を科学技術庁(現・文部科学省)に取られた。原子力委員会の仕事は核物質管理と政策提言に縮小させられてしまった。

しかし状況は変わった。東電の事故による混乱が収束しつつある今、関係者の間で原子力委員会への期待が急速に高まっている。自民党の議員は選挙があるために、社会に原子力の必要性を訴えづらい。経済産業省・資源エネルギー庁も原発事故の責任を問われ、事故の後に規制部門を分離させられて、権限と社会的信用を失った。東電の事故で行政機関の中では、組織として傷つかなかった原子力委員会が急に注目された。

上坂委員長は「このままでは原子力が衰退する。誰かが引っ張らなければ」という危機感を周囲に話しているという。今回の原子力白書の意欲的な発信は、上坂委員長の意欲と周囲の関係者の期待が背景にあるようだ。しかし白書ひとつでは、物事は動かない。原子力を牽引するグランドデザインが必要だが、それを誰が作り、牽引するかが問題になる。

◆司令塔は見つからないが…

ここで冒頭の安倍氏の活動に戻ろう。安倍氏もいきなり外交でグランドデザインを示し、「司令塔」となったわけではなかった。「美しい国日本」とか「クールアース」などと、スローガンだけを掲げた07年の第一次政権は、病気という不運も重なって何もできなかった。しかし、再チャレンジした12年からの政権では、安倍氏の努力に加え、具体的に政策を動かしたことの積み重ね、そして中国の対外膨張への警戒という国際情勢の変化があり、安倍氏の活動の成果を大きくし、その結果、彼の存在感が大きくなったように思える。

安倍氏の活動は、原子力を含めた、社会問題のあり方に示唆を与える。日本の原子力の復活を関係者が願うならば、この安倍氏の活動のように、原子力の未来を巡るグランドデザインを示して世に問うこと、そして具体的な結果を残すこと、それを指示する「司令塔」が必要なのではないか。

原子力の未来について、ぼんやりとした合意は関係者の間で形成され、政策にもなっている。発電の一定量を原子力発電で行いながら、安全性を高め、核燃料サイクルを稼働させ、高速増殖炉や新型炉などの技術革新を進める。中国とロシアの原子力産業が成長する中で、日本の原子力を自由主義陣営の持つ重要な技術、産業として維持する。そうした足場を固めた上で、次の発展を目指すというものだ。

ただし「司令塔」になる存在は、政治には見えない。岸田文雄首相に原子力、またその長期停止による電力業界や原子力産業へのテコ入れの意志はなさそうだ。民間で、米国において原子力開発で中心になっているビル・ゲイツ氏のような存在もいない。役所は頼りない。原子力委員会がその中心になることは難しいだろうが、政策を練るいくつかの柱の一つになることはできるだろう。

安倍氏のような旗印になる人、期待を言えば司令塔になる存在の登場を待ちながら、できる範囲で原子力の次の発展のためにできる取り組みを重ね、信頼を確保することが原子力の復活には不可欠だ。もちろん、その道のりが険しいことは言うまでもない。

【記者通信/8月16日】JERAがベトナム再エネ発電大手に出資したワケ


火力発電最大手のJERAは8月16日、ベトナムの大手再生可能エネルギー発電事業者「ザライ電力合弁会社」の発行済み株式約35.1%を取得したと発表した。ベトナム国内の陸上風力発電、太陽光発電を中心とした再エネ事業に参画する。出資金額は約150億円で、今後2~3カ月をかけ許認可の取得を行い、出資時期は10月~11月ごろを見込んでいる。

JERA再生可能エネルギー・海外発電開発統括部の沖俊博再生可能エネルギー事業部長は、今回の出資について「アジアの各国におけるエネルギー安定供給と脱炭素化は、非常に速いスピードで動いている。その各国の動きに当社が貢献するとともに、それらの国々の成長を当社の成長に取り込める」とメリットを強調した。出資したザライ電力合弁会社は同国最大規模の開発実績を有しており、パイプラインを含む設備の充実も出資材料に挙げている。

FIT制度の見直し進むベトナム 「Gas to Power」も視野に

一方、2050年温室効果ガス排出量実質ゼロを目指すベトナムの電力市場においては、太陽光発電の固定買い取り価格(FIT)制度が終了。風力発電のFITも見直しが検討されている。現在はファム・ミン・チン首相の指示で、第 8 次電力開発基本計画(PDP8)策定に向けた最終調整が行われている。沖俊博部長は「いまはPDP8の策定を待っている状態。これまでのFIT制度が継続するとは考えていないが、引き続き(ベトナム政府から)何らかのバックアップがあると思っている」と分析する。

JERAは2025年までに再エネの持分出⼒約500万kWを目指す。「今回のベトナム合弁会社出資による再エネ持分出力は19万㎾を想定している。現時点の合計で197万㎾(建設中案件含む)まで進むことができた」(沖俊博部長)。今後は再エネ事業だけでなく、LNGなどの燃料調達から発電までの一体型プロジェクト「Gas to Power」についても、ベトナムで展開していく構えだ。

【特集1】大手電力10社に緊急アンケート 認可時と乖離する燃調の実情


石炭、LNG、石油という発電燃料の調達価格高騰に見舞われる大手電力各社。燃料費調整制度にある上限値の影響はどうなのか。沖縄を含む10社に緊急アンケートを行った。

「燃料費の持ち出しはもはや限界。早く対策を打たないと、財務は危機的な状況に陥りかねない」

大手電力会社の元幹部がこう警鐘を鳴らすように、北海道から沖縄まで電力10社のうち、東京、中部を除く8社が8月分の経過措置規制料金で、貿易統計に基づく直近3カ月間の平均燃料価格(石炭、LNG、原油)が、現行料金策定時の基準燃料価格の1・5倍を上回り、燃料費調整条項の上限に達している。

具体的には、今年2月分でいち早く上限に達した北陸電力の平均価格が基準価格の2・4倍になっているのを筆頭に、関西、中国、四国、沖縄の4社が2倍以上に。7月下旬発表の9月分料金では、九州や東北でも2倍を超える可能性があるほか、東京でも上限に張り付く公算が大きい。残る中部も時間の問題といえよう。

「今後の為替動向にもよるが、少なくとも11月分あたりまでは平均燃料価格の上昇が続く可能性がある。燃調制度に上限値が設けられている意味は、利用者への直接的な悪影響を回避するための激変緩和措置であることを踏まえると、本来は規制料金を改定して実勢に応じた水準に基準価格を見直すのが筋だ」(経産省OB)

現状を見ると、関西以外の9社は現行の料金改定を行ってから10年前後が経過。中には基準価格を策定したのが15年前という事業者や、料金策定時から電源構成が大幅に変わった事業者もあり、総じて「燃料原価の洗い替えは避けて通れない」(市場関係者)状況となっている。

収支に大きな影響も 基準価格が現状と乖離

そうした中、本誌は燃調の実情を探るべく、7月上旬から中旬にかけて大手電力10社へのアンケート調査を実施した(匿名回答、うち1社は諸事情で回答見送りのため有効回答は9社)。

まず、燃調の上限値が義務付けられている規制料金が、低圧・電灯部門の販売電力量の中でどの程度の比率を占めているのかを聞いたところ、各社で大きく差が出た。ある電力会社では70・2%と高い割合を示す一方、スイッチング競争が激しいと言われる管内では約10%と回答したところも。各社の平均で見ると、販売電力量の5割程度が依然として規制料金の影響下に置かれている状況が浮かび上がった。

燃調制度の上限値による収支への影響については、6社が「大きな影響が予想される」と回答した。一方で回答の差し控えや、「経営への影響を慎重に見極めている」(F社)と推移を見守る事業者も見られた。

平均燃料価格の構成内容が基準価格策定時と比べてどうかについては、6社が「乖離が進んでいる」と回答。基準価格策定時から時間がたっている事業者ほど、燃料原価の洗い替えが急務の様子がうかがえた。乖離の原因では、「原子力発電の長期停止」「新規火力発電の運転開始」が多く、A社とE社は「経年火力の休廃止」、I社では「再エネ導入量の増加や石油火力の稼働減少」を挙げた。

本来は料金改定が急務 時限的に上限適用除外か

現在の燃料費高騰を踏まえ、規制料金についてどのような対応が必要かに関しては、「値上げ改定」「値下げ改定」「上限廃止」は1件もなかったものの、およそ半数の事業者が料金見直しの検討を示唆。経済産業省審議会や電力ガス取引監視等委員会における料金制度の議論を見極めてから行動するという回答が目立った。

「燃調の上限に達した大手電力では、7月下旬の2022年度第1四半期決算発表に合わせて、今後の方向性を明らかにする可能性がある」(大手電力関係者)。本稿執筆時点(7月21日)で具体的な見通しは不明だが、今後の対策について事情通はこう話す。

「収支が赤字の場合、本来やるべきは値上げ改定だが、それだと査定・認可の手続きなどで相当の時間がかかる。他方、届け出で済む値下げ改定によって基準価格を見直し、燃調上限を実質的に引き上げる方法は、経営効率化の成果を対外的に示し、利用者の納得感を得る意味で有効。ただ、値下げできるほどの原資が確保できるのかという問題も。そう考えると、国が緊急時の措置として燃調上限を引き上げるか、適用を除外することが、業界にとっては最善の策になるのかも」(前出関係者)

四国電力は19日、低圧の「自由料金」を対象に、燃調の上限を廃止すると表明した。東北電力も自由料金の値上げを検討中。「今後、規制料金の上限も見直さなければ、自由料金との逆転現象が発生し、割安感のある規制料金に需要家が戻る可能性も。いわば自由化の逆行になりかねない」(前出OB)

総括原価時代の規制料金が経過措置として現存する以上、原価構成は実態に即したものにする必要がある。利用者負担の増大を抑えたいという事情も分かるが、電気料金の適正化は事業者の責務だ。当面の動きが注目される。

【記者通信/7月29日】革新炉開発の行程表など提示 経産省WGが中間取りまとめ


経済産業省は7月29日、小型モジュール炉(SMR)や高速炉、高温ガス炉など革新炉の開発、導入を議論する有識者会合「革新炉ワーキンググループ(WG)」の第4回会合を開き、革新炉開発のポートフォリオや導入に向けた技術ロードマップなどを盛り込んだ中間取りまとめを報告した。WG座長の黒﨑健・京都大学複合原子力科学研究所教授は「『革新炉』という言葉一つをとっても、皆さんイメージするものが違う漠然としたものだ。それでも中間取りまとめという立場で、現時点で出来るところはまとまった」と話した。

この日の会合では、経産省事務局が「カーボンニュートラルやエネルギー安全保障の実現に向けた革新炉開発の技術ロードマップ(骨子案)」を提示した。第1回~第3回WGでの議論を基に取りまとめたロードマップ案には、革新軽水炉、SMR、高速炉、高温ガス炉、核融合炉のそれぞれについて、2040年~50年ごろの導入に向けた具体的な年数や行程を記載。各革新炉における原子力サプライチェーンによる市場獲得戦略案や三段階評価による開発ポートフォリオなどを明示した。

三段階評価による革新炉開発のポートフォリオ(革新炉開発ロードマップ案より)

開発を巡る課題には、①革新炉開発にかかわる方向性の明瞭化、②開発予算・施設の整備、③革新炉開発を支える事業環境の整備、④開発の司令塔機能の強化、⑤サプライチェーンの維持・強化――を挙げている。黒﨑WG座長は「目指すべき方向性、道筋を示すことができた。また年月が記載されたスケジュールは(革新炉開発へ)非常に大きな一歩だ」と、今回の取りまとめを評価した。

「なぜ革新炉が必要か」継続議論を求める声

この革新炉ロードマップ案を巡って、WGに参加する委員からはさまざまな意見が出た。慶応大学の遠藤典子特任教授は「全体について大いに賛同したい。エネルギー安全保障がなければ脱炭素がなし得ない、という現実的な現状認識がなされた。経済安全保障からのサプライチェーンの問題、雇用貢献にも言及した」「革新炉ロードマップに運転稼働時期のめどを表記していることも高く評価したい」などと強調。経団連資源・エネルギー対策委員会企画部の小野透会長代行は「わが国の革新炉開発の予算は、東日本大震災以降落ち込んだままだ。震災前に日本がリードしていた分野も、現在は中露の後塵を配する危機的状況。経済安全保障分野からも看過できず強く懸念している」と述べ、国による方針の明確な提示を求めた。

日本原子力研究開発機構の小伊藤優子氏は「原発事故以降、原子力の開発議論がなかなかできなかった。その状況で出すこの報告書は、中間報告とはいえメッセージ性がある」と分析する。今後の課題に関しては「国民の理解なくして開発はできない。多くの人が福島事故の記憶が残る中、ロシアによるザポリージャ原発への攻撃や国内電力ひっ迫などに直面し、どう考えればいいのか悩む国民も多い。そうした状況で(革新炉開発を)進めるには『なぜ革新炉開発が必要なのか』に応え続けなければならない」と、継続的な議論を求めた。

「国の方針と矛盾」「主観願望に寄る」の指摘も

一方、原子力資料情報室の松久保肇事務局長は「ロードマップ案では2030年代中ごろから新設することになっているが、エネルギー基本計画や政府答弁などにある原発の新設・リプレースは現時点では検討していないという方針と矛盾している。国の一大方針転換なのに、WGで提示するものとしてはふさわしくないのでは」と疑問を呈した。課題に関しても「司令塔機能の強化に関しては、誰が立ち上げるのか、誰が予算を仕切るのか、誰が責任を取るのかなどの説明がない。ポートフォリオについても評価基準があいまいで主観願望に寄ったものだ」と指摘している。

これに対し、経産省事務局は「今回の資料で政府の方向性を定める、というものではない。意見が一巡した段階での中間的整理」とWGの立ち位置を説明。「WGは専門家の会合で忌憚なき意見をいただくよう設定した場。今までの議論の中でさらなる深掘りが必要な内容もある」と引き続き議論を掘り下げていく方針を示した。今後は経産省の原子力小委員会で、WGでの意見や議論を報告するとしている。

【記者通信/7月26日】「原子炉を作る」ベンチャーの壮大な夢・ブロッサムエナジー


「自力で原子炉を作る」。壮大な夢を掲げるブロッサムエナジー(東京都文京区)というベンチャー企業が2022年4月に創業した。

日本の独自技術である高温ガス炉を2035年までに建設する目標を持つ。2011年の東京電力の福島第一原発事故以来、閉塞した状況にある日本の原子力や電力業界を変えるだろうか。

ブロッサムエナジーを創業した2人。左がCOOの近岡旭さん、右がCEOの濱本真平さん

◆原子力研究者が挑む起業

創業したのは、濱本真平さん(45歳)と、近岡旭さん(27歳)の2人だ。これまでエンジェル投資家とベンチャーキャピタルから約1億円を集めた。

濱本さんは、国の機関である日本原子力研究開発機構(JAEA)に勤め、新型原子炉の研究を行っていた。その商業化の研究を目指した。しかしJAEAは公的機関であり、ビジネスに結びつくことが行いづらい。「日本が育ててきた技術を実用化して、日本をエネルギーが安く安心して使える国にしたい」という使命感から、起業の思いが強まった。

起業への模索、人探しをする中で、東大の大学院に在籍していた研究者だった近岡さんと知り合った。近岡さんが原子力を学んだのは、東京電力の事故直後で原子力専攻の学生たちが悩んだ時代だった。学友たちの間には、別の分野に進む人がいた。近岡さんはそうした中でも学び続けた。「原子力を活性化したいという希望があり、ビジネスにも興味があった」ことから、起業という挑戦に参加した。

◆日本の独自技術「高温ガス炉」

ブロッサムエナジーの提案する高温ガス炉(イメージ)

高温ガス炉は米国などで1960年代に構想された。しかしJAEAは独自にその技術を発展させ、ほぼ国産の技術になっている。高温ガス炉は中国も官民一体になって実験・実証をおこなっている。軍事利用から始まった軽水炉の商業化が先行して世界に広がり、今になって高温ガス炉は新技術と注目されるようになった。中国も実証実験を行なっている。

高温ガス炉は核分裂反応を利用するが、その反応を調整する減速材として黒鉛を、冷却剤としてヘリウムガスを採用している。核燃料は耐熱温度1600度を超えるセラミックで覆い、炉内構造物も同2500度以上の黒鉛を用いている。耐熱性に優れるために事故が起こっても熱による炉心の損傷が起こらないとされる。また冷却剤のヘリウムガスは化学反応が起きにくく、軽水炉で起きる可能性がある水素の爆発、水蒸気の爆発が発生しづらい。極めて安全性に優れた原子炉だ。

JAEAは茨城県大洗町で研究炉「HTTR」を運営している。熱出力3万kW(仮に発電設備を付けた場合、電気出力で約1.5万kW)の小型の炉だ。1998年に初臨界に達し、ガスの高温化、安全性などの実験を重ねている。

◆経済性、安全性で多くのメリット

同社の技術を使えば、ニーズに合わせた設計が可能で、小規模の炉から30~40万kW程度まで出力を増やすことも可能だ。試算では、同社の作る高温ガス炉の発電単価は1kWh(キロワット時)あたり7円程度となり、これはさまざまな電源の中では極めて競争力が高い。また水素の製造、海水の真水への蒸留などのプラントも作れる。

また安全性は、この原子炉の大きなメリットだ。2011年の東電の事故以来、一般の人々の原子力への不安と批判が、原子力発電所の運転や新設を停滞させている。高温ガス炉は、仮に建設されることになったら、その安全性ゆえに、今の原子力発電所が直面するような世論の反発は起きないかもしれない。また既存の原子力発電では、発電所の周辺住民の避難の準備、原子炉の安全対策、理解活動など、その運営には膨大な手間と費用がかかる。それも減るだろう。

「高温ガス炉はHTTRで、すでに運用されている。また原子力規制委員会の厳しい安全審査にも合格している。検討されている新型炉で一番実用化に近い。そしてコスト、安全性、経済性でも軽水炉と競争できる」と濱本氏はメリットを強調する。

◆日本の原子力、復活の夢

ここ数年、世界各国では原子力発電が再注目されている。温室効果ガスを排出しないために気候変動を抑制する重要な電源として期待されている。さらにウクライナ戦争によって、経済安全保障の観点から、ロシアのような石油・ガス産出国に頼らない電源としても、評価が高まった。

著名な慈善活動家で、ビジネスで成功を収めたビル・ゲイツ氏が、新型炉の研究に参入。英仏など各主要国も国家目標として新型炉の開発を掲げている。日本では政府の動きは鈍い。ただし日立、東芝、三菱重工業など巨大メーカーが独自技術により、新型原子炉の開発構想を示している。こうした大企業と濱本さんらは競うことになるが、高温ガス炉の技術メリットを生かせばば、「勝ち残るチャンスはある」と述べる。

日本はかつて原子力では、研究、開発とも世界の最先端を走っていた。ところが2011年の福島事故での原子力への不信感の高まりに加え、高速増殖炉の研究炉もんじゅの失敗が発生して新型炉の研究も行き詰まった。日本の原子力は、技術でも、建設量でも、他国に追い抜かれ、産業としての原子力は今、「衰退」が囁(ささや)かれている。

濱本さんの夢は、そうした流れを変えることだ。「私は国の機関で研究をさせていただいた。日本の原子力技術を発展させ、それを使った原子炉を日本で作りたい」という。英語で「桜(ブロッサム)」を社名にしたのは、それが日本を代表する花であり、日本の技術を使う日本の企業であることを強調するためだ。

ブロッサムエナジーの2人の夢を聞く人は、誰もが揃って「応援したい」と述べるそうだ。しかし原子炉を作るのは大変で、即座に建設計画が動き出すわけではない。「私たちも夢ばかり語らず、まず自ら力をつける。特許をとり設計を進め、我々が主体となって許認可を取る」と、濱本さんは事業計画を描く。

志を持つ起業家が、日本の技術を使い、ビジネスによって人々の生活を豊かにする。しかも、元気のなくなったエネルギー・原子力産業での挑戦だ。研究者2人の夢を聞きながら、この実現を、2人と日本のために祈った。

【記者通信/7月25日】供給網強靭化へ各国協力 原子力産業は「困窮状態」


経済産業省は7月21日、米国など18カ国がオンラインで参加したサプライチェーン閣僚会合に萩生田光一経済産業相が出席し、サプライチェーン(供給網)強靭化に関して議論、共同声明を採択したと発表した。

閣僚会合ではブリンケン米国務長官やレモンド商務長官が冒頭に発言。その後、短期的なサプライチェーンの寸断や長期的な強靭性の構築に関して議論を行った。経産省によると、萩生田氏からは「サプライチェーン強靭化の透明性、多様性、安全性、持続可能性の4原則を支持」「ウクライナ情勢で影響受ける物資確保の緊急対策を実行」「経済安全保障推進法施行を通じた戦略物資のサプライチェーン強靭化対策の推進」「同志国との連携、信頼性に担保されたサプライチェーンをグローバル展開する議論に貢献」――などを発言したという。共同声明では各国が透明性、多様性、安全性、持続可能性の4原則に沿って、国際協調を促進、長期にわたり強靭なサプライチェーンを構築する意思を確認した。

経産省は今年3月から「戦略物資・エネルギーサプライチェーン対策本部」を設置。ロシア産の石油、LNGといったエネルギーや希少金属など、重要物質の安定供給確保に向けた緊急対策を取りまとめていた。日本のエネルギー関連品目におけるロシア依存度は、石油が3.6%、LNGが9%、一般炭が13%程度だが、LNGは国内の民間備蓄能力に限界があるため、サハリン2プロジェクトの今後を含めロシア産エネルギーの輸入が止まった場合、わが国の電力・ガス安定供給に支障が生じる可能性が高い。6月には「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の貿易分野に関する非公式閣僚級会合を開催し、中国・ロシアをけん制しながら、グローバルサプライチェーンの再構築を進めていた。

原子力産業協会が提言 「サプライチェーンは困窮状態」と警鐘鳴らす

一方で、国内原子力産業のサプライチェーン維持の問題は深刻だ。日本原子力産業協会の新井史朗理事長は7月22日に行われた定例会見で「原子力サプライチェーンは困窮状態にある」と指摘。原発の増新設やリプレースを含むサプライチェーンの維持、強化に関する提言を取りまとめた。

協会は提言に先立ち、原子力産業に携わる企業へのアンケートなどを実施。再稼働の遅れによるサプライチェーン企業の撤退や技術損失といった課題を整理した。提言では①早期再稼働のためのあらゆる取り組みの実施。②新増設・リプレースを明記したエネルギー計画の明示。③新増設・リプレースに投資が可能な事業環境整備。④大型軽水炉を含む革新炉の技術開発や実証事業への支援拡大。⑤機器や部品の輸出振興に関する包括的支援策の検討――の5項目を明記した。今後の課題には安全審査の効率的な実施や技術力の維持、人材育成のために学生を引き付けるプロジェクトとして、原子力産業を魅力的にすることなどを挙げている。新井理事長は「電力の安定供給と脱炭素を両立するには新増設・リプレースが必要。そのためにもサプライチェーンの維持強化が必要だと今後も訴えていく」と話している。

【目安箱/7月21日】安倍元首相の死去がエネルギー政策にも影響か


安倍晋三元首相が7月8日に銃撃され亡くなった。それを背景に自民党は7月10日の参議院選挙で大勝した。その死に心からのお悔やみを申し上げる。そして、この影響が注目されている。今後行われる人事で、岸田首相は、「安倍色」を薄めるとの観測が出ている。その結果、エネルギー政策に影響が出るかもしれない。以下の文章は憶測や伝聞の情報が多く、読者には恐縮ながら、政界に広がっている話題をまとめてみた。

安倍元首相逝去を受けて会見する岸田文雄首相(7月8日、首相官邸ウェブサイトより)

◆安倍氏、首相退任後に原子力活用に関心

安倍氏は人の好き嫌いを示すことや人物評を、政治家の間や人前であまりしなかったという。首相を長く務め影響力があることと、寛容な人柄のためであろう。それよりも政策の話が好きだったそうだ。安倍氏が亡くなる前まで、議員たちとの会話で話題にしたのは、第一に積極財政、第二に外交・安全保障問題、第三にエネルギー危機とその背景にある原子力の活用の3つだった。

首相在任中に安倍氏は、民主党政権で始まった電力システム改革、厳格な原子力規制をそのまま受け入れ、手をつけなかった。2011年の東電の福島原発事故の影響で、原子力や大手電力会社への批判が強かったためであろう。2020年の病気退任の後で、回復した安倍氏は政治活動を再開した。そこで安倍氏は原子力の活用に関心を寄せた。もともと現在の政治での重要なテーマである経済安全保障問題は、安倍氏が首相在任中に積極的に取り組んだ。その重要な要素であるエネルギー安全保障と、有効な手段である原子力の活用に、彼が動いたのは自然な流れだ。

ある自民党の議員会合で、安倍氏はエネルギー問題や原子力規制改革に首相在任中に積極的に動かなかったことを、「やり残した」と述べたそうだ。また安倍氏は新型原子炉に関心を寄せ、2021年4月に発足した自民党の「最新型原子力リプレース推進議員連盟」という議員連盟の顧問となった。この議連の会長は、安倍氏に近い稲田朋美衆議院議員(福井県選出)だ。

同議連の設立総会の挨拶で安倍氏は、リプレースと新型原子炉開発をこれから支援する意向を示し、「国力を維持しながら、国民あるいは産業界に低廉で安定的な電力を供給していくというエネルギー政策を考える上において、原子力にしっかりと向き合わねばいけないというのは厳然たる事実」と原子力を評価した。安倍氏は亡くなる直前まで精力的に参議院選挙の応援演説を行った。そこでは原子力に触らなかったものの、電力危機の克服に言及していた。

こうした一連の安倍氏の発言を受け、エネルギー問題のウオッチャーの間では、選挙後に安倍氏が自民党のエネルギー改革を巡る動きの中心、旗頭になると予想されていた。

21年10月に発足した岸田政権では、人事的に安倍氏と関係の深い議員が要職を占めている。発足時に与党自民党は甘利明衆議院議員(神奈川)を幹事長(のち退任)、政調会長に高市早苗衆議院議員(奈良)が就任した。2人は安倍氏に近く、いずれも原子力とエネルギーの安定供給を重視している。また経済再生担当の内閣府大臣に山際大志郎議員(神奈川)が就任した。山際氏は甘利氏に近い。

さらに甘利氏、高市氏は自民党人事を決めたが、原子力に関わる党の機関である経済産業部会長に石川昭政衆議院議員(茨城)、原子力規制に関する特別委員会の委員長に鈴木淳司衆議院議員(愛知)を選んだ。2人とも原発推進派だ。

◆選挙後に懸念されていた安倍、岸田両氏の対立

しかし選挙の前に「岸田首相と安倍元首相は対立するのではないか」(自民党中堅衆議院議員)との見方が自民党内でも、政界関係者の間でも噂されていた。長期的な財政の均衡を目指す岸田氏と、積極財政を唱える安倍−高市ラインの間で考え方の違いがあった。さらに、山際大臣が選挙中に「野党の言うことを政府は聞かない」と失言したことは、「岸田首相の不興を買った」(自民党関係者)という。

岸田首相は、自分の出身派閥である宏池会と、同派の財務省出身の2人の衆議院議員、木原誠二官房副長官(東京)、村井英樹首相補佐官(埼玉)らに経済政策の中心を移したがっていた。そして高市政務調査会長を、交代させる可能性も囁かれていた。

そこで安倍氏へのテロ事件があった。選挙の後は慣例的に、党と政府の人事異動がある。この後で、岸田首相が安倍色を薄める人事を実行するのか。それとも弔意を示すために、当面は人事を大きく動かさないのか。この記事を執筆している7月21日時点では、何も示されていない。しかし安倍氏がいなくなったことで、首相の求心力が高まり、動きやすくなったことは確かだろう。

岸田首相は、今の電力危機に陥るまで、エネルギー問題や原子力問題に、積極的に関心を示さなかったという。現在は首相秘書官である嶋田隆元経産事務次官も、今は失敗したと批判を集める電力自由化、東電への福島責任の全面押し付けの政策を、官僚として推進してきた人だ。

今回の選挙の結果を受けた7月14日の記者会見で、岸田首相は電力危機を前に原発再稼働と安定供給対策を推進する意向を示した。しかしエネルギーフォーラムの記事「【目安箱/7月19日】岸田首相「覚醒」せず 原発再稼働表明のごまかし」に書かれているように、その内容に目新しさはない。

岸田首相は、安倍氏のように「何をしたい」と、意思を示さない調整型の政治家だ。政治は官僚主導の色彩が強くなるだろう。そして安倍氏と政策が近い政治家の影響力は薄らぐし、その人々の勢力を削ぐ方向に岸田首相は動きそうだ。

電力の供給逼迫の問題に岸田首相は手をつける意欲を示している。しかし、この電力不足と電力システムの不安定化の原因はかなり根深い。政府が福島事故以来進めてきた電力・エネルギーシステム改革、再エネ過剰優遇策、原子力規制政策の問題が影響している。その問題点の是正の意欲を、岸田首相は示していない。

安倍氏の死はエネルギー政策の先行きにも、影を落とす可能性がある。その改革は一部にとどまり、問題が先送りされてしまうことがあり得る。

【目安箱/7月19日】岸田首相「覚醒」せず 原発再稼働表明のごまかし


「岸田覚醒」「原発再稼働」―。7月14日、岸田文雄首相は当面の政治課題をめぐる記者会見を行った。その後に、このような感想がネットで溢れた。会見で岸田首相は、次々に重要な発表を行った。そこで岸田首相はこの冬の電力危機を避けるために「萩生田経産相に対して、今年の冬に最大9基の原子力発電所の稼働を進めるよう指示した」と会見で表明した。この発言を受けての反響だ。しかし詳細を検証すると、官僚の入れ知恵による「ごまかし」と思われる発表をしている疑惑がある。

官邸で会見する岸田文雄首相(7月14日、首相官邸ウェブサイトより)

◆首相は政治決断で原発再稼働を指示したのか?

この日の会見では、8日にテロにより亡くなった安倍首相の葬儀を今秋に国葬で行う、再流行の兆しのある新型コロナウイルスの対策を強化し一部にワクチンの第4回接種を国費で行うなどの重要な決定を次々に表明した。岸田首相は、検討ばかりを繰り返し、「決断できない人」と批判されていた。10日の参議院選挙の大勝利後に、急に大きな決断を次々と表明したため、「岸田覚醒」という好意的な評価が広がった。その中で、首相から「原発再稼働」という言葉が出た。まじめに日本経済と、電力需給を考える人から、当然歓迎の声が広がった。

会見に出席したのは政治部記者などで、原子力問題はよくわからなかったのだろう。各主要メディアの第一報の見出しは「原発再稼働」の言葉を使い、内外の通信社もその言葉を速報した。会見を聞いていた自民党議員が何十人も、ツイッターやFacebookで「再稼働」に反応し、岸田首相への支持を表明した。

さらに岸田首相は、電力不足が懸念される今年の冬にかけて、「日本全体の電力消費量の約1割に相当する分を確保する」「火力発電の供給能力で、追加的に10基を目指して確保する」「ピーク時に余裕を持って安定供給を実現できる水準を目指す」ことも表明した。

このように情報を流したら、誰もが勘違いをするだろう。SNSを後から観察すると、この第一報を聞いて、事情をぼんやりとしか知らない多くの人は「新たに」原発を9基再稼働すると思ったようだ。自民党国会議員も間違えるぐらいだから、その勘違いは当然だろう。

筆者はエネルギー業界の関係者で問題を多少知っている。この会見で、いわゆる特別重要施設(特重)問題を首相が政治介入して棚上げさせ、この問題で停止している関西電力高浜1号機、2号機(福井県)、九州電力玄海発電所2号機(佐賀県)を動かすと、勘違いした。(詳細後述)

岸田首相の「萩生田経産相に命じた」という発言が、いかにも特別な仕事のように聞こえる。独立行政委員会、いわゆる「三条委員会」として強い独立性を持ち、原子力発電所の稼働権限を持つ原子力規制委員会に、首相も経産相も、制度の上で何も指示できない。それをやったと誤解されかねない記者会見での発表だった。

◆「予定された原子炉再稼働を早める」が実態

資源エネルギー庁によると原子力発電所の審査状況は6月末に以下のようになっている。(図)ここでいう「設置変更許可」とは、新規制基準の合格のための、原子炉の設置工事を行い、それが原子力規制庁、原子力規制委員会に認可されたということだ。これが再稼働の条件になる。

その認可の後に、法的な裏付けはないが、地元の同意が必要になる。立地自治体と知事が認めれば再稼働になる。事故時の避難計画の策定も法律で求められている。東日本の原発の再稼働は遅れ、この地域では電力不足と電力会社の経営不振が深刻になっている。

テロ対策を名目に作られる特別重要施設の完成を、原子力規制委員会は再稼働の条件にしている。工事認可から5年の建設猶予期間を設けた。しかし、それを超えて完成しない原発の再稼働を認めない、頑迷な態度を示している。工事が難航したため、上記3つの原発が止まっている。それを動かすという政治決断を示したと受け止めかねない表現だ。

政府関係者によると、岸田首相の発表を受けて稼働の対象となるのは、関西電力大飯3、4号機、同美浜3号機、同高浜3、4号機(以上、福井県)、四国電力伊方3号機(愛媛県)、九州電力川内1、2号機(鹿児島県)、同玄海3号機(佐賀県)。9基はいずれも原子力規制委員会の審査を通過し、一度は再稼働した原発だ。(図のオレンジの原子炉)。

九電玄海4号機は一度再稼働しているものの、平成29年(2017年)9月に工事認可が行われており、その5年後の期限にあたる今年9月までに、特重施設の完成が間に合うか不透明だ。そのために外したのだろう。

7月14日時点で動いているのは、関電大飯3号機、伊方3号機、九電川内1、2号機の4基。これに加えて、現在定期検査などで止まっている原子炉は5基でそれを合わせて上記の9基となる。原子炉は、原則として13月運転の後で、検査のために停止する仕組みだ。今年の冬の需給不足は夏より深刻と見込まれるので、冬の稼働に合わせるために少し運転時期を調整している。

その他に中国電力島根2号機で、島根県知事の運転同意がすみ、冬までに動く可能性がある。また高浜1、2は特重の工事を急いでいるが、来年春に完成の予定だ。それの前倒しがあるかもしれない。高浜1、2号、玄海4号は、この特重建設のために、一度動かしたのに規制員会が止めている。

◆首相の広報にごまかしはなかったか?

つまり、まとめると事実は次の通りだ。岸田首相の14日の会見では、原発再稼働が強調された。これは、制度上では首相にも経産大臣にもできない原子力規制政策への政治的介入で再稼働を行わせることではない。事前に想定される可能な原発9基の再稼働を急ぐという意味だ。「経済産業大臣に再稼働を指示する」という言葉で、勘違いが広がってしまった。つまり首相は嘘をついていないが、「ごまかし」と批判されかねない広報をしている。

首相の秘書官には、元経済産業省事務次官の嶋田隆氏が就任している。嶋田氏は「策士」と評される人だ。首相に原子力再稼働の権限がないことは十分承知しているはずで、このずるい発表の「振り付け」をした可能性がある。本来は野党やメディアが批判をするべきだが、「安倍国葬」に関心がむき、一夜明けても再稼働問題をめぐる批判は少ない。

電力需給ひっ迫問題に岸田首相が政治課題として真面目に向き合おうとしているのは事実だろうが、言葉でごまかすかのような態度は批判されるべきだろう。言葉を操っても、現実の問題として、電力の供給は増えない。それよりも、非合理な原子力規制政策の見直し、本当に原子力を活用し電力危機を回避する実際に効果のある政策を求めたい。言葉遊びをする政府に、重要なエネルギー問題を任せて大丈夫だろうか。

【記者通信/7月15日】岸田首相が原発9基稼働に言及 首都圏の鍵握る柏崎刈羽の行方


7月10日に投開票が行われた参院選で過半数の63議席を獲得する快挙を成し遂げた自民党。「政府にはこの勢いをもって、わが国が直面する電力不足問題の解消に向け、長期停止中の原子力発電の再稼働を推進していただきたい」(大手電力会社幹部)。エネルギー業界からそんな期待が高まる中、岸田文雄首相は14日、官邸で会見し、深刻な電力需給ひっ迫が予想される今冬に最大9基の原発を再稼働させる方針を表明した。これは日本全体の電力消費量の約1割に相当する規模になる。また火力発電も10基分を追加し、過去3年間で最大の供給力確保を目指す。

国内では現在、関西電力大飯3号機、四国電力伊方3号機、九州電力川内1、2号機、同玄海4号機の計5基の原発が稼働中。これに、テロ対策施設工事などで停止している関電大飯4号機、同高浜3、4号機、同美浜3号機、九電玄海4号機が加わる見通しだ。玄海4はテロ対策施設の完成が間に合わず、9月以降は稼働できなくなる。注意しなければならないのは、岸田首相がわざわざ言及しなくても、最大9基の原発はもともと再稼働する見通しであったこと。加えて、いずれの原発も西日本の60Hz地域に立地しており、供給力が圧倒的に不足している東日本の50Hz地域では今冬も原発ゼロの状態が続くとみられていることだ。

柏崎刈羽が再稼働へ1歩前進 今冬に間に合うか

そんな中、50Hz地域の東京電力柏崎刈羽を巡って動きがあった。原子力規制委員会が13日の定例会合で、東電が提出していた柏崎刈羽6、7号機のテロ対策施設設置申請について「新規性基準に適合している」として了承したのだ。事実上の合格であり、「何とか一歩前進することができた」(東電関係者)。ただ、柏崎刈羽ではIDカードの不正利用や侵入検知器の不具合放置などによるテロ対策上の不備により、規制委から核燃料の移動制限を命じられている。これが解除されない限り、再稼働はできない。今後の見通しはどうなのかについて、有力関係筋が言う。

「9月をもって規制委の更田豊志委員長の任期が満了し、委員の山中伸介氏に交代する。おそらく、規制委としては更田氏の任期中に、柏崎刈羽の不祥事に関する検査結果を取りまとめ、移動制限の解除に道筋を付けるのではないか。その上で、新潟県の花角英世知事の同意を得て、10月までに再稼働準備に着手できれば、今冬の再稼働に間に合うはず。東電は柏崎刈羽の人員を増強し、冬場の再稼働実現に向けて懸命の作業を続けているという。ロシア・サハリン産のLNG調達に暗雲が垂れ込める中、電力の安定供給を維持するには、1基でも多くの原発を動かしたいところだ。火力も10基増やすとのことだが、老朽火力が目立つ。首都圏が“定年退職したお年寄りの力”に頼っているようでは、いつまたトラブルが発生し、大停電の危機に見舞われても不思議ではない。首都大停電は絶対に起こしてはならない」

再稼働の鍵を握る花角知事の同意を得るためには、規制委のお墨付きはもちろんのこと、萩生田光一経済産業相、場合によっては岸田首相が知事を元を訪れ、政府としての決意と覚悟を示す必要があろう。「政府の責任においてあらゆる方策を講じ、この冬のみならず、将来にわたって電力の安定供給が確保できるよう全力で取り組む」。岸田首相は14日の会見でこう言い切った。道のりは険しいが、まずはお膝元の首都圏で自らの発言を実行に移すことが何よりも求められる。

【訂正とお詫び】6月号フォーカス5の記事について


エネルギーフォーラム6月号「フォーカス5」(13頁)の記事中、1段目右から5行目、2段目右端、2段目右から14行目の3カ所において、柏谷邦彦・日本瓦斯代表取締役社長の姓の記述に誤りがありました。関係者の皆さまに多大なご迷惑をお掛けしましたことを、深くお詫びしますとともに、記事を訂正いたします。(弊社ウェブサイト上の電子マガジン版の同記事は、既に訂正済みのものです)

【記者通信/6月30日】4日連続の「需給ひっ迫注意報」 今後の見通しは?


経済産業省は6月30日、猛暑による電力需要の高まりを受けて、東京電力管内に発令している「電力需給ひっ迫注意報」の継続を発表。家庭や企業に引き続き節電を呼び掛けた。注意報に基づく節電要請は4日連続。ただ、7月1日は予備率5%以上を確保できる見通しとなったことから、午後6時をもって注意報は解除される。

30日午前に経産省で行われた記者向けのブリーフィング

電力供給に関しては、30日午前3時ごろ、福島県の勿来火力発電所9号機(60万㎾)がボイラー設備のトラブルのため停止したが、夕方に25万㎾に出力を落として運転を再開する。これに先立ち、午前10時45分には姉崎火力発電所5号機(60万㎾)が再稼働した。電力広域的運営推進機関は、30日午前10時10分時点の東京電力管内予備率について、最も厳しい午後4時30分から午後5時の段階で3.0%の見通しを示した。

経産省によると、午後4時30分から午後5時の予備率3.0%の中には、停止している勿来発電所の出力は含まれておらず、夕方の時間帯での再稼働が間に合えば、その分予備率に上乗せが期待できるという。

「需給ひっ迫警報」が発令されない理由

「電力需給ひっ迫注意報・警報」の導入に関しては、前日午後4時の段階で需給状況を確認し、予備率が5%を下回る場合に「注意報」が、3%を下回る場合は「警報」が発令される。ここ数日の需給状況を踏まえ、警報への格上げを指摘する関係者もいるが、経産省は「あらゆる供給対策を踏まえて予備率3%を下回るかどうか判断している。当日のタイミングで3%を切ったとして、それがすぐに警報につながるということはない」と説明した。警報を発令せざるを得ない状況の一例としては「今年3月の需給ひっ迫のように、電力使用率のピークが100%をオーバーし続けるような危機的状況」を挙げている。姉崎火力の再稼働遅れや勿来発電所の停止による供給力低下を差し引いたとしても、予備率への影響は限定的だとするのが経済産業省の見立てだ。

7月は注意報解除も綱渡り状態続く

7月に入ると、火力発電所が補修工事を終えて各地で復旧の見込みで、供給面で600万㎾以上を確保したという。6月30日の午後6時をもって注意報は解除されるが、一方で6月27日の最大需要電力は5254万㎾を記録し、東日本大震災以降で6月の最大需要電力を更新した。未曾有の電力需要の中で今後も綱渡りの状況が続く。

【記者通信/6月29日】警報レベルなのに注意報?エネ庁の電力不足対応に疑問の声


東日本を中心に酷暑となった29日、東京エリアの厳しい電力需給状況を踏まえ、資源エネルギー庁は27日からの「電力需給ひっ迫注意報」発令を継続。東京電力パワーグリッドのでんき予報には、一時的に「広域ブロック使用率の見通し99%」、「エリア使用率の見通し100%」と表示された際には、大規模停電を回避するため計画停電が実施されるのではないかとの観測が広がったが、供給力の見通しを精査することでその後、97%に改善した。

それでも、「全ての供給力対策を織り込んでもこの3日間で最も厳しい状況」(エネ庁)であることに変わりはなく、太陽光発電の出力が低下し需要が増加する午後3~8時にかけて無理のない範囲での節電が呼びかけられた。

エネ庁は、「さらにひっ迫した状況になれば警報を発令する可能性がある」としているが、ある業界関係者は、「注意報であるにもかかわらず、エネ庁もメディアも節電協力を呼び掛けていて、注意報と警報がどう違うのか分かりにくい」と首をかしげる。注意報は、あくまでも節電協力を求める「需給ひっ迫警報」の前段階として、前日の見通しで広域予備率が3~5%となった場合に需要家に対して注意喚起を行うやめに発令するものだ。28日午後4時の段階では、最も厳しい4時半~5時に広域予備率3.5%を確保できる見通しだったが、当日10時10分の段階では2.6%に悪化した。

注意報乱発でユーザー慣れのリスクも

需給状況は刻々と変化していて、エネ庁としては警報を発令するほどではないとの認識なのかもしれないが、別の関係者からは「実際にオフィスや家庭で照明を落としたり、電化製品を使用する時間をずらしたりなどの節電の取り組みが行われている。エネ庁は注意報を便利に使いすぎているのではないか」、「今後、注意報が乱発されたりすると、ユーザーも注意報慣れしていまい、効力がなくなってしまうのではないか」といった声も聞こえる。

福島県沖地震に伴う3月22日の需給ひっ迫状況に陥った際、警報発令のタイミングを巡る問題点が指摘され、この5月に新たに設けられたのが注意報だ。警報の発令基準も含めて、情報発信の在り方にはまだまだ課題があると言えそうだ。

【記者通信/6月29日】写真で見る姉崎5号機の実情 30日再稼働で電力不足解消へ


火力発電最大手のJERAは6月22日、今月下旬の再稼働を予定する姉崎火力発電所5号機(千葉・市原市)の現状を報道陣に公開した。5号機は1977年運転開始から45年が経過。発電所公開には在京キー局のほか大手紙や専門誌など約30人が参加した。

2021年4月から5号機は長期計画停止をしていたが、22年1月に運転を再開。3月から再び長期計画停止に入っていたが、今夏の電力ひっ迫問題解消に向けて再稼働準備を進めていた。連日の猛暑が続く東京電力管内では、「電力需給ひっ迫注意報」が発令中。JERAによると、5号機の運転再開は30日になる予定だ。

7月から再稼働を予定する5号タービン。1976年日立製作所製で、公開時には既に1回転/分で試験運転を行っていた。
5号機タービン内部。JERAの担当は「止めた状態でタービン内部が歪まないように、昨日(22日)から動かし始めた」と話す。最大3000回転/分で60万㎾を出力可能だが「部品が古く調達にも苦労している」(JERA担当)とも。
手動で運転操作を行う5、6号機の中央操作室。
長期計画停止中の6号機タービン。今冬の電力ひっ迫で電源募集(㎾公募)の実施に対応できるよう、現在は補修点検作業を行っている。
5号機ボイラー外部より撮影した姉崎火力発電所新1~3号機。コンバインドサイクル発電設備を導入し、発電効率は世界最高水準の63%。既に建物は完成しており、23年から順次運転開始を予定する。
5号機のボイラー設備と脱気器。建物外部の塗装に劣化が見られる。移動経路も不安定であり、年季を感じる建物だ。

姉崎火力発電所所長「無事運転できるように」

姉崎火力発電所の亀井宏映所長は「今夏はトラブルがあれば即停電になりかねない。設備の点検には時間とコストがかかる。電力のひっ迫時に無事運転できるよう頑張りたい」と話し、電力の安定供給に意欲を見せた。7月の東北・東京・中部の3電力管内の予備率は3.1%と危険な状態が続くが、姉崎5号機や知多火力発電所5号機(愛知・知多市)の再稼働で予備率は1ポイント以上改善すると見込まれている。

【記者通信/6月29日】函南メガソーラー計画で静岡県が行政手続き再検証へ


昨年7月3日に発生した静岡県熱海市伊豆山の盛り土崩落による土石流災害から間もなく1年。崩落現場から西に4㎞ほど離れた函南町軽井沢地区で、中部電力系設備工事会社のトーエネックと再生可能エネルギー事業者のブルーキャピタル・マネジメントが手掛ける函南メガソーラー建設計画(出力2万9800㎾)が、地元住民らによる反対運動をきっかけに見直しを余儀なくされようとしている。

静岡県議会は6月28日の産業委員会で、函南メガソーラー計画を巡る行政手続きについて再検証を求める請願を全会一致で可決した。7月1日の最終本会議で正式決定する。

函南メガソーラー計画の再検証に乗り出す静岡県

請願採択に賛成した県議によると、①行政不服申し立てなどの期間がすでに過ぎており、他に有効な救済手段が存在しないこと、②地元住民、地元自治体、地元議会が一貫して反対の意思を表明するとともに、許可手続き上の疑義を訴えており、県に対してあらゆる手段で許可の取り消しを求めてきた経緯があること、③熱海土石流災害を契機に林地開発などに伴う災害防止について、県民の関心が非常に高まっているうえ、函南町の河川の流域で災害が多発していること、④この計画にかかわる事業者が他県での林地開発行為において、所管自治体から防災工事の不備などについて指導を受けている事実があること――などが賛成の理由。「木内満委員長のもと、現地視察や公聴会などを行い、県の行政手続きについて再検証していく」としている。

一方、28日に行われた中部電力の株主総会では、一部株主から函南メガソーラー計画に関してグループ全体の法令順守姿勢を問う意見が出た。これに対し水谷仁副社長は、「事業を進めていく上で、法令の遵守を徹底し、行政や地元の皆さまに丁寧に説明を尽くしていくことが重要であると考えており、引き続きトーエネックの対応状況を確認するとともに、適切に指導していく」と述べた。