【論考/1月26日】燃料油補助を考える〈下〉「所得移転」が支援の本筋


ガソリン税・本則税率は60年前の制度

ガソリン税(揮発油税及び地方揮発油税)を特例税率1ℓ当たり53.8円から本則税率28.7円へ、軽油引取税も特例税率32.1円から本則税率15.0円へと、それぞれ25.1円 、17.1円引き下げるべきとの意見が、特に野党から強く出されている。連続3カ月でガソリン平均小売価格が160円を超えると本則税率が適用される、いわゆる「トリガー条項」の発動。あるいは、特例税率そのものを廃止。いずれの手法も、実質的な効果では変わりなかろう。一旦「トリガー」が引かれると、特例税率の再適用には、連続3カ月で(本則税率での)ガソリン平均小売価格が130円を下回らねばならない。直近でこの条件を満たしたのは2021年・第2四半期だが、当時の原油輸入単価は1バレル67ドル、為替レートは1ドル109円。いずれも今日の水準から遠い。

この本則税率は1964年に第3次池田内閣のもと、第4次道路整備5カ年計画の財源確保のため定められた。その後に暫定税率として3度引き上げられ、その最後は第二次石油危機が進行中の1979年6月、第1次大平内閣による、ガソリン税及び軽油引取税の25%(それぞれ10.7円、4.7円)引き上げである。過度な財政負担の回避と安定的な道路財源の確保が目的とされた。以来約45年間、2008年4月に一時的に本則税率が適用された以外は、税率は据え置かれてきた。

これに対し、例えばドイツの場合、ガソリン燃料税は1986年から2003年までに約3倍引き上げられて1ℓ当たり65.5ユーロセントとなり、現在も同率である(ただし、22年6〜8月は35.9ユーロセント)。これは21年平均で85円、2023年では99円に相当する。この燃料税を含んだガソリン価格に、付加価値税19%が掛かる。この、いわゆる「二重課税」は、欧州でも通例である。

すなわち、特例税率でも、既に日本のガソリン税は欧州に比べて顕著に低い。消費税率も、日本は(少なくとも現時点では)欧州のほぼ半分である。このガソリン税を60年前の本則税率に戻し22年2月以降に適用したとすると、日本のガソリン小売価格は22年平均・171円となる計算で、これは補助金投入後の実際値にほぼ一致する(注5)。23年では平均・163円で、実際値を10円、インドの価格を14円、それぞれ下回る。

1964年当時、日本経済の規模は現在の5分の1にも満たない。廉価豊富な中東原油を活用し、重化学工業主導の高度成長に弾みをつけていた。石油危機は予想もできず、まして地球温暖化対策となれば空想科学(SF)の領域であったろう。「どんどん石油を使う」のが時代の要請であった頃の「新興国・日本」の税率に復帰(ないしは同様の補助金を投入)して、国内ガソリン価格をインド以下に抑えることに、与野党挙げて賛成しているのが日本の現状である。ムーンウォークというべきか、「先手」の対策と称しながら、日本をいたずらに後退させている。

仮想現実から目を覚まし、前進せよ

「新たな激変緩和措置」の発表時には、2023年8月下旬にガソリン平均小売価格が「過去最高」の185円に達したことへの懸念が表明されていた。しかし、日本が実際に支払っている原油輸入単価は、その1年以上も前の22年7月に99.6円と過去最高値(名目)をつけている。

日本は「過去最高」の原油輸入価格を、既に22年に支払い済みなのだ。それを消費者と(将来の)納税者で負担を分けたとしても、支払った原油代金は変わらない。原油輸入額の抑制という本来の課題に対して、これは何ら解決策にならない。それどころか、原油高価格のシグナルが消費者に届かず、省・脱石油に向けた国民の努力・創意を阻害する。燃料価格補助金は、低燃費自動車をはじめ省・脱石油への取り組みに対して罰金を課すに等しいからだ。

小売物価指数を用いた実質価格(22年度)では、ガソリン平均小売価格は第一次石油危機後の1974〜76年度および第二次石油危機後の79〜82年度の計7年間、200円を超えている。185円が「過去最高」というのは名目価格に過ぎず、実質ではまだかなり安い。また2022年度の日本の原油輸入量は1974年度に比して4割以上少ない。現在の日本の経済規模は80年と比較しても2倍であり、原油単価の上昇に対する耐性は石油危機時を遥かに凌ぐ。185円程度で、萎縮する必要などない。

今、世界は深刻な分断の時代を迎え、エネルギーを含む安全保障強化が喫急の課題となり、また地球環境問題がとりわけ自動車輸送の革新を強く促している。政治に本来求められるのは、この大きな転換期に最も相応しいエネルギー、自動車技術、輸送網及び情報網を構想し、その大局の中であるべき燃料税を定めていく戦略的な姿勢である。60年前の税率を基準として、巨額の補助金投入や減税によって、盲目的に燃料油価格の引き下げを図る場合ではない。例えば、非石油燃料による自動運転車を中心とした新たな燃料、道路、情報網の一体的構築とその財源を考え、その結果としてガソリン増税という考えが出てきても一向不思議ではないのだ。

「トリガー」は消費税を対象に

一律の燃料価格引き下げは、その恩恵が燃料消費の多い高所得層により手厚く、したがって低所得層への支援策としても非効率である。いわゆる「アベノミクス」に基づく財政出動と金融緩和が持続し、その副作用として国際的な金利上昇局面での円安を誘発し、これが2022年第4四半期以降、原油輸入額押し上げの主因をなしている。とすれば、円安によって利益を得る企業・所得層から、円安による物価高に苦しむ低所得層への所得移転を図るのが、支援の本筋だろう。いずれにせよ、日本の原油高は「アベノミクス」が日本経済に与えた歪みの一環である点で特異であり、この歪みを是正する大本の努力なくして、その解を見出すことはできない。

また、ガソリン税は従量税だから原油価格が上昇するほどに税負担率は下がる。「トリガー」を設けるとするならば、むしろ従価税である消費税を対象とすべきだろう。例えば課税価格が180円を超えた段階で消費税を一定額(18円)とすれば、ガソリン価格で199円以上の分は、卸価格の上昇を忠実に反映するに止まり、また、小売価格が断絶して買い急ぎや買い控えを惹起することもない。

一旦政治が恣意的に価格を決めると、必要な値上げも政治のせいにされ、これを嫌がってぐずぐずと補助が続く「無責任体制」となりがちである。このような自縄自縛に陥ることなく、率直に国際石油価格を国内市場に反映させて国民に創造的対応を促し、これを統合して新たなエネルギー・輸送システムの構築につなげていく、前向きな政治的指導力が求められる。

W BC準決勝、吉田の同点スリーラン、遊撃手「源田の1ミリ」の守備、本塁打を狙える球をあえて犠牲フライにした山川、凡打の確率が最も高いコースに投げ込まれた球を短く持ったバットで弾き返した大谷、そして最後は主砲・村上の一振りで代走の俊足・周東がサヨナラのホームイン。そこには選手の技があり、試合運びの全てが理に叶っており、そして何より、逆境の中で最後まで勝利を目指す気迫があった。原油高価格に挑む、そのような本来の日本の姿が見たい。

石油アナリスト 小山正篤

(注5)資源エネルギー庁による「補助がない場合の」想定ガソリン価格から消費税分を引き、そこで特定税率を本則税率に置き換えた上で、消費税を掛け直して算出。

【目安箱/1月25日】能登半島地震で難航する電力復旧 システム改革の影響は?


電力システム改革の制度設計で活躍中の東京大学の松村敏弘教授は、2022年6月に「【論考】初の電力需給ひっ迫警報 大騒ぎしすぎではないか」という記事を、エネルギーフォーラムのウェブサイトに寄稿している。これはエネルギー関係者の間で騒ぎになった。

松村氏はこの論考で、政府がこの時点の電力不足への懸念から出した「電力需給ひっ迫警報」への反響を「騒ぎすぎ」という言葉を使って批判。停電のリスクをゼロにする必要はないと指摘し、電力自由化を止めてはならないと主張した。

自由化によって、電力供給に完璧を目指さなくてよいという考えもあろう。松村氏はその立場のようだ。しかし消費者の大半は、自分が認めてもいないのに電力の安定供給が損なわれることは容認できないはずだ。松村氏の割り切った考えは、消費者の希望から離れている。そして、その考えを採用して自由化を進めた結果、それを一因として供給設備が不足する事態になった。

消費者は、安定供給を何よりも重視する――。1月1日に発生した能登半島地震で、それが顕著に現れた。

◆能登半島沖地震、復旧完了まで約1カ月の見通し

この地震での1日も早い復旧と被災者の方の生活の回復を祈りたい。

電力インフラでは復旧が進んでいる。停電数は、地震直後に一時4万5000戸だった。1月24日午前時点で、石川県の能登半島地域の一部で約4300戸まで減った(北陸電力送配電・停電情報)。今月中には、復旧作業が概ね完了する見通しだ。

この北陸電力の電力システムの維持は、素晴らしい成果だ。北陸三県、石川、富山、福井に主に電力を供給する同社の契約口数は23年9月末時点で218万8200件ある。電力供給の大半は維持されている。その努力に感謝をしたい。

北陸電力の復旧作業(同社1月22日のXより)

停電が残っている主な理由は、能登半島の交通事情の悪さによるものだろう。今回の地震で被害を受けた石川県北部、能登半島は、道路の数が少ない。半島という一方向からしかアクセスができない地形の影響もあるはずだ。

日経新聞は1月24日付の朝刊で、「電力供給 進まぬ分散 大手寡占、災害時にリスク」と題する記事を掲載した。これに対し、電気事業連合会は同日、「一般送配電事業は、周波数を維持し安定供給を実現するとともに、電柱や電線など送配電網の建設・保守のスケールメリット、一元的な管理による二重投資の防止、などの観点から、規制領域とされている許可事業であり、大手の寡占との指摘はあたらない」「今回の能登半島地震においては、輪島市、珠洲(すず)市を中心に道路の寸断(土砂崩れ、道路の隆起・陥没・地割れ等)や住宅の倒壊等により立入困難な箇所が多数あることなどが思うように復旧作業が進まない要因だと承知しており、停電長期化の原因が『電力供給のもろさ』にあるという指摘はあたらない」などとする見解を公表した。そもそも、大手の寡占が災害時のリスクになるという指摘は、どう考えてもおかしい。そうだとすれば、地域独占時代は災害に弱い電力システムだったということになってしまう。それが事実ではないことは、歴史が証明している。

これまでの巨大地震では、復旧はもっと早かった。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では約260万戸の停電が発生し、6日後の23日に倒壊した家屋を除いて概ね復旧が完了した。2011年3月11日の東日本大震災では東北電力エリアで466万戸、東京電力エリアで405万戸の停電が発生。東電エリアでは7日後に停電が解消され、東北電エリアでも地震発生から8日以内に約94%の地域で停電が解消された。16年4月の熊本地震では約47万7000戸が停電し、1週間後にほぼ全戸で復旧した。18年9月の北海道胆振東部地震では北海道全域でブラックアウトが起きたが、やはり1週間後にはほぼ全戸で復旧した。

こうしてみると、1週間という期間が復旧完了の一つの目安だったことが分かる。いずれの地震でも、復旧に相応の時間を要した水道や都市ガスに比べると、「レジリエンス」に優れたエネルギーといえるのだ。しかし、こうした状況が今後も続くかは分からない。

◆発送電分離後初の巨大地震

政府は、1990年代から電力自由化に着手し、東日本大震災を機に「エネルギーシステム改革」の名で一段とその範囲を広げた。電力とガスではこれまで大口の産業用が自由化されていたが、それが家庭用も含めて全て自由化された。2022年までに電力会社の発電会社と送電会社を法的に分離することが目標にされ、実行された。北陸電も2019年に北陸電力配送電を設立し、分社化した。

それまで、災害対策は発送電一貫体制の大手電力会社が一手に担ってきたが、発送電分離後は事業会社ごとに対策が分かれてしまったのだ。今回の能登半島災害は、発送電分離後初めてとなる巨大地震である。北陸電グループが発送電を分離しても災害対策をおろそかにしているわけではないのは言うまでもないが、19年9月に台風15号の影響で発生した千葉大停電では、いち早く発送電分離されていた東京電力グループの体制が復旧現場を混乱させる一因になったとの指摘が、東電内部から聞こえていた。

実は、電力システム改革を巡る議論の中で、小売全面自由化、発送電分離、再エネ電源導入拡大の局面において、有事の安定供給体制をどのように維持していけばいいのか、問題を徹底的に詰めていなかった。システム改革は2011年3月の東京電力福島原発事故の後で、「事故を起こした東京電力はけしからん」という批判を背景に、当時の民主党政権において政治主導で始まった印象がある。経産省の「電力システム改革専門委員会報告書」(13年2月)を見ると、自由化後の災害での電力安定供給の維持について「期待したい」「電力会社の社内文化の維持を支える制度づくりが必要」といった指摘はあるが、具体策は書かれていなかった。

◆電力システム改革の影響の検証を

今回の能登半島地震では、インフラの復旧、特に停電地域で電気を求める声は切実だ。災害が今後も多発する日本で、電力の安定供給は重要な論点であるのに、それを確保する仕組みがまだ詰めきれていない。供給責任の所在も、曖昧なままだ。契約という個別の関係で解決されるというのが自由化の建前だ。しかし今回の災害では、地域の安定供給維持を大手電力が期待され、北陸電力もそれに応えようと頑張っている。一方で、あまたある新電力は今回どのような災害対応を行っているのか、全く表に出てこないことも気になる。全て北陸電力任せで、特に何の協力、応援も行っていないのだろうか。

いずれにしても、電力システム改革の後戻りはできない。経産省は、かつての発送電一貫体制時代の災害対応を評価した上で、今回の地震で電力システム改革の悪影響が出ていなかったかを何らかの場で検証してほしい。さもなければ、今回の能登半島地震が、「日本の電力復旧、最後の成功例」になってしまいかねない可能性は否定できない。

【論考/1月22日】燃料油補助問題を考える〈上〉 日本を弱体化させるワケ


昨年3月、「侍ジャパン」のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝に日本中が沸いた。フロリダ州マイアミで行われた準決勝、決勝とも先制点を許しながらの逆転劇。手に汗握る展開の中で、困難に立ち向かうチームの気迫、技、そして粘り強さは、多くの人々に感銘を与えた。

原油価格が高騰する時、日本に期待されるのは、あの「侍ジャパン」のような姿勢だ。現実が厳しくとも決して逃げず、これと格闘する中で技を磨き、自らを強靭化して局面を打開。最後は逆転サヨナラ勝ち、といった展開だ。これは決して言葉の遊びではない。事実、日本が経済大国として台頭したのは、1970年代の2次にわたる石油危機を潜り抜けてからだ。良質・低燃費の小型車を開発して世界の自動車市場を席巻し、また従来の資源・エネルギー集約的な素材・重化学工業から電機・電子工業を中心とする組み立て産業へ、さらにはサービス産業へと、石油危機を梃子に産業構造の転換までも遂げた。

70年度から80年度にかけて、日本の原油輸入単価は11倍、総額では実に14倍も上昇した(注1)。また80年度、原油は日本の総輸入の36%を占めていた(2022年度は11%)。これほどに強烈な衝撃を受けても、それを克服する突破口を切り拓き、その道筋を示してきたのが日本だ。2000年代半ば以降の油価上昇期にも、日本はハイブリッド車の普及を加速させ、資源高を消費側の技術革新によって積極的に克服する姿勢を見せた。

しかし今回はどうだ。2022年1月末以降続いている燃料油価格補助金は、いわばWBC準決勝でメキシコに3点先取されたところで、「負担に耐えられない」と白旗を上げ、不戦敗を宣言して退場してしまったようなものだ。「侍ジャパンはどこへ行った?」と観客(世界)は唖然とする他ない。

燃料油価格補助金は日本を弱体化させる。以下、考えてみよう。

◆対処すべき問題は何か?

「燃料油価格高騰」とは、日本が産油国に支払う原油代金の高さ、の問題である。原油代金は、ドル建ての原油価格と、円の対ドル為替レートに分解できる。図1は22年1月以降の原油輸入単価(円/ℓ)の上昇を円安とそれを除く(ドル建価格上昇)効果とに分けて示している。基準となる22年1月の輸入単価はバレル当たり約80ドル、為替は1ドル約115円。「円安効果」は、各月の為替レートがこの115円で一定であった場合と比べての増分である。すると22年10月以降、原油輸入価格上昇の半分以上は円安によることが分かる。特に23年1~11月では、円安の寄与度は平均75%となり、「原油高」の大半は円安の結果だった(注2)。

この問題に日本が取るべき対応は、原油高を梃子とする一層の省・脱石油の促進、換言すれば石油生産性(石油消費単位あたりの経済・社会活動)の向上であり、これによりドル建て原油価格に下方圧力を、円・ドル為替レートに上方圧力を加えることである。

補助金は、原油輸入額抑制への誘因を削ぎ、対処すべき問題をむしろ悪化させる。「脱炭素化への逆行」云々以前に、根本的に誤っているのは、問題自体から逃避する姿勢なのである。

◆ガソリン価格上限はインドの平均価格並み

燃料油価格の「激変緩和事業」は22年1月末から実施されている。当初はその名の通り、期間は同年3月末までと時限的、また支給単価上限も1ℓ当たり5円の緩和措置だった。しかし、ロシアの対ウクライナ侵略開始後、3月4日「原油価格高騰に対する緊急対策」さらに4月26日「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」により、基準価格は同168円で固定、支給上限は同35円に引き上げられる。以来、時限的緩和の性格は消え、小売価格を一定水準に抑え込む「継続的な価格操作事業」に変容した。このとき22年9月末まで延ばされた期限は、その後さらに4回延長され、今のところ24年4月末である。

表1は日本のガソリン小売価格をドイツ、米国及びインドと比較している。ウクライナ危機以前の22年1月を基準とすると、22年の平均価格はドイツ(ユーロ/ℓ)で11%、米国($/ℓ)で20%弱上昇。これが日本(補助金後)はわずか1%強である。価格変動が打ち消されたのが分かる。円換算すれば、同年の最高値(月間平均)はドイツ281円、米国174円(注3)。米国の場合、乗用車1台当たりのガソリン消費量は日本の2倍半以上だから、日本の感覚に直せば400円超と言っても大過無かろう。対して日本の最高値は175円。これはインドの平均価格177円をも下回っている。

22年10月「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」では補助を23年6月以降に25円から段階的に縮小して9月末に打ち切るとしていた。しかし8月にガソリン価格が180円台に乗った後、政府は「新たな激変緩和措置」を9月7日から開始、これを23年11月「デフレ完全脱却のための総合経済対策」で24年4月まで延長した。この「新たな」措置では、ガソリン価格の上限を175円程度とする明瞭な目標値が置かれ(基準価格168円+非補助限度5分2 (185-168)=175円)、これに沿って補助金が支給される。この上限は、やはりインドの23年平均価格 177円を下回る。ちなみにインドの1人当たり名目国民所得は日本の1割に満たない。

こうして22年2月以来、日本の国内燃料油価格は国際市場の変動から遮断され、「仮想現実」と化して下位安定した。実質的に公定となったその価格水準は、「物価高から国民生活を守る」を旗印に、漠然とした「国民の実感」に基づく政府の裁量に委ねられている。

◆原油代金の2割を納税者が立替え

燃料油価格補助金の予算計上総額は21年度以降約6.4兆円に上る。会計検査院・令和4年度決算検査報告によれば、激変緩和対策開始から23年3月までの補助金交付額は、計2.99兆円。一方、22年2月から23年3月までの期間、日本の原油輸入総額は計15.5兆円だった。すなわちこの期間、実質的に、政府は日本の輸入原油の約2割を産油国から国際価格で購入し、円安による値上がり分も含め、全て無料で国内石油会社に提供。これを石油会社が小売業者を通じて消費者に還元した形だ(注4)。

結局のところ、政府補助金の原資は税金だから、これは納税者から消費者への所得移転となる。消費者としての国民は、輸入原油2割相当分の無料化という、大安売りを享受した。しかし最終的にその無料化の費用を支払うのは、納税者としての国民である。それが将来の増税、あるいは納税の対価である公共サービスの劣化など、どのような形を取るにせよ、納税者が負担することに変わりない。

23年3月までに3兆円。24年4月までに、もし予算を使い切れば、計6兆円超。この巨額の国税を使って、1バレルの石油生産能力、1カ所の高速充電施設、1台の自動運転車も増えない。増えるのは、既に1200兆円を超える国の借金と、石油燃焼後の温暖化ガスくらいのものだ。そして課題である省・脱石油への動きは、むしろ低価格によって阻害される。財政負担を増しつつ、石油高価格への耐性を弱めるこの政策は、将来の日本を弱体化させる。

〈下〉に続く。

石油アナリスト 小山正篤

(注1)資源エネルギー庁「エネルギー白書2023」、図・第 213-1-8 (https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2023/html/2-1-3.html)。

(注2)石油連盟「統計資料リスト03. 原油・石油製品輸入金額」(https://www.paj.gr.jp/statis/statis)を参照。

(注3)表1ではレギュラー・ガソリン小売価格の月間平均値をまず求めた上で、その年間平均、最高値、最安値を示す。ドイツ、米国、インドの円貨表記の最高・最安値は、現地通貨での最高・最安値をそれぞれ当該月の為替レートで換算したもの。データの出所は以下の通り。

日本:資源エネルギー庁「燃料油価格激変緩和補助金」(https://nenryo-gekihenkanwa.jp/)。

ドイツ:European Commission, Weekly Oil Bulletin (https://energy.ec.europa.eu/data-and-analysis/weekly-oil-bulletin_en#price-developments).

米国:U. S. Energy Information Administration, Weekly Retail Gasoline and Diesel Prices (https://www.eia.gov/dnav/pet/pet_pri_gnd_dcus_nus_w.htm).

インド:International Energy Agency, OECD Energy Prices and Taxes.

為替レート:台湾中央銀行統計(https://www.cbc.gov.tw/tw/cp-520-36599-75987-1.html)など。

(注4)ただし会計検査院は2022年2月から2023年3月までの期間に、補助金交付額と実際のガソリン価格抑制額との間に101億余円の差があり、その分は消費者に還元されなかったと指摘している。会計検査院「令和4年度決算検査報告の本文」、633-658頁(https://www.jbaudit.go.jp/report/new/all/index.html)を参照。

【記者通信/1月18日】能登半島地震で志賀原発を巡る流言飛語の真相


能登半島地震で、北陸電力志賀原子力発電所を巡るデマや、不安をあおる情報が流れている。果たして、実際のところはどうなのか。「今回の地震で、人体に影響のある、放射能漏れのような重大事故が、志賀原発で起こる可能性はまずない」

これが結論だ。大手メディアは被害が軽微だった志賀原発の問題ばかり報じているが、実際には、そこから25kmほど東にある北陸電力七尾大田火力発電所(石炭、総出力120万kW)ほうが揚炭機や払出機が損傷するなど被害は甚大で、現時点で復旧のめども立っていない。電力供給の観点で言えば、長期停止状態にある志賀原発よりも七尾大田火力の問題のほうがはるかに大きいのだ。事と次第によっては、被災地の復興にも影響してこよう。

しかし、メディアが七尾大田火力の話題をほとんど取り上げていないこともあり、世間的にはこの問題が知られていない。そうした中、とりわけ原発ばかりを問題視する朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の報道姿勢を巡っては、エネルギー業界のみならず、経済界や有識者からも疑問の声が噴出している。いたずらに不安をあおり立てるのではなく、被災地の実情や今後の復興に目を向けた報道姿勢が問われている。

北陸電力の志賀原子力発電所(編集部、2015年)

◆確認すべき情報源

では、志賀原発の現状はどうなのか。北陸電力はウェブサイトのトップページ「令和6年能登半島地震について」「志賀原子力発電所の現状について」、電気事業連合会は「特設サイト:能登半島地震による各原子力発電所への影響について」などで、志賀原発を巡る情報を積極的に公表している。これらのページを読んでいただきたい。

一方で、原子力規制庁は地震発生時の1月1日に2回の臨時ブリーフィングを実施。原子力規制委員会は10日の第57回会合で「能登半島地震における原子力施設等への影響及び対応」を公表したが、能登半島地震における原発関連の情報はそれ以外に発信していない。しかも、規制委ウェブサイト上の一発でたどり着けない場所にこれらの情報が置かれている。おそらくは人員不足などのためだろうが、国民に安全・安心を提供する国の機関としての機能を全く果たせていないと言わざるを得ない。

これらに書かれている情報を、より短く、読みやすいよう、ネットで見られる疑問に沿って整理してみた。

◆多い質問とその答え

Q:能登半島地震で志賀原発に何が起きたのか。放射能漏れは起きていないのか。

志賀原子力発電所は現在、新規制基準の審査などのため1号機、2号機ともに停止中。1号機は申請しているものの、発電能力の大きい2号機の審査が優先されている。いずれも核燃料は装填されていない。ちなみに2号機は2006年3月に運転開始したABWR(改良型沸騰水型原子炉)で当時は世界最新鋭だった。発電出力は135万kWと国内最大規模だ。

今回の地震では原子炉本体に異常はなく、外部への放射能漏れなどの事故は起きていない。

一方、発電所内の電流の電圧を変える変圧器が破損し、コンサベータ(油劣化防止装置)、冷却器配管、変圧器本体の3カ所から計1万9800ℓの油が漏れた。そこから取水溝を通じて「海に漏れた油」があった。それを騒いだメディアがあったが、海に漏れた油の量は推定で6ℓ前後とごくわずかだ。漏れた油は油膜フェンスでせき止められて、海上に広がっていない。ちなみに、変圧器は原発に限らず、どの発電所にも置かれている一般的な設備だ。

破損した変圧器の一つ。破損部位はブルーシート部分(北陸電資料)

放射能が漏れているかどうかは、モニタリングポストで確認できる。「図1」で示された通り、放射能漏れは起きていない。自治体が設置したポストが破損しただけで、志賀原子力発電所構内のポスト7カ所は壊れずに、放射線の測定を続けている。

モニタリングポストの数値。1月9日時点。石川県内の放射線の状況はすべて薄青で、自然放射線レベル。何も危険はない(規制庁資料)

Q:地盤が崩壊していないか。

一部の地面が揺れ、舗装などに割れ目があった。しかし、いずれも数cmレベルの舗装道路の破損で、発電所の運営や交通や作業に支障はない。頑丈に作ってあり、大規模災害時に使う発電所内の基幹道路は破損していない。構内の道路の破損は図2の通りだ。

志賀発電所の地震の影響で生じた主な道路の破損箇所。いずれも数cmのずれ(規制庁資料)
物揚場(港湾の物資揚陸に使う場所)で生じた段差(規制庁資料)

Q:津波が不安だ。福島第一原発事故は、津波で設備が壊れたことで発生した。

津波の高さは、気象庁によると志賀町付近では1月1日の地震で約3mだった。志賀原発では、外部から冷却のために取り入れる取水槽の水位が、それに連動したためか、3m上昇したことが観察されたが、そこからの水の構内設備への漏れ、浸水などはない。

志賀原発は、海面から高さ11mの場所に主要設備が作られ、その11mの場所に高さ4mの防潮堤が作られている。つまり海面から主要設備が水没するまで15mの高さの余裕がある。3mほどの津波で影響はない。

水位上昇の説明図(規制庁資料)

Q:火災が発生したと報じられている。

火災は発生していない。

Q:外部電源がなくなったとの情報がある。

なくなっていない。外部電源は5系統ある。そのうち、変圧器の破損で2系統が使えなくなったが、3系統は維持されている。非常用電源は1号機に3台、2号機に3台あり、いずれも使える。また、それとは別に大容量電源車が2台(1台点検中)、高圧電源車が8台あり、それらも使える。電源が喪失することはない。

原子炉2号機の非常用発電装置の写真。損傷は1月10日時点でない(北陸電資料)

Q:想定外の揺れの地震があった。

設計上は旧規制基準の600ガル(揺れの大きさを示す加速度)に耐えられる。新規制基準で1000ガルに耐えられるように工事を行う予定だ。原子力規制庁によれば、1、2号機の基礎部分の一部で揺れが想定を上回った(東西方向の0.47秒周期の揺れで、1号機では918ガルの想定に対し957ガル、2号機では846ガルの想定に対し871ガルだった)が、原子炉建屋などの重要施設が影響を受けやすい周期ではなく、重要施設に異常はないと説明している。原子炉の安全に関係する主要機器では想定以上の振動は観測されなかった。

Q:使用済み核燃料の保管プールが心配だ。水が漏れたと伝えられた。

どの原子力発電所でも使用済み核燃料を原子炉建屋内に保管している。水中に入れて冷却を維持している。志賀原子力発電所では1号機の冷却ポンプが地震直後に停止したが、すぐに復旧した。2号機では揺れによって推定57ℓの水がプールの周辺に漏れた。微量の放射線を発する水だが、すでに拭き取っている。外部への放射線漏れなどの影響はない。またいずれのプールでも破損はないし、冷却は維持されている。

1号機、2号機とも運転停止から10年以上が経過しているため、同燃料の温度は下がっている。水を冷却しなくても、加熱して水が蒸発する可能性はほとんどない。

2号機の使用済み核燃料の保管プール。安全に燃料は管理されている。1月10日(北陸電資料)

Q:石川県に地震の可能性がある以上、原発を作るべきではない。

今回の能登半島地震のプロセスも解明されていない状況で乱暴な意見だ。日本の原子力発電所は、堅固な岩盤の上に原子炉が建てられ、活断層が重要施設下部にない条件で建設されている。「活断層でない」とは直近12万年動いた形跡がない断層のこと。もちろん今回の地震の分析は必要だが、今回のように安全が確保できるならプラントを潰す必要はない。

冷静に原子力情報に向き合う 規制委・規制庁に重要な役割

以上が主な疑問と、専門家の意見、各当事者の意見を参考に編集した答えである。あり得ない志賀原発の事故の不安を膨らませるのではなく、冷静に情報を受け止めてほしい。そして、今の災害の克服と次の災害の準備をするべきだ。

繰り返しになるが、こうした有事には流言なども含めさまざまな情報が錯そうする中で、北陸電や電事連がいくら正確な情報を発信しても、当事者の業界だけに信頼性、客観性のある情報として受け止められない可能性がある。だからこそ、いたずらに不安をあおるような流言飛語を打ち消すためにも、国の機関である規制委・規制庁が原子力の安全・安心に関する情報を、分かりやすく積極的に発信していくことは、重要な役割のはずだ。対応の改善が求められる。

◆「志賀原発の安全性が証明された」との考え方も

最後に、改めて強調しておきたいのは、志賀原発があれほどの強い揺れに見舞われながらも、「外部電源や必要な監視設備、冷却設備、非常用電源などの機能を確保しており、原子力施設の安全確保に問題は生じていない」「発電所に設置しているモニタリングポストの数値に変化はなく、外部への放射能の影響もない」ことだ。

一般的に考えて、原発に限らず、どのような施設であろうと、強い地震に見舞われたら、何らかの損傷が発生することは避けれられないだろう。もし、それを回避し、どんなに強い地震でも傷一つ負わない施設を構築しようとすれば、実に膨大なコストや労力、時間が必要になってしまうのは、誰の目にも明らかだ(現在の原発安全対策は、それに近いものがあるが)。

重要なのは、たとえ何らかの被害を受けたとしても、人の生命に関わるような重大事故の発生を防ぐことができる仕組み、対策をしっかりと講じておくことだ。分かりやすく例えるなら、津波の進入を100%を阻止する防潮堤の構築が必要なのではなく、万が一、津波が防潮堤を乗り越えてきたとしても、重大事故にいたらないような二重、三重の仕組みの構築が必要ということだ。そうした意味では、今回の地震によって志賀原発の安全性が逆に証明された、と考えることもできるのではないか。志賀原発を巡っては否定的、批判的な報道が目立つ中で、あえて課題として提起しておきたい。

【メディア論評/1月11日】中部電力・東邦ガスのカルテル疑惑事案を検証


2021年4月と7月、公正取引委員会は中部電力・中部電力ミライズ、関西電力、中国電力、九州電力・九電みらいエナジーの電力4社グループについて、独占禁止法第3条(不当な取引制限の禁止)の規定に違反する行為(カルテル) すなわち「特別高圧・高圧のエリア外での営業活動の制限」に関する立入検査を行った。並行する形で同年4月と10月、中部地区の大手電力、ガス事業者である中部電力・中部電力ミライズ、東邦ガスに、公正取引委員会による立入検査が行われた。こちらは、4月が「家庭向け低圧電力、都市ガスの販売価格維持」、10月が「特別高圧・高圧、大口ガスの入札、見積もり合わせの際どちらが受注するかなどの受注調整」についてであった。

◇公正取引委員会による立入検査の経緯

・21年4月13日

〇中部電力・中部電力ミライズ、関西電力、中国電力「中部地区、関西地区又は中国地区における特別高圧・高圧のエリア外での営業活動の制限」

〇中部電力・中部電力ミライズ、東邦ガス「中部地区における家庭向け低圧電力、都市ガスの販売価格維持」

・21年7月13日

〇関西電力、中国電力、九州電力・九電みらいエナジー「中部地区、関西地区、中国地区、九州地区における特別高圧・高圧のエリア外での営業活動の制限」

・21年10月5日

〇中部電力・中部電力ミライズ、東邦ガス「中部地区における特別高圧・高圧、大口ガスの入札、見積もり合わせの際どちらが受注するかなどの受注調整」

Ⅰ.(参考) 電力4社のカルテル疑い 事案の推移

上記の大手電力4社グループのカルテル疑い事案については、関西電力がいわば扇の要として中部電力、中国電力、九州電力それぞれと協議を行ったとされた(関西-中部、関西-中国、関西-九州)。今般の中部地区のカルテル疑い事案の参照とするため、この電力4社の事案の推移について振り返る。なお、中部地区の事案はまだ意見聴取通知書受領の段階である。このため、電力4社の事案における最終的な排除措置命令・課徴金納付命令(23年3月30日)、その後の取消訴訟、株主代表訴訟の動きについては、中部地区の事案の今後の展開などに参考となる部分に絞って言及する。

◇事案の展開

22年11月25日 公取委は、事前にリーニエンシー(課徴金減免制度)をした関西電力を除く電力3社グループ(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力九電みらいエナジー)に、排除措置命令や課徴金納付命令に関わる意見聴取通知書を決定、通知を行う。

22年12月1日 電力3社が上記意見聴取通知書を受領、プレス発表。これを受けて中部電力・中電ミライズは当日、特別損失(275.5億円、うち中電201.8億円、中電ミライズ73.7億円)計上を適時開示。中国電力は翌日に特別損失(707.1億円)計上および業績予想の修正を開示した。事前リーニエンシーをした関西電力には、排除措置命令もなされなかった。

・その後、上記電力3社グループ(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力・九電みらいエナジー)に対する意見聴取

・23年3月30日 電力3社に排除措置命令・課徴金納付命令中部電力:同日に記者会見(水谷 仁副社長

公取委の調査に対して一貫して否定をしていた中部電力は、処分が発表された3月30日、取消訴訟提起を発表した。正式の提訴は9月25日に行った。中部電力のプレスリリース〈公正取引委員会からの排除措置命令などに対する取消 訴訟の提起を決定いたしました〉〈……今回の各命令(排除措置命令、課徴金納付命令)について、……公取委との間で、事実認定と法解釈について見解の相違があることから、本日、取消訴訟を提起することを決定いたしました。今後、訴訟において当社の考え方を説明し、司法の公正な判断を求めてまいります。〉

中国電力、九州電力も23年9月末に正式に取消訴訟を提起した

〇中国電力  取消訴訟提起 納付命令を受けた課徴金が個社レベルでも史上最高となった中国電力は、中部電力より少し遅れて23年4月28日に訴訟提起を決定した。正式の訴訟提起は9月28日に行った。中部電力の場合、訴訟提起は「事実認定と法解釈について見解の相違がある」ためとしたが、中国電力の場合は「事実認定と法解釈において一部に見解の相違がある」と、「一部に」という文言が付いた。処分が出された3月30日の記者会見の質疑において、同社幹部はカルテル行為の認定の範囲について下記のように述べている。「今回の認定では、中国地方すべての顧客、すべての官公庁入札が認定されているが、当社としてはそういう認定はおかしいのではないかと考えている」

〇九州電力 取消訴訟提起 九州電力の取消訴訟提起は、上記2社より遅れて、7月31日に決定、9月29日に正式に提訴した。

◎株主からの現旧取締役に対する責任追及の提訴請求への対応

関西電力を含む各社の株主からは株主代表訴訟に向けた動きも出てきた。23年6月、電力4社は、それぞれの株主から、現旧取締役の責任追及の提訴請求を受領した。電力4社のうち中部、関西、九州の3社は訴えを提起しないことを決定した。一方、中国電力は8月3日、清水希茂・前会長、瀧本夏彦・前社長(いずれも6月株主総会日をもって退任)ら一部役員に責任追及の訴え(調査にかかった弁護士費用など約5993万円)を提起することを決定した。その結果を受けて10月12日、各社の株主が現旧取締役に損害賠償を求める株主代表訴訟を名古屋、大阪、広島、福岡の各地裁に起こした。

◎経産省からの業務改善命令

一方、公正取引委員会の命令を受けて、7月14日、経産省から4社に対し業務改善命令が出され、各社は8月10日までに業務改善計画を提出した。

【目安箱/1月6日】使われ方がゆがむ? 茨城県の原発事故シミュレーション


日本原子力発電の東海第二発電所(茨城県東海村)が事故を起こしたらどうなるか――。茨城県はそんな事態を想定したシミュレーションを、11月27日に公表した。こうした検討は万が一の想定のために意義あるものだろう。しかし懸念通り原子力の反対派やメディアが恐怖感を強調し、情報を拡散しており、政治の現場でもゆがんだ形で使われそうな気配だ。茨城県は、この扱いについて慎重に向き合うべきではなかったか。

茨城県が公表した、放射性物質の拡散図。南西の風、降雨、安全設備が全て使えないというこの図の想定の場合に、17万人の避難が必要になる。

◆茨城県で広がる波紋

このシミュレーションは、原電が作成し、茨城県がその妥当性を検証して公開した。避難計画の実効性の検証を目的として自治体が電力会社に事故のシミュレーション試算を求めて公表したのは全国で初めてだ。原子力規制委員会が16の原子炉で事故のシミュレーションを公開しているが、避難者の推計を出してはいない。

この県の対応は、大井川和彦茨城県知事の主導によるものとされる。東海第二の再稼働で問題になっているのは避難計画だ。福島事故の後で災害対策基本法が改正され、原発から30km圏では住民の避難計画の策定が必要になった。東海第二の場合は、30km圏内に約92万人がいる。この数の多さから策定が難しいのだ。避難計画の不備を主な理由に水戸地裁は21年3月に東海第二の運転差し止めを命じ、東京高裁で控訴審が続いている。

東海第二を巡っては、その範囲にある14市町村のうち8つの自治体で広域避難計画がまだ出来ていない。地元の東海村は23年12月27日に避難計画を作成し公表した。

大井川知事は発表の会見で「再稼働の可否にはシミュレーションの結果は関係がないが、92万人が同時に避難することはないと明らかになった。県は周辺市町村と一緒に避難計画の完成を目指す」と述べた。

◆政治的に利用される懸念

東海第2原発(原電提供)

大井川知事は避難計画作成の支援になる情報と考えたようだが、予想通り、原発に懐疑的なメディアが、批判の材料に使った。また市の一部地域が30km圏にかかる水戸市では、再稼働に慎重な高橋靖市長が「結果をよりシビアに受け止める必要がある。市内全域が一時移転(避難)する可能性があるという認識のもと、全市民分の避難先を確保し、全地域の避難計画を策定していきたい」との考えを示した。

11年3月の東京電力福島第一原発事故では、安全神話の下に事故の避難を誰も真剣に準備せず、大きな混乱を引き起こした。その反省からシミュレーションを行うことには意義がある。しかしそうした予想は、政治の現場や一般人の間では、一部のみを取り出し、情報がゆがめられて広がり、別の意味を持ってしまう可能性がある。しかも、意図的に情報を捻じ曲げようとする人たちがいる。このシミュレーションでは、そんな傾向があるようだ。

このシミュレーションの結果について、茨城県は大規模な広報をするのではなく、資料の一つとして扱うべきではなかったか。また次に述べるように、ほぼあり得ない想定を設けて、このシミュレーションは行われた。それに基づく準備は、無駄になる可能性が高い。

◆最大17万人の避難、ただしあり得ない想定

東日本大震災、福島事故での郡山市内の避難所の様子(読者提供)

シミュレーションの中身は、やや現実性を欠いたものになっている。ほぼ全ての地震・津波対策の設備と、大型航空事故やテロ対策の設備が使えないと想定している。

ここでは一部の重大事故対処のための装置のみが使えて、その上でフィルター付きベント(排出)装置を通して、原子炉内の圧縮空気を大気圏に放出する場合を「シミュレーションⅠ」とした。そしてそのベント装置と重大事故対策装置も使えずに原子炉が破損して、放射性物質が外部に出る場合を「シミュレーションⅡ」とした。そして風向きや気象条件を変えてそれぞれ11通りずつ、計22通りのパターンを作成した。

県の計画では、原発事故が起きると、5km圏の住民(東海第二の場合は東海村全域、日立市、ひたちなか市、那珂市の一部の約6万4千人)は放射性物質が放出される前に予防的に避難する。5~30km圏の住民は原則、屋内退避で、空間線量の実測値が高かった区域は、基準に応じて数時間以内に避難、または1週間以内に避難(一時移転)をする。

シミュレーションⅠについては、5㎞圏の約6万4千人は避難するものの、5~30km圏では、避難は必要ないという結果だった。

シミュレーションⅡについては、避難者が最も多い場合は次のような状況だ。5km圏の住民に加え、南西方向に風が吹いて長雨が降った場合、5~30km圏で那珂市とひたちなか市の最大約10万5千人の避難(一時移転)が必要になる結果だった。5㎞圏の約6万4千人と合わせ、約17万人が避難対象になる。

原電は、安全対策工事を行っており、また事故対策の設備は分散させ、また複数ずつ設置しているために、ほとんどの設備が同時に使えなくなるという、今回のシミュレーションの想定は「工学的には考えにくい」としている。

このシミュレーションが政治的に利用されることなく、実効性のある計画を作るという本来の目的のために使われてほしいと願う。

そして「なぜ稼働させながら避難や事故対策を考える」という取り組みを、政府は行わなかったのか、改めて疑問に思う。諸外国ではそれが通例だ。避難計画の難しい規制を作ってしまったゆえに、原発を動かせず、電力業界、そして日本経済が混乱している。

【記者通信/12月29日】現地ルポ・東海第二 安全対策工事の最前線を行く


日本原子力発電の東海第二発電所(茨城県東海村、東海第二)を訪れた。安全性向上のための対策工事によって、発電所が大きく生まれ変わろうとしている。この原発の再稼働では、事故の際の避難計画の作成と住民の同意が解決すべき課題になっている。この大工事の具体的な中身や努力が知られれば、関係者に安心をもたらすのではないか。

日本原電東海第二発電所の外観(同社提供)

2024年9月の完工目指す

東海第二では、構内をぐるりと囲む防潮堤、電源装置を常置する頑強な建物、地下貯水タンクなど、巨大な建造物が作られつつあった。この工事は、原子力規制委員会が2013年に作った新規制基準に対応したものだ。東日本大震災の教訓を生かして、安全性を高める取り組みを求めている。日本原電は東海第二の工事で、24年9月の完工を目指す。

東海第二は1978年11月に運転を開始した。米国のGEと日立製作所が建設を担い、当時の世界ではまれな大きさだった出力110万㎾の発電能力を持つ沸騰水型原子炉(BWR)だ。原子力規制委員会は原子炉の運転期間を原則40年としていたが、この原発は安全対策の計画を出して60年までの運転を認められている。

2011年3月の東京電力の福島第一原発事故直後から東海第二は停止した。ここは関東に唯一ある原子力発電所だ。首都東京に最も近く、社会の注目度も高い。再稼働をすれば、日本の原子力産業、原子力発電事業が福島事故から復活して再び前進を始めたことを、日本と世界に印象づけられる。さらに関東と東北では夏冬の需要期の電力不足、さらに価格上昇に直面している。東海第二の再稼働と大量の電力供給は、その電力問題を改善する。

城塞のような巨大防潮堤

福島原発事故では、次のことが起きた。地震と津波で機材が壊れて必要な電源をすべて失い、原子炉を冷やす機能を失い、それが破損した。それを教訓に東海第二では、「自然災害から発電所を守り、電源を絶やさない」「原子炉を冷やし続ける」「放射性物質を外部に漏らさずに地域環境を守る」との3分野の対策が行われていた。

第一の対策として、発電所を自然災害から守る取り組みが強化されていた。東海第二は鹿島灘に隣接する。そこからの津波対策のために原子炉を「コの字」に囲む防潮堤が建設されていた。海側の防潮堤は海面からの高さが20mに達する。高さ14mの津波が押し寄せても大丈夫なように、この壁を建設した。直径2.5mの鋼管杭(こうかんぐい)を約600本並べて岩盤に届くまで打ち込み、鉄筋コンクリートで固めて厚さ3.5mの壁にしていた。大変堅牢だ。壁の全長は約1.7km。まるで城塞のようだ。

巨大な東海第二の防潮堤(同社提供)

また電源確保の取り組みも行っている。外部からの電力が喪失した場合に備え、非常用電源を地下に設置した。移動式の電源車を頑丈なコンクリート構造物内や高台に置いていた。

さらに自然災害での重要施設の破損に備えていた。主要設備には竜巻、突風による破損を避けるために、鋼鉄の覆いが付けられていた。敷地内の施設は地震、火事などの災害に備え補強や難燃性のケーブルへの取り替えなど、さまざまな取り組みを行っていた。

第二の対策として、原子炉を冷やし続ける設備が建設されていた。原子炉の冷却機能を多様化した。これまでの既存の設備に加えて、さらに新たな冷却設備を作った。5000㎥の淡水をためる地下タンクが原子炉の隣に設けられた。さらにそれが機能しない場合に備えて、別の場所にも同様の水源を設置するほか、熱交換器などを冷やすための海水ポンプピット(貯留槽)も取り付けていた。

巨額の対策投資 安全性は大幅向上へ

第三の対策として、仮に重大事故が発生しても放射能を漏らさず、地域の環境を守る取り組みが強化されていた。原子炉の格納容器内にたまった放射能を帯びたガスを放出しなければならない事態になった際に、そのガスから放射性物質を取り除く「フィルター付きベント装置」が建設中だった。これがなかったために、福島第一原発では、事故で外部に放射性物質が出てしまった。

さらに事故対策で司令塔になる緊急時対策所も敷地内の標高21mの高台に作り、そこにがれき撤去などに使うホイールローダーなど、災害対応車両を配備していた。テロ行為などがあった場合に、所員がそこに集まり原子炉を操作できる特定重大事故等対処施設(特重)の建設にも着手していた。

東海第二の敷地は約20万㎡もある。その敷地内に、隙間なく物が置かれ、工事が進んでいた。東海第二の松山勇副所長は「既存の建物の隙間に新規構造物を作るために、敷地の余裕が少なく、難しい工事だが、工夫と努力で課題を乗り越えてきた。地元の皆さまに安心していただける安全なプラントを作り、運営したい」と抱負を話した。

東海第二では、ここまでの大工事で事故の可能性が大幅に減少するのは確実。工事費用は約2350億円に上る。投資規模の大きさを考えると、早期の再稼働が求められるのは、言うまでもない。

避難計画が課題に 求められる現実的な想定

東海第二の再稼働で問題になっているのは避難計画だ。福島事故の後で災害対策基本法が改正され、原子力発電所から30km圏では住民の避難計画の策定が必要になった。しかし東海第二ではその範囲にある14市町村のうち8つの自治体で広域避難計画がまだできていない。地元の東海村は12月27日に避難計画を作成し、公表した。避難計画の不備を主な理由に水戸地裁は21年3月に東海第二の運転差し止めを命じ、今東京高裁で控訴審が続いている。30km圏内には約92万人がいる。

岸田文雄首相は原発再稼働に「国が前面にたってあらゆる対応をとる」(G X実行会議、22年8月)と決意を述べた。計画の作成は政府、茨城県、各自治体という行政側に対応が委ねられた形になっているが、その言葉通りのその早急な実行を期待したい。日本原電は、20年から地元の人々の個別訪問、説明会や車座スタイルの対話集会を開いて理解を広げようとしている。

東海第二でのここまでの安全対策を見る限り、周辺に住む人々の人体に影響があるほど、放射性物質が拡散するほどの事故が起こる可能性は極めて低いといえよう。92万人全員の避難が必要になると非現実的な想定をするのではなく、起こり得そうな状況に基づいて現実的な計画を早急に立てた方がいい。

不安ばかり煽らず 活用の利益に注目を

福島事故の経験から、原発の運用に不安を抱く人は当然いるだろう。茨城県でも、いろいろな意見がある。ある水戸市民は「1986年のウクライナのチェルノブイリ事故前までは、原子力施設があることは茨城県民にとって自慢だった。私の周りには原子力を闇雲に反対する人はいない。安全対策をしっかり行い、地元に利益があれば、稼働を容認する人が多いのではないか」と話していた。

日本原電は電力会社とメーカーが出資して57年に設立された原子力発電の専業企業だ。東海第二の隣には、日本で最初の商用原子力発電を行った同社の東海発電所がある。地元と原電の信頼関係はもともとある。この徹底した安全対策をもっと周知していけば、県民の不安は減るのではないか。

東海第二をはじめ、原発の活用は国際情勢の混乱を背景に高騰するエネルギー価格を抑制し、日本経済や経済安全保障にプラスになる。安く豊富な電力は、経済活動、個人の生活を豊かにする前提となる。原子力のパイオニアとして、日本原電に再稼働を目指し頑張ってほしい。そして問題に関わる人は、不安ばかりを煽るのではなく現実を見て、東海第二の再稼働で得られる利益を考えてほしい。

【記者通信/12月27日】柏崎刈羽「運転禁止」解除 地元同意の鍵握る知事の判断


原子力規制員会は12月27日、柏崎刈羽原子力発電所に出していた核燃料の移動禁止措置(事実上の運転禁止命令)の解除を正式に決定した。同原発は燃料装荷後に行う検査の実施が可能となり、再稼働に向けようやく一歩前進した格好だ。山中伸介委員長は、この日の会見で「あくまでスタートライン。これからも自社の努力で改善してもらうことが必要だ」と強調した。今後の焦点は地元同意と広域避難計画の策定で、新潟県側の対応に関心が集まる。東京電力ホールディングスの小早川智明社長は、夕方の会見で「人、モノ、資金を投入し、ハードソフト両面で継続的に改善していく」と述べ、自らのリーダーシップの下で新潟県との協議を続けていく考えを示した。

柏崎刈羽原発では2021年1月、他人のIDカードを使って中央制御室に不正入室していたことが発覚。規制委は同年3月、東電に運転禁止命令を出し、テロ対策の追加検査と東電に原子力事業者としての「適格性」があるかどうかの再確認を行っていた。

12月20日の規制委では、委員と東電の小早川智明社長との意見交換が行われた。小早川社長はテロ対策強化の取り組みについて、現場の意識改革の重要性について「仏像(出来上がった仕組み)に魂を入れる作業」と表現。一方、委員からは「規制委が東電に何かお墨付きを与えるわけではない」(山中委員長)、「東電は落第し、追試験を受けて評定が『可』になった。スタートラインに戻っただけ」(伴委員)などと厳しい発言が相次いだ。

「地元同意」をどう得るか 地元との信頼関係は

地元同意については、新潟県の花角英世知事が「県民の意思を確認する」としている。注目はその「手法」だ。最も穏便なのは自民党が過半数を占める「県議会での決議」だが、花角知事は「『信を問う方法』は最も明確であり重い方法と考えている」(10月13日の記者会見)と発言するなど「出直し知事選」の可能性も否定できない。10月には「再稼働」「停止」「廃炉」の三つのケースでの経済効果の試算を今年度内に試算するよう求めており、安全性を巡る新潟県の説明会などを開いた後、5月にも「再稼働容認」の判断を下す可能性がある。その場合は新潟県議会の6月定例会がヤマ場か。

再稼働に向けては、地元との信頼関係の構築も欠かせない。23年には社員がテレワークのために持ち出した書類を紛失するなど東電の不手際が相次ぎ、地元では不安の声が噴出した。「東電が事業主体として原発を動かすことは受け入れがたい」(自民党新潟県連の桜井甚一前幹事長、3月)、「東電ではない発電の体制や仕組みを考えた方がいい」(長岡市の磯田達伸市長、5月)「東電が本当に再稼働を担うことができる会社なのか、ほかの会社があるのか、自問自答を始めた」(柏崎市の櫻井雅浩市長、6月)――。

「再稼働容認」へ動き出す地元 経産相の新潟訪問あるか

ただ最近、再稼働への地ならしと見られる動きがあった。新潟県の原直人防災局長や緊急時防護措置準備区域(UPZ)圏内の磯田市長らが19日、原子力防災を担当する伊藤信太郎環境相宛てに要望書を出したのだ。連名には花角知事の名前もあり、安全対策で国が責任を持つ体制の構築を求めた。またUPZ自治体が「原子力防災体制の強化など負担のみ強いられている」とし、必要な財政措置や新たな支援制度の構築を要望。再稼働容認に向け、「国の責任」を明確にしたい意図が透ける。

国もこの動きに呼応する。共同通信の報道によると、経済産業省は規制委の安全審査をクリアした後も再稼働が進まない原発の地元自治体を対象に、避難計画策定などを支援するため最大40億円を支払う新たな交付金を設けた。今後は政権幹部の新潟県訪問など、表立ったアプローチが行われるかどうかも注目だ。

広域域避難計画の策定は、大雪時の対応が課題となっている。22年12月の大雪では、柏崎市で立ち往生が発生した。除雪時の人員確保や避難道路の整備拡充、鉄道網の活用など実効性の向上させる必要があるが、23年12月に国が大雪時対応の全体像を示すなど策定に向けて前進している。

24年は女川2号機、島根2号機、柏崎刈羽6、7号機と震災後初となる沸騰水型軽水炉(BWR)の再稼働が見込まれる。東日本の50hz地域の電力安定供給や東電の経営再建という観点からも、柏崎刈羽の再稼働が欠かせないのは言うまでもない。

【メディア論評/12月25日】COP28「化石賞」を巡る国内メディアの報道ぶり


2023年もCOP28の期間中、多くのメディアが現地に記者を派遣し、「グローバル・ストックテイク」や「ロス&ダメージ」に関する議論・交渉の状況を報道した。その一方で、一部のメディアは、国際的な環境NGOが気候変動対策に消極的だと判断した国に贈る「化石賞」で日本を選んだことについて、COPにおける交渉状況の報道とスペース的には横並びのレベルで報じた。気候変動対策についての本筋の議論ではないが、この日本のメディアの毎年恒例の報道状況について改めて見てみたい。

まず一例として、NHKの報道を見てみる。

◎NHK12月4日〈日本に「化石賞」「気候変動対策に消極的」国際NGOが発表〉

〈気候変動対策を話し合う国連の会議「COP28」で、国際的な環境NGOは、日本が石炭火力発電所などを延命させ、再生可能エネルギーへの移行を遅らせているとして、気候変動対策に消極的だと判断した国に贈る「化石賞」に選んだと発表しました。「化石賞」は、世界各国の環境NGOが作るグループ「気候行動ネットワーク」が、COPの期間中、気候変動対策に消極的だと判断した国を毎日選び、皮肉を込めて贈っています。3日、COP28での最初の発表を行い、日本、ニュージーランド、そしてアメリカを化石賞に選んだとしています。このうち日本については、火力発電所の化石燃料の一部を、二酸化炭素を排出しないアンモニアなどに転換することで排出削減を進めようという日本の取組みに触れ、「国内だけでなくアジア全体で石炭火力などを延命させ、再生可能エネルギーへの移行を遅らせている」などと批判しています。化石賞のトロフィーを受け取るパフォーマンスをした日本の環境NGOのメンバーの長田大輝さんは「気候変動の影響が世界中で出ていて、一刻も早く脱化石燃料をしないといけない中、日本はそれができていない。脱化石燃料に向けて具体的な行動をしないといけない」と話していました。今回のCOP28でも気候変動対策に消極的な国として、国際的な環境NGOから4回連続で「化石賞」に選ばれたことについて、日本政府関係者は「民間団体の活動に、政府としてコメントすることは差し控える」とした上で、「日本政府が進める温室効果ガスの排出削減対策が講じられていない石炭火力発電所の新規建設は行わないという日本の脱炭素の取組みを世界に発信していきたい」と話していました。松野官房長官は午後の記者会見で「石炭火力は、安定供給を大前提にできるかぎり発電比率を引き下げていく方針で、まずは2030年に向けて非効率な石炭火力のフェードアウトを着実に進めるとともに、2050年に向けて水素やアンモニアなどを活用した脱炭素型の火力発電への置き換えを推進する。加えて排出削減対策の講じられていない新規の石炭火力発電所の建設を終了していく」と述べました。〉

化石賞は「国際的な茶番にすぎない」

こうした日本のメディアの「化石賞」についての“丁寧な”報道について、疑問を呈する有識者もいる。昨年末には、かつて経産省でCOPの交渉に携わった有馬 純氏が「国際的な茶番にすぎない奇妙な化石賞」というコラムを著している。

◎2022年12月19日 GEPR(グローバルエネルギー・ポリシーリサーチ コラム) 〈国際的な茶番にすぎない奇妙な化石賞〉有馬純・東京大学大学院教授

……COP25で日本が受賞した時、イベントを見に行ったが、小泉進次郎環境大臣(当時)のスピーチを取り上げ、日本が温室効果ガス削減の目標値を引き上げなかった、脱石炭に積極的な姿勢を示さなかったとの「罪状」を読み上げ、「日本に化石賞第1位を授与する」と宣言すると日本の環境NGOの女性が壇上にあがり、石炭を模した黒い塊の入ったバケツを持たされ、周囲の国際NGOの人たちが「恥を知れ、日本」と言いながら黒い塊を彼女に投げつける。高校の文化祭のレベルにも達しないようなくだらないイベントだが、翌日の新聞では〈日本、2度目の化石賞受賞〉との見出しが躍った。もともと自虐傾向の強い日本のメディアは日本が化石賞を受賞すると小躍りして大々的に報道する。国際環境NGOもそこをよく分かっているので、日本は化石賞受賞の常連である。COP27において11月9日に日本が会期中最初の受賞者となった。受賞理由は「化石燃料に対する公的融資が最も多い。化石燃料の利用を長引かせるソリューションの輸出を企図している」というものだった。例によって日本のメディアは大々的に報道していたが、良識を期待されるべきNHKまで嬉々としてそれに乗ったことを残念に思った。……毎度のことながら、世界最大の石炭消費国・石炭火力輸出国である中国は化石賞を受けていない。グラスゴー気候合意やG7サミットでは中国等を念頭にNDCの引き上げをエンカレッジしているが、中国はそれに応じていないどころか、COP27では解振華副主任が石炭火力の必要性を強調している。それでも中国は特別扱いをされているかの如くである。知り合いのNGOの方に聞いたところ、化石賞は毎日、各国NGOが協議の上、コンセンサスで決めており、中国の名前があがったこともあるが、全員一致にはならないという。中国を批判するようなことをすると中国での活動が難しくなるとのジレンマもあるらしい。各国NGOには中国のNGOも参加しているはずだが、そもそも全体主義国家、中国において真の意味でNGOなど存在するのか。彼らが反対に回り,最大の排出国中国はずっと化石賞の圏外におり、日本は常連受賞国でそれをメディアが大げさに取り上げる。やはり化石賞は国際的な茶番劇でしかない。〉

◎産経新聞12月19日付〈「環境万博」と変容したCOP28〉竹内純子・国際環境経済研究所理事

〈今回のCOPでも、日本に対して環境NGOが「化石賞」を贈ったことが大きく報道された。化石賞は、会場片隅で環境NGOの若者が2週間の会期中、毎日イベント的に発表しているものだ。彼らの声を軽んじるわけではないが、選定の基準も定かではない。そもそも気候変動は先進国に責任がある、というのが前提で、環境NGOの多くは欧州勢のため、米豪加日あたりが選出されるものと相場が決まっている。実際にわが国の気候変動対策は遅れているのだろうか。実は先進7か国(G7)の中で、排出削減目標に対する進捗が軌道に乗っているのは、わが国と英国のみだ……わが国におけるエネルギー・環境に関する報道は、異様なまでに自虐的であり、国際環境NGOの批判をうのみにするものが多い。わが国もやるべきことが山積していると筆者は考えているが、なにがどこまでできているのか正当に評価しなければ、差分としてのやるべきことが明確にならない。〉

NGOに偏った取材で中途半端な内容に

さすがに今年は、COP関連の動きを最も精力的に報道する一方、「化石賞」についても大きく報道する毎日新聞が、〈「化石賞」をなぜ中国が受賞しないのか〉という疑念があることを意識してか、その点について紹介する記事を掲載していた。ただ、内容的には、取材がNGOに偏るなど、結果としてやや中途半端なもので終わっていた。

◎毎日新聞夕刊12月11日付〈COP28も第1号 化石賞ニッポン 不名誉も「名誉」〉〈「常連」は「期待の表れ」〉

……「化石賞は基本的に期待を込めた賞です」。気候行動ネットワーク(CAN)の日本組織「CANジャパン」参加団体の一つ、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの小西雅子専門ディレクターは話す。「批判を受けることによって政策や交渉姿勢を見直す可能性がある国が対象になると考えられます。注目を浴びることで、その国の対応が良い方向に変わることを期待しているのです」という。……「日本は化石賞をものすごく気にしてくれる国」と話すのは、CANジャパンの参加団体「地球環境市民会議」の早川光俊専務理事だ。……日本では化石賞についての報道が多く、閣僚が記者会見で質問を受け、受賞についてコメントをすることもある。……近年のCOPでは日本の「石炭依存」を理由にノミネートされるケースが目立つ。多くの国がCO2排出量の多い石炭火力発電の廃止を鮮明にする中、日本が廃止年限を示さず使い続ける方針を掲げているからだ。日本政府内でも最近は、NGOなどから批判を受けても、「日本は欧米とはエネルギー事情が違う」「日本には日本の脱炭素の道筋がある」など淡々と受け止めるケースが多い。とはいえ、化石賞に選ばれると「世界最大の排出国の中国はどうなんだ」と恨み節も漏れる。……中国は世界最大の石炭消費国で、世界全体の温室効果ガス排出量を減少に転じさせるうえで最もカギになる国だ。……早川さんは「中国にもっと化石賞を与えるべきだという声があるのも理解できる。ただ、中国国内の環境団体が弾圧されて活動しにくくなる可能性があることを踏まえ、配慮せざるを得ないのでは」と説明する。中国の場合、NGOの指摘で政策が変わることは考えにくいため、日本のように受賞を気にする国が選ばれやすいこともあるようだ。……〉

なお、こうした“化石賞”についての報道を受けて、国会では野党が取り上げている。

◎朝日新聞12月7日付〈アンモニア混焼「化石賞」経産相反論「日本の技術理解されていない」〉

西村康稔経済産業相は6日の衆院経産委員会で、……COP28で温暖対策に後ろ向きな国に贈られる「化石賞」に日本が選ばれたことについて、「ただちに急激に石炭火力を抑制することになれば、電力の安定供給に支障が生じかねない」と不快感を示した。……6日の経産委で、篠原孝氏(立憲民主党)が「日本は化石賞の常連。恥ずかしいことだ」と指摘。これに対し、西村氏はアンモニア混焼発電などの取組みを紹介したうえで、受賞について「日本の新しい技術を理解されていない方々が言っているんじゃないか」と述べた。

中国はなぜ化石賞を取らない?NGO支援者との関係が理由か

ところで、霞が関の環境エネルギー行政にかかわる人たちは、この「化石賞」の扱いをどうみているか。公式の場では言いにくいであろうが、何人かの幹部の認識は明快である。

経産省のある幹部は、「化石賞のNGOの支援者に中国政府のフロント企業とおぼしき者があるのは有名な話。中国が化石賞をとらないのはそういう理由だと聞いている。自分が行ったCOPにおいても、公式展示の中国パビリオンは、政府や関係機関による出展ではなく、上海の不動産会社の出展であり、NGOがセミナーを開く場所として提供するなど、なるほど世の中のカラクリはこうなっているのかと思った」と述べる。

また、もう一方の環境省の幹部は、記者から「日本が化石賞で批判されているが、どう受け止めているか」と聞かれて、「(NGOは)中国からはお金をもらっているんでしょ」と答えている。ちなみにこの幹部は、2年前、就任早々の岸田首相がCOP26に出席するに際し、メディアの取材を受けて、「石炭火力については、間違いなく批判されるだろう。しかし、安定電源を入れた方が再エネの導入も早まる。それなのに、石炭火力継続で批判されると「エネルギーの安定供給のため」と言ってしまうから、気候変動の戦争に勝てない。途上国は石炭火力の稼働率を減らしたら、同時に再エネも減ってしまうのだ」と述べている。

毎年、日本の一部のメディアが、ウィングを広げて取材せず、スタンスを変えずに報道を続けることには寂しさを感じざるを得ない。

【記者通信/12月20日】中部電と東邦ガスのカルテル容疑で異なる処分案のワケ


電力・ガス販売などを巡るカルテルの疑いで、中部電力、中部電力ミライズ、東邦ガス3社への立ち入り調査などを進めていた公正取引委員会が12月20日提示した処分案(意見聴取通知書)は、関係者の事前予想を覆す、異色の内容となった。

中部電は同日午後3時、同社と子会社のミライズが大口顧客向けの都市ガス販売で独占禁止法(不当な取引制限の禁止)に違反した疑いがあるとして、公取委から計2600万円の課徴金納付命令と排除措置命令に関する処分案を提示されたと発表した。中部側は「内容を精査するとともに、公取委より予定される命令の内容等に関する説明を受け、今後の対応を慎重に検討」していくとコメント。課徴金は2024年3月期第3四半期の決算で特別損失に計上する予定だ。

一方、東邦ガスは同時刻、中部地区における低圧電力・家庭向け都市ガス販売、再生可能エネルギー固定価格買い取り(FIT)期間終了後の電力に関して独禁法違反(不当な取引制限)の恐れがある行為を行っていたとして、公取委から警告書案を受け取ったと発表した。コメント内容は中部側とおおむね同様で、「厳粛に受け止めるとともに、警告書案の内容を精査・確認し、今後の対応を慎重に検討」していくとしている。

両者の部分的な「リーニエンシー」が処分案に影響か

中部側、東邦の両者はこれまでに公取委による二度の立ち入り検査を受けている。最初は2021年4月13日で、家庭向け電力・ガス販売でのカルテル容疑が対象。2回目は同年10月5日で、今度は大口向け電力・ガス販売でのカルテル容疑だった。そこにFIT期間終了後の電力が加わり、大きく五つの市場で公取委の調査が行われていたわけだ。共同通信は20日配信の記事の中で、関係者の話として「3社は遅くとも2016年11月ごろから、中部地区の工場や自治体向けのガスの大口契約で、事前に受注者を決め、見積もり金額を調整していた疑いがある。中部電側がガス販売に進出する中で、互いに顧客確保を狙ったとみられる。公取委は21年4月と同年10月に立ち入り検査し、実態解明を進めていた」と報じている。

中部地区限定ではあるものの、調査対象となった市場が電力、都市ガス、大口、家庭、卒FITと多岐に渡るだけに、業界関係者の間では「もし全てが処分対象となれば、相当な課徴金額になるのでは」(大手電力関係者)と予想する向きもあったが、ふたを開けてみれば中部側は大口都市ガスで2600万円、東邦については低圧電力・家庭用都市ガス・卒FITで警告という案にとどまった。「両者とも、独禁法の課徴金減免制度(リーニエンシー)に基づく自主的な違反申告が部分、部分で認定されたことなどから、重い処分を免れた可能性がある。そのため同じカルテル容疑で調査を受けながら、両者の処分案に大きな違いが出るという、はたからみると実に分かりにくい内容となった感は否めない」(事情通)

3社は今後、公取委の処分案に対し、どのような対応を図っていくのか。特に中部電とミライズは去る9月25日、「関西電力とカルテルで合意した事実はない」として公取委を相手取り、計275億円の課徴金処分の取り消しを求める訴訟を東京地裁に起こした経緯がある。それだけに、「カルテル容疑の中身・構図は、大手電力4社のケースとは異なる」(関係者)とはいうものの、今回の処分案を受け入れるのかどうか。今後の展開が注目される。

【記者通信/12月20日】斎藤経産相が専門誌と会見 次期エネ基へ重厚な議論を


12月14日に就任した斎藤健・経済産業相が20日、エネルギーフォーラムなど専門紙誌記者団と就任後初のインタビューに応じた。この中で来年にも議論が始まる第7次エネルギー基本計画について、「国民生活や経済活動の基盤となる安定的で安価なエネルギー供給、そのために必要な燃料を確保するべく、わが国を取り巻くエネルギー情勢などをしっかりと確認した上で重厚な議論を行っていきたい」と、決意を述べた。主な一問一答は次の通り。

Q モビリティの電動化、カーボンニュートラル(CN)化、自国産業保護主義の流れがグローバルで加速する中、経済産業省としてどう取り組むか

斎藤 自動車産業のCNと競争力強化を同時実現するためには、電気自動車(EV)や水素、合成燃料など多様な選択肢を追求することが重要。その前提のもと、新興企業が台頭するEVでも競争力を確保する必要があり、グリーンイノベーション(GI)基金を活用した全固体電池、合成燃料などのイノベーション促進、国内市場整備に向けた車両購入支援や充電インフラ整備支援、EVなど国内生産に関する新たな減税制度、蓄電池の国内生産拠点の確保といった政策を統合的に進めていく。EV競争においても、日本の自動車産業はなんとしてでも勝ち残っていかなければならない。日本企業の取り組みの加速化に期待するとともに、かつて日米通商交渉に携わった立場として、EVや蓄電池の分野で保護主義的な動きが加速する中、同盟国と連携しながら公正で持続的な市場づくりに取り組みたい。わが国の自動車産業がグローバル市場をリードできるよう、政府としてあらゆる取り組みを進める。

Q 鉄鋼産業のGX化支援を通じた競争力強化について

斎藤 鉄鋼業は日本経済を支える屋台骨である一方で、産業部門の約4割のCO2を排出する産業セクターである。世界に先駆けて技術革新に挑戦し、排出削減のみならず、グリーン市場の獲得を通じてさらなる成長につなげていくことが、わが国のGX実現にあたっての重要課題だ。GI基金から約4300億円拠出し高炉水素還元技術や直接還元技術、大型電炉における不純物除去技術といった革新的な技術開発を後押しするほか、高炉から革新的な電炉への転換に対してはGX経済移行債を財源とした先行投資への支援、(政府与党の2024年度税制改正大綱に盛り込まれた)生産販売量に応じて法人税額を控除する「戦略分野国内生産促進税制」などを通じ、思い切った脱炭素投資を促していきたい。

Q エネルギー供給の「最後の砦」としての石油製品の安定供給、サプライチェーンの維持・強化について

斎藤 CN社会への移行を進める中でも、ガソリンや灯油などの液体燃料は災害といった緊急時におけるエネルギー供給の「最後の砦」として安定供給の確保が不可欠。製油所などの耐震化・液状化対策、大雨や高潮対策を補助し一層の災害対応能力の強化を図っていく。また、地域の供給拠点であるガソリンスタンドに対しては、自家発電の設置やタンクの大型化など、災害対応能力強化の支援を行っている。SS過疎地も含め、自治体など関係機関との連携を図っており、中小企業支援策を活用したガソリンスタンドの経営力強化を後押ししている。こういた取り組みを着実に実施することで、引き続き石油製品の安定供給確保に努めていく。

Q 燃料油価格激変緩和対策事業のこれまでの実績をどう評価し、出口戦略をどう探るか

斎藤 原油価格の高騰が国民生活や経済活動に与える影響を常に勘案しながら柔軟かつ機動的に対応してきたと承知している。全体として制度設計上想定していた水準まで価格の抑制は実現できていると考えており、本事業の効果は概ね確保されてきた。その上で、来年4月の出口を見据えながら、国際情勢、経済やエネルギーを巡る情勢を踏まえて対応していく。

Q トリガー条項の凍結解除について

斎藤 与党と国民民主党との間で協議が進められるものと承知している。現段階で具体的にコメントすることは控えざるを得ないが、経済産業省として適切に対応していく。

Q 国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)を踏まえ、エネルギー基本計画における脱炭素戦略、エネルギーミックスの在り方をどう考えるか。

斎藤 今回のCOPの議論は、ネットゼロ実現に向け、世界全体で各国の需要に基づいて脱炭素電源の拡大と省エネを進める方針が確認された。先般開催されたAZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)首脳会合でも、各国の需要に応じた多様な道筋の下でのネットゼロの実現について参加各国と合意をしたところ。アジア各国とも協調しながら、具体的な取り組みを推進するとともに、世界の脱炭素化に貢献していきたい。

わが国は2050年CN、30年度の13年度比46%削減という国際公約を掲げており、その目標の実現に向け、徹底した省エネや製造業の燃料転換に加え、再エネや原子力など脱炭素電源への転換を推進している。まずは、第6次エネルギー基本計画やGX推進戦略で示された方針に基づいて政策を実行していくことが重要だ。その上で、次期エネ基について検討していくことになるが、エネルギー政策はS+3E(安全、安定供給、経済、環境)のバランスの確保が重要であり、国民生活や経済活動の基盤となる安定的で安価なエネルギー供給、そのために必要な燃料を確保するべく、わが国を取り巻くエネルギー情勢などをしっかりと確認した上で重厚な議論を行っていきたい。

【メディア論評/12月12日】宝塚歌劇団問題に見るインフラ企業のリスク対応


◇インフラ企業のリスク対応として見る 宝塚歌劇団問題◇

宝塚歌劇団問題に関する報道が続いている。報道のポイントは、後述の全国紙各紙の社説でも挙げられているように、大きく下記の3点について歌劇団の管理が適切であったかが問われている。

・過重労働はなかったか。

・上級生からのいじめやパワハラは確認できなかったのか、歌劇団側が言うように“社会通念上相当な範囲内”といえるのか。

・女性が結んでいた拘束性の強い業務委託契約は労働契約と取扱うべきではないか。

<参考1>

*本件の経緯  朝日新聞11月15日付から

    ・2023年2月

     宙組の劇団員の間で「いじめがあった」と週刊文春が報道

     歌劇団は「事実無根であることを当事者全員から確認」とウェブサイトで発表

   ・9月29日

          宝塚大劇場で宙組公演が開幕

   ・9月30日

          宙組の劇団員の女性が自宅マンションの敷地内で倒れて死亡しているのが見つかる。

   ・10月7日

          歌劇団が外部の弁護士らでつくる調査チームの設置を発表

   ・10月20日

          宝塚大劇場での宙組公演が全日程中止に

   ・11月10日

          女性の遺族の代理人弁護士が記者会見。

長時間労働やパワハラを指摘し、歌劇団側に謝罪と補償を求める。

   ・11月14日

          歌劇団が会見。(←内容については後述「全国紙各紙の社説」参照)

遺族側も会見し反論

<参考2>

     阪急阪神グループの組織形態  阪急電鉄ウェブサイトより

    阪急阪神グループホールディングス

          |

         阪急電鉄

                        |――――――――――――

                    創遊事業本部        |

           |            |

         歌劇事業部       宝塚歌劇団

  *阪急電鉄の業務組織としては、これ以外に経営企画部、広報部、総務部等がある

当初メディアの報道は、内容は全く異なるが、ジャニーズ事務所問題に続く芸能事案として、宝塚歌劇団のガバナンスの問題として、主に社会面で扱われてきた。

本稿は、上記3点についての当否を論じるものではなく、関西を代表する地域密着のインフラ企業である阪急阪神ホールディングスグループが、リスク案件発生時にどのような対応をしたかの視点でこの問題を見るものである

阪急阪神グループでは、奇しくもちょうど10年前の秋、阪急阪神ホテルズで起こった食材偽装問題で、親会社出身の社長が拙い記者会見対応で辞任に至るなど、傷を負った

これをグループとしてのリスク対応での痛い経験と同グループが認識しているのかは不明であるが、それから10年、今回の宝塚歌劇団の問題は、組織としてのリスク案件対応の観点からみた場合、阪急阪神グループとしては「歴史は繰り返す」というべきものではなかったか。

歴史を振り返りながら考えてみたい。

◇阪急阪神ホテルズ 食材偽装問題◇

2013年の秋、ホテル等の食材偽装問題が社会問題となった

本題の阪急阪神ホテルズでは、

・バナメイエビを芝エビと表示。

・ビーフステーキと表示していたが実際は牛脂を注入した成形肉であった。

・一般のネギを九条ネギと称した。

・手作りとしながら既製品のチョコソースを使用

・信州産の蕎麦を使ってないのに“天ざるそば(信州)”と表示。

などが明らかになった。

食材偽装の問題は、それ以前に他でも起こっており、不当景品類および不当表示防止法違反として、排除命令が出された事例もあった。

13年には、この食材偽装問題が日本の著名なホテル等で続いて大きな社会問題となったが、それは阪急阪神ホテルズの発覚以降に注目度が高まったともいえる。この年には、それ以前に東京ディズニーリゾートやプリンスホテルで同様の問題が起きており、当時、阪急阪神ホテルズはプリンスホテルの問題を先例として参考にしたため、事態の拡大を予測できなかったとも指摘された。

関西では信頼されるブランドであった阪急グループの阪急阪神ホテルズの食材偽装は、そのつたない記者会見も相まってメディアでも大きく取り上げられ、結果的にその後に著名なホテル等による同様の件での公表が続くこととなった。

阪急阪神ホテルズの問題となった記者会見は10月24日に行われた。

新聞報道で振り返る。

◎日経新聞10月24日付〈阪急阪神ホテルズ社長「偽装ではなく誤表示」〉

〈阪急阪神ホテルズがホテルのレストランなどでメニュー表示と異なる食材を使用していた問題で、同社の出崎弘社長は24日、大阪市内で問題公表後初めて記者会見し「信頼を裏切ったお客様に心よりおわび申し上げます」と謝罪した。一方で、原因は従業員の認識・知識不足にあるとして「偽装ではなく誤表示」と強調した。出崎社長は「信頼回復のめどが立つまで」20の報酬減額、他の役員9人は6カ月間10%減額の処分とした。親会社の阪急阪神ホールディングスの角和夫社長も役員報酬の50パーセントを自主返上する。メニュー表示をチェックする専門部署の新設など再発防止策も公表した。出崎社長は“従業員が意図的に表示を偽って利益を得ようとした事実はない。誤表示と思っている”と説明。……問題があったのは東京や京都、大阪、兵庫の8ホテルと1事業部の計23店舗。メニュー表記と異なる食材は47種類。提供期間は2006年3月~2013年9月で、利用客は延べ7万8775人。同社は総額約1億1千万円の返金を見込んでおり、24日午前9時までに3480人分、計1022万円の返金に応じたという。

◎日経新聞10月29日付〈後手の対応 結局「偽装」 阪急阪神ホテルズ〉

ホームページなどでの公表だけで始まった阪急阪神ホテルズのメニュー虚偽表示問題は、発覚から一週間となる28日、トップが辞任を表明する事態に発展した。批判に押される形で断続的に開いた会見では幹部が説明に窮する場面も目立ち、後手後手の対応は“阪急阪神ブランド”の傷口を広げる結果となった同社が問題を公表したのは22日午前、ホームページ上だった。7日に消費者庁に事実関係を報告しながら、2週間問題を公表していなかった。22日午後に急きょ会見を開いたが、出席したのは部長クラス。出崎弘社長が初めて会見したのは2日後の24日午後で、謝罪はしたものの“意図を持って表示し、利益を得ようとした事実はない。偽装ではなく誤表示”と繰り返し強調した。……同社には消費者からの怒りの電話などが殺到。事態の深刻さに気付いたのか「お騒がせした」ことを理由に、29日午前に予定していた出崎会長の会見を28日夜に前倒しした。社長は「今回の件は阪急阪神ブランド全体の失墜を招いた」と陳謝。「偽装と受け止められても仕方がない」と認めるしかなかった。〉

当時、上記の出崎社長と以前から面識のある全国紙の幹部(大阪社会部出身)は、筆者に「あの記者会見を見て、『これはダメ。なんで自分に相談してくれなかったのか、アドバイスしたのに』と唸りました」と述べていた。

そして、この阪急阪神ホテルズの食材偽装問題により、阪急阪神ホールディングスの角和夫社長も財界活動を当面自粛すると表明した。

◎産経新聞10月31日付〈阪急阪神ホールディングスの角社長、財界活動を当面自粛〉

〈阪急阪神ホテルズの食材偽装問題を受け、親会社の阪急阪神ホールディングス社長で関西経済連合会副会長を務める角和夫氏は、財界活動を当面自粛することを決め30日、関係者に伝えた。角氏はこの日、関経連を訪れ、森詳介会長(関西電力会長)らに経緯を説明し、陳謝。“今後、信頼回復に向けた仕事に全力をあげる。関経連の会議や会合には出席しにくくなり、ご迷惑をかけることになる”などと説明し、活動を控える考えを伝えた。森会長らからは、特に意見は出なかったといい、角氏の判断は了承された。角氏は引き続き関経連の役職にとどまる。〉

◇関西電力金品受領問題での第三者委員会の調査◇

ここで、同じ関西のインフラ企業である関西電力で、2019年9月に判明した金品受領問題の展開について、リスク案件が発生した際の調査委員会のあり方の視点に限定して見ておく

この問題では、前年に問題発覚した後の社内調査委員会の調査報告書について、当時の相談役、会長、社長が非公表という対応を決定し、取締役会には報告されていなかった。

それから約1年後、国税筋への取材に基づく本件に関する報道を受けての複数回の記者会見の後、結局、会長、社長(下記の第三者委員会の調査結果報告日付)とも辞任に至った。

その後、元検事総長を委員長とする第三者委員会でフォレンジックの活用も含めた詳細な調査がなされ、今まで知られていなかったことも含め、多くの事実認定がなされた

●14年3月14日、第三者委員会報告書公表

本文で200ページ、委員長の但木敬一元検事総長による4時間に及ぶ記者会見

第5章で「本件問題(金品受領及び事前発注約束)に関する総括的分析」を行い、第6章で「本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応」について論じた。そして第7章で一連の事態を惹起した「原因分析」を行っている。  

第6章「本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応」では、まず「第1 本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応に関する事実関係」を明らかにし、次に「第2 本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応についての問題点」を指摘した。(←料金値上げ申請時に社会に約束した役員報酬の減額に対して補填していた事実も、この第三者委員会の報告で判明した)

本件は、原子力発電という電気事業の本丸に関連する案件であり、電気事業法に基づく経産省の権限行使の影響も大きかったといえるが、少なくとも事実の解明という面では、この第三者委員会の詳細な調査により疑念は拭えたといえる。

【目安箱/12月11日】原発売り込みに掛ける海外勢の本気度


ロシア政府の原子力プラントの異様な販売努力を紹介してみよう。関係者に迷惑をかけたくないので、話を少しぼかして紹介する。

諜報機関が動く? 原子力ビジネスの現場

2011年3月に東電の福島原発事故が起きる前に、原子力発電の導入計画が各国にあった。日本でも、いくつかの企業グループができて、海外での売り込みに動いていた。ある国でそうしたグループに、米国人を自称する人当たりの良い白人と現地人の男性コンビが接近してきた。2人は商社を現地で経営し手伝いたいという。調査などの仕事を任せ、関係が深まった。すると現地の日本大使館からグループに連絡が来た。

「あの2人はロシアSVR(対外情報庁、諜報機関)の関係者らしい。気をつけてほしい」。いつもはビジネスを支援する大使館幹部が口重く、これだけ述べて会合を終えた。情報の出所は言わなかった。米英の諜報機関が教えたのかもしれない。

すると、その会合の後でコンビに急に連絡が取れなくなり、事務所を訪ねると引き払われていた。その後に売り込み先組織に行くと担当者に言われた。「あなたたちが、わが国市民のことを探り、人権侵害だと政府の人が懸念していた。変な動きをしない方がいい」。そのために真相追及をやめた。その国では、ロシア国営企業ロスアトムも原発プラントの売り込みをしていた。

結局、その国の政策転換で原発建設は立ち消えになり、日露とも売り込みに失敗した。「想定外の出来事で平和ボケだった。ロシアは怖い」。話を聞いた人は、感想をこう述べた。ロシアは諜報機関を投入するほど、国が原子力輸出に力を入れているといえよう。

原発売り込みに成功する中国とロシア

経産省の資料によると昨年9月時点で、世界では原子炉50基が建設中で中国企業が14基、ロシア企業が14基を作っている(両国国内を含む)。建設準備中の68基のうち中国9基、ロシア29基を受注している。日本企業は建設中が国内2基(大間、東通)で東電事故の後で止まった。海外で受注が確定した案件は現在ない。

ウクライナ戦争の後で、世界が中露と西側陣営に二分されている。中国とロシアの原子力産業には競争力がある。両国企業の原子炉は安く、技術力もあるという。さらに両国の外国への売り込みでは「おまけ」が多い。軍事、経済援助と原発の販売を抱き合わせる。核廃棄物の再処理や原子力技術者の教育なども引き受けている。以前から、中露はアフリカ、南米の発展途上国との関係が外交的に強い。中国はシルクロード諸国とつながる一帯一路戦略を取っており、そこに売り込みを仕掛けている。

そして原発を売り込むことは、その国のエネルギーシステムに、その建設者が入り込むということだ。英国は中国製原発の導入を17年に決めたが、中国政府がインフラに関与するという安全保障上の懸念から取りやめた。対外的に拡張政策を行う両国の原発導入を懸念する声が各国で出るのは当然だ。しかし、安く、他にメーカーがなければ、それを採用してしまう国もあるだろう。

米国も新型炉で政府と企業が協調

新型原子炉への関心が高まる米国でも、政府と民間企業の売り込みの動きは活発だ。フィリピンは米国と11月16日、アジア・太平洋経済協力会議(APEC)開催中の米カリフォルニア州サンフランシスコで原子力協定に署名した。報道によると、署名に立ち会ったマルコス大統領は、32年までに同国で初めて原発を稼働させる目標を示し、米国を「パートナーの一つ」と呼んで調達先と見なしていることを示唆した。

協定が発効すれば、フィリピンは原発導入に向け、米国から機器や核物質の輸入、技術移転を認められる。マルコス大統領は「この提携はフィリピンにとってクリーンで持続可能なエネルギーの選択肢を探求するための重要な一歩だ」と述べ、協定を歓迎した。

前日15日には、フィリピンの電力最大手のマニラ電力と米原子力発電開発企業ウルトラ・セーフ・ニュークリア・コーポレーションが小型原子炉のフィリピン導入を検討する協力合意文書に署名した。小型原発の導入が有力視されており、マルコス大統領はここにも臨席した。

フィリピンは1984年に原発を建設した。しかし安全上の懸念や86年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故の影響で、運転はされていない。そのままになっている。マルコス大統領は22年5月の選挙に勝利する前、選挙公約に新型核開発、この原発の再利用調査を行い、同国の電力不足を解消することを公約にしていた。また同国にはエネルギー分野、電力会社の大株主や石油流通業に中国系企業が進出し、その経済活動での影響力の増加を懸念する声がある。

米国も、その国家としての政治的な存在感の大きさを背景に、新型炉で外国への原子力の売り込みを政府と企業が協力して行っていくだろう。

日本政府の支援はどうか?

一方で日本政府の原子力売り込みはどうか。岸田政権によって政府が22年秋から、新型炉や原子力の活用に言及した。一瞬、「政策転換か」との期待が原子力、エネルギー関係者に広がった。

しかし1年が経過して具体的に大きな変化はない。口だけだ。海外の売り込みも、努力はしているのだろうが、日本企業の受注が確定した案件は発表されていない。東芝、日立製作所、三菱重工業が関連の海外企業と共に新型炉の構想を打ち出したことは期待できるが、この動きが形になるかはまだ不透明だ。

日本国内では、厳格な審査などさまざまな理由で原発の稼働が遅れ、電力会社とメーカーがその対応に追われている。経産省関係者の話を聞いていても、支援はするが外交案件として強く押し出すという状況ではなさそうだ。そもそも岸田文雄首相が、中国包囲網を意識して世界を飛び回った安倍晋三元首相と違って、途上国外交に熱心さを欠くように見える。安倍元首相が熱心にインドや東南アジア諸国に行ったような首相自らの原子力売り込みのPRはない。

ジリ貧前に、もう一度挑戦を

中国とロシアと国情が違い、日本政府は原子力だけを露骨に売り込めないのだろう。また世界貿易機関(WTO)や経済協力開発機構(OECD)のルールでは、援助などと結びつけた、政府のビジネスの売り込みを自粛するルールがある。しかし、諜報機関の不法行為まで利用して支援するロシアとは、あまりにも力の入れ方が違う。

福島原発事故前に、日本の原子力メーカー、電力会社は、海外事業に活路を見だそうとしていた。プラントの販売に加え、運営・管理のノウハウを売ろうとしていた。福島事故から12年が経過した。この動きを再開してほしい。あるアジアの国の外交官は「日本の原子力は西側陣営の技術。しかも、日本は平和利用に徹してきた。中国やロシアの原子力を私たちは使いたくない」と期待していた。

このままでは、ジリ貧で日本の原子力が衰退する。ぜひ海外ビジネスに挑戦をしてほしいと当事者の奮起をお願いしたいし、エネルギー業界人として私もできることを重ねたい。

【目安箱/12月9日】東京・本所防災館を訪ねる 体験教育の意義深さ


東京消防庁の防災学習施設、本所防災館(東京都墨田区横川)を訪ね体験研修を受ける機会があった。今年は関東大震災100年だ。ここでの学びを紹介して、エネルギー産業に関わる方、読者の方が災害対策を考える一助にしたい。

本所防災館(筆者撮影)

◆都市災害に直面し続けた東京

東京消防庁は、本所、池袋、立川に防災館を運営し、体感イベントを伴う講習を違う。池袋は1986年、残り二つは1990年代に作られたが、私は不勉強で存在を知らなかった。企業や学校向けの研修、体験を積極的に受け入れている。内容も少しずつ違う。しかも原則無料だ。防災教育という有意義なことに、税金が使われることは歓迎だ。

この防災館のある本所地区(旧本所区、墨田区南部)は、江戸時代から大火など、災害の被害を受け続けてきた。隅田川の東側にあり江戸時代から住宅が密集していた。

興味深いことに、最近の訪日観光客の増加の中で、ここは外国人観光客の人気スポットになっていた。私もフランス人と一緒に回った。「フランスに地震はない。日本人は大変だろうが、こうした施設で学ぶ取り組みは素晴らしい」と話していた。

関東大震災からの教訓

まず見たのは「ノブさんからのメッセージ 手記に学ぶ関東大震災」という映像資料だった。

当時29歳で、大工の夫、2人の子供と関東大震災を体験した本所に住んだ松本ノブという女性の手記の紹介だ。夫は一緒に逃げた後で、貴重品を取りに家に戻り、火災に巻き込まれ、亡くなったという。

関東大震災は午前11時58分に発生した。当時は家で煮炊き、暖房、お風呂に使うため、石炭や木炭を燃料に火を使っていた。そのために大震災の直後に東京各所で火事が発生した。

人々は川、そして強風の中で風上に向かって逃げたが、大八車や馬車で道は混雑、特に橋で動けなくなってしまった。ノブさんら3人は、陸軍の倉庫前の広場に逃げた。そこで、火災旋風に巻き込まれそうになった。風の強い日の火事だと、広場などで熱せられた空気が上昇して火を伴った旋風が発生してしまうことだ。これは今でも各国の災害で観察される。そして1945年3月10日の東京大空襲で、同じように避難者が火災旋風で多数の人が亡くなった。今は東京都慰霊堂になっている。

そしてノブさんは、その後の人々の支援、国や隣同士の共助に救われたという。その恩返しと教訓のために記録を残した。全く災害準備が無かったことの反省、そして共助の大切さを彼女は主張している。これは今の災害にも役立つ考えだろう。

関東大震災は、約10万の死者のうち、9万人が火災によるものだった。時代は変わっても、今もエネルギー業界は火に関係する。日本各地の地震や災害で、火災による死者は減っている。それはエネルギー業界の努力もある。一段と気を引き締めて安全を追求してほしい。

◆地震、火災、風水害、都市水害を体験

そこから体験学習をした。事前のビデオ学習のために、体験がより印象に残った。四つの体験をした。

第一の体験は地震だ。シミュレーターで関東大震災級の震度7、また2016年の熊本地震の震度6の直下型地震の揺れを体験できた。地震の揺れは数十秒だが、それは驚くもので、大変長く感じられた。立っていられず、不安が沸き起こってしまった。

本所防災館の地震シミュレーター

第二の体験は火災だ。水蒸気の煙を焚き込めた廊下で、いきなり暗くなった。そこから手探りで出口までたどりつく体験だ。暗闇の中で、煙を吸わないように、身を屈めて地面近くの空気を吸いドアを探した。その際に暗闇でも障害物にぶつからないように、手を前にかざし、壁をつたって逃げる逃げ方を学んだ。焦って走っては危険だと分かった。

第三の体験は風水害だ。雨合羽と長靴を貸してもらい完全防水の上で、また風速30メートル、降雨量1日降水量50ミリの暴風雨を着て体験した。立っているのが難しく、隣の人と会話ができないほどだ。最近は、このレベルの暴風雨も、地球温暖化の影響のためか、珍しくなくなっているという。

第四の体験は都市水害だ。水害で、冠水したとき、鉄の扉、車の扉を開ける場合に、どの程度の力が必要かを試した。10センチ、20センチ、30センチを体験したが、30センチになると、大人の男である私も開けることは難しかった。この際に、300キロ近い負荷が水でかかってしまうという。

各体験前には、以下の三つの丁寧な説明があった。

1・災害はどうして起きるの?

2・起きたらどうなるの?(二次災害は?)

3・起きる前にするべきこと、起きたらするべきこと

この三つを知るだけで、災害への対応は違ってくるだろう。

◆エネルギー関係者への呼びかけ

エネルギー産業は、その事業で、災害で社会や人命に被害を与えないこと、安定的に供給を続けることを、求められる。エネルギー業界に関わり私が常に思うのは、電力、ガス、石油のいずれの産業でも、その使命を忘れずに努力をし続けている人が多い。とても真面目な産業だ。しかしそれが自由化で、国と経産省が、支援する仕組みを維持することを配慮せず、各事業者の自主努力に任せているのが、非常に怖く、残念に思う。

各企業は、災害に備えて、シミュレーションや社員教育を行っていると聞く。しかし蓄積と知見のある行政と協力し、もう一度、体験教育、そして情報収集をしてほしいと思う。

日本は国土が狭いようでいて意外と広い。ある地域の体験は、なかなか共有されない。また10年一昔という。過去の体験は伝わらず、時の経過と共に忘れられてしまう。

電力業界の人の話を聞くと、東電の人から以前ほど、東日本大震災と原子力事故の話を聞かなくなった。2018年の北海道胆振東部地震の詳細を九州電力の人は知らなかった。2016年の熊本地震のことを北海道電力に聞くと、ほとんど知らなかった。人間の認知とは、このように限られるものだ。

「天災は忘れた頃にやってくる」「ものをこわがらな過ぎたり,こわがり過ぎたりするのはやさしいが,正当にこわがることはなかなかむつかしい」。物理学者の寺田寅彦はこのような言葉を残している。次に来る災害のための準備は、すでにエネルギー関係者はしているだろうが、改めてお願いしたい。その際に、東京消防庁が防災館で行っているような「擬似体験学習」は大きな効果を発揮するだろう。

【論考/12月5日】間違いだらけの地球温暖化論争 「原因9割は人為起源」の誤解


2023年春に定年退職を迎え、筑波大学名誉教授の称号を頂いた。私の専門は大気科学で、主に天気予報や気候変動の基礎となる地球流体力学の研究をしてきた。そうした立場から、昨今の地球温暖化論争について思うところを、この定年の機に述べたいと思う。

1981年、地球科学研究科の大学院生の時に私は米国ミズリー大学に留学し、そこで博士(Ph.D)の学位を得て88年にアラスカ大学地球物理学研究所の助教として教鞭を取った。1991年に10年ぶりに帰国して筑波大学の地球科学系講師となり、それ以降は定年までに100人を超える卒論・修論・博論の研究指導を行い、15人の博士を世に送り出した。

私の最終講義の演題は、本稿のタイトルと同じ「間違いだらけの地球温暖化論争」だ。この温暖化懐疑論とも取れる演題を、聞いただけでピリピリする人が大勢いて大変だった。講演内容は、温暖化懐疑論には間違いがあるし温暖化危機論にも間違いはある、という中立的な趣旨でまとめることにした。温暖化の研究者が一度懐疑論者のレッテルを貼られると、その学者は国家プロジェクトから外され、論文が受理されなくなり、研究費が枯渇することになるからだ。しかし、最終講義では研究者人生の断末魔の叫びとしてこのタイトルを選んだ。最終講義の企画当初は、学内の少人数を相手に密室で開催される予定だったが、講義は直前にオープンとなった。すると、産経新聞の長辻象平記者が出席し、氏の計らいで最終講義の内容は写真入りで掲載され、全国に知れ渡ることとなった(産経新聞 ソロモンの頭巾 2023年3月22日)。

温暖化の半分は自然変動 CO2削減でも異常気象は起きる

米国では温暖化懐疑論(共和党)と温暖化危機論(民主党)が真っ二つに分断されて対峙している。トランプ前大統領は「地球温暖化はでっちあげ」と言い、当時は懐疑論が主流だった。それがバイデン大統領になり逆転したが、もしトランプ氏が大統領に復帰すれば、再び懐疑論が主流となり、主要研究機関のトップ人事が入れ替わると予想される。

ここでいう地球温暖化とは、人為起源のCO2などが原因で起こる温暖化と定義される。最近は地球温暖化とはいわずに気候変動という表現にすり替えられた。気候変動という用語なら人間活動と無関係な自然変動が含まれてもいいからだ。私は、異常気象をもたらすブロッキング高気圧や北極振動の研究をしてきたが、これらは力学的には自然変動だ。そのため私は気候変動として温暖化が起きていることには同意するが、その原因の90% 以上が人為起源であるとのIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の説明には反論してきた。長年の研究結果から、気候変動の半分は人為起源ではなく自然変動であると考えている。

ここでいう自然変動としては、大気・海洋・海氷や植生などからなる地球システムの内部変動や、雲量の増減によるアルベド(反射率)の変化、太陽活動の長期変化などが候補に挙がるが、未知の変動要因が将来発見されるかもしれない。つまり、人間がCO2の排出量を抑えたとしても、今まで通り異常気象は発生し、気候変動は起こると考えている。しかし、このような仮説には納得できる明確な根拠が必要だ。気候変動の数値モデルを走らせたらそうなったという根拠ではだめなのである。数値モデルの結果はあくまで仮説に過ぎず、真実の証明にはならない。これは懐疑論にも危機論にも言えることだ。

ヒートアイランドで気温上昇も 太陽定数は一定ではない

定年となった23年、現役最後の気候変動に関する論文が国際学術誌に掲載された (Soon et al. 2023)。世界中の研究者37人の共著論文で、私はその中の一人だ。この論文では温暖化の大半が自然変動で生じていることの根拠を提示している。論文の結論は二つあり、一つ目は、地上観測で集計される全球平均気温の上昇には都市のヒートアイランド効果が半分程度含まれているという点だ。世界平均の100年当たり0.89℃という観測される気温の長期トレンドからヒートアイランドの影響を差し引くと、そのトレンドは 同0.55℃に減少する。つまりヒートアイランドの影響で62%も長期トレンドが増えていると言える。

二つ目は、太陽放射強度(太陽定数)は一定ではなく長期的に変化するという点だ。太陽定数は定数であるかのように我々は教科書で教わったが、これは固定観念であり、一定とは限らない。教科書の数値は年々変化している。人工衛星活用以降のデータは、歴代の複数の衛星観測値に1㎡当たり10 Wもの平均バイアスがあるので、作業仮説としてこのバイアスを除去して長期データを結合する。すると太陽黒点の11年周期の変動が滑らかに表現される一方で、衛星観測データの長期トレンドはなくなる(図1)。平均バイアスがないと仮定したので当然ではあるが、これは真実ではない。具体的には太陽活動が極小値の時の太陽定数は一定と仮定している。人工衛星を活用する以前の時代の正確な太陽放射強度は分からないので、数値モデルでは将来予測でも過去再現実験でもこの値は一定と仮定してきた。太陽放射強度が一定というのは単なる仮説であり、変動する可能性があるからだ。

図1: 太陽放射強度 (W/m2) 偏差の経年変化 (1850-2020)。(a): 値がほぼ一定で11年周期のあるモデルA(上のSolar #1)と、(b): 値が長期的に自然変動するモデルB (下のSolar #2)の比較。(Soon et al. 2023, Climate, 11(9), 179, 2023 からの引用)

IPCC仮説は完全崩壊 自然変動で説明可能

IPCC報告の気候モデル予測では、太陽放射強度がほぼ一定のモデルA (図中のSolar #1) が一貫して使われてきた。よってモデルの1000年単位の年平均気温はほぼ一定となる。太陽放射強度は一定と仮定したのだから、近年温暖化しているという観測事実はCO2放射強制力のみで調整・説明されることになるが、これは仮定から導かれた当然の帰結である。数値モデルを走らせたらそうなった、では真実の証明とはならない。

一方で、太陽放射強度は長期的に大きく変動するというモデルB(図中のSolar #2)がある。18世紀ころの小氷期と呼ばれる寒冷期には黒点が長期間消滅した時期があり、この時の太陽放射強度は低下していたとの仮定から、太陽放射強度は大きく変動するという仮説だ。このモデルBも上述のモデルAも対等な仮説だが、残念ながらモデルBが気候モデル予測に使われることはない。この問題はすでに解決済みであると言われる。

本研究では、モデルBの結果として得られる気温変動が、上記のヒートアイランド効果を差し引いた気温変動とほぼ一致することから、モデルBが正しいと結論した。論文査読では、「IPCCではモデルAが採用されており、この論文の結果はIPCCの結果と整合的でないので不採用」との回答が一部にあった。IPCCが絶対視されている。絶対にこの論文は受理すべきでないという圧力の中で、一部の好意的な査読者により本論文は受理された。

今後さらなる検証が必要だが、もしモデルBが正しいという本論文の結論が正しければ、過去の温暖化も長周期変動も、太陽放射強度の変動という自然変動で説明可能となり、CO2放射強制による調整(チューニング)が不要となる。この場合はIPCC仮説の完全崩壊を意味し、CO2排出をネットゼロに削減しても、自然変動で起こる温暖化には何の影響もないことになる。コロナ禍のような厳しいCO2削減を30年続けても、温暖化とは無関係となる。CO2の排出が問題でないとなると、石炭火力が一番安全で安いエネルギー源となる。このあたりの詳細については「脱炭素は嘘だらけ」(杉山大志 2021)の主張をご一読いただきたい。

懐疑論者は業界から村八分に 脱炭素でボロ儲けの実態

「かけがえのない地球を守る」とか、「将来を担う子供たちに環境破壊のつけを残してはいけない」といった美しすぎる謳い文句で温暖化危機論が展開され、本質的なサイエンスの議論が棚上げされている。「地球の危機を救え」とばかりに海外では数百万人の子供たちが温暖化阻止のデモ行進に集った。まだ自我に目覚めてもいない小学生を含む子供たちが、温暖化阻止の大合唱を繰り広げていることに疑問を感じるのは私だけだろうか。

日本では温暖化危機論者が99%の優勢を占め、1%の懐疑論者は業界から村八分にされるのが現状だ。米国の分断の比率と異なる。私は米国で学位を得ているので、両国の国民性の違いをよく知っている。最終講義では本音を話し、最後の温暖化論文が受理・公開されたが、「懐疑論はフェイクだから見向きもするな。スルーしろ」とのお達しが温暖化村の村長からは聞こえてくる。トップが一般市民相手にこんなセリフを吐くのだから、温暖化のサイエンスはもう死んでいる。

間違いだらけの地球温暖化論争は棚上げにし、あたかも真実に立脚しているかのように見せ、「脱炭素を達成するため」とか、「気温上昇を1.5℃以下に抑えるために」といった温暖化対策が膨大な国費を費やして推進されている。しかし、今日の政府やマスコミ、環境NGOによる脱炭素の活動は、実は仮説に過ぎない不確かなサイエンスに基づいているのだ。温暖化研究が国家予算で推進され、NHKが恐怖心をあおる特集を組んで大衆を洗脳し、政治家は世論に基づいて地球温暖化対策推進法を制定して脱炭素を推進し、それに従わない懐疑論を弾圧するようになった。もはやサイエンスはポリティクスに凌駕されている。今後、間違った法律ができたら万事休すだ。

グリーン事業やエネルギー革命の名目で、今後10年で150兆円もの投資案が国会で議決された。今、ボールは国民に投げられている。脱炭素で石炭火力が廃止に追い込まれ、エネルギーが高騰し、再エネ賦課金で電気料金が値上げされ、それが根源の物価高で国民が苦しんでいる。これでは自業自得と言われても仕方がない。一方、脱炭素でぼろ儲けしている人たちがいる。何が正しくて何がフェイクなのか、他人の頭でなく自分の頭で考えて判断することが大切なのだ。

田中 博/筑波大学名誉教授

たなか・ひろし 1980年筑波大自然学類卒。88年米ミズリー大コロンビア校卒、Ph.D取得。専門は大気大循環研究。94年から22年間、日本気象学会常任理事を務める。2005年から23年3月まで筑波大計算科学研究センター教授。