ガソリン税・本則税率は60年前の制度
ガソリン税(揮発油税及び地方揮発油税)を特例税率1ℓ当たり53.8円から本則税率28.7円へ、軽油引取税も特例税率32.1円から本則税率15.0円へと、それぞれ25.1円 、17.1円引き下げるべきとの意見が、特に野党から強く出されている。連続3カ月でガソリン平均小売価格が160円を超えると本則税率が適用される、いわゆる「トリガー条項」の発動。あるいは、特例税率そのものを廃止。いずれの手法も、実質的な効果では変わりなかろう。一旦「トリガー」が引かれると、特例税率の再適用には、連続3カ月で(本則税率での)ガソリン平均小売価格が130円を下回らねばならない。直近でこの条件を満たしたのは2021年・第2四半期だが、当時の原油輸入単価は1バレル67ドル、為替レートは1ドル109円。いずれも今日の水準から遠い。
この本則税率は1964年に第3次池田内閣のもと、第4次道路整備5カ年計画の財源確保のため定められた。その後に暫定税率として3度引き上げられ、その最後は第二次石油危機が進行中の1979年6月、第1次大平内閣による、ガソリン税及び軽油引取税の25%(それぞれ10.7円、4.7円)引き上げである。過度な財政負担の回避と安定的な道路財源の確保が目的とされた。以来約45年間、2008年4月に一時的に本則税率が適用された以外は、税率は据え置かれてきた。
これに対し、例えばドイツの場合、ガソリン燃料税は1986年から2003年までに約3倍引き上げられて1ℓ当たり65.5ユーロセントとなり、現在も同率である(ただし、22年6〜8月は35.9ユーロセント)。これは21年平均で85円、2023年では99円に相当する。この燃料税を含んだガソリン価格に、付加価値税19%が掛かる。この、いわゆる「二重課税」は、欧州でも通例である。
すなわち、特例税率でも、既に日本のガソリン税は欧州に比べて顕著に低い。消費税率も、日本は(少なくとも現時点では)欧州のほぼ半分である。このガソリン税を60年前の本則税率に戻し22年2月以降に適用したとすると、日本のガソリン小売価格は22年平均・171円となる計算で、これは補助金投入後の実際値にほぼ一致する(注5)。23年では平均・163円で、実際値を10円、インドの価格を14円、それぞれ下回る。
1964年当時、日本経済の規模は現在の5分の1にも満たない。廉価豊富な中東原油を活用し、重化学工業主導の高度成長に弾みをつけていた。石油危機は予想もできず、まして地球温暖化対策となれば空想科学(SF)の領域であったろう。「どんどん石油を使う」のが時代の要請であった頃の「新興国・日本」の税率に復帰(ないしは同様の補助金を投入)して、国内ガソリン価格をインド以下に抑えることに、与野党挙げて賛成しているのが日本の現状である。ムーンウォークというべきか、「先手」の対策と称しながら、日本をいたずらに後退させている。
仮想現実から目を覚まし、前進せよ
「新たな激変緩和措置」の発表時には、2023年8月下旬にガソリン平均小売価格が「過去最高」の185円に達したことへの懸念が表明されていた。しかし、日本が実際に支払っている原油輸入単価は、その1年以上も前の22年7月に99.6円と過去最高値(名目)をつけている。
日本は「過去最高」の原油輸入価格を、既に22年に支払い済みなのだ。それを消費者と(将来の)納税者で負担を分けたとしても、支払った原油代金は変わらない。原油輸入額の抑制という本来の課題に対して、これは何ら解決策にならない。それどころか、原油高価格のシグナルが消費者に届かず、省・脱石油に向けた国民の努力・創意を阻害する。燃料価格補助金は、低燃費自動車をはじめ省・脱石油への取り組みに対して罰金を課すに等しいからだ。
小売物価指数を用いた実質価格(22年度)では、ガソリン平均小売価格は第一次石油危機後の1974〜76年度および第二次石油危機後の79〜82年度の計7年間、200円を超えている。185円が「過去最高」というのは名目価格に過ぎず、実質ではまだかなり安い。また2022年度の日本の原油輸入量は1974年度に比して4割以上少ない。現在の日本の経済規模は80年と比較しても2倍であり、原油単価の上昇に対する耐性は石油危機時を遥かに凌ぐ。185円程度で、萎縮する必要などない。
今、世界は深刻な分断の時代を迎え、エネルギーを含む安全保障強化が喫急の課題となり、また地球環境問題がとりわけ自動車輸送の革新を強く促している。政治に本来求められるのは、この大きな転換期に最も相応しいエネルギー、自動車技術、輸送網及び情報網を構想し、その大局の中であるべき燃料税を定めていく戦略的な姿勢である。60年前の税率を基準として、巨額の補助金投入や減税によって、盲目的に燃料油価格の引き下げを図る場合ではない。例えば、非石油燃料による自動運転車を中心とした新たな燃料、道路、情報網の一体的構築とその財源を考え、その結果としてガソリン増税という考えが出てきても一向不思議ではないのだ。
「トリガー」は消費税を対象に
一律の燃料価格引き下げは、その恩恵が燃料消費の多い高所得層により手厚く、したがって低所得層への支援策としても非効率である。いわゆる「アベノミクス」に基づく財政出動と金融緩和が持続し、その副作用として国際的な金利上昇局面での円安を誘発し、これが2022年第4四半期以降、原油輸入額押し上げの主因をなしている。とすれば、円安によって利益を得る企業・所得層から、円安による物価高に苦しむ低所得層への所得移転を図るのが、支援の本筋だろう。いずれにせよ、日本の原油高は「アベノミクス」が日本経済に与えた歪みの一環である点で特異であり、この歪みを是正する大本の努力なくして、その解を見出すことはできない。
また、ガソリン税は従量税だから原油価格が上昇するほどに税負担率は下がる。「トリガー」を設けるとするならば、むしろ従価税である消費税を対象とすべきだろう。例えば課税価格が180円を超えた段階で消費税を一定額(18円)とすれば、ガソリン価格で199円以上の分は、卸価格の上昇を忠実に反映するに止まり、また、小売価格が断絶して買い急ぎや買い控えを惹起することもない。
一旦政治が恣意的に価格を決めると、必要な値上げも政治のせいにされ、これを嫌がってぐずぐずと補助が続く「無責任体制」となりがちである。このような自縄自縛に陥ることなく、率直に国際石油価格を国内市場に反映させて国民に創造的対応を促し、これを統合して新たなエネルギー・輸送システムの構築につなげていく、前向きな政治的指導力が求められる。
W BC準決勝、吉田の同点スリーラン、遊撃手「源田の1ミリ」の守備、本塁打を狙える球をあえて犠牲フライにした山川、凡打の確率が最も高いコースに投げ込まれた球を短く持ったバットで弾き返した大谷、そして最後は主砲・村上の一振りで代走の俊足・周東がサヨナラのホームイン。そこには選手の技があり、試合運びの全てが理に叶っており、そして何より、逆境の中で最後まで勝利を目指す気迫があった。原油高価格に挑む、そのような本来の日本の姿が見たい。
石油アナリスト 小山正篤
(注5)資源エネルギー庁による「補助がない場合の」想定ガソリン価格から消費税分を引き、そこで特定税率を本則税率に置き換えた上で、消費税を掛け直して算出。