【特集1】現実を無視した補助延長の暴挙 効果感じず業界も国民も冷ややか


政府はガソリン・電気・ガスのエネルギー価格補助を来春まで継続することを決めた。これまで投じた10兆円の効果の検証がないままの決定は、「天下の愚策」とならないか。

政府は11月2日の臨時閣議で、物価高への対応を柱とする「デフレ完全脱却のための総合経済対策」を決定し、燃料油や電気、ガスといったエネルギー価格の負担を軽減するための補助金(激変緩和措置)を来年4月末まで延長することを決めた。

エネルギー価格への補助を巡っては、昨年1月に燃料油高騰に伴うガソリン価格抑制策として激変緩和措置を講じ、価格高騰・円安対策に性格を変えつつ、支給額を拡充しながら延長を繰り返してきた。初期の段階では、レギュラーガソリン小売価格が1?当たり170円以上となった場合に、5円の補助金を支給することになっていたが、同年3月には基準価格を172円、支給上限を25円に大幅引き上げ。4月以降は基準価格を168円に引き下げるとともに、補助上限額は35円へとさらに引き上げ、それでも170円を超える場合は超過分の2分の1を支援することとした。

補助の恩恵は利用者に理解されているのか

これに、今年1月使用分(2月検針分)から加わったのが、電気・ガス料金への補助だ。家庭の8月までの使用分について、電気は1kW時当たり7円、ガスは1?当たり30円を補助し、9月からはそれぞれ3・5円と15円に引き下げ。その後、9月と同じ補助額で延長することが決まった。

一方、自治体を通じた地方創生臨時交付金を活用したプロパンガスへの補助に至っては、「実態がまるで分からない」(プロパン業界関係者)という。「販売事業者の懐に入っているケースもあり、小売価格に反映されているのはごく一部にすぎないのではないか。これでは選挙対策以外の何ものでもない」(同)

政治判断で突き進んだ政策 総額10兆円の是非は

この一連のエネルギー価格補助政策に対し、アナリストの一人は、「昨年度初頭に激変緩和措置を講じたことは仕方がなかった」と一定の理解を示しつつ、「9月末で終了する予定が、財源が潤沢だったこともあり6月ごろから延長に向けた議論が浮上した。その局面で政府の良識派に踏ん張ってほしかった」と、なし崩し的に延長が繰り返されていることには憤りを見せる。

補助金を支給されている石油元売関係者でさえ、「効果が不透明で後の検証がしにくい。それに、石油元売りが補助金ありきの経営に慣れてしまえば、ストレステストを受けている他国企業との差は開く一方。業界側から補助金をやめるよう声をあげるべきだ」と、否定的だ。

【特集2】地域で増す都市ガスの存在感 脱炭素化や地方創生に期待


脱炭素社会に向け、都市ガス業界はビジネスモデルの変革を迫られている。今後の都市ガス事業者の在るべき姿とは。資源エネルギー庁ガス市場整備室の福田光紀室長に話を聞いた。

【インタビュー】福田光紀/資源エネルギー庁ガス市場整備室長

―脱炭素社会に向け、地域社会における都市ガス事業者の存在感が増しています。

福田 そもそも天然ガスは、燃焼時のCO2排出量が少なく、非常に効率性の高いエネルギーです。電化が一定程度進むとはいえ、産業分野でも特に高温域の熱需要については電化による対応が難しく、天然ガスへの燃料転換と、利用機器の効率化は低・脱炭素化の有効な選択肢だと言えます。

 また、再生可能エネルギーや水素、バイオガスといった地域資源の利活用においても、そのポテンシャルが地域によって異なることから、エネルギー供給事業者の関りが欠かせません。エネルギーの安定供給、燃料転換による低・脱炭素化に加えて、地域資源の利活用による地方創生など、都市ガス事業者が地域社会において果たす役割は多岐にわたります。

―多くの事業者が、事業を多角化することによって企業としての成長を見出そうとしています。

福田 確かに、ガスに限らず、地域の需要家が必要とするさまざまなエネルギー、サービスを提供する担い手になっていると認識しています。都市ガス事業という地域に根差した産業を営んでいるからこその発展の在り方だと思いますし、自治体や他の地域企業と連携しながら地方創生にも貢献していただきたいと考えています。

      ふくだ・みつのり 2002年京都大学大学院情報学研究科修了、経済産業省入省。
      石油天然ガス・金属鉱物資源機構(現エネルギー・金属鉱物資源機構)ロンドン事務所長、
      資源エネルギー庁原子力発電所事故収束対応室長などを経て23年7月から現職。

―e-メタン(合成メタン)導入の意義をどう考えますか。

福田 天然ガスを完全に脱炭素化するために非常に重要な技術だと認識しています。これを実用化し、普及させていくためには、効率良く大量に生産するための製造技術を確立しなければなりません。触媒や熱のマネジメントなど、さまざまな研究開発の余地があり、政府はグリーンイノベーション(GI)基金を通じてこうした研究開発を支援しています。

e-メタン社会実装を後押し 規制と支援一体で検討

―大手都市ガス3社は、2030年度に都市ガス供給量の1%をe-メタンとする計画です。政府としてこれをどう支援していくのでしょうか。

福田 エネ庁としても、21年から「メタネーション推進官民協議会」を開催し検討を重ねてきましたし、ガス事業制度検討ワーキンググループにおいても、「都市ガスのカーボンニュートラル化について」をテーマに議論し、6月に中間整理を行ったところです。

 e―メタンは、既存の都市ガスインフラを活用することができるため、コストを抑えながら熱需要の脱炭素化を実現できるポテンシャルがあります。そのポテンシャルを生かしながらe―メタンの社会実装を実現するためには、官民一体の取り組みが今後、ますます不可欠となります。

 さまざまなステークホルダーが連携する必要があります。関連技術の開発や民間企業の取り組みの進捗などを踏まえながら、諸外国の制度を参考にしつつ、規制と支援一体で具体的な検討を進めていきます。

【特集2】「地域共創カンパニー」を創設 地域課題解決へより迅速に対応


東京ガスは10月、新たな組織として地域共創カンパニーを発足させた。自治体の脱炭素化ニーズの高まりにどう対応していくのか。小西雅子カンパニー長に聞いた。

【インタビュー】小西雅子/東京ガス常務執行役員地域共創カンパニー長

―10月1日に地域共創カンパニーが発足しました。その狙いを教えてください。

小西 自治体の脱炭素化ニーズに迅速に応え、これまで以上にスピード感のある脱炭素化の提案を実現し、地域の課題解決をお手伝いしていくことをミッションとしています。

 当社グループが2月に発表した中期経営計画「Compass Transformation23-25」では2023~25年をビジネス変革の期間と位置付け、その主要戦略の一つに「カーボンニュートラル(CN)実現に向けたまちづくりの取り組みによる地域課題の解決」を掲げています。これは創業以来培ってきた「社会を支える公益事業者としての信頼」「地域密着力」を生かし、強靭で魅力あふれる持続可能なまちづくりのためのソリューションを地域・コミュニティーに提供していこうというものです。

 そのためには、都市ガス普及拡大の推進だけではなく、脱炭素ソリューションを本格展開することによるBtoG(地域行政対応)機能の充実を図ることが極めて重要だと考えます。当社がハブとなり、自治体や大学、卸先ガス事業者を含む地元企業、金融機関、商工会議所といったステークホルダーをつなぎ、エネルギーをコアに地域のさまざまな課題解決を通じて価値を共創しながら経済循環の創出に貢献し、地域・コミュニティーとともに発展・成長していくことをパーパス(存在意義)として活動していきます。

       こにし・まさこ 1988年お茶の水大学家政学部卒、東京ガス入社。
       執行役員地域本部広域営業部長、カスタマー&ビジネスソリューションカンパニー法人営業本部長、
       常務執行役員サステナビリティ推進部担当などを経て2023年10月から現職

自治体のパートナー企業に 豊富なソリューションが強み

―年度の途中に新組織が立ち上がるのは異例です。

小西 エネルギー企業のみならず、コンサルタント会社やデータ関連企業など、この自治体のパートナーポジションを狙う競合企業は数多くあります。脱炭素先行地域の第三回目の選定において、提案の実現可能性を高めるために民間事業者との共同提案が必須とされたこともあり、自治体側も民間のパートナーを探していて、勝負は今後1~2年でついてしまいます。競合会社が選ばれてしまうと、当社はご提案の機会を永遠に失う可能性もありますから、さまざまな組織に散在していた脱炭素のソリューションを集約し、スピード感を持って提案が行える体制を早期に整える必要がありました。

 当社グループが関係する自治体は120ほどありますので、その中でどの自治体で当社のソリューションがお役に立てるのか分析した上で、まずはパートナーポジションを獲得するべく提案活動を始めています。25年には、その中の10エリア以上で地域・コミュニティー事業を開始することを目指しています。

10月10日に包括連携協定を結んだ国分寺市の井澤邦夫市長(左)と小西氏

―具体的にどのようなソリューションを提案するのでしょうか。

小西 実は21年以降、自治体や周辺ガス事業者と「CNのまちづくりに向けた包括連携協定」の取り組みを進めており、9月末までに29件の協定を締結しました。地域脱炭素のパートナーとして自治体の相談を受け、実際にさまざまなソリューションをスタートさせています。

 その中でも多いのが、CN都市ガスや実質再生可能エネルギー100%の電気の自治体施設への供給、EV(電気自動車)やEV充電マネジメントの導入、太陽光PPA(電力販売契約)事業などです。こうした再エネやEV関係はどのエネルギー会社でも提案できますが、当社の強みはハード・ソフト合わせて44種類ものソリューションから、自治体が抱える課題やニーズに応じた支援が行えることです。

―ソフト面の支援とは?

小西 避難所のレジリエンス強化やナッジ理論を用いた省エネ教育プログラム、環境教育サービスなどがあります。例えば茨城県守谷市では、東京ガスコミュニケーションズが手掛ける「カーボンストックファニチャー」のコンセプトに基づき、県内で使用した木材のCO2吸収量を可視化した玩具を制作し、市の出生児に配布。市民の環境意識の醸成につながることも期待されています。

 環境意識の醸成がなかなか難しい中、市民の行動変容につながるような環境教育への関心も高まっています。神奈川県秦野市、東京都昭島市の公立小中学校では、ナッジ理論を活用した省エネ教育プログラムを展開。これは、東京ガス都市生活研究所と住環境計画研究所が、17~20年度の環境省の実証事業で開発したプログラムで、この学びを通じて家庭のCO2排出量が5%削減されることを確認しています。こうした取り組みを通じて、政府や自治体と連携し、省エネ教育の普及や環境意識の向上を促すことで、CO2排出量削減に貢献していきたいと考えています。

守谷市が出生児に配布する木製玩具。木材が吸収したCO2の量を印字している。

―なかなか他社にはない取り組みですね。

小西 他社には真似することができないソリューションをどれだけ持てるかが、大きな差別化の要素となることは間違いありません。ハード面では、熱の分野ではさまざまな脱炭素のノウハウがありますし、また、都市生活研究所を中心に、暮らしや食に関する研究の蓄積を長年積み上げてきました。単なる社会貢献では持続可能な事業にはなりません。こうしたノウハウやソリューションを生かし、自治体にとってもメリットがあり当社としても事業の成長につながる提案を行うことで、ビジネスパートナーとしてお役に立つことを目指します。

【特集1】火力燃料購買の50年を振り返る 新たな課題にどう向き合うか


電力事業は、燃料・電力市場の価格変動という新たなリスクに直面している。各社はこうした市場リスクとどう付き合うべきか、水上裕康氏が解説する。

水上裕康/ヒロ・ミズカミ代表

オイルショックから50年を迎え、電力会社は改めて燃料市場、そして近年始まった電力市場との「付き合い方」を問われている。大手電力の2022年度決算は、10社のうち9社が経常赤字を計上したが、原因は燃料および電力市場価格の高騰とのことであった。

そもそも、燃料価格の変動影響は、燃料費調整(燃調)制度によって外部化されていたはずなのに、なぜ、このようなことになってしまったのか。

確かに燃調は上限に達し、燃調の「期ズレ」影響もあった。原子力の再稼働が遅れる会社は、高騰した市場から電気を調達する必要もあったであろう。それでも、原子力が未稼働ながら黒字を確保した会社もある。各社の対応に差があったのも確かだ。燃料・電力市場の価格変動が益々激しくなる中、次に価格が大きく動いた時に、昨年度と同じ轍を踏めば、会社の存続にも関わってくるに違いない。

今回は、火力燃料購買の50年を以下の四つの時期に分けて振り返りながら、こうした新たな課題に対して果たすべき役割を考えてみたい。

事業環境とともに変化 燃料調達部門の役割

まず1973~80年代半ばは、危機を教訓に燃料部を独立させ、石油を中心に納入会社が管理する時代だったと言える。電力各社は、オイルショックの経験を踏まえ、もともと資材部や経理部にあった燃料購買機能を燃料部として独立させたのだ。それだけ、燃料調達の重要性が認識されたと言える。

オイルショックで燃料調達の重要性が認識された

もっとも、この時期、燃料の中心を占めた石油の輸入や国内の物流は概ね石油元売りと商社が独占していたので、燃料部の仕事は調達というより、納入会社管理であった。具体的には、需給が厳しい時に助けてくれた会社には翌年の発注を増やして報いる「シェア管理」である。価格は、国際的な石油価格+原価積上げの国内経費であり、「安定供給」の保証を優先に交渉したものであった。

80年代半ばから2000年ごろには、脱石油電源として開発が進められたLNG・石炭火力用の燃料調達が始まる。電力会社は燃料の輸入当事者となり、初めて海外の資源メジャーなどと交渉を経験、石炭では輸送も手掛けることとなった。

安定調達が最優先の時代である。契約は石炭で10年、LNGでは20年の長期契約が締結され、価格は、代表会社を中心に安定供給実現のための「あるべき価格」が交渉された。市場で価格が決まる現在と違い、価格交渉には非常に長い時間がかけられたものである。また、輸入の当事者とはいえ、どの契約も商社が仲介し、供給元や物流の情報もほぼ商社に依存していた。

【特集1】新エネ開発で先行した日本 欠けていた産業を育てる意識


オイルショックを契機に、日本の新エネルギー開発は加速した。カーボンショックをどうイノベーションや産業育成につなげるべきか、山地憲治氏に聞いた。

【インタビュー:山地憲治/地球環境産業技術研究機構(RITE)理事長】

―1973年のオイルショックは、新エネルギー技術の研究開発が加速するきっかけとなりました。

山地 当時、日本はエネルギー流体革命により石炭から石油への移行が完了したところで、一次エネルギーの約8割を石油に依存していた中で発生した危機でした。これを契機に、政府は「サンシャイン計画」を策定。既に政策として位置付けられていた原子力やLNG導入に加え、石炭液化や地熱利用、太陽光・風力発電といったエネルギーに関する研究開発が国家プロジェクトとしてスタートしたという点で非常に大きな意味があったと思います。

オイルショックを機に石炭液化などの研究開発が進展                 提供:朝日新聞社

―それが奏功し、日本は新エネルギー技術で世界に先行できましたが、今は後れを取っています。

山地 その典型が太陽光発電でしょう。2005年までは、シャープをはじめ日本のメーカーが世界のパネル市場の大半を獲得していましたが、それ以後は、ドイツにシェアを奪われ、今では中国メーカーが席巻しています。温暖化対策の促進と合わせ世界市場が急速に拡大したにもかかわらず、日本企業がそのスピードに対応しきれなかったことは非常に残念なことです。ドイツがシェアを獲得した背景には、世界に先駆けて再エネFIT(固定価格買い取り)制度を導入したことで、投資リスクを最小化できたことがあります。日本は「RPS法」により、電力会社に対し販売電力量に応じた一定の再エネ電力導入を義務付けていましたが、あくまでもエネルギー政策の範囲での取り組みであり、わが国に強い産業を育てる政策に結び付きませんでした。

FITがもたらした副作用 国民負担は累積17兆円に

―FITの功罪をどう見ますか。

山地 RPSは、再エネ導入の総量目標を決め、再エネ間で競争させるものでした。FIT導入は当時の民主党政権の公約であり、震災当日の午前中にその制度案が閣議決定されたのは周知の通りです。私は、総合資源エネルギー調査会・新エネルギー部会の部会長としてこの議論に携わっていたのですが、この時は、再エネの区分・規模にかかわらず固定価格を原則一律(20円程度以下)とし、FIT制度下でも再エネ間の競争が起きることを想定していました。ところが、震災後の国会審議でそれは見る影もなくなったのです。

―実際は、再エネ区分と規模に応じた買い取り価格となりました。

山地 FIT政策の一番の問題は、再エネ間の競争が起きなかったことです。風力や地熱が環境アセスなどで導入までに時間がかかるのに対し、建設までのスピードが速い40円買い取りの太陽光の導入が一気に進みました。当時、FITは効果もあるが副作用も大きい劇薬だと言われましたが、今まさにその副作用の面が大きく出ています。買い取り価格のうち、回避可能費用を超えた部分は再エネ賦課金として国民が一律に負担する仕組みの中で、あっという間に年間の負担額が2兆円超に達し、累積では17兆円にもなります。20兆円のGX(グリーントランスフォーメーション)移行債は確かに巨額ですが、既にそれに近い金額を電気の利用者から徴収し、補助金として再エネ事業者に渡しているという認識を持たなければなりません。

 8000万kWもの太陽光が導入されましたが、一方でそれだけの国民負担が生じていることこそがFITの功罪だと言えます。少しずつ制度の是正が図られていますが、最初の制度設計が悪かった上に、投資リスクが下がった分野に一気に参入してくる民間のスピードに、政策を調整する速度が後れを取ったことは否定できません。経済を回していくという意識が希薄で、国内に産業が育てることができなかったことも、今後の教訓とするべきでしょう。

【東北電力 樋口社長】お客さまに「より、沿う」付加価値サービス提供で 自由化競争に打ち勝つ


他の大手電力会社や新電力との競争が来年度以降、さらに厳しさを増すと見る。地域に寄り添いながら、価格面のみならず、お客さまに「より、沿う」付加価値サービスを強みに、競争に打ち勝っていきたい考えだ。

【インタビュー:樋󠄀口 康二郎/東北電力社長】

志賀 6月に低圧規制料金の値上げに踏み切りました。

樋口 ロシアによるウクライナ侵攻や円安の影響などにより、さまざまな物価が上昇する中、当社は、これまでも徹底した経営効率化に努め、低圧規制料金の料金水準を維持するよう努めてきました。しかしながら、昨年6月には、燃料費の高騰に伴い燃料費調整単価が上限に到達し、その超過分を料金に転嫁できない、いわゆる「逆ザヤ」の状態が継続していました。 これを見直さない限り、当社の財務基盤はますます棄損し、設備投資ができないようなことになれば、安定供給に支障を来しかねないことから、「苦渋の決断」ではありましたが低圧規制料金の値上げを実施しました。

志賀 23年度通期では経常損益が前期の1992億円の赤字から2000億円の黒字に転換する見通しです。

樋口 21、22年度と2年連続で経常赤字に陥り有利子負債残高がおよそ1兆円増加し、自己資本比率が10・5%まで低下するなど、財務状況が急激に悪化したことから、電力の安定供給を果たすためにも今年度は何としても黒字を確保し、その上で早期かつ持続的に利益を積み上げていくことで財務基盤の回復と安定化を図っていく必要があります。第1四半期決算では、値上げ時期が当初の予定よりも2カ月遅れたことにより150億円程度の収支悪化影響があったものの、高圧以上のお客さまなどの電気料金の見直しに加えて、燃料価格の低下に伴う燃料費調整制度のタイムラグの影響が利益を大きく押し上げ、収支が大幅に改善しました。

 通期業績についても、電気料金全般の見直しによる収入増や、昨年12月に高効率の上越火力発電所1号が営業運転を開始したことによる燃料消費量などの抑制、燃料価格の動向の見極めによるタイミングを捉えた燃料調達の効率化などに加え、今後も燃料費調整制度のタイムラグ影響が利益を押し上げる見込みです。

       ひぐち・こうじろう 1981年東北大学工学部卒、東北電力入社。
       2018年取締役常務執行役員発電・販売カンパニー長代理、原子力本部副本部長、
       19年取締役副社長 副社長執行役員CSR担当などを経て20年4月から現職。

依然厳しい財務状況 早期の回復に努める

志賀 これを機に、財務基盤の強化が期待されます。

樋口 当社の6月末時点の自己資本比率は12・4%と東日本大震災直後と同程度です。今年度末の自己資本比率は13・0%程度へと若干改善する見込みですが、有利子負債残高は震災直後を上回る3兆3千億円を超える水準が依然として続くものと想定しています。

 過去の大規模災害レベルと同程度の自然災害リスクへの備えや収支変動への備えとしてはかなり脆弱であり、燃料価格や卸電力取引市場価格の急激な変動など、電気事業運営上のリスクの振れ幅がこれほどの状況になかった震災直後とは異なり、危機的な状況が継続しています。このため、電力需給の最適化を図りつつ、グループ全体で「サービス提案の強化」「原子力発電所の再稼働」「経営全般の徹底的な効率化」に取り組み、早期の財務基盤回復に努めます。

大災害がもたらすエネルギー供給危機 その時業界はどう動くか


エネルギー業界は、さまざまな災害を経験しながら災害対策に不断の努力を重ねてきた。電気、都市ガス、石油、LPガスの4団体に、災害対策の現状を語ってもらった。

送配電網協議会/ 松木隆典 工務部長

広がる関係機関との協力体制構築 より良い災害対応へ改善重ねる

2016年4月に熊本地震が発生した際には、九州電力の非常災害対策総本部の総括班として災害復旧対応に当たりました。北海道から沖縄まで各電力から110台の発電機車が派遣されるなど、現在確立している一般送配電事業者同士の災害復旧応援スキームの先駆け的な対応がなされたのがこの熊本地震です。

20年7月には、19年9月の台風15号による千葉県を中心とした大規模な停電への対応を踏まえ、10社共同で「災害時連携計画」を策定、電力広域的運営推進機関を経て経済産業大臣に届け出ました。現在はこれに基づき、エリアの垣根を越えて連携するための体制を構築しています。

復旧資材の仕様を共通化したり、発電機車の操作方法を統一したりすることで、復旧応援をスムーズに行うための取り決めをしているほか、一般送配各社の防災の実務担当責任者が定期的に集まり、災害対応や応援の考え方について至近の対応実績などを基に意見交換し、連携計画の実効性の担保を図っています。

災害時は一刻も早い停電復旧が求められますし、お客さまへの対応もありますから、災害対応に携わる事業者間の一体的な連携は不可欠です。国の審議会では、非公開情報の漏洩に係る再発防止策の検討の中で、災害時に一時的に情報共有が許容される項目など災害時の情報共有の在り方が議論されており、それに確実に対応することで災害時の円滑な連携につなげたいと考えています。

千葉の台風対応がきっかけ 情報伝達の重要性を再認識

また、千葉の台風対応において、倒木処理や道路の復旧などが、電気の復旧作業に大きく影響することが改めて認識されました。これを機に、自治体との間で災害時の役割分担や情報伝達の在り方について取り決めを行い、相互に連携体制を構築する動きが全国で広がっています。さらには、遠隔地への復旧人員や資材の輸送を支援いただくため、自衛隊や海上保安庁と協定を結び、合同で訓練を実施しながら協力関係を構築している事例も出てきています。

大規模災害では、復旧要員となる送配電事業者の社員が被災する可能性もあり、想定通りに体制が機能するとは限りません。制約のある中でどれだけのことができるのか。一人ひとりが、訓練などを通じて自らの役割を常日頃から確認し、いざという時にきちんと実行できるようにしていくことが重要です。

災害時連携計画についても、現行の形が数年後も正しいとは限らないので、10社が連携し絶えず検証しながら、必要な改善を重ねていきます。(談)

【特集1】DER活用へ制度措置実施 新たなビジネス創出も後押し


【インタビュー:清水 真美子/ 資源エネルギー庁 電力産業市場室 室長補佐】

DERの活用は、電力供給の効率化、強靭化のためにも欠かせない。資源エネルギー庁電力・ガス事業部電力産業市場室の清水真美子室長補佐に、今後の展望を聞いた。

―分散型電力システムの構築を目指す理由を教えてください。

清水 カーボンニュートラル(CN)や電力供給の強靭化に対する関心の高まりを背景に、再生可能エネルギーやEV、蓄電池といった分散型エネルギーリソース(DER)の導入が拡大しています。制度面でも、卸電力市場や需給調整市場など電気の各種価値を取引する市場が整備されるとともに、2022年にはアグリゲーターや配電事業、特定計量といった制度が開始となり、次世代スマートメーターの標準仕様が策定されるなど、DERの活用拡大につながる環境整備が進んできました。

 そうした中、昨年11月に「次世代の分散型電力システムに関する検討会」における議論に着手しました。CN達成を目指しつつも、近年の電力需給ひっ迫などの課題に対処するために、DERの潜在価値を最大限活用することで電力システムの効率化、強靭化を実現することが狙いです。

―そのポイントは。

清水 DERの価値発掘とその価値評価、そして分散型システムの構築という、三つの柱で検討を進めてきました。価値発掘という点では、今後普及が見込まれるEVは電力システム側での活用が期待され、引き続き5月に立ち上げたEVグリッドワーキンググループ(WG)で議論していきます。

       しみず・まみこ 2018年早稲田大学政経学部卒、経済産業省入省。
       資源エネルギー庁資源・燃料部政策課、通商政策局北東アジア課などを経て
       21年から現職。

 価値評価という点では、機器点計測することで埋もれてしまっているDERの評価を可能にすることや、低圧DERを束ねて運用する「群管理」の概念など、26年度からの需給調整市場へのDERの参入に向けた制度面の整理を行いました。分散型電力システムの構築という観点では、系統増強以外の選択肢として、DERの活用は混雑緩和など配電系統の課題解決に寄与することが示され、実証を加速していく方向性を示せたことは一つの成果だと言えます。

EVと系統の最適な統合へ 多様な主体が本音で議論

―WGにおける検討事項とは。

清水 関連業界が垣根を越えて、EVのグリッド統合を議論する必要があるとして、同WGを立ち上げました。自動車メーカーや充電器サービサー・メーカー、一般送配電事業者、小売事業者、アグリゲーターなど多様なプレーヤーが一堂に会し、エネルギー政策と産業政策の両方の視点で検討を進めていきます。プレーヤーごとに異なる将来シナリオを共有し、将来像を本音で議論することが最初のステップであり、その上で、目指すべき姿に向けた課題を特定、それに対する制度を措置し、将来のEVとグリッドの最適な統合の実現を目指します。

―どう制度措置していきますか。

清水 民間から26社、経済産業省側からも4部局と、これだけ多様な関係者が参画する会合は省内にもこれまでありませんでした。どのような制度が措置されるか未知数ですが、これまで出会うことのなかった業界同士が協力することで、画期的なビジネスが生まれることに大いに期待しています。

(取材は6月14日に実施)

【特集1】DER活用の期待と課題 最前線の取り組みに迫る


分散型エネルギーリソース(DER)の活用に向け、さまざまな取り組みが行われている。技術面や事業性の課題を克服した先に見える配電系統の未来とは―。

NEDO:系統混雑緩和し出力制御回避へ 来春に実際のリソースで実証

DERのフレキシビリティ(柔軟性)を活用し、電力系統のさまざまな課題解決に貢献することを目的に、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が取り組む、「電力系統の混雑緩和のための分散型エネルギーリソース制御技術開発(FLEX DER)」事業。2020年度から進めてきたFS(事業可能性の検証)を踏まえ、現在は22~24年度までの計画でシステム開発とフィールド実証のステージに入っている。来春にはいよいよ、実際のリソースを導入しての検証に乗り出す。

送配電事業者からはDERの稼働状況が見えにくい。一方、アグリゲーターは系統の混雑状況が分からない。そこで、双方をつなぐ「DERフレキシビリティシステム」を構築し、それによるDERの制御と系統混雑の緩和、再エネ出力制御回避の効果を検証するのが、同事業の狙いだ。

DERシステムの成果適用のイメージ提供:NEDO

フィールド実証は、太陽光発電の逆潮流により混雑しそうな配電用変電所をターゲットに行われる。具体的には栃木県那須塩原市において、市が保有する施設の構内や、配電系統に直結する形でDER(蓄電池)を設置しDERフレキシビリティシステムによる上げDR(デマンドレスポンス)を実施することで、実際の系統で混雑緩和を実現するシステムについて検証する予定だ。

従来は、系統が混雑するのであれば増強工事を行うほかなかったが、それでは膨大なコストと時間がかかる。DERの活用によりそれを回避できれば、総コストを低減し得る。

そこで、FS検証において、送電線、配電用変電所、配電線の3設備を対象に28~50年におけるDER活用による費用便益を算出したところ、配電用変電所とその上位にある送電線との組み合わせのみ便益がプラスという評価になった。フィールド実証が配電用変電所をターゲットとするのはそのためだ。

NEDOスマートコミュニティ・エネルギーシステム部の小笠原有香プロジェクトマネージャーは、「DERの社会実装を目指す上では、まだまだ整理すべき課題が多い」と強調する。例えば、①系統ごとにDERを管理する時の、アグリゲーター側のシステムや通信プロトコルの標準化、②プラットフォームと系統混雑解消の観点からは、既存送変電設備を最大限活用する「日本版コネクト&マネージ」との役割分担の在り方、③既存市場あるいは将来あるべき市場運営との整合性―といった点を挙げる。

【特集1】新ビジネスの花開くか!? 風雲急の配電改革を討論


次世代の電力ネットワークを構築する上で求められるのは、経済性を伴った改革だ。そのために必要な制度設計やビジネスモデル構築の在り方を徹底討論した。

【出席者】市村 健/エナジープールジャパン取締役社長兼CEO、椎橋 航一郎/EYストラテジー・アンド・コンサルティングEnergyアソシエートパートナー、西村 陽/大阪大学招聘教授、平尾宏明/エナリス執行役員 事業企画本部本部長

左上から時計回りに西村氏、市村氏、椎橋氏、平尾氏

―分散型電力システム構築の意義とは。

市村 2016年の電力小売り全面自由化以降、本来撤廃されるべき経過措置料金規制が自由化の本質を歪めてしまっている現状下で、公明正大に自由に競争できるのが、配電網に接続された分散型エネルギーリソース(DER)をフル活用しながら需要家の選択肢を拡大しつつ、事業者自らの商材やサービスの価値の最大化を図る取り組みです。一定の規律の下で自由な運用が可能となるよう性善説に則った、ただし、逸脱した場合には罰則ありきの事業スキームの構築が求められます。

平尾 16年ごろ実証がスタートしたVPP(仮想発電所)の原点は、太陽光の出力抑制を回避するために太陽光や蓄電池、給湯器といった低圧のDERの制御を試みたことにあり、それらDERをアグリゲートする技術の確立を目指していました。それが今では、電力システムの中で調整力として活用することが主眼に置かれるようになりました。VPP実証で培われた技術は、脱炭素先行地域におけるマイクログリッドの運用などにも生かされています。

西村 需給運用の観点で目下の課題は、予備力が不足している中で多くの太陽光が導入されたために、瞬間的に需給バランスが崩れて停電が起きかねないリスクが顕在化してきたことです。発電機は供給力がゼロより下にはならないため、再エネバランシングへの効果は限定的で、吸い込んだり吐き出したりできるDERの活用に期待が寄せられています。分散化による配電網の革新は、安定供給のためにこそ求められているのです。

椎橋 現行の託送料金制度は、基本的に需要家の電圧別に設計されていますが、今後、ピアトゥーピア(PtoP)など配電網の中で電気を相互融通していくのであれば、託送料金の負担の在り方についても新たな検討が必要になる可能性があります。設備投資や補助金の投入を上流から下流にシフトすることが求められ、分散型電力システムの構築は、投資のリバランスという側面を内包していると考えています。その実現には、投資インセンティブも含めた制度設計が必要になりますし、今後、投資のリバランスの観点から大きな動きが起きると期待しています。

エナジープールは3000強の需要家設備を監視・制御しDRを運用

【特集1】脱炭素化と安定供給の両立へ 電力システム分散化の現実度


蓄電池やEVといった低圧の分散型エネルギーリソース(DER)の導入が急速に拡大している。こうしたDERを活用した分散型システムの構築で、脱炭素と安定供給両立を実現するか。

2050年のカーボンニュートラル(CN)実現に向けて、太陽光や風力といった変動型の再生可能エネルギー大量導入を見据えた電力ネットワークの次世代化が喫緊の課題となっている。

従来の電力システムを引き続き効率的・合理的に運用していくことに加えて、次世代の分散型電力システムと調和させ、安定かつ持続可能な電力システムを構築していくことがその要諦。キーワードは「脱炭素」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「レジリエンス(強靭性)」だ。

基幹系統側では今年3月、電力広域的運営推進機関が再エネの最大限導入による脱炭素化と電力安定供給両立の切り札として、将来の広域系統の絵姿「マスタープラン」を公表。その具現化には、再エネ適地から大消費地への大容量送電を可能にする高圧直流送電(HVDC)など、新たな技術の開発が不可欠となる。

既に再エネが多く接続されているローカル系統(電圧77 kV以下)では、既存系統の空き容量を活用しながら系統増強を待たずに新規の再エネ電源を連系する「ノンファーム型接続」が21年4月に始まった。系統の増強には時間と費用がかかる。そこで系統混雑が生じた際の出力制御を大前提に、再エネ接続量を増やす狙いだ。

そして需要側の電化が加速し、EVや蓄電池といった分散型エネルギーリソース(DER)の導入拡大が見込まれる配電系統もまた、改革が待ったなしの様相だ。

25年度次世代スマメ導入へ 配電運用の高度化に期待

これらDERにより、混雑発生や電圧維持管理の困難化といった配電の課題が一層顕在化することになれば、系統全体にも悪影響を与えかねない上、それを回避しようとすれば人口減少時代に過大な送配電投資が必要になってしまう。逆に、デジタル技術を活用して最適に制御できれば、再エネ大量導入とレジリエンス向上を実現しつつ、運用効率の向上に資する可能性がある。

20年の電気事業法改正により、アグリゲーター制度や配電ライセンス、特定計量制度といった、DERを活用するためのおぜん立てとなる制度整備はある程度なされた。そして、それ以降も、新たなビジネス機会創出につなげつつ、配電系統運用の高度化を実現するための技術面・制度面の議論が続いている。

IoTによる系統運用や設備の制御、システム全体の最適運用のためのデータ取得の精緻化―。それを実現する手段として期待されているのが、25年度以降、順次導入が始まる次世代スマートメーターによる遠隔監視・制御だ。

25年度から順次、次世代スマメが導入される

資源エネルギー庁は20年3月から2年間にわたって、「次世代スマートメーター制度検討会」を開催し、有識者や業界関係者を集めて次世代型に求められる機能などを検討してきた。その結果、使用量データを現行の30分ごとから短縮し、15分単位で計量しデータ蓄積できるようにするほか、配電レベルの再エネ需給調整(バランシング)に寄与すべく、電圧データの収集が可能になった。

【JERA 奥田社長】再エネとゼロエミ火力で 安定供給と脱炭素化をグローバルで実現する


火力燃料を巡る情勢が激変する中、JERAの3代目社長に就任した。LNG調達の安定性、柔軟性の確保に加え、ゼロエミ火力への段階的な移行に力を入れる。

【インタビュー:奥田久栄/JERA社長CEO兼COO】

志賀 東京電力と中部電力の火力発電部門の統合会社として2015年に発足してから8年。3代目社長に就任されました。中部電力ご出身ですが、入社の経緯からお聞かせいただけますか。

奥田 学生時代から、地域経済の発展に貢献したいという気持ちを持っていました。また、英語で時事問題をディスカッションするサークルに入っており、米ソが核軍縮に合意し、レーガン・ゴルバチョフ両首脳が握手を交わす映像には大変衝撃を受けました。戦争勃発の端緒の多くがエネルギー問題であり、世界平和の礎として非常に大きいと感じたこともきっかけとなり、最終的に中部電力を選択しました。

   おくだ・ひさひで 1988年早稲田大学政治経済学部卒、中部電力入社。グループ経営戦略本部
   アライアンス推進室長、JERA常務執行役員、取締役副社長執行役員 などを経て2023年4月から
   代表取締役社長CEO兼COO。

志賀 19年にJERAの経営企画担当常務に就任されました。その後、わずか数年でエネルギーを巡る情勢は様変わりしてしまいましたね。

奥田 どのような情勢下においても、クリーンなエネルギーを安定的に届けるための新しい基盤を作るという当社の使命が変わることはありません。ただ、19年当時は、海外との資源獲得競争が激化していく中でこれを達成していくことに重きを置いていたのに対し、20年以降、新たに脱炭素への要請が強まったことで、より多くの手段を駆使しなければこれを実現できなくなりました。ゼロエミッション火力を実現するとともに、有事にも強い供給基盤、そしてデジタルを活用したプラットフォームを作り上げていくことで、使命を果たしていく方針です。ウクライナ問題を契機に、違う次元のエネルギーセキュリティが求められるようになりましたので、より困難な挑戦になると考えています。

統合で調達規模拡大 トレーディングに強み

志賀 統合のメリットをどう見ていますか。

奥田 とてつもないメリットがあったと思います。当初は、5年間で1000億円のシナジー効果を出すと言っていたのですが、22年度末でそれ以上の効果が出ています。業務の手法や発電所の運用を標準化することでコストダウンを図ることができましたし、燃料調達規模が拡大し、本社をシンガポールに置くJERAグローバルマーケッツ(GM)は、今や世界最強の燃料トレーディング部隊です。世界中の石炭、LNGの需給に関する情報を得ながら燃料を上手に動かして、売り手・買い手双方Win―Winの関係を作りながら収益を出すことができています。

志賀 30年ごろにはLNGの契約更改期を迎えることになります。

奥田 徐々にアンモニア・水素に置き換えていくとはいえ、LNGは当面の間、魅力的な低炭素燃料であり、今後10、20年は活用していかなければなりません。LNGが普及していないアジア諸国では、これから燃料転換していくわけですから50年においても魅力的であり続けるでしょう。一方で、これまでは一定量をベース的に利用することができましたが、これだけ再生可能エネルギーが導入され日本の電力需要も成長しないという状況ですから、LNGは調整力としての役割を担うようになっています。従来からあった季節間変動のみならず、再エネ導入による短期変動も大きくなり、安定性と柔軟性を確保していくことは非常に難しくなってきています。毎月一定量の受け入れとなる長期契約だけでは、求められているLNGの役割は果たすことはできません。長期、中期、短期の契約とスポット調達―。これらをいかに上手に組み合わせたポートフォリオを作り上げるかが、大きな焦点になります。そういったポートフォリオを組んだ上でも対応しきれない変動がありますから、その時により経済的に、確実に対応するためのトレーディング力を強化していくことも重要です。

【特集1/覆面座談会】「無償慣行」は改善できるのか? 業界事情通が赤裸々に明かす 現行制度の限界と解決策


不透明で割高な料金と商慣行が長年問題視されながら、健全化が進まないプロパン業界。業界事情に詳しい関係者3人が、その実態と解決策について赤裸々に語り合った。

〈出席者〉 A 弁護士  B プロパン業界関係者  C プロパン業界団体関係者

―プロパンガス業界の商慣行の現状をどのように見ているか。

A 1997年の液化石油ガス法改正に伴う規制緩和により、さまざまな弊害が出てきたことは事実。2017年の改正で、需要家に貸与している設備があるのであれば、ガスとは別建てでその料金を表示する「三部料金」を採用することをガイドラインに定めたが、それ以降も多くの事業者が基本料金と従量料金の区別すらせずに請求していて三部料金どころの話ではないのが実情だ。

B プロパン市場は、需要家1軒当たりの使用量やコスト、強い影響力を持つ事業者―いわゆるチャンピオンがいるのかなど、地域の状況に応じて競争環境が全く違う。当然内包している問題も、高い料金であったり、不当廉売に近い極端に安い料金であったり、業者間で価格統制が行われていたりとまちまちだ。しかし問題の根本は同じで、不健全な市場であるということにほかならない。

C この問題は非常にやっかい。元売り事業者としても、激戦のエリアに系列の事業者がいたり、場合によっては争奪戦を繰り広げる双方に供給していたりして下手に口を挟めば大変なことになってしまう。

―17年の省令改正後も、料金は不透明なまま、取引の適正化もあまり図られなかったということか。

A 大手を含むプロパン業者の動きの鈍さから察するに、経済産業省・資源エネルギー庁も本気ではなかったのだろう。料金をきちんと説明しなければ立ち入ると警告していたにもかかわらず、結局どの業者にも立ち入ることはなかった。プロパン料金は自由であり、誰にどのような料金水準で販売しようが業者の裁量の範囲だ。料金にガスの仕入れにかかわるコストだけではなく設備費用を上乗せすることも自由であり、結局、これを制限する手段は今のところ消費者の「買わない」という判断しかない。

B とりわけ北海道がクローズアップされるのは、ほかのエリアよりもプロパン料金が高いという市場の特殊性がある。北海道の業者がよく言うのは、冬の間は雪かきをしてからボンベを交換しなければならないということ。暖房は灯油がメインだからプロパンの使用量は少ないにもかかわらず、配送にかかる時間や手間は本州とは比べ物にならないし、彼らだって冬の間は配送に行きたくないというのが本音だ。地域によってマーケットの状況が異なる中で、一律に規制をかけることは非常に難しい。

 この30年あまり、行政はとにかく規制を緩和する方向で動いてきたわけだし、逆に規制を強化することなど本気で考えるとは思えない。袋小路の感があるよね。問題を解決するには、自浄作用を働かせるしかなく、本来であれば業者側が改善するために必要な方策を提示してエネ庁に法改正を申し入れるべきだ。だけど、やはりそこには地域によってマーケットの状況が違うというプロパン市場の実態が立ちはだかってしまう。要は、法改正による自浄作用のメカニズムは働かないということだ。

北海道大学周辺の賃貸集合住宅のプロパン料金格差  北大生協調べ

C 三部料金にすれば解決するだろうということだったのかもしれないが、現場にとっては相当手間がかかって大変な作業だ。賃貸集合物件の場合、物件の償却の期限によって料金が変わってしまうから、現実問題として対応しきれないよ。首都圏の場合は、都市ガスの導管網の延長に合わせてそれに対抗するためにこうした商慣行の問題が出てきたわけで、歴史的な経過が積み重なった結果として今の状況があるわけだから、そう簡単に小手先の方法で解決できるわけがない。

【特集1】脱炭素と電力安定供給の両立へ 50年に向けた広域送電網の絵姿


電力広域的運営推進機関は、最大7兆円規模の新設・増強工事を伴う広域送電網のマスタープランを公表した。再生可能エネルギーの最大限導入による脱炭素化と電力安定供給両立の切り札となるか。

国の政策目標である2050年カーボンニュートラル(CN)社会の実現を見据え、将来の広域連系系統のあるべき姿を具体的に示した「広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン)」。太陽光や風力などの再生可能エネルギーの適地と電力の大消費地を結ぶ連系線の新設・増強や海底直流送電(HVDC)の新設、東西間で電力融通するための周波数変換所(FC)の増強などが軸で、その整備に必要な投資額として最大7兆円規模を見込む。

6兆~7兆円投資というと巨額のイメージが強いが、系統増強で毎年発生するコスト(5500億~6400億円)を年間需要で単純に割ると、1kW時当たりのコストは0・4~0・5円となり標準家庭で月百数十円の負担感。再エネ活用の最大化で電気料金やCO2対策コストを抑制できれば、これだけの投資を行ったとしても十分に便益が上回る計算になる。

豊富な再エネを大都市へ 3兆円かけ大規模HVDC

マスタープランの系統整備計画の中で政府が優先的に進めようとしているのが、今後、洋上風力の導入が見込まれる北海道、東北エリアと大消費地である東京エリアを結ぶ、日本初の大規模HVDCの敷設だ。

政府が2月に閣議決定した「GX(グリーントランスフォーメーション)に向けた基本方針」においても、再エネ主力電源化に向けて、「今後10年間程度で過去10年間と比べて8倍以上の規模で整備を加速する」と提起し、特に北海道からのHVDCについては30年度を目指して整備を進めることがうたわれている。

その規模は、最終的には北海道~東北間で600万kW、東北~東京間で800万kW程度が有力とされ、日本海と太平洋の両ルートを合わせた工事費用は2・5兆~3・4兆円と、投資総額の半分近くを占めている。これがマスタープランの「目玉」プロジェクトであることは間違いない。

このほか、HVDCの敷設に伴い、北海道で約1・1兆円、東北で6500億円、東京で約6700億円の地内系統の増強が必要となるほか、九州の再エネを関西、中部に送るための九州と中国を結ぶ関門連系線の増強(280万kW)に4200億円、東西間のFC増強(270万KW)には4300億円の投資が必要となる見通しだ。

広域系統整備の長期展望(ベースシナリオ)※広域機関の資料より作成

【特集1】「搾取」の構図に歯止め 設備無償提供の原則禁止も


賃貸物件の設備無償提供はプロパンガスの健全な競争を阻害し、消費者に不利益を与えてきた。松田世理奈弁護士は、景品表示法などの法律に照らしても禁じられるべき行為だと指摘する。

【インタビュー】松田世理奈 阿部・井窪・片山法律事務所弁護士

―プロパンガス業界の取引適正化ガイドラインは、商慣行の是正になかなかつながっていません。

松田 業界全体のリテラシーやコンプライアンス意識は確実に高まっていますが、そうしたガイドラインを守れない事業者が1社でもある限り、業界全体の問題としてみなされてしまいます。事業者の自主的な改善や呼びかけによる取引の適正化、消費者の選択だけでこうした行為を阻止できないのであれば、根絶するには液化石油ガス法の改正を含む制度的な措置が必要になります。

―どのようなルールを設けるべきでしょうか。

松田 非常に難しい問題ですが、液石法からのアプローチとして、プロパン業者に対し、建物に付随する設備を無償で提供することを原則禁止してしまうことが考えられます。これによって、現行の商慣習によってメリットを得ている人―、つまり賃貸物件のオーナーなどはそれを享受できなくなりますが、より弱い立場にある消費者保護を優先して考えることが妥当です。

まつだ・せりな 2007年東京大学法学部卒、09年東京大学大学院法学政治学研究科卒。経済産業省、公取委への出向を経て21年から電力・ガス取引監視等委員会専門委員、工業所有権審議会臨時委員。

―液石法以外での規制の在り方はいかがでしょうか。

松田 設備の無償貸与は、ある種過大な景品の提供で取引を誘引するもので、景品表示法などほかの法律の趣旨からしても禁じられるべき行為であるにもかかわらず、今のところ的確に対応できる法制度がありません。

 プロパン事業自体の競争をゆがめていること、消費者にとって料金の不透明感があること、何よりも利益を得ている人とコストを負担している人が食い違っている点で問題をはらんでいますから、何らかの形でこうした搾取の構図に歯止めをかけなければならないでしょう。自由市場だから自由に営業できるとはいえ、割りを食っている消費者がいる以上、何をしてもいいということにはなりません。

事業者への信頼担保へ 経営リスクの監視も一手

―電気の小売り営業でも数々のトラブルが報告されています。

松田 現行の電気事業の規制は、事業に参画するプレーヤーにとってもやや複雑な制度になっています。一般的な企業需要家や、ましてや家庭の需要家がそれを理解することはなおさら困難です。どの事業者と契約しているのか分からなくなるという話も耳にしますが、自らの契約状況を自ら管理することは当然とはいえ、それには限界があるということを制度は織り込まなければならないと思います。

―改善策はありますか。

松田 消費者にとって電気はあくまでも公共的サービスですので、事業者には相応の信頼性が求められていると思います。たとえ請求内容が正当な算定に基づくものであっても、消費者の事業者に対する信頼がなければどんなに説明を尽くしても納得を得ることは難しいでしょう。政策側で議論されている小売り事業者の経営リスクの監視も一案ですが、消費者の安心のために事業者の信頼を担保する仕組みの構築が求められます。