「需要家が主役」の時代へ 事業者が描く新ビジネス戦略


新型コロナウイルス禍は、エネルギービジネスの現場にも課題を突き付けた。各社がこの難局をどう乗り切り、新たな時代に向けてどのような営業戦略を描くのかを探った。

新型コロナウイルスの感染拡大は、エネルギー小売りビジネスにも大きな変革をもたらそうとしている。他人との接触機会を減らすことが求められる中、対面を基本とする営業は自粛モードに。ウエブやSNS(ソーシャル・メディア・ネットワーク)、テレビ会議システムの活用がより重視されるようになり、オンライン化が急速に進んだ。

また、経済失速でエネルギー需要全体は激減したものの、在宅時間が増えたことで家庭における消費量は大幅に増加。もともと価格競争が激しかった大口をメインとし、コロナ禍でさらなる打撃を受けた事業者の中には、家庭向け販売に一層力を入れていこうとする動きが出始めている。

つまり今後は、家庭分野でも大口と同様の厳しい競争が勃発する可能性があるということだ。利益度外視の価格競争に陥れば、エネルギー会社は共倒れするしかない。それを回避し生き残れるかどうかは、いかに「ウィズコロナ社会」と呼ばれる新しい時代に対応し、新たな顧客との接点機会や独自サービスを確立できるかにかかっている。

非常時こそ顧客目線 デジタル技術の活用も

全国に先駆けて、2月28日に独自の緊急事態宣言を発出した北海道。人々の動きが止まり、経済活動が縮小する中で北海道ガスが苦慮したのは、顧客との接点機会をどう維持するかだ。顧客とコンタクトを取るために、電話、ウエブ会議、Eメール、ダイレクトメール(DM)、チラシなど、あらゆるツールを総動員したという。

家庭用、業務用双方の顧客にメリットのあるキャンペーンにも力を入れた。6月には、家庭用の顧客向けに発行している「北ガスポイント」を通常よりもお得に交換できるようにした上で、業務用の顧客であり、売り上げ減にさいなまれていたレストランや居酒屋といった「北ガスグルメパートナー」の店舗で利用できるクーポン券を交換品に追加したのだ。

さらに「北ガスグルメパートナー」支援のため、自社の社員食堂を特設会場にして、毎週金曜日の夕方にテイクアウトの惣菜メニューを持ち込んでもらい、社員向けに販売した。金沢明法エネルギーサービス事業本部長は、「レストランや居酒屋の経営者には、『こういう企画は北ガスだけだね』と喜んでいただけた。社員の家族も、在宅時間が増え自炊が大変だった中で『助かった』と好評だった」と、手ごたえを語る。

北ガス社員向けにテイクアウトメニューを販売

こうした非常時の丁寧な対応が、社会が平常に戻った際にも顧客をつなぎとめることにつながる。同社の業務用と家庭用の販売量の比率は2対1。コロナ禍で業務用は2~3割減少した一方、家庭用は2割増えた。金沢本部長は「家庭用は災害など有事や景気に左右されず安定している。2030年までに、札幌市内を中心とする都市ガス未普及地域に330㎞の導管を敷設する計画で、需要拡大に向け、コロナ禍で得た知見を生かしサービスをより進化させていきたい」と意気込む。

ウィズコロナでどう変わるか 新たな時代のエネルギー社会とは


座談会:江田健二/エネルギー情報センター理事
    巽直樹/KPMGコンサルティング プリンシパル
    塩将一/積水化学工業 住宅カンパニー広報・渉外部技術渉外グループグループ長
    中西勇太/トヨタ自動車新事業企画部担当部長

コロナ禍の終息が一向に見えない中、「アフターコロナ」ではなく「ウィズコロナ」がキーワードとして取りざたされるようになった。社会やエネルギーの在り方はどう変わるか。

――新型コロナウイルス感染拡大に伴う社会の変化から、どのような課題が見えてきたでしょうか。

 3・11後の放射線デマを彷彿とさせるような情報リテラシーの欠如が、今回も浮き彫りになったように思います。当時とは違い、オープンソースの時代ですし、3月には感染症に関する多角的なデータにアクセスできるようになり、情報ポータルが充実してきました。それにもかかわらず、3か月が経過した今もメディアは感染者数のみを取り上げ、国民の不安をあおるような報道が多く、それに扇動される形で世論がミスリードされていることは否めません。

 感染症に関してゼロリスクを求めることは不可能ですから、その中で感染対策と経済活動のバランスをどう取るのか。少なくとも、世の中をリードする人たちは、科学的なリテラシーが必要だと痛感しました。

江田 行政サービスにおけるデジタル化の遅れが、さまざまな手続きをスピーディーに実施する上での足かせになっていることが浮き彫りになりましたね。デジタル技術を活用できていれば、10万円の給付金や事業者への持続化給付金の支給など、より早く必要な人に届けられたはずです。


江田健二

 一方で、こうした課題が見えたことで、デジタル対応を加速化していかなければならないという意識を持ったことは、新型コロナ騒動の経験を踏まえ社会を良い方向へ変化させるチャンスです。デジタル化を一層進めると同時に、企業や行政はなんとなく続けてきたけど意味がない慣習を整理し、業務の在り方を見直す必要があると思います。

中西 確かに、緊急事態宣言下の在宅勤務を通して、いかにITツールへの対応が遅れていたか実感させられました。これまでもウエブ会議システムはありましたが、実際に使ってみると通信速度の課題があったり、電子印鑑の仕組みがなく、オンラインで業務を完結させることができなかったりといった問題が明らかになりました。社内でも業務の要・不要の整理が始まっていて、これを機に本質的に取り組むべきことに、より注力できるようになると大いに期待しています。

 企業が一斉に在宅勤務に切り替え、業務の生産性が向上することが分かったことで、一部では恒常的に在宅勤務を採用しようという動きが生まれたことも大きな変化の一つです。今回、在宅時間が増えたことで、家庭のエネルギー消費にどのような影響を与えたのだろうかと調べてみました。

 一般家庭約3万2000軒分の電力データを分析したところ、5月は家庭の電力消費が8%加し、特に昼間だけ見ると14%増えていました。これは、在宅時間の増加によるものと見られ、感染が再び拡大し冷房需要が大きい8月に第二弾の緊急事態宣言ともなれば、この傾向がさらに顕著になるのは間違いありません。昼間の電力消費量の増加は、自宅の太陽光発電から自家消費で対応するのがベスト。ウィズコロナ社会は、家庭内での電力供給の在り方がより重視されることになると考えています。