新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、需要が低迷し価格も乱高下したエネルギーの上流市場。このショックで上流市場に何が起きたのか、また何が問題になるのか。燃料ごとに展望する。
「石油業界は何年にもわたり大きなショックを経験してきたが、今日私たちが目撃している猛烈な勢力で業界を襲ったものはない」
国際エネルギー機関(IEA)は4月1日に公表したレポートで、新型コロナウイルスについて、こう警鐘を鳴らしていた。だが、パンデミックが途上国にまで拡散し、もはや誰の手にも止められない状況に陥った現状は、一段と厳しさを増している。
石油や天然ガスの生産現場においてもコロナ禍の影響が広まり、市場では暖冬でダブついていた原油先物価格がコロナショックによる需要の大幅な減退により大暴落。去る3月には、OPECプラスによる協調減産体制の崩壊や、生産過剰による在庫のだぶつきなどで、米国原油価格の指標であるWTIが一時マイナスになるという悪夢にさいなまれた。
WTIのマイナス価格は世界中の関係者に衝撃を与えたが、この大事件に匹敵する危機が天然ガス・LNG市場に迫っている。
「逆ざや」が続くLNG 液化基地操業への影響も
米国の天然ガス価格指標である「ヘンリーハブ(HH)」は、2019年末に2ドル台前半の値をつけていたが、6月末に1・4ドル台まで下落。欧州のガス価格指標である「TTF」は20年初頭の3ドル台後半から、6月には過去最低価格の1・158ドル、北東アジアのLNG価格指標である「JKM」も4月末に過去最低の1・825ドルを記録。石油天然ガス・金属鉱物資源機構調査部の白川裕氏は「一時期はHH、TTF、JKMの三指標の中で、HHが最高値を記録するという前代未聞の現象が発生した」と、世界中で歴史的な安値が続いていると説明する。
価格下落が進んでいるにもかかわらず、石油と違って天然ガスの生産量はそこまで減少していない。主要産ガス国のカタールではいまだ増産に強気の姿勢を見せているほどだ。結果、3月末には米国メキシコ湾岸のLNG出荷価格指標である「GCM」がHHを下回る〝逆ざや〟状態に陥り、市場では行き場を失った「ホームレスLNG」が大量発生。これは生産基地の貯蔵タンクや、安値を買い叩いた欧州のLNG貯蔵基地に大量に流れた。その後、大量のLNG船が出荷キャンセルされたことで液化事業者は操業をスローダウンさせざるを得ず、大きな影響を受けているが、LNGが依然供給過剰状態にあることに変わりない。
EU市場では、マイナス価格をつけたWTIと同じく、LNGの貯蔵容量に限界が近づいている。5月20日時点のEUにおける地下ガス貯蔵率は70%と、例年に比べ3割も高い。通常は冬季需要に合わせ11月に向け在庫のピークを迎えるが、現在のペースだとそれ以前に貯蔵能力が限界を迎える公算が大きい。
「需要減がこのまま続き、19年と同規模の供給が続けば、LNGの受け入れ先がなくなる可能性がある」(白川氏)
その一方で、安定飛行を続けているのが石炭だ。
WTI先物価格は19年末の70ドル台から、半年で50ドル台半ばまで減少したものの、ある業界関係者は「石炭市場に大きな影響を及ぼすのは、大消費国である中国・インドの需要動向だ」と指摘する。コロナ禍で3~4月の需要は確かに減ったが、中国が経済を再開させたため需要は復活しつつある。「そもそも安価な石炭は、途上国にとって必要不可欠な資源で、発電燃料としてニーズが底堅い。事業が立ち上がるのには困難を伴うが、一度立ち上がったプロジェクトはこの程度のことでは止まらない」(前出の関係者)
最近ではドイツで石炭火力の漸次低減を図る脱石炭法が可決されるなど、先進国では石炭火力廃止の動きが加速している。これに対し、途上国では拡大するエネルギー需要に対応するため、石炭依存が続くのは間違いない。こうした事情から、波乱含みの石油やLNGと違い、石炭の価格は安定して推移していくと見られている。