【コラム/4月12日】福島事故の真相探索 第1話

2024年4月12日

石川迪夫

 第1話  突起状堆積物の正体

2023年4月、東京電力は福島第一発電所1号機の格納容器内部の撮影に成功し、写真を公開した。その状況はマスコミ各社から報道されたが、掲載写真が不鮮明でかつ説明内容が舌足らずであったため、その実体は理解できなかった。同じ思いの読者も多かったであろう。

そこで、東京電力に依頼して映像の説明をお願いするとともに、撮影を実施した国際廃炉研究開発機構(IRID)社に出向いて、撮影の状況や苦労話をお聞きした。両社のご協力によって、映像の実体がほぼ理解できるとともに、過去の原子力事故には現れなかった、珍しい災害状況を知ることができた。本稿では、これら写真の説明と合わせて、新しく分かった事実について述べる。

思いがけなかった写真

今回発表された写真は、1号機の格納容器ペデスタル内部の写真が主体である。その多くは、既に発表された映像と類似のものが多いが、今回は思いがけない写真も少なくない。その説明に入る前に、ペデスタルという聞き慣れない用語の説明をしておく。(図参照

ペデスタルとは原子炉圧力容器を支える基礎の名称である。内径5m、幅1.5mの円筒形をした鉄筋コンクリートづくりの壁で、中に分厚い円筒形の鉄板が入っている。ペデスタルは圧力容器の真下にある円筒形の部屋と考えてもよく、ペデスタルの床から圧力容器の底までの高さは約8.5mである。

ペデスタルの天井は圧力容器の底である。底からは、100本の制御棒駆動機構とそのハウジング(覆い)が、整然とぶら下げて取り付けられている。従って、ペデスタルの壁の中間には制御棒駆動機構の交換のための開口部が、床には人の通る出入り口が設けられている。

ペデスタルの外側は、ご存知の耐圧密閉の格納容器である。ペデスタルと格納容器の間は、原子炉に冷却水を送る再循環ポンプ室となっていて、大きなポンプを中心に配管や測定機器などが設置されている。

以上を簡単にまとめれば、BWRの格納容器は、原子炉直下のペデスタルの空間と、その外側にある再循環ポンプ室に分かれた、二重構造づくりである。従ってペデスタル内部を撮影するには、カメラ・ロボットを格納容器の外側に用意された入口から装入し、水中を遊泳させてペデスタルの出入り口を通過させ、床上の所定位置に到着させた後にピントを目標に合わせて撮影するのだから、大変な仕事だ。撮影に適した位置にロボットを誘導することが写真の出来不出来を左右するから、操作の練度と熟達が撮影の成否を分ける。

今回見せてもらった写真は非常に鮮明で、マスコミに掲載された不鮮明な写真とは、天地雲泥の違いがあった。なぜだろうか。

図:原子炉圧力容器・格納容器の概念図  (提供:東京電力ホールディングス)

本稿に掲載した写真は、炉心溶融に伴って起きた破損状況の写真が中心である。難点を言えば、遊泳ロボットが持つ照明能力に限りがあるために、狙った焦点の周辺は鮮明だが、焦点から少し外れると映像は薄くぼけ、遠い部分は真っ黒になっていることだ。

今回発表された内部写真の中で、目を引いた写真が3点あった。それは、

①ペデスタル外側の機械や壁に付着している突起状堆積物の写真(堆積物写真A

②原子炉を支えるペデスタル壁が全周にわたって損傷し、鉄筋が露出した空洞が出現したペデスタル壁の破損写真(空洞写真)。

③制御棒駆動機構が形体を崩さずに集団で落下したとみられる写真(落下写真)

である。

この写真3点は、福島事故で始めて起きた災害光景の、びっくり写真である。世界最初のびっくり痕跡であるから、その発生原因や理由については、十分な調査と検討の上、発表してほしいと思う。

これから、写真の紹介と説明に入るが、写真の発表者は東京電力であり、撮影者はIRIDであることを付記しておく。なお、②と③は第3話に述べる。

奇妙な姿の堆積物

まず、写真Aをご覧いただきたい。 ペデスタル出入り口の外側に出現した突起状物である。格納容器の内部には、このような堆積物が数多くあって、壁や機械類に付着しているという。その中で最も奇妙なのが、突起状堆積物と名付けられた、写真Aの堆積物である。

写真A 突起状堆積物 提供:IRID

突起状堆積物は、まるで生えているかのように、壁から水平に突起している。突起は酸化物で出来たと思われる多層の構造体で、層の中には多数の小穴が点在する、軽くて脆いものらしい。層は、写真にあるように、洋菓子のように着色していて、突起状堆積物の場合は、最上層が白色、真ん中は分厚い灰色で、下層は黄色い層が所々に付着している。厚みは、層全体で数cmもあろうか。

腰掛けきのこを連想させるこのような棚状の堆積物は、格納容器の中には随所で見られるという。堆積物の分析はまだ行われていないので、何者であるのかは今の所不明だ。

分析前の不確かな憶測で恐縮だが、棚状堆積物の出自は、セメントが持つ化学物質や格納容器内の機器を覆う保温材などが、高温の熱で溶たり分解して灰汁と化し、格納容器床に溜まった水の中で化学反応を起こして出来たと考えているが、確かな話ではない。

廃炉経験者としての忠告

これらの堆積物は、格納容器の廃炉工事が始まれば、真っ先に処理処分されるものである。廃炉経験者としての注意を述べておくと、堆積物は放射性物質の多い格納容器の中心部において、水が関与して誕生したと考えられる物体であるから、その内部には有害な放射能を雑多に含んでいると思われる。

写真Aに見られるように、突起状堆積物に穴が沢山みられるのは、生成の途中に多量の水素ガスが突起物に滞在した痕跡と思われる。後述するように、水素ガスは炉心溶融を引き起こしたジルカロイ燃焼により発生するガスであるから、溶融炉心が持つ、天然に存在しないアクチニド元素を含んだ放射能で強く汚染されたに相違ない。再処理工場と同じように、人体に対して強い毒性を持つ汚染物と考えてよい。

格納容器内での廃炉工事は、使い勝手の悪い放射線防護服や装備の過重な着装をできるだけ避けて、可能な限り軽装で素早い作業を実施できることが望ましい。これまでに出会った、厳しい放射線下での作業経験者たちは、上記の方針での作業が被曝線量を少なくすると、一様に話していた。それ故に、経験の少ない堆積物の取り出しに際しては、その毒性や汚染状況を作業の前に十分に調査して、作業が素早く行えるよう準備してほしいと願っている。

いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所(当時)入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。

福島事故の真相探索~はじめに~