【コラム/11月28日】成長戦略を考える~何故功を奏しないのか
3、 経済計画から成長戦略へ~パフォーマンスは低下の一途
前述したように敗戦後「経済自立5カ年計画(1955年)」から「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針(99年)」まで、14の経済計画の時代があった。基本は市場尊重で、90年代の混乱の時期を除き、企業活動が経済成長を牽引した。計画は展望と経済運営の基本方向を示し、民間の活動のガイドラインとなった。同時にその時の課題と政府の介入方法を提示した。政府施策頼りにならず適度な経済運営で日本経済は成長した。この時代、現実経済は企業活動先行で、計画の後追い感が強かった。産業・各業種については、通商産業省の産業構造ビジョンと産業政策が、実情を反映すべく民間企業の活動実態を踏まえ、企業行動の方向性を捉え、展望を示した。特に政府施策に違和感はなかった。
90年代の政治主導・行政改革等の混乱はその姿を変えた。2000年代以降経済活性化を目的に「骨太の方針」策定となった。新自由主義・市場経済・競争重視で、規制緩和、コーポレートガバナンス、起業(ベンチャー)等が喧伝された。産業政策の視点は欠落した。個別産業や企業への取組は停滞した。
(曖昧な分野選択と技術楽観論の限界)
小泉改革の過程で経産省は、新経済成長戦略(06年6月)を打ち出した。それが経済成長戦略大綱(同年7月)となった。大綱では、アジア取り込み、地域イノベーションを掲げ、新産業群(IT、燃料電池、ロボット、情報家電、環境産業)を示した。現実直視なく役立たずだった。
その後成長戦略を目指した対策は、経済対策も含み続出した。「新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策~円高、デフレへの緊急対応~」(10年9月)のあと、代表例は、安倍政権の日本再興戦略(13年)、未来投資戦略(17年)、成長戦略実行計画(19年)である。その後も、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」(22年)、「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」(24年)と続く。
日本再興戦略(13年)は、戦略市場創造プラン4テーマを掲げたが効果は見られず、未来投資戦略Society5.0(17年)に切り替えとなった。8戦略分野(健康・医療・介護、移動サービス高度化・物流革命等、サプライチェーン、インフラ、FinTech、エネルギー・環境制約克服、ロボット革命/バイオ・マテリアル革命等)と、11の横断的課題(データ利活用基盤、知財・標準化推進等、人材育成・活用、ベンチャー、規制改革・行政手続簡素化・IT化の一体的推進、コーポレートガバナンス、サイバーセキュリティ、シェアリングエコノミー等)を掲げた。続く成長戦略実行計画(19年)もあったが、成果不明である。
近時の「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」(22年)は、新しい資本主義を掲げ、成長分野で①科学技術イノベーション、②スタートアップの起業加速、③ GX(グリーン)、④ DX(デジタル)を挙げた。昨年の「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策 ~全ての世代の現在・将来の賃金・所得を増やす~」(24年11月)は、日本経済・地方経済の成長で、賃上げ環境整備、価格転嫁、省力化・デジタル化投資、人への投資などを述べた。これまでの各成長戦略の目標は、実質GDP年成長率2%台だった。その出来栄えはどうか。
4、成長戦略の結果は~周章狼狽か茫然自失だが
2000年以降の成長戦略の中身は、ほぼ同じ内容の繰り返しで、IT、健康・医療、移動、金融、クリーンエネ、インフラ、シェアリング、バイオ等の分野を掲げ、近時はAI、DX、GX等の言葉が目立つ。過去予算措置もかなりされている。
それにも拘わらず、GDPの年平均経済成長率(2000~24年)は、名目0.6%、実質0.6%である。政府が余計な細工や歳出に腐心せずとも、この程度の成長は可能と思える。成長戦略の効果は見られず、いつもかけ声倒れ、政府・担当官僚の一人芝居の感がある。何故効果が薄いのか。
抑も施策に、産業・企業の要望がどのように反映し、吸収されているか判然としない。そして成長戦略に各産業・企業が、どのように取り組み、どのような活動(投資)を行っているか分かりにくい。付き合いなら不要である。策定する会議が、実業と縁の薄い官僚と学識経験者等の意見が主体ということもある。
成長の基本は企業活動にある。経営者に、自企業の成長戦略を示して貰い、GDP増への貢献を語ってもらう方が分かりやすい。また各業界が、将来展望を示すほうが参考になる。今回の会議は、成長戦略にどのように取り組むのであろうか。


