【コラム/12月12日】 政治問題化する米国の電気料金高騰
矢島正之/電力中央研究所名誉シニアアドバイザー
以前のコラム(2025年9月12日)で述べたように、最近米国の電気料金が高騰しており、とくに東部の地域系統運用者(RTO)であるPJMの管轄地域での料金上昇が著しい。その背景には、AI技術の急速な普及やデータセンターの新増設による電力需要の急増、再生可能エネルギー電源の系統接続の遅れや老朽火力の閉鎖による供給力不足、さらにPJMの容量市場における約定価格の高騰などが挙げられる。この電気料金の高騰が、最近、注目される2つの州における選挙で重要な争点となった。
まず、ニュージャージー州であるが、現職のフィル・マーフィー知事は任期満了で退任するため、知事選が11月4日に実施された。民主党からマイキー・シェリル氏、共和党からジャック・チャタレリ氏が出馬したが、電気料金の据え置きなどを公約に掲げたマイキー・シェリル氏が勝利した。選挙戦では、生活費の高騰が争点の一つとなり、特に電気料金の上昇が議論の的となった。シェリル氏は、再生可能エネルギー推進派であり、風力や太陽光などのクリーンエネルギーを活用して、長期的に電気料金の安定化を図ろうとの考えである。これに対して、チャタレリ氏は、化石燃料重視派であり、天然ガスと原子力を中心に据えて、安定した電力供給を目指す考えであった。また、同氏は、再生可能エネルギーには懐疑的であり、電気代高騰の原因として批判している。
彼は、トランプ大統領の支持と影響を受け、再生可能エネルギー政策を「世紀の詐欺」と断じるトランプ氏の姿勢に共鳴している。しかし、電気料金高騰の原因を再生可能エネルギーに求める両氏の主張は、有権者の理解と支持を得るには難しかったと考えられる。実際、PJM管轄地域では、再生可能エネルギー電源の系統接続の遅れに加え、老朽化した火力発電所の廃止が重なり、電力需給が逼迫して電気料金の上昇を招いている。もしトランプ氏の主張に沿って再生可能エネルギーを敵視する政策を採れば、需給の逼迫はさらに深刻化し、むしろ逆効果となる可能性が高い。また、この数年で電気料金の上昇が著しい州とそうでない州を比較すると、再生可能エネルギーの比率が高い州ほど、料金上昇が緩やかな傾向が見られる。
また、全米最大のAIデータセンターの建設が進むバージニア州でも、電気料金や生活費高騰が知事選の最大の関心事となった。11月4日の知事選に向けて民主党のアビゲール・スパンバーガー氏と共和党のウィンソム・アール=シアーズ氏が争ったが、スパンバーガー氏が勝利した。同州でも、民主党のスパンバーガー氏は、再生可能エネルギー推進派であり、共和党のウィンソム・アール=シアーズ氏は化石燃料重視派で再生可能エネルギーには懐疑的であり、同電源は電気代高騰の原因として批判した。トランプ氏の風力や太陽光は「世紀の詐欺」という主張に共感を示したが、多くの有権者には響かなかったようだ。
PJMの管轄地域では、これらの州に加えて、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアの3州が来年の上下両院選で接戦が見込まれている。電気料金高騰が選挙戦の焦点になる可能性が高い。トランプ氏は、「就任から1年以内に電気料金を半減させる」と強調してきたが、米国エネルギー情報局は、全米の家庭用需要家の電気料金は、2025年に4.6%、2026年には3.9%上昇すると予測している(2025年10月)。トランプ氏は2期目の大統領就任後、風力発電プロジェクト2件を中止した。
そのうち1件は、電力需給が逼迫する米国北東部で計画されていたものである。さらに、再生可能エネルギーに対する優遇税制も撤回した。 しかし、米国ではAI技術の急速な普及やデータセンターの新設に伴い、電力需要が急増している地域が少なくない。こうした状況下で、再生可能エネルギーの開発を遅らせば、電力需給の逼迫を一層深刻化させることになるだろう。その帰結として、政権自らが電気料金の高騰を招き、国民生活に一層の負担を課す可能性が高い。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。


