【コラム/1月7日】「働いて働いて」を考える~借金漬け経済の打開となるか
なぜ米国大学は、最も競争力のある産業なのか。ロゾフスキー教授は、その理由として、競争(学生の獲得、優秀な学者)、国際的(外国人留学生、外国人教師)、管理運営体制(理事会、総長等の能力)、施設・設備の質、理論家と実務者の共同をあげていた。実際、研究成果、人材(各国から人が集まる)、研究環境、資金調達力で優位にあり、それを競争社会、オープン、情報の集積・交換の場を提供し支えている。何よりも理論のみならず実践的研究も盛んで、政策提言、シンクタンク、人材派遣 インキュベーター、コンベンションの場となっている。そして当時知合いのスタンフォード大学教授は、日本人教授のいる前で自分らは日本の先生の数倍働いていると平然と語っていた。確かに見聞すれば、働いて働いて働いてだった。
当時の日米経済摩擦における日本敗退理由もここにあった。米国大学は、産業界の要望を受けて、日本の強みを調査分析、その成果を米国の経済産業政策に反映するとともに、経済摩擦における対日政策の基礎資料を提供した。多数の調査に裏付けられた結果は、日本の競争力弱体化、為替相場調整(円高誘導)、市場シェア狙いの競争排除、長期的視点重視の企業経営の変更を迫った。それを唯々諾々の日本政府の政策作りに反映させ、成功している。この点についてケネス・ロゴフ「ドル覇権が終わるとき」(日経BP25年11月)の日本語版への序文等の記述(日本の失敗を指摘)は興味深いだけでなく、思わず嘆息させる。現時点の関心は、米国トランプ大統領の認識である。米国大学の強みが、同政権の大学政策で、短中期的に変わるのか注目される。
4、働いて働いては、日本経済停滞を打開する言葉となるか
日本経済は、政策過誤で中身にボロが目立つ中、財政赤字継続で過去40年弱経済水準を漸く維持している。最近は原子力停止継続・輸出力低下で貿易収支赤字、金融政策(低金利量的緩和)頼りの円安、対策ミスの物価上昇になっている。企業活動は、技術革新に乏しく、合理化(人減らし)で企業収益堅調ながら設備投資微増に留まり、生産性の上がらない状況が続く。また輸入価格高騰による物価上昇に代わり、物価上昇見合い賃上げと便乗値上げが、生産性上昇がない下で、更なる物価上昇見合い賃上げの大合唱という悪循環に陥りつつある。経済の基本を理解しない経済政策が継続している。
三昔前は、「経済一流、政治は三流」が自虐的に語られていた。経済一流は、優秀な官僚、堅実な銀行経営、治安の良さ(真面目な警察)が支えてきたという人もいた。それが1990年代にバブルで崩壊し、政治主導となった。この間、三流の政治が一流になったと仄聞してない。日本経済に関する経済論・政策論的調査・分析・対応は弱体化した。時々の問題に、行き当たりばったり、政治屋・株屋的思いつきが蔓延している。
何に期待すべきか。政界の改革の言葉だろうか。政治家の姿を見ると考えてしまう。官僚はどうか。今は首を傾げるだろう。企業はどうだろうか。「一、十、百の法則(井深大の言葉:アイデアを生む努力1なら、その量産化努力は10倍,利益を出す販売努力は100倍)」を思い出す。今は、経済を牽引するような製品・サービスのアイデアが生まれて来ない現実がある。企業行動は経済の基本である。ブラックはいけないが、働いて働いては当然であろう。
(大学改革の姿を見直し、再挑戦しよう)
もう一つ、大学の存在も思いつく。日米格差は日米大学格差という見方もある。90年代日本社会に米国大学とりわけスタンフォード大学志向が存在した。勿論ベンチャー期待も含まれる。大学改革は、それを目指した。日本の国立大学は、独立行政法人化の道に走ったが、その結果は必ずしも成功を収めておらず、苦戦している。それでも理工系は、25年のノーベル賞の2人受賞に見られるように科学研究で奮闘している。大学で大事なことは、興味を持ったことに障碍を乗り越え取り組む姿勢であり、不休不眠的な調査研究の努力のようである。受賞者は、現状の大学運営に対し先行き心配な発言をしている。
省みれば、停滞の30年間は、経済状況に拘わらず、社会人一律の働き方改革が、成長の鍵と喧伝された。大学の教員も労働基準法の対象である。ある大学で教授が、土曜日に講義の準備をしたら、その分労働時間超過という指摘を労基署から受けた話を聞いた。この国は知的労働の扱いを勘違いしている。これも調査研究の日米格差の一因ではないか。
米国の大学を見習うとしたら、日本をリードする知識人が、自分の裁量に従い、寝食を忘れて仕事(知識の創造)に打ち込むことを歓迎すべきである。期待の星である大学人の努力を一般的な労働者と同様の働き方改革の俎上に載せることは間違いである。国は、その努力を容易にし、また報いるため、競争資金でなく使途制約のない大学交付金を毎年5千億円程度追加支給すべきと考える。この視点から見れば、補正予算の刹那的な子ども手当支給等の生活の安全保障・物価高への対応(追加8.9兆円)は嘆かわしい。
首相の言葉が、知識人の奮起を促し、この国の知的活動を支える環境作りに結実することを期待したい。
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