【コラム/3月6日】見直し迫られるドイツの水素戦略と日本への教訓

2026年3月6日

矢島正之/電力中央研究所名誉シニアアドバイザー

    

ドイツは、2023年に改定した国家水素戦略に基づき、水素の総需要量(水素とそのデリバティブ)が、2023年の55TWhから、2030年に95~130TWhまで拡大し、2031年以降も需要がさらに増加すると見込んでいる。このため、水素の約50〜70%(45〜90TWh)は国外からの輸入が必要となり、2031年以降も輸入割合は増加すると予測している。しかし、国内生産のみならず国外調達は順調ではなく、現在、戦略の見直しを迫られている。

ドイツは将来的に、水素をグリーン水素およびそのデリバティブとして活用することを想定している。そのため、多くを国外に依存する同国は、これらの調達を目的として2021年6月に「H2Global」を設立し、2022年12月にはグリーンアンモニア、メタノール、SAF(Sustainable Aviation Fuels)などの水素デリバティブの調達に向けた初のオークションプロセスを開始した。また、2025年2月には、グリーン水素とそのデリバティブの調達のために、2回目オークションプロセスが開始され、入札の最終期限は2026年3月に設定された。しかし、現在までに確保された水素の量は限られており、調達は必ずしも順調に進んでいるとは言いがたい(2025年4月14日掲載のコラム参照)。

このような中で、2025年10月に同国の連邦会計検査院は、水素戦略の展開に関する報告書を提出し、ドイツの水素戦略は、現時点では計画通りに進んでおらず、目標達成が危ぶまれていると結論づけている。同報告書が指摘する主な問題点は以下のとおりである。


1.2030年目標の未達リスク
水素の国内生産量および輸入量はいずれも、現状の見通しでは2030年目標を大きく下回るとされている。このままでは、水素経済の本格的な立ち上げが危ぶまれると報告書は指摘している。

2.需要の伸び悩み
産業分野(鉄鋼、化学など)における水素利用については、補助金制度が整備されているにもかかわらず、需要の伸びは政府の想定を下回っている。需要が十分に立ち上がらなければ、供給側の投資も進まず、悪循環に陥ることで市場拡大のモメンタムが失われると警告している。

3.気候目標・産業競争力への影響
水素戦略が計画通りに実現しなければ、2045年の気候中立目標の達成、ドイツ産業の国際競争力、さらには国家財政の健全性にまで悪影響を及ぼす可能性があると指摘している。

4.恒常的な補助金依存の懸念
水素の生産コストは依然として高く、将来的に価格競争力を確保できるという期待は、現時点では満たされていない。中央ヨーロッパにおける生産コストは、2021年時点では2030年に90ユーロ/MWh未満と予想されていたものの、最近の研究ではその2~3倍に達する可能性が示されている。また、2030年の輸入水素コストについても、Fraunhofer太陽エネルギーシステム研究所(ISE)は、137~318ユーロ/MWhと試算している。

このため、2030年時点では、輸入水素と天然ガス(排出枠コストを含む)との価格差が70~275ユーロ/MWhに達すると見込まれ、輸入水素も価格面で競争力を持ちにくい状況にある。水素輸入を価格面で魅力的にするためには、その価格差を埋め合わせる必要がある。 これがH2Global のスキームにもとづく国家補助によって行われ、さらに輸入戦略で想定されている数量目標を前提とすると、 2030年には 30億〜250億ユーロの補助が必要になる。その後も、高額な補助金が必要となる可能性が高くなると予想され、将来的に連邦予算への大きな負担になると警告している。

5.戦略の再検証を要求
連邦会計検査院は、現行の国家水素戦略について、その前提条件、数値目標、工程表を含む全体的な枠組みを抜本的に見直す必要があると指摘している。また、戦略が想定どおりに進展しない場合に備え、代替案(プランB)を準備すべきだとも提案している。これらの指摘を踏まえ、ドイツ政府は水素戦略およびその実施状況を再評価し、必要な修正を行うことが求められている。連邦経済・気候保護省(BMWK)は、声明および10項目の行動計画において課題への対応が必要であるとの認識を示しているものの、市場設計や政策手段をどのように具体化し調整していくのかについては、依然として明確な方針を提示していない。

以上を総合すると、連邦会計検査院は、現行の水素戦略は前提条件や実施計画に重大な課題を抱えており、このままでは目標達成が困難になる可能性を指摘している。ドイツが気候中立と産業競争力を両立させるためには、戦略の大幅な修正と、より現実的な再設計が不可欠であるというのが報告書の結論である。

気候中立の実現に向けて、再生可能エネルギーと水素はドイツのエネルギー転換を支える二つの柱である。2024年には、総電力消費量に占める再生可能エネルギーの比率が59%に達したものの、風力発電の新規建設や送電網拡張に対する地域住民の反発など、さらなる大幅拡大には社会的受容性の面で限界が見え始めている。一方、水素についても、製造・調達コストの高さ、大規模な発電技術の商用化の遅れ、輸送・貯蔵インフラの整備不足といった課題が依然として解消されていない。こうした状況を踏まえると、ドイツが掲げる2045年の気候中立目標は、現行の政策枠組みのままでは達成が一層困難になりつつあると言わざるを得ない。

日本においても、2023年に改定された「水素基本戦略」では、水素等(アンモニア、合成メタン、合成燃料を含む)の導入量として、2030年に300万トン、2040年に1,200万トンという大規模な目標が掲げられている。この政府目標は、クリーン水素(グリーン水素およびブルー水素、ならびにそのデリバティブ)の導入拡大を前提としていると解される。しかしながら、国内の再生可能エネルギー供給の制約、CCS(二酸化炭素回収・貯留)インフラの未整備、輸入水素等のコスト高、水素関連インフラの整備遅れといった現実的な課題を踏まえると、これらの目標の実現可能性には依然として大きな不確実性が残る。

ドイツの経験が示すのは、技術的・経済的・社会的な現実を踏まえない目標設定は、実行段階で必ず行き詰まるということである。日本においても、気候中立の実現に向けては、目標の大胆さよりも、実現可能性に基づく戦略の再設計が不可欠である。


【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。