【コラム】「今時の電力市場を考える~膏薬張り忙し、官製システムに不安」

2026年9月28日

飯倉 穣/エコノミスト

1、ほっと一息ながら

今年も暑い夏が終わった。春に経済産業省は「2026年度の電力需給見通しについて(予備率3%確保)」(26年3月)を公表したが、不安半分、空調温度を気にした人も多かった。世の関心は、米・イスラエルのイラン攻撃に集中した。

夏に注意喚起報道があった。「夏の電力供給、不安和らぐ 太陽光普及・原発稼働で備え 夕方には逼迫リスク」「卸電力、猛暑なお警戒」(日経7月27日)。「電力市場、夕方の高騰頻発 今夏の東京、昼の倍以上に 太陽光、供給変動が大きく 蓄電池の普及不可欠」(同8月25日)。朝日に記事無くだった。

ほっとしたところで、電力広域的運営推進機関(以下OCCTO)の意外なお知らせがあった。「2027年のさらなる供給力確保について」(8月25日)は、来年度予備率3%確保のため供給力確保策が必要とし、補修等の変更を求める可能性を述べた。OCCTOは、経産省の認可法人(国の代理機関)で、需給調整機能、供給計画取り纏め、広域系統・連携線利用の整備等を業務とし、日本卸電力取引所(JEPX)に係わる託送可否判定、電力需給調整力取引所(ERPX)に関わる連係線の利用可能な空容量を通知することを行っている。

市場が機能しなければ担当官庁の出現となる。経産省エネ庁総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会 電力安定供給ワーキンググループ(第6回:8月31日)は、本年6月のOCCTO作成の需給見通しが短中期的に安定供給に必要な供給力の水準を確保できない可能性を示唆しているとし、対応を検討している。そして「今後の供給力確保について」は、予備電源の活用、休廃止見込み電源活用、且つ予備率5%(従来の見方の変更)を目指し、メインオークションに加え柔軟な追加供給力確保策の必要性を述べた。今後の安定的な電力需給を現制度で行うとすれば、この弥縫策はやむを得ない対応なのであろう。まさに「理屈と膏薬はどこへでも付く」である。

現状を概観すると、その場凌ぎの継ぎ接ぎだらけの自由化後の現制度は限界に来ているようである。国民経済・産業の基幹である電力システムと電力の安定供給の姿を再再考する。

2、自由化が目指した市場とは何か~一部官学の市場主義信奉者の意図的錯覚

電力システム改革は、競争市場機能を活用すれば、廉価な電力の安定供給が可能と主張し、従来の垂直体制(発電・送配電・小売り一貫体制)を分割した。電力取引市場(卸売市場)を創設し、広域系統運用の拡大(政府管轄)、小売り及発電の全面自由化、新規参入者に対し送配電部門の法的分離方式と監督強化で中立性の確保を図るとした。簡単に言えば、公益民間電力業の内部取引をバラバラにし、電源と小売り業務の再分配を行い、市場を通じて取引費用やコストを合理化できると考えた。そしてそれが地域分割9電力公益事業体制より、電力料金の低廉化、安定供給面で優れ、消費者に多様な選択を生むとされてた。

創設された電力市場は、手続きも運営も複雑・怪奇である。担当官庁は、日本卸電力取引所(03年設立)に、電力取引市場(スポット市場・先渡市場(先渡定型商品)・掲示板市場:開始05年)、分散型・グリーン売電市場(12年)、間接送電権取引市場・ベースロード市場(開設19年)を創設した。また電力需給調整力取引所が需給調整市場(21年)を、さらに電力広域的運営推進機関(市場管理者)が容量市場(20年)を運営している。従来の公益事業なら、社内の課か部の業務程度であったろう。それが国策レベル重要業務への格上げである。その分散なので、チリジリ感が否めない。それらの市場で、発電事業者、小売り電気事業者等が、国主導で電力の売買や発電所の能力確保を行い、商売を行っている。そして一般需要家は、小売り事業者から買電している。

つまり現体制は、担当官庁の完全管理の下で、民間企業が電気商売をしている構図である。OCCTOが、需給見通しを作成し、電源能力の過不足を判断し、容量市場という官製競争入札で事業者の見積もりで電源の調達を行う。卸電力市場も官製で相対取引を抑制し、適切な原価形成とは別に、無理に市場取引を牽引している。なぜか官の香りが紛々としている。

本来市場とは、参加も非参加も事業者の自由では無いのか。現実は市場が機能せず、毎度お馴染みのエネ庁委員会開催である。そこでは事業者はオブザーバーで、事業と関係ない学識経験者が、役所寄り・現実無視の意味不明の発言をしている。本来商売に口を出すなではないか。今後どうなるか不安である。その不安を材料に仕事をしている官僚がいる。

3、分割統治の意味は

従来から1つの疑問が消えない。電力が通常の商品と同様なら、国が関与して市場創設をする必要も無く、需給や供給能力に国の関与は不要である。自由化と言いながら、なぜこれほど公益事業時代の電力会社の仕事を分割して、複雑多様な官製市場を創設したのか。垂直統合なら、すべて不要な仕事(市場)ばかりである。市場に関わる間接コストは幾何なのだろうか判然としない。このような電力市場は、旧来の制度より電力の安定供給と電力料金の低減に寄与しているだろうか。私ども需要家は、全体のコスト比較がないので検証できず、不満である。

自由化前は、地域独占と規制料金で投資回収を保証された電力会社が、供給義務を果たすために必要となる発電設備を計画的に建設維持し、すべての需要家に電力を安定的にコストプラス一定報酬ベースで供給していた。需要家にとっては、安定供給責任も原価分析も、今より分かりやすかった。何より苦情を言える相手が明確だった。

4、送電一貫体制が合理的だったが

時の勢いに乗った過去の構造改革と称した多くの制度変更は、迷路に嵌っている。その見直しは、昔も今も、日本の政治・官僚の最も不得手なことである。いつの世も行政は、間違った制度改革の温存と微修正に固執し、抜本的見直しを躊躇する。またその発想もない。困るのは、それに振り回される民間企業・個人というと需要家である。

繰言だが、電磁気学の法則に沿えば、安定性の観点から発送電一貫体制は合理的かつ自然であり、また発送電が一体で相互連結している方が、限界費用に基づく発電の効率性を確保する上で優位である。これに対し、発送電分離と入札制度では、市場取引費用の最小化が実現せず、むしろ効率性を損なう。さらに限界費用料金はベース時間帯で赤字を招き、投資回収が困難になるため、固定費と変動費を組み合わせた二部料金制が合理的である。発送電分離ではホールドアップ問題(不確実性)が発生し、リスク回避から過少投資となり、予備力低下を招く。また供給義務の所在が不明確となり、安定供給が揺らぐ。容量市場(予備力)の確保についても、市場メカニズムだけでは需要曲線と供給曲線が不明確で価格付けが難しく、政府が恣意的に需要曲線を設定すれば発電増設のインセンティブは働かないということであった。

5、愚者の楽園の危惧~国民・産業にとって最適な姿とは

国民が求める電力供給とは何であろうか。市場のvolatility(変動性か不安定)を金科玉条とする向きもあろうが、過去も現在も供給安定性と合理的な料金ではなかろうか。

電力は、国民生活、産業活動に不可欠な財であり、非排除性、非競合性を有する準公共財の性格を有している。通常の商品とは違う。同時同量等の性格もあり、私企業の利潤追求を斟酌すれば、自由市場で安定供給可能は考えにくい。これをもう一度確認することが必要である。

電力安定供給の取組における現在の担当官庁の四苦八苦(官僚には取り繕い仕事で、国民には無駄な仕事か)をみるにつけ、電力は自由化になじまないことを示してる。無理やり追加的市場を創設することで自由化の旗を降ろさずお茶を濁すことに奔走している。

掲げた看板政策が、うまく機能しないとき看板を下ろさず、元看板の塗り替えに精を出すことは政府の常道である。とりわけ1990年代以降の構造改革の歴史を振り返れば、貯蓄から投資、雇用の流動化など多数の喧伝政策に共通する。効果無く、むしろ有害であっても、手を変え品を変え看板書き換えを継続している。反省も必要である。

現政権は、強い経済実現を求め、責任ある積極財政、危機管理投資・成長投資(17分野)等の施策(いずれも先行き不明)を訴えるが、同時に必要なことは、過去の政策の総括を行い、不調となった混乱施策を見直し、今一度あるべき姿を考えることである。とりわけ過去の構造改革は、今おもちゃをひっくり返した状況にある。現実を認識せず、自己満足や思い込みで「まーいいか」と感ずる「愚者の楽園」状態である。この意味で電力システム改革の見直しとあるべき姿の再吟味は重要である。国民のための官僚の世界が、愚者の楽園であってはならないと考える。