移動に新たな価値を創造 企業に活力もたらすイノベ事業

2020年12月7日

【関西電力】

新規事業領域開拓に向け新部署を設置するなど、イノベーション創出に注力する関西電力。今年2月にはモビリティ会社「ゲキダンイイノ」を設立。新たな価値創造に向け、挑戦を続けている。

イノベーションの創出を目標に掲げ、2019年7月に経営企画室に「イノベーションラボ」を立ち上げた関西電力。ラボは新規事業のかじ取りや開発支援を行うグループと、新事業や新サービスの創出を加速させるユニットで構成される。

ユニットには「社会インフラ」など、電気事業と関連の深いユニットもあるが、「文化・エンタメ」、「農業・食料」、「ライフデザイン」など、非エネルギー分野をテーマにしたユニットも多い。そうした非エネルギー分野のユニットの中でも、ひときわ存在感を示している事業が、「Mobility」と「文化・エンタメ」のクロスボーダー領域として事業展開する「iino」だ。

ゆっくり移動する電動車 移動に新たな価値を提供

「iinoは、A地点からB地点までいかに遠くに早く到達するかを目的とした移動のために開発されたモビリティとは違い、移動自体を楽しむモビリティです」

イノベーションラボに所属する児玉純平氏はそう説明する。

そもそもiinoとは、17年に同社内の若手メンバーを中心に立ち上がったプロジェクト。歩行者とほぼ同じ速度の時速5㎞で進むモビリティに乗るというアイデアは、ごみ収集車の背後に乗っている作業員を見て「ちょこっと乗って、ちょこっと降りる移動は楽しそうだ」と着想を得たという。

プロジェクトのキーワードは「時速5キロのモビリティ」。移動における新たな価値を創造すべく、事業化に向けた取り組みを進めてきた。19年1月には第一弾の取り組みとして、ヘッドスパ専門店「悟空のきもち」を展開するゴールデンフィールド社とコラボし、ゆっくりと移動しながら施術を受けられる実証事業を実施。同年3月には大阪府や大阪市と協力して、大阪城公園で車両の上で茶の湯や日本舞踊、和楽器を楽しめるインバウンドを想定したアクティビティなどを提供している。

そして、今年2月10日には「ゲキダンイイノ合同会社」として正式に事業化。児玉氏は「利用した方からは『道行く人たちとのコミュニケーションも増えたし、iinoに乗ったことで普段は気が付かなかった町の風景にも気が付くことができた』と新しい体験を楽しんでもらえています。利便性にいろいろなものを共存させ、地域の魅力を再発見できるようなサービスを提供していきます」と話す。移動に付加価値をもたらすサービスを柱に据え、主に大型商業施設や観光地、リゾートホテルなどでサービスを展開する方針だ。

車両は「type-S」と「type-R」の2種類をラインアップしており、いずれも自動運転で走行する電動車両。車体の設計から自動運転システムに至るまで、プロジェクトチーム内で独自開発をしたそうだ。type-Sは最大乗車人数5人で、主に大型商業施設などの敷地内や都市部の歩行者空間で走行することを想定したモデル。type-Rは観光地やリゾートでのラグジュアリーな体験できるモビリティサービスを行う―などの特徴がある。

今年11月1日から5日にかけては、栃木県宇都宮市大谷地域にある採石場跡地を改装した大谷資料館と、日本一の竹林として有名な若山農場でtype-Rを利用したサービスを実施。いずれも映画のロケ地としても使用される場所である。これは竹林や採石場内をゆっくりと移動しながら、有名シェフによる地元の旬の食材を使った料理を楽しむというもの。

参加者は各場所それぞれ1日限定2組という、高級感あふれるサービスで、参加者からは「会員制になったら会員になりたい」と感想が寄せられたそうだ。

今年は宇都宮市でサービスを提供した(大谷資料館)

さらにiinoには移動に新しい価値観を提供するだけではないポテンシャルも秘めている。「iino事業は関西電力とあまり関係がないように見えますが、自動運転や蓄電池、無線給電など将来のモビリティ分野におけるイノベ―ションの可能性も多く含まれており、電気事業との親和性もあります。街と共存しながら、移動にイノベーションも起こしたいですね」と児玉氏は抱負を語った。

事業アイデアが450件 次世代に向けイノベを加速

関西電力ではラボ設立前から、イノベーションに向けた取り組みとして、社員が事業アイデアをプレゼンして起業につなげる「かんでん起業チャレンジ制度」を1998年に創設。事業創出を加速する施策として2018年からグループ会社も含めた社員から新規事業のアイデアを募集するコンペ「アイデア創出チャレンジ」を毎年開催するほか、優れたアイデアには社外インキュベーターのサポートを得つつ、事業プランを練り上げる。

特に、今年で3年目となるアイデア創出チャレンジの応募件数は450件を超えた。450件という数は、一企業の社内コンペの応募件数としても、異例の数字だ。

こうした社内制度を活用して、現在は4社が事業を続けている。「かんでんエルファーム」、「気象工学研究所」は起業してから15年以上事業が続く息の長い企業である。近年も、現地の暮らしに溶け込んだ旅を提供する旅行会社「TRAPOL」、関電病院の看護師が提案した、咀嚼・嚥下障害から発想を得た、誰でも心地よく使えるオリジナルカトラリーの販売や同じ悩みを持つ人たち向けのコミュニティーを提供する「猫舌堂」が事業化を果たしている。

同グループに所属する岡田康伸チーフマネージャーは「少子高齢化や省エネ技術の進展によって、電気需要は減少します。そのためイノベーションに向けた取り組みが企業成長の重要なカギになります。推進グループの一員として、旧来の電気事業者の枠組みを越えた取り組みを行える文化を醸成していきたいですね」と話している。

業務のデジタル化では業界をリードする関西電力だが、イノベーション分野については「先行する企業に比べるとまだまだです」と語る岡田氏。新事業領域開発に向け取り組みを加速していく構えだ。