【コラム】シュタットヴェルケは我が国自治体の模範か
日本では2010年代に、ドイツの「シュタットヴェルケ(Stadtwerke)」という自治体のユーティリティ企業に注目が集まり、日本でも同様の仕組みを導入しようとする動きが広がった。宮城県東松島市の「東松島みらいとし機構」(2012)、群馬県中之条町の「中之条電力」(2013)、福岡県みやま市の「みやまスマートエネルギー」(2015)、北海道下川町(2018、SDGs未来都市選定)などがその例である。しかし、日本では2020年代に入り「シュタットヴェルケ・ブーム」は次第に勢いを失いつつあるようだ。その背景には、日本とドイツでは自治体事業をめぐる歴史的・文化的前提が大きく異なることに加え、ドイツのシュタットヴェルケ自身も過去に複数の経営危機を経験してきたという事実を十分に踏まえず、理念だけを過度に理想化した議論が先行したことがあるといえる。
ドイツのシュタットヴェルケは、市(Stadt)やその他の基礎自治体(Gemeinde)が単独または複数で大部分を所有し、住民に対してその生存に必要な公的サービスやインフラを提供する自治体企業の総称である。その従事する分野は、自治体によって大きく異なっているが、エネルギー供給(電力、ガス、熱)、上下水道、情報通信(電話、ケーブルテレビ、インターネット)、廃棄物処理、インフラ建設・維持(エネルギー、水道、情報通信のネットワーク設備)、公共施設(スポーツ・文化・レジャー施設等)、公共交通(路面電車、バス、鉄道等)など、多岐にわたっている。その数は2023年末時点で約1,500に達し、うち約半数がエネルギー分野の事業を担っている。
シュタットヴェルケは、その設立根拠を基本法(憲法)に求めることができる。基本法第28条第2項は、市町村などの地方自治体に「法律の範囲内で地域共同体に関するすべての事項を自己の責任において規律する(regeln)権利」を保障している。この自治権には、公共サービス(Daseinsvorsorge)を担うための自治体企業(Kommunalunternehmen)を設立する権限も含まれると解されている。したがって、自治体がその中心的任務である生活基盤の確保を実現する手段としてシュタットヴェルケを設立・運営することは、憲法上の自治権に基づく正当な行為である。また、ドイツでは自治体がユーティリティ・サービスを提供することは広く受け入れられており、多くの住民にとって自然なものと考えられている。
ドイツでも、2010年以降「シュタットヴェルケの時代」と呼ばれるほど、同事業が注目を集めた時期があった。その背景にあったのは、電気事業の再公営化の動きとエネルギー転換政策である。同国では、2010年代に、自治体が過去に民間移管した配電線を買戻し(すなわち市民の手に戻し)、電気事業分野に再び従事する再公営化が増えた。そして、この動きを促進したのが、2010年に発表された低炭素社会への移行を図るエネルギー転換政策である。日本でも、同時期にドイツのシュタットヴェルケの活性化が注目され、その日本版を設立しようとする動きが生まれた。しかし、上述のとおり、ドイツと日本では自治体事業に関する歴史的・文化的背景が大きく異なる点に留意する必要がある。さらに、ドイツではシュタットヴェルケは、自ら整備・保有してきたエネルギー供給網をはじめとするインフラを基盤に発展してきたのに対し、日本では同様の自治体主導のインフラ基盤が十分に整っていない。このため、ドイツ型モデルをそのまま導入するには、経営面で一定のハードルが存在することを認識しなければならない。
さらに、シュタットヴェルケの経営が決して安泰ではない点にも注意を払う必要がある。2010年代に入り、再生可能エネルギーの比率が総発電量の2割を超えるようになると、卸電力価格は大幅に下落し、限界費用の高い天然ガス火力の採算性が急速に悪化した。シュタットヴェルケは、エネルギー分野で獲得した利益を公共交通などの不採算部門に回すことで、全体としての収支バランスを維持してきた。しかし、卸電力価格の低下により、天然ガス火力に依存するシュタットヴェルケでは、この内部補助が困難となり、財務的危機に直面した。
さらに、このような財務状況の悪化は、エネルギー転換に伴い増大する配電投資の資金調達にも影響を及ぼした。コンサルティングファームPriceWaterhouseCoopers(PwC) が150のシュタットヴェルケの財務諸表(2009~2012年)を分析したところ、4分の1がすでに危機的な状況にあると報告している。実際、最新鋭のガスコージェネレーション設備を有していたゲーラ市のシュタットヴェルケは、2014年に倒産へ追い込まれた。多くのシュタットヴェルケは再生可能エネルギーの開発を進めていたものの、主力電源は依然として天然ガス火力であったため、財務面での打撃は大きかった。
また、2020年代に入ると、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、欧州の卸電力価格は急騰した。自前の発電能力が小さく、電力の多くを取引所から調達するシュタットヴェルケは、この価格高騰により深刻な財政難に陥った。先物取引で電力を確保していた場合でも、エネルギー価格の急騰に伴い追加保証金が大幅に増加し、資金繰りが急速に悪化したためである。当時のBDEW(エネルギー・水道事業者団体)の調査では、エネルギー供給を担うシュタットヴェルケの約半数が、今後5年間で標準料金で供給する義務を負う基本供給事業者の倒産リスクが高まると見込んでいた。その結果、エネルギーのみならず、交通、電気通信、上下水道、廃棄物処理などの公的サービスの提供に支障が生じることが懸念され、シュタットヴェルケの全国組織であるVKUは、州政府および連邦政府に対して財政支援や救済措置を求めるに至った。
現在でも、シュタットヴェルケの財政状況は逼迫状態にある。VKUとPwCが、2024 年 6 月に実施した調査(対象 162 社)によれば、調査対象企業は、今後10年間で合計227億ユーロの投資が必要とされている。このうち、28%(63億ユーロ)は熱供給への、25%(57億ユーロ)は電力供給と配電網への投資である。また、水道と排水処理も大きな投資ニーズがあり、これにも57億ユーロの投資が必要とされている。しかし、調査対象企業は、内部資金では平均して投資ニーズの30%しか賄えず、新たな自己資本の調達源は多くの場合不透明である。多くのシュタットヴェルケは、大手エネルギー企業と異なり国際金融市場へのアクセスがなく、商業銀行や貯蓄銀行からの融資枠も上限に達している。さらに、コンサルティングファームKearneyの2025年6月の報告書によると、シュタットヴェルケの財務状況は近年悪化しており、平均利益率は5年前の13.5%から2023年には8.4%に低下し、負債倍率も2.4倍から4倍へと上昇している。
シュタットヴェルケの経営は決して楽観視できる状況にはない。シュタットヴェルケは、交通や上下水道などの公益的サービスの低廉な価格での提供、地域経済の活性化など地域社会に貢献してきたが、それを可能にしてきたのは、主としてエネルギー分野で獲得した利益である。しかし、現状では、その収益力は大手電力会社と比べ弱体化している。日本版シュタットヴェルケが理念とする社会貢献も、その原資を生み出す財務的基盤があって初めて成立するものである。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。


