ガス・石油業界にとって合成燃料の開発は、自らの生き残りに関わる事柄だ。しかし技術面、コスト面で課題は多く、国の支援や協働での技術開発が欠かせなくなっている。
〈司会〉橘川武郎/国際大学 副学長
奥田真弥/石油連盟 専務理事
早川光毅/日本ガス協会 専務理事
橘川 国がGX(グリーントランスフォーメーション)政策を進める中、再エネや原子力発電が注目されています。しかし、石油、ガスは一次エネルギー消費の約6割を占め、同分野の脱炭素化を進めなければ、とてもカーボンニュートラル(CN)を達成できません。
ガス・石油業界はそれぞれe―メタン、e―フューエルといった合成燃料の開発を進めており、これらはGXの現実的な方策に欠かせないと思っています。
早川 先般のG7(主要7カ国首脳会議)で、CNには多様な道筋があると示されたことは意義深いことだと思っています。ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの安定供給や調達が危ぶまれた事例などからも、エネルギーを多様化することの重要性が増しています。
また、価格のボラティリティーが増す中で、お客さまにとってもエネルギーを選択することでリスクを軽減できることからも多様化は欠かせない。さらに最近では、地震に加えて風水害など頻発化・激甚化する災害に対して、S+3Eの観点でもエネルギーの多様化が求められています。
そうした中で合成燃料は環境性に優れ、既存のインフラをそのまま利用できる利点もある。お客さまに選択していただける多様なエネルギーを供給するという点で、大きな意味があると考えています。
業界としては、2030年までにe―メタンの都市ガス導管への注入1%以上の供給を目指しています。その目標に向けて技術開発を進め、サプライチェーンの構築にも取り組んでいます。
奥田 石油は今でもエネルギーの主役ですが、温暖化対策ではCO2排出削減が最も難しいといわれる運輸部門で大量に使われています。石油のCO2排出量は約4億t弱(19年度実績)で、製油所などで消費する分のスコープ1からの排出は約3千万tです。残りの約3・5億tがスコープ3、つまりガソリン、軽油、ジェット燃料などの石油製品からの使用排出です。ここを削減しないとCNは実現できません。しかし、これは非常に困難なことです。
困難なスコープ3の削減 まずSAFの供給から
橘川 大きな課題になりますね。
奥田 石油業界は昨年末にCNに向けたビジョンを改定し、スコープ3での実質ゼロにもチャレンジすることにしました。具体的な取り組みがe―フューエルであり、SAF(再生航空燃料)です。これらを開発して市場に提供しなければ、世の中は変わらない。そういう強い使命感で取り組んでいます。e―フューエルは30年代前半までの商用化を目標にし、SAFは25年頃からの国内製造・供給開始を目指して既に製造プラントへの投資が行われています。
一方、早川さんが指摘されたように、エネルギー供給で多様な道筋を残すことも大切だと考えています。EV化の大きな流れは変わらないと思いますが、経産省の報告によると、50年の時点でも走行している車の約半分は内燃機関車です。われわれは、ガソリンや軽油を引き続き、できるだけCNな形で供給していかなければなりません。
橘川 CNというと、急速に電化が進んで、車が全てEVに置き換わるような印象が世間にはあります。しかし、決してそうはならないことが知られていません。
早川 供給側の論理で将来の姿を考えるべきではないと思っています。健全な競争環境の中でお客さまに選んでいただくことで、生き残っていくものと考えています。仮に選択肢を電気エネルギーだけに限定し、そのために全ての社会インフラを作り直したとすると、環境的には良いのかもしれないが、お客さまとしてはコスト増により経済活動が成り立たなくなり、ひいては産業がますます海外に流れていってしまうリスクもある。一番肝心な日本経済の活性化が成り立たなくなる。
橘川 奥田さんがスコープ3の排出削減に力を入れると言われましたが、たとえe―フューエル、e―メタンが普及しても、この部分でのCO2排出は残ります。
奥田 スコープ3を完全にゼロにすることは不可能です。そのことを前提にCCS(CO2回収・貯留)などを活用する、新しい技術を開発する、あるいはカウント(CO2排出量算定)ルールの制度を整えるなどの必要があります。
e―フューエルの場合、非常に心強く思っているのは、各国で開発が進んで世界に仲間がいることです。ただ、米国やEU諸国との違いは、日本にはCO2フリー水素をつくるためのクリーンエネルギーの絶対量が足りないことです。
では、どうするか。オーストラリアなどで太陽光発電を使って水素をつくることになる。すると、カウントルールが重要になります。本当は国際ルールにすべきですが、米国、EUは積極的ではないと思います。そうなると、国同士が話し合って、2国間でルールを決めていかなければならない。その戦略を国にきちんと考えていただき、ルールをつくっていただくことが大切になると思います。
橘川 日本にはクリーン開発メカニズム(CDM)という2国間クレジット制度があります。ただ、ほとんどが発展途上国向きで、合成燃料の製造とCCSの可能性も含めると米国、オーストラリア、マレーシアなどと2国間クレジット制度の仕組みを作らなければならなくなる。
早川 奥田さんが言われたように、いきなり国際ルールにするのは難しい。まずは、民間がプロジェクトを進めながら、それを通じて2国間で交渉し実績を積み上げていくことが現実的だと思います。
例えば米国で進んでいるキャメロンLNG基地でのe―メタン製造のプロジェクトでは、米国で排出計上済みのCO2を使用するため、e―メタン利用時の排出をゼロカウントとすることは合理的と考えられます。
まずは民間ベースでこれを合意した上で、それを基に国での二国間交渉に入るようにする。そういうことを積み上げていくことが必要でしょう。
奥田 同感です。いきなり国際ルールにするのはかなり難しい。まず民間で先方とプロジェクトを進め、その実績を積み上げていったうえで国に乗り出してもらう。そういうステップを踏んでいくことが現実的であると思います。
橘川 一方、合成燃料の製造では再エネでつくるグリーン水素が欠かせませんが、普及が進むと量が足りなくなる。化石燃料由来のブルー水素を使わざるを得なくなります。するとCCS、CCUS(CO2回収・利用・貯蔵)が普及の鍵を握ることになります。
JX石油開発は米テキサス州で石炭火力から排出されるCO2を回収して、生産量が落ちた油田に圧入するCCUSのプロジェクトを進めています。これは世界最大規模のCCUSプロジェクトです。