【特集2/対談】高まる次世代燃料の導入機運 活用促進に不可欠な多様な視点


水素・アンモニアの事業拡大を促す動きが熱を帯び始めた。有識者2人が語り合い、社会に根付かせる方策を探った。

出席者

橘川武郎/国際大学学長(左)

村木 茂/クリーン燃料アンモニア協会会長

橘川 GX(グリーントランスフォーメーション)の基本方針に沿って、今年5月に水素社会推進法とCCS事業法が成立し、制度が着々と整ってきています。そうした中、水産・アンモニア拠点の整備支援の公募が始まり、10件が一次審査を通過しました。一見するとアンモニアと水素がほぼ半々ですが、値差補填の比率を見ると、アンモニアが高くなっていて、そこに若干、e―メタノールが入ってくる流れになっているのが現状です。

村木 グローバルでの水素利用はヨーロッパ、アメリカが中心で、基本的にはグリッドに供給できない域内の再生可能エネルギーの余剰分を水素に転換してパイプラインに入れています。一方、アジアはパイプライン網がなく、再エネと水素需要が結びつきにくい。日本、韓国、シンガポールではアンモニアを輸入して直接利用、もしくはアンモニアをクラッキングして水素供給する動きが出てきています。また、日本と韓国は、石炭火力発電所の燃料転換から始まり、石炭火力のないシンガポールではアンモニアガスタービンを入れる準備が進んでいます。

橘川 水素やアンモニアといった次世代燃料の普及は、オフテイカー(引き取り手)次第ということが明確になってきました。オフテイカーは石炭火力発電所、船、飛行機の3種類です。この中で、都市ガス会社がオフテイカーとなるe―メタンは、都市ガスとして使う場合、熱量を45MJから40MJに下げる必要があります。徐々に下げると多くのコストがかかるので、一気に下げる点が課題です。

村木 旧一般電気事業者、IPP事業者で具体的な動きがあるのは、今回の長期脱炭素電源オークションにおいて、アンモニアへの燃料転換に手を挙げているのが、北海道電力の苫東厚真、コベルコパワー神戸の2基。それからJERAの碧南火力の2基です。中でも、碧南火力の大規模実証の成功は、大きなインパクトでした。

アンモニア転換実証を行った碧南火力発電所

橘川 今でも世界の30%以上の電源が石炭で、天然ガスの約1・5倍あります。碧南火力は、新興国がカーボンニュートラル(CN)化を実現できるモデルになりますね。

インフラ投資は最小限に 戦略的なゼロエミ化が必要

村木 東南アジアでは、稼働年数の少ない石炭火力が多く、地域の雇用にも重要な役割を果たしているので簡単にはやめられません。一方で、天然ガス火力に切り替えると、インフラ整備にコストがかかる上に、水素インフラも作らなければゼロエミッションにはなりません。そこで、われわれは一回のインフラ投資でゼロエミッションが達成できるよう、石炭火力でのアンモニア導入からアンモニアガスタービンによるゼロエミッション化を提案しています。

橘川 アンモニアの世界において、日本は世界のボスになれそうですね。あと、CCS(CO2回収・貯留技術)でのアンモニア利用も考えられます。村木さんにご案内いただいたアメリカのアンモニア工場では、CCSが行われていました。

村木 アメリカのテキサス州、ルイジアナ州では、天然ガスが産出され、アンモニア工場が立地していて、CCSのフィールドもある。近くにインフラが集中しています。日本は、CO2の発生源とCCSを実施するフィールドが離れているケースが多く、インフラ形成を含めたコストが課題です。。

橘川 そうした中、苫小牧では出光興産の製油所の敷地からCO2を海底に直接入れています。このような好条件は、世界中を見てもなかなかありません。

村木 アンモニアの輸入インフラ形成に関して、周南では出光がLPGタンクをアンモニア用に切り替えて利用する計画です。アンモニアの液温度はマイナス33℃と、LPGと同じ温度帯なのでタンクの転用が可能です。三菱商事は波方LPGターミナルでも同様の計画を進めています。JERAは碧南で大型タンクを新設する計画で、日本のLNGタンクに多く採用されているプレストレストコンクリート(PC)で外側を巻き、液漏れのリスクのないタンクを建設する計画です。

【特集2】CNへ必須のエネルギー利用 サプライチェーン構築を支援


国内外の各地で新燃料の供給・活用体制づくりが加速している。政府としての対応を、廣田大輔水素・アンモニア課長に聞いた。

【インタビュー】廣田大輔/資源エネルギー庁 水素・アンモニア課長

ひろた・だいすけ 2005年東京大学大学院電気工学修士を修了、経済産業省入省。原子力・石油ガス政策、新型コロナ下の予算編成・税制改正やGX政策などを担当。24年7月から現職。

─アンモニアや水素など新燃料への取り組みの現状をどう見ていますか。

廣田 カーボンニュートラル(CN)社会を実現する上で、水素やアンモニアを燃料として活用していくことは非常に重要な取り組みです。発電燃料としてはもちろん、輸送や工場のボイラーの熱源といった電化できない工業プロセスの脱炭素化に向け鍵となる燃料であり、既にさまざまな業種の企業がコンソーシアムを組みながら取り組みを始めています。

─エネルギー利用に向けての課題は。

廣田 燃料として活用するためには、水素にせよアンモニアにせよ、膨大な量を必要とします。現段階でそれを賄えるような大規模な製造・生産の事業例はなく、世界中で燃料のスケールに合った技術やシステムの確立を目指し開発が進められています。技術面に加えて、プロジェクトに対し、きちんとファイナンスが付くかどうかも大きな課題です。ファイナンスが付くためには、製造した水素・アンモニアを安定的に買い取る需要家の存在が欠かせません。燃料規模のプロジェクトを立ち上げるには、技術とファイナンスの二つの課題をうまくクリアしていく必要があります。

─そうした課題に対する政府の支援策とは。

廣田 今年5月に水素社会推進法が成立し、施行に向け準備を進めています。この中に、化石燃料との価格差に着目した支援が盛り込まれています。支援期間は15年ですが、その後も10年間供給を継続する計25年間の事業計画を立ててもらうことで、長期的なプロジェクトを成立しやすくする狙いです。また、海外から燃料を受け入れる拠点整備に対しても支援を行います。詳細な制度設計はこれからですが、燃料の供給、拠点整備の双方を支援することで、16年目から経済的に自立可能なサプライチェーンの構築を目指します。

─企業に対しては何を期待しますか。

廣田 今後、CNの実現を目指していくわけですが、同時に、企業は新しいビジネス機会を捉えて成長につなげるという視点を持たなければなりません。CNにより、足元のコストが増える側面はありますが、いかにコストを抑制するかだけではなく、新たな市場に向け、稼げる製品と稼げるサプライチェーンを作ることを両輪で考えていかなければ、取り組みは持続しません。増えるコストは、新しい成長市場に進出するための「投資」であるという考えを持ち、トランスフォ―メーション(X)に挑戦していただきたいと思います。政府としても、Xに挑戦する企業に対しては、思い切った支援を行っていきます。

ひろた・だいすけ 2005年東京大学大学院電気工学修士を修了、経済産業省入省。原子力・石油ガス政策、新型コロナ下の予算編成・税制改正やGX政策などを担当。24年7月から現職。

【特集2】エネルギーと化学品のシナジー追求 脱炭素化の移行期を強力に後押し


【三井物産】

三井物産は、水素・アンモニア戦略の中で、燃焼時にCO2を排出しない「クリーンアンモニア」を脱炭素社会の実現に役立つ次世代燃料の有望な選択肢の一つと位置付け、国内外で調達先の開拓やサプライチェーン(供給網)づくりに力を入れている。同社は、経済成長が著しいアジア市場などを舞台に約50年にわたりアンモニアの取り扱い実績を積み上げてきた。その間に蓄積した経験や知見を生かしてアンモニアの利用拡大を後押ししたい考えだ。

日本政府は「グリーン成長戦略」の中で、2050年に「世界全体で1億t規模を日本がコントロールできる供給網を構築する」という目標も掲げた。

三井物産はこうした目標の達成を後押ししようと、クリーンアンモニアの製造から輸送・利用・販売にいたる一連のプロセスに参画している。ベーシックマテリアルズ本部メタノール・アンモニア事業部クリーンアンモニア事業開発室長の高谷達也氏は「これまでアンモニアを扱ってきた化学品セグメントと、エネルギーセグメントが連携してシナジー(相乗効果)を発揮し、脱炭素社会への移行期に貢献したい」と意欲を示した。

世界的な視野で市場開拓 協力的な関係で仲間づくり

米国では、窒素系肥料最大手CF Industries Holdings(米イリノイ州)との間で、窒素と化石燃料由来のブルー水素を合成した「ブルーアンモニア」の事業化に向けたFS(実現可能性調査)を進めることで合意し、22年7月に共同開発契約を締結。24年後半のFID(最終投資決断)を目標に準備を進めている。メキシコ湾で年間120万t規模の生産を目指す。

5月には、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ国営石油会社(ADNOC)グループや韓国のGSエナジーと連携し、UAEでアンモニア製造プラントの建設を開始。27年に生産を始めるとともに、追加設備を導入して製造過程で排出されるCO2を回収・貯留し、30年までにクリーンアンモニアの製造を開始する予定だ。

三井物産は、国内各地で計画するアンモニア供給事業にも協力している。例えば、三井化学やIHIと手を組み、大阪堺・泉北工業地域にアンモニア供給拠点を設けるとともに、関西・瀬戸内エリアを含めた広域の需要地に供給網を形成。3社はこうした取り組みの実現に向け、経済産業省の「非化石エネルギー等導入促進対策費補助金(水素等供給基盤整備事業)」に応募し、5月に採択された。

「燃料の生産国と需要国が事業上のリスクをシェアし、協力的な関係で仲間づくりを進めていかなければ、安定成長する新エネルギー市場が育たない」とエネルギーソリューション本部水素ソリューション事業部水素マーケット開発室長の天野功士氏。豪州では、1万kW規模のグリーン水素製造設備の建設を進めている。総合商社の強みを生かし、各国・地域の需要や制度の動向を見極めながら、クリーンアンモニアに加えて水素市場も段階的に攻略する方針だ。

アンモニア製造プラントのイメージ

【特集2】アンモニア燃料船の安全を評価 日本主導の国際ルール策定に貢献


【日本海事協会】

2026年11月、国産エンジンを搭載し、アンモニアを燃料とする「アンモニア燃料アンモニア輸送船」が完成する。この世界初の取り組みは、海洋分野における脱炭素化実現に向けた大きな一歩になると期待されている。「日本の技術で海と未来を変える」を合言葉にこのプロジェクトに参画しているのは、日本郵船、ジャパンエンジンコーポレーション、IHI原動機、日本シップヤード、日本海事協会の5社のコンソーシアムだ。日本の船級協会として一世紀以上にわたり船舶の安全性を第三者として証明してきた日本海事協会は、このアンモニア燃料アンモニア輸送船の安全性評価を担当している。

プロジェクトが担う役割は四つある。

第一が、国際海運のネットゼロ・エミッション達成に向けた取り組みをリードすること。燃焼してもCO2を排出しないアンモニアを使用したアンモニア輸送船の開発・建造を通じ、アンモニアを燃料とする船舶の実用化を推進していく。

第二がアンモニアバリューチェーン(価値連鎖)の構築だ。アンモニアの用途は、従来の化石燃料から火力発電所の混焼などへと移行し、需要が急増すると想定。アンモニアを効率的に幅広く供給できるバリューチェーン構築を促していく。

第三に、日本海事産業の強化だ。海洋国の日本にとって海事産業の繁栄は、経済安全保障上重要だ。ネットゼロ・エミッション実現に向けた燃料転換を好機とし、日本を代表する海事産業企業の技術力を集結し、高い環境性能と安全性を備えた船舶を他国に先駆けて供給することを目指している。

安全の定義作りに尽力 日本の海事産業を後押し

第四に、船舶燃料としてのアンモニアに関する国際ルール化だ。現状、IMO(国際海事機関)は、アンモニアを船の燃料としては認めていない。国際ガイドラインも未整備だ。日本海事協会が国土交通省と連携し、コンソーシアムを通じてアンモニア燃料船舶の開発に関与することで得られた知見をIMOに提供することで、アンモニア燃料船の議論をけん引する構えだ。

技術部の酒井竜平氏は「何を基準に安全であるとするのか、『安全のコンセプト』を定めていくことが非常に難しい作業だった」と語る。例えば、アンモニアを通す導管は漏洩防止のために何重に覆うのが適切なのかという課題一つを取ってみても、考慮すべきことは多くあった。

日本海事協会は、プロジェクトを通じて得られた専門的知識を国交省海事局に提供してきた。その貢献が実を結び、今年12月、アンモニア燃料船に関する初めての国際ガイドラインが発表される予定だ。四方を海で囲まれ、資源や食糧のほとんどを輸入に頼る日本にとって、日本が策定までリードしてきたガイドラインは、海事産業がさらなる発展を目指す際に大きなアドバンテージとなるだろう。

アンモニア燃料によるアンモニア輸送船

【特集2】CCSの社会実装へ大きな一歩 官民一体で事業性実証目指す


多様な業種を巻き込み動き出したCO2の貯留事業。脱炭素社会を視野に主導するJOGMECの戦略に迫った。

【インタビュー】北村龍太/エネルギー・金属鉱物資源機構「JOGMEC」エネルギー事業本部CCS事業部長

─CO2を回収して地下に貯留する技術「CCS」がカーボンニュートラル社会づくりで果たす役割について教えてください。

北村 発電分野では、化石燃料から脱炭素化につながるクリーン燃料への転換を進めることでCO2排出量を減らしていく過程で、「つなぎ」の役割を果たすのがCCSです。その転換期には、化石燃料を燃焼して取り出すブルー水素やそれに窒素を合成してつくるブルーアンモニアが発電で必要となりますが、いずれ再エネ由来に置き換わるでしょう。そうなると発電向けCCSの位置付けも変わります。ただ、鉄鋼や化学などエネルギー集約型産業の脱炭素化は難しく、非発電分野向けCCSは将来も使われ続けると見ています。

─日本が脱炭素化に貢献するためには、どの程度のCO2貯留量が必要ですか。

北村 2050年時点で年間約1.2億~2.4億tのCO2貯留が必要という推計があります。それを達成するためには、50年までの20年間、CCS事業を毎年立ち上げ、約600万~1,200万tずつ年間貯留量を増やさなければなりません。そこで政府は環境整備を進め、30年以降にCCS事業を本格展開することを目指しています。JOGMECは政府と緊密に連携し、そうした取り組みを支援します。

─政府の「CCS長期ロードマップ」に沿って力を入れている取り組みは何ですか。

北村 横展開可能なビジネスモデルで規範となる先進プロジェクトを支援する「先進的CCS事業」です。23年度に始めたもので、初年度に7案件を選定しました。24年度も発電や石油精製、化学、鉄鋼など多業種の事業者が参画するプロジェクトとして、9案件を選びました。5月には、CO2を埋める地層の試掘や貯留の許可制度を盛り込んだ「CCS事業法」が成立しており、事業化に向けて大きな一歩を踏み出したと言えます。

─事業化に向けた課題も抱えています。

北村 CCSの実施地域に与える影響を踏まえて、住民理解を得ることが大切です。貯留の適地である枯渇した石油・ガス田は国内では量的に限られることも課題で、日本で回収したCO2を海外に輸送し貯留する手法が解決策となります。今年度の先進的CCS事業の対象案件のうち4案件は海外貯留でした。法制度が進むCO2受け入れ国も限られる中、世界で環境整備や政府間協議が進むことを望んでいます。先進的CCS事業には、地下水で満たされた地層「帯水層」をCO2の大規模貯留に向く貯留先として役立てる調査も含まれており、今後の展開に期待しています。

きたむら・りゅうた 東京大学工学部卒業後、1995年石油資源開発入社。2007年JOGMEC入構。シドニー事務所勤務などを経て、24年から現職。

【特集2】清掃工場由来のCO2を資源に 佐賀市の循環型社会づくりに貢献


力発電所で磨いた技術を転用し実現した。全国に広がる可能性を秘めた先進事例だ。

【東芝エネルギーシステムズ】

佐賀市の清掃工場で発生する排出ガスからCO2を取り出し、地元の農業に生かす―。そうした仕組みが地域の脱炭素化と資源循環を促す取り組みとして、国内外から熱い視線が注がれている。東芝エネルギーシステムズ(東芝ESS)が火力発電所で磨いたCO2分離・回収技術を転用した事例で、全国各地に広がる可能性を秘めている。

市は「バイオマス産業都市構想」を掲げて廃棄物を資源として循環する街づくりを進めている。その一環で、CO2分離・回収事業を推進中だ。

事業のきっかけとなったのが、東芝グループのシグマパワー有明が運営するバイオマス発電所「三川発電所」(福岡県大牟田市)。同発電所は、火力発電所などの排出ガスから放出されるCO2を分離・回収する技術の開発拠点としての役割も担い、実証運転を重ねてきた。その実績に注目した市が清掃工場に役立てるアイデアをひらめき、排出ガスの新たな活用策を模索。16年に清掃工場向けCO2分離・回収設備を東芝から導入した。

積み重ねた設備改良と工夫 吸収液の高性能化も推進

ただ、火力発電向け技術の清掃工場への応用は一筋縄ではいかなかった。工場の排出ガスに含まれるCO2は濃度の変動が大きい上、金属を腐食させる塩化水素も多く含まれているからだ。東芝ESSは、そうした問題に設備の改良や工夫で対処し実用化。現在、ごみ焼却時に発生する排出ガスの一部から1日で最大10tのCO2を分離・回収している。

この技術は約99.9%という高純度のCO2を取り出せることも特徴だ。低温でCO2を吸収し高温になると放出する化学吸収液「アミン」を排出ガスに接触させてCO2を吸収。その後の工程でアミンを加熱することでCO2を放出させる。今春には、耐久性が高く環境にやさしいCO2吸収液を開発した。

市は回収したCO2を、光合成に必要な有価物としてパイプラインで近隣農家などに供給。野菜や微細藻類の育成に生かすことも狙う。東芝ESSパワーシステム事業部の斎藤聡・炭素利活用技師長は「地域で資源循環も促せるシステムの導入事例を増やし、CO2回収コストの低減につなげたい」と述べた。

脱炭素に有効なCO2分離・回収設備

【特集2】存在感を放つ燃焼技術の先駆者 アンモニア燃料転換を下支え


長年にわたりアンモニア利用技術を追求してきた。碧南火力の実証用バーナー開発に知見を生かす。

【IHI】

IHIは、約10年にわたり磨いてきたアンモニアの燃焼技術を生かし、火力発電の脱炭素化を後押ししている。アンモニアを燃料として活用することで、発電設備から排出されるCO2の削減に貢献したい考えだ。

IHIは持続的な高成長に向けて2023年度に打ち出した「グループ経営方針2023」で、クリーンエネルギー分野を「育成事業」と位置付けた。この方針に沿って、アンモニアの製造から貯蔵・輸送・利用にいたる「バリューチェーン(価値連鎖)」の構築事業に積極的に参画。下流では、「電力」「船舶」「産業」という三つの用途を視野にアンモニア燃料の利用技術開発に力を入れている。

試験でバーナーの実力証明 大気汚染物質の排出抑制

存在感を発揮した舞台の一つが、JERAが運営する碧南火力発電所(愛知県碧南市)4号機だ。両社は燃料である石炭の20%をアンモニア燃料に置き換えて発電する大規模な実証試験を4月から6月にかけて進めてきた。

実証で使うバーナー(燃焼装置)を開発したのがIHIだ。5号機で22年に進めたアンモニア燃料の小規模利用試験で得られた知見を、実証用バーナーの開発に役立てた。実証では、ボイラーに差し込まれた石炭焚きバーナー48本をアンモニア混焼用に改造して実施。同発電所に受け入れた液化アンモニア燃料をガス化した後にボイラーに送り込み、バーナーで石炭と同時に燃焼させる仕組みだ。

実証を通じて,燃焼により発生する窒素酸化物(NOX)や未燃分などの燃焼特性に加えて、硫黄酸化物(SoX)やCO2などの環境特性も確認。アンモニア混焼の有効性を実証したという。

アンモニア転換の量をさらに引き上げると、こうした環境特性と燃焼の安定化を両立するハードルが高まる。IHIは引き続き燃焼技術の高度化を追求し、転換率50%以上の達成に貢献。将来的には、アンモニアのみで燃焼するバーナーを開発し、アンモニアのバリューチェーンづくりに弾みをつける。資源・エネルギー・環境事業領域カーボンソリューションSBUの難波裕二次長は「日本で先行的に磨いたアンモニアの利用技術を周知し、アジアにも広げていきたい」と意欲を示した。

JERA碧南火力発電所の実証用バーナー

【特集2】次代を見据えた燃料転換へ船出 大手電力が供給網づくりに注力


火力発電大手JERAがアンモニア燃料利用の有効性を実証した。企業の枠を越えて地域で連携する取り組みも熱を帯び始めた。

脱炭素化につながる水素やアンモニアといった次世代燃料を発電や産業用途で生かす―。大手電力各社がそんな近未来を視野に入れた取り組みで存在感を発揮している。その一社が、東京電力ホールディングスと中部電力が折半出資するJERAだ。同社は火力発電で使う燃料の一部を、石炭から燃やしてもCO2を出さないアンモニアに置き換えて発電する大規模な実証試験で有効性を確かめた。多様な業種を巻き込んだ脱炭素燃料のサプライチェーン(供給網)づくりも全国各地で活発化する中、最新動向に迫った。

ゼロエミ火力視野に前進 重工メーカーと強力タッグ

発電時にCO2を排出しない「ゼロエミッション火力発電」の実現に向けた大きな一歩を踏み出したのがJERAだ。同社はIHIと連携し、碧南火力発電所(愛知県碧南市)4号機で発電燃料の20%(熱量比)をアンモニアに転換する試験を、4月から6月にかけて実施。定格出力100万kWで運転を行った結果、転換前との比較で窒素酸化物(NOX)は同等以下、硫黄酸化物(SOX)が約2割減少したことを確認した。

碧南火力発電所のアンモニア貯蔵タンク

試験で良好な結果が得られたことを受けて今後は、ボイラーや周辺機器への影響などを詳細に調べる活動を進め、2025年3月までにアンモニア転換技術を確立することを目指す。

船から荷揚げした液体のアンモニアは、発電所内のパイプラインを経由して専用のタンクに貯蔵。そのアンモニアを気化し、石炭を燃やすボイラーに差し込まれたバーナー(燃焼装置)に送る。そこで生まれた熱で水を沸かして蒸気に変え、タービン発電機を高速で回して電気をつくるという仕組みだ。

早ければ27年度に4号機で商用運転を実施。将来的には国内の石炭火力発電で、アンモニアへの転換率を30年代前半に50%以上、40年代までに100%へと段階的に引き上げていくことを視野に入れている。

火力発電の燃料を石炭から燃焼時のCO2排出量がより少ない液化天然ガス(LNG)へシフトし、さらに石炭やLNGを徐々にアンモニアや水素に転換することで、エネルギーの安定供給を果たしながら脱炭素化を実現していく―。そんなシナリオを描くJERAは、国内で培った技術や経験を海外に展開することも目指す。

【特集1まとめ】省エネ合戦の変貌 電力vsガス競合を変えた三大要因


1980年代~2010年代前半、電力業界とガス業界は熾烈なエネルギー間競合を繰り広げた。

この競合こそがエネルギーの高効率利用を柱とする技術開発を進展させてきたのだ。

ところが2010年代後半に入ると、両業界を巡る情勢は大きく変化していく。

システム改革を通じた大手エネルギー事業者の分割や相互参入の加速。

再生可能エネルギー大量導入に伴う新たな需給システムの導入。

そうした中で押し寄せてくる世界的なDX・GXの大波。

かつての省エネ合戦は、これらの要因によってどんな変貌を遂げていくのか。

電力vsガス技術競合の変遷をたどりながら、直面する課題や今後の行方に迫った。

【アウトライン】自由化・再エネ・DXで新局面に 利用技術開発競争の往古来今

【レポート】効率HPの技術開発に黄信号 再エネと自由化の影響を読む

【レポート】コージェネを巡る環境変化の深層 時代に即した技術開発が必要に

【対談】変遷から課題までを徹底討論 国内産業の成長に資するか 目指すべき開発の方向性とは

【特集2】地域主体で電力と利益を回す 事例広がるも課題が顕在化


地域資源を生かす多様なベースロード再エネが津々浦々に広がっている。

一段の導入拡大に向けて開発コスト低減など数々の壁も立ちはだかる。

天候などの自然条件に左右されにくく安定的に発電できる―。そんな「ベースロード(基幹)電源」の役割を担える多様な再生可能エネルギーへの期待感が、全国各地で高まっている。脱炭素化にとどまらず、発電設備の建設や運用などを通じて導入地域に経済効果をもたらす可能性を秘めているからだ。一方で導入拡大に向けた課題も抱えており、関係者には持続可能な事業モデルづくりで創意工夫する力量が試されている。

30年度導入目標が目前に バイオマスが存在感を発揮

ベースロード再エネの一つが、森林由来の間伐材をはじめとする生物由来の未利用資源を燃焼する際の熱を用いて電気を起こす「バイオマス発電」。発電した後の排熱は、周辺地域の暖房や給湯向けに役立てられる。

資源エネルギー庁によると、バイオマス発電は2012年に固定価格買い取り制度(FIT)が開始されて以降、着々と導入量が拡大し、3月末に約7・5GWに(1GW=100万kW)到達。30年度の導入⽬標8・0GWに近い水準を実現した。

中でも未利用木材を燃やしてタービンを回し発電する「木質バイオマス発電」に目を向けると、国産材を燃料に生かす機運が高まっている。国土の約3分の2が森林に覆われた日本の林業を振興するなど、雇用を含め地域を活性化する効果が見込めるからだ。

これまで外国産の木材を利用した発電施設が増えてきたが、風向きが変わりつつある。背景には、世界最大の木質ペレット製造業者で知られる米エンビバが3月に破産を宣言した動きがあり、輸入材の安定調達が揺らぎ始めている。政府も国産材の活用促進に意欲を示しており、国産材へのシフトが進む可能性がありそうだ。

木質バイオマス発電向け未利用木材 提供:三洋貿易

バイオマス発電の導入促進に向けては、コストの大半を占める燃料費の低減が鍵を握る。さらに燃料需給がひっ迫する傾向にもある中で政府は、燃料安定調達の観点から成長の早い早生樹などを生かす実証事業を後押しする。

一方、河川や農業用水、上下水道などに流れる水のエネルギーで水車を回して発電する「中小水力発電」も各地で存在感を発揮。導入量はバイオマスと同様、直近で30年度の目標10・4GWに迫る10・0GWに達した。

ただ、有望な開発地点から優先的に開発した結果、適地が減少。残された開発可能地点の多くは奥地にあり、開発が長期にわたりコストがかさむという課題に直面している。このため、開発時のコストとリスクの双方を低減しながら地域と共生できる導入スキームを実現する対応が求められている。

地中深くから取り出した蒸気でタービンを回し発電する地熱発電もベースロード再エネの一翼を担う電源で、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の支援制度を活用した事例が積み上がっている。3月には、JOGMECの開発資金債務保証を活用し、三菱マテリアルと三菱ガス化学、電源開発(Jパワー)が共同出資する「安比地熱」(岩手県八幡平市)の発電所が営業運転を開始。JOGMECは先導的な資源量調査も行っており、20~23年度に全国で延べ約80件を実施したという。

運転を始めた安比地熱発電所 提供:安比地熱

とはいえ足元の導⼊状況を見ると、0・6GWにとどまっているのが現状。地元調整などを含む事業開発に長期間を要すると想定される中、30年度⽬標1・5GWとの間に大きな開きがある。目標達成に向けて政府は水力発電と同様、リスクとコスト面を考慮した地域共生型の導入を促そうとしている。

イノベーションにも熱視線 地熱発電技術が進化へ

地熱発電を巡るイノベーション(技術革新)の行方にも熱い視線が注がれている。政府は、世界有数の地熱資源量を誇る日本で「開発可能な資源量」を増やそうと次世代の地熱発電技術の開発に取り組む方針を、現行の第6次エネルギー基本計画に盛り込んだ。

この中で「高温岩体地熱発電」や「超臨界地熱発電」といった次世代技術にも触れ、「世界に先駆けて技術開発から社会実装、そして世界展開へとつなげていくことで、50年のカーボンニュートラルに貢献していく」と明示した。超臨界地熱発電は、マグマに近い深部にある400〜600℃の熱水を生かして発電する仕組みだ。

地熱発電を利用する可能性を広げる動きは世界規模で活発化し、消費電力が多いデータセンター(DC)の需要増加に対応する切り札としても注目される。米グーグルはスタートアップと組み、ネバダ州のDCにつながる地域送電網へ電力の供給を始めた。「脱炭素化と安定供給の観点から多様なオプションをバランスよく見極めたい」とエネ庁新エネルギー課。日本の電源構成で10%超を占めるベースロード再エネの最前線に迫った。

【特集2】コメ産地でもみ殻をエネルギー転換 ホテルや温浴施設への熱供給にトライ


【オーリス】

秋田県大潟村で国内初のプラントが稼働を始めた。

「自然エネ100%の村」づくりに弾みをつける。

日本有数のコメ産地で知られる秋田県大潟村で、稲の実の外皮「もみ殻」を燃料にバイオマス熱を地域に供給するプラントが完成した。同村が県内企業と設立した地域エネルギー会社のオーリスが試運転を8月1日に始めた。もみ殻を生かす熱供給事業は国内初で、今秋の商業運転開始を目指す。

CO2排出量削減にもつなげる 副産物は農業資材の用途に

村内では、もみ殻が年間に約1万4000t発生している。このうち約8000tを使用し、バイオマス地域熱供給プラントのボイラーで90℃の温水に転換。この熱エネルギーを地中に埋設された3.5㎞の熱導管を通じてホテルや温泉施設、小中学校など五つの施設に届ける仕組みだ。プラントの熱出力は合計で700kWだという。

各施設の暖房や給湯に使っていた化石燃料からもみ殻に置き換えることで、地域の脱炭素化を後押しする。もみ殻を役立てることで化石燃料の使用量を削減し、年間約1550tものCO2排出量を低減する見込み。

さらに、もみ殻の燃焼時に副産物として得られる燻炭を土壌改良剤などの農業資材として農家に販売。国がCO2排出量の排出削減効果を認証する「J―クレジット」制度も生かしたい考えだ。

再生可能エネルギー由来の熱供給は、国内で進んでいないのが現状だ。設備の導入コストが高いことに加えて、熱の需給バランスが取りづらいことが主因。こうした中で未利用資源を燃料に熱供給する今回の試みは、画期的な取り組みとして注目を集めそうだ。同村は「自然エネルギー100%の村づくりへの挑戦!」という目標を掲げている。

もみ殻を貯蔵・搬送するハウス

【特集2】ごみ発電更新へ市政最大の投資 資源循環社会構築の原動力に


【市川市クリーンセンター】

一般廃棄物(ごみ)の焼却時に発生する熱を使ってタービンを回して発電するのが、バイオマス発電の一つ「ごみ発電」だ。天候に左右されることなく安定的に発電できることに加えて、化石資源を燃やさないクリーンな発電方式である。発電所から排出される熱を温浴施設などに生かすことも可能で、未利用エネルギーの有効活用を進める発電手法として各地の自治体を中心に古くから利用されている。

そんなごみ発電に取り組んできた自治体の一つが、資源循環型の都市づくりを進める千葉県市川市だ。市内で唯一のごみ焼却施設「市川市クリーンセンター」で、人口49万人、25万世帯数ほどの市の全量の廃棄物処理を一手に担っている。

クリーンセンターは1994年に運営を開始以来、すでに30年近く稼働している古株の施設でもある。3つの焼却炉(焼却能力は1日当たり1基200t)、蒸気タービン(7300kW×1基)などで構成されており、その規模は千葉県内でもトップクラスを誇っている。

「合計三つの焼却炉をローテーションさせ、常時二つの炉を運用しながら安定的に発電させている。発電した電気は施設内で自家消費するほか、隣接する市の温浴施設へ供給しており、余った電気は毎年入札にかけて電力会社に売電している。熱の一部は同様に温浴施設へ供給しており、施設から生み出されるエネルギーを無駄なく活用している」と、市川市環境部の品川貴範次長は説明する。年間の発電量は4000万kW時ほどで、数億円規模の発電収入が市川市の財源を支えているそうだ。

老朽化に伴いリプレース 新たな環境価値創出へ

そうした実績を土台にクリーンセンターは、資源循環型を志向しながらカーボンニュートラルを目指す市の方針のもと、新たな「再生計画」を打ち出す。

計画によると、施設の老朽化に伴い、2031年の運転開始を目指して完全リプレースを実施する。環境負荷の少ない効率的で安定したごみ処理体制の構築に向けて、従来よりも少ないごみの量で発電出力をアップさせる設備を導入する。

具体的には、クリーンセンターを構成する焼却炉やタービンの数は変えずに、焼却炉を1日当たり1基141tへとスケールダウンさせる一方、発電出力を1万1000kWへ引き上げる。メーカーによる技術力の向上に伴い、効率的な設備導入が可能になる。20年間の運転も含め、750億円程度を投資する予定で、市政始まって以来、最大の投資額だという。

市によると、「新施設では、これまでのようにただ余剰電力を売電するのではなく、発電した電気の環境性を最大限に活用していく方針だ。そのため、ごみ発電による環境価値を市内で循環させるようなスキームを構築することを考えている」(品川氏)という。

次期クリーンセンターの詳細計画については、近く公表する予定。発電できるごみ処理施設が生み出す新たな価値に期待がかかる。

更新予定の市川市クリーンセンター

【特集2まとめ】ベースロード再エネの実力 「お天気任せ」解消の切り札に


カーボンニュートラルの切り札として期待が集まる再生可能エネルギー。

話題の太陽光・風力発電は発電量が天候などの自然条件に左右されるため、

制御が難しく、電力システムのあらゆる箇所に与える影響が大きい。

その裏側で開発が進むのが地熱や流れ込み式の小水力、バイオマスなどだ。

基幹電源として稼働しやすく、事業者は安定した発電計画が立てられる。

お天気任せを解消する「ベースロード再エネ」の優位性に注目した。

【アウトライン】 地域主体で電力と利益を回す 事例広がるも課題が顕在化

【レポート】バイナリー発電で町おこしに力 高齢化進む温泉町の期待を背負う

【レポート】水力発電の知見を全国展開 地元自治体と連携して立ち上げ

【レポート】ごみ発電更新へ市政最大の投資 資源循環社会構築の原動力に

【レポート】国産森林資源で地域振興に貢献 熱電併給で持続可能社会を形成支援

【レポート】コメ産地でもみ殻をエネルギー転換 ホテルや温浴施設への熱供給にトライ

【特集2】バイナリー発電で町おこしに力 高齢化進む温泉町の期待を背負う


【元気アップつちゆ】

沸点が低い媒体を気化し、その蒸気でタービンを回すバイナリー発電。福島市土湯温泉町にある「元気アップつちゆ」は、東日本大震災を機にこの発電に着手し、地域貢献している。

同社が手掛ける「土湯温泉16号源泉バイナリー発電事業」は、出力400kW、年間300万kW時。再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)で売電し、年間1億2000万円の収入を得ている。この一部は2015年の運転開始以来、地元住民に還元。例えば、高校生の通学定期券代、小学生の教科書代は、対象者の申請があれば全額補助する。

背景には、「土湯温泉に残りたい」と考える地元の若者を一人でも増やしたいという思いがある。従来この地は雪深く、冬になると麓の親戚の家から通学する学生が多い。高齢化率は56%に達しており、温泉町から若者流出を食い止めたいという強い願いもある。

誘客手段として位置付け 新たな魅力を創出し発信

同社の佐久間富雄エリアマネージャーは「発電所の役割は、土湯温泉に人のにぎわいを取り戻すこと」と語る。同社はまちづくりを支援する会社であり、発電事業オーナー、維持管理会社でもあるため、利益の追求は必至。観光の目玉として、理想的なワーケーションの地として、発電所には土湯温泉の誘客としての役割を期待しているという。

発電所は東京から新幹線で1時間半に位置し、首都圏居住者が観光の途中に立ち寄れる。新しい企画にも意欲的で、メディアを通じて常に話題を提供。例えば、廃業や高齢化で空き家となった建物を有効活用するため、売電収益により自社で土地建物を所有し、地域の活性化となる場所を創出している。

空き家活用の事例としては、発電時に排出される温水となった冷却水を二次利用してエビを養殖し、エビ釣りカフェを設置。さらに、土湯温泉観光協会や地元温泉組合と連携し、温泉熱を活用し発酵させる納豆ラボを完成させるなど、地域の資源を有効活用し、社会に新たな価値を提供している。今後も地域を活気づけていきたい考えだ。

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所

【特集2】水力発電の知見を全国展開 地元自治体と連携して立ち上げ


【三峰川電力】

大手商社・丸紅の100%子会社である三峰川電力は小水力発電事業を中心に手掛ける発電事業者だ。同社は1960年に「三峰川総合開発事業」の一環として、長野県伊那市長谷で水力発電所を稼働させたことに始まる。設立当初から小水力発電の原型になる流れ込み式発電に注力してきた。ダムを使わず、環境負荷の少ない再生可能エネルギーである点が特長だ。

同社が手掛ける発電所は開発中を含めて全国に30カ所以上点在する。水力発電は自然の力を利用して発電するため、開発においては地元自治体や住民との関係づくりが欠かせない。「当社のような民間事業者が導入地域の機運醸成、合意形成を円滑に図ることは容易ではない。一方、自治体は発電事業を手がけてみたものの、需要計画や管理運営などが障壁となる。協業することでウィンウィンの関係が構築できる」。指本喜範事業開発部副部長はこう話す。

欠かせない深いつながり 体験学習など交流活発

この取り組みの一つが、山梨県北杜市にある「村山六ヶ村堰ウォーターファーム」だ。元々、同地の水力事業は農業用水路を使った発電設備を自治体が所有していたことに始まる。設備が稼働し始めた2007年当時は、まだ再エネの固定価格買い取り(FIT)制度が開始となる前で、事業採算性の確保が困難だった。そこで、北杜市が行政許認可協議や地域住民との合意を、三峰川電力が発電事業の運営を担うことによって課題を克服した。同発電所にとどまらず、北杜市には現在三つの小水力発電所が稼働し、合計出力970kW規模まで拡大している。

北杜市では4カ所立ち上げた

もう一つが福島県下郷町の「花の郷水力発電所」だ。下郷町の当初の目標は「小水力発電で村全体の電力を賄うこと」であり、三峰川電力と提携した。これにより、花の郷発電所をはじめ、合計3カ所の発電所を設けた。現在では町全体の5分の1程度の電気を賄うまでに拡大した。このつながりによって、地元で体験学習や見学会を実施したり、下郷町の特産品を丸紅本社で販売するなどさまざまな交流も活発に行っている。

下郷町全体の5分の1の電気を賄う

三峰川電力では、今後も全国において有望地点を探し新たな発電所開発を進めていく構えだ。「水力発電開発は地点探しに始まり、地元の交渉、許認可申請、建設工事など稼働開始まで長い道のりだ。ただ、急峻な日本の地形には有望な地点がまだたくさんある。当社の拠点となる長野県を中心に、進出していない四国や九州にも展開していきたい」と指本氏は展望する。

自然負荷の少ない小水力発電は脱炭素化を目指す地域や企業からもニーズが高い。今後さらに注目されるのは間違いない。