【特集2】CO2大量管理時代を見据えて 国内初の本格実証は第2段階へ


【CCS実証】

カーボンニュートラルの実現に向けてカギを握るのがCCSやCCUSだ。日本でも日本CCS調査が主体となり、長らくCCS実証に関わっている。

北の大地・北海道の苫小牧で長らく進めてきたCCS(二酸化炭素・回収貯留)実証。2012年から圧入準備を進めてきたこの実証は、近隣の出光興産の製油所から出る副生のCO2をアミン溶液による化学吸収の手法で高純度(濃度99%以上)に回収。それを、主に海底下1000m付近の貯留層に貯めるというものだ。

16年に本格的な圧入が始まった。1本の圧入井で1時間に最大25.3t、1日に約600tで、19年11月までの約3年8カ月で、目標値となる約30万tのCO2を計画通り貯めてきた。

「現在は、海洋の環境調査を季節ごとに、海底下貯留層の温度・圧力値などを常時、モニタリングしている状況です。現状では大きな問題は発生していません」。実証を成功裏に進めてきた日本C

CS調査の中山徹技術企画部長は説明する。18年に襲った北海道胆振東部地震でも、一連の設備に特段の問題は起きなかったそうだ。

CO2回収から貯留まで一貫したCCSに対する取り組みは日本初で、関与する企業は「日の丸勢」だ。計画通りに、そして安全に貯留を維持し続けられていることは意義がある。

貯留量は30万tだが、国内法の海洋汚染防止法に基づいて環境省より許可を得た値は、60万tとなっている。さらに、中山さんによると現状の圧入井のみを仮に利用し続けた場合でも貯留できるポテンシャルは500万t近くあることが推定されているそうだ。これは100万kWの石炭火力が年間に排出するCO2量に匹敵する規模である。

実証は第二のステップへ 日の丸企業が支えていく

CCUSにも期待が高まっているなか、NEDOの実証は次なるステージに駒を進めようとしている。京都府舞鶴と苫小牧との間でCO2輸送に関する実証試験が再来年に始まる計画だ。

北海道電力苫小牧発電所では、現在、日鉄パイプライン&エンジニアリングが、液化CO2貯留タンク(1000t級)を建設中だ。関西電力舞鶴発電所では、JFEエンジニアリングが同様の設備を来年建設する予定だ。日本CCS調査とコンソーシアムを組むエンジニアリング協会が、液化CO2実証船の手配および運航計画の立案を進めているほか、商船三井が、大型CO2輸送船のモデルをNEDO事業の中で検討するなどしている。

その他、三菱造船は、世界初CCUSを目的とした液化CO2船を建造するなど、数多くの日の丸企業が技術力を磨いていく。

1カ所で大量のCO2を管理できれば、CO2利用への機運が高まっていく。海底に圧入貯留したCO2を、再び地上に取り出して利用することも夢物語ではないはずだ。大量のCO2の存在は、コンクリートに利用したり、あるいは水素と合成するメタネーションへの取り組みも可能になる。貯留できた実績をもとにした、次なるステップに夢が膨らむ。

苫小牧の実証プラント(提供:日本CCS調査)

【特集2】LNGに次ぐパラダイムシフト メタネーションの潜在力と行方


業界のCN達成に向けて大手都市ガス事業者が技術開発を進める「メタネーション」に期待が集まっている。業界がこの次世代エネルギーに取り組むメリットや課題は何だろうか。RITEの秋元氏に寄稿してもらった。

秋元圭吾/地球環境産業技術研究機構システム研究グループリーダー・主席研究員

カーボンニュートラル(CN)実現の要請が強まっている。対策として、電力の脱炭素化と電化の促進が指摘され、その方向性は正しい。しかし、非電力の熱需要は、電力需要よりも多く、多様だ。電化は一つの対策だが、その他の多様な対策が必須だ。そのため、水素やアンモニアの活用も重要だが、合成燃料(e-fuel)や合成メタン(e-methane)の活用も重要だ。

合成燃料や合成メタンは、既存のインフラや既存の機器が活用できるという大きな利点がある。合成燃料であれば、ガソリンスタンドを含めて石油系のインフラの多くを活用できる可能性が高いし、内燃機関自動車も活用可能である。ガスでは、LNG貯蔵タンクや都市ガスパイプラインなどを活用できる。また、水素やアンモニアと同様、技術的には既に実現されているという点も指摘できる。ただし、水素やアンモニア同様にコスト低減が課題である。

CO2を利用する仕組み 合成メタンの潜在能力

まず合成メタンの原理を確認したい。合成メタンは水素(H2)とCO2を合成してメタン(CH4)を作る。その水素は、ブルー水素とグリーン水素が主である。ブルー水素は化石燃料を分離し、CO2は地中深くに貯蔵し、水素のみを活用する。グリーン水素は、再生可能エネルギーを活用し水電解などで水素に転換する。合成メタンはこれらの水素を活用するが、化石燃料をH2とCO2に分離したブルー水素を再び合成する意義は乏しいため、原則、グリーン水素由来ということとなる。

一方、SOEC共電解メタンなどの革新的な手法では、再エネ電気から内部プロセスを経て、直接、合成メタンを生成することもある。いずれにしても、一次エネルギー源は再エネである。

合成にCO2が利用されるが、CO2は誤解されやすい。CO2はあくまで、水素(一次エネルギーとしては再エネ)の媒体として機能する。CO2は例えば化石燃料発電所や製鉄所などの排ガスから回収したCO2を活用するため、CO2回収によってCO2排出が減るかのように思いがちだが、合成メタン燃焼時に再びCO2は放出されるため、CO2回収自体によってCO2が減るわけではない。あくまで、化石燃料である都市ガスなどが、水素、元をたどれば再エネで代替されることでCO2が減り、CN達成する。合成メタンは再エネの活用拡大手段である。

仮に合成メタンのためにCO2をわざわざ作るなら、合成メタンはCNとはならない。しかし、そのようなことはあり得ず、あくまで排出されるはずのCO2を回収して水素(再エネ)輸送のために活用するので合成メタンはCNとなる。将来的に化石燃料利用が減り、CO2が減ってCO2の利用可能性が低下したら、大気中からの直接回収(DAC)もしくはバイオマス由来のCO2を活用することとなる。ただ、大気に放出されるはずだったCO2も、大気放出されたCO2のいずれの利用でも合成メタンのCN性は同じだ。

気になる経済性 再エネコストと水素コスト

経済性はどうか。CN実現には大きな費用が必要で、合成メタンも現時点では同様だ。費用の大部分は、再エネコストで、それが大きく低下した場合に、合成メタンのコストも大きく低下し得る。一方、再エネのコストとポテンシャルの点から、合成メタンの大きな供給元は海外と見られる。

次に水素との比較としての経済性にも触れたい。合成メタンはCO2を回収して合成するため、その分、水素よりもコストは上昇し得る。一方、先述のように既存インフラを活用できるので、相対的な経済性はその得失に帰着される。例えば沿岸部の発電所などでは水素直接利用の方が経済的な場合はあると考えられるが、都市ガスインフラを活用できる利点は大きい。また、海外の合成メタンを国内利用する際、水素よりもメタンの輸送の方がコストは安価となりやすいというメリットもある。

世界モデルを用いて50年CNを分析した例が図だ。DACのコスト低減が見込まれ貯留可能量も大きい場合(メタネーションイノベケース以外のケース)は、天然ガスを利用しつつ、負排出でオフセットするのが経済合理的な可能性もあるが、この場合でも1割程度の合成メタン利用が経済合理的な結果である。SOEC共電解などの革新的メタネーション技術が進展した場合には、合成メタンの経済性はさらに大きくなる。

2050年CNのための日本の一次エネルギー供給量シナリオ例

CNへのスムーズな移行において、総合効率に優れた燃料電池コージェネなどを活用し、合成メタンに移行していくことは有益な戦略と考えられる。

最大の課題は、CO2の帰属の問題だ。CO2は水素の輸送媒体として機能するため、化石燃料排出のCO2利用の場合、CO2は元々排出されるはずだった場所から別の場所に移動して排出されることとなる。そのため、現在の温室効果ガスの国家インベントリでは、「放出場所で排出計上が原則」だから、インベントリ上は、利用国側で合成メタン利用のインセンティブが働きにくいことが課題だ。原則的には合成メタン利用時の排出をゼロと計上することでCN実現に向けて経済合理的な対策を働かし得る。技術開発とともに、国際的な制度での適切な反映の対応が必要だ。

あきもと・けいご 横浜国立大学大学院工学研究科博士課程後期修了。地球環境産業技術研究機構(RITE)入所。多くの審議会の委員をつとめる。博士(工学)。

【特集2】持続可能な社会を実現へ 次世代ガス事業の在り方とは


日本ガス協会は4月、「Go! ガステナブル」をコンセプトワードに掲げた。ガスによる持続可能な社会実現に向け、どう取り組もうとしているのか。

本荘武宏/日本ガス協会会長

―脱炭素社会という新時代に向けた、都市ガス業界を取り巻く課題とは何でしょうか。

本荘 10月31日、都市ガス事業は1872年に横浜でガス灯が点灯し事業を開始してから150年を迎えました。これまで、社会や暮らしの変化に適応して成長を続けてきましたが、ここにきて大きな転換期に差し掛かっていると認識しており、脱炭素に向けた取り組みの加速と、エネルギーセキュリティの確保が課題となっています。こうした中、事業のさらなる発展に向け、日本ガス協会として、①カーボンニュートラル(CN)化の実現、②安定供給と保安の確保、③地域活性化への貢献―の三つを主要課題として取り組もうとしています。

安定供給と保安を堅持 低・脱炭素化にも役割果たす

―ガスのCN化には、どのように取り組んでいますか。

本荘 2021年6月に発表した「カーボンニュートラルチャレンジ2050アクションプラン」は、①30年NDC(温室効果化ガス削減目標)達成への貢献、②メタネーション実装への挑戦、③水素直接供給への挑戦―の三つの具体的なアクションで構成しています。わが国の産業・民生部門のエネルギー消費量の約6割は熱需要であり、ガス体エネルギーは熱需要の低・脱炭素化に大きな役割を果たすことができます。まずは、即効性があり確実なCO2排出削減が見込める他の化石燃料からの天然ガスシフト、コージェネレーションシステムや燃料電池といった分散型エネルギーシステムの普及拡大によるガスの高度利用、クレジットでオフセットしたCNLNGの導入を進めることなどで、NDC達成に貢献していきます。

―昨今、世界の天然ガス・LNGの需給ひっ迫や価格高騰が大きな問題になっています。

本荘 安定供給と保安の確保は、どのような局面においても、都市ガス業界の永遠の使命であることに変わりありません。産業界では、相対的なコストや省エネルギー性などを中長期的に見据え、他の化石燃料から天然ガスへのシフトが進んでいます。こうした取り組みを通じてCO2排出量を大きく削減できることは間違いなく、LNGの安定調達に向け国や事業者との連携強化を図るとともに、保安対策や激甚化する災害への対策を一層向上させることで、こうした産業界の要請に応えていきます。―脱炭素化には、メタネーションの実現が欠かせません。

本荘 「e-methane(e―メタン)」(合成メタン)の国際的な認知度を高めるべく、協会として取り組んでいるところです。50年までのトランジション期においては、社会全体のCO2排出量を削減していき、さらに将来的にはガス自体を脱炭素化したこのe―メタンに置き換えることで、シームレスなCN化が可能です。30年には都市ガス導管への注入1%以上、50年には90%以上を目指しており、残る10%のうち5%程度は水素を直接利用することで脱炭素化を達成したいと考えています。

 e―メタンは、熱需要の脱炭素化の有効な手段であることに加え、何よりも天然ガスと成分がおおむね同じであることから、ガス導管などの既存インフラをそのまま活用することで社会コストを抑制することができます。国内のエネルギー自給率向上に寄与し、海外のLNGサプライチェーンの脱炭素化への貢献に期待できる点でも、導入には合理性があります。コストは大きな課題ですが、原料となる水素コストの低減に資するサプライチェーンを構築し、50年には1㎥当たり40~50円を実現し、既存の都市ガス料金とそん色のない水準にしていきたいですね。

―新たな制度の整備も必要です。

本荘 CO2カウントルールの整備や、国際的な環境価値取引の仕組みの構築が必要となりますので、協会の企画部内に「国際基準認証グループ」を4月に設置し検討を加速させています。また、30年時点ではどうしてもLNGよりも高コストですから、政府に対しても、FITや直接補助などコスト差を埋める仕組みを検討していただきたいと思います。

「第3の創業」へ 業界一丸で課題を克服

―メタネーションを機に、ガス業界はさらに大きな変革期を迎えることになりそうです。

本荘 ガス協会として、この4月に「Go! ガステナブル」をコンセプトワードとして掲げました。「ガスで実現するサステナブル(持続可能)な未来へ」という意味を込めています。その実現には、ガス事業のCN化と中長期的なエネルギーセキュリティの確保の両立が不可欠であり、その手段がメタネーションの社会実装なのです。半世紀前の天然ガス導入は「第二の創業」と言えますが、メタネーションの実現は、言わば「第三の創業」と呼べるでしょう。決して容易なことではありませんが、幾度となく困難を乗り越えてきた過去の経験を最大限に生かし、業界一丸となって乗り越えていきます。

―脱炭素化や安定供給に向け、地域に根差す事業者の役割も重要です。

本荘 地域に密着した活動を通じ、地域経済の中心的役割を果たしているガス事業者が、人口減少や地域経済の停滞、脱炭素化といった課題に貢献できるポテンシャルは大きいと思います。既に、再生可能エネルギーを中心にエネルギーの地産地消事業の取り組みが一部で始まっており、

 地域の低・脱炭素化と経済循環による地域活性化を両立させる取り組みとして注目されています。地域の発展、ひいては地域のガス事業者の持続的な成長につながる取り組みですから、協会としても自治体への提案支援や国などステークホルダーに働きかけるとともに、協会として技術的な面でも事業者をサポートしていきます。

ほんじょう・たけひろ 1978年京都大学経済学部卒、大阪ガス入社。2009年取締役常務執行役員、13年副社長執行役員を経て15年社長。21年1月から同社会長、4月から日本ガス協会会長。

【特集2】脱炭素時代も中核エネルギーへ 世界に先駆けた技術開発に挑戦を


これまでと変わらずエネルギー供給の中核を担うことが期待される都市ガス事業。新たな資源エネルギー技術に挑戦し世界をリードすべく国の役割も欠かせない。

松山泰浩/経済産業省資源エネルギー庁電力・ガス事業部長

―都市ガス事業が始まってから150年。この間にガス事業が果たしてきた役割について、どのように見ていますか。

松山 日本の文明開化と同時に都市ガス事業が始まり、これまで一貫して社会の発展、経済成長に大きな役割を果たし続けてきました。53年前の1969年には、生産国からのパイプライン供給が当たり前だった天然ガスを液化しLNGとして輸入する事業が始まり、日本のエネルギー供給に大きなインパクトを与えました。「液化などばかげている」とさえ言う人がいる中、真剣に取り組み、実現し商業化させ、日本を世界一のLNG輸入国としただけではなく、世界のガスマーケットを大きく変革させ供給体制の拡大をもたらしたのです。今やLNGは、パイプラインガスと並び立つエネルギー市場へと大きな成長を遂げました。業界をけん引してきた先人のご苦労と先見の明には尊敬の念に堪えませんし、これを礎に、私たちは未来を切り開いていかなければならないのだと強く認識しています。

―昨今のエネルギー危機を背景にガスの重要性が再認識される一方、将来に向けた脱炭素化の潮流が加速しています。

松山 資源とエネルギーの利用技術の非連続のバージョンアップを図ることによって、次の時代を模索しなければならない時期に差し掛かっているのだと思います。実際、現在は次の時代の先導権を握ろうと、世界の国々が脱炭素化技術でしのぎを削っています。国家間の勝ち負けというよりも、競い合うことで未来を創るのだと考えるべきでしょう。日本としても、これまで培ってきた技術や知見の延長線上に次世代の技術を作り出し、カーボンニュートラル(CN)の実現に向け世界に先駆けることに挑戦しなければなりません。この歩みは、どのようなエネルギー危機に直面しようとも止まることはありません。

 一方で、それが実現するまでの間は、現在の資源利用を継続することになります。社会をより安定的に維持・発展させていく意味でも、今ある供給システムを盤石にすることは国、そしてエネルギー供給事業者の責務です。一見、CN化と現行システムの維持は矛盾しているようですが、今ある供給システムを守ることが未来への挑戦を否定するものではなく、両立させていきます。

エネルギー構造改革は地域の産業やインフラと一体で進む

変わらないガスの有用性 エネルギー供給の中核担う

―安定供給を維持しながらCNを目指すためにも、ガスは欠かせないということですね。

松山 ガスは、社会生活におけるエネルギー利用の可能性を広げ、底堅い社会の成長や豊かさを生み出してきました。現在も、再生可能エネルギーが主力になった欧州の一部では否定的な見方があるのは事実ですが、大宗を占めるのは、ガスを含む化石資源の有用性を評価し、燃料転換は引き続き大きなツールであるという考えです。CO2削減に電化は大きな効果を持ちますが、一方で、ガス体エネルギーは効率が高い。もっと脚光を浴びるべきだと思いますし、政策としてもそこに力点を置いていきたいと考えています。そして、引き続きエネルギー供給の中核を担うからこそ、ガス体エネルギー、熱エネルギーのセクターは、未来に向けてのトランジションに真剣に取り組まなければなりません。

―都市ガス業界は、業界一丸となって低・脱炭素化に取り組もうとしています。

松山 2020年10月の政府の「2050年CN宣言」を受けて、いち早く未来ビジョンやロードマップ策定の検討に乗り出したのが都市ガス業界でした。エネルギー供給主体としての責任や役割を強く意識した未来を描くよう、動かれたことは素晴らしいことだと評価しています。今後、こうしたビジョンの具体化に向けて、官民を挙げて取り組んでいきます。

―都市ガス原料のCN達成のカギを握るのがメタネーション(合成メタン)です。

松山 メタネーション技術には、排出量全体を減らす上で現実的、有効なアプローチになると期待しています。炭素利用、排出元での処理では、合成燃料(e-Fuel)の議論が進んでいますが、中でもメタンの議論が先行していると認識しています。

 メタンのみで議論が完結しないよう、炭素利用と処理という大きなくくりの中で、社会全体でどう取り組むのか。21年に「メタネーション推進官民協議会」を立ち上げ、製造、利用、設備メーカーが一緒になって具体化するための課題を検討しているところですが、国内外で議論を深め、世界をリードしていけるような新しいシステムを作っていきたいと思います。

メタネーションが実現する 地域社会のCN化

―メタネーションの社会実装は大きな課題です。

松山 そのために大事な概念が「地域」だと考えています。これまで、産業構成に合わせてエネルギーや輸送のインフラが構築され地域は成り立ってきました。今後は、このように成り立ってきた地域社会や産業が、エネルギー構造改革を念頭に既存インフラを活用、革新しながら次を模索してくことになります。産業界の炭素処理のニーズに対し、メタネーションを含むe-Fuel、CCUS(CO2回収・利用・貯留)など多様なアプローチが考えられますし、供給される水素が、メタネーションに利用されたり都市ガス導管を介して直接供給されたり、ガス火力に混焼されたりといった可能性があり、地域の産業構造など特性に合わせた選択が求められます。

―地域経済の衰退が言われていますが、それが地域の競争力、活力につながる可能性がありますね。

松山 エネルギー供給のトランジションを考える上では、地域の産業やインフラと一体で未来を描くことは欠かせません。今ある社会基盤を活用しながら大きな意味でのトランスフォーメーションを果たしていくために、メタネーション技術の確立は大きな意義があります。そして、それに付随するさまざまな産業界、地域、そこで働く人々がさまざまな可能性を模索しながらタイアップしていくことで、地域をベースにした取り組みとして拡がるのです。ガス業界は、既にこうした課題を認識し、その課題解決に貢献していこうと強い意欲を感じます。政府としてもこれを後押しし、官民が一体となってCN社会に向けた地域の革新を進めていきます。

まつやま・やすひろ  1992年東京大学法学部卒、通商産業省(現経済産業省入省)入省。ジェトロ・ロンドン産業調査員、石油・天然ガス課長、経産相秘書官、省エネルギー・新エネルギー部長などを経て2020年7月から現職。

【特集2】受け継がれる「150年」の挑戦 LNG大国の経験が未来開く


都市ガス事業は、安定供給を支えながら日本や世界の産業を発展させてきた。過去の経験や蓄積から業界は何を学び、どのように次代につなげるべきか。

【出席者】

司会=橘川武郎/国際大学大学院国際経営学研究科教授

広瀬道明/東京ガス取締役会長

柳井 準/三菱商事顧問

橘川(司会) 都市ガス事業の歴史を振り返ると、いくつかの転機を乗り越えてきたと思っています。まずは1872年に横浜の馬車道通りにガス灯がともります。しかし、ガス灯は電球に、その座を奪われます。太平洋戦争後、エネルギーの主役は石炭になりましたが、50年代の終わりごろからエネルギー流体革命が起こり、石油の時代がきます。ところが大気汚染対策という環境規制のニーズから、1969年11月、米国アラスカ州からLNGを積んだポーラアラスカ号が東京ガスの根岸工場に到着した。ここからクリーンエネルギーのLNG時代が始まります。

 制度面でも転機がありました。システム改革が進む中で、2017年には小売り全面自由化、22年には大手3社の導管の法的分離が行われました。20年10月には菅義偉元首相がカーボンニュートラル宣言を行い、CO2排出の天然ガスも逆風の時代を迎えかねません。これらは大きな課題になると思います。150年の間、困難な課題をさまざまな知恵と努力で乗り越えました。その恩恵の上に今の業界があると思います。

広瀬 いろいろなところでお話する機会がありますが、そのテーマを「歴史に学び、時代を駆ける」としています。現在まで、先人たちは何を考え、何をしてきたかを振り返ることは大切です。今、将来展望を描きながら課題に向き合っていますが、それがまた歴史になります。橘川先生が指摘されたように、都市ガス事業は挑戦と革新の歴史です。昨年の大河ドラマで渋沢栄一は若い時パリを訪れ、ガス灯が照らす街や劇場の明るさに驚き、日本でもできないものかと考え、帰国後、自ら東京府ガス局長を10年間、初代東京ガス会長を25年間勤め、都市ガス事業の「黎明期」を切り開きました。

 これまでガスの製造、供給、利用の全分野で変貌を遂げましたが、常に新しいものに挑戦し、また時代の変化とともに革新する。この繰り返しでした。ただ一貫して変わらなかったのは、公益的な使命と社会的責任を果たすという渋沢の理念、これはDNAとして脈々として受け継がれ、将来も変わらないと思います。

柳井 商社から考えると、やはり最大の転機はLNG輸入です。ガスは本来、地産地消で使い、周辺へはパイプライン供給が常識でした。しかし、日本ではそれができません。そこで新しい発想として、アラスカからのLNG輸入を東京ガスさんと東京電力さんが決断された。このやり方は当時、北アフリカから欧州の一部エリアで実験的に小規模に行われていました。ところが両社の決断は、長距離かつ大規模に運ぶものでした。送り出す側や受け入れ側で、液化設備、LNG基地など、設計から建設まで膨大な投資が必要だったことを踏まえると、当時の経営決断に感銘を覚えます。

 その後、台湾、韓国などパイプラインの恩恵を得られない国が、LNGを調達することとなり、今では世界規模でLNG貿易が盛んです。その先駆者の役割を果たしたのは、東京ガスさんをはじめとした日本の事業者です。三菱商事はアラスカでのLNGプロジェクトで代理人に指名していただきました。その役割を果たせたことは非常に光栄で、幸運だったと思います。

熱量変更の大事業 インフラ整備も進展

橘川 その後、世界のエネルギー産業に恩恵をもたらしました。その先駆けとなったアラスカプロジェクトは、東京ガスの安西浩社長の提案を東京電力の木川田一隆社長が受け入れて、輸入のロットを大きくし、少しでも調達費を抑えるために両社が組んだものでした。ただ、使い方はだいぶ異なります。電力会社は、気化した天然ガスを発電するだけです。しかし、都市ガスは違います。それまでの5000kcalが1万1000kcalに増えるので、その熱量変更に伴い、あらゆる家庭のガス器具、工業用のガス設備などを変えなければならない。LNG導入の一番のハイライトは、そこだと思います。

広瀬 私は74年に入社し、配属先が熱変事業所(東京・南千住)でした。当時、約1500人の社員がいて、朝一斉に現場に出て、3日間で5000件ぐらいのお客さまの器具を変更します。当時、「転換地獄」と言われるくらい大変な職場でしたね。

 LNGを導入するため、東京ガスは3大プロジェクトと言われる、気の遠くなるような計画を打ち出します。一つ目は製造設備です。神奈川・根岸や千葉・袖ヶ浦市にLNG基地を建設しました。二つ目はガス供給のために、東京湾を囲む環状の高圧幹線を建設しました。三つ目がお客さまの熱量変更です。いま考えると、当時の経営者は本当によく決断したなと思います。

橘川 熱量変更が行われ都市ガスの普及が急速に進み、日本はLNG大国になりました。

広瀬 その要因ですが、LNGプロジェクトは数兆円の投資となり、それを民の力を結集して実現させたのが商社です。供給側と消費側の間をコーディネートし、多くの業界を取り込み、結実させました。商社無しに今日のLNG大国はなかったと思います。

 電力・ガス会社が協力して進めたことも大きかったと思います。日本は資源がなく、燃料・原料の輸入までは一緒の方が安く、国益や利用者利益の面でよいわけです。その後は「オール電化がいい」「料理はやっぱりガスがいい」というのはお客さまの選択の問題です。まさに協調と競争で、その良い面が発揮されました。

 さらに忘れてはならないのは、商品開発、技術開発の努力です。都市ガス会社は日ごろからお客さまと対面でお付き合いをしてきました。新しいエネルギー、LNGをお客さまのニーズに合わせ、機器メーカーさんと一緒にカスタマイズしてきました。そんな地道な取り組みも大きかったと思います。

育ての親「アジア諸国」 三菱商事の果たした役割

橘川 一昨年、ブルネイを訪れましたが、LNGプロジェクトでの三菱商事の存在感を実感しました。ブルネイはメジャーのシェルの力が強い国で、多くの取り組みを経て、メジャーや産ガス国と関係構築してきたかと思います。

柳井 アラスカの後、ブルネイでのプロジェクト投資を決断しました。失敗したら会社がつぶれてしまうほどの投資で、当時の社長、藤野忠次郎はサインのとき、手が震えたそうです。

 三菱商事は昭和四日市石油をシェルと共同で運営していたので、シェルとは親しい関係でした。シェルがブルネイに大きなガス田を持っていて、開発に当たり「三菱商事も資本参加を」と話がありました。社内では賛否両論でしたが、結果、清水の舞台から飛び降りる覚悟で決断したわけです。この投資で三菱商事は、LNG事業のサプライヤーサイドに立つことになりました。それが結果的に良かったと思っています。

 大規模プロジェクトは、サプライヤーとバイヤーとの信頼関係が必須です。日本のガス・電力会社は、長期契約で15年間ほど引き取る保証をしてくれました。また、当時LNGのマーケットがない中、原油価格リンクの方式をつくりあげました。これらが両者の信頼関係を構築する上で、非常に大きな役割を果たしたと感じています。

 その後、LNGの需要、輸入数量は増えてビジネスは拡大し、三菱商事としてもマレーシア、オーストラリアへと投資しますが、それは常に信頼関係があったからだと思っています。そしてこのことが、結果的に日本の安定供給につながったと考えています。またシェールガス革命で、北米からのLNG輸出も幸いし、今後の安定供給源として期待されています。

広瀬 日本のLNGの歴史を見ると、アラスカが「生みの親」、アジアが「育ての親」だと思います。そのアジアの先駆けがブルネイです。私は日本ブルネイ友好協会の会長を務め、度々ブルネイを訪れています。その度に三菱商事さんがこの国・地域の発展に果たした役割の大きさを実感します。ブルネイのプロジェクトはLNGの歴史の中で大きな意味を持つと思います。

橘川 いま、西欧諸国では天然ガス価格が数倍に上がり、電気料金も上昇しています。しかし日本では値上げ幅は一定程度に抑えています。最大の理由はLNGの長期契約です。スポット市場での価格上昇に比べて、はるかに穏やかな値動きです。なかなか注目されませんが、ぜひメディアが取り上げてほしいと思っています。

ガス事業が抱える課題 メタネーションへの挑戦

橘川 当面、業界は「対需給」が課題です。中長期的には温暖化対策が大きな課題になると思います。今後の課題認識や取り組み方、加えて、次代の方々へメッセージをお願いします。

広瀬 現在、東京ガスの歴史で初めてのことが二つ起きています。一つが小売り全面自由化と導管分離です。製造、供給、利用の垂直統合モデルでしたが、導管部門は4月に別会社になりました。制度改革の趣旨に沿い、導管新社は安定供給と安全確保に万全を期し、一層の効率化に努め、小売り分野ではお客さまニーズに合わせガス、電気、サービスを一体とした営業力の強化に努めなければならないと思います。

 もう一つがカーボンニュートラルです。創業以来、原料は石炭、石油、LNGと変遷してきましたが、いずれも化石エネルギーです。これを、今後カーボンニュートラルエネルギーに変えていくという非常に厳しい取り組みですが、次代を担う若い方々にも受け継がれている挑戦と革新の精神で乗り越えられると考えています。

橘川 ガス業界はCO2と水素から合成メタンをつくるメタネーションに取り組んでいます。

広瀬 メタネーションの社会実装実現に向け、コスト面が非常に大きな課題です。しかし、50年カーボンニュートラルを目指す中、頑張らなければなりません。既に技術開発に取り組んでいますが、われわれの力だけでは限界があり、官民一体で進める中、メーカー・商社さんなどの協力が必要です。われわれとしては、まずはしっかりとパイプラインで供給できるように、またお客さまに安全に使っていただけるようにすることが使命だと思っています。

柳井 移行期のエネルギーとして引き続き重要な天然ガス以外に、メタネーションや次世代エネルギー、再エネなども加えた合わせ技で対応する必要があると思います。水素など数多くある脱炭素対策の選択肢の中で、メタネーションのメリットは、LNG船・基地、パイプライン、ガス器具・設備など、既存インフラ・設備をそのまま使えることです。従って比較的、ゴールが見えやすく、手をつけられやすい分野だと考えています。われわれとしても、LNG導入のようにサポートできたら思っています。

 また、若い方々に伝えたいのは、「日本には資源がない」という認識のもと、先人たちが大変な苦労をして、いろいろな場所でいろいろなエネルギー調達に挑んで今に至っていることです。このノウハウは、今後の取り組みにも生きてくる、ということを伝えたいですね。

橘川 業界は、今度はメタネーションでエネルギー利用の歴史を変えるかもしれない。困難かもしれませんが、やりがいがあるのではと思います。本日はありがとうございました。

きっかわ・たけお (左) 1975年東京大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。一橋大学教授、東京理科大学大学院教授を経て2021年4月から現職。

ひろせ・みちあき(中) 1974年早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。 2006年執行役員企画本部総合企画部長などを経て14年代表取締役社長、 18年取締役会長。

やない・じゅん(右) 1973年早稲田大学法学部卒、三菱商事入社。2013年代表取締役副社長執行役員エネルギー事業グループCEOを経て16年から現職。

【特集2】座談会 家庭・産業用ヒートポンプ事情 省エネとCNに挑む最先端技術


エネルギー業界が脱炭素に向けて動き出している。鍵の一つはヒートポンプ(HP)技術だ。家庭用から産業用まで多様な省エネルギーのニーズに、業界はどのように対応するのか。

司会=中上英俊/住環境計画研究所会長

【出席者】

佐々木正信/東京電力エナジーパートナー販売本部副部長

甲斐田武延/電力中央研究所グリッドイノベーション研究本部ENIC研究部門主任研究員

中上 日本は、再生可能エネルギーの主力電源化に向けて動き出しています。カーボンニュートラル(CN)宣言とも重なり、その動きは加速するでしょう。ただクリーンになったけど、エネルギーコストが2倍になったら話になりません。そのためには、徹底した省エネが必要です。省エネを50%達成すれば、再エネの普及率は倍になる。そういう対の関係なので、どちらかを優先するのではなく、両方とも進める必要があります。とはいえ、需給両面での取り組みを進めなくてはならないさなか、図らずもウクライナ問題でいろいろな課題が噴出しました。厳しい環境の中で佐々木さんは、省エネをどのように受け止めていますか。

佐々木 われわれエネルギー産業は、過去のオイルショックを契機に、エネルギーセキュリティーをどう確保しておくかを学び、省エネを進めてきました。しかしウクライナのような問題は本当に想定外でした。化石燃料価格の高騰で世界全体の経済が疲弊している状況の中、単に省エネや再エネを進めます、ではなく産業を活性化させながら長期的なCNにつなげる政策が求められています。

 例えば、米国のインフレ抑制法。産業政策的な色合いも強いわけですが、電気自動車(EV)の補助などで、国内にEV産業や電池産業の雇用も作ろうとしています。国民経済が成立しないとCNの達成は難しいわけです。国内でもグリーントランスフォーメーションのように予算措置を伴う政策が打ち出されていますが、短期的・長期的な視点からいろいろな政策が求められています。

中上 産業政策ということですが、日本のデマンド・サイド技術は世界に誇れるものです。特にヒートポンプですね。甲斐田さん、ヒートポンプを研究していて、何か感じていることはありますか。

甲斐田 最近、海外で「ヒートポンプ・フォー・ピーシーズ(平和のためのヒートポンプ)」という言葉を見かけます。ヒートポンプがエネルギー安全保障に貢献するという考え方です。例えば、アメリカでは国防生産法の中で、ヒートポンプを対象にしましたし、ヨーロッパでも安全保障の観点から、ヒートポンプに重きを置き始めています。エネルギーの安全保障と長期的な脱炭素にも貢献するという意味合いです。

 こうした考え方が生まれた背景をいろいろ考えてみたのですが、「単なる省エネに対する取り組み」では、そういう発想にはなりません。例えば、ヒートポンプのCOPが5だとします。1の消費電力に対して、5の熱を生み出すわけで、これは単なる省エネです。だけど、ヨーロッパでは、ヒートポンプの特長である「周囲の大気熱を回収している」という観点から、残りの4を再エネとして定義するようになりました。これは自分たちのエネルギー自給率を高めることにつながっており、そういった考え方が背景としてあるのかなと思ったりします。

 それと、安全保障。今の時勢ですと、ガスに依存しないベストミックスという観点です。電動式であれば、いろいろなエネルギー源からも電気を作れますから。

データ活用とセンサー 省エネと行動変容

中上 ヒートポンプ熱源を再エネとして定義するかどうかは国際的に議論があり、詰めるべき議題がありますが、いずれにせよそういった概念を入れなくてもヒートポンプは圧倒的に優れた設備です。

 エネルギーマネジメントについて話題を少し移したいと思います。海外の会議で「家庭用EMSは有効に活用できる」と議論するのですが、その割には進捗していません。要は、末端の家電製品までを全部つなげ、コントロールしないといけないわけです。そこの規格をどうするかが課題なわけです。規格争いが障害となって技術開発が停滞することだけは避けなくてはいけません。

 家電を含めた電気設備の待機時消費電力の議論でも似たようなことがあり、昔、海外の学者と「情報機器が進むとその待機時消費電力はどうなるか。その消費量は膨大になる」と議論しました。要するにセンサーです。センサーを使うほど待機時消費電力量は増えるわけです。ただ、設備メーカー側は「センサーはわれわれの技術やテリトリーではないし、技術開発するようなものではない」というスタンスです。だけど、センサー搭載型商品はあっという間に国際商品になっていきます。だから、日本政府なりが国際基準作りを主導していかないといけないはずです。気が付いたら、デファクトスタンダードを欧州勢がさらってしまうことを危惧しています。

甲斐田 日本は苦手な分野ですよね。スタンダード作りには時間もかかりますし、国際基準となると国の票をたくさん保有している欧州に強みがありますね。

佐々木 それに関連して、センサーを使ったデータ収集の話題を少し話します。以前、家庭用EMSのデータの解析について取り組んだことがあります。ただ、データ解析は、あくまでもその居住者の行動とセットで考えないと意味がありません。例えば照明時間のデータを収集しました。でも、果たして起きていて家の中で活動しているのか、本当は照明をつけっ放しで寝てしまっているのか。そうしたデータを第三者が見たときに、本当にそれを解析して、それがソリューションにつながるか、というのは意外と難しい。

中上 私が学生時代、そうしたビッグデータを収集するシステムなんてなかったものですから、温度計測で判断していました。いつ調理をしたか、入浴したか、宅内の行動が、宅内温度によって分かるんですよ。

甲斐田 産業用について言うと、温度は低コストで計測できます。だけど、流量の計測が一番大変です。先ほどセンサーの話題がありましたけど、測るのはセンサーです。でも値段単価が高い。温水の流量を測るにしても、何個も取り付けるのは大変です。その意味で、センサーの低コスト化が必要ですし、センサーの精度をどこまで高める必要があるのか、逆にどの程度にとどめるのか、その辺の判断も重要です。

佐々木 それと、仮に分析できたとして、その分析結果をユーザーにフィードバックしたとします。でも、消費者からは「家の中で電気をどう使おうと、人の勝手だ」となることもあります。法人所有の建物と違い、家庭の分析とソリューションは本当に難しい。

中上 以前、環境省の調査で、全国の家庭用CO2排出の診断調査をしました。診断結果を住民の方々に提出したところ、クレームが来ました。そこで、診断結果の見せ方を工夫して、エネルギー消費量の多い順に並べた結果を提出した。そうしたら「なぜ、わが家の消費量は多いのか。どうすれば省エネできるか」と逆に質問されました。「他人の家との比較」によって行動が変わるケースです。いわゆるナッジです。例えば、リモコン表示。増エネ中に「泣き顔マーク」を表示したら、どうなるか。そのマークを見た家の子どもが悲しむわけです。それによって「子どもを悲しませてはいけないな。わが家も省エネしよう」となるわけです。意外なところに、人々の行動変容のヒントがあります。

 さて、大口需要を話題にしたいと思います。東日本大震災後、省エネ達成のシナリオを作ろうとしました。エネ庁と「飲食店の省エネ対策」を議論した時、どうも議論がかみ合わない。すし屋、ラーメン屋、ファミレス……飲食店でもエネルギーの使い方は多様です。「平均値」で対策しようとしてもナンセンスなのです。それこそ、産業用となるとエネルギー、とりわけ熱の使い方は本当に多様です。

【特集2】需要家側の役割が重要 省エネの余地ある中小企業


「乾いたぞうきんを絞った」と言われる日本の省エネ事情。しかし、需要実態を探ると省エネの余地はまだまだ存在している。

【インタビュー】稲邑拓馬/経産省資源エネルギー庁省エネルギー課長

―国は2050年カーボンニュートラル(CN)の実現を目指しています。電化の推進はCO2排出削減に貢献します。電化をどう位置付けていますか。

稲邑 国際エネルギー機関(IEA)が指摘しているように、電化は脱炭素化の中で非常に重要な分野の一つだと思っています。電化でCO2排出を削減するには、再生可能エネルギーや原子力発電などゼロエミッション電源の比率を上げることも欠かせません。

ただ、脱炭素化で重要な分野は電化に限りません。水素とCO2を反応させて人工的にメタンを作るメタネーションや、水素、バイオ燃料などの利用を拡大していくことも、同じように大切です。

供給側の脱炭素化に注目が高まっていますが、需要家の役割も大切だと考えています。今年、省エネ法(エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律)が改正されました。改正省エネ法では、需要家側が積極的に非化石のエネルギーを選択してもらい、そのことを報告してもらう仕組みを盛り込んでいます。

需要家が省エネ意識を 電力の使い方を評価

―需要家側の対応がより大切になりますね。

稲邑 電気分野での非化石エネルギーへの転換の取り組みとして、需要家は、自ら太陽光発電施設を設置することもできますし、非化石電源を選択することもできます。

日本では、これから太陽光や風力のような自然変動再エネの比率が高まっていきます。すると、電力利用の最適化は重要度が増していきます。今回の省エネ法改正は、需要家による電力利用の最適化を日本の電力系統全体の柔軟性向上につなげていくステップの第一歩だと思っています。

―改正省エネ法の電力利用では、ほかにどういった点がポイントになりますか。

稲邑 13年の省エネ法改正では、電力利用の負荷平準化を図る観点からピーク時の需要を減らすことを主眼にしました。

今回の改正では、ピークカットだけではなく、上げDR(デマンドレスポンス)も含めて、電力の需給状況を踏まえた上で、需要家にも系統全体の柔軟性向上につながるような電力消費を考えてもらうようにしています。

もちろん、こうした需要側の取り組みだけでDRが進んでいくとは考えていません。需給調整市場など新たな市場を整備していくことなどと合わせて、DRを促進していくことが必要です。

太陽光発電とエコキュートを使った取り組みも進む

ヒートポンプ技術を海外へ 産業用は研究開発を支援

―ヒートポンプをどう評価しますか。VPPシステムに組み込むなど、メーカーや事業者によりさまざまな技術やシステムの開発が行われています。

稲邑 ヒートポンプはエネルギー効率が高く、業務や家庭分野の省エネに大きな役割を果たしています。日本はエアコン、エコキュートなど高効率のヒートポンプが家庭に最も普及している国です。日本の技術を海外に発信して、関係産業の国際展開を後押ししていきたいと思っています。

―太陽光発電が普及しました。余剰電気を活用するといったように、エコキュートはユニークな使われ方をされ始めています。

稲邑 以前はエコキュートで安い夜間電力でお湯を作っていたのですが、最近は自宅の屋根の太陽光発電の電気をFIT(固定価格買い取り制度)で売らずに、使い切ることを重視する家庭が増えています。FIT価格が下がり、系統からの電気料金が高くなると、こうした取り組みのコストメリットが高まります。

家庭での高効率給湯器の普及は重要で、国土交通省や環境省とも連携し、エコキュートやエネファームなどと太陽光発電をセットにしたネットゼロエネルギーハウスの次世代型の実証事業などを進めています。

―産業用はどうでしょうか。

稲邑 エアコンなどで使う比較的低い温度帯ならば問題はありませんが、数百℃の温度が必要になる工場など産業用では、まだ技術的な課題があります。

経済産業省はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)を通じて研究開発を支援し、メーカーが200℃までの熱を効率的に作れる技術を開発しているところです。

産業用HPの重要性 多様なエネルギー競争

―世界的に電化が進む中、産業用ヒートポンプは今後、重要な技術になりそうです。

稲邑 各国がとても重要な分野だと考えています。中でも、ヨーロッパの脱炭素化が進んでいる国々では、ヒートポンプの技術を重視しています。

日本でも各分野の脱炭素化の中で、都市ガスの効率利用や水素利用、メタネーションなどとともに、重要な選択肢の一つになります。それら多様なエネルギーが互いに競争して、切磋琢磨しながら脱炭素化を目指してほしいと考えています。

―脱炭素化のための設備などを新たに導入するには相当なコストがかかります。もちろん、新しい設備の導入によって製品の品質が棄損されてはいけません。企業には負担になりそうです。

稲邑 オイルショック以降、日本の産業は、乾いたぞうきんを絞ったと言われるくらい省エネを進めてきました。製造業のGDP(国内総生産)比でのエネルギー効率は世界的に高い水準にあります。しかし、企業ごとにみると、資本力のある上場企業と違い、中小企業ではエネルギーを効率的に利用することが十分に進んでいないのではないかと思います。

先日、省エネ補助金で設備投資を行ったアルミ鋳造の会社を視察する機会がありました。そこでは、高効率のガス炉を導入したことで溶解炉のエネルギー効率が50%以上改善したそうです。設備投資だけでなく、ちょっとした工夫でも省エネができるという話も伺いました。熱処理槽に安価な保温シートを使うことで、ボイラーの灯油の使用量を半減できたとのことでした。経産省は予算事業で、中小企業向けに省エネ診断を行っています。

診断士が中小企業の現場を訪れて、具体的な省エネアドバイスをすることで、大規模な設備投資をしなくても、まだまだ省エネを行う余地があるようです。

いなむら・たくま 1998年に通商産業省(当時)に入省。主にエネルギー、通商、製造業などの分野での政策立案に従事。2020年7月に現職に着任。直前はヘルスケア産業課長。また、外務省OECD日本政府代表部や財務省主計局への他省庁出向も経験。

【特集2】多様な需要に対応する産業電化 200℃目前のヒートポンプ技術


産業電化への関心が日ごと高まっているエレクトロヒート技術。日本エレクトロヒートセンターの内山洋司会長に今後の展望を聞いた。

【インタビュー】内山洋司/日本エレクトロヒートセンター会長

―脱炭素の流れの中で、日本エレクトロヒートセンター(JEHC)の役割を教えてください。

内山 JEHCは、電気加熱やヒートポンプの最新情報、導入に必要なノウハウを、産業界はもとより電力各社に普及啓発していく役割を持つとともに、ユーザー、メーカー、電気事業の橋渡し役になる役割を担っています。エレクトロヒートの技術については後ほど説明しますが、この技術を通して電力産業にイノベーションを興すために、中立的な立場から必要な情報をいかに発信していくかに注力しています。近年ではカーボンニュートラル(CN)に向けた支援セミナーを開催しており、とりわけ「工場の廃熱活用」には多くの企業が強い関心を示しています。

―毎年秋に開催するエレクトロヒートシンポジウムが好評です。

内山 コロナ禍によってウェブ開催にしたところ、来場者が急増し、昨年は全国から3600人が参加しました。CNに向け、産業分野の電化対策が欠かせません。来場者の増加傾向は喜ばしい限りです。

エネルギー事業者の役割 既存インフラの活用が適策

―エネルギー事業者の役割や供給側の対策をどう考えていますか。

内山 事業者には、メーカーやエンジニアリング会社が持つ情報をユーザーとマッチングさせる役割が高まってきています。エネルギー料金の徴収だけでなく、エレクトロヒート技術の普及によって電化を推進し、さらには産業のイノベーションを興す役割もあります。

供給側で早期の脱炭素となると、既にインフラ設備が整備されている電力施設を有効に活用するのが現実的でしょう。現在、日本にある発電所や送配変電設備は、第二次世界大戦以前から数百兆円以上にも及ぶ投資によって整備されてきました。これらの既存インフラを活用し、再生可能エネルギーや原子力といったCO2フリーの電源を普及すること。一方で電力以外に消費されている化石燃料を電気エネルギーに転換する電化システムは、脱炭素への有効手段です。

大切な需要側の対策 燃焼伴わないヒート技術

―需要側の対策も大切です。日本には需要側の電気技術や機械技術には優れた技術力があります。

内山 例えば工場現場の電力化は、ロボットやAIを駆使することで多品種少量生産やリサイクルを可能にし、見込み生産で無駄が多かった大量生産システムを転換してきました。ライフサイエンス分野でも電気を使う医療機器やAIによる新薬の製造が進んでいます。加熱、暖房、給湯、調理など熱利用分野にもヒートポンプ(HP)や赤外線、誘導加熱技術が普及していますね。

―全電化住宅に代表されるように民生部門で電化が進みました。

内山 IH調理器やエコキュートのほか、LED照明、電気機器の直接制御、電子レンジ、赤外線暖房機器などが普及しました。輸送面でも、リニアモーター、プラグインハイブリッド、電気自動車などが普及し始めています。今後も需要側の電力技術は進化するでしょう。

―特殊な熱を必要とする産業分野の電化はどうでしょうか。

内山 鉄鋼業では電気炉、非鉄金属では誘導加熱による溶解炉が普及しつつあります。一方、鉄や石油化学製品などの原料生産に必要な高温熱源に化石燃料が消費され、また素材産業の多くで製品製造時に必要となる直接加熱やボイラーによる自家用蒸気の生産にも化石燃料が使われています。

直接加熱と自家用蒸気の消費量は、原油換算でそれぞれ6530万㎘と2040万㎘(計8600万㎘)です。2030年度までの政府の省エネ目標6200万㎘を大きく超えています。エレクトロヒート技術には、直接加熱と自家用蒸気に現在使われている燃焼技術を代替することで、化石燃料を大幅に削減する可能性があります。

―エレクトロヒート技術について詳しく教えてください。

内山 燃焼を伴わない電気による加熱は熱伝達による間接的な加熱ではなく、利用場所で必要な部分のみを直接加熱して高い省エネ性を発揮する技術です。また、制御性にも優れ急速かつコンパクトに加熱できることから、製品製造の生産効率を向上できます。

加熱技術には、誘導加熱、赤外線加熱、マイクロ波加熱、ヒートポンプなどさまざまな方法があり、加熱方法は顧客のニーズに合わせて選択できます。用途は、溶解、溶着、熱処理、乾燥、合成、調理、殺菌、解凍などです。一方、ボイラーによる自家用蒸気熱は、生産ラインで使われた後は廃棄されています。その廃熱はHPによりリサイクル(昇温)でき、生産ラインにて熱を再利用します。


脱炭素を支えるエレクトロヒート技術

進化する電化技術  CO2濃度高い石炭の活用策

―産業用技術は進化してますか。

内山 HPの性能を表す成績係数は、圧縮機や熱交換器などの進歩によって、最近は4以上にまで向上しています。また、適用温度もマイナス数十℃から100℃以上まで幅広い温度域に広がり、用途も家庭、業務、産業などの分野で空調用、プロセス冷却、加温・乾燥など利用が進んでいます。産業用では自家用蒸気の熱需要が大きく温度帯は150~200℃です。HPの技術進歩は著しく、現在は200℃まで適用できる開発が進んでいます。将来は最も多い熱需要にHPが適用できるでしょう。

―今後のエネルギー政策の方向性についてどう考えていますか。

内山 安定供給、エネルギー安全保障、CN、経済回復の四重苦を乗り切るリスク管理が必要です。再エネは、安全保障とCN面で期待されていますが、日本では電力供給の不安定さと高いコストが課題です。まずは既存インフラである石炭火力や原子力発電を有効活用することでしょう。

石炭は最も豊富で、人口が世界一多いアジアでは必要な資源です。CO2を多く放出しますが、裏を返せば、排ガス中のCO2濃度が高く、CO2を回収しやすい。将来はCCSやCCU技術で有効活用する必要があるでしょう。原子力は、安全性が確認された発電所の早期再稼働が望まれます。原子力規制担当者を増強し効率的な規制を実施すべきです。いずれにせよ既存設備である原子力の再稼働は、電気料金の上昇を抑え、経済の好循環につながります。

うちやま・ようじ 1981年に東京工業大学博士課程修了(工学博士)、電力中央研究所を経て、2000年から筑波大学に勤務。専門はエネルギーシステムの技術・リスク評価。筑波大学名誉教授。

【特集2】CN達成に向けた電化機器普及 CO2削減の潜在量は2.5億t


ヒートポンプ・蓄熱センターは電化普及見通しを公表した。CNに向けたヒートポンプ導入の潜在力がまだまだありそうだ。

カーボンニュートラル(CN)に向け期待される電化機器。中でも家庭用エアコンに代表されるヒートポンプ設備は、1の投入エネルギーから何倍もの熱エネルギーを生み出し、その効率は年々、向上中だ。家庭用から産業用に至るさまざまな電化機器が普及し、既存の燃焼機器から置き換わることで、果たして脱炭素へどれくらいの貢献度があるのか―。

脱炭素への「解」 工業炉電化設備を追加

そんな「解」を探ろうと、ヒートポンプ・蓄熱センター(HPTCJ)と日本エレクトロヒートセンター(JEHC)がヒートポンプなどの電化機器の普及見通しや、それに伴うCO2削減量を調べ上げ、その調査結果を発表した。

前回発表した「2020年度版」をベースに、試算元となる機器の出荷状況や、世帯数などの統計データを更新した。さらに技術開発動向の見通しやヒートポンプの適用分野などを踏まえ、定量的に分析した。調査結果では三つのシナリオを想定した。50年までにCNを達成する「CN達成シナリオ」、電化が現状よりもさらに進むと想定した「電化推進シナリオ」、現状の政策的な努力を継続する「政策努力継続シナリオ」だ。

政策努力継続・電化推進シナリオでは対象機器をヒートポンプのみに設定しているが、今回新たに、CN達成シナリオではヒートポンプ以外の電化機器への更新も加味した。ヒートポンプだけではCN達成は不可能だとの認識からだ。具体的には、産業用加熱といった高温度帯の熱利用分野も新たに加え、工業電化炉などの設備も設定した。ヒートポンプでは対応の難しい高温度領域を加えたことも、今回の特徴だ。

対象分野は、民生・産業・農業。その他融雪分野としている。

最大のポテンシャル値へ 「熱ロス」を突き止める

今回の調査結果では、CN達成シナリオ(20年度比)で、温室効果ガスの削減量が30年度には5846万t、50年度には2億5079万tの試算値をはじき出すこととなった(図1)。

図1 用途別CO2削減量

これらの数値は、21年10月に地球温暖化対策計画で改訂された30年度削減目標値の約9%、50年度の約18%に相当する大変大きなボリュームだ。もちろん、これはCN達成シナリオであり、いわば「最大限のポテンシャル値」だ。ただ、その値を、主に電化機器の普及によって示したことには大きな意義を持つ。

「例えば100℃程度の熱を必要とする産業用の工場の生産現場では、依然として燃焼系ボイラーが活用されていることが多い。しかも、工場の生産ラインでは、その熱が必要とされている地点と、ボイラーが設置されている地点が、離れているケースもあり、そうなればおのずと大量の熱ロスを生じてしまう。こういったエネルギーの無駄が、とりわけ数多くの中小の工場現場で依然として生じている」(エネルギー業界関係者)

ヒートポンプが導入されていないケース。熱そのものが無駄になっているケース。そんな課題を解決することで、CO2削減の余地はまだまだ存在するわけだ。

加えて、冷媒や熱交換機の改良などにより、昨今では160℃程度の熱を生産できるまでにヒートポンプ技術が進み商用化されている。また、普及するかどうかは分からないが技術的には「200℃の熱を作れるようになるまでそれほど時間はかからないだろう」との声がもっぱらだ。

ヒートポンプ設備を生産現場に組み込むエンジニアリング力も向上しており、ヒートポンプの熱利用先は拡大傾向だ。エアコンのような空調以外にも、給湯、乾燥、洗浄など多様で、多くの生産工程で使われるユーティリティー設備としてヒートポンプが活用されれば、ポテンシャル値への道が近づく。

図2 産業用ヒートポンプの適用領域

ユーザーと連携して脱炭素 設備導入の手法は多種多様

一方で課題もある。熱エネルギーの無駄を診断し、ヒートポンプを導入するにしても、現場のエネルギー設備の構成をくまなく理解しておく必要がある。そうでないと、最適なエネルギー設備を構築できない。そうした人材は、おのずと工場現場の施設管理者に限られているが、現場の人たちが必ずしもヒートポンプを理解しているわけではない。

電力会社の営業担当者は自戒を込めて次のように話す。「これまでは電力価格の『単価勝負』の営業手法に注力していて、工場の生産現場の人たちへヒートポンプの魅力を伝え切れていなかった。電力会社としても脱炭素社会の実現に向けて、ヒートポンプの意義をしっかりと伝え、ユーザーと一緒になって脱炭素への難局を乗り切っていきたいと感じている」

ヒートポンプを売るのは何も電力会社だけの仕事ではない。ガス会社でも、ターボ冷凍機のような大型ヒートポンプ設備を導入するケースは珍しくない。また、ユーザーの導入負担を減らすような「エネルギーサービス」の形態で導入するケースだって存在する。

いずれにせよエネルギー事業者は、ユーザーの理解を得ながら、最適なエネルギー設備導入の在り方を模索していく必要がある。

【インフォメーション】エネルギー企業の最新動向(2022年9月号)


【関西電力ほか/系統安定化に大型蓄電所を運用へ】

関西電力は、オリックスと和歌山県紀の川市で蓄電所事業を実施することで合意した。8月から大型蓄電池(定格出力48MW、定格容量113MW)の設置工事を始め、2024年4月の運転開始を目指す。関西電力が大型蓄電池を導入するのは初めてのことだ。この事業は「再生可能エネルギー導入加速に向けた系統用蓄電池等導入支援事業」に採択されたもの。運開後は需給調整市場、日本卸電力取引所、容量市場などの取引を通じて運用していく。再エネ普及が進むことで、出力変動への対応が急務となっている。電力系統網に大型蓄電池を接続して、需給変動への調整力の供出や再エネの余剰電力の吸収などを通じて、電力需給の安定化を図る。

【東京電力ほか/電気バスの運行を最適化するEMSの実証開始】

東京電力はみちのりホールディングスと共同で、電気バス向けエネルギーマネジメントシステム(バスEMS)を開発する。NEDOが2022年度から実施する「グリーンイノベーション基金事業/スマートモビリティ社会の構築」プロジェクトに採択された実証事業だ。みちのりHDがバスの運行管理最適化のノウハウ提供とシステムを、東京電力がエネルギー需給マネジメントシステムを担う。関東自動車、福島交通、茨城交通が導入予定の電気バス218台でバスEMSの技術検証を行うとともに、電気バス導入の経済性と実用化に向けた課題を洗い出す。参加する各社が培ってきた強みを生かし、電気バスの普及と地域エネルギーマネジメントの取り組みを推進していく方針だ。

【東芝エネルギーシステムズ/安全性が高く環境リスクがない混合ガスのGIS受注】

東芝エネルギーシステムズは、東京電力パワーグリッドから自然由来ガスを用いたガス絶縁開閉装置(GIS)を受注した。府中変電所のリプレース案件で、72kVのGISを202

2年12月末までに据え付ける予定だ。この製品は絶縁媒体として安全性が高く、漏えい時に地球温暖化への影響がない窒素と酸素の混合ガス(ドライエア)を使用。同社は環境リスクがなく、取り扱いが簡便な自然由来ガスを用いた電力機器を「AEROXIA(TM)」のブランドで国内外に展開している。GIS全体の製品開発と、環境負荷低減対策として自然由来ガスを用いた機器の研究開発のノウハウを生かし、環境調和性の高い製品展開を積極的に行うことで、カーボンニュートラルの実現に貢献していく。

【ヒートポンプ・蓄熱センター/先進システム導入の施設公開】

ヒートポンプ・蓄熱センターは7月にセミナー・施設見学会を行った。今回公開されたのは、高砂熱学イノベーションセンター。ヒートポンプ・蓄熱システムの採用により大幅な省エネを実現している。セミナーでは、同システムの最新動向をはじめ、イノベーションセンターへの導入事例や効果などが紹介された。センターは、こうしたセミナーや施設見学会などさまざまな活動を通じて、省エネ性や環境性、経済性などに優れたシステムの普及を促進していく方針だ。

【三菱重工エンジニアリング/商用初の小型CO2回収装置が稼働】

三菱重工エンジニアリングはこのほど、太平電業から受注した小型CO2回収装置の商用初号機を納入し、運用を始めた。設置場所は、広島市の複合機能都市「ひろしま西風新都」にある出力7000kW級のバイオマス発電所。排ガスから回収されたCO2は、構内の農業ハウスで利活用される。この装置の回収能力は1日当たり0.3t、設置面積は全長5m×全幅2mだ。完全自己消費型のカーボンネガティブ発電所の設置で、脱炭素化社会の推進を目指す。

【川崎汽船/新型EV曳船を建造 発電機搭載で環境対策】

川崎汽船のグループ会社であるシーゲートコーポレーションは、ハイブリッドEV曳船を建造する。陸上の充電器で大容量リチウム電池に充電し、モーター駆動する方式に加え、バッテリーの残量不足を補う発電機を搭載する。発電機用燃料は、次世代燃料に置き換えていき、将来はゼロ・エミッション船を目指す。2025年に徳山下松港へ配備する予定だ。

【BECCジャパン/気候変動対策を議論 省エネの研究を発表】

第9回気候変動・省エネルギー行動会議(BECC JAPAN2022)が7月に開催された。気候変動対策や省エネのための行動変容に着目し、国内の調査研究などの最新事情を共有するもの。「スマートタウン居住者のエネルギー消費に関する実態調査」(東京工業大学)、「ビックデータを用いた空調機利用実態の解明」(東京都市大学大学院)などの発表があった。

【特集2】目指すは緑のLPガス 環境企業に出資しCN支える


【アストモスエネルギー】

欧米発のDME式LPガスに注目しているアストモス。脱炭素技術企業に出資し地域の産業活性化を目指す。

LPガス業界のCN化に向け、オイルメジャーの英シェルと連携しながら、クレジットによるCNLPガスの調達に先鞭を付けてきたアストモスエネルギー。昨年9月には新しく「グリーン戦略室」を立ち上げて、クレジットによるCN化にとどまらず、多様なアプローチでLPガスの環境対策への取り組みに本腰を入れている。

欧州ではDMEブレンド 年間数十万tで流通始まる

「今夏、バルセロナで開催された欧州LPガス協会が主催するカンファレンスに出席しました。開催期間中、『ジメチルエーテル(DME)』という言葉を多く耳にしました。DMEをLPガスにブレンドすることでCN化を図ろうとする動きがあるようです」。アストモスエネルギーのグリーン戦略室の浜口達弥室長は話す。

DMEは、水素と一酸化炭素を合成して製造する。水素と一酸化炭素の製造方法には、天然ガスのような化石資源から取り出す方式と、廃棄物や家畜ふん尿などを用いたバイオマス由来の方式がある。

DMEはLPガスの特性に類似していることから、ブレンド比率を限定すれば既存のLPガスサプライチェーンのインフラをそのまま流用できる点に大きなメリットがある。欧州では、とりわけバイオマス由来の方式を「rDME(リニューアブルDME)」と呼び、最大で2割をLPガスに混ぜることで、普及促進を図ろうとしているとのことだ。

「欧米では、バイオディーゼルの製造過程で4~5%副生物として生成されるLPガスをバイオLPガスと呼び、流通が始まっています。ただ、生産量はわずか年間数十万tにとどまっているため、rDMEのブレンドによって低炭素化の過渡期をつなごうとする考え方は理解できます」

【特集2】簡易ガスが秘める潜在力を探る 目指すはLPガス発のスマエネ


【ニチガス】

簡易ガス事業はスマエネへ進化する可能性を秘めている。最大事業者ニチガスがそんな「次世代型」に挑む。

東日本大震災以降、エネルギー供給システムの変革を迫られる中、需要と供給を一体的に管理する「スマートエネルギーシステム」の事例が各地で生まれてきた。エネルギーの需要に応じて、従来は事業者が一方通行的にエネルギーを供給するやり方ではなく、ある時は需要を抑えながら供給し、別のタイミングでは需要を喚起していく。

個別の需要側を制御しながらエネルギーをスマートに供給する事例を、とりわけ大手都市ガス事業者が中心となり手掛けてきた。一つひとつの需要を大きく束ねることになるため、おのずと大規模な案件となり、一つの「スマートコミュニティー」となる。

LPガス事業者のニチガスも、この大規模なコミュニティーに着目して、自らスマエネの構築に乗り出そうとしている。

巨大な簡易ガス事業者 スマートとレジリエンシー

ニチガスは日本最大のコミュニティーガス(簡易ガス)事業者である。都市ガス導管の未整備エリアで、70戸以上の団地や戸建て分譲が集約された地点にガス発生設備・ガス管を整備して、一括でガス供給するのが簡易ガスだ。

ニチガスは約350地点の簡易ガスを手掛ける。メーターの取付件数は約7万件で、100戸程度から数千戸規模まで、さまざまな地点を抱える巨大な簡易ガス事業者である。

そんな簡易ガス地点を「スマコミ」へと駒を進めるためには、住民との信頼関係の構築が不可欠である。

「当社では簡易ガス地点を重要区域として、電気とガスの割安なセットメニューの販売を強化しています。お客さまにメリットを享受していただきながら、当社への信頼をより深めていただきたいと考えています」(吉田恵一・代表取締役専務執行役員)

スマエネの実現に向けて、スマート制御システムの構築も準備中である。家電を制御する通信規格「エコーネットライト」搭載の機器群を束ねていく必要があるが、ベンチャー企業と連携しながら、機器を容易に操作できる簡易リモコンの準備を進めている。

さらにニチガスは、関東の数百戸規模の簡易ガス地点を拠点として「配電事業ライセンス」の取得を目指すべく、一般送配電事業者と協議を進めている。

このライセンスを取得する事業者は、仮に有事の際に大規模系統から切り離され、オフグリッドになったとしても、地点への安定供給を維持しなくてはならない。

ニチガスは、安定供給を担保するために、LPガスによる発電設備や蓄電池、さらには太陽光発電など多様な設備群を運用しながら責務を果たそうと考えている。再エネや蓄電池を組み合わせれば、低炭素化にも資するレジリエンス性の高まった地点となり得る。

簡易ガス事業に対して、スマエネや配電ライセンスという新しい役割を担うべく、ニチガスが新たな挑戦に取り組んでいる。

【インフォメーション】エネルギー企業の最新動向(2022年6月号)


【神戸熱供給ほか/関西初となる地域冷暖房の脱炭素化】

関西電力や大阪ガスなどが出資する神戸熱供給は、HAT神戸(兵庫県)で手掛けている熱供給事業で、供給する熱エネルギーを脱炭素化した。対象となるのは10施設で、関西エリアの地域冷暖房で脱炭素化したのは初めてのことだ。今回、供給する熱エネルギーを作り出す電力とガスの全量についてCO2フリーのエネルギーを活用する。関西電力が提供する「再エネECOプラン」によって実質CO2フリーの電気を利用するほか、大阪ガスが提供するカーボンニュートラル都市ガスを活用する。これらの取り組みによって年間2000tのCO2を削減する。神戸熱供給は、「兵庫県や神戸市が推進する脱炭素社会の実現に貢献できる」としている。

【北海道電力ネットワーク/住友電工/系統側蓄電池設備の運用開始】

北海道電力ネットワークは、住友電工のレドックスフロー電池設備(設備容量5万1000kW時)を系統側蓄電池として導入し4月から運用を開始した。北電ネットワークは設置した系統側蓄電池に係る費用を共同負担することを前提とした風力発電の募集を「系統側蓄電池による風力発電募集プロセス(Ⅰ期)」として実施している。この募集によって、すでに優先系統連系事業者15件、16万2000kWが決定しており、これらの連系のために必要となる系統側蓄電池として同設備を利用する。北海道電力と住友電工は2015年から北電の南早来変電所で同蓄電池の大規模実証試験を行い、系統安定化を目的とした運用において安定・安全に運転できることを確認している。

【リニューアブル・ジャパン/太陽光発電所管理実績が100万kWを突破】

リニューアブル・ジャパンは、発電所のO&M(オペレーション・メンテナンス)実績が1GW(100万kW)を突破した。再生可能エネルギー発電所の開発、発電、運営管理を手掛け、2月末時点で全国28カ所に拠点を設けている。自社開発のみならず、外部受託案件にも対応。除草や除雪、年次点検など徹底した業務内製化を図り、システムを共有して素早いトラブル解決と低コスト高品質のサービスを可能としている。また、4月には大垣共立銀行から融資を受け、長野県松本市の太陽光発電所購入を進めると発表するなど、今後も事業を拡大。一方で第二種・第三種電気主任技術者の育成など、次世代社員教育にも力を入れる「RJアカデミー」も開始し、業界をリードしていく方針だ。

【静岡ガス/JAPEXほか/愛知県でバイオマス発電所を建設】

静岡ガスはこのほど、石油資源開発、東京エネシス、川崎近海汽船、第一実業、岩谷産業、Solariant Capitalの6社と連携し、愛知県田原市の工業団地にバイオマス発電所を設けると発表した。木質ペレットを燃料とし、出力は5万kWを見込む。2022年10月に着工し、25年4月に運転開始予定。中部電力パワーグリッドに約20年売電する。この事業は静岡ガスが運営する。出資7社は、再生可能エネルギー由来電力の普及拡大と地域経済の発展へ貢献していく構えだ。

【大阪ガスほか/世界最高水準の高効率コージェネを共同開発】

大阪ガスと三菱重工エンジン&ターボチャージャは発電出力850kW級の高効率ガスエンジンコージェネレーションシステムを共同開発した。停電発生時にはガスを燃料として発電し、必要な設備に電力を供給する事業継続計画対応機能や、設置スペースはそのままに、燃焼の最適化や高効率部品の採用などにより、出力アップと効率アップを両立した。従来機種を大幅に改良したことで、850kWの発電出力としては世界最高クラスの発電効率41.9%を達成した。

【JFEエンジニアリングほか/ゴミからメタノール製造 国内初の取り組み】

JFEエンジニアリングと三菱ガス化学は、都内の清掃工場「クリーンプラザふじみ」の排ガスから回収したCO2を原料に、メタノールへ転換に成功した。国内初のこと。CO2の回収率は90%以上、CO2純度は99.5%以上であることをJFEが確認。その回収CO2を三菱ガス化学がメタノールに転換した。両社のCO2利用技術に期待が高まっている。

【平田バルブ工業/JIS Q 9100の認証取得 航空宇宙分野へ事業拡大】

平田バルブ工業は「航空・宇宙および防衛分野の品質マネジメントシステム(JIS Q 9100:2016)」の認証を取得した。この認証は、ISO9001に航空宇宙業界特有の要求事項を追加したもの。日本で制定された世界標準の品質マネジメント規格だ。同社は認証取得により、航空宇宙分野への事業拡大に向け、取り組みを加速させるとしている。

【特集2】オフグリッドで再エネ100% 防災拠点として機能を強化


【九電工】

全量再エネ利用のエネルギーシステムの運用が始まった。佐賀県小城市では庁舎内の電気を全て太陽光が賄っている。

佐賀県小城市の市庁舎で、今年の冬からユニークな分散型システムの運用が始まった。九電工が手掛ける「再エネ100%利用」のシステムだ。既設庁舎に、太陽光パネル(552kW)と鉛蓄電池(3

456kW時)を設置。最大需要となる300kW程度に対して、実質100%の再エネで、エネルギーの自給自足を行う仕組みだ。電力会社からは基本的にオフグリッドで運用している。このシステムの核が「九電工EMS」だ。

建屋向けのエネルギーマネジメントシステムとなるとBEMSが想起されやすいが、九電工の独自技術で編み出したこのシステムは、それとは異なる。その仕組みについて、昨年7月に発足した新組織、グリーンエネルギー事業部の松村敏明担当部長はこう話す。

「一言で説明すると発電側のマネジメントシステムです。再エネ電力を、最も高い効率で負荷側に送電します。再エネの出力は変動するので使い勝手が悪いのですが、このシステムは、変動分を取り除いて安定した出力分のみを負荷に送ります。同時に変動分を蓄電池に充電することで、再エネ電気を一滴も無駄にしない自動制御システムです」

そんな技術開発に九電工が取り掛かったのは、同社と友好関係にあるインドネシアとの縁だ。「化石資源大国でしたが、現在では資源輸入国です。数多くの離島が存在し、多くは内燃力で発電しています。何とか再エネで課題解決したい」。そんなニーズに応えようとしたことから始まり、現在、同国で事業化に向け取り組んでいる。一方、小城市側は2018年の北海道大停電を契機に、エネルギー強靭化や再エネ利用の拡大を志向していた。そんなニーズとシーズが重なり、今回の運用に至った。

課題は余剰電力の活用 近隣施設にも供給開始

課題だった冬場の需要を順調に乗り切り、目下の課題は春や秋の空調需要の落ち込みで生じる余剰電力の活用先だ。その取り組みについて同じ部署の四宮健吾課長はこう話す。

「市役所近隣の別の公共施設である福祉施設への供給も開始しました。施設内の負荷分を増やすなど工夫しながら、再エネ発電の有効活用につなげたいです」

九電工EMSを導入した小城市庁舎

また、一連の取り組みは防災拠点としての機能も果たす。現在、市は庁舎と福祉施設を防災拠点として位置付け、有事には再エネ電気でレジリエンス性を高めようとしている。再エネ拡大と防災機能の強化―。二つの側面から九電工EMSが役割を果たす。

【特集2】再エネとコージェネを最適制御 多様な設備群を扱う強み生かす


【東京ガスエンジニアリングリューションズ】

東京ガスエンジニアリングリューションズは再エネの運用を本格化している。ガスコージェネを加えた多様なリソースによって最適なソリューションを提供する。

かつて分散型といえば、ガスコージェネレーションシステム(コージェネ)が代名詞であり、そのコージェネを核に地域冷暖房事業や分散型のエネルギーサービス、エネルギーソリューションを提供してきたのが、東京ガスグループの東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)だ。

TGESが20年以上の事業経験によって扱ってきた分散型や熱源設備群はコージェネや吸収式、ガスエンジンヒートポンプ(GHP)といったガス設備だけにとどまらない。電動型ターボ冷凍機といったヒートポンプ設備や、環境性に優れた木質チップボイラー、太陽熱、あるいは昨今では蓄熱槽を運用するなど、設備群の幅を広げてきた。そうしたビジネスモデルがいま、大きな変貌を遂げようとしている。キーワードは「もう一つの分散型」だ。

「太陽光発電設備の第三者保有モデルとなる『ソーラーアドバンス』というサービスを昨年から本格的に開始しました。設備を当社が負担することで、お客さまはイニシャルレスで太陽光発電設備を導入できます。これまで多様な設備を扱ってきたノウハウを活用しながら、太陽光パネルの設計や施工、そして運用を手掛けていきます」。企画本部経営企画部の北岸延之事業開発グループマネージャーはこう話す。

「もう一つの分散型」とは、つまり再エネによる発電設備を取り入れるビジネスモデルのこと。ユーザーは、投資負担がゼロで長期にわたり設備運用を手掛けるTGESからエネルギーサービスを受ける。裏を返せば、ユーザーはTGESに任せることで、長期にわたって「再エネ利用」をうたうことができるわけだ。

そんなビジネスモデルが既に始まっている。ユーザーは自動車メーカーの本田技研工業だ。国内事業所としては最大規模で、二輪車などを生産する熊本製作所(熊本県)の工場の敷地内に3800kWの太陽光パネルを敷き詰め、昨年10月からサービスが始まった。発電量は全て工場内自家消費だ。

こうしたモデルを巡っては、多様なビジネスプレーヤーが参入しているが、TGESによる運用の特徴は、「ヘリオネット21」と呼ばれる、同社が独自に開発し培ってきた「遠隔監視システム」を活用することにある。ヘリオネット21は、24時間365日遠隔監視を行う「ヘリオネットセンター」が運営し、故障予知や予防保全による対応の効率向上を図ってきた。今回の太陽光設備も遠隔監視することで、運用データに基づいた最適なメンテナンスを実施し、太陽光発電のパフォーマンスを最大限に発揮できる。

こうして、ユーザーはエネルギー設備運用のプロであるTGESに任せることで、「設備の運転不備」や、社会問題化しているような「太陽光パネル施工不良」といった課題からは解放され、安心して、そして安全に再エネを利用できるようになる。

再エネという新たな分散型アイテムを加えたTGESでは、「再エネ自家消費」にとどめず、再エネの余剰電気を活用する、もう一歩踏み込んだサービスモデルも構築している。

再エネを自己託送に 運用は全て自動制御

今年2月から、不動産デベロッパー大手である東京建物に対して始めたスキームだ。東京建物が管理する物流倉庫の広大な屋根に太陽光発電設備(3地点、計2100kW)を敷き詰め、倉庫内の照明や空調などの需要を中心とした自家消費を原則としながらも、太陽光の余剰電力を有効に活用する「自己託送」モデルである。

自己託送とは、特定の自社発電設備と特定の自社設備の需要を、電力会社の送配電ネットワークを介して結び付けた電力需給の仕組みである。このスキームでポイントになるのが、計画値同時同量の原則だ。太陽光発電設備の発電量と、需要側の需要量を30分ごとに予測し、かつ需要量と供給量を一致させて電気を送る。その計画値は、送配電ネットワークの運営を管理する電力広域的運営推進機関に30分ごとに提出する必要がある。計画値のズレは停電を誘発する恐れがあるため、送配電ネットワークという公共インフラを利用する限り厳守しなくてはいけないルールである。ズレが発生した場合、送配電ネットワークの利用者はインバランス料金(罰金)を支払うルールになっている。

こうした一連の面倒な設備運用や計画値の提出といった手続きを全て自動で行うのが、ヘリオネット21を進化させた「ヘリオネットアドバンス」である。

「エネルギー設備を遠隔から監視するだけでなく、直接制御できるようにしたことから可能になった新技術です。当社が手掛けてきたいくつかの地域冷暖房拠点で、コージェネの余剰電気を使った自己託送を行ってきました。そうしたノウハウをもとに、再エネによる自己託送にまで領域を広げました」(前出の北岸さん)

再エネを使った自己託送モデル

コージェネの新たな役割 回転体としての同期機能供出

再エネという新しい分散型の運用が本格化するのに伴い、従来の分散型、つまりガスコージェネにも、これまでの概念とは異なる新しい運用の可能性があるのではないかと北岸さんは考えている。

「昨今、再エネが大量導入された結果、電力系統全体で慣性力が失われつつあります。つまり系統の安定化を保つことが難しくなり、停電リスクが高まっています。これまで慣性力を供出し、系統の同期機能を果たしていたのは大型火力を中心とした回転体の発電機でしたが、今後、大型火力の新設やリプレースが難しくなれば、停電リスクはますます高まります。そこで、発電規模は小さいですが、回転体発電機であるコージェネが系統の安定化に寄与するような運用も考えていく必要があるのではないかと思っています」

電気工学への造詣が深く、電力インフラという公共財の安定利用に思いをはせる北岸さんなりの視点である。これまでコージェネ導入の目的はピークカットやレジリエンスの視点が中心だったが、今後は「再エネ共存」という新しい視点と、それに合わせた電力制度の見直しが求められてこよう。