国のビジョンと共鳴が成功条件 洋上風力の歴史の中で役割果たす


【エネルギービジネスのリーダー達】中山智香子/イベルドローラ・リニューアブルズ・ジャパン社長

多角的にエネルギートランジションに寄与すべく、日本ではまず洋上風力開発に取り組む。

長い目で見て人を幸福にするためのエネルギーの変遷を模索し続ける。

なかやま・ちかこ 日本企業のエンジニアを経て北米に渡り、プロマネとして数千億円の事業を成功させ、オイルメジャ―に移籍。複数の事業会社の代表役員として多くの国で事業投資を手掛け、帰国後、2022年から現職。

スペインに本社を置くイベルドローラは、国際的な総合電力会社では時価総額が世界トップであり、180年の歴史を持つ。収益の半分は送配電事業、次いで発電事業、その他、蓄電池や水素・アンモニアなど幅広く展開する。

2001年以降、化石燃料系を徐々に再生可能エネルギーへ置換し、現在は総発電容量(23年で約56‌GW・1GW=100万kW)の75%が再エネ由来だ。総合的に脱炭素化のソリューションを提供すべく、クリーンな電気の需要創出につながる技術開発、設備・事業への投資・参画などを進めている。

欧米を中心に20カ国以上に進出する中、日本を今後成長が見込まれるアジア市場での戦略的拠点と位置付け、20年に日本の再エネ事業者・アカシアを買収。イベルドローラ・リニューアブルズ・ジャパン(IRJ)を設立した。同社の中山智香子社長は「会社の利益を考える枠を大きく超え、歴史の中での役割を考えることが、エネルギー会社の経営者には必要」とモットーを語る。

1990年代から東南アジア、中南米、中東、東欧などでの数千億・数兆円規模のエネルギー事業遂行や事業投資、各国政府との折衝など、エネルギー業界の変遷を最前線で経験してきた。これら事業の規模と性質故に政治・経済に影響を与え、逆に政治・経済に翻弄される日々から出た言葉だ。


エネルギーと制度の変遷 必要性の議論を

日本事業の先駆けと位置付けるのが洋上風力開発だ。本社が07年にスコットランドの電力公社を買収して以来、欧米を中心に多数の洋上風力開発を手掛けてきた実績を生かす。政府公募の第2ラウンドで、ENEOSリニューアブル・エナジー、東北電力、秋田銀行とともに、秋田県八峰町・能代市沖の事業者として選定された。計37・5 万kWの着床式設備で、29年6月の運転開始を目指す。

ただ、世界的なインフレの波が洋上風力業界にも押し寄せ、経済性の確保が目下最大の課題だ。日本の洋上風力事業は公共事業的な側面が強いが、他の電源開発よりリスクがある分、ある程度の利益を見込みたい。

一方で、過度な政府支援や国民負担を仰ぐのなら、経済的に自立できない電源であり、それはサステナブルとは言えない。国が洋上風力をそこから脱却させ日本に根付かせたいなら、現行制度の転換を視野に入れる必要があると指摘する。

「エネルギーの変遷には仕組みの変遷をも伴う。その仕組みとは洋上風力の規模と性質故に、他業界に広く影響を及ぼすような複数の制度であり、それらの変更は国益に関わるかもしれない」と中山氏。「例えば、カボタージュ(国内輸送を自国業者に限定するルール)や、国内工事には日本の建設ラインセンスが必須といった実情をどうするか。速すぎても遅すぎてもその変遷は国益を毀損することになりかねず、真の国益とは何かも含め議論が必要だ」と強調する。


真のサステナビリティへ 根拠ある現実的目標を

洋上風力以外でも、日本のエネルギートランジションに向け本社のさまざまな機能を活用する構えだ。「トランジションは従来のエネルギーを再エネに転換すればよいという単純なものではない。需要側の燃料・原料転換のプロセス技術の開発が伴ってこそ。国の仕組みの変遷でもあるが、技術の変遷でもある」と語る。

それを踏まえての需要家との技術面での関わりや欧州で長年培った需給調整のノウハウ、日本で26年度にスタートする排出量取引などのカーボンプライシングを念頭に置き、多角的に日本のエネルギーの変遷に寄与したいとしている。

欧米の実情に精通する中山氏に、日本の政策・ビジネスはどう映るのか。

「まず、国の明確なビジョンがあり、それと共鳴しなければ大型エネルギー事業は成功しない。ドラスティックな目標ではなく、根拠のある現実的なものを掲げなければ、後にお金や仕事を失う人が出てくる。自国の成り立ちや経済基盤、業界構造、技術の進展、国民の負担を熟慮した数字であってほしい」と求める。

無理な目標は大型事業を同じ時期・場所に集中させることにつながる。一極集中は、労働力や資材不足、価格高騰につながる。工事期間中は地域経済が活性化するが、工事が終われば閑散とする。そんなモデルは真のサステナブルとは言えない。

「長い目で見て人を幸福にするためのエネルギートランジションであってほしい。古いモデルだが、社会・経済・環境の三つの輪の重なるところがサステナブルであることに今こそ立ち戻り、今と将来の社会・歴史に対する責任を果たしたい」と志す。

イスラム問題の歴史を紐解く 秒読みに入った核武装の脅威


【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト

エネルギー、防衛、外交などが複雑に絡み合う原子力・核問題を巡る国際政治情勢。

海外取材の第一線で活躍してきたジャーナリストが、さまざまな角度から解説する。

原油は世界4位、天然ガスは世界2位の埋蔵量を誇る資源大国イラン。核開発にも力を入れ、核兵器取得も目前に迫る。問題解決を図ろうとトランプ米政権は、イランに取引を迫っているが、その一方で軍事攻撃もほのめかしている。最悪の事態に至れば、原油の9割を中東に頼る日本にとっても一大事となる。イランを巡る情勢は、今後どのような道筋をたどるのか。

「近く、何かが起きるだろう。非常に近くだ」。米国のトランプ大統領は3月7日、ホワイトハウスで記者団にこう語った。その前日にイランの最高指導者ハメネイ師に書簡を送り、直接交渉を呼びかけたばかりだ。交渉の目的はイランの核武装を防ぐこと。トランプ氏は大統領1期目に、北朝鮮の金正恩氏との会談を実現させた経緯もあり、ハメネイ師を得意の取引の場に持ち込みたいとの思いが強い。

ただトランプ氏は「軍事介入すればひどいことになる」と述べ、硬軟両様の構えで臨む姿勢だ。イランの核兵器取得はまさに秒読み段階にある。「核の番人」と呼ばれる国際原子力機関(IAEA)の最新報告書によると、2月8日時点で、イランが保有する60%濃縮ウランは274・8㎏に達した。核爆弾にするには90%にまで濃縮度を上げる必要があるが、すでに核兵器6発分に相当する量の高濃縮ウランを保有する。

テヘランにある旧米国大使館


中東一の親米国イラン 栄華崩壊のきっかけは?

米国以上にイランの核を「安全保障上の脅威」と捉えているのはイスラエルだ。米紙ワシントンポストは2月、米情報機関が、イスラエルが今年上半期中にイランの核施設を空爆する可能性がある、と分析していると伝えた。昨年の空爆で損傷を与えたイランの防空網が再構築される前に、本格攻撃に踏み切りたいとの思いがあるようだ。

「騒乱の海に浮かぶ安定の島だ」。カーター米大統領は1977年の大みそか、イランの首都テヘランでの晩餐会で、イランをこう礼賛した。当時のイランは中東一の親米国だった。旧ソ連と長い国境を接するイランは、冷戦を戦う米国にとって地政学的に極めて重要な場所にあった。米国はイランのパーレビ国王を手厚く支援、最新鋭のF14戦闘機を供与するなど特別扱いを続けた。

だが、79年2月に起きたイラン・イスラム革命と、それに続くテヘラン米大使館占拠事件で米・イラン関係は暗転する。イランは米国やイスラエルとの国交を断絶し、「アメリカに死を!イスラエルに死を!」と叫び始めた。イランは勢力圏拡大を図るため、周辺イスラム諸国に「革命の輸出」を始めた。反体制派に資金や武器を提供し代理軍を形成していく。その代表格は、レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」や、パレスチナ自治区ガザ地区を本拠とするイスラム組織「ハマス」。さらに、シリアのアサド政権とも強固な同盟関係を築く。

イスラエルから見れば、北はヒズボラとシリア、南はハマスと、イランの息のかかった武装勢力に挟まれる形となる。さらに米国が2003年にイラクのフセイン政権を倒し親イラン政権が樹立されたことで、状況は悪化。イランはイラクからシリア、レバノンに至る広大な地域への影響力を強めた。地理的な形状から、この地域は「シーア派の三日月地帯」と呼ばれた。

だが、イランが誇った栄華は23年10月7日、皮肉なことに手厚く支援してきたハマスのイスラエル奇襲をきかっけに崩れることになる。イスラエルはハマスの壊滅を目指して報復攻撃に出た。ガザで戦争が始まると、ヒズボラは連日、ロケット弾を撃ち込むなど、イランが育成してきた各国の代理軍はイスラエルへのいやがらせを始めた。

イスラエルはヒズボラと戦端を開けば、南部でのハマスとの戦線に加え、北部でヒズボラとの二正面作戦となる。戦力が分散され不利になると考えた。当初こそ慎重な対応に終始していたが、ガザでの戦闘にメドが立ち始めると余裕が生まれる。

ガザでの戦争開始から約半年後の24年4月1日、イスラエルはシリアの首都ダマスカスのイラン大使館を空爆、代理軍を陰から操るイランに反撃を始めた。2週間後、イランは初のイスラエル攻撃に踏み切る。だが防空網に阻止され、損害は軽微にとどまった。イスラエルはその5日後、イランを空爆する。


イランとイスラエルの衝突 狙うは核施設の空爆か

直接対決の「第二幕」は、7月31日に開いた。イランのペゼシュキアン新大統領の就任式に出席するため、首都テヘランを訪問中のハマスの政治局トップであるハニヤ氏が、イラン側が用意した宿舎で殺された。イスラエルによる暗殺とみられる。

9月には、レバノンでイスラエルがポケットベルに仕掛けていた爆発物が一斉に爆発、多くのヒズボラ戦闘員が死傷する。イスラエルはヒズボラの指導者ヌスララ師を空爆で殺害、10月にはレバノンに地上侵攻する。

劣勢に立たされたイランは10月、イスラエルと2度目の戦火を交える。弾道ミサイルなど180発で攻撃したが、損害はまたも軽微。イスラエルは、イランの防空網やミサイル製造施設を徹底的に破壊した。そして12月、シリアのアサド政権倒壊という誰もが予想していなかった事態が起きる。反体制派「ハヤト・タハリール・シャム」を中心とするグループが、半世紀以上もシリアを支配していたアサド独裁政権を倒した。

ハマス、ヒズボラという長年のライバルを叩きつぶした上、「棚からぼた餅」的なアサド政権の崩壊で、最も得をしたのはイスラエルだ。この機に乗じてイラン核施設を本格的に空爆し、安全保障環境を盤石にしたいとの思いが募る。ロシアが米国とイランの仲介役に名乗りを上げるなど、緊張緩和を模索する動きも相次ぐ中、ハメネイ師は3月8日の演説で、トランプ氏の書簡には直接触れず、米国との交渉には応じないとの従来方針を強調した。 トランプ米政権誕生でイラン・イスラム体制は大団円を迎えるのか。それとも……。

【火力】対再エネ議論の不毛 リテラシー向上が必要


【業界スクランブル/火力】

第7次エネルギー基本計画では、2040年に温室効果ガスを72%削減することが重要な視点となっている。その上で、再エネ比率が4〜5割にとどまる一方で、火力の比率を3〜4割を維持することについて、「火力比率を確保することで再エネ拡大が阻害されるのではないか」との意見が多く見られる。さらに、大手経済系メディアの中には、国が水素・アンモニアやCO2回収・貯留を推進するための方便だとする解説記事も見受けられた。

しかし、今回示された電源構成は、脱炭素とエネルギー安全保障という相反する課題を両立させるための苦肉の産物であり、数値はひとつの目安に過ぎない。国が定める目標値でもなければ、ましてや上限値でもない。火力の比率は、再エネや原子力だけでは賄いきれない電力量を火力で補うという「引き算」の結果であり、火力比率が再エネ比率を圧迫するということはない。また、水素・アンモニアの価格が下がらないのは、国内製造によるグリーン燃料の拡大が進んでいないのが一因であり、再エネの飛躍的な拡大は、火力側にとってもむしろ望ましいことなのである。

エネルギー安全保障の観点を抜きにすれば、予備力や調整力として火力設備を確保しつつ、稼働率を極力抑える形が望ましい。しかし、その際に比較対象となる蓄電池やDRは、季節間ギャップへの対応まで考慮すると、技術的にも経済的にも火力には大きく劣るのが現実だ。

不確実性の高い今回のエネルギー基本計画を正しく読み解くことは難しいが、発信者も読み手もエネルギー情報に関するリテラシー向上が今こそ求められている。(N)

日本が受けた二つのSHIP 英国の支援を振り返る


【リレーコラム】彦坂淳一/キャベンディッシュ・ニュークリア・ジャパンプレジデント

この二世紀間で日本が遭遇した二度の国難に際し、英国は二つのSHIPを日本に提供した。一つは日露戦争での連合艦隊の「フラッグシップ」(旗艦)である。三笠と名付けられた当時の新鋭戦艦は英国のバロー市で製造され日本が輸入した。現在は神奈川県横須賀市で博物館になっている。

日露戦争は実質的には日英対露中ともいえる戦争だったが、当時の日本には大型戦艦の製造技術がなかったため、三笠をはじめ4隻の戦艦を英国から輸入し、日本海海戦で露艦隊を撃破した。バロー港は日欧間核物質輸送船(PNTL)の母港であり、近くにセラフィールドがある。

もう一つは、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故後、日本が導入した英国の廃止措置での「リーダーシップ」(のシステム)であろう。

お金を生み出さない廃止措置は後回しにされがちだが、英国では廃止措置への取り組みで政府がリーダーシップをとるべく、原子力廃止措置機関(NDA)の設立と資金確保の制度化を行った。日本政府は、その英国NDAの例を参考に原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)を設立し、さらに種々の施策を加え賠償・廃炉・除染という三つの業務が進む素地ができ、関係者はその実務に集中できるようになった。私は商社での英国関連の業務経験を生かしてNDFに勤務した後、現在は英国企業に勤務している。今後とも福島の廃炉と復興が進み、安定したエネルギーミックスへの道筋がつけばよいと思う。


旅行は原発立地県へ

一方、個人として原子力や廃止措置にどう貢献できるかを考えて、休暇や趣味の釣りでは旅行や遠征釣行先に原発立地県を選ぶようにしている。同じお金を使うなら少しでも役立ちたいという思いだ。旅行には、実際払った金額の倍近い波及効果(仕入れや雇用から)がある。12年夏には家族で福島県の会津を旅行したし、回遊魚のマグロやカツオを狙うことが多いので青森、福島、茨城、静岡、新潟から島根や佐賀まで一年中駆け巡り漁業協同組合所属の遊漁船での釣行を楽しんでいる。また、訪問先では地元の美味しい料理をありがたく頂き、名産品のお土産を買うことを習慣にしている。

福島原発付近での遊漁も復活し、富岡港発で再び釣りができたのは嬉しかった。大物狙いはボウズばかりだが、柏崎刈羽原発のある新潟県沖で釣れた150㎏のクロマグロや、浜岡原発のある静岡県遠州灘での52㎏のキハダマグロは一生の思い出である。

ひこさか・じゅんいち 1986年東京大学工学部卒。商社、電気事業連合会、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)、海外勤務などを経て現在、英国キャベンディッシュ・ニュークリア社の日本法人に勤務。中小企業診断士。公認内部監査人。証券アナリスト。

※次回は、丸紅の松原文彦さんです。

【原子力】KK7号機が期限超え 特重設置規制の是正を


【業界スクランブル/原子力】

東京電力が、柏崎刈羽6、7号機の特定重大事故等対処施設(特重)の完成が設置期限を超えると発表した。先行して再稼働した西日本の加圧水型軽水炉(PWR)で相次いだ稼働停止が、再び起ころうとしている。

当初、設置期限は新規制基準の施行日から5年以内とされた。原子炉本体の適合性審査は、設置変更許可、設計及び工事計画認可(設工認)、保安規定認可の三段構えだ。電力会社は規制委から、設置変更許可は半年以内にでき、設工認と保安規定の審査もそれと「並列」して行うという説明を受け、一斉に申請した。ところが、結局これらの審査は「直列」となり長期化した。

特重の設置期限はその後、「炉本体の設工認から5年」に変更された。しかし、特重の審査は炉本体の審査後に始まる。特重の審査開始前に設置期限のカウントダウンが始まるのはいかがなものか。

柏崎刈羽7号機の設工認は2020年10月だから、特重の期限は今年10月だ。特重の設工認は23年1月に第1弾を申請したが、今日まで認可が出ていない。建物構築物関係の議論が続き、昨年11月にようやく機械電気設備分野の申請に至ったからだ。設工認が降りてから詳細設計を確定し機器の製造に入るため、期限に間に合うわけがない。

規制庁は審査に時間がかかる責任は事業者にあるとするが、ヒアリングで膨大な宿題を出し続けるため審査が終わらないのが実態と見える。再稼働を待つ地元の機運を下げかねない事態だ。

この非条理な規制を即刻直し、設置期限は「特重の設工認から5年」とすべきで、できないなら規制委自体を抜本的に改編するしかない。(H)

【シン・メディア放談】道路陥没事故の衝撃 電力・ガスも他人事ではない


〈業界人編〉電力・石油・ガス

日常生活を脅かした大惨事は、国民にインフラ老朽化の危機を知らしめた。

─埼玉県八潮市の道路陥没事故には驚いた。

電気 最初の陥没で生まれた穴が、どんどん大きくなっていった。ビジュアルがあまりに衝撃的で、テレビが流し続けていたのが印象的だ。

ガス ガスや上水道で不具合が生じれば、顧客に迷惑をかけるとはいえ、バルブを閉めて供給を停止できる。ただ下水道は止められないから、どんどん被害が拡大してしまう。恐ろしい。

石油 テレビで見ていると分からないが、現場は臭いがひどかったはずだ。完全復旧には5年かかるというから先が思いやられる。

─インフラの老朽化はエネルギー業界が抱える問題だ。

石油 1970~80年代の高度経済成長期に一気にインフラが整備されて、耐用年数を超える水道管は多いと聞く。地下に配電線を敷設している地域があるし、電気ガス水道がまとめて寸断されるという事態も起こりかねない。

ガス 都市ガスは計画的にガス管の更新を進めている。ただマンションのガス管となれば話は違う。顧客の資産なので管理組合費などで入れ替えることになるが、理解のある自治会ばかりではないのでトラブルになることもある。ガス会社としては「替えてくださいね」と言い続けるしかない。

電気 送電線の鉄塔は200年持つことになっていて、150年目くらいから更新が始まるらしい。今の社員は誰も生きていない。人手不足の中で大丈夫だろうか……。

石油 いずれにせよ、今回の事故で国民は危機意識を持ったはずだ。水道料金値上げなどへの理解が高まるといい。


付臭義務がない水素 エネルギー需要増の不思議

ガス 臭いで思い出したが、水素は付臭義務がなくて大丈夫か。検知器を付けたとしても、音が鳴るだけでガス臭のような効果が得られるのか。東京ガスが東京都中央区の晴海地区で行っているプロジェクトでは付臭しているようだが。

石油 水素社会に向けた課題は山積している。経済産業省のガス安全小委員会で話題になっているが、水素は導管に入るまでは高圧ガス保安法、導管に流した後はガス事業法、エネファームなどの消費機器で使えば電気事業法と領域区分が変わる。補助金を出して実証実験を行っている以上、しっかりと整備しないといけない。

─電化の流れだが、ガスの需要は減っていくのか。

ガス ある大手都市ガスの販売量は微増らしい。要因は複合的だが、基本的には大口需要に左右される。だから石炭や石油を使っている工場のLNGへの燃料転換に期待だ。3割を占める家庭用は高気密・高断熱住宅が増えればガス使用量は下がる傾向にある。電気はどうか。

電力 オール電化の影響で増えているが、核家族化による世帯増というファクターも無視できない。近年は人口減少下でも家庭用の電力使用量は増え続けた。祖父母と住んでいればお風呂を沸かすのは1回だったが、2回に増えるわけだからね。LPガスは厳しいだろう。

石油 この30年で、工業用を中心に消費量は3割ほど減った。家庭用もオール電化に奪われやすい。


アラスカLNGのリスク どうする洋上風力

─商慣行問題が消費者離れに拍車をかけるのでは。

石油 不動産業者としては、LPガス事業者が無料でエアコンやWi―Fiを設置してくれるのはありがたい。でも、その費用はガス料金として消費者に転嫁される。長年続いてきた商慣行をすぐに正常化させるのは難しいが、改めなければ顧客が減るだけだ。

─日本勢は米アラスカ州のLNG開発に参画するのだろうか。

石油 足元のLNG需給はタイトではないが、中長期的には権益を持っておいた方がいいという声がある。

ガス そうは言っても、これまでオイルメジャーが投資してこなかったのには相応の理由がある。永久凍土にパイプラインを敷設するなどコストは計り知れず、事業採算性がないからだ。本気で乗るのだろうか。

電力 北極海航路の利用には、ロシアの許可が必要になる。三井物産が出向者を引き上げたロシアのアークティックLNG2のようにならないといいが。

─三菱商事が国内3海域の洋上風力発電のプロジェクトで522億円の減損損失を計上した。

ガス 破格の価格で落札して値崩れを起こしておいて、同情票は集まらないだろう。あれだけ多くの海域を取って500億円の減損で済むのか。

石油 国が全面的に保護しなければ、下手したら商事が潰れかねない。でも潰すわけにはいかないので、補助金などいろいろな制度的措置が取られるのだろうね。

ガス 洋上風力オンリーの脱炭素電源オークションみたいな制度になるのだろうか。

電力 みんなで「やーめた」と言って撤退するのが合理的な判断だ(笑)。

ガス どの海域も最終投資決定はしておらず、風車メーカーや海運企業との契約は行っていない。赤字が見込まれるプロジェクトに投資決定するのは、企業判断としてあり得ない。株主代表訴訟に発展してしまう。全プロジェクトがこける可能性すらあり、エネルギー基本計画の実現どころではなくなる。

──凄まじい逆風が吹き荒れている。

【石油】暫定税率はいつ廃止に 財源確保はどうする


【業界スクランブル/石油】

2025年度予算案の審議では、「103万円の壁」と並んで、いわゆるガソリン税の暫定税率の廃止も大きな論点となった。実現すれば、ガソリンで1ℓ当たり25・1円、軽油で同17・1円の減税になる。確かに昨年末、自公と国民民主の3党で「廃止」は合意されたが、その時期は明示されなかった。石破首相も予算審議で「旧暫定税率は廃止するが、税収の減少約1・5兆円をどうするか検討が必要」として、廃止時期は明言を避けた。

減税によるガソリンで約1兆円、軽油で約5000億円分の税収の「穴」をどうするか。これが決まらないと暫定税率の廃止はできない。かつて09年の総選挙で、暫定税率廃止を政権公約に勝利した民主党も代替財源を見つけられず、温暖化対策との矛盾を突かれて断念した。その代わりに「暫定税率」という名称を「当分の間税率」に変更、高騰時対策としての「トリガー条項」(当時、ガソリン価格は同130円、為替は1ドル=110円)を追加した経緯がある。

特に難しいのは、地方税の軽油引取税分とわずかながら地方譲与税の地方揮発油税分の地方税収である。予備費を国会審議なしで用立てることと代わりの財源を探すことでは、難しさが格段に違う。

自動車のEV化が進めばガソリン税収は激減する。それに備えて、財務省は燃料課税に替わる距離課税(走行税)を検討している。実現すれば、燃料税の暫定税率廃止など簡単だろう。 特定財源は一般財源化されたとはいえ、社会インフラの維持管理費はますます増大する。悲惨な事故のニュースはもう聞きたくない。(H)

トランプ政権がAfDに肩入れ 各国でテスラの販売数激減


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

2月のドイツ連邦議会選挙では、ショルツ首相のSPD(社会民主党)が第三党に転落し、CDU・CSU (キリスト教民主・社会同盟)が第一党となった。注目すべきは、トランプ米政権の応援により、極右政党AfD(ドイツのための選択肢)が第二党に躍進したことだ。同党は移民排斥を掲げ、脱炭素・脱原発のエネルギー政策に批判的立場をとっており、ドイツ政府の政策に影響を与えることが予想される。この議席増にはイーロン・マスク氏やバンス米副大統領によるAfDの選挙活動の応援が背景にある。

トランプ大統領は1期目の2018年、「われわれは対ロシア防衛をしているのにドイツはロシアに巨額の資金を提供。ドイツはロシアの捕虜だ」とノルドストリーム建設などのドイツのエネ政策を批判した。その後、ショルツ首相は22年、ロシアのウクライナ侵攻に際し武器でなく寝袋とヘルメットの供与を唱え、「捕虜ぶり」が明らかとなった。さらには、マスク氏は1月、英国のスターマー首相を「犯罪の加担者」と、検察庁のトップであった当時の南アジア系移民のレイプ・ギャングに対する対応を批判するなど、イタリアとハンガリーを除く欧州各国の首脳は移民政策批判に戦々恐々としている。

この動きを反映し、テスラの販売台数は今年に入り、世界各地で激減している。ドイツでは前年同月比で1月60%減、2月76%減となり、2月の国内EV販売台数全体は30.8%増加している中で顕著な結果となった。フランス、イタリア、北欧でも半減し、米国でもボイコット運動が起こり、減少している。ここまでのリスクを冒しても確信的に政治介入を行っているマスク氏に驚きを禁じ得ない。トランプ政権における重要な仕事の片手間でのテスラの経営を心配せざるを得ない。

民主主義を旗印に各国に介入してきた米国の外交に第2期トランプ政権は反移民政策という新たな潮流を作り出そうとしているとも解釈できる。幸い日本にはその矛先は向かって来ないと予想するが、あえて、労働力不足に悩むわが国がそこからいかに学ぶかを探ってみたい。製造業は、以前から外国人労働者が多く働く職種だったが、近年では、流通サービス業や医療福祉などの分野でも増加しており、「2025年問題」が拍車をかけている。外国人労働者の増加で、教育、医療などのコスト増が予見される中、できるだけ日本人の労働力が望まれる。現在、「103万円の壁」が所得政策や財政負担の観点で議論されているが、扶養家族離れを嫌う学生、主婦の就業機会増加の恩恵を受ける産業も少なからず存在する。政府もここに着目し、人手不足を少しでも和らげる産業政策、移民政策の構築が必要に感じる。

Jリーグ浦和レッズは、スタジアムにおけるFCクルドの旗の掲出を巡るトラブル対応に苦慮しており、移民難民との対話の難しさが浮き彫りになった。トランプ政権の反移民政策を排他的政策と決めつけず学ぶことも必要だ。

(平田竹男/早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授、早稲田大学資源戦略研究所所長)

米国で強まるESGへの反発


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

金融メディアの米ブルームバーグ紙は3月3日、「ESGがなぜ反発に直面するのか、そしてトランプ2.0下でのESGの将来(“Why ESG Faces Backlash and Its Future Under Trump 2.0”)」という記事を配信した。同紙は最近、「ESGへの反発」とタグ付けされた記事を立て続けに配信しており、世界の気候変動への取り組みが直面している変化について、さまざまな側面で報じている。

記事ではまず、ESGへの反発の震源地である米国について述べている。米国では、もはやESGは政治対立を超えて文化戦争の「避雷針」となっており、「目覚めた(woke)アジェンダ」であると批判されている。共和党系のいくつかの州政府は反ESG法を制定。トランプ大統領の誕生で、ESGへの反発はさらに激化している。

こうした動きは、企業や金融機関が、反ESGの感情を恐れ、持続可能性のアピールをあえて抑制する「グリーンハッシング」につながっているという。各社はネットゼロへの言及を避け、ウェブサイトからESGのラベルを削除している。北米の金融機関は反トラスト法などの訴訟リスクを恐れ、気候金融グループから一斉に脱退した。

一方、欧州では米国のようなイデオロギー対立ではなく、「規制疲れ」による逆風が吹いている。EUではCSRD(企業持続可能性報告指令)とCSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)といった規制の導入が予定されているが、欧州委員会は2月26日にこれらの規制を大幅に緩和する提案を提出した。

これは「手のひら返し」でもなんでもなく、「自分をより有利にするために作ったルールでも、状況が変われば書き換える」という、ただただ当たり前の現実だろう。

(大場紀章/ポスト石油戦略研究所代表)

【ガス】第7次エネ基が示唆する 天然ガスは「到達点」か


【業界スクランブル/ガス】

トランプ旋風が吹き荒れている。これまでタブー視されてきた議論や、政治的に慎重に扱われてきたテーマに対して、遠慮なく「本音」を語り、変革を進めている。トランプ大統領はこの動きを「常識を取り戻すコモンセンス革命」と呼んでいる。

日本のエネルギー界においても「本音の議論」がなされる兆しが見えてきた。今回閣議決定された第7次エネ基の原案がそれだ。第6次までは2050年カーボンニュートラルの目標ありきで、脱炭素化自体が目的化されてきた。今回強調されたのは、脱炭素化は手段であって、ウクライナ戦争や中東情勢を受けての「安定供給第一」、データセンターや半導体工場などの「産業競争力確保」が優先されるべき点である。特筆すべきは、脱炭素技術のコスト削減が進まず既存技術を中心とするケース、いわゆる「リスクシナリオ」が初めて提示されたことだ。

ここで示される40年一次エネ供給量では、再エネ20%、原発12%、天然ガス26%。現在の天然ガスの割合は21%前後であり、重要な「トラジショナルエネルギー」として、天然ガス供給量が増加する位置付けとなっている。国際大学の橘川武郎学長も「複数シナリオのうち最も現実的なシナリオがリスクシナリオであり、再エネや原子力以上に未来のあるのが天然ガスだ」と強調する。

今後深めるべき論点は、天然ガスが「トランジショナル」ではなく、「デスティネーション」として扱われるべきという点だ。今後、天然ガスは低炭素・脱炭素技術と組み合わせることで、持続可能なエネルギーとしての地位を確立できる可能性が高い。(G)

ドイツの二大政党正念場 国民の反発抑制なるか


【ワールドワイド/環境】

2月のドイツ総選挙でCDU・CSU(キリスト教民主、キリスト教社会同盟)が第一党、極右のAfD(ドイツのための選択肢)が第二党となり、SPD(社会民主党)、緑の党は議席を大きく減らした。CDU・CSUは「AfDとの連立は絶対にあり得ない」と、SPDとの大連立協議を進めている。

SPD、緑の党、FDPの「信号機(赤・緑・黄)政権」は緑の党のハベック気候変動・経済大臣が再エネを中核としたエネルギー転換の推進と脱原発、脱石炭火力を推進した。ウクライナ戦争によるエネルギー危機の中、3基の原発を閉鎖するなど、エネルギー安全保障よりもイデオロギーを優先した結果、国内のエネルギーコストは高騰した。CDU・CSUは2045年までに温室効果ガス排出量を正味ゼロ、30年までに65%削減との温暖化目標およびそのためのエネルギー転換という大方針は堅持しつつ、前政権の官僚主義、イデオロギー優先の政策を転換し、プラグマティズムに基づくエネ政策、エネルギーコストの引き下げを重視している。

両党は3月初め、連立協議の中で不透明性を増す安全保障環境に対応して防衛費を憲法上の債務ブレーキの対象から除外すること、インフラ整備に5000億ユーロの基金を設立することに合意した。エネルギー転換には巨額の資金がかかるため、この点は前進だ。CDU・CSUは前政権が導入した暖房法の廃止を主張している。この法律は暖房における再エネ推進を義務化するもので国民からの反発が大きい。SPDの顔を立て、完全廃止ではない形での決着が予想される。そのほか、35年までの内燃機関自動車販売禁止にも反対しており、これはEU指令を起源とするため、ブラッセルでの決着が必要だ。原子力オプションも見直すべきとしているが、廃炉が決まった原発の再利用ではなく、SMRの研究開発などを進めることになろう。

両党の連立協議は迅速に進み、4月頃には成立するとみられている。国民は信号機内閣の内部対立と意思決定の遅さにフラストレーションをためている。大連立がその繰り返しになれば、次期選挙においてAfDのさらなる勢力伸長につながることは確実だ。ドイツの政治を長く担ってきたCDU・CSU、SPDにとって正念場となる。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院客員教授)

【新電力】いまだに課題山積み 電源アクセスの公平性


【業界スクランブル/新電力】

2月18日、第7次エネルギー基本計画が閣議決定された。その2カ月ほど前から行われたパブリックコメントには、これまでをはるかに超える4万超の意見が寄せられ、エネルギーに対する世間の関心の高さが示された。

注目されていた2040年度時点の電源構成は、再エネ4~5割、原子力2割、火力3~4割と決まった。再エネ導入比率が30年度から目立って増えていないこと、原子力の導入量2割の実現可能性などの論点を投げかける声が聞こえてくるが、需要が増加するの見込みの中で、各種電源の導入バランスを模索した結果と言える。

小売事業の環境整備においては、新電力シェアが2割に到達し、需要家のニーズに応じたサービスが創出されたという「評価」とともに、市場環境の厳しい局面における事業者の退出を端緒とした需要家サイドの混乱が「課題」として挙げられた。電気料金が燃料価格に合わせて大幅に変動することは社会的に許容しがたいとされ、スポット市場を中心に供給力を確保して需要家に価格を転嫁するビジネスモデルに対して一定の課題が提示された形となった。

新電力は、20、22年度の市場高騰や短期の相対取引の激減を経て、市場価格のボラティリティをヘッジするためにこうしたビジネスモデルにシフトしてきたわけで、そういった意味で内外無差別卸や中長期での相対取引のアクセス強化にまだまだ課題があると考えられる。

特に小規模事業者は、こうした取引や小売メニューへの適用がまだまだ限定的だ。エネ基が掲げる脱炭素電源の導入強化と合わせ、制度措置の強化を期待したい。(K)

中国で初のエネルギー法施行 水素の規制緩和で利用拡大へ


【ワールドワイド/市場】

中国はCO2排出のピークアウト(2030年)とカーボンニュートラル(60年)を目指す「3060目標」に向けて、その土台となる中国初のエネルギー基本法「能源法」を1月に施行した。日本のエネルギー政策基本法に相当し、エネルギーの効率的発展とエネルギー安全保障の確保を目的としている。

制定には19年を要し、異例の3回にわたるパブリックコメントが実施された。審議の過程でエネルギー貯蔵や水素に関する条項が追加され最終的に昨年11月に全人代常務委員会で可決された。法律はエネルギーの効率的利用、低炭素社会の推進、クリーンで安全なエネルギーシステムの構築を掲げ、国家・地方政府のエネルギー計画策定を義務化。再エネを優先しつつ、石炭火力の合理的配置や化石燃料のクリーン利用も求めている。

能源法の特徴の一つは、「3060目標」に基づく低炭素化の推進だ。CO2削減とグリーン成長がエネ政策の基本方針となっている。水素は正式にエネルギーとして定義され、モビリティや発電などでの利用拡大が期待される。これまで危険物として多くの制約があったが、新法により規制緩和が進む可能性がある。また、エネルギー政策の管理が従来のエネルギー消費量ベースから炭素排出量ベースへ移行し、より環境負荷の低減を重視する方向へ転換している。

国際的な対抗措置を明記した点も注目される。中国に対して差別的な制限や制裁を行う国や地域に対し、報復措置を講じることができると明記されている。この条項は、法案審議の最終段階で追加されたと見られ、国際情勢の変化を反映したものと考えられる。さらに、中国国外で同国のエネルギー安全保障を脅かす行為を行った個人や組織に対し、中国国内法で責任を追及することも規定されている。

能源法により、中国のエネルギー政策が統一的な枠組みを得て、エネルギー市場や技術開発に関する法整備が進むと予想される。特に、水素エネルギーの拡大や低炭素社会への移行が加速する可能性が高い。トランプ米政権は中国に対する関税を引き上げた。対抗して中国は米国原産のエネルギー輸入に報復関税を課した。米中関係は不透明な状況にある。こうした外部環境の変化の中で、中国が「3060目標」に向けてどのような政策を展開するのか、また、26年から始まる第15次5カ年計画にどのように反映されるのか、今後の動向が注目される。

(南 毅/海外電力調査会・調査第一部)

【電力】市場機能を殺す 目先の安定性追求


【業界スクランブル/電力】

卸電力市場の価格については、漠然と「安定」を期待している人が多い。しかし、「市場の安定」は本当に望ましいのか。わが国の卸電力市場においては、市場支配力を持つ事業者による相場操縦を避ける目的で、価格の変動を抑制する仕組みが組み込まれているが、「副作用」は議論されてきただろうか。

例えばスポット市場においては、(設備能力上の)「余剰電力の全量を限界費用に基づく価格で入札」が「指針」で定められる。本来、設備能力の余剰があっても、需要急増などで手持ちの燃料の不足が見込まれれば、発電事業者は事業リスク回避のため、入札量を減らしたいところだが、それは燃料切れ寸前まで許されない。入札量減少で価格が上がれば、石油火力など燃料を多く保有する発電所の出番が増えたはずだが、価格変動のない市場には、燃料を多く保有する動機は生まれない。

石油火力のような「有事の予備力」は、市場では「オプション」として取引されるが、その値段は、まさしく市場の価格変動率で決まる。投球数の少ない江夏豊や大魔神・佐々木の年棒が高いのは、一球当りの価値が高騰する場面での登板が多いからである。

需給を反映した価格変動の欠如は、石油火力の退出を促し、余裕ある燃料保有を妨げているだけでなく、新たな予備力である蓄電池やDRの普及にも悪影響があるはずだ。

容量市場など他の市場でも、発電事業者の入札には量や価格に制約がかかる。目先の安定を追うあまり市場の機能を殺し、ひいては一番大切なお客さまを危機にさらすことはないのか。安定すべきは小売価格。卸売価格のヘッジの手段はあるのだ。(M)

ウクライナ経由のロシア産ガス 供給停止で欧州市場ひっ迫


【ワールドワイド/資源】

ロシアからパイプラインによる欧州向けの天然ガス輸出量はウクライナ侵攻以降急減してきたが、今年の年明けとともにさらに状況が変化した。ウクライナを経由するための契約が昨年末に失効したからだ。ウクライナルートはロシアのパイプライン輸出能力の約4分の1、欧州向けの半分程度を占めていた。停止することでロシアの戦費調達を低減させることがウクライナの狙いだ。ロシアのガス輸出体制への影響は大きいが、それ以上に、これまでロシアからの安定したガス供給に依存してきた欧州も影響を受けている。

欧州では米国産を中心とするLNG輸入量が2022年以降急増し、ガス価格高騰が続いている。1000㎥当たりで見ると、昨年初旬は250~300ドル程度だったが、今年2月には600ドルを記録。特にウクライナ経由でのガス調達に依存していたモルドバでは供給が途絶し深刻な状況となったほか、ウクライナの次の通過国だったスロバキアも、トランジット収入の消失と高いガス調達コストのダブルパンチを受けている。

ウクライナ国営石油・ガス会社Naftogazがロシア国営Gaz-promとトランジット契約を再開する見込みがない中、同ルートの存続のため複数の代替オプションも検討され、アゼルバイジャンやカザフスタンを供給源にガスを流すことやトランジットの当事者をGazpromではなく需要者である欧州企業に置き換えるといったアイデアがあった。しかし実現に向けた具体的な情報はなく、現実的に有望な手段は、既存のトルコ経由ルートで欧州向け輸送量を増やすというもの。実際、トルコストリームのロシアからの輸送量は増加が続き、今年2月には月間輸送量が開通以降最大を記録した。一方、増量には限度があり、失われたウクライナ経由の一部を埋め合わせることしかできない。またウクライナがロシア領内のトルコストリームの施設に対するドローン攻撃を年明け以降複数回実施しているとの情報も出てきており、予断を許さない。

欧州はLNG輸入と地下ガス貯蔵の引き出しによってこの冬を乗り切る。しかし次の冬に向けてのガス調達が夏にかけて待っている。欧州ガス市場のひっ迫は、アジア市場とのLNG争奪戦を起こし、大陸を挟んだ日本にとっても他人事ではない。日本のエネルギー安全保障の観点からも、ウクライナ戦争の早期終結と市場の緊張緩和が切望される。

(四津 啓/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)