【エネルギービジネスのリーダー達】中山智香子/イベルドローラ・リニューアブルズ・ジャパン社長
多角的にエネルギートランジションに寄与すべく、日本ではまず洋上風力開発に取り組む。
長い目で見て人を幸福にするためのエネルギーの変遷を模索し続ける。

スペインに本社を置くイベルドローラは、国際的な総合電力会社では時価総額が世界トップであり、180年の歴史を持つ。収益の半分は送配電事業、次いで発電事業、その他、蓄電池や水素・アンモニアなど幅広く展開する。
2001年以降、化石燃料系を徐々に再生可能エネルギーへ置換し、現在は総発電容量(23年で約56GW・1GW=100万kW)の75%が再エネ由来だ。総合的に脱炭素化のソリューションを提供すべく、クリーンな電気の需要創出につながる技術開発、設備・事業への投資・参画などを進めている。
欧米を中心に20カ国以上に進出する中、日本を今後成長が見込まれるアジア市場での戦略的拠点と位置付け、20年に日本の再エネ事業者・アカシアを買収。イベルドローラ・リニューアブルズ・ジャパン(IRJ)を設立した。同社の中山智香子社長は「会社の利益を考える枠を大きく超え、歴史の中での役割を考えることが、エネルギー会社の経営者には必要」とモットーを語る。
1990年代から東南アジア、中南米、中東、東欧などでの数千億・数兆円規模のエネルギー事業遂行や事業投資、各国政府との折衝など、エネルギー業界の変遷を最前線で経験してきた。これら事業の規模と性質故に政治・経済に影響を与え、逆に政治・経済に翻弄される日々から出た言葉だ。
エネルギーと制度の変遷 必要性の議論を
日本事業の先駆けと位置付けるのが洋上風力開発だ。本社が07年にスコットランドの電力公社を買収して以来、欧米を中心に多数の洋上風力開発を手掛けてきた実績を生かす。政府公募の第2ラウンドで、ENEOSリニューアブル・エナジー、東北電力、秋田銀行とともに、秋田県八峰町・能代市沖の事業者として選定された。計37・5 万kWの着床式設備で、29年6月の運転開始を目指す。
ただ、世界的なインフレの波が洋上風力業界にも押し寄せ、経済性の確保が目下最大の課題だ。日本の洋上風力事業は公共事業的な側面が強いが、他の電源開発よりリスクがある分、ある程度の利益を見込みたい。
一方で、過度な政府支援や国民負担を仰ぐのなら、経済的に自立できない電源であり、それはサステナブルとは言えない。国が洋上風力をそこから脱却させ日本に根付かせたいなら、現行制度の転換を視野に入れる必要があると指摘する。
「エネルギーの変遷には仕組みの変遷をも伴う。その仕組みとは洋上風力の規模と性質故に、他業界に広く影響を及ぼすような複数の制度であり、それらの変更は国益に関わるかもしれない」と中山氏。「例えば、カボタージュ(国内輸送を自国業者に限定するルール)や、国内工事には日本の建設ラインセンスが必須といった実情をどうするか。速すぎても遅すぎてもその変遷は国益を毀損することになりかねず、真の国益とは何かも含め議論が必要だ」と強調する。
真のサステナビリティへ 根拠ある現実的目標を
洋上風力以外でも、日本のエネルギートランジションに向け本社のさまざまな機能を活用する構えだ。「トランジションは従来のエネルギーを再エネに転換すればよいという単純なものではない。需要側の燃料・原料転換のプロセス技術の開発が伴ってこそ。国の仕組みの変遷でもあるが、技術の変遷でもある」と語る。
それを踏まえての需要家との技術面での関わりや欧州で長年培った需給調整のノウハウ、日本で26年度にスタートする排出量取引などのカーボンプライシングを念頭に置き、多角的に日本のエネルギーの変遷に寄与したいとしている。
欧米の実情に精通する中山氏に、日本の政策・ビジネスはどう映るのか。
「まず、国の明確なビジョンがあり、それと共鳴しなければ大型エネルギー事業は成功しない。ドラスティックな目標ではなく、根拠のある現実的なものを掲げなければ、後にお金や仕事を失う人が出てくる。自国の成り立ちや経済基盤、業界構造、技術の進展、国民の負担を熟慮した数字であってほしい」と求める。
無理な目標は大型事業を同じ時期・場所に集中させることにつながる。一極集中は、労働力や資材不足、価格高騰につながる。工事期間中は地域経済が活性化するが、工事が終われば閑散とする。そんなモデルは真のサステナブルとは言えない。
「長い目で見て人を幸福にするためのエネルギートランジションであってほしい。古いモデルだが、社会・経済・環境の三つの輪の重なるところがサステナブルであることに今こそ立ち戻り、今と将来の社会・歴史に対する責任を果たしたい」と志す。