東電EPを襲う債務超過 狂い始めた総特シナリオ


東京電力エナジーパートナー(EP)の経営問題がついに火を噴いた。4~6月期に908億円の赤字、6月末時点で67億円の債務超過に陥り、EPが行う2000億円の増資を東電ホールディングス(HD)が引き受ける。これで10月末には債務超過を脱するものの、これほどの増資を要した背景として「今年度通期のEPの赤字は4ケタ億円後半に達する公算」(政府関係者)との見立てもあり、事態は深刻だ。

HDがEPを手助けするしか道はなかったが……

そもそも競争がし烈な東京エリアで発・販・送を3分割すればEPの経営が傾くのは自明だった。「その展開が思ったより早かった。一時はEPの特高や高圧の部分売却などの案も浮上したが、それでも規模が大きく、現状では買い手がつかない。HDがてこ入れするしかなかった」(新電力関係者)

しかし東電の使命は福島への責任の貫徹にあり、負担すべき費用は約16兆円に上る。「それなのにEPがグループ内で救済されている。これで関係者の理解が得られるのか。総合特別事業計画から一番乖離している部分だ。時間をかけてでも自ら身を切って一層の経営合理化に努める必要がある」(同)。当初から指摘される再建シナリオの破綻が、EP問題という形で表面化し始めている。

【コラム/10月7日】地域における再生可能エネルギー導入の理想と現実


渡邊開也/リニューアブル・ジャパン株式会社 社長室長

 日本における主力電源としての再生可能エネルギーを長期安定的な電源として普及促進することを目的として設立されたリアスプ(再生可能エネルギー長期安定電源推進協会)には、5つの委員会(①長期電源開発委員会②コスト削減委員会③電源活用委員会④電源安定化委員会⑤洋上風力委員会)がある。私は今年の6月よりその中の電源活用委員会の委員長を務めさせていただいている。この委員会の大きなテーマの1つに再生可能エネルギーの地域における普及、地産地消、地域マイクログリッドというテーマがある。月に一度の頻度で委員会を開催し、約2時間のうち最初の1時間で自治体や学識経験者、事業者の方々からこれらのテーマで現場の声を会員企業の皆様にお届けすべくご講演していただいている。これらの数か月間の委員会活動を通じて地域マイクログリッドにおける現実や課題等をお伝えしたいと思う。

 脱炭素社会の実現において、地域における再生可能エネルギーの導入というのは総論として多くの方は異論がないと思う。ではどのように実現していくのかと各論の話となると色々な課題というかハードルが見えてくる気がしている。

まず、再生可能エネルギーの地域における導入、地産地消、マイクログリッドは、誰が何のためにやるのか?という所をきちんと整理する必要があるのではと思う。大企業の場合は、SDGsという観点で年々ステークホルダー等から脱炭素社会の実現に向けた取り組みを求められていることや、資金力、人材、情報といった点においてもある程度主体的に取り組むことができると思われる。
 一方、地域ということになると「誰が」は、1次的には自治体であり、2次的には当然ながら地域住民の方々になると思う。自治体の方々(市町村首長、議会、市町村職員)及び地域住民の方々が再生可能エネルギーの導入、地産地消、マイクログリッド等の必要性を感じるという点において、現場の方々の声を聴くと、情報がなかなか取れない、人材がいない等の声が聞こえてくるのが現実だ。

更に、地域に再生可能エネルギーを導入するとエネルギーの観点単独で議論するのでなく、過疎化&高齢化の進行、産業の育成、災害に強いまちづくりといった地域が抱える課題とセットで考えることが重要だという意見が多い。
 また、取り組みを進めている方々からは、地域に再生可能エネルギーの発電所を設置する際、やはり系統の問題は避けて通れないという声もあった。

先日、ある有識者の方とお話させていただいた時には、やはり自治体によってかなり温度差があるのが現実で、本気で取り組もうとしているのはざっくり3割くらいではないかということであった。仮に事業者がある地域において自治体と連携して取り組もうと考えた場合、本気度のある自治体を探すということが重要になってくる。

そして、実際取り組みを前に進めようとすると当然、事業者が何らかの形で関わることになるが、事業者としてはやはり、採算が合うのかということになる。実際、実証実験として取り組んでいる事業者の声を聴くと補助金等の支援はあるものの、採算性に関しては大きな課題だと感じているということだった。

繰り返しにはなるが、地域における再生可能エネルギー導入は、地域課題の解決、地域ビジョンの実現の一つの手段として地産地消があり、更にその中の解決手段の一つとしてマイクログリッドがあるということになろうかと思う。

総論では賛成でも各論ではまだまだ実現に向けた課題は多々あるのが現実だ。しかしながら、時間をかけて、様々なステークホルダーの方々がそれぞれの立場で色んな意見を出し合い、また、いくつかの地域(特に人口1万5千人とか数千人とか少ない地域)で成功事例を生み出すことができれば、自分達にもできるという気持ちを持ってもらうことができると思う。少しずつ地道に積み上げていくことが大切である。

【プロフィール】1996年一橋大学経済学部卒、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2017年リニューアブル・ジャパン入社。2019年一般社団法人 再生可能エネルギー長期安定電源推進協会設立、同事務局長を務めた。

対話を重ね多くの住民と向き合う 地域と共に歩む東海第二発電所


【日本原子力発電】

原電は東海第二発電所の再稼働に向け、さまざまな方法で地域住民の理解の醸成に力を注ぐ。

小規模な会合を繰り返し、住民の疑問や意見に耳を傾け、地域に根差した発電所を目指す。

 東海第二発電所の再稼働を目指す日本原子力発電は、地域との対話活動や情報発信に力を注ぐ。立地自治体である東海村をはじめ、周辺自治体と呼ばれる発電所から30㎞圏内の14自治体と小美玉市を対象に、東海第二の状況説明会を開催。住民との対話に取り組む。

今年7月からは、周辺自治体の住民とこれまで以上に顔を合わせさらに深く話す機会を増やすため、大規模ホールなどで開催していた状況説明会を小規模な会場に変更。参加者が原電への率直な思いなどを伝えやすいよう、対話型の状況説明会を始めた。

1会場の定員数を最大30人とし、東海第二の安全性向上対策や工事状況をVR(バーチャルリアリティー)動画も用いて解説する。その後、少人数のグループに分かれ、質疑応答を行う。発言をためらう人には声をかけ、発言しやすい雰囲気作りに気を配る。

参加者からは「今までは壇上と客席に距離があったが、今回は参加者からの意見をきちんと聴いてくれて、分からないことにも丁寧に答えてくれた。参加してよかった」などの感想が多く寄せられている。関心が高いのは、東海第二の安全性向上対策工事や広域避難計画、高レベル放射性廃棄物の最終処分について。脱炭素や電気料金の高騰、電力需給ひっ迫の状況を踏まえ、原子力発電の在り方についての意見交換もある。

状況説明会では原電社員と参加者が車座になって対話する

出張イベントで接点を多く 安全対策工事へ理解深める

東海第二から30㎞圏内は、国の原子力災害対策指針で原子力災害対策重点区域に定められている。

状況説明会へ足が向きにくい地域の若い世代やファミリー層には、スポーツイベントやショッピングセンターなどに出展する出張イベントで接点を持つ。出展するブースでは、気軽に楽しめるよう大型モニターを使った選択式のクイズなど、参加型のイベントを企画して集客を図り、クイズを通して万が一の避難行動などの正しい知識を持ってもらう。

地域共生部コミュニケーショングループの合田憲司GMは、なぜその答えになるのか、考えてもらうことが大切なのだと説く。「例えば、万が一原子力発電所で事故が起き放射性物質が放出された場合、家の中でどこにいるのが一番安全かというクイズがあります。

正解は家の中心部分。なぜかというと、『放出された放射性物質が住宅の屋根や庭に積もり、目に見えない放射線が屋根や壁、窓を通り抜け、家に入り込む恐れがあります。だから屋根や壁に近い空間や窓などに近づかないことが基本。家の中心部分が安心です』と説明します。そうすると皆さん納得し、記憶に残りやすいのです」

この出張イベントが好評で、昨年度は約8000人の人々が参加し対話することができた。

商業施設で原電のクイズに参加する親子

合田GMは状況説明会や出張イベントに加え、著名人を招いた講演会やセミナー、広報誌「テラchannel」の発行など、さまざまな活動を掛け合わせることで、幅広い年齢層の人々との双方向コミュニケーションを図る機会が増えてきたと手応えを感じている。

「東海第二の安全性向上対策工事、原子力発電の必要性や、万が一の避難行動などを正しく理解し判断してもらえるよう活動を進めることで、原電は信頼できる企業だと思ってもらえる関係を築いていきたい」

原電はこれからも、地域の人たちとの信頼関係づくりを一歩一歩地道に進めていく。

防潮堤の設置が進む原電の東海第二発電所

【イニシャルニュース 】「自由化よりも安定を」 経産省が狙う政策転換


「自由化よりも安定を」 経産省が狙う政策転換

 「今冬に懸念される電力の需給ひっ迫と価格高騰。深刻化の一途をたどるエネルギー危機を背景に、経産省では電力システム改革を改革する議論に着手しようとしている」

電力業界の関係者がこう話すように、自由競争促進を旗印に突き進んできた電力システム改革が大きな曲がり角を迎えているようだ。最近、経産官僚のZ氏が某会合の場で次のような主旨の発言を行い、参加者の関心を引いた。

「(エネルギー事業ではこれまで)安定供給がないがしろにされてきたのではないか。その揺り戻しが起きている。自由競争よりも安定という課題が浮上しており、そこに政策の手を打っていく局面を迎えている」

「公的支援がないと、電力の安定供給が確保できなくなる状況にきている。火力の退出に歯止めを掛け、安定した供給力を確保するため、火力部門は総括原価の世界に戻す。電気料金の上昇は覚悟の上で、安定供給上必要な火力に対して資金を付ける。もはや自由化ではない」

別の関係者によれば、電気事業法改正案やJOGMEC法改正案など、近年主流のエネルギー束ね法案を来年の通常国会に提出する動きが水面下で進んでいるという。もちろん、キーワードはエネルギー危機対応だ。

最大の懸念は、エネルギー政策の転換を議論する審議会の委員が従来と同じ顔触れでは、従来政策の延長線上の議論に陥る可能性があること。「システム改革を改革するのなら、審議会メンバーの総入れ替えが不可欠」(前出の電力関係者)。果たして、経産省にその覚悟はあるのか。

東京五輪の贈収賄事件 業界に広がる不快感

東京五輪・パラリンピック組織委員会の元理事への贈収賄事件で、エネルギー業界にさざ波が広がっている。業界内の東京五輪のスポンサー企業が、この贈収賄事件に関わったかのような無責任な憶測にさらされ、業界内にはそれに憤る見方がある。 

E社グループ会長S氏が8月に突然辞任し、公職も全て退いた。豪放磊落な人柄で、エネルギー業界の政治問題の窓口にもなり、評判の良かった同氏の動きを巡って驚きが広がった。その直後に、東京地検は組織委員会の理事と紳士服大手のAOKI首脳を逮捕した。

東京五輪にはE社も深く関わった

E社グループは東京五輪に熱心に取り組んでいたためS氏の辞任との関係の憶測を生み、経済誌Sでも報道された。ところが二つの出来事は全く関係ない。「S氏は健康上の理由で『他人に迷惑をかけられない』と自ら身を引いた。変な憶測だ」と、業界関係者は憤慨する。

スポンサーになったT社でも、東京五輪と同社の関係が社内調査され、何も法的な問題がないことを確認したという。五輪支援に取り組んだ同社幹部は「都からの要請で支援企業に加わった。真面目に取り組んだのに、イメージを下げかねないことに巻き込まれて迷惑している」と、組織委員会に怒りを向ける。

資金力のある大手エネルギー事業者は大掛かりな公的イベントで、協力してほしいという声がかかりやすい。2025年開催予定の大阪万博でも電力、ガス、石油各業界はパビリオンの出展を計画する。

「新型コロナ禍の影響もあって、東京五輪の広告効果はそれほどではなかった。お金をばらまいてまで率先してお祭りに参加するほどの経営の余裕はないのに、おかしなことに巻き込まれたくない」(前出幹部)。こうした憶測は、エネルギー業界と公的イベントの関わりを見直すきっかけになってしまうのか。

LPガス企画官が消滅 政策の行方に黄信号

今年7月に発表された資源エネルギー庁人事。その一覧を見たLPガス業界関係者に衝撃が走った。石油流通課内にあったLPガス企画官のポストがなくなったのだ。新たに石油精製備蓄課内に「石油・液化石油ガス備蓄政策担当企画官」が設置され、LPガスを担当する役職は残ったが、石油と兼務の備蓄政策が担当。LPガス事業を専門に担当する役職はエネ庁から事実上消滅した形だ。今後は、これまで企画官が担当した業務を石油流通課長が兼務する。

この発表に先立って行われた、全国LPガス協会の全国会議である事件が起こった。東京都代表O氏が経産省OBの着任ポストである専務理事の給与額について批判したのだ。その後、専務理事は自ら辞任を申し出たという。都内のLPガス会社社長は「この一件で、企画官のポストがなくなったとのうわさが広がった」という。

LPガス関係者の不安は尽きない

元業界団体幹部B氏は「この件は氷山の一角。他にも二人の間で齟齬が生じていたと聞く。企画官ポストの消滅問題はもっと根深い。『無償配管・貸与などによる料金不透明に関する問題』が代表するように、この数十年間、エネ庁が打ち出した政策に熱心に取り組まず、LPガス業界が成し遂げたことは何一つない。これでは見切りをつけられて当然だ」と嘆く。

石油とLPガスの産業規模を比較すると、石油のほうが圧倒的に大きい。石油流通課長が兼務するにしても、石油政策を優先的に進めるだろう。LPガス政策の行く末に黄色信号が灯る。

鉄鋼業界で初 元環境次官が天下り

鉄鋼業界で初となる天下り人事が話題騒然だ。N社は9月1日、環境次官経験者のN氏が顧問に就任したと発表した。N氏は次官任期中になんとか炭素税導入の目途をつけようと奔走した人物。政府関係者からは「政府が志向するGX(グリーントランスフォーメーション)移行債で炭素税議論に火が付いたことを踏まえ、産業界が『総大将』を人質に取ったとしか思えない」(X氏)といった声が挙がる。

また、N社では経済産業省OBで元産業技術環境局長S氏が常務を退いたものの、6月からは常任顧問となり社に残った。しかもN社への経産省OBの天下りは、以前の審議官クラスから局長経験者へとレベルアップしたようだ。「ここにN氏が加われば二枚看板になる。N氏は現在顧問だが、来年あたりには役員になるのだろう」(別の政府関係者Y氏)

N氏の人事を巡っては別の見方も。N社は現在、K市の製鉄所でのシアン流出問題に揺れている。今回の問題は事故ではなく記録改ざん的な内容であり、あまり大きく報じられてはいないものの、その責任問題はおいおいかなりの大事になりそうだ。

「過去の同様の例では製鉄所長や環境担当の責任者が更迭されている。N社は県と政府との間で責任の所在の落としどころを探ることになるが、N氏が社にいることで、環境省の公害対策部署との接点を持つという意味合いもあるのではないか」(先述のY氏)

異色の人事に関係者の目が注がれている。

電力債発行に影響も 日銀総裁に早期退任説

大手電力会社の社債発行ラッシュが続いている。天然ガス・石炭などの価格高騰により財務状況が急速に悪化、資金調達を急ぐ必要があるためだが、来年4月の黒田東彦日本銀行総裁の任期切れを見越してのことでもある。

8月に145円に迫った円ドルの為替レートは、年末には160円を予想する声も出ている。主な原因は日米の金利差。米国では連邦準備委員会(FRB)が政策金利を0・5~0・75ポイントずつ上げ、22年末には3・5~4%になるもよう。一方、デフレ脱却を最優先とする黒田氏の在任中、日銀はゼロ金利政策を続けるが、退任後、円安是正のために金利を上げる可能性がある。電力会社としては、「社債を出すなら黒田氏の在任中」と、来春まで有利な条件を探れる。

だが、「黒田氏が任期を待たず早ければ年内、遅くとも来年3月までに退任するかもしれない」(政治評論家K氏)。インフレが進む中、円安進行で物価の上昇に拍車がかかる懸念がある。統一教会問題で国民から強い批判を受けた政府・自民党にとって、物価上昇を放置することは政権維持に致命傷になりかねない。K氏は「岸田政権は既に黒田氏を辞任に追い込む腹を固めた」と見る。

電力会社はまだまだ資金調達が必要。担当者は対応を急いだ方がいいかもしれない。

エネ庁が示した「再稼働加速」 規制委問題に踏み込めるか


「原子力発電所については、再稼働済み10基の稼働確保に加え、設置許可済みの原発再稼働に向け、国が前面に立ってあらゆる対応を取っていく」

適合審査が続く北海道電力泊原発

8月24日の第二回GX実行会議の席上、岸田文雄首相が原発再稼働や次世代革新炉開発を推進していく考えを示したことで、メディアはこぞって「岸田政権が脱原発路線の方針転換」と報じた。確かに、岸田首相が原発推進の方向性に初めて言及した意味は大きいが、その中身をよく見てみると、「現状追認の域を出ていない」(電力関係者)との評価がある。

そうした中、資源エネルギー庁は9月15日の有識者会合で「GX実行会議を受けた電力システム改革に係る論点について」と題する資料を提示。「今後の方向性と対応案」の項目で、安定供給に必要な供給力の確保策として「原子力発電所の再稼働の加速」を打ち出した。事情通が解説する。

「北海道電力泊など、原子力規制委員会の安全審査の遅れで長期停止を余儀なくされている原発をどう再稼働させていくのかが次なる課題。審査体制の見直しなくして加速もなし」(電力関係者)

3・11以降の原子力施策の停滞を招いた規制委の在り方を巡る議論に踏み込めるのか、注目だ。

太陽光発電巡る乱開発の実態 行政はトラブルを防げるか!?


再生可能エネルギーの普及拡大を旗印に、乱開発がいまだに続く太陽光発電事業。

住民とのトラブルや豪雨などによる被害が相次ぐ現状に、国・自治体はメスを入れられるのか。

 静岡県熱海市で発生した大規模な土石流災害から1年以上が経過した2022年9月6日、土石流の起点とされる伊豆山の現場に足を踏み入れた。今も土砂崩れの爪痕がはっきりと残っており、崩落の一因といわれる盛り土は放置されたままだ。

崩落地をよく観察すると、黒く見える盛り土と茶色く見える山の土とがくっきりと分かれている。地面には産業廃棄物と思われるプラスチック片が散乱。現場周辺の山中には冷蔵庫などの家電が、無造作に打ち捨てられたまま放置されていた。盛り土というより産業廃棄物を土で覆い隠した印象だ。いまだ現地の復興が進まない理由は、起点となった土地の現所有者と前所有者、そして行政との「責任の押し付け合い」にある。

静岡県は、土地の前所有者である不動産会社「新幹線ビルディング」に対し、今年9月5日までに盛り土の撤去工事を始めるよう措置命令を出した。同社の元代表である天野二三男氏は県の命令に応じない姿勢で、6日には県が代わりに撤去し、費用を請求する行政代執行の方針を決定した。森副知事は「いち早く撤去が進まないと復旧復興が遅れる」と話す。

一方で行政側の姿勢も疑問視された。9月5日には遺族らが「盛り土の危険性を認識していながら、県や熱海市は適切な措置を取らなかった」として、市や県を相手に損害賠償を請求する裁判を起こした。現所有者である麦島善光氏も6日に「市が必要な措置を取らず、土石流が発生し土地が使えなくなった」として、齊藤栄熱海市長を相手に10万円の賠償を求め静岡地裁に提訴。その麦島氏は天野氏と共に、土石流災害の犠牲者の遺族らから集団訴訟を起こされており、事態は訴訟合戦の様相だ。

そうした中、熱海市議会が8月26日に開いた百条委員会で、麦島氏側が設置した太陽光発電施設について、市職員から「宅地造成規制法に基づく許可基準に沿ったものではない」と違法状態を認める証言を得られたのは、被災者にとって朗報と言っていいだろう。

崩壊現場から西へわずか4kmほどの静岡県函南町軽井沢地区には、約65‌haに及ぶ山林を切り崩し、約10万枚の太陽光パネル(総出力2万9800kW)を敷き詰めるメガソーラー計画がある。奇しくも、熱海土石流災害の4日前、計画に反対する住民団体が川勝平太・静岡県知事の元を訪れ、指導を求める要望書を提出。その後、函南町長が同計画には防災上の危険などがあると不同意の判断を示したが、事業者側は計画を撤回せず、事実上の膠着状態に陥っている。

崩壊したままの熱海土石流の被災現場

豪雨などの被害相次ぐ 住民説明会もおざなり

問題解決が進まない中、太陽光事業者による乱開発は全国的に横行。一部の施設や周辺では豪雨などによる被害が相次いでいる。昨年9月、集中豪雨で熊本県南関町のメガソーラー建設現場から大量の土砂が河川や付近の農地に流出した。県によると、事業者側は洪水調整池の防災工事完成を後回しにして土地の造成計画工事を行い、度重なる指導にも耳を傾けなかったという。蒲島郁夫・熊本県知事は会見で「防災工事と計画工事が同時に行われていた」と指摘。19年に林地開発申請を防災工事の完成を前提に許可したことについては「適切だった」と弁明した。

そのほか、今年7月には鹿児島県姶良市の山間部で土砂崩れが起き、付近の住民が間一髪で難を逃れた。土砂は山の上で進められているメガソーラーの整備予定地から、造成工事の資材と共に流れてきたことが判明。土砂崩れの原因は大雨による排水パイプの目詰まりで、造成地から近くの沢を伝い流出したという。業者側は被災者対応と防災対策の見直しを徹底するとしている。

林野庁によると、大規模なメガソーラー造成地の約1割で土砂災害が発生。地域住民の不安は募る一方だ。が、事業者による住民説明会が適切に実施されているかといえば、必ずしもそうではない。

福岡県飯塚市の白旗山に広がるメガソーラーの建設事業では、県の再三の要請にもかかわらず、事業者は説明会を開かないまま、パネル設置工事を強行した。飯塚市の片峯誠市長は9月13日の市議会本会議で「強風や大雨の可能性が増している現状で、パネル設置近辺の住民の不安は大きくなっている」として、工事の完了検査終了後に福岡県と飯塚市、事業者の3者による住民向け説明会を開くよう県に求める意向を示した。

関係者によれば、悪質事業者の中には、一部の推進派のみに限定して説明会を開き、既成事実化するケースが散見されるという。

急務の悪質事業者対策 省庁横断の提言も不透明

そして地域の不安に拍車をかけるのが、造成地の盛り土が悪質事業者の手によって産廃の不法投棄場と化している実態だ。象徴的な事例として、ソーラーパネル販売などを手掛ける「ディーエスエス」がある。同社の木下誠剛社長らは、愛知県南知多町でずさんな工事を行い、行政に届け出が不要な10‌kW以下の太陽光パネルを91カ所建設。産廃不法投棄の疑惑も浮上し、木下社長は真っ向から否定していたが、今年8月、三重県東員町の太陽光発電建設現場で、パネル梱包材や樹木などの廃棄物約10・5tを不法投棄した疑いで逮捕、起訴されている。

このような悪質事業者による乱開発を、なぜ行政は率先して食い止めることができないのか。これまでに宮城、山形、山梨、兵庫、和歌山、岡山の6県と192の市町村が、太陽光開発を規制する条例を制定している。ただ全国的な広がりという意味では、まだまだの状況だ。「熱海の土石流災害を契機に、盛り土条例を制定した静岡県こそ、太陽光条例を制定すべきだ。環境問題にうるさい川勝知事がなぜ条例制定に動かないのか、不思議でならない」。メガソーラー反対運動を展開する住民運動の幹部は声高に訴える。

国の動きはどうか。経済産業省など関係4省庁は7月28日、問題のある太陽光設備を優先的に調査し、法令違反が見つかった事業者に対しFITなど交付金支払いを留保するといった提言案をまとめた。資源エネルギー庁の井上博雄・省エネルギー新エネルギー部長は「一部の不心得の方々によって地域トラブルが発生し、再エネに対する一般的感覚を悪くしている」と指摘するが、現実はそんなレベルではない。

メガソーラー推進の弊害がここ数年で顕著に表れた以上、悪質事業者の排除は急務だ。法整備での抜本的な対策が求められる。

規制料金の維持に限界 中国電が値上げを検討へ


中国電力は9月13日、規制部門を含めた全ての電気料金の値上げを検討すると発表した。これまで2022年度の通期業績予想は未定としていたが、燃料高騰などの影響を受けて過去最大の赤字予想を公表。売上高は21年度実績と比べて約4割増の1兆6200億円に増えるものの、純損失は1390億円まで膨らむとの見通しを示した。

燃料価格が4倍になった石炭火力発電が4割を占める(写真は三隅発電所)

会見で瀧本夏彦社長は「燃料価格と電力市場価格が例を見ないほど急激に高騰した」と指摘。「企業努力で対応できる限界を大きく超えた」とし、価格高騰がこのまま続けば「値上げをせざるを得ない」と述べた。中国電は東日本大震災以降も規制部門の料金を値上げせずに維持してきた。それも限界となり値上げの検討に入った。

現状を分析すると値上げ不可避の状況が浮かぶ。原子力規制委員会の審査に合格したとはいえ、島根原子力発電所2号機の再稼働時期は見通せていない。電源に占める石炭火力は4割近くあり、石炭価格は直近1年で4倍ほどに急騰している。制度的に燃料高騰分の100%を電気料金に転嫁できない上に、燃料価格が安定している原発も動かせない状況。値上げするほかに打つ手はない。 

中国電力は役員報酬のさらなる引き下げを明らかにした。社内からは管理職や一般職の給与カットを懸念する声も聞こえる。それらもあってか、値上げ幅や時期は未定だが、「検討」に対する周囲の反応に否定的なものは少ない。地元の中国新聞や大手メディアも批判的な記事を載せていない。

規制部門の料金値上げは苦渋の判断になるだろう。だが、事業継続のために値上げは欠かせない状況になっている。

政府が目論む「再エネ国防化」 EEZ内の洋上風力推進で法整備か


政府が水面下で検討している排他的経済水域(EEZ)の開発促進で、来年にも新制度が構築される見通しだ。

その中で、洋上風力発電が日本の主権を明確にするシンボル的存在に浮上する可能性が出てきた。

 「あと16㎝で沈没の危機にある」。防衛省関係者は危機感をあらわにした。鉄製の消波ブロックとコンクリートで周囲を覆われている日本の最南端、沖ノ鳥島のことだ。

2021年12月、東海大学と東京都が合同で沖ノ鳥島の大規模調査を実施した。その結果に政府内がざわめいた。気候変動による海面上昇の影響で、満潮時にわずか16㎝しか顔を出さず、沈没の危機が現実味を帯びてきたからだ。もし沈めば、日本は島から200カイリ(約370km)もある広大な排他的経済水域(EEZ)を失うことになる。

台湾とグアムの間に位置する沖ノ鳥島が消滅すれば、中国と台湾が紛争に発展した場合、中国は間違いなく沖ノ鳥島付近を陣取る。沖ノ鳥島の問題は、日本のみならずアジア太平洋の安全保障が危機にさらされる上に、開発できる海域を失うという日本の経済的権益を損ないかねない一例として重要な問題提起となる事実だ。

重い腰を上げた政府 EEZ内の権益明確に

政府内では今、23年にもまとめる次期海洋基本計画の策定に合わせ、EEZ内の事業開発を促進させるための法整備の検討を水面下で進めている。これまで中国を刺激することを懸念し、EEZの包括的な法整備を避けてきた政府がようやく重い腰を上げた。

日本は国連海洋法条約に基づき、07年に「海洋基本法」を施行した。海洋の開発などについて総合的に定めた法律だが、そもそもEEZ内の開発などについては範囲に入っていない。「EEZ及び大陸棚に関する法律」というものがあるが、国内法を適用すると定めているだけで強力な規定がない。開発については数年に一度、閣議決定される海洋基本計画に頼っており、明確な法整備のない宙ぶらりんの現状が続いている。

政府はこの従来方針から一歩踏み込む。日本近海での将来的な安全保障上の懸念も想定してのことだが、経済的な側面からの「国益」にも配慮する。EEZの具体的な開発などを包括的に規定する「EEZ新法」の策定、もしくは既存の法律を改正するなどして、EEZ内の権益を明確にする。既に各省間での協議を始めている。

EEZ内の主権を明確に(写真はデンマークの洋上風力)

焦点の一つに浮上しているのが、EEZ内で洋上風力発電の開発を促進させることだ。現在、外務省、防衛省をはじめエネルギー政策を担当する経済産業省、環境影響評価(アセスメント)を担う環境省などの関係省庁が検討を進めている。具体的な内容の詰めはこれから本格化するが、政府関係者は「23年の通常国会には何らかの形を示したい」と見通す。

洋上風力は50年カーボンニュートラルを標榜する日本にとって、温室効果ガスを排出しない電源の切り札的存在になりつつある。政府は40年までに最大4500万kW導入する目標を立てているが、現行制度のままでは無理だという認識が広がっている。

洋上風力の整備は海洋基本法で策定が義務付けられた海洋基本計画を契機に、港湾法の改正と再エネ海域利用法が制定され、事業者の「占用公募制度」が創設された。国が一定の条件を満たした海域を洋上風力の「促進区域」に指定し、その区域であれば、事業者は最大30年間独占して事業ができる。最近では、秋田沖など3海域で三菱商事が独占して話題をさらったが、極めて限定的な制度だ。

再エネ海域利用法の適用は、12カイリ(約22‌km)の領海内と範囲が狭い。加えて沿岸域には漁業権を持つ漁業者や自治体との難しい交渉問題が常につきまとう。このまま現状の制度を追認するだけでは、4500万kWという途方もない導入量を確保することは難しい。政府内ではこの再エネ海域利用法の適用範囲をEEZ内まで広げることも視野に入れているという。政府関係者は「新法にせよ法改正にせよ、EEZ内での開発ができるよう一刻も早い法整備が必要だ」と説明する。 

日本の領海やEEZの面積は、約447万㎢と世界第6位だ。EEZを全て使えるようになれば、欧州並みの大量導入が可能になり、4500万kWの目標は夢物語ではなくなる。しかもEEZ内は「障害物がなく、風の強さもあり風況がいい。洋上風力の最適地ともいえる」(風力事業関係者)。

「メリット計り知れない」 再エネに新たな役割も

沿岸域とは違い開発環境は格段に上がる。前出の風力事業者は「EEZ内なら難しい問題が起きにくい。開発するために必要なコストなども計算しやすい。英国沖などのように何百基という数の風車を並べることも可能だ」と話す。

制限がある日本を嫌って韓国や台湾にシフトする動きを見せる海外大手風車メーカーを呼び戻すことにもつながり、「メリットは計り知れない」(政府筋)という。

EEZ内での洋上風力開発は国際的には何ら問題がない。海洋法条約は経済的な目的での活動について沿岸国に対し、具体的な制限を加えるものではないというのが通説だ。洋上風力も当然該当する。既にデンマークなどではEEZ内の洋上風力開発について、自国の権利を明確に定めており、実際にEEZ内での開発も進めている。仮に中国が警戒感を強めても、国際法上の正当性を主張できる。

もちろんEEZ内の開発には沿岸域とは違う問題も発生する。例えば発電した電力をどう陸地まで送るのか、環境アセスにどういう問題があるのかなど検証すべき点は多い。今後、有識者を交えた議論も必要になるだろう。

これまでの政権では中国とのあつれきを気にしてEEZ内の開発の制度設計を避けてきたきらいがある。事業者や有識者からはかねて制度整備を求める声が上がっていた。EEZ内の洋上風力開発が進めば、日本の主権を国外に明確に示すことができる。それが領海で違法な振る舞いを繰り返している中国へのけん制にもなり得る。再生可能エネルギーは日本の脱炭素を実現する役割にとどまらず、主権を守るためのツールとしてこれまでとは違う新たな役割を担うことになりそうだ。

八重洲エネルギーセンターが始動 再開発エリアと地下街に供給開始


【八重洲再開発】

東京駅の八重洲エリアに、最高水準の設備を揃えたエネルギーセンターが誕生した。

エネルギー供給の拠点として防災力の強化や省エネ、CO2削減をミッションとしている。

 東京駅の八重洲エリアで、自立分散型のエネルギー供給を行う「八重洲スマートエネルギープロジェクト」が、9月1日に本格始動した。このプロジェクトは、三井不動産と東京ガスが共同で設立した三井不動産TGスマートエナジー(MTスマエネ)が、7月31日に八重洲エネルギーセンターを完工。同センターから、東京駅八重洲口側の大規模再開発エリア「東京ミッドタウン八重洲」と、既存施設の地下商店街「八重洲地下街」に、電気と熱を供給するというものだ。

八重洲スマートエネルギープロジェクトは、2019年4月の「日本橋スマートエネルギープロジェクト」、20年4月の「豊洲スマートエネルギープロジェクト」に続き、MTスマエネ社が手掛けるプロジェクトの第三弾となる。同センターは東京ミッドタウン八重洲と八重洲地下街のほか、現在隣接地区で進められている「八重洲二丁目中地区第一種市街地再開発事業」においてもエネルギーを供給する予定だ。

東京ミッドタウン八重洲は「八重洲セントラルタワー」と「八重洲セントラルスクエア」で構成。セントラルタワーは地上45階と地下4階建て、セントラルスクエアは地上7階と地下2階建てで、延床面積は合計約28万9750㎡となる。主な用途は事務所、店舗、駐車場のほか、セントラルタワーはホテルや小学校、バスターミナルなど、セントラルスクエアは子育て施設や住宅などの予定だ。八重洲エネルギーセンターの設備は、セントラルタワーの地下4階と地上5・6階に置かれている。

「東京ミッドタウン八重洲」完成予想イメージ

多様な機器で安定供給 核となるのは高効率CGS

エネルギー供給の要は、川崎重工業製の高効率なコージェネレーションシステム(CGS)だ。このCGSは地下4階に設置され、中圧ガスを燃料に発電する。発電した電力は、系統電力と合わせられ地上5階にある電気室の変圧器で、各需要家の受電設備に応じた22‌kⅤと6・6kⅤの2種類の電圧に変換される。

CGSでの発電に伴い発生する廃ガスと廃温水も、熱供給で無駄なく活用する。廃ガスボイラーを用いて廃ガスの熱から蒸気を、廃温水と蒸気をジェネリンクに投入して冷水を製造。このほか、電気で稼働するターボ冷凍機と蓄熱槽で冷水を、中圧ガスを燃料とする蒸気ボイラーで蒸気を作り出す。こうして生み出された電気と熱は、東京ミッドタウン八重洲内の事務所、店舗などの各施設と八重洲地下街に供給される。

こうした機器を組み合わせた運用には、複雑な制御が求められる。安全かつ安定的で、高効率な運用は中央監視システムが担う。

八重洲スマートエネルギープロジェクトの狙いは、日本の交通と経済の重要拠点である八重洲エリアの都市防災力と環境性のさらなる強化にある。

使命は防災力と環境性向上 緻密なエネマネがカギ

都市防災力向上のカギとなるのはCGSだ。八重洲エネルギーセンターに導入されているCGSの燃料は、災害に強い中圧ガスを採用。電力供給においては、非常時に系統電力が停止したとしても、中圧ガスの供給が継続する限り、CGSで発電した電力の供給が可能だ。加えて、重油を燃料とする非常用発電機も装備しており、電気、ガス、重油による「燃料の3重化」で、あらゆる緊急事態に備える。

また、同センターが対応するのは災害だけではない。完工直後の8月上旬、需給ひっ迫の要請を受け、電力を融通する対応も行った。

熱供給においても、CGSの廃熱を利用するジェネリンク、ガス・重油切り替え式の蒸気ボイラー、電気で稼働するターボ冷凍機など、異なる燃料での熱供給の手段を有する。例えば、系統電力で停電が発生した場合、CGSの稼働で年間ピークの50%以上の電気・熱の供給を継続できる。

八重洲エネルギーセンターのもう一つの使命は、環境性の向上だ。電気と熱を合わせた高いエネルギー効率や、最新のICTによる最適運転の計画・制御などで、その実現を目指している。

同センターのCGSの発電効率は約48・5%と、高いエネルギー効率を誇る。発電時に発生する熱の有効活用で、全体では約77%のエネルギー効率を実現。CO2の排出量も一般的なビルと比べ、約26%削減されているという。事業推進部副部長・緒方隆雄氏は「CGSをはじめ、八重洲エネルギーセンターの設備はすべて最高水準のものを導入している」と話す。

こうした高い性能を持つ機器を効率よく運用するためには、最適な運転計画や制御が求められる。同センターでは、最新のICTを活用し、過去の実績や天気予報などからエリア全体のエネルギー需要を予測。その予測に対し、高効率かつコストダウンが可能な1時間ごとの運転計画を立案する。当日の実際の需要を踏まえ、補正しながら運用を行っていく。

このほか、八重洲エネルギーセンターでは、使用電力の実質的なグリーン化を実現する。同センターから供給する電力に、三井不動産が保有・開発した太陽光発電所の環境価値を「トラッキング付非化石証書」として付与することで実質的な再生可能エネルギーとして電力を提供、企業のRE100への取り組みに貢献する方針だ。

最新かつ最高水準の機器や複雑なエネルギーマネジメント、都市防災、環境への配慮など、八重洲エネルギーセンターの先進的な取り組みに今後も注目だ。

世界各地を襲う異常気象 エネルギーに深刻な影響も


世界各地で異常気象が猛威を振るっている。パキスタンでは大雨による洪水の影響で、少なくとも約3300万人が被災したと発表。パキスタン政府は「国土の3分の1が水没した」と各国に支援を要請している。

パキスタンでは国土の3分の1が水没か(AFP=時事)

一方、アメリカ西部カリフォルニア州では、最高気温47℃を記録する猛暑で電力需給がひっ迫。自主的な節電を呼び掛ける事態になっている。カリフォルニア州は将来的な再生可能エネルギーへのシフトを表明しているが、電力不足で火力発電を再稼働させるなど方針の転換を余儀なくされた。

欧州では干ばつ被害が深刻だ。偏西風の蛇行による熱波で、イタリア最大の河川、ポー川では水位が通常の10分の1ほどに低下。EU全体で「過去500年で最もひどい干ばつに直面している」(欧州メディア)と言われ、農作物への影響が懸念されている。また、川の水位低下により、輸送船で運ぶ石炭の量も減少しており、今冬の欧州の石炭火力積み増しにも影響が出そうだ。

中国でも1961年の統計開始以来最も暑い夏を迎えた。揚子江流域では歴史的な干ばつで水力発電用の水が足りず出力が低下。四川省周辺の米アップルやトヨタ自動車の工場が一時操業を停止するなど、多くの製造業に影響が出た。中国当局は8月30日、揚子江流域の熱波や干ばつの被災者が約3700万人に達したと発表。9月以降も干ばつが深刻化する可能性があるとしている。

保険仲介会社によると、今年1~6月の干ばつによる被害額合計は、全世界で132億ドルに上るという。エネルギー供給問題を抱える各国に、異常気象の影響が重くのしかかっている。

GX債で「炭素価格付け」再燃 透けて見え始めた将来像


成長戦略の柱の一つ、GX移行債の償還財源議論を呼び水に、カーボンプライシング政策が再燃し始めた。

経産省主導の排出量取引、そして環境省が税制改正要望で踏み込んだ炭素税議論はどんな展開を見せるのか。

 岸田政権が「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」の検討を年末に向けて本格化させている。GX債で政府が20兆円を先行調達し、それを呼び水に今後10年間に官民で150兆円の投資を引き出す構想だ。官邸のオーダーは将来の償還財源をセットで示すこと。この号令で成長志向型カーボンプライシング(CP)としての排出量取引制度(ETS)、そして炭素税議論が再燃している。

先行するGXリーグ 日本版ETS構築へ

先行するのは経済産業省のETS政策だ。2月に基本構想が示された「GXリーグ」は自主的なETSが柱で、日本全体のCO2排出量の4割を占める440社が賛同。9月6日に始まった有識者検討会では「GX―ETS」と銘打ち、ルールの方向性を示した。

特徴は、自己申告制の目標設定にある。参加企業は意欲的な排出削減目標を自ら設定・開示し、日本の国別目標(2030年度13年度比46%減)の水準を超過達成した分は、23年度から本格運用する「カーボン・クレジット市場」で取引できる。日本の経済界の自主行動計画、そしてパリ協定の根幹であるプレッジ&レビュー(誓約と評価)を踏襲し、義務化や罰則なしに行動変容を促す。

世界的にもユニークな設計で、特にEU(欧州連合)のETSとは毛色が異なる。EUでは、欧州委員会が年ごとに全体の排出上限を設定。それに基づき企業は「排出権」を原則オークションで購入するが、国際競争にさらされる一部産業には無償枠を与えてきた。

ただ、経産省はGXリーグを発展させる上で将来的な「政府によるプライシング」も排除しない。「今後のカバー率、目標水準、実績、制度のフリーライドなどの動向、さらに国際情勢も踏まえ、必要があればより強固にすることも考えられる」(梶川文博・環境経済室長)。特にEUは、温暖化対策の緩い国からの輸入品に課税する炭素国境調整措置(CBAM)を27年に導入し、ETSの無償枠を32年までに撤廃する予定だ。

そのころまでにGX―ETSが、無償割り当ては行われずに目標を自己設定した上での義務化、あるいは有償オークションなどに移行する可能性がある。一部では〝経済統制的〟との受け止めもあるが、「CBAMで日本が課税されないために必要な政策だ。カーボンニュートラルを目指す以上、最終的に日欧のETSは同様の仕組みに収れんするが、途中の過程では日本はプレッジ&レビュー、EUは政府集権的という違いがある」(政府関係者)などの意見もある。

また、ETSは価格の予見性の低さが弱点で、実際、EUではかつて排出権の供給過剰で長らく価格が低迷。最近ではロシアのウクライナ侵攻以降、石炭火力の稼働増が見込まれ8月中旬に過去最高値となった直後、工場の稼働停止などで需要が減るとの見方が強まり、急落した。その点、GX―ETSでは上限・下限価格の設定などで急激な変動を抑制しつつ、長期的には価格を上昇方向へ誘導する狙いで、これがきちんと機能するかも重要なポイントとなる。

GX債は日本の経済発展につながるのか

炭素税議論は新たなフェーズ 詳細設計は先送りの公算

長年検討課題の域を脱せなかった炭素税でも進展があった。ETSの有償化と並び、炭素税はGX債財源の有力候補だ。環境省は23年度税制改正要望で、GX債の検討、EUのCBAMへの対応、さらには来年G7(先進7カ国)議長国としてCPの議論をリードする必要性などを強調しつつ、「成長志向型CP構想の具体化の検討を進め、速やかに結論を得る」と、昨年より踏み込んだ内容を求めた。年末に向けたGX実行会議と、税制改正大綱の行方に注目が集まる。「省内では環境次官ヘッドのタスクフォースと、そこでの議論を有識者にもはかりつつ、これまでのCP議論を深掘りする。年末に向けて税制改正要望の内容からの前進を目指す」(波戸本尚・環境経済課長)考えだ。

同時に、足元のエネルギー情勢を踏まえ施行まで一定期間を設けるなど、産業界への配慮も見せる。「年末までに、何年からどんな形式の税を入れる、といった示し方は難しい。G7で欧米に説明できるような方向性は出しつつ、具体的な選択肢は30年が近づいたときに考える、といった程度だろう」(政府関係者)。

炭素税に絞っても選択肢はさまざまだ。現行の地球温暖化対策税が上乗せされた石油石炭税はエネルギー対策特別会計の財源の一つであり、従来はこの方式を炭素比例にリニューアルする形が想定しやすかったが、「それでは他省庁が納得しない。GX債の財源として炭素税を検討し始めた以上、経産省と環境省でエネ特を山分けという地合いではなくなった」(同)ようだ。考え得る形としては、まずは消費税型。消費税改革で、CO2排出量に応じた税率を設けるイメージだ。次に電力税型。卒FIT(再エネ固定価格買い取り制度)に伴い、初期の高額賦課金の負担減少に合わせて新税を入れる。さらに走行税型。自動車業界は揮発油税の減税と走行税への移行を長年要望しているが、そこに新税も入れ込む、などの案が浮上する。

ただ、いずれも既存税制との調整がハードルで、さらに個別事情もある。例えば消費税は19年の増税時、当時の安倍晋三首相が今後10年ほどは増税を行わないと発言。また、卒FITが出始めるのは32年以降になるし、走行税への移行はEVが一定程度普及するまで待つ必要がある。これらの理由から詳細設計は30年ごろまで先送りの公算が高いのだ。

他方でGX=国益という前提自体を疑問視する声もまた根強い。「生産プロセスの総入れ替えが必須だが、企業や投資側からすればもっとも経済的メリットの出る国・地域で行いたい。国内産業が海外移転するペースは意外な速さで進む可能性があり、GX債で余計な投資を行うリスクもよく考えるべきだ」(エネルギー多消費産業関係者)。これ以上の国力減退につながる政策を受け入れる余裕は、今の日本にはないはずだ。

欧州で多発するエネルギーデモ 価格暴騰で高まる社会不安


インフレが加速し、エネルギーの需給ひっ迫と価格暴騰に見舞われているドイツをはじめとするEU各国で、政府の対策に抗議するデモが頻発している。域内の天然ガス価格は、新型コロナウイルス禍前の10倍超の水準に達し、これに連動して電力価格も高止まり。生活必需品を含む物価の上昇に歯止めがかからず、企業の倒産も相次ぐ。生活や経済活動を脅かす事態が現実となって押し寄せているにもかかわらず、根本的な解決を図ろうとしない各国政府に、市民の不信感は募るばかりだ。

エネルギー価格高騰に抗議するデモが欧州各地で行われている(ドイツ・ハノーバー)

EUのエネルギーを巡る混乱は、ウクライナに侵攻したロシアへの西側諸国による経済制裁に端を発する。EUにとってロシアは主要なガス供給国だったが、制裁措置の一貫として石油・石炭の禁輸に続き天然ガスの輸入量も年内に3分の1に削減する計画を打ち出し、LNGなどによる代替調達を進めてきた。計算外だったのは、その報復として、ロシア側がガス供給を絞りEUに揺さぶりをかけてきていることだろう。

EUは、冬場のガス使用量を15%削減することで合意したものの、その合意に強制力はなく、どこまで実行できるかは未知数。エネルギーの使用が制限されたり、価格が高く暖房が使えなかったりといったことにでもなれば、生命の危機にさらされかねない。

9月に入りEU諸国は、臨時のエネルギー大臣会合において、エネルギー価格高騰の家計や企業への影響を緩和するための緊急介入措置を講じることで一致した。価格高騰に伴って資金難に陥っている電力会社を支援する一方、「棚ぼた」的に利益が急増している再生可能エネルギー事業者や石油・ガス会社から総額1400億ユーロを徴収し、家計や企業の支援に充てる方向で議論が進む。

こうした方針をEUが示したことやガスの備蓄が順調に積み上がったこともあり、欧州のガス価格は落ち着きを取り戻しつつある。ただ、ロシアがEUへのガスの供給を全面停止する可能性はゼロではなく、依然として供給懸念はくすぶり続けている。

縮まるロシアと新興国の距離 世界の分断加速に懸念も

EUが化石資源のロシア依存脱却を図る一方で、中国やインドは市場調達よりも安価なロシア産資源の購入量を増やし自国の利益拡大に結び付けている。このほか、インドネシアやバングラデシュなどもロシアからの石油調達を検討していることが報じられている。

また、ロシアは9月15日、天然ガスをモンゴル経由で中国に輸送するパイプラインを建設することで両国と合意。プーチン大統領は、パキスタンにガスをパイプライン供給するためのインフラ整備にも意欲を見せ、欧州の脱ロシア後の販路拡大に余念がない。

新興国の中には、エネルギー価格高騰で計画停電や生産活動の停止を余儀なくされている国もあり、「正義」の名のもとにロシアからの購入を止めることは難しいだろう。ロシア産資源を巡り、西側諸国とそれ以外の国々という構図がより鮮明化している。今後、世界の分断がさらに進む可能性は高い。

【コラム/10月4日】資産所得倍増を考える~願望、貯蓄から投資の30年にため息


飯倉 穣/エコノミスト

1,政府は、「新しい資本主義の グランドデザイン及び実行計画 」と「経済財政運営と改革の基本方針 2022 」(22年6月)で、「成長と分配の好循環」のため、貯蓄から投資の旗印を掲げ「資産所得倍増プラン」策定を打ち出した。その具体策が見えてきた。

報道は伝える。「「貯蓄から投資へ」3つの道 金融庁が方針「NISA」「教育」「販売」」(日経9月1日)、「投資促進 NISA恒久化 首相表明」(朝日9月24日)

平成時代、貯蓄から投資は、経済活性化のキーワードだったが、効果が見えないまま今日に至った。今回提案された「資産所得倍増」を考える。

2,令和時代の「資産所得倍増プラン」は、新しい資本主義に向けた重点投資分野の一つである。我が国の個人金融資産(2,000兆円)に着目し、その5割を超える預金・現金が投資に向かうことを期待する。

その狙いは、第一に預貯金でなく自己の資産運用努力による収入増である。ゼロ金利を続ける金融政策が個人をリスクある投資に追い込む姿に見える。第二にその投資マネーが、成長資金としてスタートアップ(新規創業)に回ることである。成長分野へリスクマネー供給で経済成長を画策する。起業家が成功すれば、個人投資家とウインウイン関係となる。

その具体的施策は、税優遇(NISA拡充等)、金融教育、販売における顧客本位の姿勢のようである。過去の経験を紐解けば、ため息となる。果たしてうまくいくか。

3,「貯蓄から投資」は、90年代前半まで経済摩擦対策であり、90年代後半以降経済成長期待のリスクマネー供給志向となった。

80年代後半、内需拡大策で貯蓄率引下げ・消費拡大を目論んだ。消費生活の充実を強調した。所得減税や貯蓄の優遇税制廃止・縮小が行われた。優遇税制廃止で貯蓄率低下はなかった。

90年代、米国ベンチャー・NASDAQ市場に触発され、米国物真似のベンチャー期待となった。ベンチャーキャピタル機能の強化を図った。ナスダックジャパン等の開設があった。貯蓄を株式市場に流入させる政策の端緒となった。そして低金利下、個人金融資産の有利運用もお題目であった。自己責任原則を強調し、個人にリスク分担を求めた。

その後2000年前後の株価対策(株価指数連動上場投資信託:ETFの導入等)を経て、00年代小泉構造改革が登場する。

「骨太の方針01年」は、7つの改革プログラムを提示した。その一つチャレンジャー支援プログラムは、頑張りがいのある社会システム構築の実現で、起業・創業の重要性を訴えた。税制を変更し、従来の預金中心の貯蓄優遇から株式投資などの投資優遇へ金融の在り方を切り替た。株式投資に有用な源泉徴収税率等の税制改革(03年1月)を実施した。その期待効果は不明瞭のまま、リーマンショックで雲散霧消した。

10年代を象徴する「経済財政運営と改革の基本方針」(13年6月)は、企業投資やリスクファイナンスを通じた新たな成長を企図した。金融面で、小額投資非課税制度(NISA)の創設(14年)で家計資産の多様化等を求めた。効果不明である。アベノミクスは、機動的な財政出動で国債残高を償還困難領域に持ち込み、日銀は大胆な金融緩和で国債購入し日銀B/Sを膨張させた。成長は年平均1%未満であった。三本の矢は、無責任な金融、垂流し財政、過剰期待成長であった。無為無策で民間任せの方が賢明だったであろう。

これまでの貯蓄から投資への政策は、自己責任や個人のリスク分担を訴えたものの、家計の現預金割合は5割強である。米国のように株式中心になっていない。平均消費性向も、65%前後で上昇していない。 

4,経済活動の成果である貯蓄でさらに一儲けすべきか。貯蓄とは何か。日本人の貯蓄志向は、ライフサイクル説を超えて伝統的である。貯蓄の目的は、病気・災害・老後への備え、教育・住宅への蓄え等である。日々の稼得から積み立てを行う。運用方法は、堅実で、安全・安定を旨とする。貯蓄の性格を反映した運用の姿が自然である。故に直接金融でなく、間接金融システムが存在する。日本人の貯蓄姿勢を考慮すると、米国型は考えにくい。貯蓄から投資への転換は容易でなく、日本人の伝統的貯蓄の仕振りと齟齬がある。

5,成長とは何か。00年代金融システム不調で低成長という論調が好まれた。且つ金融セクターの健全な発展が成長を高めると主張された。先進国で妥当するだろうか。経済成長は、技術革新、それを体化する設備投資、生産性の向上という姿である。その際金融サイドが企業に資金融通できれば十分である。

経済成長では、この国の技術革新力がまず問われる。90年代バブル崩壊で企業の研究開発能力が低下した。ポスドクⅠ万人計画(96年)は、博士を大量生産したが、期待に添う展開に至っていない。むしろポスドクの有期雇用が研究社会の不安を煽っている。又国立大学は独立行政法人化(04年)で迷走している。大学の国際競争力低下である。国立研究所の独法化も依然成果不明である。理化学研究所の研究系職員2,893人の77%にあたる2,219人が任期制職員であることに驚くばかりである(22年4月1日)。米国の大学のポスドクの人々の必死の調査研究の姿を思い出す。彼らは、研究に挫折すれば、異分野の進路を厭わない。果たして日本ではどうであろうか。雇用の安定が必要な年齢になっても彷徨う人を見かける。生活不安で研究どころでない。必要なことは金融よりも考える人を大切にすることであろう。

国民の預貯金を投資に誘導する今回の試みで、日本人の貯蓄志向は変わるであろうか。曲がり角の資産市場は助かるかもしれないが、貯蓄から投資へ流れが変わるとも思えない。

平成以降、日本経済の先行きに懸念が生じると、新聞は「構造改革」の言葉を書き立てた。30年以上の構造改革で、経済は破綻模様である。これまでの構造改革と同様、資産所得倍増がさらに社会の不安定を招かないことを祈るばかりである。

【マーケット情報/9月30日】欧米原油上昇、供給減の観測が要因


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、米国原油を代表するWTI先物、および北海原油の指標となるブレント先物の価格が上昇。供給減少で需給が引き締まるとの見方が強まった。

米国では、ハリケーンイアンの発生を受け、メキシコ湾での生産のうち約10%が一時停止した。米国では、原油の週間在庫も減少している。また、OPECプラスは11月の産油量を、前月から日量100万バレル以上減らすことを検討。インフレ率の上昇と、それに対応するための金利引き上げで、経済が冷え込み、エネルギー需要が後退するとの懸念が背景にある。さらに、ロシアは、2023年の同国における原油生産が、経済制裁を背景に前年比5%程度減少する見通しと発表。供給減の予測で、売りが優勢に転じた。

一方、中東原油を代表するドバイ現物は、前週から続落。経済減速にともなう石油需要後退の観測が、引き続き重荷となった。加えて、米ドル高も下方圧力となった。

【9月30日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=79.49ドル(前週比0.75ドル高)、ブレント先物(ICE)=87.96ドル(前週比1.81ドル高)、オマーン先物(DME)=87.05ドル(前週比2.23ドル安)、ドバイ現物(Argus)=88.55ドル(前週比0.61ドル安)

女子800mで日本選手権優勝 次は「2分の壁」破り世界へ


【岩谷産業】塩見 綾乃

 小学4年から始めた陸上競技。当初は駅伝で活躍したいという気持ちが強かった。中学生から800mや1500mの道に進むと、中長距離が向いていると感じた。持ち前のスピードを生かし記録を伸ばすと、京都文教高時代の2017年8月に自己ベスト2分2秒57の高校新記録を樹立した。

世界の舞台へ向けトレーニングに励む

立命館大進学後もアジア大会やインカレで成績を残し続けたが「駅伝をしていない中長距離選手は注目度が低い。陸上を続けながら就職できる環境がなかった」と話す。そんな中、助け舟を出したのが立命館大OBで岩谷産業陸上部の廣瀬永和監督だった。岩谷産業は「駅伝だけにこだわらず、世界を目指す陸上選手を育成する」という方針で陸上部を設立。「廣瀬監督から『800mで2分を切る選手に絶対なれる』と直接言っていただいた」と高い評価を受けて22年4月、岩谷産業に入社した。

入社から約半年、現在は総務人事部に所属し事務に携わっている。午前中は勤務を行い、午後は拠点でトレーニングを行う日々だ。「覚えることも多いが、職場の皆さんに業務を教えていただいている」と社会人とアスリートの2足のわらじを続ける。6月に行われた日本選手権では、東京五輪1500m、5000m代表で日本を代表するマルチランナーである同級生、田中希実選手のスパートから逃げ切り、女子800mで初優勝を果たす。優勝の翌日には社内でもたくさんの祝福を受けた。「日本選手権以降、皆さんから『おめでとう』など言葉をたくさんかけていただいた。心遣いにありがたみを感じた」と部署のサポートに感謝の気持ちを込める。実業団1年目で結果を出し、次に狙うのは自己ベストの更新、そして世界の舞台だ。

「今年の世界陸上オレゴン大会は、応援したい気持ちと『今回は出るチャンスがあった』という複雑な心境で観戦した」と吐露する。世界の舞台で戦うためには、日本人で誰も成しえていない「2分の壁」を破ることが必須だ。23年世界陸上ブダペスト大会、24年パリ五輪、そして25年の世界陸上東京大会での活躍を誓う。「Iwataniという名前を背負い、とてもいい環境で練習させてもらっている。将来性を見てくださった監督や会社のためにも、結果を出して少しでも自分の走りで勇気を与えたい」

その激しさから「トラックの格闘技」と言われる800m。社内の支援を受け、ライバルとしのぎを削りIwataniから世界へ羽ばたく日は近い。

しおみ・あやの 1999年京都府出身。2018年立命館大に入学。同年アジア大会女子800m5位入賞。22年4月岩谷産業入社。6月の日本選手権女子800mでは、東京五輪1500m、5000m代表の田中希実選手を破り初優勝。