「自由化よりも安定を」 経産省が狙う政策転換
「今冬に懸念される電力の需給ひっ迫と価格高騰。深刻化の一途をたどるエネルギー危機を背景に、経産省では電力システム改革を改革する議論に着手しようとしている」
電力業界の関係者がこう話すように、自由競争促進を旗印に突き進んできた電力システム改革が大きな曲がり角を迎えているようだ。最近、経産官僚のZ氏が某会合の場で次のような主旨の発言を行い、参加者の関心を引いた。
「(エネルギー事業ではこれまで)安定供給がないがしろにされてきたのではないか。その揺り戻しが起きている。自由競争よりも安定という課題が浮上しており、そこに政策の手を打っていく局面を迎えている」
「公的支援がないと、電力の安定供給が確保できなくなる状況にきている。火力の退出に歯止めを掛け、安定した供給力を確保するため、火力部門は総括原価の世界に戻す。電気料金の上昇は覚悟の上で、安定供給上必要な火力に対して資金を付ける。もはや自由化ではない」
別の関係者によれば、電気事業法改正案やJOGMEC法改正案など、近年主流のエネルギー束ね法案を来年の通常国会に提出する動きが水面下で進んでいるという。もちろん、キーワードはエネルギー危機対応だ。
最大の懸念は、エネルギー政策の転換を議論する審議会の委員が従来と同じ顔触れでは、従来政策の延長線上の議論に陥る可能性があること。「システム改革を改革するのなら、審議会メンバーの総入れ替えが不可欠」(前出の電力関係者)。果たして、経産省にその覚悟はあるのか。
東京五輪の贈収賄事件 業界に広がる不快感
東京五輪・パラリンピック組織委員会の元理事への贈収賄事件で、エネルギー業界にさざ波が広がっている。業界内の東京五輪のスポンサー企業が、この贈収賄事件に関わったかのような無責任な憶測にさらされ、業界内にはそれに憤る見方がある。
E社グループ会長S氏が8月に突然辞任し、公職も全て退いた。豪放磊落な人柄で、エネルギー業界の政治問題の窓口にもなり、評判の良かった同氏の動きを巡って驚きが広がった。その直後に、東京地検は組織委員会の理事と紳士服大手のAOKI首脳を逮捕した。
東京五輪にはE社も深く関わった
E社グループは東京五輪に熱心に取り組んでいたためS氏の辞任との関係の憶測を生み、経済誌Sでも報道された。ところが二つの出来事は全く関係ない。「S氏は健康上の理由で『他人に迷惑をかけられない』と自ら身を引いた。変な憶測だ」と、業界関係者は憤慨する。
スポンサーになったT社でも、東京五輪と同社の関係が社内調査され、何も法的な問題がないことを確認したという。五輪支援に取り組んだ同社幹部は「都からの要請で支援企業に加わった。真面目に取り組んだのに、イメージを下げかねないことに巻き込まれて迷惑している」と、組織委員会に怒りを向ける。
資金力のある大手エネルギー事業者は大掛かりな公的イベントで、協力してほしいという声がかかりやすい。2025年開催予定の大阪万博でも電力、ガス、石油各業界はパビリオンの出展を計画する。
「新型コロナ禍の影響もあって、東京五輪の広告効果はそれほどではなかった。お金をばらまいてまで率先してお祭りに参加するほどの経営の余裕はないのに、おかしなことに巻き込まれたくない」(前出幹部)。こうした憶測は、エネルギー業界と公的イベントの関わりを見直すきっかけになってしまうのか。
LPガス企画官が消滅 政策の行方に黄信号
今年7月に発表された資源エネルギー庁人事。その一覧を見たLPガス業界関係者に衝撃が走った。石油流通課内にあったLPガス企画官のポストがなくなったのだ。新たに石油精製備蓄課内に「石油・液化石油ガス備蓄政策担当企画官」が設置され、LPガスを担当する役職は残ったが、石油と兼務の備蓄政策が担当。LPガス事業を専門に担当する役職はエネ庁から事実上消滅した形だ。今後は、これまで企画官が担当した業務を石油流通課長が兼務する。
この発表に先立って行われた、全国LPガス協会の全国会議である事件が起こった。東京都代表O氏が経産省OBの着任ポストである専務理事の給与額について批判したのだ。その後、専務理事は自ら辞任を申し出たという。都内のLPガス会社社長は「この一件で、企画官のポストがなくなったとのうわさが広がった」という。
LPガス関係者の不安は尽きない
元業界団体幹部B氏は「この件は氷山の一角。他にも二人の間で齟齬が生じていたと聞く。企画官ポストの消滅問題はもっと根深い。『無償配管・貸与などによる料金不透明に関する問題』が代表するように、この数十年間、エネ庁が打ち出した政策に熱心に取り組まず、LPガス業界が成し遂げたことは何一つない。これでは見切りをつけられて当然だ」と嘆く。
石油とLPガスの産業規模を比較すると、石油のほうが圧倒的に大きい。石油流通課長が兼務するにしても、石油政策を優先的に進めるだろう。LPガス政策の行く末に黄色信号が灯る。
鉄鋼業界で初 元環境次官が天下り
鉄鋼業界で初となる天下り人事が話題騒然だ。N社は9月1日、環境次官経験者のN氏が顧問に就任したと発表した。N氏は次官任期中になんとか炭素税導入の目途をつけようと奔走した人物。政府関係者からは「政府が志向するGX(グリーントランスフォーメーション)移行債で炭素税議論に火が付いたことを踏まえ、産業界が『総大将』を人質に取ったとしか思えない」(X氏)といった声が挙がる。
また、N社では経済産業省OBで元産業技術環境局長S氏が常務を退いたものの、6月からは常任顧問となり社に残った。しかもN社への経産省OBの天下りは、以前の審議官クラスから局長経験者へとレベルアップしたようだ。「ここにN氏が加われば二枚看板になる。N氏は現在顧問だが、来年あたりには役員になるのだろう」(別の政府関係者Y氏)
N氏の人事を巡っては別の見方も。N社は現在、K市の製鉄所でのシアン流出問題に揺れている。今回の問題は事故ではなく記録改ざん的な内容であり、あまり大きく報じられてはいないものの、その責任問題はおいおいかなりの大事になりそうだ。
「過去の同様の例では製鉄所長や環境担当の責任者が更迭されている。N社は県と政府との間で責任の所在の落としどころを探ることになるが、N氏が社にいることで、環境省の公害対策部署との接点を持つという意味合いもあるのではないか」(先述のY氏)
異色の人事に関係者の目が注がれている。
電力債発行に影響も 日銀総裁に早期退任説
大手電力会社の社債発行ラッシュが続いている。天然ガス・石炭などの価格高騰により財務状況が急速に悪化、資金調達を急ぐ必要があるためだが、来年4月の黒田東彦日本銀行総裁の任期切れを見越してのことでもある。
8月に145円に迫った円ドルの為替レートは、年末には160円を予想する声も出ている。主な原因は日米の金利差。米国では連邦準備委員会(FRB)が政策金利を0・5~0・75ポイントずつ上げ、22年末には3・5~4%になるもよう。一方、デフレ脱却を最優先とする黒田氏の在任中、日銀はゼロ金利政策を続けるが、退任後、円安是正のために金利を上げる可能性がある。電力会社としては、「社債を出すなら黒田氏の在任中」と、来春まで有利な条件を探れる。
だが、「黒田氏が任期を待たず早ければ年内、遅くとも来年3月までに退任するかもしれない」(政治評論家K氏)。インフレが進む中、円安進行で物価の上昇に拍車がかかる懸念がある。統一教会問題で国民から強い批判を受けた政府・自民党にとって、物価上昇を放置することは政権維持に致命傷になりかねない。K氏は「岸田政権は既に黒田氏を辞任に追い込む腹を固めた」と見る。
電力会社はまだまだ資金調達が必要。担当者は対応を急いだ方がいいかもしれない。