【福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.6】石川迪夫/原子力デコミッショニング研究会 最高顧問
1986年、チェルノブイリ原発4号機が爆発事故を起こした。
そのすさまじさは、巨大な原子炉上蓋が高く浮き上がるほどだった。
原子炉火災に放射線被ばく、水蒸気爆発に水素爆発、燃料棒の建屋外への飛び出しに炉心の溶融――。原子力災害なら何でもござれがチェルノブイリ事故だ。それも当然で、事故は反応度事故に始まり冷却材喪失事故を併発している。事故の経緯も災害の様相も複雑多岐で、全ての紹介は無理だ。今回は爆発のすさまじさについて述べる。
圧巻は何と言っても、直径17m、重量1600tの巨大な原子炉上蓋が空中高く浮き上がり、爆発で空中回転(4分の3回転)して炉心上面に落下し、グラファイトブロックに突き刺さったことだ。これもTMI(スリーマイルアイランド)事故を起こしたジルカロイ・水反応の仕業で、水素ガス発生そのものの勢いが言語に絶する力を発揮した結果だ。
1600tもある上蓋が空中に浮き上がるとは考え難いが、1気圧の圧力が下面に掛かれば蓋は簡単に持ち上がる。問題は持ち上がった高さだ。直径17ⅿの円盤を空中で回転させるには最低8.5mの高さに持ち上げる必要があるが、蓋が持ち上がるにつれてガスは横に逃げ出す。この逃げ出しに打ち勝って、蓋の下面圧力を1気圧に保つ水素ガスが、チ事故では発生していたことになる。これは大変な水素ガスの大量発生だ。当時のソ連の論文は、遮蔽盤を持ち上げるには、冷却菅を引きちぎる必要があるので10気圧が必要と書いてある。その通りだろう。
再度書く。水素ガスの発生で、直径17m、重量1600tの原子炉上蓋が空中高く浮き上がった。すさまじいの一言に尽きるが、この主役が福島事故を起こしたジルコニウム・水の反応が作る水素ガスの力だ。なお、水素の発生時間は約1分そこそこであった。
飛び散った燃料棒 上蓋が冷却管を引きちぎる
遮蔽盤が一回転したことで、冷却管内に入っていた燃料棒は飛び散った。この説明には炉の構造を簡単に知る必要がある。
チ発電所は出力約100万kW、原子炉容器は直径12ⅿ、高さ8ⅿの鉄筋コンクリート造りの円筒形構造物で、底の厚さは3ⅿある。
原子炉の中は、一辺25㎝の四角な黒鉛ブロックを積み重ねた構造で、ブロックの中はジルコニウムニオブ製の冷却管1本が通っている。冷却管は燃料棒18本を内蔵し、下は原子炉底を通って給水ヘッダーにつながり、上は上蓋を貫通して汽水分離機に接続している。このような冷却管が約1700本でチ炉はできている。
原子炉上蓋が浮き上がるには、上下を結ぶ冷却管を全て引きちぎる必要がある。その幾割かは、燃料棒を内蔵した状態でちぎれたであろうから、蓋の回転による遠心力で中の燃料棒はほうぼうに放り出されることになる。
タービン建屋に落ちた燃料棒は、屋根に塗布された雨水よけのタールに着火して火災を起こした。火災は早期に消し止められたが、この消火による放射線被ばくで後日死亡した消防士は多い。
火は消えても、放射線を出す燃料棒は放っておけない。燃料棒を屋根から地面に突き落とす作業は、軍隊による人海戦術だった。作業は長いT字棒を使っての突き落としで、一人50レムが目安の、被ばく必至の突撃だった。号令一下、原子炉建屋から屋根に飛び出して、突き落として戻る仕事は秒刻みという。従事者数は延べ50万人との報道もあるが、実体は不明だ。
地上に落ちた燃料棒も突撃の繰り返しで穴を掘り、コンクリートを流し込んで埋め殺しにしたという。突撃の基点となる橋頭堡は遮蔽を施した貨車で、構内にレールを敷設して建設したという。原子炉建屋内部に落下した燃料は、今もそのままの放置状態にある。
消防士の中には原子炉に近づいて消火を試みた強者もいたが、放射線が高く放水できなかったという。その男が上から見た炉内は、赤と青の炎が黒鉛の隙間からちょろちょろと出ていたという。
見学に同行してくれた副所長は、自分も数回突撃に参加したという。被ばく線量は1回当たりほぼ50レムだったと語った。
原子炉の直上にある運転フロアの南北側の壁は簡易な造りで壊れたが、東西側は鉄筋コンクリート造りの汽水分離機室の仕切り壁であり爆発に耐えた。壁を補強して、東西にパイプを渡して梁とし、その上に鉄板を敷いて天井とした。南北の壁は壊れを補修し鉄板を当てて雨風を防ぐ壁とした。この応急手当が有名な石棺である。造る目的が放射性物質の飛散防止にあり、雨露をしのぐのが精一杯の粗末な仮設工事であったという。
なお2019年、EUの援助によって石棺を覆う新しい建造物が出来上がり、チェルノブイリの安全隔離が完成した。新建屋内での将来計画は未定という。
事故発生から3日後のチェルノブイリ原発
破壊された建屋内部 流れ出した水素ガスが爆発
原子炉の横手にある建屋内部の破壊もすさまじい。原子炉からの冷却水循環配管が破壊し、流れ出した水素ガスが建屋の各場所に拡散して爆発を起こす原因を作った。破損したのは炉心下の再循環水の配分ヘッダーの辺りで、最も強度の弱い配管部分が水素ガス圧力で内圧破裂したという。
発電所の造りはロシア特有の頑健な造りだ。しかし大きな爆発が建屋の内部で幾回か起きたのであろう。太い梁が真ん中で割れて、割れた梁と頑丈な柱とがL字状になって、斜めに傾斜して倒れかけているのを見た。その奥はがれきと残骸の山でよく見えなかった。
爆発も派手だが、汚染もひどい。丸2時間ほどの見学で僕の浴びた放射線量は約1ミリシーベルトほどだったが、ほかの同行見学者はその3分の2程度であった。この差は僕の単独行動にある。炉上面とおぼしき方向に掛けられたはしごに了承を得てよじ登らせてもらったのだが、天罰覿面、結果は手の汚染となって表れた。二重手袋にもかかわらず、手の甲の汚染が出口で判明した。せっけんで洗っても汚染は取れない。業を煮やした案内人が軽石でゴシゴシとこすって汚染を取ってくれたので退出できたが、その痛かったこと、今も覚えている。
僕が昇ったのは高さにして5mばかりで、時間でいえば20秒足らずだ。だが、被ばく線量は画然と差が出た。はしごも汚れていたのだろうが、溶融炉心の汚染は非常に微細で、かつ高いと考えて間違いない。
いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.1 https://energy-forum.co.jp/online-content/4693/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.2 https://energy-forum.co.jp/online-content/4999/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.3 https://energy-forum.co.jp/online-content/5381/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.4 https://energy-forum.co.jp/online-content/5693/
・福島廃炉への提言〈事故炉が語る〉Vol.5 https://energy-forum.co.jp/online-content/6102/