木村裕明/〈朝日新聞〉論説委員
「石油化学のコメ」と称される重要物資ナフサの供給への不安が広範囲に及んできた。
政府は供給不安を打ち消す発信を続けるが、現場の実態とのズレはむしろ広がっている 。
中東情勢の緊迫が続き、ホルムズ海峡の開放の見通しが立たないなか、石油化学製品の原料となるナフサの供給への不安が日増しに強まっている。
石油関連製品のサプライチェーン(供給網)では、原材料の大幅値上げや新規受注の停止など、川下にあたる企業にまで混乱が広がる。消費者が手にするプラスチック製品にも値上げや品薄の波が迫る。
プラスチック製品などの原料となるナフサ
川下の企業に早々に影響が出た典型例が、塗装に不可欠なシンナーの供給難だ。「塗装現場では塗料の希釈や洗浄に不可欠なシンナー類の注文が全くできないか、極端な数量制限がかかる異常事態に直面している」。会員企業約2300社を擁する塗装工事業者の団体、日本塗装工業会(日塗装)は4月14日、緊急記者会見を開いて窮状を訴えた。
日塗装が4月上旬に実施したアンケートによると、シンナーが通常通り入手できると答えた会員企業はわずか2・7%。塗料の数量制限を受けるか、入手困難の回答が約7割に上った。シンナーなどの価格も「企業努力では到底吸収できないレベルに達している」という。
会見で印象的だったのは、加藤憲利会長が、川中の塗料メーカーや販売店で目詰まりが生じているとの見方に否定的な見解を示したことだ。
塗料メーカーも原材料不足で作れないとの情報に接しているなどとして、「われわれの感覚では、川上より前の段階で不足や目詰まりを起こしているのではないか」と指摘し、「政府発表と現場の実態には大きな乖離が生じている」と語った。
政府は、供給網の混乱は「供給の偏り」や「流通の目詰まり」が原因で、「日本全体として必要な量は確保されている」との説明を繰り返す。石油関連製品の供給状況を省庁横断で点検し、「目詰まり」が起きている事例があれば、民間事業者や業界団体に安定供給を要請するなどして解消に腐心している。解消事例を細かく公表し、成果のアピールにも躍起だ。
「受注再開」も納期示されず いらだち募らせる中小企業
住宅設備大手のTOTOが4月中旬、有機溶剤の調達難を理由にユニットバスの新規受注を停止したと大きく報じられた際は、赤沢亮正経済産業相が数日後に「目詰まり箇所を特定し、供給見通しのめどを立てた」と強調した。受注は段階的に再開されたが、中小の工務店の経営者は「受注が再開されても、納期が示されない。現場の窮状は全く変わっていない」といらだちを募らせる。塗装業界の関係者も、日塗装の会見から2週間が過ぎてもシンナーの供給難は一向に改善していないと嘆く。
全国建設業協会の4月の緊急調査によると、ユニットバスなどの住宅設備や塗料に限らず、断熱材や防水材、塩化ビニール管などの出荷制限や受注停止も相次ぐ。必要な資材が確保できず、工事の中止や遅延が避けられない状況も生じている。
帝国データバンクは国内製造業の3割にあたる約4万7千社がナフサ不足で調達に影響を受ける可能性があるとの分析結果を公表。「川下に位置する製造業に影響が及びやすく、価格転嫁が難しい中小製造業で事業継続への影響が深刻化する恐れがある」と指摘した。供給途絶に至らなくても、交渉力の弱い中小企業が価格が高騰した資材を買えなくなり、生産を続けられなくなる事態も懸念される。
実際、労働組合の中央組織・連合が構成組織を通じてまとめた300を超す現場の実態によれば、影響は製造業や建設業から医療、福祉、教育まで幅広い産業に及び、操業調整の動きも出始めている。政府発表と現場の実態との乖離はもはや覆い隠せない状況に至っている。
目詰まりにこだわる政府 もぐらたたきの対応に限界
高市早苗首相は中東以外からの代替調達を進めているとして、ナフサ由来の化学製品の供給は「年を越えて継続できる」との見通しを示すが、石油化学製品の供給網はすそ野が極めて広く、複雑に入り組む。在庫の水準もさまざまだ。供給網の混乱が広がるなか、政府がもぐらたたきのような対応を続けるにも限界がある。赤沢氏も「どこで何が生じるかは100%つかんでいるわけではない」と認める。
2024年夏に始まった「令和の米騒動」を思い返す。
店頭からコメが消え、歴史的な高値が続いたが、農林水産省は「コメは足りている」との説明を繰り返し、高値で仕入れた業者の売り渋りなどで生じた「流通の目詰まり」が米価高騰の主因とみていた。だが、詳しく調べても目詰まりは確認されず、そもそもコメの供給が不足していたことが判明。誤った説明を繰り返し、備蓄米放出の判断も遅れた農水省が謝罪に追い込まれたことは記憶に新しい。
需給がほぼ国内で完結するコメと、中東に依存する原油やナフサの流通構造はもちろん異なるが、目詰まりにこだわる政府が流通現場の実態をつかみきれず、供給網の川下にまで混乱が生じた構図には共通点がある。
政府の発信が不安解消につながっていない点も似ている。
政府は国民への節約要請に一貫して後ろ向きで、本稿を執筆している5月上旬時点でもスタンスに変化はない。赤沢氏は石油関連製品がなくなるとの見立てを「ホラーストーリー」に例え、規制的な需要抑制策は不要との認識を示したが、事業継続や雇用維持が難しくなることへの不安はむしろ強まっている。
石油の備蓄や国内にあるナフサの量には限りがあり、必要量を代替調達で賄うのは難しい。少しでも長く使えるように温存していくことが死活的に重要で、時間との闘いから逃れることはできない。戦闘終結に向けた米国とイランの協議が進展しない限り、政府は早晩、需要抑制策を先送りできなくなるだろう。
節約を呼びかける局面に至れば、供給制約の中で需要を喚起してしまうガソリン補助金は縮小する必要がある。今の水準の補助金を続けたままでは、需要抑制策との整合性がとれない。