合金の組成と配合比を改良 水素運用の最適化に貢献


【技術革新の扉】水素吸蔵合金/清水建設

法規制が少なく、大量貯蔵が可能な水素吸蔵合金への関心が高まっている。

清水建設は合金の課題を克服し、独自システムで水素活用の裾野拡大を図る。

燃やしてもCO2を排出しない水素は、脱炭素社会を担う次世代エネルギーとして注目されている。すでに燃料電池車(FCV)や産業用ボイラー用途などで利用され始めているが、普及はまだ限定的で、本格的な社会実装には安全かつ効率的な貯蔵方法の確立が不可欠となる。こうした中で、建築物への再生可能エネルギーの導入に取り組んできた清水建設は、新たな貯蔵手段として、法規制が少なく、大量貯蔵が可能な「水素吸蔵合金」に着目。試行錯誤を重ね、再エネ由来の水素を「作り、貯めて、使う」ための一連の設備をパッケージ化した「Hydro Q-BiC」を開発し、実証を進めてきた。

「発火しない」水素吸蔵合金


発火しない独自合金を開発 構造見直しで充填を効率化

貯蔵方法として一般的なのは、高圧で気体として保つ「圧縮法」、もしくはマイナス253℃で液体にする「液化法」だ。しかし、これらはいずれも高圧設備を必要とするため、高圧ガス保安法などの規制が障壁となり、建物内での使用には適さないケースが多い。

そこで導入したのが、水素吸蔵合金を用いた貯蔵方式だ。合金に水素を吸蔵させることで、体積を気体の約1000分の1に圧縮でき、しかも10気圧未満の低圧下で貯蔵が可能となる。これにより、法的ハードルをクリアしやすくなるという利点がある。

ただ、水素吸蔵合金には発火性があり、危険物として扱われるという課題があった。そこで材料開発で実績のある産業技術総合研究所と連携し、合金の素材や配合比を最適化することで、発火の恐れがない新素材の開発に成功した。さらに、レアアースを用いない構成としたことで、大量導入時にはコスト低減も見込める。

Hydro Q-BiCは太陽光などを活用したオンサイトでの水素製造・貯蔵に加え、外部から運ばれた水素の充填にも対応する。ただし、充填作業は法規上、2時間以内に終えなければならず、車両の撤収などを考慮すれば、実際の作業時間は1時間程度に限られる。この短時間充填を成立させるには、高度な熱管理技術が欠かせない。

同社は産総研と共に水素タンクに空調用の熱交換器を応用することでこの課題に対応。熱媒流路を精緻に制御することで、高速かつ均質な温度管理を可能にした。また、水素の注入方式も刷新し、従来の多数のフィルター管を用いた手法から、タンク全体の〝面〟で水素を注入できる「水素拡散板」を導入し、設備の簡素化とコスト削減にもつなげた。

プロジェクトの主軸を担ってきた下田英介氏は、「2時間での高速充填を実現できるのは、独自構造のタンクを有する当社だけ」と自信をのぞかせる。

一連の水素製造・貯蔵設備は、同社が開発した制御システム「シミズ・スマートBEMS(ビル・エネルギー・マネジメント・システム)」で管理する。太陽光発電などの発電量や建物の電力需要、天候データをもとに、蓄電池と水素の使い分けを最適化する。下田氏は、「目的は建物の脱炭素化。やみくもに水素をつくるのではなく、最適なバランスを導き出す仕組みになっている」と強調する。

水素利用システムの全体構成


各施設への導入を加速 多様需要に応える柔軟展開

2017年に実証を開始し、21年にはHydro Q-BiCを同社北陸支店の新社屋に本格導入した。システム全体の性能やBEMS制御の有効性を確認したことに加え、換気設備や検知器を活用した安全対策も検証済みで、水素漏えい時の対応にも万全を期している。

現在は実証から〝実装〟フェーズに移行しており、実際に各地の工場や施設に導入されている。大阪・関西万博では、コンパクト版の「Hydro Q-BiC Lite」がNTTパビリオンに採用され、さらに今年3月には、大容量の貯蔵に対応する「Hydro Q-BiC Storage」が赤坂熱供給の地域熱供給プラント(赤坂5丁目エリア)に設置されることが決まるなど、用途や規模に応じた多様な展開が進んでいる。

同社のイノベーション拠点「NOVARE」に設置された水素関連技術の事業化推進チームを指揮する本間康雄氏は、「水素需要は今後さらに高まることが見込まれるが、用途や規模は顧客ごとに異なる。当社は柔軟なパッケージでその多様なニーズに応えていく」と意気込む。水素を建物、そして街全体で使えるエネルギーへ─。同社の挑戦は、一層熱を帯びていく。

議論の端緒に就いた電源併設負荷 実現へ整理すべき論点とは


【多事争論】話題:電源併設負荷

日本でも発電所とデータセンターを併設する電源併設負荷の検討が始まった。

制度の空白とも言えるこの問題を考える上で、押さえておくべきポイントは。

想定される送電系統への悪影響 自家発を含めた検討が筋

視点A:戸田直樹/東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所チーフエコノミスト

米国では大規模なデータセンター(DC)の立地計画が進む一方で、これらに電力を供給する送電系統の増強に時間がかかり、早期の供給を希望するDC側のニーズとマッチしにくいことが課題となっている。そのためDCの同一構内、または隣接地の発電所から直接供給することで、送電系統の増強を回避する「電源併設負荷」が計画されているが、この取り扱いも論争となっており、ペンシルベニア州サスケハナ原子力発電所から隣地のアマゾン・ウェブ・サービスのDCへ供給する計画を巡る論争が日本でも報じられている。

ここでは、送電系統とは接続するものの、バックアップ電源、保護リレーを確保して系統からのサービスを一切受けないこととし、したがって託送料金・アンシラリーサービス料金は支払わないと主張するDC・発電事業者と、系統に接続している以上支払うべきと主張する送配電事業者の意見の隔たりが大きく、規制当局は解決策を見出せていない。加えて、電源併設負荷に離脱する発電所が増加することによる送電系統側の安定供給への悪影響、電源併設負荷に離脱する需要家が増加することによる系統側に残る需要家の託送料金負担増も懸念されている。

日本でもDCなどが主導する電力需要の増加が想定されており、米国と同様に、長期間を要する系統増強がDC立地の制約になることを回避すべく電源併設負荷を志向する動きが想定される。しかし、日本で米国のような論争になるとは今のところ思えない。

すなわちこれは、以前から見られる、産業用需要家が自家発を設置することと変わらない。これらが今も行っているように、発電>需要のときは系統から不足を補い、発電<需要であれば余剰を外販する、余剰の量をコントロールできるなら卸電力取引所に応札するもよし、自家発脱落に備えたいなら補給電力を契約するもよし、と思える。米国で見られる、バックアップ電源や保護リレーまで準備して系統のサービスから遮断しようとする取り組みは、どうも極端すぎる。果たして先ごろ、東京ガスエンジニアリングソリューションズが都市ガスによるDC向け自家発の普及に取り組むと発表した。既に検討中の案件もある模様だが、多くは自家発の不足分を系統電力で補うことを想定し、それでも、自家発により系統増強を回避し、早期の供給を実現するメリットが期待できるのだろう。

もっとも、電源併設負荷が増加することによる、送電系統側の安定供給への悪影響、系統側に残る需要家の託送料金負担増といった懸念は、米国と同様に日本でも想定される。しかし、これらは従来からある産業用自家発の普及によっても起こり得る。電源併設負荷の急増を想定し何らかの歯止めが必要と判断するのであれば、既存の産業用自家発も含めて検討することが筋である。まずは、現在の自家発の取り扱いが、競合する系統電源に比べて過剰に優遇されていないか検証することが考えられよう。

以上から、論点を二つ提示する。第一に、自家発自家消費される電力量に対するアンシラリーサービス料金の取り扱いである。系統との間でエネルギーの授受がなくても、自家発は電気の品質が安定するメリットを得ているとして、アンシラリーサービス料金が課金されている。ただし、そのよりどころは、送配電事業者が自主的に作成した要綱であり、制度の裏付けがない。そのため、事業者が自家発設置需要家の理解を得るのに苦労するという話を聞く。系統電力の品質は、系統に接続すれば誰もが享受する、特定の需要だけ排除できない公共財である。制度で裏付けし、事業者を要らぬ負担から解放すべきである。


賦課金逃れを動機にしてはならない 普及度合は脱炭素オークション次第か

第二に、FIT(固定価格買い取り)賦課金の取り扱いである。現行法では自家発は賦課金負担を免れているが、負担しなくてよい理屈はない。偏った取り扱いのために、自己託送がそうであったように、賦課金逃れが電源併設負荷の動機となることは回避すべきだ。

そして、電源併設負荷が実際どの程度普及するかは、最近導入された長期脱炭素電源オークションとの関係で決まりそうだ。この制度の下で開発された電源は、系統側の全需要家により固定費回収が保証されるいわば公共財だ。たとえDCに近接して立地したとしても、特定の電源併設負荷のために活用することは道理に合わない。すなわち、投資家から見て、長期脱炭素電源オークションを利用するか特定の電源併設負荷と契約するかは二者択一であり、投資家はどちらが魅力的かを天秤にかけるのだろう。

とだ・なおき 1985年東京大学工学部卒、東京電力(現東京電力ホールディングス)入社。電力中央研究所上席研究員、経営戦略調査室長などを経て、2016年から現職。

【エネルギーのそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2025年8月号)


エネルギー分野での黄金株/需給ひっ迫に見る制度設計の死角

Q エネルギー分野での企業の黄金株発行には、どのような意味があるのでしょうか。

A 黄金株とは、株主総会決議事項や取締役会決議事項に対して拒否権を持つ株式で、どのような決議事項に対して拒否権を持つかを事前に定めることができます。わが国では、拒否権付種類株式(会社法108条1項8号)として位置付けられています。企業を好ましくない敵対的買収などから防衛する手段としつつ、外部からの収益目的の出資を集める上で有効ですが、株主平等原則の重大な例外となるため、例えば米国では原則として上場企業での黄金株発行は認められていないなど、慎重な扱いが求められています。

他方で、広義の安全保障の観点から外資による企業買収に対する規制が各国で実施されており、わが国でも外為法に基づく事前審査などの規制があります。しかし、こうした規制ではそもそも外資しか規制できず、また好ましくない買収などの回避と資本の調達の両立が困難です。黄金株が注目されるのは、そうした外資規制の限界を乗り越える手段となるからであり、日本製鉄のUSスチール買収に際して米国政府が黄金株を保有することが承認の決め手となったのは、その好例です。

エネルギー分野でも、エネルギー安全保障の観点から、広く資本を集めつつ外国による好ましくない影響力を排除するなどのために、黄金株が利用されることがあります。わが国では国内外で石油・天然ガスなどの鉱業資源の権益を持つ大手石油開発企業であるINPEXが上場企業として唯一黄金株を発行しています(経済産業大臣が保有)。同社がエネルギー安全保障上の重要な役割を担っていることを鑑みた措置であり、その趣旨から東京証券取引所が定める上場廃止基準「株主の権利の不当な制限」には該当しないとされています。

回答者:白石重明 /前 中曽根平和研究所経済安全保障研究センター長


Q 今年も6月の早い時期から電力需給ひっ迫が話題になりましたが、その原因や背景にはどんなことが考えられますか。

A 今年の夏は梅雨明け前からの異例の高温で6月からいきなり本番を迎え、当初7~9月で4%以上確保できるとしていた電力広域的運営推進機関の需給検証から一転して綱渡りの様相となりました。本来、近年の屋根載せ太陽光の伸びによる需要減少などを背景に夏需給は以前ほど深刻な課題ではない、という見方もありましたが、昨年以降の需要の伸び、あるいは頻発する火力発電所の停止を考えれば、やはり夏はいつ需給ひっ迫が起きてもおかしくありません。

特に十分な供給予備力のない中で、需給ひっ迫の発生は慢性化する傾向も出てきています。中心的な安定供給力を担う火力発電所は、端境期に必ず定期点検・補修する必要があり、それは春秋の非ピークに集中します。自動的に春秋の予備力も潤沢ではなくなるため、今年のような6月の高温時は点検中の火力は参加できず、いきなりピンチになるわけです。

需給ひっ迫時、各一般送配電事業者の地域でのピーク時供給力が不足すると、広域融通によって乗り切ることになりますが、問題は基礎になる各一般送配電管内の予備力が火力の閉鎖などによって弱くなっていることです。現在の供給力強化策の主力である長期脱炭素電源オークションには地域の概念がなく、地域の供給力は実は供給義務を持たないはずの旧一般電気事業者(発電部門)の奉仕(ボランティア)の精神に頼っている、という皮肉な実情があります。事業者が競争の中で電源を作っていくという自由化の枠組みと根本的に合わないこの点こそが、需給ひっ迫から見通せる現在の電力制度設計の死角と言えます。

回答者:西村 陽/大阪大学大学院招聘教授

【櫻井雅浩 柏崎市長】「KKいま動かさずにどうする」


さくらい・まさひろ 1962年新潟県生まれ。81年柏崎高校卒、86年早稲田大学教育学部卒。女子美術大学付属高等学校・中学校教諭などを経て、91年から柏崎市議を4期務めた。2016年の柏崎市長選で初当選し、現在3期目。

柏崎刈羽原発は柏崎市と刈羽村が容認しているにもかかわらず、再稼働できずにいる。

法的権限のない「地元同意」など、一連のプロセスの在り方に疑問を投げかける。

2023年12月に原子力規制委員会の審査に合格した柏崎刈羽原子力発電所は、新潟県が再稼働を容認していない。規制委の審査合格後、昨年3月には福島第一原発事故を巡る県独自の「三つの検証委員会」が報告書を公表した。また昨年来、国は避難道路の整備を国費で負担する方針を打ち出し、県内での説明会を実施。県も再稼働した場合の経済効果の試算や、過酷事故が発生した場合の放射性物質の拡散シミュレーションなどを行ってきた。花角英世知事は今夏、全自治体を対象にした公聴会と首長との意見交換、県民の意識調査を実施し、認否の判断は早くても9月中旬となる見込みだ。

判断に時間をかけている花角知事に対しては「6月定例会までに再稼働容認の判断をし、県議会の意見集約を実施してほしかった。県を代表する立場であるということは理解するが、再稼働の意義をもう少し考えてもらいたい」と注文を付ける。その上で「知事が考えている時間軸と、柏崎市や日本のエネルギー政策の時間軸との間に乖離が生じている」として、「地球温暖化への対応、エネルギー安全保障の構築が求められる中で、法的根拠のない地元合意で足踏みを続けていていいのだろうか」と疑問を投げかける。

公聴会や意識調査といったプロセスにも疑問を呈する。新潟県は全国第5位の広大な面積を誇り、海岸線の長さは330㎞に及ぶ。最北端の村上市は柏崎刈羽原発から180㎞、最西端の糸魚川市は110㎞離れている。「原子力防災の観点で重要なのは原発からの距離だ。遠く離れた自治体の意向まで確認するのは合理的なのか」。村上市の180㎞という距離は、福井県の敦賀原発の場合、京都市を飛び越えて大阪市に到達するほどの距離だ。「例えば北海道の泊原発の再稼働や最終処分場の選定プロセスで、500㎞以上離れた根室市の意向を確認する必要があるのか。新潟県で非合理的な前例を作るべきではない」

DERの活用拡大は必須課題 「協調領域」整理し政策反映へ


【巻頭インタビュー】山口順之/スマートレジリエンスネットワーク代表理事

スマートレジリエンスネットワークは、DERの活用拡大を目指し業界横断の議論を重ねている。

今春一般社団法人化したことを機に、活動成果や今後DERに期待される役割などを代表に聞いた。

やまぐち・のぶゆき 2002年北海道大学大学院システム情報工学専攻博士課程修了、電力中央研究所入所。08~09年米ローレンスバークレー国立研究所客員研究員兼務。15年東京理科大学に移り23年4月から教授。25年4月から現職。

―スマートレジリエンスネットワークは2020年に任意団体として発足しました。改めて設立の趣旨を教えてください。

山口 20年の政府の50年カーボンニュートラル(CN)宣言を機に、再生可能エネルギーの主力電源化や電化、水素社会の実装といった道筋が示されました。また19年の房総半島台風では長期・大規模停電が発生。非常時にEVを活用するには、自治体や送配電事業者をはじめさまざまな団体との協調が必須だと明らかになりました。CNやレジリエンスに加え、オープンイノベーションやシェアリングエコノミーといった視点も踏まえ、地域のDER(分散型エネルギーリソース)を使いこなす社会の実現を目指し、当団体は発足しました。エネルギーリソースアグリゲーション事業協会(ERA)や送配電網協議会、さらに自動車産業や情報通信事業者など各業界のつなぎ役として活動しています。

―発足から5年を経て、今春一般社団法人化しました。

山口 一般社団法人化を機に代表理事を務めることとなり、これまでの活動を一層発展させていく所存です。各業界にとって責任あるカウンターパートとしての体制をさらに整えていきます。5年間で会員は75社まで増え、多くの知見が蓄積されており、知的財産を適切に管理していくことも当法人の重要な役割だと認識しています。


平時のEV活用の条件整理 政府の議論とも連動

―これまでの主な活動成果を教えてください。

山口 特に大きいのが、EV―Grid連携・活用検討会で平時のEV活用のユースケースを取りまとめたことです。それまでの政府側の議論を踏まえ、DERとしてEVを活用する際の条件や対策などを話し合いました。取りまとめでは、戸建住宅、集合住宅、法人駐車場でのエネルギーマネジメント、戸建住宅でのバランシンググループ(BG)に活用するという、EV充電の四つのユースケースでどうユーザビリティ(使いやすさ)を確保するか、競争領域を踏まえつつ、協調領域を整理。さらに連携すべきデータ項目を選定中です。政府のDRready勉強会に報告するなど、政策に打ち込める成果を示せたと自負しており、今後制度化に向けたさらなる検討を行う予定です。

また、環境省の脱炭素先行地域にも知見を共有し、各地域の課題に関してともに議論していければと思います。

今後の目標としては、まずこうした成果の政策への反映を働きかけていきます。また、実際に地域でEV関連のビジネスに取り組む上では、やはり事業性の確保が課題となっています。平時はサービス向上で稼ぎつつ、有事はレジリエンスの価値を発揮できるよう、当面はDERの導入・利用拡大が大きな目標となっています。

【需要家】GX産業立地政策 問われる実態と実行性


【業界スクランブル/需要家】

6月、GX実行会議傘下のワーキンググループで、「GX戦略地域」および「GX産業団地」を対象とした新たな企業支援の枠組みが提案された。報道によれば、石破茂首相も早急な法整備が必要との認識を示したとされる。

「GX戦略地域」は国家戦略特区指定区域を対象に、①コンビナートの脱炭素転換や新産業創造を図る「コンビナート再生型」、②データセンターの集積と脱炭素化を図る「データセンター集積型」(東京・大阪以外)―の2類型が提案されている。また「GX産業団地」は、脱炭素電力の活用環境整備を前提に、経済安保分野への寄与が高い企業の誘致などを条件とする。

提案されている枠組みにはいずれも「GX」の枕詞があるものの、国は審議会において「産業競争力の側面を重視」する必要性を前面に打ち出しており、「GX」のオマケ感は否めない。実態としては、①石油化学産業の撤退支援・地域対策、②データセンターの立地統制、③経済安保関連産業の誘致・投資支援―といった趣だ。あえて「GX」の側面から見れば、「脱炭素先行地域」と重なる印象も拭えない。

加えて、各枠組みにおける支援には、GX経済移行債の活用が想定されている。審議会では、慎重な検討を要するとの姿勢が示されたが、直接排出をベースとしたカーボンプライシング制度との関係や、FIT賦課金の減免措置でも課題が指摘されている負担の公平性などの観点に丁寧に対応する必要があろう。さらに、足元で懸案となっている洋上風力への支援策(PPAの環境整備)として活用されるケースがあるとすれば、より慎重な議論が求められる。(P)

【再エネ】米国の政策転換が波紋 企業の戦略見直し急務


【業界スクランブル/再エネ】

米国は再エネの導入・利用において長らく世界をリードしてきた。その背景には、再エネに対する税制優遇措置や州の再生可能ポートフォリオ基準(RPS)などの制度がある。2035年までに太陽光を4割供給し、電力の95%をカーボンフリー電力化するなど、早期の脱炭素化実現へ、取り組みが強力に進められてきた。結果、昨年には再エネが石炭火力の発電量を初めて上回り、太陽光発電は前年度比27%増という急拡大を続けている。

しかし、ここにきてトランプ政権の影響で、太陽光や風力、再エネ由来のクリーンな水素への補助税額控除の縮小という大逆風が吹いている。日本においても関税強化の影響で、蓄電池や送電鉄塔、太陽光の架台、風力タワー、変圧器など構造用鋼材やアルミ部材の価格上昇、納期遅延を招き、調達体制の見直しが急務となる。例えば、日本の大手商社やソフトバンクグループは、米国で現地調達し太陽光発電能力を増やす計画とした。また、三菱商事が出資する現地企業では、従来東南アジア製だった太陽光パネルを米国産とする計画に変更するなどの対応に追われている。

残念ながら、これまで国内で利用する主要な再エネ設備は、多くを海外からの調達に依存してきた。しかし、このような海外依存が急激なコスト高騰や調達遅延を引き起こしていることをきっかけに、国内産の再エネ設備の調達にかじを切る動きも見られる。ただし風力発電設備は欧州依存度が高く、調達体制の見直しは容易ではないだろう。特に今後自治体が主導する太陽光発電設備の導入については、国内産を調達条件にしても良いのではないか。(K)

相次ぐ詐欺事件やトラブルも 悪徳投資会社に騙されないために


【論点】LPガス業界のM&A〈後編〉/小林 稜・スピカコンサルティングM&Aコンサルタント

M&Aの大型案件が目立つ一方で、悪質な詐欺やトラブルの報告も多い。

被害に巻き込まれないために、いくつかのポイントを押さえておく必要がある。

昨年は、LPガス業界でM&Aの大型案件が目立った一方、悪質な詐欺やトラブルも数多く報道された。本来M&Aは、双方がメリットを享受し、慎重に行われるものである。ではなぜ、このようなトラブルが増え、後を絶たないのか。今回は、詐欺の実態や注意点、そしてトラブルに巻き込まれないための対策を解説していく。

売り手・買い手双方がメリットを享受するには


経営難の弱みに付け込む 吸血型M&Aの実態

ルシアンホールディングス(HD)事件については、メディアで大きく取りあげられたため、聞き覚えがあるのではないか。投資会社のルシアンが、経営状況が悪化している複数の中小企業を買収し、相次いで倒産させ、さらに売り手企業の経営者・役員らに多額の負債を残したとする詐欺事件だ。2021年秋頃から、日本全国で30社近い企業の被害が発覚した。

この事件を振り返ると、不審点がいくつもあったと言われている。例えば、現金の抜き取りがされていたこと、売り手側の経営者の個人保証が解除されなかったことだ。

ルシアンは買収後、さまざまな理由を付けては売り手企業側に現金を振り込ませていた。その結果、従業員の給与や金融機関への返済、取引先への支払いが滞り、資金繰りが悪化。最終的には、存続の危機に陥る企業が相次いだ。また、金融機関借入などの代表者が抱える個人保証は、一般的にM&Aの後、速やかに買い手側に引き継がれる。しかし、ルシアン事件ではその約束が守られていなかったのだ。

被害に遭った企業には、「経営状況が悪化している」という共通項があった。このような場合、売り手は買い手よりも不利な立場で交渉が進むことがほとんどで、通常、M&Aでの譲渡は難航する。その結果、ルシアンHDのような「吸血型M&A」の毒牙にかかってしまう。

このような状況に陥らないために、注意すべき三つのポイントを紹介する。

~早めの準備を進める~

まずM&Aは、実際に動き始めてから交渉が成立するまで短くても6カ月~1年程かかる。そして、良い相手先を見つけるには、譲受企業の買収投資のタイミングを逃さないことが肝心だ。そのためには、アプローチを受け入れられる体制を早めに準備するべきである。加えて、普段から自社の立ち位置を確認し、評価と改善のサイクルを継続することで、選ばれる側から選ぶ側になることが理想だ。

~決断は慎重に行う~

「準備は早めに、決断は慎重に」がM&Aの鉄則だと覚えてほしい。M&A仲介から判断を急かされたり、納得がいかないまま進めたりすると、後々のトラブルや後悔を招くことにつながる。不明点や不審点を、全て洗い出してから決断することが重要だ。また、ほとんどの経営者にとって譲渡の経験は人生で一度きりであり、そもそも不明点や不審点には気付けないことが多い。M&Aアドバイザーや顧問税理士など、信頼できるパートナーを頼ることもトラブル回避のポイントである。

~情報漏えいに注意を払う~ M&Aは、機密性が高く、情報が漏えいしてしまうと事業上のリスクや従業員の不安をあおることになりかねない。そのため、必ずNDAと呼ばれる秘密保持契約書を締結の上、情報を開示する。譲受企業側が社内で情報共有する際にも徹底した管理が行われる。それでもなお情報が漏れてしまったり、譲渡企業オーナー自身が話してしまったりするケースがある。M&A仲介との契約の上進める場合は、このような情報漏えいのリスクを一元管理し、万が一漏えいした場合にも漏えい源を追える状態にするため「専任契約」でアドバイザリー業務を進めるケースが多い。繰り返しになるが、M&Aの実施期間は長期にわたる。オーナー自身の多大な労力とストレスの負担が生じるからこそ、プロの経験と知見を頼ることを検討してほしい。


仲介会社選びのポイント 業界特性の理解不可欠

次に、仲介会社とアドバイザーの理想像について、当社の見解を紹介したい。

一つは、LPガス業界特有の動きを把握していること。M&Aの仕組みや流れ、事業承継といった一般論ではなく、業界特有の課題や最新動向、トラブルの事例、論点などを知っていることが大切だ。専門用語や業界特有の話題を投げかけて見極めてもらいたい。同じ業界にいる人間同士だから理解できる共通言語で会話できる相手であれば安心だと考える。

もう一つは、自社を理解しようとしているかどうか。決算書に表れる定量的な部分だけでなく、貴社ならではの定性的な強みや弱みについて理解していることがポイントだ。特にLPガス販売業の場合は、「お客さま稼働メーター数」「供給エリア」「お客さま属性(集合・⼾建・家族構成など)」「使⽤量」「販売価格(基本料⾦・従量料⾦)」「保安状況」「設備状況」「市況環境」など決算書に表れない部分が多く、アドバイザーが各項目の評価ポイントを深く理解できているかどうかは非常に重要な要素となる。

最後に、 迅速な対応ができるかだ。迅速な対応はビジネスにおいて基本だが、最初は良かったがアドバイザーとして選定した後からは連絡が滞ったり、いいかげんになったりする仲介会社がいるという話を耳にする。具体的に、どのようなスケジュール感で何をするのか。回答が明確な相手を選ぶことをお勧めする。

M&Aを今後検討される方、現在検討されている方が、満足のいくM&Aができることを心より願っている。

こばやし・りょう 福島県出身。芝浦工業大学システム理工学部卒業後、2022年からスピカコンサルティングの立ち上げに参画。以来一貫して北海道から九州まで、日本全国のLPガス販売事業者の経営支援に従事。

「オンカロ」は操業開始目前 処分地選定巡る各国の現状は


【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト

〝核のごみ〟の処分という難題に世界はどのように向き合っているのか。

現地を訪れた筆者が見た最前線と知られざる苦悩とは─。

世界初の核廃棄物最終処分場として知られるフィンランド西部オルキルオトにある「オンカロ」を訪ねたのは、東日本大震災直後の2011年6月だった。

コペンハーゲン経由でフィンランド南西部にあるハンザ同盟都市トゥルクに飛び、バスで現地に向かった。周囲には「ムーミン谷」があり、空港の手荷物ターンテーブルではムーミンのぬいぐるみが出迎えてくれた。

フィンランドは1983年に最終処分場の検討に着手した。100カ所以上の候補地を徐々に絞り込み、住民との対話を重ねた上で2001年にオルキルオトを選んだ。「オンカロ」は、フィンランド語で「隠し場所」「洞窟」などの意味を持つ。

鉄銅製キャニスター(左)と使用済み核燃料
オンカロにて筆者撮影

現在、処分開始に向けた最終試験を続けている。鉄銅製のキャニスターに詰めた模擬の使用済み核燃料を、エレベーターで地下430mに下ろし、トンネル内を運ぶ。深さ2・8mの縦穴に1本ずつ納めた後、粘土状物質のベントナイトなどで埋め戻す作業を実施している。政府の承認が出次第、処分を始め、2110年代に閉鎖するまで約9000tの使用済み核燃料を処分する予定だ。

フィンランドが最終処分場選定を急いだのは、国境を接する大国ロシアの存在が大きい。第二次世界大戦の開戦から2カ月後の1939年11月、フィンランドはソ連の侵攻を受け「冬戦争」を戦い、領土を失った。

戦後もソ連の影響を強く受ける。天然ガスや電力の供給のほか、東部ロビーサにはロシア製の原発を導入した。ところが、ソ連が崩壊した直後、ロシアに引き取ってもらったロビーサ原発の使用済み核燃料が、あまりにもずさんに扱われていたことが判明する。これが環境問題への関心が高いフィンランド人を刺激した。政府の担当者は、取材に「情報公開により、返還した使用済み核燃料が野ざらしで置かれていたことがわかった」と教えてくれた。これを機に、国内に処分場を建設しようという動きが加速する。


相次ぐ建設地の決定 フランスは粘土層を選択

フィンランドに次いで2009年に世界で2番目に最終処分場を決めたのがスウェーデンだ。1992年に2自治体が手を挙げ調査を始めたものの、翌年の住民投票で否決され、振り出しに戻るなど、失敗を重ねた。

95年に仕切り直し6地点で調査を始めた。丁寧な対話を重ね、ストックホルムから北150㎞にあるフォルスマルク原発に隣接した場所を選んだ。地下500mの岩盤に総延長60㎞のトンネルを掘る。今年1月に着工、2032年に処分を始める予定で、最大1万2000tの使用済み核燃料を処分する。

カナダも昨年12月、14年に及ぶ歳月をかけて、中東部オンタリオ州の北西部に最終処分場の建設を決めた。フィンランドやスウェーデンと同じ深層処分方式を採用し、地下600m以上の地層に幅2㎞、奥行き3㎞の処分場を建設する。着工は33年頃を目指す。操業開始は40~45年の予定だ。

原子力大国フランスでも北東部ビュール村に最終処分場を設置する計画が大詰めを迎えている。政府は1991年以降、ビュール村を含む3カ所を候補地に選定したが、反対運動があり、ビュール村だけが残った。地元には今なお反対の声が根強くあるが、政府は2027年ごろに着工したい意向を示す。地下5

00mに、広さ15平方㎞の処分場を建設し、8万5000㎥の放射性廃棄物処分を想定している。フィンランドは花崗岩など結晶岩質の地層を選んだが、フランスは粘土層を選んだ。厚さが120mあり「放射線を閉じ込めやすい」というのが理由だ。


計画を白紙撤回したドイツ 10万年先の安全をどう確保

一方、最終処分場選定に手間取る国も数多い。その一つがドイツだ。西ドイツ時代の1977年、東ドイツ国境に近い北部ニーダーザクセン州ゴアレーベン村の岩塩鉱山を最終処分場に選定したが、その後の反対運動で計画が宙に浮く。

2011年の晩秋、この施設を訪ねた。入り口のゲートが二重の鉄条網で守られていたのが印象的だ。2億年前までは海だったが、約1000万年前に隆起した岩塩ドームだ。その地下820mに幅6m、高さ4mのかまぼこ状の坑道を掘った。岩塩は真っ白で、坑内は雪の祠のように美しい。

スウェーデン作成の「未来へ人々への伝言」

ところが岩塩層のそばに地下水があることが判明、放射性物質が漏れ出すとの懸念が高まり反対運動が活発化する。11年3月の福島第一原発事故も重なり、脱原発を決めたメルケル政権は13年、処分場計画を白紙に戻した。政府は31年をめどに再選定作業を進める。

最終処分場に埋める使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物は、高度に汚染されているため、保管期間は約10万年という長期に及ぶ。今から10万年前はネアンデルタール人の時代だ。人類が構築した建物で最も古いものは1万年に満たないとされる。そんな長い期間、どうやって安全を確保し続けるのか。オンカロの担当者は「地震や氷河期がきても耐えられる構造になっている」と答えた。キャニスターが腐食し、仮に放射性廃棄物が漏れ出した場合でも、粘土やコンクリートなどが守る多重防護システムを採用していると解説する。

処分場を埋め戻した後、危険物質の存在を後世の人類に伝えるべきかという問題もある。仏原子力安全規制当局は閉鎖後、少なくとも500年間は記憶を伝えるよう求めている。現在、使われている言語が消滅することも想定し、象形文字でのメッセージを構想している。スウェーデンも、非テキスト形式で記憶を伝える方法を模索している。

【火力】「供給こそ本質」の制度 市場とのねじれ問う


【業界スクランブル/火力】

昨今、米価が上昇し、政府が備蓄米の放出に踏み切ってもなかなか価格が下がらない状況が続いた。こうした中、政府は従来の入札方式による備蓄米の売却から、特定の事業者と価格交渉を行う「随意契約」方式に転換した。政府が設定した安価な備蓄米も流通しているものの、価格が以前のように落ち着く時期は依然見通せない。今回の対応は、行政が「市場メカニズムに委ねるだけでは限界がある」と自ら認めたことを意味する。

一方、電力システム改革においては、供給力不足や市場価格の高騰、価格ボラティリティの拡大という課題が指摘され続けているにもかかわらず、「全面自由化によって競争が生まれ、価格が下がる」とする従前の考えに固執しており、この前提から離れることができないでいる。

そもそも価格とは需給関係の結果として形成されるものである。需要が供給を上回っていれば価格は上昇し、供給を増やさない限り、どのような制度上の工夫でも価格上昇を抑えることはできない。

電力の供給力確保には巨額の初期投資と長期的な回収見通しが必要であり、市場の不安定さが投資を妨げるという逆転現象も発生している。自由化制度に後付けで規制を加えるやり方では、むしろ問題の本質を見失いかねない。

米も電力も、場当たり的に「市場の仕組み」や「規制」を継ぎはぎするだけでは真の問題解決に近付かない。需要と供給という物理的・経済的な現実を見据え、より実効性のある制度とは何かを、いま一度問い直すべきではないか。

「安定した供給こそが本質」であるという視点に今こそ帰結すべきなのである。(N)

【原子力】今夏もKK再稼働ならず 安全協定の再考を


【業界スクランブル/原子力】

東京電力が今夏の柏崎刈羽7号機(K7)の再稼働を断念した。メディアは相変わらず「事業者の努力不足」と書くが、実態は異なる。昨年4月に燃料装荷が完了し、その後もさまざまな経緯があったが、県知事の怠惰な態度のために稼働できていないのが現実だ。改選まで1年を切った知事は判断を躊躇し、8月末までに公聴会を5回開き、県民の意識調査も実施するという。

BWRのK7は、女川2、島根2号機より先に設工認を得ていたが、特定重大事故対策の設置期限10月13日に間に合わず、その工事が終わる2029年8月までは再稼働できない。東電は目標をK6に切り替えたが、残念ながらこの夏には間に合わない。

同原発は、巨大津波で太平洋沿岸の原子力と火力が軒並み倒れた時に、首都圏を救った。東電と東北電力は互いに電気を融通し合っている。女川2号機の恩恵を受ける新潟県が、県内の原発から他都県への送電を許さないのは不公平である。

電力は経済産業と国民生活の存立基盤である。知事の振る舞いに翻弄され、電力会社が被るコスト増は全て電気料金に跳ね返る。原発が動かないために、今も莫大な火力燃料の購入費用が資源国へ流出し続けている。

電力会社が自治体の同意を必要とするのは安全協定のためで、それは国の経済発展を支える電源立地と環境規制において、自治体の意見を尊重するプロセスをとったために結ばれたものである。自治体の意見に真摯に耳を傾けることは重要だが、国家の存立基盤を左右する実質的権限を知事に委ねる安全協定の仕組みは変えるべきだ。(T)

GHG削減で存在感増すCCS 今後の実装加速に期待


【リレーコラム】高橋 功/INPEX執行役員イノベーション本部長

エネルギー業界としてGHG削減は短期的な風潮に惑わされず責任を持って取り組むべきアジェンダだ。省エネルギーや再生可能エネルギー導入に並び、未来の技術とみなされがちだったCCS(CO2回収・貯留)が、現実的でボリュームインパクトのあるGHG削減策として急速に存在感を増している。

CCSは近年では適用が広がり、ノルウェー、豪州、UAEなど各地で年間数百万tレベルの大規模CCS施設が稼働している。国内での先駆的な取り組みとして、INPEXが年内に新潟県柏崎市でブルー水素・アンモニア製造・利用一貫実証試験施設の運転を開始する。本施設では新潟産の天然ガスから水素を製造する際に、副次的に発生するCO2を回収し地下貯留することで、クリーンな水素・アンモニアの供給を実現する。本実証での操業を通じてCCSの技術的成熟度が向上するとともに、国内でのCCSの認知度と社会的受容度が高まると期待している。


適用拡大へのイノベーション

一方、大きな投資が必要なCCSはそれ自体が経済的価値を生むプロセスにあらず、適用拡大には技術イノベーションによるコスト低減が大きな鍵となる。INPEXは2022年に研究部門「I―RHEX」を設立、今後必要な低炭素・新分野の技術開発を拡大しており、CCS技術革新の対象はCO2回収から輸送、地下貯留までバリューチェーン全体にわたる。その取り組みの一例が業際協業により開発中の船上CCSプロセスで、国際海事機関(IMO)のGHG削減ルールに従う今後の船舶の排出削減需要に応えるものだ。

本技術ではスペースや使用エネルギー上の制約が多い船上環境における排気ガスからのCO2回収および貯蔵のため、独自のアプローチとしてカルシウムを利用する。理科の実験で石灰水に息を吹き込むと白濁したように、水酸化カルシウムは排気ガス起源のCO2と容易に結びつき安定した固体炭酸カルシウムを生成する。ありふれた素材・カルシウムのこの特性を活用して省スペースで高効率のプロセスを目指しており、炭酸カルシウムはエネルギーの安価なCCS貯留地に運びCO2を分離し貯留する。これはほんの一例だが、オープンな協業と新たな視点によるイノベーションがCCS技術の競争力を向上させ適用範囲を拡張させると確信する。

Hard to Abate部門でのGHG削減策にもなり得るCCSは、将来のエネルギーシステムで重要な役割を担う必須項目であるため、長期的視野に立つ技術開発および実証を通じてCCSの実装拡大を加速させたい。

たかはし・いさお 1993年東京大修士。スタンフォード大博士。特殊法人の後、2003年にINPEX入社。マレーシア、アブダビ駐在で上流探鉱開発に従事後、現在は新分野の研究開発および事業創出を管掌。

※次回は、中東三井物産の山野総さんです。

【シン・メディア放談】参院選の争点はコメ、消費税、外国人…… 語られなかったエネルギー政策


〈エネルギー人編〉電力・石油・ガス

国内外で大きなニュースが続いたが、有権者や政治家の関心はエネルギーよりも「電気代」だった。

─トランプ減税の恒久化法案が成立した。インフレ抑制法(IRA)の予算を削る内容だが、業界への影響は。

石油 再エネ発電所を持つ商社や、水素やeメタンの製造計画がある大手エネルギー会社への影響はそれなりにある。

電気 ただトランプ政権でこうなることは分かっていた。金融で言うところの「織り込み済み」というやつだ。トランプ大統領は大統領令を連発しているが、その内容がすぐに全米で実現するわけではない。リベラルが強い州では効力差し止め訴訟が頻発している。

ガス アメリカで脱炭素政策のスピード感が落ちるだけで、世界の流れは変わらない。世界経済をけん引するGAFAMなどはクリーン路線だし、トランプ政権の間に新エネの研究開発の時間をもらえたと思って、頑張らないといけない。


国内エネ需要への影響は 関心薄れる東電問題

─トランプ関税の影響がそろそろ出てくるか。

ガス 自動車を中心に日本の製造業が空洞化して、エネルギー需要が縮まないか心配だ。日産自動車の問題もあるし、関西よりは関東の方が影響は大きいだろう。マツダの中国、そして九州も部品工場が多いと聞く。

電力 需要はデータセンターの大量稼働前に一度落ち込むかもしれない。ただ中長期的には、そこまでの影響はないだろう。10年後にデータセンターと半導体需要によって、kWベースで最大5%程度増えると言われているが、どちらも負荷率が非常に高い。kW時だと10%を超えてくる可能性がある。

石油 経済の不確実性が高まる中で、7月7、14日のガスエネルギー新聞に載った有馬純氏のインタビューは良かった。アメリカがパリ協定を離脱し、中国の存在感が高まってしまった。そうなると、日本はグリーン分野で中国と戦うことになる。カーボンプライシングの制度設計は、国内の製造業の事業環境を悪化させないさじ加減が重要だと。まっとうな意見だった。

─6月21日にアメリカがイランの核施設を攻撃して世界に衝撃を与えた。

石油 CNNやBBCは24時間、その話題で持ちきり。時差もあるが、日本の報道は全く付いていけなかった。ネットにしても、最新情報を伝えるのはロイターやブルームバーグなどの外信ばかり。BSで平日の夜に放送している討論番組も、同じ有識者が出ていて飽きてしまう。ウクライナ問題を解説していた専門家が、イラン問題も話していた。

電力 トランプ大統領が大きな発表をするのは現地の午後、つまり日本の明け方だ。だから朝刊を見ても、その情報が載っていない。

ガス 紙媒体が速報性をカバーできない現実をまざまざと見せつけられた。新聞社もネットに軸足を移してはいるが……。

石油 それにしては、新聞休刊日のデジタル版が弱すぎないか。ほとんど日曜日から更新されていなかったりする。

【石油】今年度末に廃止確定? 暫定税率巡り憶測


【業界スクランブル/石油】

自民党の森山裕幹事長が7月4日、ガソリン税の旧暫定税率について「25年度で止めることは約束している。12月にしっかり決める」と発言した。確かに廃止自体は昨年12月、「25年度税制改正」での検討で自公国3党幹事長が合意しているが、廃止時期は決まっていなかった。 それが、年度末の廃止で固まったのか、言葉足らずの発言だったのか、選挙向けのPRだったのかは分からないが、さまざまな憶測を呼んでいる。参院選の結果はどうあれ、暫定税率の正式な廃止時期は年末の税制改正議論で決まるのだろう。

一方、暫定税率廃止の実施までは、定額10円の燃料油補助金が続く。選挙向けの制度改正で複雑化しているが、少なくとも8月末までは定額補助に加えて、毎週の補助金額を調整してガソリン全国平均価格を175円に抑える「予防的な激変緩和措置」が行われる。

この期間内に原油価格が下落、円高に振れれば、定額補助だけが残り、国内の石油製品価格は下がる。ただ、仮に暫定税率廃止となっても、暫定税率部分全額(25・1円)が減るわけではない。補助金10円も同時に廃止されるから、ガソリン15・1円、軽油7・1円安くなるだけだ。

この補助金は経済合理性に欠く不適切な制度と言わざるを得ないが、地方では自動車に生活を依存せざるを得ず、また農林水産業者にとっても大きな恩恵だ。その意味では都市住民から地方住民への「所得移転」であり、同時に輸入物価高騰に対する「国家補償」ではある。地方に多い参院選の1人区での投票にどのような影響を与えたのだろうか。(H)

【ガス】ホルムズ封鎖が招く危機 同じ轍踏まない対策を


【業界スクランブル/ガス】

イランとイスラエルは一時的な停戦に入った。しかしこの戦争には、国家理念・宗教・地政学的利害などが複雑に絡み合った構造的対立が背景にあり、再発リスクは常に存在すると見る方が現実的だろう。そしてイランにとって、ホルムズ海峡封鎖は「欧米と湾岸諸国に打撃を与える象徴的手段」として選択肢にあると見ていい。もしホルムズが封鎖されるとLNGはどんな影響を受けるのか。

ホルムズ海峡内にあるのはカタールプロジェクト(世界シェア約2割)。現在、日本のカタール産LNG輸入量は年約300万t(シェア4%)とわずかで、ホルムズ閉鎖の直接的影響は大きくない。一方、中国のカタール輸入量は約1800万t(同24%)と日本の6倍になる。また韓国は約500万t(同10%)、台湾は約400万t(同18%)と日本よりも多い。よってホルムズ封鎖時には中国、韓国、台湾がスポットを買いあさる可能性がある。

2020年末に発生したJKM高騰は、主に中国、韓国による冬場のスポット買いあさりに起因しており、ホルムズ封鎖でも同様の状況が起こり得る。さらに欧州では天然ガス不足が常態化しており、ロシア産ガス代替として購入しているLNGの約1割がカタール産だ。カタール産がストップすると、TTFが急騰してJKM高騰の火に油を注ぐ可能性がある。

20年末のJKM高騰は、制御不能のJEPX高騰を招いた。ホルムズが封鎖されると、結果として同様の状況を招く可能性がある。政府も民間も今後の動向を注視するとともに、今からさまざまなリスクヘッジ策を講じることが急務だろう。(G)