栂野裕貴/日本総合研究所調査部研究員
テーマ:国際原油指標
イラン情勢の先行きが見通せず、原油価格は不安定な状態が続く。
国際原油指標の価格形成の特徴を踏まえ、今後の注目ポイントなどを解説する。
2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃を契機に、世界的に原油価格が乱高下している。「原油」と一言で言っても、産出地域によって性状(軽質か重質か、硫黄分の多さなど)が異なり、さまざまな油種があるものの、国際的に参照される指標としては、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物、北海ブレント原油先物、ドバイ原油―の三つが代表的である。こうした指標の価格は、世界の原油需給バランスによっておおむね決定される。たとえば、世界景気が好調であれば需要が強まり価格が上昇する一方、産油国が増産姿勢を強めると価格が下落する。原油は主に海上輸送によってグローバルに取引される財であるため、各指標の価格は基本的に連動する。
もっとも、各指標の価格差(スプレッド)が拡大することもある(図表)。この現象が生じる背景には、指標ごとの価格形成の違いがある。国際原油指標の価格形成を理解する上で、次の二つの軸から各指標の特徴を整理することが重要である。

提供:日本経済新聞社のデータを基に日本総研作成
産出地域と取引形態で変動 需給や投機筋の動きを反映
第一に、原油が産出されたり、消費されたりする地域の違いである。WTI原油は、米国のテキサス州などで採掘される。主な市場は北米であり、米国内の陸上パイプラインで輸送される。そのため、米国内の需給バランスの影響を受けやすく、米エネルギー情報局が毎週公表する米国の在庫動向が材料視されて価格が変動することがある。
北海ブレント原油は、英国とノルウェーの沖合にある北海油田で産出される。主な市場は欧州であり、海上輸送によって欧州各国に届けられるため、価格が欧州の景気動向や国際的な海運市況の影響を受けやすい。ドバイ原油は、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで採掘される。ドバイ原油の主な市場はアジアであり、中東から主に海上輸送されるため、中東産油国の生産動向に加えて、アジア諸国の経済状況や輸送時の要衝となるホルムズ海峡の動向などが価格形成に影響を及ぼす。
第二に、取引されるのが先物中心か現物中心かの違いである。WTI原油や北海ブレント原油は先物中心で、それぞれニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)やインターコンチネンタル取引所(ICE)傘下のICEフューチャーズ・ヨーロッパで取引される先物価格が指標となっている。一方、ドバイ原油は、大半が現物(スポット市場)で取引され、S&Pグローバル・プラッツが運営するシステム上で石油会社や商社などのトレーダーが相対取引を行い、価格が算定される。現物中心のドバイ原油の方が「利用される財」としての性質をより反映している一方、先物中心のWTI原油や北海ブレント原油の方が「金融商品」としての性質をより反映している。そのため、WTI原油や北海ブレント原油の先物価格は、原油需給だけでなく、投機筋の動きや他の金融商品(米ドルや株式など)のプライシングにも影響を受ける点が特徴である。
ホルムズ封鎖で大幅減産 現物への需要高まる
前述した各指標の違いを背景に、国際原油指標の価格が大きく乖離した事例として、コロナ禍の2020年4月とイラン軍事衝突直後の今年3月のケースが挙げられる。
まず、コロナ禍の事例では、世界的な景気後退を受けて原油需要が減少したことで、原油価格は総じて下落基調にあった。北海ブレント原油先物やドバイ原油の価格は20年4月20日に1バレル20ドル台まで下落する中、WTI原油先物価格は史上初のマイナス価格まで急落した。この背景として、WTI原油が米国内の陸上パイプラインで輸送される中、貯蔵容量がひっ迫していたという米国特有の要因と、貯蔵先を用意できない中で、先物を満期まで保有して現物の受取り義務が発生することを恐れた市場参加者が代金を支払ってでもWTI先物を売る必要に迫られたという先物取引に起因する要因の二つが挙げられる。
次に、イラン軍事衝突直後の事例では中東産油国からの供給が減少し、原油価格が総じて上昇基調にあった。WTI原油先物や北海ブレント原油先物の価格は今年3月19日に1バレル100ドル前後に上昇し、ドバイ原油は同170ドル弱まで急騰した。背景には、軍事衝突の激化やホルムズ海峡の事実上の封鎖を受け、サウジアラビアやUAEが大幅な減産を迫られたという中東特有の要因と、中東産原油の調達難に見舞われたアジア各国が、引き渡しが数カ月先になる先物ではなく、現物への需要を強めたことに起因する要因の二つがある。
今後、日本の事業者にとってWTI原油先物価格の重要性が相対的に高まる可能性がある。イラン軍事衝突前は原油輸入の9割以上を中東に依存しており、その価格はドバイ原油とオマーン原油の価格の平均値に中東産油国が決める調整金を加味する計算式で決定されていた。中東産原油の調達が困難化し、代替調達を進めており、とりわけ米国からの調達が急増している。日本が米国からの原油調達を増やすことになれば、WTI原油先物がそうした調達価格を形成するベンチマークになる可能性がある。原油の調達コストは、日本のエネルギー関連企業だけでなく、原油から精製される石油製品を用いる輸送業や化学産業にも影響を及ぼす。WTI原油先物は、実際の需給だけでなく、投機筋の動向やドル相場、株式市場の影響も受けるだけに、事業者は幅広い指標の動向を注視することが求められるだろう。





