矢島正之/電力中央研究所名誉シニアアドバイザー
今年の2月18日に、第7次エネルギー基本計画(以下、第7次エネ基)が閣議決定されるとともに、関連資料として、2040年度のエネルギー需給見通しが提示された。第7次エネ基では、東日本大震災後に策定された第4次エネ基から続いていた「原発依存度の可能な限り低減」の文言が削除された。1昨年に閣議決定されたGX基本方針では、廃炉を決定した原子力の敷地内で次世代革新炉に建て替える方針を示していたが、建て替え対象を「廃炉を決定した原子力を有する事業者の原子力サイト内」と改められた。また、新規立地での新増設は、「その他の開発などは各地域における再稼働状況や理解確保の進展など今後の状況を踏まえて検討していく」ことになった。
また、電源構成に関しては、再生可能エネルギーは4~5割程度と最も比率が高い。ただし、第6次エネ基に記された「再エネ最優先の原則」は削除されている。近年の再生可能エネルギーの年間導入量は、ピーク時の半減と低迷しているため、現状を打開する次世代型太陽電池として、「ペロブスカイト太陽電池」の実用化を急ぎ、2040年までに約2,000万KW普及させる目標を掲げている。第7次エネ基では、脱炭素効果の高い再生可能エネルギーと原子力を最大限活用することが重要としているものの、原子力は2割程度と第6次エネ基と同程度である。低炭素火力については、3~4割程度とし、燃料種ごとに分けなかった。水素やアンモニア、CCUSの普及を見通すことが難しいためである。
2040年度の電源構成を実現していくためには、特に長期の事業期間を見込む大規模な投資に関しては、容量市場の一部として創設された長期脱炭素電源オークションの役割が大きい。しかし、現行の長期脱炭素電源オークションの枠組みで、大規模脱炭素電源は確実に開発されるだろうか。第7次エネ基では、脱炭素電源への投資回収の予見性を高めるため、事業期間中の市場環境の変化に伴う収入や費用の変動に対応できる制度措置や市場環境を整備するとしている。
しかし、金利上昇、インフレ、為替変動などの投資判断時点で予見できないコスト変動要因のすべてを考慮した事後的調整を認めることは現実にはありえないだろう(実際、総括原価方式や規制資産ベース〔RAB〕モデルは想定されていないようだ)。そのような不確実性が存在する場合、応札価格を適切に設定することは、事業者にとって難しく、投資に慎重になる事業者も少なからず存在するだろう。このことは、とくに建設から廃止措置に至るまで総事業期間が100年程度となる原子力発電の建設に当てはまる。
第7次エネ基では、原子力は再生可能エネルギーとともに最重要電源として位置づけられている。原子力に関しては、再稼働を含め既存炉を最大活用する方針だが、ほぼすべての炉が稼働しなければ2040年度における比率を2割程度に引き上げることは困難である。しかし、それは現実的ではないため、再稼働に加えて新設やリプレースが必要となるものの、それを実現するのは容易ではない。これに対して、再生可能エネルギーは立地制約の影響が指摘されているものの、実際にはさらなる拡大の可能性を十分に秘めている。
原子力発電の投資環境の不透明性を考えると、可能な限り、再生可能エネルギーの拡大に努めるべきだろう。再生可能エネルギーの中でも、パブリックアクセプタンス上の問題が少ない洋上風力と需要家側に設置される太陽光発電には大きな期待が寄せられるが、とくに太陽光発電は、2040年度において再生可能エネルギー発電の5割を超え、多くの期待を背負っている。
需要側に設置される再生可能エネルギー電源に共通するのは、発電設備と消費者が近接していることである。需要家側設置の再生可能エネルギー電源は、この近接性ゆえにつぎのような経済的メリットを有している。まず、国内外で、消費地に設置される再生可能エネルギー電源の均等化発電コストが買電料金を下回るようになってきており、同電源よる自己消費が経済的になってきていることが挙げられる。また、多くの場合、再生可能エネルギー電源の運営者は、その発電電力の買い手と非常に密接な関係にあるか、同じ法人・自然人である。
後者の場合、電力の供給者が消費者でもあり、一般的な市場とは大きく異なる非常に安定した「ビジネス関係」を築くことができる。このことは、消費者の立場からは、必ずしも低いコストではないかもしれないが、安定的で予測可能な電力価格で供給を受けることが可能であることを意味している。同時に、供給者が消費者であることで、供給者の立場からは、投資の安全性が確保される。これは、電力取引所を介して販売する集中型電源では不可能である。再生可能エネルギー電源の電力供給者は、その所有する発電所が償却されるまで消費者と事実上の売電契約を結んでいるとみなされ、他の電力供給者との競争の中で、「顧客」を失い、新しい「顧客」を探す必要はない。
第7次エネ基では、再生可能エネルギーの発電比率は、2022年度の21.8%から、2040年度には4~5割程度と大幅に増大する。2040年度における原子力発電の比率を2割程度とすることは、実現が困難となる可能性が高い状況において、着実な脱炭素化を実現するためには、再生可能エネルギーの潜在能力を最大限に活かせる制度的枠組みの整備が求められる。現在、大部分の再生可能エネルギー電源は、FITやFIPが適用されているが、補助金終了後はリパワリングなどで地域共生型再生可能エネルギービジネスに代表される様々なビジネスを模索する事業者が増えてくると考えられる。
そのため、長期脱炭素電源オークションにおいても、再生可能エネルギー電源の最低入札容量の引下げやアグリゲーションの要件緩和などを行い、同電源の可能性を最大限引き出すべきだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。