「国が原子力政策を本気で進める地合いが整った」。10月21日、大手電力幹部は高市新政権についてこう評した。
新官邸の布陣を見ると〝経産省主導〟の様相だ。電力業界の期待が高まる一方で思わぬアキレス腱も見えてきた。
憲政史上初の女性首相に就任した高市早苗氏にとって、自民党総裁選での勝利から長い、長い3週間だったに違いない。連立与党の相手だった公明党が離脱し、首相の座を射止められるか危うくなった。就任前からつまずいた形になったが、日本維新の会を新たな連立パートナーとして引き込み、晴れて第104代首相に就いた。
自民党は公明党の退潮を受け、相当前から水面下で新たなパートナー探しに着手。中長期的な視野に立ってのことだったが、石破茂政権時に2度の国政選挙で衆参ともに過半数割れの状況に陥ると、連立相手探しが本格化した。衆参で伸長した国民民主党か、安倍晋三政権時代からのパイプを生かして維新か。この2党に照準を合わせていた。
天皇陛下から任命を受ける高市首相 提供:朝日新聞社
ある自民党議員は「これらの動きは公明党の票が頭打ちの状況が顕著になってきたことに起因する。将来にわたって政権維持するためにはプラスαの相手が必要になるという戦略からだ。もちろん自公に加えるという認識だった」と話す。
「維新との連立の予兆は7月ぐらいからあった」。こう語るのは、ある霞が関関係者だ。「維新の遠藤(敬)首相補佐官が毎年吉本興業とバーベキュー大会をやる。それに各省庁の幹部、職員も大勢参加するが、今年は林芳正さんが来た。1時間はいましたね。ビートルズの『レッド・イット・ビー』を熱唱されていましたが、これは『あるがままにする』という連立へのラブコールだったのではないかと見る向きが出ました」
自民党が維新との連立を模索していた証拠に、石破政権の官邸関係者も参院選の投開票前に「過半数割れした場合、連立の新パートナーは維新が最優先だ。ただ公明党が大阪で競り合っているのでここがクリアできれば」と話していた。
公明党の連立離脱という想定外の出来事が自民党のアクセルを全開にした。高市新執行部で政調会長に就いた小林鷹之氏を中心に維新側と急接近。大臣ポストや副首都構想の実現など維新側に有利な条件を提示し、心を揺さぶった。「公明党の離脱は渡りに船、障壁がなくなって晴れて維新との連立がしやすい環境が整った」(自民党関係者)との見方が大勢だ。維新側も公明というタガが外れたことで連立に踏み出せたに違いない。
安倍政権との類似点 GXは原子力が軸に
高市政権は安倍政権と似ている。閣僚は財務相に片山さつき氏、経済安全保障相に小野田紀美氏が就いた。安倍政権が「お友達内閣」と言われたが、高市首相の人事も安倍政権を彷彿とさせる身内人事になった。
官邸スタッフは経済産業省の官僚を中心に固めた。政務の首相秘書官に前経済産業事務次官の飯田祐二氏を配した。経産省からは事務秘書官として親原子力派として知られる香山弘文氏を付け、「経産省政権」と言われた安倍官邸を見ているかのようだ。嶋田隆・元経産事務次官が政務秘書官を務め、安倍政権の流れをくんだ岸田文雄政権とも通じる部分がある。
霞が関の事情通は「官僚に伝手のない高市氏はスタッフの人選に相当苦労したようだ。政務の秘書官に安倍政権で懐刀だった今井尚哉氏を招へいしようとしたが、さすがに断られたという(内閣官房参与に就任)。固定の職を持っていなかった飯田氏は断れなかったようだが、エネ政策通だけに業界は喜んでいるだろう」と述懐する。
その通り、この布陣はエネルギー政策には明るい。特に連立相手の維新が要求しているガソリン暫定税率の廃止は強力に進めていくことになる。高市政権最初の焦点は年末までに暫定税率廃止にめどがつけられるかであり、飯田氏を中心に政策が作られていくことになるだろう。
グリーントランスフォーメーション(GX)も原発を軸にした色彩を一段と強めてこよう。原発推進派が官邸を仕切ることで、東京電力柏崎刈羽など長期停止原発の再稼働や安全審査の進展のほか、新増設・リプレース、革新炉開発にも弾みが付くとみられ、電力業界関係者からの期待は大きい。
すでに永田町界隈では早期の解散総選挙の憶測が流れている。ある永田町筋は「ガソリン暫定税率にめどをつければ、維新が要求する議員定数削減を争点に年明け早々解散に打って出る可能性は十分にある」と話す。
この想定が実現するにはまずは内閣支持率の高さが重要になるだろう。初の女性首相という話題や刷新感から発足当初は高い支持率になるだろうが、じきにそのご祝儀もなくなる。永田町では早いうちの解散説が絶えないのはそういう理由もある。
女性支持の低さがネック 経済対策で行き詰まるか
ただ一つ気になるデータがある。自民党総裁選で党員・党友票の4割を獲得した高市氏だが、男女別比率は8割が男性だったという。残り2割の女性票も夫など家族とともに高市支持に回ったもので「純粋な女性支持は得られていない」(自民党関係者)との分析だ。高市氏にとっては女性票がアキレス腱になる可能性があり、今後の各種調査での支持層の男女比率に注目する必要がありそうだ。
威勢のよさが支持の源になっている高市氏だが、解散に打って出るとすれば維新との候補者調整が難航しそうだ。特に関西では自民党内からも反発が予想され、足元がおぼつかない。円安を主因とする物価高の継続は国民生活を圧迫しており、高市氏が自ら標榜する積極財政を推し進めれば、さらなる円安もあり得るだけに経済対策で行き詰る可能性も否定できない。
苦しい現状から打破するために高市氏が主義主張を改変させるようなことがあれば、それはそれで保守層からの支持を失うジレンマに陥る。新たな連立相手を射止め、かろうじて船出した高市新政権の前途は多難だ。