【エネルギーのそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2025年11月号)


燃料費調整制度導入の経緯/燃料電池自動車の普及状況

Q 燃料費調整制度が導入された経緯を教えてください。

A 同制度は、火力発電に使う原油、LNG、石炭の価格変動を、小売り電気料金に自動的に反映させる仕組みです。料金改定時に決められた基準燃料価格と、貿易統計価格に基づいて算定した実績燃料価格の差を一定期間後に電気料金に自動的に反映させます。自由化前の1995年の電気事業審議会報告での提言に基づき96年から順次導入・改定が進みました。自由化後も規制料金に引き継がれただけでなく、多くの自由料金メニューにも類似の仕組みが採用されています。

規制料金では、転嫁されるのは自社の燃料調達価格ではなく全日本平均輸入価格の変動で、調達努力不足で自社だけが高値で輸入しても救済されません。この点で、燃調調達価格低減の誘因にも考慮しています。

導入が議論された当時は、原油安および円高により規制企業である電力事業者に差益が出る構造で国民の不満が高まりました。事業者は暫定的な料金改定で差益を還元していましたが、迅速性と透明性に欠けるとの批判が高まり、この制度が導入されました。

その後の原油価格高騰局面では、自由競争企業はその価格転嫁に苦労しているのに電力会社はコスト高を自動転嫁できるのは不公平との批判もあったようですが、燃料価格が下落すれば電気料金は下がる上下対称の公平な制度と考えるべきです。しかし現在の規制料金では調整の下限はないのに上限が定められ、燃料価格の異常な高騰時に料金改定をして基準価格を変更しない限り費用を転嫁しきれない事態も起こりました。今後制度見直しも検討される可能性があります。なお都市ガスに関しても類似の原料費調整制度があります。

回答者:松村敏弘/東京大学社会科学研究所教授


Q 燃料電池自動車(FCV)の普及は進んでいるのでしょうか。

A 今年3月末時点で日本にはFCVが約8900台普及しています。しかし、日本が世界に先駆けて2017年に発表した水素基本戦略ではFCVの普及目標を20年に4万台としており、目標達成には程遠い状況にあります。

その理由は、水素ステーションの普及の遅れです。現在、日本には約160カ所設置されています。先の水素基本戦略では20年に160カ所を目標にしていましたので、数年遅れで目標は達成されましたが、多くの場合、日中のみや平日のみの営業で、場所によっては週に数日しか営業していないこともあります。それはFCVが少なく、水素ステーションの経営が成り立たないためです。

さらに、水素価格の問題もあります。FCV販売開始当初は多くの水素ステーションで1kg当たり1100~1300円でしたが、製造原価の上昇や収益面での課題から、現在は同1650~2300円になっています。FCVの「MIRAI」を満タン(5.6kg)にする場合、1万円以上に上りハイブリッド車に比べてコスト優位性がなくなっています。

現在、普及の力点は乗用車ではなく商用車(トラック、バス)に移りつつあります。商用車であれは確実な水素需要が見込め、水素消費量はFCVの20~50倍なので、水素ステーションも採算がとりやすくなります。日野自動車とトヨタ自動車は共同開発した大型トラックの販売を10月に開始しました。また、国は5月、東京都や愛知県など5地域を商用車導入の重点地域に定めました。国の目標は、30年に小型トラックは累計1.2万〜2.2万台、FC大型トラックは累計5000台、FCバスは年間供給台数200台となっています。その意味で、FC車両普及の正念場はこれからです。

回答者:丸田昭輝/テクノバ フェロー

【大野敬太郎 自民党 衆議院議員】成長分野への大胆投資を


おおの・けいたろう 1968年香川県出身。93年東京工業大学大学院理工学研究科機械工学専攻修了。2012年の衆議院議員選挙で初当選。防衛大臣政務官、内閣府副大臣、自民党政務調査会副会長、科学技術イノベーション戦略調査会会長などを歴任。当選5回。

大学卒業後は宇宙工学の研究者として宇宙ロボットや衛星機器の開発に携わった。

近年、重要性が高まる経済安全保障や先端技術・戦略産業の育成に力を注ぐ政策通だ。

父・功統氏が財務官僚だったため東京都で生まれ、幼稚園はスイスで過ごした。小学校で地元の香川県に戻ると、父が香川県知事選に出馬。落選したが、周囲にはいつも支援者たちがいて、子どもにとってはあまり居心地が良くなかった。高校生の時には父が衆議院議員に初当選したが、政治に対しては「黒い世界」というイメージがあった。

幼い頃からものづくりに興味を抱き、家電製品やおもちゃを直したり、壊したりしていた。次第に「ものづくりで世の中に貢献したい」と考えるようになり、東京工業大学(現在の東京科学大学)、同大大学院と進んだ。機械工学を学び、宇宙ロボットを作るという目標を立てた。

その傍らで、大学時代には国際政治や安全保障への関心が高まった。特に4年生だった1991年に勃発した湾岸戦争には大きな衝撃を受けた。「研究室の片隅にあった小さなブラウン管のテレビで、世界初の紛争地帯の中継映像を見た。閃光弾が飛び交い、イラクに侵攻されたクウェートの母親が子どもを抱えて逃げ惑っていた。心を揺さぶられたのを思い出す」。以来、昼間は微分方程式を解き、夜は憲法や国際法、戦史物の専門書を読みあさった。

大学院卒業後は富士通に入社し、宇宙開発推進室配属や富士通研究所に所属した。念願だった宇宙ロボットや衛星機器の開発、米国航空宇宙局(NASA)と共同で行ったX線観測衛星のデータ信号処理、日本の月周回衛星の概念設計などに携わった。学術論文も数十本執筆している。

36歳の時、父が防衛庁長官に就任した。安全保障の世界を内側から見る貴重な機会だと思い、「1年だけやらせてくれ」と頼んで秘書官になった。間近で見た政治は思ったほど黒くはなく、むしろやりがいのある仕事だと思った。気付けば父の政策担当秘書になり、2012年、父の引退に伴う候補者公募に合格。自民党が政権を奪還した同年末の衆議院議員選挙で初当選を果たした。


技術革新のために勝負に出るべき 再稼働を巡る制度整備が必要

人前で話すのはあまり好きではない。「地道に何かを作って、周りの人が喜んでくれることが嬉しい」という職人気質だ。「政治家にもいろいろなタイプがいる。平場の部会などでリーダーシップを発揮する人やメディアに出て国民に向けて話すのが得意な人……。自分は淡々と理詰めで政策を作り上げる実務者タイプ」

注力するのは経済力の強化だ。近年の国政選挙では減税を掲げる政党が躍進したが、需要を喚起する政策よりも、将来を見据えて供給力を向上させる政策を訴える。「AIや量子技術、宇宙、エネルギー、創薬といった戦略産業や先端技術には国が大胆に投資すべきだ」。財源については「将来の価値を生む分野への投資は、社会保障などと考え方が違う」として、赤字国債の発行を容認する。国内総生産を上げるには、全要素生産性(TFP)・資本投入量・労働投入量(就業者数と労働時間)の伸びが必要だ。しかし、日本はTFPこそ維持傾向にあるものの、資本投入と労働投入は減少傾向にある。「いま勝負に出て価値を生み出さなければ、日本の未来は暗い」と危機感をあらわにする。

エネルギー政策で重視するのは経済安全保障の視点だ。「エネルギーミックスは国際秩序やサプライチェーンの自立性などを総合的に判断して組み立てるもので、日本は原子力を活用するのが合理的だ。再稼働と新設・建て替えはもちろん、核融合を含めた技術開発を国が主導すべき」。再稼働については、リスクと利益のバランスを制度的に担保して、住民に分かりやすく提示する必要があると指摘。地元の四国には伊方原子力発電所が所在するが、「原子力規制委員会の審査に合格しているにもかかわらず、差し止め訴訟によって運転を停止したことがあった。運転に関する権限は国に集約させた方が良いのではないか」との考えを示す。

10月の自民党総裁選では、昨年に続いて小林鷹之氏の推薦人を務めた。「高市早苗総裁、小林政調会長という布陣になり、政策的にはかなり期待している」

趣味は今でもDIYだ。新型コロナウイルス禍で時間に余裕ができた時には、自宅のじゅうたんを全てフローリングに張り替えた。壊れた家電製品なども自分で直すため、「なかなか新しい家電製品にならない」と笑う。最近気にかけている言葉は「知行合一」。知識と行動は一体だとする陽明学の思想を表している。「政策を積み上げるだけでなく、小林氏のような同志と共に行動を起こす必要があると気づいた」。日本の未来を設計する真の政策通が、総理の懐刀となる日はそう遠くないのかもしれない。

【需要家】酷暑が暮らしを変えていく 電力需要の再考の時


【業界スクランブル/需要家】

今年の夏も記録的な暑さとなった。気象庁では猛暑日を超える暑さの名称について検討が始まっているようだ。温室効果ガスの排出を止めない限り、気温は今後も上昇し、私たちはこれまで経験したことのない環境で暮らすことになる。

筆者自身も、夜間の酷暑に耐えきることができず、夜通しエアコンを運転するようになった。これは機器の使い方の変化の一例だが、今後の気温上昇に伴い、ライフスタイルとエネルギーの使い方には大小さまざまな変化が生じるだろう。

衣食住に分けて足元の変化とその先の状況を想像してみると、例えば衣類は冷却ファン付ベストの利用を見かけるようになった。人を冷やす技術は今後さらに進化し、エネルギー消費の新たな形を生むかもしれない。

食の分野では、産地の北上、またハウス栽培の課題が顕在化し、農業における冷房需要の増加も予想される。

住環境においては、新型コロナウイルス禍以降に定着したリモートワークが、猛暑による外出困難を背景に再び主流となる可能性もある。これに伴い住宅設計の関心も「冬の暖房効率」から「夏の冷房負荷低減」へと移ることも考えられる。

また、日本では導入されていないサマータイムが再び議論される可能性もあり、活動時間のさらなる夜間シフトもあり得るかもしれない。

このように、気温の上昇によって人々の暮らし方そのものが変われば、これまでの予測を大きく上回るエネルギー需要が生じる可能性がある。政策や企業戦略も、こうした変化に柔軟に対応することが求められている。(K)

機械工学で社会課題解決へ 部門、組織横断で役割発揮


【巻頭インタビュー】岩城 智香子/日本機械学会 会長・代表理事 東芝 首席技監

機械総合技術の中核団体たる日本機械学会では、今春歴代2人目の女性会長が就任した。

複雑な社会課題の解決にどう尽力するのか、また原子力技術開発への問題意識などを聞いた。

いわき・ちかこ 東芝入社以来、原子力発電システムの安全性や性能向上に関わる研究開発に従事。近年は蓄熱発電技術などの研究開発にも注力。日本学術会議連携会員。

―2017年に設立120年周年を迎えました。特に今求められる役割をどう考えますか。

岩城 本会は機械工学の学術的進展や機械産業の発展を目的とし、現在約3万2000人の会員が所属しています。部門が活動の基本で、機械の四力学(材料・熱・流体・機械)、エネルギー、交通・物流、宇宙、バイオなどの産業展開、さらに技術と社会、安全を扱う部門など22部門が存在します。多様な専門家を擁し、産官学バランス良く活動している点が特徴です。各専門技術の深化と同時に、部門横断的な活動でイノベーション創出を促すことを意識しています。例えば、年次大会では3年前から部門横断型のセッションを推奨しており、新たな視点での議論が生まれたという多くの声が上がっています。

昨今の社会課題は複雑・多様化していますが、いずれの解決にも機械技術が欠かせません。その上で、さらなる多角的な視点と分野融合に向け、複数の他学協会と横断テーマを設定して協同し、相互の強みを生かした技術の発展を目指しています。

―エネルギー・環境部門で力を入れている点は?

岩城 本会の重点分野であり、動力・エネルギーシステム部門や環境工学部門などが中心となっています。前者の部門では、カーボンニュートラル(CN)やGX(グリーントランスフォーメーション)・DX(デジタルトランスフォーメーション)などの政府方針を踏まえ、新たな課題への対応に向けた取り組みを進めています。再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、重要性が高まるエネルギー貯蔵技術に焦点を当てた研究会を設置。第7次エネルギー基本計画の策定に資するべく、「CN達成に向けたエネルギーストレージベストミックスのための提言」を取りまとめ、社会に向けて発信しました。

また、部門横断で取り組んでいるロードマップの策定も本会の重要なミッションです。現在は、持続可能で豊かな社会の実現に向けて50年の社会像を設定し、バックキャスティングで必要な技術や研究課題を示すアプローチを取っています。


原子力技術開発の停滞 遅れの取り戻しが急務

―ご自身の研究の歩みを教えてください。東芝で原子炉コアキャッチャーの設計などに携わったと聞いています。

岩城 専門は熱流動、特に気液二相流です。沸騰型原子炉における二相流現象の解明とモデル化を通じて、既設炉の安全性向上に貢献する機器の開発や、新型炉の研究開発に携わりました。東芝グループでは、長年にわたり原子力発電プラントの安全系、特に静的冷却システムの研究開発に注力。コアキャッチャーは代表的な成果の一つで、炉心が溶融して圧力容器を貫通し落下した場合に溶融物を受け止め、沸騰による自然対流冷却で拡散を防ぐ技術です。欧州でのシビアアクシデント対策導入を踏まえ、早期に開発に着手しました。長年培った知見と技術を生かし、現在は規制基準を踏まえた革新軽水炉に求められる要件に沿って実機設計への展開を進めています。

―これからの原子力利用に向けて、特に日本の技術開発が抱える課題をどう捉えていますか。

岩城 大型研究施設の老朽化による廃止や、福島第一原子力発電所事故後の環境変化により、技術的・人的リソースの確保が大きな課題です。一方、国内の電力需要見通しが増加に転じ、脱炭素電源の供給力強化に貢献する原子力への期待が高まっています。第7次エネ基でも原子力の積極活用方針が明示されており、大学や研究機関の協力体制の構築が不可欠です。学術的知見の共有のみならず連携の在り方を議論する場としても、学会の役割は重要です。

例えばSMR(小型モジュール炉)は従来の大型原子炉とは異なる設計思想で、高い安全性、短い工期、立地条件の柔軟性などの利点があります。日本におけるSMRの開発は諸外国に比べ著しく遅れているという問題意識の下、本会では研究会を立ち上げました。若手人材の参画を促進しつつ、次世代の原子力技術の発展に向けて、組織の枠を超えた議論の場の構築を目指します。


長期・継続的な技術変革を 在るべき機械工学の姿提示

岩城 50年のCN達成やGX・DXの推進は、新たな産業創出によるビジネスチャンスとも言えます。国際情勢や市場など将来的な見通しは不透明な状況ですが、高い安全性と経済性を有する安定性に優れたエネルギーの供給に向けて、技術変革を長期的・継続的に進める必要があります。特にエネルギー問題に対しては、材料・熱・流体などの基盤技術をベースに、機器・システム設計や社会実装までのプロセスでは計算工学・設計工学・環境工学など、幅広い機械工学の技術領域を総動員する必要があります。

加えてデジタル分野などの新技術の導入も不可欠です。中長期的な技術課題の検討には、ロードマップの継続的なローリングを通じた議論も重要です。

―今後学会で強化、改善すべき点はありますか。

岩城 社会ニーズや技術革新に応じた機械工学の目指すべき姿や取り組むべき課題を提示し、社会に向けて積極的に発信することを推進していきます。そして、やはり人材育成が大きな課題。本会の若手会員数も減少する中、多様な教育プログラムの提供や若手支援策の充実化を、他学協会とも連携しながら取り組みたいと考えています。

【再エネ】今見直される水力の価値 欧米中で新増設拡大


【業界スクランブル/再エネ】

水力発電は100年以上の歴史があり、第7次エネルギー基本計画でも現行の発電電力量748億kW時を880億~1200億kW時に増やすことを掲げる重要電源である。しかし目標達成はなかなか難しい状況にある。

最大の問題は経済性である。主に経済性で有利な地点から順番に開発されてきたので、現在は経済性の良い地点は減少している。水車やダムは太陽光パネルのような大量生産が難しく、FIT、FIPで地点が増えてもコストダウンは厳しい。水力発電設備は寿命が長く100年以上の例もある。これは良い面である一方、投資回収年数の長期化と初期投資額の負担が他の電源に比べて重いというビジネス上の課題となっている。水力発電の拡大には経済的な支援がどうしても必要である。

ところでAIの普及、データセンターの拡大による電力需要の増加により揚水発電の新設、増設が欧米や中国で話題となっているようである。日本では電力需要が伸びた1960年代以降に揚水発電所が次々と建設されて現在は約40地点あり、最大出力が100万kW以上の発電所も13カ所ある。揚水発電は水力発電の一種であり、設備が巨大であるのに高度で高速な制御が可能である。例えば完全停止状態から最大出力運転までたった3分で到達できる。

さらに近年は電力用半導体の進歩によりポンプ水車の回転数の変化が可能になったため、揚水運転時に入力をミリセコンドという短い時間で制御できる可変速技術が開発、運用され、系統安定化に役立っている。100年前の枯れた技術と思われている水力発電がAIやDCの登場で見直されるかもしれない。(K)

欧州に迫るロシアの影 NATOの備えは十分か


【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト

東欧・北欧諸国に対するドローンでの領空侵犯が頻発し、欧州が対策を急いでいる。

米国の内向き志向が強まる中で、NATOは高まるロシアの脅威にどう向き合うのか。

欧州が安全保障面で最も気にかける国はロシアだ。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻を始めて以後、欧州では、ウクライナとの戦争はロシアにとって「序の口」に過ぎず、次の標的は欧州との見方が広がる。

ロシアの脅威を説く代表的な人物は、ドイツ情報機関トップのカール長官だ。昨年10月に、ロシアが30年までに欧州を攻撃できる軍事力を備えるとドイツ議会に報告した。最近も、ロシア系住民が人口の約4分の1を占めるエストニアに、ロシアが「ロシア系住民の保護」を名目に攻め入る可能性を指摘している。北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長も「ロシアは3~7年以内にNATOを攻撃できる態勢を築く可能性がある」と備えの重要性を説く。

こうした懸念が高まるのは、ロシアがウクライナに侵攻して以後、欧州諸国でロシアによるものと見られる破壊工作が相次ぐためだ。ウクライナ支援物資を収めた貯蔵施設や鉄道の破壊、船のいかりを使い海底ケーブルを切断する事件などが続く。「グレーゾーン攻撃」や「ハイブリッド攻撃」と呼ばれる。

だが、ロシアはいずれの事件も「ロシアをおとしめるために西側諸国が流したプロパガンダだ」と反論、関与を認めていない。ただ、ロシア大統領府のペスコフ報道官は、ウクライナに武器の提供を続ける欧州諸国は「事実上、ロシアと戦争状態にある」と表現する。

ブリュッセルにあるNATO本部


相次ぐ領空侵犯 「ドローンの壁」を構築

有効な対策を打てない欧州をあざ笑うかのように、ロシアは攻撃のギアを一段上げた。欧州の備えを試す動きと言える。手始めはポーランドだった。9月9日夜から10日早朝にかけ、少なくとも19機のロシア製ドローンが次々と領空を侵犯した。NATO軍はF16戦闘機や最新鋭のF35ステルス戦闘機、早期警戒管制機(AWACS)などを緊急発進させる。だが、撃墜できたのは「3機もしくは4機」にとどまった。撃ち漏らしたドローンは燃料切れでポーランド領内に墜落した。幸い、爆弾を搭載していなかったため、死傷者こそでなかったものの、無残な「戦果」と言える。

連日のようにロシアからの攻撃に見舞われるウクライナ軍の対応と比較するとNATO軍のふがいなさが際立つ。同月上旬、ウクライナに過去最大となる800機以上のドローンや弾道ミサイルなどが襲いかかった。ウクライナ軍は対空砲火や、1機当たり数千ドルという格安の迎撃ドローンなどを駆使して9割以上を撃墜した。一方、1機1億ドル以上のF35を投入、1発100万ドルもする空対空ミサイルを放ったNATO軍の撃墜率は約2割と、コスパも含めて大差がついた。もし、数百機のドローンが連日押し寄せた場合、こうした高価な武器を使った対応はコスト的にすぐ限界を迎える。その後も欧州各国で同様の領空侵犯が相次ぐ。デンマークやノルウェーでは国籍不明のドローンが侵入し、主要空港がしばらくの間、閉鎖に追い込まれた。ロシアはバルト海上を航行する船舶からドローンを発進させた可能性がある。

【火力】三菱商事撤退で考える 供給責任の在り方


【業界スクランブル/火力】

今回は供給責任について考えたい。洋上風力発電の第1回公募は、三菱商事連合が総取りしたものの、全事業撤退となった。筆者は本件を論評する知見はないが、「なるほど」と思ったことがある。それは200億円もの保証金を没収されるが、建設計画を放棄できる点だ。この撤退で30年度に176万kWの供給力が消えることになる。電力広域的運営推進機関が毎年度末に取りまとめている供給計画上にも、風力の特性を考慮した調整係数を乗じたkW分が確保されているが、この消え失せた分の責任を誰が負うのかは不明確だ。

かつての10電力体制では、このようなことは起きなかった。各社には厳格な「供給義務」が課され、甚大な天変地異でもない限り、その責任を逃れることは許されなかった。そのために地域独占と総括原価方式が認められていたが、料金改定には国の厳しい審査が必要であり、安定供給は確保されつつ料金がいたずらに高騰することもなかった。当時の電力会社は、経営リスクに対し全く別次元の意識を持っていたのである。

現在、発送電分離により供給力確保義務は小売りに課されており、見通しに甘さがあったとしても三菱商事チームが供給力確保の責任を負わされることはない。そうであるなら、今回の件がFITによる公募であったことも考慮すると、国が計画とん挫による供給責任についてもっと自覚すべきなのではないか。

理論上は全面自由化こそ最善の選択肢かもしれないが、供給責任の所在が明確で、審査もシンプルであった旧来のシステムの有効性について、今こそ率直に再評価すべき時であると言える。(N)

設立から10年を振り返る 知命の歳に誓う歩みの深化


【リレーコラム】大滝雅人/JERA LCFバリューチェーン統括部 LCF計画部長

「終戦から80年」「阪神・淡路大震災から30年」など歴史的な節目の今年が、あと数カ月で終わろうとしている。当社にとっても設立10周年という記念すべき一年であった。

振り返れば、この10年は予測不能の連続だった。JERAが設立された2015年、私は中部電力の社員として米国LNG輸出プロジェクトの立ち上げのため、ヒューストンに駐在していた。当時、石油価格は1年半で110ドル超から30ドル台まで急落し、オイルメジャーは大量レイオフ、本邦企業もシェール権益で巨額の特損を抱えた。駐在当初、「震災後のアジアプレミアムに苦しむLNG調達のゲームチェンジャー」と期待され、「社運を賭けた」とまで言われた担当案件は、やがて「最も高いLNG価格だから、商業開始が遅れた方が良い」とまで言われる状況に追い込まれた。

ゼロから挑んだ新燃料の事業開発一方で、15年にパリ協定が採択され、気候変動を現実の脅威と認識する社会的機運が高まり、脱炭素への移行が加速化していく。米国から帰国後、JERAメンバーとしてLNG調達や事業開発を担っていた私に課せられたのは、ゼロエミッション火力の実現に向け、水素・アンモニアという新燃料に挑み、ゼロからサプライチェーンを構築することだった。21年以降、この全く新しい領域で事業開発・提携・組織づくりにまい進し、今年4月には米国で世界最大規模のブルーアンモニア製造案件に参画し、最終投資決定に至るという大きな節目を迎えることができた。しかし直近では、地政学リスクや価格高騰を背景に、化石燃料回帰の動きも強まっている。

世界情勢を見ても、15年当時はグローバリゼーションの深化と国際協調への期待が高まっていた。しかし17年にはトランプ米政権が発足し、一国主義への転換が鮮明となった。22年にはロシアによるウクライナ侵攻が戦後秩序の根幹を揺るがし、今年には「またトラ」による貿易戦争で世界の分断がさらに深まっている。未来は予測できない。10年前に今の世界を想像できた人は誰一人いないだろう。しかし、不確実な時代だからこそ、自らの軸を見失わないことが重要だと強く感じている。 私自身、「不惑」であるはずの40代も、実際には外部環境に惑わされ、必死でもがきながら走り続けた10年だった。そして今年、「知命」の50歳を迎えた。これからは外部の変化に踊らされるのではなく、「社会にどう貢献できるのか」を己に問い続け、エネルギー安全保障を担う存在として、その歩みをさらに深化させていきたい。

おおたき・まさと 1998年中部電力入社。主に燃料調達・LNG事業開発案件を担当。現在、JERAで水素・アンモニアなど新燃料バリューチェーン構築事業に取り組む。

※次回は、ボストン・コンサルティング・グループの平慎次さんです。

【原子力】原発活用への政策転換 新首相のけん引力に期待


【業界スクランブル/原子力】

新風を巻き起こす女性首相の下でも、わが国の前途は難問山積である。戦争や核兵器による脅しが続く国際情勢の中で安全保障の強化、経済産業の立て直しと貿易収支の改善、農業政策の改革と食料自給率のアップ、少子高齢化・労働力不足への対策と科学技術力の回復など枚挙にいとまがない。

だが、エネルギー自給率の向上とその価格抑制はいずれの分野にも貢献する。特に原子力の最大限活用が効果的だ。技術的課題は当局と産業界に任せればよいが、首相でなければできないことがある。以下の課題解決に向けたリーダーシップを期待する。

安全審査には10年を越える異常な時間がかかり、既設原発の再稼働は遅々とし、バックエンド、とりわけ再処理工場の完成に大きな障害になっている。さらに新設炉の運転開始は見通せず、電源開発計画に乗せようがない。トランプ米大統領は、米国規制委の人員を削減して新設の審査プロセスを1年半に、既設を1年以内とすることを要求し、規制委はこれに応えようとしている。一方、わが国では規制委が許可しても再稼働は立地県の知事が同意判断を逡巡し、首都圏の需要家に大きな経済負担を強いている。

新規建設の資金調達は困難で、融資が進む方策が必要だ。高レベル廃棄物の処分場立地プロセスの前進には抜本的対策が不可欠だ。国内の電力需要の3分の1を供給する東京電力が原子力を大規模に復活できないことは、将来への懸念であり、福島第一原発事故の賠償の清算と廃炉負担の解決も重要である。今後は一層原子力が大切なので、若い人が技術者を目指すような政策を実行してほしい。(T)

【シン・メディア放談】波乱の総裁選は序章に過ぎず 自公連立解消で歴史的局面に


〈メディア人編〉大手A紙・大手B紙・大手C紙

大半の予想を覆し自民党新総裁に高市早苗氏が就任。そして公明党離脱で怒涛の展開へ突入した。

―政局が大混乱となっている。まずはその序章となった自由民主党総裁選の感想からどうぞ。

A紙 今回は右寄りメディアの姿勢に物申したい。高市早苗氏支持の党員の離党について週刊文春が報じたが、産経は地元に確認を取らないまま載せていたようだ。これは党の管理の問題であり、小泉陣営のせいにするのは下品。高市氏の周辺はなんでもかみつきすぎだ。

B紙 ニュースが総裁選一色となる中、優勢とされた小泉進次郎氏が政策をあまり語らず、盛り上がりに欠け、政治部は苦労していた。そして投開票前日には小泉氏は厳しそうとの話がまわり、ふたをあければ高市氏の党員票が圧倒的だった。女性初の首相誕生はエポックメーキングだし、個人的には思い切って動けない少数与党なら高市首相でも良い。ただ、麻生太郎氏に好き勝手やらせすぎだ。

C紙 高市、小泉、林の三つ巴かと思ったが、高市氏が獲得した党員票は4割に上り、ドブ板選挙の結果だ。一方の小泉氏は語っても語らなくてもダメだとはっきりし、終了の感が漂う。ステマ報道などがタイミングよく出たのも、要は人気がないから。そして林芳正氏は宏池会が割れる中、党員票・議員票ともに善戦し、次の芽が出てきた。

A紙 高市氏は最後の演説のペーパーを茂木敏充氏、小林鷹之氏に渡すなどしっかり段取りし、読み間違えないよう目を落としていた。麻生氏の「国家老」たる福岡県議が暗躍したと聞く。結局は小泉氏の一人負けだった。

B紙 途中で外遊したのも文春砲から逃げるためだ。彼はよくも悪くもカラーがない。今国民が求めているのはカラーのある人だ。それなりに柱を持つ高市氏なら、投票した議員も言い訳できる。44歳の小泉氏の首相の道は遠のき、小林氏の方が先になるかもね。

C紙 陣営には小泉氏の利用価値で寄ってきた人が多く、彼らは早い時期から調子の乗り方が異常だった。挙句12人にカレーパンを食い逃げされた。


ガチだった公明 80年所感とバッティング

―ついに公明党が政権から離脱し、衝撃が走った。

B紙 発表前日の10月9日夕時点で離脱は決定的との情報が流れた。創価学会側の意向が強かったと聞く。一番印象的なのは、斉藤鉄夫代表のすっきりした表情だ。衆院選、都議選、参院選と良いところがなく、自民は相当な重荷だったのだろう。

C紙 自民は「公明は政権のうまみからは離れられない。騒いでいるだけで結局収まるだろう」とタカをくくっていた。でも連立の相手は自民でなくても良く、公明はガチだった。

A紙 ただ、高市氏に帰責するような議論は筋違い。公明支持者が「政治とカネ」の尻ぬぐいをさせられ、それに何の手も打たなかったのは岸田文雄・石破茂両氏だ。「還流」首謀者をあぶり出せない清和会も同罪といえる。

一方、「中国駐日大使の入れ知恵」といった高市支持者とみられる公明バッシングもいただけない。逆に高市政権成立後の政策実現可能性を損ねている。無能な味方は本当に恐ろしい。

C紙 こうなる前に、両党は安倍政権の安全保障関連法でもめた時に距離を取っておけばよかった。そうしていれば、公明は小さくても今も存在感を発揮できたはずだ。結局、その時決断できなかったことでお互い不幸になった。

A紙 斉藤氏自らの「政治とカネ」問題も蒸し返された。相続分の不記載と、パー券収入の不記載は同一ではないが、果たして全く違うと言い切れるのか。また、報道に作られた「政治とカネ」の幻影に囚われてはいないか、とも思う。

B紙 それにしても、公明離脱が石破首相の「戦後80年」所感の発表と重なったことは不運としか言いようがない。内容は悪くはないが新しい点はなく、2カ月引っ張った意味はない。毎日はこの所感を1面で扱わず、公明離脱だけで1面を作っていた。日本政治史の節目の報道としては適切な判断だったと思う。


早期解散の公算高まる 幸いエネ政策は「凪」か

A紙 四半世紀ぶりの大政局で「数合わせ」が焦点となるのはやむを得ないが、エネ政策などの不一致を覆い隠す連合の容喙、立憲のなりふり構わぬ姿勢は大いに批判されるべきだ。

C紙 埋没を避けるため「玉木雄一郎首相」なんて言い出した立憲民主党は本当に終わりそう。他方、高市氏は意外と柔軟性がありオポチュニストの面も。平時はタカ派だが支持率が下がってきたら変容するかも。そうした面がばれないうちは、うまくやっていきそうな気がする。

A紙 解散総選挙の可能性が高まっている。タイミングは補正予算など通過後の常会冒頭か?そんな中、エネルギー政策への影響はフラットと思われるシナリオの可能性が高いことは、不幸中の幸いといえる。

C紙 ただ、円安とインフレが止まらない中、ガソリン暫定税率廃止まで断行して本当に大丈夫か。財政規律重視の日経の静観も良くない。

B紙 いずれにせよ、国会を開かないまま3カ月経ち、国民生活に目を向けた議論がされていない。石破首相は左派にも演説を評価されたが、結局それだけの政権だった。この1年は国民にとって実に不幸だったと思う。

―そしてにわかに自民・維新連立の可能性が高まった。大きく動きだした日本政治の向かう先は―。

(座談会は10月中旬に開催)

【コラム/11月21日】“食欲の秋”ならぬ“制度設計の旺盛な秋”


加藤真一/エネルギーアンドシステムプランニング副社長

この夏のエネルギーや環境に関する審議会の開催数は比較的少なかった。一服感があったと感じられたのも束の間、秋に入ってからドライブがかかり、一気に開催件数、そして審議される内容が件数・濃度ともに増加している。これから年末、そして年度末にかけて、これまで議論してきたことの取りまとめや来年度施行の制度設計、あるいは通常国会に提出する法案の準備等、慌ただしくなることが予想される。

また、政治の世界では石破内閣から高市内閣へと交代した。新内閣は経済安全保障や物価高騰への対応を引き続き行いつつ、これまである意味、影を潜めていた成長戦略といった“攻めの政策”にも着手しており、今後の舵取りが期待されるところもある。

こうした政治の動きも踏まえ、日本のエネルギー政策や制度設計が現在どのように動いているのか、9月から11月上旬までの審議会での議論を振り返りたい。


GX政策は日本経済発展の起爆剤となるか

GX関連の審議会は、GX実行会議を筆頭に、関連するワーキンググループが配置されている。ここ数カ月で最も議論が進展しているのが、GX産業立地である。GXについては、16の重点分野について方向性を定め、GX経済移行債等を活用した必要な先行投資や規制・制度的措置、市場環境整備、ロードマップの策定が行われ、順次取り組みが進められているが、こうした新たな産業を創出、維持・発展させるためには、それら産業が集積し、活動する場が必要となる。

そこでGX戦略地域制度を創設し、①コンビナート等再生型、②データセンター集積型、③脱炭素電源活用型(GX産業団地等)の3類型を設定し、そこに関わる自治体や企業等からの提案募集を行っている。全部で199件の提案が出たとのことで、その中でも最も多かったのがデータセンター集積型で90件となっており、この分野に関心の高い、あるいは活路を見出そうとする自治体や企業が多いことが分かる。意見については、予算支援関連、規制・制度改革関連、その他に分けられて集計されたものが出されたが、多く見られたのが、電力・通信、土地、水などのインフラ整備に係る支援や制度的措置、脱炭素電源等の導入支援や利用に関する制度的措置であり、事業の予見性を高めるための支援が重要と考えているようである。

11月に行われた第5回ワット・ビット連携官民懇談会ワーキンググループでは、こうした意見も踏まえ、これまで整理した選定要件の見直し、今後の公募の進め方が提示された。その中では、「新たな集積地点として真にふさわしい地域を選定」「計画内容が勝ち筋に繋がることを審査」といった言葉が並べられている。このことからも分かるとおり、生半可な気持ちや流行りで集積地をつくり事業を行うといったことではなく、データセンターを軸とした産業創出・発展を真剣に考えている地域・企業を育てたいという意志が見て取れる。そのため、選定も2段階で行い、事業計画も洗練した上で審査を行うといった方法をとることになる。

【ガス】LNG調達柔軟化へ 気になるアラスカの行方


【業界スクランブル/ガス】

9月にロシアと中国で天然ガスパイプライン「シベリアの力2」建設に向けた覚書が締結された。2030年に供給開始予定だ。「シベリアの力1」はすでに稼働中であり、中国向け供給量は2の完成後にウクライナ戦争前の欧州向け総量の3分の2に達する。

2の価格はいまだ未合意だが、交渉は買い手である中国に有利な状況にある。欧州市場を失ったロシアにとって、中国は最大の潜在的買主。一方、中国は総需要量の6割を国内生産で賄い、輸入もLNGと中央アジアパイプラインガスを併用することで、代替オプションを複数持っている。こうした状況下でも交渉を進めざるを得ないロシアは、相当に危機的状況といえよう。

日本はどうか。売主に足元を見られて安価なLNGを購入することは難しいと言われてきたが、今後は価格・条件面で売主と戦える局面を迎える。30年頃までに米・カタール中心に供給能力が増強され、総生産量は現状の1・5倍に増加。満期プロジェクトを多く抱える日本買主はタイムリーに需要を創出できる。ベース玉はより低コストの長期契約を選択し、市場調整はスポット・短期で機動的にという柔軟なポートフォリオ設計を実現する好機なのだ。

米国が上流投資を迫ってくるアラスカLNGは、高コストによる高価格玉の引取義務や遅延などのリスクを負う可能性がある。しかし市場高騰時の自然ヘッジや確実な融通枠確保、柔軟な契約条件実現などのメリットがあるため、政府系金融の負担共有や小さく生んで確実に育てる段階投資などでリスクヘッジを行いつつ、メリットを最大限享受する努力をすべきだ。(G)

【石油】熟慮なき暫定税率廃止 政治に翻ろうされた3年


【業界スクランブル/石油】

高市早苗氏が首相に就任した。読者が本誌を手に取っている時には、もしかすると「ガソリン税の暫定税率廃止」が実現しているかもしれない。自民党にとって、国会対策の最優先課題だ。軽油引取税と合わせれば年間約1・5兆円の減税となる。従来の自民党は財源問題を盾に廃止に抵抗してきたが、厳しい政権運営の中、政治的必要性は全てに優先する。有権者は自民党を否定し、物価高対策を求めたのだから、民主主義の出発点でもある税制の改正は当然である。著しく合理性を欠く燃料油補助金も、政治的必要性の下、度重なる延長で3年半続け、約8兆円も投じてしまった。予備費の支出ということで、国会審議すらなかった。

補助金と同様、今回の暫定税率廃止には、有識者から温暖化対策とエネルギー安全保障に逆行するから反対だとする見解も出ている。確かに政策の方向性は逆ではあるが、減税されるから、あるいは補助金支給があるから石油消費が伸びる、下支えされたなどと考えている業界人はほとんどいない。ガソリン消費に対する価格弾力性は限りなくゼロに近いからである。最近の消費減少は構造的要因によるものだと受け入れられている。

ただ今回の廃止議論は、将来の脱炭素時代、あるいは新しい国土創成のための税制の在り方、燃料課税の在り方の検討の第一歩になり得たと思わずにいられない。道路特定財源・暫定税率の創設は田中角栄の「知恵」と「夢」であり、高度成長期の国土建設に果たしたガソリン税の役割・意味を踏まえて、脱炭素時代の税制を考えたかった。そもそも、炭素税だって、脱炭素時代には無意味だ。(H)

岐路に立つドイツの洋上風力 北海沖の公募で応札ゼロ


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

ドイツ政府が8月1日に実施した北海沖の洋上風力発電プロジェクトの入札において、応札事業者が1社も現れなかった。期限内に応募がなかったことを、連邦系統規制機関が6日に発表。同機関は新たな入札期日を来年6月に設定し、再公募の方針を示している。

今回のプロジェクトは、ドイツ領海内における合計250万kW規模の2地点を対象としたもので、応募ゼロは初の事例となる。ドイツ洋上風力事業者連合のティム事務局長は、「ドイツの洋上風力市場は、投資家にとって関心を引くものではない」との声明を発表した。

背景には、洋上風力開発におけるリスクとコストの急増がある。原材料価格の高騰により建設費が膨らむ一方、電力価格は低水準で推移しており、投資採算性が確保できない状況が続いている。投資家は新規設備への投資を控えている。

洋上風力業界は、双方向差額決済契約(CfD)の導入を求めている。政府が電力の最低価格を保証することで、投資家は安定的な収益を見込める。融資機関も資金調達に必要な条件を満たしやすくなる。ティム事務局長は「このような制度改革がなければ、今後の公募も失敗に終わる可能性がある」と警鐘を鳴らしている。独エネルギー水道事業者連盟(BDEW)も、今回公募された北海沖のフィールドについて、経済性の低さを問題視しており、CfDの導入を支持している。

洋上風力の拡充が停滞すれば、ドイツが掲げる脱化石燃料へのエネルギー転換に支障をきたす。現在、北海およびバルト海のドイツ領海には、合計1639基(920万kW)の風車が稼働している。洋上風力事業者連合の発表によれば、さらに約100万kW分の設備が完成しているものの、送電線が大陸側と接続されておらず、電力供給には至っていない。政府は2030年までに、国内総電力消費の少なくとも8割を再生可能エネルギーで賄うことを目標に掲げており、洋上風力発電容量は3000万kWを目指している。しかし、業界側はこの目標の達成は困難であり、実現は31年にずれ込むとの見方を示している。

さらに、政治的なリスクも高い。今年5月に発足したメルツ政権が、洋上風力の拡充目標にどこまでコミットするかは不透明である。

洋上風力業界は以前から、予測困難なリスクを伴うオークション設計に警告を発してきた。法制度の枠組みを早急に見直さなければ、ドイツは価値創造、雇用、そして電力供給の安定性という重要な機会を失うことになりかねない。原材料費の高騰、サプライチェーンの不安定化、電力価格の不確実性、そして国際情勢の緊張など、複合的な要因が投資環境を揺るがしている。

イギリスでも過去に、入札者が現れない洋上風力オークションが発生しており、ドイツも同様の課題に直面している。洋上風力の潜在力を失わせないためには、制度面・経済面の両側からのてこ入れが急務である。

(弘山雅夫/エネルギー政策ウォッチャー)

あぜんとするIEAのエネルギー情勢予想分析


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

かねてからビロル事務局長の存在意義が問われているIEA(国際エネルギー機関)のエネルギー情勢予想分析のブレは消費国にとって有害である。IEAは9月16日、「これからの石油・ガス情勢の動向予想」を公表した。ロイター通信などが詳細に報じ、ここ数年で上流投資が抑制された上、産油国も含めて石油、ガスの生産が低迷しており、数年後には供給不足が現出すると伝えた。

一方、翌日の英紙フィナンシャル・タイムズは、この原因を2021年にIEA自ら公表した「2025年排出ネットゼロ工程表」にあると指摘した。工程表では30年までに石油需要がピークに達するという予測を打ち出しており、石油・ガス開発の上流投資は不要で、投資すると全て「座礁資産」になると警告していたからだ。上流投資を抑制していくべきとあおっていたのを忘れてしまったがごとく、上流部門への投資不足による原油・ガスの供給量不足を訴えるのは、消費国のためのエネルギー安全保障と安定供給をうたったIEAとしての存在意義が問われると言っても過言ではない。

ここ数年IEAは、活動の軸足を「エネルギー安全保障」から「50年排出ネットゼロ」実現のための「クリーンエネルギー移行」に移している。トランプ2.0政権になり、ビロル事務局長の解任を噂する報道もある。1973年のオイルショックの反省から翌年に設立したIEAは昨年に設立50周年を迎えたが、従来の報告書に全く反省しない形で新たな論考報告を平然と出す姿勢に対して、今般はOPECも批判の眼を向けている。OPEC自身は従来から石油・ガスの上流部門への継続的投資を訴えてきたとしている。予想の論旨が変わったならば、その論拠を明確に示さなければ、ますますIEAの信頼と信用が失われていくだろう。

(花井和夫/エネルギーコラムニスト)