【フォーラムアイ】2050年に向けたビジョン策定から1年 日本ガス協会が会員企業と描く業界の未来

日本ガス協会

日本ガス協会は昨年6月、「ガスビジョン2050」と「アクションプラン2030」を策定した。

同ビジョンに描かれた目標達成に向けて歩み始めたこの一年の取り組みを報告する。

日本ガス協会(JGA)による「ガスビジョン2050」「アクションプラン2030」の策定から1年が経過した。この間JGAでは、特設サイトの開設や会員企業向けイベントを通じた積極的な情報発信により、業界の未来像と行動計画の周知を推進してきた。また、地方部会主催でカーボンニュートラル(CN)勉強会を開催し、幅広い階層や年齢層への浸透に注力した。1年間の活動の進捗を、恩田直樹・企画部エネルギー環境グループマネージャー兼カーボンニュートラル推進センター長と、池田雄大・同グループ副課長が振り返る。

企画部の池田氏(左)と恩田氏

燃転の環境整備を国に要望 e―メタンの計上ルール整備

まず、都市ガス事業の基本の基となる安心・安全、安定供給への取り組みとして、重大事故の撲滅と物損事故を含む事故全体の低減を目的とした保安対策の指針「ガス安全高度化計画2030」に沿い、防災と保安の取り組みを推進した。ガス導管整備では、経年管対策であるねずみ鋳鉄管の入れ替えを25年度末にほぼ完了した。耐震化率30年度95%に向けて、地震対策として低圧本支管のポリエチレン管への入れ替えを着実に進めている。スマートメーターへの切り替えは大手事業者が全面導入に向けた取り組みを開始しており、中小事業者もトライアルを始めている。

30年までの具体的な活動を示すアクションプランでは、CO2排出量を30年度に13年度比で1800万t削減するとし、「まずは足元からCO2排出を削減する、他燃料から天然ガスへの燃料転換(燃転)を推進するため、国への政策提言に尽力してきた」と池田氏は語る。JGAは、資源エネルギー庁の「ガス事業環境整備ワーキンググループ」において、他のCO2削減手段と比べて燃転が費用対効果に優れている点や、燃転ポテンシャルが約32億㎥に達することを紹介し、需要家が前向きに投資判断できる環境整備を求めた。恩田氏は、燃転を推進していくにあたり一番のネックとして昨今の建築・資材コストの高騰を挙げ、「需要家の皆さまが前向きに投資判断できるよう継続支援・環境整備を求めていく」と話す。天然ガスへの燃転は、既存インフラを最大限活用できるe―メタンやバイオガス、クレジット活用など、さまざまな手段へシームレスに移行していく土台となり、50年に向けたガスのCN化にもつながる。「足元から着実に天然ガスを普及拡大、つまり燃転を進めることはとても重要な取り組み」と池田氏は言う。

JGAは、CO2排出削減と経済成長への貢献として、燃転と並び、省エネ・高効率なエネルギーシステムの普及拡大も後押ししている。その一つがガス空調やコージェネレーションなどを組み合わせたガスZEB(ネットゼロ・エネルギー・ビル)だ。勉強会において、最新の事例や制度動向を共有し、事例を紹介するウェブサイト「ガスZEBポータル」の掲載件数を42件から52件へ増やした。また、ガスZEBプランナー資格取得済みの事業者は15社に達し、プランナー会議で課題や事例の共有を進めている。

50年に向けたe―メタンによるCN化の取り組みは大手事業者を中心に進んでいる。e―メタンはCO2をリサイクルするため、環境価値の帰属を明確に定義しなければ削減効果のダブルカウントが生じてしまう。そのため、社会実装化に向けては国内外でのCO2カウントルール整備が前提となる。国内のカウントルールであるSHK制度では、利用者が排出ゼロとして報告できるように整理された。国際ルールに関しては、27~28年に策定・大規模改定が予定されるIPCCガイドラインやGHGプロトコルの議論を注視している。池田氏は「e―メタンなどCCU燃料の位置づけを確保するため、国内外の関係者への理解醸成に努めつつ、意見提出を通じてルールの検討に積極的に関与していく」と説明する。

GXへのガス事業の貢献 中小規模の事業者が鍵握る

このようにさまざまな取り組みを行ってきた。ただ、目標達成に向けて「最も重要なのは、全国の都市ガス事業者が協創し、同じ方向を向いて歩み続けること。大多数を占める中小規模の都市ガス事業者の行動が鍵を握る」と恩田氏は強調する。地方の中小事業者にとっては、e―メタンの実証などは設備や資金面から即座に取り組むことが困難だが、その地域に根を張り信頼関係を構築している金融機関や行政と連携することで、燃転や省エネの推進やカーボンオフセット都市ガスの導入など多様な手段を組み合わせ、50年のCN化に向けて足元から着実にCO2を削減し、脱炭素と経済成長の両立に貢献できる。

昨年発表したビジョンとアクションプランの策定に深く関わり、この1年間会員企業への浸透を進めてきた池田氏は、「地政学リスク、電力需要の増加といった問題が顕在化する一方、担い手不足、CN化への対応といった事業を取り巻く環境がより重みを増した1年だった」と振り返る。

今年4月に着任し、推進を継承する恩田氏は、「JGAの会員企業は、地域に根差し、人々の生活や産業活動を支えるエネルギー供給という大切な役割を果たしてきた。会員が志を一つにしてGX実現に貢献していけるよう、これらの取り組みを後押しし、その取り組みを今後も発信していきたい」と意気込みを語る。

JGAは今後も環境変化に柔軟に対応しながら、その時々で最適な、多様な手段を用いてGXに貢献し、50年のビジョン実現に向けてまい進していく。

【フォーカス】米イ覚書でホルムズ暫定開放 「開かれた供給体制は終焉」の声

ホルムズ海峡を期間限定で開放する―。トランプ米大統領とイランのペゼシュキアン大統領は6月17日、14カ条からなる戦闘終結への暫定的な覚書に署名した。主な内容はこうだ。

〈レバノンを含む全戦線での軍事作戦を即時・恒久停止し、武力行使や威嚇を控える〉〈最大60日以内に最終合意に向け交渉・妥結する〉〈米国は署名後直ちに海上封鎖の解除に着手し30日以内に完了する。期間中の船舶航行数は戦前の水準に比例させる〉〈イランはペルシャ湾・オマーン湾間の商船の安全通航を60日間に限り無償で確保すべく最善の努力を尽くす。商船の航行は直ちに開始され、技術的・軍事的障害の除去や、イランによる機雷除去の必要性を考慮し、30日以内に確立される〉〈米国はイランの復興と経済開発のため、地域パートナーと共に3000億ドル規模の計画を策定する〉―。

「最終合意」を目指す初の協議は21日に行われた。仲介国のパキスタンとカタールの共同声明によれば、覚書の履行を監視するハイレベル委員会の設置や、ホルムズ海峡を通る商船の安全な航行を確保するための連絡体制の構築などで合意した格好だ。

スイスでパキスタン首相との会談に臨むバンス米副大統領(左)

海峡の不安定化続く 有事長期化の想定必要

覚書発効を受け、ホルムズを通過する商船が急増したが、海峡の不安定化は続くと見る向きが多い。実際、イスラエルによるレバノンへの攻撃が続いていることを理由に、イラン軍事当局が20日に再封鎖すると表明。ガリバフ国会議長は60日間の期限が過ぎた後、イランはホルムズを通過する船舶に通行料を課すと言及した。トランプ氏も、イランが合意を尊重しなければ再び爆撃すると警告している。

米国在住で国際石油アナリストの小山正篤氏はこう指摘する。

「覚書は、ホルムズ海峡における将来の管理、海事サービスを定義する主体を事実上、イランと認めている。これは冷戦終結後に確立した、市場本位の開かれた国際石油供給体制の終焉を意味する。イランによる専権的な国際市場支配の企てが常態化し、対イラン最大支援国である中露両国の影響力も飛躍的に増すだろう。産油国側でサウジアラビアの指導力は大きく後退し、OPEC(石油輸出国機構)は国際石油需給の調整者から、イランの追随者へと性格を一変させよう。その意味でOPECは存在意義を失うことになる」

批判は身内の共和党内からも。「対イラン軍事作戦で得られた成果を手放すもので、大統領の目標と完全にかけ離れている」(ウィッカー上院軍事委員長)、「イランの核開発の野望は抑えられず、ホルムズ海峡を脅かすことが有効だと学んだ。ここ数十年で最悪の外交政策上の失策だ」(カシディ上院議員)

石油供給の正常化が見通せない以上、わが国も有事長期化を想定し、エネルギー構造改革を本格化させることが不可欠だ。

【九州電力 西山社長】包括的なサービスで付加価値を高め 選ばれる企業を目指す

電力需要の増加が予想される九州エリアにおいて、電源の低・脱炭素化と電化の推進でカーボンニュートラルの実現に貢献する。

5月に新エネルギーソリューションブランドを立ち上げ、高い信頼を武器に利益の拡大を図る。

【インタビュー:西山 勝/九州電力社長】

にしやま・まさる 1986年東京大学経済学部卒、九州電力入社。22年常務執行役員コーポレート戦略部門長、23年取締役常務執行役員エネルギーサービス事業統括本部長などを経て25年6月から現職。

井関 中東情勢が緊迫した状況が続いています。当面の電力需給への影響をどのように見ていますか。

西山 電気は価格弾力性がそれほど高くなく、電力需要は「気温」や「経済活動」に大きく左右されます。今夏は酷暑が予想されていますが、九州エリアも安定供給に必要な予備率3%をしっかりと確保しています。注視しているのは、中東情勢に伴う経済活動への影響です。産業用・業務用を中心に需要が下振れすれば、当社の収支に影響します。


燃料価格は上昇傾向も 料金改定は慎重に見極め

井関 2026年度の業績予想には影響をどう織り込んでいますか。

西山 今期の業績予想については、足元で燃料価格や卸電力取引所の価格が高めに推移している状況や、年度末に向けて原油の先物価格が緩やかに下がっていく見通しなどを総合的に踏まえて策定しています。物価や燃料価格のさらなる上昇による費用の増加や経済活動の停滞などによる電力需要減など、中東情勢の緊迫化による影響は未知数であり、小売販売電力量の想定には反映していません。

燃料価格の上昇に関しては、火力発電用燃料の価格変動を毎月の料金で調整する「燃料費調整制度」があるため、単年度の収支では一時的な「期ずれ影響」が出るものの、制度の仕組み上、最終的な収支への影響はニュートラル(中立)との認識です。ただし、燃料価格が高い水準のまま推移した場合、料金に転嫁できない部分が発生する恐れがあります。そのため、引き続き緊張感を持って状況を見極めていきます。

井関 料金改定を視野に入れていますか。

西山 これが一過性の変動であれば、拙速に料金改定へと動くべきではないと考えています。九州エリアは現在、「人」「水」「電気」がそろう地域として企業の進出、引き合いが非常に強いという好循環の中にあります。この勢いを削がないためにも、料金見直しは慎重に判断していきます。

井関 脱炭素化と電力の安定供給の両立に向けた取り組み状況を教えてください。

西山 安全性の確保を大前提に、供給安定性、経済性、環境性の両立を目指す「S+3E」の観点は大変重要です。特に日本の場合はエネルギー資源の大部分を海外に依存しているので、安定供給に軸足を置く必要があります。その中で私たちは中長期的な視点に立ち、安定供給に加え、CNへの取り組みが不可欠だと考えています。

当社では、2050年のCN実現へ、供給側における「電源の低・脱炭素化」と、需要側における「電化の推進」を柱として、事業性と安定供給を前提にサプライチェーン全体でGHG(温室効果ガス)の排出を抑制していきます。お客さまに対しても、排出原単位が低い電力を供給することなどによって、社会全体の排出削減に貢献していく方針です。

井関 半導体工場の誘致やデータセンター(DC)建設などにより、電力需要の増加が見込まれます。

西山 広域機関が公表した26年度の供給計画では、35年度断面における九州エリアの需要は25年度比で3%程度増加するとの想定が示されています。一方で、足元の半導体工場の集積やDCの新規建設に関する報道などを踏まえた当社独自の想定では、将来的に需要が20~30%程度増加すると試算しています。情勢変化によって時間軸が後ろ倒しになるかもしれませんが、拡大トレンドは間違いありません。

これに対する取り組みは着実に進んでいます。今年3月には、西部ガスと共同開発した「ひびきLNG火力発電所」が運転を開始したほか、運転開始から40年以上が経過し高経年化が進む「新小倉発電所」のリプレースについて、第3回長期脱炭素電源オークションで落札し、33年度の運転開始を目指しています。いずれの発電所においても将来的には水素などのカーボンフリー燃料の導入を視野に入れており、引き続き、安定供給と脱炭素を両立する最適な電源ポートフォリオを目指します。

原子力と再エネ、火力で最適な電源ポートフォリオを構築する
提供:ひびきウインドエナジー㈱

【中国電力 中川社長】電源の低炭素化と市場対応力の強化で 経営の安定化に努める

エネルギーを巡る地政学リスクが高まる中、グループ経営ビジョン2040の達成に向け中期経営計画とアクションプランを策定した。

強固な供給基盤と一層の市場対応力強化により、変革期における経営の安定化と成長を目指す。

【インタビュー:中川賢剛/中国電力社長】

なかがわ・けんごう 1985年東京大学工学部卒、中国電力入社。2017年執行役員・経営企画部門部長兼原子力強化プロジェクト担当部長、21年常務執行役員・需給・トレーディング部門長などを経て23年6月から現職。

井関 まずは、2025年度の業績の振り返りから。決算としては減収減益となりましたが、全体をどう評価していますか。

中川 売上高は、エリア内外での需要獲得による小売販売電力量の増加はありましたが、燃料価格が比較的低水準で推移したことによる燃料費調整額の減少などにより減収となりました。経常利益は、昨年1月に島根原子力発電所2号機が営業運転を再開し、年度を通じた安定稼働により、収支面で大きなプラス効果をもたらしましたが、卸・小売事業における他社との競争進展の影響などに加え、送配電事業の利益減、市場金利の上昇等に伴う支払利息の増加などもあり、減益となりました。

井関 26年度の業績見通しについてはいかがですか。中東情勢は極めて不透明で、先を読むことが難しいと思いますが。

中川 おっしゃるとおり、中東情勢を含め先行きは非常に不透明です。26年度は、原子力発電所の定期事業者検査による稼働の減少などに加え、足元で高騰している燃料価格が年間を通じて高止まりする前提のもと、大幅な燃料費調整制度の期ずれ差損などによる減益を見込んでいます。さらに、今後の燃料・資機材調達環境の悪化や国内製造業の生産動向に伴う電力需要の変動など、収支に影響を与えるリスクは多く、リスク管理のさらなる高度化に取り組むとともに、電力需要の獲得、島根原子力発電所の安定稼働、市場の価格変動を捉えた取引による収益獲得や経営全般にわたる効率化を図るなど、引き続き業績の改善に向けて取り組んでいきます。


中東情勢の長期化懸念 リスクを慎重に見極め

井関 燃料調達への影響は。

中川 長期契約が多く、直ちに電力供給に支障が生じるような影響は受けていません。それでも中東情勢の混乱が長期化すれば調達価格上昇などの懸念がありますので、しっかりと注視していく必要があります。

井関 ナフサ価格の高騰による産業用電力需要への影響はありますか。

中川 瀬戸内地域は石油化学コンビナートが集積しているため、ナフサ価格高騰の影響を受けているという話を各方面から聞いています。ただ、当社の電力需要の実績を見る限りでは、現時点で極端に大きな需要減といった変化は見られません。決して楽観はできませんが、政府側でもサプライチェーンの目詰まりを解消するためのきめ細かな調整を進めていると聞いており、今後の動向を注視していきます。


経営ビジョン実現へ 5年間の中計を策定

井関 4月に5年間の「Action Plan 2030」を発表しました。ポイントをお聞かせください。

中川 当社グループは昨秋、40年度をターゲットとして新たに「中国電力グループ経営ビジョン2040」を策定しました。このグループ経営ビジョンの実現に向けた実行計画として、26年度から30年度までの5年間を対象とする「中国電力グループ中期経営計画」を策定し、その概要を取りまとめたものが今回のアクションプランとなります。経営ビジョンで示した30年度の経営目標(財務目標・サステナビリティ目標)の達成に向けて、具体的な施策・取り組み内容を一段と深掘り・拡充した点が特徴です。将来の成長に向けた「稼ぐ力」の強化と、PBR(企業価値)向上の蓋然性を高めるための実行計画として、「成長戦略」「財務戦略」「サステナビリティ戦略」の三つの柱で整理しています。

また、この5年間を、経営基盤を回復させるステージから一歩踏み出し、「持続的な成長に向けた変革と基盤づくり」を力強く進める期間と位置付けており、島根3号機の新規稼働および柳井新2号機(LNG火力)の建設や次世代送配電ネットワークの整備など、大型投資をはじめとする将来の成長に必要な取り組みを着実に実行し、グループ経営ビジョンに掲げる30年度の経営目標の達成に向けて取り組んでいきます。

グループ経営ビジョン実現に向けてAction Plan 2030を打ち出した

【ビジネスリーダー】デジタルのある暮らしを負担なくエネ企業の顧客接点創出にも一役

大木和典/mui Lab共同創業者・CEO

独自のIoT技術で家電やエネルギー機器の最適制御を実現している。

AIの進化を追い風に、自社ブランドによる世界展開を目指す。

おおき・かずのり 上智大学卒。NISSHA北米での駐在、新規事業開発を経て、2017年に社内ベンチャーでmui Labを創業、2019年MBOで独立。天然木のIoTインターフェース「muiボード」を軸に、ウェルビーイングな暮らしに関わる多様なソリューションを提供する。

スマートデバイスやスマートホームプラットフォームの開発などを手掛ける「mui Lab(ムイ・ラボ)」。京都市に本社を置く産業資材メーカーNISSHAの社内ベンチャー制度で2017年に発足し、19年4月に独立した。

創業のきっかけとなった「muiボード」は、無機質になりがちなデジタルデバイスとは一線を画したプロダクトだ。木製家具のようにインテリア空間に溶け込み、触れるとディスプレーが現れ時刻や天気予報を表示するほか、照明や空調などの家電をシンプルな操作でオン・オフしたり、さらには指で文字を書くことで家族間でメッセージをやり取りしたりできる。

米家具見本市で高評価 事業化へ独立を決意

創業者でありCEOの大木和典氏は、「デジタルデバイスを活用するには、知識や煩雑な作業が求められる。そうした課題を解消しデジタルのある生活をストレスフリーで実現したい」と、製品のコンセプトを語る。

大木氏は、大学卒業後にNISSHAに入社、マーケティングや営業に携わった。転機が訪れたのは米国に赴任していた14年のこと。12年から米国シカゴに駐在し当初は通信機器メーカーなどの営業を担当していたが、ボストンに転勤になると同時に新規事業開発を任されることになったのだ。いくつかのアイデアのうちの一つがmuiボードだった。

もともと建築やデザインに興味があったこともあり、「NISSHAが持つタッチパネルの技術と組み合わせた事業を検討していた中で、せっかくなら建築家の安藤忠雄氏に採用されるような製品を開発したいと思い至ったことが着想のきっかけとなった」という。15年にはニューヨークで開催される家具やインテリアの展示会「ICFF(国際現代家具見本市)」に出展し、高評価を得た。

ただ展示会に出品したのはあくまでもコンセプトであり、技術的に立ち上げるのはそう簡単なことではなかった。というのも、親会社はあくまでも部品メーカーであり完成品を手掛けたことがない。最終製品として完成させるエンジニアやソフトウエアエンジニアが少なく、子会社のままでは限られた予算しか使えず、優秀な人材を新規採用することもままならない。

「やはり独立するしかない」。法務や人事、会計の仕組みを整備した上で親会社を説得し、共同創業者でデザイナーの廣部延安氏、エンジニアの久保田拓也氏とともに独立を果たした。量産化にこぎつけ第1世代を出荷したのは、その1年後の20年2月のことだった。 

量産化できたとはいえ、muiボード単体で事業を継続することはなかなか難しい。そこで20年頃からは、クラウドの仕組みやモバイルアプリ、IoT制御などそれまで培った技術を結集し住宅メーカーやエネルギー会社向けのプラットフォーム事業を展開している。

単にインターフェースとして提供しあとはユーザー任せとするのではなく、スマートホームやエネルギーマネジメントの機能を持たせ、空間全体の制御とセットにしてこそ価値が生まれると考えたのだ。「特に、デジタル化を通じた顧客接点の創出や、LTV(顧客生涯価値)を高めながら長期的な収益につなげていきたい都市ガス会社と親和性があった」

実際、エネルギー領域でのパートナー企業は北海道ガス、静岡ガスといった都市ガス会社で、HEMS(家庭用エネルギーマネジメントシステム)やデマンドレスポンス(DR)などの取り組みで顧客接点の創出をサポートしている。また昨年出荷した第2世代のmuiボードはHEMSに対応し、住宅メーカーによる採用が進んでいる。

AIの進化により、これまでスマートホーム化のためにユーザーに求められた知識や煩雑な接続作業といった課題が解消されようとしている。機械学習などせずとも、自然な対話の中で住む人のクセや好みを判断し快適な空間になるよう制御する時代が来ているのだ。

そうした意味でも、スマートホームデバイス間を連携するための国際規格「Matter」に対応し、メーカー問わず機器を連携・制御できるmuiボードのポテンシャルは高い。

プロダクトに積極投資 自社ブランドを世界へ

muiボードというフラッグシップがありながら、同社のビジネスはパートナー企業の裏方的なものが大半を占めてきた。大木氏は、「自社ブランドのプロダクトへの投資を積極化し、いずれは世界に通じるものにしていきたい」と未来を見据える。北米とインドへの進出の準備を進めているところで、世界を視野に入れた挑戦はすでに始まっている。

【多事争論】核融合は実現するのか 「夢のエネルギー」の現在地とは

話題:核融合発電

国内外で核融合を巡る話題を耳にする機会が増えた。

加速する開発競争と残された課題を異なる視点でひもとく。

〈商用炉への道筋を誰が担うか 発電実証こそ日本の勝負所だ〉

視点A:東 修平/Starlight Engine副社長

フュージョン(核融合)エネルギーの競争は、もはや「できるかどうか」を問う段階ではない。問われているのは、研究の成果を誰が発電実証で結実させ、商用炉へつなぐかである。もちろん、乗り越えるべき課題は多いからこそ、実機に近い条件で技術、制度、事業を統合する発電実証が実現の鍵を握る。

中国の動きは看過できない。機器、材料、製造技術の基盤を急速に整え、実験炉の建設が2027年末の完成を見据え進んでいる。さらには、商用炉との間をつなぐトカマク型の原型炉CFEDRも構想中だ。脅威は装置の進ちょくだけではない。研究から製造、資金、人材までを政府が一体で動かし、国内に集中して投下できる点にある。米国では、民間企業主導で実験炉から商用炉へつなぐ動きが進んでいる。特にコモンウェルス・フュージョン・システムズは、累計で30億ドル規模の民間資金を調達。トカマク方式の商用炉ARCを計画し、30年代初頭の送電を見据える。

民間主導のトカマク型発電実証プラント「FAST」

総合力の高さで勝機あり 資金や人材の重点投下を

日本は、米国型の資本競争を追うことも、中国型の国家総動員を模倣することもできない。ただ、勝機はある。その鍵は、フュージョンプラントを成立させる総合力だ。日本には、量子科学技術研究開発機構をはじめとする国研、大学、重工メーカーなどの技術や知見の蓄積がある。国際核融合実験炉ITERに主要コンポーネントを提供し、世界に誇るトカマク型超伝導プラズマ実験装置JT―60SAも有する。材料、精密加工、超伝導、計測制御、品質管理などの産業の力も生きる。ただし、それらは自然に束ねられない。発電実証という需要がなければ、技術は個別の機器供給に分散したままだ。

政府も動き始めている。日本成長戦略では、フュージョンエネルギーを重要分野として扱い、官民投資ロードマップの議論を進めている。問われるのは、その方向性を、実際の発電実証と産業形成にどう接続するかである。

民間企業から見る最大の壁は、発電実証に向けた前提条件の不確実性である。規制の具体が見えなければ、建設サイトが決まらない。長期事業である以上、継続的な支援の見通しがなければ、民間資金も本格的には動かない。

30年代の発電実証を現実にするには、この数年が勝負になる。資金も人材も限られている。米中が国家戦略として速度を上げる中で、総花的な支援だけでは勝てない。幅広い挑戦を尊重しつつも、発電実証に向けて資金、人材を重点的に投じる決断が必要である。

当社が推進するFASTは、中国のCFEDRや米国のARCと同じトカマク方式を採用する発電実証プラントであり、35年の運転開始を見据えている。国研・大学・重工メーカーが積み上げてきた核融合研究の成果を、民間側から発電実証とフュージョン産業へ接続する実装の器だ。直ちに電源となる商用炉ではない。しかし商用化には、炉そのものに加え、それを支えるサプライチェーン、規制、人材、資金、地域との信頼が欠かせない。

FASTは、発電実証を通じて、それらを机上の条件から現実の産業基盤へ変えていく挑戦である。実験炉と商用炉の間にある深い谷を引き受け、商用炉への道筋を一つずつ現実のものにしていく。

発電実証の責任を官民で引き受け、日本でフュージョンプラントを成立させる。その決断こそが、日本の勝機を現実に変える。

あずま・しゅうへい  1988年大阪府生まれ。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修士課程修了。外務省や日系経営コンサルティングファームなどを経て、2017年に全国最年少で大阪府四條畷市長に就任し、2期8年務めた。26年から現職。

【井野俊郎 自民党 衆議院議員】核燃料サイクルの実現を

いの・としろう 1980年群馬県伊勢崎市生まれ。明治大学法学部卒業。弁護士。2010年伊勢崎市議会議員選挙で初当選。12年衆議院議員総選挙で初当選を果たし、6期連続当選。法務大臣政務官、防衛副大臣などを歴任し、現在は経済産業副大臣を務める。

挫折を乗り越え弁護士となり、子どもの頃から目指した政治の道へ。

「地方の一市民」としての視点を忘れず、経済産業副大臣として実務に当たる。

群馬県伊勢崎市生まれ。父は県庁職員、母は小学校教師という一般的な家庭で育った。地元の公立小学校・中学校を卒業。生徒会長を務めるほどではなかったが、明るい性格で学級委員長を任され、いじめを見過ごせない正義感を持つ子どもだった。ただ、その後の学生生活では挫折を繰り返すことになる。

高校受験では第一志望の公立高校に不合格となり、私立の東京農業大学第二高校へ進学。真面目な優等生タイプではなかったが、帰宅部でアルバイトをしたり、女の子とデートをしたり、普通の高校生活を楽しんでいた。ただ、大学受験の勉強は苦痛で仕方がなく、うっぷんが溜まっていった。世の中には裕福な家庭に生まれ、エスカレーター式に有名私立大学に入れる人がいる。不平等ではないか─。「誰もが平等に挑戦でき、努力が報われる社会をつくりたい」と考えるようになり、漠然と政治家を志すようになった。

しかし、どうやって政治家になるかは分からず、まずは弁護士を目指すと決めた。「東京大学などの難関大学は現実的ではないが、弁護士なら学歴への負い目もなく、選挙に落ちても無職にはならないと考えた」。一浪して明治大学に入学した。

1年生の頃は学生生活を楽しんだが、2年生から司法試験の勉強に打ち込んだ。1日10時間以上、気が狂いそうになるほど勉強し、「長くは続けられない。早く受かるしかない」と自分を追い込んだ。それでも、勉強の楽しさは感じられるようになった。「法律の勉強は社会の紛争をどう解決するか、という実学だ。数学などと比べるとよっぽど面白かった」。3回目の受験で司法試験に合格する。その後、弁護士として札幌で1年半、高崎で1年半の修業を積んだ。

エリートではない強み お手製の「読書ファイル」

30歳を前に群馬県議会議員選挙への出馬を考え、親戚に相談したところ、親戚の知人である伊勢崎市議から後継指名を受けた。30歳で市議会議員選挙に初当選し、政治家人生のスタートを切った。

2年後、衆議院議員選挙への挑戦が巡ってきた。伊勢崎市や桐生市などを含む群馬2区は、自民党の総務会長などを歴任した重鎮・笹川堯氏の地盤だ。ところが、同氏は政権交代が実現した2009年の衆院選で落選し、党は新たな候補者を探していた。すると伊勢崎市議の実力者が井野氏を推し、公募で支部長に選出。12年の衆院選で初当選を果たした。その後、法務大臣政務官、防衛副大臣などを歴任し、現在は経済産業副大臣を務める。

政治家一家や経営者の息子ではない。キャリア官僚でもなく、受験では何度も失敗した。ここまで、決して「エリート」とは言えない道のりだった。ただ、今となってはその歩みこそ自分の強みだと確信している。「自分はどこにでもいる地方の一市民。挫折や迷いを経験してきたからこそ、人の悩みや弱さを肌感覚で理解できる。永田町では貴重な存在だ」と自負する。

エネルギー政策では、原子力の活用を強く訴える。「福島第一原子力発電所のような事故は二度と起こしてはならない。しかし、事故があったからといって、日本が積み上げてきた技術や設備を手放す必要はない。むしろ教訓を生かし、安全でより良い原子力利用を目指すべきだ」。経産副大臣として国際原子力機関(IAEA)総会に出席し、世界が原子力の活用に回帰しつつある潮流をその目で確認してきた。

核燃料サイクルの実現にも熱い思いを持つ。今年、青森県六ヶ所村の再処理工場を視察し、竣工に向けた進ちょくを確認。「サイクルが動き出せば資源の有効活用と廃棄物の低減が進んでいく」とした上で、「高速炉開発にも本格的に取り組まなければならない。高速増殖炉『もんじゅ』は廃炉となったが、実証データは残っており、課題整理が進んだと捉えている。国民に技術や安全性を理解してもらい、国全体で安全な原子力利用を進めるべきだ」と語る。

エネルギー政策以外では、防衛産業の発展と海外展開にも力を入れる。「世界が不安定化する今、日本の技術と平和国家としての歩みに対し、世界は信頼と期待を寄せている」として、防衛装備品の輸出規制見直しにも尽力した。「ドローンなど新しい技術によって戦い方が変わりつつある。防衛産業もスタートアップを活用すべきだ」と経産行政と絡むスタートアップ支援にも積極的だ。

自他ともに認める読書家。メモを取りながら読み進め、読了後は要点や感想をプリントにまとめ、著者ごとにファイリング。議員会館の棚には読了リストがずらりと並ぶ。明るく接しやすい性格と膨大な読書量に裏付けられた国家観─。激動の時代に国策を前進させる力量を備えている。

【原子力の世紀】アメリカが核兵器更新で遅れ 迫りくる核拡散の足音

晴山 望/国際政治ジャーナリスト

米国は老朽化した核戦力の更新を進めているが、ICBMや核弾頭製造の遅れが深刻だ。

更新の停滞は米露中の均衡を揺るがし、核拡散の不安を高めている。

核軍縮条約なき世界

米国もロシアと同様、「核の3本柱(トライアド)」と呼ばれる陸海空分野で戦略核兵器の更新作業に取り組んでいる。冷戦中に導入されたものが多く、老朽化が進んでいるためだ。ただ、世界的なサプライチェーンの混乱もあり、作業は遅れ気味だ。

トライアド更新は、皮肉なことに「核なき世界の実現」を訴えたオバマ米大統領の時代に始まった。オバマ氏は2010年にロシアと新戦略兵器削減条約(新START)に合意した。だが、批准は議会の3分の2の賛成が必要で、交換条件として野党・共和党が求めるトライアド更新を受け入れた。

米国のトライアド更新で最大のネックは、ロシアと同様に大陸間弾道ミサイル(ICBM)だ。1970年に配備を始めたICBM「ミニットマンⅢ」を、「センチネル」に置き換える。ミサイル本体の開発は順調だが、周辺機器に問題がある。

一つは大幅なコスト増だ。当初は、ICBMを収めるサイロをそのまま利用する計画だった。だが、老朽化が激しく、450本ものサイロを新たに掘り直すことにした。総延長が7500マイル(約1万2000㎞)に及ぶ通信回線も、銅線から光ファイバーに置き換える作業が加わった。この結果、費用は8割増の1400億ドル(約22兆円)に膨れ上がる。配備も4年遅れの2030年代前半にずれ込みそうだ。

米国の次期ICBM「センチネル」の完成想像図
提供:米国防総省

旧核弾頭をそのまま使用 原潜14隻を新型に置き換え

課題はこれにとどまらない。搭載を予定する新型核弾頭の製造遅延問題だ。ミサイルの完成時期には間に合わないため、当面の間、現在、配備中のICBMに搭載している旧型核弾頭をそのまま使うことで落ち着いた。

米国はかつて、核弾頭の核となる「プルトニウム・ピット」を年間数千個も製造していた。だが、冷戦末期の1989年に、北西部のコロラド州デンバー近郊にある主力工場で深刻な環境汚染問題が発覚し、閉鎖へと追い込まれた。その時期が、冷戦終結による核軍縮の時代の到来と重なったこともあり、米国でのピット製造は、以後、停止状態とあった。

それから30年近くを経て2018年からピット製造再開を目指す動きが始まる。米議会が30年までに年産80個のピット製造を目指す法律を制定したのがきっかけだ。マンハッタン計画の中心地だった南部ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所で年間30個、南部サウスカロライナ州のサバンナリバー国立研究所で同50個のピットを製造する計画が整ったかに見えた。

だが、米連邦裁判所は24年9月、十分な環境評価が実施されていないことを理由に、事実上の製造停止命令を出した。27年5月までに環境対策を実施するよう求め、これにより、主力工場であるサバンナリバーでのピット生産開始は32年以後にずれ込んだ。

海の分野では、1980年代に就役を始めた戦略原潜「オハイオ」級14隻を、順次、新型の「コロンビア」級12隻に置き換えていく。現時点では計画より約1年の遅れがあり、2031年の就役を目指す。空では、B2ステルス戦略爆撃機を「B21」ステルス戦略爆撃機に更新する。少なくとも100機を導入予定だが、空軍は145機への増強を求めている。B21は23年11月に初飛行するなど「予算面でもスケジュール面でも模範的なプログラム」と評価が高い。27年に1番機を配備する予定だ。

【業界スクランブル/需要家】ホルムズ封鎖が突きつける3Eの優先順

業界スクランブル/需要家】

ホルムズ海峡が事実上封鎖されてから2カ月経つ中、世界のエネルギー情勢の混乱が続いている。短期終息を期待する声は高いが先行きの見通しは立っていない。封鎖が長引く場合はもちろんのこと、仮に短期的に米・イランが停戦合意して封鎖が解除されたとしても、その影響は長く尾を引くというのが多くの専門家の見立てである。

世界の石油海上輸送の2割が通過し、ナフサなどさまざまな石油製品やLNG供給の要所であるホルムズ海峡は、世界のエネルギー・資源流通のチョークポイントとされてきたが、今回の紛争はパンドラの箱を開けてしまった。現実に封鎖され、しかも巡航ミサイルなどではなく、ドローンのように迎撃が難しくかつ入手が容易な武器によってゲリラ的に封鎖が可能であるという「不都合な事実」が白日の下にさらされたのである。

世界のエネルギー地政学は長期的・構造的な更新を迫られる。日本はオイルショックの経験から、世界最長級の石油備蓄を積み上げ、封鎖の影響を相対的に抑えることに成功しているが、依然としてホルムズを通過する石油に供給の9割を依存している。

中東産原油が最も安価かつ多様な石油化学用途に適した重質油だからである。世界が今後エネルギー安保のため、この安価で使い勝手の良い中東産石油から調達先の多様化と備蓄拡大を同時に追求すれば、必然的に調達コストは高止まりする。

今後の世界は、日本ではおなじみのS+3Eの両立を迫られることになるが、ホルムズ封鎖はその優先順が「セキュリティ≫経済性≫環境」とならざるを得ない冷厳な現実を突きつけている。(T)

【リレーコラム】経済成長と省エネの両立へ 供給危機で高まる日本の存在感

佐藤佳奈/在イラン日本国大使館一等書記官

イランに赴任して1年が経つ。長年の経済制裁と米・イスラエルとの軍事的緊張という逆境の中にあっても、この国は驚くほど力強く経済成長を続けている。市場には活気があり、テック企業が台頭し、9000万人の人口を抱える巨大な経済圏が着実に拡大している。しかしその一方で、エネルギー需給のひっ迫という現実にも直面しつつある。この現場での経験が、日本のエネルギー技術の価値を改めて問い直すきっかけになった。

イランの資源埋蔵量は、ガスでは世界第2位、石油では世界第4位で、豊富な地下資源を背景に多岐にわたる産業が発展してきた。GDP(国内総生産)の石油・ガス依存度は2割以下である。しかし経済が成長するほどエネルギー需要も膨らみ、長年の制裁の影響を受け、老朽化した設備での生産では国内供給が追いつかなくなりつつある。特に2月に米・イスラエルによる先制攻撃で始まった戦争以降、軍事的緊張が高まる局面ではエネルギー関連インフラへの攻撃リスクも意識され、エネルギー供給不安は一気に現実味を帯びた。

実績・経験・技術が持つ説得力

この課題に対し、日本はどのような答えを持っているのか。1973年のオイルショックから50年後の2023年を比較すると、実質GDPは約2・6倍に拡大した一方、最終エネルギー消費は横ばいの1・0倍にとどまった。対GDP一次エネルギー供給量は約半減し、エネルギー効率が大きく改善した。経済を成長させながらエネルギー消費を抑制するという命題を、日本は現実のものとしてきた。製造業を中心とする産業部門がそのけん引役となり、エネルギー消費の約6割を占めながらも消費量を0・8倍に削減した。この数字こそ、日本の省エネが技術と仕組みに裏打ちされた証である。

その原点はオイルショック、福島の原発事故などの痛烈な危機体験にある。エネルギーの海外依存という脆弱性を突きつけられた日本は、官民一体で省エネ技術の開発と普及に取り組んだ。「不足してからでは遅い」という教訓が、技術開発の原動力として社会に深く根付いたのである。今まさに多くの国がホルムズ海峡の封鎖を経て、岐路に立たされている。実績・経験・技術の三拍子がそろう日本には、世界に省エネを語る他のどの国にもない説得力がある。

戦争勃発に伴い一時帰国した際、久しぶりに吸った東京の空気があまりに心地よく何度も深呼吸した。省エネの徹底はエネルギー安全保障にとどまらず、大気汚染の改善という環境面での恩恵も同時にもたらすと痛感した。

さとう・かな 国際協力銀行ドバイ駐在員事務所にて中東各国の経済情勢の調査を担当。2022年に日本エネルギー経済研究所にてイラン経済の研究に従事。25年より現職。

※次回は、日本エネルギー経済研究所の小島舞さんです。

【業界スクランブル/再エネ】出力抑制増大でアグリゲーターの役割に期待

業界スクランブル・再エネ

今年のゴールデンウイークは、好天による太陽光発電量の急増と休業による電力需要の低下を背景に、各地で出力抑制が発生した。5月5日には出力抑制量が計637万kWに達し、過去最大を記録したと言われている。これまで出力抑制は、再エネ比率の高い九州エリアや、連系線の空き容量が不足する東北・中国エリアで頻発してきた。しかし、東京エリアでも3月に初めて出力制限が発生し、以降、全国どこでも発生し得る事態となり、電力需給バランス調整の重要性が改めて浮き彫りとなった。

連休中は、数万台規模の家庭用蓄電池やEVがアグリゲーターを介して一斉に稼働した。このように市場価格が低い時間帯に充電し余剰電力を吸収する動きは、「上げDR」として出力抑制量の低減に寄与したと言われている。

昨今、メガソーラーや風力の大規模開発に関する規制強化や社会的反発がある中で、地域に受け入れられる現実的な再エネは「自家消費型の分散型再エネ」に他ならない。ただし、これらを効率的に運用できるアグリゲーターは限られているのが現状だ。大手新電力やITベンチャー系のアグリゲーターが存在するが、首都圏や関西圏を除き、地域のアグリゲーターは不足していると言わざるを得ない。

制度の複雑性や収益の不安定さに加え、技術的ハードルも高く、電力の需要量と供給量の予測の難しさ、蓄電池やEVの通信規格がメーカーごとに異なることも課題だ。今後、実績データを蓄積することで予測技術は向上するだろう。そうして再エネ価値を最大化する地域共生型のアグリゲーターが増えていくことを期待したい。(K)

【業界スクランブル/火力】石炭火力「稼働制限緩和」の半端策

【業界スクランブル/火力】

イラン危機を受け、エネルギー対策として、容量市場における非効率石炭火力の稼働制限を一時的に緩和する方針が示された。しかし、この対応は政策として中途半端で、筋が良いとは言い難い。

本来、非効率石炭火力の問題は、kW時(発電電力量)の領域で議論すべきものだった。ところが実際には、kW(供給力)を扱う容量市場の制度設計に組み込まれた。これは、脱石炭の国際的潮流に乗ろうと手近な制度に手を加えたためだが、その結果、制度は混線を抱え込むことになった。

さらに問題なのは、エネルギー安全保障という本来極めて政策的な分野でも「市場化」で対応するとの方針を掲げながら、結局は政府がルール変更という形で介入せざるを得なくなっている点である。燃料制約や地政学リスクは、市場価格に十分織り込むことができず、市場外の調整に頼らざるを得ないことが露呈してしまった。これにより、制度の一貫性や予見可能性も損なわれることになった。

しかも今回の措置は、効果が限定的である。稼働制限を緩和することでLNGの調達量を減らせるとしても、その効果は一時的なもので、将来の調達リスクの根本的な低減にはつながらない。加えて、一年限りの措置では、将来の設備維持や電源投資へのインセンティブも働かない。

イラン情勢の先行きは不透明だが、今回の事例が示しているのは、同様の危機が今後も繰り返され得るという現実である。必要なのは、その前提に立った制度の再構築であり、場当たり的な運用変更ではない。単年度の緩和措置は対症療法的であり「やっている感」を演出するだけのものと言わざるを得ない。(N)

【シン・メディア放談】終わりが見えぬイラン情勢 政府の楽観とマスコミの危機感

〈業界人編〉電力・石油・ガス

有事下で情報が入り乱れる中、政府とマスコミの姿勢は対照的だ。

─ホルムズ危機を受けた原油の代替調達について、政府は「年を越せる」と言うが本当なのだろうか……。

ガス ここに来て構図がはっきりとしてきた。メディアは「足りない」「いずれ危機がやってくる」と言いたがり、一方で政府は「足りている」「大丈夫だ」と落ち着かせたい。メディアと政府で真逆の情報発信をしているのが現状だ。

石油 あんまりメディアがあおり過ぎると、1970年代のオイルショックのようにトイレットペーパーの買い占め的なパニックが起こりかねない。コネクトエネルギーの境野春彦氏がTBSの「報道特集」で「間違いなく今の状況が続いたら6月には詰むんですよ」と発言して批判を浴びたが、ここまで言う必要はない。専門家なら慎重に言葉を選ばないと。ただ、「大丈夫」と言い切れないのは事実で、本誌4月号で垣見油化の垣見裕司氏は「国主導で緊急対策計画策定を」と警鐘を鳴らした。こういう冷静な指摘が大切だ。


油の一滴は血の一滴 先人が遺した膨大な備蓄量

ガス 役所の人が口をそろえて言うのが、「川上の量は足りている」ということだ。その上で、小さな商店などにも電話をかけ、目詰まりをもぐらたたきのように潰しているようだ。経済行動として、中流・下流の業者が上流から「来月の供給はどうなるか分かりません」と言われたら、流通量を減らすのは無理もない。

石油 それでも、オイルショックの時から一次エネルギー源としての石油は7割から3割へと減った。日本は頑張って石油依存を減らしてきた。

ガス ある国会議員が、日本の国家備蓄が他国と比べて圧倒的に多いのは、先輩議員や官僚たちの努力にほかならないと言っていた。当時は「油の一滴は血の一滴」と言われた戦前・戦中の記憶を持つ人が多くいたので、備蓄基地を作るために増税までしたという。彼らのおかげで、タンカーがホルムズ海峡を通れなくても普通の生活が送れている。先人が作ってくれた今の時間的余裕を大切に、代替調達や中長期的な供給先の多角化に向けた体制をいかに整備するかが重要だ。

─本格的な悪影響はこれから出てくる。

石油 ある程度の石油化学製品の値上がりや価格上昇は覚悟しないといけない。LPガスのボンベに赤字の印字ができないという話も聞いた。アンモニアの流通も滞れば肥料の供給ひっ迫も避けられない。世界的な食糧不足という事態も起こり得る。

電力 さまざまな製品の価格が上がる度に補助金を出していたら、お金がいくらあっても足りないよ。海外のニュースを見ていて思ったが、ガソリン価格がリッター300円ぐらいになっている国がある中で、ずっと170円以下に抑えている日本はやっぱり不自然だ。でも、メディアからの批判は少ない。問題意識は持ちつつも、地方にとってはありがたい話なのであまり扱いたくないのだろう。

─国内企業は決算シーズンを迎えた。

電力 LNGなど価格上昇の影響は受けるが、安定供給には支障がないのというが各社共通の見方だ。この後、燃料費調整単価が低い会社は少しずつダメージを受けてくる。期ずれの影響で、来年度の見通しは芳しくないね。

ガス 原油価格や為替の想定には各社多少の違いが見られる。いつ価格が落ち着くかがポイントだ。夏や秋に元に戻れば、燃調費も追い付いてくる。決算会見では、メディアはホルムズ危機の影響を強調したがっていた。安定供給に支障がなく、ホルムズの影響をそれほど想定してないと分かると、記者の関心が薄れるのが見てとれた(笑)。


存在感を示す『選択』 共和党内の動きに注目

石油 そんな中で、高市政権の内幕など政治記事を中心に気を吐くのが『選択』だ。5月号では「備蓄放出石油で『元売り』がボロ儲け」と元売りの批判記事を掲載。副題には「国有財産で暴利を貪る国賊業界」とかなり厳しい。政府が国家備蓄原油を安値で放出して、元売りが巨額の差益を得ているという話だが、ここまで書くことはないんじゃないか。以前から備蓄の原価については議論があったが、ルール通りやったわけだからね。

─出光丸がホルムズ海峡を通過した。

石油 産経が73年前の日章丸事件と絡めて報じていたが、どうなんだ。当時のイランとは体制が違う。今は革命防衛隊という「テロ組織」が実権を握っている。イランのプロパガンダに利用されないように気を付けないといけない。

ガス 世界最大の不安定要因は中国でもイランでもなくアメリカのトランプ大統領だよ。これでも国内の支持率が30%もあるのだから驚きだ。岸田政権の終盤より高いじゃないか(笑)。

電力 11月の中間選挙で負けた時に、残りの任期でさらにめちゃくちゃなことをやるのでは。

ガス 鍵を握るのは共和党内部の動きだろう。あるマスコミの国際部長は、さすがに中間選挙に負けたら、党内でも反トランプの動きが出てくると言っていた。大統領選などでRINO (Republican In Name Only:名ばかりの共和党員)のレッテルを張られた反トランプ議員の巻き返しもあるかもしれない。中間選挙で負ければ、今の身勝手な振る舞いはできなくなるというのが彼の見立てだった。

─いつまでトランプ氏に振り回される状況が続くのか。

【コラム】米国産石炭輸入の意義 エネルギー安保の柱として検討を

杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

日本のエネルギー政策は、脱炭素の帳尻合わせではなく、エネルギー安全保障と経済性を重視して原点から組み直すべきである。その具体策の一つとして、米国からの石炭輸入を真剣に検討する時期に来ている。

LNG価格が高騰した時、中東情勢や台湾情勢が不安定化した時、あるいは猛暑・寒波で電力需給がひっ迫した時、貯炭場に現物として在庫ないし備蓄として置ける石炭は、安全保障上、重要な価値を持つ。

日本は米国からLNGを輸入している。しかし、米国の天然ガスを液化し、船で運び、日本で再ガス化して発電するには、追加コストがかかる。もちろん、石炭も鉄道輸送してから輸送船で輸入するには追加コストはかかる。けれども、米国では天然ガスを国内の高効率火力や産業用に使い、日本やアジアには石炭を輸出する方が、天然ガス液化関連のコストが不要になるメリットが大きいので、全体としては経済的な効率性が高くなる局面がありそうだ。

また、アジアのLNG価格は地政学リスクや欧州需給に左右されやすい。これに対し、石炭は熱量当たりの価格が安く、長期在庫が可能で、LNGスポット市場の急騰に対するヘッジにもなる。

豪州・インドネシアのリスク 第3の柱必要

日本の石炭調達は現在、豪州に7割弱と大きく依存している。これに次ぐのはインドネシアで1割強である。もとより、豪州炭は高品質で日本から近く、長年の実績もある。しかし、豪州炭も政治や環境規制、ロイヤルティ、鉱山許認可、洪水などの影響を受ける。ニューサウスウェールズ州では2024年7月から石炭ロイヤルティが2.6ポイント引き上げられており、こうした政策変更は将来の調達コストや供給判断に影響し得る。ニューサウスウェールズ州産の高品位炭への過度な依存は、日本側の調達交渉力を弱め、コスト高の一因にもなっている。

インドネシアについても、リスクがある。同国は世界最大級の一般炭輸出国だが、国内供給を優先する政策をたびたび取ってきた。国内需要が満たされない場合、輸出を制限するという発想は今後も残るだろう。最近も、石炭など主要商品の輸出管理を国が強める動きが市場の不確実性を高めている。つまり、日本が豪州とインドネシアを中心に石炭調達を続けるだけでは、燃料安全保障として十分ではない。

この文脈で、米国炭は有力な第三の柱になり得る。この6月に、米エネルギー省はオークランドのWest Gateway Terminal Projectに7500万ドルを投じる方針を発表した(The Department of Energy)。同ターミナルは鉄道に接続された米国西海岸のバルク輸出拠点で、日本、韓国、台湾、ベトナム、マレーシアなどインド太平洋の同盟国・友好国向け輸出を支えるものと説明されている。これまでの米国炭輸出のボトルネックは、太平洋向けの港湾・鉄道インフラだった。この米国西海岸ルート、あるいはカナダ西岸経由のルートを確保できれば、日本にとって供給源多様化の意味は大きい。

米国側は、この方向を後押ししている。2025年4月の大統領令は、米国炭輸出の増加と、同盟国支援を含む石炭産業の活用を明記している(The White House)。日本はこれを単なる米国内政として眺めるのではなく、日米同盟における燃料インフラとして取り込むべきである。

米国の一般炭は、これまでもアジア市場に流れていた。インドは米国炭の大口買い手であり、用途は発電だけでなく、セメント、窯業、自家発電などにも広がる。これは、米国炭の利用が距離の壁を越えてアジアで経済的に成立し得ることを示している。

日本企業が北米炭のオフテイク権、ターミナル容量、船腹、転売権を持てば、日本で焚くだけでなく、韓国、台湾、インド、ASEANに振り向けるポートフォリオを構築できる。これは日本がLNGについて進めてきた仕向地自由化、ポートフォリオ取引の石炭版である。

足元は割高な燃料を輸入 安価な選択肢排除に疑問

これまで日本は、自動車用燃料としてバイオエタノール由来のETBEを輸入し、石炭火力混焼やバイオマス発電用に木質ペレットも輸入してきた。日本の制度上はCO2削減に資するとされるが、地球全体での排出削減効果は疑わしい。USDA(米国農務省)によれば、24年の日本のETBE輸入は約18.3億ℓで、その中には米国産トウモロコシ由来エタノールなどを原料にしたものが含まれる。木質ペレットも22年に440万tを輸入し、その一部は米国産だった。だが、その米国では、ガソリン燃料を燃やし、石炭で火力発電をしている。

米国から割高な燃料を輸入し、日本国内の排出量を見かけ上減らすために国民負担を増やす一方で、安価な石炭を日本において政策的に排除するのはいかがなものか。

日本は、米国炭をポートフォリオに加えれば、LNG依存、豪州炭依存、インドネシア炭依存を同時に下げることができる。米国からの石炭輸入をエネルギー安全保障の正式な柱として位置付けて推進すべきではなかろうか。

【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。近著に『データが語る気候変動問題のホントとウソ』(電気書院)。最近はYouTube「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所」での情報発信にも力を入れる。

【ワールドワイド/コラム】原油調達に苦慮する新興国 備蓄の国際公共財化に期待

国際政治とエネルギー問題

2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃から3カ月近く経過したが、停戦の目処が立たないままホルムズ海峡を挟んだにらみ合いが続いている。イランは、米国との交渉に応じる姿勢を見せつつも、交渉の場では自国の考えを改めて述べることに終始している。対して米国は、核開発放棄を前提としており、妥協を引き出すことはできていない。

世界は今、大きく二つの戦争を抱えている。一つはロシアとウクライナの戦争であり、もう一つは米国・イスラエルとイランとの戦争である。3月にロンドンに所用があり、韓国航空便を利用したが、中国・カザフスタン・カスピ海・アゼルバイジャン・グルジア・黒海・ルーマニア(欧州)・ロンドンというルートが採られた。当初はロシア上空を飛ぶルートが提示されていた。また、日本の航空会社はオホーツク海→北極海→欧州というコースを飛んでいる。

フライトマップを見ながら世界は今、二つの戦争を組み込んで動いていることを実感した。ロシアとウクライナ南方をかすめつつ、イランとイスラエルの戦場を遠巻きに、各国は経済活動に取り組んでいる。その中で、日本は世界有数の石油備蓄保有国であり、4月24日、経済産業省は第二弾の国家備蓄石油の放出を発表し、5月1日から追加放出を始めた。鹿島石油での放出を皮切りに全国10カ所の備蓄基地から約580万㎘が順次放出される。

緊急時対策には、国際エネルギー機関(IEA)の分類では、緊急時増産、消費節約、備蓄の放出、燃料転換があることを前号で述べた。今次危機に際し、日本は備蓄の放出を主要な対策として打ち出したが、多くの選択肢があり、高市早苗首相は4月7日の記者会見で、「年を越えて原油の供給を確保できるめどがついた」と説明していた。

消費節約に関しては、石油市場混乱の影響緩和のため、IEAは既に3月20日、石油・ガス使用量削減のための10項目の措置を提案していることは重要である。

こうした中で4月27日、出光興産がベトナムに原油64万㎘規模を供給することが明らかになった。アジア新興国の多くが原油調達に苦慮する中、同地域の製油所で作られる石油製品は日本へも輸出され、国境を跨いだ供給網を支えている。ベトナムへの調達原油の供給は、備蓄石油の取り崩しの応用例である。同国は樹脂製品の供給網でも存在感を高め、自動車部品や家電、必需品に使う製品の一部が日本にも輸出されている。

アジア新興国と日本の最大の違いは、日本が1970年代の石油危機の経験から、備蓄制度を創出、運用してきたことにある。新興国には備蓄態勢が整備されていないため、消費節約を中心とした対応を行わざるを得ないが、国際社会の取り組みとして、備蓄石油の国際公共財としての活用が、日本発の国際協調対応措置として展開されることを期待する。情は人のためならず、というではないか。

(須藤 繁/エネルギーアナリスト)