前 真之/東京大学工学部建築学科准教授
国民が寒さや電気代に苦しめられる中、住宅政策の転換が急務だ。
地域の優良工務店こそが日本の住環境と脱炭素の未来を切り開く。
住宅の省エネ対策
住宅は国民の生活を守る最終防衛ライン「最後のとりで」である。しかるに、国土交通省の住宅行政はひたすらに供給側保護を最優先する「業者ファースト」であり、住まい手である国民の生活は二の次、三の次とされてきた。本来は2020年に予定されていた住宅への省エネ基準義務化が無期延期とされたのは、怠慢業者保護の象徴だ。

25年になってようやく最低限の断熱・省エネが適合義務化されたが、空白の5年間に400万戸を超える住宅が省エネ基準への適合を求められないまま新築された。大量にストックされた低断熱の増エネ住宅は、冬はヒートショック、夏は熱中症で国民の健康を奪い、高騰する電気代が燃料費補助を通じて血税の浪費と国債乱発につながっている。
日本では1999年に定められた断熱等級4が、諸外国に著しく劣後しているにもかかわらず、23年間にわたり最上位の等級とされてきた。2022年になって上位の等級5・6・7がようやく定められ、遅くとも30年までには等級5の適合義務化が予定されている。さらに25年に運用が始まった住宅基準「GX(グリーントランスフォーメーション)志向型住宅」では、等級6+太陽光発電に1戸当たり160万円の補助金がついたことが大きな話題となった。
住環境は少子化にも直結 低性能建材の方が低炭素?
遅きに失したとはいえ、住宅の高性能化が進んでいること自体は喜ばしい。一方で目下最大の問題は、価格が高くなりすぎて多くの国民が家を買えなくなっていることだ。人気地域の地価が急騰し、住宅価格もここ5年で3割上昇というのが業界の共通認識であり、そこにローン金利の上昇がとどめの一撃となった。無理して住宅を購入しようとすれば、夫婦で返済期間50年の超長期ペアローンを組むほかなく、離婚や離職で生活が即座に破綻するリスクを抱えることになる。やむなく安価な建売や中古、または賃貸を選べば、その大半が低断熱の低性能住宅なので、不健康・不快で電気代高騰におびえる生活を強いられる。国交省は住宅ローン減税や補助金を積み増しているが、GX志向型の補助金500億円がわずか3カ月で枯渇したように、焼け石に水の感は拭えない。円安・資源高・職人不足といった積年のツケが一気に噴き出しているのが現状だ。
筆者が主催する高性能賃貸研究会で大家に話を聞くと、「狭い・うるさい・寒い」が賃貸の三大不満であり、賃貸を退去する最大の理由は「子どもができたから」。多くの若夫婦は「無理してまで家を買いたくないから子どもは諦めよう」と考える。低性能な住宅ストックは、日本の少子化を悪化させる大きな原因でもある。
住宅政策の大方針を定めている住生活基本計画は、「50年に目指す住生活の姿」と「当面10年間で取り組む施策の方向性」をテーマに見直しが進められている。高齢者の孤立防止、若年・子育て世帯の住まい確保、住宅価格高騰を踏まえたアフォーダビリティ(手頃さ)確保など、「住まうヒト」のための政策もそれなりに掲げられてはいる。しかし、ご立派なスローガンが業者ファーストで骨抜きにされるのが住宅行政の常。さらに国交省が昨今、建設中に排出される「エンボディドカーボン削減」を最優先課題としていることが、不信に拍車をかけている。
従来の省エネは、断熱・高効率設備・太陽光発電の3点セットにより、居住者の健康・快適な生活を確保しつつ省エネ・省CO2化を図る「運用時」の対策が中心だった。それが最近になって、建物寿命を通して発生するCO2である「ホールライフカーボン」の削減がより重要だとして、とりわけ建設時や廃棄を含めた建物躯体のCO2削減がここ数年ことさら強調されるようになった。まるで「運用時の省エネは解決済み」と言わんばかりである。
躯体の脱炭素化が、地元の木材活用などにつながるのであれば素晴らしいことだ。しかし、「低断熱な建材の方がエンボディドカーボンは少なく有利」などという本末転倒の主張がすでに始まっている。製品の製造時CO2排出量を証明するEPD(製品環境宣言)の取得コストの高さにも不満が漏れ聞こえる。「住まい手に価値を生まないコストアップ」につながりかねない政策に、なぜ国交省はここまでのめりこむのか。どうにもヨーロッパ型の認証ビジネス、新たな利権創造のうさん臭さを感じるのは気のせいか。
脱炭素政策の受容度低下 地産地消で高性能な建築を
米トランプ大統領に代表されるように、脱炭素政策への反発が世界中で渦巻いている。一方で、有権者が不満を爆発させているのは、温暖化対策うんぬんではなく、エネルギーをはじめとした価格高騰だろう。「石油を掘って掘って掘りまくればインフレは収まる」という主張が相当数の米国民の心に響いたという事実は、軽視されるべきではない。地球環境保護のために不便を強いる政策は、すでに多くの不便に苦しんでいる多くの国民が受け入れるはずがない。
住宅で最優先されるべきは「全ての国民が冬の寒さ・夏の暑さ・電気代の不安から解放される」ことである。その実現に必要な住宅ストックを各地で実現するためには、地元の優良工務店が地元の木材で高性能な木造住宅を建てることで、地域が豊かになっていく─。これこそが日本に暮らす人々が幸せになる王道の脱炭素政策である。
日本のシステムは上に行くほど腐臭を放ち、国民が養分として搾取されている。一方で、筆者は30年にわたる研究や賞の審査を通し、日本各地に地元の木材を活用して高性能で魅力的な住宅を建てられる優良な業者がたくさんいることを知っている。日本の希望は永田町や霞が関ではなく、各地の現場にある。地元の優良業者が地域の住宅ストック形成の主たる担い手となることが、真の脱炭素化につながると確信している。
前 真之 まえ・まさゆき/1975年広島県生まれ。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。建築研究所研究員、東大大学院工学系研究科客員助教授を経て2008年4月から現職。博士(工学)。専門分野は建築環境工学。

























