巽 直樹 /アクセンチュア 素材・エネルギー本部マネジング・ディレクター
本稿は2026年6月号掲載の同名記事の詳細解説版である。LPガスの戦略的価値の本質は、下流の戸別分散と、上流の調達先がホルムズ海峡外にある点にある。原油の中東依存が9割超のままであるSS(石油)とはリスクの所在が異なり、両者は補完関係にある。ただしLPガスの上流は「分散」ではなく、米国一極集中という新たな依存構造に置き換わった。本ウェブ版では、上流構造の正確な数字、過疎地の地殻変動、グリーンLPガスの絵姿と現実の乖離、範囲の経済性の意図的再構築までを掘り下げる。
もうひとつの熱インフラ、戸別分散と脱ホルムズ
第2回で取り上げた都市ガスは、189の事業者が国土の約6%の供給区域でネットワーク事業を営む産業だった。これに対しLPガス販売事業者は全国に約1万7000者、供給世帯は全世帯の約4割に及び、面的な広がりでは都市ガスの2倍以上をカバーする。さらに、ガソリン・軽油・灯油などを扱うサービスステーション(SS)は全国に2万7000カ所超を数え、自動車の燃料補給だけでなく、寒冷地の灯油宅配、農機・漁船への燃料供給、災害時の中核拠点という多面的な役割を担う。25年2月閣議決定の第7次エネルギー基本計画は、LPガスを「災害時における最後の砦」、SSを「国民生活と経済活動を支える最後の砦」と明確に位置付けた。集中型ネットワークの議論に偏りがちな政策論議の中で、見落とされてきた事実である。
LPガスの産業構造は、第2回で取り上げた都市ガスのロングテールよりさらに急峻である。サプライチェーンの末端には、家族経営に近い零細事業者が無数に並ぶ。事業の脆弱性の源泉であると同時に、軒下まで届けるラストワンマイルを担保する人海戦術の基盤でもある。両者はともに「最後の砦」と呼ばれるが、その中身は切り分けて評価する必要がある。
下流の戸別分散:軒下在庫が実質的な備蓄機能を担う
LPガスは各家庭・施設の敷地内のボンベに、平均すれば数週間から1カ月分のエネルギーが常時備蓄されている。ガス消費の構造そのものが備蓄機能を内包しており、災害時にこの「軒下在庫」が、地中の導管や送配電網の損傷で停止する都市ガスや電力とは異なる位相のレジリエンスを発揮する。
注目すべきは、軒下在庫が単なる比喩ではなく、LPガスの分散型供給を支える実質的な備蓄機能を担っている点だ。日本LPガス協会の整理では、国家備蓄50日分、民間備蓄40日分に加え、各戸の軒先在庫約30日分を合わせて約4カ月分の供給余力があるとされる。原油・石油製品が国家・民間備蓄を中心に語られるのに対し、LPガスでは消費者に近い場所に分散配置された在庫もレジリエンスの一部として評価されている。集中型エネルギーには存在しない、分散型の特徴である。
24年1月の「令和6年能登半島地震」では、奥能登4市町のLPガス充填所3カ所のうち2カ所が機能停止に陥り七尾基地などにも被害が生じたが、新潟・富山などの隣接基地からの応援配送と軒下在庫の組み合わせで需給バランスの崩壊は免れ、各戸単位の安全点検を経て早期に正常化した。集中型インフラの復旧プロセスとは迅速性が異なる。東日本大震災時、地下導管の全面調査・気密試験を要する都市ガスは復旧に50日以上、電力でも7~10日を要した。
上流の脱ホルムズ:中東依存はわずか4%まで低下
LPガスの上流調達における中東依存度は、シェール革命前は8割超に達していた。米国産LPGの輸入急増により、現在は4%程度まで低下している。原油の中東依存度が依然として9割超にあるのと比較して極めて対照的な構造であり、日本LPガス協会自身も「地政学的リスクの影響を受けにくい航路を確保」と位置付けている。ホルムズ海峡を通過する中東依存からの構造的離脱が、業界全体の戦略的訴求点となっている。
LNGも米国・豪州・東南アジアを軸に分散調達が進んだが、上流の脱中東という点ではLPガスがLNGに並ぶ。これに対し、原油およびそこから精製される石油製品は依然としてホルムズ海峡を通過する中東依存への構造的脆弱性を抱える。冒頭で並べたSS網は下流の面的展開ではLPガスと並ぶが、後背の調達構造は対照的だ。下流の分散度合いだけ見て両者の安定供給度を評価するのは難しい。
「令和のオイルショック」とも称される26年初頭のホルムズ危機の文脈でいえば、原油の調達が滞れば寒冷地の灯油・軽油・ガソリンの供給は直接の打撃を受けることに対し、LPガスは北米・豪州ルートで相対的に独立性を保つ。一方、製油所が国内に温存されている間は、石油製品の備蓄と国内精製能力で短期供給は維持できるため、両者は時間軸が異なるリスクの補完関係にある。S+3Eの枠組みでいえば、LPガスは下流の戸別分散による安定供給と、上流の脱ホルムズによるエネルギー安全保障の双方に貢献し得る独自の位置にある。
米国一極集中とWTI連動:脱ホルムズの代償
ただし、上流の脱ホルムズを「LPガスは安全だ」という単純なロジックに着地させることもできるわけではない。現実には、上流調達が「中東から米国への依存先スイッチ」に置き換わり、調達分散ではないからだ。数字を正確に見ると、2025年通年で、日本のLPガス輸入は米国825万t(83.1%)、カナダ84万t(8.5%)、豪州54万t(5.4%)、米加豪計で約97を%占め、中東は数%にとどまる。さらに、25年6月以降の月次ベースでは米国構成比が9割を超え、カナダからの輸入はゼロに落ち込んだ。背景には、トランプ関税を契機とする中国の米国産LPG買い控え、米国産単価の下落、それに応じた日本のカナダ産から米国産へのスイッチという連鎖がある。脱ホルムズは進んだが、その裏側では米国一極集中が進んでいる。
これ自体は新たな地政学リスクともいえる。米国の通商政策、エネルギー輸出政策、政権交代に伴う方針変更は、いずれも日本のLPガス供給に直接影響を及ぼす。アストモスエネルギーの佐藤利宣社長は「アメリカ調達のリスクはトランプ政権の相互関税政策にも見られるように政治的なリスクには注意する必要があります」と明言しており、業界トップ自身がこのリスクを警戒している(本誌5月号)。
価格面でも独立性は確保されていない。米国産が主流となった現在、LPガス価格はWTI原油の値動きとの相関が強まっている。佐藤社長は「3月中旬時点では、アメリカの引き合いが連動しており、50ドルだったWTIが100ドルになれば、当然それに類する値動きが生まれる」と指摘する。地理的にホルムズから離脱したことと、価格的に独立したこととは別である。原油価格の急騰局面では、LPガスも連れ高となる。
LNGも米国産の輸入拡大により、同型のリスクを抱える。従来の油価連動やJKMなどの国際スポット指標に加え、ヘンリーハブ連動という米国由来の価格・政策リスクが、日本のLNG調達に入り込みやすくなるからだ。「中東依存からの離脱」がしばしば「米国依存への置き換え」を意味するのは、LPガス・LNGに共通する構図だ。S+3Eのエネルギー安全保障は、特定の調達ルートに過度に依存せず、複数のルートとプレーヤーを保持し続けることでしか担保され得ない。LPガスの上流構造は、脱ホルムズという面で正当に評価しつつ、米国一極集中という新たなリスクへの備えを同時に求められる段階にある。
























