玉木直季/英国王立国際問題研究所「チャタムハウス」フェロー
スマートフォンにシビルディフェンスからアラートが届く。「攻撃か」と身構えて開くと「リヤド州では弱・中程度の雨が降る見込みです」。金曜礼拝を終えてモスクを出ると、埃の香りとともに雨がぱらついていた。これが「攻撃下とされる都市」の現実だ。サウジへの攻撃は限定的で、迎撃にもおおむね成功している。戦禍の「内側」にありながら、リヤドは安全だ。この逆説こそが、私の結論の起点である。今回の中東動乱で、もし勝者があるとすれば、それはサウジアラビアではないか。日本のエネルギー安保を考える上で、この「独り勝ち」の構造は見落とせない。
世界の貿易量の約9割は海運が担う。そのチョークポイントのホルムズ海峡の内側に位置するドバイ、アブダビ、カタールは、過去20年でオイル&ガスマネーを背景に急速に存在感を高めてきた。しかし今回、その地理的脆弱性が一気にあらわになった。日本が輸入する原油のおよそ9割がホルムズ海峡を通過する。一方、サウジはペルシャ湾と紅海の二つの海を持ち、パイプラインで紅海側のヤンブーへ送油することでスエズ運河経由とバブ・エル・マンデブ海峡経由の迂回路が残る。
12カ国の外相が集結したリヤド
実質的に機能する迂回ルートを複数持つ産油国は、世界でサウジだけだ。クウェート、アブダビ、カタールはホルムズ以外に原油やガスの輸出手段を持たず、食料も生活物資も、サウジを経由する陸路がなければ外から入らなくなる。産油国でありながら、生存そのものをサウジの善意に委ねることになるのだ。そもそも紅海はサウジにとって「裏口」ではない。ジェッダは8世紀以降、千年以上にわたり海のシルクロードの荷揚げ地として栄えた。サウジが本格的に開国したのは2016年以降で、歴史をひもとけば、宗教のみならず、物流でも地域のハブ機能を有していた。
3月18日、リヤドに約12カ国のアラブ・イスラム諸国の外相が集結し、緊急会合が開かれた。戦禍の中であっても機能する安全な首都として、リヤドがその役割を担った意味は大きい。共同声明はイランへの攻撃停止と緊張緩和を求めるもので、体制変換を求める米・イスラエルの立場とは一線を画した。クウェート、アブダビ、カタールが食料・生活物資でもサウジに依存する構造があらわになった今、その戦略的重みはかつてなく大きい。
シビルディフェンスのアラートは「善と祝福の雨となり、国の隅々までその恵みが広がりますように」と締めくくられていた。リヤドに降るこの「恵みの雨」を、日本のエネルギー政策はいかに戦略的に生かすか。

※次回は、在イラン日本国大使館一等書記官の佐藤佳奈さんです。



