巽 直樹 /アクセンチュア 素材・エネルギー本部マネジング・ディレクター
本稿は、2026年5月号に掲載された同名記事の詳細解説版である。誌面版では、都市ガス事業者189者のロングテール構造、販売量が縮む一方でネットワーク維持コストは縮まないというガス事業固有の困難に直面していること、そしてカーボンニュートラル(CN)規制が中小ガス会社にもたらす構造的な圧力を概観した。本WEB版では、ガスシステム改革第2回検証の射程、CN規制と中小の手段の格差、公営ガス民営化の実態、そして中小ガス会社が直面する選択肢とジレンマを掘り下げる。
189事業者のロングテール
都市ガス事業者は、26年4月時点で全国に189者(私営172、公営17)を数えるが、誌面版に記載のとおり、ロングテール構造の産業特性を持つ。需要家件数で見れば、最大規模と最小規模の事業者の間には、実に約1万6,700倍もの規模の格差が存在する(日本ガス協会の資料など)。しかも都市ガスの普及エリアは国土面積のわずか6%にとどまる。各社の導管網はLNG受入基地を起点に扇形に整備されてきたために全国的につながっておらず、電力の送配電網が全国をカバーしていることとは対照的に、ガスの導管網は孤立した「島」が全国に散らばっている。
ロングテールのヘッドを構成する大手は、三大都市圏などに強固な需要基盤を持ち、産業用・業務用の大口需要を擁し、大手新電力として電力小売にも進出して事業ポートフォリオを拡大している。一方、テールを構成する地方の中小ガス事業者は、限られた供給区域のなかで需要基盤が弱い。同じ「都市ガス」でありながら、そこで動いている経済ルールは別物だ。本誌25年5月号の特集「地域エネ衰退の危機」の鼎談で、識者の一人が「都市ガスはある意味LPより危ない」と述べていたのは象徴的である。ボンベで「点」の供給ができるLPガスと異なり、都市ガスは導管という固定資産を抱えているがゆえに、需要が縮んでも身動きが取れない。
折しも、資源エネルギー庁は25年8月に「ガス事業環境整備ワーキンググループ(WG)」を新設し、ガスシステム改革の第2回検証に着手した。改正ガス事業法附則の規定により、27年3月までに改革全体を検証することが求められている。エネ庁はこの検証の視点として「将来のガス需要や社会構造の変化、GX推進への要請等も踏まえた、持続的なガスシステムの在り方」を掲げ、検証資料の各論には「地方ガス事業者の現況」が項目に含まれている。
売上が縮み、ネットワークが残る
中小ガス会社の経営を最も根底から揺さぶっているのは、ガス販売量の構造的な減少だ。先行するのは人口減少である。需要家そのものが減り、空き家が増え、導管網から歯が欠けるように需要が抜けていく。加えて、オール電化住宅の普及、ヒートポンプ給湯器への補助金拡大、住宅メーカーの設計思想の転換などにより、ガスを使わない世帯も増えている。地元のガス会社の先行きに不安を感じる層にとっては、住居の新築やリノベーションを実施する際、電化は無視できない選択肢だ。
売上が減る一方で、地中に埋まった導管網の維持コストは需要家が何件減ろうとほぼ同じだけかかる。膨大な導管の更新投資、保安要員の確保、検針の手間など、販売量が縮んでもネットワーク維持コストは縮まない。ここにガス事業固有の苦しさがある。
需要が減れば減るほど、導管の固定費を回収するために託送料金の単価を上げざるを得ない。しかし料金の上昇はガス離れをさらに加速させ、需要はいっそう縮む。需要減と単価上昇が互いを強め合うデス・スパイラル(悪循環)に陥る。この構造は都市ガスに固有のものではない。電力の一般送配電事業者も、特に低圧の配電網で同じジレンマを抱えることになる。現在の託送制度のもと、人口減少などで需要が縮む地方での固定費回収が困難になるからだ。これらはネットワーク産業に共通の問題でもある。
電化では賄えない熱需要
では、ガス事業が行き詰まった地域のエネルギー需要を、電力会社が電化で引き受けられるか。話はそう単純ではない。日本海側や北海道などの寒冷地では、暖房を中心とする熱需要の非電化部分が全体の相当な割合を占めている。ヒートポンプ給湯器は温暖な地域では高い効率を発揮するが、外気温が氷点下に下がる寒冷地では効率が大幅に低下し、電気代の負担が膨らむ。灯油やガスによる暖房を電化だけで代替するには、技術的にもコスト的にもまだ距離がある。
つまり、「電化が脅威」であることと「都市ガスが不要になる」こととは同義ではなく、導管を維持する意味が残る地域は確かに存在する。しかし、「規模の経済性」に逆らうことは困難であるため、一定の規模を維持できることが条件となる。また、需要家がLPGや灯油などの他のエネルギーを選択できるため、他の商材を併売するなどで「範囲の経済性」に着目する必要もある。「熱需要の基盤インフラ」としての役割を担うための事業構造の再設計が進めば、中小都市ガスの存在意義も残る。このことを経済的に裏付ける仕組みを、自らの手で構築しなければならない。
CNがデス・スパイラルを加速
売上の縮小とネットワーク維持の板挟みに加え、CN達成に向けた排出量削減の要請は、業界全体に等しく課されるが、その要請に応える手段が大手と中小で異なる。大手はeメタンや海外バイオガスの導入で対応することとしている。日本ガス協会は25年6月に「ガスビジョン2050」を策定し、50年にeメタンとバイオガスで都市ガス供給の50~90%を賄うとの目標を示した。30年にはまずガス供給の1%相当のeメタンまたはバイオガスを導管に注入し、5%のCN化を目指すとされている。
だが、新ビジョンについて、経済紙は従来掲げていた非化石比率の目標を大幅に引き下げたものと報じている。残る10~50%は天然ガスをCCUS(CO2回収・利用・貯蔵)やJ-クレジット等でオフセットする想定であり、eメタン単独でCNが成立するとは業界自身も見ていない。eメタンの製造コストは現時点でLNGを大幅に上回り、エネ庁の審議会資料でも30年の目標値ですらLNG価格の2倍を超える水準が示されている。大手が数百億円規模の投資によりプロジェクトを動かそうとしているのは事実だが、それが経済的に自立したビジネスとして成立するまでの道のりは依然として長い。
ましてや、テールの中小ガス会社にとって、eメタンの調達や製造は経営の射程にない。中小が取りうるCN対応は、カーボンクレジットの購入で帳尻を合わせるか、バイオガスの地産地消で少量の非化石比率を確保するのが現実的な上限だ。いずれにしても、売上の縮小とネットワーク維持費の上にCN対応コストが積み重なる構図に変わりはない。























