電力料金高騰のインパクト/電力全面自由化の経緯
Q 電力価格の上昇は、経済活動にどのような影響を及ぼしますか。
A 日本は省エネ努力を積み重ねてきていますので、電力価格の上昇による省エネ効果は限定的です。政府は省エネの実績や見通しを過大評価しますが、そこには電力多消費的な財を輸入に切り替えたことの影響が多分に含まれています。
電力価格高騰が内外価格差として際立てば、海外生産の選択は避けられません。特にエネルギー多消費産業では、国内生産が不連続に落ち込む閾値(臨界点)が出現すると考えられます。
実際に、脱炭素政策が加速した2010年代後半からの分析によれば、実質的なエネルギー価格差(米国比)でドイツは2.3倍、日本は1.9倍を超えたころ、それぞれの国内でエネルギー多消費産業の生産が不連続に減退しました。日本の閾値がドイツより低いのは、官民協調型の脱炭素政策の下、必ずしも価格高騰を待たずとも海外移転が早期に促されたためと見ています。
特に日独では、鉄鋼や化学などエネルギー多消費的な製造業は競争力のある産業基盤です。こうした産業の生産減退は地方中核都市の経済を弱体化させ、都市部のサービス業にも波及し、内需停滞を深刻化させています。さらに素材産業の衰退は自動車など最終財の国内生産を制約していき、もう一段の空洞化を招きかねません。
国際的な調和を欠く電力価格高騰の弊害は甚大です。長期的には、AIの利用や開発を遅らせ、生産性の低迷をもたらす懸念もあります。しかし国内で電力市場が閉じ同調圧力も強い日本では、こうした懸念を棚上げしたまま、電気事業者に価格転嫁を約束したり、あるいは負担を押し付けたりして安定供給を損なう政策を採用し、弊害を現実化しやすい土壌を抱えているのです。
回答者:野村浩二/慶應義塾大学 産業研究所 教授
Q なぜ、電力小売り全面自由化に至るまで16年もの時間を要したのですか。
A 自由化は発電部門への参入自由化と小売り電気事業者の選択を軸に行われますが、小売りについては諸外国含めて規模の大きな電力ユーザーから進めていくケースがあります。これは自由化範囲のユーザー規模に応じて契約を引き継ぎ、料金を精算するシステムの構築などにコストがかかるという事情と、小売り事業者の選択によって生じる値上がりなどの不利益に責任を持てるユーザーから始まるという政策的留意があります。
日本の場合、2000年3月から05年に4月にかけて、まず全ての高圧ユーザーで小売り自由化をスタートしました。その時点での判断は、圧倒的に数が多い家庭用ユーザーを含む低圧分野に拡大しても、システム投資などのコストとユーザーが得られる便益が合わない、というものでした。
それから10年を経て、11年の東日本大震災を契機とした既存電気事業制度や経営への国民の不信感の高まりも受け、必要なスイッチング支援システムやルール整備を行った上で、日本も小売り全面自由化に踏み切りました。
その後、家庭用の自由化は多くのスイッチングを生み出し、家庭用に参入する事業者もガス・携帯電話といった業種を中心に多く現れました。ところが20年以降は小売り事業者の規律が十分でないため、燃料危機・卸市場急騰の極端な値上げや事業者破綻が社会問題化しました。また、旧一般電気事業者だけが燃料調整上限付きの経過措置約款を持ち続けた結果、エネルギー危機下では顧客の大量戻りが起こり、持続的な競争環境とは言えないことなどの制度課題もあります。全体として現時点で日本の全面自由化は功罪ない交ぜの状態だと言えましょう。
回答者:西村 陽/大阪大学招聘教授




