【コラム】「敗戦後81年、経済財政運営を考える~経済敗戦を反省し、自滅を回避しよう」

飯倉 穣/エコノミスト

1,景気判断と財政運営に違和感

敗戦記念日が近づいている。日本経済は停滞ながら史上最高水準の位置にある。敗戦時の姿を考えれば、夢のようである。この経済を近時の政権は巧みに運営しているだろうか。

現在の状況は、イラン戦争・石油供給不安ながら、「景気は緩やかに回復」(月例経済報告26年6月)。日銀短観(同調査)は、イラン問題を抱えながらAI牽引景気を示唆する。設備投資も堅調で、業況良しという判断である。そして資産価格は、株価7万円前後、路線価5年連続上昇(前年比2.9%増、日経7月1日)とバブル的様相である。

この景況感の下で「経済財政運営と改革の基本方針2026」の取り纏めがあった(7月21日)。強い経済の実現を目指して、責任ある積極財政で運営の見直しを図ると述べた。

そして「行き過ぎた緊縮志向」と「未来への投資不足」の流れを断ち切り、「国内投資」を徹底的にてこ入れし・・官民投資ロードマップ策定等で・・早期に、実質1%を上回る、名目3%を上回る経済成長を定着させ、更に引き上げることを目指します」と総理発言もあった。

報道もあった。「「骨太」積極財政へ転換 投資強調「健全化」消える 閣議決定」(朝日7月22日)。「骨太、成長企業に補助金 国主導で競争力底上げ 閣議決定「財政健全化」文言なく」(日経同)。「経済成長「名目3%超」国内投資強化「骨太」閣議決定」(読売同)。

この景況感で、責任ある積極財政は必要だろうか。成長戦略で危機管理投資と成長投資が目指す強い経済の姿はどのようなものか。現施策は、過去30年間の苦い経験を克服出来るだろうか。強い経済を目指す政治家・官僚の選択肢と思考回路を考える。

2,強い経済とは何か~バランスこそ重要

一昔前なら、成長力、失業率、物価、貿易収支、国債利回り、公定歩合(政策金利)、財政収支等の各国比較で、自国経済の姿(経済パフォーマンス)を把握することが一般的だった。

バブル前の1984年は、成長率(80-84)3.2%、失業率2.7%、卸売物価0.0%・消費者物価2.2%、国際収支343億ドル、国債利回り6.81%、公定歩合5.0%だった。主要先進国比較で良好な姿を保ち、財政収支(公債依存率21.3%)のみ改善努力が必要という状態だった。GDP比債務残高は念頭に浮かばなかった。

バブル形成・崩壊後、構造改革ばやりの1990年代を過ぎた2000年、小泉改革後の2006年、アベノミクス後の2018年の数値は、成長率・財政指標等で劣化した。そして2024年の数値は、成長率(20-24)1.3%、失業率2.5%、企業物価2.3%、消費者物価1.7%、経常収支29.2兆円(貿易▲2.7兆円)、国債利回り1%、政策金利0.25%等だった。成長率で期待に達せず、財政状況(公債依存率実績見込30%)も、改善の兆しを見せず、公債残高は劣化の一途を辿っている。この経験から何を学ぶべきか。

3,官民投資不足とは何か~数値上は思い至らず

経済の流れから投資を考えると、政府投資と民間企業投資となる。過去日米貿易摩擦で米国要求や日本の内需拡大論者に貯蓄投資論があった。日本の貯蓄過剰が輸出増狙いの投資に偏重し、貿易黒字を増加させている。故に日本は、貯蓄を政策的に消費の増加、消費の拡大をもたらす民間投資や生活関連社会資本に向けるべきと言われた。その結果は、金融・財政出動でバブル生起・財政不健全化に至った。

今回の投資不足論は、企業の貯蓄(過剰か否かの判断は別として)を、17戦略分野の官民投資に誘導すべきという主張である。民間企業の投資水準は、過去(高度成長期20%超)と異なることは当然であるが、最近のGDP比17~18%は各国比較でもむしろ高い水準と言える。この現状に対し、政府は、財政出動で危機管理投資と成長投資を大胆かつ戦略的に進めるという。政府の認識が那辺にあるか理解しにくい。

(財政は投資超過状態)

財政との絡みでみるとむしろ投資超過の姿になる。経済は、生産、所得、支出の連続的流れである。生産で生まれた所得をどのように支出するか。多くは消費、そして設備投資、一部は税の納入=歳出となる。成長がなければ、循環的である。時に景気対策として経済水準維持に国債発行・歳出増を行う。成長(税収増)がなければ、次年度の水準維持にさらに国債発行・歳出増を余儀なくされる。これが累積債務の増大となる。この姿は、所謂投資超過の状況である。これを継続すれば、経済は下方圧力を続ける。つまり需給面からみれば、過大供給が継続する。需給バランス的には国債発行頼りの公的需要を抑制することが肝要である。現経済の現状をみれば、インフレ税収分を累積国債残高の削減に使うこと適切である。また法人税を引上げて少しでも財政均衡に寄与する努力も必要である。消費税減税に首を傾げる。 

4,民間企業設備投資とは~企業経営の判断次第

民間企業の投資は、夫々の経営判断である。多くは、現在の生産水準維持か拡大を目論む利潤投資反応的な設備投資である。そして技術革新が牽引する独立投資もある。企業経営を考えた場合、現在の投資水準が過剰なのか過小なのか経済財政諮問会議の委員がどのようにして判断できるか不明である。マクロ的な景気変動との絡みでは、前述のGDP比投資水準や投資の時系列的な増減動向をとらえたとしても、適正水準を示すに至らない。あくまで企業サイドの投資回収可能性の判断に委ねられる。その際薄利多売的な行動をとるか高利益重視の行動を取るかは、企業の判断次第である。

【業界スクランブル/火力】想定する電源像に偏り 蓄電池の正しい評価

【業界スクランブル/火力】

近年の容量市場・調整力市場で、蓄電池が高く評価されていることは必ずしも誤りではない。応答速度が速く、指令追従性が高く、系統運用者にとって扱いやすい電源であることは事実であり、短時間の需給調整や周波数制御で、一定の役割を果たしている。しかし問題は、その評価が「見かけの運用のしやすさ」に過度に依存し、系統を長期に安定させるために不可欠な要素が制度上ほとんど顧みられていない点にある。

蓄電池はエネルギー量に制約があり、長時間の需給ひっ迫に耐えることはできない。それにもかかわらず、短時間のΔkW性能ばかりが強調され、継続的な供給力については事業者の自己管理事項として外出しされている。

一方、火力発電は「応答が遅い電源」として調整力評価では不利に扱われているが、同期機としての慣性力や同期化力を通じ、系統事故初期の周波数安定にも無条件で寄与している。これらは指令型制御では代替できず、現状のインバータ電源が実用レベルで担えているとは言い難い。

さらに見過ごされがちなのは、蓄電池の充電原資だ。現行のエネルギーバランスにおいて、蓄電池は主に火力発電由来の電力で充電されており、市場価格を見ながらの、いわゆるアービトラージ運用では、再エネ余剰の受け皿として十分貢献しておらず、「脱炭素電源」との評価は看板倒れになりかねないのが実態だ。

制度は中立を装っているが、暗黙に想定している電源像は偏っている。短期的な操作性だけでなく、持続性・物理特性・エネルギー実体を含めた評価軸へと転換しなければ、系統運用のための底力は静かに削がれていく。(N)

【シン・メディア放談】高市政権が抱える根深い課題 積極財政の副作用

〈メディア人編〉大手A紙・大手B紙・大手C紙

高市政権は「責任ある積極財政」に突き進むが、むしろ「無責任」との指摘が相次いで……。

―燃料油に加え夏の電力・ガス補助金が復活した。3兆円強の補正予算をどう評価するか。

A ガソリン補助金見直しの声が党内で上がる中、国会での審議時間は短く拙速だ。円安が止まらず、長期金利が上昇する中、経済は当面相当厳しい状況となる。中長期の視点で方策を示す政治家はいないのか。

B 高市早苗首相は党内の声に聞く耳を持たないし、カレンダーを踏まえた戦略が描けていない。だから衆院の議員定数削減や国旗損壊罪創設、皇室典範改正などをまだやっているし、夫婦別姓は秋以降になる。

C 中央公論7月号に「ガソリン補助金を撤廃しナフサを確保せよ」と題した今井尚哉内閣官房参与の原稿が載った。これは経産省が代弁してもらったということか。とにかく高市政権の経済政策は頼りない。ただし解散しない限り選挙はない。総裁選他候補や他党の中傷動画を巡る文春報道への説明も筋が悪いが、支持率は大きく下がらない。

―ただ、6月の時事通信の世論調査では支持率が政権発足後最低を更新。今後どう動くか。

C さらに共同通信が中傷動画を作成・拡散したとの当人の証言を報じた。代理人を務めるヤメ検弁護士が仕切ったとされ、共同が利用されたと言える。

―後に掲載写真の事実関係に疑義が生じ、写真を削除した。

C 他方、食品の消費税を2年間限定で1%とする案が浮上。首相は日経で「特例公債に頼らない」と明言していたが、理解不能だ。

B 中道改革連合などにつられてしまい、中道も責任を取るべきだ。好意的に見れば、本丸の給付付き税額控除の流れができたと言えなくもないが……。

A 市場が政権を見放していることが問題。公約とはいえ、これでは日本は八方ふさがりだ。

首相の会見姿勢の是非 反発しないメディア

―閣議後会見でナフサ目詰まりを巡る赤沢亮正経済産業相とエコノミスト記者のバトルが話題になった。

B 本当にナフサが不足しているかどうか、データを使い報じるべきだし、日経のカルビー担当記者は、白黒パッケージ問題で政府に何を言われたのか聞き出すべきだ。

C 一報、朝日はカルビー発表直後に官邸幹部が「売名行為」と批判したと報じた。これはヒットだった。

―首相が会見で質問を数問しか受けない姿勢も目立っている。

C ただ、最近の歴代首相もそんな感じだったと政治部の記者は言っている。質問者を選ぶのも前からだ。

B 高市首相は今年度当初予算成立の会見の頃から1~2問で終わるように。このぶら下がりのようなものを会見と認めてしまったのが良くない。ただ、そもそも閣僚や官房長官が随時会見しており、首相の会見にどれほど意味があるのか。ネタが欲しいなら直に電話なりすべきだ。

A でも5月大型連休中の豪州首相との共同会見は質問ゼロ。日本側が質問は受けないと譲らず、現地メディアから批判が出た。首相の体調問題によるとされているが、フリーやネット記者にしつこく突かれたくないのが本音のようだ。確かに目に余る記者はいるが、質問の機会を与えないというのは違う。

B パージは良くないが、一線を越えた記者を野放しにするのも良くない。メディアと政治がお互いに不信感を強めている。

A 会見の開催権は記者クラブにあり、そうした記者の扱いはメディア側が決めるべきだ。

C 今の世論であるネットが首相を支持している。中傷動画の説明が支離滅裂でも「週刊誌報道にいつまで国会の時間を費やすのか」との声が大きく、それをメディアも分かっている。首相はまさしくわれわれを「オールドメディア」として扱い、トランプ大統領に似てきたね。

B ただ、首長選で地味に負けている。9月の沖縄知事選で、辺野古沖転覆事故で逆風の玉城デニー知事に負けるようなことがあればダメージになる。

法廷録音問題に同情の声 情報管理が日本全体の課題

―大手電力では法廷の無断録音が相次いで明らかになった。

C 中部を皮切りに次々発覚した。この件には同情する。日本の法廷は取材対応含め公開性に欠けている。でもこれを機に見直そうとしないのが日本だ。

B 録音したい衝動にかられた記者は大勢いて、企業の法務部も同様だ。もちろんやってはならないが、守ることが合理的でない現状も問題だ。

A とはいえ、カルテルや浜岡の件も見れば中部のコンプライアンス意識は問題だし、電力だけでなくプルデンシャル生命保険なども同様だ。そうした不祥事の追及と分けて、法制度の問題は各紙が別途指摘すべきだ。

―他に気になったエネルギーニュースは?

C 九州電力送配電の顧客情報紛失は信用問題に関わる。

B 1000万人超の情報が入ったSSD(記憶装置)が所在不明で、パスワードをかけていなかった。外部の業者が持ち出した説などあり、続報次第だ。

C あまり報じられていないが、原子力規制庁のスマホ紛失も大きな問題だ。また、共同通信元記者が会社貸与のPCやスマホなどを紛失という件もあった。

A 日本全体で情報管理の緩さがある。防衛産業で稼ぎたいなら、情報管理のレベルを高める必要がある。今の状態では相手国は日本を信用できない。

―ミュトスショックも踏まえ、メディア含めて意識レベルを引き上げる必要がある。

【業界スクランブル/原子力】将来の建て替え目標 実現への環境整備を

【業界スクランブル/原子力】

経産省が公表した「原子力政策の方向性と行動指針」改訂案は、既設炉の建て替えのため2040年代に120万kW原発2~5基、50年代に11~14基が必要とした。具体的な目標は歓迎するが、この数値で足りるだろうか。

米国では運転中の原発94基のうち、ほぼ半数が80年運転に向けた手続きに入っている。わが国も80年運転とすれば、50年代を通じて36基3722万kWを維持できる。

エネルギー安全保障強化と脱炭素のために火力発電を抑制し、一方で再エネ賦課金が上昇する状況では、原子力の最大限活用しか自給率改善の現実的な手立てはない。福島第一原発事故時に設置許可申請中であった新設4基に、最近注目される美浜原発の増設を加えて5基は実現可能である。さらに過去に報道された新設計画が4基ある。14基にするには残り5基の立地点が必要だが、30年の時間的余裕がある。80年運転に新設14基を加えれば、5600万kWとなり、需要の約3割を原子力で賄える。

電力自由化と原子力規制の強化という矛盾した組み合わせの導入が多数の廃炉を招いた。新規建設を支える事業環境整備が重要で、広域機関による長期脱炭素電源オークションと財政投融資だけでは足りない。資金調達への債務保証、運転開始前の固定費回収支援を導入すべきである。

わが国の電力需要の3分の1を供給する東電が原子力事業を大規模に復活できないことも将来への懸念で、事故賠償清算と廃炉負担の解決が必要だ。40年遅れで米国を真似る二段階審査は、規制庁による審査の本質的な改善になるか甚だ疑問であり、他の手法も検討すべきである。(H)

【ワールドワイド/コラム】ベルギー・独で原発巡り議論 国有化や核融合推進の動きも

国際政治とエネルギー問題

今年2月、中東沿岸諸国での紛争でホルムズ海峡が封鎖され、原油、石油製品の輸送がストップし、世界的にエネルギー市場が混乱している。3月には原子力サミットがパリ近郊で開催。EU委員会・委員長は脱原子力の戦略的な誤りを指摘した。さらにEU委員会は4月、エネルギー戦略ペーパーで原子力発電に大きな役割を与え、小型炉と閉鎖原発・解体撤去の回避が化石燃料依存を減らすと発表。エネルギーが足りない中で、原子力発電の必要性を訴えている。

欧州のマスコミ紙は、ベルギー、ドイツでの原子力発電の話題を4月に相次いで報道した。ベルギー政府は原子力発電に復帰しようとし、原発の解体撤去が当面停止される。4月30日には、政府は運転会社のEngieベルギーと原発国有化に関する話し合いを行うと共同声明で発表。ベルギー首相は化石燃料の輸入依存の減少と国内のエネルギー供給の管理を望んでいると言われ、現政権は原子力発電への復帰を2025年の新政権発足時に発表していた。Engieベルギーは原子力発電から撤退し、再エネとフレキシビリティに経営を移す。政府と10月1日までに原発の政府管理への枠組みをまとめる意向だという。

ドイツでは23年4月に最後の原発3基が閉鎖され、解体撤去作業が進められている。与党CDUのシュパーン院内総務が26年4月のCDU/CSUイノベーションコングレスで、コスト上の理由から解体撤去中の原発再稼働の可能性を求め、大きな反響を呼んだ。メルツ首相は脱原子力が誤りだったと認めてはいるが、与党SPDに配慮し、脱原子力の修正はエネルギー問題の解決にはならないとの見解を発表した。こういった中、世論調査研究所が今年3月に実施したアンケートでは、53%は3基の閉鎖を‶完全に誤り″だったと回答。ドイツが利用すべき電源は、ソーラー、風力、水力、原子力、バイオマス、天然ガス、褐炭、石油の順であった。

ベルギーは脱原子力の立場だったが、右派の首相が解体撤去を中止し、原子力を拡充しようとしている。ドイツは00年以降、脱原子力政策を貫く。11年3月の福島事故で、当時のメルケル政権は22年末までの脱原子力を法律で規定し、これが今日まで適用されている。3基の原発を運転していた電力会社は廃炉作業を進め、基幹系統運用者も廃炉作業の中止を否定している。Ifo経済研究所(ミュンヘン)の副理事長は国内でドゥンケルフラウテ(曇天や無風)が発生すれば、ドイツは近隣諸国から電力を輸入でき、依存する可能性が高くなると警告した。

脱原子力が進む中、独スタートアップ企業のFocused Energyは廃炉中のRWEビブリス原発で、35年の運開をめどにレーザー核融合を目指している。同社はドイツ内外から2億4000万ドルを集めたと5月末に発表。RWEはレーザー以外に、磁場核融合のスタートアップ企業Proxima Fusion(ミュンヘン)にも出資している。

弘山 雅夫(エネルギー政策ウォッチャー)

【ワールドワイド/コラム】中国が「影の船団」を支援 未曾有の石油危機への一本道

海外メディアを読む

マレーシア・ジョホール州東方沖、EOPL(Eastern Outer Port Limits)と呼ばれる海域で、イラン産やロシア産などの「制裁原油」の積み替えが活発に行われている。5月27日付のウォールストリートジャーナル紙は、イラン産原油が「影の船団」によって同海域で中継され、中国に運ばれる様子を伝えている。

「受け渡し役」タンカーがイラン産原油を積載して同海域に向かい、「受け取り役」のタンカーに積み替えて主に中国東部・東北部に運ぶ。同海域はマレーシアの排他的経済水域内ながら領海外で、同国の取り締まりも限定的で、常時数十隻が集結。船名や船籍を頻繁に変え、自動識別装置を電源切断・偽操作して追跡を困難とし、同海域は「海上無法行為の震源地」と化している。現地では船舶燃料補給船なども行き来し、地元小型船による「行商」も活発という。

これらタンカーの所有企業は中国登記の場合が多く、乗組員の多くも中国出身で、高給での船員募集も公然と行われ、中国による「影の船団」支援の裾野は広い。4月13日に米軍は事実上の対イラン海上封鎖を敷いたが、既にその圏外に推定9000万バレルのイラン産原油が洋上備蓄されており、イランは10月まで石油収入を確保し得る、と記事は言う。

「影の船団」はイランのホルムズ海峡封鎖を支え、米国も打開策を見出せぬまま、対イラン海上封鎖を続けてきた。いわば「経済的核攻撃」の応酬であり、未曾有の石油危機への一本道だ。米・イランが戦闘終結の暫定合意をしても、海峡の持続的な開放につながる保証はない。米・中・露、いずれの「大国」も石油供給秩序を支えず、日本を含む他の石油輸入国がその秩序解体の中に取り残される。

小山 正篤(国際石油市場アナリスト)

【ワールドワイド/経営】G7で気候問題の議論後退 否定的なトランプ政権が影響

今年のG7環境大臣会合(フランス議長国、4月23~24日・パリ)は、従来のG7気候・エネルギー・環境会合とはかなり性格が異なっている。

トランプ第2期政権以前のサミットでは首脳会合に先立ち、気候・エネルギー・環境大臣会合が開催され、パリ協定を背景に1・5℃目標へのコミット、全球50年カーボンニュートラル、石炭、さらには化石燃料のフェーズアウト、再生可能エネルギーの推進などについて野心的なメッセージを含む閣僚声明が採択され、サミット首脳声明へのインプットとなってきた。

しかし今回のG7環境大臣会合では従来、最も大きく取り上げられてきた気候変動を避け、環境分野のこれまでの成果と六つの分野(砂漠化と安全保障、違法・無報告・無規制(IUU)漁業への対策、海洋保護区管理のためのアライアンス、自然と人々のための金融アライアンス、繁栄のための不動産レジリエンスパートナーシップ、水質汚染)について共同声明が取りまとめられた。

温暖化アジェンダ受難の時代は続く

気候変動を回避した理由は言うまでもなく温暖化問題に否定的なトランプ第2期政権の存在である。気候変動問題の否定のみならず、安全保障、貿易(関税)でも友好国に対して容赦ない対応をためらわない米国とのコンセンサス形成は第1期トランプ政権時以上に容易ではない。25年G7カナナスキスサミットでは包括的な首脳声明の発出を断念し、G7として共同歩調をとれる個別テーマ(山火事、重要鉱物など)に関する共同声明を発出した。今回の個別分野の共同声明も同じアプローチだ。

フランス側は「G7の結束維持のためのpragmatic approach(現実的対応)」と説明している。とはいえ、今回の会合は、従来のG7気候外交と比較するとかなり後退したことは否定しようがなく、欧州メディアやNGOは「G7が気候を語れなくなった」、「米国との対立回避が最優先された」、「環境一般に議題を分散させた」と批判している。トランプ第2期政権を通じ、G7における「温暖化アジェンダ受難の時代」は続きそうだ。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院客員教授)

【業界スクランブル/石油】限界迫る地方のエネ供給 国が支援制度創設

【業界スクランブル/石油】

熱エネルギー供給事業者としての内なる危機(人口減少と担い手不足)はすでに起きている。〝ポツンと1軒屋〟に供給できない未来は目前だ。

個別宅配送が必要不可欠な灯油とLPガス供給事業者としては致命的な問題だ。寒冷地域での灯油の供給は必須であり、機器が進歩したと言ってもエコキュートや電気エアコンによる暖房、オール電化では十分な熱エネルギー供給ができないのが現状だろう。導管で供給している地方都市ガスは配送問題とは無縁のようだが、人口減少に伴いガス消費量が大幅に減少してしまい、経営上大きな問題になっている。

経済産業省もこれらの対策として今般、改正産業競争力強化法(6月5日公布)に基づき「生活維持物品役務需要減等事業適応計画」の認定制度(認定ES制度)を創設した。LPガス供給やガソリンスタンドなどエッセンシャルサービス事業者が進める事業効率化の計画を国や自治体が認定し、金融支援や手続きの簡素化を措置している。

支援の柱となる金融措置では、信用保証の特例として一般枠とは別枠で最大2億8千万円の特別枠を設け、事業承継時の資金などで経営者保証を不要としている。日本政策金融公庫などから固定金利(基準利率からマイナス0・9%)で融資を受けられるほか、中小企業基盤整備機構などによる債務保証や、中小企業投資育成、株式引き受けで投資前の資本金が3億円超の企業を含める特例を設けた。

国の支援制度を受けながら、事業者にはスピード感を持って地域協業、協同組合化などを社会実装化していく努力が求められている。(K)

【ワールドワイド/市場】中国が石炭火力活用の方針 エネ安保を手放さない現実主義

中国の第15次5カ年計画と2026年政府活動報告から見えるのは、脱炭素化を進めながらも、エネルギー安全保障を決して手放さない中国の現実主義である。中国は30年のCO2排出ピークアウト、60年のカーボンニュートラルという「3060目標」を掲げ、今回の計画期間はその最初の節目を含む。非化石エネルギー比率を30年に25%へ引き上げ、単位GDP当たりCO2排出量を25年比で17%削減する方針は、その実現に向けた重要な道筋と言える。

もっとも、中国の政策は再生可能エネルギーの拡大だけに依存しておらず、送電網や地域間送電ルート、電力融通、原子力などを一体的に整備する姿勢が鮮明である。電力システムの安定には、変動する電源を受け止め、地域を越えて融通し、電力市場を通じて資源配分を最適化する仕組みが不可欠になる。今回の計画は、まさにその土台づくりを国家規模で進めるものだ。

中国のエネルギー政策は現実路線を取る

注目すべきは、石炭火力の位置付けである。中国は脱炭素を掲げながらも、石炭を直ちに退場させるのではなく、石炭火力の改造・高度化などを通じて効率的な利用を進め、調整力として活用する方針を示している。これは巨大な電力需要と地域格差を抱える中国にとっての現実的な選択だろう。安定供給を確保しながら排出削減を進めるという難題に、石炭火力の最適化で応えようとしている。

原子力政策にも同じ現実主義が表れている。沿海部での第三世代炉建設に加え、SMR、第四世代炉技術の研究開発・実証、放射性廃棄物処分場の整備まで盛り込まれた。これは次世代技術を含む総合的な原子力産業基盤を強化する動きである。

中国のエネルギー政策の本質は、脱炭素、安定供給、産業競争力を同時に追求する巨大なシステム設計にある。30年のピークアウト達成に向けた焦点は、系統整備、地域間連系、蓄電、電力市場、そして石炭火力の役割再定義を、どこまで実効性ある制度と投資に落とし込めるかだ。中国の脱炭素は、電力システムそのものを作り替える国家プロジェクトとして進んでいる。

(南 毅 /海外電力調査会調査第一部)

【業界スクランブル/ガス】LPのリスク 中東依存度わずかでも

米国とイランの戦闘開始から3カ月半。ようやく停戦延長を含む暫定合意に署名した。中東情勢が緊迫すると、原油価格に連動したLPガスの輸入価格、CP(サウジCP)も上昇する。ホルムズ海峡の航行リスク、海上運賃の上昇などは、業界にとって最も身近な関心事である。

しかし、LPガス輸入の中東依存度は約4%に過ぎず、量そのものは心配ない。今回浮かび上がったのはナフサ不足である。ナフサは樹脂や合成ゴムなど石油化学製品の原料であり、給湯器やコンロに使われる樹脂部品、マイコンメーターのケース、配管資材、容器の塗料など、多くの製品価格に影響する。日本ガスメーター工業会は、現時点でメーターの供給に支障は生じていないと報告。さらに高圧ガス容器では、法定表示に使用する自動印字用インクの供給についても確認が行われるなど、業界には原材料の供給不安が広がっている。こうした状況は、LPガス販売事業者にも新たな視点を求めている。

注目すべき指標はCP価格だけではない。ナフサ価格、海上運賃、為替、部材調達期間など、経営に影響を及ぼす要素は一段と複雑化している。

また、取引適正化・商慣行是正の議論停滞にも波及した。エネ庁が設置したアドバイザリーグループの成果を基に、3月にはWG再開を予定していたが、担当課は中東情勢の対応で多忙を極めいまだ再開されていない。

もっとも、今回の経験はリスクへの備えを見直す契機にもなる。機器や容器の計画的な更新、適正在庫の確保、複数の調達ルートの構築など、サプライチェーン全体を意識した体制構築が重要になるだろう。(F)

【ワールドワイド/資源】UAE脱退でOPECが弱体化 石油市場の不安定化リスクに

ホルムズ海峡の実質的封鎖が続く中、4月28日にアラブ首長国連邦(UAE)が石油輸出国機構(OPEC)を脱退すると発表した。OPECの13%を占める重要国の決定は、石油市場にどのような影響を及ぼすだろうか。

UAEは生産能力の拡大に向けて投資をする中、OPECの生産割当てを巡り不満を示してきた。ホルムズ海峡の封鎖で市場は混乱しているが、平時の需給は供給過剰が拡大してきており、OPECが原油価格の維持を志向するならば生産割当てを大幅に増加させるとは考えにくい。UAEは脱退の発表でも、段階的かつ節度のある追加の生産量を市場に投入していくと述べ増産に意欲を示している。

UAEは生産拡大に意欲を示す

UAEは以前から2027年までに生産能力を日量500万バレルに引き上げる目標を掲げているが、脱退後、早速550億ドルを新規プロジェクトに割り当てると発表。また、ホルムズ海峡の迂回路である原油パイプラインの容量を27年までに2倍にすることや、新たに石油製品パイプラインの敷設を検討していることも発表している。

ホルムズ海峡が正常化しても、海峡を通る世界の石油供給の2割を他の地域が代替することは不可能だ。その中で、迂回路を持つUAEやサウジアラビアは比較的リスクが低く、OPECの足枷がなくなったUAEが供給を拡大できる可能性は十分にあるだろう。

一方で、OPECの市場調整能力が落ちればサウジアラビアが価格攻勢をかけて市場シェアの回復を狙う恐れもある。しかし、国際通貨基金(IMF)によるとUAEの財政損益分岐点は1バレル当たり約50ドルで、中東諸国だけでなく、米国の新規シェールプロジェクトよりも低く、原油価格が下がれば、米国などの非中東諸国のシェアを奪うポテンシャルも秘めている。

日本にとっては重要な石油供給国であるUAEの供給拡大は喜ばしいが、OPECの弱体化は市場の不安定化のリスクも孕む。中東情勢が落ち着いて石油供給が回復しても、中東から目が離せない状況が続くだろう。

秋月悠也(エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【業界スクランブル/新電力】「供給力としての再エネ」を位置付け 国産エネルギー拡大へ

【業界スクランブル/新電力】

米トランプ政権のイラン侵攻から3カ月以上経過し、中東情勢は緊迫している。原油価格、スポットLNG価格も落ち着かず、日本の電力市場も端境期にもかかわらず高値を付けている。4月からは、旧一電グループ会社の長期契約切れを機に、市場価格が上昇した。再エネ余剰時に安値をつけるコマがある一方、ブロック入札による約定価格の決定ロジックから、高くなった限界費用を持つ火力電源を約定させようと、40~50円台のコマも発生している。旧一電小売りの燃料費調整は依然、燃料費の上下を3~5カ月遅れで反映するものが大半であり、電気料金への波及にはタイムラグがあるが、上昇は避けられない。

国際情勢の緊張に伴うエネルギー価格の上昇を受け、日本でも「国産エネルギー(化石燃料に依存せず、可変費を輸入に頼らない電源)」の比率を高めることの重要性が議論されている。原子力の再稼働加速に加え、高市政権下でより厳しい目にさらされている再エネの有効活用も見直されそうだ。日本ではこの15年程度、太陽光発電の導入が加速し、制御されない昼間の電源が大量に入った。開発ガイドラインの順守・地元共生を前提に、系統負担減に資する電源開発を定義し、蓄電池などの調整力とセットで、「供給力としての再エネ」を位置付ける必要がある。

データセンターの需要増も見込まれ、向こう5年程度で供給力確保は一段と重要になる。老朽火力の退出は進む一方、つなぎとめにも限界がある。足元の電気料金負担軽減の補助金ではなく、投資対効果の高い電源開発を国民の理解の下で推進すべき時期が来ている。(K)

【業界スクランブル/電力】安定化策がもたらす「与信」 見過ごせないリスク

【業界スクランブル/電力】

何故このタイトル?と思った電力関係者は改めて考えてほしい。信用力にかかわらず、顧客との契約を拒めなかった大手電力には無縁の言葉であったが、市場のプレーヤーとなった今は、真っ先に考えるべき概念なのだ。

例えば、2020年度冬季のJEPXの価格高騰で、F―Powerなど小売新電力が倒産した際には、発電部門や送配電部門は、それぞれ売電の売掛金、託送料金・インバランス料金に巨額の焦げ付きが発生したはずである。その後も、ホープエナジーやエネトレードなど、新電力の倒産は続いている状況だ。

そもそも、大手電力は市場のリスクを見くびっていなかったか。30分単位で価格が数倍も動く電力市場のリスクは、商品取引の中でも頭抜けて大きいものだ。この市場に純資産がわずか1千万円の会社の参加を容認した際に、社内において信用リスクに関する議論がどれほどなされたのだろうか。残念ながら、国の側においても、この問題を深刻なものとして認識していたかどうかは疑問だ。監督官庁や審議会の委員には、金融市場の実務を専門とする人がほとんど見当たらないのだ。

現在、中長期市場の議論が進んでいるが、3年も先の現物取引は、スポットとは比較にならぬほどリスクが大きいというのがトレーダーの共通認識だ。同市場の検討WGで謳われる「小規模な事業者も参加しやすい仕組み」は絵空事と言えまいか。発電事業者の経営安定のための供給力確保義務が、かえって大変な与信リスクをもたらす可能性を孕むのである。大手電力の経営者は、いつまでも「国が決めたことだから」と逃げてはいられないはずだ。(M)

【今そこにある危機】日本の夏はなぜ暑い? 「エルニーニョ=冷夏」の常識崩壊

土井 威志/海洋研究開発機構 極端機構・海洋デジタルツイン研究開発グループ グループリーダー

今年はスーパーエルニーニョ現象が発生する可能性が高い。

世界への影響と日本の涼しい夏が戻らないメカニズムに迫る。

エルニーニョ現象

近年、日本の夏は「暑い夏」という言葉では片付けられないほどの猛暑に見舞われている。2023年には「地球沸騰化」という言葉が世界的な注目を集めたが、背景には地球規模の気候変動と熱帯太平洋で発生する「エルニーニョ現象」が複雑に絡み合っている。いま地球の気候は、過去の経験則が通用しない新たなフェーズに入っているのかもしれない。


熱帯太平洋の海面水温 0・5℃上昇で異常気象に

今年は「スーパーエルニーニョ現象」が発生する可能性が高い。そもそもエルニーニョ現象とは、赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて広がる熱帯太平洋の海面水温を巡る現象だ。平年より0・5℃以上高い状態が1年程度続く状況を指す。通常、赤道付近の太平洋では貿易風と呼ばれる東風が吹き、温かい海水は西側に溜まり、東側では冷たい海水が湧き上がっている。しかし、何らかの理由で貿易風が弱まると、西側に溜まっていた温かい海水が東側へと流れ出す。分かりやすく言えば、温かい海水がインドネシアやフィリピン近海(西部熱帯域)から南米沖に向かって流れる動きだ。これがエルニーニョ現象を引き起こす。

どい・たけし 1981年大阪府生まれ。2004年東京大学理学部地球惑星物理学科卒業、09年同大大学院理学系研究科・地球惑星科学専攻大気海洋科学講座卒業 (博士号取得)。米プリンストン大学での研究を経て、12 年海洋研究開発機構入職。

近年、エルニーニョ監視域での海面水温の上昇が2℃を超えて2・5℃近くに達するような極端な状況を、研究者やメディアがスーパーエルニーニョ現象と呼ぶようになった。厳密な科学的定義がある用語ではなく、アメリカでは海からやってくる巨大な怪物になぞらえて「ゴジラエルニーニョ」と呼称することもある。人工衛星による高精度な観測データが整った1982年以降、スーパーエルニーニョ現象と呼べる状態は3回あった。82~83年、97~98年、そして2015~16年だ。

今年は6月上旬現在、すでにエルニーニョ状態にあると言っていい。今夏、強めのエルニーニョ現象、もしくはスーパーエルニーニョ現象が発生することはほぼ間違いないだろう。

海面水温が上昇することで、気象にどんな影響を与えるのか。「たかが0・5℃」と侮ることはできない。熱帯太平洋はもともとの温度が高いため、0・5℃というわずかな上昇が巨大なエネルギー源となる。世界中に干ばつや猛暑を引き起こし、23年には世界の平均気温が大きく上昇した。気候監視において0・5℃という数値は、世界的な気象災害を予測するための重要な境界線となっているのだ。

エルニーニョ現象とは反対で、熱帯太平洋の海面水温が0・5℃以上下がる状態が続くことを「ラニーニャ現象」と呼ぶ。貿易風が強まり、南米沖の冷たい水がより強く湧き出し、温かい水が西部熱帯域に押し込められる状態だ。エルニーニョ現象とラニーニャ現象は数年おきに振り子のように繰り返すので、「熱の再分配」とも解釈できる。ちなみに、エルニーニョとはスペイン語で「男の子」、ラニーニャは「女の子」を意味する。

【ウェブ拡大版:インフラ百年の計Vol.4】逃げ場のない電力供給網 人口減少時代に全体最適を取り戻せるか

巽 直樹  /アクセンチュア 素材・エネルギー本部マネジング・ディレクター

本稿は、2026年7月号に掲載された同名記事の詳細解説版である。誌面版では、電力需要が再び増加局面に入るという見方の内実を分解し、特別高圧需要の増加と低圧需要の減少が同時進行する構造、2050年カーボンニュートラルを前提とした設備形成の危うさ、そして電力会社が地域コミュニティの維持にどこまで踏み込めるかを論じた。 本WEB版では、誌面版の各論点を一段深く掘り下げる。電力がなぜユニバーサルサービス(US)の優等生として「最後まで残るインフラ」なのか、そしてその強みがなぜ罠に転じるのかという出発点から、電力需要の中身、電源と系統の設備形成、託送制度、そして地域総合ユーティリティとしての電力会社の可能性までを順に検討する。

USの優等生という罠

第1回で論じたように、人口減少時代の地域インフラ問題は、密度、規模、範囲の三つの経済性が同時に失われる問題である。第2回の都市ガス、第3回のLPガスと石油サービスステーション(SS)では、この三つの経済性が熱供給インフラの末端をどう侵食しているのかを見た。第4回の電力では、この問題が別の形で現れる。

電力は、他のインフラと比べて最も広く、あまねく供給することを求められてきた。停電時間は国際的に見ても際立って短く、災害時には現場が驚異的な復旧力を示してきた。台風、地震、豪雪、豪雨のたびに、地域社会は電力の復旧を生活再建の起点としてきた。行政も企業も住民も、電力が戻るという前提で動く。

しかし、人口減少の下では、この強さが逆方向に働く。都市ガス会社は供給区域を前提に事業を営み、LPガスやSSは採算が悪化すれば撤退圧力を受ける。水道も自治体財政の限界に直面し、バスや鉄道は減便や廃止を迫られる。一方、電力は制度的にも社会的にも撤退しにくい。USの優等生であるがゆえに、逃げ場がない。

これは皮肉ではなく、構造的な宿命である。地域社会が末端から機能を失うとき、最後まで残るインフラは、空洞化した固定費を抱えるインフラでもある。水道が壊れ、公共交通が消え、SSが撤退し、熱供給が細り、病院や学校が遠くなれば、そこに住み続ける理由は弱まる。人が去れば電力需要も減る。それでも配電線、電柱、柱上変圧器、巡視、伐採、災害復旧体制は直ちには消えない。電力は、地域社会の縮退が生む固定費を最も重く背負うことになる。

したがって、電力インフラの問題は、単なる送配電網の維持費や託送料金制度の話ではない。どのような社会像、産業像、地域像に向けて電力インフラを再設計するのかという、より大きな問題である。

「需要増」の内実を分解する

近年、電力需要は再び増加局面に入るとよく語られる。AI、データセンター(DC)、半導体工場、電化、水素、電炉。いずれも確かに新しい電力需要を生む。電力広域的運営推進機関(OCCTO)の26年度需要想定でも、35年度に向けて全国の需要電力量は増加する。DCと半導体工場の新増設による最大需要電力の増分も、35年度には762万kWに達すると個別計上されている。

しかし、「電力需要は増える」という表現だけでは本質を見誤る。増えるのは、主として特別高圧で受電する大口需要である。DC、半導体工場、大規模工場、GX関連の産業需要は、特定の地点にまとまって発生する。しかも、その立地は全国に薄く広がるわけではない。電源、通信、土地、冷却、産業集積の条件を満たす地域に偏る。

一方で、家庭用を中心とする低圧需要は人口減少と省エネによって縮小する。過疎地では需要家数そのものが減る。空き家が増え、商店が閉じ、学校が統合され、地域交通が消えれば、電気の使用量も減る。全国合計で需要が増えるとしても、すべての地域で増えるわけではない。むしろ、増える地域と減る地域が、地理的にも電圧階層的にも分離していく。

この構造を一言で表せば、「ワニの口」である。上顎は、都市部や産業集積地で増える特高需要である。下顎は、人口減少地域で縮む低圧需要である。上顎は上がり、下顎は下がる。全国合計では需要が伸びているように見えても、その内側では電力インフラの経済性が大きく裂け始めている。

特高と低圧の需要曲線はまるでワニの口だ

直感的には、上顎が下顎を支えそうに見える。しかし、現実の託送料金は特高2円台・低圧8~10円台と末端ほど重く、しかも大規模需要家の系統増強費の多くは「一般負担」として全需要家に転嫁される。上顎は下顎を支えるどころか、需要が縮む過疎地の託送料に増強費を上乗せしかねない。第1回で示した「内部補助の逆転」は、ここでは比率の問題にとどまらず、電圧階層をまたいで負担の向きそのものが反転する形で現れる。とくにAI・DC需要については、楽観だけで見てはならない。筆者がnote(「進むも地獄、退くも地獄 AIブームの需要問題」 https://note.com/drtatsumi/n/nbd3184ec983b )で整理したように、AI投資には「進めば最終需要を掘り崩し、退けば足元の収益前提が崩れる」という不確実性が残る。電力インフラ側も、この需要見通しを無条件に受け入れてよいわけではない。

ただし、ワニの口は本稿全体の主題ではない。あくまで、需要増という言葉の中身を分解するための診断装置である。今回の本当の主題は、需要、電源、系統、託送制度、地域維持を含めた全体最適である。全国合計の需要増を根拠に、設備形成を単純に正当化できるものではない。上顎だけを見て系統増強を語れば、下顎である低圧需要と地域社会の崩壊を見落とすことになる。