岐路に立つドイツの洋上風力 北海沖の公募で応札ゼロ


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

ドイツ政府が8月1日に実施した北海沖の洋上風力発電プロジェクトの入札において、応札事業者が1社も現れなかった。期限内に応募がなかったことを、連邦系統規制機関が6日に発表。同機関は新たな入札期日を来年6月に設定し、再公募の方針を示している。

今回のプロジェクトは、ドイツ領海内における合計250万kW規模の2地点を対象としたもので、応募ゼロは初の事例となる。ドイツ洋上風力事業者連合のティム事務局長は、「ドイツの洋上風力市場は、投資家にとって関心を引くものではない」との声明を発表した。

背景には、洋上風力開発におけるリスクとコストの急増がある。原材料価格の高騰により建設費が膨らむ一方、電力価格は低水準で推移しており、投資採算性が確保できない状況が続いている。投資家は新規設備への投資を控えている。

洋上風力業界は、双方向差額決済契約(CfD)の導入を求めている。政府が電力の最低価格を保証することで、投資家は安定的な収益を見込める。融資機関も資金調達に必要な条件を満たしやすくなる。ティム事務局長は「このような制度改革がなければ、今後の公募も失敗に終わる可能性がある」と警鐘を鳴らしている。独エネルギー水道事業者連盟(BDEW)も、今回公募された北海沖のフィールドについて、経済性の低さを問題視しており、CfDの導入を支持している。

洋上風力の拡充が停滞すれば、ドイツが掲げる脱化石燃料へのエネルギー転換に支障をきたす。現在、北海およびバルト海のドイツ領海には、合計1639基(920万kW)の風車が稼働している。洋上風力事業者連合の発表によれば、さらに約100万kW分の設備が完成しているものの、送電線が大陸側と接続されておらず、電力供給には至っていない。政府は2030年までに、国内総電力消費の少なくとも8割を再生可能エネルギーで賄うことを目標に掲げており、洋上風力発電容量は3000万kWを目指している。しかし、業界側はこの目標の達成は困難であり、実現は31年にずれ込むとの見方を示している。

さらに、政治的なリスクも高い。今年5月に発足したメルツ政権が、洋上風力の拡充目標にどこまでコミットするかは不透明である。

洋上風力業界は以前から、予測困難なリスクを伴うオークション設計に警告を発してきた。法制度の枠組みを早急に見直さなければ、ドイツは価値創造、雇用、そして電力供給の安定性という重要な機会を失うことになりかねない。原材料費の高騰、サプライチェーンの不安定化、電力価格の不確実性、そして国際情勢の緊張など、複合的な要因が投資環境を揺るがしている。

イギリスでも過去に、入札者が現れない洋上風力オークションが発生しており、ドイツも同様の課題に直面している。洋上風力の潜在力を失わせないためには、制度面・経済面の両側からのてこ入れが急務である。

(弘山雅夫/エネルギー政策ウォッチャー)

あぜんとするIEAのエネルギー情勢予想分析


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

かねてからビロル事務局長の存在意義が問われているIEA(国際エネルギー機関)のエネルギー情勢予想分析のブレは消費国にとって有害である。IEAは9月16日、「これからの石油・ガス情勢の動向予想」を公表した。ロイター通信などが詳細に報じ、ここ数年で上流投資が抑制された上、産油国も含めて石油、ガスの生産が低迷しており、数年後には供給不足が現出すると伝えた。

一方、翌日の英紙フィナンシャル・タイムズは、この原因を2021年にIEA自ら公表した「2025年排出ネットゼロ工程表」にあると指摘した。工程表では30年までに石油需要がピークに達するという予測を打ち出しており、石油・ガス開発の上流投資は不要で、投資すると全て「座礁資産」になると警告していたからだ。上流投資を抑制していくべきとあおっていたのを忘れてしまったがごとく、上流部門への投資不足による原油・ガスの供給量不足を訴えるのは、消費国のためのエネルギー安全保障と安定供給をうたったIEAとしての存在意義が問われると言っても過言ではない。

ここ数年IEAは、活動の軸足を「エネルギー安全保障」から「50年排出ネットゼロ」実現のための「クリーンエネルギー移行」に移している。トランプ2.0政権になり、ビロル事務局長の解任を噂する報道もある。1973年のオイルショックの反省から翌年に設立したIEAは昨年に設立50周年を迎えたが、従来の報告書に全く反省しない形で新たな論考報告を平然と出す姿勢に対して、今般はOPECも批判の眼を向けている。OPEC自身は従来から石油・ガスの上流部門への継続的投資を訴えてきたとしている。予想の論旨が変わったならば、その論拠を明確に示さなければ、ますますIEAの信頼と信用が失われていくだろう。

(花井和夫/エネルギーコラムニスト)

環境対策の先導役を名乗る中国 新たなNDCに批判相次ぐ


【ワールドワイド/環境】

9月24日、国連気候サミットで中国の習近平国家主席がビデオメッセージを行い、2035年に向けた新たなNDC(国別目標)として「経済全体の温室効果ガス排出量を35年時点で、ピーク時点比7~10%削減する」「エネルギー消費に占める非化石燃料比率を30%超に引き上げ、風力、太陽光発電容量を20年比で6倍超にする」などと発表した。

今回、初めて全温室効果ガスを対象とし、経済全体の総量削減目標を打ち出したものであるが、予想されたように「不十分」との批判が起こった。各国のNDCを評価するクライメート・アクション・トラッカーは6月、1・5℃目標と整合的な中国のNDCは23年比で30年マイナス54%、35年マイナス66%であるべき(LULUCFを除く)との分析を発表した。

このため、「新たなNDCは既に実施中の政策で達成される見込みであり、排出量のさらなる削減を促す可能性は低い」「絶対目標値ではなく、森林・土地利用を含むネット排出量であるため、透明性が低い」(クライメート・アクション・トラッカー)、「この野心レベルは中国が達成可能かつわれわれが必要と考える水準を大きく下回っている。中国の膨大な影響を考慮すると、世界の気候変動対策目標の達成は著しく困難になる」(欧州委員会フックストラ気候変動対策担当委員)などの批判が寄せられた。

23年の地球温暖化防止国際会議・COP28のグローバルストックテークでは、「次回のNDCにおいて、異なる国情を考慮し、最新の科学に基づき全ての温室効果ガス、セクター、カテゴリーを対象とし、地球温暖化を1・5℃に制限することに沿った、野心的で経済全体の排出削減目標を提示するよう促す」との文言が盛り込まれた。中国、インドなどを念頭に置いたものであるが、結局、最大の排出国である中国には効き目はなかった。しかし、中国はパリ協定を離脱した米国を暗に批判し、「われこそは気候変動対応のリーダー」と自認している。

前日にトランプ米大統領が国連で行った演説は「気候変動問題は世界に対して行われた史上最大の詐欺だ」という激烈なものであった。野心レベルが不十分であるとしても、曲がりなりにも目標を提出している中国がまともに見えるのは皮肉なことだ。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院客員教授)

生産性向上や脱炭素化へ 電化の導入事例をウェブ配信


【日本エレクトロヒートセンター】

日本エレクトロヒートセンター(JEHC、内山洋司会長)が10月20日から、最新の電気加熱技術を伝える「エレクトロヒートシンポジウム」を同センターのウェブサイト上で開催している。

20回目となる今回のテーマは「熱利用の切り札〝ヒートポンプ・電気加熱〟~2050年カーボンニュートラルに向けたイノベーション」だ。視聴は無料で、開催期間は11月30日までを予定している。

冷温水を同時供給するヒートポンプ
提供:前川製作所

経済産業省資源エネルギー庁の福永佳史・省エネルギー課長が、第7次エネルギー基本計画を踏まえた今後の省エネルギー政策について基調講演しているほか、日本電鍍工業の代表であり、ものづくりなでしこの副代表理事を務める伊藤麻美氏が「未来を見据えたものづくり戦略」をテーマにした特別講演を行っている。

その他、「〝電化への道筋〟アメリカ・産業分野の脱炭素化に向けた重要な柱」といった海外事例や、配信期間を限定した「省エネを地域で支える!パートナーシップ制度の〝橋渡し役〟が拓くエレクトロヒートの可能性」(静岡県、三島信用金庫)、「工場が変わる、持続可能なモノづくりを支える」(宮城県、神奈川県ほか)、「電化専門家による脱炭素経営支援」(ほっとコンサルティング)といったコンテンツも用意している。


導入事例の紹介を充実 効率化のアイデア満載

「従来は電化の技術そのものを紹介することが多かったが、今回は電化技術がさまざまな現場で利用されている現状を伝えるために、実際にヒートポンプや誘導加熱、赤外線加熱などの電化技術の導入事例や導入された背景を紹介している。生産性の向上や脱炭素に資する電化の事例を知ってもらいたい」(JEHC関係者)

例えばヒートポンプ使用のケースでは、猛暑で工場内の作業効率が低下している現場に対して、前川製作所が「冷温水を同時に供給するヒートポンプで電気代実質ゼロ円の暑熱対策」として事例を紹介。また、三浦工業が、製油・繊維・食品の3工場で効率的に廃熱を回収した成功事例を発表している。

その他、「赤外線加熱」の事例も。電気加熱器具を手掛けるメトロ電気工業が、開放的な空間で効率的に暖房する技術と導入事例を紹介しているほか、中部電力ミライズが、自動車製造の塗装工程でCO2削減と品質向上を両立する塗装ヒーターを開発した取り組みと複数の工場へ展開した事例を取り上げている。

「シンポジウムは回を追うごとに視聴者数が伸びている。前回は5600人だったが、今回は6000人以上に見てもらいたい」(同)としている。

【新電力】小売りも対岸の火事ではない GX―ETSの懸念


【業界スクランブル/新電力】

短期志向の多い小売り事業関係者たちの視界には、排出量取引制度(GX―ETS)が入っていない。影響を受けるのは発電事業者、対岸の火事との認識なのだろうか。来年度開始とはいえ無償枠の割当でしかなく、実影響が大きい特定事業者(相当数が火力発電事業者)を対象とする負担金徴収は2033年度からで、当面関係なしと軽視しているのだろうか。

本制度で懸念されるのが、火力発電原価の上昇とJEPX/相対取引水準上昇は不可避であるということだ。構想されている中長期市場における約定難度も上がる。上昇分は小売り経由で電力消費者に転嫁されるのが筋だが、事前に負担金水準を予測できないので、販売料金提案が難しい。「政策的に低く設定された経過措置料金による小売り競争阻害構造」は悪化しかねず、自動反映できるよう措置するべきだ。

GX移行債の返済原資の大半は特定事業者負担金と予測するが、これによる火力電源の稼働率低下、退出も懸念される。移行債が支援するプロジェクト群には実験的なものが多く、退出火力電源と近似したkW時量の提供はできまい。安定供給がぜい弱化すれば、スパイクリスクは高まり、小売りの経営にも影響する。

制度の骨格は決まっているので何を言っても無駄かもしれないが、発電事業者以外の業界がGX移行債償還財源の負担を免れている点は公正ではなく、その偏りを甘受してしまう電力業界の発想にも疑問を覚える。システム改革以降繰り返された『国が良かれと思って作る制度が、業界と安定供給を損なうパターンの再現』になるのではないかと心配している。(S)

補助制度主導の政策にメス 独新政権はより現実志向型に


【ワールドワイド/市場】

ドイツでは昨年の総電力消費に占める再生可能エネルギー比率が暫定値で54・4%に達した。再エネ拡大に伴うシステムコスト上昇は、電気料金を押し上げ、家計や企業の負担を増大し、重要な課題となっている。

今年5月に発足したメルツ新政権は、エネルギー転換の進ちょく把握と政策指針策定のため、電力需要や供給安定性、系統拡張、再エネ拡大、デジタル化、水素の普及を検証する調査を外部委託し、その結果を9月に発表した。報告書では、産業縮小やヒートポンプ・EVの普及遅延により、2030年の電力需要想定が従来の7500億kW時から6000億~7000億kW時に下方修正された。

政府は30年に総電力消費の80%を再エネで賄う目標を堅持する方針だが、電力需要の低下に伴い再エネの導入ペースが緩やかになったとしても達成可能だという。ただ、現行法は従来想定に基づく導入目標と補助金制度を前提としており、需要の見直しは支援制度や拡大戦略に影響を及ぼす可能性がある。

ライヒェ経済・エネルギー大臣は調査報告の公表に合わせ、エネルギー政策における10の主要措置を発表。洋上風力の導入量や系統連系・HVDCの規模を現実的な需要に即して調整する必要性を示した。ライヒェ大臣は洋上風力の拡張を「最適化」することで系統接続送電線を節約し、最大400億ユーロのコスト削減が可能としている。

また、再エネ支援制度の改革を打ち出し、電力システムとの整合と市場に即した仕組みへの移行を掲げた。固定価格買い取り制度を段階的に廃止し、ネガティブ価格発生時の買い取りを全面廃止する方針だ。代替制度として双方向差額決済契約(CfD)などが提案された。報告書公表の1カ月前、ライヒェ大臣は小規模な屋根設置型太陽光への固定価格買い取りを廃止し、事業者による直接販売方式に切り替える案を提起していた。住宅の屋根設置型太陽光が導入の中心であることを踏まえると、補助金廃止による影響は大きい。

新政権のエネルギー政策は、補助制度主導から市場主導へと転換し、再エネ導入量の抑制を伴う現実志向型への移行を示している。前ショルツ政権が再エネ拡大を強く推し進めてきたのに対し、新政権はエネルギーコストや安定供給を重視する姿勢だ。しかし、気候中立という最終目標に変更はないため、この移行期の決断がエネルギー転換の成否を左右するとみられる。

(藤原 茉里加/海外電力調査会・調査第一部)

【電力】AIが労働を代替 社員はやりがい維持できるか


【業界スクランブル/電力】

電力会社の若手社員の話を聞く機会があった。いわく「在宅可能で勤務はフレックス、休暇も取りやすい。それでいて仕事もやりがいがある」―と、満足度の高い職場だと熱弁していた。忙しい部署であれば残業を余儀なくされ、休暇を取りにくい時期もあるだろうが、かなりホワイトな職場であることがうかがえる。

電力会社は元々組合がしっかりしていて、休暇が取れないことや過度な残業に厳しかった。とはいえ、それも組織・職場によりけりで、特に本店組織では「不夜城」と呼ばれるような職場があったイメージがある。

往時よりも従業員数が減ったのに一人当たりの労働時間が減ったのだとすると、よほど無駄があったのか。機械化・自動化が進み、さらに全ての職場で業務効率化が推進されているということか。人口減少に加え、業界への人材流入が減少する中で、今後もこの流れは変わらず、DXやAI活用によるさらなる省力化が求められることは間違いない。

別のインフラ産業では、近いうちに本社の管理系の仕事はほぼ人が介在しなくてもよくなり、現場の設備管理・修繕などのみに人が必要になると考えているとのこと。現場でも巡視・点検はセンサーやドローンが導入され効率化が進んでいるが、工事や作業ができるようなロボットの導入はもう少し先になりそうだ。

AIがモノを考え、人は作業、さらにロボットがその作業すらも代替できるようになれば、AIとロボットエンジニア以外は不要になってしまうのか。そうなった時にも、インフラ産業の人材は「やりがい」を持って仕事できるのだろうか。(K)

中央アジアで脚光浴びるC5 ウクライナ侵攻契機に中露接近


【ワールドワイド/資源】

ユーラシア大陸のまさに中央にあり、外海から隔てられ、注目されることが少ない中央アジアにウクライナ問題を契機として近年関心が高まっている。ここでいう中央アジアは、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの5カ国で、「C5」と呼ばれることもある。

ロシアによるクリミア併合後の2015年にも当時の安倍晋三首相が日本の首相として5カ国を初めて訪問。米国もその後、初めてC5プラス1の枠組みを創設した。日本を含む「西側」は東西の狭間にあり、エネルギー、鉱物資源分野でも期待される中央アジアを中露から引き留める狙い。中でもEU(欧州連合)は、重要な貿易相手だったロシアを代替する役割も想定し中央アジアに接近している。

ロシアは、ウクライナ侵攻以降に急減した欧州向けエネルギー輸出の代替として中央アジアに注目し、域内で最大の人口を抱えるウズベキスタンにガス輸出を拡大。さらにカザフスタン、ウズベキスタンで中央アジア初の原子力発電導入に積極的に関与し伝統的な経済・政治・文化的つながりの強化を目指す。中国にとって中央アジアは一帯一路構想において中国に直結し、大陸の東西をつなぐ不可欠なエリアだ。トルクメニスタンは主要なガス輸入源で、ロシア産とのバランスを取る上でも重要だ。

また、中東からも再生可能エネルギー分野で中央アジアへの投資が急増する。UAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビアの国営企業などがカザフスタン、ウズベキスタンで次々と大規模な風力、太陽光、蓄電案件を立ち上げている。中露でも欧米でもない大規模投資家は珍しい。背景には、まだ競合相手がいない中央アジアの優れた再エネポテンシャルを、中東の潤沢な化石燃料マネーを元手に開拓し、影響力を行使できる新たな市場を作り出す目的や、周辺のイランやトルコに対するけん制の意味合いもあるかもしれない。

5カ国の中でも結びつきを強化しようという動きがある。独立以降もソ連時代からの宗主的立場を取るロシアが軸となり、域内の関係は希薄だったが、近年は毎年、5カ国合同首脳会議が開催され、幅広い分野での多面的な地域間協力に関する議論が行われている。「中央アジア」でくくっても各国に個性があるが、こうした内外の動きは今まで目立たなかった中央アジア側にとって好機であり、地域の発展に生かさない手はない。

(四津 啓/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

食品廃棄物でバイオガスを生成 地区内のホテルで給湯用の熱源に


【JR東日本グループ】

JR東日本グループは、高輪ゲートウェイ駅を中心とする約10‌haにおよぶ再開発地区「高輪ゲートウェイシティ」で、バイオガスや水素などの再生可能エネルギーを活用したサステナブルな街づくりを推進している。

温水を作る屋上のボイラー

9月24日には、オフィスや国際会議場が入るツインタワー「ザ・リンクピラー1」の地下2、3階に設置するバイオガス施設を報道陣に公開した。同月12日に商業施設「ニュウマン高輪」が開業したことを受け、本格稼働。入居する飲食店などから出る食品残さを回収し発酵させ、発生するバイオガスをビル屋上に設置した温水ボイラーに送り、同地区内のホテルにお湯を供給する。来春同地区全体が開業すれば、1日当たり約4tの食品廃棄物を処理し、約760㎥のバイオガスが発生することになる。これにより、ホテルで必要な給湯の約1割を賄えるという。

温水ボイラーで効率的にお湯を沸かすためには、バイオガスが安定的に供給されることが重要だ。しかし実際の発生量は、投入する食品廃棄物の量により変動してしまう。そこで、冷やして水分を除去したバイオガスをいったんタンクで貯蔵し、ボイラーに送る工夫をしている。


水素の利活用を推進 地産地消の供給網構築も

JR東日本グループは同地区を「100年先の心豊かな暮らしのための実験場」とし、環境を新しい街づくりのコンセプトに掲げている。水素が大きな役割を担うこととしており、今後利活用を進めていく予定だ。

現在、同地区では、純水素型燃料電池を搭載した自動走行モビリティ「iino」を運行している。

最高時速5km、立ち乗り式で、複数人を同時に運ぶことができ、広い敷地内を快適に移動できる。当面は、水素吸蔵合金を採用したカセットを用いることで外部から水素を運び込み活用するが、将来的には再エネ由来の水素を街の中で製造することにより、サプライチェーン構築を実現させる計画だ。

純水素型燃料電池システム

経営戦略本部都市計画・エネルギー・企画ユニットの野田幸久マネージャーは「具体的な実装に取り組みながら、今後も脱炭素、CO2排出の少ない街づくりにチャレンジしていく」と力を込める。エネルギー自給自足型商業ビルのモデルケースとして、全国の注目を集める取り組みとなりそうだ。

便利の裏に潜む火種 バッテリーはなぜ燃えるのか


【今そこにある危機】所 千晴/早稲田大学創造理工学部教授

モバイルバッテリーなどを火元とする火災が相次いでいる。

利便性と安全性の両立に向けた歩みは道半ばだ。

リチウムイオン電池の火災がいま、世界各地で相次いでいる。家庭ごみ処理施設での発火、電動工具や小型家電の使用中の事故、さらにはEVや定置電池システム、電池工場における大規模火災まで、世界的にその事例は枚挙にいとまがない。近年では国内でも、家庭での充電中の出火や、飛行機・電車内での小火など、私たちに身近な事例も増えている。リチウムイオン電池は、便利で不可欠なエネルギーインフラとして社会に深く浸透したが、その一方で発火のリスクが現実の問題として顕在化している。

生活必需品となったリチウムイオン電池


生活に欠かせない存在 危険物という認識なく

もはや私たちは、電気を持ち運びながら暮らす存在と言ってよい。スマートフォンやイヤホン、パソコン、EVなど、日常のあらゆる場面でリチウムイオン電池を携帯し、充電しながら使う生活が当たり前になった。電池は機器内部に組み込まれていることが多く、意識する機会が少ないため、危険物という認識はほとんど持たれていない。

しかし、リチウムイオン電池は高いエネルギー密度を持ち、多量の化学的エネルギーを内部に蓄えている。正極と負極がセパレーターを介して向かい合う構造をとり、充放電の際にはリチウムイオンが両極間を行き来する。セパレーターが損傷したり、金属異物が混入したりすると、電極が直接接触して短絡を起こし、瞬時に発熱・温度上昇を招く。さらに、電解液として用いられる有機溶媒は可燃性が高く、発熱により分解・ガス化して圧力を上げ、発火や破裂を引き起こす危険がある。このように、衝撃や変形、過充電、内部短絡といったわずかな異常が「熱暴走」を誘発する要因となる。発熱が一度始まると自己反応的に進行し、消火が難しいことも大きな特徴である。こうした構造的リスクを理解しないまま気軽に使用・廃棄されていることが、火災事故の増加を招いているともいえる。

国内の電池工場を見学すると、その徹底した安全対策と品質管理には感心させられる。発火リスクを徹底的に排除するため、材料の選定から検査工程に至るまで、念には念を入れた設計と運用が行われている。手間を惜しまない管理の下で製造された電池は極めて安全であり、実際に重大事故を起こした例はこれまで報告されていない。その結果、製造には一定のコストと時間を要するが、安全性を最優先する姿勢が貫かれている。

一方で、電池や電池を搭載した製品は複雑な国際的サプライチェーンを経て流通しており、私たちの身の回りは、もはやどこでどのように製造されたのか分からない製品であふれている。世界的に見れば必ずしも同じ水準の品質管理が行われているわけではなく、低価格を優先した製品が市場に出回ることもある。サプライチェーンが入り組んでいるため、仮に製造者が不具合を把握してリコールを行っても、消費者に情報が届かないケースも少なくない。

さらに、取り扱い説明書がデジタル化され、バーコードを読み取らなければ閲覧できない形式が増えている。取り扱い方やリコール情報が記載されているものの、高齢者はアクセスが難しく、若者は手間を惜しんで読まない傾向がある。結果として、「安さの裏に潜むリスク」が社会に静かに入り込みつつある。

リスク管理とAI 金融とエネルギーの再融合を


【オピニオン】佐伯 隆/アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部データ&AIグループ マネジング・ディレクター

エネルギーに関連するボラティリティが増大しつつある。2015年ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)におけるヘンリーハブの天然ガスのボラティリティは46%から24年に80%へ、JKMも同様に23%から40%と拡大。価格そのものに加え、エネルギーに関するありとあらゆるボラティリティが増大している。紛争や政治的対立、脱炭素の取り組みや規制、出力制御が課題になるほどの再生可能エネルギーの普及、異常気象による災害の発生・設備毀損、年間1700万台超のEV販売による需要増―。さらに50兆パラメーター超のGPT5などを含むChatGPTのユーザー数は25年に7億人となり、莫大な電力を消費するAIデータセンター増などだ。

一方、こうした複合的な不確実性のリスクを定量化し、組み合わせ、数値に基づく意思決定の変革がシステムとして追いついているか。リスク定量化には時間を要し、猫の目のように変わる世界の状況変化にはなかなか追いつけない。世界の変化をパラメーターとして折り込みながらも、数値に基づいた意思決定を適宜スピーディに行うためには、状況の変化に応じリスク定量化を繰り返し、着地点を見据えつつ意思決定の見直しを行うアジャイル型の経営判断が必要になる。

先んじて多くのリスクを扱ってきた金融業界では一定の型が完成しつつある。1998年のロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の破綻や2008年のリーマン・ショックを教訓に、1989年に制定されたバーゼルⅠ規制を、バーゼルⅡ(2007年、金融取引の多様化・複雑化やリスク管理手法の高度化、リスク計測手法の精緻化など)、バーゼルⅢ(13年、資本バッファー導入やレバレッジ比率規制・流動性規制の導入、リスク計測手法の見直しなど)へ進化させてきた。

生成AIも、信頼できる正確なデータのインプットがなければ、将来のリスクを考慮した現実性のあるシナリオを作ることはできないし、精緻なリスク定量化もしてはくれない。AIが「過去」の玉石混交のネット情報を学び、単純にそれらを正として意思決定を行えば、時として判断を誤るリスクは否めない。AIに正しいリスクをインプットし、正しい意思決定の基としていくためにも、金融業界のような技術を輸入してリスクを正しく定量化する仕組みを整え、包括的に対応するルールを作っていく段階に入ってきている。こういう話をするとエンロンを思い出される方もいるかもしれない。しかし当時と比較すれば規制もリスク管理の技術も計算資源も大きな発展を遂げている。いっそのこと日本がバーゼル規制を範にエネルギー版のリスク定量化の標準を作る、くらいの取り組みを始めていいのかもしれない。

さえき・たかし 2005年アクセンチュア入社。12年頃からデータ分析やAI活用に関わり、多数の企業でデータ活用による経営効果創出を支援。素材・エネルギー領域、銀行・保険・証券などの金融領域でDXを推進。

欧米で見直されるバイオメタン 天然ガス代替の「現実解」に


【脱炭素時代の経済評論 Vol.20】関口博之 /経済ジャーナリスト

食物の残りかすや家畜のふんなど農業廃棄物を発酵させて作るバイオガスは、以前からコージェネの燃料として発電や熱供給に使われてきた。主にメタンとCO2で構成されているが、これを精製・分離して取り出すのが「バイオメタン」。近年、欧米中心にバイオメタンへの関心が高まっている。天然ガスの主成分のメタンと同じ組成でガス導管に入れて使うこともできる。アップグレードのひと手間をかけても天然ガスの代替として脱炭素化に役立つのがメリットだ。

ランドフィルガスの井戸
出所:米国環境保護庁

代表的な導入国がデンマーク。
2023年には国内ガス消費の40%を既にバイオメタンで賄っている。デンマークは北海道ほどの広さの農業国で、バイオガスの90%は農業由来。国の政策支援も受け、最近のプラントの大半はバイオメタンの精製設備を持っているという。同国政府は30年には供給するガスを100%バイオメタンにする目標も立てている。

バイオメタンが見直される要因についてエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の篠澤康彦・調査部担当調査役は、欧州向けロシア産ガスの大幅減に加え、高温熱源としてガスを使わざるを得ない産業が残ること、さらに水素による脱炭素化もコストがネックで早期実現が難しく、「現実解としてのバイオメタンに期待が高まってきた」と分析する。

こうした中で米国も独自の展開を見せている。米国ではバイオメタンを「RNG」(リニューアブル・ナチュラル・ガス)、再生可能天然ガスと呼ぶ。米環境保護庁によればRNGの稼働済みプラントは23年に全米237カ所に上り、5年で3倍以上になった。生産量の7割を占めるのが「ランドフィルガス」と呼ばれるごみ埋め立て地から出るガスで、これが米国の特徴だ。ランドフィルガスでは微生物による発酵で地中に溜まったメタン成分を、井戸を掘って回収する。大気に放出されるとメタンはCO2の28倍もの温室効果があるため、回収して燃料として使う意義は大きい。

RNGの主な用途はトラックなどの輸送用燃料で60%以上を占める。さらなる導入拡大に向け、連邦政府は再生可能燃料基準を改定し、燃料事業者にRNGの販売義務を課している。一方、メタン精製設備などには税額控除の支援もある。トランプ政権で再エネには逆風が吹くが、RNG推進に巻き戻しの動きは見られないという。

ランドフィルガスの利点は価格。自然の発酵で生じたものを回収するのでコストが抑えられる。導管に接続しやすい立地条件であれば100万英国熱量単位当たり10ドル台で供給できるプラントもあるという。シェールガスよりは割高ではあるものの、脱炭素という環境価値も考慮すれば日本への輸入も視野に入ってくるかもしれない。

バイオメタンを日本国内で作る可能性はどうか。篠澤氏は「ごみの焼却前に発酵設備を使って作ることは可能。焼却場の建て替え時に発酵槽などを併設する方法もある」と話す。ただ、わざわざメタンに精製し直接ガスとして使おうとしても現状、国の助成などはない。利用拡大を支援する手立てを考え始める時ではないだろうか。

【コラム/11月14日】米国におけるデータセンター急増が突きつける系統と環境の課題


矢島正之/電力中央研究所名誉シニアアドバイザー

前々回のコラム(2025年9月12日)で、最近、米国東部の地域系統運用者であるPJMの管轄地域において、電気料金が大幅に上昇していることを取り上げた。その背景には、AI技術の急速な普及やデータセンターの新増設に伴う電力需要の急増がある。一方で、老朽化した火力発電所の閉鎖や、再生可能エネルギー電源の系統接続の遅れなどにより、供給力が需要の増加に追いついていない。さらに、こうした状況を受けて、PJMの容量市場における約定価格も高騰していることを指摘した。しかし、データセンター急増に伴う問題は、電力価格や電気料金の上昇にとどまらない。本コラムは、この点を掘り下げてみたい。

米国で争点となっているのは、まず、データセンターの増大に伴うインフラコストの増大は誰が負担するのかという問題である。米国の電力系統は老朽化が進んでおり、いずれにせよ一定の増強・更新は避けられない。しかし、AIの急速な普及やデータセンターの急増によって生じる想定を超えた規模とスピードでのインフラ整備が必要となっている現状では、その追加的なコストまで従来通り全需要家が等しく負担すべきかどうかが、改めて問われている。

データセンターの建設は、通常1年半から3年程度と比較的短期間で完了し、その間には一定の雇用を生むものの、長期的な雇用効果は限定的である。さらに、電力系統の増強が行われた場合、その設備が将来的にストランデットコスト(回収不能な投資)となる可能性があっても、住宅需要家を含むすべての需要家がその費用を等しく負担しなければならない。こうした状況の中で、AIバブルがいつ弾けても不思議ではないという懸念も根強い。米国の主要テクノロジー企業は、AI開発競争に今年すでに1,550億ドルを投じており、来年は4,000億ドルを超える設備投資を行う予定とのことである(ガーディアン、2025年8月2日)。しかし、MITの調査報告(2025年7月)によれば、生成AIに投資する企業の95%は、何らのリターンも得ていないという。

また、環境面への影響も争点となっている。データセンターは、比較的土地の取得費用が安い農村地域や低所得者層地域に設置される傾向にあるが、これらの地域における環境汚染が懸念されている。例えば、オンサイトの天然ガス火力発電による大気汚染、建設工事の騒音、貴重な水資源の大量利用、土地利用の変化などにより、地域に負の外部コストが発生する可能性がある。

現場に配慮した商品をラインアップ ガス検知器の点検を大幅に効率化


【理研計器】

理研計器はこれまで、現場の声を踏まえた商品開発を進めてきた。

検知器本体の機能向上に加え、点検業務を効率化する機器を展開している。

理研計器は、現場のニーズや要望を取り入れた開発を行い、さまざまな機器を展開している。その一例が、使用時の操作音にちなみ、「ピコピコ」の愛称でおなじみのポータブル型ガスリーク検知器「SP―230シリーズ」だ。同検知器は、従来機種の改良を重ね、操作性や作業性を向上させた。LEDライトや警報を鳴らすガス濃度などの設定は、片手でワンプッシュすれば変更が可能。測定記録を保存する機能が付いているほか、ブルートゥースでスマートフォンと連携させれば位置情報やガス濃度などのデータをメールで自動送信できる。これらの充実した機能が評価され、現場からは多くの支持を獲得している。

ワンタッチで点検作業完了

さらなる改良を模索する中、次に着目したのが点検業務だ。ガスリーク検知器は年に1回、メーカーによる定期点検が推奨されている。従来は検知器本体をメーカーに送って点検を行い、また送り返してもらうという手順を取っていた。要する期間は2週間ほど。この間の代替機や予備品の確保とともに、送付にかかる作業や送料の負担などが発生していた。


点検成績表を発行 結果をメーカーが保証

「利便性のさらなる向上を図るには、点検に関わる作業を軽減することが必要だと考えた」。第一営業部第3営業グループ営業三課の青木裕喜夫課長は開発の経緯をこう明かす。

同社は、そうした状況を踏まえ、SP―230を点検するための自動ガス調整器「SDM―230」を開発した。ラインアップした機種は、都市ガス用、LPガス用、都市ガス・LPガス併用の3タイプ。ボタン一つで検知器の情報の読み取りから点検結果の表示まで自動で行い、わずか5~10分程度で定期点検を終えられる。従来の方法に比べて、大幅な時間の短縮を実現した。

ガスリーク検知器「SP-230」

自動ガス調整器「SDM-230」

さらに、点検履歴などのデータ類は自社のパソコンに保存が可能。次回の点検日を把握するなど、検知器の管理がしやすくなった。

青木課長が「搭載するのに、かなり思い切った決断だった」と話すのが、メーカー保証付きの点検成績表が発行できる機能だ。メーカーがユーザーの点検を保証する仕組みは、他にはない同社独自のもの。「現場で使用するユーザーのことを第一に考える」という一貫したコンセプトがあったからこそ、搭載が実現した機能と言える。

さらに、点検の結果、もし不具合があった場合には、理研計器が販売するガスボンベの登録番号が記載されていることなどを条件に、点検日から3カ月以内であれば、SP―230本体の無償での修理が可能だ。いざという時には、メーカーが対応するバックアップ体制も整っている。


数分で動作確認が完了 日常業務での使用が可能

使用前点検(バンプテスト)といった日常業務で使用できる点もポイントだ。使い方は定期点検と同じで、所要時間は2~4分ほど。例えば、現場に向かう前のちょっとした時間を使って、ガス感度を確認できる。最大5台を連結して、同時に5台の点検も可能だ。また、災害時のBCP(事業継続計画)の観点においては、短時間で多くの検知器を一気に自主点検できれば、ガス導管の復旧や開栓作業が迅速に行える。

もう一つのポイントとしては、部品交換のしやすさが挙げられる。センサーやポンプなどの部品交換を現場で行った後、SDM―230を使えば、動作確認が行える。そこで問題がなければ、すぐに現場で使うことが可能になる。突然の故障があっても、現場ですぐに対応できるのは大きなメリットだ。

SDM―230は、単一ガス用タイプが30万円、都市ガス・LPガス併用タイプが36万円(いずれも税抜き価格)で販売されている。これまでのメーカーで点検する費用や機器の送料を考慮すると、「ガス検知器を20~30台以上で使用していれば、SDM―230の導入コストは数年ほどで回収できる」(青木課長)という。

今後の拡販に向け、意欲を見せる青木課長

万が一のガス漏れを検知するガス検知器は、都市ガスやLPガスの開栓、またガス導管の敷設工事などの現場の安全対策に欠かせない存在だ。そのため、ガス検知器の動作状況の点検は、必ず行うべき業務の一つ。その業務が効率化できれば、現場の負担が少なくなる。さらに、人件費の削減につながるケースも考えられる。

理研計器では現在、SP―230の既存ユーザーに対して、新たな付加価値となるSDM―230の提案を進めているところだ。さらに、新規ユーザーに対しては、二つの機器をセットにした販売を積極的に行っていく。ガスインフラの安全を陰ながら支える存在として、同機器の活用の場が広がっていきそうだ。

物流の脱炭素化に注力 配達拠点生かした戦略を展開


【エネルギービジネスのリーダー達】森下さえ子/ヤマトエナジーマネジメント代表取締役社長

再エネ電力の供給先は、グループ拠点に加え、車両を使用する事業者も視野に入れる。

運輸部門のEV化を後押しし、増加分の電力を賄うことで物流の脱炭素化を前進させる。

もりした・さえこ 2007年ヤマト運輸入社。ヤマトホールディングスの財務・経営戦略部門を経て昨年2月、ヤマト運輸のグリーンイノベーション開発部に異動。今年1月より現職。

「物流の脱炭素化を推進する」ヤマトホールディングス(HD)が1月に設立した新会社、ヤマトエナジーマネジメントの森下さえ子社長はこう語る。同社は6月に電力小売りライセンスを取得。今後はヤマトグループの拠点に加え、車両を使用する事業者への供給も視野に入れる。運輸部門のEV化を後押しし、内燃車からEVへの切り替えで増加する電力需要を、同社が調達した再生可能エネルギー由来の電力で賄うことで物流の脱炭素化を前進させたい考えだ。


多様な再エネを調達 水力・地熱に意欲

同社設立の契機は、ヤマトグループが掲げる温室効果ガス(GHG)削減目標にある。2030年までにGHG排出量を20年度比で48%削減する計画で、その実現に向けて集配車両のEV化を主要施策の一つに据える。

しかし、EV化によって自社のGHG排出量を示す「スコープ1」は減少する一方、電力消費などの間接的な排出量を示す「スコープ2」が増えるというジレンマが生じた。消費電力の増分を再エネで賄うため、全国に点在する拠点に太陽光発電設備の設置を進めてきたが、屋根上設置には限界がある。また、消費電力の不足分をオフサイトPPA(電力購入契約)によって補てんするだけでは、削減目標の達成が難しいとの見方もあった。そこで、発電事業者から相対取引で電力を調達できるメリットなどから、電力小売り事業の開始を決断した。

ヤマトグループは、30年までに消費電力のうち再エネの比率を70%に高める主要施策を掲げている。ヤマトエナジーマネジメントはその実現に向けて、グループ拠点に設置した太陽光にとどまらず、水力や地熱といった天候に左右されない再エネも相対契約などで確保していく考えだ。EVの充電は夜間に集中し、各都道府県にあるターミナル拠点は24時間稼働しているため、変動性再エネだけでは賄えない消費電力をカバーする。将来的には、365日カーボンフリー電力を100%供給する「24/7カーボンフリー」の実現を視野に入れる。また、不足する電力は日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場から調達するため、自社電源と相対契約の比率を増やすことは、インバランス価格の高騰などスポット市場におけるリスク回避にもつながる。

調達した電力は、ヤマトHDが独自に開発したエネルギーマネジメントシステム(EMS)で最適に運用する。太陽光、蓄電池、EV充電などの制御を統合的に管理できるのが特徴だ。計画値同時同量に基づく電力需給運用については、JERAクロスと協業体制を敷いた。


脱炭素潮流を商機に 同業他社のEV化推進

ヤマトHDは昨年、他社のEV導入を支援する「EVライフサイクルサービス」を開始し、脱炭素化の潮流を商機に変えている。これは、車両を使用する事業者のGHG削減計画の立案からEV・充電器の導入、EMSの提供までを一括支援するサービスだ。物流業界の中でも先駆けて、脱炭素化を進めてきたヤマトグループが、これまで培ったノウハウや知見を展開する。

ヤマトエナジーマネジメントは同サービスにおいて、EMSの運用と再エネ供給を担っている。森下氏は「物流部門のGHG排出量を減らすには電化が不可欠で、それに伴い電力のコントロールや再エネの活用も求められてくる。こうした取り組みを後押ししていきたい」と力を込める。

さらに、森下氏が意欲を示すのが電力の地産地消だ。ヤマトHDは電力事業を開始する以前から、地域新電力と連携し、地域で生み出された再エネ電力を物流拠点で消費する取り組みを進めてきた。これをヤマトエナジーマネジメントが継承する。森下氏は「ヤマトグループは宅急便ネットワークを毛細血管のように全国に張り巡らせている。再エネが増える中で分散型電源の重要性が高まっており、集配車両のEV化はその拡大に非常にマッチしている」と語り、地方で頻発する出力制御の抑制にも貢献したい考えを示す。

7月には、地域新電力のローカルエナジー(鳥取県米子市)と連携。同社が調達した地熱や消化ガス発電の電力を、中国地方のヤマト運輸の物流拠点に供給する取り組みを開始した。「地方新電力には、地元で発電した電力を地元で消費したいという思いがある。地域経済を回す一助になれば」(森下氏)と言い、この取り組みをさらに広げていく方針だ。

物流網の脱炭素化に加え、地域新電力の課題解決にも余念がない。森下氏は、新電力事業を他社と競うのではなく、物流全体の脱炭素化支援に軸足を置く。物流に特化した新電力会社として、その手腕が注目されている。