巽 直樹 /アクセンチュア 素材・エネルギー本部マネジング・ディレクター
本稿は、2026年8月号に掲載された同名記事の詳細解説版である。誌面版では、公共交通が法的なユニバーサルサービス(US)義務を課されていないにもかかわらず、事実上退出できないという逆説を出発点に、広域交通とコミュニティ交通という二層のネットワークがそれぞれ異なるメカニズムで崩れつつある構造を論じた。
本ウェブ版では、誌面版の各論点を一段深く掘り下げる。公共交通を一枚岩で語ることの危うさから始め、広域層とコミュニティ層それぞれの縮退メカニズム、電力・ガスとの決定的な構造差、鉄道廃線論の分解、財源と政策手段の再設計、そして100年後の移動を見据えた技術革新の仮説までを順に検討する。結論を先取りすれば、守るべきは線路という交通モードではなく、生活機能への到達可能性であり、公共交通の再設計とは100年後も人が暮らせる生活圏の設計にほかならない。
公共交通を一枚岩で語るな
公共交通を論じるときの最大の罠は、「公共交通」という一括りで扱うことである。鉄道、バス、タクシー、道路行政を横並びに整理しても、住民にとっての「移動」の単位とは合致しない。住民は「県都の病院に出る」と「町内のスーパーに行く」を同じ尺度で考えていない。前者は週に1度あるかどうかの広域移動であり、後者は日常の生活移動である。利用目的、頻度、代替手段、期待されるサービス水準のいずれにおいても、両者は性質が違う。
そこで、本稿では公共交通を二層に分けて分析する。第一は都市間・地域間を結ぶ広域ネットワークであり、新幹線、特急、幹線在来線、第三セクター鉄道、高速バス、幹線道路がここに含まれる。第二はコミュニティレベルの生活交通ネットワークであり、域内路線バス、コミュニティバス、デマンド交通、タクシー、自家用有償旅客運送、スクールバスや福祉・病院送迎までを含む。そして両者を接続する第三の要素が、駅、バスターミナル、道の駅、病院、学校といった交通結節点である。
この整理を踏まえると、冒頭の逆説が鮮明になる。電力・ガス・水道と異なり、公共交通に「あまねく公平」というUS義務はない。鉄道事業法上の廃止は事前届出制であり、制度上の退出は自由なはずである。ところが現実には、地元同意なき廃線は事実上不可能であり、赤字路線は数十年単位で温存されてきた。交通を縛るのはUS義務でも内部補助の法的強制でもない。政治的な退出抵抗、ネットワークの地理的連続性、移動権という潜在規範、そして自治体補助による疑似的US化という「第三のメカニズム」である。地方の乗合バス事業者の7割が赤字であり、全国に少なくとも2000以上の交通空白地区が存在するという現実は、この疑似的USがすでに限界を超えていることを示している。
なお、この二層の切り分けは、第1回で示した都市部・近郊地域・過疎地域という3類型と掛け合わせると、地域と機能のマトリクスになり、問題の所在が立体的に見えてくる。3類型が「どこで」問題が起きるかという地域の切り口だとすれば、二層は「何が」崩れるかという機能の切り口である。都市部では両層とも維持されるが、近郊地域ではコミュニティ層から、過疎地域では両層が同時に、しかし異なる理由で崩れていく。

広域ネットワークの縮退:内部補助の終焉宣言
広域層の縮退メカニズムの核は、内部補助モデルの解体である。その終焉は、最大の担い手自身が宣言している。JR東日本は19年度分から、輸送密度2000人未満の線区収支を開示し始めた。最新の24年度分(25年10月公表)では、対象は36路線71区間に広がり、そのすべてが営業赤字、赤字額は前年度から33億円増えて790億円に達した。久留里線の末端区間(久留里~上総亀山)では、100円の運輸収入を得るのに6694円の費用がかかる。
JR西日本も22年4月に開示を開始した。当初、2017~2019年度平均で17路線30線区において248億円であった赤字は、最新の22~24年度平均では19路線32区間で267億円へと拡大している。両社に開示の法的義務がないにもかかわらず、これらの開示に踏み切ったのは、新幹線と大都市圏の黒字で過疎地ローカル線を支える内部補助が、上場企業の説明責任として維持不可能になったからである。これは事実上の撤退宣言に等しい。
国鉄分割民営化の際にJR三島会社(北海道・四国・九州)へ交付された経営安定基金計1兆2781億円も、当初意図された機能が停止している。基金運用益で赤字を補てんする設計は、超低金利の長期化により運用益が1987年度の498億円から236億円へ半減して崩れ、2021年の法改正による追加支援で延命が続く状況に、会計検査院は支援の効果が十分に上がっているとはいえないと断じている。「持参金の運用益」という建付けは、実態として国の直接的な財政移転に置き換わっている。
整備新幹線スキームは、この解体を制度として推し進めてきた。1996年の政府与党合意により、並行在来線は新幹線開業時にJRから経営分離される。2024年3月の北陸新幹線敦賀延伸により三セク移管は9社に達し、ハピラインふくいは運賃を1.2倍に引き上げてもなお開業10年で累積赤字70億円の見通しであり、県と沿線市町の基金が埋める。新幹線という動脈の収益をJRに残し、毛細血管の在来線を自治体財政に移す非対称構造の完成形である。
一方、災害はこの現実を強制的に可視化する。日田彦山線はバス高速輸送システム(BRT)転換を選び、美祢線が続いた。23年施行の改正地域交通法が創設した再構築協議会は、輸送密度の低いローカル線について、国・自治体・JRなどの関係者が再編を協議する制度であり、第1号となった芸備線はその象徴的事例である。広島県が「ローカル線維持に係る国の責任」の説明を求め続けていることは、芸備線固有の問題ではなく、ローカル線の維持責任を誰が最終的に負うのかという全国共通の課題を映し出している。
広域層には高速バスも含まれる。新幹線や特急が届かない都市間移動を補完してきたが、ここでも縮退が進む。2024年には首都圏と北陸を結ぶ路線など長距離路線の廃止が相次いだ。注目すべきはその理由である。多くの事業者が、限られた運転者を域内の生活路線の維持に優先的に振り向け、高速バスの減便・廃止を選択している。広域層の縮退が、コミュニティ層の延命の代償になっているのである。






















