経済の構造転換の機会を奪う価格統制と有事における根拠なき楽観シナリオ─。
安心感の演出にこだわり、リスクを直視せぬ現政権の危機管理能力には危うさが漂う。
昨年の大みそか、ガソリン税の旧暫定税率廃止を受け、2022年1月から続いた燃料油価格の激変緩和措置がようやく終わった。日本は10兆円超の国費を投じ、社会主義経済かと見まがう価格統制を敷いてきた。
10兆円あれば何ができただろう。「ハイブリッド車(HV)の購入で1台100万円を補助すれば、1000万台をHVに変えられたかもしれない。HVになれば、一人当たりのガソリン購入代は下がる」(自民党の阿達雅志参議院議員)。こうした構造転換に国費を集中投下していれば、家計はその後のガソリン価格の乱高下に一喜一憂せずに済んだかもしれない。重油を燃料とする船舶のLNG船への切り替えも一案だろう。
電気・ガス料金への補助についても「電気料金が上がれば、国民は節電や省エネ家電の買い替え、太陽光パネルの導入に動く。料金補助の度重なる復活は、こうした機会を奪った。中長期的な対策を打たず、その場しのぎを続けているうちに、日本の危機対応力は失われていった」(一橋大学の佐藤主光教授)。

28年春まで安定供給可能? 首相発言に隠された盲点
しかし、高市早苗首相はエネルギー料金補助の継続を「失政」とは捉えていなかったようだ。今年2月28日、米国がイランを攻撃。ホルムズ海峡が事実上封鎖され、原油価格は高騰した。3月にはレギュラーガソリンの全国平均価格が190・8円を付けた。ホルムズ海峡は日本が輸入する原油の9割以上が通過する。ロシアのウクライナ侵攻時とは異なり、今回は価格高騰だけでなく、供給途絶という最悪の事態を想定する必要があった。同月11日に高市氏は「3月下旬以降、わが国への原油輸入は大幅に減少する見通しだ」として、石油備蓄の放出を表明。16日には民間備蓄義務を15日分引き下げた。
ガソリン価格については、旧暫定税率の廃止で手当て済みだ。政府は備蓄放出量を抑制するためにも、国民に可能な限りの節約や公共交通機関の利用を呼び掛ける。補助金を出すにしても、低年金生活者や子育て世帯など的を絞った支援が妥当ではないか─。そう考えた国民は少なくないだろう。
ところが、高市氏が選んだのは170円をターゲットにした補助金の復活だった。その後、ホルムズ湾外や中東以外からの代替調達を加速し、4月は前年平月比約25%、5月は60%、6月は80%、7月は100%に達した。これを受け、高市氏は6月11日の関係閣僚会議で「保守的に前年平月比75%の代替調達にとどまると仮定しても、備蓄を活用することで(中略)28年3月末までの石油の安定供給が可能となった」と述べた。
だが、政府がよって立つ前提を一つずつひも解くと、楽観論に隠された盲点が明らかになる。まず、米国のリグカウント(石油掘削装置の稼働基数)は増えておらず、「75%」が保守的である理由は定かではない。代替調達が進んでも、精製上の問題が残る。日本の製油所は中東産の中〜重質・サワー原油に合わせた設備で、米国産とは相性が悪い。また、備蓄には一部の製油所でしか精製できない重質・高硫黄の中東産原油が残っており、備蓄日数をうのみにはできない。自民党の中堅議員は「代替調達は3カ月先までしか契約できないのに、どうして先まで大丈夫という言い方ができるのか」と疑義を呈する。
政府と同様に、楽天証券経済研究所所長兼チーフエコノミストの愛宕伸康氏の試算でも、今後の代替調達率を7割程度と置いた場合、28年3月には備蓄日数がゼロ付近に近づく。「現在200日分ほどある備蓄だが、例えば、もし100日を割り込めば、国民は不安を感じるかもしれない。代替調達の先行きは分からないし、月の需要も変動する。いつまで持つか、という計算は数字遊びのようなもの。政府が国民による買い占めなどを恐れるのは理解できるが、企業活動のためにもリスクについて可能な限りの情報発信をすべきだ」(愛宕氏)
最悪の事態を想定した対応、的確な情報発信は危機管理の要諦だ。「備蓄が切れたら大変なことになるし、投機対象にもなりかねない。国民に真摯に節約を呼びかけるのが筋」(佐藤氏)との見方はエネルギー業界内でも根強い。しかし、高市氏は節約要請どころか「G7(先進7カ国)で最も安い水準だ」と胸を張り、6月5日にはガソリン補助金の継続や電気・ガス料金補助の復活に対応する3・1兆円の補正予算を成立させた。












