【コラム】米国産石炭輸入の意義 エネルギー安保の柱として検討を

杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

日本のエネルギー政策は、脱炭素の帳尻合わせではなく、エネルギー安全保障と経済性を重視して原点から組み直すべきである。その具体策の一つとして、米国からの石炭輸入を真剣に検討する時期に来ている。

LNG価格が高騰した時、中東情勢や台湾情勢が不安定化した時、あるいは猛暑・寒波で電力需給がひっ迫した時、貯炭場に現物として在庫ないし備蓄として置ける石炭は、安全保障上、重要な価値を持つ。

日本は米国からLNGを輸入している。しかし、米国の天然ガスを液化し、船で運び、日本で再ガス化して発電するには、追加コストがかかる。もちろん、石炭も鉄道輸送してから輸送船で輸入するには追加コストはかかる。けれども、米国では天然ガスを国内の高効率火力や産業用に使い、日本やアジアには石炭を輸出する方が、天然ガス液化関連のコストが不要になるメリットが大きいので、全体としては経済的な効率性が高くなる局面がありそうだ。

また、アジアのLNG価格は地政学リスクや欧州需給に左右されやすい。これに対し、石炭は熱量当たりの価格が安く、長期在庫が可能で、LNGスポット市場の急騰に対するヘッジにもなる。

豪州・インドネシアのリスク 第3の柱必要

日本の石炭調達は現在、豪州に7割弱と大きく依存している。これに次ぐのはインドネシアで1割強である。もとより、豪州炭は高品質で日本から近く、長年の実績もある。しかし、豪州炭も政治や環境規制、ロイヤルティ、鉱山許認可、洪水などの影響を受ける。ニューサウスウェールズ州では2024年7月から石炭ロイヤルティが2.6ポイント引き上げられており、こうした政策変更は将来の調達コストや供給判断に影響し得る。ニューサウスウェールズ州産の高品位炭への過度な依存は、日本側の調達交渉力を弱め、コスト高の一因にもなっている。

インドネシアについても、リスクがある。同国は世界最大級の一般炭輸出国だが、国内供給を優先する政策をたびたび取ってきた。国内需要が満たされない場合、輸出を制限するという発想は今後も残るだろう。最近も、石炭など主要商品の輸出管理を国が強める動きが市場の不確実性を高めている。つまり、日本が豪州とインドネシアを中心に石炭調達を続けるだけでは、燃料安全保障として十分ではない。

この文脈で、米国炭は有力な第三の柱になり得る。この6月に、米エネルギー省はオークランドのWest Gateway Terminal Projectに7500万ドルを投じる方針を発表した(The Department of Energy)。同ターミナルは鉄道に接続された米国西海岸のバルク輸出拠点で、日本、韓国、台湾、ベトナム、マレーシアなどインド太平洋の同盟国・友好国向け輸出を支えるものと説明されている。これまでの米国炭輸出のボトルネックは、太平洋向けの港湾・鉄道インフラだった。この米国西海岸ルート、あるいはカナダ西岸経由のルートを確保できれば、日本にとって供給源多様化の意味は大きい。

米国側は、この方向を後押ししている。2025年4月の大統領令は、米国炭輸出の増加と、同盟国支援を含む石炭産業の活用を明記している(The White House)。日本はこれを単なる米国内政として眺めるのではなく、日米同盟における燃料インフラとして取り込むべきである。

米国の一般炭は、これまでもアジア市場に流れていた。インドは米国炭の大口買い手であり、用途は発電だけでなく、セメント、窯業、自家発電などにも広がる。これは、米国炭の利用が距離の壁を越えてアジアで経済的に成立し得ることを示している。

日本企業が北米炭のオフテイク権、ターミナル容量、船腹、転売権を持てば、日本で焚くだけでなく、韓国、台湾、インド、ASEANに振り向けるポートフォリオを構築できる。これは日本がLNGについて進めてきた仕向地自由化、ポートフォリオ取引の石炭版である。

足元は割高な燃料を輸入 安価な選択肢排除に疑問

これまで日本は、自動車用燃料としてバイオエタノール由来のETBEを輸入し、石炭火力混焼やバイオマス発電用に木質ペレットも輸入してきた。日本の制度上はCO2削減に資するとされるが、地球全体での排出削減効果は疑わしい。USDA(米国農務省)によれば、24年の日本のETBE輸入は約18.3億ℓで、その中には米国産トウモロコシ由来エタノールなどを原料にしたものが含まれる。木質ペレットも22年に440万tを輸入し、その一部は米国産だった。だが、その米国では、ガソリン燃料を燃やし、石炭で火力発電をしている。

米国から割高な燃料を輸入し、日本国内の排出量を見かけ上減らすために国民負担を増やす一方で、安価な石炭を日本において政策的に排除するのはいかがなものか。

日本は、米国炭をポートフォリオに加えれば、LNG依存、豪州炭依存、インドネシア炭依存を同時に下げることができる。米国からの石炭輸入をエネルギー安全保障の正式な柱として位置付けて推進すべきではなかろうか。

【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。近著に『データが語る気候変動問題のホントとウソ』(電気書院)。最近はYouTube「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所」での情報発信にも力を入れる。

【ワールドワイド/コラム】LPガス不足によるインドの混乱 備蓄と輸入の多角化が課題

海外メディアを読む

インドでは3月上旬から、今回のイスラエル・米国によるイラン攻撃に伴うイランのホルムズ海峡封鎖措置の影響で、中東湾岸産油・産ガス諸国からのLPガス輸入供給が途絶えて、LPガスが不足し混乱状態が続いているとロイター通信が報じた。

ここ10数年の間、日本で言う家庭・業務用LPガスの国内需要は大幅に増えた。背景には2010年代に政府が「クリーン燃料政策」としてガス導管網が不要なLPガスへの切り替えを奨励し、環境対策や生活改善を目指したことがある。

現在インド全体のLPガス総需要は約3000万tを越え、今や世界第2位の輸入大国になっている。消費量の約3分の2を越える量を輸入に頼っており、そのうち約85~90%を中東湾岸産油国から調達している。平時ならば、距離的にも中東産油・産ガス国が近いので、ピストン輸送的に輸送できたのである。しかし、日本のように備蓄政策などはないし、輸入供給基地も需要量の伸びに比べて少ないのが現状である。

日本はこの10年、輸入供給国の多角化政策の下、米国シェール石油革命の影響もあり、アメリカからのLPガス輸入量が急速に増えた。今や95%を越えるLPガスがアメリカ・カナダからの輸入に代わった。また国家備蓄政策もあり、今回のホルム海峡封鎖問題でも、供給不足になることは現時点で全く起きていない。

急激な需要増大と利便性により、家庭・業務用LPガス利用拡大の政策がとんだところで裏目に出てしまったインドの状況を思うに、かつての日本の政策だった供給面でのレジリエンス強化策(備蓄と輸入供給国の多角化)が必要な時期に来ているのかもしれない。

(花井和夫/エネルギーコラムニスト)

【ワールドワイド/コラム】原油調達に苦慮する新興国 備蓄の国際公共財化に期待

国際政治とエネルギー問題

2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃から3カ月近く経過したが、停戦の目処が立たないままホルムズ海峡を挟んだにらみ合いが続いている。イランは、米国との交渉に応じる姿勢を見せつつも、交渉の場では自国の考えを改めて述べることに終始している。対して米国は、核開発放棄を前提としており、妥協を引き出すことはできていない。

世界は今、大きく二つの戦争を抱えている。一つはロシアとウクライナの戦争であり、もう一つは米国・イスラエルとイランとの戦争である。3月にロンドンに所用があり、韓国航空便を利用したが、中国・カザフスタン・カスピ海・アゼルバイジャン・グルジア・黒海・ルーマニア(欧州)・ロンドンというルートが採られた。当初はロシア上空を飛ぶルートが提示されていた。また、日本の航空会社はオホーツク海→北極海→欧州というコースを飛んでいる。

フライトマップを見ながら世界は今、二つの戦争を組み込んで動いていることを実感した。ロシアとウクライナ南方をかすめつつ、イランとイスラエルの戦場を遠巻きに、各国は経済活動に取り組んでいる。その中で、日本は世界有数の石油備蓄保有国であり、4月24日、経済産業省は第二弾の国家備蓄石油の放出を発表し、5月1日から追加放出を始めた。鹿島石油での放出を皮切りに全国10カ所の備蓄基地から約580万㎘が順次放出される。

緊急時対策には、国際エネルギー機関(IEA)の分類では、緊急時増産、消費節約、備蓄の放出、燃料転換があることを前号で述べた。今次危機に際し、日本は備蓄の放出を主要な対策として打ち出したが、多くの選択肢があり、高市早苗首相は4月7日の記者会見で、「年を越えて原油の供給を確保できるめどがついた」と説明していた。

消費節約に関しては、石油市場混乱の影響緩和のため、IEAは既に3月20日、石油・ガス使用量削減のための10項目の措置を提案していることは重要である。

こうした中で4月27日、出光興産がベトナムに原油64万㎘規模を供給することが明らかになった。アジア新興国の多くが原油調達に苦慮する中、同地域の製油所で作られる石油製品は日本へも輸出され、国境を跨いだ供給網を支えている。ベトナムへの調達原油の供給は、備蓄石油の取り崩しの応用例である。同国は樹脂製品の供給網でも存在感を高め、自動車部品や家電、必需品に使う製品の一部が日本にも輸出されている。

アジア新興国と日本の最大の違いは、日本が1970年代の石油危機の経験から、備蓄制度を創出、運用してきたことにある。新興国には備蓄態勢が整備されていないため、消費節約を中心とした対応を行わざるを得ないが、国際社会の取り組みとして、備蓄石油の国際公共財としての活用が、日本発の国際協調対応措置として展開されることを期待する。情は人のためならず、というではないか。

(須藤 繁/エネルギーアナリスト)

【業界スクランブル/原子力】停止時の新人がリーダーに 14年ぶり稼働の重み

【業界スクランブル/原子力】

柏崎刈羽原子力発電所6号機が約14年ぶりに営業運転を再開した。中東情勢の不安定化に加え、電力需要の増大が見込まれる中、大型発電所が供給力として復帰することは、非常に心強い。

この長期停止の間に、多くのベテラン発電所員が現場を去ったはずである。経験の少ない若手所員は、所内外から注目を集める中、高い緊張感と使命感を持って業務に当たってきたことと思う。

14年という歳月の中で、新入社員であった世代は主任や中間管理職となり、原子炉やタービン・発電機の起動時には、現場をけん引するリーダーの役割を担うことになる。それは、発電所の運転状況や、自らが十分な経験機会を得られたかどうかにかかわらず訪れる。自らの経験不足を自覚しながらも、リーダーとしての責務を果たさなければならない。その不安や重圧を受け止めつつ、再稼働を実現させた関係者の努力には、心から拍手を送りたい。

わが国初の商用原子力発電所が運転を開始したのは、今から60年前である。当時、運転経験者はほとんど存在しなかった。先人たちは、試行錯誤を重ねながら経験を蓄積していった。現在は、自分たちの発電所だけでなく、世界中の発電所のトラブル事例や良好事例を共有・分析し、運転や保守に生かす仕組みが整備されている。

今回の再稼働に携わった関係者には、長期のブランクを埋めるべく積極的に現場に足を運び、自らの経験を積み重ねてほしい。また、こうした知見共有の仕組みも活用し、経験不足という不安を乗り越えながら、得られた経験を次の世代へ着実につないでいってもらいたい。(T)

【業界スクランブル/石油】水素・SAFの商用化は困難  にじむ業界の本音

【業界スクランブル/石油】

現在の石油業界は、中東情勢の緊張(ホルムズ海峡の不透明感)による原油価格の高騰リスクと、脱炭素化に向けた事業転換の狭間にある。

足元はホルムズ海峡の通過リスクにより、原油価格が上昇している。WTI原油価格では130〜150ドルのシナリオも懸念され、日本国内の企業業績や物価への影響が注視されている。

中東リスクを受け、米国などからの代替調達が加速している。政府と民間が連携し、備蓄放出と合わせ安定供給の確保が急がれる。

構造的な問題としては、エコカー普及で国内の石油需要は減少傾向が継続中だ。政府や石油連盟は脱炭素社会を見据え、石油化学原料へのシフトやクリーンエネルギー導入を模索している。こう一般的なメディアは報じるが、これは表層的な情報に過ぎない。業界の中枢では、水素もSAFも、優先度・意欲が非常に下がっている。もちろん、どちらも取り組む意義はあるが、数年前とは景色が変わった。

水素は依然として高コストで、研究開発での検討余地はありつつも、社会実装でのパンチ力が弱いとの認識が共有化されつつある(天然水素など別の話題はあるが……)。 そこにS+3Eとしての安定供給や価格への目線に加え、レジリエンスが明確に意識される中で、従来の石油製品・石油化学製品のコアビジネスに回帰する中に、再エネが入る流れだ。

最近の業界は、下流部門出身者のイニシアチブが比較的強化されたせいか、以前より「本音」を先手で示す。ENEOSの、中期経営計画やシェブロン・アジア事業の買収からも分かるだろう。(K)

【ワールドワイド/経営】実効性不透明な脱化石燃料会議 多くの国が強靭な供給体制を重視

「脱化石燃料に関する第1回国際会議」が、4月24~29日、コロンビアの石炭輸出港サンタ・マルタで開催された。2023年にアラブ首長国連邦(UAE)・ドバイで開催されたCOP28での合意文書には、「化石燃料からの移行」が盛り込まれた。これを受けて、昨年11月のブラジル・ベレンでのCOP30では、「化石燃料廃止ロードマップ」の策定に85カ国が賛同するとの動きがあった。

化石燃料の消費が多い国は不参加

他方、ロシア、サウジアラビアなどの資源国は強硬にこれに反対し、中国、インドなどの新興国もそれに同調したため、合意文書には盛り込まれるに至らなかった。このため、全員一致を要する国連の枠組みとは別に、コロンビアとオランダが共催国となって標記会合を開催することとなった。

この会議には欧州、島嶼国を中心に50カ国以上が参加するが、米国、中国、インド、ロシア、ASEAN諸国、産油国からの政府レベルでの参加はない。

主催国のサイトでは、本会議は①化石燃料の秩序ある段階的廃止を推進する用意のある国々のための持続的な政治的枠組み、②UNFCCCを補完し、COP30議長国のロードマップに貢献、③各国および地方自治体、市民社会などの参加を通じて気候ガバナンスを深化させる革新的かつ水平的な対話と説明する。

一方、①UNFCCCに代わる枠組みではない、②COP30議長国が策定したロードマップに代わるものではない、③懐疑論者を説得する場ではない、④新たな化石燃料条約に向けた交渉の場ではないとしている。

環境関係者は、これが「化石燃料時代の終わりの始まりに向けたゲームチェンジャー」であると絶賛しているが、不参加国の化石燃料消費が世界全体に占めるシェアは約7割である。イラン戦争に直面し、多くの国は脱化石燃料よりも「中東で有事が発生しても安価で安定的なエネルギー供給を維持できる強靭なエネルギー供給体制の確保」に取り組んでいる。3月末のCERAウィークでも、化石燃料依存は今後数十年続くというのが大方の見方であった。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院客員教授)

【業界スクランブル/ガス】石油製品供給維持に全力挙げる政府

【業界スクランブル/ガス】

中東情勢は依然として収束の気配を見せていない。当初は毎日のように飛び出すトランプ大統領の発言に一喜一憂したが、最近は「どうせまた朝令暮改だろう」と冷めた目で見る自分がいる。

混乱の長期化が予想される中、日本は240日分という潤沢な石油備蓄を有しており、この「時間的余裕」を活用しながら、備蓄放出と代替調達を進めている。5月12日の政府発表によれば、原油については5月時点で約6割、6月には7割超の代替調達に目途が立ったという。需要抑制に踏み込むインドや東南アジア諸国と比べても、日本政府の対応は力強く感じる。

一方、現場では不穏な兆候も広がっている。カルビーがポテトチップス包装の白黒化を発表したほか、建築業界では塗料やシンナー不足の声も聞かれる。政府はその背景について、複雑化したサプライチェーンにおける「目詰まり」が原因だとして対応に尽力している。疑うつもりはないが、本当に川上で十分な供給量が確保できているのか?そんな疑念を持つ人もいるだろう。

しかし、経産省は本省だけでなく地方経産局まで含め、現場レベルで一つひとつ丁寧に目詰まり解消に取り組んでいる。その姿勢には頭が下がる。川中の事業者も事業継続のために物資を確保したいのが本音だろうが、冷静な対応を求めたい。他方、プラスチック製品の調達難を逆手に、包装の簡素化などに取り組む企業も出始めた。もちろん一日も早くホルムズの自由航行を取り戻すことが最善であるが、単に足元を嘆くだけではなく、これまでの当たり前を見直す契機として、この危機を前向きに捉える視点も重要だろう。(Y)

【ワールドワイド/市場】電力高騰で独産業が低迷 脱炭素とのバランス再検討の時

産業国として知られるドイツだが、近年は国内産業の低迷が続いている。中でも基幹産業である化学部門は国際競争力を損ない、工場閉鎖や国外移転の動きが顕在化している。

独の産業用電気料金は米中の2倍

ドイツ化学工業会によると、化学部門の製造指数は2021年を100とした場合、24年は80・9まで低下した。また、25年の国内化学工場の平均稼働率は72・5%で、収益性の目安とされる82%を大きく下回る。化学部門は電力多消費産業だが、電力消費量は14年の約510億kW時から24年には約430億kW時へと落ち込んでいる。化学部門の低迷はエネルギー需要にも波及している。

競争力低下の要因には、電気料金の高騰と炭素コストの負担増が挙げられる。脱原子力やエネルギー転換などを背景に、ドイツの産業用電気料金は欧州でも高水準で、相対的に安価な米国や中国と2倍前後の差がある。

炭素コストについて、化学部門は欧州排出量取引制度(EU―ETS)の対象で、カーボンリーケージ対策として無償割当が認められている。ただし無償割当は製品ごとに設定されるベンチマークに基づき配分され、EU域内で同一製品を生産する設備のうち、効率的な上位10%の設備の排出原単位を基準として設定される。しかし、EU域内でも資源条件や産業構造の違いで、各国のベンチマークの達成難易度には差が生じている。

加えて、排出枠価格は10年代の10ユーロ前後から、近年は70~80ユーロ程度まで上昇した。BASFなどの大手企業は排出枠購入に多額の費用を投じ、今後も価格上昇が続けば負担はさらに拡大する見通しである。

こうした状況を受け、ドイツ政府は産業用電気料金の引き下げに向けた補助措置や電力価格補償制度の拡充を進めている。また、EU全体でも産業競争力への影響を踏まえ、EU―ETSの制度見直しや補助規制緩和に関する議論が進んでいる。これまでEUは脱炭素化と産業強化の両立を掲げてきたが、国際競争環境が大きく変化する中で、そのバランスを再検討する局面に差し掛かっている。

藤原 茉里加/海外電力調査会)

【コラム】「今時の成長志向論~官民投資期待の空ろな論理」

飯倉 穣/エコノミスト

1、声高の成長力強化

責任ある積極財政で危機管理投資と成長投資を進め強い経済をつくる審議が継続中である。経済財政諮問会議の26年度方針に向けて、民間委員から、通常の歳出とは別に「新たな投資枠」の設定、官民投資ロードマップの実行に必要な規模と期間の確保で、企業の中長期の投資判断を後押しする。且つ複数年度にわたる予算措置の活用の提案があった(「強い経済を実現する成長力の強化に向けて」経済財政諮問会議2026年5月22日)。そして総理は官民投資に必要な歳出について弾力運用を強調する。

報道もあった。「成長投資へ基金ルール変更 首相が検討表明「最大3年」適用せず 予算制約なくし柔軟運用。経済財政諮問会議 半導体やAI等に複数年度の経費確保」(日経同5月23日)、「戦略17分野人材育成へ 政府、訓練プログラムの開発支援」「基金「3年ルール」成長投資は例外に 政府導入2年半で緩和」(朝日同)

他に規制・制度改革、人材育成、研究開発、政府調達、標準化、税制・金融措置などの総合的組み合わせも重要と記している。

このようなアプローチ・手法で強い経済を呼び込む成長は可能だろうか。過去30年間の日本経済の停滞状況に打ち出された成長期待政策(財政出動、金融緩和、構造改革)と類似の発想に見える。改めて強い経済を目指す成長政策と経済運営の姿を考える。


2、現政権のアプローチ

高市政権で、各省は強い経済を目指す取組を推進中である。日本成長戦略では「我国に圧倒的に足りない国内投資を徹底的にてこ入れする」として、世界共通の課題解決に資する製品等を開発し、国内外に提供することで、日本の成長につなげるという。AI・半導体、量子、航空宇宙、海洋、造船、資源エネルギー・安全保障・GX等17分野で62製品・技術等を例示し、27の先行検討事例を選定した。併せて官民投資ロードマップを策定している(日本成長戦略会議3月10日)。

その官民投資を支える財源については、財政規律の変更を求めている。プライマリーバランス((税収+税外収入)―(経常的支出+投資的支出)=25年度予算0.4兆円)からコア・プライマリーバランス((税収+税外収入)―経常的支出(除く投資的支出)=同約6.4兆円)に変更。GDP比政府債務残高(25年度230%)の指標もGDP比純政府債務残高(同130%)に変えるという。国債発行増を容易にし、債務残高増も容認する考えを打ち出した(会田卓司「日本経済 成長の道筋が見えた」26年4月15日)。考え方を変えたとしても、政府の財政収支、政府債務残高の状況は変わらず、悪化するのみで、マクロ経済にプラスの効果をもたらすとは考えにくい。

つまり現政権は、積極財政と緩和的金融政策、官民連携の投資・需要拡大で、需給ギャップゼロでなく需要超過の“高圧経済”を目指している。需給ギャップが上振れても、投資がいずれ供給能力を拡大し、インフレ圧力を生ぜず、インフレと為替の安定が国力の源泉になると強弁する。且つ中長期的なスパンで投資戦略を示すことで企業の予見性と成長期待を高めると主張する。果たして財政金融政策による環境づくりと政府作成「戦略17分野」の官民投資で成長牽引は可能だろうか。このような経済運営で一時的な経済膨張はあろうが、抑々企業経営の視点から見ると投資回収の吟味が欠落していないか。


3、成長をもたらすものは~独立投資

経済成長とは、ある程度の期間(長期)の経済全体の量的拡大と捉えることが出来る。この30年間各政権は、成長志向で様々な経済政策を試行錯誤してきた。90年代内需拡大論、ベンチャー期待、構造改革(規制緩和等)、00年代規制改革(特区)、IT期待、外需取り込み、インフラ・プラント輸出、10年代アベノミクス(3本の矢、大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資喚起成長戦略)等を経験してきた。2000年以降成長期待の重点分野では、DX・AI、GX、インバウンド等が成長牽引材料として今日も生き延びている。一部に成功もあろうが、結果として財政負担を拡大し、企業の創意工夫を引き出せず、期待通りの成長を実現していない。暗中模索的な徒労が続いている。

効を奏しない理由は、明瞭である。現実軽視である。政府に確たる知恵なく経済運営の方向性を見失っている。繰言になるが、成長の基本は、独立投資である。それは現在の利潤に感応した投資でない。企業の創意工夫による新製品、新生産方法、新資源の利用、新市場の開拓等で、投資利潤を生み出す。財政出動の官民投資は、その概念に該当しない。  

政府関与があるということは、抑も投資回収が覚束ない類いの投資である。民間企業が、自己の勘定で利潤を追求していない姿は、起業家精神欠如、お付き合いという対応である。投資の収支不透明かつ企業のリスク負担回避を予想させる。資源・エネルギー分野を見れば、一目瞭然である。次世代太陽電池・水素・グリーン鉄・次世代地熱・洋上風力・次世代革新炉・グリーンケミカルは、実用化手前の研究開発段階のプロジェクトと呼ぶに相応しい。他も推して知るべしではないか。技術開発チャレンジという意味で、過去の三セクリゾート開発より、将来の可能性を持つが、これでは経済運営的に必要な現実の成長を期待出来ない。財政・金融による一時的な経済膨張はあろうが、行き着く先は、政府のかけ声倒れになろう。 

【業界スクランブル/新電力】需給調整市場設計の限界を映す揚水の随契化

業界スクランブル・新電力】

2024年度に需給調整市場が全カテゴリーで開場されて以降、頻繁な制度修正が行われてきた。26年度から揚水の随意契約化が認められた意味合いと、その背景にある考え方を整理したい。

第一に、レベニューキャップ(RC)制度の弱点が露呈した点だ。RCに織り込まれた調整力単価は公募時代の水準を参照しており、インフレ基調や再エネ大量導入に伴う調整力確保費用の構造的な増加と相性が悪い。揚水随意契約は託送会計維持の観点では合理的だが、費用圧縮のために市場を迂回する先例となり、将来の調整力確保に負の影響を与えかねない。

第二に、調整力電源の多様性がΔkW一軸評価によって十分に生かされていない点だ。今回の事例で、調整力分野における価格のみを基準に約定電源を決める設計思想の限界が露呈した。ΔkW単価のみの競争では、kW時を持続的に提供できる揚水の価値を確保できず、多様な電源を包含するベストミックスの発想とも必ずしも整合しない。

第三に、調整力の再定義が必要である点だ。高速応答が強みの蓄電池と、持続力を有する火力では適した役割が異なる。蓄電池の調定率の良さ、無効電力の供出、火力の下げ調整によるユニット寿命への影響といった特性を考慮せず、コスト圧縮のみを志向する価格規制のままでは、調整力ニーズ増大下で必要な投資・維持を促せない。

このように、今回の措置は従来の制度設計思想の行き詰まりを象徴している。競争維持が前提なら、電源種別に約定を分けるなど、ベストミックスの発想に立ち返った市場設計も、改めて検討するべきではないか。(S)

【ワールドワイド/資源】露産LNG禁輸は欧州にも痛手 制裁の抜け道設ける可能性も

欧州は長年、ロシア産天然ガスをパイプラインとLNGによって輸入してきた。パイプラインはポーランド経由、ウクライナ経由、トルコ経由、そしてドイツにつながるノルドストリームの四つ、LNGはメインが北極海のヤマルLNGで、その他小規模ながらバルト海に二つのLNG基地を持つ。

経済制裁の効果は高いが……

しかしロシアのウクライナ侵攻以降、この構図は急速に崩れた。ポーランド経由の輸入は2022年に事実上停止、ノルドストリームも同年に停止となり、LNG価格が高騰したことは記憶に新しい。ウクライナ経由も24年末に既存契約が終了し、新規契約の目途が立たない状況である。バルト海のLNGは昨年1月に米国が制裁対象とし、欧州への輸出ができなくなった。

現在残るルートはトルコ経由パイプラインとヤマルLNGとなるが、欧州委員会は対ロシア制裁の一環として、ヤマルLNGからの輸入を今年末までに終了、トルコ経由パイプラインも来年9月までに段階的廃止の方針を打ち出している。

ウクライナ経由の輸入停止では、約150億㎥の減少分を米国産LNGの輸入増加や地下ガス貯蔵の取り崩しで吸収した。では年間約200億㎥(LNGタンカー200隻以上)規模のヤマルLNGの輸入停止はどうなるか。当初、欧州は北米や中東での増産による代替調達を期待していたはずだ。しかし3月の中東情勢緊迫化以降、価格は高止まり、また地下ガス貯蔵レベルは低いままで、価格上昇への耐性は以前ほど強くない。ヤマルLNGの代替調達は相当な痛みを伴う状況となっている。

ヤマルLNGは北極海という特殊な立地で、冬季は砕氷LNG船による欧州向け輸出が前提となる。欧州市場を失うとLNGは行き場を失いロシアへの制裁効果は高い。しかし、欧州の痛手が膨らみ産業界の反発が強まると、制裁の体面を維持しつつも、一定条件下での輸入容認や例外措置といった抜け道を設ける可能性は考えられる。ロシア産LNG禁輸が最終的にどう落ち着くのか、エネルギー安保の重要テーマとして注目したい。

篠澤康彦/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【今そこにある危機】世界のTSOが危機感を共有 大量導入が突きつける7大リスク

小笠原 潤一/日本エネルギー経済研究所研究理事

再エネの急拡大は、電力網の運用を一段と複雑化させている。

世界のTSOは分散電源が生む七つの課題と対処の方向性を示した。

再エネ時代の系統

再生可能エネルギーの導入量の多い送電系統運用者(TSO)で構成されるISON(the International System Operator Network)という枠組みがあり、再エネ導入比率の高い系統で、信頼性が高く安全な系統運用を可能とする実用的・現実的なソリューションの開発に取り組んでいる。豪州や米カリフォルニア州、英国など六つのTSOが参加している。

ISONは昨年12月に、需要家が自ら設置する自家用発電を含む分散型供給力が増加することに伴うリスクと、対処すべき取り組みに関する報告書(DER Integration)を公表しているので、紹介したい。


予測を拒む分散電源の暴走 需給バランスが崩壊する日

再エネ増加に伴うリスクは七つあり、一つ目は供給アデカシーと負荷変動性である。太陽光発電の導入量が多いTSOは、太陽光発電の発電量が低下する夜間の供給力確保を課題と認識している。また分散型供給力の増加に伴い、TSOが対処すべき純負荷(需要から分散型供給力を引いたもの)の予測が困難化し、従来の運用モデルに課題が生じる可能性がある。

リスクの二つ目は、供給力の不確実性である。分散型供給力が増加すると変動性の高い供給力への依存度が高まり、ピーク需要時の供給力の予測と確保が困難化する。

リスクの三つ目は、異常気象に対する脆弱性である。極端な高温や低温時に冷暖房需要の増加とともに、火力発電と再エネのパフォーマンスを低下させる可能性がある。また強風時に風力発電が過回転リスクにより停止する「強風停止」のリスクがある。

運用面での課題が顕在化している

リスクの四つ目は送電ネットワークの制約である。分散型供給力は系統インフラの建設よりも早期に設置できるため、混雑を引き起こす可能性がある。またインバータ型発電の動的電圧調整機能との調整も課題となっている。

リスクの五つ目は、動的安定性と故障時運転継続性である。分散した多数のインバータ型供給力は、モデル化とシミュレーションが難しく動的安定性に課題がある。また一時的な電圧変動などに一部の分散型供給力が対応できず、変動を悪化させる可能性がある。

リスクの六つ目は、共通モード障害と供給力性能である。数十万台の同じ構成の設備が存在すると、ネットワーク障害時に同時に脱落するリスクがある。不規則な制御ソフトの遠隔でのアップデートなどにより、重要な事故時に予測通りに動作しないリスクが高まっている。

リスクの七つ目は、緊急時運用である。低周波数負荷遮断リレーにより負荷遮断を行った場合、分散型供給力も遮断され、周波数の低下を悪化させる可能性がある。

【業界スクランブル/電力】補助金漬けを招いた国民の希薄な戦争への認識

【業界スクランブル/電力】

ホルムズ海峡封鎖が現実のものとなった中でも、日本国内では平穏な生活が維持されているように見える。豊富な石油備蓄に加え、政府ほか関係者の尽力によるものであり、感謝に堪えない。

マスコミ報道では、今回の戦争をめぐり反米、反トランプ、反イスラエルに偏った論調が目立つ。その影響か、イランが出光丸の海峡通過をアナウンスしたところ、イラン大使館にお礼のメッセージを送った日本人が少なからずいたようだ。革命以降のイランは世界中にテロを拡散させ、自国民をも弾圧している宗教狂信国家であるのに、マスコミやそうした人々は何を考えているのだろうか。

そして、いま米国が取り組んでいるのはテロリストによる核兵器保有の阻止である。米・イスラエルによる先制攻撃は国際法違反の疑いがあるにしろ、宗教狂信国家による核開発を食い止めるのに国際法が無力であったことも現実だ。しかも、その成否は世界全体に対して致命的な影響をもたらす。そう考えると、戦争の影響による物価高はじっと我慢すべきものに思える。

しかし、国民のそうした認識が薄いため、政府はガソリン代、電気代、ガス代への補助金をいつまでも止められない。本誌の5月号を読むに、問題だらけの補助金政策に対する関係者からの批判が相次いでいるにもかかわらずだ。

少し前、安倍元首相の銃撃事件をきっかけに、マスコミが奈良県警のリーク情報のみで始めた旧統一教会叩きは、ついには同法人の解散命令までに至った。テロリストの願望を結果的に実現させてしまったわけだ。ひょっとしたら、日本のマスコミはテロリストに寛大なのだろうか。(T)

【ウェブ拡大版:インフラ百年の計Vol.3】最後の砦・LPガスとSSの行方 調達分散と販売集約に課題山積

巽 直樹  /アクセンチュア 素材・エネルギー本部マネジング・ディレクター

本稿は2026年6月号掲載の同名記事の詳細解説版である。LPガスの戦略的価値の本質は、下流の戸別分散と、上流の調達先がホルムズ海峡外にある点にある。原油の中東依存が9割超のままであるSS(石油)とはリスクの所在が異なり、両者は補完関係にある。ただしLPガスの上流は「分散」ではなく、米国一極集中という新たな依存構造に置き換わった。本ウェブ版では、上流構造の正確な数字、過疎地の地殻変動、グリーンLPガスの絵姿と現実の乖離、範囲の経済性の意図的再構築までを掘り下げる。

もうひとつの熱インフラ、戸別分散と脱ホルムズ

第2回で取り上げた都市ガスは、189の事業者が国土の約6%の供給区域でネットワーク事業を営む産業だった。これに対しLPガス販売事業者は全国に約1万7000者、供給世帯は全世帯の約4割に及び、面的な広がりでは都市ガスの2倍以上をカバーする。さらに、ガソリン・軽油・灯油などを扱うサービスステーション(SS)は全国に2万7000カ所超を数え、自動車の燃料補給だけでなく、寒冷地の灯油宅配、農機・漁船への燃料供給、災害時の中核拠点という多面的な役割を担う。25年2月閣議決定の第7次エネルギー基本計画は、LPガスを「災害時における最後の砦」、SSを「国民生活と経済活動を支える最後の砦」と明確に位置付けた。集中型ネットワークの議論に偏りがちな政策論議の中で、見落とされてきた事実である。

LPガスの産業構造は、第2回で取り上げた都市ガスのロングテールよりさらに急峻である。サプライチェーンの末端には、家族経営に近い零細事業者が無数に並ぶ。事業の脆弱性の源泉であると同時に、軒下まで届けるラストワンマイルを担保する人海戦術の基盤でもある。両者はともに「最後の砦」と呼ばれるが、その中身は切り分けて評価する必要がある。

下流の戸別分散:軒下在庫が実質的な備蓄機能を担う

LPガスは各家庭・施設の敷地内のボンベに、平均すれば数週間から1カ月分のエネルギーが常時備蓄されている。ガス消費の構造そのものが備蓄機能を内包しており、災害時にこの「軒下在庫」が、地中の導管や送配電網の損傷で停止する都市ガスや電力とは異なる位相のレジリエンスを発揮する。

注目すべきは、軒下在庫が単なる比喩ではなく、LPガスの分散型供給を支える実質的な備蓄機能を担っている点だ。日本LPガス協会の整理では、国家備蓄50日分、民間備蓄40日分に加え、各戸の軒先在庫約30日分を合わせて約4カ月分の供給余力があるとされる。原油・石油製品が国家・民間備蓄を中心に語られるのに対し、LPガスでは消費者に近い場所に分散配置された在庫もレジリエンスの一部として評価されている。集中型エネルギーには存在しない、分散型の特徴である。

24年1月の「令和6年能登半島地震」では、奥能登4市町のLPガス充填所3カ所のうち2カ所が機能停止に陥り七尾基地などにも被害が生じたが、新潟・富山などの隣接基地からの応援配送と軒下在庫の組み合わせで需給バランスの崩壊は免れ、各戸単位の安全点検を経て早期に正常化した。集中型インフラの復旧プロセスとは迅速性が異なる。東日本大震災時、地下導管の全面調査・気密試験を要する都市ガスは復旧に50日以上、電力でも7~10日を要した。

上流の脱ホルムズ:中東依存はわずか4%まで低下

LPガスの上流調達における中東依存度は、シェール革命前は8割超に達していた。米国産LPGの輸入急増により、現在は4%程度まで低下している。原油の中東依存度が依然として9割超にあるのと比較して極めて対照的な構造であり、日本LPガス協会自身も「地政学的リスクの影響を受けにくい航路を確保」と位置付けている。ホルムズ海峡を通過する中東依存からの構造的離脱が、業界全体の戦略的訴求点となっている。

LNGも米国・豪州・東南アジアを軸に分散調達が進んだが、上流の脱中東という点ではLPガスがLNGに並ぶ。これに対し、原油およびそこから精製される石油製品は依然としてホルムズ海峡を通過する中東依存への構造的脆弱性を抱える。冒頭で並べたSS網は下流の面的展開ではLPガスと並ぶが、後背の調達構造は対照的だ。下流の分散度合いだけ見て両者の安定供給度を評価するのは難しい。

「令和のオイルショック」とも称される26年初頭のホルムズ危機の文脈でいえば、原油の調達が滞れば寒冷地の灯油・軽油・ガソリンの供給は直接の打撃を受けることに対し、LPガスは北米・豪州ルートで相対的に独立性を保つ。一方、製油所が国内に温存されている間は、石油製品の備蓄と国内精製能力で短期供給は維持できるため、両者は時間軸が異なるリスクの補完関係にある。S+3Eの枠組みでいえば、LPガスは下流の戸別分散による安定供給と、上流の脱ホルムズによるエネルギー安全保障の双方に貢献し得る独自の位置にある。

米国一極集中とWTI連動:脱ホルムズの代償

ただし、上流の脱ホルムズを「LPガスは安全だ」という単純なロジックに着地させることもできるわけではない。現実には、上流調達が「中東から米国への依存先スイッチ」に置き換わり、調達分散ではないからだ。数字を正確に見ると、2025年通年で、日本のLPガス輸入は米国825万t(83.1%)、カナダ84万t(8.5%)、豪州54万t(5.4%)、米加豪計で約97を%占め、中東は数%にとどまる。さらに、25年6月以降の月次ベースでは米国構成比が9割を超え、カナダからの輸入はゼロに落ち込んだ。背景には、トランプ関税を契機とする中国の米国産LPG買い控え、米国産単価の下落、それに応じた日本のカナダ産から米国産へのスイッチという連鎖がある。脱ホルムズは進んだが、その裏側では米国一極集中が進んでいる。

これ自体は新たな地政学リスクともいえる。米国の通商政策、エネルギー輸出政策、政権交代に伴う方針変更は、いずれも日本のLPガス供給に直接影響を及ぼす。アストモスエネルギーの佐藤利宣社長は「アメリカ調達のリスクはトランプ政権の相互関税政策にも見られるように政治的なリスクには注意する必要があります」と明言しており、業界トップ自身がこのリスクを警戒している(本誌5月号)。

価格面でも独立性は確保されていない。米国産が主流となった現在、LPガス価格はWTI原油の値動きとの相関が強まっている。佐藤社長は「3月中旬時点では、アメリカの引き合いが連動しており、50ドルだったWTIが100ドルになれば、当然それに類する値動きが生まれる」と指摘する。地理的にホルムズから離脱したことと、価格的に独立したこととは別である。原油価格の急騰局面では、LPガスも連れ高となる。

LNGも米国産の輸入拡大により、同型のリスクを抱える。従来の油価連動やJKMなどの国際スポット指標に加え、ヘンリーハブ連動という米国由来の価格・政策リスクが、日本のLNG調達に入り込みやすくなるからだ。「中東依存からの離脱」がしばしば「米国依存への置き換え」を意味するのは、LPガス・LNGに共通する構図だ。S+3Eのエネルギー安全保障は、特定の調達ルートに過度に依存せず、複数のルートとプレーヤーを保持し続けることでしか担保され得ない。LPガスの上流構造は、脱ホルムズという面で正当に評価しつつ、米国一極集中という新たなリスクへの備えを同時に求められる段階にある。

【経済評論】火力発電所と一体型DC 脱炭素との両立で悩む自治体

【脱炭素時代の経済評論 Vol.27】関口博之 /経済ジャーナリスト

先月のコラムに続き、生成AIの旺盛な需要に伴うデータセンター(DC)の新たな立地の可能性について考えたい。前回は洋上風力という再生可能エネルギーを使い、洋上に浮かべるDCという構想を紹介した。今回は「発電所一体型DC」だ。日本最大の発電会社JERAがこのプランを進めている。

JERAの横浜火力発電所

昨年10月、JERAは横浜市臨海部にある火力発電所の構内にDCを誘致する意向を表明し、港湾を管理する横浜市とも覚書を結んだ。DC事業者の募集を始め、最終ユーザーのテック大手とも協議に入っているという。JERAはこの臨海部に横浜火力(最大出力301万kW)南横浜火力(115万kW)の二つの発電所を持っている。発電所には周辺との緩衝地帯が設けられているが、敷地に余裕があるのは横浜火力の方だ。DCを誘致できれば電力を多く売れるだけでなく、遊休地活用にもなる。

DC側にもメリットは大きい。発電所構内に併設となれば送電線の新設も数百mで済むだろう。系統増強のために何年も待たされる心配もない。

DCの規模についてはJERAも明らかにはしていないが、昨今の他のDC計画をみれば100~200MWでは収まらず、わが国最大級の巨大なものになるのではと推測する。DCができて生成AIの利用環境が充実すれば、関連企業の進出、投資で大きな経済効果も見込める。究極の「ワットビット連携」と言えるかもしれない。

ただし視点を変えると景色はかなり違ってくる。横浜市は国が進めるカーボンニュートラルポート施策に基づき「横浜港港湾脱炭素化推進計画」を昨年3月に策定している。電力を爆食するDC進出は、脱炭素化の観点からは必ずしももろ手を挙げて歓迎というわけにはいかない。横浜市の場合、CO2排出量(スコープ2)1600万tの40%弱は工業地帯である臨海部から出ている。これを水素および水素誘導体へのエネルギー転換などで排出削減し、2050年度に排出量の実質ゼロを目指すのが「計画」の骨子だ。ところが新規立地するDCの間接排出量を推定すると、例えばみなとみらい地区全体の排出量の数倍にもなるという。カーボンニュートラルポートの計画自体が破綻するほどのスケールだという。

確かに、JERAと横浜市が結んだ覚書にも不思議な記述が多い。「臨港地区への配慮」「地域社会との共生」「DCで消費する電力の低炭素化・脱炭素化」を協力して検討するとされている。

いわば自治体側からの注文だ。これを反映したものと私が推察している動きもある。船舶修繕の横浜工作所という地場企業が、洋上風力発電で浮体を固定するアンカーの製造・供給に乗り出している。洋上風力が本格化すれば量産となるが、問題は巨大アンカーの保管場所。そこで、荷揚げ岸壁もあるJERA発電所の一部を市の仲介で借りることになった。もちろん風力発電への協力でDCのCO2排出増を相殺できるわけではない。ただこれも一つの「折り合い」だろう。経済活性化と脱炭素の両立に企業も自治体も最適解を探る。関係者は、これは「緊張感のある覚書」なのだという。