【論説室の窓】黒川茂樹/読売新聞論説委員
世界的に「脱炭素」のうねりが強まる中、再生可能エネルギーの大幅な拡大は喫緊のテーマである。
だが、楽観論ばかりが先行している現状のままでは先行きは危うい。
今年に入って気候変動問題を巡る世界の動きはめまぐるしい。
「欧州は気候変動対策でリーダーシップを取る」(欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長)、「世界的な対応を米国が主導しなければならない」(米国のジョー・バイデン大統領)―。欧米の指導者は、環境対策で優位に立ち、国力を強めていく戦略を明確にしている。
6月11日から英南西端の保養地コーンウォールで開かれるG7(主要7カ国)首脳会議で、主要議題になるのは気候変動だ。
いまや、G7の全ての国・地域が「2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」との目標を掲げている。11月の英グラスゴーでの気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に向け、英ジョンソン首相の意気込みは相当のものだろう。
排出削減を巡る国際的なルール作りをリードしたいというG7各国の思惑がぶつかり、攻防は激しさを増していく構図だ。
菅義偉首相は3月31日、首相官邸で初めて開いた「気候変動対策推進のための有識者会議」で、「国際社会の議論をリードするため、政府一体となって検討を深める」と語ったが、政府の出遅れ感は否めない。
日本が掲げている30年の温室効果ガス削減目標は「13年度比26%」にとどまる。英国は「1990年比68%以上」、EUは「90年比55%以上」と野心的な数字を掲げており、日本も目標を引き上げるほかないだろう。
政府は昨年末、温暖化への対応を経済成長につなげる「グリーン成長戦略」を策定し、政策を総動員する構えだ。
戦後の日本は、1985年のドル高是正のプラザ合意、その後の日米半導体・自動車交渉といった荒波にさらされたが、気候変動を巡る攻防もそれに匹敵するような「通商交渉」になる覚悟が求められよう。
期待が先行したままに 課題解決策は進まず
「民間はその気になっているので、政府もしっかりと受け止めていただきたい」。経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)は今年2月の政府の経済財政諮問会議で力を込めた。
温室効果ガスを減らすには、再生可能エネルギーの大量導入がどうしても必要だ。経済界では、再生エネ拡大を求める声がかつてないほど強まっている。再エネを調達できなければビジネスに悪影響を及ぼすからだ。
米アップルは、iPhone(アイフォーン)などの部品を生産する取引先に対し、電力の100%を再エネで賄うよう協力を求めている。こうしたグローバル企業は今後増加するとみられ、日本の中小企業は対応できないとサプライチェーン(供給網)から外されてしまうかもしれない。
東日本大震災から10年に当たる3月11日、日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)が強い危機感を示したのは印象的だった。「再エネの普及が進まなければ日本で生産した車が(海外で)使ってもらえなくなる」と述べ、「エネルギーのグリーン化」を訴えた。
材料加工から部品製造・製品化・廃棄までの一連のサイクルでCO2の排出量を評価する動きが今後、世界的に広がると、再生エネの調達コストが極めて重要になる―という主張だ。
自工会によると、自動車の主要な生産国・地域である欧州や米国、中国は太陽光や風力などの再エネのコストダウンが進み、火力発電より安上がりになっている。
これに対し、日本は、CO2を排出する火力発電の比率が75%と高い上、いまだに火力よりも再エネのコストが高い「唯一の国」なのだという。
国内で550万人が働いている自動車産業は、輸出の減少で「70万~100万人の雇用に影響が出る」との試算も示した。政府は、脱炭素の潮流が産業界を覆いつつあるというメッセージを深刻に捉えるべきだ。
科学的な分析を欠く現状 論点の「見える化」が必要
経団連の中西会長は「エネルギーの問題は今まで専門家だけでやり過ぎた。難しい問題が多くあるので、徹底して『見える化』しなければならない」と指摘している。
気掛かりなのは、再エネなどを巡る科学的なデータ分析がどこまで、政府や産業界で共有されているか、という点だ。
小泉進次郎環境相は、「再エネのポテンシャル(潜在能力)は現在の電力供給量の最大2倍ある」と力説している。洋上風力や太陽光などを最大限導入すれば年に約2・6兆kW時を生み出せるという。19年度は、水力を含めて1850億kW時ほどで、その約14倍に相当する量だ。
再エネの固定価格買い取り制度(FIT)が始まったのは12年7月。太陽光発電が大きく伸び、国内の再エネ比率は、11年度の10・4%から19年度に18%に高まった。8年ほどの年月と巨額の費用をかけた結果でもある。
太陽光発電に偏重し風力や地熱は伸びていない
電気料金に上乗せする賦課金は年2・4兆円に達し、産業用では15%、家庭用は11%高くなっている。政府は買い取り価格を徐々に引き下げてきたが、今後も電気料金の上昇は続く。発電コストの低下は進まず、国の制度見直しもあって、投資する動きは足踏み状態になっている。
パネル設置が容易な太陽光に偏重した結果、より安定的に発電できるはずの風力や地熱などは伸びていない。政府は、再エネの切り札として洋上風力発電を30年までに1000万kWにする目標を掲げたが、これは現状の500倍近い規模だ。欧州は、遠浅の海が広がり、強い偏西風で安定的に発電できるが、日本近海で採算が取れるかどうかは未知数だ。
気候変動対策で投資を呼び込めれば経済が活性化できる。逆に打つ手を間違えれば、自国の産業が打撃を受け、国民の暮らしに大きな負担が生じる事態になりかねない。甘い見通しと生煮えの戦略では通用しないことを肝に銘じるべきだろう。