【巻頭インタビュー】増井秀企/日本原子力産業協会 理事長
再稼働や新設が進まない中で、原子力産業界が抱える課題は何か。
6月に就任した日本原子力産業協会の増井秀企理事長に聞いた。

─次期エネルギー基本計画策定に向けた議論の真っただ中です。昨今のエネルギー情勢をどう見ていますか。
増井 現行の計画が策定された2021年以降、世界の地政学的情勢は激変し、エネルギー安全保障における原子力発電への期待は大きく高まりました。例えば、イギリスは50年までに原子力発電で最大2400万kWの設備容量を目指す方針を打ち出し、フランスも6基の新設を決定、8基の追加建設を予定しています。記憶に新しいのは昨年、気候変動の国際会議であるCOP28で日本を含む25カ国が、50年までに世界の原子力発電設備容量を3倍に増やす宣言文を支持しました。
注目すべきは、これまで原子力を活用してこなかった国々の動向です。トルコ、エジプト、バングラデシュでは初めての建設が行われており、エストニアやポーランド、ウズベキスタンでは導入計画が進められています。フィリピン、ケニア、ガーナなどでも導入の動きが出ています。電力需要が伸びる中で脱炭素化の実現やエネルギー安全保障の強化を図るため、3E(安定供給・経済効率性・環境適合)の価値が見直されたのだと思います。
─次期エネ基策定にあたって日本原子力産業協会として求めることは。
増井 原子力の最大限活用の方針を踏まえた明確なメッセージを届けてもらうことが一番です。特に新設については、その基数と時期の具体的な記載を求めます。原子力産業が持続可能な形で成長するためには、新設が必須です。2年前の集計では、過去10年間で20社が原子力関連事業から撤退しました。原子力産業は、約8万人の従事者を有し、年間約2兆円(22年度同協会調べ)を売り上げる産業です。また既設の原子力発電所の国産化率では、9割以上となっています。新設を円滑に実施するために、サプライチェーンの維持・強化に関わる課題の対応が非常に重要だとお分かりいただけるでしょう。
原子力発電所の新設はプラントメーカーやゼネコン、発電事業者などが緊密に連携して行われます。こうした関係者によるすり合わせ作業は後世にマニュアル化して伝えにくく、建設時しか経験・習熟する機会がありません。発電所建設の感覚を取り戻すためにも、今、新設が不可欠なのです。
─新設に向けて具体的に国が行うべきことは。
増井 主に二つの取り組みが必要です。一つ目は資金調達・回収です。原子力発電所の建設では、稼働して大きな資金と収入が得られるまでに長い建設期間が必要です。従って、資金調達面では政府の債務保証が重要です。アメリカのボーグル原子力発電所の建設では、連邦政府が14年に約83億ドル、19年には約37億ドルの債務保証を供与しました。貸し手の金融機関にとって、政府による債務保証は安心材料になります。また、多額の資金を必要とする既設の原子力発電所の安全対策工事にも、同様の事業環境整備が必要だと考えています。
自由化された電力システムでは、投資の回収も重要な側面です。日本においても、イギリスの規制資産ベース(RAB)モデルなどを参考に建設費や運転保守費などの回収を確実にすることが必要です。RABモデルでは、建設費の超過分の一部を後の収入で回収することが認められているほか、売電収入のない建設時から投資に対するリターンを得ることもできます。これにより、建設中から金利の返済や配当が可能となり、資金調達コストが抑えられるため、電気料金の低減にも寄与します。運転費用についても定期的に算定され、適切に資金が回収される設計になっています。
二つ目は革新軽水炉の規制基準についてです。これまでの実績では、原子力発電所の建設期間は、電気事業法上の届出から運転開始まで約20年。革新軽水炉の初号機ではさらに時間がかかることが懸念されます。規制基準の整備には規制当局とプラントメーカー、発電事業者による多くの対話が不可欠ですので、政府には整備とそのスケジュールも計画に反映していただきたいと思います。
─このほか原子力産業が抱える課題をどう見ていますか。
増井 原子力産業は、①再稼働の加速、②新設、③原子燃料サイクルの完結─という三つを実現しなければなりません。頻繁に取り上げられる人材の確保や技術の継承といった課題は、三つの課題の共通要因です。
再稼働を加速させるためには、政府が前面に立って国民に必要性を説明し、旗を振ってもらう必要があります。この点、原子力発電の最大限活用を示した岸田文雄政権の姿勢はとても高く評価しています。
原子燃料サイクルの実現は、資源の有効利用、高レベル放射性廃棄物の減容・有害度低減の観点から、日本において非常に重要です。中でも、青森県六ヶ所村にある再処理工場の竣工が最大の鍵となります。
また高レベル放射性廃棄物では、北海道寿都町、神恵内村に続き、6月に佐賀県玄海町が文献調査を開始しました。地層処分への理解が高まるよう当協会も力を尽くしたいと思います。
─6月に就任されたばかりです。最後に抱負をお願いします。
増井 当協会は約400社・団体の会員で構成されている組織です。原子力の最大限活用のため、国民理解の促進、原子力人材の確保・育成、国際協力を柱に事業を展開しています。今後も、当協会の活動にご理解とご協力をお願いします。