【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト
エネルギー、防衛、外交などが複雑に絡み合う原子力・核問題を巡る国際政治情勢。
海外取材の第一線で活躍してきたジャーナリストが、さまざまな角度から解説する。
原油は世界4位、天然ガスは世界2位の埋蔵量を誇る資源大国イラン。核開発にも力を入れ、核兵器取得も目前に迫る。問題解決を図ろうとトランプ米政権は、イランに取引を迫っているが、その一方で軍事攻撃もほのめかしている。最悪の事態に至れば、原油の9割を中東に頼る日本にとっても一大事となる。イランを巡る情勢は、今後どのような道筋をたどるのか。
「近く、何かが起きるだろう。非常に近くだ」。米国のトランプ大統領は3月7日、ホワイトハウスで記者団にこう語った。その前日にイランの最高指導者ハメネイ師に書簡を送り、直接交渉を呼びかけたばかりだ。交渉の目的はイランの核武装を防ぐこと。トランプ氏は大統領1期目に、北朝鮮の金正恩氏との会談を実現させた経緯もあり、ハメネイ師を得意の取引の場に持ち込みたいとの思いが強い。
ただトランプ氏は「軍事介入すればひどいことになる」と述べ、硬軟両様の構えで臨む姿勢だ。イランの核兵器取得はまさに秒読み段階にある。「核の番人」と呼ばれる国際原子力機関(IAEA)の最新報告書によると、2月8日時点で、イランが保有する60%濃縮ウランは274・8㎏に達した。核爆弾にするには90%にまで濃縮度を上げる必要があるが、すでに核兵器6発分に相当する量の高濃縮ウランを保有する。
テヘランにある旧米国大使館
中東一の親米国イラン 栄華崩壊のきっかけは?
米国以上にイランの核を「安全保障上の脅威」と捉えているのはイスラエルだ。米紙ワシントンポストは2月、米情報機関が、イスラエルが今年上半期中にイランの核施設を空爆する可能性がある、と分析していると伝えた。昨年の空爆で損傷を与えたイランの防空網が再構築される前に、本格攻撃に踏み切りたいとの思いがあるようだ。
「騒乱の海に浮かぶ安定の島だ」。カーター米大統領は1977年の大みそか、イランの首都テヘランでの晩餐会で、イランをこう礼賛した。当時のイランは中東一の親米国だった。旧ソ連と長い国境を接するイランは、冷戦を戦う米国にとって地政学的に極めて重要な場所にあった。米国はイランのパーレビ国王を手厚く支援、最新鋭のF14戦闘機を供与するなど特別扱いを続けた。
だが、79年2月に起きたイラン・イスラム革命と、それに続くテヘラン米大使館占拠事件で米・イラン関係は暗転する。イランは米国やイスラエルとの国交を断絶し、「アメリカに死を!イスラエルに死を!」と叫び始めた。イランは勢力圏拡大を図るため、周辺イスラム諸国に「革命の輸出」を始めた。反体制派に資金や武器を提供し代理軍を形成していく。その代表格は、レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」や、パレスチナ自治区ガザ地区を本拠とするイスラム組織「ハマス」。さらに、シリアのアサド政権とも強固な同盟関係を築く。
イスラエルから見れば、北はヒズボラとシリア、南はハマスと、イランの息のかかった武装勢力に挟まれる形となる。さらに米国が2003年にイラクのフセイン政権を倒し親イラン政権が樹立されたことで、状況は悪化。イランはイラクからシリア、レバノンに至る広大な地域への影響力を強めた。地理的な形状から、この地域は「シーア派の三日月地帯」と呼ばれた。
だが、イランが誇った栄華は23年10月7日、皮肉なことに手厚く支援してきたハマスのイスラエル奇襲をきかっけに崩れることになる。イスラエルはハマスの壊滅を目指して報復攻撃に出た。ガザで戦争が始まると、ヒズボラは連日、ロケット弾を撃ち込むなど、イランが育成してきた各国の代理軍はイスラエルへのいやがらせを始めた。
イスラエルはヒズボラと戦端を開けば、南部でのハマスとの戦線に加え、北部でヒズボラとの二正面作戦となる。戦力が分散され不利になると考えた。当初こそ慎重な対応に終始していたが、ガザでの戦闘にメドが立ち始めると余裕が生まれる。
ガザでの戦争開始から約半年後の24年4月1日、イスラエルはシリアの首都ダマスカスのイラン大使館を空爆、代理軍を陰から操るイランに反撃を始めた。2週間後、イランは初のイスラエル攻撃に踏み切る。だが防空網に阻止され、損害は軽微にとどまった。イスラエルはその5日後、イランを空爆する。
イランとイスラエルの衝突 狙うは核施設の空爆か
直接対決の「第二幕」は、7月31日に開いた。イランのペゼシュキアン新大統領の就任式に出席するため、首都テヘランを訪問中のハマスの政治局トップであるハニヤ氏が、イラン側が用意した宿舎で殺された。イスラエルによる暗殺とみられる。
9月には、レバノンでイスラエルがポケットベルに仕掛けていた爆発物が一斉に爆発、多くのヒズボラ戦闘員が死傷する。イスラエルはヒズボラの指導者ヌスララ師を空爆で殺害、10月にはレバノンに地上侵攻する。
劣勢に立たされたイランは10月、イスラエルと2度目の戦火を交える。弾道ミサイルなど180発で攻撃したが、損害はまたも軽微。イスラエルは、イランの防空網やミサイル製造施設を徹底的に破壊した。そして12月、シリアのアサド政権倒壊という誰もが予想していなかった事態が起きる。反体制派「ハヤト・タハリール・シャム」を中心とするグループが、半世紀以上もシリアを支配していたアサド独裁政権を倒した。
ハマス、ヒズボラという長年のライバルを叩きつぶした上、「棚からぼた餅」的なアサド政権の崩壊で、最も得をしたのはイスラエルだ。この機に乗じてイラン核施設を本格的に空爆し、安全保障環境を盤石にしたいとの思いが募る。ロシアが米国とイランの仲介役に名乗りを上げるなど、緊張緩和を模索する動きも相次ぐ中、ハメネイ師は3月8日の演説で、トランプ氏の書簡には直接触れず、米国との交渉には応じないとの従来方針を強調した。 トランプ米政権誕生でイラン・イスラム体制は大団円を迎えるのか。それとも……。