報告書の内容を正しく知るには 日経よりまずAIで


【おやおやマスコミ】井川陽次郎/工房YOIKA代表

好みもあるだろうが、国際エネルギー機関(IEA)の報告書を紹介する文はどちらがいいか。

まず日経6月2日「再エネ電源、世界で5割規模へ、発電能力が化石燃料に匹敵、送電・安定供給に課題」は、「世界で太陽光など再生可能エネルギーの導入が急拡大している。IEAは1日、2024年の再生エネ発電能力が約45億kWになる見通しを公表した。50年の二酸化炭素(CO2)実質排出ゼロに向けて各国が導入を加速したほか、ロシアのウクライナ侵攻で化石燃料の輸入依存への危機感が強まったのが要因」と書く。

流行りの「生成AI(人工知能)」の一つ、マイクロソフト版「bing」による要約は、「IEAは報告『再生可能エネルギー市場更新版』を発表した。その要旨によると23年の世界の再エネ容量は、上乗せ幅が過去最大の1.07億kWに達し、4.4億kW増える見通しだ。政策支援の拡充やエネルギー安全保障への懸念、価格競争力の改善が拡大を後押しした。課題として、金利上昇や投資コスト高騰、機器供給網の維持を挙げた」だ。

人間はバイアスをかける。AIは淡々とまとめる。差が分かる。例えば日経は、「2024年の再生エネ発電能力が約45億kW」について「原子力や火力発電所のように24時間発電できるわけではないが、原発4500基分」と解説する。再エネと原子力は能力や発電量、使いどころが全く違う。バイアスに何の意味があろう。

実は太陽光・風力発電は「出力が変動する再エネ」(Variable Renewable Energy、VRE)の名が与えられ特別扱いされている。

variable(移り気)の字義通り気まぐれで、太陽光発電は曇りの日は発電量が落ちる。夜は眠り、晴天の昼はフルに発電する。風力発電も本質は風まかせだ。だからVREが働いていない時は、火力発電など他の電源や蓄電池でバックアップし、ガンガン発電する時は、都市部など大消費地に電気を送り届ける。そのために発電所をいつでも運転できるよう待機させ、送電網も強化する、といった対策が求められてきた。

エコ(依怙)贔屓である。それでも、導入量が飛躍的に増えている理由は、variable(変幻自在)でもあるからだ。多彩な規模の発電設備を比較的速やかに造れる。運転時に燃料が要らず、温暖化ガスは出さない。

エコ贔屓はどこまで可能か。コストをかけず、悪影響を最小限に抑えるにはどうしたらいいか。メディアに必要な視点だろう。

朝日5日「関西で初の出力制御」は、「関西電力送配電は4日、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの受け入れを一時的に止める『出力制御』を、午前9時~午後1時半に実施した。これまで、発電量に比べて使用量の比較的少ない地域に限られていたが、太陽光発電の拡大を受け、関西でも初めて行われた」「電気の使用量と発電量のバランスを保って大規模停電を防ぐ狙いがある。4日は休日で工場の稼働が少なく、電気の使用量が減るが、晴天で発電量が伸びる予想だった」と伝える。

IEA報告書には「VRE普及で出力制限が増える」傾向を示す世界のデータが載っている。日本の出力制限はこれまで1%に満たない。送電網が充実した欧州でも、ドイツやイタリアは日本の10倍以上、島国の英国、アイルランドはさらに高い。中国も同じだ。

ギリギリまでVREを送電網に受け入れてきた関係者の努力のおかげだろう。少したたえていい。

いかわ・ようじろう  デジタルハリウッド大学大学院修了。元読売新聞論説委員。

【コラム/7月14日】再生可能エネルギー電力促進のための様々な方策


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

再生可能エネルギー電力促進のための方策は、以前のコラム(5月16日)で述べた経済的なインセンティブ付与にとどまらない。空間システムの設計方法や計画策定手続きへの市民参加、さらには環境分野における専門家の育成などで、再生可能エネルギー電源拡大に向けてパブリックアクセプタンスの向上を図ることができる。本コラムでは、その現状を先回同様、主としてドイツの事例で紹介したい。

空間システムに関しては、未利用地だけでなく既利用地でも再生可能エネルギー電源設置の可能性がある。とくに太陽光発電の場合は、他の空間利用との組み合わせが可能である。例えば、太陽電池モジュールを建物の外壁に組み込むことで、発電だけでなく、断熱、防風、遮音、調光などの機能を持たせることができる。現在のところ、建物一体型太陽光発電の可能性については、様々な研究が進展している。また、大規模駐車場の通路面での太陽光パネルの設置も考えられる。さらに、既存の交通・エネルギーインフラに沿って太陽光パネルを集中的に設置する可能性についても検討されている(高速道路沿いやガスパイプライン上部への設置)。高速道路沿いの設置では、ソーラーノイズバリアとしての可能性についても研究が進展している。

また、ドイツでは、かつての褐炭や石炭の採掘場に大規模ソーラーパークやウィンドパークを建設する計画がある。これらの土地は、すでに何十年も前からエネルギー生産が行われてきた場所であり、土地の継続的な利用により、雇用が維持されるなど、地域経済にプラスの効果が期待できる。例えば、大手電力会社RWEは、2022年に、褐炭の採掘場であるインデン(Inden)で大規模ソーラーパークを稼働させており、同じく褐炭の採掘場であるガルツヴァイラー(Garzweiler)においても2023年に、蓄電池併設型ソーラーパークを稼働させる予定である。

さらに、農地に太陽光発電設備を設置するアグロフォトボルタイックは、生物多様性の保全に貢献し、土地利用をめぐるコンフリクトを軽減させることから、発電設備設置についてのアクセプタンスを促進する可能性がある。ドイツでは、再生可能エネルギー法EEG2023で、地上設置型の太陽光に関してアグロフォトボルタイックの設置規制が緩和された。上述のガルツヴァイラーでは、アグロフォトボルタイックの実証試験も行われる予定である。

空間システムの設計だけでなく、計画手続きに初期の段階から市民を関与させることで、アクセプタンスの向上を図ることができる。ドイツでは、連邦空間計画法で、空間計画の草案は、縦覧に供せられ、市民に意見を述べる機会を与えなくてはならないことを定めている。また、空間計画において、優先地域(自然や景観、風力発電の優先地域など)、留保地域、適性地域(風力発電など、ある用途に適していると宣言された地域)などを指定すること(ゾーニング)を可能にしている 。州は、連邦空間計画法に基づいて、州全体および地域(Region)の州開発計画を策定するが、地域計画で優先地域、留保地域、適性地域などの指定を行う。

連邦、州、地域レベルの空間計画は、地方自治体レベルの都市土地利用計画を通じてより具体化されるが、自治体の計画では、地域の計画よりもより具体的な再生可能エネルギー電源のゾーニングが行われる。

わが国では、都市計画や地区計画の策定プロセスにおいて住民参加に関する規定は存在しているが、再生可能エネルギー電源の明示的なゾーニングは規定されていない。このような中で、2021年5月に地球温暖化対策推進法(温対法)が改正されたことにより、地方自治体は地球温暖化対策実行計画を策定し、温室効果ガス排出量の削減に努めることが義務づけられた(2022年4月施行)。温暖化対策実行計画の中では、各自治体は、ステークホルダーとの協議を踏まえて、地域の再生可能エネルギーを活用した脱炭素化を促進する事業(地域脱炭素化促進事業)に係る促進区域や環境配慮、地域貢献に関する方針などを定めるよう努めることが規定されている。各自治体が積極的に再生可能エネルギー促進区域を指定することで、再生可能エネルギー電源の設置が促進され、地域経済が活性化することが期待される中で、2022年7月に全国ではじめて長野県箕輪町が促進区域を設定し、神奈川県小田原市、福岡市、岐阜県恵那市などがこれに続いた。現在、27市町村にてゾーニングを進めているが、その数は未だに少なく、制度の改善が求められている。

さらに、再生可能エネルギー電源拡大のために必要なパブリックアクセプタンスの向上には、エネルギー転換に関する知識基盤の拡大や専門家の教育が求められる。人々の知識基盤の拡大に関しては、エネルギー転換に関する幅広い教育が、関連するインフラ計画に対する理解を深めることになると考えられる。また、エネルギー転換にともなう新たな技術に関連する専門家の教育が必要となる。例えば、エネルギー転換を効率的に達成するためには、デジタル技術が欠かせないが、そのためには、新たな規制のあり方、データ管理、ITセキュリティなどの新しい課題に対応する力が専門家には求められている。さらに、再生可能エネルギー電源のネットワークへのフィードインの増大にともない、新たな構造をもつネットワークの安全な運用も確保されなければならない。そのためには、集中型と分散型の両方の構造やそれらの相互作用に関する知識が必要となるだろう。


【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。

大阪から創る都市ガスの未来 メタネーション技術開発が加速


【大阪ガス】

2050年カーボンニュートラル(CN)実現を目指し、都市ガス業界が力を入れるメタネーション。経済産業省のグリーン成長戦略では、e―メタンを30年に1%注入という目標を掲げている。そんな中、大阪ガスがメタネーションの商用化に向けた研究開発を行っているのが、21年に開設したカーボン・ニュートラル・リサーチ・ハブ(CNRH)だ。

最も早い商用化が期待されるのは、すでに技術が確立しているサバティエメタネーション。水を電気分解して水素をつくり、CO2と反応(サバティエ反応)させて合成メタンを生成する基本的な技術だ。商用化にはプラントの大規模化が課題となっていたが、大阪ガスは24~25年度、INPEXの長岡鉱場(新潟県)隣接地で家庭用1万戸に相当する世界最大級の実証を予定。CNRHではこの大規模実証に向けて実験が行われているが、都市ガスとe―メタンの燃焼力に差がないことが確認できた。

バイオメタネーション技術の進展も著しい。バイオメタネーションは、生ごみを処理して生まれたバイオガスから不純物を取り除き、CO2とともに発酵させる。そこに水素を吹き込んでメタンを生み出す技術だ。サバティエメタネーションが「化学の力」なら、こちらは「生物の力」。来年度には大阪市舞洲地区のごみ焼却工場で、また25年度には大阪・関西万博の会場内で実証が行われる。

超高効率メタネーション 小さなセルが未来を変える

CNRHの取り組みで最も革新的なのが、SOEC(固体酸化物形電解セル)を用いたメタネーション技術だ。SOECを利用することで、これまでの1・5倍程度のエネルギー変換効率が実現できるといい、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「グリーンイノベーション基金」にも採択された。一体、これまでの技術と何が違うのか。

SOECメタネーションで製造したメタンにともされた火

SOECメタネーションでは、メタン合成時に生まれる廃熱を、SOECを用いた電解装置で有効活用する。放熱ロスを少なくし、水電解・メタン合成というプロセスを一貫して行うことができるのだ。21年1月には、SOECの低コストとスケールアップに適した新型SOECの実用サイズセルの試作に国内で初めて成功。メタネーションが実用化した後の〝革新的メタネーション〟として日の目を見ることになるだろう。

CNRHが立地する酉島地区は、大阪ガスが長年、石炭や石油から都市ガスを製造してきた土地だ。歴史を感じるこの場所で、さまざまな共同研究パートナーと都市ガスの未来を創っていく。

コミュニケーション成立の鍵 専門家にこそリベラルアーツを


【オピニオン】岸田一隆/青山学院大学経済学部教授

青山学院大学には「青山スタンダード」と呼ばれる科目群がある。所属する学部・学科にかかわらず、全ての青学生がその科目群のどれかを受講しなければいけない全学共通のリベラルアーツ(教養)関連科目のことである。私は現在、青山スタンダード教育機構の副機構長として、カリキュラム全体の運営の責任の一部を担っている。

リベラルアーツというと、広く浅く教養を付けて教養人となったり、専門教育を学ぶ前の準備として学習したり、などといった準備段階の勉強というイメージを持つ人も多いだろう。だが、私が青山スタンダードで考えているリベラルアーツは全く違ったものである。例えば、戦いを遂行する際に、特定の武器の扱いに詳しくなるだけでは勝利することはできない。戦場となる地域の地形や気候、その土地の歴史や住民たちの考え、同盟国や敵対国との外交関係などなど、あらゆる要素を全て考えなくてはならない。こうして見ると、専門分野の知識というものは「特定の武器の扱い」にすぎず、大切なのは「あらゆることを考える」ことだと分かる。これがリベラルアーツの本質である。

一人の人間があらゆることに目を配るのは不可能に思えるかもしれない。だが、意外にも一つのものを持つだけで可能となる。それは「責任感」である。小さな赤子を育てる親にとって、子育ては自分ごとである。だから、健康・栄養・教育・環境など、あらゆることに配慮する。医学や栄養学や教育学の専門家ではなくても、自分なりに学ぼうとする。全ての分野について専門家レベルの知識を身に付けることは無理だが、それなりにバランスよく知恵を備え、総合的に判断できるようになる。リベラルアーツの本質とは責任感にあると私は考えている。

私が青山スタンダード科目を担当することになった時、迷うことなく選んだ題材はエネルギーであった。エネルギーの話題を扱おうとすると、非常に多岐にわたる分野と関連することが分かる。科学技術をはじめ、産業・経済・環境・社会システムなど、身近な問題から世界全体に関わる大きな問題まで、考えなくてはならないことは幅広い。リベラルアーツを養うには格好の題材といえるだろう。そして、共同体としての人類に対して責任感ある判断を下せるようになるのが、私の科目履修の最終目標である。

本誌の読者や執筆者の多くはエネルギーの専門家であり、日夜責任ある判断を下す立場にあるだろう。だが、時に自らのリベラルアーツの幅の広さを自問していただきたい。現実問題の多方面の知識や情報だけでなく、地球史や文明史まで遡って持続可能性を論じてほしい。進化論や脳科学などから人間を理解して、一般市民を自分と同じ共同体の成員として連帯してほしい。そして、時には自分の側が変わることも恐れないでほしい。豊かなコミュニケーションを成立させる鍵はリベラルアーツにある。専門知識はそのための準備にすぎない。

きしだ・いったか 東京大学大学院理学系研究科修了。1988年東京大学物理学科助手。93年理化学研究所研究員。2016年4月から現職。専門は科学コミュニケーション、原子核・素粒子物理学。理学博士。

環境省・脱炭素先行地域に選定 蓄電池やLPガスでグリッド構築


【地域エネルギー最前線】 鹿児島県 日置市

市として地域新電力を立ち上げ、九州電力よりも割安な料金メニューで顧客数を増やしてきた。

民間企業と連携して小規模電力網を構築。その運用ノウハウを活用しながら脱炭素先行地域に選ばれた。

4月末、環境省の「脱炭素先行地域」に選定された鹿児島県・日置市。工業団地や住宅エリア、公共施設群を対象に再エネを主体に脱炭素を目指している。

民生部門に対しては、PPA(電力販売契約)事業により、太陽光発電と蓄電池(計1300kW分程度)を導入し、さらに未利用地や耕作放棄地に6600kW程度の太陽光を設置する。小規模な水力発電も利用する。民生分野以外では、工業団地の民間施設に太陽光(約700kW)を導入し、将来的にはRE100を目指していく。

期待される効果は、①再エネ事業による収益の一部を積み立てた基金で持続可能な投資に回していくこと、②再エネ事業を通じ、地元の公立高校と連携しながら再エネ人材を育成すること、③工業団地で再エネ導入を進めることによる企業ブランドの向上―が挙げられる。いずれの取り組みにおいて中心的な役割を担うのが、社員数わずか3人の地域新電力、「ひおき地域エネルギー」である。

同社の前進となる組織、ひおき小水力発電推進協議会(会長=宮路高光・日置市長、当時)が立ち上がったのは2013年。その後、LPガス販売を担う太陽ガスや日置市などが出資して、現在のひおき地域エネルギーが誕生する。16年には電力の小売り事業に進出。発足から10年近くの歴史を持つ老舗の地域新電力だ。その間、小型の水力発電を自前で整備した。

「地域の経済を回すという意味で、エネルギーコストを地域内に循環させる仕組みを作りたかった。収益の一部を基金に積み立て、子育て世帯向けに電気の基本料金を2年間無料にするなどのサービスに充当している」。日置市総務企画部企画課ゼロカーボン推進係の井上英樹係長はこう話す。

ひおき地域エネルギーは小売り事業を本格的に始めて以降、九州電力と比べて電気料金を10%程度の割安な価格で提供することをうたい文句に、業績は黒字続きだった。また、同社と日置市は、電力供給を含めた「脱炭素に関する包括連携協定」を結んでおり、公共施設は原則、同社が電力を供給することとなっている。入札にはかけない。

先行するEV技術 どう船に取り込むか


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.16】関口博之 /経済ジャーナリスト

「船のEV化は、車でいえばまだテスラから最初のスポーツカーが出た頃のレベル」。電動推進船の企画・開発を手がけるベンチャー、e5ラボの末次康将CTO(最高技術責任者)はこんな風にたとえる。テスラがロードスターを出したのは2008年だから15年は遅れていることになる。急速に進むEV化の波は、船の世界には及んでいないのか。そもそも車のEV技術が船に転用、活用されないのはなぜか。業界関係者は舶用品には独自規格があるため、他分野からの転用のハードルになっていると指摘する。限られた市場では、国内にある舶用電機専業メーカーとしても新しいEV技術には挑戦しづらいのではと見られてきた。

こうした状況に風穴を開けようとしたのが、e5ラボが企画し、金川造船が建造したEVタグボート「大河」だ。昨年暮れに竣工、今は私の住む横浜港を中心に使われている。タグボートなので全長30mあまりの小型船だが、1500kWのモーター2基で4000馬力という“お化け”パワーを出す。リチウムイオンバッテリーに加え、ディーゼル発電機を積むシリーズハイブリッド方式だ。EVのイメージで加速性能はあっても低速・高トルクの特性はどうなのか、と素人考えで思ってしまったが、ほとんど力を使わない状態から一気に高出力を出す、負荷変動が大きい作業こそモーターの得意分野だという。確かにタグボート向きだ。

EVタグボート「大河」

このプロジェクトでは、陸上EV技術とは一線を画す業界慣行にどうやって風穴を開けたのか。「国内勢がやらないなら海外経由で技術を持ち込もうという発想だった」と末次さんは言う。陸上機器に加えEV船でも実績のあるスイスの重電大手ABBの電源装置を入れ、それを国内製品に組み込んだという。最新EVやスマート工場など、陸では次世代成長産業に桁違いの投資が行われ、技術革新が加速している。こうした技術の活用で船にも別次元の進化を起こす、これが末次さんたちの狙いだ。

電動化すれば次に視野に入るのは「船版のCASE」、自動運転化だ。接岸など仕事の範囲が限られているタグは、将来的に無人化することも可能だという。そうなれば人手不足という内航海運全体の課題解決にもつながると、末次さんは意義を強調する。さらに社会実装に向けては、単体のEV船建造からモジュール化や標準化を図り、生産コストを下げることが課題だ。5000隻を超える内航船の数%でも、EV化されれば大きな市場になる。港の給電施設の規格統一化も検討されているという。まさに車のEV化の後を追っているわけだ。

ちなみに今回はざっくり「EV船」と書いてきたが、クルマのEVがElectric Vehicle(車両)なら船はさしずめElectric Vessel(船舶)―。となると「EV船」というのは重複した表現かもしれない。海外ではEPS(Electric Powered Ship=電動推進船)とも呼ぶようだが、こちらもまだ浸透していない。さて呼び方は、これからどう定着していくのだろう。


【脱炭素時代の経済探訪 Vol.1】ロシア軍のウクライナ侵攻 呼び覚まされた「エネルギー安保」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.2】首都圏・東北で電力ひっ迫 改めて注目される連系線増強

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.3】日本半導体の「復権」なるか 天野・名大教授の挑戦

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.4】海外からの大量調達に対応 海上輸送にも「水素の時代」

【脱炭素時代の経済探訪 Vol.5】物価高対策の「本筋」 賃上げで人に投資へ

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.6】なじみのない「節ガス」 欠かせない国民へのPR

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.7】外せない原発の選択肢 新増設の「事業主体」は

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.8】豪LNG輸出規制は見送り 「脱炭素」でも関係強化を

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.9】電気・ガス料金への補助 値下げの実感は? 出口戦略は?

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.10】“循環型経済先進国” オランダに教えられること

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.11】高まる賃上げの気運 中小企業はどうするか

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.12】エネルギー危機で再考 省エネの「深掘り」

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.13】企業が得られる「ごほうび」 削減貢献量のコンセプト

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.14】EUがエンジン車容認 EV化の流れは変わらず

・【脱炭素時代の経済探訪 Vol.15】メタンの排出削減 LNG輸入国としての責務

せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

電力データ使いAIで分析 自治体向けフレイル検知サービス


【中部電力】

中部電力は4月から、電力スマートメーターで取得した電力データを活用した、国内初の自治体向けフレイル検知サービス「eフレイルナビ」の提供を行っている。フレイルとは、日本老年医学会が2014年に提唱した概念で、加齢により心身が老い衰えた状態のことを指す。早く気づいて適切に対処することで、要介護状態の予防や、健康な状態への回復が見込まれる。このため近年、健康寿命を延ばす取り組みの中で注目を集めており、高齢化が進む自治体では、限られた人員で、効率的かつ早期のフレイル発見が求められている。

フレイル検知サービス「eフレイルナビ」のイメージ

自治体側の悩みとして「フレイルは高齢者本人にも気づきにくい」「閉じこもりがちな高齢者ほどリスクが高く、周囲が把握しづらい」「気づいたときには重症化している場合が多い」などがある。「eフレイルナビ」では、スマートメーターで計測した30分ごとの電気の使用量から、AIが外出時間・頻度や起床・就寝時間、活動量を推定し、健康な人に多い生活パターンかフレイルリスクを持つ人に多い生活パターンかを分析する。検査結果は毎月自治体側に通知し、高齢者の状態把握が可能で、職員による声かけや個別的な支援に活用する。


AI分析が効果を発揮 自治体からも高評価

2020年から三重県東員町で、電力データからフレイルを検知するAIの開発を開始。22年からは長野県松本市で、フレイル検知サービスの実証を行ってきた。フレイルリスクが高いとAIが評価した高齢者のうち83%が実際にフレイルであると判明した。高齢者のフレイル比率は全国平均で約11%とも言われ、AI分析が効果を発揮した形だ。

実証した自治体からは「閉じこもりがちな一人暮らし高齢者の多くと、継続的な接点ができた」「状態に応じた声かけができ、フレイルからの回復や早期対応につながった」などの報告があり、住民の健康寿命の延伸に効果を発揮。自治体の介護予防事業における有効性を確認できたという。

中部電力は「お客さまや地域社会が求める新たな価値をお届けするため、ビジネスモデルの変革に挑戦し、エネルギーにとどまらず、社会課題の解決やお客さまのニーズに適ったサービスの提供を進める」として、今後は全国の自治体に向けてサービスの拡大を進める構え。これまでスマートメーターの活用に取り組んできた中部電力ならではの試みが、高齢者が生き生きと暮らせる社会発展のカギとなるか注目だ。

電力値上げにみる政治力の弱体化 制度問題解消の要求は当然の権利


【永田町便り】福島伸享/衆議院議員

国会会期末が解散含みで控える中、電力規制料金の値上げ申請が認可された。昨年のエネルギー高騰に対する補助金導入の際には、各党が値下げ案を示し百家争鳴状況だったが、国会では電気料金値上げがあまり議論になっていない。河野太郎消費者相のみが張り切って腕まくりをして厳密な審査をしようとしていたくらいだ。

メディアでは、今回の値上げが、物価高の中で国民生活を圧迫する要因となるとして電力会社の経営努力を求めたり、独禁法違反問題などの不祥事と絡めて論じられることが多い。しかし、そもそもの原因を探ると、電力会社の経営問題などではなく、制度上の問題によることを指摘する向きはほとんどない。

電力・ガスシステム改革法によって、2016年から電力小売りが全面自由化されたが、経過措置として家庭用などの低圧部門については規制料金が残された。これは総括原価方式によって決定され、燃料費は調整制度によって料金に反映できることとなっているが、それには上限が設定されている。今般の燃料費高騰は上限を大きく上回るものであったため、電力会社はその分を料金で回収することができず、自由料金より規制料金が安いという自由化当初には想定していない事態となった。 

結果、電力各社の22年度収支状況は惨憺たるものとなった。一方、経過措置による規制料金のない大手都市ガスは、東京ガスの2809億円の黒字など歴史的好決算。経営努力とは関係なしに、まさに制度によってエネルギー各社の業績が決まってしまう事態となったのだ。


言うべきことを言う 適切なロビイングを

こうした状況に対して、電力会社の経営陣から何らかの声や要求が表立って上げられているようには見えない。制度は法律によって定められ、その法律を作るのは立法府の国会である。電力ガスシステム改革によって誕生した制度に、当初想定していなかった制度上の矛盾が生じたり、制度の違いによるエネルギー業界の競争環境の著しい差が出ているのだとすれば、その解消や改変を要求するのは電力会社の当然の権利である。

かつて電気事業連合会は、原子力政策などを巡ってその政治力を世に轟かせている時代もあった。公益事業として、国のエネルギー政策全般については意見を言っても、業界の利益について直接要求するようなことはしないという美学があるのかもしれない。しかし日本経済の重要な位置を占める業界として、一般送配電事業を通じ公益的役割を果たす産業として、制度上の問題から起因する厳しい収益状況を放置するわけにはいかないだろう。電力事業を見る国民の目は厳しいものがあるのかもしれないが、政治の場に言うべきことははっきりと言い、その実現を促す適切なロビイングや政治力の行使ができる体制を整える必要があるのではないか。

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ふくしま・のぶゆき 1995年東京大学農学部卒、通産省(現経産省)入省。電力・ガス・原子力政策などに携わり、2009年衆院選で初当選。21年秋の衆院選で無所属当選し「有志の会」を発足、現在に至る。

電力先物取引が急拡大 ヘッジ手法に広がり


卸電力市場価格や燃料価格の変動激化を背景にリスクヘッジの必要性が高まる中、電力先物取引量がここ数年で飛躍的に伸びている。

3年前に日本で電力先物を始めたEEX(欧州エネルギー取引所)によると、現在の参加者数は56者(日系と外資半々)で、今年5月中旬までの取引高が既に昨年同期間の約4倍に到達。EEXが各国で展開する市場の中でも日本の存在感が急拡大し、「特に今年に入りステージが変わった印象。マーケットシェアは概ね9割となり、日本の先物市場のベンチマークになっている」(EEX関係者)。

さらにEEXは参加者の要望に応え、6月26日から先物の日次商品を導入。ベースロードとピークロードで、2週間先までの1日分を取引でき、選択肢が広がる。

またトレンド面では、LNGスポット調達と電力先物を組み合わせるヘッジ手法が拡大。LNGをある価格で調達した後に電力価格が下落する際、LNG調達の赤字リスクを回避するため、電力先物の活用で利益を確保できる。

拡大する日本の電力先物市場の行方に、国内外の関心が集まる。

【マーケット情報/7月7日】原油上昇、供給逼迫感が強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み上昇。供給減少の見通しが広がり、買いが優勢となった。

サウジアラビアは、日量100万バレルの自主的追加減産を、8月まで延長すると発表。ロシアも8月に、輸出を日量50万バレル削減すると公表し、供給逼迫感を強めた。また、アルジェリアも8月に、日量2万バレルの減産を計画している。さらに、リビアでは、政情不安を背景に、一部生産と輸出が停止する可能性が台頭した。

米国の週間在庫、および戦略備蓄が減少したことも、油価に上昇圧力を加えた。また、米政府は、戦略備蓄の補充計画を継続すると表明。需給が一段と引き締まった。

一方、イランは、日量380万バレルまで生産が回復したと発表。ただ、油価への影響は限定的となった。


【7月7日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=73.86ドル(前週比3.22ドル高)、ブレント先物(ICE)=78.47ドル(前週比3.57ドル高)、オマーン先物(DME)=77.89ドル(前週比2.30ドル高)、ドバイ現物(Argus)=77.20ドル(前週比1.15ドル高)

最大6種類のガスを同時検知 船舶で採用の高性能・高耐久型


【理研計器】

世界中に石油やLNGなどを輸送するタンカー。危険物を積載するため、高度な保安管理が必要となる。その作業に、ガス検知器は必需品だ。

理研計器のポータブル型マルチガス検知器は、そうした過酷な作業現場で作業員の身を守るために使われている。このほど発売した、持ち運びやすさと安定感を両立した「GX―9000シリーズ」2機種は、従来から大幅に性能を向上させている。

従来は、検知したいガスや用途により四つの機種から選択して使い分けていた。今回、センサーを一新することで、これまで4種類に分かれていたシリーズを2種類に統合した。また、検知したいガスや用途に合わせて購入時にセンサーの組み合わせを選べるようになり、従来複数台のガス検知器が必要なケースも一台で賄えるようになった。

汎用タイプの「GX―9000」は、基本の4成分といわれる酸素、一酸化炭素(CO)、低濃度の硫化水素(H2S)、可燃性ガスに加えて、追加で2種類、合計6種類のガスを同時に検知できる。

ポータブル型マルチガス検知器「GX-9000」

もう一方の「GX―9000H」は、高濃度のH2Sを測定する場合に使用する。高濃度H2Sに対応するために、専用の配管を追加している。

同シリーズに搭載するセンサーは、超小型の「Rセンサー」と、高耐久の「Fセンサー」の2種類だ。GX―9000シリーズには各センサーのスロットがあり、これらを組み合わせると、測定できるガスの組み合わせは1000通りを超える。新型の両センサーは、性能だけではなく耐久性も向上。以前は1年だった保証期間も、最大3年に延長している。

同製品は極めてタフな構造だ。船の上は、潮風や波の揺れなど、不安定な状態で使用する場面も多く、防爆、防塵、防滴構造に加え、1・5m落下耐久を実現した。寒冷地から熱帯地域など環境の変化も大きいため、マイナス40~60℃と温度設計も幅広い。

営業技術課の杉山浩昭課長は、「大型タンク対応の強力なポンプで、最大45mの長距離でもガスの吸引が可能だ。LNGのパイプラインや消防の現場など、用途の幅は多岐にわたる」と説明する。


国内外の規格認証に適合 スマホで簡単データ管理も

それ以外にも、ブルートゥースでスマートフォンなどと通信が可能に。専用アプリを使って毎日の測定結果を簡単に保存でき、記録データの管理もしやすくなった。

「アンモニアや水素など、次世代の燃料にも対応できる製品。現在取得している防爆規格以外にも、国内外の船舶規格など多くの規格を取得する予定」と杉山課長は意気込む。理研計器は、ガスを扱う世界中の現場の安全を守る新製品を今後も投入していく。

ZEH普及は日本の最後尾 北海道の工務店の苦悩と未来


【業界紙の目】白井康永/北海道住宅新聞社代表取締役

省エネルギー住宅技術が日本一普及している北海道が、ZEH率は日本一遅れているという。

積雪寒冷地特有の難しさに苦悩する北海道が直面する課題を、一緒に整理していきたい。

住宅断熱の技術開発とその普及が日本で一番早かった北海道。1980年代に開発された暖かくて省エネルギーな住まい、高断熱・高気密住宅は、北海道内で地域差はあるものの、既に新築戸建て住宅で5割以上の普及率に達しているとされ、日本一寒い地域にもかかわらず、道民は日本で一番冬暖かい住宅に暮らしている。

その技術は、すぐに津軽海峡を渡って本州に伝わり、80年代後半には東北地方の一部の工務店に広まったものの普及は進まず、北海道を除く日本全体としては、30数年たった今でも高断熱・高気密住宅の普及が始まったといえる段階ではない。まだ普及前夜である。

ところが、住宅内で使うエネルギーを差引ゼロにする省エネ住宅、ネット・ゼロ・エネルギー住宅(ZEH)は、北海道が日本で最も普及が遅れている。正確には沖縄に次ぐブービー賞だ。


高断熱・高気密で十分 冬発電しないPVに消極的

ZEHは、住宅内で使う暖(冷)房・給湯・照明家電などの消費エネルギーを減らした上で太陽光発電(PV)を搭載し、使った分のエネルギーを自家発電する家をいう。ZEHの普及率は北海道が8・2%で、沖縄の3・4%に次いで低い。普及率は低い順に沖縄、北海道、富山、秋田、石川、新潟の各県が続く。沖縄を除き全て日本海側の積雪地なのだ。

北海道では家の中で使うエネルギーの半分以上が暖房だ。その暖房エネルギーをより少なくする技術に優れているのに、なぜZEHは遅れるのか。実はPVの搭載住宅数が少ないのだ。その理由はいろいろあるが、一番の課題は冬季の降雪。雪が降るとPVパネルに雪がかぶさり発電しなくなる。晴れると落雪するが地面に落雪が積み重なり、場合によっては南面の窓をふさいでしまう。旭川市や富良野市といった極寒冷地になると外気温が低いためにパネルにかかった雪が落ちない。結果、冬は発電しにくい。

もっとも、北海道では屋根に積もる雪を落とさない無落雪屋根が主流なので、冬の初めに雪が降ったらそのまま春までパネルは雪の下なのだ。

冬の発電は少なく雪が積もるとゼロに

独自の省エネ住宅基準を定め、これまで高断熱・高気密住宅の普及に一役買ってきた北海道庁も、戸建住宅にPVを搭載する推進役にはなってこなかった。むしろやや後ろ向きだったと言える。

この間に、PVパネル搭載をセールスポイントの一つにして全国を席巻している住宅メーカーが道内でも受注棟数を伸ばしている。その会社は今や注文住宅棟数で道内のトップに立つと言われている。

2020年10月、当時の菅義偉首相が50年までに「カーボンニュートラル(CN)」を目指すことを国会で宣言した。それ以降、住宅を取り巻く政策が大きく動き出している。

北海道庁は住宅分野で独自の断熱基準「北方型住宅」を1988年に制定。以後、断熱・省エネ性能基準を数回にわたって強化してきた。「基準強化」の言葉の響きは窮屈な世の中をイメージするかもしれないが、断熱性能に関して道民の受け止めは、むしろ「先進的」なイメージを持つ人が多いだろう。そして今年、ゼロカーボンへ向けた新基準「北方型住宅ZERO」を制定・公開した。

他県では、国が定める断熱等性能等級やZEH基準をそのまま自治体基準とする例が多い中、北海道は独自基準を打ち出した。そこには、ゼロカーボン化の手法はPVだけではない、といった思いがにじむ。

公平な電力小売り競争へ 卸取引の長期契約促進


燃料調達価格の高騰や卸電力市場価格の上昇を背景に、赤字供給を余儀なくされた新電力が顧客を手放すなど、電力間競争の後退を否定できない状況が続いている。こうした中、資源エネルギー庁が、新電力による安定的な電力調達と、健全な競争環境確保に向けた対策に乗り出した。

特に新電力側が強く求めているのが、電源のほとんどを所有する大手電力会社による内外無差別な卸取引の徹底だ。大手電力は、入札形式やブローカー経由の取引などによりこの要請に対応しているが、契約期間が1年と短期で、転売禁止やエリア外への供給制限などの条件が競争制限的であるとの指摘もある。

5月30日に開かれた総合資源エネルギー調査会(経済産業相の諮問機関)電力・ガス基本政策小委員会でエネ庁事務局は、長期相対契約を締結しやすい環境整備や、転売を自由に行えるような仕組みづくりに向けた論点を提起した。

新電力、電源側双方の事業安定化に資する仕組みとなることが期待されるが、実効性を左右しそうなのが与信の審査基準だ。「厳しすぎると、長期契約ができず仕組みが形骸化しかねない」。新電力関係者はこう警鐘を鳴らす。

電力不祥事が残した宿題 体質と制度の改善急務


【論説室の窓】五郎丸 健一/朝日新聞 論説委員

相次ぐ電力大手の不祥事は、競争を促す改革への無理解とルール軽視の体質をあらわにした。

真摯な反省と再発防止が関係各社に求められるが、不備が露呈した制度の改善も急がれる。

電気料金の値上げが広がる中、大手電力会社の度重なる不祥事が社会に不信を広げた。カルテルと、新電力の顧客情報の漏洩・不正閲覧。いずれも、電力自由化の趣旨を踏みにじり、公正な競争を陰で骨抜きにする悪質な行為だ。

公益企業としての自覚やコンプライアンスの意識はあるのか。自由化前の旧態依然とした甘えやおごりが、経営層から現場にいたるまで染みついてはいないか。そんな疑念を抱かざるを得ない。

カルテルでは公正取引委員会が3月、中国、中部、九州電力の3社に課徴金納付・排除措置命令を出した。関西電力が3社とそれぞれ相手の区域内での営業活動を制限することなどで合意し、独占禁止法に違反したと認定した。

関電には、調査前に自主申告すると課徴金が免除される制度が適用された。それでも3社の課徴金額は、一事件として過去最高の約1000億円に達した。社会に与えた損失の大きさを物語る。

中部電と中国電が処分を不服とし、取り消しを求めて提訴する方針を表明するなど、決着にはさらに時間がかかる見込みだ。

ただ、関電自身も認めた事実関係を見れば、大手同士が互いの「縄張り」を荒らさないよう申し合わせ、値下げ競争の回避をはかっていたことになる。公取委によると、各社の話し合いには役員や部長級の幹部が出ていたという。顧客をないがしろにし、自社の利益を不当に追求する組織的な背信行為と言うほかない。

一方、昨年末にまず関電で見つかった不正閲覧の問題は、大手10社のうち7社に広がった。4月に経済産業省は業務改善命令などの処分を出した。

地域独占を認められている大手の送配電部門が、送電網を利用する新電力の顧客情報を外部に漏らすことは、電気事業法で禁じられている。公共インフラの中立性を保つための重要なルールだ。ところが、小売り部門の多数の社員らが情報を日常的に「のぞき見」していた。送配電部門を別会社化する「発送電分離」も2020年に実施される中で、不正が蔓延していたことになる。電力システム改革の根幹を揺るがす事態だ。


悪質さ際立つ関電 電事連も問われる

中でも関電の悪質さは際立つ。カルテルで営業抑制の方針を社長らが出る会議で決めていたのは衝撃的だ。不正閲覧では顧客情報を自社の営業活動にも使っていた。

関電は20年に、金品受領問題で経営陣の刷新に追い込まれた。その時、副社長から社長に昇格したのが、カルテルの実行役とされる森本孝氏だった。その後、「若返り」を理由にわずか2年で社長を退任したが、発表の場で関電首脳陣は、法令順守や企業統治の改革が進んだ、と強調していた。

その後、判明した事実を見れば、いかにも空々しい。反省と再発防止をいくら口にしても、深刻な不正が後を絶たない体質にメスを入れ、膿を出し切る覚悟を経営陣が行動で示さなければ、信頼は失われたままだろう。

大手の横並び・なれ合い意識も問われている。電気事業連合会の会合の前後にカルテルを話し合うケースもあったとして、公取委は電事連に改善を申し入れた。電事連に対し、「競争制限的な行為が誘発されやすい環境」との見方は経産省内にもある。新電力や発電会社など多数のプレーヤーが競争する時代に合った業界団体の姿を考える必要があるのではないか。

公取委から申し入れを受ける電事連の池辺和弘会長

カルテルが、ルールより営利を優先するゆがんだ姿勢やチェック機能の不全など、主に幹部層の問題なのに対し、不正閲覧の方は、営業部門などの現場に広がっていた点で根が深い。

システム上の情報遮断や機器の管理など「仕組み」のずさんさと、基本ルールや制度改革に対する「意識」の希薄さが重なった。それぞれ改善が必要だが、社員の意識改革にはとりわけ多くの努力と工夫が求められる。

CCS社会実装へ 先進的7事業を選定


発電所や工場などから排出されるCO2を回収し、貯留する「CCS」事業の社会実装に向け、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が、モデル性のある「先進的CCS事業」として7件を選定した。2030年までに年間貯留量1300万tの確保を目指す。

選定されたのは、「苫小牧地域CCS(JAPEXなど)」「日本海側東北地方CCS(伊藤忠商事など)」「東新潟地域CCS(東北電力など)」「首都圏CCS(INPEXなど)「九州北部沖~西部置きCCS(ENEOSなど)」の国内貯留5件、「マレーシアマレー半島東海岸沖CCS(三井物産など)」「大洋州CCS(三菱商事など)」の海外での貯留を想定する2件。

CCSは、50年カーボンニュートラルを達成するためのソリューションの一つ。資源エネルギー庁はCO2の分離・回収から輸送、貯留までのバリューチェーン全体を一体的に支援することで、事業化を後押しする。合わせて30年の事業開始に向け、マーケットのルールを明確化するための事業法の早期制定を目指す方針だ。