脱炭素巡り対立鮮明化 独政府と経済界が非難の応酬


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

ドイツ政府は2045年カーボンニュートラルの実現を国際公約とし、CO2削減目標に多額の予算を投じている。メルケル前政権は環境問題を重視する政策にかじを切り、再生可能エネルギーの導入拡大を軸にエネルギー転換していく方針を打ち出した。21年に発足したショルツ政権も前政権の目標を具体化しようと動いている。

ところが、連邦会計検査院は政府のエネルギー政策に批判的だ。21年にメルケル政権下におけるエネルギー転換政策の怠慢を批判する報告書を出し、今年3月にも2回目の特別報告を発表した。この特別報告は、エネルギー転換実現への措置は不十分で、重大なリスクを抱えていることを指摘。「再エネと電力系統の拡充、並びにバックアップ電源の拡充が遅れている」などと、政権にとって厳しい内容となった。

ハーベック経済・気候保護大臣は、この数日前に「このテンポで継続すれば、プロジェクトを達成できる。われわれは現在、目標達成の過程に入っている」と楽観論を述べていたが、特別報告は「早急にエネルギー転換計画の変更に着手すべき」とこれを全否定した。

ドイツ経済界も、エネルギー政策については会計検査院と同様、否定的な見方だ。政府は21年秋、30年までに脱石炭・褐炭を実現すると標榜しているが、これについてドイツ経団連(BDI)のルスヴルム会長は23年末に、「極めて困難である」との見解を示した。

今年2月にも、「原子力発電と石炭・褐炭発電からの撤退は非現実的だ」と述べており、「国際的な競争市場でドイツ企業に不利益が生じる」と断言。「誰も7年後にドイツの電力供給や電力価格がどうなるのかを確信持って言えない。投資決定を行う企業にとって絶対に有毒である」とも強調した。

さらに4月初旬には、「ドイツ経済の停滞の観点から状況の深刻さを過小評価している」と政権に対する強い懸念を示し、21年末からのショルツ首相の政権担当期間を「失われた2年間」と表現した。これに対し、ショルツ首相は4月末のハノーバー・メッセで、「2年間を振り返って」と題した演説の中で、ルスヴルム会長の名前を上げて反論した。首相府と経済界との対立が鮮明化し、経済界の危機感は募るばかりだ。

このような状況下で、ショルツ政権は政権期間の折り返しを迎えた。23年のGDP(国内総生産)成長率は0.3%、今年の民間予想は0.1%のミニ成長率となっていることから、経済界は危機感を抱いている。

エネルギー政策について、政府は環境理想論を訴えるのに対し、産業界は現実論を主張している。この状況はエネルギー危機下で当分続くことが予測される。現在、政権与党内でも意見がまとまっていない中、25年の予算編成が既に焦点となっている。そして25年秋、国民の信を問う総選挙を迎えるのだ。

(弘山雅夫/エネルギー政策ウォッチャー)

気候変動、科学と活動を区別せよ


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

科学雑誌『ネイチャー』のWeb誌『npj Climate Action』に、英ケンブリッジ大のウルフ・ビュントゲン教授の「気候科学と気候活動を区別することの重要性」という論文が載った。

論文は「ますます多くの気候科学者が気候活動家になっている」ことや「科学者ぶる気候活動家」に懸念を示す。つまり、科学者が情報を選別して使用したり、人類の活動による温暖化を過度に問題視したりして気候問題を政治化すること、そして活動家が自らの主張を道義的に正当化するために科学を利用することを問題視するのである。

著者は、科学者が気候変動に関して特定の立場をとることは否定しないし気候活動自体を批判するわけでもない。ただし、科学的知見が予定された立場を推進するために利用されれば、科学に対する信頼が失われ、気候保護活動などに悪影響を及ぼすとともに、持続的成長やエネルギー転換に関する国際合意を難しくするのだと語る。

気候変動対応の多くは市場原理だけでは成立しないため、「補助金」という名の利権が幅を利かす状況に陥りやすい。一方、「地球環境保護」とか「自然エネルギー」などは、あたかも宗教のように人の善意に訴えかける魔法の言葉である。これに科学という「神の啓示」が加われば、これほど政治的に美味しい世界はない。

エネルギー・環境政策の混乱は、社会のなかで最も弱い層を直撃する。科学的知見の「いいとこ取り」をして、「活動家」と「研究者」の顔を都合よく使い分ける者、それに乗っかって、民主的な手続きもそこそこに独善的な「教義」を押しつける政治家の傍若無人を許してはならぬ、ということではないか。著者は、自己批判的な態度と多様な視点を科学者に求めている。

(水上裕康/ヒロ・ミズカミ代表)

【コラム/7月19日】2024年度第1四半期を振返って


加藤 真一/エネルギーアンドシステムプランニング副社長

7月に入り電力業界で言うところの「夏季」が始まった。事前の見通しでは電力需給は猛暑H1需要に対して最低限必要な3%の供給予備率が確保できるとのことで、節電要請はなかったわけだが、蓋を開けると、気温上昇により一部で需給改善のための電力融通指示が発動され、一方で西日本を中心とした線状降水帯が発生するなど、予断を許さない状況が続いている。そうした中でエネルギーを取り巻く議論は活発さを増している。中長期の戦略や計画策定から、足元の制度設計に至るまで多くのテーマが各審議会で取り上げられている。今回は、2024年度第1四半期の状況を簡単に振り返ってみることとする。


政策立案の大きな動き

まずは中長期的な視点での議論から。この数年、50年カーボンニュートラルの実現という大きな目標を掲げ、そこからバックキャストして30年の温室効果ガス排出削減やエネルギーミックスという目標を設定し、徹底した省エネや再エネ主力電源化などの各種施策が講じられてきた。

一方で、その間にロシアによるウクライナ侵攻やイスラエル問題、新型コロナウィルス感染症拡大などの外部要因により、エネルギーや環境の在り方を単純に語るレベルではなくなり、産業や国民生活と不可分なものと位置づけで対応しなければならなくなっている。そうした状況下で、エネルギー安全保障や電力安定供給の確保、経済成長、そして脱炭素化の3つの柱を同時に実現するというGX(グリーン・トランスフォーメーション)というワードが躍るようになり、そこに新たな商機や投資の可能性を見出すようになった。

この第1四半期では、政府のGX実行会議が約5か月ぶりに開催され、エネルギーと産業、脱炭素を一体で考えるGX2.0の考えが提唱され、新たに「GX2040ビジョン」を4つのフレームワーク(産業立地、産業構造、市場構造、エネルギー)の観点で策定する方針が占めされた。有識者を招いて意見を聴くリーダーズパネルと具体的な議論を行う専門家ワーキンググループ(WG)を7月から始め、24年内を目途にビジョンをまとめる予定となっている。

この中でエネルギーについては、3年ごとの見直しの時期にかかっているエネルギー基本計画の策定に主に委ねることとなる。こちらは既に有識者ヒアリングを2回実施済みである。前回、第6次計画の際に着目されたカーボンニュートラルや再エネ主力電源化といったテーマは、引き続き重要とされつつも、足元の国内外の情勢を踏まえ、エネルギー安全保障や、大規模電力需要増加に対する脱炭素電源の確保とそのために必要な系統増強など、現実を踏まえた意見が多くなっていると感じる。

また、カーボンニュートラルの観点からは、日本の温室効果ガス排出削減目標であるNDC(温室効果ガス削減の国別目標)の次期目標の設定が必要となる。COP28やその後のG7気候・エネルギー・環境大臣会合でも確認されたが、35年の目標を25年2月までに提出することが推奨されており、日本もその趣旨は認識している。そのため、地球温暖化対策計画の改定と併せて議論が着手された。今回は、環境省の中央環境審議会の小委員会と経産省の産業構造審議会のWGとの合同会議となっている。前述の通り、エネルギー・産業・環境が不可分な関係となっていることもあり、このような合同会議での検討になったとみられる。

電力については、昨年度から始めた第5次の電力システム改革の検証に有識者などのヒアリングが完了し、7月から取りまとめに向けた詳細議論が行われている。 大きな政策の方向性としては、毎年6月に出される政府の経済政策が今年も閣議決定されて公表された。いわゆる骨太の方針と新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画、そして規制改革実施計画である。エネルギー関連では、GXと安全保障といったテーマで、足元の状況と今後の政策について記載されている。

【新電力】同時市場検討に疑問符 需給調整手直しが合理的


【業界スクランブル/新電力】

同時市場の検討に危惧を覚えている。経緯を当初から追っていると、「PJM模倣、送配電主導の一元統御に前掛りな人達が、現行制度の欠陥に責めがあるのに、過激な制度変更を主導し安定供給の基礎を破壊してしまう」と感じるのである。

この検討が2022年1月に始まった頃は燃料供給確保を視野に入れた包括的なものだったが、現時点の検討では、限界費用理論、価格規律の従来思考はそのまま、対象電源拡大、PJM参照など味付け改変に意欲を示しつつ、調整力とkW時の最適確保ロジックに絞られている。

さまざまな電源を限界費用一本で評価→高限界費用電源種退出、燃料供給体制脆弱化→21年需給ひっ迫→同時市場検討開始、と私は認識するが、ユニット起動費、最低出力コスト、限界費用カーブを勘案する新市場でも「安さ=稼働」の発想のままなので、高限界費用電源退出は止まらない。一部の経済学者や送配電関係者がまるで「理論を試したい」かのように他制度との関連は後回しで細部を作り込もうとしているのではないかと発電、小売双方で不評だ。「新市場の費用対効果は10倍」というが、これは現需給調整市場の拙さの裏返し。だが、総括反省をついぞ聞いたことがない。

28年度の運用開始を目指すが、システム開発所要期間を踏まえると無理。発電と小売りは新たな札入れ方法に対応するシステム、業務フローを構築しなければならず、費用負担と無駄骨を予感させる。若干の非効率さはあっても、各事業者が乗り入れしやすい需給調整市場の手直しの方が合理的ではないか。検討の意義を再確認してほしい。(S)

欧州議会の「右傾化」 環境政策は見直しの可能性


【ワールドワイド/環境】

6月6日から9日に行われた欧州議会選挙では中道右派の欧州人民党(EPP)、右派の欧州保守改革(ECR)、アイデンティティと民主主義(ID)が議席を伸ばし、中道左派の社会民主進歩同盟(S&D)中道リベラルの欧州刷新(RE)、左派の欧州グリーン・自由連盟が大きく議席を減らし、欧州議会はこれまでで最も右旋回する結果となった。

自身が属するEPPが伸長したことは2期目を目指すフォンデアライエン委員長にとって好材料となるが、再選には特定多数決(加盟国の55%の15カ国およびそれら国々の人口がEU全体の65%以上を占めること)が必要となる。そのためにはドイツ、フランス、イタリアの支持が不可欠だ。加えて、欧州議会の過半数の360超の支持が必要であり、同委員長は2019年と同様、親EUのEPP、S&D、REを中心に欧州議会の多数派を形成する意向である。再選を確実にしたい同委員長はEU懐疑派が結集したECRと重要な政策課題で協力することを示唆しているが、中道左派、リベラル派など従来の支持層は同委員長がECRとの協調路線をとれば支持を取り下げると表明している。既に次期欧州委員長の選定作業は始まっているが紆余曲折が予想される。

19年にフォンデアライエン体制が成立した時は欧州議会選挙で環境政党が大きく伸長し、欧州グリーンディールを最重要政策と位置付け、クリーンエネルギー導入拡大、CO2削減に関する政策、法令が導入された。しかし今回の選挙結果は、移民、経済の優先順位が高まり、温暖化対策の優先順位が下がることを示唆している。

環境政策に懐疑的な右派、極右政党が勢力を伸ばした欧州議会であっても導入済みの法令は取り消せない。ただし法令の多くは今後5年間で見直されるため、右派、極右政党がその実効性を弱めるような抜け穴を設ける可能性がある。特に35年の内燃機関自動車販売禁止については、ECRを実質的に率いるメローニ首相が愚行であると反対し、EPPからも批判が強いため、見直される可能性は高い。また欧州委員会が提示した40年90%削減目標についても右派・極右が勢力を伸ばした欧州議会、加盟国において反発を受けるだろう。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

PFAS問題の論点整理 バイアスに注意し正しく理解を


【業界紙の目】濱田一智/化学工業日報 編集局記者

PFASを巡り「発がん性がある」「米軍基地から漏れ出した」といった報道が連日絶えない。

ただ、紙面やネットに踊る文言の中にはミスリーディングなものも散見される。

PFAS問題を巡る論点を解きほぐしてみたい。まず、PFASとは1万種類以上におよぶ有機フッ素化合物の〝総称〟だ。フッ素と聞いてすぐ思い浮かぶのがフライパンの表面加工だろう。実際、フッ素は水や油をはじき熱に強く、表面加工のほか消火器や半導体、金属めっきなどあらゆる分野で、さまざまなPFASが重宝されている。


環境水か水道水か 努力目標か必達目標か

この1万超のうち「PFOS」「PFOA」という2物質が焦点だ。いずれも動物や人間への有害性が指摘され、日本を含む各国で製造が禁止された(なお「PFHxS」という物質も最近禁止された)。そのため、①現在「基準を超える値が検出された」などと報じられるのは過去の残存分である、②ほかのあまたのPFASは依然として重宝されている―という2点を最初に押さえる必要がある。

次に水道行政について説明する。単に「水」といっても飲み水から海の水まで多種多様だ。日本では、水道水の水質を厚生労働省が、海水や河川水、地下水など(まとめて「環境水」と呼ぶことがある)の水質を環境省が管理してきた。今年4月から水道水の水質も環境省の所管になったが、いずれにせよ、それぞれ求められる水質のレベルが異なることは常識的に分かるはずだ。川の水を直接飲む人間はまずいない。この点が、PFAS報道の真贋を見極める一つのカギになる。

実は、しばしば「基準を超えた」と報じられるのは大半が環境水である。政府の調査によれば、水道水で基準を超えるケースはまれ。一方、環境水で「基準を超えた」との報道が目立つ背景には、社会的関心の高まりに応じて政府が調査範囲を広げたという事情もある。

水道水と環境水で水質の基準は異なる

人間はどうしてもショッキングでネガティブな情報に強く反応する。メディアも同様で、悪いニュースほど報じやすく良いニュースほど報じにくい「出版バイアス」に警戒しなければならない。

これに対しては「水道水だろうが環境水だろうが、基準を超えてはならない」と反論が出るかもしれない。ただし注意すべきは、ここでの「基準」は、日本では現状、死守すべき値(必達目標)ではなく暫定的な目安(努力目標)にすぎない点だ。

なぜなら「PFOSやPFOAの有害性」の正体が、十分に判明していないからだ。確かに「動物では肝機能や体重減少に影響する」「人間ではがんや免疫系に影響する」との研究報告はある。ところが、いずれもデータが限定的で、実際にどの程度の量を摂取すればどのような影響が出てくるか―すなわち「閾値」が分からない。

おそらく一般市民の理解を阻む最大のハードルがここだろう。

そもそもPFOSやPFOAを摂取しすぎて人間に健康被害が出たというケースは、少なくとも日本では確認されていない。この点が、過去に有害性を理由に使用が禁止されたポリ塩化ビフェニール(PCB)やアスベストなど、いわば〝正真正銘の有害物質〟との大きな違いだ。PFOSやPFOAは、研究を進めつつ、暫定的な目安を設けて対応していくしかない。

【電力】異様な電気料金規制は いい加減廃止するべきだ


【業界スクランブル/電力】

2023年度の大手電力各社の決算が出そろい、前年度より大きく改善したことから、「電気料金値上げして最高益かよ!」といった怨嗟の声が少なからず聞こえてくる。先日、石川和男のエネルギートーク「電気料金値上げ報道への異論反論」を視聴した。内容はもっともなのだが、もとよりこの放送を見る人の多くは、燃料費調整制度の期ずれのことなどは理解しているであろう。メディア関係者が見て勉強してくれるならよいが、心ある記者も既に理解しているだろうから、あまり追加的な効果は期待できそうもない。

本誌4月号のこの欄で「(電力会社は)料金制度などの情報提供は国の仕事と思っていないか」という問いかけがされていたが、筆者の意見は少し違う。国が認可をするわけであるから料金制度にしろ、料金水準にせよ説明責任は国にあるのが道理だ。しかも、法的独占が撤廃されたのに、供給義務と料金規制を残置するという異常な制度を選択したのだから、なおさら責任は重いと思う。

他方、都市ガスは既に料金規制は撤廃されている。新規参入実績がゼロでも、都市ガス普及率が5割を下回っていれば、規制が撤廃されるということすら行われた。電力、他燃料との競争があるからとのことであるが、こんな競争の構図は当該都市ガス事業者のエリアだけでなく全国どこでもある。当該事業者が非効率だから都市ガス普及率が低い可能性だって否定できないだろう。

こんな謎理論でも通るのだから、要は政府のやる気だろう。異様な規制料金残置をずるずる続けるのはいい加減止めるべきだ。(V)

欧州PVメーカーに暗雲 問われる政府とEUの対応


【ワールドワイド/経営】

ドイツ政府は太陽光発電(PV)を主要な再エネ電源に位置付け、設備の累積導入量を2030年までに、現在値の約2・5倍にあたる115GWまで増加させるとした。従来の導入ペースより大幅に加速させなければ達成は難しい。23年5月に連邦経済・気候保護省は「PV戦略」に今後の施策方針をとりまとめ、ソーラーパッケージ(Ⅰ・Ⅱ)と呼ばれる法案パッケージにて立法化するとした。

農業PVなどの多様なPVの導入促進や設置に関する規制緩和を中核とするソーラーパッケージⅠは今年4月下旬に上下両院で可決された。23年夏に採択予定であったが、一連の施策の一つ「レジリエンスボーナス」の採用可否について資金問題を抱える連立与党内で意見が割れ、採択が遅れた。同制度はドイツや欧州におけるPV製造能力を強化するため、欧州で製造されたPVを補助対象とするもの。自由民主党のリントナー財務大臣は「再エネ分野には既に多額の税金が投入されており、高度な技術ではないとされるモジュール製造に支援を行うのは妥当ではない」と主張。社会民主党のショルツ首相も、同制度の導入は経済的に持続不可能であると判断し、ソーラーパッケージⅠでは不採用となった。

中国のPVメーカーは低賃金労働と多額の政府補助により、安価な製品を大量生産して売上を伸ばし、独占的な地位を築いた。一方で欧州メーカーは不当な価格競争にさらされ、経営が悪化している。欧州メーカーの低迷が問題視される中、現時点でEUは、輸入制限などは実施していない。大量生産される中国製品がなければ気候変動目標を達成できないというジレンマが事態を複雑にしている。

こうした中で、ドイツに工場を有する欧州メーカーはレジリエンスボーナスによる救済を求めていたが期待外れの結果となった。スイスの大手メーカー、マイヤー・バーガーは、フライベルクの工場を閉鎖し、税額控除や中国製品の輸入制限が行われている米国への製造拠点の移転を計画している。ドイツのソーラーワットもドレスデンの工場を停止すると発表している。

EUでは間もなく「ネットゼロ産業法」が公式な成立に至る(原稿執筆時点)。これは欧州の製造能力強化に関する措置が盛り込まれる予定であるが、内容次第で状況は大きく左右されよう。また、ソーラーパッケージⅡではどんな施策が実行されるか、今後の動向が注目される。

(藤原 茉里加/海外電力調査会調査第一部)

水素生産支援策に懐疑的 オークションで見えた特性


【ワールドワイド/資源】

 4月30日、欧州委員会は、欧州水素銀行の下で実施したトライアルオークションで、158万tの再生可能水素を生産する計七つのプロジェクトに合計7・2億ユーロを提供すると発表した。プロジェクト開始後10年間、再生可能水素1kgあたり0・37~0・48ユーロを支援する。入札上限とした4・5ユーロの約10分の1の価格での落札であった。

支援額の多少を既存のグレー水素価格との比較で考えてみる。

メタンの水蒸気改質でグレー水素1㎥を作るには3分の1㎥のメタンが必要で、天然ガス価格から原料費は約20円。もし再エネ電力で水電解を行い、同じ価格で水素を作るなら、水素1 ㎥あたり約5kW時の電気が必要で、1kW時あたり4円程度の再エネ電力が必要。設備コストや託送コストなども考えると、1kW時あたり2円程度での調達が必要であろう。オークションの水素1㎥あたり5・5~7円の支援額は、電力価格換算だと1kW時あたり1円強ほどで、経済性はかなり厳しい。では、なぜこのような低価格の落札結果となったのか。

一つ目は地域性。今回の落札者はスペイン、ポルトガル、ノルウェー、フィンランドの南欧北欧4カ国に絞られている。これらの国は再エネ比率が70%以上と高く、欧州における再エネ電源(RFNBO)基準である

水素製造と再エネ電力供給の「同時性」を気にせず安価な再エネを入手できる環境にある。逆に言えば、今後EU内でも、実施できる地域が偏る可能性が高いとも言える。

二つ目は、欧州の厳しい規制を上手く利用した巧みな制度設計の結果であろう。他の地域、例えば米国ではインフレ抑制法(IRA)でグリーン水素に最大1Kgあたり3ドル、豪州では水素生産補助金政策(HTPI)で1Kgあたり1・3ドルと、欧州のオークション支援額と比べてはるかに手厚い。一方、欧州は脱炭素に向けた目標(基準)を達成できなければ巨額の罰金が待ち受けるムチの政策が前提にある。ムチを見せて、アメの支援額を大きく抑え込んだ。実際、支援で埋まらない価格差は、ムチを見て積極的に脱炭素化を進める需要家が支払う。アメもムチも最後は国民負担となるが、EUはそのバランスを巧みにとり脱炭素化の推進力を生み出したと言える。

24年末に第2回のオークションとなるが、この流れが継続していくのか注目したい。

(篠澤康彦/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2024年7月号)


【Jパワー/DXで水力発電所の保守業務を高度化】

Jパワーは、最新のデジタル技術を駆使した水力発電所の保守業務の高度化を図るため、2019年度から下郷水力発電所(福島県)で取り組んできた実証試験の成果を全国の水力発電所へ展開する。具体的には、①独自開発の設備異常兆候を検知するAIの活用による設備トラブルの未然防止、②衛星通信ブロードバンドを利用した自社ネットワークの適用拡大による、通信状況が良好でない遠方からでも保守業務が可能な利用環境の整備、③災害時でも行動可能な4足歩行ロボットなど2種類の巡視ロボットを導入―。発電所の安定稼働、保守業務の省力化を推進し、電力の安定供給に貢献していく。


【三井住友建設/自社工場のCN実現へ水素製造・貯蔵設備を導入】

三井住友建設は、PCa(プリキャストコンクリート)部材を製造する能登川工場(滋賀県)に水素製造装置と貯蔵設備を新たに導入した。購入する全電力を実質再エネ100%電力に切り替えることにより、グリーン水素を製造し、これを燃料に蒸気ボイラーを稼働させる。同工場では、工場全体のCO2排出量の6割をPCa部材製造時に使用する蒸気ボイラーが占め、2割をコンクリート製造プラントやクレーンなどの稼働時電力が占める。全使用電力を実質再エネ100%にすることで、こうした各種設備の稼働に伴うCO2排出量をゼロにすることが可能になる。


【TGES、JFEスチール、ガスター/世界初のレーザー式一酸化炭素検知器を開発】

東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)、JFEスチール、ガスターの3社は、一酸化炭素(CO)の遠隔検知を可能とする携帯型検知器を世界で初めて開発した。TGESが既に実用化している赤外吸収現象を利用した反射式レーザー式メタン検知器の技術を応用。COの検知に最も適した2.3μm帯の波長を使用し、高感度な遠隔検知を実現した。人が簡単に立ち入れない場所や高所における点検などでの検知作業の効率化を図ることができ、保安の向上やコスト・時間削減が見込める。今後、量産化に向けた開発の検討を進め、2025年の販売開始を目指す。


【東邦ガスNW、アンドパッド/ガス管の3D竣工図自動作成のデジタル技術を開発】

東邦ガスネットワーク(NW)とアンドパッドは5月、ガス管の3D竣工図面を自動作成するデジタル技術「ANDPAD3Dスキャン」を開発したと発表した。従来の竣工図作成の作業工数を削減できるほか、導管の精緻な埋設情報を残せることで、他の工事によるガス管損傷の防止など、保安向上にも寄与する。東邦ガスNWは今夏からの工事で利用する方針だ。


【伊藤忠商事、日本エア・リキードなど/福島に大型FC車両対応の水素ステーションを開業】

伊藤忠商事、伊藤忠エネクス、日本エア・リキードの3社協業で建設した「本宮インターチェンジ水素ステーション(福島県本宮市)」が開業した。ステーションは大型FC(燃料電池)トラックに向けた水素供給が可能だ。充填設備は2レーン備えており、交互にメンテナンスすることで、継続的に営業することができる。今秋には24時間営業にする予定だ。


【関電工、YKK AP/建材一体型の太陽光発電装置開発に向け業務提携】

関電工とYKK APは建材一体型太陽光発電装置の開発に向けて業務提携した。ペロブスカイト太陽電池などを用いて、既存ビル向けには施工や保守が容易な「内窓式」、新築向けには「壁内蔵式」を開発する。YKKが商品開発を担い、関電工が施工技術と電設部材を含めたシステム設計を担当する。内窓式では透過性による発電量などを確認する。

BEVの利点を生かした 新たなコンセプトに期待


【モビリティ社会の未来像】古川 修/電動モビリティシステム専門職大学教授・学長上席補佐

前号まで、「将来はゼロカーボン社会を目指して、全ての自動車がBEV(バッテリーだけがエネルギー源のクルマ)に置き換わる」という主張が怪しいものであることを紹介してきた。しかし、私はBEVそのものに否定的な立場にあるわけではない。BEVも色々な利点・欠点があり、各種の利用方法に応じて、他の内燃機関も動力源とする自動車とすみ分ける存在になると予想している。

EVの利点、欠点

BEVの現在の欠点となっている、航続距離が短く充電時間が長いという技術課題は、なかなか解決される見通しが見えない。固体電池の開発で一気に解決するという主張が見られるが、電解質を固体とすると、正極や負極との間に隙間が発生して電池としての機能を喪失する課題が生じ、それを解決するのはかなり難しい。

現在、電気自動車の航続距離を長くするためには、搭載する電池の量を多くすることで対処されている。すると車両重量が増加して、駆動により多くのエネルギーが消費されるという不条理なことになり、さらにタイヤにかかる負荷が多くなって、タイヤの摩耗を促進する。最近ではタイヤの摩耗による粉塵発生も問題にされている。

このような観点からは、BEVは短距離の移動や輸送に特化して、内燃機関を動力とする車両とのすみ分けをすることになるのではと予想される。それではBEVの利点を生かす使い方について考えてみよう。主要な利点は以下である。

①低速時の駆動トルクが大きく、加速性能が優れている

②内燃機関エンジンが不要なので、クルマの全体 レイアウト・デザインの自由度が高い

③各車輪の駆制動トルクを独立に制御することに よって、トルクベクタリングと称する車両運動制御や乗り心地制御が可能となる

テスラは最初に商用化したロードスターに、利点1を活用して、0-96km/hが3.9秒というスーパーカー並みの加速性能をもたせ、1千万円強の価格帯で富裕層向けビジネスを成功裏に収めた。そして、他のメーカーもそれを追随した。しかし、2と3を生かしたBEVは出現していない。

これらを特に生かすためのデザインが、インホイールモーター(駆動システムを一体として車輪内に配置)やeアクスル(駆動システムを一体として車体側に配置)である。現在のBEVは内燃機関から駆動している車両デザインをそのまま踏襲していて、駆動輪の位置を自由に設定できる利点を生かしていない。駆動輪の位置の制約が少なくなれば、現在とは全く違った車体デザインにより居住空間や積み荷空間を広くとるなど、新しい車室内パッケージングデザインが可能となる。

さらに利点3では、左右輪の駆制動力差によって、車両の操舵応答特性を自由に制御したり、サスペンション特性を利用して車体の上下動を制御したりすることが可能となる。この制御によって、スポーツカーのような俊敏な操舵応答や高級車のような滑らかな乗り心地を得ることが可能となる。このようにBEVの利点を生かした新たなコンセプトの自動車の出現を期待したい。

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ふるかわ・よしみ 東京大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ホンダで4輪操舵システムなどの研究開発に従事。芝浦工業大教授を経て現職。

グリーン・リスキリング 個人でなく国や企業の責任で


【オピニオン】出馬弘昭/グリーンタレントハブシニアアドバイザー

シリコンバレー駐在員時代(2016~20年)、カリフォルニア州では化石燃料業界人の筆者にとって不都合な未来が始まった。バークレー市は新築住宅でのガス利用を禁止した。ガス燃焼はCO2だけでなく健康を害するNOX(窒素酸化物)も排出する。その昔、バークレー市は世界で初めて公共の場を禁煙に。ガスはタバコと同じ扱いだ。ガス会社は猛反対するも、規制は全米数十都市に広がり、サンフランシスコ市は新築ビルでも禁止した。ガスコンロをIHコンロへ、ガスボイラーをヒートポンプ(HP)へと代替も進む。古い化石燃料火力は解体され、ソーラーや蓄電池に置き換わった。

米ガス会社は天然ガスパイプラインに水素やRNG(再生可能天然ガス)を混入しCO2排出を減らそうとする。しかし、水素混入の上限は10数%で、RNGは生産量に限界があり、ガスを燃やさない時代への橋渡しでしかない。水素やRNG混入に反対する地域では、ガスパイプラインを遮断して地域オール電化を試行する。欧州でもガス禁止が広がり、英国はガスボイラー設置を段階的に廃止し、オランダは全住宅・建物で段階的にガス利用を禁止する。

そして、ネットゼロへのエナジートランジションの実現には圧倒的に人材が不足している。一番期待されるのが化石燃料人材のグリーン人材へのシフト、いわゆる「グリーン・リスキリング」だ。欧米ではガスボイラーエンジニアがEV充電器やHPエンジニアへ。ガスパイプエンジニアが再利用水パイプエンジニアへ。石油ガス掘削エンジニアが地熱エンジニアに。火力発電人材が再エネ人材へ―などとシフトが進む。

国際労働機関(ILO)はトランジションにおいて「誰ひとり取り残さない」公正な移行を強調する。グリーン・リスキリングは個人の努力や問題でなく、国・自治体・企業の責任だ。ニューヨークでは州政府と企業がHPエンジニアを育成し、ガスボイラーを代替する。ドイツでは火力発電所廃止に伴い、自治体と企業が発電所員だけでなく近隣業者も含めて再エネ研修を実施した。

かつて日本では、炭鉱廃止に伴い20万人が職を失う危機があった。しかし国・自治体・企業が連携し、石炭トラック運転手は運輸業へ、炭鉱電機エンジニアは製造業へなど、20万人のリスキリングに成功した。最近ではLPガス事業者のグリーン水素配送、都市ガス事業者のEV事業参入や火力発電跡地での風力発電研修の動きが出てきた。

グリーンタレントハブは、日本初の脱炭素に特化した人材紹介とグリーン・リスキリング研修のスタートアップとして昨年創業した。国や業界と連携し、「誰ひとり取り残さない」グリーン・リスキリングを支援し、アジアナンバーワンを目指す。

いずま・ひろあき 京都大学工学部卒。1983年大阪ガス入社。2016年シリコンバレーで脱炭素事業開発に従事。18年東京ガス入社、コーポレートベンチャーキャピタル立上げに参画。21年帰国、東北電力アドバイザー就任。23年から現職兼任。

欧州で普及するバイオプロパン 「グリーンLPG」の候補か


【脱炭素時代の経済評論 Vol.04】関口博之 /経済ジャーナリスト

パリ五輪の聖火リレーがフランス国内で繰り広げられている。7月26日には開会式で聖火台に点灯される。この聖火トーチに使われている燃料は「バイオプロパン」だ。環境重視の大会運営を掲げる組織委員会からの注文だという。日本では馴染みのないこの「バイオプロパン」とは?

これは石油など化石燃料によらないプロパンガスのことで、欧米では商業生産されている。植物油や食用油、食物の残りかす、動物性脂肪など再生可能な資源から作られる。組成や性質は従来のLPガスと変わらないため、同様に使えるという。

パリ五輪の聖火リレー

なぜ日本では目にしないのか。LPガスの輸入生産を行う元売事業者で作る日本LPガス協会によれば、特に欧州ではバイオディーゼル燃料が広く利用されていて、これは主に植物油から作られるが、その際の副産物としてプロパンが生成され、それが「バイオプロパン」として流通しているという。本来の目的物ではないが、副次的に活用されているわけだ。フィンランドのネステ、オランダのSHVエナジー、米国のUGIなどエネルギー大手も手掛けていることで生産・流通も増えている。

残念ながら日本国内ではほとんど製造されていない。植物油を取る大豆などを栽培する広大な土地がない日本には不向きだ。

LPガスの脱炭素化を目指す「日本グリーンLPガス推進協議会」によれば、バイオ原料を元に同様なガスを作る試みとしては、牛のふんを原料にする古河電工や稲わらを発酵させるクボタなどの研究があるがまだ実験段階だ。一方では北九州市立大学や、産業技術総合研究所を中心としたグループでは、CO2と水素を合成し中間体のDME(ジメチルエーテル)を作り、そこから化学的にプロパンなどを生成する研究も始まっている。ただ北九州市立大でもようやく大型実験装置が立ち上がるところだという。

日本LPガス協会では2030年ごろまでに1日当たり100㎏生産の実証プラントを建設し、40年代に同10~100tの商用プラント稼働というロードマップを描くが、まだ現実味は乏しい。都市ガスの原料であるLNGの代替として開発が行われているe―メタンと比べても「まだ周回遅れの状態」(業界関係者)だという。

バイオプロパンが海外ですでに商用化されているのだとすれば、それを輸入するという選択肢もある。再生可能な資源を元に製造されたものであれば、中間体のDMEの形での輸入も手段だという。

現在のLPガスは、都市ガス導管のないエリアをほぼカバーしている。災害時には家庭のガスボンベが軒下備蓄にもなり、いわば最後のとりでともされる。こうした役割を考えてもLPガス(プロパンガス)の脱炭素化は避けて通れない課題だ。国も責任を持って道筋を描くべきだ。

ちなみに冒頭で触れたパリ五輪の聖火トーチ、この燃焼部を製造したのは新富士バーナーという愛知県豊川市のメーカーだ。この取材を縁にバイオプロパンなるものを知った。日本のものづくりと欧州の脱炭素燃料が五輪の祭典に彩りを添えると考えると、何とも心躍る気がする。

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.01】ブルーカーボンとバイオ炭 熱海市の生きた教材から学ぶ

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.02】国内初の水素商用供給 「晴海フラッグ」で開始

・【脱炭素時代の経済評論 Vol.03】エネルギー環境分野の技術革新 早期に成果を刈り取り再投資へ

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せきぐち・ひろゆき 経済ジャーナリスト・元NHK解説副委員長。1979年一橋大学法学部卒、NHK入局。報道局経済部記者を経て、解説主幹などを歴任。

落ち着き見せる卸電力市場 小売りは料金多様化で動向変化


【マーケットの潮流】曽我野 達也/ENECHANGE上級執行役員

テーマ:卸電力市場

JEPXスポット市場価格は23年度以降、すっかり落ち着きを取り戻している。

小売事業者の戦略はどう変わったのか。ENECHANGEの曽我野達也氏が現状を分析する。

2024年度の日本卸電力取引所(JEPX)スポット市場は、落ち着きを取り戻した23年度の同市場の売買バランスとほぼ近似となっている。1日の各入札合算量が、「買い」よりも「売り」が上回る日が5月28日渡し時点で98%以上を占め、安定的なスタートとなった。

また、スポット市場価格とも高い相関を示すLNGの価格指標であるJKM(ジャパン・コリア・マーカー)は、地政学的リスクはあるものの、暖冬の影響もあり高在庫であり、安定的な価格推移を見せている。やはり23年度と近い状況だ。さらに、JKMと高い相関を示す欧州ガス価格指標のTTFにおいても、EU全体の地下ガス在庫が5月24日時点で68%以上。毎週増加傾向にあり、こちらも23年度と近い状況となっている。

これらのことから、大きな事件が起こらない限り24年度のスポット市場は、23年度とほぼ変わらない水準感が想定される。一方小売電気事業者は、21年11月から22年2月のスポット市場の高騰と、落ち着きを取り戻した23年度以降の電力業界を取り巻く状況変化を経験し、それに対応すべく新しいサービス、メニューを開発している。

電気料金見直しのポイント


活気取り戻した高圧市場 需要家はリスク避ける傾向

高圧電力の販売市場は、選択肢が極端に少なくなったロシア・ウクライナ戦争直後のような状況からは脱却し、再び複数の電力会社が積極的に参入し活気を取り戻している。この市場の活況の背景には、需要家が直接選択できる多様な電力販売プランの提供が大きく関係している。現在提供されているプランは主に次の三つのパターンに分類される。一つ目は、市場価格に連動するメニューである。このメニューは料金プランが多岐に渡り、30分ごとの価格に連動するプランや、月の平均価格に基づいて変動するプラン、各小売会社が独自に基準価格を設定する独自燃調型プランなどがある。日中の使用量が多い需要家は市場価格に連動するプランを選ぶ傾向があり、負荷率の高い需要家は月の平均価格に基づいて変動するプランを選ぶ傾向にある。

二つ目は、燃料費等調整額を含む燃調メニューで、大手電力によって提供される標準料金プランに沿った料金設定となる。ただし、どの時期の燃料費等調整料金の計算式を用いるかは各社異なるため、需要家は注意が必要だ。一見、基本料金、従量料金単価が安くても、燃料費等調整額が23年3月以前の計算式になっており、割高になる場合もある。電気料金としては緩やかに上がり、緩やかに下がるといった特徴があるため、市場連動メニューに比べ割高になるものの、安定性を求めて選択する需要家が多い。

三つ目は、基本料金、従量料金、再エネ賦課金のみで構成される完全固定メニューである。このメニューは、料金の変動リスクを回避し、一定期間安定した料金で電力を確保したい場合に最適だ。特に長期的な事業計画をもつ法人にとって有用で、今年1月から3月にかけて先物市場価格が下落したことで、価格が安価になり、選択する需要家が増加している。法人向け電力比較サービス「エネチェンジBiz」では、これらの多岐にわたる料金プランについて需要家が最適な電力会社を選択できる支援を行っており、全てのプランで市場価格や燃料費等調整額を詳細に計算し、需要家が公平に各プランを比較できる。

【コラム/7月12日】欧州水素銀行とH2Global


矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

GX実現に向けて、水素に対する国際的な注目は近年急激に高まっている。このような中で、わが国では、2023年6月に、「水素基本戦略」が改定された。改定のポイントは、①2030年の水素等導入目標300万トンに加え、2040年目標を1200万トン、2050年目標は2000万トン程度と設定、②2030年までに国内外における日本関連企業の水電解装置の導入目標を15GW程度と設定、 ③サプライチェーン構築・供給インフラ整備に向けた支援制度を整備することなどである。わが国は、2017年12月に世界で初めてとなる水素の国家戦略である「水素基本戦略」を策定しているが、水素調達の具体的な取り組みはEUとりわけドイツが先行している。そこで、本稿では、EUおよびドイツの水素調達戦略を紹介したい。

EUは、2020年7月 に「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を発表し、グリーン水素の推進を明確にしたが、2022年5月のEUの共同アクションREPowerEUで、2030年までにグリーン水素の域内製造目標を1,000万トン、輸入目標を1,000万トンと設定した。そして域内製造目標の達成のために、2030年までに100GWの水電解槽を域内に設置することを目標とした。さらに2023年10月の「再生可能エネルギー改正指令」で、産業部門の水素利用に占めるグリーン水素を主体とする再生可能燃料(Renewable Fuels of Non-Biological Origin :RFNBO)の割合を、 原則として、2030年までに42%に、2035年までに60%にすることを目標とした。また、運輸部門では、2030年までにRFNBOを先進バイオ燃料との合計で5.5%とする目標を設定している。

水素の調達戦略としては、2023年3月に、欧州委員会は水素生産の拡大のために、EU域内外の水素製造への民間投資を呼び込むことを目的とした「欧州水素銀行」の構想を発表している。「欧州水素銀行」は、グリーン水素市場の本格的な形成に向けて、現状では割高なグリーン水素と天然ガスなどの化石燃料由来の水素との生産コストの差額を補填することにより、初期段階にとどまっているグリーン水素の生産への投資を後押しすることで、その普及を目指すものである。

2023年11月、欧州委員会はEU域内の製造事業者に対して、第1回の競争入札(パイロットオークション)の募集を行った。競争入札は、応札した生産者のうち、入札価格(グリーン水素1キログラム当たりの支援額)が低い生産者から順に落札する方式が採用された。入札結果は、2024年4月に発表された。選定されたのは、スペイン3事業、ポルトガル2事業、ノルウェー、フィンランド各1事業の合計7事業である。7事業の入札価格は、1キログラム当たり0.37~0.48ユーロであった。各事業に対し、10年間の生産予定量(1万7,000~51万1,000トン)に応じて、800万~2億4,500万ユーロのプレミアムの支払いが見込まれる。7事業者は、11月までに補助金に関する合意書に署名、5年以内に、グリーン水素の生産を開始する。グリーン水素は、鉄鋼、化学などの分野で利用される。また、第2回入札を2024年末までに実施する予定である。

ドイツでは、EUに先んじて2020年6月に「国家水素戦略」(2023年7月改定)が発表されたが、2021年6月にはグリーン水素およびその派生物の国外からの調達のために「H2Global」が設立され、2022年の12月からグリーンアンモニアなどの水素デリバティブの調達に関して具体的な活動が始まっている。「H2Global」では、ダブルオークションと呼ばれる入札方式が採用される。まず、供給側で、入札に基づき最も低い価格を提示した水素製造業者と10年間の購入契約を結ぶ。その後、需要側でも、入札を開催して最高額の入札者と1年程度の短期の販売契約を締結する(pay-as-bid方式)。需要家への最初の引き渡しは、2024年か2025年に始まる予定である。供給価格と需要価格の差は、入札実施主体である「Hintco」(H2Global財団の100%子会社)が政府からの補助金で補填する。

欧州委員会は、EU域外の水素製造事業者に対して、第2回の競争入札の募集を2024年末までに行う予定である。第2回の競争入札では、「H2Global」のダブルオークションが採用される。2023年5月には、「H2Global」が「欧州水素銀行」のEU域外からの水素輸入に対する支援を担うことが欧州委員会のエネルギー担当委員から発表されており、EUは域外からの水素の調達に関して一体的に取り組むようになってきている。わが国でも、水素とその派生物の多くは海外から調達することを検討しているが、水素資源の権益競争が顕在化する中、早期の水素サプライチェーンの構築と調達メカニズムの具体化が求められている。


【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。