【エネルギービジネスのリーダー達】戸田達昭/ヴィジョナリーパワー代表取締役CEO
地域が自立して課題解決に向かう財源確保のため、新電力事業に参入した。
紆余曲折を経て経営は軌道に乗り、ユニークなバイオマス事業のチャレンジも始まった。

甲府市に、ユニークな成り立ちの地域新電力がある。公益資金に頼らず、地元企業トップや名士ら9人が出資して2017年に誕生した「ヴィジョナリーパワー」だ。現在は個人株主20人超、法人株主4社に拡大した。代表取締役の戸田達昭氏は、「地域が抱える課題解決の財源をつくるツールとして、新電力が有望だと考えた。米国の寄付文化を参考に、地元関係者の共感を得られる形を意識し、資金を募った」と振り返る。
電力危機を越え経営安定 公営水力の売電先に選定
戸田氏は山梨大学大学院在学中に起業した山梨県初の学生起業家だ。とあるビジネスプランコンテストでの入賞を機に、起業家の道に入った。当初は専攻のバイオ関連でビジネスを立ち上げるつもりだったが、同級生の就職時に企業とのマッチング不足を目の当たりにし、就職支援ビジネスを開始。そこから地域活性化や人材育成に関する活動が増え、政府の中央教育審議会生涯学習分科会委員(第6期)を最年少で務めた。これまでにバイオベンチャー企業など多くの社を立ち上げ、現在は18社の経営を手掛けるほか、大学で教鞭も取る。
同社の現在の販売電力量は年間1000万kW時ほど。大手電力会社のプランよりも料金がお得になる通常電気メニューは、他社と一線を画し、「本来料金をお得にできる分の一部を顧客から預かり、地域に寄付する」(戸田氏)スタンスだ。寄付先は地域のNPO法人やスポーツクラブなどさまざま。さらに、地元顧客と別の法人顧客とのコラボを提案するなど、顧客同志の接点も提供する。
また、東京電力への売電契約が今年3月で終了した公営水力の獲得を、数年前から検討。県がプロポーザル(企画提案型)方式で新たな事業者を公募し、無事最小区分の年間約520万kW時の売電先に選定された。この電気を使った脱炭素電気メニューのほか、電気代の20%を県内企業の商品券などと交換する「子育て応援でんき」といったプランも提供する。
今は経営が安定しているが、21年初頭の電力ショックは、起業家人生最大のピンチとなった。当時はほぼ市場調達に頼っており、多大なダメージを負った。局面の打開には市場以外からの調達先を見つけることが必須。その際に力となったのが、株主や、これまでの活動で培った縁だった。つながりがあった某大手エネルギー企業の社員が社内で掛け合い、自社電源をヴィジョナリーパワーに卸供給するスキームを構築。2月には当時の販売量(約300万kW時)全量をこのスキームに切り替えることができた。危機を乗り越えた後は、撤退したほかの新電力の顧客を引き取り、さらに契約件数を伸ばしていった。
この経験で、不確実なものを経営に取り入れないことが重要だと痛感。さらに「エネルギー高騰の理由は自社でエネルギーを持っていないから。ならば作ればよい」―。そこで始まった次なる挑戦が、バイオマス事業だ。
育種から手掛けるバイオ 農業やSAFに活用へ
といっても一般的な木質バイオマス発電などではなく、ひまし油の原料であるトウゴマに着目。耕作放棄地で栽培し、枝葉、あるいは種子から取る油を化石燃料の代替とするプロジェクトだ。市と共同で今年本格始動し、まずは農業用重油の代替で導入していく。
別途経営するバイオベンチャーのノウハウを生かし、新品種「ヤマトダマ」を育成した。有毒植物で、病虫害や鳥獣害を受けにくい。5月に播種して11月の収穫を見込んでいる。苗を植えて2カ月で背丈2・8mを超えるほど成長が速く、協力する農家も驚くほど。また、日焼けや高温対策を兼ね、ソーラーシェアリングも検討中だ。
収穫した枝葉はボイラーで直接燃焼し、重油をバックアップとしながら農業用ハウスの加温に使う。今後、公共施設での利用も予定する。そして、特に油はSAF(持続可能な航空燃料)としての需要が見込め、既に興味を示す企業もあるという。「遊休農地を油田に変えるプロジェクト。ほかのカーボンニュ―トラル燃料に比べ一般に分かりやすい取り組みで、特に高齢化問題が深刻な農家はポジティブに受け止めている」と戸田氏。地域のエネルギーインフラ会社として、脱炭素という切り口で顧客の付加価値向上を目指す。
エネルギーの枠に捕われず、ベンチャーへの投資や、貧困問題の解決などにも積極的だ。「次世代が将来必要なビジネススキルを身に着け、生きる力を育くむことは、『支援』でなく『投資』として重要だと考えている」と強調する。地域の持続的な発展に向けて、全方位でのチャレンジを続けている。