DERの最適な市場運用を実現 顧客ニーズと安定供給に貢献する


【エネルギービジネスのリーダー達】川口公一/E―Flow社長

電力市場の取引が活性化する中で昨年4月、関西電力が設立した「E―Flow」社長に就任。

VPP事業などで培った知見を生かし、顧客の設備を活用して需給の安定化を図る。

かわぐち・こういち 兵庫県姫路市生まれ。1995年大阪大学経済学部卒、関西電力入社。秘書室課長や経営企画室課長などを経て、2018年地域エネルギー本部において、VPPの新規事業立ち上げのプロジェクトチームのマネジャーとして事業を推進。23年4月より現職。

昨年4月に関西電力が設立したE―Flow(イーフロー)。分散型エネルギーリソース(DER)の市場運用に特化した新会社として、関電が早くから取り組んできた仮想発電所(VPP)事業や系統用蓄電池事業、再生可能エネルギーのアグリゲーション事業などを手掛ける。社長を務めるのは川口公一氏だ。

1995年の関電入社後は、企画畑が長かったという川口氏。2018年に発足した同社の地域エネルギー本部リソースアグリゲーション事業推進プロジェクトチームの責任者となり、エネルギー分野の新領域であるVPP事業の立ち上げに取り組んだ。調整力公募への入札が事業のスタートだった。


AIが入札計画を策定 法人化は一筋縄にいかず

VPPとは、企業や自治体が所有する自家発電設備や生産設備、蓄電池などを束ね、IoT技術を駆使して一つの発電所のように機能させる仕組みだ。例えば需給ひっ迫が見込まれれば、需要側設備の稼働抑制や蓄電池からの放電を行う。E―FlowはVPP事業でのDERの運用データなどをベースに、AIを搭載した分散型サービスプラットフォーム「K―VIPs+(ケービップスプラス)」を開発。再エネ電源や系統用蓄電池の価値最大化、市場動向の予測による取引の最適化を実現する。

21年ごろから関電内では容量市場の需給年度24年を見据え、別会社化が検討されていた。しかし、20年度の初回のオークションの落札価格が1kW当たり1万4217円という高値だったのに対して、21年度の第2回オークションは同3495円(北海道と九州以外)。市場の価格変動性が高く、事業の安定性という点が課題となり検討が滞っていた。そんな中、別会社化に向けて大きな弾みとなったのが系統用蓄電池事業だった。

単独で系統に直接接続する大型の系統用蓄電池は「蓄電所」と呼ばれ、電力需給の安定化や再エネ導入加速への貢献が期待されている。関電は22年7月、オリックスとともに和歌山県で「紀の川蓄電所」(定格出力48MW)の建設に合意。合意に至るまでには、ロシアのウクライナ侵攻によるサプライチェーン(供給網)途絶などの世界情勢に大きな影響を受けた。当初検討していなかった補助金を急きょ申請したり、事業計画を都度見直したりと苦労の連続だったが、結果的には系統用蓄電池の運用という事業の柱の確立により、別会社化の検討が加速することになった。

E―Flowは顧客が所有する系統用蓄電池の市場入札と需給計画の作成・提出を代行する。今年4月に全ての商品取引が始まった需給調整市場や容量市場、卸電力取引市場といった複数の市場への入札をAIとE―Flowの取引ノウハウを組み合わせることで、収益の最大化を目指す。 法人設立までの苦労は多く、川口氏は「既存のVPP事業に加え、系統用蓄電池事業や再エネアグリ事業といった新規事業の対応と法人化を並行して進めるのは本当に大変だった。また補助金の創設などにより、系統用蓄電池の保有を検討する事業者が急増し、人的リソースが不足する中で対応が追い付かないほど忙しかった。関電内のほかのグループのサポートも得て新会社設立や事業化を進めることができた」と当時を振り返る。


確度高い再エネ発電予測 経産省と有意義な議論を

再エネアグリ事業は今年春にサービスインしたばかりだ。再エネ事業者は自然条件により発電量が変動する発電量を予測し、ほかの電源と同様に電力広域的運営推進機関に発電計画を提出する必要がある。計画値と実績値が乖離すれば、過不足を調整する一般送配電事業者に費用を負担しなければならない。再エネアグリ事業では、こうしたリスク軽減のため、精度の高い発電予測を行い、計画作成などを代行する。「現在は太陽光が中心だが、将来的な洋上風力の活用に向けても知見を積んでいきたい」(川口氏)

E―Flowの事業には、市場の在り方など制度面が大きな影響を与える。そこで昨年10月、川口氏が中心となり「エネルギーリソースアグリゲーション事業協会」(ERA)を設立し、会長に就任した。26社の正会員や67社の賛助会員をはじめ、計99の企業などが参加。勉強会などを通じての情報共有や、制度を所管する経産省・資源エネルギー庁などへの意見提起を行っている。「DERの最適な運用のため、規制当局と有意義な議論を行いたい」と意気込む。 自身について、「失敗を恐れない性格」と分析する川口氏。「リスクを恐れずにスピード感を持って事業を進められる今の仕事は向いている」。関電時代の経験と最新技術で、顧客のニーズや安定供給に貢献する。

【再エネ】再エネの導入拡大へ 幅広い関係者が政策提言を


【業界スクランブル/再エネ】

第7次エネルギー基本計画の検討と前後し、随所で関係者の政策提言が目立ち始めた。例えば新エネルギー財団は、2023年度の再エネ6分野の政策提言を取りまとめ、経済産業省をはじめとする関係省庁に提出した。

その一部を紹介すると、「風力発電」では、洋上風力の導入拡大に向け、海外事例を参考にした国による風況調査や海底地盤調査などの実施(日本版セントラル方式)、複数ウインドファーム間で共有して活用できる変電所・送電網の整備などを検討し、日本全国規模での再エネの最大限有効活用に向けた系統運用の必要性などを掲げた。

「太陽エネルギー」では、未利用地などへの高圧・特別高圧地上設置太陽光発電所をさらに普及拡大させるため、ポジティブゾーニング(促進区域の設定)の加速化を目指し、産官学一体となったタスクフォースによる課題解決に向けた取り組み、および地域脱炭素化の推進において発電エリアへの優先供給と再エネ比率目標の設定などを提案。また、使用済み太陽光パネルの適正処理・リサイクルの推進については、放置問題に対応すべく、建物の滅失登記に沿うようなFIT廃止届の運用ルール見直し、有用なガラス製品への再生産技術開発に対する支援などを提言した。

再エネの導入拡大に向けては、種別で状況は異なるが、規制・制度の見直し、予算確保、設備設置期間の短縮など多岐にわたる課題が存在する。それを乗り越えるために、再エネ施設の製造・設置事業者はもちろん、電力会社、自治体など多様な立場からの政策提言が期待される。それらがどのように政策に反映されていくのか、注目したい。(K)

【火力】このままでは期待外れ 蓄電池の扱い見直し必須


【業界スクランブル/火力】

長期脱炭素電源オークションは、新たな容量市場だけでは新規の投資が停滞し、長期的な電力の安定供給確保に懸念が生じていることから実施されるに至った経緯がある。しかし、名称に「脱炭素」を掲げたことが足かせとなり、第1回オークションの結果を見る限り、順調と言えるのは暫定的とされるLNG専焼火力の新設案件のみのようだ。

初回はスモールスタートで、そこからより良い方向に修正するということなので予定通りとも言えるが、今回応札の勢いが旺盛だった蓄電池の扱いは根本的に見直す必要があるのではないか。

再生可能エネルギーの余剰による出力制御の機会増加が問題となり、その対策として蓄電池の導入拡大が見込まれているが、余剰再エネの量は思ったほど多くはない。水力を除く再エネの発電電力量に占める比率は1割ほどで、出力制御される電力量は、多く見積もってもその数%程度というのが実態であり、それによれば蓄電池の稼働率は1%にも満たない。一方、蓄電池には電力需要の変動を吸収する調整力として大いに活躍することが期待されているが、その充電原資の大半は実は火力発電なのである。

残念ながら、現段階では蓄電池は脱炭素化された調整力にはなりえない。さらに、見直しをされてもわずか6時間の稼働継続時間では、いざという時に供給力として全面的に期待することもできない。 蓄電池は使い方次第で役に立つデバイスであるが、今のままでは期待外れの結果は避けられない。「脱炭素の供給力」という過度の期待を負わせる制度は「ひいきの引き倒し」でしかない。(N)

経営好調なゼロカーボンライトライン 地域新電力が影の立役者


【事業者探訪】宇都宮ライトパワー

今注目のゼロカーボンなライトラインの運行は、地域の再エネ電源が支えている。

宇都宮ライトパワーが廃棄物発電を主軸とした実質再エネ100%電気を安定供給する。

JR宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地(芳賀町)までの約14・6㎞を結び、昨夏に運行が始まった次世代路面電車・ライトラインは、国内の路面電車では75年ぶりの新規開業で、かつ世界的にも珍しい「ゼロカーボントランスポート」だ。今年3月末までの累計利用者数は271・7万人と当初計画を上回り、初年度から経営は好調。その運行を支える地域新電力・宇都宮ライトパワーは、実質再生可能エネルギー100%の電気を供給する。

酒井典久代表

宇都宮市が、人口減少や少子・超高齢化社会においても持続可能なまちづくりの土台となるネットワーク型コンパクトシティの構築を目指す中、ライトラインと同時に、再エネの地産地消や地域経済活性化の取り組みも進み始めた。市を主体に、NTTアノードエナジー、東京ガス、足利銀行、栃木銀行が出資し、宇都宮ライトパワーが誕生。事業計画策定などを東ガス、電力取引や需給管理をNTTアノードが担い、2022年1月に供給を始めた。

同社代表を務める酒井典久副市長は「地産電源によるゼロカーボントランスポートは世界でほぼ例がなく、市民の誇りだ。それを当社からの電力供給で支えている」と強調する。


23年度は黒字転換 地産電源比率は85%に

自治体系新電力の強みが、ごみ焼却施設を活用すれば大規模なベースロード再エネを確保できる点だ。同市も廃棄物発電を主軸に、23年度の地産電源比率は85%に到達。電源特性に応じて燃料費調整は行わない。

23年度、廃棄物発電ではクリーンパーク茂原から1・8万MW時(1MW時=1000kW時)を調達し、うち半分が卒FIT(固定価格買い取り制度)のバイオマス、残り半分は非バイオマスだ。さらにクリーンセンター下田原から、こちらはFIT+非バイオマスで1・5万MW時。このほか家庭用太陽光や民間産廃処理熱発電から、そして日中の不足分は卸電力市場も活用し、調達量は計4・8万MW時程度となった。

供給先はライトラインや市有施設305件だ。ライトラインには「みやライト再エネ100」プランで供給。供給する電力には再エネ指定の非化石証書を充て、万が一不足する場合は非化石証書を調達する形だ。ライトラインは午前4時~午後11時過ぎまで、ピーク時は8分間隔で運行するが、実質再エネ100%の電気を安定供給する。それ以外の電気の排出係数も、1kW時0000341t―CO2(22年度値)という水準だ。

ライトラインは平日昼間も利用者が多い

ただ、初年度はいきなりピンチを迎えた。22年2月に主力のクリーンパーク茂原で火災が発生し、12月まで発電できなかったのだ。しかも当時、廃棄物発電の調達先はこの1カ所のみ。ロシア・ウクライナ戦争勃発直後であり、高値でもほぼ全量市場調達せざるを得なくなった。卸電源を調達したり、需要側でも節電に努めたりした。

酒井代表は「ごみ処理施設の火災は全国的にあるが、初年度から想定外の事態に直面しつつも、トラブルを乗り越えて23年度は黒字転換できた。これを機に廃棄物発電の調達先を一つ増やし、結果として電源の拡大にもつながった」と振り返る。

併せて家庭用太陽光の買い取りにも力を入れる。今年3月末の件数は63件で、さらに4月から買い取り価格を1kW時当たり11円に引き上げたところ、市民の反響が大きいという。

【原子力】エネ基議論の行方 「可能な限り低減」は残るか


【業界スクランブル/原子力】

現行の第6次エネルギー基本計画には、原子力について矛盾した記載がある。2050年に向け「可能な限り依存度を低減する」が3カ所、一方で「必要な規模を持続的に活用していく」が1カ所。かつて基本政策分科会で福井県知事が矛盾を指摘したが、当時のエネ庁長官は理解不能な回答でけむに巻いた。

「可能な限り低減」の言葉は福島事故後の第4次エネ基で明示され、現在まで引き継がれている。わが国の脱炭素にもエネルギー安全保障にとっても不都合である。これが今回の改定で修正されるのか。

昨年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」は「廃炉を決定した原発の敷地内での次世代革新炉への建替を進めていく。その他の開発・建設は今後の状況を踏まえて検討していく」(抜粋)としており、少なくともこの文言は反映されるはずだが、この廃炉原発の敷地内との文言も、建設工事の途中段階にある新規立地(2基)や設置許可申請が出された状態にある新規立地(2基)がある現状と乖離している。エネ基が3年ごとに改定されることを考えれば、今回は「廃炉のあった同一敷地内」とするのはやむを得ないかもしれない。それを認める代わりに、「原発依存度低減」を消す軟着陸を模索してはどうか。

相変わらず「矛盾がない」と説明するなら「可能な限り低減」が残る可能性もある。原子力にとって不愉快だが、原子力政策が書いた通りに進んだことはない。事業者としてできることに取り組み、無理なことには取り組まないというだけ。むしろ、「新増設には建設費抑制という課題解決が先」と言われれば反論のしようがあるまい。(H)

DCの脱炭素化に注力 持続可能な運用を目指す


【リレーコラム】神田拓海/エアトランク Energy and Utility Manager―Japan

各国でエナジートランジションが加速する中、多様な産業で対応が求められている。こうした状況下、データセンター(DC)業界でもカーボンフリー電力への切り替え、また省エネルギーや冷却技術の開発を通じて、持続可能な運用に注力することが求められる。

昨今、消費電力を常時カーボンフリー電力から賄うこと(24/7クリーンエナジー)への転換が注目されているが、DCが果たす役割は大きい。エアトランクは、2015年の創業以来、アジア太平洋地域および日本(APJ)で大手クラウドやコンテンツ事業者向けのハイパースケールDCを開発・運用してきた。国内では、三つの拠点で合計430MWを超えるIT容量を国内外の大手テクノロジー企業に提供する。

当社は、30年までにネットゼロを達成する目標を掲げており、カーボンフリー電力を活用した運用を展開していく。国内においては地熱発電に注目しており、自治体・地元住民の方々との調和を図りながら、発電事業者とのパートナーシップを通じて開発に臨むことで、導入拡大に貢献していきたい。電力系統の脱炭素化を達成するには、24/7クリーンエナジーへの移行が重要だと考えており、先行者となれるよう取り組んでいく方針だ。

目標達成に向けた取り組みの一環として、複数の再生可能エネルギー事業に携わってきた。その中から、いくつかの事例を紹介したい。まずはマレーシアにて、同国初となるDC向けのPPA(電力購入契約)に参画し、太陽光発電所から創出される環境価値を購入する。香港ではマイクロソフトと共に1万7000カ所に点在する太陽光発電所から環境価値を購入する。豪州では、グーグルと共同でPPAに取り組み、同国に新たな再エネ電源を積み増すことに貢献した。国内においても、再エネを活用したPPAの取り組みに着手している。


DC向けグリーンローンを活用

上記のほか、事業の多様な側面でサステナブルな要素を組み込むことに注力している。今年の4月に竣工したDCにおいては、国内では初となるDC向けグリーンローンを通じて融資を調達した。本DCは業界最高水準の電力運用効率を実現するように設計されており、高いエネルギー効率を有する。

パリ協定で掲げられた目標達成に向けて世界が協力していく中で、あらゆる産業が、トランジションに貢献することを期待されている。当社は持続可能なDCを実現するために革新を続け、顧客や取引先と協力し、今後もエネルギートランジションを推進していく。

かんだ・たくみ 2017年国際基督教大学卒業。総合商社を経て、23年よりエアトランクに参画。国内データセンターの電力分野を担当。

※次回は、のぞみエナジーの益子雄一郎さんです。

【石油】大義名分の脱炭素に限界 消費者の選択が重要


【業界スクランブル/石油】

最近、各国におけるEV化の減速が話題となっている。民間調査会社によれば、2023年の世界のEV販売は前年比26%増と増加傾向にあるものの、22年の同67%増から伸び率が鈍化した。

欧米では、EVよりむしろハイブリッド車の方が人気だという。テスラが減益、メルセデスベンツが完全EV化の方針を撤回し、日産はEV2車種の投入先送りを発表した。報道は、環境意識の高い初期購入者の購入一巡、購入補助金などの政策助成の削減を主な理由としている。

昨年は、ドイツでEV補助金の財源流用が憲法違反とされ、補助金支出が出来なくなった。一昨年には、中国でも補助金削減により販売台数が減少した。①充電インフラ、②走行距離、③車体価格という面でEVは、既存のエンジン自動車に劣るのであろう。

特に充電インフラは、普及が本格化していない。EV充電は電気代が安すぎてマージンを見込めず、ビジネスにならないという共通認識があるようだ。EV充電は自宅で夜間に行うか、勤務先の駐車場で昼間に行うのが主流と言われている。結局、政策優遇のメリットが利便性と使い勝手の悪さを上回っていたのだろう。これでは永遠に財政負担を続けなければならない。

政府側の論理や大義名分だけでは、脱炭素は進まない。消費者・需要家側の意識とコスト負担が問題だ。そうした意味で「全方位・フルラインで商品を並べて消費者の選択に委ねる」というトヨタの方向は正しいのかも知れない。

次期エネルギー基本計画の策定に向けた検討でエネルギー転換に焦点を当てる際にも、消費者・需要家の選択という視点が重要だ。(H)

【シン・メディア放談】再エネタスクフォースが廃止 甘利VS河野が火花散らす


<メディア人編> 大手A紙・大手B紙・大手C紙

中国ロゴ問題を巡り、甘利氏が河野氏を痛烈批判。

総裁選に向けて河野氏はどう動くのか。

─昨年1月に始まった電気・ガス料金に対する補助金が5月使用分をもって終了した。

C紙 朝日が一面で報じていたが、他紙は2面や3面での扱いだった。読者層が高齢化しているので、「くらし情報」として掲載した社が多かったのだろう。補助金の是非は丁寧に取材すべきテーマだが、深く迫った記事は見ない。

B紙 5月22日には、共同通信が「6月電気代、最大46・4%上昇補助金終了、再エネ賦課金負担増」との記事を掲載した。46・4%という上昇幅は衝撃的だが、これは前年同月比での数字。なぜ前月比で報じなかったのか。事業者からは不満の声が上がっていた。

A紙 夏に向けて電力需要が高まる中で、補助金終了のタイミングは最悪だ。料金明細を見た時に驚く人は多いはずで、今後は「電気代、なぜ上がった?」というQ&A方式の記事を目にするかもしれない。


反原発が執筆の足かせに エネルギー記事はウケない

C紙 民放は「電気代が上がって大変だ」とあおり立てる報道が多かった。「なぜ上がるのか」という視点が求められていると思うのだが。

B紙 第7次エネルギー基本計画の議論中で腰を据えた記事を書きたいが、連載記事でも全てをカバーするのは至難の業。エネルギー問題はとにかく複雑で難しい。FIT(固定価格買取制度)とFIP(フィードインプレミアム)の違いを書いても、デスクが理解できるか不安だ。

A紙 エネ基の議論の中心は、電力需要増と脱炭素。この2点を前提にすると、朝日・毎日・東京は、原発を推進できない点が記事を書く上での足かせになっている。

B紙 A紙はリベラル系だが、書く立場としてはどう?

A紙 正直、かなり苦しい(笑)。一方で保守系は、再生可能エネルギーを叩く方向に走りがち。原子力VS再エネという構図にはまると現実的な記事が書けなくなる。

C紙 GX(グリーントランスフォーメーション)基本計画で原発新増設をうたっても、実現できそうなのは1、2カ所だけ。「原発回帰」など象徴的なフレーズが独り歩きしがちだが、こうした実情もセットで伝える必要がある。特にエネルギーはいろいろな立場の人が、それぞれの理想を語っているから……。

B紙 産経も原発の活用を訴えるが、少し詳しい人なら「そうは言っても、資金面はどうするの」と思っている。表面的な記事を書くほど、現実との乖離が目立つ。

A紙「データセンターで電力需要増」と言われても、読者はピンと来ない。人口減の地方ならなおのことだ。遠い話のように思えて、とにかくエネルギーの記事は読者にウケない。

─再エネ規制改革タスクフォース(TF)資料へのロゴ混入問題で動きがあった。内閣府は6月3日に調査結果を公表。翌日には河野太郎デジタル相が同TFの廃止を明言した。

C紙 河野氏の私的な懇談会が公的な審議会並みの権限を持っていたわけだが、同じ神奈川県を地盤とする自民党の甘利明前幹事長がずいぶんと怒っている。6月4日の産経によると同日、「(エネルギー、情報通信の政策を)何の公的権限もオーソライズされない人が決め、関係省庁に指示を出すことはおよそ考えられない」、さらには「とんでもない大臣が来たら暴走する」とまで語ったとか。

B紙 裏ではもっと激しかったらしい。河野氏が地元の例会で自分が描かれたまんじゅうを配った。それを見た甘利氏は「そんなの食べたら、お腹壊すよ」とボソリ(笑)。

C紙 この2人は、いわば原子力と再エネのボス同士。ここまでバチバチにやり合うのは久しぶりだ。


YKKに似てきた「小石河」 蓮舫氏は「惜敗」がベスト?

C紙 9月の自民党総裁選への影響もある。「腕力」という武器を封じられた河野氏がどんな一手を打つのか。小泉純一郎元首相のように、よりポピュリスト的な手法に出る可能性もある。

A紙 かつて小泉元首相は「YKK」(山崎拓氏、加藤紘一氏、小泉氏)を「友情と打算の二重構造」と評したが、「小石河連合」(小泉進次郎氏、石破茂氏、河野氏)も同じ匂いがする。ただ河野氏は次の内閣では要職が予想されるので、今回はあまり動かないかも。

B紙 岸田文雄首相としては、国会への憲法改正原案の提出を狙っていた。いくら安倍派などが「裏金」問題への対応で「岸田憎し」といえど、党の悲願達成に向けて動き出した総裁を引きずり降ろすわけにはいかない。だが政治資金規正法改正案の審議への影響を考慮し、原案提出は見送りに。総裁選に向けた政局の季節がやってくる。

B紙 党が窮地に陥る中で総裁選に手を挙げる人はいるのだろうか。若手を中心に「岸田さんでは選挙に勝てない」という声は出るだろうが、「岸田さんに泥をかぶってもらいたい」という議員も多いはず。

C紙 ちなみに、9月には立憲民主党の代表選挙もある。泉健太代表を交代させたい勢力にとっては、7月7日の東京都知事選で蓮舫氏が「惜敗」するのが望ましい。勝利すれば「泉降ろし」の理由にならず、大敗なら党の勢いが失われてしまう。とはいえ、蓮舫氏は敗れたとしてもすぐに衆議院へ鞍替えるのだろうが。

─エネルギー政策では、河野氏も立民も期待できない。

【ガス】LNGポートフォリオ 柔軟な構築が不可欠


【業界スクランブル/ガス】

LNGを輸入する主要都市ガス各社の業績が好調だが、その一因に各社が調達する長期契約LNGの価格競争力が日本入着LNG価格 (JLC)と比較し高かったことが挙げられる。ガス会社が長契で全量を固めている中、大手電力中心に購入されているスポットLNGの高値に引っ張られてJLCが高騰し、ガス会社の実際の調達価格を上回る状況が続いた結果だ。現在、スポットのJKMは11ドル前後で落ちついているが、過去5年間の平均価格と比較すると引き続き2倍程度高い水準で推移している。

ただし、こうした状況はいつまでも続くものではない。2027年前後からカタール増量、そして米シェールLNG事業の稼働が段階的に進む。

カタールのLNG生産量は24年7700万tから、30年には1億4200万tに増量。また、米国の生産量は24年8500万tから30年1億7000万tに拡大する。これにより、全世界の生産量は24年4億tが30年5・8億tと1・5倍に膨れ上がる。そして、世界の需給は急速に緩んでいく。これによりスポットは27年前後から1~3ドル程度に下落し、長契を下回る。そして、長契で固めたガス会社は安いスポットに手を出すことができず、競争力を失うことに。現在と真逆の状況になるのだ。

市場自由化が進展する中で価格競争力を維持することや、需要量の変化に柔軟に対応できる調整力を持つことは重要なミッション。これからは大勝ちや大負けを回避して、確実に一定の競争力・調整力を確保できるよう、スポット・短期・中期・長期の最適ポートフォリオを構築することが必須条件になる。(G)

脱炭素巡り対立鮮明化 独政府と経済界が非難の応酬


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

ドイツ政府は2045年カーボンニュートラルの実現を国際公約とし、CO2削減目標に多額の予算を投じている。メルケル前政権は環境問題を重視する政策にかじを切り、再生可能エネルギーの導入拡大を軸にエネルギー転換していく方針を打ち出した。21年に発足したショルツ政権も前政権の目標を具体化しようと動いている。

ところが、連邦会計検査院は政府のエネルギー政策に批判的だ。21年にメルケル政権下におけるエネルギー転換政策の怠慢を批判する報告書を出し、今年3月にも2回目の特別報告を発表した。この特別報告は、エネルギー転換実現への措置は不十分で、重大なリスクを抱えていることを指摘。「再エネと電力系統の拡充、並びにバックアップ電源の拡充が遅れている」などと、政権にとって厳しい内容となった。

ハーベック経済・気候保護大臣は、この数日前に「このテンポで継続すれば、プロジェクトを達成できる。われわれは現在、目標達成の過程に入っている」と楽観論を述べていたが、特別報告は「早急にエネルギー転換計画の変更に着手すべき」とこれを全否定した。

ドイツ経済界も、エネルギー政策については会計検査院と同様、否定的な見方だ。政府は21年秋、30年までに脱石炭・褐炭を実現すると標榜しているが、これについてドイツ経団連(BDI)のルスヴルム会長は23年末に、「極めて困難である」との見解を示した。

今年2月にも、「原子力発電と石炭・褐炭発電からの撤退は非現実的だ」と述べており、「国際的な競争市場でドイツ企業に不利益が生じる」と断言。「誰も7年後にドイツの電力供給や電力価格がどうなるのかを確信持って言えない。投資決定を行う企業にとって絶対に有毒である」とも強調した。

さらに4月初旬には、「ドイツ経済の停滞の観点から状況の深刻さを過小評価している」と政権に対する強い懸念を示し、21年末からのショルツ首相の政権担当期間を「失われた2年間」と表現した。これに対し、ショルツ首相は4月末のハノーバー・メッセで、「2年間を振り返って」と題した演説の中で、ルスヴルム会長の名前を上げて反論した。首相府と経済界との対立が鮮明化し、経済界の危機感は募るばかりだ。

このような状況下で、ショルツ政権は政権期間の折り返しを迎えた。23年のGDP(国内総生産)成長率は0.3%、今年の民間予想は0.1%のミニ成長率となっていることから、経済界は危機感を抱いている。

エネルギー政策について、政府は環境理想論を訴えるのに対し、産業界は現実論を主張している。この状況はエネルギー危機下で当分続くことが予測される。現在、政権与党内でも意見がまとまっていない中、25年の予算編成が既に焦点となっている。そして25年秋、国民の信を問う総選挙を迎えるのだ。

(弘山雅夫/エネルギー政策ウォッチャー)

気候変動、科学と活動を区別せよ


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

科学雑誌『ネイチャー』のWeb誌『npj Climate Action』に、英ケンブリッジ大のウルフ・ビュントゲン教授の「気候科学と気候活動を区別することの重要性」という論文が載った。

論文は「ますます多くの気候科学者が気候活動家になっている」ことや「科学者ぶる気候活動家」に懸念を示す。つまり、科学者が情報を選別して使用したり、人類の活動による温暖化を過度に問題視したりして気候問題を政治化すること、そして活動家が自らの主張を道義的に正当化するために科学を利用することを問題視するのである。

著者は、科学者が気候変動に関して特定の立場をとることは否定しないし気候活動自体を批判するわけでもない。ただし、科学的知見が予定された立場を推進するために利用されれば、科学に対する信頼が失われ、気候保護活動などに悪影響を及ぼすとともに、持続的成長やエネルギー転換に関する国際合意を難しくするのだと語る。

気候変動対応の多くは市場原理だけでは成立しないため、「補助金」という名の利権が幅を利かす状況に陥りやすい。一方、「地球環境保護」とか「自然エネルギー」などは、あたかも宗教のように人の善意に訴えかける魔法の言葉である。これに科学という「神の啓示」が加われば、これほど政治的に美味しい世界はない。

エネルギー・環境政策の混乱は、社会のなかで最も弱い層を直撃する。科学的知見の「いいとこ取り」をして、「活動家」と「研究者」の顔を都合よく使い分ける者、それに乗っかって、民主的な手続きもそこそこに独善的な「教義」を押しつける政治家の傍若無人を許してはならぬ、ということではないか。著者は、自己批判的な態度と多様な視点を科学者に求めている。

(水上裕康/ヒロ・ミズカミ代表)

【コラム/7月19日】2024年度第1四半期を振返って


加藤 真一/エネルギーアンドシステムプランニング副社長

7月に入り電力業界で言うところの「夏季」が始まった。事前の見通しでは電力需給は猛暑H1需要に対して最低限必要な3%の供給予備率が確保できるとのことで、節電要請はなかったわけだが、蓋を開けると、気温上昇により一部で需給改善のための電力融通指示が発動され、一方で西日本を中心とした線状降水帯が発生するなど、予断を許さない状況が続いている。そうした中でエネルギーを取り巻く議論は活発さを増している。中長期の戦略や計画策定から、足元の制度設計に至るまで多くのテーマが各審議会で取り上げられている。今回は、2024年度第1四半期の状況を簡単に振り返ってみることとする。


政策立案の大きな動き

まずは中長期的な視点での議論から。この数年、50年カーボンニュートラルの実現という大きな目標を掲げ、そこからバックキャストして30年の温室効果ガス排出削減やエネルギーミックスという目標を設定し、徹底した省エネや再エネ主力電源化などの各種施策が講じられてきた。

一方で、その間にロシアによるウクライナ侵攻やイスラエル問題、新型コロナウィルス感染症拡大などの外部要因により、エネルギーや環境の在り方を単純に語るレベルではなくなり、産業や国民生活と不可分なものと位置づけで対応しなければならなくなっている。そうした状況下で、エネルギー安全保障や電力安定供給の確保、経済成長、そして脱炭素化の3つの柱を同時に実現するというGX(グリーン・トランスフォーメーション)というワードが躍るようになり、そこに新たな商機や投資の可能性を見出すようになった。

この第1四半期では、政府のGX実行会議が約5か月ぶりに開催され、エネルギーと産業、脱炭素を一体で考えるGX2.0の考えが提唱され、新たに「GX2040ビジョン」を4つのフレームワーク(産業立地、産業構造、市場構造、エネルギー)の観点で策定する方針が占めされた。有識者を招いて意見を聴くリーダーズパネルと具体的な議論を行う専門家ワーキンググループ(WG)を7月から始め、24年内を目途にビジョンをまとめる予定となっている。

この中でエネルギーについては、3年ごとの見直しの時期にかかっているエネルギー基本計画の策定に主に委ねることとなる。こちらは既に有識者ヒアリングを2回実施済みである。前回、第6次計画の際に着目されたカーボンニュートラルや再エネ主力電源化といったテーマは、引き続き重要とされつつも、足元の国内外の情勢を踏まえ、エネルギー安全保障や、大規模電力需要増加に対する脱炭素電源の確保とそのために必要な系統増強など、現実を踏まえた意見が多くなっていると感じる。

また、カーボンニュートラルの観点からは、日本の温室効果ガス排出削減目標であるNDC(温室効果ガス削減の国別目標)の次期目標の設定が必要となる。COP28やその後のG7気候・エネルギー・環境大臣会合でも確認されたが、35年の目標を25年2月までに提出することが推奨されており、日本もその趣旨は認識している。そのため、地球温暖化対策計画の改定と併せて議論が着手された。今回は、環境省の中央環境審議会の小委員会と経産省の産業構造審議会のWGとの合同会議となっている。前述の通り、エネルギー・産業・環境が不可分な関係となっていることもあり、このような合同会議での検討になったとみられる。

電力については、昨年度から始めた第5次の電力システム改革の検証に有識者などのヒアリングが完了し、7月から取りまとめに向けた詳細議論が行われている。 大きな政策の方向性としては、毎年6月に出される政府の経済政策が今年も閣議決定されて公表された。いわゆる骨太の方針と新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画、そして規制改革実施計画である。エネルギー関連では、GXと安全保障といったテーマで、足元の状況と今後の政策について記載されている。

【新電力】同時市場検討に疑問符 需給調整手直しが合理的


【業界スクランブル/新電力】

同時市場の検討に危惧を覚えている。経緯を当初から追っていると、「PJM模倣、送配電主導の一元統御に前掛りな人達が、現行制度の欠陥に責めがあるのに、過激な制度変更を主導し安定供給の基礎を破壊してしまう」と感じるのである。

この検討が2022年1月に始まった頃は燃料供給確保を視野に入れた包括的なものだったが、現時点の検討では、限界費用理論、価格規律の従来思考はそのまま、対象電源拡大、PJM参照など味付け改変に意欲を示しつつ、調整力とkW時の最適確保ロジックに絞られている。

さまざまな電源を限界費用一本で評価→高限界費用電源種退出、燃料供給体制脆弱化→21年需給ひっ迫→同時市場検討開始、と私は認識するが、ユニット起動費、最低出力コスト、限界費用カーブを勘案する新市場でも「安さ=稼働」の発想のままなので、高限界費用電源退出は止まらない。一部の経済学者や送配電関係者がまるで「理論を試したい」かのように他制度との関連は後回しで細部を作り込もうとしているのではないかと発電、小売双方で不評だ。「新市場の費用対効果は10倍」というが、これは現需給調整市場の拙さの裏返し。だが、総括反省をついぞ聞いたことがない。

28年度の運用開始を目指すが、システム開発所要期間を踏まえると無理。発電と小売りは新たな札入れ方法に対応するシステム、業務フローを構築しなければならず、費用負担と無駄骨を予感させる。若干の非効率さはあっても、各事業者が乗り入れしやすい需給調整市場の手直しの方が合理的ではないか。検討の意義を再確認してほしい。(S)

欧州議会の「右傾化」 環境政策は見直しの可能性


【ワールドワイド/環境】

6月6日から9日に行われた欧州議会選挙では中道右派の欧州人民党(EPP)、右派の欧州保守改革(ECR)、アイデンティティと民主主義(ID)が議席を伸ばし、中道左派の社会民主進歩同盟(S&D)中道リベラルの欧州刷新(RE)、左派の欧州グリーン・自由連盟が大きく議席を減らし、欧州議会はこれまでで最も右旋回する結果となった。

自身が属するEPPが伸長したことは2期目を目指すフォンデアライエン委員長にとって好材料となるが、再選には特定多数決(加盟国の55%の15カ国およびそれら国々の人口がEU全体の65%以上を占めること)が必要となる。そのためにはドイツ、フランス、イタリアの支持が不可欠だ。加えて、欧州議会の過半数の360超の支持が必要であり、同委員長は2019年と同様、親EUのEPP、S&D、REを中心に欧州議会の多数派を形成する意向である。再選を確実にしたい同委員長はEU懐疑派が結集したECRと重要な政策課題で協力することを示唆しているが、中道左派、リベラル派など従来の支持層は同委員長がECRとの協調路線をとれば支持を取り下げると表明している。既に次期欧州委員長の選定作業は始まっているが紆余曲折が予想される。

19年にフォンデアライエン体制が成立した時は欧州議会選挙で環境政党が大きく伸長し、欧州グリーンディールを最重要政策と位置付け、クリーンエネルギー導入拡大、CO2削減に関する政策、法令が導入された。しかし今回の選挙結果は、移民、経済の優先順位が高まり、温暖化対策の優先順位が下がることを示唆している。

環境政策に懐疑的な右派、極右政党が勢力を伸ばした欧州議会であっても導入済みの法令は取り消せない。ただし法令の多くは今後5年間で見直されるため、右派、極右政党がその実効性を弱めるような抜け穴を設ける可能性がある。特に35年の内燃機関自動車販売禁止については、ECRを実質的に率いるメローニ首相が愚行であると反対し、EPPからも批判が強いため、見直される可能性は高い。また欧州委員会が提示した40年90%削減目標についても右派・極右が勢力を伸ばした欧州議会、加盟国において反発を受けるだろう。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

PFAS問題の論点整理 バイアスに注意し正しく理解を


【業界紙の目】濱田一智/化学工業日報 編集局記者

PFASを巡り「発がん性がある」「米軍基地から漏れ出した」といった報道が連日絶えない。

ただ、紙面やネットに踊る文言の中にはミスリーディングなものも散見される。

PFAS問題を巡る論点を解きほぐしてみたい。まず、PFASとは1万種類以上におよぶ有機フッ素化合物の〝総称〟だ。フッ素と聞いてすぐ思い浮かぶのがフライパンの表面加工だろう。実際、フッ素は水や油をはじき熱に強く、表面加工のほか消火器や半導体、金属めっきなどあらゆる分野で、さまざまなPFASが重宝されている。


環境水か水道水か 努力目標か必達目標か

この1万超のうち「PFOS」「PFOA」という2物質が焦点だ。いずれも動物や人間への有害性が指摘され、日本を含む各国で製造が禁止された(なお「PFHxS」という物質も最近禁止された)。そのため、①現在「基準を超える値が検出された」などと報じられるのは過去の残存分である、②ほかのあまたのPFASは依然として重宝されている―という2点を最初に押さえる必要がある。

次に水道行政について説明する。単に「水」といっても飲み水から海の水まで多種多様だ。日本では、水道水の水質を厚生労働省が、海水や河川水、地下水など(まとめて「環境水」と呼ぶことがある)の水質を環境省が管理してきた。今年4月から水道水の水質も環境省の所管になったが、いずれにせよ、それぞれ求められる水質のレベルが異なることは常識的に分かるはずだ。川の水を直接飲む人間はまずいない。この点が、PFAS報道の真贋を見極める一つのカギになる。

実は、しばしば「基準を超えた」と報じられるのは大半が環境水である。政府の調査によれば、水道水で基準を超えるケースはまれ。一方、環境水で「基準を超えた」との報道が目立つ背景には、社会的関心の高まりに応じて政府が調査範囲を広げたという事情もある。

水道水と環境水で水質の基準は異なる

人間はどうしてもショッキングでネガティブな情報に強く反応する。メディアも同様で、悪いニュースほど報じやすく良いニュースほど報じにくい「出版バイアス」に警戒しなければならない。

これに対しては「水道水だろうが環境水だろうが、基準を超えてはならない」と反論が出るかもしれない。ただし注意すべきは、ここでの「基準」は、日本では現状、死守すべき値(必達目標)ではなく暫定的な目安(努力目標)にすぎない点だ。

なぜなら「PFOSやPFOAの有害性」の正体が、十分に判明していないからだ。確かに「動物では肝機能や体重減少に影響する」「人間ではがんや免疫系に影響する」との研究報告はある。ところが、いずれもデータが限定的で、実際にどの程度の量を摂取すればどのような影響が出てくるか―すなわち「閾値」が分からない。

おそらく一般市民の理解を阻む最大のハードルがここだろう。

そもそもPFOSやPFOAを摂取しすぎて人間に健康被害が出たというケースは、少なくとも日本では確認されていない。この点が、過去に有害性を理由に使用が禁止されたポリ塩化ビフェニール(PCB)やアスベストなど、いわば〝正真正銘の有害物質〟との大きな違いだ。PFOSやPFOAは、研究を進めつつ、暫定的な目安を設けて対応していくしかない。