地域共存を第一にサービス拡充 助け合いの精神で山鹿とともに歩む


【事業者探訪】山鹿都市ガス

温泉街として知られる熊本県山鹿市で、都市ガス小売り事業を営むのが山鹿都市ガスだ。

人口減少が深刻化する中、助け合いの精神を大事に地域に根差した事業を展開している。

熊本県北部に位置する山鹿市は、九州を代表する名湯「山鹿温泉」や1910年に建てられた芝居小屋「八千代座」などで有名な観光地。毎年8月に催される「山鹿灯籠まつり」には、多くの観光客が訪れる。

同市は明治時代に、県北部を流れる菊池川の水上交通の要、物産の集散地として発展した。

肥後・熊本(熊本市)と豊前・小倉(北九州市)をつなぐ「豊前街道」の中間地点に位置し、九州屈指の宿場町でもあった。

同市で都市ガス事業が始まったのは1970年。それまでLPガスが主流だったが、都市ガスの普及が急務となった。この動きを推進したのは、旧山鹿市の青年会議所の有志で、同所が出資し、山鹿ガス(現・山鹿都市ガス)を設立した。

岡本曉宗社長

同社は今年、設立から54年を迎えた。1市4町が合併する前の旧山鹿市を供給エリアとし、一般住宅、飲食店、医療施設、宿泊施設などの家庭・商業用に都市ガスを販売している。民間企業の工場がないため、工業用などの大口契約はない。また、同市にはLPガス事業者も多く、供給エリア内の同社の普及率は50%だ。


ガス供給で観光業下支え TSMCの効果に期待

市中心部で湧き出る温泉の温度は、30~40℃前後と比較的低いという特性がある。このため、旅館などの宿泊施設では源泉をボイラーなどで昇温する必要があり、この加温作業に用いられているのが、同社が供給するガスだ。地域の主力産業である観光業には欠かせないエネルギーインフラを、長年陰から支えてきた。

ガスの原料にはLNG(液化天然ガス)ではなく、プロパンガスと空気を混合して供給するPA13A方式を採用している。山鹿市古賀にある本社に隣接するガス製造基地には、毎時1万6800㎥のガス発生設備や335㎥の貯蔵能力を持つ中圧ガスホルダーなどを備える。

事業継続の上で一番の課題は、山鹿市の人口減少による供給先の減少だ。市町合併が行われた2005年1月時点の人口は約6万人だったが、現在は約4万8000人と、徐々に減少し続けている。

現在のメーター取り付け数は約3000件だが、実際に稼働しているのは2300件ほどにとどまる。コロナ禍の影響もあったとはいえ、23年度には例年の年間ガス販売量80万㎥を下回ってしまった。

事業の存続が危ぶまれる中、転機をもたらすことが期待されるのが、今年2月に開所した熊本県菊陽町の台湾積体電路製造(TSMC)の熊本第一工場だ。半導体工場の城下町となった菊陽町では、TSMCに関連する工業団地の建設が進み、同社社員や建設作業員の住宅地の建設も進む。それは、第一工場から北西約30‌Km圏内にある山鹿市でも同様だ。

岡本曉宗社長は「工業団地の進出に伴い、山鹿市でも住宅地の建設が始まる見通しだと聞いている。最近では、市内での工場新設を視野に入れる半導体関連の企業も出てきている」と、半導体工場立地の効果を話す。

本社に隣接するガス製造基地

第一工場から南西に進むと熊本市がある。同市は政令指定都市の中でも渋滞箇所数ワースト1位の「渋滞都市」。通勤の混雑を避ける点からも、山鹿市が住宅用地として注目されているという。

2月に第二工場の建設が決まって以降は、県外から訪れた建設作業員が宿泊施設を求めて山鹿市にやってくることも。市内では、作業員用の仮設住宅の建設があちらこちらで始まっている。半導体関連の工場建設に伴い、「家庭用の供給先増加につながれば」と期待を込める。

【原子力】中間貯蔵施設が稼働へ 青森県・むつ市は誇りを


【業界スクランブル/原子力】

青森県むつ市の中間貯蔵施設の安全協定が8月9日、青森県とむつ市、事業主体のリサイクル燃料貯蔵(RFS)、東京電力HD、日本原電との間で締結された。最終容量は5000tで、1棟目は9月中に原子力規制委員会の使用前確認を経て操業を開始する見込みだ。

福島第一原発事故前には毎年900tを超える使用済燃料が発生し、六ヶ所再処理工場の再処理能力である年800tを超えていた。しかし、今後再稼働が見込まれる原発から発生する量は、せいぜい年600tだ。

一方で、再処理工場の操業開始が大幅に遅れ、中間貯蔵の意味合いは変わった。東海第二も柏崎刈羽も、ともに運転を再開すれば使用済み燃料の貯蔵余裕はごく数年分と推定され、早急に中間貯蔵施設に移す必要がある。

青森県内では永久貯蔵を懸念する声が聞かれるが、心配無用だ。青森県知事の問いに対して、すでに国は次期エネ基に六ヶ所再処理工場の長期利用に触れると回答している。

そもそも中間貯蔵施設に貯蔵される5000tが再処理される頃には高速炉サイクルの時代を迎えている。高速炉では使用済み燃料の4分の3程度を核分裂でリサイクル利用でき、熱効率も高い。仮に日本の年間電力需要である1兆kW時の20%を原子力に委ねるとすれば、1gが1MWdのエネルギーを発生するから5000tの使用済み燃料は175年分、日本全体の電力需要の35年分に相当する。青森県とむつ市には莫大なエネルギー供給の基となる使用済み燃料の備蓄を引き受けることを誇りに思ってほしい。核燃料サイクルが日本の将来を救うのだ。(H)

酷暑の中で考える再エネ 脱炭素化は喫緊の課題


【リレーコラム】三宅成也/再生可能エネルギー推進機構代表取締役

暑い、とにかく暑い。原稿を書いている8月4日の外気温は35度を超えており、今夏も昨年に引き続き耐えがたい暑さが続いている。気象庁の発表によれば平均気温は暑かった昨年の最高記録をさらに上回り、統計開始以降最も高くなったという。残念ながらこの気温上昇や昨今の異常気象は、人為的な温室効果ガスの排出が原因であることはほぼ間違いないと言われている。そのことからも電力を含むエネルギーの脱炭素化は、人類にとって今すぐ行動すべき喫緊の課題として突きつけられているのである。巨大インフラである電力システムの脱炭素転換は容易ではない。だが、これは人類の存続に関わる問題として国、業界を挙げて一刻も早く真剣に取り組み、実現せねばならない。このような供給サイドの大きな取り組みの一方で、一市民、われわれ個人として何ができるであろうか。

江戸時代には「水うてや蝉も雀もぬるる程」という句がうたわれたように、庶民が涼を取る手段として打ち水がもてはやされていた。しかし、この暑さにはまさに「焼石に水」でしかなく、現代においてはエアコンに頼る以外方法はない。ここで私の一つの実践は、自宅に太陽光発電と蓄電池を導入することによるエネルギーの自給自足である。私が自宅に太陽光を導入してまず気づいたことは、特に夏の昼間のエアコン需要と太陽光発電はとても相性が良いことである。日本の住宅は気密・断熱性能が低く、夏の昼間は冷房に使う電力量が大きくなる。ところが、この電力を太陽光発電で給電すれば、夏の酷暑でエアコンをフル回転させても買電メーターは回らず、CO2も排出しないので罪悪感を抱くことはない。また、蓄電池のおかげで夜の残りの時間はおおむね昼に蓄電した電力で朝まで供給してくれるので、夜寝る間も電気代を気にせずに快適に過ごすことが可能となった。


蓄電池パリティ実現も近い

このようにわが家の酷暑の電力需給において、太陽光発電と蓄電池によりほとんど外部から電力を購入することない半自給自足が実現した。問題は太陽光発電と蓄電池による電力コストである。脱炭素化においてコストをいくらかけてもよいわけでない。日本の蓄電池価格はまだ高く補助金が前提となる。ただ太陽光パネルと同様、世界ではリチウムイオン電池の性能向上と価格の急速な低下が進んでおり、系統電力と自家発電の価格が均衡する蓄電池パリティの実現もそう遠くはない。誰もが太陽光発電と蓄電池で、電力を使うことをためらわず快適な自立生活を手にいれることが当たり前になるよう願っている。

みやけ・せいや 関西電力原子力部門を2007年に退職、ADL、KPMGで多様な業界のコンサルティングを経験。みんな電力を経て23年1月より現職。再エネアグリとして再エネ電源の地域活用・推進に取り組む。

※次回は、東芝ネクストクラフトベルケの新貝英己代表取締役社長です。

【石油】航空燃料不足は物流要因 経営効率化が招く危機


【業界スクランブル/石油】

国際線増便のネックとなっていた航空燃料不足問題の対応策について検討してきた官民タスクフォースの行動計画が、7月に開かれた政府の観光立国推進閣僚会議で了承された。内容的には、製油所の廃棄による燃料生産不足ではなく、内航タンカー・タンクローリーや空港で給油する作業員の不足といったロジスティクス(物流)上の原因であるという石油元売り側の主張が認められた。

行動計画には、年2回の航空ダイヤ改正時の増便計画の早期確定といった内容も盛り込まれた。注目されるのは「成田国際空港会社」による燃料直輸入だが、安全運航に必要な品質維持の責任を果たす観点で、1回限りの象徴的な対応にとどまるであろう。

背景には、近年の石油・運輸業界の経営効率化や、迫る物流の「2024年問題」に加えて、コロナ禍の航空需要激減に伴う給油作業員のリストラもあった。円安進行に伴う予想外のインバウンド(訪日客)急増もあろう。

ジェット燃料の供給契約は通常、石油元売りと航空会社間で結ぶ直接契約であり、所有権移転は航空機への給油時となる。物流を含む供給責任や航空機の安全に直結する品質維持の責任は元売りにあり、これらに責任が持てない以上契約しない。

近年の燃料安定供給問題を見ると、地震・災害時を含めて、圧倒的に物流上の問題が多い。備蓄や在庫があっても運べなくては意味がない。経営効率が重視される中、物流で余裕がなくなっている。これは航空会社でも同様だ。

こうした問題は今後も起こり得る。すぐに増便が計画できる中国・東南アジア系航空会社がうらやましい。(H)

【シン・メディア放談】敦賀2号の断層問題で割れる報道 一部メディアは規制委の主張うのみ


<メディア人編> 大手A紙・大手B紙・フリーC氏

敦賀2号の再稼働を阻む決断が下された。

初の不合格にメディアも色めき立った。

―日本原子力発電・敦賀2号機の断層問題を巡り、原子力規制委員会が新規制基準に不適合との初の判断を下した。

A紙 2回にわたり「規制委の偏向審査、強引な幕引きは許されぬ」などとした産経の社説は大胆だった。読売の社説は、エネルギー供給体制の面から原発が必要だとの意見がにじみ出ていた。東京や朝日、毎日は「廃炉を選ぶべき」などとし、原電が資料書き換えで信頼を失った点に焦点を当てた。いずれもそれぞれのカラーが出ている。

B紙 規制委は「K断層」の活動性や原子炉直下まで連続する可能性が否定できないとしたが、そこで止めてはダメだ。例えばK断層は「逆断層」だが、原子炉直下の「D―1断層」は「正断層」であり、両者がどうつながるのか、いまだに意味不明。審査が十分し尽くされたとは思えない。今回の結論に至るにしても、例の地質学者の委員の任期が迫っているからこのタイミングかと言われても仕方がない。そうではないと信じたいが。


原電への不信感拭えず 規制の在り方国会で議論を

C氏 今回の報道には恐ろしさを感じた。産経以外、規制委への批判的視点が欠けている。本質は安全性の審査が妥当かどうかだが、一部メディアは規制委の主張をうのみにし、国家権力の乱用や民間企業の財産権侵害には一切触れない。行政が一企業をつぶすような重い決定だ。産経や読売の書きぶりも足りていないよ。また、国会閉会中とはいえ政治の沈黙も不気味だ。

―規制委は「悪魔の証明」と言われることをことさら嫌がっているようだね。

A紙 でもこれ以上審査を続けても結果は変わらなかったろう。規制委からすれば数年前から原電の対応が求める水準に達しておらず、いら立ちを募らせてきた。ほかの事業者ができることがなぜできないのかと、相当な不信感があった。逆によくここまで判断を引っ張ったと思うよ。

C氏 しかし約10年前の有識者会合のころから同じ論点を繰り返したり、外部の意見を「どうとでも取れる」などと受け止めたりと、今のルールにはいくつも疑問に思うことがある。特に12万~13万年前という活断層の判断基準の根拠は今でもよく分からない。

―神学論争に対する多様な問題提起があって良いと思う。

C氏 いずれにせよメディアは、敦賀2号が稼働すれば年間数百億円もの経済価値を生み出すことをもっと意識してほしい。

A紙 安全性が確認できないとされた炉の経済性を論じる意味はないのでは? 経済産業省や政治が規制委の判断に何か言うこともおかしい。朝日・毎日・東京からしたら、ここまで判断を伸ばした規制委の態度も甘いと思うはず。一方、原子力推進・反対に関わらず、規制や審査の在り方について関連法見直しの議論が国会で行われていないことはよろしくない。

B紙 政治の胆力のなさは痛感した。効率性や経済性の視点がない審査や基準が妥当なのかという根本課題に手をつけるには、規制委設置法の見直ししかない。これは政治の役割。現場は今ぎりぎりの状態で、これ以上動かないままなら人材がいなくなる。経済のために動かしたくても動かせない可能性があるのだから、日経はもっと切り込んでほしい。


遂に中間貯蔵事業開始へ 河野氏の変節が話題

―青森県を巡っても動きが。使用済み核燃料の中間貯蔵施設の事業開始に向け、関係者間で安全協定が締結された。

C氏 この件では各紙冷静だった。ただ、自らと県の利益を見据えた宮下宗一郎知事の裏の狙いを掘り下げた報道を見たかったし、日本原燃の再処理工場完成がまた延期しそうな話と絡めた記事も見当たらなかった。

B紙 地元紙はもう少し深い記事を書いているはずだ。一方、核燃料サイクルに批判的な人たちが最近X(旧ツイッター)などで「乾式貯蔵で良いのでは」「米国では露天で保管している」などと冷静な意見を発信し始めるという、意外な変化もある。

A紙 今後、ほかの地域で何カ所施設ができるかが重要だ。一方、使用済み燃料への課税率を巡っては、貯蔵期限と絡めた駆け引きがまだ続くだろう。いずれにせよ、中間貯蔵が現実に始まろうとしていることは感慨深く、大きな節目。今後はサイクル政策の課題に結び付けた報道も増えそうだ。

C氏 やはり青森での最終処分はないことも改めて分かった。

B紙 それは青森にすべきではないよ。沖縄米軍基地問題同様、地域を分散させなければ、どうしてもひずみが生じる。

―さらに7月31日に河野太郎氏が東海第二原発などを視察し、脱原発を軌道修正したとの記事も気になった。

B紙 囲み取材で、安全性が確認された原発再稼働容認の考えを示したと強調する記事があったが、ポイントはそこじゃない。「核燃サイクルはやめるべきだ」という持論を今回言わなかったことこそ注目すべきだ。総裁選を控え周辺から相当言われたようで、さすがに「サイクルを回す」とまでは言わなかったが、マイナスからゼロには引き上げた。なんとしても麻生派の票を固めたい思いが見えた場面だ。

A紙 でも河野氏は勝てるかな。仮に首相になったとすれば、やはり持論は譲らなそう。ただ、原子力は総裁選でも論点にはならないと思うがね。

―そしてお盆には岸田文雄首相が総裁選不出馬を電撃発表し、先行きは混とんとしている。次回のテーマはこれで決まりだな。

【ガス】LPガス業界は当面混乱 商慣行是正の道程長く


【業界スクランブル/ガス】

液石法省令改正が7月2日に施行された。併せて「取引適正化ガイドライン」および「施行規則の運用及び解釈の基準」が改正されている。今回施行したのは、「過大な営業行為の制限」と「LPガス料金等の情報提供」についてで、LPガス事業者が不動産・建設関係者などに対する設備貸与、紹介料などの過大な利益供与といった行為が禁止された。

これまでの議論は主に賃貸集合住宅についてで、戸建てでは「無償配管は良くない」との方向性は出されたが、具体的には何も決まっていない。省令改正後、切り替えの主戦場を賃貸集合住宅から戸建てにシフトした事業者も多い。安値売り込み合戦が激化しており、自社ウェブサイトに掲載している標準価格の半額などで勧誘する事業者もいる。

ガイドラインでは、問題となり得る行為の例として「消費者に対して値上げありきの安価なLPガス料金を提示すること」を挙げており、これに該当する商行為は多い。過大な営業行為について、LPガス業界では具体的な適用範囲と運用方法、線引きなどの具体例の提示を要請していたが、経済産業省はあらかじめ網羅的に示すことは困難とし、通報フォームに寄せられた事例などを積み重ねて今後、見直していくとした。

来年4月2日には「三部料金制の徹底」が施行される。LPガス事業者の約7割が二部制料金を採用する中、今後、契約の見直しやシステム、14条書面の変更などが生じることになる。オーナーらと既存契約の中で投資した設備費用をどのように清算、回収するのか、といった検討を急がねばならない。まだまだ業界の混乱は続きそうだ。(F)

G7とグローバルサウス〈上〉 中東での空爆応酬と船舶攻撃


【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

世界の分断と再統合のせめぎ合いの中で、2024年のエネルギー情勢は、これまでウクライナ戦争の継続、中東情勢の緊迫化にも関わらず、大きな供給制約は顕在化せず、原油価格は比較的平穏に推移した。WTIの1~7月平均は79.94ドル。石油・海事産業動向においては、イエメン武装組織フーシ派の船舶攻撃によるサプライチェーンの混乱、運賃コストの上昇がみられた。

1月28日にはヨルダン北東部で、イランが関与したとみられる無人機攻撃により米軍の拠点が攻撃された。イランは関与を否定したものの、米軍は報復として、2月2日にイラクとシリアのイラン革命防衛隊および関連組織の拠点を空爆した。陸上地域においては、ハマス、ヒズボラ、イラクのシーア派民兵組織などイランが支援する軍事組織と米国との戦いが展開される一方、海上ではフーシ派の攻撃が相次ぎ、紅海航路から喜望峰を迂回する船舶が増加した。

フーシ派の船舶攻撃に対し、米国は紅海を航行する商業船舶の安全航行を守るため、「繁栄の守護者作戦」を開始した。同作戦には米英、加、仏、伊、蘭、西など有志国が参加、紅海の巡回を開始した。米国ブリンケン国務長官は、1月10日、バーレーンで「紅海での船舶攻撃により世界の海運の20%近くが中断・迂回させられている。地域紛争を抑止し自由通航を確保するため、紅海での海上安全保障を守り続ける」と言明している。

陸上では、7月にイスラエル軍がフーシ派の拠点を空爆したのに対し、フーシ派は弾道ミサイルで反撃する展開が見られた。イスラエル軍は20日、イエメン西部ホデイダにあるフーシ派の拠点を空爆した。イスラエル当局によれば、本空爆は19日にフーシ派によるテルアビブ中心部への無人機攻撃への対抗措置である。7月21日、NHKによれば、イスラエルがイエメン空爆を明らかにしたのは初めてで、攻撃応酬の激化が懸念される。

16年1月以来、国交を断絶していたサウジアラビアとイランは、中国の仲介により23年3月10日国交を正常化させることで合意したが、同合意の背景には、フーシ派のサウジへの攻撃をイランに抑制させる目的があるという観測があった。しかしながら、フーシ派の軍事攻撃の帰趨を含め、現下の中東情勢の展開は11月の米国大統領選までは予断を許さない。

イスラエルを組み込んだアブラハム合意は中東和平の実現に重要であったが、枠組み完成の直前、23年10月にイスラエルとハマスの軍事衝突が勃発したため、空中分解した。同合意は前トランプ政権が発案したものであり、前大統領が今次大統領選挙に勝利すれば、同合意は仕切り直しとなる可能性がある。その場合、7月5日のイラン大統領選挙で勝利した改革派のペゼシュキアン氏が対米政策を変えるのか、対米政策が変わった場合、米国はどう出るのか、現状では全て米大統領選挙結果次第である。その点からはフーシ派の船舶攻撃は11月まで継続する可能性が大きい。

(須藤 繁/エネルギーアナリスト)

米国を泥沼に誘うイスラエル


【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

7月31日未明にイスラム組織ハマスの政治指導者ハニヤ氏がテヘランで殺害された事件を、8月1日付のニューヨークタイムズ紙が詳報した。

ハニヤ氏の宿泊した客室に約2カ月前から爆弾が仕掛けられ、遠隔操作で起爆。隣室に居た「イスラム聖戦」グループの指導者ナハラ氏は無事だった。その高度な技術は「AIロボット」を用いた2020年のイラン・核科学者暗殺事件と酷似。イスラエルは公には沈黙を保つが、事件直後に米政府などに詳細な説明を行った。

イランのペゼシュキアン新大統領の就任宣誓式に出席した直後、しかも厳戒下にあるイラン革命防衛隊の施設内だった。イラン最高指導者ハメネイ師は直ちにイスラエルへの報復を指令した。

ハニヤ氏はガザ地区での停戦交渉を担っていた。この直前に、イスラエルはベイルートを空爆し、ヒズボラの軍事司令官も殺害。停戦どころか、ヒズボラ、フーシ派およびその支援者イラン、全ての反イスラエル勢力との同時全面戦争に直結し得る。米政府はハニヤ氏暗殺を事前に知らされておらず、同紙は同日、別の記事で「米大統領選の混乱がロシア、中国、北朝鮮を利すると懸念していたら、乗じたのはイスラエル」と皮肉った。

ネタニエフ首相は7月24日の米議会における演説で、ガザ侵攻・反イスラエル武装勢力との戦闘を、善と悪との戦い、イランの脅威から米国を守る防衛戦と言い放った。今回の暗殺手法には異説もあるが、対イラン戦争の泥沼に米国を誘う暴発的行動であることに変わりはない。米国が忍耐強く正気を保ち、中東を紛争拡大から緊張緩和へと反転させる、その指導力が問われている。本稿執筆時にはいまだイラン側からの報復攻撃は起こっていないが、中東は重大な岐路を迎えている。

(小山正篤/石油市場アナリスト)

【新電力】国益に資する蓄電池 予見性ある制度設計に期待


【業界スクランブル/新電力】

今年も暑い夏を迎えている。もはや記録的猛暑という表現が陳腐化している印象すらあり、大手発電事業者の夏場の電力需要増加への備えは盤石と見える。記録的猛暑と言われた昨年は電力卸市場が極めて落ち着いていた。今夏も記録的猛暑と言われてはいるが、電力卸市場は、暴騰することなく推移するのであろう。

とはいえ、今年7月の電力卸市場のエリアプライスは、東京エリアでは昨年同月と比べ5円近く高い。火力発電所の主たる燃料であるLNG輸入平均価格も昨夏より高値で推移している。新電力各社にとり、卸市場からの調達・火力発電所からの相対卸契約、どちらを採用しても調達コストは上昇する結果となっている。電力小売事業は、逆ザヤリスクこそ低減しているが、同時に高収益も望み薄という状況である。新電力各社は、新たな収益源を模索する時期に差し掛かっていると言える。

この状況下で注目すべきは需給調整市場だ。特に3次②は応札価格の上限が設定されていないこともあり、100円を超えるブロックが頻出。蓄電池設置者にとり、投下資金の確実な回収が可能であり、新電力各社としても、新たな収益源として蓄電池ビジネスを真剣に検討すべきだ。

規制当局が、行き過ぎた落札価格是正のため、運用ルール見直しに着手していること自体に異議は無い。一方で、大規模蓄電池設置には、用地や系統の確保に時間を要することに加え、巨額の資金が必要である。当局には、迅速かつ、投下資金回収の予見性がある制度設計を期待する。蓄電池導入拡大は新電力のみならず、国益に資することを、肝に銘じるべきである。(S)

民主党大統領候補にハリス氏 実績から読むエネルギー公約


【ワールドワイド/環境】

先月は2024年大統領選に向けた共和党の政策綱領について紹介したが、対する民主党ではバイデン大統領の撤退とカマラ・ハリス副大統領の大統領候補指名が確実となった。ハリス候補のエネルギー、温暖化に向けた公約は明らかにされていないが、これまでのトラックレコードからある程度の想像はつく。

ハリス氏はサンフランシスコの地方検事時代、米国初の環境正義部門を創設した。カリフォルニア州司法長官として、排ガス不正ソフト搭載を理由にフォルクスワーゲンから、また環境破壊を理由にフィリップス66とコノコフィリップスから数百万ドルの和解金を獲得している。上院議員としては、19年のグリーン・ニューディール決議案を共同提案している。

19年の民主党大統領予備選ではバイデン候補(当時)よりもはるかに野心的なグリーン・アジェンダ(炭素税の導入、公有地での石油・ガス採掘の禁止、地球温暖化対策のための1000億ドルの投資など)を提唱した。バイデン政権の副大統領としてはインフレ抑制法を強く推進し、上院で50対50で拮抗した際、上院議長として51票目を投票して法案を成立に導いた。

バイデン大統領の代理で出席したCOP28では「気候科学を否定し、気候変動対策を遅らせ、気候変動への不作為をごまかし、何十億ドルもの化石燃料補助金をロビー活動で賄う企業」を強く批判し、緑の気候基金に30億ドルをプレッジした。自らの大統領候補指名が確実になると、同氏はトランプ前大統領の「ビッグオイル(石油大手)」 との関係を攻撃し始めている。

同氏はバイデン大統領に比して左派を支持基盤としており、グリーン色の強い施策を打ち出す可能性が高い。サンライズ・ムーブメントなどの環境NGOが同氏の大統領候補指名を歓迎していることも当然だ。トランプ陣営は同氏を「バイデン政権の極左路線の原動力」と攻撃している。ただ気候変動は米国民の優先順位ではない。ピューセンターが今年1月に行った意識調査では米国民の24年の最大関心事は経済の強化であり、気候変動は20項目中の18番目にすぎない。気候変動を優先課題に位置付けるのは民主党支持者の59%に対し、共和党支持者は12%に過ぎず、党派性が最も強い分野でもある。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【電力】資源小国日本 長崎市長の言説に危機感


【業界スクランブル/電力】

毎年8月9日に行われる長崎平和祈念式典に、今年は駐日イスラエル大使が招待されなかったことから、日本以外のG7諸国の駐日大使が軒並み欠席を決め、ちょっとした外交問題になっている。長崎市はロシア、ベラルーシ、イスラエルを招待から外したが、ウクライナに侵略戦争を仕掛けているロシアなどと、テロ組織ハマスとの自衛戦争を戦っているイスラエルを同列に扱うなということであり、これが西側の常識だ。

ところが、SNSを眺めていると、長崎市長の決定に賛同する声も結構ある。反米思想を拗らせたような向きは一定程度存在するにしろ、テロ組織ハマスにあたかも一分の理があるかのように、イスラエルばかりを批判し続ける国内メディアの報道ぶりも少なからず影響しているだろう。

これに対して長崎市長が「政治的な理由で招待しないのではなく、あくまでも平穏で厳粛な雰囲気の下で式典を円滑に実施したいというのが理由」と弁明したと伝えられる。これは過激なデモを市当局がコントロールできないと表明したに等しく、市当局の無能ぶりを露見させただけといえよう。

ロシアによるウクライナ侵略以降、民主主義の価値観が通じない勢力の存在感が強まっている。資源小国のわが国が直面する地政学リスクは高まる一方だが、にもかかわらず、日本が石炭火力の廃止を表明して世界に範を示すべきだといった、別の意味で現実から目をそむけた言説がいまだに幅を利かせているのは、憂うるべきことだ。

そもそも、昨今の国際情勢の中、気候変動は果たして優先課題なのだろうかとすら思えてしまう。(V)

入札制度・仕様見直しも 仏で浮体式洋上風力巡り物議


【ワールドワイド/経営】

フランス政府は5月15日、ブルターニュ地方南部で計画されている25万kWの浮体式洋上風力開発事業を風力開発事業者エリシオと再エネ事業者バイワ・アール・イーのコンソーシアムが落札したことを公表した。浮体式でこの規模での落札事例は商用としては世界初と報じられ、予測よりも低い1000kW時当たり86・45ユーロという落札価格も業界関係者にとって驚きの結果となった。政府は「浮体式が価格競争力を有することの証明」と称揚するが、一方で批判的な意見や憂慮を表明する事業者やメディアも散見される。

欧州の風力発電事業者団体ウィンドヨーロッパは低価格での落札に至った要因として、送電事業者RTEによる大部分の系統接続費用の負担や、開発に適した立地環境、インフレスライド条項を備えた差額決済契約(CfD)による支援スキームの三つを挙げている。このように制度やプロジェクト固有の特徴に起因する部分が大きいため、同団体は、本事例をもって今後の欧州での浮体式洋上風力開発における指標とみなすことはできない、との見解を示している。

また入札の審査を行った仏エネルギー規制委員会(CRE)は当初、別の事業者を落札者として政府に推薦したが、その事業者は資材の高騰や借入コストの増加を理由に入札保証金の支払いに応じず推薦を辞退した。結果的に次点入札者のエリシオとバイワ・アール・イーのコンソーシアムが繰り上げで落札者となったが、プロジェクトの実現性を懸念する声が業界から挙がっており、入札制度および仕様の見直しも求められている。

こうした声を受け、現在CREは入札仕様の改正に向けて事業者との対話を進めており、財務モデルの健全性や欧州域内で生産された製品やサービスの活用度合いを評価基準に反映するなど非価格基準を重視した評価体系への転換が図られている。

他方フランス政府は、2050年までに洋上風力発電を4500万KW運開させ、原子力に次ぐフランス第二の電源に成長させる目標を掲げている。目標達成には開発対象海域の特定や許認可審査といったプロセスの迅速化が課題で、一連の手続きの簡略化に関する法案が議会に提出された。一方で7月の下院選によって政治情勢が混迷を深める中、今後採択される政策へも影響が及ぶと考えられるため、洋上風力を含めた再エネ開発に対する政府の姿勢の変化を注視していく必要がある。

(伊藤 格/海外電力調査会・調査第一部)

イスラエル・レバノン戦線注視 エジプトのガス需給に影響も


【ワールドワイド/資源】

パレスチナ自治区のガザ地区における戦争の開始から間もなく1年が経過しようとしているが、その戦火は依然として止むことはない。7月末にはイスラエルがレバノンの首都ベイルートへの空爆でイスラム主義組織ヒズボラ高官を殺害し、その数時間後にはハマスのハニヤ政治局長が暗殺された。ハニヤ氏はイランのペゼシュキアン新大統領の就任式のためテヘランを訪問していた際、イスラエルに何らかの手段で殺害されたと考えられ、攻撃直後にはイランとイスラエルとの直接対立の激化とエネルギー市場への悪影響が懸念された。

原油価格は攻撃直後に1バレル当たり2~3ドル程度上昇したが、2日後の8月2日には攻撃前より低い水準まで落ち着いた。今般の戦争にはイランやサウジアラビアなどの大産油国が直接関与していないほか、イスラエルやヒズボラなど非国家主体を含む各当事者は全面的な地域紛争を求めていない。これまで紛争がペルシャ湾岸産油国を巻き込むほど拡大する気配がないことから、市場にも地政学的リスクに起因する長期的な上方圧力は生じていない。むしろ米国や中国の経済・エネルギー需要見通しが懸念されていることを受けて、価格が下落基調に向かっていると理解されている。

今後最もエスカレーションのリスクが高いのは、イスラエル北部・レバノン南部の戦線だ。ここでは昨年10月の紛争開始直後から、イスラエル国防軍とヒズボラとの低強度紛争が継続しており、7月のヒズボラ高官の殺害などを機に対立がエスカレートし、本格的な地上戦に突入する可能性も排除できない。そうなった場合、イスラエル北部の天然ガスインフラが攻撃対象となる可能性がある。

イスラエルは2020年ごろから大規模ガス田の生産を開始し、自国のほかにヨルダン・エジプトにもパイプラインガスを輸出している。特にエジプトは国内ガス需要が高まる一方で自国のガス生産量が急減しており、イスラエルは自国のガス需要を満たすとともに、アジア・欧州へのLNG輸出を継続するための不可欠なガス供給源となってきた。エジプトは今年既にLNG輸出を停止し、スエズ湾岸・ヨルダンのアカバ港を通じたLNG輸入を開始している。イスラエル・レバノン間での紛争激化に伴い北部ガスインフラが損害を被ることになれば、エジプトのガス需給をますますひっ迫させる事態になりかねない。

(豊田耕平/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

日本の自動運転技術の現状 解決すべき課題は山積


【モビリティ社会の未来像】古川 修/電動モビリティシステム専門職大学教授・学長上席補佐

自動運転は、走行目的によって二つに分類される。図は将来の究極の自動運転社会実現に至る発展の過程を示しているが、右側経路がオーナーカー、左側が物流・交通サービスの自動化である。

オーナーカーは、各メーカーが独自に開発を続けており、ホンダが2021年に世界で初めてレベル3の自動運転システムを実用化した。このシステムは、高速道路限定で時速60km以下の低速度でしか機能しない条件になっている。最近ではメルセデス・ベンツが米国でレベル3の自動運転システムを実用化しているが、走行条件はホンダと同様に高速道路で低速度に限定されている。

自動運転社会実現に至る過程

物流・交通サービスについては、産学官連携のオールジャパン体制で各種の自動走行サービスをテーマとした開発事業が進められており、実証実験が行われている。現在は特に「ラストマイル自動走行サービス」が高齢者などの交通弱者の移動手段確保の社会課題解決手段となるサービス事業として期待されている。

これは、地方での道の駅などを拠点として短距離を低速で車両を自動走行させて、交通弱者の移動に役立てようというものである。日本全国で多数の実証実験が実施されているが、まだ継続性を維持できる商用サービスとして社会実装されたものはない。社会実装へ向けた大きな課題は二つあり、一つは安全性の担保であり、もう一つは、ビジネス性の確保である。

この課題の両者はお互いに関連しており、安全性確保には、自動化レベル2で安全監視のための補助ドライバーに同乗させる必要があるが、これでは地域の交通課題である、専門サービス従事者の数が低減していることへの対策とはなっていない。現在の「ラストマイル自動走行サービス」の実証実験のほとんどは、このレベル2で走行実験が行われている。

福井県永平寺町での実証実験では近年、レベル4と称して無人カートで時速20km以下で自走走行して地域住民の移動に充てる実証実験が実施されているが、これは無線通信によって自動走行カートの運転映像や走行データを安全監視センターに伝送し、それを監視員が常時確認するという安全担保策が用いられている。一人の監視員が複数の自動走行カートの走行画像やデータを監視することによって、専門サービス従事者の数を削減できるとしている。しかし、低速走行とはいえ、一人の監視スタッフが同時に複数の自動走行車両の安全を監視できるかどうかは、大きな疑問を感じる。実際23年11月には、このレベル4の自動走行実験で車両が停止中の自転車と接触する交通事故が発生している。

このように、「ラストマイル自動走行サービス」には解決すべき社会課題や技術課題が山積している。しかし、地方での高齢者等の交通弱者の移動手段を確保することは、高齢化が進む日本において緊迫した課題であり、新たな技術イノベーションやサービスシステムの創生が必要である。

筆者は、山形県で、低コストで安全・安心できる自動走行技術の研究開発に着手している。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: EF-20240401-051a.jpg
ふるかわ・よしみ 東京大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ホンダで4輪操舵システムなどの研究開発に従事。芝浦工業大教授を経て現職。

中東では「影の戦争」が顕在化 安定化の努力と緊急時の備えを


【オピニオン】坂梨 祥/日本エネルギー経済研究所 中東研究センター長

日本がエネルギー安全保障の面で依存する中東地域情勢は、今日再度不安定化している。長年にわたり水面下で繰り広げられてきたイスラエル・イラン間の「影の戦争」が、今や顕在化しているためである。

両国間の対立激化の背後には、昨年10月7日に発生したハマスの対イスラエル攻撃を端緒とするガザ戦争がある。イスラエルのネタニヤフ政権は自国の安全確保を掲げ、ハマス壊滅を目指し、ガザ攻撃を続けている。これに対してイランの側は、既に4万人の死者(その大多数はパレスチナ人)を出しているガザ攻撃の停止を求めている。イランは「イスラエルの占領に対抗する」ハマスに加え、各地の「抵抗勢力」を支援してきたが、今日ではそれらの抵抗勢力も、ガザ攻撃の停止を求め、対イスラエル攻撃を繰り返している。

抵抗勢力とは、「イスラエルによる占領とその後ろ盾である米国への対抗」を掲げて武装闘争を続けるレバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、およびイラクの親イラン民兵などを指す。イランはこれらの勢力で構成される「抵抗の枢軸」を率いてきたが、抵抗の枢軸は7月末のテヘランにおけるハマスの最高幹部ハニヤ氏の暗殺に先立ち、対イスラエル攻撃を徐々に拡大させていた。すなわちイスラエルによるハニヤ氏の暗殺は、抵抗の枢軸に対するイスラエルからの「反撃」であったと見ることもできる。

なお、抵抗勢力経由でイスラエルへの圧力を強化してきたイラン自身は、圧倒的な軍事力を有する米軍による介入を招きかねない事態のエスカレーションは望んでいないとされる。しかし、イスラエル側がハマス壊滅を掲げガザ攻撃を続ける限り、その阻止を目指す「抵抗の枢軸」による対イスラエル攻撃が予期せぬエスカレーションにつながる可能性は残る。誰もそれを望まない場合にも、偶発的衝突や計算違い(誤算)は常に生じ得るからである。

従って、今日原油の95%を中東に依存する日本としては、中東情勢を注視し続ける必要がある。原油の中東依存度95%という現状は、経済合理性と「脱ロシア」の結果ではある。また、中東情勢のたび重なる不安定化にもかかわらず、これまで日本が原油供給の途絶に見舞われたことはない。さらに、一次エネルギーに石油が占める割合は年々減少し、1973年の石油ショック当時と脱炭素がうたわれる今日とでは、石油を巡る状況は大きく異なる。

それでも石油の安定供給はエネルギー安全保障にとって不可欠であり、日本としては引き続き、中東安定化に向けた最大限の外交努力を続ける必要がある。緊急事態の発生に備えた戦略的な対応策や行動手順の策定も、日本にとって必須の課題と言うことができる。

さかなし・さち 在イラン日本大使館専門調査員などを経て,2005年から日本エネルギー経済研究所中東研究センター勤務。同センター研究理事・副センター長を経て、24年6月から現職。専門はイラン現代政治。