柏崎刈羽再稼働に立ちはだかる難関 新潟県知事の同意は「最短9月」か


柏崎刈羽原発の再稼働を巡り、地元・新潟県の動向に大きな注目が集まっている。

地元の焦り、県議会と花角英世知事の慎重姿勢―。早期再稼働の可能性を探る。

「今年は島根2号機、女川2号機、柏崎刈羽7号機が再稼働する見込み」

昨年来、電力業界ではこんなフレーズが飛び交っている。本誌でも再稼働問題を取り上げる際、枕詞のようにそう書いてきた。だが、柏崎刈羽が島根、女川に続けるかは不透明だ。

柏崎刈羽原発については昨年末、原子力規制委員会が東京電力に対して事実上の運転禁止命令を解除。地元の柏崎市と刈羽村は今年3月、早期再稼働を求める請願を採択した。4月15日には7号機の原子炉への燃料装填を開始し、夏前には再稼働に向けた準備が完了する見込だ。

残るハードルは新潟県の同意だが、最大の難関として立ちはだかる。今後は新潟県技術委員会による報告書の提出などを経て議論が加速するとみられるが、「県民の信を問う」とする花角英世知事の再稼働「容認」の判断は一体いつになるのか。

地元からは焦りの声が(柏崎市役所)


県の要望と国の回答 島根、女川の直後に

鍵を握るのは、避難計画の実効性確保を巡る国の関与だ。新潟県と柏崎市、刈羽村は昨年7月、国道8号柏崎バイパスの早期全線供用や北陸自動車道への進入路を増やすためのスマートインターの導入などを政府に要望した。その後、運転禁止命令の解除が現実味を帯びた12月、新潟県と柏崎刈羽原発から5~30㎞圏内(UPZ)の市町村が避難道路の整備などを政府に要望した。

一見、同じように見える要望だが、実態は異なる。県と立地自治体の要望は、約3年をかけて両者が綿密なすり合わせを行い作成した。国からの回答について柏崎市の櫻井雅浩市長は「満額に近い形で得られると確信している」と語る。

一方、県とUPZ圏内の自治体による要望は、別添資料に「新潟県との未調整部分を含む」と記されるなどスケジュール優先で作られた感は否めず、原子力防災とは無関係と思われる要望も含まれている。例えば、新潟県では新幹線が通らない新潟・上越間の高速鉄道計画が存在するが、震災直後の鉄道移動は考えにくい。今回、高速鉄道のような原子力防災との関係性が薄い事業整備を要望するのは筋違いだ。花角知事は4月3日の記者会見で「もう少し精緻なというか、具体的な要望にしていかなければいけない」と述べ、要望書をできるだけ早く再提出する方針を示した。花角知事の「精緻」という言葉は、要望内容の修正を念頭に置いたものとみられる。

花角知事の再稼働容認の最短タイミングとして挙げられるのが、「要望に対して国から十分な回答を得られた時」だ。「国と交渉を行い、避難道路整備の見通しが立った」として県内市町村の首長らに伺いを立て、9月定例会に地元経済界が請願を提出。自民党などの賛成多数での可決をもって、県民の信を得たと判断する―。これが最もスムーズな決着か。8月の島根2号機、9月の女川2号機の再稼働とタイミングも重なる。

しかし、最短ルートでの決着を阻みかねないのが、県議会で単独過半数を握る自民党である。

「(柏崎刈羽原発が)動く気配は全くない。花角知事の任期満了の2026年6月まで判断が先送りされる可能性すらある」

こう打ち明けるのは若手県議だ。党内には再稼働の条件として「避難道路の完成」を求めるベテラン議員すら存在する。こうした姿勢は「条件闘争」の側面があると分析する県政関係者もいるが、国からの回答を得て慎重派が首を縦に振るかは微妙なところだ。

「電力データ×デジタル」で社会貢献 先進的なDX事例の創出活動に意欲


【中部電力】

中部電力グループは、データにデジタルを掛け合わせるDXの舞台を拡大。

発電計画などの電力用途に加え、ヘルスケア分野の開拓にも力を入れる。

 「デジタル技術を社内業務の高度化や付加価値の高いサービスの開発につなげる」。中部電力グループはそんな思いで、電力事業を通じて蓄積したデータにデジタル技術を組み合わせ、DXを促す先進事例を社内外で着々と積み上げている。

DXの成果の一つが、AIを活用して水力発電所の最適な発電計画づくりを支援するシステムの開発で、2024年度中に岐阜県の飛騨川水系で本格運用する計画だ。

飛騨川水系は、総出力約115万kWを誇る日本有数の水力発電地帯で、14カ所のダムと22カ所の発電所がある。これまでの水力発電計画は、熟練スタッフが培った経験やノウハウを生かして半日程度をかけて策定しており、効率化が望まれていた。さらに水力発電事業を拡大させるという観点から、熟練スタッフが培った技術の継承が課題となっていた。

AIを水力発電計画の策定に生かしている


AIで水力発電計画 高精度に流入量予測

これらの課題を解決するのが、AIを生かす今回の新システムだ。①ダムに水が流入する量を予測する「流入量予測AI」、②翌日の天候やダムの水位といった予測情報を基に過去の発電計画から類似のものを検索する「過去検索AI」、③発電量の増加や売電金額の最大化などの目的に応じて発電計画を作る「最適化AI」―といった三つの機能で構成されている。複数の発電所やダムを、飛騨川水系と馬瀬川水系という複数の水系で同時に最適化できるようにしたことが特徴だ。

導入効果を検証したところ、水力発電計画の策定に要する時間を従来の4分の1以下に削減できることを確認。加えて、年間発電量を約2%(約3000

万kW時)増やせる効果も見込まれるという。これは、標準的な家庭約1万世帯分の年間電力使用量に相当する。

新システムは、他水系へも導入。CO2を排出しない水力発電の増電と増収に継続的に取り組み、脱炭素社会の実現を後押ししたい考えだ。


ヘルスケア分野を開拓 フレイルの検知を支援

一方でサービスの展開先も広がっている。一つがヘルスケア分野で、1人で暮らす高齢者宅の電力使用量のデータを基に加齢に伴って心身の機能が衰えるフレイル(虚弱)を検知し、自治体職員に知らせる新サービス「eフレイルナビ」だ。

高齢者宅に取り付けたスマートメーターから得られた電力使用量データをAIで分析。その分析結果に基づき、高齢者の健康状態を個別に可視化する。AIに「健康な高齢者」と「フレイル状態の高齢者」の電気の使い方を大量に学習させ、高い精度でフレイルを判断できるようにした。

背景には、介護認定を受ける高齢者の増加傾向がある。自治体は、フレイルを早期に発見・対処する対応が求められているが、手が回らないのが実情だ。

自治体は、eフレイルナビを利用することで、職員が高齢者宅を巡回して一人ひとりの健康状態を確かめる手間を省くことができるほか、フレイルのうちに適切に対処することによって健康な状態への回復を促して、高齢者の「健康寿命の延伸」に貢献する。将来的には、健康な高齢者同士のつながりを支援するサービスの展開も視野に入れている。

また、「健康をデジタルで守る時代」を見据え、医療機関向けサービスの開発も加速。クラウド上で患者と医療機関のデータを連携させる「MeDaCa」や、家庭で計測した血圧や血糖値のデータを医師との間で共有する「血糖クラウド管理システム」の可能性を追求している。DXを通じて暮らしを快適にする挑戦からも目が離せない。

脱炭素分野の投資加速へ 日米で協力関係を強化


日米両国における脱炭素投資加速への大きな転換点となるのか――。

4月10日、米国を公式訪問した岸田文雄首相とジョー・バイデン米大統領による日米首脳会談がワシントンDCで行われた。両首脳は、脱炭素や宇宙、原子力など幅広い分野で協力関係を強化していくことで合意。会談後には、両国の関係を「未来のためのグローバル・パートナー」と位置付ける共同声明が発表された。

ポデスタ米大統領上級顧問と握手する斎藤経産相(右)
提供:経済産業省

エネルギー分野では、脱炭素社会の実現に向けたクリーンエネルギーへの移行という、共通目標を達成するために連携を強化することが明記された。今後、水素サプライチェーンの構築や革新炉、洋上風力などで産官学協力を強化するほか、重要物資、半導体、蓄電池の支援を日米共同で進めていく。

米政府は企業による再生可能エネルギー関連の設備投資支援や、EV購入者への税額控除などに3690億ドルを投じる「インフレ抑制法(IRA)」を、日本政府は今後10年で官民合わせ150兆円超の投資を目指し、うち約20兆円の財源を国債発行で調達し再エネ技術開発に取り組む企業支援などに充てる「グリーントランスフォーメーション(GX)推進戦略」を掲げ、それぞれクリーンエネルギー政策を進めている。

共同声明では、両国の政策のシナジーを最大化することを狙った「新たなハイレベル対話」を立ち上げることとし、これを踏まえ、斎藤健経済産業相とジョン・ポデスタ米大統領上級顧問(国際気候政策担当)による初めての閣僚級会合が同地で開かれた。

11日の日米比首脳会談においても、重要鉱物のサプライチェーン強靱化や、エネルギーの脱炭素化といった分野を中心に、3カ国が経済協力していくことで一致。16日の記者会見で斎藤経産相は、「国際情勢を巡るさまざまな懸案がある中、これらの会合を通じ、日米間での重要分野での連携を促進するとともに、それを同志国にも拡大することができたと考えている。今回の成果を基に、国際的な連携をさらに強化をしていきたい」と、さらなる枠組みの拡大に意欲を見せた。


企業の投資意欲高まるか 「もしトラ」懸念も

これをきっかけに、両国で脱炭素への投資が一層加速することが期待されるが、懸念されるのが11月5日に実施される米大統領選だ。あるエネルギー会社の幹部は、「政権が代わっても、継続・安定的に事業を展開できるよう、極端な政策変更がないことが望ましいのだが」と不安を漏らす。

トランプ前大統領が返り咲き、現政権の環境・エネルギー政策を大幅に見直す可能性は大いにあり得る。日本企業にとっても、両国の脱炭素投資支援の加速は追い風だが、目算が大きく狂いかねない、一抹の不安がつきまとっている。

【特集2】災害に備えた自給自足の家 雨水を生活用水に利用


【TOKAI】

TOKAIが手掛ける電気と水を自給自足する住宅「GQ(ジーク)ハウス」。

ライフライン確保に向けた独自の工夫が光る取り組みに注目が集まる。

家づくりにおいても、今後は防災の視点が求められてくるだろう。LPガス販売大手のTOKAIが手掛けるエネルギー自給自足の住宅「GQハウス」はその先進的な取り組みと言える。この住まいは、大規模自然災害などで断水や停電が発生しても避難所に頼ることなく一定期間自宅で安心した生活が送れる設備を備えている。暮らしに欠かすことができない水の確保は、敷地内に1000ℓもの雨水タンクを備え、溜まった雨水をトイレの洗浄用水や散水などに利用する。断水が発生した時でも、トイレの洗浄用水や大量の水を使用する洗濯水を確保できるのが特長だ。オプションの小型浄水器を組み合わせることで、断水時でも生活水(飲料可)を一定期間確保できる。

GQモデルハウス(静岡県島田市)

電気については、独自の防災対策システム「スマートエルラインライト」を用意している。電力を特定5回路へ配電する分電盤装置で、停電発生時に太陽光発電や蓄電池などに給電元を切り換えることが可能。日中であれば太陽光発電からの電力を特定5回路に給電(最大1500W)。夜間など太陽光発電の活用ができない場合は、車や蓄電池などの外部電源から特定5回路へ給電できる。「電気が途絶えても、一部の照明やテレビ、スマホの充電など、最低限必要な電気を確保できる。これらと、災害に強いLPガスを組み合わせれば、避難所に行かずとも自宅で安心した生活を送ることができる」。建設不動産本部事業開発推進部の武内淳部長は、こう語る。

雨水を貯めるタンク
スマートエルラインライトの分電盤


分譲住宅の販売開始 光熱費削減もアピール

GQの新たな展開として今年1月から同社の分譲住宅へのスペックインを開始した。消費者にとっては防災面への対応に加え、再エネや雨水などの利用によって光熱費が削減できる点も大切なポイントとなる。「プランによっては年間22万円強の光熱費削減になる」(武内氏)という。大規模自然災害が頻発する中、こうした災害対応型住宅が従来にも増して関心を集めていきそうだ。

【特集2】地域を守る「最後のとりで」 SSが燃料供給継続で奮闘


被災した地元の暮らしに懸命に寄り添い続けたSS。

災害対策の強化に向けて、多くの教訓が得られた。

【インタビュー】加藤庸之/全国石油商業組合連合会副会長・専務理事

かとう・つねゆき 1986年東京大学経済学部卒。通商産業省(現経済産業省)に入省し、資源エネルギー庁資源・燃料部政策課長などを歴任。2018年太陽石油執行役員。23年6月から現職。

―能登半島地震はサービスステーション(SS)に甚大な影響を与えました。

加藤 石川県珠洲市のSSでは、敷地の地盤が隆起したり、計量機が傾いたりしました。給油待ちの自動車が列をなす長蛇の渋滞も発生し、「対応に大変苦労した」と聞いています。

―燃料供給の継続に向けた取り組みは。

加藤 石川県石油組合のSS事業者などは、自ら被災しながらも、燃料を避難所や拠点病院、移動電源車両などに円滑に供給しようと尽力しました。災害時に緊急車両へ優先的に給油する「中核SS」が活躍し、全国各地から応援に駆け付けた消防車両や警察車両などに燃料を供給しました。

―自家発電機を備えた「住民拠点SS」も大きな役割を果たしました。

加藤 全国には1万4000カ所以上の住民拠点SSがあり、東日本大震災の教訓を踏まえて整備が進められました。そのSSが今回の地震でも存在感を発揮しました。例えば、七尾市内の住民拠点SSは在庫に限りがある中、殺到した給油客に対して「1台3000円まで」の限定給油を行いました。

―全石連が力を入れた支援は。

加藤 全石連職員も1月4日から5日間、東京都内の本部から被災地へ応援に駆け付け、組合の災害対応活動をサポートしました。2月3日から4日にかけては、森洋会長が石川県石油組合を訪問し、情報交換しました。そこで挙がった要望を踏まえ、燃料代金の早期支払いや元売りに対する仕入れ代金の支払い遅延といった問題に対応するよう、関係各所に要請しました。

―SSは災害時の「最後のとりで」として頼られています。地震で再認識したことは。

加藤 地元に根付いて顧客の顔が見えている事業者が大事であることです。被災地で車中泊を続けながらSSを営業した経営者の使命感の高さには、感銘を受けました。


配送の多様化も視野 情報共有の環境づくりを

―今後の災害に備えて取り組む課題は。

加藤 地震発生後、道路が寸断されて孤立状態になった集落がありました。そうした事態
を踏まえ、被災状況に応じて適切に燃料を配送する方法を探りたいです。燃料の配送ルー
トを陸や海以外に多様化する観点からドローンなどにも可能性を感じています。デジタル
技術で燃料供給に関する情報などをリアルタイムで共有する環境づくりも重要です。今後
も有効な災害対策を追求するつもりです。

【特集2】被災しながらも供給継続に奔走 能登半島地震の現場模様


新年早々に発災した能登半島地震。エネルギーインフラは関係者の努力で維持された。

石川県をはじめとした北陸地方の石油・LPガス業界関係者から現地で当時の様子を聞いた。

2024年元日夕方、能登半島を震源とするマグニチュード7・6の地震が襲った。中でも、半島北部に珠洲市や輪島市は甚大な被害を受けた。

ハイオクを値引き販売 一般車は給油制限も

石油業界では、発災直後から資源エネルギー庁、石油元売各社と石油連盟事務局が24時間体制で北陸地域に向けて緊急で燃料供給に対応した。北陸地域における出荷基地被災状況などを情報収集。さらに、石川県からドラム缶での燃料配送要請を受けたことから、政府、石川県庁、石川県トラック協会などとの連携で、1月3日から石油元売りの出荷基地から燃料の入手が困難な被災地に向けてドラム缶出荷を実施した。また、政府・自治体の支援を受け、元売各社は販売業者とも連携し、能登半島北部への配送拡大に注力した。

発災当初は歩道が歪み入車できなかった

販売では、多くのガソリンスタンド(SS)が閉店し、1月7日のピーク時に32件が営業不可となったが、31日には七尾市、志賀町、穴水町、輪島市、能登町、珠洲市の69店舗のうち、営業停止SSは11件まで減少した。

穴水町の幹線道路沿いにある舞谷商店では発災直後、道路が歪み、マンホールが飛び出るなどしたほか、大津波警報が発令されたことなどを受けて、「標高4~5mにある店舗を運営できる状態ではない」と判断。店を閉めて高台に避難した。警報が止んだ後は、SSに戻り設備を確認した。結果、レギュラーガソリンの地下タンクに水が入っていることが分かった。他のタンクは無事だった。電気についてはSSに発電機が用意されていたが、避難先から戻ると復旧していたという。

こうした中で、2日午前中に営業を再開した。店の前は開店直後から長蛇の列ができたという。レギュラーが販売できないため、ハイオクの価格をレギュラー並みの1ℓ当たり10円引きでレギュラー車にも販売していくことにした。舞谷昭弘社長は「ハイオク用タンクはレギュラーに比べて小さいのですぐになくなってしまう。当店は中核SSなので、緊急車両に給油しなければならない。元売りと連携して、毎日運んでもらった。それでも綱渡りの営業となった。正月だったため帰省客も多く、そうした人たちを含めて列ができたと思う。ただ、中核SSの役目を果たすため一般車両は2000円の給油に制限させてもらった」と振り返る。


七尾ガスターミナルが被災 北陸地方のガス供給が停止

LPガスでは、今回の地震で北陸3県の唯一の輸入基地であるENEOSグローブ「七尾ガスターミナル」が被災したことが大きな影響を与えた。

同社は発生直後から社長、役員、関係部門長がオンライン対策会議を開催し、安否確認や被災状況の情報収集にあたり、4日には社長を本部長とする「災害対策本部」を設置した。安定供給の使命の下、奔走したという。しかし1月末まで輸入船受け入れ配管、敷地内・周辺道路の損傷のため出荷停止となった。

全・半壊した家屋からボンベは撤去されていた

そこで、同社グループの輸入基地「新潟ガスターミナル」(新潟県聖籠町)からアストモスエネルギーの2次基地「金沢ターミナル」(金沢市)へ、内航船によるピストン輸送での出荷体制を整えた。日本LPガス協会会員の間で締結していた「災害時におけるLPガス供給に関する相互支援協定書」による連携が機能した。このほか、四日市エルピージー基地からも調達できるようにした。

LPガス供給において最も懸念されたのが、需要家への安定供給だ。家庭向けは軒先在庫があるため、次回のボンベ交換時期まで余裕がある。工業用途向けはそうはいかない。被災地以外の北陸地域には平時に近い形で供給が求められる。また、こうした需要家が被災地に必要な食料や物資などを供給しており、それを止めないためにも供給継続が不可欠だった。

富山市の日本海ガスでは、1月に代替基地から調達。2月からは七尾のタンク内在庫による出荷で通常の半分から3分の1程度を賄い、足りない分を継続して新潟などから調達した。

都市ガス会社からの応援もあった。東海地区の4社が、太平洋側で積んだLPガスを充てん所まで輸送するなどの協力を得られたという。山本健太・LPガス事業本部広域営業部長は、「繁忙期なのに、1台2人態勢で人も物も出してもらった。1月に300t程度供給を受けることができた」と感謝する。

発災直後のJA建設エナジー穴水事業所

配送に関しては、グループの配送会社とLPガス充てん所との連携を徹底した。特に充てん所の残量が圧倒的に少ないため、1日単位で数量を打ち合わせ、ぎりぎりで管理した。加えて卸売りと協議し、通常のエリア分担をやめ、より効率的に輸送できるように相互配送を行った。

2月下旬には、七尾にLPG船が入港できるようになった。3月以降は通常稼働となり、オーダー通り出荷されるようになったとのことだ。

【特集2】断水続く避難所で生活用水を供給 被災者の安心・安全に貢献


【I・T・O】

貯水から生活用水を浄化・供給する災害支援を行った。

被災者には電気・ガス・水の全インフラが必要になる。

ガス供給機器事業者のI・T・Oは、2024年元日に発生した能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県七尾市で救済活動に当たった。

同社は、NPO法人「LPガス災害対応コンソーシアム」の会員企業である田島、富士瓦斯、東京プロパンガスと共に災害支援チームを結成し、七尾市立小丸山小学校で被災者130人に対して支援活動を行った。チームが現地入りした時にはすでに電気は復旧しており、食料や飲料水は十分確保されていた。被災者より聞かれた困り事の多くは、震災直後から続く断水による入浴や手洗い、洗濯などができないことでの不自由さや衛生面での心配だった。そこでチームは、I・T・Oと以前から交流のあったクリタックが開発中の、100Vの電源接続で、1時間当たり2tの生活用水が供給可能な非常用生活用水浄化装置を設置し、被災者に生活用水を供給する支援を行うことにした。水源は学校のプール。特殊なフィルターにより不純物が除去された水はガス給湯器に送られ、仮設シャワー室と仮設手洗い場でお湯を供給。避難所で生活する人々に安心と安全を与えることに貢献した。

今年夏に発売予定の浄化装置


避難所の最低限の生活維持に 水インフラは必要不可欠

能登半島地震後のインフラ復旧の特徴として、ガス、電気は比較的早い段階で使えるようになったが、水インフラの復旧が遅れ断水が続いたことが挙げられる。「避難所で最低限の生活を維持するために必要なインフラは、電気、ガスだけではない。入浴やトイレや掃除、また、コロナ禍を経た生活には手洗い用の水が必要不可欠で、電気・ガス・水のすべてのインフラを整えることが求められている」と営業本部企画課マネージャーの岩岡冬季知氏は語る。

また、I・T・Oは、東日本大震災で仙台営業所が被災した際、敷地内に設置していた災害時対応バルクを使って、地域の被災者を救済した経験から、災害時対応バルクの有用性をよく知る事業者でもある。災害時対応バルク導入には経済産業省が費用を助成しており、全国で設置が進められている。このうち約7割がI・T・Oが提供したもの。今回被災した能登町のグループホーム「ぽかぽか」では、昨年11月に設置した同社の製品が役立った。

【特集2】BCPの実効性向上のために ジクシスが取り組む平時の対策


【ジクシス】

ジクシスがBCPを意識した取り組みを進めている。

日頃から大規模災害に備えることで、社員の意識向上にもつながっている。

LPガス元売り大手のジクシスは、BCP(事業継続計画)の実効性を高めるため、平時から三つのことに取り組んでいる。

一つ目は、BCP総合訓練だ。この訓練は準備に三カ月以上を費やし、年に一度、社長や経営層に加え、供給部門に新たに配属された若手社員なども含め、多くの社員が関わる形で実施される。例えば首都直下型大地震の発生を想定し、特約店からの受注を取りまとめる東京のオーダーセンターの被災により、大阪のオーダーセンターのみで受注対応する場合をシミュレーションする。ジクシスでは平時から、オーダーセンターを東京と大阪に分散し、どちらかが被災した場合に、もう一方のオーダーセンターでバックアップ可能な体制を敷いている。

BCP総合訓練の様子

二つ目は、非常用電源と大容量蓄電池の導入だ。安定供給を維持するためのエネルギー確保は非常に重要であり、東京本社でもビル内に非常用電源を設置している。非常時にはその非常用電源から最低2日分の電力を確保している。また、オーダーセンター要員が在宅でも業務にあたれるよう、自宅に非常用発電池を配備している。

三つ目として、緊急通行車両の事前登録があげられる。大規模災害時には道路の通行規制が行われる場合がある。そのような時にもLPガス供給に支障をきたさないよう、運搬に使用するローリー車を緊急車両として警察に事前登録している。この業務を実際に行ったのは、若手の新入社員たちだ。「事前登録を行った当時、行政側が電子に対応していなかったため、彼らが全国の警察署まで直接足を運び、全国行脚という大活躍をしてくれたことで達成できた」と、人事総務部・総務チーム長の朝倉峰之氏は語る。


災害時に他社を支援 強い使命感と互助の精神

今回の能登半島地震に関しては、北陸に基地を持たないジクシスには直接的な被害はなかったが、同社が供給していた特約店の中には被災した店舗もあった。他社からのLPガスの供給が滞ったことによる協力要請に対しては、出荷基地と連携して可能な限り代替出荷の準備や対応を行った。朝倉氏は「もちろん他社からの乗り換えを期待してのことではなく、『人々の生活を守る』という事業者としての高い使命感と互助の精神によるもの」と語る。平時からBCPを意識した行動により、LPガスの安定供給維持に向けたさらに盤石な体制構築を目指す。

【特集2】業界一丸で災害に立ち向かう 連携プレーで需要期を突破


被災地への燃料供給で奔走したLPガス業界。

ガスターミナル同士の相互支援体制生きる。

【インタビュー】上平 修/日本LPガス協会参与・事務局長

うえひら・おさむ 1982年慶応大学経済学部卒、三菱石油(現ENEOS)入社。ENEOSグローブ調達需給部長などを経て、2016年から日本LPガス協会事務局長。21年4月から現職。

―能登半島地震の影響でLPガスの輸入基地が被災しました、発災後の対応は。

上平 ENEOSグローブグループのLPガス輸入基地「七尾ガスターミナル」(石川県七尾市)が被災したことを受けて、日本LPガス協会は1月9日に「災害対策本部」を立ち上げました。以降、資源エネルギー庁や全国LPガス協会、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を交え、会合を10 回重ね、被災地向けLPガスの供給継続と被災した関連設備の早期復旧を目指してきました。 

―どういう体制で燃料を供給しましたか。

上平 被災の影響で七尾基地からの出荷が制約される中、近隣にある同社グループの輸入基地「新潟ガスターミナル」(新潟県聖籠町)からアストモスエネルギーの2次基地「金沢ターミナル」(石川県金沢市)へ内航船によるピストン輸送を行い出荷する体制を整えました。協会会員の間で締結した「災害時におけるLPガス供給に関する相互支援協定書」に基づく連携プレーがうまく機能し、冬場の需要期を乗り切れました。

―復旧の状況については。

上平 七尾基地では、2月末に被災した入出荷設備の応急的な復旧が完了し、航路の安全確認後の3月1日には輸入船を受け入れました。その後も支障のない操業を確認し、3月21日に対策本部を解散しました。


モノがあっても運べない マネジメント強化が課題に

―浮き彫りになった課題は。 

上平 主要幹線道路が被災し、一時的に「モノがあっても運べない」という状況に陥りました。輸送ルートの確保は重要な課題と言えます。タンクローリーやドライバーをいかに集めるかという課題への対応も、引き続き注力していくつもりです。

―今後の災害に備えて強化したい施策は。

上平 日本には、5つの国家備蓄基地があります。その一翼を担うのが七尾基地です。各基地の役割を踏まえた上で、被災した場合の対応を事前にシミュレーションし、戦略的なリスクマネジメントを実践することが大切です。よりマネジメント力を高めたいです。

―「災害に強い分散型エネルギー」としての優位性を実感できましたか。

上平 東日本大震災と同様に実感できました。国のエネルギー基本計画でLPガスは、「災害時のエネルギー供給の最後のとりで」と位置付けられました。そうした期待に応えていきたいと決意を新たにしています。 

【特集2】強い責任感で生活インフラ支える 金沢ターミナルが供給面で底力


【アストモスエネルギー】

「LPガスのサプライチェーン(供給網)を構成する関係者全員が『生活インフラを途絶えさせてはいけない』という強い責任感で結びついていることを実感できた」

能登半島地震に伴う津波警報の発令で北陸地方に緊張が走る中、アストモスエネルギーの宮崎博典・サプライ&ロジスティクス部長は、発災当時をこう振り返る。

北陸地方は、LPガスの二次基地「金沢ターミナル」(石川県金沢市)を抱える主要エリア。1月1日の発災当日はターミナルの稼働休止日だったが、出荷の継続に向けては予断を許さない状況となった。素早く基地運営の協力会社に連絡し、地震の影響を確認。設備に問題がなかったことから、予定通り翌日には稼働を再開した。

金沢ターミナルが大きな役割を果たした。

具体的には、どのような動きを見せたのか。金沢ターミナルの人員を増員するため千葉県市川市や長崎県松浦市に構えるグループ会社などに対して応援を要請した。LPガスの輸送を手がける事業者へも協力を求め、輸送路を多様化しながらタンクローリーによる供給を止めないようにした。

一方、企業の垣根を越えてLPガスを相互に融通するという仕組みも実現した。七尾市には、海外からの輸入船でLPガスを調達して貯蔵するENEOSグローブガスターミナル運営の「七尾ガスターミナル」がある。同ターミナルは地震の影響を受けており、出荷の制限を受けていた。金沢ターミナルがLPガスの受け入れと出荷を手助けし、顧客への供給が途絶えないよう支えた。

アストモスエネルギーは、協力関係にある元売りなどの関係者間で協議しながら、「被災地の供給網を支える」という使命を共有し、他社との連携プレーを繰り広げた。


膨れ上がる冬場の需要期 限られた玉の差配に力

金沢ターミナルでは、冬場の1日の取扱量は通常300t程度だが、この時は800~900tに膨れ上がったそうだ。

発災後の対応が円滑に進むよう奮闘した一人が、アストモスエネルギー国内事業本部需給部の相馬健洋・副部長兼受注センター所長(肩書は当時)だ。相馬氏は、医療機関などの緊急度の高い施設のニーズを見極めながら、「限られた玉(LPガス)の差配に全力を傾けた」と強調する。

自立稼働が可能な「分散型エネルギー」のLPガス。そうした強みを継続的に発揮できるよう定期的に防災訓練を重ねてきたことも、被災地で生きた。例えば、LPガスの基地に給電に必要な電源車を接続するという訓練に取り組んできた。

「LPガスの基地が出荷停止に追い込まれても、関係者間で連携して瞬時に対応することができた」と宮崎氏。同社は能登半島地震で得られたノウハウを生かし、今後とも供給網の「レジリエンス(強靭性)」を一段と追求していきたい考えだ。

【特集2】陸・海の両面で安定供給に精励 業界内連携を生かして早期復旧


ENEOSグローブ

「災害に強い分散型エネルギー」というLPガスの優位性を改めて確認するきっかけとなった能登半島地震。その舞台裏には、被災地の暮らしを支えようと海上輸送と陸上輸送の双方で安定供給に奮闘を続けるENEOSグローブの姿があった。

1月1日の発生直後から社長と役員、関係部門長がオンライン対策会議を開催し、安否確認や被災状況の情報収集に当たったほか、1月4日には社長を本部長とする「災害対策本部」を設置した。これ以降、休日を除く毎日午前9時から対策会議を開き、各部門が「LPガスの供給を途絶えさせない」という使命を共有。被災状況の確認や課題の整理、対応策の検討といった業務で精励した。

LPガスの安定供給を支える役割は民間基地に加え、国家備蓄基地も担う。その一つが、石川県七尾市に構える七尾基地だ。そこには、ENEOSグローブ傘下の「七尾ガスターミナル」と、国から委託を受けてエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が管理する「七尾国家石油ガス備蓄基地」が立地する。後者の運営にはENEOSグローブも関わる。

供給網の要となる七尾基地

地震では、LPガスを外航船で受け入れる際に用いる配管が被災したことで、原料の受け入れや国家備蓄の放出ができない状態に追い込まれた。そこで、基地の受け入れや放出に用いる配管のフランジ(継手)や保冷材を点検し補修するなどの対策を講じた。

外航船を入港させるための海上航路の安全性確認を進める一方で、民間基地への受け入れや備蓄基地からの放出準備が着々と進展。2月末には七尾基地の「仮復旧完了」の宣言ができるまでにこぎ着けた。


課題は輸送ルートの確保 行政の協力支えに解決

陸上では、LPガスのタンクローリーの輸送能力を確保するという課題に直面した。出荷に必要なポンプ回りの配管が損傷する痛手を被った。タンクローリーが通行する構内の路面の被災も目立ち、応急措置を余儀なくされた。アスファルトを削って鉄板を敷設するなどして、仮復旧を行った。

一方、民間基地へのアクセスとなる構外道路もタンクローリーの通行ができなくなるほどの被害を受けた。道路を所管する石川県や七尾市などの関係先から最大限の協力を得て、1週間程度で通行できるまでに復旧。一連の対応でタンクローリーの輸送ルートを確保した。

完全復旧ではないものの、矢継ぎ早の災害対策が奏功し、供給を切らすことなく、難局を乗り越えることができた。従来からの対策で生かされたのは、関係者間の相互支援協定だ。災害対応の担当者は「元売り各社間でタイムリーかつ効果的に連携する備えが生きたほか、資源エネルギー庁が参画してくれたおかげで、関係省庁への支援要請もスムーズに行えた」(ENEOSグローブ関係者)と手応えをつかむ。今回の震災で得られた経験と教訓は、分散型エネの災害対応力を一段と磨く今後の展開につなげたい考えだ。

【特集2】マルヰガス災害救助隊を出動 基金活用した物資提供で支援


【岩谷産業】

有事の際、速やかにLPガス復旧作業を行うことを目的に、特約店組織による「マルヰガス災害救援隊」を結成し、安定供給に取り組む岩谷産業。この災害救援隊にはマルヰガス特約店の約3600人が登録しており、これまで32の事例に対して出動している。

今回の大地震でもこの救援隊が活躍した。1月12日から3月末にかけて、関東、近畿、中部、中国地方から延べ187人が復旧活動に注力した。ガス漏れなどの点検調査、復旧件数は3675件にのぼった。

復旧活動を行う災害救援隊

一方、マルヰ会の救援活動に加え、岩谷産業は独自に支援物資を送った。1月2日には、地元自治体などに必要な物資の状況をヒアリングし、岩谷グループのLPガス小売り会社、イワタニセントラル北陸の在庫分を通じて支援した。

また、岩谷がサウジアラムコと共同で2009年に設立した基金も用いた。カセットこんろ、カセットボンベ、カセットガスストーブ、富士の湧水など支援物資を無償で現地に送った。その他、「デリバリーステーション」を使った炊き出し活動も行った。このステーションはイベントやアウトドア、災害時に利用できる大容量調理キットで、岩谷がリンナイと共同で開発したものだ。「輪島市内の避難所で、特約店と連携して炊き出し活動を行った。岩谷グループであるイワタニフーズの食材を用いて、300食ほどの豚汁を提供した」(マルヰ会事業部)


金沢LPGセンターが要 ハブとして機能を発揮

岩谷は輪島市、金沢市、小松市に石川県内のLPガス容器の充てん・配送拠点を構えている。今回の地震で「輪島LPGセンター」が大きな被害を受け稼働停止に追い込まれた一方、「金沢LPGセンター」の被害が軽微だったことは岩谷にとっては幸運だった。

ここは非常用発電設備などを備える基幹センターで、いわば供給網の要だ。「LPガス容器だけでなく、支援物資提供のハブ機能も担うことができた」(同)。岩谷では、今回の経験も踏まえて今後の災害対策に生かしていく考えだ。

【コラム/5月3日】福島事故の真相探索 第4話


石川迪夫

第4話 ジルカロイ・水反応とは

原子炉への注水量は

第3話で事故時に関与したジルコニウム量は、推定ではあるが16~19トンであった。今回はその相手方、水量の計算だ。計算に当たっては、ジルコニウム量を16トンとして行うこととする。

東京電力の事故調査報告書(2022年6月)には、炉心スプレー管を通じて、80トンの原子炉注水を完了したと明記しているのだが、この水が全て原子炉に入ったのではない。配管には3カ所の分岐管があって、各分岐管から流れ出た水量が把握されていない。加えて、注水記録の記載も明確でなく、発表された各種の公式レポートの記載には乱れがあり、信用できないのだ。出所は不明だが、3月21日まで注水はなかったとのフェイク発表も広まっているので、原子炉への注水量は推定する以外に方法はない。

なお、フェイク発表を信じている人はけっこういるらしいが、その人たちは、12日に起きた水素爆発を起こした水素がどこからやって来たと思っているのであろうか。水がなければ、原子炉建屋を壊すほどの大量の水素は発生し得ない。21日まで注水がなかったと主張する人は、12日の1号機爆発を否定することになる。フェイク発表は、事実に合わない。

東京電力の注水記録によれば、1号機の炉心に水が注入されたのが12日午前5時ごろからで、消防車を使って、1回当たり約1トンの注水を6回行なっている。その後、午前9時15分より本格的な注水に移り、爆発直前の午後2時53分の注水停止までに2度の注水を行ない、その合計が74トンとある。

ただ、炉心への注水を急ぐために格納容器のベントを午後2時ごろに開いたと記録しながら、1時間後の午後2時53分には注水を停止している。目的に反する操作が行われていたわけで、注入量も定かでなければ、炉心注水の目的も定かではない。調査で確かめる術がないのだ。

注水記録の中でわれわれの目を引いたものがあった。消防車からの原子炉への送水量と原子炉圧力の関連を示した、消防ポンプの性能曲線図(参照)で、東京電力が使ったという。この図とてどれほど信頼できるかは分からないが、この関連図を使って、午前9時15分以降の本格的送水について計算したのが、われわれの作った炉心注水量だ。結果は21トンであったが、詳細が不確かなので、炉心注水量は20トンと仮定して以降の話を進める。

消防ポンプ性能曲線

では、この20トンの注水は、原子炉の中でどのように行動したであろうか。

1号機の原子炉圧力容器の水が全て蒸発したのが11日の深夜だ。圧力容器の底がクリープ破壊したのが12日午前2時半、この時、70気圧余あった原子炉圧力はこの破壊で低下し、7.5気圧に減っている。注水開始前の原子炉状況はこのような状態にあった。

炉心直上にある炉心スプレー系統の配管類が溶融・変形していたため、20トンの原子炉への注水は炉心には届かず、壊れた配管から圧力容器の壁などを伝わって流下し、ペデスタル床に溜まっていったと考えている。この溜まり水が、午後3時半に起きた水素爆発の元凶であり、ペデスタル壁の損傷の主役となったことは、既に述べた。

なお、ペデスタル床と格納容器の床は同一のレベルでつながっている。このため、ペデスタルに降りそそいだ20トンの水は、格納容器の床にも流れ出て溜まり、その水深は25cmほどとなる。この水量と水深は、後の謎解きにも出てくるので、記憶にとどめておいてほしい。

【特集1/座談会】「分散化」は本当に有効なのか!? 強靭化へ新たな知見と教訓


火力発電所や国家石油ガス備蓄基地の被災などエネルギー関連設備も被害を受けた。

電力、ガス、石油業界は新たに得た知見を次の災害にどう生かすべきか。

【出席者】
草薙真一/兵庫県立大学副学長
荻本和彦/東京大学生産技術研究所特任教授
藤井 聡/京都大学レジリエンス実践ユニット長

左から順に、草薙氏、萩本氏、藤井氏

―能登半島地震では配電設備の被害が大きく、停電復旧に約1カ月を要しました。

草薙 電力は被害範囲が広範で、一般送配電事業者(TSO)が送配電網協議会などを通じて連絡を取り合い、他電力が応援に入りました。また志賀原子力発電所のトラブルもあり、高い緊張感のもとで対応に当たっていた印象があります。

藤井 能登半島には七尾大田火力発電所と志賀原子力発電所という大きな発電所が二つあり、地震で七尾大田火力が稼働停止しました。発災直後には関西電力送配電から北陸電力送配電に対して最大60万kWのひっ迫融通が行われたものの、全国的なひっ迫は生じていません。ただ被害地域が広範囲となり多くの発電所が停止すると、3・11のように計画停電などの必要性が出てくる。改めて余裕を持った発電量確保の必要性を感じました。

荻本 七尾大田火力のような大きな電源は、送電線が高速道路のような役割を果たし、広い地域に電気を送り届けます。こうした供給は地域間融通で対応できましたが、今回の停電は家屋の倒壊に伴って電柱が倒れるなどが原因で、復旧へ必要な対応はさまざま。また被害を受けた家屋に電気を流すと、火災や漏電が起きかねません。個々の状態を確かめながらの復旧作業が求められた点が特徴です。

草薙 復旧作業では個々の需要家の顔を見ながら、直接対応するケースが多かったと聞きます。日本語を話せない外国人の被災者への対応などに苦労があったでしょう。

藤井 能登半島は新耐震基準に満たない建築物が約50%で、全国平均の13%と比べて格段に高い。家屋の耐震性によって災害時の停電が増えるメカニズムを再認識しました。

耐震化率が低く多数の家屋が倒壊した

荻本 今回の地震では広い面的な被害があり、復旧作業には道路などほかのインフラ復旧を待つ必要がありました。さらに道路が開通しても、アクセスに非常に時間がかかり、長時間の作業が行えないこともあった。

藤井 高速道路が七尾市で止まっていて、輪島市や珠洲市まで到達していません。「日本の隅々まで高速道路が整備されていれば……」との後悔は拭えません。

草薙 一方、道路の復旧がなかなか進まなかったことで、自衛隊の輸送艦などが海から支援物資の陸揚げを行いました。海からの救援はこれまでの災害ではあまり経験がなく、新たな学びとなりました。

藤井 七尾大田火力のような長期間の稼働停止の回避は、どれくらいの耐震補強で可能なのか、という検証は行う必要がありそうです。ただ電力自由化によって、強靭性の確保のための投資が削られてしまう側面は否定できません。本来は国費の投入も含めて、強靭性向上が図られるべきです。

荻本 設備の強靭化については、限られたお金をどこに投下するのか、社会全体での選択が必要となります。人口減少の中で過疎地への配電網をどこまで維持するのか、しないのかという判断も迫られるでしょう。


分散型電源の強みと弱み 地域に見合った選択を

―能登半島地震を受け、分散型電力システムの導入を求める声が高まりそうです。

荻本 災害時は、送配電網や電源の障害で広範囲で停電が発生します。その時、供給側は地域を超えた協力で復旧に向けて努力する。しかし、需要側の工夫も必要で、停電の影響の軽減のために需要側が貢献する「安定需給」の確立が求められています。これは、需要側が電気の使用を管理して自律することに加え、回復力の強化という効果もある。例えば電気自動車(EV)の今後の活用が挙げられます。バッテリー容量は大きくないので、冷暖房などには使えませんが、スマホの充電など停電の復旧予定に合わせて利用できれば効果は大きいでしょう。

草薙 EV活用時の課題の一つが、系統強度です。回転機を使わないので、交流の電圧波形を維持する能力が落ちてしまう。電力システム全体が小さかった時代は、系統強度の不足で電圧変動や周波数変動が起き、しばしば停電が発生しました。人口減少やEVの活用などでシステムの総体が小さくなると、またそうした問題が出てきます。

荻本 分散型電力システムは近年導入が始まり、まだ移行期にあります。移行期はシステムストレングスと呼ばれる交流電圧波形維持の問題など、さまざまな脆弱性を抱えている。例えば米国の西海岸では、合計100万kW級の多数の太陽光発電が一斉脱落した事例があります。ただシステムストレングスに対応するインバーターの開発や太陽光で発電した電気を貯めるバッテリーなど、脆弱性を補うにはお金がかかる。分散型電力システムはこうした現実を直視し、優先順位をつけて適用分野を広げる必要があります。

藤井 強靭性の強化という点で、地域分散的な電力システムが役立つという考えには必ずしも賛同できません。分散型では、例えば家屋倒壊などで太陽光発電が使えなければ電力供給は停止し、一つひとつ修理が必要となり、復旧に時間がかかる。しかし大きな発電所が多くあり、他地域からの融通システムの強靭性が確保されていれば、停電を最小限に抑えられる可能性が高い。

荻本 米国では、長い配電網の先に住宅や農場がある地域があり、ハリケーンによる配電線の被害の復旧にひと月もかかる例があります。そこで電力会社は、需要側に太陽光発電とバッテリーを設置する代わりに、配電線を撤去した。豪州の乾燥地帯でも、似たような事例があります。日本は国土が広大な2国と状況は異なりますが、「自立」の考え方としては頭に入れておくべきでしょう。

【特集1】避難所・仮設住宅のエネルギー環境 断水下の被災者を支えた貴重なインフラ


断水が被災者を苦しめる中、避難所へのエネルギー供給に大きな支障はなかった。

そして現在は仮設住宅の建設がピークに。事業者はその対応にフェーズを移している。

「水が出て流せることが当たり前ではない中、避難所でエネルギー面の不便がなかったことは助かった。エネルギーまで来なかったら目も当てられなかった」(七尾市福祉課)

避難所が数百カ所に及び全容がつかみきれない中、北陸電力送配電はまず数百人以上の施設への供給を優先し、その後100人単位へと広げていった。発電機車は合計95台体制で、商用電源でも対応した。復旧の進捗につれ送電ニーズも変化。「初めは人命に関わる避難所、その後はごみ処理場、火葬場、浄水場、防災無線など、自治体によっても異なる。経産省リエゾンが集約した情報を共有し対応することができた」(同社)。他方、細かい道路情報は誰も把握できず、重要施設に発電機車が一度で到着できないこともあった。

また、空調を含め全てLPガスを使用する輪島の日本航空学園のキャンパスは発災後、自衛隊や消防、電力などの最前線基地(現在は自治体応援者の基地)、そして避難所となった。ガスヒーポンや道路などが破損し断水していたが、厨房の配管が使用できることを確認。日本海ガスが、ローリーでの搬入などが可能かを確認した上でLPガスを配送できたのは3月上旬になってから。ただ、同校のLPGタンクは冬休み中で満タンであり、2カ月ほど在庫が持った。その間、同社はカセットボンベや寝具などの支援物資を送った。

仮設建設はピークを迎えている(石川県穴水町で)


仮設の建設最盛期 電力・LPガスの対応状況は

仮設住宅については、石川県が8月までに6600棟の完成を目指し、現在建設最盛期だ。

北陸電力送配電では、復旧作業しながら仮設用の電柱や配電設備を整備。平時同様、NTTと役割分担して電柱を設置する。入居に当たる電気の申し込み対応も増えてくる。「以前の住宅の電気契約をどうするか1件ずつ確認しつつ、高齢者などには丁寧に対応していく」(北陸電力七尾支店)。

他方、県LPガス協会が県土木部に要請し、地元販売店が仮設へのガス供給を担うことになった。というのも、東日本大震災では地元販売店に代わり配管工事などを担った大手事業者がそのまま顧客を獲得。さらに一部では工事関連費用を需要家に転嫁していたが、今回はエネ庁の指導により回避されている。

消費機器関連では、県は当初、高齢者への安全面の配慮からコンロはIH、給湯はLPガスと方針を掲げたが、早期にIHコンロが品薄に。以後はガスコンロを採用するが、据付工事で人手不足が課題となっているようだ。