【論説室の窓】井伊重之/産経新聞 客員論説委員
日米英などが世界の原発設備を2050年までに3倍に増やすと宣言した。
さらなる原発活用に向けてはエネルギー基本計画の抜本的な見直しなどが必須だ。
今回の宣言はアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれていた第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)に合わせ、日本や米国、英国、韓国、仏、フィンランドなど22の有志国が参加した。「世界全体の原発の設備容量を2050年までに3倍に増やす」と宣言し、温室効果ガスの排出削減対策の一環で米国が賛同を呼びかけていた。
発電時に温室ガスを排出しない原発は、電源の脱炭素化につながるとして期待が大きく、世界的に見直し機運が高まっている。COP28では太陽光や風力などの再生可能エネルギーの設備容量を3倍に増やすことでも首脳級会合で合意した。世界各国が目指す「50年までのカーボンニュートラル」を実現するためには、ともに電源の脱炭素化が欠かせないとの判断である。
国際エネルギー機関(IEA)は23年11月、気温上昇を産業革命前に比べて1・5℃に抑えるには、50年までに2倍以上の原発設備容量が必要との試算を公表した。世界原子力協会によると、世界の原発は436基あり、発電電力量の約10%を賄っている。これを3倍に増やすことで、脱炭素に弾みをつけたい考えだ。

©COP28
原発拡大に動き始めた欧米 日本は安全審査が停滞
すでに欧米諸国は、原発設備容量の拡大に動き始めている。世界的な脱炭素の潮流で化石燃料を必要としない原発の優位性を確認しただけでなく、ロシアによるウクライナ侵攻でエネルギー安全保障の重要性が再認識されたからだ。
フランスは最大で14基の原発新設を決めたほか、英国も原発の設備容量を3倍に引き上げて電力需要の25%を原発による電力で賄う計画をまとめた。欧州連合(EU)は50年までに原発設備容量を150GWにまで高める方針を打ち出した。
米国のバイデン政権は21年、電力などのインフラ投資法で総額60億ドルに上る資金援助政策を公表し、22年にはインフレ抑制法を制定して原発向けに11億ドルを拠出する計画を示した。これにより25年に閉鎖予定だったパシフィック・ガス・アンド・エレクトリックが運営する原発の稼働延長を決めた。さらに23年3月には12億ドルを投じ、今後数年以内に閉鎖を計画する原発の稼働延長を支援することも決定した。
米国では安価な再エネや天然ガスを背景にして13年以降、10基以上の原発が稼働を停止。これに伴い、米国内で稼働する原発は92基に減少し、電源全体の原発比率も約2割まで低下した。このため、バイデン政権は原発の縮小はエネルギー安全保障や脱炭素への影響が大きいと判断し、小型モジュール炉(SMR)の開発支援などと合わせて原発の活用にかじを切った格好だ。
ただ、SMR開発の米ニュースケールパワーは23年11月、アイダホ州でのSMR建設を中止すると発表した。同社は29年までに米国初となるSMRを稼働させる計画だったが、ここ数年、建設費が大きく上昇しており、採算の確保が難しいと判断した。同社によると、初号機の発電コストは当初計画より5割高い1kW時当たり8.9セントになる見通しだ。政府による支援はあるが、発電コストの低減が実用化の課題だ。
日本の原発政策も課題が山積している。岸田文雄政権は「グリーントランスフォーメーション(GX)推進計画」を策定し、東京電力・福島第一原発事故後、封印してきた原発の建て替えを解禁し、運転期間の延長も容認した。だが、原子力規制委員会による安全審査が停滞しており、国内に33基ある原発のうち、再稼働したのは12基にとどまる。特に西日本地域では関西電力や九州電力などの原発再稼働は進んでいるが、東日本地域では原発事故後、1基の原発も再稼働を果たしていない。
こうした原発再稼働を巡る東西格差は、利用者が負担する電気料金にも跳ね返っている。原発再稼働が進む九電や関電は昨年、家庭向けの規制料金を据え置いたが、原発が稼働していない東電や東北電力、北海道電力は料金値上げを実施。この結果、九電や関電の家庭向け標準料金は月額6000円台前半なのに対し、東電や東北電は7000円台半ばと2割以上も高い。この料金水準は政府の電気・ガス代補助で抑え込まれており、補助がなくなれば家計負担はさらに重くなる。
「エネ基」改定で原発新設へ 供給体制の再構築が必至
日本が原発の活用に向けて本格的に取り組むためには、24年秋に予定される「エネルギー基本計画」の抜本的な見直しが避けて通れない。現行の計画では30年度における電源構成について、再エネを36~38%、原発は20~22%としている。22年度の電源構成実績をみると、再エネ比率は前年度から1.4ポイント増えて21.7%となった。今後は洋上風力発電の大量導入も控えており、政府はこの再エネ比率の目標を前倒しで達成する方針だ。
一方で原発比率は、前年度よりも1.3ポイント減少して5.6%にとどまった。50年度以降も原発を活用し続けるためには、欧米諸国と同様に原発の建て替えや新設を積極化させる必要がある。
これに対し、化石燃料を使用する火力発電比率は前年度とほぼ同じ72.7%を占めた。燃料価格の高騰で火力発電の伸びは抑制されたが、現行のエネルギー基本計画では火力発電は4割程度まで下げるのが目標だ。電力の安定供給と脱炭素の達成に向け、新たに策定するエネルギー基本計画では再エネ比率と原発比率の目標をさらに引き上げることが不可欠である。
エネルギー基本計画の見直しを巡っては、電力需要見通しの改定も課題だ。特に今後は、九州や北海道で半導体工場の新設が予定されており、電力需要の増大は確実だ。さらにデジタル化の推進に伴い、データセンターの新設も相次いでいる。大量の電力消費が見込まれる中で、原発を通じた大規模な電力供給体制の構築は待ったなしだ。現実を見据えた需要見通しを示す必要がある。