【論説室の窓】西尾邦明/朝日新聞 論説委員
東京電力ホールディングスの再建計画を改訂する作業が進んでいる。
廃炉と自由化が進展する中、現実を直視し抜本的な見直しを図るべきだ。
「福島への責任を果たすために東電が存続を許されたということは今後も不変である」
東電の再建計画にあたる「第四次総合特別事業計画」は冒頭でそう記す。まずは、これまでの計画が、福島への責任を貫徹する内容となってきたのかを振り返りたい。
東電は2011年の原発事故で経営破綻の瀬戸際となり、混乱を避けるためとして翌年に実質国有化された。国の原子力損害賠償・廃炉等支援機構と東電は再建計画を策定し、ほぼ4年ごとに見直してきた。
21年の第四次計画は17年の計画の枠組みを維持し、廃炉と賠償、除染に必要な費用21・5兆円のうち東電の負担を15・9兆円とし、毎年5000億円を拠出するとしてきた。さらに、中長期では年4500億円の利益を確保して株価を上向かせ、政府保有株の売却で除染費用を回収する計画を掲げた。
しかし、実際に過去5年で5000億円に達したのは23年度だけで、年平均でみても4000億円ほどにとどまる。利益は目標を大きく下回り、株価は1株あたり1500円ほどに高める必要があるが、本稿執筆の9月9日時点で656円だ。

デブリ取り出しで難航 見通しの甘さ明らか
目算が外れた大きな原因は、従来の計画で、新潟県の柏崎刈羽原発が収益改善の柱になると楽観していたからだ。12年の当初計画は、柏崎刈羽を13年度に再稼働させ、10年代半ば以降の早い時期に国が持つ東電株の割合を減らして、国有化を終える想定だった。
17年の計画では6、7号機を19年度から、1~5号機を21年度から順次再稼働するとした。21年の計画でも7号機を22年度、6号機を24年度に再稼働すると仮定した。だが、21年に核防護対策の不備で原子力規制委員会から事実上の運転禁止命令を受け、昨年末に解除されたものの、地元同意の見通しは立っていない。原発関連でトラブルを繰り返す東電の安全文化への疑念は根強い。
一方、賠償や廃炉に必要な費用は当初の6兆円から膨らみ続け、昨年末には23・4兆円となった。廃炉では溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しは8月、「初歩的なミス」でつまずいた。
過酷な現場を考えれば過剰な反応は避けるべきだが、今後も難航することを直視するべきで、費用も増える可能性がある。総じて見通しの甘さは明らかで、本来は計画の枠組みからの見直しが求められている。
もっとも、柏崎刈羽原発は再稼働に向けて、柏崎市と刈羽村の議会が早期再稼働を求める請願を賛成多数で採択するなど、前進している。稼働すれば1基で約1000億円の燃料費が節減でき、東電の収益は改善する。原発の再稼働がまだない東日本の安定供給に一定の役割を果たすのも事実である。
ただ、これまでの誤算続きの経緯を見ると、未曽有の原発事故を起こした東電が「福島への責任」として、将来にわたって原発に頼り続けることには、矛盾と限界があるのではないか。「非連続の改革」を掲げながら、経路依存性の強い原発事業に縛られているようにみえる。
東電は中長期でも、青森県の東通原発の建設再開を目指しているが、絵餅となって再建策が行き詰まれば、存続意義が問われる。原発の経済優位性が失われつつある現実やバックエンドの難題も踏まえる必要がある。



















