【多事争論】話題:最終保障約款での供給
小売り事業者との契約解消で最終保障供給に切り替える大口需要家が急増している。
一般送配電事業者による供給は逆ザヤ化し、制度の見直しが急務になっている。
〈 赤字を引き起こす中途半場な自由化 安定経営に適切な政策と市場設計を 〉
視点A:安田 陽 京都大学大学院 経済学研究科 再エネ経済学講座特任教授
世界的な天然ガス価格の高騰に伴い、小売り電気事業者のいずれとも電気の需給契約についての交渉が成立しない顧客が増え、最終保障供給約款により一般送配電事業者が電力供給を行うケースが増加している。この最終保障供給約款による電力供給は一般送配電事業者にとって逆ザヤとなり、収益を悪化させている。このような「電力赤字問題(Tariff Deficit)」はこれまでさまざまな形で海外でも発生している。
電力赤字問題は電力料金の総収入が発電や送電などのコストの総額を下回るために発生する現象である。海外での電力赤字問題の典型例としては、まず2010年代初頭のスペインやポルトガルの事例が挙げられる。スペインの問題の原因は、太陽光発電の買い取り価格と実価格に乖離があり(風力は乖離はほとんどなかった)、かつネットワークコストが厳しく規制されていたため送電事業者に赤字が累積したことにある。スペインでは結果的にFIT・FIP制度変更の遡及適用が行われたため、日本では再エネ政策やFITの失敗のように紹介されることもあるが、そのような理解は表面的であり、問題の本質からかえって目がそらされることになる。
同じく電力赤字問題が顕在化したポルトガルでは買い取り価格と実価格の乖離は確認されず、主に小売り側の料金規制が原因とされる。同様に、当時再エネがあまり普及していなかったフランスやブルガリアでも電力赤字問題が若干見られている。このように問題の直接的原因はさまざまであるが、構造としては、自由化されたはずの市場において不自然な料金規制(大抵はポピュリズム的政策による)が存在すると発生しやすい点が共通する。
電力赤字問題は、古くは2000〜01年に発生したカリフォルニアの電力危機の構造にも当てはまる。この電力危機は日本では電力自由化の失敗のように語られることも多いが、1996年にカリフォルニア州議会で可決されたAB1890法案によって電力小売価格に上限が設けられたことに起因する。このケースも、市場が自由化されたのにもかかわらず不自然な形で料金規制が設けられたことが原因であり、電力赤字問題は自由化が中途半端だと起こりやすい。
望ましい原価に見合う料金の適用 日本を覆う転嫁しづらい風潮
このような世界の問題の諸事例から現在の日本の状況を俯瞰すると、問題の構造と解決すべき課題が見えてくる。本来、最終保障供給約款により一般送配電事業者が電力供給を行う場合、その料金は硬直的な料金ではなく、原価に見合う料金が柔軟に適用されることが望ましい。あるいは、料金規制された最終保証供給により減益が生じた場合は、託送料金に転嫁することが適切である。そうでなければ電力赤字問題が発生する。しかし、現実には国民感情の悪化やインフレの懸念を恐れ、原材料の高騰が製品・サービスの売価に転嫁しづらい風潮が日本全体を覆っている。
本来、物価が上昇すれば最低賃金を上げたり、電気代や燃料費が支払えない経済弱者に直接的な支援をする政策が適切である。しかし、上流側の企業に対する補助金は透明性が低く、適切な再分配が期待できない。さらに結果的にガソリンや火力発電に対する補助金になるようでは脱炭素政策に逆行し、政策の理論的正当性を見いだすことができない。
このような混沌の中、新たに導入されるレベニューキャップ制度は、一般送配電事業者が自力で問題を緩和するための有力なツールとなる可能性がある。なぜならば理論的にはレベニューキャップ制度は、規制部門であっても一般送配電事業者が経営努力によって収益を増やすことや料金を柔軟に設定することが、定められた範囲内で可能だからである。
調整力のコストが増大しているという指摘もあるが、これに対しては一般送配電事業者自身が再エネ予測技術を向上させると同時に、市場取引を通じて需給調整に責任を持つアグリゲーターの育成が急務である。再エネ導入が先行する欧州では、市場閉場時間の短時間化によって時間前市場が活性化し、再エネ増加にもかかわらず需給調整市場で取引され応動する調整力が少なくすんでいる実績がある。調整力コストの増大は、市場設計を見直すべきという市場シグナルでもある。
化石燃料の高騰が恒常化しつつある現在、インフラを担う一般送配電事業者がどのように安定的な経営を行うかは、一般送配電事業者の努力だけでなく、適切な政策と市場設計にかかっている。日本の電力自由化はまだ途上であり、さまざまな問題が山積している。中途半端な状態で終わらせず、さらに前に進むことが肝要である。