逆ザヤで送配電事業者の経営悪化 解消急がれる電力供給制度のゆがみ


【多事争論】話題:最終保障約款での供給

小売り事業者との契約解消で最終保障供給に切り替える大口需要家が急増している。

一般送配電事業者による供給は逆ザヤ化し、制度の見直しが急務になっている。

〈 赤字を引き起こす中途半場な自由化 安定経営に適切な政策と市場設計を 〉

視点A:安田 陽 京都大学大学院 経済学研究科 再エネ経済学講座特任教授

世界的な天然ガス価格の高騰に伴い、小売り電気事業者のいずれとも電気の需給契約についての交渉が成立しない顧客が増え、最終保障供給約款により一般送配電事業者が電力供給を行うケースが増加している。この最終保障供給約款による電力供給は一般送配電事業者にとって逆ザヤとなり、収益を悪化させている。このような「電力赤字問題(Tariff Deficit)」はこれまでさまざまな形で海外でも発生している。

電力赤字問題は電力料金の総収入が発電や送電などのコストの総額を下回るために発生する現象である。海外での電力赤字問題の典型例としては、まず2010年代初頭のスペインやポルトガルの事例が挙げられる。スペインの問題の原因は、太陽光発電の買い取り価格と実価格に乖離があり(風力は乖離はほとんどなかった)、かつネットワークコストが厳しく規制されていたため送電事業者に赤字が累積したことにある。スペインでは結果的にFIT・FIP制度変更の遡及適用が行われたため、日本では再エネ政策やFITの失敗のように紹介されることもあるが、そのような理解は表面的であり、問題の本質からかえって目がそらされることになる。

同じく電力赤字問題が顕在化したポルトガルでは買い取り価格と実価格の乖離は確認されず、主に小売り側の料金規制が原因とされる。同様に、当時再エネがあまり普及していなかったフランスやブルガリアでも電力赤字問題が若干見られている。このように問題の直接的原因はさまざまであるが、構造としては、自由化されたはずの市場において不自然な料金規制(大抵はポピュリズム的政策による)が存在すると発生しやすい点が共通する。

電力赤字問題は、古くは2000〜01年に発生したカリフォルニアの電力危機の構造にも当てはまる。この電力危機は日本では電力自由化の失敗のように語られることも多いが、1996年にカリフォルニア州議会で可決されたAB1890法案によって電力小売価格に上限が設けられたことに起因する。このケースも、市場が自由化されたのにもかかわらず不自然な形で料金規制が設けられたことが原因であり、電力赤字問題は自由化が中途半端だと起こりやすい。

望ましい原価に見合う料金の適用 日本を覆う転嫁しづらい風潮

このような世界の問題の諸事例から現在の日本の状況を俯瞰すると、問題の構造と解決すべき課題が見えてくる。本来、最終保障供給約款により一般送配電事業者が電力供給を行う場合、その料金は硬直的な料金ではなく、原価に見合う料金が柔軟に適用されることが望ましい。あるいは、料金規制された最終保証供給により減益が生じた場合は、託送料金に転嫁することが適切である。そうでなければ電力赤字問題が発生する。しかし、現実には国民感情の悪化やインフレの懸念を恐れ、原材料の高騰が製品・サービスの売価に転嫁しづらい風潮が日本全体を覆っている。

本来、物価が上昇すれば最低賃金を上げたり、電気代や燃料費が支払えない経済弱者に直接的な支援をする政策が適切である。しかし、上流側の企業に対する補助金は透明性が低く、適切な再分配が期待できない。さらに結果的にガソリンや火力発電に対する補助金になるようでは脱炭素政策に逆行し、政策の理論的正当性を見いだすことができない。

このような混沌の中、新たに導入されるレベニューキャップ制度は、一般送配電事業者が自力で問題を緩和するための有力なツールとなる可能性がある。なぜならば理論的にはレベニューキャップ制度は、規制部門であっても一般送配電事業者が経営努力によって収益を増やすことや料金を柔軟に設定することが、定められた範囲内で可能だからである。

調整力のコストが増大しているという指摘もあるが、これに対しては一般送配電事業者自身が再エネ予測技術を向上させると同時に、市場取引を通じて需給調整に責任を持つアグリゲーターの育成が急務である。再エネ導入が先行する欧州では、市場閉場時間の短時間化によって時間前市場が活性化し、再エネ増加にもかかわらず需給調整市場で取引され応動する調整力が少なくすんでいる実績がある。調整力コストの増大は、市場設計を見直すべきという市場シグナルでもある。

化石燃料の高騰が恒常化しつつある現在、インフラを担う一般送配電事業者がどのように安定的な経営を行うかは、一般送配電事業者の努力だけでなく、適切な政策と市場設計にかかっている。日本の電力自由化はまだ途上であり、さまざまな問題が山積している。中途半端な状態で終わらせず、さらに前に進むことが肝要である。

やすだ・よう 1989年横浜国立大学工学部電気工学科(当時)卒、94年横浜国立大学大学院工学研究科電子情報工学専攻博士後期課程修了。関西大学工学部准教授などを経て2016年から現職。博士(工学)。

【再エネ】乱開発に及び腰はなぜ 川勝知事の姿勢を問う


【業界スクランブル/再エネ】

リニア建設事業では自然破壊の影響を声高に訴えている静岡県の川勝平太知事だが、こと熱海伊豆山の土石流災害への対応や太陽光発電の乱開発問題への対応を巡っては、弱腰の姿勢が目立つ。一体、なぜなのか。

「全国一厳しい規制にする」との掛け声の下、今春に県の盛り土規制条例を改正したものの、既に林地開発許可を受けた案件には条例を適用しない旨の附則を設けるなど、その実態は骨抜き改正と言っていい。

また災害の原因となった盛り土の現所有者に対する責任追及も甘い。盛り土問題では、前・現所有者が責任の所在を巡り真っ向から対立中。川勝知事は、現所有者側の代理人らを中心とした再エネ推進派グループとの親交もあるだけに、関係者の中には「知事側が現所有者側や再エネ事業者などに配慮しているのでは?」と勘繰る向きも。

自然環境を大切にする知事のこと、よもやそんなことはないと信じたいが、太陽光乱開発規制への及び腰を見ていると、そんな疑念もわいてくる。

お隣の山梨県では、長崎幸太郎知事が「太陽光乱開発は絶対許さない」との強い姿勢で昨年10月、県独自の太陽光条例を制定した。しかし静岡県では、全国に先駆けて乱開発問題が深刻化しているにもかかわらず、同条例の制定に動こうとしない。違和感を覚えて仕方ない。

そんな中、前副知事で県理事の難波喬司氏が県を退職し、静岡市長戦への出馬を検討しているとのニュースが流れた。難波氏は、熱海の問題では経験・知識に乏しい知事ではなく、自分にしか対応できないと周囲に話していたのに、報道が事実ならあまりにも無責任だ。 悲惨な災害を二度と起こさない。そんな決意の下で、川勝、難波両氏には全身全霊で対策強化に取り組んでほしい。(R)

【火力】安定供給の再構築へ 供給力不足は補えるか


【業界スクランブル/火力】

カーボンニュートラル社会の実現を目指すGX実行会議やエネルギー政策の方向性を議論する総合資源エネルギー調査会基本政策分科会において、「エネルギー安定供給の再構築」がキーワードになっている。GXを進めるためには、エネルギーの安定供給が大前提という点をぶれずに指摘している点は心強いが、足元の対応と中長期の対応の間には依然として大きなギャップがあり、そのことが安定供給のほころびにつながっていくのではと危惧している。

ここ数年、火力設備の減少により供給力不足が常態化しているが、今冬については、供給力の公募により休止火力を再稼働させることで何とか対応できるとのことだ。しかし、これでは今後先細りとなる状況は避けられない上に、その都度つぎはぎを当てるようなやり方はコストがかさみ、結果的に需要家は高い電気代を負担させられることになる。大規模な改修工事をすれば設備の若返りを図ることも可能ではあるが、供給力公募や24年度から導入される容量市場のような単年度ごとの仕組みでは、リスクが大きすぎて事業者は大胆な投資に踏み切れない。

一方、将来的には、原子力の活用と再エネの大量導入により供給力を確保する絵姿が示されている。この場合必要となる調整力については、系統の強化や蓄電池などの拡充、さらにカーボンフリー燃料の火力で対応するとされているが、いずれの場合も相当量の再エネ余剰を活用できることが前提となっている。しかし、実際には再エネを拡大しようにも調整力不足がネックとなっており、大きなジレンマを抱えていることになる。

故に足元と中長期の間のギャップを埋めるには、現状7割を占める火力の今後の在り方を具体的に示し、ジレンマを解消することが何より必要だ。(N)

石油高騰対策の出口戦略問題 価格上昇見通しで判断悩ましく


【業界紙の目】津金宏嘉/燃料油脂新聞 編集局石油部長

物価高騰が社会課題として重みを増す中で、期間延長を繰り返す「燃料油価格激変緩和対策事業」。

巨額の国費を投じてきた施策だけに、どのような出口を迎えるのか注目が集まる。

 脱炭素化へのトランジションの途上で発生したロシアのウクライナへの軍事侵攻と、西側諸国の対露経済制裁により、世界各国がエネルギー安全保障問題に直面している。政府は、最終エネルギー消費の47・4%(2020年度総合エネルギー統計)を占める石油の価格高騰対策として、22年1月下旬以来「燃料油価格激変緩和対策事業」を実施してきた。

同事業は石油製品の出荷元となる事業参加企業34社に政府が補助金を支給して、SS(サービスステーション)を運営する石油製品販売業者などへの仕切価格(卸価格)の高騰を抑え、最終的に石油製品(ガソリン、灯油、軽油、重油)の小売価格上昇を緩和するのが狙いだ。現在の制度は12月末を期限とし、レギュラーガソリン全国平均価格を1ℓ168円程度に抑えるために、必要な補助額を政府が毎週算定する立て付けになっている。例えば前週のレギュラーガソリン全国平均が170円なら、今週は補助金を2円増額しなければ168円にならない。さらに元売りの仕切価格は原油コストをベースに策定するため、前週と当週の原油コストの差も補助金に反映する。要は原油価格が上がったり、為替レートが円安ドル高に傾いたりすると補助支給額が増えるが、際限がないので補助上限を原則35円とし、35円を超す場合は超過分の2分の1を加算する。ちなみに10月第1週の支給額は35・7円、第2週は33・8円、第3週は36・8円だった。

財務省が経産省に注意 「焼け太り批判」は正しいのか

国内で石油精製機能を有する企業はENEOS、出光興産、コスモ石油、太陽石油の4社だが、海外から輸入したガソリンなども補助支給対象のため、輸入機能を持つ大手石油販売業者も参加企業に名を連ねている。制度上は、元売りなどの参加企業が巨額の補助金を受け取る設計だが、現実には国が石油業界のサプライチェーンを用いて、国民に補助を行き渡らせる仕組みだ。元売りは自身のホームページで宣言している通り、補助金が1円も残らず自社を素通りして流通ルートに回るよう人的リソースを割き、システムを構築して事業の運用に協力している。

石油販売業者については、財務省が10月に公表した予算執行調査で、補助金が「SSの経営改善に実質的に使われていると見られる事例もある」と指摘。3~7月の販売実績で推計すると、ガソリン分の補助支給額5577億1300万円に対し、高騰抑制額が110億4700万円(2・0%)下回ったとして経済産業省に注意を促した。ただ、石油販売業者は競合店との熾烈な競争を通じて小売り市況を形成しており、どこまでが補助金による高騰抑制効果で、どこまでが業者自身の利益確保努力かを切り分けるのは不可能だ。そもそも仕入れ値の変動を小売価格に反映するまでにはタイムラグが生じる。事業途中の効果測定における2%のギャップを、予算の無駄遣いといえるのかどうかは正直なところ分からない。一部では「石油業界が国の補助金で焼け太り」との解釈が見受けられるが、制度の趣旨である「原油価格高騰が(中略)コロナ下からの経済回復の重荷になる事態を防ぐため」に協力してきた当事者たちには少し気の毒な感がある。

同制度による買い控え抑制効果は、石油業界にとって大きな恩恵だ。ただ効果が間接的で実感が湧きにくいのも事実で、そのせいか石油業界の政府への要望は事業期間延長ではなく、出口戦略のあり方に要点を置いている。

混乱来さず収拾できるか 元売りと販売店で意見にずれ

補助事業の終わり方については、石油業界には苦い記憶がある。旧民主党政権の下で10年に発動した、いわゆるトリガー条項(レギュラーガソリン全国平均価格が3カ月連続で160円を超すと揮発油税の暫定税率分25・1円、軽油引取税の17・1円を減税する措置)で、発動後と終了前にSSに給油客が押し寄せ、タンクローリーなどの製品配送にまで混乱が及んだ。消費者利益を最優先するのが大前提だが、国の事業に「補助金配布係」として協力してきた石油業界にすれば、せめて出口部分で混乱に巻き込むことはやめてほしいとの思いが強い。

補助金がなければガソリン価格は200円近い

9月29日に石油連盟の新会長に就任した木藤俊一氏(出光興産代表取締役社長)は、同日午前の西村康稔経産相との意見交換会で「原油価格の動きを考慮しながら、緩やかに事業を終える形にしてほしいと要望した」と明かす。同事業が当初の5円から25円、35円と補助額を拡大していった時から、業界関係者は「いきなり補助がゼロになったら大混乱に陥る」との認識を共有しており「緩やかに」との石連会長の要望は石油業界全体の思いを代弁している。

一方で補助金減額の仕方については、元売りと販売業者の意見が微妙に食い違う。配送・物流段階の混乱を最小限度に抑えたい元売りにすれば、消費者の仮需(目先の必要がないのに購入する行為)はできる限り発生しないのが望ましく、毎週1~2円ずつといった小幅減額を繰り返す出口戦略を理想としている。一方、小売りを担うSS業者の間では「1~2円の減額だと、価格競争のなかで転嫁値上げを見送る競合店が現れる」(東京都内のENEOS系特約店)との懸念が強く、誰もが値上げに動かざるを得ない5円、10円といったまとまった規模の減額を望む意見が多数派だ。

本来なら補助金を必要としない水準に原油価格が下がり、事業が役目を終えるのが望ましい。6月には1バレル120ドル台に上昇していた米国のWTI先物原油価格は、9月下旬に80ドルを割る水準に軟化し、理想的なシナリオに向かうかと思われた。しかし産油国連合のOPECプラスは10月の閣僚会合で日量200万バレルの減産を打ち出し、油価下落を抑えたい意向を鮮明にした。物価高騰への国民の不安は高まるばかりで、石油業界では灯油需要が最盛期に差しかかる12月末を本当に激変緩和事業の出口にできるのか、との疑問も上がり始めた。

〈燃料油脂新聞〉○1945年創刊○発行部数:8万部○読者層:元売り、石油販売業者、自動車用品業者、官公庁、石油需要家など

【原子力】電力のひっ迫理由 ウクライナ侵攻にあらず


【業界スクランブル/原子力】

わが国の電力会社の経営が火の車に陥っている。代表的なのは東京電力ホールディングス(HD)の販売子会社の東京電力エナジーパートナー(EP)だ。2022年4~6月期の経常損益は908億円の赤字で、6月末時点で67億円の債務超過に陥っていた。電力を売れば売るほど赤字が広がる「逆ザヤ」状態に直面。原発の再稼働が見通せない中で燃料価格の高騰は続いているので、今後も赤字が続く可能性があるとみて、東電HDから2000億円の資本増強を行い財務基盤を強化する。東電EPは収益改善のために、法人向けの電気料金の値上げを検討している。ほかの電力会社も似たり寄ったりだ。

電力各社の収支が目を覆うような状態に陥ったのはオイルショック以来だが、ウクライナ戦争の影響が原因と決めつけるのは早計だ。20年12月までWTI原油価格は50ドル以下で安定していた。21年6月以降70ドル以上に高騰し、LNG不足も顕在化した(ウクライナ戦争が起きた22年2月以前からエネルギー危機は深刻化していた)。

こうした化石燃料の高騰でまず衝撃を受けたのは、余った電力の転売で収益を得ている新電力だった。経済産業省が制度設計をして16年から始まった電力自由化システム、そして実効性の乏しい原発再稼働政策のなれの果てが今の実情だ。

現状打開には電力不足解消に向けた電力自由化システムの抜本的見直しと、原発再稼働政策の抜本的再整備が急務。電力不足が表面化しつつある今日、泊原発など10年経っても進展しない原発の再稼働審査の合理化・効率化徹底、化石燃料の安価な調達の整備、岸田政権のGX戦略の中に現状盛り込まれていない原発新増設の制度整備などを政権に徹底的に推進していただきたい。(S)

【検証 原発訴訟】規制委の審査結果覆す初の司法判断 衝撃的な大飯判決の論法とは


【Vol.8 大飯判決】森川久範/TMI総合法律事務所弁護士

「大飯判決」では、原子力規制委員会が認めた再稼働の取り消しが妥当との初の司法判断を示した。

伊方最判の判断枠組みを踏襲するが、どのような論法で規制委の判断を否定するに至ったのか。

 今回は、福井県などに居住する住民が大飯発電所3・4号機について、原子力規制委員会による2017年5月24日付け設置変更許可処分(本件処分)の取り消しを求めた事案に対し、20年12月4日に大阪地裁が同処分の取り消しを認めた判決(大飯判決)を扱う。判決骨子では、「関西電力は、大飯原発3号機及び4号機の設置変更許可申請において、各原子炉の耐震性判断に必要な地震を想定する際、地質調査結果等に基づき設定した震源断層面積を経験式に当てはめて計算した平均値としての地震規模をそのまま用いた。新規制基準は、経験式による想定を超える規模の地震が発生し得ることを考慮しなければならないとしていたから、新規制基準に基づき基準となる地震動を想定する際には、少なくとも経験式による想定を上乗せする要否を検討する必要があった。規制委員会は、そのような要否自体を検討することなく、上記申請を許可した。規制委員会の調査審議及び判断は、審査すべき点を審査していないので違法である」とした。東日本大震災後に、新規制基準に基づいた設置変更許可処分を、伊方最判の判断枠組み(本連載①~③参照)を用いて取り消した初の裁判例である。

地震動審査の是非が焦点 ガイドの扱いに疑問

本稿では、本件処分の取り消し理由とされた基準地震動および耐震設計方針に係る審査ガイド(地震動審査ガイド)のばらつき条項に関する判断を考察する。地震動審査ガイドで、震源モデルの長さや面積、あるいは1回の活動による変位量と地震規模を関連付ける経験式を用いて地震規模を設定する場合、経験式の適用範囲が十分に検討されていることを確認する。その際、経験式は平均値としての地震規模を示すものであり、経験式が有するばらつきも考慮される必要がある、と定めたものが「ばらつき条項」である。

本件処分の適否の判断枠組みは次の通りだ。①現在の科学技術水準に照らし、規制委の調査審議で用いられた具体的審査基準に不合理な点がある、あるいは、②当該原子炉の設置許可申請がこの具体的審査基準に適合するとした規制委の調査審議および判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認められる―。これらの場合には、規制委の判断に不合理な点があり、その判断に基づく原子炉設置許可処分は違法であると解するのが相当だとして、伊方最判の判断枠組みを踏襲した。

設置許可基準規則では、耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(基準地震動による地震力)に対して、安全機能が損なわれるおそれがないことを要求している(4条3項)。これに関して本判決では、①「地震動審査ガイドは基準地震動の策定に関する審査基準」であり、同ガイド中のばらつき条項は「震源特性パラメータの設定に関する基準の一つ」である、②経験式が有するばらつきの考慮とは「経験式によって算出される平均値に上乗せをする要否を検討すべきものである」―と解釈した。そして、規制委が基準地震動の策定に当たり、当該上乗せの要否を検討せず経験式により算出された地震規模の値をそのまま漫然と採用したことは、ばらつき条項の趣旨に反して先述の規則に適合しないものであり、「規制委の調査審議及び判断の過程には看過し難い過誤、欠落がある」と判示した。

判決では、地震動審査ガイドは基準地震動策定の審査基準だとして、同ガイドは規制委が調査審議に用いた具体的審査基準であることを前提とするが、なぜ同ガイドが審査基準に該当するかの理由は示していない。むしろ判決別紙2では同ガイドを、「規制委員会の内規(行政手続法上の命令等にあたらないもの)」に区分し、行政手続法上の審査基準ではないことを前提としている。

また、地震動審査ガイドは「発電量軽水型原子炉施設の設置許可段階の耐震設計方針に関わる審査において、審査官等が設置許可基準規則及びその解釈の趣旨を十分に踏まえ、基準地震動の妥当性を厳格に確認するために活用することを目的」としている。同ガイドが審査基準に該当すると解釈するには相応の理由が必要であろう。伊方最判との関係では、「規制委員会の調査審議において用いられた具体的審査基準」とは具体的にどこまでの審査基準をいうのかが問われるところである。

なお、行政手続法上の審査基準である設置許可基準規則およびその解釈には、地震動審査ガイド上の経験式が有するばらつきの考慮に相当する条項はない。同ガイドが〝具体的審査基準〟に該当しないとすれば、判断枠組みである「具体的審査基準に適合するとした規制委員会の調査審議及び判断の過程」への当てはめの前提を失うだろう。

大阪地裁が示した大飯判決は衝撃だった

規制委の専門技術的裁量 「ばらつきの考慮」も範囲内

大飯判決は、経験式が有するばらつきの考慮について、経験式によって算出される地震規模の平均値への上乗せの要否を検討すべきであると解釈した。しかしながら、伊方最判の判断枠組みを踏襲することは、規制委の専門技術的裁量を尊重しつつ現在の科学技術水準に照らして行政統制の方向性を検証することとなる。だが、現在実務上用いられている「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」にも、経験式により求められた地震規模の値に上乗せの検討を求めるような記載はない。

リスク測定の統計手法につきまとう変数の代入(データを当てはめること)方法の恣意性を排除して理論値の精度を高めるのではなく、自然科学の専門家が設計した経験式から算出される値の取り扱い方法について、裁判所が、実務上も用いられていない特定のバイアスをかける方向性を要請することは、行き過ぎた司法介入ではないかと思われる。

なお、玄海原子力発電所3・4号機に係る設置変更許可処分の取り消し訴訟でもばらつき条項が争点となったが、佐賀地判(21年3月12日)は原告らの請求を棄却した。また、地震動審査ガイドは22年6月8日、審査実績などを踏まえた改正がなされ、ばらつき条項は現在では削除されている。

・【検証 原発訴訟 Vol.1】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8503/

・【検証 原発訴訟 Vol.2】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8818/

【検証 原発訴訟 Vol.3】 https://energy-forum.co.jp/online-content/8992/

・【検証 原発訴訟 Vol.4】https://energy-forum.co.jp/online-content/9410/

・【検証 原発訴訟 Vol.5】https://energy-forum.co.jp/online-content/9792/

・【検証 原発訴訟 Vol.6】https://energy-forum.co.jp/online-content/10115/

・【検証 原発訴訟 Vol.7】https://energy-forum.co.jp/online-content/10381/

もりかわ・ひさのり 2003年検事任官。東京地方検察庁などを経て15年4月TMI総合法律事務所入所。22年1月カウンセル就任。17年11月~20年11月、原子力規制委員会原子力規制庁に出向。

【マーケット情報/11月18日】原油続落、需要後退の見方が強まる


【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油市場は、主要指標が軒並み下落。中国および米国を中心とした景気停滞への懸
念、および国際機関による石油需要見通しの下方修正が重荷となった。

中国では、新型コロナウイルスの感染者が再び増加傾向にある。ロックダウン政策の一部
が緩和したことで、国内移動が拡大し、石油需要が回復するとの期待があったが、打ち消
された格好だ。

米国では、石油備蓄の放出が続き、市場でのだぶつき感が継続した。また、米連邦準備理
事会(FRB)の役員が市場の見通しを上回る利上げを示唆したことから、景気回復への懸
念が強まり、原油需要の下げ要因となった。

OPECと国際エネルギー機関(IEA)が、それぞれ今年および来年の石油需要見通しを下
方修正したことも、油価に対する下方圧力になった。IEAは、石油需要の本格的な回復を
来年の4~6月と予測している。

一方、 欧州連合による対ロシア原油への追加規制期日が12月5日に迫るものの、一部で
は期日後もロシア原油の供給が継続されるとの見通しが出るなど、実効性の先行きが不透
明なため、原油の需給逼迫には至らなかった。

【11月18日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=80.08ドル(前週比8.88ドル安)、ブレント先物(ICE)=87.62ドル(前週比8.37ドル安)、オマーン先物(DME)=84.17ドル(前週比6.83ドル安)、ドバイ現物(Argus)=84.41ドル(前週比6.94ドル安)

【石油】OPECプラスが大幅減産 相互依存の崩壊


【業界スクランブル/石油】

OPECと非加盟主要産油国からなるOPECプラスは10月5日、11月の生産量を日量200万バレル減産することを決めた。コロナ禍の需要激減に対応した2020年5月の970万バレル減産以来の大幅削減である。最近の先進国の金利引き上げに伴う景気減速懸念による原油価格の軟化に対応して、ウクライナ侵攻直前の80ドル以上の価格維持を目指したものだ。特に、共同議長国であるロシアのウクライナ戦費調達とサウジアラビアの財政均衡価格80ドル確保の必要性を反映している。

これまでの原油価格高騰の理由は長期化するウクライナ情勢より、むしろコロナからの需要回復に対して、産油国の生産余力不足と余力のあるサウジ、UAEの増産への慎重姿勢による供給不足が起こっていることである。明らかに供給不足は、拙速な脱炭素政策の影響である。特に、サウジとUAEが増産に動かないことが問題だ。

イラン革命以来、両国は油価が高騰すると必ず増産し、原油価格と国際石油市場の安定に貢献してきた。豊富な埋蔵量を背景に、超長期の収入確保の観点から、消費国の石油離れを阻止するために、安定供給志向の穏健な政策を採用していた。その意味で産消間に相互依存関係が成立していた。

そのため、湾岸危機以来、30年間、石油危機はなかった。しかし先進国の気候政策は、相互依存関係の前提を破壊してしまった。産油国にすれば埋蔵原油が座礁資産化する前に、高値で売れるだけ売りたいと思うのは当然だ。途上国の需要増加が止まり、需要が本格的に減少するまでは原油価格は高止まりを続けると覚悟しておくべきだろう。それにしても、脱炭素を目指すバイデンが産油国に増産を要請するのは噴飯物だ。(H)

【ガス】都市ガス150年 先達の努力に敬意


【業界スクランブル/ガス】

10月31日に「ガス事業」開業150周年を迎えた。興味深いのは日本初のガス会社「横浜瓦斯会社」の設立経緯だ。1871年に横浜駐在のドイツ領事がガス会社の設立を神奈川県に申請した。外国に権益を奪われることを嫌った県が、横浜の実業家高島嘉右衛門に相談。高島は翌72年に横浜瓦斯を設立、仏技師を招いて自前でガスを製造し、10月31日に横浜の大江橋から馬車道、本町通りに並べられたガス燈を点灯したのだ。明治初頭、日本が近代化の道を歩み始めたばかりの時期に、インフラ事業の重要性をきちんと認識し、何ら知識・経験のない状態の中で、自分たちの力でゼロから事業を立ち上げ、育成していこうとした先達たちの先見性と努力に敬意を表したい。

1900年代に入り、電気・白熱灯の普及によってガス灯が駆逐される中、ガスは料理や風呂など家庭用燃料へ役割を切り替えて生き残ることができた。その後、関東大震災や太平洋戦争の苦難を乗り越えて、69年には世界で初めてLNG輸入を開始。天然ガスの経済性・環境性を強みに都市ガスの普及・拡大を進め、現在は全国で3000万件以上のお客さまに都市ガスを供給するまでに至った。一人のガス事業者として、150周年を本当に誇りに思う。

そして今、都市ガス事業は難局に直面している。足元ではウクライナ危機によって安定供給という根本的な使命が脅かされる状況にある。さらに将来的には、世界的な脱炭素の動きの中で天然ガスの存在意義を問われる状況に陥っている。しかし、われわれには150年間の輝かしい歴史がある。先達に恥ずかしくないように、そして未来の人たちがガス事業200周年を笑顔で迎えられように、全力でこれらの難問を乗り越えていこうではないか。(G)

南アジアに欧州の「とばっちり」


【ワールドワイド/コラム】水上裕康 ヒロ・ミズカミ代表

いよいよ欧州のエネルギーは冬の需要期を迎える。EUは年間消費の約3割に相当するガスの備蓄能力を持つが、その95%を10月末までに充てんするべく施策を打ってきた。例年に比べ5%高い目標だが、9月末には約90%と順調な進捗だ。昨年は供給の35%を占めたロシアからのガス供給が今年は半減する一方、9月末までに昨年を3千万tも上回るLNGの輸入がこれを補っている。

それにしてもLNG市場のどこにそんな余裕があっただろうか。実は欧州の「爆買い」による価格の高騰で、インド、パキスタン、バングラデシュなどの国々がLNGを買えなくなっているのだ。中でもパキスタンでは、春から長時間の計画停電が続く。

震源となったEU各国には他国を気遣う余裕はない。夏以降、ロシアからのガス供給はゼロに近付いており、寒い冬が来ればガスの備蓄は危機に瀕する。高騰するガス価格に市民生活や産業活動も打撃を受けている。ただし、これを「すべてロシアのせい」とは言えないはずだ。欧州発のガス価格高騰は、昨年秋には始まっていた。再生可能エネルギーが供給力として実力不足にもかかわらず、化石燃料は「今にも不要」という強いメッセージを発信して開発投資の停滞に拍車を掛ける一方、無防備にもロシア産のガスへの依存を高めた結果だ。戦争はEUのエネルギー政策の矛盾を顕在化させたにすぎない。

まもなくCOP27が始まる。ほんの1年前、「脱炭素」を競い、途上国にも追随を求めていたEUなど先進国が、いまや「炭素」の買い占めに走る。停電に苦しむ人たちは、どんな思いで見ているのだろうか。こんな状況でも脱原子力を捨てきれない国や、動かせるはずの原子力を20基以上も放置している国は、心して参加したほうがよいだろう。

【新電力】業界全体が疲弊 東電EPの苦肉の策


【業界スクランブル/新電力】

東京電力エナジーパートナー(EP)の経営を巡り約67億円の債務超過、親会社の東電ホールディングスによる2000億円の資本注入、特別高圧・高圧料金改定とニュースが目まぐるしい。

債務超過の原因は、燃料価格高騰による逆ザヤ拡大とされるが、発表された6月末時点では、同社の燃料費調整単価は基準比プラス50%の上限に達していなかった。つまり、設計上は調達価格上昇分を料金転嫁できていたはずだ。そうなると、真の理由は原子力再稼働織り込みで作られた料金体系(2012年の値上げ認可では「柏崎刈羽1、5、6、7号機は13年度から、同3、4号機は14年度から再稼働を仮定」)が無謀だったことになる。またJERA電源の卸権を持っているが発電効率が悪く使い切れていないために市場調達が増大していた。

では、同社は稼げる企業にはなれるだろうか。同社も子会社のテプコカスタマーサービス(TCS)も、販売電力量は減少傾向であり無理な販売は抑制しているように見える。新料金は市場調達連動分を織り込んでおり、かつ市場連動基準単価はkW時当たり17.44円と現相場より下であるため料金引き上げに機能する。これらは合理的だ。

しかし、値上げ幅は現市況を前提にすれば15%程度にとどまる上に、規制部分を含む低圧には言及がない。また、地元了解の目途が立たない柏崎刈羽7号の2023年度内9カ月稼働を織り込むなど、経営健全化に資する十分な値上げとはいえず、値上げ幅を圧縮したいという中途半端な意図すら透けて見える。巨額の資本注入もジリ貧感が強い。支配的事業者のダンピングは業界全体を疲弊させる。同社が完全私企業と同様の事業判断ができるようにならない限り、電力業界のゆがみは残る。(Z)

G20で垣間見えた欧州の二枚舌 アジアは「現実路線」アピールを


【ワールドワイド/環境】

10月号ではG20気候・環境大臣会合における途上国のリベンジについて報告したが、9月初めのG20エネルギー転換大臣会合と東アジアサミットエネルギー大臣会合を比較すると非常に興味深い対照が浮かびあがる。

9月初めのG20エネルギー転換大臣会合では、グラスゴー気候協定や1.5℃に関する争いはなかった。これらの点は気候・環境大臣会合でまとめて扱われたからである。他方、「エネルギー転換」というアジェンダ設定のせいか、成果文書の「バリ・コンパクト」はクリーンエネルギー転換を扱ったものとなり、現下のエネルギー危機に関する切迫感の希薄なものとなった。

G7首脳声明では対ロシア依存低下のためのLNG投資の重要性をうたっていながら、G20共同声明では日本がエネルギー危機に対応するための上流投資の重要性を強調する一方、欧州諸国が温暖化防止を理由に反対するという構図となった。欧州は自らのエネルギー危機回避のためにはなりふり構わず化石燃料を使う一方、上流投資による世界的な化石燃料の需給ひっ迫緩和には後向きというダブルスタンダードが垣間見える。

アジア諸国の考え方は9月中旬の東アジアサミットエネルギー大臣会合共同声明に反映されている。東アジアサミットはASEANを中心に、日、中、韓、印、米、豪、ニュージーランド、露がパートナー国として参加する場である。共同声明にはクリーンで手ごろな価格でのエネルギーアクセスの確保と供給途絶への対応を図るため、上流投資が必要であること、エネルギー転換に向けたあらゆる燃料、あらゆる技術の動員が必要とされ、LNG投資の重要性、燃料アンモニア、水素、バイオマス、原子力、クリーンコールテクノロジー、CCUSなどの技術の重要性が強調されている。教条主義的な欧州諸国が不在なため、アジアのエネルギーの現実を反映した極めて現実的なものとなっている。

気候変動の議論を支配する欧州的な価値観とアジアのエネルギーの現実の懸隔は大きく、アジア地域はもっと声をあげる必要がある。2023年には日本がG7議長国、インドがG20議長国である。日本とインドには欧州主導の教条的な議論が幅をきかせるエネルギー温暖化議論にアジアの実情を踏まえた現実的なメッセージを出すことが期待される。

(有馬 純/東京大学公共政策大学 院特任教授)

【電力】なぜ今さら明文化 限界費用での投入


【業界スクランブル/電力】

あまり話題にならなかったが、「適正な電力取引についての指針」の改定案のパブコメが募集され、先ごろ締め切られた。今回の改定内容には、大手電力が余剰電力全量をスポット市場に限界費用で投入する、いわゆる「限界費用玉出し」をガイドラインとして明文化することが含まれている。

従来の事業者による自主的取り組みという位置付けはいかにもあいまいだから、ガイドライン化することは一般論としては望ましいが、限界費用玉出しは求められる法的根拠がはっきりしない。改定案を読む限り、独禁法ではなく電気事業法に根拠を求めているようだが、自主的取り組みという実質強制を続けた結果、固定費回収がほとんど期待できない低水準の電力市場価格が長期にわたり継続し、火力発電所の閉鎖が進展、昨今の電力需給不安の主要因となっている。これが「電気の使用者の利益の保護又は電気事業の健全な発達」に資するとは言えないだろう。

競争促進に大きくかじを切った震災後の電力システム改革に資源エネルギー庁次長として関わった今井尚哉氏は本紙のインタビューに、「電力は自由化しても安定供給マインドのない、つまり容量を持たない人を市場参入させてはならない」「容量市場創設が自由化の前提」であるのに、「太陽光事業者や一部新電力のつまみ食いを許してしまった」と回想している。

つまみ食いを許し、昨今の電力需給不安を招来した元凶が限界費用玉出しだ。新電力による供給力調達を容易化し参入を促した面もあるが、安値安定のスポット市場が継続する前提であり、市場価格が上昇した昨年以降、メッキははがれている。この政策は既に失敗している。今さらガイドライン化して何になる。撤退が相当だろう。(U)

電力供給不安がより深刻に EU非加盟国スイスの苦境


【ワールドワイド/経営】

欧州各地で電力需給ひっ迫への懸念が高まる今、スイスでも重大な問題となっている。元々スイスには脱原子力や冬季の電力輸入依存など中長期的な供給不安があったが、現下の状況悪化のトリガーとなったのは対EU政策の失策だ。スイスは120以上の協定を締結することで、EU非加盟国ながらも電力部門を含むさまざまな分野でEUとの協力関係を維持してきた。近年、これらの協定を一括する枠組み条約の締結に向けて交渉がなされていたが、2021年5月に一部の分野で折り合いがつかず交渉は決裂した。

このためスイスは当初一括して行われる予定だったEU加盟国との協定の更新ないし新設ができなくなっている。電力部門への影響は大きい。特にEUの第4次クリーンエネルギーパッケージは、25年までにグリッド容量の7割を加盟国間の取引に利用できるよう義務付けており、近隣国は対象外のスイスへの電力輸出にその容量を割くことを渋る可能性がある。さらに国内原子力の老朽化と、輸入先フランスの原子力出力低下による供給量減少も不安視される。

需給ひっ迫は、主要電源の水力発電量が減少し、需要が増加する冬場に最も懸念される。21年10月に規制機関が提出した報告書では、最悪の場合、25年3月末ごろに安定供給が困難となり、年間47時間の供給力不足の発生が予測される。これを受けて政府は供給不足時に、まず国民へ節電を呼びかけ、不要不急の電力の使用禁止、大口需要家への供給割当、輪番停電を段階的に実施すると発表した。市民生活・産業への影響は計り知れず、報道によると、停電発生時には一日最大40億スイス・フラン(約5960億円)の経済損失が見込まれる。

ここにロシアのガス供給の削減が追い打ちとなり、エネルギー危機は今冬に迫る。政府は中長期的な需給ひっ迫に備え合計1000kW(100万kW)の予備のガス火力の新設を計画、今冬の需給ひっ迫に備えて移動式ガスタービン8基(合計25万kW)を調達し、23年2月から予備電源として利用する。石油ないし水素でも運転可能で、ガス供給量の減少にも対応する。また、非常用発電機300台(合計28万kW)を予備力として活用することも検討中だ。 自国の供給力拡大と同時に、近隣国との協力合意やEUとの再交渉に向けた動きもみられるが、近隣国にも余裕がない。スイスが今後もEU非加盟国としてどのように独自の政策を見出していくのか、動向が注目される。

(藤原 茉里加/海外電力調査会・調査第一部)

カザフスタンの石油輸出 トラブルの背後にロシアの圧力


【ワールドワイド/資源】

中央アジアの資源大国カザフスタンは世界の石油の約2%を生産する。輸出される石油の大部分はロシアを経由して出荷され、その最大経路がCPCパイプラインだ。CPCパイプラインは、ロシア、カザフスタンの政府系企業と共にシェブロン、エクソン、シェルなど欧米メジャーがコンソーシアムに名を連ね、2001年の運転開始以来20年間、大きなトラブルなくカザフスタンの石油輸出を支えてきた。だが今年の春以降、同パイプラインは度重なる試練に見舞われている。

最初の試練は3月下旬、ロシアの黒海沿岸にあるパイプラインの終点で起きた。黒海で発生した嵐の影響で海上の出荷装置が故障し、復旧するまでの約2カ月間、出荷能力の一部が削がれた。続いて6月末には、出荷装置周辺で第二次大戦時の機雷が発見されたと発表され、爆破処理を行うため数日間、出荷量が制限された。さらに7月に入ると、ロシアの地元裁判所が1カ月間のパイプライン操業停止命令を下す。これはロシアの輸送分野当局がCPCパイプラインの環境保護対策に関する「書類上の不備」を指摘して裁判所に操業停止判決を要請したことによるものだった。コンソーシアム側はこの命令に猶予を設けるよう申し立て、その結果命令は覆されて、結局20万ルーブル(50万円程度)の罰金という判決に変更された。

そして4回目の試練は8月に発生した。今度も海上の出荷装置に損傷が発見されたとして、3基ある出荷装置のうち2基が使用不能となった。ロシアに対して厳しい制裁が科される中で、故障した部品交換の作業手配が難航することも懸念されたが、10月初旬の時点では10月中には復旧作業が完了し、通常操業に戻る見込みとなっている。4回目の試練もどうにか出口が見えている。

CPCの相次ぐ受難の背後にはロシアからの圧力があるという見方もある。特に裁判所の操業停止命令と撤回という3回目の試練を見ると政治的背景を疑いたくなる。欧米を中心にロシア産石油の取引が縮小する中で、カザフスタン産石油の流通に支障をきたして市場にひっ迫感を煽り、価格を吊り上げようというロシアの狙いも想像できるし、西側とロシアの間で揺れるカザフスタンに対してパイプラインをてこに「ロシア離れ」に警告を発しているとも捉えられる。

カザフスタンはロシアを経由しない石油輸出経路を模索し始めている。微妙な対露関係を保ちながら、自国の利益を守ろうとするカザフスタン外交から目が離せない。

(四津 啓/石油天然ガス・金属鉱物資源機構調査部)