【コラム/6月21日】金融政策頼りを考える~期待と不安の帰結

飯倉 穣/エコノミスト

1、憂慮の正常化

この時代、金融政策決定会合の度に大騒ぎがある。資産価格(株価等)第一主義の経済政策の一現象である。その限界到来か、徐々に政策を変えざるを得ない状況である。まず金融政策の枠組みを変更があった(2024年3月19日マイナス金利解除、無担保コールレート0~0.1%程度)、4月は様子見。

そして今回決定会合(6月14日)は、国債買入減額方針を決めた。報道は、伝える。「日銀、国債買い入れ減額 来月に具体的計画 量的引き締めへ」(朝日同6月15日)、「国債減額「相応の規模」日銀 量的引締めに転換 政策金利据え置き」(日経同)。針のむしろで、腫れ物に触るような熟慮か小田原評議に見える。

2000年前後からのゼロ金利政策、量的緩和政策を振り返れば、期待を強く持った政治家・経済専門家の強弁があった。やってみなくてはわからないと量的緩和を迫った。アベノミクスで頂点となった。経済への影響は心許なくかつ首を傾げる状況である。

そして依然政治家サイドの立場の違い、見解割れ、異論噴出がある。「財政健全化 割れる自民「堅持」「固執反対」2つの提言 首相「金融環境に目配り」」(日経6月8日)。財政運営上、マイナス金利解除、金融環境変化を意識すべきという主張があり。他方依然歳出圧力狙いで、賃上げ実現状況のときに経済を冷やしてはいけないと叫ぶ。

機動性を喪失した金融政策の現実を思料すれば、量的緩和政策瓦解であろう。迷走が続く金融政策頼りを考える。


2、金融政策の流れ~期待頼りは期待外れ

金融政策の話題は、古今東西、金融商品扱い業で煮えたぎる。その方向性は、常に商売の糧となる。政策当局は、マスコミの猟奇的報道、政治的欲求、実体経済判断において試練の連続である。そして為替で海外の圧力もある。故に政策の歪みも多く、予期せぬ副作用もある。

振り返れば1980年代後半のバブルを招来した金融緩和継続。1990年代前半のバブル崩壊の引き金を引いたと責められる金融引締、90年代中半の実体経済への影響の限界を見せた金融緩和、90年代末金融危機時のゼロ金利政策の評価。2000年代前半のデフレ主張圧力を意識した同調的な量的緩和政策の寡少効果の現実。08年リーマンショック時の円高対応金融政策批判、11年東日本大震災時の金融政策。13年アベノミクス(大胆な金融政策、機動的な財政支出、成長戦略)の勝手デフレ判断対応の量的・質的金融緩和の不可思議。20年コロナ時の金融政策、22年2月24日以降の物価上昇時の緩和継続固執(無変更)等があった。24年3月物価対応か円安対応かで揺れる中で枠組み修正。そして賃上げ・物価上昇好循環を標榜する不可解な政策下の正常化という金融政策修正である。それらの政策は、好評価より、論(あげつら)いに満ちている。

過去金融緩和政策でバブル経済を助長したが、その後バブル崩壊調整過程の金融政策は実体経済の再建を手助けしたか判然としない。金融政策の波及効果について様々な説明がある。平常時の中長期の金融緩和継続はリスクを伴う。米国リーマンショックが好例である。バブル崩壊以降、国内でも資産効果(株価、不動産価格)は時折みられるが、膨らんだものは縮む。短期的な刺激効果はあろうが、経験的に実体経済の需給調整やデフレ傾向と金融政策の関係は希薄である。 


3、2000年前後の金融政策の議論を思いだせば

金融緩和政策で、政策手段としてゼロ金利政策が限界的とする見方が、一般的であった。そこに行き着くとどうするか。量的緩和政策が主張された。インフレマインド醸成で、期待や予想に働きかけるとした。融資実務者の視点では、首を傾げる主張だが、金融商品を扱う業は、好材料と捉える。

当時、量的金融緩和の手段・効果の大論争(?)があった。量的緩和主張派がいた。「デフレは、物価の持続的下落である。貨幣供給量の減少がデフレをもたらす。現在GDPギャップを見ればデフレギャップが存在する。デフレギャップ解消に、ゼロ金利政策は効果がない。量的緩和政策への転換が必要である。マネタリーベース(日銀当座預金)の拡大が、マネーサプライ増となる。つまり貸出増が起これば、個人・企業の支出増で、雇用増となる。デフレ脱却の金融政策としてインフレターゲット付き長期国債買い切りオペ増額を提案する。」(岩田規久男「デフレの経済学(01年)」参照・主張抜粋)

他方、実体経済に対する金融政策の限界を考え、過度のゼロ金利・量的緩和を懸念する見方もあった。それは抑々量的緩和でマネタリーベースを増加させても、マネーサプライに結びつくかという論理的・経験的疑問である。「量的金融緩和という金融政策がどのようなトランスミッション・メカニズムを通じて効果を発揮するのか説明が不十分である。金融政策と実体経済の結びつきは、リザーブ(日銀当座)が結節点で、リザーブ需給の影響を通じて、他の分野に波及する。ゼロ金利下の量的金融緩和は、金融機関の行動への影響は少ない。金融機関の自己資本比率、収益とリスク評価のリスクテイキング、不良債権の存在等を考慮すれば、マナーサプライ増は期待できない。このような見方から量的緩和に懐疑的である。(白川方明「金融政策論議の争点第4章量的緩和採用後の1年間の経験(02年7月)」参照・主張抜粋)

それらの見方を整理して小宮隆太郎は、老学者としての見解を示す。「意見の違いは、考え方、理論、経済変数等の認識、枠組みの捉え方、現状認識、政策目標の優先度等の見方、考え方に由来する。デフレについてみれば、最近の物価下落はそれほど深刻でない、物価上昇率が多少上がっても経済の現状はあまり変わらず。日銀の現金融政策は妥当。日本経済はリアルな(実物の)面で難問があり、マネタリー面から一挙解決は困難である。長期国債買い切りオペで、ゼロ金利下でもマネーサプライ(MS)増可能の議論は、銀行行動から不適切である。インフレターゲットは、総理大臣の経済成長率ターゲット宣言と類似。責任取れず、わからず。(小宮隆太郎「金融政策論議の争点 第5章日銀批判の論点の検討(同)」参照・主張抜粋)

これらの論点は「金融政策論議の争点」(日経02年)によく整理されている。再読・再吟味は有益である。

【石油】円高転換視野に 石油精製業は競争力強化を

【業界スクランブル/石油】

「黄金週間」への突入とともに円安が進行し、4月28日には一時1ドル=160円台を記録した。そのおかげで輸出企業の収益は好調で株高も続くが、エネルギー・食糧を輸入に依存する家計は物価高に喘いでいる。

ただ、日銀の植田和男総裁は「消費者物価への円安の影響は大きくない」としている。確かに、最終エネルギー消費の約半分弱を占める石油製品は、年間3兆円を超える巨額の燃料油補助金で、2022年以降の円安・原油高をカバー。経済産業省は、ガソリン小売価格が目標価格175円に抑制されるよう為替レートと原油価格を勘案しつつ、補助額を毎週見直している。

こうした激変緩和措置を「一定期間延長」(斎藤健経産相)することになったが、補助金終了時の為替レートと原油価格水準が問題だ。5月第1週の燃料油補助金は1ℓ当たり30円を超えた。終了時に、国内価格と原油輸入価格の連動性が回復すれば、補助金相当額の燃料油価格の値上がりが予想される。

円安で懸念されるのは、国内石油精製業の競争力である。円安に伴う海外生産品の値上がりで、自動的かつ名目的な国際競争力向上があり、輸入石油製品の輸入採算性はほとんどなくなっている。これが円高に振れた時どうなるか。

今度は、自動的に国際競争力が低下する。製油所の設備稼働率は、適正とされる80%を切った状態が続いている。

内需減少が続く中、設備廃棄を含むわが国の石油精製業の効率化・適正化努力が、円安で阻害されるのは健全とは言えない。脱炭素化に備える意味でも、円高転換時に備えて、真の競争力強化の継続を望みたい。(H)

【シン・メディア放談】支持率低位安定の岸田政権 業界内の評価とは相反

<業界人編> 電力・石油・ガス

4月末の衆院補選で自民党が全敗。支持率は低調だが、エネルギー政策は依然評価する向きが強い。

 ―少し前の話だが、4月の日米首脳会談の成果をどう見た?

ガス 業界にとってポジティブな話としては成果文書にe―メタンが入ったこと。CO2カウントルールの問題が注目されている中、生産国の米国と、消費国の日本での二重計上を回避するよう協力していく旨が盛り込まれた。さらにIRA(インフレ抑制法)とGX(グリーントランスフォーメーション)政策をお互いにビジネスとして使うとの方針も良かった。

電力 ただ、やはり気になるのは「もしトラ」。グリーンはどうでもいいトランプ氏が復権したら、今回の成果が吹き飛ぶ可能性がある。日本も政権が変わる可能性がある中、次のリーダーたちがどう対話していくのか。

―4月末のG7(主要7カ国)気候・エネルギー・環境大臣会合も各紙大きめに報じた。

石油 確かに石炭火力の段階的廃止にはいろいろな付加条項が付いているが、日本の関係者が「これなら大丈夫」と安心している風潮は少し懸念している。

他方、電気事業連合会の林欣吾会長が各メディアのインタビューで、G7の合意を踏まえても、日本ではCO2対策を講じた石炭火力は大きな役割を担い、エネルギー基本計画で位置づけを明示してほしい、と強調した姿勢は良かった。


表面的な出力抑制報道 決算記事はさすがの日経

―ゴールデンウィークでいよいよ東電管内でも再エネの出力抑制が行われるか注目していたが、結局実施されなかった。

電力 マストランの電源がある中、結局需要規模の大きいエリアで吸収せざるを得ない。メディアは単に「再エネを捨てるのがもったいない」とか言うが、そのための送電線整備に何兆円もかけることが本当に良いのか。また、稼働率低下で火力の休廃止が進む中、電源投資の在り方を問う視点も見当たらない。

石油 日経が4月にエネ基の論点を連載したが、出力抑制にフォーカスした記事は、一部のエネルギー有識者から批判されていたね。

―ほかにGW前後の報道で注目したものは?

石油 決算記事では日経と他紙で見出しの付け方が異なる。例えば某ガス会社の決算で、多くの一般紙は「純利益過去最高」などと、値下げを促すような内容も散見されるが、日経は「25年3月期の純利益〇%減」とし、こちらが適切。若年層は電子版のタイトルだけ見がちなので、見出しまわりが一層重要になる。

電力 各社の24年度見通しは23年度からの大幅減が確実な中、電力で昨年規制料金を改定しなかった社がどう出るか注目している。特に関西の料金は他エリアより過度に安い。また23年度の最終利益の大部分が燃料費の期ズレだったが、少なくとも基準燃料価格はリセットすべきという意見が社内では結構あるようだ。

ガス 騒ぎとなった環境省と水俣病患者との懇談でのマイクオフ問題では、臨機応変な対応ができなかったことは残念。ただ実は昨年、現地で話をしっかり聞いた結果対話の時間がなくなり、今年はタイムマネジメントを強化したとの話も聞こえる。


難題一つずつ突破も エネルギーは票にならず

―支持率が超低空飛行の岸田政権だが、エネルギー業界内での評判は良い印象だ。

ガス 安倍政権時代に焦げ付いた難題に一つずつ取り組んだ。福島第一の処理水問題では、中国を風評被害を助長する敵としてマスコミを含めてあおりつつ放出を断行したし、エネルギー以外だが防衛費問題にも積極的に取り組んだ。世間的には増税や政治資金問題の悪印象が強いかもしれないが、エネルギー価格補助金を除き、エネルギー政策では高く評価できると思う。

電力 処理水放出ではつい最近も、5回目完了に関する「東電『放出水が少し高めの数値だった』」との東京新聞の記事を社民党の参院議員が引用し、「海はゴミ箱じゃない」などとXに投稿。そうした中でここまで政策を進めても支持率が低いということは、やはりエネルギーは票にならないとも痛感した。

石油 共同も「海水からトリチウム検出」などと報じたが、検出値は1ℓ当たり13ベクレル。これに対し産経は翌日付で、報道に疑問の声が上がり、細野豪志元環境相の談話も入れて不安をあおりかねないと報じた。

電力 他方、化石燃料価格が反転し上昇し始め円安の問題もある中、岸田文雄首相が金利や為替政策にあまり言及しない点は気になる。それに対し、日銀の植田和男総裁が4月末の金融政策決定会合後に「ここまでの円安が物価に大きな影響を与えていることはない」と言い切ったことは賛否両論あれど、個人的には立派だと思う。

―いつ選挙があるかは不明だが、エネ基改定やGX2040ビジョンの策定も始まった。

ガス 今回のエネ基は単純な積み上げでなく、電力需要が増加する局面でのカーボンニュートラルという難しい情勢について検討することになる。地に足の着いた内容にしてほしいし、場合によってはビジョンを数パターンつくるといった可能性もあるかも。ただ、GXでバラ色の未来ばかり強調されるが、痛みを伴うという現実もつまびらかにする必要がある。

電力 専門メディアがバランスの取れた報道をすることも重要だし、われわれもマスコミに実情を訴え続けていくべきだね。

―特にエネ基では前回と今回の周辺環境の違いを、大手メディアに感じ取ってほしい。

【ガス】LPガスの商慣行是正 省令改正後も課題多く

【業界スクランブル/ガス】

LPガスの商慣行是正に向け4月2日に改正法令が公布された。業界に経済産業省が期待するのが「商慣行見直しに向けた自主取組宣言」だ。公布から一部の事業者が宣言を自社ホームページに掲載するなど姿勢を明らかにする中、「悪質な事業者を警戒すべきでは」との声もあり、宣言する事業者はあまり増えていない。法改正の意図に反する動きを続ける事業者がいるため、真面目に宣言することが望ましくとも、「慎重になって一呼吸置いてから」と様子見も多い。

各社の宣言を見ると、今回の省令改正のポイントである①過大な営業行為の制限、②三部料金制の徹底、③LPガス料金等の情報提供―について、法令順守を徹底するとの内容だ。経産省は「フォーマット化すると形骸化する。各事業者が事業規模や組織体制、ビジネスモデルの在り方を踏まえ、創意工夫を凝らしながら対外説明などに取り組んでいくことが適切」と宣言の考え方を示すが、今のところ企業色はあまり出ていない。また同省は、各社が宣言通り対応しているか確認するとしているが、果たして機能するだろうか。

改正法令施行を前に駆け込み的な営業行為が増え、不動産業者も今のうちにと、給湯器などの交換を持ちかけるオーナーが多いという。昨年末に同省が開設した通報フォームには4月1日時点で約430件の情報が寄せられているが、現場は露骨な内容を避けながら実質的な利益供与は継続中だ。業界が変わるチャンスと言われる今回の法令改正。市場監視・公開モニタリングなど実効性の確保に向けた今後の対応が、同省の腕の見せ所といえるだろう。(F)

世界の分断と統合〈下〉 国連改革巡る議論の現状

【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

国連常任理事国の拒否権に関しては、近年その運用を巡り国連が機能不全に陥っているとの批判を生んでいる。ウクライナ戦争を契機に2023年は国連改革を巡る議論が噴出した。

9月19日の一般討論演説で、ウクライナのゼレンスキー大統領は、露の侵攻に対し国際社会が団結することの重要性を呼び掛け、翌20日安保理では、「総会で3分の2の賛成があれば拒否権を覆せるようにすべきである」と述べた。

同安保理で岸田文雄首相は、「安保理の決定を妨害し、信用を失墜させる拒否権の乱用は、国際社会として認められない」と指摘。常任理事国として拒否権を行使する露を批判し、安保理改革を訴えた。

安保理は10月18日、イスラエルとハマスの戦闘を巡り、パレスチナ自治区ガザへの援助提供を可能にするため、紛争の人道的な一時停止を求めるブラジルの決議案を審議したが、18日の採決では12カ国が賛成票を投じたものの、露英は棄権し、米が拒否権を行使したことで否決された。

次いで27日イスラエルとハマスの衝突を巡る緊急特別会合では人道回廊の設置や人道的休戦を求める決議案(カナダ提案)が審議されたところ、同提案には西側諸国を中心に30カ国以上が共同提案国に加わり88カ国が賛成したが、採択に必要な投票の3分の2以上には届かなかった。

そこで、人道回廊の設置や人道的休戦を求める決議案(ヨルダン提案)が審議、採択された。同提案には中露仏を含む121カ国が賛成、米やイスラエルなど14カ国が反対、日英加など44カ国は棄権した。

両決議に対するG7諸国の対応を見ると、カナダ提案に対しては7カ国全てが賛成したのに対し、ヨルダン提案に賛成したのは仏だけで、英独伊加日の5カ国は棄権、米は反対した。

ガザにおける戦闘に関して日本は、G7議長国として11月7、8両日にG7外相会合を主宰した。会合後、上川陽子外相は、記者会見でG7加盟国はハマスなどのテロ攻撃非難、人質の即時解放、ガザにおける人道危機への対処のための緊急行動、国際人道法の遵守などで一致したと報告した。外電報道では、テロ攻撃非難は発信されたものの、国際法違反に対する非難は発信されなかった現状がある。日本がG20あるいはグローバルサウスとの橋渡し役を担うという文脈からは対イスラエル非難メッセージの発信は重要である。

その後、安保理は11月15日に緊急会合を開き、ガザにおける戦闘の「緊急かつ人道的な一時休止」を要請する決議案(マルタ提案)を採決した。決議案には仏中日など12カ国が賛成したのに対し、常任理事国の米英露は棄権した。

拘束力のない国連総会決議とは異なり、イスラエルも含めて国連加盟国は安保理決議に従う義務がある。国連決議と安保理決議の扱いを含め国連活動におけるねじれの是正を求めるゼレンスキー大統領の提案は、依然大きな意味を持つ。

(須藤 繁/エネルギーアナリスト)

英シェル苦悩の戦略遂行

【ワールドワイド/コラム】海外メディアを読む

ロイター、フィナンシャルタイムズなどの外電、外誌によると、ここ数カ月、英シェルなどの欧州石油各社はCO2削減に向け事業見直しを約束していたが、低炭素投資による魅力的な利益の実現で投資家の納得を得るのに苦労しているようだ。

シェルは昨年1月から始まった戦略的見直しで、収益性の低い欧州のエネルギー小売事業から撤退する計画を発表している。今年5月初めにも、中国の電力市場から昨年末までに撤退したことが報道されている。シェルにとって各国の電力市場への進出は、前CEOのベン・ファン・ブールデン氏の時代から積極的に展開していた事業領域でもある。昨年8月には、先の計画に基づき欧州の電力小売事業をほとんど売却した。現CEOのワエル・サワン氏は「電力ポートフォリオから価値を生み出すことに注力し、選択的に電力に投資しているが、そのためには難しい選択が必要だ」と語っている。

BP・シェルともに石油メジャーの中では、エネルギー移行のための事業戦略で風力発電や太陽光などを利用する新電力事業に巨額の投資をしてきたが、収益が低迷して株価が下落し、これらの事業から撤退を余儀なくされている。

石油メジャーのエネルギー移行期間(エネルギートランジッション)への対応は、単なる希望的な観測の楽観論的な事業進出では済まされない、厳しい投資家の眼にさらされており、利益と環境対策を両立させることは極めて困難である。

日本のエネルギー産業もやがてそのような冷徹な投資家の目線で無造作に進んでいるGX戦略投資などが、大きく見直される時が来るものと思われる。脱炭素エネルギー産業の変革は非常に難しい局面に入ってきている。

(花井和男/エネルギ―コラムニスト)

【新電力】毎年変わる電源原価 進まない需要家の理解醸成

【業界スクランブル/新電力】

2024年度がスタートし、小売電気事業者による、容量拠出金の負担が始まった。各社負担後の事業収支に則った形でのメニュー展開水準が決まり、需要家への説明は一巡したものと思われる。来年度以降、この料金改定が毎年の行事となるわけだが、需要家側の理解はほとんど追い付いていないものと見られる。

再エネ賦課金などと同様、電源原価として織り込まれ、毎年変わっていくものであること、その費用が日本全体の電力需要を供給する電源の固定費に賄われていることについて、理解醸成が求められる。

容量市場の価格形成のボラティリティを勘案して設計された長期脱炭素電源オークションも4月末、ついに初回の結果が公表された。落札者が長期的に安定した事業運営を行うことができるか、また積極的な新規リソースの導入につながるのか。第一回目の結果の検証は注目である。

需給調整市場も全面的に解禁となった。調整力の調達不足が課題として挙げられているところは、16年のJEPXの時間前市場の解禁時の動きに似ている。調整力を拠出するリソースを保有する事業者から見ても、このマーケットで投資回収をするには一定のトラックレコードが必要であり、新設の投資判断につながるマーケット形成について、動向が注目されるところだ。

電力システム改革の検証についても、3月からさまざまな事業者の意見、海外の事例などのヒアリングに入っている。この中では規制料金の在り方への論点提起が目立つ。システム改革から8年が経過し、ウクライナ情勢からの混乱を経て、どのような検証がなされるのか。(K)

1・5℃目標に呪縛されたG7 段階的フェーズアウトで前進

【ワールドワイド/環境】

G7気候・エネルギー・環境大臣会合が4月28~30日、イタリアのトリノで開催された。最近のG7会合は1・5℃目標を前提に現実から遊離した議論を展開する傾向が強い。トリノの大臣会合も同様だ。とりわけ昨年12月のCOP28で「1・5℃目標を射程内におさめる」ことを旨としたグローバルストックテイク(GST)決定文書が採択されたため、大臣会合コミュニケはこれを踏まえたG7の対応にスペースが割かれた。

今次会合で大きな争点になったのが排出削減対策を講じない石炭火力の取り扱いだ。GST決定文書ではインド、中国などの反発もあり、「フェーズダウン」のままだったが、今次共同声明では「削減対策を取らない石炭火力を2030年代前半もしくは気温上昇を1・5℃に抑える目標と整合的なタイムラインに沿ってフェーズアウトする」とされた。昨年6月の広島サミットでは具体的な年限を定めず、「国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力のフェーズアウトを加速する」としていたので一歩、踏み込んだ形となった。

日本にとって必要時に必要量を供給できる石炭火力を廃止することは低廉で安定的な電力供給に悪影響を与えるため、フェーズアウトのタイミングに選択肢を設けたことは評価できる。共同声明では1・5℃目標の達成には、35年に19年度比60%の排出削減が必要というIPCC第6次評価報告書の数字を引用し、それと整合的なNDCの提出の重要性を強調した。第7次エネルギー基本計画が35年60%との辻褄合わせのために非現実的なエネルギー需給構成を提示すれば、ただでさえ高い日本の電力コストがさらに上昇する可能性がある。中国、インドが60%目標のために経済成長を犠牲にすることは考えられず、1・5℃目標は既に死んでいるという事実を直視すべきだ。

今次会合で評価できるのはエネルギー安全保障、温暖化対策の両面での原子力の役割、特に原子力プロジェクトへの融資の重要性が書き込まれた点だ。国際金融機関、民間金融機関は再エネに対しては過剰な肩入れをする一方、原子力からは目を背けてきた。GST決定で再エネも原子力も導入拡大すべき脱炭素技術と位置付けられたことを踏まえ、レベルプレーイングフィールドの確保を急ぐべきだ。

(有馬 純/東京大学公共政策大学院特任教授)

【電力】多様化する事業 役員人事で見える成否

【業界スクランブル/電力】

新年度開始とともに多くの大手電力会社が経営計画を発表する。内容を見れば、本業の競争力向上に加え、再エネ開発、地域開発や国際事業など、一昔前には考えられないほど多様な計画が並ぶ。

電力会社の新規事業というと思い出すのが通信事業だ。1980年代当時、業務用の光通信網を持つ電力系は、NTTの対抗軸として期待された。だが、実際にその地位に就いたのはゼロから通信網を構築した第二電電だ。同社は、日本電電公社の社員であった千本倖生氏を専務として迎え、今日のKDDIに発展したのである。この分野に明確なビジョンを持つ人物の起用が、成功の鍵となったわけである。

勝手ながら当時の電力会社の様子を想像すれば、時流に遅れまいと通信事業を立ち上げ、いきなり配属された社員が苦心の末に作った資料に対し、優秀であっても業界に何のイメージも持たない役員達が延々と質問を浴びせ、挙句に結論は先送り、という光景が浮かぶがどうだろう。洋上風力事業などでも主導権を握り切れない姿を見るにつけ、過去の教訓は生かされているのだろうかと思ってしまう。

最近は、各電力会社とも即戦力としてのキャリア採用を増やしている。問題は、事業の全体像を描けるようなトップクラスの人材、端的に言えば、当時42歳の千本氏のような人物を幹部として迎えられるかどうか。常務以上のポストが依然として旧来の主要部門のボス達によって占められ、関係会社のトップは本社役員の天下り先になっているような会社には、新規ビジネスの匂いがしないのだ。同じことを同じように繰り返しながら、違う結果を期待するのは経営とは言えまい。(M)

欧州政府が送電会社に資本参加 系統整備推進やインフラ保護

【ワールドワイド/経営】

再エネ拡大を目指すドイツでは、風力発電の適地である北部と電力大消費地の南部を結ぶ送電線の建設が進まないことが長年の課題となっている。連邦政府は脱原子力の期限であった2022年末までに、南北を連系する超高圧直流送電線(3経路、総亘長約2400km)を建設する計画だったが、州政府や市民団体などの反対により計画は遅延し、完成は2027~28年ごろとなる見通しである。

再エネの系統への統合を実現するため、ドイツに4社存在する送電会社は巨額の投資を行い、系統拡張計画を迅速に実行することが求められる。こうした中、近年は送電会社の意思決定への関与や資金調達における支援の可能性を見据えて、ドイツ政府が送電会社に資本参加しようとする動きがみられる。

23年1月にはオランダの国有送電会社テネットが、ドイツ送電事業の売却に関して同国政府と交渉を行っていることを明らかにした。ドイツでも南北にわたる広範なエリアを制御するテネットは、24年以降毎年100億ユーロを超える設備投資を行う必要がある。同社株主のオランダ政府は、24~25年のドイツおよびオランダにおける投資を確実にするため、250億ユーロの融資枠を設定することを発表したが、オランダ政府のみでは今後増大する資金需要に対応しきれないとされる。

ドイツ政府はまた、23年11月に政策金融機関の復興金融公庫(KfW)を通して、同国南西部を制御するトランスネットBWの株式24・95%を取得している。トランスネットBWは長らく大手エネルギー事業者EnBWの100%子会社であったが、金融機関などから成るコンソーシアムにも株式を売却している。売却はEnBWの脱炭素化戦略実現に向けた資金確保のためと報じられている。

三つ目に紹介する50ヘルツトランスミッション(ドイツ北東部を制御)のケースは、前述の2社とは異なる。50ヘルツを傘下に収めるユーログリッドを巡っては、18年に中国の国家電網公司が株式20%の取得を目指す動きがあった。しかし、安全保障上の懸念から最終的にはKfWが株式20%を取得し、国家電網の資本参加を阻止した。

政権内では政府の資本参加により送電会社の独立性が損なわれると批判する向きもあるが、再エネ導入拡大のボトルネックである系統問題の解消が急がれる中、政府は今後も系統整備への関与を強めると予想される。

(佐藤 愛/海外電力調査会・調査第一部)

【マーケット情報/6月14日】原油上昇、米需要回復へ期待高まる

【アーガスメディア=週刊原油概況】

先週の原油価格は、主要指標が軒並み上昇。米国の経済が回復し、石油製品需要が強まるとの見方が広がった。

米国の連邦準備理事会(FRB)は12日、金利の据え置きを決定。しかし、その後に発表された経済指標が成長鈍化を示し、インフレ減速を示唆。FRBが市場の予想より早く利下げに踏み切るとの見通しが台頭した。米国の景気が回復し、それにともない石油製品の需要が増加するとの期待が高まった。

また、米エネルギー情報局(EIA)は、今年の世界における石油消費予測を上方修正。国際エネルギー機関も、今年および来年の石油需要が増加するとの見方を発表した。

一方、EIAは、今年の米国内における総産油量が、前年比で増加すると予測。加えて、米国の週間原油在庫は、市場の予想に反して増加。輸入が2018年以来の最高を記録したことと、製油所の稼働率が前週から減少したことが背景にあり、価格の上昇を幾分か抑制した。


【6月14日現在の原油相場(原油価格($/bl))】

WTI先物(NYMEX)=78.45ドル(前週比2.92ドル高)、ブレント先物(ICE)=82.62ドル(前週比3.00ドル高)、オマーン先物(DME)=81.97ドル(前週比1.89ドル高)、ドバイ現物(Argus)=82.17ドル(前週比2.18ドル高)

カタール新規LNG計画発表 CN再燃下で発表した狙いとは

【ワールドワイド/資源】

2月25日、カタールエナジーはノース・フィールド・イースト(NFE)、サウス(NFS)に続く新規プロジェクトウェスト(NFW)を発表した。生産能力は現時点の7700万tから2030年に1・42億tとほぼ倍増する。

ウクライナ侵攻から2年が経ち、カーボンニュートラル(CN)への意欲が再燃する中、NFE、NFSの販売は芳しくない。当該状況下でNFWを発表したのには表と裏の理由がある。

表の理由についてはまず信頼できる供給者としてのアピールが挙げられる。現在のLNG市場はロシア制裁やモザンビークの治安リスクに加え、米国がFTA非締結国向けLNG輸出認可を一時停止するなど、懸念事項が続出する。供給に対する不確実性が生じる中、カタールは量・供給安定性により信頼できるLNGサプライヤーであることを示す機会であり、安定供給・安価を指向するアジア地域にとって同国が優れた選択肢であることを再認識させるものとなる。カタールの思惑が結実した場合、固定的なLNG需要をカタールで賄い、変動分を米国などで賄うように誘導し、市場を支配する道が開かれる。

また、「今後50年間はガスの需要がある」とガスの将来性について楽観的であることもNFW発表を後押しした。他方でCNの潮流の中で同国に残る膨大な天然ガス埋蔵量を迅速にマネタイズする必要があると考えた、座礁資産化対策への現実的な動きでもある。先進国における化石燃料消費削減政策は、早急に化石燃料資源を収益化しないと天然ガス埋蔵量の価値が減少する可能性を暗示する。

裏の理由についてはLNG価格の下落を狙った可能性がある。カタールのLNGは安価かつ低CO2排出量であることで知られる。同国は生産コストが低く、ラストマンスタンディングとして最後まで収益を確保できる。他方でプロジェクトが停滞している国や生産コストの高い国に対しNFWの発表はFIDを躊躇させ、カタールが市場シェア・コントロールを拡大できる効果が見込まれる。さらに、LNGが手頃な価格であれば主要市場アジア、特に新興国におけるLNG需要喚起が見込まれ、新興国経済におけるガス・LNGの役割を定着するインセンティブが働く。アジアの一部地域では今なお石炭火力発電所が主力であり、ガスが代替するためには、安価で低ボラティリティであることが不可欠である。

(野口洋佑/エネルギー・金属鉱物資源機構調査部)

【インフォメーション】エネルギー企業・団体の最新動向(2024年6月号)

【サントリー・東京ガス・TGES/水素専焼による直火蒸留の実験に世界初成功】

サントリー、東京ガス、東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)は、サントリー山崎蒸留所内(京都)で、ウイスキー製造過程の直火蒸留を水素専焼で行う実証実験に世界で初めて成功した。都市ガスを使った従来の製法と変わらぬコクと力強い味わいを持つ品質であることを確認。今後、サントリー白洲蒸留所内(山梨)で実用化に向けた技術的検証に取り組む。その過程ではグリーン水素の使用を検討し、ウイスキー作りの脱炭素化を目指す。サントリーはスコットランドでも、英国政府の補助金を活用し、グリーン水素による脱炭素化を進めている。


【積水ハウス/ZEH基準を満たす戸建住宅販売が順調】

積水ハウスは4月、2013年の販売開始から10年間で、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー住宅)基準を満たす戸建住宅「グリーンファーストゼロ」の累計棟数が8万棟を超えたと発表した。23年度に着工した新築戸建住宅のZEH比率は前年度95%と、これまでで最も高い水準。賃貸住宅「シャーメゾン」や分譲マンション「グランドメゾン」を含めると、グループ全体で提供した新築住宅などの使用時のCO2排出量は13年度比38%削減となり、30年度目標に対し7割の進捗率を達成したという。今後も、50年度カーボンニュートラルの実現に向け着実に取り組みを進めていく方針だ。


【清水建設/建物間熱融通で省エネ実現へ】

清水建設は、複数の建物間で冷水や温水などの熱媒を融通し、街区全体でエネルギーを有効活用するシステム「ネツノワ」を開発したと発表した。AIを搭載したCEMS(地域エネルギー管理システム)により各棟の熱需要を予測し、省エネルギー・省CO2を図る。既に東京都江東区のイノベーション拠点「温故創新の森NOVARE(ノヴァ―レ)」に導入し、用途が異なる4棟間の熱融通モデルを構築した。各棟に分配配置した電気、ガス熱源、水蓄熱槽、ガス・水素コージェネレーションシステム、太陽熱利用システム、地中熱システムなどを統合制御することで省CO2の実現を目指す。


【岩谷産業/関東・首都圏のLPガス供給体制を強化】

岩谷産業は、輸入基地に隣接する「根岸液化ガスターミナル(横浜市磯子区)」内にLPガスシリンダー充てん所を建設した。年間の製造量は5万t。同社子会社のエネライフとともに、関東・首都圏エリアのLPガス供給体制を強化する。この拠点ではこれまでローリー出荷のみを担ってきたが、今後は、輸入からシリンダー充てんまでを一気通貫で行う。


【関電工/特定技能制度で電気工事の外国人実習生を業界初採用】

関電工は、業界で初めて、特定技能制度を活用し外国人実習生を受け入れた。制度改正により電気工事が特定技能項目に加わったことで、フィリピン国籍14人の技能労働者を屋内線技能職社員として採用。労働力確保とダイバーシティ推進で、建設業の魅力向上を目指す。今回の外国人実習生は、研修後の10月に各支店に配属され、照明器具取付作業などを担う。


【東海大学/ヒートポンプによるエネルギー再利用】

東海大学は4月、リサイクルエネルギーの活用に向けたセミナーを開催した。山川智教授が北海道の帯広厚生病院の事例を紹介。院内の医療機器やエネルギー設備からの廃熱をヒートポンプによって有効活用する仕組みを解説した。これにより、ガス設備を使った従来方式に比べてCO2を年間800t削減でき、廃熱の多いデータセンターなどでも効果的だと指摘した。

NEV政策で成功する中国 自国産業を利さない日本

【モビリティ社会の未来像】古川 修/電動モビリティシステム専門職大学教授・学長上席補佐

中国では2006~16年の10年間で、自動車製造台数が660万台から2600万台強へと約4倍に急増して、世界最大の乗用車市場となった。そして23年には3000万台を突破している。このような自動車の急増に伴い、中国ではエネルギー確保と環境問題対応が必須となって、新エネルギー車(NEV)に偏向した政策を進めている。

各国・地域の電動化などの目標

しかし、この中国の政策のウラには、日本の技術を取り入れて、自国の自動車産業を強力なものにしようという歴史がからんでいる。中国に日本の自動車メーカーが進出して生産拠点を構える時には、必ず中国企業との合弁会社をつくらせる制約があり、日本の自動車メーカーの技術を吸収する狙いがあった。

ところがトヨタをはじめ日本メーカーは、エンジンなどの重要部品は中国以外の工場で生産して、それをクルマとして組み立てる「ノックダウン方式」を取り入れた。合弁企業の中国側がその技術を吸収しようとしても、設計図や開発仕様書などはもちろん入手できず、エンジンを分解しても複雑な機構を解析することは困難であった。

そこで、中国政府は自国の自動車産業振興のために、複雑な技術で構成されているエンジンが不要となる電気自動車を優遇する政策をとることとなる。13年に中国政府は、新エネルギー車販売を促進する消費者向けの補助金政策を発表し、BEV(バッテリー式電気自動車)には最高6万元、PHEV(プラグインハイブリッド車)には最高3.5万元の補助金が出されたが、HEV(ハイブリッド車)は除外された。HEVでは日本の自動車メーカーを利することになるからである。15年には、中国政府は「中国製造2025」に関する通知を発表し、その10大重点分野の一つに「省エネルギー・新エネルギー自動車」を盛り込んである。さらに地方政府はガソリン自動車のナンバープレート取得を抽選かつ有償とし、新エネルギー車はナンバープレート取得を無償とした。この通知がきっかけとなって、中国は新エネルギー車の市場が大きく立ち上がることになる。

このように、自動車の電動化政策は地球環境を維持するためだけのものではなく、欧州も中国も自国の産業振興策が背景となっていて、日本の自動車メーカーが先導するハイブリッド技術を排除する意図が感じられる。そして、米国の電気自動車だけを生産する企業テスラの成功によって、国内のメディアは一斉にトヨタなどの日本の自動車メーカーが電気自動車の技術開発に注力しない状況を、日本の自動車産業のガラパゴス化と称する論評を掲載するようになった。

さらに、日本政府の対応が自国の産業の将来を全く考慮しないものであった。20年10月26日の総理所信演説では、パリ協定で定められた2050年のカーボンニュートラル化へ向けて、35年に新発売する自動車を100%電動車両にするというものであった。この電動車にはHEVも含まれているが、内燃機関だけの車両を禁じるというもので、このままでは国内の自動車産業が大打撃を受けるのでは、と危惧される。

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ふるかわ・よしみ 東京大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ホンダで4輪操舵システムなどの研究開発に従事。芝浦工業大教授を経て現職。

映画『オッペンハイマー』に見る エネ問題への公衆参加の可能性

【オピニオン】戸谷洋志/立命館大学大学院准教授

 クリストファー・ノーラン監督の最新作「オッペンハイマー」が話題だ。気鋭の物理学者であったロバート・オッペンハイマーの悲劇を描いたこの作品は、日本では2024年に公開が開始され、大きな反響を呼び起こした。

原爆開発における政治と道徳の葛藤、そして科学者の社会的責任といった、今日においてもアクチュアルな問題設定を、正面から描き切っていることに加えて、本作において目を引くのは「原子力」そのものの美的な表象だ。連鎖核反応が起こる原子炉の中は、まるで一つの小宇宙であるかのように描かれる。実験のシーンでは、あまりにも非現実的なまばゆい光に、美しい音楽が添えられる。もちろん、そうした表現は不謹慎なのかも知れない。しかし、一方で原子力に備わる、そのように人間を惹き付ける崇高さが、多くの科学者を探究へと駆り立てていった―。ノーランはそのように解釈していたように思える。

日本ではこの作品に対する批判の声も多く耳にする。しかし、筆者はこの作品が、現代社会が置かれているエネルギーを巡る議論への公衆参加(パブリックエンゲージメント)を促す上で、大いに役に立つのではないか、と考えている。

例えば、対話型鑑賞法の技法を応用してはどうか。1980年代にニューヨーク近代美術館で開発された、芸術作品の鑑賞方法の一つであり、参加者が作品を観ながら、その作品から感じることを自由に議論する、というものだ。多くの参加者はつい作品に付されるキャプションを読み、批評家による作品への評価をそのまま受け取り、鑑賞体験は浅いものにとどまってしまう。一方、対話型鑑賞法を行うと、より深い作品の理解を促すだけでなく、作品において主題化された問題について、本質的な思考を喚起することができる。

ライフサイエンスの分野では、社会的な課題への市民参加を促すために、こうした対話型鑑賞法を応用する実践がしばしば試みられてきた。具体的には、ワークショップのような形で、生命をテーマにした芸術作品や、映画を題材に、市民同士が議論し、望ましい科学技術の社会的受容についてともに考えるのだ。それによって市民は高いモチベーションで議論に参加できるようになる、と言われている。しかし、エネルギーの分野では、まだまだそうした実践が本格的に行われていない。

もちろん「オッペンハイマー」から現実のエネルギー政策までの間には、大きな隔たりがある。その間を埋めるための工夫は必要だろう。しかし、この作品が映画として一流なのは間違いない。そこには、エネルギー分野の公衆参加を促す起爆剤として、大きな可能性が秘められているのではないか。

とや・ひろし 1988年東京都生まれ。専門は哲学・倫理学。法政大学文学部卒業、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。『ハンス・ヨナス 未来への責任 やがて来た子供たちのための倫理学』『原子力の哲学』など著書多数。