飯倉 穣/エコノミスト
1、憂慮の正常化
この時代、金融政策決定会合の度に大騒ぎがある。資産価格(株価等)第一主義の経済政策の一現象である。その限界到来か、徐々に政策を変えざるを得ない状況である。まず金融政策の枠組みを変更があった(2024年3月19日マイナス金利解除、無担保コールレート0~0.1%程度)、4月は様子見。
そして今回決定会合(6月14日)は、国債買入減額方針を決めた。報道は、伝える。「日銀、国債買い入れ減額 来月に具体的計画 量的引き締めへ」(朝日同6月15日)、「国債減額「相応の規模」日銀 量的引締めに転換 政策金利据え置き」(日経同)。針のむしろで、腫れ物に触るような熟慮か小田原評議に見える。
2000年前後からのゼロ金利政策、量的緩和政策を振り返れば、期待を強く持った政治家・経済専門家の強弁があった。やってみなくてはわからないと量的緩和を迫った。アベノミクスで頂点となった。経済への影響は心許なくかつ首を傾げる状況である。
そして依然政治家サイドの立場の違い、見解割れ、異論噴出がある。「財政健全化 割れる自民「堅持」「固執反対」2つの提言 首相「金融環境に目配り」」(日経6月8日)。財政運営上、マイナス金利解除、金融環境変化を意識すべきという主張があり。他方依然歳出圧力狙いで、賃上げ実現状況のときに経済を冷やしてはいけないと叫ぶ。
機動性を喪失した金融政策の現実を思料すれば、量的緩和政策瓦解であろう。迷走が続く金融政策頼りを考える。
2、金融政策の流れ~期待頼りは期待外れ
金融政策の話題は、古今東西、金融商品扱い業で煮えたぎる。その方向性は、常に商売の糧となる。政策当局は、マスコミの猟奇的報道、政治的欲求、実体経済判断において試練の連続である。そして為替で海外の圧力もある。故に政策の歪みも多く、予期せぬ副作用もある。
振り返れば1980年代後半のバブルを招来した金融緩和継続。1990年代前半のバブル崩壊の引き金を引いたと責められる金融引締、90年代中半の実体経済への影響の限界を見せた金融緩和、90年代末金融危機時のゼロ金利政策の評価。2000年代前半のデフレ主張圧力を意識した同調的な量的緩和政策の寡少効果の現実。08年リーマンショック時の円高対応金融政策批判、11年東日本大震災時の金融政策。13年アベノミクス(大胆な金融政策、機動的な財政支出、成長戦略)の勝手デフレ判断対応の量的・質的金融緩和の不可思議。20年コロナ時の金融政策、22年2月24日以降の物価上昇時の緩和継続固執(無変更)等があった。24年3月物価対応か円安対応かで揺れる中で枠組み修正。そして賃上げ・物価上昇好循環を標榜する不可解な政策下の正常化という金融政策修正である。それらの政策は、好評価より、論(あげつら)いに満ちている。
過去金融緩和政策でバブル経済を助長したが、その後バブル崩壊調整過程の金融政策は実体経済の再建を手助けしたか判然としない。金融政策の波及効果について様々な説明がある。平常時の中長期の金融緩和継続はリスクを伴う。米国リーマンショックが好例である。バブル崩壊以降、国内でも資産効果(株価、不動産価格)は時折みられるが、膨らんだものは縮む。短期的な刺激効果はあろうが、経験的に実体経済の需給調整やデフレ傾向と金融政策の関係は希薄である。
3、2000年前後の金融政策の議論を思いだせば
金融緩和政策で、政策手段としてゼロ金利政策が限界的とする見方が、一般的であった。そこに行き着くとどうするか。量的緩和政策が主張された。インフレマインド醸成で、期待や予想に働きかけるとした。融資実務者の視点では、首を傾げる主張だが、金融商品を扱う業は、好材料と捉える。
当時、量的金融緩和の手段・効果の大論争(?)があった。量的緩和主張派がいた。「デフレは、物価の持続的下落である。貨幣供給量の減少がデフレをもたらす。現在GDPギャップを見ればデフレギャップが存在する。デフレギャップ解消に、ゼロ金利政策は効果がない。量的緩和政策への転換が必要である。マネタリーベース(日銀当座預金)の拡大が、マネーサプライ増となる。つまり貸出増が起これば、個人・企業の支出増で、雇用増となる。デフレ脱却の金融政策としてインフレターゲット付き長期国債買い切りオペ増額を提案する。」(岩田規久男「デフレの経済学(01年)」参照・主張抜粋)
他方、実体経済に対する金融政策の限界を考え、過度のゼロ金利・量的緩和を懸念する見方もあった。それは抑々量的緩和でマネタリーベースを増加させても、マネーサプライに結びつくかという論理的・経験的疑問である。「量的金融緩和という金融政策がどのようなトランスミッション・メカニズムを通じて効果を発揮するのか説明が不十分である。金融政策と実体経済の結びつきは、リザーブ(日銀当座)が結節点で、リザーブ需給の影響を通じて、他の分野に波及する。ゼロ金利下の量的金融緩和は、金融機関の行動への影響は少ない。金融機関の自己資本比率、収益とリスク評価のリスクテイキング、不良債権の存在等を考慮すれば、マナーサプライ増は期待できない。このような見方から量的緩和に懐疑的である。(白川方明「金融政策論議の争点第4章量的緩和採用後の1年間の経験(02年7月)」参照・主張抜粋)
それらの見方を整理して小宮隆太郎は、老学者としての見解を示す。「意見の違いは、考え方、理論、経済変数等の認識、枠組みの捉え方、現状認識、政策目標の優先度等の見方、考え方に由来する。デフレについてみれば、最近の物価下落はそれほど深刻でない、物価上昇率が多少上がっても経済の現状はあまり変わらず。日銀の現金融政策は妥当。日本経済はリアルな(実物の)面で難問があり、マネタリー面から一挙解決は困難である。長期国債買い切りオペで、ゼロ金利下でもマネーサプライ(MS)増可能の議論は、銀行行動から不適切である。インフレターゲットは、総理大臣の経済成長率ターゲット宣言と類似。責任取れず、わからず。(小宮隆太郎「金融政策論議の争点 第5章日銀批判の論点の検討(同)」参照・主張抜粋)
これらの論点は「金融政策論議の争点」(日経02年)によく整理されている。再読・再吟味は有益である。


