◆提出法案
1月から始まった通常国会は6月23日に会期末を迎える予定だ。裏金問題に時間を費やす中、子育て、経済安保におけるセキュリティ・クリアランスなどの法案が審議された。エネルギー・環境関係では、水素社会推進法、CCS事業法、再生可能エネルギー海域利用法改正、地球温暖化対策推進法改正、生物多様性増進活動促進法、再資源化事業等高度化法(いずれも略称)など、各分野での課題対応を図った法案が提出された。
<法案名称>
・水素社会推進法(4月9日衆議院可決、5月5日現在参議院審議中)
……脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案
・CCS事業法(4月9日衆議院可決、5月5日現在参議院審議中)
……二酸化炭素(CO2)の貯留事業に関する法律案
・再生可能エネルギー海域利用法改正(5月5日現在衆議院審議中)
……海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律の一部を改正する法律案
・地球温暖化対策推進法改正(5月5日現在衆議院審議中)
……地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案
・生物多様性増進活動促進法(4月12日成立、4月19日公布)
……地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律案
・再資源化事業等高度化法(4月16日衆議院可決、5月5日現在参議院審議中)
……資源循環の促進のための再資源化事業等の高度化に関する法律案
<水素社会推進法>
脱炭素化が難しい分野におけるGXを進めるためのエネルギー・原材料として、国が前面に立って低炭素水素などの供給・利用を早期に促進する。
参考=低炭素水素:水素など(水素およびその化合物←アンモニア、合成メタン、合成燃料を想定)で、その製造に伴って排出されるCO2の量が一定の値以下で、その利用がわが国のCO2排出量削減に寄与するもの。
このため、①主務大臣による基本方針の策定、②低炭素水素などを国内で製造・輸入して供給する事業者やエネルギー・原材料として利用する事業者の計画認定制度の創設、③認定を受けた事業者に対する支援措置(価格差支援・拠点整備支援)や規制の特例措置――などを講じる。
<CCS事業法>
CO2を回収して地下に貯留するCCS(二酸化炭素回収・貯留)事業を進めるため、①試掘・貯留事業の許可制度の創設、②貯留事業に係る事業規制・保安規制の整備、③CO2の導管輸送事業に係る事業規制・保安規制の整備――を行う。
<再生可能エネルギー海域利用法改正>
現行法が洋上風力発電に係る法適用対象を領海および内水としており、排他的経済水域(EEZ)についての定めがないため、EEZにおいて自然的条件などが適当である区域について「募集区域」として指定し、発電設備の設置を許可する制度を創設する。
また、促進区域(領海および内水)、募集区域(EEZ)の指定などの際に、海洋環境などの保全の観点から、環境大臣が調査を行うこととし、これに伴い、環境影響評価法の相当する手続きを適用しないこととする。
<地球温暖化対策推進法改正>
優れた脱炭素技術によるパートナー国での排出削減に加え、脱炭素市場の創出を通じたわが国企業の海外展開やNDC達成にも貢献する二国間クレジット制度(JCM)の実施体制を強化する。
また、地域共生型再エネの導入促進のため、再エネ促進区域などについて都道府県・市町村が共同して定めることができるなど、地域脱炭素化促進事業制度を拡充する。
<生物多様性増進活動促進法>
2030年までのネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること)の実現に向け、里地里山の保全や外来生物防除、希少種保護など、地域における生物多様性を維持・回復・創出する企業等の活動を促進する。
主務大臣が活動の実施計画を認定する制度を創設し、活動に必要な手続きのワンストップ化、簡素化を図る。
<再資源化事業等高度化法>
脱炭素化、再生資源の質と量の確保などの資源循環の取組みを一体的に促進するため、①主務大臣による基本方針の策定、②再資源化事業等の高度化促進に関する判断基準の策定・公表や、特に処分量の多い産業廃棄物処分業者の再資源化の実施状況の報告・公表、③再資源化事業等の高度化に資する先進的な取組みについて認定制度を創設し、廃棄物処理法上の各種許可手続の特例を設ける――などの措置を講じる。
◆提出法案から見た脱炭素化対応の流れ
昨年の通常国会では、脱炭素成長型経済構造、GX(グリーントランスフォーメーション)実現のためのGX経済移行債発行、成長志向型カーボンプライシング導入を掲げるGX推進法、原発の停止期間を考慮した運転期間の制度化などを定めたGX脱炭素電源法など、GXの根幹をなす事項が法制化された。
・GX推進法
……脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律
・GX脱炭素電源法
……脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律
この法律案提出以降に、昨年は、わが国が議長国となった5月のG7広島サミット、年末にはCOP28(国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議)が開かれ、エネルギー・環境政策の議論も進んだ。こうした議論の進展も受けて、今年提出のエネルギー・環境関連法案は各分野でのソリューションに向けた法改正を図ったものといえる。
~G7広島サミット、COP28~
(1)G7広島サミット
わが国が議長国となった昨年5月のG7広島サミット首脳コミュニケでは、〈我々の地球は、気候変動、生物多様性の損失及び汚染という3つの世界的危機並びに 進行中の世界的なエネルギー危機からの未曽有の課題に直面している〉としたうえで、〈経済及び社会システムをネットゼロで、循環型で、気候変動に強靭で、汚染のない、ネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること)な経済へ転換することにコミットする〉とした。
参考=日経新聞寄稿23年8月15日付〈和田篤也・環境省事務次官〉〈今年、G7広島サミット、G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合が開催されました。そこでは、ネットゼロ、サーキュラーエコノミー(循環型経済)、ネイチャーポジティブの統合的な実現の重要性が再認識されたところです。政府においても、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」や「新しい資本主義実行計画」に、この3つの課題に向けた取組みが位置づけられました。……特にネイチャーポジティブは生物多様性をネットゼロと一体的に取り組むべきビジネス課題と位置付けて事業活動に組み込んでいく動きが加速する中、国際的にも注目されています。生物多様性の損失や自然資本の劣化が事業継続性を損なうリスク、あるいは新たなビジネスを生み出す機会として認識されつつあるのです。〉
(2)COP28
また、昨年末のCOP28(国連気候変動枠組み条約第に28回締約国会議)では、パリ協定の目的達成に向けた世界全体の進捗を評価するグローバル・ストックテイク(GST)が議論された。そこでは、野心的な排出削減とそのための世界的な努力への貢献に向け、いくつか決定事項があった。日本のメディアがよく報道した「化石燃料からの転換への移行」以外に、世界全体の再エネ発電容量3倍・省エネ改善率2倍、再エネ・原子力・CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)などの排出削減・炭素除去技術・低炭素水素等の加速なども掲げられた。
参考=第1回グローバル・ストックテイク
23年に第1回を開催。その後は5年に1度、世界全体のパリ協定の実施状況を評価。(パリ協定第14条)
グローバル・ストックテイク(GST)に関する決定
・1.5度目標の達成に向けて25年までの排出量のピークアウト
・全ガス・全セクターを対象とした野心的な排出削減
・各国の判断、事情等を考慮して行われる世界的努力への貢献
・世界全体で再エネ発電容量3倍・省エネ改善率2倍
・排出削減対策が講じられていない石炭火力発電の逓減加速
・エネルギー部門の脱・低炭素燃料の使用加速
・化石燃料からの移行
・再エネ・原子力・CCUSなどの排出削減・炭素除去技術・低炭素水素等の加速
・メタンを含む非CO2ガスについて30年までの大幅な削減の加速
・交通分野のZEV・低排出車両の普及を含む多様な道筋を通じた排出削減
・非効率な化石燃料への補助のフェーズアウト など
環境省幹部は、この合意内容について次のように語る。(23年12月)〈GSTは地球全体で考えなければならない話であり、そうであれば自ずと、ソリューションにハイライトがあたる。そうすると、まずは再エネをみんなでしましょう、その次は省エネをしましょう、となる。「エネルギー効率」という言葉も今回初めてでてきた。e-fuelや原子力、CCUSまで書いてある。日本が入れ込んだというよりも、結局はソリューションを示す国が日本しかなく、日本の取組み以外にネタがないから、日本の主張するソリューションが評価されて、全て書かれることになったというのが正しい理解だ。〉
参考=別の環境省幹部は、〈今回のCOPが日本にとって成功だったのは、日本が一枚岩だったからだと思っている〉と述べている。その上で同幹部は、メディアの取材姿勢についても、〈メディアも最近では技術を勉強して、ソリューションについて書き始めている。今はペロブスカイト発電や洋上風力、蓄電池がハイライトされており、今後もっと多くの記事が出てくると思っている〉と述べている。
ガスエネルギー新聞の新年インタビュー(1月1日号)では、環境省事務次官が現政権での環境政策について次のように語っている。
◎ガスエネルギー新聞1月1日付〈和田事務次官インタビュー〉(抜粋)
Q:岸田政権の環境政策について
A:大きく3つの柱がある。
1つ目は「経済のGX(グリーントランスフォーメーション)」だ。従来、環境と経済は対立概念とされてきたが、ここ10年程度で「好循環」を起こせると認識が変わった。GXはこれを具体化したもので、岸田政権の特徴だ。昨年、GX推進法が成立し、「GX推進戦略」「分野別投資戦略」を策定、今年は実行の年だ。2つ目の柱。日本が持つさまざまなカーボンニュートラルに向けたソリューションを広く普及させる。世界の成長センターであり、温室効果ガス排出量も伸びているアジアで普及させるため、岸田首相が提唱した「アジア・ゼロミッション共同体(AZEC)」が鍵になる。……アジアでは国によって成長の仕方や産業の仕組み、内容、成長速度が違う。日本には、それに対応するソリューションがある。3つ目は、環境対策をいかに地方創生に役立てるかだ。「サーキュラーエコノミー(循環経済)」がその一つで、リサイクルをはじめとする資源循環が、地域のビジネスとなり、地方創生になる。……さらに生物多様性の損失を止め、反転させて自然を回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」への産業界の関心が広がっている。これら 経済のGX、日本が持つソリューションのアジアへの展開、地方創生と環境政策の3つがトレンドだ。
東洋経済オンラインは、こうした情勢の進展を受けて、経産省提出の法案についてであるが、昨年から今年への流れに触れている。
・東洋経済オンライン4月9日号
〈「GX(グリーントランスフォーメーション)」と呼ばれる脱炭素化政策に関連した法律が一通り出そろった。排出量取引の導入などを定めた「GX推進法」や原子力発電推進を盛り込んだ「GX脱炭素電源法」が昨年成立したのに続き、政府は2月13日、「水素社会推進法」および「CCS(二酸化炭素『CO2』の分離回収・貯留)事業法案」を閣議決定した。両法案は今国会での成立を目指している。…… (その上で、「成否未知数のGX戦略、政府は柔軟に軌道修正を」「原発回帰が再エネ拡大抑制、水素はコスト難題」としている。)〉
環境省提出のものも含めて、今回提出のエネルギー・環境関連法案は、エネルギー・環境政策の議論の進展も伴い、各分野でのソリューション強化を目指したものといえよう。次号では、水素、CCS、洋上風力関連の法案に比べて、メディアで取り上げられるボリュームがやや少ないように思われる、地球温暖化対策推進法改正、地域生物多様性増進活動促進法、再資源化事業等高度化法の意義などについて触れたい。
ジャーナリスト 阿々渡細門