【論考/12月1日】中東危機と「アラブ・イスラム石油禁輸」の可能性


10月7日に勃発したイスラエル・ハマス戦争は、中東の地域秩序を根底から揺るがしている。

ハマスのテロ行為により約1200人の無辜のイスラエル市民が惨殺され、200人以上が人質として拉致された。イスラエルが受けた衝撃は大きく、ハマス殲滅の一念で直ちにガザ地区を「完全包囲」しつつ侵攻。その容赦無い空爆により11月中旬には同地区の死者は約1万5千人に上り、その半数近くが児童である。水、食料、医薬品、電力、燃料供給は欠乏し、通信は遮断。病院、学校、難民キャンプまで空爆に晒される中で、170万人が家を失い避難民と化している。

市民生活を破壊する「完全包囲」を発表する際、イスラエルのガラント国防相は「われわれは人獣と戦っている」と述べた。ネタニエフ首相は、イスラエルが「文明と善」の側に立ち、「野蛮と悪」のハマスおよびその支援者イランと争う戦争だと言う。パレスチナ市民の犠牲は、彼らを「人間の盾」として利用するハマスの戦争犯罪だ、との論理だ。

ハマスはガザ地区の地下深くトンネル網を張り巡らし、これを軍事拠点としてきた。地上は地区全体で230万の人々が覆う。確かにこれら市民は、地下のハマス軍事要塞を、イスラエルの攻撃から守る「人間」の盾だ。しかし彼らは「人獣」の盾ではない。

取り返しつかぬイスラエルの大失敗

国際法の技術的解釈はともあれ、イスラエルによる無差別攻撃は、無抵抗の市民に対する残虐性に於いて、ハマスによるテロ行為と相違ない。空爆後の瓦礫の下から救い出される血まみれの子供達を見て、これを「文明」や「善」と呼び得る人がどれだけあろうか。

イスラエルは、一方でパレスチナ市民の安全を確保しつつ、他方でハマス軍事拠点を漸次攻撃して無力化する、戦略的・統合的な作戦を冷静に、忍耐強く実行すべきだった。市民と戦闘員を峻別する努力を示すことで、対照的にハマスの残虐性を浮き彫りにし、市民をハマスから離反させ、また国際社会に自国の行動の正当性を強く訴え得たのではないか。ようやく11月24日に4日間の戦闘休止・人質の一部解放となるまで、ネタニエフ首相は即時停戦・戦闘休止の呼びかけを「ハマスへの屈服」として拒否し続けていたが、合理的な戦略の策定に時間が必要だったのは、むしろイスラエル側ではなかったか。

自国安全保障への平衡感覚を失ったまま、即時に全面的な無差別攻撃に入ったことで、イスラエルはおそらくは取り返しのつかぬ大きな失敗を犯した。その残虐性は、かえってハマスのテロを正当化させ、全パレスチナ市民の恐怖と憎悪を呼び、国際社会、とりわけアラブ・イスラム諸国の反イスラエル感情を沸騰させている。

11月11日リヤドで開催されたアラブ連盟・イスラム協力機構の合同首脳会議は、イスラエルによる攻撃を、パレスチナ人民に対する侵略行為として非難し、その即時停止を求める決議を採択した。「完全封鎖」を戦争犯罪に当たるとし、イスラエルに対して外交、政治および法的圧力を加えるよう加盟国に求め、また、西側による国際法適用の二重基準を批判し、戦争拡大の危険を警告している。

石油供給を巡る中東諸国・欧米の攻防

一部報道によれば、会議参加国の多くが、対イスラエル外交・経済関係凍結等の具体的制裁を盛るべきとし、その中に石油を外交手段とすることが含まれていた(注1)。サウジアラビア、UEA、バーレーン、エジプトなどの反対で実現を免れた、とされるが、十分な注意が必要だ。

既にイランは10月半ばの時点でイスラム諸国に対イスラエル石油禁輸を呼びかけている。ガザ地区の人道危機が深刻化する中で、石油輸出削減によりイスラエルおよび西側に抵抗すべきだとの主張が力を得ている様子がうかがえる。2020年のUAE、バーレーンに続き、サウジも米国を仲介役として対イスラエル国交正常化に動いていたが、今これらの国々はアラブ・イスラム世界の中で外交的に守勢に立たされている。

イスラエルは日量30万バレル弱の原油を、カザフスタン、アゼルバイジャン、ナイジェリアなど、中東域外から輸入し、この3産油国ともイスラム協力機構加盟国だ。しかしこの数量であれば、たとえ全量が禁輸対象となっても、非イスラム圏からの代替供給、また、輸送の第3国経由などで容易に制裁を逃れ得る。

また、イスラエルの軍事を支える米国は、世界最大の産油国。原油では日量300万バレル弱の純輸入だが、石油製品では日量200万バレル強の純輸出国だ。したがって、たとえイスラム圏からの原油輸入全量(日量100万バレル弱)を失い、これを代替できない事態となっても、石油製品輸出が減少するだけに終わろう。

一方、欧州の状況は異なる。欧州は中国と並ぶ世界最大の石油輸入者だ。昨年、トルコを除く欧州OECD諸国の原油輸入量・日量800万バレル強のうち、イスラム圏からの輸入量は日量300万バレル強、約4割を占める。さらに極東では、この比率が日本で95%、韓国でも約7割となる。ロシアのウクライナ侵略に対抗するこれら諸国は、ロシア産原油への代替もできない。

そこで、もし石油を外交上の「武器」として使うとすれば、イスラエル・米国への直接的影響は乏しいと承知した上で、西側の「弱い環」である欧州・日韓も対象に加えて輸出削減措置を取り、間接的に米国に圧力を加えて即時停戦へと向けさせる。そのような手が考え得る。すなわち、米国がパレスチナを見殺しにするのであれば、その同盟者である欧州・極東の経済ひいては安全保障を揺さぶるが良いか、という構えだ。

サウジを盾にするイランのしたたかな思惑

一方「イスラエル寄りの中立」の立場では、インドも西側と変わらない。10月27日に国連総会が人道的休戦を求める決議を採択した際も、日本と同様に棄権に回った。賛成票を投じたフランスに比してもイスラエル寄りだ。アラブ・イスラム側がインドを制裁する必要はなく、すると欧州・日韓を対象にする理由が立たない。あえて実施しても、欧州・日韓との関係を悪化させるだけで、米国・イスラエルを抑止できない可能性も十分にある。

ここでイランは、そもそも米国の課す2次制裁によって西側・インドに輸出できない。したがって、このような「アラブ・イスラム石油禁輸」が強行されても、自国は何もしなくてよい。実行の主体者は、欧州向けにはサウジおよびイラクの中東勢、それにリビア、ナイジェリアおよびアルジェリアのアフリカ勢。極東向けは中東勢、特にサウジおよびUAE。併せて、やはりサウジアラビアが矢面の中心に立つ。

イランとすれば、たとえイスラエル抑止の効果がなくとも、対西側の石油輸出制限をサウジに実行させれば、西側と同国を離反させ、中東での自国の影響力を強化し得る。イランが石油禁輸を主張し、サウジがこれを拒否する展開が、今後も続くと見るべきだろう。そしてそれは、アラブ・イスラム世界における反イスラエル感情が、次第にサウジに矛先を向ける危険性を意味する。

これはOPECプラスを通じた生産量調整とは次元の全く異なる、国際石油供給秩序それ自体に関わる事柄だ。今回のイスラエル・ハマス戦争は、おそらくは2003年の米国・対イラク戦争と同様に、中東の地域秩序を構造的・長期的に不安定化させる。西側は「市場本位の開かれた石油供給」を共通理念として、サウジアラビアとの協働関係の再構築を急がねばならない。

(注1)例えばThe Times of Israel の以下の記事。https://www.timesofisrael.com/liveblog_entry/tv-report-saudis-helped-blocked-arab-summit-bid-to-sever-all-contacts-with-israel/

小山正篤 石油市場アナリスト

【記者通信/11月29日】ソフトバンクがエコ電気アプリを海外へ COP28でお披露目


ソフトバンクの子会社SBパワーとエンコアードジャパンは、11月30日~12月12日にアラブ首長国連邦(UAE)ドバイで開催される「国連気候変動枠組条約第28回締結国会議(COP28)」において、家庭向け節電サービス「エコ電気アプリ」を環境省主催の「ジャパン・パビリオン」で実地展示すると発表した。COP関連イベントで、国内通信事業者の取り組みが展示されるのは初めて。

エコ電気アプリは、SBパワーがエンコアードの独自のAIアルゴリズムなど特許技術を活用し、スマートフォンアプリを通して顧客に節電を呼びかけるサービスだ。

電力小売事業者は電力需要が高まった時に、アプリを通して利用者に節電を要請。節電を実現した利用者に、成功報酬としてペイペイポイントを付与する。

エコ電気アプリの仕組み

電力小売事業者は電力需給ひっ迫・卸市場価格上昇などに伴う逆ざやを回避でき、利用者は電力使用量を下げると同時に、ペイペイポイントを得ることができる。双方にメリットが生まれる点が画期的だ。

一利用者の節電効果は料金換算で年4000円相当

節電に関しては、このアプリを利用する消費者と利用しない消費者の電力使用量を比較すると年間10%程度の差が生まれる。料金に換算すると約4000円に相当するとのことだ。

エコ電気アプリの操作イメージ

ソフトバンク・グリーントランスフォーメーション推進本部ソリューション開発部の須永康弘部長は「ジャパン・パビリオンは、日本の優れた製品サービスや気候変動への取り組みを世界に発信する目的で設けられる。エコ電気アプリはスマホアプリの特長を生かしたユニークなサービスと評価された」と話す。

アプリで22年度に1万909tのCO2を削減

ソフトバンクは同サービスを「ソフトバンクでんき」の契約者向けにエコ電気アプリとして展開しており、アプリ利用者数は120万世帯を突破。ソフトバンク以外に、東京電力エナジーパートナーなど電力小売り大手6社が採用しており、全国の300万世帯以上が利用する。これに伴う22年度のCO2排出削減量は1万909tに上ったという。

須永氏は「今回の出展を契機にエコ電気アプリの海外展開も視野に入れる。家庭部門のさらなる脱炭素化に向けたサービス開発を進めていく」と意気込みを見せる。同社にとって、今回の出展が絶好の機会となりそうだ。

【メディア論評/11月28日】電力カルテルの株主代表訴訟を巡る報道


公正取引委員会は今年3月30日、電力3社(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力・九電みらい)に対して、独占禁止法第3条の規定に違反する行為(カルテル)について排除措置命令・課徴金納付命令を発した。(リーニエンシー=課徴金減免制度=を行った関西電力には排除措置命令も出されなかった)。カルテル行為に伴い、会社に発生する損害・費用としては、課徴金のみならず、第三者で構成する調査委員会の調査費用、官公庁の入札停止処分で失った利益などが考えられる。株主から、こうした損害を発生させたとされる現旧取締役に対して責任追及の提訴を請求する動きが、関西電力を含む4社に対して6月から出てきた。

~株主からの現旧取締役に対する責任追及の提訴請求への対応~

今年6月、電力4社はそれぞれの株主から、現旧取締役の責任追及の提訴請求を受領した。(中部6月21日受領、関西6月7日受領、中国6月8日 受領、九州6月8 日受領)。会社が60日以内に訴訟を提起しない場合、または提訴しないという回答を得た場合には、株主自身が会社を代表して訴訟を提起することになる。

結果としては、電力4社のうち中部、関西、九州の3社が訴えを提起しないことを決定する中、中国は8月3日、清水希茂前会長、瀧本夏彦前社長ら一部役員に責任追及の訴えを提起することを決定した。

提訴しないと決定した中部、九州は、「善管注意義務違反があったとは認められず、責任追及の訴えを提起しないこととした」と、いわば常套句で説明をした。

一方、関西は、「提訴した場合の勝訴の可能性、訴訟手続きにおける立証活動の範囲や負担などを総合的に判断し、責任追及の訴えを提起しない」と、いずれ出てくるであろう株主代表訴訟を意識したかと思われる理由付けをした。

〇関西電力7月28日のプレスリリース「訴えを提起しないことを決定」

「株主からの提訴請求への当社の対応」〈……独立性を確保した利害関係のない社外の弁護士に調査を委嘱し、その客観的かつ厳正な調査結果を受けて、対応を検討してまいりました。検討の結果、現旧取締役24名について、本件提訴請求に対して、対象者の責任の有無、提訴した場合の勝訴の可能性、訴訟手続きにおける立証活動の範囲や負担などを総合的に判断し、責任追及の訴えを提起しないことを本日の監査委員会、取締役会で決定しました……。〉

〇九州電力8月3日のプレスリリース「訴えを提起しないことを決定」

「株主からの提訴請求に関する当社の対応について」〈……当社は、独立性を確保した利害関係のない立場にある社外の弁護士に対して、本提訴請求書に記載の本件取締役の責任について調査を委嘱し、その調査結果の報告を受け、本件取締役の責任追及の訴えの提起の要否について検討してまいりました。検討の結果、本件取締役には、本件提訴請求書に記載の事項について善管注意義務違反は認められないことから、当社は、本日、いずれの本件取締役に対しても責任追及の訴えを提起しないことを決定いたしました。〉

〇中部電力8月9日のプレスリリース「訴えを提起しないことを決定」

「株主からの提訴請求への対応」〈……当社取締役とは利害関係のない外部法律事務所に調査を委託し、その結果を監査役会にて精査し、対応を検討してまいりました。検討の結果、本日、当社の全監査役は、当社の現取締役および元取締役20名に関し、本提訴請求書で指摘のあった事項について、善管注意義務違反があったとは認められず、責任追及の訴えを提起しないことといたしました。〉

~中国電力 株主からの現旧取締役に対する提訴請求への対応~

〇8月3日のプレスリリース「清水前会長、瀧本前社長らへの訴え提起を決定」

「現旧取締役に対する株主からの提訴請求への対応について」〈旧取締役3名(清水 希茂前会長、瀧本夏彦前社長、渡部伸夫元副社長)について責任追及の訴えを提起すること、その他の現旧取締役19名は不提訴とすることを決定。 〉*同日、清水前会長、瀧本前社長はそれぞれ相談役、特別顧問を辞任。*提訴理由については、下記10月4日提訴時のプレス資料参照     

〇10月4日のプレスリリース「清水前会長、瀧本前社長等への訴えを提起」

「旧取締役に対する損害賠償請求訴訟の提起について」〈—本年6月、当社の株主20名から当社監査委員宛の「責任追及等の訴え請求書」を受領したことから、提訴請求を受けた現旧取締役22名について、責任追及の訴えの提起の要否を検討した結果、当社監査等委員会は、旧取締役3名に対して責任追及の訴えを提起する ことを決定しました。当社は、本日、当該旧取締役に対する損害賠償請求訴訟を広島地方裁判所に提起しましたので、お知らせします。〉      

*損害賠償請求額5992万6297円=今後新たな損害が確定した場合には請求の拡張を行います*請求の原因=公正取引委員会から受領した独占禁止法に基づく排除措置命令および課徴金納付命令が、現時点において法律上有効であることを前提とすれば、同委員会が設定した違反行為が行われたとされる当時(2018年11月~20年10月)において、清水希茂氏、渡部伸夫氏、瀧本夏彦氏には、取締役としての法令順守義務違反、監視監督義務違反および内部統制システム構築運用義務違反があったと判断しました。

具体的には、3氏は当時、法令に違反する行為に直接関与していたこと(法令順守義務違反)、3氏(取締役)相互もしくはその使用人の行為を是正・制止するための行為を取っていなかったこと(監視監督義務違反)、およびそれらの行為を防止するための具体的な内部統制システムの構築・運用が不十分であったこと(内部統制システム構築運用義務違反)が挙げられます。したがって、これらの義務違反により当社が被った損害について損害賠償請求を行うものです。

なお、当社は、公正取引委員会からの排除措置命令等に対し、取消訴訟を提起しており、将来においてその全部または一部について取り消される可能性があるため、取消訴訟の結果によって、本訴訟における訴訟上の主張を撤回または変更することがあり得ます。<引用終わり>

◎メディアの報道

10月5日、業界紙と地元紙は、中国電力の前会長・前社長らへの損害賠償請求提起を丁寧に報道した。

〇電気新聞10月5日付〈前社長ら3人に損害賠償請求提起〉〈中国電力、カルテル問題で〉〈中国電力は4日、電力販売カルテル問題に関して清水 希茂 前会長と瀧本 夏彦 前社長、渡部 伸夫 元副社長の3氏に対し損害賠償請求訴訟を広島地方裁判所に提起したと発表した。〉〈……カルテルを結んだとされる期間に取締役だった人物を提訴すべきとの株主の申し立てを受け、監査等委が元取締役について社内を調査。責任を追及すべきかどうかを検討し、8月3日に提起を決めていた。請求額は調査にかかった弁護士費用などの5992万6297円。連帯して支払いを求める。社内調査の結果、監査等委は3氏ともに「法令順守義務違反」「監視監督義務違反」「内部統制システム構築運用義務違反」があったと判断。—同社が被った損害の賠償請求を行うと説明している。〉中国電力は9月28日に公正取引委員委員会の排除措置命令と課徴金納付命令に対し、取消訴訟を東京地裁に提起した。結果次第で、公取委から納付命令を受けた約707億円の課徴金額が変わる可能性もある。その場合は今回の損害賠償請求訴訟を撤回、もしくは変更することがある。〉〈中国電力の株主は6月、カルテルを行ったと公取委から指摘を受けた期間に取締役だった役員22人に対し、課徴金と電力入札の指名停止に伴う損害額として合計808億円の賠償を求めていた。〉

一方、地元紙の中国新聞は10月5日付朝刊で、取消訴訟、旧役員への賠償請求、そしていずれ株主代表訴訟と、3つの訴訟案件を抱えることになる状況を説明している。なお、この紙面において同紙は、元役員3名への賠償請求額が社内調査を依頼した弁護士費用に限定され、課徴金を含んでいない点について、草薙真一兵庫県立大副学長の「(取消訴訟で)3人の行為に伴う損害が確定してから追加請求する方法は妥当」というコメントを紹介している。

中国新聞10月5日付中国電力、カルテル問題で三つの訴訟、公取委処分取り消し・役員への賠償請求の焦点は? 10/12には株主代表訴訟も〉〈中国電力は、電力販売で関西電力とカルテルを結んだとされる問題に端を発し、今後三つの訴訟に対応する。 公正取引委員会の処分取り消しを求め、9月28日に東京地裁へ提訴した。 瀧本夏彦前社長たち元役員3人には今月4日、損害賠償を求める訴訟を広島地裁に起こした。 一部の株主は、他の役員経験者に損害賠償を求め、12日に広島地裁へ訴えを起こす。〉

*元役員3人への訴訟。〈中電は清水希茂前会長と瀧本氏、渡部伸夫元副社長の3人に対し、計約5992万円の賠償を請求する。社内調査を依頼した弁護士費用で、課徴金は含んでいない。中電は6月、公取委がカルテルを結んでいたと認定した期間に取締役だった22人を会社として訴えるよう株主20人に求められていた。取締役会から独立する監査等委員会の判断を受け、3人の責任を追及する。監査等委員会と取締役会が社外の弁護士に委託して調べたところ、瀧本氏と渡部氏は自ら関電側と情報交換し、報告を受けた清水氏も容認したと確認した。取消訴訟の結果が出ない段階では、処分は有効と判断した。取消訴訟の結果によっては3人の責任原因に関する主張を変更、撤回する可能性があり、賠償請求額についても見直すとみられる。〉

*株主代表訴訟。〈株主20人が広島地裁に訴えを起こすのは、中電が「違反行為に関与した事実はない」として提訴を見送る役員経験者19人(←10月12日の実際の訴訟提起では、会社が訴えた3氏も含めて22人)。課徴金に相当する約707億円の賠償を求める。カルテルに直接関与していない人を含め、当時の経営陣全体の責任を問うスタンスだ。〉

*識者の視点。〈兵庫県立大の草薙 真一 副学長(エネルギー法)は……元役員3人に損害賠償を求める方針は「自らうみを出そうとする姿勢の表れ」と評価する。 課徴金相当分を当初の請求額に含めなかったことについては「(取消訴訟で)3人の行為に伴う会社の損害が確定してから追加請求する方法は妥当」とする。〉

~電力4社の株主代表訴訟~

株主からの現旧取締役の責任追及の訴え提起に対して、電力各社は、上記のように中国電力が一部役員を提訴することを除き、訴えを提起しないことを決定した。これを受けて、10月12日、各社の株主が当時の取締役らに損害賠償を求める株主代表訴訟を名古屋、大阪、広島、福岡の各地裁に起こした。

請求金額=関西12名約3508億円、中部14名約376億円、中国22名約707億円、九州電力8名約28億円

今回の訴訟提起では、被告となる役員数や請求額を絞り込むなどしており、中国や九州では、課徴金見合いの請求額となっている。その中で、関西に対しては課徴金が課されない中、約3508億円を賠償請求額とした。

〇電気新聞10月13日付〈4社株主、代表訴訟提起〉〈カルテル問題 役員数・請求額絞る〉〈……各株主は12日、それぞれの地方裁判所に株主代表訴訟を提起した。今後の訴訟対応などを考慮し、6月に会社側へ役員提訴を請求した際に比べ、被告となる役員数や請求額を絞り込んだ。中国電力は既に3人を提訴しているが、同社株主らは別訴として3人を対象に含めた。各社株主はカルテル問題を巡り6月に会社側へ役員提訴を請求。課徴金のほか、社内調査費用や官公庁の入札停止処分で失った利益などの支払いを求めるよう主張した。〉〈一方、中部、関西、九州の3社は8月までに会社側として提訴しない方針を決定。中国電は10月に清水 希茂 前会長ら3氏を提訴している。中部、関西、九州の3社株主は代表訴訟提起に当たり、役員の責任範囲や損失額などを精査したと説明。被告とする役員数を絞り、中部電は21人から14人、関電は24人から12人、九州電は25人から8人としている。……〉中国電力の株主らは会社側が提訴した元役員3氏についても、課徴金額を請求していないことなどを理由に「二重起訴」には当たらないと主張。6月の提訴請求時と同じ22人を今回の対象としている。〉

ところで、関西電力への賠償請求について約3508億円となったことについて、各紙は次のように報じた。

〇朝日新聞10月13日付〈……カルテルを主導したと認定された関電。株主ら26人は八木誠元会長ら12人に対し、約3500億円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。課徴金は免れたものの、カルテルで電気料金を高止まりさせ、「今後賠償を求められるなど、潜在的な債務を負わせた」としている。〉

〇毎日新聞10月13日付〈……大阪地裁への提訴後、記者会見した河合弘之弁護士は「自由競争 を制限し、消費者から利益を吸い上げようとした。道義的に許されない」と批判。カルテルを主導した関電が課徴金を免れたのも不当だと訴えた。〉

両紙とも「カルテルを主導した関西電力」という表現が出てくるが、この点について触れておく。3月30日の処分発表時の公取委の記者会見では下記のような質疑が出てくる。

Q:今回のカルテルの中心になっていたのは、関西電力ということですね。

A:そこはですね。我々が審査した結果、関西電力が本件に違反行為を主導したという事実は認められなかったと評価しています。本件違反行為は、2017年頃から、中部電力管内、中国電力管内、九州電力管内の顧客を獲得するための営業活動を関西電力が行なっていて、それに対抗した中部電力、中国電力、九州電力と価格競争が進んだことを契機としていると考えています。各違反行為社は各社間で行われた顧客獲得競争によって電気料金の水準が低下した。関電のみならず各社が電気料金の水準の低落を防止して、自社の利益を確保する必要性を認識した。各社は顧客獲得の競争相手である関西電力との間で、それぞれ複数回の面談等を重ねて、本件合意形成したものであるということなので、事実関係として、関西電力が中心になったとか主導したというものでは必ずしもないのかなと思っています。

要するに、公取委では関西電力のみならず各社が電気料金低落防止、自社利益確保の必要性を認識、違反行為の合意はあくまで当事者双方の合意に基づくものであり、「関西電力が中心になったとか主導したというものでは必ずしもない」と言っている。

これに対して、メディアが「関西電力主導」と言うのは、関西電力が各社とそれぞれ、いわば扇の要として、しかも当時の副社長まで出て、調整に当たったことをイメージの中心において言っている。

~中国経済連合会会長人事~

ところで、中国電力が前会長、前社長らの訴え提起を決定したのだが、一連の流れの中で、地元のメディアが厳しい反応を示したのが、清水希茂会長(当時)が中国電力の会長を辞任表明している中で、中国経済連合会会長をいったん留任したことであった。3月30日、公取委によるカルテルの排除措置命令、課徴金納付命令を受けて、中国電力は清水希茂会長が6月(28日)の株主総会をもって会長を辞任、相談役に就任することを発表した。

一方、同氏が会長を務める中国経済連合会の総会が6月7日に開催され、清水氏の続投が決定した。この点について、地元メディア、全国紙地元版は、ネガティブな論調で記事掲載した。(見出しのみ紹介)

*読売新聞6月8日付〈清水氏 異例の会長続投 中電会長は引責辞任〉

*日経新聞6月8日付〈中経連、会長の続投決定 カルテル追及なし〉

*中国新聞6月8日付〈中経連 清水会長を再任 理事会反対なく続投要請〉

ところが、上記のように8月3日、中国電力は 株主からの現旧取締役の責任追及の提訴請求に関して、旧取締役3名(清水前会長、瀧本前社長、渡部元副社長)について責任追及の訴えを提起することを決定し、あわせて同日、清水前会長は相談役を辞任した。結果、中国経済連合会は、8月31日の臨時総会・理事会で清水氏の会長退任、芦谷茂・現中国電力会長の会長就任を決定した。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【目安箱/11月28日】原子力規制委は“治外法権”なのか!敦賀2号を例に考察


「行政手続きに12年かかり、いつ結論が出るか分からない」。そんなことを行政機関が行ったら、日本でも、どの国でも、大問題になる。ところが日本の原子力施設の審査ではそうした状況が続き、原子力発電所が再稼働できない状況が続く。もちろん遅れには事業者側の問題もあるが、それだけなのだろうか。考える材料として、日本原電の敦賀原子力発電所2号機の審査状況を紹介したい。

(写真1)日本原電敦賀発電所2号機(原電提供)

◆浮かび上がった原子力規制の問題

原電敦賀2号機の審査は今年9月まで約2年にわたって中断していたが、その後は淡々と議論と確認が進んでいる。この原子炉ではその下の破砕帯が活断層かどうかの議論が10年以上行われてきた。審査が少しずつ進んでいるのは、良い状況だと思う。しかし、この審査期間の長さは問題だ。

西日本の原発は稼働しているが、北海道、東北、東京、北陸、中部、中国、原電の各電力の発電所は、2011年3月の東京電力福島第1原発事故の直後から停止し、建設中の電源開発大間原発も地震動の審査で建設が止まっている。いずれも停止期間があまりにも長過ぎる。それは原子力規制の問題があるためだ。

東京電力福島第一原発事故の後で、それまでの原子力審査体制が壊され、原子力規制委員会、実施機関としての原子力規制庁が12年に発足した。そして同年、新規制基準ができ、規制が強化された。そして旧制度で一度運転と建設の認可が出た原発を、新規制基準に基づいて審査をやり直させている。これは法律上に規定がないのに、当時の田中規制委員長のメモで実行している。

安全性を高めようという、規制委の取り組みは評価されるべきであろう。しかし、それによって審査が大幅に遅れて原発が動かない。特に地質の判定によって審査がどの原発でも遅れがちだ。

原発が新しい規制基準によって、法律の根拠なく、運用できなくなっているのは、電力会社の財産権の侵害だ。そして仮に廃炉になった場合の補償、今回のような長期停止の補償は、制度の上で全く決まっていない。原子力プラントは建設に数千億円かかり、発電という企業活動のための設備だ。行政機関の規制委が、その判断で民間の電力会社に損害を与える仕組みは、明らかにおかしい。

敦賀2号機は一度、行政の認可が出されて建設され、1987年から営業運転を開始し、運営されてきたプラントだ。そして規制委員会の依頼に基づく有識者調査団がやってきて13年に、この敦賀2号機の下の破砕帯を活断層の可能性があると報告した。この調査団には、反原発を公然と唱える人も入っていた。この判定については、判断の妥当性をめぐり、地質学者や原電の強い批判が出て、審査会合の参考にするという位置付けになっている。

そして2015年に審査が再開された。

◆規制委員会、審査再開認めるまでの経緯

ところが、ここで原電がミスをしてしまう。

敦賀2号機の審査は同社が15年11月に原子力規制委員会に提出した「原子炉設置変更許可申請」で申請書を説明する審査資料に不備があるとして、20年10月以降、約2年間中断した。これは東電の福島第一原発事故への反省から作り直された新規制基準に適合するための、原子炉設備の変更を申請、判定する手続きだ。

規制委は今年4月に、原電に補正書の提出を求め、また文書不備の指導を行い、原電は8月31日に改善策と補正書を出した。規制委は、それを受理し、審査再開を9月6日に認めた。昨年10月の段階で規制委は意図的な書き換えなどはなかったと判断していたが、審査資料の変更が重なったために、これらを反映することを求めた。

この審査では、原子炉近くを走る断層(審査ではK断層と呼ばれる)が活断層であるか。またそのK断層が原子炉の下の破砕帯と連動しているかが焦点になってきた。新規制基準では活断層の上に原子炉を設置することを認めていない。ここで言う活断層とは、「将来活動する可能性のある断層等、後期更新世以降(12~13万年前以降)の活動が否定できないもの」としている。

原電は審査のために、その地質をボーリング調査でとった。ボーリング調査の地層を図示することは、地質調査のために一般的に行われ、その図は「柱状図」(ちゅうじょうず)と呼ばれる。その図はそのままの形で評価者に提出されるが、原電は審査のために柱状図に記載していた肉眼観察に基づく評価結果を、より詳細な顕微鏡観察に基づく評価結果に変更したことが、生データを加工したと受け取られ問題視された。

また資料の取り違えの箇所、誤記なども、申請書の中に多数あった。原電は、修正が必要とされた約470ページの当初申請を差し替え、再提出分の補正書は1600ページになったという。

さらに規制委員会も、認識などの行き違いがあったことを踏まえ、合意事項と論点を審査会合ごとに文書化するようにした。現在まで、議論はK断層の評価を巡って議論が進み、原電が提出した資料によって進められ、11月までに審査会合は2回行われている。そして今年12月までに現地調査が予定されている。

◆原電、再発防止に取り組み、資料はより詳細に

原電は規制委からの指導を真摯に受け止め、作成する書類の品質強化に取り組んだ。関係会社との協力を深め、社内の査読、チェック体制もより細かくした。

さらに補正書で、原電は新たな知見を書き加えた。地層の年代判定の新たな方法を複数取り入れ、K断層を判定した。その結果、「K断層は活動するものではないこと、敦賀2号機の原子炉建屋直下のいずれの破砕帯とも連続しないことを確認した。主張を新資料で強化し、規制委員会にも理解をいただけると思う」(担当者)としている。

原電は審査書類の記載ミスなどをした。それは問題だし、当然是正をされるべきだ。反省してほしい。

しかし調べると筆者は工学、地質学には素人だが、審査が本当に安全を調べているのか疑問に思ってしまう。敦賀2号機の審査で問題になったのは、柱状図の書き方の違いとか、データの取り違えなどだ。プラントの安全性の問題ではない。書類の形などの形式に、審査のポイントがずれていないだろうか。

また原電が提出した補正書は1600ページになったという。規制の手続きと審査が煩雑になり、書類が膨大で、審査が長期になっていることから、そうした間違いを誘発した面があると思う。書類の完成度ではなくプラントの安全性を審査することが重要なのだ。

◆経済危機を再稼働で解消してほしい

行政手続法では日本の全ての行政機関は2年以内に、行政手続きを完了させることを求めている。しかし敦賀2号機は10年以上も止まっている。このように原子力の稼働が遅れ、その結果、日本全国で電力不足に陥り、電力価格も上昇している。約116万kWの発電能力がある原電の敦賀2号機が稼働すれば、電力の需給問題の改善に役立つ。

日本原電は早急にこの2号機の運用を始めてほしい。そして規制委は、その審査を速やかに行ってほしい。

そして原子力規制委員会誕生以来、多くのエネルギー関係者が要請していることだが、審査で無駄がないかを、規制委員会は検証してほしい。そして審査を速やかに行ってほしい。審査に手を抜け、安全をないがしろにしろとは誰も言っていない。原発再稼働の遅れによって、一つの行政機関が、電力価格の上昇と電力不足という、日本経済の混乱を引き起こしている。

原子力発電所の安全性を確保すること、そして10万年の間にあるかないかの活断層の運動を注目することは大切かもしれない。私はそれと同じように、今の日本の経済・社会を維持するために、安く大量の原子力発電の電力を供給することも大切だと思う。

【メディア論評/11月7日】電力カルテル取消訴訟提起を巡る報道を振り返る


公正取引委員会は今年3月30日、電力3社(中部電力・中電ミライズ、中国電力、九州電力・九電みらいエナジー)に排除措置命令・課徴金納付命令を発した。(事前リーニエンシーをした関西電力には排除措置命令も出されなかった)。この公取委の処分について、電力3社が取消訴訟を提起するかが注目された。

参考:行政事件訴訟法

第三条(抗告訴訟)(2)この法律において「処分の取り消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取り消しを求める訴訟をいう。

第十四条(出訴期間)(1)取消訴訟は、処分又は裁決があったことを知った日から6箇月を経過したときは提起することができない。但し、正当な理由があるときはこの限りではない。

電気新聞 今後の取消訴訟の展望等に関する記事

史上最大の課徴金となった今回のカルテル行為、業界紙の電気新聞は、3月30日に処分が発表されて早々(4月3日←この時点で取消訴訟提起を決定したのは中部電力のみ)に、「取消訴訟 難しい経営判断」と題し、識者の視点も紹介しながら、今後の取消訴訟などの展望を記事にした。少し長くなるが、引用する。

〈……取消訴訟を含む各社の対応が当面の焦点となっている。既に中部が訴訟の提起を公表しているほか、中国、九州も公取委との間で「見解に相違がある」とし、慎重に対応を検討する構えだ。 訴訟を行う場合、カルテルに関わる合意形成の有無、対象範囲などが論点になるとみられるが、結果が出るまでに数年単位の時間がかかり、事態が長期化するリスクもはらむ。〉〈……過去のカルテル事案でも(取消訴訟を)提起された例が複数あり、アスファルト合材販売業者が行った訴訟では2020年1月の提訴から2022年11月の敗訴確定まで3年以上を費やした。膨大な時間と労力を費やす反面、事業者勝訴のハードルは極めて高いというのが関係者の共通認識だ。一方、訴訟を起こせば、事業者は公取委との間で見解が異なる点を主張できる機会が設けられる。〉〈……実際に提訴された場合、カルテルにつながるような合意形成の有無に加え、合意形成にかかわった対象者・案件の範囲も論点になりそうだ。対象案件や期間にかかわる事実認定が変わった場合、課徴金額に影響が生じる可能性もゼロではない。〉〈……過去には、公取委との間で「見解の相違」があるとしていた事業者が  「長期的な企業価値の維持・保全」などを理由に不提訴を決めた例もある。訴訟を行うにせよ、行わないにせよ、事業者が負うリスクは重く、極めて難しい経営判断になりそうだ。〉

各社の取消訴訟提起の経緯

1.中部電力・中電ミライズ 取消訴訟提起

公取委の調査に対して一貫して否定をしていた中部電力は、処分が発表された3月30日、取消訴訟提起を発表した。正式の提訴は9月25日に行った。

〇3月30日のプレスリリース「訴訟提起決定」

〈公正取引委員会からの排除措置命令などに対する取消訴訟の提起を決定いたしました〉〈……今回の各命令(排除措置命令、課徴金納付命令)について、……公取委との間で、事実認定と法解釈について見解の相違があることから、本日、取消訴訟を提起することを決定いたしました。今後、訴訟において当社の考え方を説明し、司法の公正な判断を求めてまいります。〉

〇9月25日のプレスリリース「東京地裁に訴訟提起」

〈公正取引委員会からの排除措置命令等に対する取消訴訟の提起〉。上記プレスと同旨。

2.中国電力 取消訴訟提起

納付命令を受けた課徴金が個社レベルでも史上最高となった中国電力は、中部電力より少し遅れて4月2日8に訴訟提起を決定。正式の訴訟提起を9月28日に行った。中部電力の場合、訴訟提起は「事実認定と法解釈について見解の相違がある」ためとしたが、中国電力の場合は「事実認定と法解釈において一部に見解の相違がある」と、「一部に」という文言が付いた。排除措置命令・課徴金納付命令を受けた3月30日の記者会見では、瀧本夏彦社長自ら次のように述べている。

「公取委から発表された排除措置命令にも記載されているが、社内調査においても、2017年11月以降、当社が関電と営業活動に関する意見交換や情報収集活動を行う中で、私自身(瀧本社長)を含め、一部に不適切なものがあったと確認しており、独禁法抵触を疑われてもやむを得ない面があったと受け止めている。しかしながらその一方で、各命令における事実認定と法解釈に関し、当社と公取委の間で一部見解の相違がある。そのため今後、命令の内容を精査確認のうえ、取消訴訟の検討も視野に入れつつ、慎重に検討する」

また当日の質疑の中で、同社幹部はカルテル行為の認定の範囲について次のように述べている。

「今回の認定では、中国地方全ての顧客、全ての官公庁入札が認定されているが、当社としてはそういう認定はおかしいのではないかと考えている。」

〇4月28日のプレスリリース「訴訟提起決定」

〈公正取引委員会からの排除措置命令・課徴金納付命令に対する取消訴訟の提起について〉〈……当社は、各命令の内容を精査・確認のうえ対応を慎重に検討してまいりましたが、各命令の内容には、事実認定と法解釈において当社と公正取引委員会との間で一部に見解の相違があることから、本日開催の取締役会において、各命令に対する取消訴訟を提起することを決定しましたので、お知らせします。今後、取消訴訟において当社の考え方を説明し、公正な判断を求めてまいります。〉

この中国電力の「一部に見解の相違」について、地元紙の中国新聞も4月28日の訴訟提起決定プレスの翌日の記事で紹介をしている。

 〈中国電力は、……公正取引委員会に対し、処分の取消しを求めて—訴訟を提起すると発表した。カルテルの認定範囲が広く、見解の相違があるとし、司法の場で争う姿勢を示した。期限の10月2日までに提訴する。……会見した瀧本夏彦社長は、「独禁法への抵触を疑われてもやむを得ない面があった」と述べる一方、「各命令の内容には事実認定と法解釈で一部に見解の相違がある。司法の場で考えを説明したい」と主張した。具体的には、中国電と関電の管内で進めた事業者向けの電力販売と中国電管内の官公庁の電力入札がすべてカルテルとみなされたことを不服とした。 課徴金の算定ベースとなる売上高に、再生可能エネルギー普及のための賦課金が含まれている点も問題視した。提訴の時期については、「これから弁護士と相談し、念入りに準備をして臨みたい」として明言しなかった。〉

〇9月28日のプレスリリース「東京地裁に訴訟提起

〈公正取引委員会からの排除措置命令、課徴金納付命令に対する取消訴訟の提起について〉〈……各命令の内容には、事実認定と法解釈において当社と公正取引委員会の間で一部に見解の相違があることから、本年4月28日開催の取締役会において、各命令に対する取消訴訟を提起することを決定しました。その後、当社は訴訟代理人と各命令内容を精査のうえ主張内容を整理してまいりましたが、公正取引委員会が独占禁止法違反であると認定した各命令は承服しがたいものであることから、本日、各命令の全部の取消を求める訴訟を東京地方裁判所に提起しました。……当社といたしましては、取消訴訟の提起に関わらず、独占禁止法への抵触を疑われてもやむを得ない事案を起こしたことへの深い反省のもと、今後とも再発防止策を着実に実施し、お客さまや関係者の皆さまからの信頼回復に努めてまいります。

ところで、3月30日の公取委の処分発表前のメディアへの事前レクでは、次のようなやり取りがあった

記者:課徴金の算定根拠。例えば中部は5県すべてが対象? 長野県に行くとは考えづらいが。

公取委:長野県、考えづらいですか。むしろ取りやすいんじゃないですかねそもそもそういう考え方ではなくて、市場分割なので相手地区に行かないということ。行かないのだから全てのお客さんが対象。長野の山奥でもお客さんが関電に電話する場合がある。

「市場分割なので相手地区に行かないということ。行かないのだから全てのお客さんが対象」という論理展開と、中国電力は闘うことになる。

3.九州電力 取消訴訟提起

九州電力の取消訴訟提起は、上記2社より遅れて、7月31日に決定、9月29日に正式に提訴した。九州電力の場合、メディアの取材によれば、昨年12月のカルテルの処分に関わる意見聴取通知受領以降、取消訴訟を提起するか否かはいろいろ議論があったようだ。

一点言及しておくと、今年6月8日に株主から九州電力に現旧取締役の責任追及の提訴請求がなされた。 中部、中国もそれぞれ同様の提訴請求を受けている(中国6月8日、中部6月21日)が、取消訴訟の提起は上記のようにそれ以前に決定していた。これに対して九州の取消訴訟提起の決定は、株主代表訴訟の動きが出て以降となった。

〇7月31日のプレスリリース「取消訴訟提起決定」

〈公正取引委員会からの排除措置命令等に対する取消訴訟の提起について〉〈……当社は、今回の行政処分の事実認定等に関し、同委員会との間で見  解の相違があることから、各命令の内容や証拠について精査・確認のうえ今後の対応を慎重に検討してまいりましたが、本日開催の取締役会において、各命令に対する取消訴訟を提起することを決議いたしました。今後、取消訴訟において当社の考え方を説明し、公正な判断を求めてまいります。〉

〇9月29日のプレスリリース「東京地裁に訴訟提起

〈公正取引委員会からの排除措置命令等に対する取消訴訟を提起しました〉。上記プレスと同旨。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【目安箱/11月6日】推進と抑制が同時進行 問われる再エネの再構築


日本のエネルギー政策の目標は、岸田文雄首相が機会あるごとに繰り返す「脱炭素社会の実現」「GX(グリーントランスフォーメーション)による成長」であるはずだ。ところが、再エネ拡大を止める制度や政策が増えて、投資意欲が減っているようだ。推進と抑制が同時に行われる異様な状況を、一度立ち止まって修正した方がよい。

自治体主導で規制条例の制定が続く

「災害の発生が危惧され、誇りである景観が損なわれるような産地への大規模太陽光発電施設の設置をこれ以上望まないことをここに宣言します」。今年8月に、福島市の木幡浩市長は、「ノーモアメガソーラー宣言」を行なった。

福島市の木幡市長の会見(8月、同市HPより)

福島市には建設中を含めると20を超えるメガソーラー事業がある。「生活の安全安心を守り、ふるさとの景観を地域の宝として次世代へ守り継いでいかなければならない」と、木幡市長は会見で語った。そして山の斜面や森林でのパネル設置などを行政として取りやめさせるという。しかし規制条例は作らずに「地域共生型の再エネは推進する」としている。(福島市の宣言ページ)

地方自治研究機構の10月19日付の調査「太陽光発電設備の規制に関する条例」(リポート)によると、太陽光規制を入れた地方自治体は258になる。県では8例だ。中でも山梨県の場合は、私有地でも、森林や土砂災害警戒区域などに太陽光発電施設の新設を原則禁止する厳しい内容になっている。

自治体による再エネ課税が始まる

再エネへの課税の動きも出ている。宮城県議会では7月、森林開発を伴う再エネ発電設備の所有者に課税する全国初の条例が成立した。宮城県の村井嘉浩知事は「税収を目的としない新税、乱開発の規制が目的で、一番うまくいったら税収がゼロになる」と会見で述べた。ただし、再エネの促進区域での建設は奨励する。

青森県も検討の意向だ。青森県の宮下宗一郎知事も9月に、再エネ事業者に対する新税の検討に言及した。宮下知事は「都会の電力のために青森県の自然が搾取されている」と、敵を作る彼の政治スタイルらしく、再エネを敵視するような発言をしている。

一連の規制策は、再エネ立地地域で不信が広がっている現れだ。不適切な再エネビジネスを、住民とその意向を反映した自治体が拒絶している。太陽光発電設備について、国レベルでの環境配慮ための法律は作られていない。自治体が民意を反映して規制に動くのも当然といえよう。

投資家に聞く「もう太陽光は儲からない」

個人で太陽光を西日本に5カ所持っている人に話を聞いた。持つ設備数と投資金額は公表しないが、2015年前後の価格(1kWあたり20円超)で、利回り(投資額に対する収益)12%前後の売電収入になっている。設備は当時値段がやや高かったが国産メーカーを買い、設備の大規模な破損は少ないが、パネルではなく、インバーターなどは修理の必要が出ている。

ただ、昨年から太陽光発電の出力調整が九州で増えて、昨年度は利回りで1%以上低下した。九州電力管内で原子力発電所が稼働しているためだ。今後、四国、中国電力管内でも出力調整が行われることを警戒している。19年前後の15円前後の買取価格で収益は利回り10%、入札枠に応じる22年からのFIPでは利回り6~7%しか見込めず、「別の投資をした方がいい。他の金融商品との比較で、投資を決める」と、追加投資をやめた。個人的には再エネを過剰優遇する政策には疑問だが、利益が出るので投資をした。「再エネを増やしたいのならば、太陽光で儲けた金を再投資させる仕組みを作ればいい。それなのに太陽光の投資家に、梯子を外そうとしているかのように冷たい」と不満を述べた。

メガソーラー事業から逃げるプロ投資家

再エネビジネスをやっている元商社マンに話を聞いた。この会社は、メガソーラーを持っていたが、それを売ってしまい、今は再エネの建設コンサルティングや仲介にシフトした。メディアなどで話題になっている中国系企業にも、物件を売った。

「日本は政策がコロコロ変わるので、設備を持つのは危険だ。15年ごろ再エネ設備建設に対して市民の反発が起きる事業が出始めた。そして『出力調整問題』がやがて起き、収益が不安定になると思った。そのために売り逃げた。予想通りのことが起きている。固定価格買い取り制度そのものも、民意に右往左往する日本政府だから、国民の批判が強まればなくしてしまうかもしれない」という。洋上風力に乗り出そうとしたら、秋本事件に遭遇した。そして憤慨している。

「日本の政策は、どこに進んでいるのか、方向が分からない。落ち着いて投資もできないし、リスクも取れない。さらに、まるで失敗国家のように、金目当ての政治家が再エネ周りをウロウロしている。これではビジネスはできない。まずい形で日本の再エネは動いている」と、この人は話した。

矛盾した政策を検証すべき時

政府は脱炭素を推進するため、再エネの主力電源化を目指している。21年に決まった第6次エネルギー基本計画では、現在は20%程度の再エネの発電の比率を、30年度に36~38%へ増やす目標を掲げる。

しかし、その目標を達成するのはこのままでは難しそうだ。地方自治体での規制、ビジネスの利益での有利さが低下している。問題を解決するために、経産省・資源エネルギー庁は、洋上風力に期待を寄せたようだ。ところが、期待した洋上の浮遊式風力の商業化は足踏み。固定式も秋本真利議員の汚職事件で足踏みだ。再エネにマイナスの方向への状況変化がある。つまり政府は再エネで、エンジンとブレーキを同時にかける、奇妙な行動をしている。

再エネを巡っては関係者全員が一度立ち止まり、拡大はどのような形で行うか、民間の投資をどのように呼び込むか、どのようにみんなが豊かになるかなどを考え直す必要があるのではないだろうか。

このままでは、再エネの拡大目標が達成できないばかりか、国民の不信感の中で再エネを巡るトラブルが広がる一方だ。

【記者通信/11月5日】電力10社が上期黒字に 厳しい財務状況は変わらず


大手電力10社の2023年度上半期決算が10月31日までに出そろった。純損益は北海道510億円、東北1553億円、東京3508億円、中部3115億円、北陸511億円、関西3710億円、中国1230億円、四国487億円、九州1498億円、沖縄32億円と10社全てが黒字を確保した。燃料費調整の期ずれ差損が差益に転じたことや電気料金の値上げなどを反映した格好だ。関西、九州は原子力発電所の稼働増による燃料費減も寄与した。一方、大手都市ガス3社も黒字となった。

前年同期の収支状況を見ると、大手電力はガス・石油などエネルギー関連事業者が軒並み好業績を上げた中で四国以外の9社が赤字という「総崩れ」状態だった。燃料費の高騰や円安の加速で調達コストが上昇し、燃料費調整条項に基づく燃調価格が全電力で上限(基準価格の1.5倍)に到達。事業者が上限超過分を負担し経営を圧迫する状況に、電気事業連合会の池辺和弘会長は「このまま赤字が継続すれば、私どもの使命である電力の安定供給に支障をきたしかねない」(昨年11月18日の記者会見)と警鐘を鳴らすほどの惨状だった。その後、昨年末から年明けにかけて、北海道、東北、北陸、東京、中国、四国、沖縄の7社が経済産業大臣に規制料金値上げの認可申請を行い、今年6月、一斉に値上げを実施した。

規制料金の値上げを行わなかった3社のうち、関西と九州は原発が稼働済みという共通点がある。例えば、関西は経常収支で前年同期比5267億円の増益を記録したが、1980億円が原発利用率の上昇によるものだ。

中部は浜岡原発が稼働していないが、昨年7月に自由料金メニューの値上げをいち早く発表するなど、独自の対応を進めてきた。製造業が集中していることなどで法人向けの販売割合が高いことも、価格転嫁の余地が大きかった要因とされる。同社は期ずれ分を除いた経常損益も約980億円の増益となり、林欣吾社長は10月27日の会見で電気料金や株主還元の検討を表明した。

北陸は決算発表と同時に、連結経常収支450億円以上、連結自己資本比率20%以上(27年度末)を掲げた新たな財務目標を公表。株主還元についても前向きな姿勢を示した。3月には規制委で志賀原発の「活断層論争」に終止符が打たれ、「一つひとつ前に進んでいる」(北陸電力関係者)という現状を反映した内容だった。

国際情勢混乱で先行き不透明 自己資本の積み増しが課題

東京以外の9社は23年度通期業績予想も公表した。いずれも黒字で、北海道と沖縄を除く7社は過去最高益となる見通しだ。とはいえ、緊迫する中東情勢など燃料費が再度上昇に転じる可能性があり、燃料費の見通しは「保守的に(高めに)見積もった」(大手電力担当者)との声も聞こえる。

こうした事業変化の振れ幅に対応し安定供給を維持するためには、自己資本の積み増しが欠かせない。だが、依然として各社の自己資本比率は低いままだ。現在、安全圏とされる30%を超えるのは中部のみで、北海道・東北・中国・九州は15%以下。31日の各社会見では「楽観視できる状況ではない」(中国電力の中川賢剛社長)、「実質上の収支は依然として厳しい」(四国電力の長井啓介社長)と厳しい発言が相次いだが、大手電力の財務状況を如実に表していると言えよう。

大手ガス3社は東京1039億円、大阪245億円、東邦893億円と、いずれも前年同期を上回る黒字に。東京・東邦はガス販売量減などの影響で売上高が減少し減収増益、前年同期に米フリーポート液化基地の火災の影響で減益だった大阪は、運転再開も増益要因の一つとなった。

【記者通信/10月30日】Jモビリティショー開幕 日本の「全方位戦略」の行方は


電気自動車(EV)シフトが加速している。日本は昨年のEV+プラグインハイブリッド車(PHEV)の新車販売台数が9.5倍と前年から2倍以上となった。日産自動車の軽EV「サクラ」の販売や中国BYDの日本参入などが大きな要因だ。10月26日に東京ビッグサイトで開幕したジャパンモビリティショーでも、国内外の自動車メーカーが新型EVを相次いで披露し、さながらEV博覧会の様相だ。今後、車両と充電インフラの整備拡充によりEV化は加速するとみられるが、日本におけるEV社会の実現にはさまざまなハードルが横たわっている。

コロナ禍を経て4年ぶりに衣替え開催となった「ジャパンモビリティショー」

ジャパンモビリティショーでは、トヨタ自動車が高性能スポーツバッテリーEV「FT-Se」を、日産自動車が全固体電池の搭載で圧倒的な加速力を目指す次世代電動スーパーカー「ハイパーフォース」を初公開。ホンダとソニーグループの合弁会社は大きな全面パネルで映画などが楽しめるEV「アフィーラ」を初公開するなど、異業種との連携も目立った。スバルが出展した「空飛ぶクルマ」の実証機「エアーモビリティコンセプト」も見た目のインパクトは絶大だった。

トヨタ「FT-Se」
日産「ハイパーフォース」
スバル「エアーモビリティコンセプト」

だが現実のEV販売で先行するのは、米テスラと中国BYDだ。BYDは日本発売第1弾のミドルサイズのスポーツ用多目的車(SUV)「ATTO 3」、9月に発売したコンパクトEV「ドルフィン」、そして第3弾として投入予定のスポーツセダン「シール」などを展示。EVの中では低価格だが実際に乗ると中国メーカーにありがちな「安っぽさ」がなく、全世界で販売数を伸ばしていることに合点がいった。

世界ではHV・PHEV需要も拡大 EV製造の支援策拡充を

西村康稔経産相は20日の定例記者会見でEVの支援策について、「市場の立ち上げが重要で、EVの価格と充電インフラの整備が課題」との見方を示した。充電インフラについては18日、新たに「充電インフラ整備促進に向けた指針」を策定。30年の設置目標をこれまでの15万基から2倍に相当する30万口へと引き上げた。3月時点では約4万基の設置にとどまるが、今後急速に拡大する可能性がある。

また西村経産相は今後の政策について、「日本の自動車産業が引き続きグローバル市場をリードしていけるよう、官民一体で連携しながら取り組む」と意気込みを語った。産業競争力の面で鍵を握るとみられるのが、環境規制の厳しさだ。

欧州連合(EU)や英国が35年以降に完全電動化、CO2排出量100%削減を目指す一方で、日本の35年販売目標にはHVが含まれる。欧州勢に比べて「甘い」電動化目標に対して、モータージャーナリストからは「欧州並みの厳しい規制でメーカーが強力にEVシフトしなければ、世界市場で勝てなくなる」と手厳しい声が挙がる。一方で、「EVは価格や航続距離、充電インフラなどの問題を抱えるため、HV需要は必ず残る。メーカーに対してHV製造の選択肢を残しておくべきだ」「合成燃料やバイオ燃料などのCN燃料が実用化すれば、HVで脱炭素の可能性も残る。内燃機関技術を残すため、電動化目標にHVを盛り込んだのは正しい」と日本の全方位戦略を評価する向きも根強い。

実際に日本の戦略が功を奏す可能性もある。現在、世界的にEVの販売台数は増えているが、EV化の準備が整っていないことなどからHVやPHEVの需要も増加している。一例として、米フォードは今年のEV関連の損失が45億ドル(約6270億円)と当初に想定していた30億ドルから拡大すると予測。8月には、今後5年間でHV販売を4倍に増やす計画を公表した。米国はカリフォルニア州などが厳しい環境規制をかけるが、30年の販売目標ではEV・PHEV・燃料電池自動車(FCV)を50%とし、HV販売の余地を残す。また世界一の巨大市場である中国も、35年販売目標ではHVが50%を占める。

だが、EVの販売競争は世界で始まっており、日本勢が後れをとっていることは事実だ。「全方位戦略」をとりつつ、中国が圧倒するリチウムイオン電池のサプライチェーン多様化やモーターシステムの高効率化、小型・軽量化、全固体電池の開発など、日本メーカーが「EVでも」シェアを拡大できるような施策を急ピッチで進める必要がある。

【目安箱/10月27日】賠償を無限に払い続けるべきか 『東京電力の変節』に違和感


『東京電力の変節 最高裁・司法エリートの癒着と原発被災者攻撃』(旬報社、後藤秀典・著)という本を読んだ。普通の書評は本をほめるものだが、今回は批判的にこの本を取り上げながら、東京電力の福島第一原発事故の賠償問題を考えたい。

「賠償問題は今、どうなっているのか」。これに即答できる人は少ないだろう。原発事故から歳月が流れ、多くの人が忘れてしまっている。

福島原発事故では、個人と企業・団体の精神、財物価値、経済活動の損害に、東京電力の責任で賠償が支払われている。それは2023年10月までに10兆9188億円と巨額だ。個人には延べで約104万4000件、自主避難者などの個人には同148万3000件、法人・個人事業主には同48万件になった。

賠償金の支払いの構造は、まず国が支出し、将来に東電が返済する形だ。経産省の下に原子力損害賠償・廃炉等支援機構があり、そこから賠償金や廃炉の費用を国が東電に貸し付けている。一時的という名目で、同機構は国債で資金を調達している。東電は収入、つまり主に管内の電力利用者の支払う電力料金によって、その返済金をまかなうしかない。東電本体は国の出資を受け入れて事実上の国有になっており、国が見直さない限り、この仕組みから抜け出られない状況だ。

「東電宝くじ」、手厚い補償で被災者の生活は守られたが…

賠償の金額は人によって違うが、2014年に私が話を聞いた家族のことを記してみよう。福島県の原発近くの富岡町から、事故をきっかけにいわき市に事故直後に転居した5人家族だ。その当時、毎月一人当たり10万円、毎月50万円をもらえた。ほとんど自家消費していた、母のやっていた農業の補償、そして勤めていた工場の休業補償、避難の家の家賃、富岡町の家の修理代ももらえていた。総額は言わなかったが、数千万円の臨時収入があったそうだ。

「もらいすぎと思うが、国と東電がくれるというので、もらっている。誰も言わないが、『東電宝くじ』なんて言葉もいわき市にあり、周りの人から妬まれている。避難者はやることがなくてお金があるので、昼間からファミレスに集まっておしゃべりをしたり、パチンコをしたりしている。良いこととは思えない」と話していた。

このように、かなり手厚い補償が、この事故の被災者に出た。今では避難指示が大半の場所で解除され、補償額の支払いはゆっくりと減っている。しかし訴訟によって上乗せの賠償支払いを求める動きがある。それによって利益を得る弁護士、政治活動家が後押しする。

全てを「東電のせい」にしていいのか

この賠償金、そして上乗せの賠償を求める動きについては、立場によっていろいろな考えがあるだろう。ただし、闇雲に支出するのではなく、その必要性を精査する段階にきていると、私は思う。

賠償とは、損害を補填するために行われるものだ。原発事故直後から、この事故で漏洩した放射性物質によって、健康被害は起こらないと予想され、実際に起こったとは確認されていない。人々の恐怖や社会混乱という問題の根源は、被災者の健康被害の可能性であった。しかし健康被害がなかったのに、「損害があった」として賠償が払われるのは、おかしな話だ。社会混乱によって、多くの人が損害を被った。それは恐怖によって増幅し、デマなどで大きくなった風評によってもたらされたものだ。東電の責任だけによるものではない。

この巨額の補償は必要だったのか。放射能の影響がわかった2011年の夏の段階で帰還を促し、日常生活に戻るように生活をすれば、社会の損害はかなり少なかったはずだ。

また全てを東電の責任にするのは、正しいことなのか。福島事故前の安全審査や、その後の政策による混乱は国が原因ではなかったのか。また東電は「倒産」という選択肢もあった。それなのに、同社を延命させたのは国の判断だ。

そして、ここまで賠償金が膨らみ、国民負担が広がる前に、国が責任を持って、賠償を最小限にするように線引きをすれば良かった。それなのにしなかった。

今は賠償金の仕組みを見直す必要が出ているのだ。

「変節」批判は正しいのか

この本はその賠償について、東電の裁判戦略の変化、そしてその背後にある司法界の癒着という二つの変節を告発することを意図していると、前書きにある。

著者によると、賠償を巡る裁判で被告である東電側の弁護士が、原告側の主張を受け入れずに積極的に反論するようになっているという。

また裁判所、行政、企業の癒着を、大手法律事務所が媒介して深めているという。東電寄りの判決を下した最高裁の裁判官が、退官後に大手法律事務所に属した。またこうした法律事務所が、賠償問題に関わる政府の委員会に人を出しているという。それが、上乗せ賠償を巡る裁判で、国の責任を認めることや、増額に慎重な判決を生んでいる可能性があると、著者はいう。

巨額の賠償を抱える東電

前者は当然のことと私は思う。私がこれまで説明した、10兆円以上の東電の賠償の巨額さ、異常さを強調していない。この賠償を減らさないと、東電の経営も成り立たず、消費者が負担を受ける一方だ。

国が賠償の線引きをする行為から逃げている以上、東電がその裁判で支払いを減らす抵抗するのは仕方がないだろう。

また後者の司法界の癒着は、部外者からするとおかしさを感じることは同意する。司法の癒着への批判の視点を、部外者である私たち一般国民は当然持つべきだ。しかしそれは東電の裁判への対策のためだけではなく、他の企業や利権がらみでも、法曹の間の協力関係は起きている。

例えば一連の東電の賠償裁判にも、弁護士側がネットワークを作り、東電を攻めている構図がある。そして、一部の反原発勢力、政治勢力、メディアに応援を受けている。この種の裁判は、原告側の弁護士の利益になる。普通の裁判では裁判費用の他に、勝った場合には、賠償の2~3割を弁護士が得られる。これも一種の不透明な「癒着」であろうが、著者はその問題に触れていない。

もちろん、東電の賠償裁判では、実際に原告が困ったことがあったり、弁護士が正義感から参加したりする面があるかもしれない。しかし、どうもそうした「きれいごと」だけではなさそうだ。

賠償問題を見直すとき

東電の賠償裁判では、賠償を線引きし、司法が介入するような状況を作り出さなければよかったのだ。初動を間違え、全てを東電のせいにしたことで、今になって多くの問題が顕在化している。

この本は、岩波の月刊誌「世界」の連載を本にしたが、あまり話題になっていないようだ。東電の原発事故を巡る「東電悪い」の単純な視点に、多くの人が共感せず、またこの問題に関心がないのだろう。関心を持つ少数の人は、この解決策、賠償問題のおかしさを認識し始めているのかもしれない。

このまま賠償を減らし、東電の負担を減らす議論を始めるべきではないのか。著者の意図とは逆に、そんなことを読んで考える本だった。賠償を無限に東電が払い続ける状況を作ってはいけない。それは日本全体、そして電力事業者全員の損害になってしまう。

【目安箱/10月18日】エネ補助金延長の愚策 ばら撒きの出口見えず


政府が10月末に取りまとめる総合経済対策に、燃料油や電気、ガスといったエネルギー価格の高騰を抑制するための補助金(激変緩和措置)について来年3月までの延長が盛り込まれる見通しだ。4月以降については今後のエネルギー価格や為替の動向を見極めながら判断していくという。国民は喜んでいるが、本当に役立つ政策なのか。

トラック事業者の視察を行う、岸田文雄首相と斉藤鉄夫国交相

この政策は、メディアには評判が悪い。「やめられぬ「激変緩和」ガソリン補助延長、1週間で決着 支持率下落、与党から圧力」など、ばらまきを批判する論調だ。しかし一般人にはいたって評判が良い。私だって嬉しい。9月発表のNHKの世論調査では、この対応が適切だと思うかたずねたところ、「適切だ」が62%、「適切ではない」が22%だった。岸田内閣の支持率は各社調査で伸び悩むが、この政策だけは評価が目立つ。

終わりの見えない補助金政策の中身

ここで、エネルギー価格抑制のための補助金政策の中身を簡単に振り返ろう。昨年からエネルギー価格は上昇している。円安の進行や物価全般の上昇、昨年2月からのウクライナ戦争後の国際エネルギー市場の動揺など、さまざまな要因が重なっている。根本的な原因に手を入れないまま、日本政府は昨年1月からガソリン価格引き下げのために政府は補助金を出した。元売りに金を渡す形だ。さらに昨年度下半期から電力、ガス価格にも補助金を出した。これも大手の電力、ガス会社に補助金を出す形になった。

今年9月末までの暫定措置とされたが当面継続とし、その終わりは見えない。岸田首相は今年8月末にその意向を示し、9月25日経済対策をめぐる会見で、物価高対策の中心政策と位置付けた。

この補助金政策の目標は、ガソリン小売価格が1ℓ当たり175円程度に据え置くことだ。これは実勢価格より30円ほど安くなるとされる。ガソリン以外の灯油、重油、軽油も安くなる。また電気、ガスも補助金によって負担を抑える。モデル料金で1世帯月8200円(東京電力、260㎾時使用、3人程度、再エネ賦課金など含む)が、1000円ほど抑えられる見込みだ。

ところが、負担も応分に大きい。今年8月末までの累計の補助金総額は石油元売りへ6兆2000億円、電気・ガスで3兆円になるという。それがまた膨らむ。財源は予備費、また税収増分を当てている。これだけの巨額の税金投入は、適切なのだろうか。

インフレに補助金は悪手 経済学の常識だ

私は大学で経済学を学んだ。インフレ局面では経済は名目の上で膨らみがちだが、物価は上昇して実質的な収入が減り、一般人の生活は苦しくなることが多い。

そのために、国が行うべき定型の政策がある。成長を取るか、インフレを抑制するか、経済の状況を見て選択する。インフレを抑制する場合には、財政支出の抑制と中央銀行による金融の引き締めが必要になる。これは別に経済学を学ばなくても、常識で理解できる政策だ。

ところが、それと真逆の政策を岸田政権は行っている。つまりエネルギー価格の上昇が問題になっているのに、それに手をつけず、補助金による財政拡大をしている。状況次第では、価格上昇が一段と加速する可能性もある

またインフレ局面では中央銀行は、金利の引き上げという金融引き締め策、為替の通貨高(日本の場合円高)誘導をする。ところが日本の場合は、国の借金が国際残高約1200兆円まで膨らみすぎた。金利の引き上げは、国債市場の混乱を招きかねず、日銀は動けないようだ。そして、岸田首相は、さらに財政の負担を増やそうと、人気取りのばら撒き、ポピュリズム政策を行う。これも常識に反する。

そもそも今回のインフレは、さまざまな要因によって生じている。特に2020年ごろまでの、世界各国コロナ禍での財政出動の副作用などで、過剰流動性が各国の経済にあふれたこと、そしてエネルギー市場の動揺など複合要因で起こっている。その原因を変えることは即座には難しいが、そこを修正しなければエネルギー価格の上昇傾向は変わらないだろう。つまり、この政策はダラダラと続く可能性が高い。岸田政権は政策の目標を間違えている。

第2に、大量の補助金は、エネルギー市場の価格メカニズムを自ら壊す。価格は上昇すれば消費の抑制を生み、価格の低下を促し、また省エネルギーなどの技術革新を進めるはずだ。しかし昨年のガソリン販売量は7年ぶりに増加した。この補助金制度が販売促進効果をもたらしている。岸田政権の政策は脱炭素であったはずだ。そして日本は電力・エネルギー自由化を行なってきた。その流れにも逆行する。

第3に、エネルギー業界、特に石油業界への影響だ。価格上昇によって、昨年度の決算は石油会社、ガス会社は軒並み好調だ。この補助金はこうした企業に投じられており、税金を投じる必要性は薄い。そして業界の体質改善を遅らせてしまう。

そもそもガソリンに巨額の税金が課せられているのは、その備蓄や、道路整備に加え、税による使用抑制の意味もある。ところが大量の補助金は、ガソリンやエネルギーの使用をうながし、政策を支離滅裂にしている。

人気取りは失敗に 賢い中国にまた負けた

ちなみにこうした燃料費補助政策はどの国も採用するが、朝日新聞の前出記事では、今年7月時点ではG7諸国で継続しているのは日本と英国のみ。また中国政府は、コロナ禍の時からEVシフト政策を行い、そこに補助金を注ぎ込んだ。化石燃料への補助金は、中央政府レベルでは行わなかった。同国のEV産業はこの1~2年、急成長した。中国政府の賢明な政策が影響しているようだ。

日本の政策に問題があることは岸田首相も、政治家も、起案する経産省の人々も当然知っているだろう。経済政策の指針を出す経済財政諮問会議でも名前は非公表の民間有識者から「激変緩和対策を段階的に縮小・廃止するとともに、物価高の影響を強く受ける低所得・地域等に、重点を絞ってきめ細かく支援すべき」(7月30日議事録要旨)という正論も出ている。

ところがばら撒き政策は、野党も反対しない。政権の人気は高まる。今秋の衆院解散総選挙を探っているとされる岸田首相は、こうした人気取り政策に動いてしまった。

政府は、一時しのぎの補助金に頼るばかりでなく、電気自動車の普及や、輸送の効率化など、ガソリン消費を抑えるための取り組みを強化するべきであった。日本経済が転落し、各産業で中国や韓国に抜かれ続けた一員は、こうしたばら撒きを繰り返したためではなかったか。

エネルギー価格の補助金抑制政策で、また失敗を繰り返したことに暗い気持ちになる。

【目安箱/10月13日】上関町の反原発の実情 高齢化が消した「政治」の嵐


山口県上関町で、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設調査が始まる。中国電力と関西電力によるもので、西哲夫町長が8月18日に受け入れを表明し、町議会がそれを同日認めた。あまり伝えられない、この地域の原子力反対運動の状況を紹介してみよう。

私の見たところ、外部からの政治集団が入り込み、過激な反対運動をして、町の人が落ち着いて議論ができない状況になっていた。それが、その集団と町全体の高齢化で変わった。このまま地域の人々が、静かに対応を議論できるようになることを期待したい。

外部の政治勢力が入り込む

上関町では、中国電力が1982年から原子力発電所の建設計画を進めた。もともと上関町の住民の大半は原発の建設に賛成している。今年8月に11年ぶりに行われた町長選挙でも投票者の約8割が、原発誘致派の西・現町長に投票した。これまでの町長選挙では誘致派が勝ち、町議会も近年の定数10だが、誘致派が8議席以上を常に占めてきた。

上関原発を巡る報道で、在京のメディアは「分断」「反対派の声を聞かず」と、町内の意見が割れているかのような報道をし続ける。しかし現実は、原発誘致派が圧倒的多数を占めてきた。

そして反対運動が過激化して、状況は混乱した。この町出身であり1970年代の学生運動で、労働運動が活発になった時代に政治団体の幹部になった人がいた。この人が地元に帰ってきた後で反原発運動の中心になり、広島、東京から外部の政治団体、反核団体を引き入れた。こうした外部の政治団体は、地元から遊離し、対話をするという態度がなく、建設阻止以外の意見を認めなかった。

原子力発電所は町内の田ノ浦地区に建設が決まり、2009年から工事が始まった。ところが建設予定地の占拠をするなど、過激な活動があって工事はなかなか進まなかった。それを在京のメディアは擁護した。そして2010年ごろに上関は日本の反原発運動の象徴になってしまった。

対立は街の発展を産まなかった

もちろん原子力発電について、住民がどのような意見を持とうと自由だ。真面目に原子力発電の建設を反対する住民も一定数いて、私はその人々を批判する意図はない。私は、町外の政治勢力を批判する。

私はエネルギー業界の末席にいるが、上関町での対話活動に2010年ごろ少し関わった。中立の有識者の司会で、関係者で合意を進める会議を開こうとした。それでジャーナリストなどの人選をして提案した。ところが、ここでは反対派がそのような取り組みさえ拒否した。

そこで2011年3月に東京電力の福島第一原発事故が起きてしまった。そのまま上関の工事はほぼ止まって10年が経過した。振り上げた拳を下ろす場のなくなった外部の政治活動家は、沖縄や福島での反政府運動に行き、上関町は静かになった。

そして、この対立が町づくりにも影響してしまった。上関町の基幹産業は、漁業と観光だ。しかし原発で対立してしまい漁協、農協、町が一体となった運営ができなくなってしまったという。原子力誘致派も、それ以外の振興策のカードを示せなかった。町の人口は2427人(22年10月1日現在)だ。40年前の3分の1ほどに減り、高齢化率(65歳以上)は約58%と全国的にも高い。町はズルズルと衰退した。

高齢化という問題が混乱を収束させた

原子力を巡る状況は変わった。その一因は関係者の高齢化だ。この町で騒いでいた政治団体や、支援プロジェクトは、2014年を最後にホームページが止まってしまった。前述の地元リーダーをはじめ、高齢化前述の反対運動の中心人物は、80歳前後でほとんど政治活動に動かなくなってしまったという。支援していた過激な政治団体も、機関誌の発刊は2014年に止まり、ホームページを見てもほとんど活動していない。メンバーの高齢化が進み、活動できないのだろう。

ニュース映像に流れていたが、今年8月の上関町の町議会では「反対派」と称する高齢の人たちが、議員や町長が町議会に行こうとしているのを、暴力的に妨害しようとしていた。私のここまでの説明を読めば、この「反対派」がどのような人かは理解できるだろう。しかし、その数は減っている。

上関町の原子力問題で、反対運動が沈静化しつつあるのは良いことだが、その理由がおそらく「高齢化」なのは、日本の今の問題を表しているようで、暗い気持ちになる。

上関町のウェブサイトと地図

地元の人が静かに議論できる状況を

建設が可能となった場合には、地域住民が電力会社と協調して、地元にも、電力会社にも、日本全体にも利益を提供する施設を作ってほしいと思う。関電はこの中間貯蔵施設問題で原子力発電の活用が危ぶまれている。さらに中国電もこの施設がない。引き受ける上関町にも、経済的恩恵があるはずだ。

そのためには、地域住民と電力会社が、「反対のための反対」で困ることなく、静かに話し合いのできる場を作ってほしい。

日本の原子力問題は、このように関係ない部外者が介入して騒ぎになる事例が多数ある。どのような意見も自由だが、「暴力」による少数派の妨害、また政治イデオロギーによる妨害はやめてほしい。地元の人を中心にした利害関係者(ステークホルダー)が静かに、合理的に、合意をまとめる状況を作るべきだ。

【メディア論評/10月5日】「経産省執務室の施錠解除」を巡る報道の背景を読む〈下〉


執務室施錠措置導入の発端を紐解く

〈上〉で述べてきたような形で、経産省執務室の施錠措置がなされて6年、記者クラブの記者もエネルギー企業などの担当者も替わっていき、状況は変わらずにきた。ところで、そもそも他省庁が施錠していない中で、なぜ経産省で施錠が始まり、しかもなかなか解錠措置に至らなかったのか。

前出の毎日新聞8月17日付はこの点につき、次のように述べる。〈施錠ルールを巡っては、導入の2週間前にあった日米首脳会談に関連し、経産省が作成に関わった資料が政府内の調整を前に一部メディアで報道され問題となったため、こうした経緯がルール導入の背景にあったとの見方があり、国民の知る権利と情報管理の在り方を巡り問題になっていた。〉

これについて、筆者の見聞を述べたい。

2017年1月20日、トランプ米国大統領が誕生した。2月10日からの日米首脳会談を控えた2月初め、同会談で提案する経済協力の一つとして、米国のインフラ開発に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の投資資金を活用する方向で調整されている、との報道が出た。

◎日経新聞2月2日付〈公的年金、米インフラに投資、首脳会談で提案へ - 政府、雇用創出へ包括策」

政府が10日にワシントンで開く日米首脳会談で提案する経済協力の原案が明らかになった。 GPIFが米国のインフラ事業に投資することなどを通じ、米国で数十万人の雇用創出につなげる。……インフラ分野では、米国企業などがインフラ整備の資金調達のために発行する債券をGPIFが購入することが柱だ。 GPIFは130兆円規模の資金運用のうち5%まで海外インフラに投資可能。現時点で数百億円にとどまっており、拡大の余地が大きい。〉

この報道については、衆議院予算委員会の質疑で取り上げられた。安倍晋三首相(当時)は、政府から独立して純粋に投資効果を追求するのが原則のGPIFの資金活用について、「考えていない。GPIFは独立して運用している。私がこれをやるな、これをやれ、と言うことはできない」と否定した。この「GPIFの活用」という話が、後述のように趣旨と異なる形でリークされたことについて、政権中枢幹部が激怒したと伝わり、誰がメディアにリークしたのかというのが霞が関界隈では話題となった。上記の政権中枢幹部に近く、当時、自民党内でトランプ政権対策を担っていたある議員は、下記のように述懐する。

「トランプ大統領誕生を受けて、日米の首脳会談等に備えて、自分は政権中枢幹部に次のようなアイデアを提案した。日米両国は公共インフラの老朽化などにより、インフラ投資が必要な時代 となっているが、双方ともそれを公共投資で賄うことは困難であり、民間資金を活用する必要がある。幸い日本でも生保等に長期で運用できる資金が余っている。日米相互に、日本側のマネーが米国のインフラ投資に、米国側のマネーが日本のインフラ投資に活用できるような制度的なプラットフォームを作ってはどうか。   このスキームが成り立つようにすれば、日本では、生保等も、また結果としてGPIFなどもこの枠組みを使って米国へのインフラ投資ができる、という案であった。これに対してその政権中枢幹部も『いいではないか。検討を進めるべし』と言ってくれた。本来は筋のいいテーマとして、今後の日米の経済対話の折、ネタがなくなった時のカードとして使おうとしていた」

「ところが構想をよく理解できない人たちが、GPIFの活用という形に矮小化し、一方でその活用ボリューム感を膨らませてリークした。日経にリークした内容は独り歩きし、国会の質疑にまで取り上げられた。その政権中枢幹部は、“最悪の出方をしたな”とかなり怒っていた。その後、このリークの主として、当時のある経産省幹部に罪がなすりつけられた。(発言ママ)また、経産省では世耕大臣が、記者会見ではGPIF問題との関係性は否定したが、情報管理の徹底のため”執務室の施錠を実施した」

このリークの主とされた経産省幹部は、今も現役の別の幹部によれば、 「あの人は、“守秘義務の権化”のような人」と言われた人物であった。筆者は当時、上記の政権中枢幹部に近い議員が、リークの主とされた経産省幹部と同席した場で、「自分は経緯を理解している」旨の態度を示したことを覚えている。

このようにして実施に至ったとされる施錠問題について、記者クラブは「情報管理への留意の必要性を認めつつ、国民の知る権利を確保することとのバランスへの配慮を求める」という経緯から考えると、ある意味空しい要請を幾度もすることとなった。

毎日新聞の報道後に解錠は進んだのか

それでは、毎日新聞の報道のように解錠は進んだか。毎日新聞の報道後、全国紙はベタ記事あるいは掲載せずという状況であったが、経産省内にも記者が常駐する業界紙の電気新聞が記事を掲載、その後の状況にも触れている。

◎電気新聞8月18日付〈経産省、執務室解錠へ〉〈ただし現実は「閉」多く〉

〈……施錠の有無は各部局、各課に委ねており、電力・ガス取引監視等委員会事務局の場合は個別の企業情報を扱うため施錠を続けている。資源エネルギー庁も8月17日時点ではほとんどのドアが施錠されている。……執務室の施錠は、17年2月に当時の世耕弘成経産相が企業情報や通商交渉に関する機微な情報を扱っていることを理由に始めた。当時、産業界から「官民の関係が希薄化する」などの意見が出ていたが、ルールは変わらずにいた。ルール変更により、中小企業庁や商務・サービスグループなど、一部の部局では施錠は解除された。一方で、経産省別館のエネ庁が入るフロアを歩くと、ドアが施錠された状態はいまだ続いている。今後の施錠についても各部局、各課の判断となるが、経産省広報室は、「ドアの開け閉めに関わらず、外部とのコミュニケーションは引き続き取っていく」としている〉

なお、電気新聞では、同日の紙面で、上記記事が掲載されているその下に「デスク手帳」という常設のコーナーを配置し、その中で〈国会待機の時間にはよく相手をしてもらえた。霞が関随一、オープンな官庁の復活を切に望む〉と懐古している。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【メディア論評/10月4日】「経産省執務室の施錠解除」を巡る報道の背景を読む〈上〉


毎日新聞8月17日付は、〈経産省、執務室施錠解除〉〈5年ぶり 機密扱う一部除き〉との見出しで、経産省が機密を扱う一部を除き執務室の施錠を5年ぶりに解除したと報じた。この件の概要を見るため、少し長くなるが引用する。

◎毎日新聞8月17日付

〈情報管理を理由に、2017年から、庁舎内のすべての執務室を施錠する措置を取ってきた経済産業省が8月10日から、機密性の高い情報をやり取りする一部の部署を除き、施錠の解除を認めていたことが明らかになった。同省は「常時施錠しなくても従来通りの情報セキュリティーが維持できる部署については施錠しなくてもよいルールに改めた」と説明している。他省庁は機密情報を扱う部署のみ施錠しているが、経産省は全執務室を施錠していた。〉

〈経産省の施錠ルールは、自民党の世耕弘成参院幹事長が経産相だった2017年2月に導入された。原則として庁舎内の全執務室が電子施錠され、来訪者や記者は廊下やエレベーターホールにある内線電話で職員に連絡し、解錠を依頼する。取材も事前連絡したうえで、執務室ではない別室で行うことが基本となっていた。〉

〈施錠ルールの見直しについて同省は、資料のペーパーレス化が進んだり、執務室の改装などで職員の固定席がないフリーアドレス化が導入されたりして情報管理の仕方が変わったことから、全執務室を常時施錠する必要性があるのかを省内で検討。その結果、常時施錠しなくても従来通りのセキュリティーが維持できる部署については、施錠しなくてもよいルールに改めたという。……新聞社や通信社、テレビ局でつくる経済産業記者会は“情報公開の  流れに逆行する懸念がある”などとし、同省に全室施錠の撤回を求めた申し入れを複数回行ったものの、対応は変わらなかった。〉

記事中では、経産省を取材する際、日頃どのように動くかも説明されている。施錠措置に対するのは、〈来訪者や記者〉とあるように、メディアだけでなく、訪問する民間の企業も同様である。余談だが、地方の大手エネルギー各社は、許認可事項の説明などの関係もあって、東京事務所を置いている。かつては、そこの勤務者はいわゆる“廊下トンビ”をして経産省の関係部署とコミュニケーションを取ろうとしていた。施錠措置がなされて以来、東京事務所の幹部は、秘書が付いていて入り口が解放されている幹部の所を回り、若手はアポを取って事務説明を行うといった行動パターンにシフトしているようだ。

施錠措置に関する記者クラブと経産省のやり取り

もちろん、官庁においても、防衛や経済安保など、近年の社会経済環境の中で情報管理が厳しく求められるようになっているという事情はある。企業においても、情報管理の度合いは進んでおり、執務場所への外部の人間のアクセスはかなり厳重に管理されている。メディアにおいても編集局などの状況は同様といえよう。

そういう中で、記者クラブは、〈通商・安全保障や企業機密など多岐にわたる機微な情報が漏れることによって国民や企業の利益が損なわれる可能性に留意する必要性を認めつつ、国民の知る権利を確保することとのバランスへの配慮を求めてきた。〉 (下記の「記者クラブの施錠撤回の申し入れ書」参照)

しかし、毎日新聞の上記記事が書くように、〈経済産業記者会は、……同省に全室施錠の撤回を求めた申し入れを複数回行ったものの、対応は変わらなかった〉という経緯がある。

例えば19年12月、(世耕大臣から菅原一秀大臣を経て)梶山弘志大臣就任の際に、記者クラブは施錠措置の撤回を求める申し入れ書を提出した。その表題にあるように、申し入れた内容には、「施錠措置の撤回」だけでなく、「取材対応改善」も含まれていた。

◎経済産業記者会「庁舎管理強化に伴う施錠措置の撤回 及び 取材対応改善の申し入れ」(19年12月13日)

〈世耕弘成元経済産業大臣在任時の17年2月27日に始まった庁舎管理の強化について、経済産業記者会からはこれまでに4回、執務室の施錠措置の撤回を求める申し入れを行い、現在まで聞き入れていただいておりません。所属各社記者による取材への支障は大変大きいと実感しており、大臣交代に合わせ、改めて下記の通り申し入れをいたします〉

〈2017年に始まった執務室のセキュリティー強化について、世耕元経済産業大臣はその目的について繰り返し、“適切な情報管理が行政の信頼性を高める”との見解を示されてきました。経済産業省は通商・安全保障や企業機密など多岐にわたる機微な情報を持ち、情報漏れによって国民や企業の利益が損なわれる可能性はあります。経済産業記者会はこれまで、こうした点への留意の必要性を認めつつ、国民の知る権利を確保することとのバランスへの配慮を求めてきました。……現状の施錠措置について、記者会所属各社からは「施錠措置によって取材に支障が生じている」「施錠措置導入後、経産省側が示した『コミュニケーションが後退することがないようにする』という方針は十分に実施されていない」との意見が出ています。記者会としては、①執務室の施錠措置を撤回すること、②施錠措置が部分的にでも続くのであれば、電話・メールを含む取材対応を早急に改善することを求めます。〉

記者クラブは、この申し入れの際、会員各社にアンケートを行い、どういう「支障」が出ているかを列記したものを別紙として添付している。そこに出てくる記者が感じる“支障”とは、経産省側が示した「コミュニケーションが後退することがないようにする」という方針とは相いれないものであった。

◎「ヒアリングで出た記者会メンバーの意見(抜粋)」 ←申し入れ書に添付

〈※施錠により担当者に円滑に取材ができなくなっている。居留守と思われる事案が頻発している。また、担当者が不在と言われたまま、その後、折り返し電話を得られないことが多々ある。経産省は「コミュニケーションが後退することがないようにする」としていたが、それが十分に行われていないと感じている。施錠を続けるならば、取材機会を確実にする努力をしていただきたい〉

〈※担当課長に取材のアポを入れようとしても、「不在」「いつ戻るかわか  らない」という回答しか帰ってこない。こちらの意向を伝えて折り返しの連絡を依頼しても、その後一切連絡が無い。この調子で、挨拶すらできていない担当課長、補佐がたくさんいる。特に電力・ガス事業部で顕著で、なかでも原子力関連部署はほとんどがこうした対応である〉

〈※急ぎの確認が必要な案件でも、「取材への回答は課長に集約している」としか答えず、事実関係の確認すらとれない。その課長がいつ帰ってくるかも答えず、結局確認がとれないことがある〉

〈※経産省にとって都合の良い時だけ話をするという、取材内容による選別が行われている気がする日々の雑談など、現場の職員と相互に信頼関係を作るためのやり取りが不可能になる。〉

ちなみみにこの頃、経産省の今も現役のある幹部は、筆者に「若い課長補佐クラスの中には、施錠されていると仕事がはかどっていい、と言う連中も出てきている」と述べていた。なお、上記の申し入れ書を提出した後日、大臣記者会見でのやり取りは下記のようなものであった。

◎梶山経産相(当時)の閣議後記者会見(19年12月17日)

【記者】世耕元大臣在任時の17年2月に始まった庁内管理の強化について、経済産業記者会は12月13日、執務室の施錠措置の撤回を求める通算5回目の申し入れを行いました。経産省は17年の施錠措置の導入後、コミュニケーションが後退することはないようにすると説明をしていました。しかし、今回の申し入れ書にも明記されておりますが、報道各社からは、頻繁に居留守が使われる、経産省にとって都合のよいときだけ話をする、取材内容により取材を受けるかどうかの選別が行われているなど、コミュニケーションが後退していることを指摘する意見が出ています。 経産省の報道対応が悪化しているという指摘が多くあることについて、ご所見をお伺いします。

【経産相】経済産業省では、企業などからの訪問者も非常に多いんですね。ですから、機微な情報を扱うことから、17年2月に庁舎のセキュリティーを強化したと承知しております。施錠の結果、取材対応を含む外部とのコミュニケーションは後退することがあってはならないと考えております。これまでも取材対応については、取材申し込みに丁寧に対応し、政策の背景や狙いなど、適切な説明を心がけているところであります。ただ今回、この申し入れをいただきました。申し入れに書いてあることもよく読ませていただきましたけれども、皆様からの、その対応は不十分ではないかという内容もあります。

改めて私から事務次官に取材対応を含め、丁寧に外部とのコミュニケーションを行うように指示をして、次官からそれぞれの部局にしっかりともう一度促すようにという対応をさせていただいたということであります。できる限り皆さんの申し入れに応えられるような取材体制をとるということをもう一度心がけてまいりますので、ぜひそれを見ていただければと思います。

以下、〈下〉に続く。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【論考/9月28日】サウジ石油戦略の深層(下)「単独主義」が招く危険性


国際石油貿易ルートに歪み 西側は合理的な石油政策欠く

第3に、国際石油貿易ルートに歪みが生じ、それがアジア新興圏で集中的に現れている。

ロシアのウクライナ侵略が国際エネルギー供給上にもたらした最大の変化は、それまで一体的な地域市場を形成していたロシアと欧州の分離である。21年にはロシア石油輸出の45%がEUに向かっていたのが、今年第2四半期はわずか6%に止まる。日量300万バレル弱の激減だが、その代替として、インドおよび中国向け輸出量がほぼ同量増加し、特にインド向けの伸びが際立つ。インドのロシア原油輸入は2021年に日量10万バレル弱であったのが、今年第2四半期には日量約200万バレルと激増している。

確かに、ロシアから欧州への石油供給が双方から遮断されるのは、両者の深刻な敵対関係からして不可避。その結果として欧州・西側が非ロシア世界からの石油輸入を増し、これによって押し出されたインド、中国他の需要が、供給側で同様に押し出されたロシア石油に向かうことも、当然の帰結。またロシア石油供給には、ウクライナ侵略戦争に伴う広範な不確実性が伴うから、インド、中国ほかの買手が、そのリスクに見合う割引価格を求めるのも、理に叶う。

むしろ問題は、西側が一方的に課す上限価格(原油はバレル当たり60ドル)によって、その割引幅が極端に大きくなり、ロシア産石油を他の追随を許さぬ安値とし得ることだ。ロシア産ウラル原油は、21年には北海ブレント原油価格に対してバレル当たり約2ドルの割引で販売されていた。しかし上限が課せられた後は、ブレント原油が80ドルになれば、この割引幅はその10倍の20ドルに広がる。

実際、今年第2四半期にロシア産はインド原油輸入総量の4割を占め、その単価はサウジ産に比してバレル当たり20ドル弱も安かった。一方、サウジ産の数量は前年並みにとどまり、占有率が昨年4月の19%から今年6月には13%へと低落した。

以上、要約すれば、サウジは自国が国際石油市場に与える影響力に関し、自信を強めている。一方で、西側が合理的な石油政策を欠き、国際石油秩序維持の責任を負うとしない身勝手さに、おそらくは不満を募らせている。さらには、アラビア海を隔てた隣国であり、最重要市場の一つであるインドにロシア産原油が異常な廉価で流入し、サウジ産を締め出す現状は長く座視できない。インド市場ではイラク、アラブ首長国連邦等、他の中東湾岸産油国とも競合関係にある。

サウジが単独追加減産を行いつつ、ロシアに石油輸出抑制を求めるのは、この自信と苛立ちの表明と捉えてよかろう。ロシアとは「連携」しているのでなく、むしろロシアを牽制して、中東産油国の「縄張り」であるインド、中国等アジア成長市場へのこれ以上の浸透を許さぬ構え、と見るべきだろう。そして次回11月のOPECプラス閣僚級会議に向けて、実効的な生産抑制の負担が自国のみに掛からず、特に「グループA」内で均等化するよう、サウジは強い姿勢で臨んでくるだろう。

サウジ「単独主義」の陥穽 供給途絶の危険性高まる

国際原油価格は、サウジアラビアの単独追加原産と期を一にして今年7月以降上昇局面に転じ、9月にはブレント原油もバレル当たり90ドル台に乗った。また、同国の追加減産の年内継続はそれ自体で世界的な石油供給逼迫を招くほどの規模ではない。サウジの単独行動は功を奏したかに見える。

しかしサウジが単独主義への傾斜を強めるほどに、産油国集団としてのOPECプラスは凝集力を弱めるだろう。既に「グループB」各国の生産枠は形骸化し、「グループA」内でもサウジに対する比率としての生産枠の割当基準が不明瞭となる。ロシアに至っては追加削減対象を生産量から輸出量へと変え、かつその基準も対象(原油のみか、石油製品も含むのか)も曖昧である。OPECプラスを忍耐強く束ねる指導力を、サウジは保ち続けるだろうか。

サウジは、通常は市場志向の現実的な姿勢を保つが、これが時に政府首脳部による衝動的・硬直的な方針に置き換わることがある。14年11月のOPEC総会を減産見送りに追い込み、これを引き金とした原油価格の暴落・低迷にかかわらず、以後2年にわたり自国原油生産量を日量1000万バレル超の記録的高水準に据え置いたのは、その一例である。また20年4月、移動制限の広がりで世界石油需要が激減する中で、減産に応じぬロシアを不満として、日量1200万バレルの原油生産能力を全稼働させてしまい、結果として米国WTI原油価格をマイナス38ドルという異常値にまで下落させたのも、類似の事例だ。

ウクライナ危機の続く現在、サウジが市場と対話する本来の姿勢を忘れることがあれば、国際石油秩序は大きな支柱を失う。事実、ロシアは9月21日以降、軽油・ガソリン輸出を一時停止しているが、数量の大きさから見て、これは既定の石油輸出削減の一環ではなく、長引く戦争の影響で、ロシア国内向け供給が制約されている兆候と解すべきだろう。またリビアは国家分裂状態の中で甚大な洪水被害に見舞われ、同国の石油生産・輸出能力に対する懸念も再燃している。

本格的な石油供給途絶の危険性は、高まっている。従って、西側とサウジが、国際石油秩序維持を共通目的として協働する必要性も高まっている。日本を含む西側が石油政策を現実的に立て直しつつ、サウジの生産行動が機動性を保つよう働きかけることが重要である。サウジが過度に単独減産に拘泥し、これがロシアと共謀して石油価格を吊り上げる行為と誤認され、西側諸国とサウジとの協働が困難になるような事態は、避けねばならない。

小山正篤 石油市場アナリスト

【論考/9月27日】サウジ石油戦略の深層 (上)ウクライナ危機で強まった主導権


前稿(7月13日・論考「サウジアラビア悪玉論の的外れ」)で論じたとおり、昨年11月および今年5月のOPECプラス原油減産は、基本的に市場志向的な動きであり、昨年の供給過剰を解消して世界需給の均衡回復を図るものと理解できる。いわば動くストライクゾーン目掛けて球を投げ込むようなもので、昨年11月に「ど真ん中」と思って投げ込んでみたら、(世界需要増の減速で)ストライクゾーンが下がりそうなので、今年5月には低めの球でストライクを取りに来た。

ところが予想を裏切って、原油先物・スポット市場の反応は鈍かった。5、6月と続けてブレント原油価格はバレル当たり約75ドルと、昨年来で最低水準を記録。低めのストライクのはずが、高めのボールと判定されたようなものだ。

これに反発するように、サウジラビアは7月以降、単独で追加減産(日量約100万バレル)を始めた。他のOPECプラス参加国(特に前稿で「グループA」とした中核集団)が同調しなかったのは、やがて生産調整が価格に反映されると見たからだろう。サウジアラビア石油相による「投機家」に対する攻撃的な発言も伝えられ、この単独減産に関しては短兵急に自力を頼む衝動性が感じられる。

なぜサウジの主導権が強まったのか

ところで、サウジにとって、ロシアの対ウクライナ侵略戦争開始後の国際石油情勢は、何を意味しているだろうか。

まず第1に、産油国・サウジの主導権が強まった。

日量1000万バレル以上の原油生産能力を有するのは、世界にサウジ、米国、ロシアしかない。この「ビッグ3」のうち、(IEAによる9月時点の見通しによれば)米国の原油増産量は22~23年平均で日量70万バレル弱と決して小さくないが、来年はこの半分程度に減速と目されており、もはや生産量を倍増以上させた10年代当時の勢いはない。そして今、有事のロシアに生産能力増強の見通しは立たない。

OPECがロシアを筆頭とする非OPEC・10ヵ国を巻き込み、OPECプラスとして原油生産調整を開始したのは2017年初頭だが、これは油価低迷期の当時、OPEC・非OPEC参加国双方に、互いの生産量を縛る誘因が強く働いたためだ。平たく言えば、OPECプラスは競合する産油諸国が互いの生産抑制を図る「足の引っ張り合い」の集団である。ロシアがウクライナ侵略の暴挙に出て自ら招いた生産制約は、サウジの立場を強めた。

産油国間競争から脱落したのはロシアばかりではない。前稿で、OPECプラスのうち生産量が目標量に及ばない11ヵ国をまとめて「グループB」としたが、これも脱落組である。

OPECプラスは20年5月に、コロナ禍による未曽有の需要収縮に対応して日量約1000万バレルの大減産を行ったが、その際に基準としたのが18年10月時点の生産実績(日量4400万バレル弱)だった。21年7月までに日量3800万バレルへと回復させた後、OPECプラスは生産枠を毎月、日量約40万バレルずつ引き上げていき、遂に22年8月の目標量を当初の基準量にまで戻した。しかし投資不足に苦しむグループBの実生産量は基準量(すなわち約4年前の実績)に遠く届かず、これら産油諸国の落伍は明白となった。

さらに、イランの石油輸出は米国の課す経済制裁下に長く低迷し、「失敗国家」化したベネズエラにも顕著な増産の見通しは立たない。一国また一国と、他の有力産油国が生産停滞に陥る中、サウジアラビアの影響力が強まる。ちなみみに「グループA」の原油生産量の4割以上を同国が占めている。

混乱する西側の対応 結果的にサウジを利する

第2に、協調すべき西側の石油政策が、独善的で混乱している。

サウジにとっては、原油価格の暴落も暴騰も、共に望ましくない。石油危機の事態は各消費国を脱石油に走らせ、不可逆的な需要の喪失を招くからである。ロシアをOPECプラスにとどめ、意思疎通を図る意義は、そこにもある。実際、サウジは昨年を通じて常に日量100万バレルを超える原油生産余力を堅持したが、これは国際石油市場の暴走を防ぐ上で適切な措置だった。しかし国際石油秩序の維持はサウジ単独で担い得るものではなく、特にこれまで共同の担い手であった米国をはじめ西側の同調が必要である。

しかし西側の対応は一貫性を欠き、混乱していた。実体的な石油供給途絶がないにもかかわらず、昨年に西側は米国主導下に国家石油備蓄を大量(日量約100万バレル)放出し、石油価格抑制をその目的として公然と掲げた。いわば防火水槽に貯めた水を、火事も起こらぬうちに勝手に転用して放出したようなもので、明らかに規範に反していた。さらに非ロシア世界全体が致命的にロシア産石油輸入に依存する中で、西側は自らの輸入源をロシア外(北・中南米、中東、アフリカなど)に振り替えておきながら、ロシア石油の海上輸送保険には制裁を課して他国の石油確保を脅かした。妥協策としてロシア石油海上輸出価格に上限を設定したが、制裁回避のための「影の船団」がぞく生して石油輸送を不必要な危険にさらした。

西側には「脱石油」政策はあっても有効な石油政策がない。5月のG7広島サミット首脳コミュニケに「石油」という単語が一度も使われなかったことは、これを象徴している。この石油政策の不在の中で、西側が次々に打ち出す方策(目的外の大量備蓄放出、対ロシア海上石油輸送制裁と上限価格、および日本の巨額の国内石油価格補助)は、いずれも石油供給逼迫時における対応能力を削ぐものばかりだ。

この西側の思考の混乱振りは、国際石油秩序維持を図る上で、事実上サウジへの依存を深めたことを意味する。ここでも同国の主導権が増した。

小山正篤 石油市場アナリスト