【論考/2月1日】建築物省エネ法が脱炭素の次の妨害者か!?


日本の省エネルギー、ひいては脱炭素に大きな役割を果たしてきたのが省エネ法(経済産業省資源エネルギー庁所管)/建築物省エネ法(国土交通省住宅局所管)という対になった法律がある。このうち省エネ法は2022年に石油危機以降の燃料消費中心の規制ルール(いわゆるキロリットル主義)から脱炭素に寄り添う形でリフォームされたのは知られたところである。何しろ法律の名前自体に「非化石エネルギーの活用」という概念が加わって変わったのである。

昨年の省エネ法改正は画期的だった

これによって「再エネが系統電力のエネルギー原単位として反映されていないことから、再エネ電源により低炭素化が進んだ電気の使用が進まず脱炭素を妨害しているのではないか」という批判には耐えるようになり、むしろ大胆な改正によって再エネ導入を後ろ押しし、かつ系統電力から再エネを引き込む「上げDR」も呼び込める法律へと画期的に変わったと評価できるものであり、すでにエネ庁分散型電力システム検討会で需給に貢献する「下げDR・上げDR」の省エネ法上の評価を具体設計しているのも特筆に値する。

それとともに、省エネ法運用上の長年の焦点だったいわゆる神学論争(建物新設時の選択によってエネルギー効率はどう変わるか、についての結論の出ない論争)も、電気利用の中の再エネウェイトが常態的に上がり、火力発電の閉鎖が中長期にわたって続くことを反映して火力平均の原単位から全電源原単位に改定された。火力平均の数値自体も低効率の石炭・石油の閉鎖や高効率機シフトが反映されていない状態が解消され、需要サイドの脱炭素化に貢献する電気利用の高い効率機器の評価がようやく正常化された改定であった。

需要サイドの電気利用機器は、高効率化以外に、再エネ大量導入時代に不可欠な需要サイドフレキシビリティの拡充に貢献できる唯一のエネルギー利用機器という面があり、その導入遅れはロックイン効果(一度建物に入った機器は炭素税などの環境変化の影響を受けず、長い期間変更されないこと)を生む。省エネ法改正は、それに歯止めをかけたといえる。

建築物省エネ法は2025年まで原単位改定を反映せず

このように前向きな改正がプレーヤーの動きに反映されつつある省エネ法に対して、対となる法律である建築物省エネ法も合わせて改正された。一番大きな変更点は断熱基準をはじめとする省エネ対策の強化であり、2021年の内閣府タスクフォースでの激しいやり取りから改正に至ったのは記憶に新しいところだ。全ての建築物について省エネ基準への適合義務を課す、というこの内容は、建物の3割を占める木造建築物の省エネ性能向上に大きく貢献することが期待される。「断熱は最大の暖房機器」と言われるゆえんである。

その一方で、建築物省エネ法上での一次エネルギー換算係数については、省エネ法との整合を基本とするはずのこの法律で、全電源平均への改定が25年まで棚上げされた、というより永遠に放置のおそれさえある。内部事情を察するに、①関連業界の協力が不可欠な省エネ基準適合義務化の円滑な導入を最優先するため、②またエネルギー機器まで巻き込んで業界構造が変わりかねない原単位問題まで関わってはいられないという当局の事情、③さらには脱炭素への協調で大胆すぎる経産省だけに付き合っていられないという気持ち――もわからなくもない。

しかしながら、この改定の遅れ、しかも25年まで棚上げというのは25年まで建築物省エネ法が脱炭素貢献のある機器・システム転換を妨害し、ロックイン効果を助けていく、と言っているのに等しい。これでは省エネ法と対にはなっていない。25年という固定化によって、技術や情勢変化に対して硬直的であることもさらなるイノベーションを阻害する効果を持つかもしれない。

脱炭素の鍵は一つ一つの建築物にあり 

目下のエネルギー危機は、日本中の一つ一つの家屋、企業の建物に「エネルギーコストにどう向き合い、どう投資してどう戦うか」を考えさせる機会となっている。節約もDRも方法の一つだが、断熱や太陽光・蓄電池によるプロシューマ化の方がはるかに大きな投資効果を持つ。

電気機器やガス・石油機器に関わる多くの産業は国民の前向きなアクションを助ける産業でなければならず、建築業界ももちろん同様だ。省エネ法と建築物省エネ法は国民のアクションを引き出すために不可欠なルールインフラを提供するものであり、その改正は確実に浸透させて、いわば日本の脱炭素化の基礎付け(マクロ・ファウンデーション)を形作らなければならない。

その「国民のために」という基礎に立って、業界調整をはじめ多くのハードルを乗り越えてこそ、脱炭素に貢献するエネルギー機器・建築産業、政策当局であり続けることができるのではないだろうか。

西村 陽  大阪大学招聘教授

【目安箱/2月1日】脚光浴びる九州の電気料金 製造業に魅力的な地域へ


九州というと、どのようなイメージがあるだろうか。

五つの県ごとに県民性も特徴的も違うが、東京に長く暮らす筆者には、「豪快さ」「先見性」「外国に開かれた」「開明さ」の印象がある。そして、今のビジネスパーソン各所で「九州の電気が安い」という点を話題にしている。その特徴によって、現実の経済が動き始めている。

◆原子力活用し料金を据え置き

正確にいうと、九州電力の電気が安くなったのではなく。他の電力会社が値上げをする中で、九州電力が据え置いていることで、相対的な割安感が出ている。これが長期化しそうだ。この数カ月、九州、中部、関西を除く大手電力7社が値上げ申請に踏み切った。その結果、2023年度は九州の電気料金が家庭・業務向けでも、産業向けでも最も安くなる見込みだ。

九州電力は産業用電力(高圧)の料金を1㎾時当たり10~12円にしている。現時点でのそれは関電で14~15円、東電で15~16円だ。東電は値上げによって20円近くになる見込みだ。九州電の産業向け料金が東京や他地域の6割程度になれば、製造業にとって九州は魅力的な立地場所になる。この差は、原子力発電の活用の違いによるものだ。

電力各社は、ウクライナ戦争後の化石燃料価格の高止まり、原子力発電所の稼働の遅れ、円安などを背景に決算が軒並み悪化した。大手電力会社は支出の4~5割を、火力発電の燃料費が占めるという他産業にない企業構造となっている。急激な化石燃料の値上がりは、経営努力でなかなかカバーできない。九州も22年度の収益は黒字を保つものの、減益見通しの厳しい状況だ。それでも原発の稼働が通常に戻る見通しであることから値上げには動かなかった。

◆いち早く原発をフル稼働、価格に影響

九州電は現状で四つの稼働可能原発を持つ。玄海原発3号機(118万kW)が2022年12月に発電を再開した。川内原発1、2号機(各89万kW)は運転しており、玄海4号機(118万kW)も今年2月には稼働を始める見通しだ。玄海1、2号機は廃炉にしたため同社は原発4基体制だが、それらが活用される。

稼働中の九州電力川内原発(鹿児島県)

東京電力の福島第一原発事故の後に、原子力規制体制の見直しと過剰規制、審査体制の混乱で、原子力発電の稼働が遅れた。九州電力は、行政に抵抗せず、言うとおりにして早期再稼働を進めた。規制当局の政策がおかしかったので、九州電力の対応は変だと当時の私は思った。しかし経営は結果が全てだ。今の稼働の状況を見ると、九州電力の対応は正しかったと言える。一方で反原発派の妨害に対して、同社も立地自治体も右往左往せず、粛々と再稼働の手続きを進めた。この結果は、電気料金に効いてくる。

九州での電力の安さが半導体工場建設の一因

熊本県では半導体生産の世界最大手TSMC(台湾積体電路製造)の工場建設が進む。同社は日本国内で熊本県内を候補に、もう一つの工場の建設を検討している。またソニーも同県内に昨年6月に半導体の新工場を建設し、もう一つの建設を同県内で検討している。半導体が世界中で不足しているが、この経済環境で再び日本が生産拠点として注目されている。

半導体は安定・廉価な電力供給を必要とする。熊本は豊富できれいな地下水があり、県などとの協力、九州大と熊本大などの地元大学と半導体産業が協力して工学系の人材を供給するなどの取り組みを重ね、1970年代から半導体工場が集積していた。そうした背景が半導体工場新設の背景にある。蒲島郁夫知事は1月に台湾のTSMCを訪問し、トップセールスで第二工場建設の検討を依頼し、県のできる協力を行うことを申し入れている。

しかし、それに加えて両社の決定には、安定的に供給され、安い、九州電力の電気が一因となっただろう。

ある家電事業を縮小し、海外生産を増やしているメーカーの幹部に昨年末に取材した。関西と関東に工場があるものの「電力の値段が高いため、関東の工場に海外から生産を戻せない」と話していた。

◆九州人は利益をたっぷり出し、モデルケースを作ってほしい

原子力・エネルギー政策に関しては、福島原発事故の後で、感情的な反発が渦巻いて、政争の道具にもなってしまった。先ほど述べたように、九州人の開明性が、この問題に冷静な対応をもたらしたのかもしれない。他電力の原子力発電の稼働が遅れがちなために、この九州電力の料金の相対的な安さは、10年単位の長期にわたって続きそうだ。

他地域の企業やビジネスパーソンにはうらやましい状況だが、九州の人々は、この電力の利点を大いに活用して日本経済を引っ張ってほしい。そして電力を巡る冷静な議論を促す成功例を作ることを期待したい。

【記者通信/1月24日】東電が規制料金29.31%値上げへ 鍵握る柏崎10月再稼働


東京電力ホールディングス(HD)と東電エナジーパートナー(EP)は1月23日、低圧向け経過措置料金(規制料金)について、平均29.31%の値上げを経済産業省に申請したと発表した。6月からの実施を目指す。低圧自由料金についても、規制料金と同額になるよう平均5.28%の値上げを行う。値上げ対象は約1000万件とみられ、値上げ申請は東日本大震災後の2012年以来11年ぶりとなる。

1月23日の会見で規制料金の値上げを表明した東電HDの小早川社長

同日に行われた記者会見で東電HDの小早川智明社長は、燃料価格・市場価格高騰に伴う電源調達費用の増加を値上げの理由に挙げた。東電EPの規制料金は燃料費調整単価の上限張り付き状態が昨年9月から続いており、赤字供給を余儀なくされている。小早川社長は「この状態が続くと、23年度で2500億円ほどが東電EPの負担になる」と言う。昨年6月末には67億円の債務超過に陥り、東電HDが引受先とする2000億円の資本増強したものの、今年度末の経常損失は5050億円に膨れ上がる見通し。規制料金の値上げを目指すとともに、1月末を期日とする3000億円の追加増資を決定することで収支悪化による財務基盤の改善を目指す。小早川社長は「このままでは電力の安定供給に支障を来す恐れがある。本意ではないが、(値上げの)苦渋の決断に至った」と理解を求めた。

昨年には東北、北陸、中国、四国、沖縄(高圧含む)の大手5社が経産省に対し、規制料金の改定(平均値上げ率、東北32.94%、北陸45.84%、中国31.33%、四国28.08%、沖縄40.93%)を申請している。今回の規制料金値上げで、東電EPはおよそ3000億円の収支改善を見込む。値上げに当たっては、東電EPで新たに年平均2642億円の経営効率化を織り込み、老朽火力を契約対象電源から除外するなどして固定費を削減。代わりに高効率火力などからの新規調達を行うことで購入電力量の抑制を図る。

原発稼働なければ再値上げか どうする第四次総特

一方で「お客さまの負担軽減のために原発再稼働を一定程度織り込んだ」(小早川社長)とする柏崎刈羽原発。7号機は今年10月、6号機は25年4月稼働を前提とした原価算定をしているが、今のところ再稼働のめどは未だ立っていない。小早川社長は「再稼働の時期を約束するものではない」としているが、再稼働が出来なかった場合の対策については「徹底した経営合理化を行う」と話すにとどめている。

「柏崎刈羽の10月再稼働が実現できるかどうは、正直全く分からない。東電のさらなる重大ミス発覚や設備トラブルなどが起きれば、途端に10月再稼働は危うくなるだろう。もし原発が想定通りに動かず収支が悪化すれば、再値上げや再追加増資の可能性もあり、その時は『負担軽減のためという説明は何だったのか』と相当な批判を浴びるだろう。であれば、今回はあえて再稼働を織り込まない水準で上げるだけ上げておいて、稼働した際に速やかに値下げするほうが、需要家の納得感を得やすいのは間違いない。東電経営陣はそのあたりの判断を読み違えたと考えている」。元東電幹部はこう警鐘を鳴らす。

余談だが、東電EP救済のための増資計5000億円は、平時であれば福島の賠償に充てられる資金だったはずとの見方もある。そもそも『2022年度までに(小売事業の)利益減少に歯止めをかける』としていた第四次総合特別事業計画とのかいりをどうするのか。東電EPの大幅な赤字拡大によって、同計画の見直しは避けられないだろう、需要家のため、福島のため、そして東電グループ社員のためにも、現経営陣の責任において経営の早期健全化を図っていくことが求められる。

【目安箱/1月24日】中国の元気な原子力産業 23年に建設中が30基


中国の原子力産業が元気だ。国営企業の中国核工業建設(中国核建)が昨年末に、2023年の予定を発表した。建設中の原子力発電所が同年に同国内で30基以上になるとの見通しを示した。国の計画である「第14次5カ年計画(2021-25年)」末には40-50基に達する可能性があるとしている。日本の原子力産業は大丈夫なのだろうか。

建設中の田湾原子力発電所7号炉(中国江蘇省、中国核建プレスリリース)

◆海外輸出も成功

日本の原子力で今建設中なのは、Jパワーの大間原発(青森県大間町)のみだ。東京電力の東通原発(青森県東通村)の建設は止まってしまった。日中間でここまで建設数に差があると、産業の未来に影響が出てしまうだろう。

中国核建は、海外輸出も積極的で、パキスタンでこれまで2基の原発を完成させている。一つは同社の独自技術の新型炉「華龍1号」だ。中国では多くの産業で、複数の企業を育成して競争させている。他に国家核電技術公司という、米国ウェスティングハウス(WH社)の新型軽水炉AP1000をベースにした新型原子炉を建設する会社もある。ここも現在国内で6つの建設を進め、海外に売り込みをしている。

西側諸国では、ウクライナ戦争後の脱ロシアや化石燃料の高騰対策で、政治主導で原子力発電を復活させようとしている。しかし、なかなかうまくいっていない。どの国でも、長い間建設が少なかったために、企業の技術力が衰えているのだ。世界トップクラスにあった日本でも、福島原発事故の後の原子力を巡る混乱で事情は同じだ。日本の負けは、西側の負けということになる。

中国の技術のベースになっている、仏のフラマトム(旧アレバ)のEPR(欧州加圧水型原子炉)、米ウェスティングハウス(WH)の新型炉AP1000が建設されたのも、本国ではなく中国が先だった。

ちなみにウクライナへの侵略で西側諸国に経済制裁を受けているロシアは、第三世界への原子力の輸出には積極的だ。22年には、エジプトで2基のロシア企業による原発建設の許可が下りた。

◆なぜ中露企業の輸出が成功するのか

中露企業の原子力で海外の販売が成功している理由は、報道されているところでは、価格の安さと「おまけ」の多さだ。原子炉以外に、中露企業は技術者育成の支援を行い、ロシア企業は同国による核燃料の再処理まで提案している。さらに軍事援助、経済援助もリンクさせる。

安さの点では、福島事故後に西側諸国は安全対策費とコストが跳ね上がった。日本円換算で4000億円程度の建設費が数倍に跳ね上がっているようだ。

フィンランドで、アレバとシーメンス(当時)が2000年から建設を始めたオルキルオト原発3号機は、規制対応に加えて工事・設計ミスもあって完成が遅れ、営業運転を開始したのは22年3月になった。総建設費は当初見積もりの約30億ユーロ(約4200億円)から推定約85億ユーロ(約1兆1900億円)へと3倍近くに膨れ上がり、受注したアレバはそのため経営危機になり、政府の救済で新会社フラマトムが作られる混乱が生じた。

日本の原子力でも過剰規制によって原子力の再稼働が遅れ、電力会社の経営が苦しく、また電力料金の上昇に国民は直面している。

中露企業の建設費の詳細は不明だが、こうした強権的な国では、国内で建設費は西側のように上昇しないだろう。そして輸出でも、建設費が以前のままなら、そして国民の批判が起きないなら、第三世界の国は、中露の原発を採用してしまうのは当然かもしれない。

◆過剰規制が原子力建設をはばむ

もちろん安全対策は必要だが、それが過剰になってはいないだろうか。中国の原子力建設と輸出の成功が続けば、福島事故以来、世間の批判と建設の停止によって弱っている日本の原子力産業は、さらに差をつけられてしまう。

先送りで知られる岸田文雄首相が、原子力問題では珍しくやる気を出している。GX(グリーントランスフォーメーション:環境技術の転換)の活用のためとして、昨年から原子力発電所のリプレース、新型炉の研究の方針、再稼働推進を、政権の政策で打ち出した。しかし「笛吹けど踊らず」で、建設の具体的な話は進んでいない。

もう一段、強い原子力支援策が必要に思える。また産業界の奮起も求められる。このままでは、原子力の分野で、強権国家に必ず負けてしまう。

【目安箱/1月12日】冬の停電危機、「嫌われもの」の火力と原子力が救う


◆電力会社の早期稼働の努力

2023年初頭の冬は、電力不足と停電が確実視されていた。ところが電力会社の奮闘で、「嫌われもの」である原子力と火力が稼働して、その停電の危機を止めた。このことを、多くの人は知らない。

以下は2023年初頭の電力予備率(2023年初頭の電力予備率の予想。22年6月と同12月段階)の状況だ。

(図)

総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会(第52回会合)、2022年12月16日、経産省提出資料110ページ

予備率が東京電力管内では22年6月の時点で今年1月、2月にマイナス、その他の地域でもゼロに近いと予想されていた。政府は、7年ぶりとなる今年冬の節電要請を昨年夏時点にしていた。ところが問題は解消されそうだ。電力会社が頑張って供給力を増やし、12月の予備率は全国で5%前後に回復した。まだ危険な状況であるが、停電が確実な状況ではなくなった。

◆電力会社の奮闘、次々と石炭火力が運転開始

この理由は嫌われものである火力や原子力の発電所が、新規稼働、再稼働して供給が増えたためだ。

2022年の8月には、JERAの武豊火力発電所5号機(107万kW、愛知県)、同11月には中国電力の三隅発電所2号機(100万kW、島根県)が営業運転を開始した。JERAは東電と中部電の合弁火力発電会社だ。神戸製鋼所も22年度中に神戸で65万kWの石炭火力の営業運転開始を予定している。これらはすべて高性能の石炭火力発電だ。

さらに21年3月の福島県沖地震で破損して一時停止した東電の広野火力発電所の石炭火力である5、6号機(計120万kW)も、22年には通常運転に戻った。また関西電力は美浜原子力発電所3号機(82万kW)を22年8月から再稼働をしている。いずれの発電所も、当初の稼働予定を前倒した。

このほか、JERAが保有する姉崎5、6号機(計120万kW、千葉県)、知多5、6号機(計170万kW、愛知県)、四日市4号系列(58万kW、三重県)などの老朽LNG火力も供給力の戦列に加わっている。こうした事情から、経産省・資源エネルギー庁の出した昨年6月時点の見通しが大きく変わった。真冬の停電の危機から日本を救った、電力会社の人々の取り組みに深い敬意と感謝を述べたい。

◆当事者は石炭火力の活躍をなぜか沈黙

中でも石炭火力については、4~5年前に計画したものが完成した。各種電源の中では、一番早く建設ができる。また燃料となる石炭は、各種エネルギー源の中で比較的調達が容易だ。原子力は原子力規制委員会の過剰規制、特にテロ対策などの特別重要施設の工事で遅れていた。いずれも電力会社と協力会社の努力で、完工が早まった。

にもかかわらず、当事者である電力会社、電力供給の増加を支援する立場にあるエネ庁はなぜか、石炭火力と原子力によって電力危機が解消に向かったという事実の広報に積極的ではない。変な批判を受けることを避けようとしているのだろうか。

石炭火力はCO2排出量が多いため、国際環境NGOなどの批判にさらされている。東芝グループなど日本企業が最新型の石炭火力プラントをバングラデシュのマタバリ石炭火力発電所で使う計画があった。ところが、住友商事とJBIC(国際協力銀行)、そして日本政府は22年春にこのプロジェクトから撤退してしまった。環境への配慮のためとしている。まだ売り込みは続いているが、この発電所の増設も頓挫しそうで、現地の人も困っているという。

スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリの関係する団体「フライデー・フォー・フューチャーズ」が、住友商事の株主総会に押しかけるなど、過激な反対行動が内外で見られた。同社などは明言していないが、そうした反対運動が影響した可能性がある。こうした団体の活動の背景は不明だ。

◆石炭、原子力の有効性を今こそ語ろう

しかし、自分の財布が痛むという現実を前に、世論は変わり始めている。

電気料金の上昇が、社会のさまざまな場所に悪影響を与えている。東京国立博物館の館長が、文藝春秋誌に寄稿し、ネットで1月9日に公開されて騒ぎになった。同博物館は年間予算20億円しかないが、2022年度には主に電力の光熱費が前年度の2億円から4.5億円に倍増し、運営に支障をきたしているという。

いわゆる左派の人たちは「自民党政権と岸田文雄首相が文化をなおざりにしている」「財務省が悪い」と政府批判に使った。しかし、その他の人が「あなたたちは原子力に反対しているからこうなった」と言い返し、ネットで議論が盛り上がった。日本人は愚かではない。エネルギーを巡る事実をしっかり認識している人たちがいる。

気候変動問題の活動家の人たち、有識者と称する人たち、メディアは、今回の電力危機や、続く石炭火力の再稼働には沈黙している。これは日本だけでなく、世界的に観察されることだ。2022年2月からのウクライナ戦争で、エネルギーにおける脱ロシアの動きが強まり、世界的にエネルギーの供給不足と価格の上昇が起きた。欧州は日本よりもエネルギー価格の上昇が激しい。その現実を前に、地球環境を巡る過激な主張ができなくなったのだろう。

気候変動は大切な論点だ。しかしエネルギーで日本と世界の「今そこにある危機」は安定供給と価格上昇の抑制である。その問題を、ある程度解消するのが、エネルギー源としての火力と原子力を活用することだ。当事者である電力業界、産業界、そして政府は、その事実を明確に述べ、その道を進むことを隠さずに堂々と宣言してもよいと思う。「ノイジーマイノリティ」は声の大きさはあるものの、現実を動かす力はそれほどない。そうした声に萎縮の必要はない。

【目安箱/12月26日】太陽光パネルは都市災害時に危険 東京都への警鐘


◆100年前の後藤新平の知恵「災害で逃げられる道路」

紅葉見物で賑わう神宮外苑の銀杏並木

東京都民の筆者は、神宮外苑の銀杏並木が好きで晩秋に毎年散策する。外苑前の道路は車道も歩道も幅広い。ここは1923年の関東大震災の後で、内務大臣と帝都復興院総裁を務めた後藤新平(1857-1929)が、新しい東京のモデル道路として作った。自動車化時代の到来と防災を意識し、道幅を広くし、長寿の銀杏を植えたという。大震災の際に、東京の入り組んだ道路が避難を遅らせて、被害を増やした反省により、後藤は「災害の時の逃げやすさへの配慮」を建設の際に指示したという。

ただし後藤の構想は経費がかかるため、世論や関係者に受け入れられず、道路の拡張は限定的だった。出典不明だが、昭和天皇が戦後外苑に来たときに、「後藤の言う通りにしていれば、戦災の規模も少しは小さくなったかもしれない」と、悔やんだという逸話があると聞いた。

100年経過しても、後藤の考えが東京の街づくりに活かされているとは思えない。筆者は東京東部のゼロメートル地域のマンションに住んでいる。周囲は埋立と以前は農地だった場所のようで、無計画に街が建設されたために、道路が入り組んでいる。仮に火災、洪水が起きた場合に、逃げられなくなるのか心配になる。

東京だけではない。日本のどの市街地も、防災や災害時の避難を意識して作られていないように思う。

◆太陽光パネル義務化政策、防災の配慮はあるのか

12月15日、東京都の進める新築住宅の太陽光パネルの義務化政策が、都議会で可決された。事前にそれほど話題になっていなかったので、唐突感がある。そして東京に住む人間として、防災面での心配がある。

筆者の住む東京東部のゼロメートル地帯では、数メートルの浸水の危険がある。また大規模火災、地震での避難の心配の破損がある。太陽光パネルが街中に増えたら、災害の際にどうなるのか。

以下、「メガソーラーが日本を救うの大嘘」(杉山大志編著、宝島社)を参考にした。東京の北部・東部を流れる荒川水系、南部を流れる多摩川水系の下流域は、河川と海に囲まれたゼロメートル地帯だ。

こうした水害の際に、太陽光パネルは危険だ。太陽光発電では、光があたれば発電をし続ける。特に水は通電性が高く、また破損時にそのような経路で電気が漏れるかわからないので、近寄ってはいけない。1システムで光があたれば300ボルト前後の電流を発生させる。これは数秒人間の体に通電すれば、心筋梗塞などをもたらして死ぬ可能性のある電流だ。

また太陽光パネルの表面はガラス製で、重さは1枚15キロ程度だ。強風や地震で屋根から外れて飛んだり、落下したりする危険がある。日本各地でパネルの手抜き工事で、その破損が伝えられている。

「屋根が電気を作ることを当たり前にしたい」。小池百合子都知事は、21年9月にこの政策を発表したときに語った。屋根に太陽光パネルを置くことが問題なのだ。筆者の住む場所の周りの屋根の上に、太陽光パネルが大量に設置される光景を想像してみた。水害の時には太陽光パネルによる感電のリスク、強風や地震の時には15キロを超えるガラスと金属の塊が住宅地に舞い、人にぶつかり移動を妨害する可能性があるだろう。とても危険だ。

太陽光発電を人里離れた場所でやるならともかく、なぜ東京のような人口密集地で行うのかわからない。

◆危険を考えていない東京都

東京都が2022年8月に「太陽光パネル解体新書」という政策説明パンフレットを作った。これを読むと、水没による感電については「過去に事故の事例は聞いていない」「専門家に対応を依頼してください」、破損リスクは「少ない」(同)と書いてある。(パンフ内Q&A18)

大水害の時に専門家を呼ぶ暇があるのだろうか。全国で太陽光発電の乱開発、パネルの破損問題が起きているのに、リスクは少ないのだろうか。あまりにも答えがいい加減すぎる。想定される人命リスクを無視すべきではない。

この政策は小池都知事の主導のようだ。(エネルギーフォーラム記事「【目安箱/12月12日】賛否渦巻く太陽光義務化 小池都知事はなぜ固執するのか」)東京都の事務方の方でも突如上から降りてきたために、政策をしっかり練っていないらしい。

そしてこれは東京都だけの問題ではない。京都市が大規模建物の太陽光パネル義務化を行い、群馬県も検討している。また神奈川県川崎市は新築住宅での義務化を検討している。防災の観点からリスクの大きな政策を遂行する不思議な動きが、日本各地にある。

太陽光発電を否定する意図は私にはない。しかし、どんな物事にも、場所や方法の適切なやり方への配慮がある。なんで都市に合わない太陽光発電の普及を、東京都や各自治体が進めるのか不思議だ。

冒頭の例を引用すれば、後藤新平が考えたような「災害時に逃げる」ための動く経路を、21世紀の都市計画で行政が考えていないのは、愚かで残念なことだと思う。太陽光パネル設置を都の条例は成立してしまった。2025年4月からの施行まで時間がある。この防災の面の懸念を払拭できない限り、筆者は都民として、この政策を支持できない。東京都を含め、各自治体は、過去を含めて知恵を絞り、その場に合い、効果があり、安全な環境・エネルギー対策を考えてほしい。

【記者通信/12月23日】政府がGXで原子力の持続的活用を明示 「成長志向型CP」実現も


政府は12月22日、GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針案を取りまとめた。今後10年を見据えたロードマップを策定。原子力では、再稼働の着実な推進に向け国が前面に立つことや、次世代革新炉の開発・建設、運転期間に関して長期停止期間分の延長も可能とする方針などを示した。第6次エネルギー基本計画では原子力について「必要な規模を持続的に活用していく」と掲げており、今回の基本方針はエネ基の方向性をよりクリアに整理したものだと言える。また、もう一つの柱となる「GX経済移行債」創設に際し、その償還財源となる「成長志向型カーボンプライシング(CP)」の方針も決定した。政府はGX基本方針案を2023年に閣議決定し、次期通常国会に関連法案を提出する予定だ。

原子力政策の「方針転換ではない」 第6次エネ基を踏襲

第6次エネ基では、原子力に関して「依存度の低減」という方針は残しつつ、新増設・リプレースの明示は見送った。こうしたことから、一部では今回のGX基本方針案で、政府が原子力政策を大きく方針転換したと報じる向きもある。

だが、自民党内の原子力派議員に言わせると、「方針転換をしたわけではない」。第6次エネ基での原子力のポイントは、策定作業の最終盤で盛り込んだ「必要な規模を持続的に活用していく」という一文。今回の基本方針はこの表現を踏襲する形で、「将来にわたって持続的に原子力を活用するため、安全性の確保を大前提に(中略)次世代革新炉の開発・建設に取り組む」とリプレースの推進を明示した。

また、運転期間を巡っては、新規制基準適合性審査の長期化などで停止した期間を除外する「カウントストップ」を認めることとした。これまでの原則40年、最大20年の延長を一度限りで認める方針は残しつつ、長期停止期間の追加的な延長も可能になる。

これに伴い、原子力規制庁が高経年化原子炉の安全規制の枠組みを見直している。従来は①30年以降10年ごとの高経年化技術評価、②最大60年の運転期間延長認可制度――の2つが存在していたが、今後は新制度に一本化。30年以降、10年以内ごとに、「長期施設管理計画」で災害防止上の支障がないことや、技術基準適合性を規制委が審査していく。

そして、30年度原子力比率20~22%達成に向けて再稼働の加速を図る。今冬までに再稼働済みの10基に加え、来夏以降には、設置許可済みの高浜1、2号、女川2号、島根2号の再稼働が順次見込まれている。さらに来冬以降には、複数の課題を抱える柏崎刈羽や、東海第二の再稼働も目指したい考えで、国が前面に立った対応や、運営体制の改革に取り組む。20年代半ばごろからは、設置許可審査の申請済みや未申請の19基の再稼働も目指す構えだ。

このほか、核燃料サイクルや最終処分の取り組みの推進も掲げた。

ただ、今回の方針を具体的にどう実現していくのかは、いまだ不透明だ。例えば柏崎刈羽は、東京電力の核物質防護での不手際に対する不信感が根深く、新潟県の「3つの検証の総括」が進まず地元同意が得られていない。東海第二を巡っては、茨城県や水戸市などでの避難計画の策定や、日本原子力発電と東海村や周辺5市との「事前了解」締結に至っていないことが課題だ。長年停滞していたこれらのハードルをどうクリアしていくのか。

また、「カウントストップ」は認められたものの、それがどの程度原発稼働率の向上に寄与するかは未知数。革新炉建設についても、資金調達などに関する制度的支援の検討などが必要になるし、具体的地点の選定段階ではまた課題に直面することになるだろう。

これらの課題をそれぞれ着実に解決していくための具体的な政策の検討が、引き続き求められている。

炭素賦課金を28年度以降徴収 発電部門には排出量取引を有償化

GX基本方針でのもう一つの注目点が、成長志向型CP政策だ。政府はGX経済移行債を20兆円規模で発行し、これを呼び水に今後10年間で官民合わせて150兆円を超える脱炭素分野の投資に結びつけたい考え。GX移行債の新設は償還財源の明示が条件となっており、①排出量取引制度(ETS)の本格化と、発電事業者を対象とした「有償オークション化」、②炭素賦課金の導入――を決めた。

まず①を先行させ、段階的なCP強化を図る。23年度から自主的な形でETSを始め、26年度頃からは企業が削減目標を超過達成した分の取引などを本格化させていく。そして33年度頃からは、発電部門を対象に有償オークションに移行する方針だ。

もう一方の炭素賦課金は、化石燃料輸入業者に対し炭素比例で課し、28年度頃から導入する。なお、CPの二重負担を避けるため、発電事業者は炭素賦課金の対象からは外れる。

これらの導入条件として、エネルギー諸税や再エネ固定価格買い取り制度(FIT)賦課金といった既存制度を含め、炭素に絡む総合的な負担は増えないようにするという。例えば炭素賦課金は、石油石炭税や地球温暖化対策税との位置づけの整理や、賦課金の水準設定が焦点となる。政府はGXの進展などに伴い将来的な石石税収の減少や、FIT賦課金の負担減を見込んでいるが、脱炭素へのトランジションがうまく進まず化石燃料使用量が大して減らなかった場合でも、総額負担が増えないことを担保できるのか。

他方、賦課金を巡っては「最終的に国庫に入るのであれば結局は炭素税とイコールだ」(政府関係者)といった見方もある。防衛増税議論などで今は炭素税議論を封印した形だが、いずれ議論が再浮上する可能性がある。

真に成長につながるCP施策を具体的にどう設計していくのかも、23年の注目点となる。

【目安箱/12月23日】エネルギー業界は「戦争」に備えよ


日本の安全保障戦略の見直しが打ち出された。それに応じて、エネルギー業界も万が一の戦争に備える時期になったと思う。エネルギー業界の端にいる私が、実務に関わる責任ある方々に言うのは恐縮だが、その呼びかけの文章だ。

安全保障政策の転換を説明する岸田首相(21年12月16日、首相官邸のウェブサイトから)

◆防衛政策の転換、エネルギーの重要性

岸田文雄首相は12月16日に記者会見し、防衛政策の転換を打ち出した。中国による台湾への侵略の可能性、北朝鮮によるミサイルや核兵器による威嚇、ロシアのウクライナへの侵攻と日本への脅威。こうした安全保障情勢の変化を受けて、国家安全保障戦略など防衛3文書を見直し、敵地攻撃などの能力を高めるとした。これまでの防衛戦略から、転換し少し積極性を持つものだ。

この戦略文章では、「エネルギーや食料など我が国の安全保障に不可欠な資源の確保」という章が加えられ、「資源国との関係強化、供給源の多角化、調達リスク評価の強化等に加え、再生可能エネルギーや原子力といった自給率向上に資するエネルギー源の最大限の活用、そのための戦略的な開発を強化する」と述べた。前回の国家安全保障戦略より記述が詳細になり、「原子力」と「再エネ」という言葉が文章に入った。

◆エネルギーインフラは戦争で狙われる

この変化で、エネルギー業界の日々の業務が変わるわけではないが、国の行動にエネルギーへの配慮が少し加わった。そして政府がここまで状況を深刻に認識し、世論がそれを認めているという、安全保障環境の変化をエネルギー業界は考えるべきだろう。

この10年、原子力が使えないことで日本の発電に占めるLNG火力の割合は7−8割を占めてきた。日本が輸入するガスは半分が電力、半分が民間の都市ガスと産業の都市ガスに使われ、年間26兆円(21年、貿易統計)の巨額になる。

ガスの輸入は10%がロシア(20年)だが、今後は減る見込みだ。残りは中東諸国とインドネシアだ。シェール革命で産出が増えた米国産ガスの輸入は本格化していない。そのガスは、中国が制海権と制空権を握りつつある南シナ海を通る。日本郵船、大阪商船三井、川崎の大手3社の持つ、日本の輸入に使われるLNG船は191隻(21年末、NYKファクトブック)。船はペルシャ湾から20日、インドネシアから7日で日本に到着する。往復を考えると数十隻の日本向けのLNG船が南シナ海、東シナ海を常時、無防備で航行している。LNGは長期間備蓄できない。そのために南シナ海が通れなくなったら、日本は即座にエネルギー面で大混乱に陥ってしまう。海上交通路が日本の敵国による船舶攻撃などで、何らかの形で遮断する可能性があるだろう。

また現在のウクライナ戦争で、完全勝利の望めなくなったロシア軍が今年秋から、電力やガスなどの民間企業の設備を攻撃し、エネルギーの禁輸を続けている。ウクライナの厳しい冬を、エネルギー不足でより厳しくし、継戦能力や民間活動を弱めようとしている。同国は電力、ガス不足に直面している。

日本周辺の有事の場合には、国内外の日本のエネルギー企業の権益、設備が攻撃されるリスクが大きい。

◆想像できないことに向き合う

日本が無謀な太平洋戦争を始めたのは、石油の輸入が米国などに止められたことが一因だ。その経験や2度の石油ショック、福島第一原発事故、今の電力危機など、エネルギーを巡って、国が揺らぐ問題が繰り返し起きているのに、みんな忘れてしまう。仕方のないことかもしれないが、エネルギー業界が真面目で供給が途切れることがないように頑張ってしまったために、誰も気にしないという面もある。

戦争は民間企業の対応できるところではないし、想像もできない。しかし、それに直面することを想定しなくてはいけない状況になりつつある。「何も想定していない」というのが、多くのエネルギー企業にとっての答えだろう。しかしやらばければいけない。購入し運搬中のガスや石油の外国軍による攻撃、従業員の勤務中の死傷、自社設備への破壊やテロ、日本周辺の海上交通遮断の時の事業継続など、論点は山のようにある。できる限りの対応法を、エネルギー業界も考え始めるときだ。

キューバ危機を描いた「13Days」という映画で、ケネディ大統領のスピーチライター、セオドア・ソレンセン(実在の人物)が、核戦争を想定した演説を頼まれた時に、「想像さえできない世界を、どうやって書けばいいのか」と、重い表情で絶句する場面がある。エネルギー業界の人も、その同じ状況に直面しつつある。絶句せざるを得ないだろう。それでも、やらなければいけない。日本のために、国民のために、会社のために、自分と家族のために、エネルギーを安定的に供給し、国民生活を守るのだ。

【記者通信/12月22日】東ガス次期社長に笹山氏 新中計視野に発表前倒し


突然のトップ人事だった。東京ガスは12月21日、代表執行役副社長の笹山晋一氏(86年入社)が4月1日付で代表執行役社長に就任する人事を発表した。現社長の内田高史氏(79年)は、2023年6月の株主総会を経て取締役会長に就く。会長の広瀬道明氏(74年)は相談役に退く。同社は現在、笹山氏が中心となり2023年度からの新たな中期経営計画を策定中。社長就任後は、直面するエネルギー危機やカーボンニュートラル社会への対応など「エネルギー大変革時代を迎える中で、変化に柔軟に対応できるポートフォリオ型経営」の実践を目指していく構えだ。

会見でグータッチをする内田社長(右)と笹山副社長

「本日午後3時から、役員人事に関する記者会見を行います」。21日午後1時過ぎ、東京ガスから編集部に連絡が入った。この時期に役員人事の記者会見となれば、トップ人事しかない。同社の次期社長を巡っては、副社長の沢田聡(83年)、笹山の両氏が有力候補に浮上しており、その行方に業界内外の関心が集まっていた。ただ、過去の例を踏まえれば、同社の社長人事発表は来年1月下旬のはず。「マスコミがかぎつける前に、先手を打って発表か」。そんな思いを抱きながら、東京・大手町の会見場に向かう矢先、関係筋から一報が入る。「次期社長は笹山氏」。

笹山氏は、東京大学工学部卒。東京ガスとしては異例の技術系出身の社長が誕生する。とはいえ、経歴を見れば、エネルギー企画部や総合企画部で営業戦略やエネルギー政策関連の仕事に携わり、16年4月に執行役員総合企画部長に就任。その後は、18年4月常務執行役員デジタルイノベーション本部長、20年4月専務執行役員エネルギー需給本部長などを務め、DX(デジタル化)やGX(脱炭素化)、エネルギートレーディング、再生可能エネルギー開発など、幅広い分野で手腕を発揮してきた。現在は、同社初の最高戦略責任者(CSO)として次期中期経営計画の策定に向けた陣頭指揮を執っている。「東京ガスでは従来、経営計画の策定に携わった幹部が社長に就き、それを実行に移していくという形を取っていることを考えると、今回の人事はセオリー通りか」。都市ガス業界の関係者はこう話す。

新体制下で注目されるアライアンス戦略の行方

内田氏は会見で、笹山氏について「経営トップとしての資質は十分。この1年間はCSOとして私を補佐するなど、経験豊富であり、今後の東京ガスを託するにふさわしい人物」と評価した。人事発表が通例より1カ月ほど早まった理由については「取締役、執行役員、執行役の人事がこの後に控えていることに加え、いま笹山副社長が中心となって新たな経営計画を作成しており、その発表を年度内に行いたいといった事情があるため、選定を早めることになった」と説明した。

笹山氏がコメントした社長就任に際しての所感は次の通り。「長年にわたり築き上げた東京ガスグループの『安心・安全・信頼』のブランド価値や、お客さまをはじめとしたステークホルダーを大切する企業分解を受け継ぐとともに、グループ経営理念やグループ経営ビジョン『Compass2030』を踏まえ、社会課題の解決と当社グループの持続的な発展を実現することが、私の使命と考えています。特に、カーボンニュートラル社会の実現に貢献するソリューション群の収益化・スケール化に注力し、ガス・電気に次ぐ事業の柱を、スピード感を持って育て、変化に柔軟に対応できるポートフォリオ型経営を推進していきます。グループが一丸となり、協力企業・アライアンスパートナーの皆さまとの連携を密にし、新たな時代を切り開いていく強い決意をもって、尽力していく所存です」

振り返れば、東京ガスは関西電力や九州電力、東北電力、ENEOS、NTTなど大手企業と事業分野に応じたアライアンスを積極的に推進してきた。その中には、成功したものもあれば、結果としてうまくいかなかったものもある。ただ、これからのDX・GX時代を生き抜いていくためには、アライアンス体制の戦略的強化が不可欠。笹山氏が信条に掲げる「三鏡」(自分の状況を知る=銅の鏡、歴史に学ぶ=歴史の鏡、厳しい意見を受け入れる=人の鏡)の組織・リーダー論を背景に、東京ガスグループの新時代をどう切り開いていくのか、その経営力が試される。

【目安箱/12月12日】賛否渦巻く太陽光義務化 小池都知事はなぜ固執するのか


東京都の小池百合子都知事が新築住宅の太陽光パネル義務化の政策を進める。人権、経済性、防災など、多くの問題がある。多くの問題があるのにその批判を無視して、小池都知事がこの政策を自ら主導して突如進めるのは不思議だ。両論併記で、賛成反対のそれぞれの意見と解説は「記者通信」に書かれている。このコラムでは、なぜ小池都知事がこの政策を唐突に持ち出したのかを考えてみたい。彼女自身が詳細を語っていないので謎なのだ。もしかしたら、彼女のいつもの行動「目立つことに飛びつく」というのが主要な理由かもしれない。

◆国が断念した政策に飛びついた

小池百合子東京都知事は2021年9月に、この政策を突如発表した。そして21年12月から始まった都議会定例会で設置義務化を定める東京都環境確保条例の改正案が審議されている。成立すれば2025年4月から施行される。実施されれば、新築一戸建てでは日本初の条例となる。華やかなことを追求する小池氏の好きそうな話になる。

菅義偉政権では20年に、温室効果ガスの排出を50年までに実質ゼロにする「カーボンニュートラル目標」を決めた。それを受けて、21年3月に当時環境大臣だった小泉進次郎が、この政策を行いたいと急に打ち上げた。しかし世論の反発が強く、立ち消えになった。小泉氏の断念した思いつき政策に、なぜか小池氏は飛びついた。

関係者によれば、小池氏の脳裏には、環境大臣(2003-05年)の時に自らが主導した「クールビズ」キャンペーンが成功体験として残っているらしい。夏の軽装で冷房を抑制しようとする政策だ。冷房抑制の効果があったかは疑問だが、服の軽装化は進んだ。キャンペーンでは各所に彼女が有名人と共に登場し、流れを作った。彼女は環境に注目するようになっている。

小池氏は、ネット広報には詳しくなさそうだが、ニュースキャスターの経験を活かして、オールドメディアの操作は上手だと思う。絵になる画像を提供し、短くキャッチフレーズを繰り返す。実際にこの政策で12月1日までに寄せられた3714件のパブリックコメントでは、賛成が56%と反対の41%を上回る。

◆「唐突すぎる」都民ファースト関係者からの声

ただし広報だけでは現実は変えられない。新型コロナでも、小池都知事は広報には一生懸命だった。しかし東京都による現実の防疫体制づくりは後手に周り、その政策と実務の評価は今ひとつだった。この太陽光パネルの義務化政策でも、実行には問題が多く、エネルギー関係者からは懸念の声ばかりが聞こえる。

太陽光パネルの設置義務化政策が、なぜ浮上したのか。小池氏の都議会与党である都民ファーストの関係者に聞く機会があった。「唐突すぎる」と都議の多くは不思議がっているという。同会の意思決定はほぼ小池の独断で決まり、秘書出身の側近側近がたまに小池の意見を聞かれる程度だ。それ以外の議員には、小池の真意はなかなか分からない。それでも選挙に勝てるから、都議たちはしがみついているようなのだ。

「メガソーラーが日本を救うの大嘘」(宝島社)という本で、かつて小池と協力したが、今は袂を分かち、「地域政党自由を守る会」を立ち上げ活動する上田令子都議会議員の寄稿が掲載されていた。彼女も、突然の政策化を疑問に思っていた。そして筆者は、上田氏と懇談する機会があった。

上田氏の見立ては「深く考えずに決めたのではないか」という。この政策が、突然浮上した21年9月に、都民ファーストは批判を集めていた。21年7月に行われた東京都議会議員選挙では、同会はなんとか過半数を制した。ところが選挙期間中に同会の木下富美子議員が選挙後に無免許運転で交通事故を起こし、さらに免許停止処分を5回も受けていたことが発覚。彼女はその後も11月まで都議に居座り、彼女を統制できない同会が批判されていた。また当時は新型コロナ対策にとらわれて、都政も社会の動きも止まっていた。その新型コロナ封じ込め策も批判を集めていた。小池氏には、新鮮な施策を手掛けたい動機があった。

「この政策に小池さんが飛びついた理由は、はっきりとはわからない。彼女は記者会見の目玉テーマをいつも探している。都民の注意を逸らすため、深く考えずに、目新しいテーマに飛びついた可能性がある」と、上田氏は言う。

◆行き詰まりの今こそ議論を尽くす好機

小池氏の一貫性のない行動を考えると、上田氏が言うように、目立つことを重視して、小池氏が太陽光パネル義務化の政策に飛びついた可能性もあると筆者は思う。

ただし、それでも先行きが怪しくなり始めた。有識者が疑問を示し、ネットを中心に世論の批判が強まっている。都議会第二勢力の自民党は、小池氏が国の政策と連動した強調したため、これまで強く批判はしていなかった。しかし、問題点が次々に出てきたことで12月からの都議会では「慎重な審議を求める」と要求した。小池氏も12月の記者会見で、批判に配慮し始めたのか、「最新技術の開発促進、情報発信、人権尊重などSDGsに配慮したい」と、推進一辺倒から少し態度を変えた。

小池氏の独断だけでは、政策を遂行できなくなっている。この重要な政策が仮に「目立ちたい」という軽率な意図で推進されたら問題だ。行き詰まったこの機会を逆に生かし、都民、国民に問題を周知させ、議論を深めてほしい。

【記者通信/12月8日】都の住宅太陽光義務化で賛成・反対両派が同日会見


東京都の小池百合子知事が意欲を示す新築住宅への太陽光パネル設置義務付けを巡り、義務化に反対するキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志氏らが12月6日、記者会見を行った。杉山氏は国民負担の増加や人権侵害、強制労働が疑われる中国製パネルの使用に懸念を示し、義務化の撤回を求めた。一方で条例義務化を求める東京大学大学院の前真之准教授らも同じ日に会見を行い、電気代価格引き下げに太陽光発電が寄与するとして、導入推進を呼びかけた。

杉山氏「人権、経済、防災で問題」

反対派の会見には、杉山氏のほか、常葉大学名誉教授の山本隆三氏、東京大学公共政策大学院特任教授の有馬純氏、全国再エネ問題連絡会共同代表の山口雅之氏、東京都議の上田令子氏らが出席。杉山氏は会見で「義務化には人権、経済、防災の3点で問題がある。9月に反対請願を提出したが、都から誠意ある回答は得られなかった」と苦言を呈した。また山口氏は、再エネ賦課金や託送料金など国民全般の電気料金が設置義務化の原資になっていると指摘。山本氏も「東京都の政策によって東京都以外の住民の負担が増える、こういう政策をやっていいのか」と述べ、一部の都民が価格の恩恵を受ける構造と負担格差の拡大に警鐘を鳴らした。

さらに、会見では新疆ウイグル自治区での強制労働が疑われる中国製パネルの輸入も問題視。有馬氏は「太陽光パネル義務付けとなった際、最も利益を得るのは中国。温暖化防止やウクライナ侵攻問題を自国の都合の良いように活用している」とパネル導入による地政学的リスクを訴えた。そのほか、大規模水害でパネル水没した際の感電事故の危険性や、世界平均気温1.5度目標に対するパネル設置効果への疑問などが提起された。

前准教授「義務化は電気代の負担軽減に」

これに対し、同日午後に条例義務化を求める前氏や一般社団法人「太陽光発電協会」らが会見。前氏は「燃料高騰による電気代上昇の中、電気代を安くできる確立された技術は、①断熱・気密、②高効率設備、③太陽光発電の三つだけ」だと述べ、義務化は電気代の都民負担軽減につながると主張した。

負担格差の拡大については「固定価格買い取り制度(FIT)の価格下落に加え、賦課金も近くピークアウトが予想される」と分析。太陽光導入で昼間の電力コストが軽減し、国民全体に恩恵をもたらすと話した。また「誘導策だけでは停滞が顕著だ。事業者への設置義務によって市場の競争原理が働き、太陽光をリーズナブルに導入できる」と義務化のメリットを説明した。その上で「条例案には設置が難しい、日照条件が悪い建物は除外できるなど、さまざまな配慮がある」としながら、「いま取り組むべきは『ほぼゼロリスク』をことさらに吹聴し不安をあおり、普及を阻害することではない」と義務化反対の風潮にくぎを刺した。

小池知事は急激にトーンダウン

賛成派と反対派との議論が活発化する中で、旗振り役だったはずの小池百合子都知事は急激にトーンを落としている。9月の都議会の所信表明では「新築住宅への義務化の動きは、国際社会の潮流だ」と話していた小池都知事だが、12月の記者会見では太陽光発電普及について「最新技術の開発促進などをはじめとする情報発信、人権尊重などSDGsに配慮した事業活動に関する取り組みなどについても協力して進めていく」と批判に配慮した発言にとどまっている。

設置義務化の反対署名活動を行ってきた上田都議は「小池知事はこんなに(反対派から)やり玉に挙げられるとは思っていなかったはず」だと話す。さらに「今回の件は政府や国に先駆けたい小池百合子都知事のパフォーマンスの一環ではないか」との見方も示している。上田令子都議らは会見終了後、反対運動に署名した5778筆を都の担当者に手渡した。

【記者通信/11月28日】四国28%・沖縄41%値上げ申請 原発稼働が明暗分ける


四国と沖縄の大手電力2社が11月28日、経過措置規制料金の値上げを経済産業省に申請した。両社とも今年4月には、燃料費調整制度の平均燃料価格が調整上限に達し、燃料費の超過分を自社で負担しなければならない状態が続いていた。燃料費の変動を適切に反映できる料金体系とすることで、これ以上の財務状況の悪化に歯止めをかける狙いがある。

具体的には、四国は低圧規制料金を平均28・08%値上げし、標準的な家庭(契約種:別従量電灯A、使用電力量260kW時/月)の月額料金は現行比27・9%値上がりの1万120円とする。一方、沖縄は40・93%の値上げを申請。標準的な家庭の電気料金は同39・3%値上がりし1万2320円となる。沖縄は高圧分野にも規制が残っており、こちらは50・02%の大幅値上げとなる。

四国は2013年、沖縄は08年以来の料金改定。沖縄では12年に吉の浦火力が運開したため、今回初めてLNG火力が電源構成に加わった。これにより、電源が石油、石炭のみと仮定した場合よりも、3か年平均で92億円の燃料費抑制効果を原価に織り込むことができたという。

燃料費に加え、卸市場価格が押し上げ要因に

25日に申請した東北、中国も含めて各社共通しているのは、燃料費に加え「他社購入電力料」が原価算定期間である23~25年度の年平均原価の押し上げ要因となっていることだ。これは、FIT(固定価格買い取り制度)に基づく再エネの買い取り量が増え、この買い取り価格が卸電力市場の高騰と連動しているためだ。一方で、市場での販売量も増加傾向にあり、販売電力料も大幅に増加している。自由化の進展や再エネの導入拡大が原価の在り方に大きく影響していることが浮き彫りとなっている。

総じて大幅値上げを申請している各社の明暗を分けているのが、原子力発電所の稼働状況だ。伊方3号機を供給力として織り込める四国は値上げ幅を20%台に抑え、24年初頭の原発再稼働を織り込んだ東北、中国はそれぞれ30%強の値上げ申請となったのに対し、供給力のほとんどを火力に依存せざるを得ない沖縄は40%強と、他社と比べても大幅な値上げに踏み切らざるを得ない状況だ。原発が稼働している関西、九州は今のところ値上げを表明しておらず、電源構成の違いが電気料金の地域間格差を拡大することになりそうだ。

【目安箱/11月28日】好調な日立の危うさ 原子力で転んだ東芝と類似?


エネルギーの現場を歩くと電力でもガスでも、前から多かった日立の計測機器類、システムがこの10年でさらに増えた印象がある。I T化の動きにも対応し、より使いやすく、正確になっている。技術者など社員の努力に加えて、川西隆氏、故・中西宏明会長らの経営者の改革が実を結んだ結果だろう。ところが、中の人から見ると、絶好調から一転して経営危機に陥った東芝に「似ている」という声がある。エネルギー分野での心配という。本当のところはどうなのか。

◆足元絶好調、死角なし?

日立グループが10月28日に発表した中間決算発表は好調だ。⑳20、21年度と連続で過去最高益を出した強い成長は継続。22年度上半期(4~9月)の連結業績は、売上高が前年同期比12%増の5兆4167億円。円安による為替影響と電機、重電の世界的な市況回復傾向が影響した。

売り上げの伸びの中心は計測分析システムの好調と、20年に1兆円で購入したソフトウェア開発の米国のグローバルロジック社の効果だ。さらに、分析システムの機器と連携し、顧客のデータを使いシステムを共同で作り上げる「Lumada」事業も広がりを続けている。通年の売上高予想は、期初比5500億円増の10兆4000億円。ただし当期利益は変わらず6000億円となっている。

ウェブ会見した河村芳彦副社長は、この好調さにもかかわらず先行きで慎重な見方を示した。世界的なリセッションと中国ビジネスの不透明感を当面は警戒し、「地政学リスクを考慮すると、一部の拠点を国内や同盟国に戻すこともあり得る」と述べた。

◆財界活動を引き受けた悪影響

この決算を見ると、日立の行く末に問題はなさそうだ。ところが元幹部によると、「東芝に似ていないか」という声が社の内外に囁かれているという。特に、電力に関わる面に不安があるそうだ。この人によると、東芝と2つの類似点がある。

第一は、財界活動に巻き込まれ、本業が悪影響を受けることだ。

東芝は古くは、石坂泰三、土光敏夫という名経営者が会社を飛躍させ、その後に経団連会長になった。同社は三菱、三井、住友以外の非財閥系企業で、財界の中では中立的立場だ。そのために経団連会長になりやすい。東芝を、一時、重電、原子力で2000年代に成長させた西室泰三氏(1935-2017)は、亡くなる直前には、財界、本業以外の活動に積極的だった。05年に会長から相談役になった後で、公職を歴任した。

ところが西室氏は、社長を務めたゆうちょ銀行で不祥事の責任をとらされ、16年に退任。さらに東芝の経営危機は、西室氏が敷いた原子力への積極策が影響したとされる。西室氏の指名で後任になった西田厚聡元社長は利益水増し、原子力分野の巨額の買収の失敗などの失策を行なってしまった。

日立は2008年度決算で、約7800億円の赤字決算を出した。その際に、子会社転出後の役員らを呼び戻し、幹部を入れ替えた。川村隆氏(1939-)、中西宏昭氏(1946−2021)はその時、子会社の経営者から日立本体に復帰し、大規模なリストラと、今の重電、電子ソリューション分野への注力の路線を敷いた。

日立は、東芝と違って財界活動にはそれほど関心を示さなかった。いまは昔と違って各社とも経営に余裕はないし、利益にもつながらない。14年には川村氏が経団連会長に推薦されたが就任を固辞。中西氏は経団連会長に18年から就任した。当初は就任を固辞したが、今の財界の人材不足と、ふさわしい大企業がなかったために、引き受けてしまった。

川村氏は17年に東京電力会長に就任するが、20年に退任してしまう。早期の退任は年齢面もあるが「事実上国営化され自由に行動できない東電の経営の自由度を上げようと動きはじめ、政府に嫌がられた」(電力筋)という説もある。日立幹部O Bによると、こうした財界活動に引き込まれると、日立の経営に悪影響が出かねないという懸念が会社にあるという。

現在の東原敏昭会長、小島啓二社長は、中西氏に近い人材、その路線の忠実な後継者とされる。「危機の際に自発的に、同じ対応ができるか疑問」(日立幹部OB)という。

◆原子力の束縛の悪影響も

東芝との類似点の第二点は、原子力を巡る問題だ。筆者が懇談した日立幹部O Bは原子力の経歴はなかったが、こんなことを述べていた。「原子力に関わる人は、それを発展させなければいけないと、思い入れを持つ。川村さん、中西さんもそうだ。しかし国策であり、一企業ではどうしようもない。東芝はそれで転んだ」。経歴では中西氏はI T・システム中心だが、川村氏は原子力、発電畑の出身だ。2人とも原子力の必要性をことあるごとに強調していた。

20年の日立の英国からの原発事業の撤退では、同社は3000億円の損失処理を余儀なくされた。これは中西氏主導のプロジェクトだった。その失敗には、日英経済協力の外交案件になって、また英政府の政策変更に翻弄された気の毒な面があった。ただし撤退が遅れたのは、「中西さんらしくなかった。経団連会長職による束縛と、原子力への思い入れのためかもしれない」(同)。日立・G Eの原子力事業は次の成立しそうな案件は見当たらない。一方で中国、ロシア、韓国企業は世界で攻勢をかけている。

現在、日立は子会社の整理が終わり、前述のグローバルロジックなど巨額投資の結果を待っている状態だ。現時点では業績上の効果が出ている。しかし10年に原子力への巨額投資が一巡した東芝でも、似た姿があった。また独シーメンス、成長中の中国企業などとの競争の中で、システム、重電分野の日立の優位局面は長く続くとは限らない。

財界活動と原子力。この東芝をつまずかせた2つの問題をきっかけに、好調の日立の業績が暗転する可能性があるかもしれない。

【記者通信/11月28日】原油価格急落で昨年12月水準に 国の補助金見直しも?


原油価格の下落が止まらない。米原油価格指標のWTI原油先物は11月28日午前に1バレル73ドル台に突入し、一時73.7ドルまで急落した。今年12月下旬以来の水準だ。先週、主要7カ国が適用するロシア産原油の価格上限制度を巡って、現在の相場とほぼ同水準の「1バレル65~70ドルを上限に設定することを検討」との情報が流れたことで、供給減少の懸念が後退。さらに、中国の厳格な新型コロナ対策への抗議デモで需要後退懸念が高まっていることも、全体的な原油相場の押し下げにつながっているとみられる。

先行きは不透明だが、もし今後も引き続き70ドル台で安定的に推移するのであれば、昨年1月下旬にガソリンなど石油燃料への補助金投入を始める前の市況水準に戻ることになる。その上で為替が円高に振れていけば、補助金の根拠がなくなるわけで、政府の総合経済対策にある「(燃料油価格の高騰に対しては)来年度前半にかけて引き続き激変緩和措置を講じる。具体的には、来年1月以降も、補助上限を緩やかに実施し、その後、来年6月以降、補助を段階的に縮減する一方、高騰リスクへの備えを強化する」との方針の見直しが求められる可能性もある。

その一方で、オーストラリア産石炭(一般炭)の相場は25日現在1t当たり347ドルと相変わらず高値圏での推移。アジア市場のLNGスポット価格(JKM)も依然として100万BTU当たり30ドル台前半で高止まりしている状況だ。このため、国内の電気・ガス料金の燃料・原料費に関しては今後も高値傾向が続く公算が大きい。大手電力6社が想定する規制部門の電気料金の値上げ改定に影響を与えることはなさそうだ。

【記者通信/11月25日】東北・中国電が3割強の値上げ申請 赤字解消へ正念場


大手電力会社による低圧規制料金の値上げ改定に向けた申請ラッシュが始まった。4月の改定実施を視野に、11月25日までに東北・中国電力が経済産業省に申請を済ませ、北陸、四国、沖縄が月内にも申請する見通し。経済産業省の有識者会合などが値上げ額の妥当性について査定を行った上で正式に決定する。当初月内に申請すると見られていた東京については、年明けの申請、6月の実施を目指すもようだ。

今回、各社が値上げに踏み切るのは、2016年の全面自由化後も「需要家保護」を名目に規制が残されてきた経過措置料金。具体的には、東北は、24年2月の女川2号の再稼働を織り込むことで5ポイント上げ幅を抑制しつつ平均で32・94%の値上げを申請した。これにより、標準的な家庭(契約種:別従量電灯B、使用電力量260kW時/月)の月額料金は現行比31・72%値上がりの11282円となる。中国は24年1月末の島根2号機の再稼働を織り込むことで3ポイント上げ幅を抑制。平均で31・33%の値上げ申請となった。標準的な家庭(従量電灯A、使用電力量260kW時)の月額料金は現行比29・88%値上がりの1万0428円となる。

今回の料金値上げの背景には、22年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受けた燃料や卸電力市場の価格高騰がある。東北は今年6月、中国は3月に燃料費調整制度の平均燃料価格が上限を超過。既に規制が外れている高圧・特別高圧契約の料金値上げや、低圧契約の自由部門で燃調上限を廃止するなど手を打ってきたが、東北の場合、10月末までの自社負担額212億円中119億円と大半を規制料金分が占める。低圧契約も含めて自由部門は燃調上限を廃止済みの中国でも、22年度340億円の自社負担額が来年度には450億円まで膨れ上がる見通しで、規制部門の赤字解消が喫緊の課題となっていた。

値上げ改定に合わせて両社は、逆ザヤの要因となった燃調の前提となる電源構成比などを見直し、基準燃料価格を大幅に引き上げ(東北は3万1400円→8万5400円/㎘、中国は3万9000円→8万0300円/㎘)、燃料市況の変動をより確実に料金に反映できるようにした。

規制料金の限界が浮き彫りに 来年4月実施を危ぶむ声も

とはいえ、自由化の進展や再エネの導入拡大により電力の需給構造は前回改定時から激変。これまでの延長上の見直しではこの変化に対応できるとは到底言えない。例えば、卸市場価格の変動が調達コストに与える影響が増す中、自由部門では燃料費のみならずこの市場価格を料金に反映する調整項を導入する動きが始まっているが、「特定小売り供給約款料金算定規則」に則って策定する規制料金では、燃料費以外の調整項を設けることができず、こうした構造変化を料金に柔軟に反映することができないままだ。自由化時代における現行の規制料金制度の限界が浮き彫りになっているわけで、その存在意義も含めて抜本的に見直すタイミングが来ている。

関係者の中には、公聴会や査定といった手続きに必要な時間を踏まえれば、来年4月の改定実施は間に合わないとの観測もある。だが、健全な電力安定供給体制が維持困難な状況を放置してはならず、経産省・電力ガス取引監視等委員会には迅速で適切な審査が求められる。