1.「ルール形成型の市場創出に取り組む企業」(経産省発表)
経済産業省が4月に「ルール形成型の市場創出に取り組む企業」、すなわち「サステナビリティー(持続可能性)など付加価値を重視した、世界や業界で共通するルールづくりを通じて市場を拡大する力のある企業」(日経新聞)を発表した。発表当日、先がけて日経新聞が報道した。
◎日経新聞4月17日付〈ルールづくりがうまい企業〉〈経産省 ダイキンなど10社〉〈経済産業省は世界や業界で共通するルールづくりを通じて市場を拡大する力のある企業10社を選定した。省エネ分野で新たな国際規格を作ったダイキン工業などを選んだ。17日にも公表する。サステナビリティー(持続可能性)など付加価値を重視したルールづくりでビジネスを拡大する企業について、約1300社を対象に行ったアンケート結果に基づき選定した。専門家の意見を踏まえ、収益性や政策提言力なども調査項目とした。具体的な企業は、IDEC、インフロニア・ホールディングス、川崎重工業、コニカミノルタ、小松製作所、塩野義製薬、積水化学工業、ダイキン工業、ヤマハ、ユニ・チャーム。〉
◎経済産業省4月17日プレス〈ルール形成型の市場創出に取り組む企業を公表します〉〈……昨今のマーケットでは、規制、標準、業界基準等のルールを自らリード・形成し、市場を創出することが有効です。ルール形成を通じて新たな市場を創出する力を「市場形成力」と定義し、それを可視化する「市場形成力指標」を……公表しました。2021年度から23年度には、ルール形成に取り組む企業の現状を把握するため、「社会課題解決型の企業活動に関する意識調査」を実施しました。……調査の結果、市場形成力指標のスコアが安定的に高い企業のうち、ルール形成による市場創出の取組が確認できた企業を公表します。
●エネルギー関連
〇ダイキン工業:インドなどにおいて安全規制の改正と省エネ法の基準強化を働きかけ、省エネ基準値が競争指標となるエアコンの市場を創出
〇川崎重工業:技術開発段階からの国際標準化によって他国製品との差別化を図り、日本優位の水素サプライチェーン関連機器市場を創出
・その他の企業
IDEC、インフロニア・ホールディングス、コニカミノルタ、小松製作所、塩野義製薬、積水化学工業、ヤマハ、ユニ・チャーム〉

◎経済産業省22年3月22日公表〈ルール形成型市場創出の実践に向けて「市場形成力ガイダンス」―社会課題解決でビジネスを創る経営の手引き―〉より抽出
「ルール形成型市場創出」とは、「社会課題解決活動とルール形成を組み合わせることで新たな市場を創出するもの」
●「ルール形成型市場創出」パターン別企業事例
1)政策リードによる規制デザイン
各国の産官学キーパーソンとの適切なリレーションを構築し、市場創出に資する規制の策定/改革をリード
例)ダイキン工業 インバータ・エアコン市場(中国)
社会課題解決活動:
エネルギー効率の高いインバータ・エアコンを製造販売
ルール形成:
・現地トップ企業を巻き込み、省エネ推進に苦慮する中国政府の政策形成をリード
・インバータ・エアコン実現に有利となる省エネ基準改定を実現
2)標準化によるイノベーション連携の促進
標準化・規格策定や技術のオープン化を通じて、多様な事業者が新市場に参入/貢献しやすくなる技術的基盤を構築
例)ソニー キャッシュレス決済サービス市場
社会課題解決活動:
キャッシュレス社会の実現に向け、セキュアな非接触IDカード技術方式「Felica」を提供
ルール形成:
・近距離無線通信規格としてFelica方式の国際標準化を実現
・ソフトウエア開発キットを公開し、Felicaアプリケーション開発への新規参入を容易に
3)業界コンセンサス形成による新たな「モノサシ」開発
アジェンダ/問題意識を提起して企業を巻き込み、新たな「価値」を定義する認証基準等を策定
例)雪ケ谷化学工業(東京都品川区) フェアトレード天然ゴム市場
社会課題解決活動:
フェアトレード(途上国との公正な取引)で調達した天然ゴムを用いた製品を製造
ルール形成:
・強制労働などがなく、公正に取引された天然ゴムを用いた製品を証明する「フェアトレード天然ゴムマーク」を創設
・同業他社や取引先と連携して枠組みを拡大
~ダイキン工業のルール形成力~
このように、今日的な「ルール形成型の市場創出」とは、『政策や法的な規制の枠組、あるいは規格化・標準化を自らリード・形成し、社会課題の解決につながる新たな商品市場を創出すること』をいう。経産省のリストで「ルール形成型の市場創出に取り組む企業」として挙げられたダイキン工業は、「インドなどにおいて安全規制の改正と省エネ法の基準強化を働きかけ、省エネ基準値が競争指標となるエアコンの市場を創出」しているとされた。同社のこうした「アドボカシー(支持)活動」は重要な事業戦略の一つとされる。筆者は以前、経産省の産業政策担当の幹部やブリュッセル駐在経験のある幹部から、同社のルール形成力への高い評価を聞いていた。同社の井上礼之会長(当時)は22年8月、日経新聞の取材に、欧州でヒートポンプ暖房を再エネに認定するルール形成への参画について述べている。それは、長年のキーパーソンへの丁寧な情報提供、脱炭素時代の環境技術という共感、そして技術力と商品力の裏付けで実現したもので、逆にルール形成に関与しないことのリスクを指摘した。
◎日経新聞22年8月31日付〈省エネ暖房、独り勝ちの理由は? ダイキン会長に聞く〉
Q:欧州でヒートポンプ暖房が拡がっています。
A:ヒートポンプ暖房は空気中の熱を集めて、その熱を移動することで暖められる技術だ。必要なのは小さな電気だけで、二酸化炭素(CO2)排出量は燃焼暖房に比べてとても少ない。 カーボンニュートラルに向けて欧州で環境規制が厳しくなる中、「地球に優しい」ヒートポンプに急速に変わりつつある。ロシア産天然ガスの依存度を減らすためにEUが決めた政策の中にも、ガスボイラーからヒートポンプ暖房への置きかえを加速する項目が入った。ヒートポンプ暖房は08年に再生エネルギーとしてEUに認められた。ダイキンはルール形成から参画してきた。今は絶好のチャンスだ。
Q:欧州では外資になるダイキンが、なぜヒートポンプ暖房が再エネに認定されるといったルール形成に参画できたのでしょうか?
A:欧州には地場の空調メーカーがない。ダイキンは欧州で50年も事業を展開し、冷房で欧州委員会やキーパーソンとつながり、丁寧に情報提供してきた。培った人脈をすべて生かせる有利な立場にいる。ヒートポンプの最先端にもいる。ルール形成には一企業のエゴでなく共感できる大義名分と、技術力や商品力の裏付けが必要だ。環境技術は脱炭素の時代に納得性が得られる。
Q:日本企業はルール形成が得意ではありません。
A:企業にとって、戦略を実行する手段のひとつにルール形成がある。ルールに関わらないリスクは昔より大きい。規制が決まる前に、先に先に動かないといけない。企業は業績向上だけでなく、環境にどう貢献するか、社会的責任をどう果たすかの比重が大きくなった。企業の盛栄を決めるひとつの要素になっている。……〉
電気新聞は、〈欧州政策に見るヒートポンプ普及の鍵〉と題して、拡大する欧州ヒートポンプ市場について、シリーズで特集している。
参考=電気新聞 シリーズ〈欧州政策に見る ヒートポンプ普及の鍵〉
8月14日(1)〈販売急増、脱炭素後押し〉〈導入に手厚い補助金/ボイラー規制を強化〉
8月15日(2)〈日本の技術 存在感〉〈地産地消で需要取り込む〉〈省エネ性や再生可能エネルギーを利用する環境性の観点から脱炭素政策の後押しを受け、急拡大を続けてきた欧州ヒートポンプ(HP)市場。日本メーカーも大きな存在感を示しており、近年の急拡大をけん引してきた機器の生産能力増強などにも注力をしている。HP機器のメーカーとして名を連ねる日系企業は、ダイキン工業やパナソニック、三菱電機など。これら日系メーカーは、HP機器の要となる圧縮機や高効率化に貢献するインバーター、低環境負荷な冷媒といった基幹技術に強みを持つ。欧州でも大きなシェアを占めており、近年の市場拡大を踏まえ、22年頃から次々と欧州におけるHP機器の製造能力増強に向けた戦略も打ち出し始めた。各社に共通するのは、欧州周辺で拠点を整備・強化し、地産地消で需要を取り込もうとする点にあると言える。代表例が、ダイキンの欧州・中東・アフリカ事業を担うダイキンヨーロッパの計画だ。同社はベルギーの……北海に面する港町・オステンドに本社を構える。中核となる生産・開発拠点もあり、同地のオステンド工場では主に店舗やビル向けのエアコンといった大型業務用製品を生産している。設立は1972年。翌73年にオステンドで空調機の生産を開始した同社は現在、売上高約7735億円、従業員数1万3000人超、生産拠点18カ所、販売会社約49社、開発拠点13カ所の規模までに成長した。……現在取り組んでいる計画が新たな生産拠点の整備だ。3億ユーロ(着工発表時の為替換算で423億円)を投じ、ポーランドに新工場の建設を進めている。 生産を予定しているのは、主に家庭で使用されるHP式給湯暖房機。欧州市場の急拡大をけん引してきた機器だ。……〉
8月20日(3)〈コストと意識の壁〉〈「行動計画」示し再加速へ〉