4月1日、電気事業連合会の新会長に中部電力の林欣吾社長が就任した。この3年、電力業界では、電力販売に関するカルテルや新電力事業者の顧客情報を不正に閲覧していた問題で、経産省から業務改善命令などが発せられてきた。その中での会長交代である。3月15日の発表を受けた各紙の見出しも〈業界の盟主不在 電力カルテルで迷走〉(日経)、〈不祥事続き選出難航〉(読売)と、業界の置かれた状況を表していた。電事連会長職は、福島第一原発事故で東京電力が事実上国有化された後、関西電力と中部電力が担うこととなった。関電の八木誠氏、中電の勝野哲氏が務めた後、2019年6月に関電の岩根茂樹氏が就任するも金品受領問題で辞任した。勝野氏が一時的に復帰した後、20年3月に九州電力の池辺和弘社長が〝中3社〟以外から初めて会長に就任し、既に4年が経過、今回の林社長就任となった。発表後の全国紙記事においても、近年の電事連会長リストを日経新聞電子版、読売新聞、朝日新聞等が掲載していた。

<近年の電事連会長>
東京電力 清水 正孝 10年6月~11年4月
関西電力 八木 誠 11年4月~16年6月
中部電力 勝野 哲 16年6月~19年6月
関西電力 岩根 茂樹 19年6月~19年10月
中部電力 勝野 哲 19年10月~20年3月
九州電力 池辺 和弘 20年3月~24年3月
中部電力 林 欣吾 24年4月~
◎3月15日 電事連会長交代会見でのやり取り(抜粋)
記者:林新会長にお尋ねする。4年前に池辺会長が電事連会長に就任する際も不祥事などがあり電力業界が揺れている最中での就任だったが、今回も3月に中部電力と東邦ガス間でカルテルがあった直後での会長就任となった。このことについてどう考えているのか。また、今後、電力業界の信頼回復に向けてどのように取り組んでいくのか教えてほしい。
林新会長:まず、中部電力として話をさせていただくと23年3月30日に関西電力との間で独占禁止法違反の疑いで課徴金納付命令等を受けた。中部電力としては、同日に課徴金納付命令等の取り消し訴訟を行うことを決断し、23年9月25日に取消訴訟を提訴。今後、事実認定・法解釈の食い違いについて法廷の場で主張していく。また、本年3月4日には、東邦ガスとの間で独占禁止法違反の疑いで課徴金命令などを受けた。こちらは、社内調査の結果、独占禁止法に抵触する事象が判明したことから、処分を受け入れた。いずれにしても、疑いをもたれることや命令を受けたことについては、非常に重く受け止めている。……各事象によって対応は異なるが、今、中部電力社長としてやるべきことは、こうしたことを二度と起こさないために、日々、コンプライアンスの徹底を確実に遂行していくことである。4月からは電事連会長として業界全体の代表となる。電事連も会議体を再編するなど新しくかわることから、新しいルール・規範を着実に守っていくことで、信頼回復に努めていかなければならないと考えている。……
記者:今年3月には、中部電力と東邦ガスでカルテルがあったと報道されている。後任人事選定において、このような状況をどのように受け止め、考慮したのか。
池辺会長:個社の話であり詳しくは承知していないが、九州電力も含めて、カルテル事案で疑われたという事態があり、コンプライアンスの強化に向け、九州電力も中部電力も一生懸命、ルール作りをした。さらに、電事連としても、弁護士の先生のお力も借りながら、コンプライアンスの強化を図ってきたところ。その成果があれば、同様の事象は再発しないと思うし、コンプライアンスはしっかりと達成していけるだろうと考え、林社長に後任をお願いすることが一番良い選択だと思った。
記者:そのような中で業界トップに就任すると周りからの見え方があると思う。その部分も考慮した上で後任として選定したのか。
池辺会長:詳細について把握していないという前提で申し上げれば、林社長が直接的に関わったということではないと思うし、過去の事案であって、現在はカルテルの経験を経て正常化されており、よりコンプライアンスの高みへ向けて進んでいらっしゃると思い、適任だと考えた。
◆会長人事発表後の全国紙記事の動向
記者会見後の全国紙の記事は、内容としては、電事連新会長が対処する課題より、中部電力から新会長が選ばれる経緯などに重きがおかれていた。
◎読売新聞3月16日付〈電事連 会長に中部電 林社長〉〈不祥事続き選出難航〉〈……電事連会長の任期は原則1期2年だ。業界の相次ぐ不祥事も影響し、4年ぶりの交代となる。……2019年には関電の金品受領問題が発覚し、当時の社長が電事連会長を辞任した。その後、中部電を挟んで池辺氏が九電から初めて後任に就いた経緯がある。池辺氏の任期中も関西、中部、中国、九州の4電力が電力販売を巡るカルテルを疑われる問題が発覚した。新電力の顧客情報を不正に閲覧にしていた問題もあり、後任探しは難航した。関電が会長職への復帰に意欲を示していたとされるだけに、前者の理解を得られなったとの見方も出ている。池辺氏は、……選出の経緯については、「私から提案し、満場一致だった」と強調した。今年は、中長期的なエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の見直しが議論される予定だ。電力業界にとって重要な時期だけに、林氏は「新しい規範を着実に守り、信頼回復に努めなければならない」と述べた。〉
◎朝日新聞3月16日付〈電事連会長に中部電・林氏〉〈大手電力カルテル疑惑が影 「順番」崩れる〉〈処分免れた関電へ 不信感〉〈……現会長の池辺氏は中部電から引き継いでおり、本来は関電にバトンタッチするのが「流れ」だった。なぜ中電になったのか。2019年に関電社長が金品受領問題で辞任したため、前任の中部電が再登板した経緯がある。……今回、事業規模の大きい3社が会長を担う慣行が復活する場合、関電の番だった。関電は意欲があるとみられていた。電事連は2025年の大阪・関西万博にパビリオンを出展する計画で、「おひざ元」の一大イベントを会長として迎えたいのでは-。業界内では、そんな声が聞こえた。しかし、影を落としたのが、カルテル疑惑だった。公正取引委員会は昨年3月、……中部、中国、九州の各社に総額1010億円の課徴金を払うよう命じた。一方、関電は関与を認定されたが、調査前に違反を申告し、処分を免れた。中国電は会長と社長が引責辞任。各社は命令を不服として処分の取消訴訟を起こした。
残ったのは、関電に対する各社の不信感だ。処分を受けた会社の関係者は、関電がカルテルを主導したと主張。「心情的にはまだ許せない。関電の下ではまとまれない」と漏らす。結局、新会長は中部電で落ち着いたが、経済産業省幹部は、「皆すねに傷があり、清廉潔白ではない。誰が会長になっても、『襟を正してちゃんとやってくれ』としか言えない」と話す。その中部電は、東邦ガスとの間でも独禁法違反の疑惑が浮上。今月(3月)、大口の都市ガス販売の受注調整をしたとして公取委に違反を認定された。社内には電事連会長職を引き受けることに慎重な意見もあったが、林社長の続投が決まり、「次の電事連会長は林氏」との見方が広がった。こうして発足する林体制だが、難題が待ち構えている。ある電力幹部は「電事連の最大任務は原子力事業の推進。中部電は浜岡原発の再稼働も果たせておらず、相当な重責になる」と解説する。「関電は高浜原発などを稼働させており、感情論を抜きにすれば関電の方がいい」との本音が漏れる。……〉
◎日経新聞3月16日付〈電事連会長に中部電社長〉〈業界の盟主不在 電力カルテルで迷走〉〈……電力カルテル問題など相次ぐ不祥事で、後任探しは約3年に及んだ。最後は池辺和弘会長(九州電力社長)がこれ以上の続投は難しいとして、中部電に後任を強く求めた。盟主不在で難航した後任探しは、電事連の影響力の低下を示す。……電事連会長の任期は通例1期2年。会長職はエネルギー問題で国との交渉が多い。東京との距離が遠い九電では負担が大きく、池辺氏は2年での交代を模索していた。1期目の後半の2021年、池辺氏が最初に水面下で感触を探った相手は東北電力だった。だが、東北電は女川原子力発電所2号機の再稼働が最優先事項で、前向きな回答はなかった。池辺氏は2022年、東北電力に2回目の感触を探ったがかなわなかった。東北電は被災地に立地する原発を抱える。慎重に再稼働を進める必要があり、再稼働を積極発言する立場の電事連会長は難しかったとみられる。2023年に入り、池辺氏は任期丸4年の2024年で交代すると腹をくくった。九電社長としても6年目となり、社長職に専念したいとの思いがあった。だが、2023年春にカルテル問題が起きた。公正取引委員会は企業向けの電力供給で関電とカルテルを結んでいたとして、中国電力と中部電、九電の3社などに総額1010億3399万円の課徴金納付を命じた。関電は自主申告で課徴金を免れた一方、中国電力は経営トップも辞任する事態となった。関電は金品受領問題から時間がたち、電事連会長としての適性はあったが、関電では大手電力がまとまらないとの声があった。東北電に対しては「3度目の打診はしない」(九電幹部)。電事連会長を期待できるのは中部電しかなかった。ただ、中部電も3月4日に東邦ガスとのカルテル問題で公取委から課徴金納付命令を受けた。関電とのカルテル問題に続く2年連続の行政処分となる「今引き受けるのはタイミングが悪い」(幹部)と慎重論は根強かったが、最終的に引き受ける方向に傾いた。2024年は次期エネルギー基本計画の議論も動き出す。 電事連が影響力を及ぼせるかどうかは、林氏の下で大手電力が結束できるかにかかっている。〉