【目安箱/9月26日】米国が狙うか?水素の対日輸出 実用化の難しさを考える


やや旧聞になるが、NPO法人国際環境経済研究所(IEEI)が8月末に講演会を行なった。その中で、所長の山本隆三氏が水素とエネルギー問題の分析をした。日本では水素への期待が先行しているが、講演聞きながら、実用化までの難しさを改めて考えた。

講演する山本隆三・国際環境経済研究所所長

EUは温暖化と脱化石燃料を探る中で、ロシアの天然ガスに依存しながら再エネの拡大を進めた。全EUで見ると2020️年に、天然ガスの46.8%はロシアからのものだ。

そうした状況で2022年2月にウクライナ戦争が始まった。化石燃料のロシアへの依存度を高めた欧州では、今は逆にロシアから離れるために、大変な苦悩をしている。

そして世界のエネルギー供給を見ると、エネルギー多角化を進めても、21年に世界の8割は今でも化石燃料で、その完全な転換は難しい。一方で、気候変動対策で50年にCO2の排出を、実質ゼロにする目標を主要国は掲げている。おそらく不可能だが、その実行性も課題になっている。

◆化石燃料後を考える米国の産業界

脱炭素のためのエネルギー源で、世界が注目するのは水素だ。「ただし現時点ではエネルギー効率、価格の面で水素の利用は課題があり、その採用が合理的な選択とは思えない」というのが、山本氏の考えだ。水素はその製造段階で膨大なエネルギーを使う。山本氏は、今年4月に米国を訪問し、研究者、業界団体、当局者と意見交換をした。2023年6月に米国は、「国家クリーン水素戦略」を発表している(JETRO記事)。

米国が水素の利用拡大に注力する背景には、米中の経済覇権争いがあると、山本氏は指摘した。再エネでは太陽光、風力の製造設備で、中国がトップシェアを占める。水素の利用はこれからインフラが世界各国で作られる状況だ。米国政府、そしてエネルギー産業は、水素によって中国に対して世界のエネルギーシステムづくりで巻き返しを図ること、そして化石燃料の後のエネルギーシステムのことを考え、水素に注目しているという。

水素1tを化石燃料から製造する場合には、石炭では約20tのCO2、天然ガスでは8~9tが出る。出たものをCCS(地下駐留)と組み合わせる構想がある。また水の電気分解による製造には大量の電力が必要で、その点で原子力発電が期待されそうだ。化石燃料から出る燃料を含めて「クリーン水素」と米国は前述のリポートで名付けた。このネーミングには現実をごまかす作為があるが、国の重要な目標と米国政府と産業界が位置付けているのは間違いない。

米政府は、水素の生産量を2050年に5000万tと想定しているが、米国の石油ガス業界は、もう少し大きな数量を想定し、そのうち9割を天然ガスから作りたいとする。ただし、山本氏は効率性の観点からそれが実現するかは難しいとの考えだ。「米国のエネルギー関係者たちは、官民共に、化石燃料の少ない東アジア、特に日本と韓国に天然ガスの代替物として水素を売り込むことを考え、その需要を広げたがっているようだ」という。

水素が足りない日本、先が見えず

それでは、日本の水素の利用は今後どうなるのか。日本政府は23年6月に「水素基本戦略」を定め、水素を次世代の重要なエネルギー源としている。そして、50年に2000万tの需要を産むことを目指し、それに応じた供給体制も作ることを予定している。しかし現在の生産量は年間数十万tで、かなり非現実的な目標だ。

例えば、製鉄業は今、CO2を少量しか出さない水素を使った製鉄法を検討している。日本のJFEがその採用をめぐる試算を出したが、日本の高炉製鉄が必要とする全エネルギーを水素とすると、年間2000万tの水素が必要になるそうだ。水の電気分解で製造すると必要な電力量は、日本の今の発電量と同じだ。山本氏はそれを紹介し、「水素に期待はあるが、現時点でそれがエネルギーの中心になるか見極めは難しい面がある」と指摘した。

欧州発のエネルギー危機を受け、同盟国内でのエネルギーと資源の確保が重要になっている環境下、米国からの水素輸入は、考えられる選択肢ではある。しかし、これまで述べたコストの問題があり現時点では採算性は非常に難しい。さらにその輸入は専用船が必要で、さらにコストがかかるだろう。

日本は稼げる産業を「失われた30年」といわれる直近に作り出すことができず、また産業構造の転換もできなかった。新しい産業の創出を模索し続けなければいけないが、それをしやすくするためには製造などのコストを下げることを常に考えるべきだと、山本氏は指摘する。そして「水素の採用もそれに基づいて判断するべきだ」とまとめた。

◆米国に引きずられず、日本のためになる水素の活用を

岸田政権は経産省主導でGX(グリーントランスフォーメーション)を国の重要な政策にしている。ただし、人の意見を聞きすぎる岸田首相の政権らしく、注力する24業種を掲げて総花的だ。そして水素はその中に埋没しまった。そして水素に関しては、山本氏の指摘した製造、需要面の課題も未決定のままだ。日本も本腰を入れるべきであろう。

コストと効果を見極めた、日本での水素の適切な活用が期待される。まだ水素は世界的にエネルギーへの利用が始まったばかり。経済が衰えたとは言っても、日本の産業界、エネルギー業界は、その水素利用のシステム作りに関わる技術力をまだ持っている。しかし、米国からの外圧によって水素の利用を拡大する、もしくは先行しても中国に主導権を取られるという、この30年、産業政策で繰り返した展開は見たくない。

【目安箱/9月22日】処理水放出で関係者の動きを考察 残念な日本学術会議の沈黙


福島第1原発の処理水は8月24日から海洋放出された。この問題で、それぞれの関係者の行動を「よく働き、自らの責任を果たしているか」という観点から、査定してみた。その中で分かったのは、日本の学会、科学者の動きが鈍いことだ。

TBS NEWS DIG Powered by JNN より

◆予想外に頑張る経産省と西村大臣

今回の汚染水の放出で、当事者の東電は、長い期間、処理水をめぐる広報を丁寧に行ってきた。専門サイトを立ち上げ、大変詳細で、わかりやすい内容だった。この努力は評価されるべきであろう。

予想外の頑張りが目立ったのは日本の政治と行政だ。西村康稔経済産業大臣は、自らSNSでの発信、メディアへの露出を繰り返した。経産省、外務省、環境省は積極的に各種のSNSに情報を提供し「#STOP風評被害」と言う言葉を広めた。問題に直結する水産業を所管する農水省は目立たなかったように思える。

SNSのXで熱心に広報を続けた西村経産相

日本のメディアは、産経が「処理水問題は情報戦」と主張し、国内外の異様な報道や意見を強く批判した。その他のメディアは、処理水放出の意義について積極的に語らなかった。そそして懸念などマイナス面ばかりを述べ、消極的に批判していた。政府を批判する漁師が少ないために、どのメディアも、福島の同じ漁師を取材していたのは滑稽だった。特に東京新聞は、反対派の主張を詳しく報じた。同紙を一般の人々が「風評加害」と強く批判している。

◆海外からの批判は一服

処理水放出を批判する人は国益、そして福島、さらには自分の利益を考えてほしい。その放出は福島事故の処理を先に進め、それは福島の早期復興と国民負担の軽減につながる。

日本人の大勢はそのことをよくわかっていた。処理水放出に大きな批判はなかった。各種世論調査でも放出を認める意見は6割を超えた。ネット上では、放出を騒ぐ人々を強く批判する意見が目立った。しかし、それでも日本共産党、れいわ新選組などの政治勢力は処理水を「汚染水」と言い続け、政府批判に使った。日本の大半の人々から批判される一方なのに、理解に苦しむ行為だ。

韓国では野党や左派勢力が「汚染水」と騒いだ。しかし韓国政府は、原子力学会、企業が一体になって、科学的事実を伝え、「デマは韓国の水産業、飲食業に悪影響を与える」と批判した。

中国政府の攻撃は「日本の水産物の輸入禁止」など放出直後は強いものだった。また一般民衆が怒って日本に電話することが広がるなど、異様な行為も行われた。しかし9月になると中国政府の批判、嫌がらせは一服している。中国政府はいつものように、共産党の一党独裁政権での庶民の日常生活での不満を解消するため、日本を批判するように仕向けたように思える。

◆沈黙をした日本の科学者

処理水問題の関係者の中で残念なのは、日本の原子力に関わる科学者の動きが鈍かったことだ。メディアは処理水放出を認める科学者の意見を積極的に出さなかったが、それでも科学者の発信は少なかった。

日本学術会議は、日本の科学者を代表する機関で、政府に科学的知見を提供し、また政府からの諮問に答える役割がある。年間約10億円の国の税金が投入されて運営されている。しかし、政治的な動きが強いと世論から批判を受け、今、その運営の在り方が議論されている。

そんな状況にある日本学術会議は、今回の処理水問題で、声明や科学的分析を全く出さなかった。同会議のウェブサイトにある提言と広報一覧で確認できる。処理水問題は、その安全性の科学的評価が論点になっている。福島事故で出た放射性物質の危険性が外国や国内の一部勢力から批判されている。しかし、同会議はそれに沈黙している。

残念ながら日本原子力学会も問題に積極的にコメントしていない。

◆福島問題で日本学術会議は動かず

日本学術会議では、年間20−30の社会問題に対する提言を出すが、これまで福島事故と、放射能問題について、積極的に議論をしなかった。事故直後に同団体は2011年6月に政府の諮問に応じて、会長談話「放射線防護の対策を正しく理解するために」を公表した。そこで健康被害はないことを断言しなかった。そして2016年ごろに社会が落ち着いてから、健康被害の可能性は少ないと、いくつかの報告書を出した。

福島の放射能問題は、実際に健康被害は起きるものではなかったのに、「危険だ」という感情論で状況が混乱してしまった。その是正に学術会議は関わらなかった。

日本学術会議の会員は210人いて、任期6年で入れ替わる。福島事故前後に会員だった原子力関係者に、「なぜ福島の問題に取り組まなかったのか」と聞いた。同会議内部では、積極的に関与すべきという声はあったという。しかし2014年ごろまで反原発の動きは感情的で過激だった。学者の多くは、そうした罵倒や攻撃的な批判に慣れておらず、騒動に巻き込まれることを恐れた。そして事務局の役人も面倒を嫌がり、動かなかったという。「その一方で、文系の学者主導で反原発を主張する動きが常にある」と、その関係者は苦々しげに語った。

処理水問題での学術会議での沈黙の理由を筆者は調べていないが、同じ事情があるのかもしれない。

韓国では原子力の学会、関係者が処理水は安全だと政府と学会、科学者が一体になって、おかしな国内のデマに反論していた。当事者の日本の科学者が動かなかったのとは対照的だ。

◆不作為が、原子力・エネルギーの発展を妨げる

福島原発事故は、事故を起こしたことも問題だが、一方で事故後の混乱にも多くの問題があった。その混乱の理由の一つは、科学的知見が政策に反映されず、社会に広がらなかったことだ。そして科学的事実を活用せず、感情で物事が動いてしまった。

科学が感情に負けた。理由の一つは、原子力関係の科学者たちが、問題に積極的に向き合わず、積極的に社会とコミュニケーションを取らなかったことにあるだろう。前述のように、福島問題から逃げ出したように見える日本学術会議がその典型だ。

原発事故から12年経過しても、日本の科学者の多くが厄介な問題から逃げ出す傾向は変わらないようだ。そのことが一因になって、原子力やエネルギー問題の正確な情報が今も広がらない。その結果、社会からそれらへの支持が福島事故以来少ないままだ。原子力・エネルギーの学者、関係者の大半の不作為によって、発展が阻害されている。自分で自分の首を絞めているように見える。

今回の処理水問題でも同じ状況が繰り返される。科学者とエネルギーなど社会問題の関係は、このままでいいのだろうか。

【メディア論評/9月21日】エネルギー価格抑制策延長を巡る政策・報道の変遷〈下〉


ところで、今般のガソリン価格高騰とはどういうものだったか。日経新聞はその点について触れている。

日経新聞8月31日付〈出口なき政策 偏る効果〉〈補助、主要国は日英のみ〉

〈ガソリン価格を抑える補助金政策の出口が見えない。根強い物価上昇やインフレ懸念に応じた政府の支援策は欠かせないが、今回の高騰の主な要因とされるのは為替の円安だ。補助金頼みで価格を抑え込む手法は根本的な原因からずれている。米欧の主要国でなお延長しているのは日本と英国だけだ。一時的なものであるべき緊急策が長期化することに伴う副作用の懸念も増す。2022年当初からのガソリン価格上昇分に占める影響度合いを見ると円安要因が8割を占め、原油高要因を上回る。(←日本エネルギー経済研究所試算)〉

〈日銀が金融緩和を続ける限り、円安基調が続く可能性は高く、政府が価格統制しても効果は限定的になる恐れがある。・・・・・・SMBC日興証券シニアエコノミストは、・・・・・・米欧は賃金と物価の相関性が高いと指摘した上で「日本も補助金頼みを脱し、金融政策を正常化していく中で賃金上昇のサイクルを強めていくのが本筋だ」と強調する。日本は一度決めた支援策の出口をなかなか描けない緊急策が長期化するほど次の戦略分野への資源配分は遅れる〉

「出口のない延長」全国各紙の社説は厳しめの論調に

こうした状況下、全国紙各紙の社説は、下記の見出しのとおり、「出口のない延長」について厳しめの論調となった。

産経新聞8月27日付〈ガソリン補助継続 明確な「出口戦略」を示せ〉

日経新聞8月31日付〈ガソリン補助金の出口なき延長はやめよ〉

朝日新聞8月31日付〈ガソリン補助 その場しのぎいつまで〉

読売新聞9月3日付〈一時的措置をいつまで続ける〉

その中で、日経社説では、激変緩和策を維持することの問題点、課題について挙げているので内容を紹介しておく。

〈政府は2022年1月から石油元売り会社に補助金を配り、卸値に反映させて店頭価格を抑えてきた。当初は3カ月間の予定だったが、ロシアによるウクライナ侵攻で原油高が加速すると補助額を積み増し、期限も4度延長した。ピーク時の補助額は1リットル40円に達した。その後、原油価格がいったん下落に転じたため、今年6月から補助額を段階的に縮小し、直近は10円程度に減っていた。ところが産油国の減産や足元の急激な円安の影響で、原油輸入価格は再び騰勢が強まっている。燃料高が家計や企業活動に与える影響は大きい。だが国が補助金で市場の価格決定に介入するのは、本来は禁じ手だ。財政支出は今後の延長でいまの4兆円から6兆円超へ膨らむ可能性がある〉

〈補助の長期化が燃料消費の増加を招いているのも見過ごせない。政府は2050年に温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標を掲げるが、2022年のガソリンの国内販売量は7年ぶりに増加に転じ、脱炭素に逆行する状況する状況を生んでいる〉

〈当初の狙いが激変緩和にある以上、単純延長はおかしい。消費抑制や移動手段の見直しで対処する余地があるはずだ。低所得世帯や零細企業、農漁業従事者や物流事業者、バスやタクシーなどの公共交通機関など、とりわけ燃料高の打撃が大きい対象もある。支援策はそうした層に的を絞るべきだ。次の期限とする年末に原油高や円安が落ち着く保証はない。出口戦略のないまま補助を引き延ばせば、歯止めが利かなくなる。終了への道筋を明示することが必須だ。持続的な賃上げなどを通じ、日本経済の体質を強くする取り込みにもっと力を入れるべきだ〉

持続的な賃上げが重要なポイント 価格転嫁で原資を稼ぐ

ところで、上記の社説の最後にある〈持続的な賃上げなどを通じ、日本経済の体質を強くする〉という点は、今後の経済対策、税制改正等でも重要なポイントとなる。

日経新聞8月30日付は、経産省が29日に下請け振興法に基づき、取引先の中小企業との価格交渉と価格転嫁に後ろ向きな企業を公表したとして、一部の企業名を掲載した。

経産省のある幹部によると、「価格転嫁で賃上げの原資を稼ぐというのは、政権の重視している部分。しかし一方で、調査はあくまで下請けへのアンケート評価を集計したものであることもあって、公表された大企業に行っているOBからお𠮟りを受けることもある」ようだ。

激変緩和策の延長という中で、経産省がこうした情報を公開し、日経新聞もまたそれを報じたことは意味のあることといえよう。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【ニュースの深層/9月19日】なぜ大手電力ばかり悪者に? 「東北値上げへの公開質問」に大きな疑問


宮城県内の学生らでつくる気候変動問題や食糧支援などに取り組む2団体が9月14日、電気料金を値上げした東北電力に対し公開質問状を提出したというニュースが報じられた。それによると、質問状では、電気料金の値上げによって生活困窮者が増えていると指摘。その上で、今年度に過去最高となる2000億円程度の経常利益が見込まれる中で、電気料金の値下げを検討しない理由や、女川2号機の再稼働に向け巨額の費用を投じている理由など7項目で回答を求めている。質問状を受け取った東北電力は「内容を精査して回答する」方針だ。

利用者に豊富な選択肢 全面自由化の理解進まず!?

この報道を見て、正直あ然とすると同時に、何だか悲しい気持ちになった。日々の生活費に困る苦学生がかわいそうだからではない。2016年の電力小売りの全面自由化から7年以上もたつのに、その現実が全く理解されていないように思えたからだ。

「電気料金をねん出するために食事を削ったり家賃を払えなくなったりという相談がすごく増えてきている。貧困が広がっている深刻な状況について(東北電は)分かっていないのではないか」。質問状を提出した学生は、ニュースの中でこう話していた。

だが、今や全面自由化によって規制料金以外の選択肢は豊富にある。まず東北電の中でも多様な料金メニューが用意されているし、もし東北電が気に入らなければ、比較サイトなどで他の新電力の料金を調べてみて現時点で最も安そうなメニューにスイッチングすればいい。そのメニューが自分の希望に沿わなければ、また別のものを選べばいいのだ。切り替える機会は、常に提供されている(平均的な料金水準は概ね市場動向に左右されるので、その点は仕方ない)。そうした自由化の現実を、逆にこの学生は分かっていないのではないか。

だいたい、電気、ガス、水道、電話、インターネット、交通、家賃、食料品といった必需品の支払い中で、値上がっているのは電気代だけではないのだ。むしろ、生活困窮者として公開質問状を突き付けるべきは、物価高の主因である円安の加速に有効な手立てを打てない政府といえよう。

大胆に値下げすれば困るのは新電力 大手電力独占に戻る可能性も

いずれにしても、規制料金の値上げで過去最高の利益を上げている東北電はけしからん、と思わせるような、メディアの報じ方だった。メディア自身、大手電力が自由市場ではなく、いまだに地域独占・総括原価制度の下に置かれていると考えているのではないか。そして、燃料費の変動が料金に反映されるまでのタイムラグや燃調上限など料金制度の仕組みが収益に大きく影響し、21、22両年度の連続大幅赤字から今年度の大幅黒字予想への転換が起きているという実情も理解していないのではないか。

何よりも、生活困窮者を救えるレベルにまで規制料金を大胆に引き下げる(月額数百円どころではない値下げになる)と、電源の内外無差別に抵触しかねないうえ、大半の新電力が太刀打ちできない水準となり、結果として大手電力回帰の現象を引き起こしてしまう可能性があることを、分かっているのだろうか。必然的に、競合する新電力から「規制料金は不当廉売ではないか」との批判が高まるのは、想像に難くない。

もしそこまでやるなら、いっそ自由化前の完全地域独占時代に戻した方が、利用者的にもすっきりしよう。そんなのできるわけがない、というのであれば、「再エネ賦課金の停止」という禁じ手を解禁する裏技も考えられる。ともあれ、現在の局面下での規制料金の大幅値下げというのは、さほどに『無理が通れば道理引っ込む』ような話なのだ。

自由化に合わない経過措置の撤廃を 都市ガスは大半がすでに廃止

「大手電力の収益改善を巡ってこうしたミスリードの報道が後を絶たない。利益が期ズレ差益によるものであること、そもそも規制料金の比率が減少していること、大手電力が嫌なら電力会社を切り替えられることなど。全面自由化したことが、すっかり忘れ去られているようだ」「学生の気持ちはわかるが、一連の値上げが、燃料費高騰という外部要因であることや電力システム改革の影響であることを、大手メディアはしっかりと利用者が理解できるように報道する必要がある。そもそも新聞代だって値上げしているわけだから」――。

X(旧ツイッター)にこうポストしたら、いつになく「いいね」がたくさん付いた。世間の誤解に対しては、電力業界も遠慮せずもっと積極的に物申したほうがいい。政府にしても、全面自由化してから相当な時間がたっているわけだから、制度の主旨に合わない「経過措置規制料金」を早急に廃止すべきだ(解除基準は設定されているが、その基準自体が実態に即していないことに大きな問題がある)。一方、生活困窮者対策については、税制措置など電力事業とは別の領域で行うのが筋。政治的配慮からか、規制料金を無理やり存続させていることで、世間のいらぬ誤解を招くことになるのだ。

そもそも、都市ガス料金については、大手の東京ガスや大阪ガスをはじめ、今や大半の旧一般ガス事業者で規制料金が撤廃されている。制度上の解除基準を満たしたためだが、新規参入者が事実上存在しないエリアの事業者であっても撤廃されていることから、基準そのものがおかしいことは明らかだ。

「大手電力会社は全国の利用者への影響が大きいなど、政治的理由で規制料金を外せない」「規制料金を撤廃してしまうと、大手電力へのグリップが効かなくなる」――。そんな時代錯誤の理屈から、経産省は一日も早く脱却することが求められる。

【メディア論評/9月12日】エネルギー価格抑制策延長を巡る政策・報道の変遷〈上〉


9月末に期限を迎える燃料油価格、電気・都市ガス料金の価格抑制策(激変緩和措置)が、年末まで延長の方向となった。メディアが報じるように、〈岸田文雄首相が自民党に価格抑制策の検討を指示して1週間あまり、・・・・・・政府はスピード決断した。〉(毎日新聞8月31日付)というわけだ。1年前の激変緩和措置の導入時と比べて、今回の延長を巡る政治判断はどうだったのか。メディア報道をベースに検証する。

〈岸田首相は8月22日、ガソリン価格が翌23日にも史上最高値を更新する可能性が生じたことを受け、自民党の萩生田光一政調会長を首相官邸に呼び、与党内で月内に対策案を講じるよう指示した。その後、記者団に「燃料油価格対策に緊急に取り組む必要があると判断した」と述べた。・・・・・・首相周辺は“首相の意向が大きかった”と指摘する。30日の延長表明も、自民、公明両党から補助の継続を求める提言を手渡された直後だった。提言を受けた当日に政府方針を打ち出すのは異例だ。〉(毎日新聞8月31日付)

上記にあるように、8月30日、自民党、公明党の政務調査会がそれぞれ燃料油、電気・都市ガス料金の価格対策に向けた緊急提言を提出した。

◎自民党政務調査会「燃料油価格対策の策定に向けた緊急提言」。

〈・・・・・長期化するウクライナ情勢に加え、本年夏からの産油国の自主減産、為替動向等も相まって、足元のガソリンの全国平均小売価格は過去最高の185円を超える見込みとなり、国民生活・経済活動へのより一層の悪影響が懸念される。このような状況を踏まえ、政府に対し、激変緩和のための更なる対策を講じるよう、以下の通り緊急提言する。・・・・・・〉

〈本年9月までとなっている激変緩和措置を年末まで延長するとともに、補助率等の見直しにより、ガソリン価格が現在の水準から国民が負担減の効果を実感できる水準となるよう必要な措置を講じる。また、その後も、原油価格の動向等も踏まえ、機動的な対応を行う。〉

〈軽油、灯油、重油、航空機燃料について、これまで同様、ガソリンと同等の支援対象として措置を講ずる。〉

〈なお、岸田総理が表明された物価高に対応する経済対策においては、エネルギーを巡る情勢を踏まえつつ、家計や価格転嫁の困難な企業等の負担が過重なものとならないよう、必要な措置をとること。また、経済対策が実施されるまでの間、電気・都市ガス料金の激変緩和措置についても、9月末まで行うこととしている支援を継続すること。〉

◎公明党政務調査会「燃料油及び電気・ガス負担軽減策の緊急提言」。

〈・・・・・・食料品など生活必需品の値上げも相次いでいる中、エネルギー関連の支出は相変わらず家計に重い負担感を与え続けている。 とりわけ、中小企業においては、10月の最低賃金引上げや、来春の賃上げに向けた原資確保等にも頭を悩ませているのが実状である。公明党は、国民生活の現場から寄せられた悲痛な声を受けて、燃料油価格や電気・ガス代を中心に、下記の通り緊急措置すべき追加対策をとりまとめた。・・・・・・〉

〈高騰が続いている足元の原油価格の動向を踏まえ、9月末までとなっている燃料油価格激変緩和対策事業について、年末まで延長するとともに、消費者や事業者が負担減の効果を実感できる水準となるよう、補助額等を見直すなど、必要な措置を講じること。なお、軽油、灯油、重油、航空機燃料、タクシー事業者用のLPガスについてもこれまで同様、支援の対象とすること。また、今後とも、エネルギー価格の動向等を見極めながら、必要に応じて機動的な対策を実行すること。〉

〈今後のエネルギー価格の動向を見極めた上で、9月使用分までとなっている電気・都市ガス料金の負担軽減策の延長も含め、機動的速やかに追加の対策を講じること。その際、電気・都市ガス料金の負担軽減策が必ずしも行き届いていない地域や中小企業などの事情を踏まえ、LPガスを利用されている方の負担を軽減するためLPガスの小売価格の調査公表を続け、小売価格低減に資する支援策の継続を検討すること。〉

■延長を巡る全国各紙の記事見出しはこうなった

8月30、31両日の全国各紙の記事もこうした流れを受けた内容となっている。内容が想起できるので、見出しを紹介する。

朝日新聞8月30日付 〈やめられぬ「激変緩和」〉〈ガソリン補助延長1週間で決着〉〈支持率下落 与党から圧力〉〈1リットル170円台まで抑制案〉〈「この数年は打撃」 消費者歓迎〉〈「市場原理ゆがめる」識者警鐘〉〈電気・ガス補助延長へ  政府・与党調整、年末まで〉

産経新聞8月30日付〈ガソリン補助「緊急的に」〉〈首相表明 自民、年内延長を了承〉〈解散布石 視線は補正〉〈支持率続落警戒 家計へ支援策〉。8月31日付〈ガソリン最高値 185円60銭 15年ぶり更新〉〈来月7日から新支援策」〉〈遠のく「出口」 脱炭素に逆行〉

読売新聞8月31日付〈首相、補助延長表明〉〈ガソリン175円に抑制 185.6円最高値」 。8月30日付〈電気・ガス負担減 継続へ 政府・与党調整 9月分までを延長へ〉

毎日新聞8月31日付〈ガソリン補助継続・拡充 増す負担感 スピード決断〉〈「脱炭素に逆行」批判も」〈政権浮揚「劇薬」頼み〉。8月30日付〈電気・ガス代 緩和延長 10月以降も 政府調整〉

こうした動きは、当然、政権支持率低下と結び付けられて語られる。それは、もちろんだが、筆者はかつて岸田首相を長く見てきた岸田派のベテラン秘書が、「岸田さんは“こ”」の人。“個の人”であり“孤の人”でもある。最後は自分で決める人。」と述べていたのを思い出す

■今回の措置延長に見る政策・議論の変容ぶり

朝日新聞8月30日付は、ほんの1カ月前、経済財政諮問会議での議論からの変わりぶりを指摘した。〈・・・・・・政府が7月に開いた経済財政諮問会議では、経団連の十倉雅和会長・・・・・・ら民間議員4人が補助金を段階的に縮小・廃止するよう提案。賃上げや輸入物価が下落傾向にあることを理由に、低所得者らに対象を絞るべきだとした。〉

◎経済財政諮問会議(7月20日)<有識者提出資料>

〈・・・・・・今後、春季労使交渉の結果が各企業の賃上げに反映されるとともに、輸入物価の下落等を背景に物価上昇はプラス幅が縮小し、実質賃金はプラスとなることが期待される。今後は、経済・物価動向を見極めつつ、激変緩和対策を段階的に縮小・廃止するとともに、物価高の影響を強く受ける低所得・地域等に、重点を絞ってきめ細かく支援すべき。・・・・・・〉

昨年秋、ガソリン価格に続き、電気・都市ガス料金の激変緩和が議論の俎上にあがった。この時、官邸は当初電気のみのイメージであり、電気・ガスのセットを主張する公明党とうまく擦り合わなかった。公明党幹部は後日、筆者に、「公明党は当初から電気・ガスとセットで言ってきた。生活者からみれば電気・ガスはセットのものだ」と振り返っていた。今回の「スピード決定」では、既にあるものとしてセットで議論された。昨年の電気・ガス料金激変緩和に関する議論の経緯を振り返る。

9月28 公明党が総合経済対策に盛り込むべき柱に関する提言。電気・ガス料金高騰対策求める。

10月3 岸田首相の所信表明演説。「これから来年春にかけての大きな課題は、急激な値上がりのリスクがある電力料金です。家計・企業の電力料金負担の増加を直接的に緩和する、前例のない、思い切った対策を講じます」

10月4 政府与党連絡会で公明党の山口那津男代表が発言。「総合経済対策については、更なる高騰が懸念される電気・ガス料金への対応や円安のメリットを活かした取り組みを急ぐなど、国民負担の軽減を図る切れ目のない対策を迅速に講ずることが重要」

10月5 自民党経産部会。複数議員からガス料金の対策を行うよう発言。

10月6 臨時国会で世耕弘成参議院幹事長が代表質問。「経済対策は、大胆な対策が必要。家庭用・中小事業者のエネルギー負担の軽減については、電気・ガスの高騰に対する措置を講ずるべき」→岸田首相の回答ではガスについての言及なし。

10月7 臨時国会代表質問で山口公明党代表。電力・ガス料金・食料品の高騰対策について質問。→岸田総理の回答抜粋。「電気・ガス料金・食料品価格については家計の負担軽減のため、先月には追加策をとりまとめ、電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金の創設や、特に家計への影響が大きい低所得世帯向け給付金の創設など、緊急の支援策を講じた。これに加え、電力料金の急激な値上がりリスクに対応すべく、家計・企業の電力料金の負担増加を直接的に緩和する前例のない思い切った策を講じ、まずは全ての家計・企業が直面する電力高騰対策に全力を挙げる。ガスについては、ほとんどが長期契約で調達され、比較的調達価格の安定性が高いこと、ガスには電気におけるFIT制度などの賦課金制度がないこと、諸般の事情を総合的に勘案し、今後の家計・企業の負担状況を見ながら、対応してまいる」

10月14日 自民党経産部会「総合経済対策における重点事項(案)」。〈・・・・・・燃料油の高騰対策に加え、社会全体が影響を受ける電力料金負担の増加を直接的に緩和する思い切った対策を行う。電気と同様に社会経済活動の基盤となるガスについても、ガスの特性も踏まえつつ、ガス料金の高騰に対する対策を講じるなど、電気とのバランスを踏まえた対応を進める。・・・・・・〉

10月15日 公明党の山口代表が、ある会合で言及。「私は(岸田文雄首相の所信表明演説に対する)代表質問のなかで、電気代のみならず、ガス代についても負担軽減策をとるべきだと質問した。返ってきた答弁のなかでは、電気代については決意が述べられていたが、ガス代については触れられていなかった。そこで10月11日、党首懇談の機会があったので、『電気代は焦眉の急であるが、ガス代も併せてやらないと公平性が保たれない。ぜひこれも含めて対策をとってください』と訴えた。岸田首相に『そうですね』と受けてもらい、昨日、党首会談が行われ、電気代に加えてガス代についても対策をとることで合意した」(←与党合意)。

10月21日 電気事業連合会の池辺和弘会長が定例会見でコメント。「ガスだけで生活している人は少ない。電気だけ(支援する)というのは筋が通る」(電気新聞10月24日付)

10月26日 自民党政調全体会議「新たな総合経済対策(案)」。〈・・・・・・都市ガスについては、値上がりの動向、事業構造などを踏まえ、電気とのバランスを勘案した適切な措置を講ずる。具体的には、家庭及び企業に対して、都市ガス料金の上昇による負担の増加に対応する額を支援する。LPガスについては、価格上昇抑制に資する配送合理化等の措置を講ずる。・・・・・・〉

こうして経緯を振り返ると、激変緩和措置延長を巡って公明党が果たした役割の大きさが改めて垣間見えてくる。

<下>に続く。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【記者通信/9月12日】柏崎刈羽で「適格性」検査 地元の声はどうなのか!?


原子力規制委員会は9月11日、東京電力に柏崎刈羽原発(新潟県)を運転する「適格性」があるかどうかを再確認する現地検査に着手した。判断が出るまで3カ月程度は掛かる見通しであり、年内の再稼働は絶望的とみられている。これに先立ち、エネルギーフォーラムではオンライン番組「そこが知りたい!石川和男の白熱エネルギートーク」で、新潟県刈羽村の品田宏夫村長、柏崎市の品田庄一・品田商会社長(柏崎商工会議所副会頭)をゲストに招き、MCの石川和男・社会保障経済研究所代表を交えて柏崎刈羽の再稼働問題をテーマに白熱した議論を行った。果たして、現地の生の声はどうだったか。

柏崎刈羽原発は現在、テロ対策の不備で原子力規制委員会から事実上の運転禁止命令を受けている。規制委は9月11日から「東電の運転適格性」を巡る現地調査を行っているが、今後適格性があると判断され、運転禁止命令が解除されても、広域避難計画の策定や新潟県独自の「三つの検証委員会」の検証、花角英世知事の判断、県民の意思確認といったハードルが待ち構える。

知事の同意は必要なのか 地元企業が求めるクリーン電力

番組では「地元同意のあり方」に話題が及んだ。再稼働には基礎自治体(柏崎市・刈羽村)が再稼働に賛成していても、県知事の了承を求める「紳士協定」が存在する。石川氏は「県の了承が基礎自治体を優越するのはどうか」と疑問を提起。知事が反原発を掲げれば再稼働は極めて困難となることから、品田社長は「違和感を覚える」と素直な感情を吐露した。

東電と地元(新潟県、柏崎市、刈羽村)が結ぶ安全協定の中には「事前了解事項」が存在し、設置変更許可申請などの際に地元了解が必要となる。また2002年のトラブル隠し事件や07年の中越沖地震の際は、新潟県知事、柏崎市長、刈羽村長の3者で再稼働前に了解を得るよう東電に申し入れた。しかし品田村長は、震災後の再稼働を巡って当時のような申し入れはしていないことを念頭に、「(紳士協定は)根拠がなく、世間の空気が作り上げた実体のない約束事」と喝破した。

石川氏は再稼働した際、「東北電力管内の新潟県に東電の電気を融通したらどうか」と提案。品田社長はクリーンな電力を求める地元企業の声を紹介し、「原子力のクリーンな電力が使えるのなら、企業にとっては電気料金の値下げ以上に良いこと」と、地域産業振興の観点から原子力電気の活用に前向きな見方を示した。

【記者通信/9月6日】経産・環境両省の概算要求 GXで経産省主導が鮮明に


GX(グリーントランスフォーメーション)政策の本格始動を受け、経済産業省の2024年度概算要求額は過去最大規模に膨れ上がった。23年度当初予算額を大幅に上回り、要求額は約46%増の2兆4615億円に上った。GX経済移行債を活用する「GX推進対策費」単独で1兆985億円を、さらに別途、エネルギー対策特別会計でも7820億円を計上した。一方、環境省も前年度予算比約19%増の7875億円を要求しているが、うちGX対策費は経産省を大きく下回る1571億円にとどまった。GX政策が経産省主導で展開される方向性が、予算要求上も鮮明化した格好だ。

GX予算は複数年度で総額2兆円超 事項要求も組み合わせ

GX関連予算は、通常の単年度予算だけでなく、国庫債務負担行為を活用することで複数年度にわたる措置も可能とし、総額で2兆円超(24年度分は1.2兆円超)とする方針だ。さらに事項要求も組み合わせ、政府は〝戦略的で予見可能性のある予算要求〟を行い、民間投資を引き出したい考えだ。そして、その主翼を経産省が担うことになる。

柱はエネルギー関連だ。GX実現とエネルギーの安定供給に向けた事業の関連予算の要求額は、GX推進対策費とエネ特を合わせて1兆6241億円(23年度当初予算から5165億円増)となった。省エネから再エネ、系統整備、蓄電池、原子力、水素・アンモニア、CCS(CO2回収・貯留)、EV・FCVと、さまざまな分野で事業を新設・拡充している。

中でも蓄電池関連が目立つ。系統用蓄電池の導入拡大に向け、新規の「グリーン社会に不可欠な蓄電池の製造サプライチェーン強靱化支援事業」には単年度で4958億円を計上する。さらに系統用以外も含めると、これも新規の「蓄電池等の製品の持続可能性向上に向けた基盤整備・実証事業」を17億円としている。

このほか、ペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力、水素・アンモニア、水電解装置などの国内製造基盤強化に向けた「GXサプライチェーン構築支援事業」も1171億円(新規、国庫債務負担行為は5年間で5785億円)もの額を計上している。

環境省は断熱窓改修で1170億円 地域脱炭素交付金はほぼ倍増

環境省については、「統合的アプローチ」による課題解決というコンセプトを重点施策の一つに掲げた。最多要求額となった事業は「断熱窓への改修促進」で、エネ特会とGX対策費を合わせて1170億円に上る。地球温暖化対策課では、「断熱窓改修は、メーカーや工場の競争力向上、ひいては日本の産業競争力の強化につながる。経済成長とCO2排出削減の双方に資する施策」と位置づけており、22年度予算の100億円からすると破格の扱いだ。このほか同省肝いりの事業である「脱炭素先行地域」の交付金では、22年度の350億円からほぼ倍増の660億円を計上した。

いずれにしても、「GXバブル」の始まりを感じさせる24年度予算だが、真のナショナルセキュリティー確保、そして日本経済の長期低迷を打破するきっかけとなるのか。数年後、その先行きが問われることになる。

【記者通信/8月29日】燃料油補助の延長に異議あり!円安続く限り国費で価格操作か?


ガソリンなど燃料油価格の高騰を抑制する激変緩和措置が延長される見通しだ。岸田文雄首相は8月29日の党役員会で「まず過去最高水準となるガソリンなど燃料油価格対策に緊急的に取り組む」と表明。同日開かれた政務調査会全体会議で、燃料油価格対策の策定に向けた緊急提言案を提示し、萩生田光一政調会長に一任した。報道などによると、政府・与党は9月から燃料油への補助を拡充し、レギュラーガソリンの小売価格を年末まで全国平均で1リットル当たり170円台に抑える方向だ。「燃料油価格の高騰に悩む需要家を今後も継続的に支援する」(永田町関係者)といえば聞こえはいいが、そこには複数の重大な問題点が隠されている。

燃料油対策を議論した自民党の政調全体会議(自民党ウェブサイトより)

国による小売価格操作が常態化 取引の健全性が失われる!?

まずは、本来、市場原理で決まるはずの小売価格決定メカニズムに政府が介入し、「170円台」水準をターゲットにした事実上の価格操作が常態化しつつあるという問題だ。外資系石油会社出身のエネルギーアナリストは、「政府が元売りを通じて小売価格に影響を与える施策を長期間行うことは、市場メカニズムを破壊する行為。元売りが小売価格をコントロールできることが前提と受け取られかねず、取引の健全性が失われたことを、関係者は認識すべきだ」と指摘する。実際、燃料油販売業者の幹部は、「大手元売りが再編・集約され、以前のような価格競争がなくなったことで、収益は安定している。その上で、燃料油補助が拡充されれば、販売量も想定以上に落ち込むことはないだろう」と打ち明ける。輸入価格の変動調整に、事業者が経営努力で対応するのではなく、国が介入するような市場が、健全といえるのかどうか。

国がガソリンの適正価格を「170円台」とする根拠は何なのか?

二つ目の問題は、CO2を排出する石油製品の需要を下支えし、脱炭素政策に逆行するような政策が展開されていることである。「本来、燃料油価格が上がれば、自ずと消費が抑えられ、省エネ・省CO2に貢献するほか、EVや再生可能エネルギーなどへのシフトを後押しすることになる。まさにそれこそが、炭素税などカーボンプライシング(CP)政策の狙いの一つだったはずだ。しかし今回の激変緩和措置では、そうしたメリットは無視されている。CPの効果を政府自らが否定したようなものだ」。環境団体の関係者は、手厳しい批判を投げ掛ける。

原油価格はむしろ安定 本来必要なのは「総合円安対策」

そして、何よりも忘れてはならないのは、現在の燃料油価格の上昇が原油価格の高騰ではなく、過度な円安によってもたらされているという現実だ。昨年12月以降、国際原油市況は比較的安定しており、米WTIの価格は85ドル以下での推移が続いている。29日午後現在は、1バレル=80ドルを割り込む水準だ。一方で、為替レートは29日のロンドン市場で1ドル=147円台と昨年11月以来の水準にまで下落。歴史的な円安に歯止めが掛かる気配は、今のところない。これが何を意味するかと言えば、わが国では石油だけはなく、素材や食品などありとあらゆる輸入価格が上昇しているということだ。もちろん円安が続く中では、原油価格が劇的に下落でもしない限り、国内のガソリン価格の高止まりが解消されることはない。つまり、政府が緊急的に手を打つべきは、「総合円安対策」なのだ。

WTIの原油先物価格の推移。ガソリン価格の高騰は、原油価格の高騰が主要因ではない

「円安対策として最も効果的なのは早期の金利引き上げだが、借金まみれの日本経済の現状を踏まえれば、かなり困難。そこで、岸田政権は国民ウケの良い燃料油、さらには電気・ガス代の激変緩和措置の延長でお茶を濁そうとしているのではないか」(金融関係者)

石油、電気、ガスをひっくるめて激変緩和措置の名の下で、これまでに一体どれほどの国費が投入されてきたことか。「トータルで、二ケタ兆円に達するのではないか」(エネルギー関係者)。しかしそこまで注ぎ込んでも、現在の円安下においてエネルギー価格が下がる可能性は極めて低く、年末に補助延長が終わった時点で利用者の負担はまた元に戻る。

「激変緩和措置はある種、麻薬みたいなもの。本当は原油価格が落ち着いている今こそ予定通り終了し、価格決定メカニズムを市場に戻すべきなのに、国民経済面での費用対効果の検証も一切なく、完全に政治判断で延長された。年末までというが、本当にそこで終了できるのか。いずれにしても、その膨大な国費投入のツケは、回りまわって増税という形で国民に回されてくる」(一般紙記者)。止め時を見失った燃料油補助延長に、異議ありだ。

【記者通信/8月29日】中国の理不尽な禁輸・嫌がらせ 「戦略的対抗」のススメ


国民は毅然とした対応を求めている――。福島第一原発からのALPS処理水の海洋放出後、中国から相次ぐ大量の迷惑電話や、日本大使館、日本人学校への投石など日本へ対する「嫌がらせ」。岸田文雄首相は28日夜、「遺憾なことだと言わざるを得ない」と批判し、8月29日の党役員会では「水産物の消費拡大に向けて国民的取り組みを進める」と述べ、日本産水産物の禁輸措置への対応に万全を期す姿勢を示した。

中国と北朝鮮が反対姿勢 他国は概ね静観の構え

これまでに、政府が公式に反対姿勢を示しているのは中国と北朝鮮の2カ国だけだ。意外と話題になっていない北朝鮮側の対応については、25日の国連・安全保障理事会の緊急会合で、「明らかに生態学的環境を破壊し、人類の存在への脅威となる犯罪行為である」と非難した。

東南アジア・オセアニア地域の反応はどうか。シンガポール、ベトナム、マレーシアはリアルタイムで放射能レベルの上昇を確認するシステムを導入。オーストラリアとニュージーランドは国際原子力機関(IAEA)による包括報告書の評価を支持している。一方、太平洋諸島フォーラム(PIF)の議長国であるクック諸島のブラウン首相は23日、「国際的な安全基準に合致していると認識しているが、全ての太平洋島しょ国が同じ立場にあるわけではなく、PIFとしての見解が一致しない可能性がある」とし、包括報告書に関しては「留意する」と述べるにとどめた。

こうした国々の対応と比較すると、中国による日本産海産物の禁輸、嫌がらせ行為は極めて異常だ。中国は反政府デモの主催者の逮捕やネット上の書き込みの削除など、習近平体制に都合の悪い行為は強権的に取り締まる。嫌がらせ行為を放置する責任が中国政府にあることは言うまでもない。

日本が対中輸出を停止へ 外交カードを無力化 

日本の2022年の水産物輸出は、中国・香港・マカオで約1647億円と全体の4割を超え、水産関係者へ与える影響は少なくない。このため、「非科学的な対応は受け入れられない」として禁輸措置の撤廃を求める政府の対応は当然だろう。だが“遺憾砲”だけでなく、もう一歩踏み込んだ対応が必要なのではないか。例えば、「日本の水産物が科学的に安全であることは数々の検査などによって証明されているが、どうしても禁輸措置を取るのであれば致し方ない。わが国は今後、中国への輸出を全面停止し、他国への販路拡大や国内需要を増やすことで生産量の維持にしっかりと対応する」、「当然ながら、中国が日本近海は汚染されていると言っている以上、日本のEEZ(排他的経済水域)内での中国漁船による違法操業には断固たる措置を取る」といった具合に、禁輸措置の撤廃にこだわるのではなく、戦略的な対抗措置に打って出たらどうなのか。もちろん、嫌がらせ問題に対しては毅然と抗議を続ける。

日本近海で違法操業する中国の漁船はいなくなるのか

関係筋によれば、中国は日米韓の連携強化などを念頭に、禁輸措置の外交カードとして処理水問題の利用を狙っている。日本が禁輸措置の撤廃を求めている以上は外交カードとしての価値があるが、日本がある意味開き直ってハシゴを外してしまえば、外交カードとしては意味をなさなくなる。もちろん、日本政府としてこうした対応を取るのが難しい状況は十分理解するが、理不尽な措置に対し毅然とした対応を求める国民も少なくないはずだ。

威圧に屈しなかった豪州 対中強硬の政権を国民は支持

中国の経済的威圧への対応には、豪州政府の例が一つのヒントになる。豪中関係は2018年、豪州が中国に対して新型コロナウイルスの発生源の調査を迫ったことなどから、中国が豪州産ワインや大麦に高関税をかけ、石炭を禁輸した。だが、豪州は屈しなかった。当時のモリソン政権(自由党)による対中強硬政策は国民からの支持を受け、中国との対話を再開したい意向を示しながらも、中国の威圧に屈しないという姿勢を堅持したのだ。日米豪印戦略対話(QUAD)や米英豪軍事パートナーシップ(AUKUS)にも参加。石炭については、中国への輸出量が一時ほぼゼロになったものの、他国への輸出拡大に力を入れたことで影響を最小限に食いとどめた。そうでありながら今年1月、中国はコロナ後の経済活動の再開など需要増に対応するため、禁輸措置を解除している。

日本に対する禁輸措置も中国国内で安全性への理解が広まったり、日本産禁輸による経済や生活への悪影響が出たり、禁輸措置継続で中国の国際的立場が危うくなったりすれば、相応の理由を付けて解除に踏み切る可能性は十分考えられよう。

日本産のおいしい魚介類が中国の食卓から消えると・・・

日中関係は10月23日に日中平和友好条約発効45周年を迎える。また政府は9月11日からの東南諸国連合(ASEAN)関連首脳会議で岸田首相と李強首相との会談、11月中旬にはアジア太平洋経済協力会議(APEC)での習近平国家主席との首脳会談を模索しているという。しかし関係修復を急ぐあまり、禁輸措置の撤廃のために譲歩するようなことは絶対にあってはならない。

【記者通信/8月28日】汚職疑惑で窮地に陥る秋本氏 「トカゲのしっぽ切り」か


「自民党一の『脱原発』男」が窮地に陥っている――。洋上風力発電事業を巡る汚職疑惑で東京地検特捜部による捜査の渦中にある秋本真利氏は、外務政務官の辞任、自民党離党と、政治的な暴風雨に吹きさらされる。周辺から聞こえてくるのは、秋本氏を巡る厳しい評判だ。

自民党再生可能エネルギー普及拡大議員連盟(再エネ議連)の事務局長として、新興再エネ企業の〝代弁者〟のごとく国のエネルギー政策に容喙する秋本氏の姿勢には、かねて疑惑の目が注がれていた。事件を受け、再エネ議連や秋本氏の後見人的な存在だった河野太郎・内閣府デジタル相氏にまで火の粉が降りかかりかねない中、急速に「トカゲのしっぽ切り」(永田町関係者)が進む。

河野氏は、秋本氏にとって国政進出を決意させた人物だ。秋本氏は、千葉県富里市議を務める傍らで通学していた法政大学院で、河野氏の知己を得た。講義の特別講師だった河野氏が核燃料サイクルを話題にし、自身がそれに応じて評価されたエピソードは、事あるごとに吹聴している。このとき、「国会議員になって仕事しないか」と背中を押された秋本氏は以後、河野氏を「政界の兄貴分」と仰いできた。

しかし事件発覚後、複数の河野氏周辺は「ただの腰巾着だよ。総裁選でも側近のように振る舞っていたが、実際は蚊帳の外だった」「決してかわいがられていたわけではない」などと冷淡に突き放している。「以前から、河野氏の威を借りる形で、自分は党内で最もエネルギー政策に明るい政治家だと周囲に吹聴していた。再エネを否定するような政治家や学者、メディアに対しては『世界の流れを分かっていない』などとこき下ろしていたから、その世界の人たちからの評判はとにかく良くなかった」(エネルギージャーナリスト)。

地元の議員と関係悪化 2年前には茨城県連といざこざも

地元・千葉でも擁護論は聞こえてこない。ある後援会幹部は「党支部の幹部への挨拶もほとんどない。タイミングよく国会議員になれただけ。地に足がついてなかった」と漏らす。

県政界に強い影響力を持つ参院議員との関係も破綻している。同議員は市議時代から秋本氏に目をかけ、小選挙区の支部長公募でも後押しするなど、「親分・子分のような関係」(県政関係者)だった。公認問題で世話を受けた秋本氏が、同議員が所属する派閥に入会することは政界の不文律だったが、秋本氏は河野氏らに接近し、法政大学の先輩にあたる菅義偉・前首相を中心とするグループの会に参加したのだ。「近ごろの若手は行儀がなってないな」。ある県政関係者は、物静かな風貌の同議員が怒気を込めて秋本氏をこう評する姿に戦慄したという。

2021年3月には、秋本氏が茨城県水戸市で「脱原発」をテーマに講演することを巡って、党茨城県連所属の県議が反発。当時の二階俊博幹事長らに、秋本氏の講演辞退を要望し、従わない場合は処分を検討するよう申し入れた。結局、秋本氏は講演で脱原発に触れず、再エネ推進について語ったのだが、党内のエネルギー族議員からは「秋本の原発嫌いには、ほとほと手を焼いている」との声が聞こえていた。

風見鶏的に有力者の間を立ち回り、再エネ政策で良くも悪くも存在感を示していた秋本氏だが、今回の事件は、築き上げてきた〝実績〟が一吹きで崩れるような砂上の楼閣でしかなかったことを露呈させた。

【メディア論評/8月27日】使用済み燃料中間貯蔵に関する報道を読む<下>


福井新聞の地元紙らしい論調

ところで、電気新聞でも紹介された福井新聞の記事は、全国紙が200tという規模感で説明する中、地元紙らしく〈今回搬出されるのは高浜原発で保管される一部であり、美浜、大飯の保管されているものについては具体的な計画は示さなかった〉と指摘している。その上で、〈核燃料サイクルを堅持する国の原子力政策は、国内で使用済み核燃料の貯蔵対策と再処理を行うのが基本だ〉と締めている。

福井新聞6月13日付1面記事を受けての2面掲載部分

〈関西電力が県内原発にたまる使用済核燃料の中間貯蔵施設の県外計画地点提示と「同等」として示したのは、フランスへの搬出計画だった。ただ、搬出量は県内原発に保管する使用済核燃料のわずか6%程度にすぎない。県との約束だった年末を期限とする計画地点提示は困難な情勢だったとみられ、県内関係者からは「苦肉の策」との声も出た。〉

〈—フランスへの搬出は、高浜原発内に保管する使用済核燃料3035体(5月末現在)のうち、420体にとどまる。他にも美浜原発に432体、大飯原発に3343体を保管しているが、これらの具体的な県外搬出計画については示さなかった。〉

〈—そもそも原発内に使用済核燃料がたまるのは、搬出先となる青森県六ケ所村の再処理工場が稼働せず、核燃料サイクルが回っていないからだ。  再処理工場は当初、1997年に完成予定だったが、試運転中のトラブルや審査の長期化で26回延期。2024年度上期の完成を目指すが、不透明感は否めない。〉

〈—関電の森望社長は杉本知事との面談で、中間貯蔵施設の候補地を具体的に検討した形跡などは一切示さなかった。中間貯蔵の問題とは直接関係ないフランスとの実証研究の中で、使用済核燃料の一部の搬出方針が決まったことだけで、「県との約束をひとまず果たした」とする言い分には疑問は残る。核燃料サイクルを堅持する国の原子力政策は、国内で使用済核燃料の貯蔵対策と再処理を行うのが基本だ。今国会で成立した改正原子力基本法で国と事業者の責務が明記されたが、関電と国は中間貯蔵問題の国内での解決に責務があることを忘れてはならない。〉

メディア、地元ともに厳しい反応

一方で、地元の反応はどうであったか。電気新聞7月19日付「ニュース解説”は次のように紹介する。

〈—県は7月上旬、立地市町の首長から意見を聞く場を設けた。美浜町の戸嶋秀樹町長、高浜町の野瀬豊町長、おおい町の中塚寛町長は、櫻本宏副知事に「一歩前進」との評価を伝えた。ただ、戸嶋町長は「解決すべき課題も露見しており、議論の必要がある」と主張。野瀬町長と中塚町長はともに「違和感」という表現を用い、「約束が果たされた」とする関電と国の認識に疑問を呈した。〉

〈—象徴的な場面の一つが6月23日の(県議会の)全員協議会だった。「今までで一番苦しい説明だった」。答弁に訪れたエネ庁幹部(←6月27日に退任発表)に対し、議会で厳しい意見が相次いだ。—〉

全体的に、6月12日の関電の発表は、業界紙の電気新聞でも書かざるを得なかったように、メディア・地元とも厳しい反応もあったようだ。

ところで、その後、冒頭に触れたように、8月2日に中国電が関電との共同開発を前提に「上関地点における使用済燃料中間貯蔵施設の設置に係る調査・検討について」を発表した。

この発表の後に掲載された、読売新聞8月12日付社説は、「使用済み核燃料 中間貯蔵施設の確保が急務だ」との見出しで、〈原子力発電所を安定して稼働するには、発電に利用した使用済み核燃料の処理が重要になる。国や電力会社は、そのための保管場所を早期に確保する必要がある〉とした上で、〈—関電は6月、使用済み燃料の一部をフランスに搬出する計画を発表した。今回の(中国電力の)中間貯蔵施設の計画と合わせ、約束の履行に向けて前進したのでないか—〉と書いている。

個々の事情や経産省の意向があったにせよ、まだ確定とは言えないものの上関町の件の発表が先にあるいは同時にあれば、この読売新聞の社説のような受け止めになったのではないかと思われる。

「第2再処理工場」の建設問題には触れられず

最後に、MOX使用済み燃料の再処理について、少し言及しておきたい。プルサーマル発電などで出てきたMOX使用済み燃料は、さらに再処理して利用される予定であるが、その再処理には六ケ所村とは別の「第2再処理工場」が必要となる。しかし、今のところその立地については決まっていない。なお、MOX燃料は劣化するためいつまでも使えるわけではない。かつて筆者が経産省の当時の担当課長に聞いたところでは、「専門家によって異なるが2~3回といったところ」ということであった。

このMOX使用済み燃料の再処理に関して、2018年9月、共同通信は配信記事の中で、要約すると次のように指摘した。

〈電力会社が出資する日本原燃㈱は、青森県六か所村で使用済み燃料の再処理工場とMOX燃料の加工工場の建設を進めているが、総事業費は約16兆円と巨額で操業延期も続く。しかし、MOX使用済み燃料の再処理には新たに「第2再処理工場」を造らなければならない。(六ヶ所村の建設に巨額の費用がかかる中、)そのためのさらなる費用確保は困難な情勢だ。MOX再処理ができなくなれば、核燃料の再利用は一度のみとなり、核燃料サイクルの意義は大きく崩れる。〉

余談になるが、この配信は、見出しで「MOX燃料の再処理断念 電力10社、核燃サイクル崩壊」と表現しており、それを原発立地の地方紙などが1面で取り上げたりしたので、自治体などから経産省に問い合わせが多く発生した。このため、当時の世耕弘成経産相が怒って、共同通信はしばらくの間、経産省記者クラブの活動などで厳しい扱いを受けたのだ。

いずれにしろ、MOX使用済み燃料の再処理には新たに「第2再処理工場」を造ることになる。使用済み燃料再処理機構という資金管理の仕組みはあるが、六ヶ所村の建設に費用がかかる中、そのための費用確保はなかなか厳しい状況であろう。

当時、経産省の担当課長補佐は共同通信に対して「第2再処理工場を造るという義務は残る」と“覚悟”を述べており、筆者もその上の担当課長から同じ認識を聞いていた。

今般のMOX使用済み燃料のフランスへの搬出計画が核燃料サイクルにおけるこのような大きな課題がある中で進んでいることは、各紙の記事の中では触れられず、「奇策」「苦肉の策」といった指摘や六ヶ所村の工事の遅れの状況などに話が傾いたのは、記事の奥行きを狭くした気がする。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【記者通信/8月25日】中国が全面禁輸の狙い 日本は1世帯2800円で買い支えも?


「科学vs風評」の戦いが始まった。福島第一原発のALPS処理水の海洋放出を受け24日、中国政府は日本産の水産物の全面禁輸を発表した。禁輸対象を従来の福島県など10都県から全国に拡大した格好だ。岸田首相は24日夕方、外交ルートを通じて即時撤廃を求めたことを明らかにし、「水産事業者がALPS処理水の海洋放出によって損害を受けることがないよう、基金の活用や東京電力による賠償なども含め、万全の体制を取る」と述べた。

ALPS処理水が上流水槽から下流水槽に越流している様子(提供:東京電力ホールディングス)

中国「海全体が汚染される」 韓国「汚染水テロ」

「生態環境の破壊者であり、海洋環境の汚染者だ」――。中国外務省の汪文斌報道官は24日の記者会見で、海洋放出を強く非難した。中国共産党の機関紙「環球時報」は、「国際社会は日本に対して無制限に説明責任を問うことができる」と題した社説を掲載。イラストとして描かれた魚に「悪夢がやってくる。逃げなくちゃ」「海全体が汚染される。安全なところなんてない」と言わせ、「2023年8月24日は、海洋環境に対する壊滅的な日として、歴史上記録されることになろう」と結んでいる。

一方、韓国については日韓関係強化の観点から、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は処理水放出を事実上容認する構えだ。こうした中、最大野党「共に民主党」の李在明代表は23日の党最高委員会議で、「過去の帝国主義侵略戦争によって周辺国の生存権を脅かした日本が、核汚染水を放出して韓国と太平洋沿岸国にまたも取り返しのつかない災いをもたらそうとしている」「日本の核汚染水放出は第2の太平洋戦争として記録されるだろう」と述べ、処理水の放出を「汚染水テロ」と表現し強く非難した。共に民主党は同日夜、「100時間非常行動」を宣言して国会本庁前で大規模なロウソク集会を開催。26日には市民団体と連携して総集結大会(総決起大会)を開くという。

日本は国際原子力機関(IAEA)の包括報告書などで安全性を担保し、科学的見地から国際社会の理解を獲得してきた。22日に中国外務省の孫衛東外務次官と面会した日本の垂秀夫中国大使は、「中国側が科学的根拠に基づかない主張を行っているのは残念」だとし、対抗措置をちらつかせた孫次官に対して、欧州連合(EU)など諸外国が日本産食品の輸入規制を撤廃する中で「中国のみが流れに逆行している」と、中国の「孤立」を強調。科学的見地から中国の対応に毅然と反論した。

中国の真の狙いは? 大使館は「不測の事態」に注意喚起

中国の禁輸措置について、中国ウォッチャーからは「経済が崩壊し国民の不満が溜まる中、“外敵”をつくって国民の不満を外に向かわせる狙いがある」と指摘する声が聞こえる。事実、中国の7月の消費者物価指数(CPI)は前年同期比マイナス0.3%と、世界中がインフレと戦う中でデフレに落ち込んだ。さらにゼロコロナ政策など強権的な政策が外資系企業の懸念を招き、第2四半期の外国直接投資(FDI)の流入は前年同期比87%減、コロナ前と比べれば95%もの減少で、「外資がほとんど入ってこない状況」(経済評論家)だ。ただ処理水の放出は30年程度を予定しており、全面禁輸を撤廃するタイミングも難しい。国内情勢から国民の目を逸らすカンフル剤になったとしても、その効果は一時的とみられる。

こうした厳しい現実を前に、今後は水産物以外の禁輸や日本政府による尖閣諸島の国有化に端を発した日本製品の不買運動、激しい反日デモにまで発展するのか懸念される。24日には香港の日本総領事館前で約50人が参加した抗議デモが行われ、在中国日本大使館は同日、ウェブサイト上に「ALPS処理水の海洋放出開始に伴う注意喚起」と題した文書を掲載。「不測の事態が発生する可能性は排除できないため、注意していただきますようお願いします」と注意を呼び掛けている。

こうした中国の措置に対して、実害を最小限に抑えられるのか――。日本の2022年の水産物輸出は、中国・香港・マカオで約1647億円と全体の4割を超える。だが、単純計算でこの額を日本の世帯数(約6000万世帯)で割ると「約2800円」であり、ネット上では「各家庭が水産物の消費を増やすだけでそれなりにカバーできる」との意見も挙がった。経済産業省が23日に開催した「ALPS処理水の処分に係る風評対策・流通対策連絡会」では、小売業界が「三陸常磐ものをこれまで通り取り扱っていきたい」との考えを提示。日本人の風評に惑わされない冷静さと復興を願う慈愛の精神を発揮する時だ。

団体旅行解禁で訪日客は増加か おいしいシーフードを土産話に

ところで、中国政府は8月10日から日本への団体旅行を約3年半ぶりに解禁した。民間試算では、団体旅行の再開で2023年の訪日中国人が198万人分上振れするという。すでに、東京、大阪などの主要都市や人気観光地では予約が埋まるホテルが相次いでいるようで、宿泊料金も上昇傾向が続いている。今回の処理水放出問題は、訪日客の動向に影響を与えるのか。

「科学的根拠もなく、日本産の魚介が汚染されて食べたくないと言っているような人たちは、頼むから日本に来ないでほしい」――。これが、郷土を愛する日本人の率直な思いではないだろうか。ただ、実際に観光で訪日する一般の中国人の多くは、おそらく処理水の問題など気にしていないはず。福島産のおいしいシーフード料理に舌鼓を打って、日本観光を満喫できたことを、本国に帰ったらぜひ土産話に語ってほしい。

【メディア論評/8月25日】使用済み燃料中間貯蔵を巡る報道の流れを読む<上>


使用済み核燃料の中間貯蔵に関する動きが6月後半から出てきた。原発再稼働が進むと、一方で敷地内での使用済み核燃料保管の空き容量が少なくなる。核燃料サイクルの中の再処理工場建設が進まない中では、それまでの中間貯蔵施設の確保は電力業界にとって大きな課題である。

中間貯蔵施設の確定期限が年内に迫る

関西電力は、福井県に約束した福井県外での中間貯蔵施設の確定が進捗せず、2021年2月には森本孝社長(当時)が「23年末の期限までに計画地点が確定できない場合には、確定できるまでの間、美浜3号機、高浜1、2号機の運転は実施しない」と表明していた。

過去の経緯は省略するが、最近においては、むつ市の中間貯蔵施設(東電・日本原電出資のリサイクル燃料貯蔵)への参画は地元の厳しい反応で進まず、期限が迫っていた。

そうした中で、6月12日、関西電力から「使用済MOX燃料再処理実証研究に伴う当社の使用済燃料の搬出等に係る福井県への報告について」が発表され、8月2日には、中国電力が、関西電力との共同開発を前提に「上関地点における使用済燃料中間貯蔵施設の設置に係る調査・検討について」を発表した。

前者の発表については、電気事業連合会の使用済みMOX燃料の再処理実証研究の下で、使用済み燃料約200t(使用済みMOX燃料約10t、使用済みウラン燃料約190t)をフランスに搬出するものだ。

核燃料サイクルにおいては、各原発で生じた使用済み核燃料を再処理して、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を作り、プルサーマル発電(Jパワー・大間の場合はフルMOX発電)を行う。

プルサーマル発電などで出てきた使用済みMOX燃料については、経産省は「今後再処理する方針。現時点で具体的な地点(編注・第2再処理工場)や事業規模も未定」としている。そんな中で、今回の使用済み燃料のフランスへの搬出は、使用済みMOX燃料の再処理技術の早期確立を目指した取り組みということになる。

このフランスへの搬出を福井県との約束との関係でどう見るか、関電は6月12日、プレス資料において下記のような認識を表明した。

「この度の使用済み燃料の搬出は、当社の原子力発電所に貯蔵されている使用済み燃料が福井県外に搬出されるという意味で、中間貯蔵と同等の意義がある。この搬出の決定によって、23年末を最終の期限としていた福井県外における中間貯蔵の計画地点確定は達成され、2021年2月に福井県知事にご報告した約束は、ひとまず果たされたと考えている」

この認識に、西村康稔経産相も翌13日の閣議後会見で早速呼応した。

「—経産省としては、関西電力が使用済み燃料を福井県外に搬出する方針を示したことは、関西電力が福井県にこれまでしてきた約束を実現するうえで重要な意義があると考えている。最終的には、福井県にご理解いただくことが必要であるが、今回の対応は、使用済み燃料の海外搬出という意味で、中間貯蔵と同等の意義がある。—福井県は、国の考えを確認したうえで、県として総合的に判断する方針と承知しており、今後、私どもの考えもしっかり説明するなど、丁寧に対応していきたい」

借金の一部返済でも約束は守ったことに?

こうした動きに対するメディアの反応について、業界紙の電気新聞は7月19日付「ニュース解説」で次のように書いた。

〈「苦肉の策」。関電の搬出案を受け、地元の福井新聞はこう報じた。「棚上げ」「奇策」と表現した全国紙もある。おおむね共通するのは「200t」という搬出量への懸念だ。福井県外での中間貯蔵について、関電は「2030年頃に2千トン規模で操業を開始する」と計画していた。今回示した搬出量は、この1割にとどまる〉

その上で、同紙は、〈関電は(プレス資料にもあるように)使用済燃料の発生量について、中間貯蔵施設計画段階の想定よりも稼働プラントが少なく、将来的に減少する。今回の取り組みは「2030年の操業開始に向けた通過点」との認識を示した〉と説明する。

電気新聞の上記記事で紹介された全国紙の記事は、①産経新聞6月13日付「MOX燃料、関電、県外搬出の奇策」、②毎日新聞6月13日付「関電、中間貯蔵施設棚上げ」「根本的解決にならない」

なお、産経新聞大阪夕刊のコラム「湊町365」には、カルテル問題を巡る関電への厳しい報道の延長線上のように、次のような記載があった。

〈例えば「借金は今年中に返す」と言うので待っていたら、ほんの少しだけ持ってきて「これで約束は一応守ったことになるよね」と告げられたとする。踏み倒されるよりはまし、と我慢すべきだろうか。福井県内にある原発の使用済み核燃料を巡る関西電力の言い分に、そんなことを思った。—〉

<下>に続く。

ジャーナリスト 阿々渡細門

【メディア論評/8月9日】本当に「目玉」はないのか!? 経産省人事報道の裏を読む


旧聞に属する話だが、経産省の幹部人事(7月4日付)が、去る6月27日に発表された。これを受けて翌28日付の日経新聞は、「経産次官は年次逆転、脱炭素を重視」との見出しで、次のように解説した。

〈経済産業省は多田明弘事務次官と平井裕秀経済産業審議官が退任し、後任にそれぞれ飯田祐二経済産業政策局長(1988年入省)と保坂伸資源エネルギー長官を充てる。――経産次官は入省年次がナンバー2の経産審より1年若く“年次逆転”となる異例の人事だ。西村康稔経産相は27日の閣議後記者会見で“政策の継続性と新陳代謝の両立を図る。年次や職種にとらわれない適材適所の人事だ”と語った。飯田氏は岸田文雄政権が看板政策に掲げる脱炭素に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)の立案を担ってきた。2023年頃から10年間で20兆円規模のGX経済移行債を発行し、官民の投資が本格化する。飯田氏をトップに据えて重要政策を継続する姿勢を示す。保坂氏もかねて次官候補と目されてきた。エネ庁長官としてウクライナ危機後のエネルギーの安定調達に向けて陣頭指揮をとった。経験豊富な保坂氏が国際交渉を含めた調整を引き続き担う。――

一方、業界紙の電気新聞6月29日付は、「経産省幹部人事 実績重視 手堅い配置」「異例の登用も“納得感”」の見出しで、次のよう解説した。

〈7月4日発令の経済産業省幹部人事は、着実に実績を残した人物を登用した手堅い形となった。エネルギー関係者から「目玉はない」との声も聞かれるが、事務次官に就く飯田祐二経産局長らには多核種除去設備(ALPS)処理水の海洋放出、グリーントランスフォーメーション(GX)の加速などで確実な対応が求められる。――役職的には保坂氏より入省が1年遅い飯田氏が上の立場になるため「異例の年次逆転」とする見方もあるが、経産省関係者は「適材適所の今の時代ならありえる」と納得感を持つ。「2氏は生年月日が一緒でともに違和感はないかも」とジョークを交えて関係性を説明する関係者もいた。〉

事務次官・経産審議官人事を巡る報道

多田事務次官が在任2年となるため勇退、平井経産審議官も筆者に対して本人が笑いながらいわく「自分は勇退」と述べる中で、この二つのポジションを誰が占めるかが注目された。

候補者としては、保坂資源エネ庁長官(87年)、飯田経済産業政策局長(88年)、藤木 俊光官房長(88年)、あるいはこれは経産審候補と言えようが松尾剛彦通商政策局長(88年)――。これらの候補者からどういう組み合わせになるのか。結局、飯田事務次官、保坂経産審の体制となり、藤木官房長と松尾通政局長は現ポジションに留任となった。

メディアは、上記の日経記事が書いたように、従来は事務次官と経産審は後者が同期あるいは年次が下というのが通例だったのが、今回は「経産次官は入省年次がナンバー2の経産審より1年若く“年次逆転”となる異例の人事」ととらえた。

筆者のところにも、発表当日、長年METIを取材してきた複数の全国紙ベテラン論説委員から驚きのメールや電話があった。

一方で経産省の課長クラスの一人は、6月初めに「今の時代に年次逆転はありうる話」と述べていた。同氏はその後人事が発表されると、「飯田さんは、外部の人からはそう見えないかもしれないが、秘書課長をしていただけあって、アイツはダメだとか、人の評価が明確な人なんです」と笑いながら述べていた。

また大手電力幹部は発表直後、「知っています? 資料見ていて気付いたんですけど、飯田さんと保坂さんは生年月日(63年5月2日生)が一緒なんですよね」と筆者に面白い指摘をしてくれた。 電気新聞が上記記事の中で、同様のことを書いたのも、こうした話を聞いて書いたものであろう。   

筆者が聞く限り、経産省内部では保坂事務次官説を唱える人も多かった。保坂氏は、昨年1年間はロシアのウクライナ侵攻に伴うサハリンLNG問題への対応などで陣頭指揮の活躍をし、侵攻当初には当時の経産審議官に代わって官邸の危機対応の会議にも詰めていた。 経産審議官として、IPEFなどの対応とともに、ロシア・ウクライナ情勢の展開次第ではそういう場面が再び出てくるかもしれない。

ところで、現職に留任となった藤木官房長、松尾通政局長は、入省年次はともかく、学年的には今回の次官、経産審より2学年若いということになる。

本来、88年入省組は藤木氏が大臣官房総務課長を務め、エースと見做されてきた。前出の課長クラスの一人は、「藤木さんは、下からの信頼厚い。無茶苦茶人望ある」と話している。

一方で、別の課長は5月の段階で「藤木さんはずっと中枢を走ってきたが、ここ数年で見ると飯田さんかな」と呟いていた。その通りになったともいえる。

経産省は、財務省などと異なり、これまで同期で事務次官を引き継ぐというケースは考えられなかったといえる。しかし来年、藤木氏が事務次官に就任するかについては、筆者が感ずるに、多士済々の92年組までの間の幹部層を考えると、OBも含めて違和感は少ないように思われるが、どうであろうか。。また松尾氏は、経産審に就任するかが注目される。

業界紙に見る局長クラスの人事評

西村経産相は6月27日の記者会見で局長クラスの人事について次のように述べた。

「通商政策、GX推進法の詳細な制度設計、半導体、蓄電池戦略といったさまざまな重要施策の継続性、それから大阪・関西万博の開催準備、更には先般成立した知財関連法案、そして経済安保法の非公開特許などに万全を期して――松尾通商政策局長、畠山陽二郎産業技術環境局長、野原諭商務情報政策局長、茂木正商務・サービス審議官、浜野幸一特許庁長官など、関係幹部を留任させます」

経産省が対処すべき課題を特許庁や万博なども含めて抽出し、それに基づき幹部人事を説明しており、これについてあるOBは「原稿を書いた人間がいたとしても、局長世代の顔が見えている西村大臣(85年)らしさも出ていた」と評価する。

ところで、上記の電気新聞6月29日付の記事の中の局長クラスに関するいくつかのコメントは、電力業界の見方を反映しているとも言えるもので、興味深い。

〈内閣府から戻り、資源エネルギー庁長官に就く村瀬佳史氏についても、電力・ガス事業部長の経験から実情に即した制度設計に期待の声が上る〉

最近、カルテル、不正閲覧などの不祥事の根源を、組織風土ではなく、制度問題に寄せて語る傾向が一部見られるが、電力業界を熟知した村瀬氏に「実情に即した制度設計に期待の声」というのも、ややその傾向が感じられるといえよう。

〈山下隆一製造産業局長は、“本流”とされる経済産業政策局長に就くことから、事務次官の有力候補とみる関係者は多い〉

89年入省組の経産局長就任を「事務次官の有力候補となった」というのは、OBでもそのように指摘する人もおり、一般論としてその通りなのであるが、電気新聞の記事には電力業界の気持ちも入っているとも言えよう。

山下氏は、福島第一原発事故時の電力市場整備課長として、激務に対応した人という評価が電力業界の多くの見方といえる。

ジャーナリスト 阿々渡 細門

【目安箱/8月9日】原子力停滞の安倍政権時代から学ぶべきこと


安倍晋三元首相が2022年7月8日に暗殺されてから1年以上が過ぎた。心からご冥福を申し上げる。

安倍晋三氏(1954−2022)(安倍氏Hウェブサイトより)

安倍氏の政治家としての業績を讃える声が、世間に満ちる。もちろん筆者も、それに賛成する。外交面・安全保障問題では、首相主導による成果はすばらしかった。頻繁に政権が変わったことが、日本の政治の問題だったが、安倍氏は08年に加えて、12年から19年まで長期政権を担った。

ところが、エネルギー関係者、特に電力・原子力産業に関わる産業人、技術者・研究者は、安倍政権の行動をあまり評価していないだろう。エネルギーを巡る多くの課題を放置したからだ。

11年3月の東京電力福島第一原発事故の後で、電力・エネルギー分野は民主党政権と経産省・資源エネルギー庁が主導した改革で大混乱した。民主党政権が崩壊して自民党・公明党の連立政権に変わったときに、エネルギー政策も変わると期待された。ところが、安倍氏とその政権は、政権が後退しても、一度決まったエネルギー政策の方向を変えなかった。

エネルギー・原子力問題は在職中放置状態

「安倍晋三回想録」(中央公論新社)が22年末に発表された。読売新聞の政治記者2人が安倍氏に聞き書きし、元内閣情報官で元警察官僚の北村滋氏が監修している。安倍氏も聞き手も、経済問題に関心が少なく、さらにその中のエネルギー・原子力問題にはほとんど言及がなかった。外交については首相主導で、対策や戦略が練られていたが、内政ではそれがほとんどなかった。安倍氏は「財務省との戦い」に関心を向けていた。

安倍政権下では経済政策が「アベノミクス」と名付けられ、何かをやっているように見えた。確かに安倍政権の間は、株価は上昇し、失業率は低かった。しかし実質は大きな改革をせずに、日本の経済・社会の課題の解決を先送りしてしまった。高支持率と選挙の勝利という政治資産を、外交、安全保障法令の改正、また彼の持論であった憲法改正の準備に使ってしまったように見える。そしてエネルギー・原子力は後回しにされてしまった。

自民党議員によると、安倍氏は首相の退任理由となった病の癒えた後に、自民党のエネルギーを巡る議員会合、議員連盟に出席し、エネルギー問題について、政権中に「やり残した」という感想を述べたという。また原子力や電力システムの安定を訴えた。もしそれが事実ならば、なんで在職中に取り組まなかったのか、悔やまれる。

政治主導で修正する必要がった四つの政策課題

エネルギー産業は、どの国でも政治が企業活動に影響を与える。日本ではそのマイナスの影響が最近大きい。そして安倍政権は懸案が山積したのに動かなかった。それは今でも悪影響を与えている。安倍氏だけに責任はないが、一連の政策には大きな問題があった。

民主党政権で、エネルギーでは政治主導によって、以下の4点が大きく変わった。それを安倍政権は、政治主導で修正しなければならなかった。

・原子力の過剰規制による原発の長期停止。その見直しと原発活用、再稼働。

・エネルギーシステム改革、電力自由化の検証。負の部分の是正。

・再エネへの過剰支援を抑制し、適正な形に着陸させること。

・東京電力福島第一原発の事故処理の検証、補償の線引き。

23年になって、その弊害は明らかだ。特に①の原子力問題は大きなつめ跡を残している。

原発の停止で、代替の天然ガスなどの燃料費はこの10年で約50兆円に達したとの試算がある。日本のGDPは名目で500兆円程度だ。毎年数兆円の天然ガス、石炭などの電力のエネルギー源の余分な購入を海外からしたら、その成長を0.5〜1%程度押し下げただろう。

ここ数年、需要の高まる夏冬に電力が不足し、停電の危機さえ発生している。原発を使えないまま、自由化したことで、既存電力会社の供給能力が抑制気味であるからだ。またウクライナ戦争の後の国際エネルギー価格の高騰の影響で、日本の電力・エネルギー価格も急騰した。原発の利用が見通せないために、再エネを原発と調整しながら増やすことも、東電の経営に原子力発電を役立てることもできない。

14年ごろ、シェールガス革命の影響で国際的な原油やガスの価格が下落した。それがなければ安倍政権と日本経済は、エネルギーの面から失速していたかもしれない。

安倍政権は、原発ゼロという政策は採用しなかった。しかし「安全性の確認された原発は再稼働」と繰り返すだけで、原子力規制の見直しに踏み込まなかった。

時の政権の一挙手一投足に振り回されぬように

安倍氏はイメージだけで「タカ派」のレッテルを貼られ、批判が先行した。一方で、ファンも多かった。賛美でも中傷でもなく、その活動を冷静に評価するべきだ。

その上で、私は自分の知るエネルギーと経済政策では、安倍政権は、「問題先送り」という評価できない政策を行ったと思う。とても残念だ。外交、安全保障面の偉大な実績と比べると、それは見劣りする。

また安倍氏は、エネルギー・原子力問題に政治家の中では理解と関心があった。それでも、その問題には手をつけられなかった。彼にとっては、エネルギー・原子力は多くの論点の一つに過ぎなかった。そして選挙に連勝した強い政治基盤を持つ安倍政権でさえ、日本の諸問題の改革を大きく成し遂げられなかった。エネルギー・原子力問題は後回しにされた。

興味深いのは、現在の岸田文雄政権が誕生して以降、停滞していたエネルギー・原子力問題が前進し始めたことだ。何よりも、先の通常国会で成立した脱炭素電源法により、運転開始から40年を超える原発の稼働期間延長に道筋が開けた。また福島第一原発から出る処理水の海洋放出も、いよいよ今月下旬に実施される見通しとなっている。国の原子力規制委員会による原発の安全審査も少しずつではあるが歩みを進め、北陸電力の志賀原発では長年の活断層疑惑が払しょくされ、再稼働に向けてようやくスタート地点に立った。一方、普及拡大の一途をたどってきた再生可能エネルギーを巡っては、メガソーラーなどの乱開発規制の強化が重要な政策課題に浮上している。

いずれも、エネルギー・原子力を取り巻く内外情勢の変化が少なからず影響しており、必ずしも岸田首相の政治力のおかげというわけではないものの、現政権に対するエネルギー関係者の評価は意外なほど高い。だからといって、業界が必要以上に政治に頼るのは、やはり危険だ。時の政権の一挙手一投足に振り回されるような業界は、国民の目からみると「斜陽産業」に映るものだ。

「永田町にも霞が関にも頼り過ぎず、まずは自らの努力で未来を切り開く」。このように幻想を捨て、彼らがどのように動いても生き残れる、そんなビジネスの自立心が業界関係者に求められている。