やや旧聞になるが、NPO法人国際環境経済研究所(IEEI)が8月末に講演会を行なった。その中で、所長の山本隆三氏が水素とエネルギー問題の分析をした。日本では水素への期待が先行しているが、講演聞きながら、実用化までの難しさを改めて考えた。
EUは温暖化と脱化石燃料を探る中で、ロシアの天然ガスに依存しながら再エネの拡大を進めた。全EUで見ると2020️年に、天然ガスの46.8%はロシアからのものだ。
そうした状況で2022年2月にウクライナ戦争が始まった。化石燃料のロシアへの依存度を高めた欧州では、今は逆にロシアから離れるために、大変な苦悩をしている。
そして世界のエネルギー供給を見ると、エネルギー多角化を進めても、21年に世界の8割は今でも化石燃料で、その完全な転換は難しい。一方で、気候変動対策で50年にCO2の排出を、実質ゼロにする目標を主要国は掲げている。おそらく不可能だが、その実行性も課題になっている。
◆化石燃料後を考える米国の産業界
脱炭素のためのエネルギー源で、世界が注目するのは水素だ。「ただし現時点ではエネルギー効率、価格の面で水素の利用は課題があり、その採用が合理的な選択とは思えない」というのが、山本氏の考えだ。水素はその製造段階で膨大なエネルギーを使う。山本氏は、今年4月に米国を訪問し、研究者、業界団体、当局者と意見交換をした。2023年6月に米国は、「国家クリーン水素戦略」を発表している(JETRO記事)。
米国が水素の利用拡大に注力する背景には、米中の経済覇権争いがあると、山本氏は指摘した。再エネでは太陽光、風力の製造設備で、中国がトップシェアを占める。水素の利用はこれからインフラが世界各国で作られる状況だ。米国政府、そしてエネルギー産業は、水素によって中国に対して世界のエネルギーシステムづくりで巻き返しを図ること、そして化石燃料の後のエネルギーシステムのことを考え、水素に注目しているという。
水素1tを化石燃料から製造する場合には、石炭では約20tのCO2、天然ガスでは8~9tが出る。出たものをCCS(地下駐留)と組み合わせる構想がある。また水の電気分解による製造には大量の電力が必要で、その点で原子力発電が期待されそうだ。化石燃料から出る燃料を含めて「クリーン水素」と米国は前述のリポートで名付けた。このネーミングには現実をごまかす作為があるが、国の重要な目標と米国政府と産業界が位置付けているのは間違いない。
米政府は、水素の生産量を2050年に5000万tと想定しているが、米国の石油ガス業界は、もう少し大きな数量を想定し、そのうち9割を天然ガスから作りたいとする。ただし、山本氏は効率性の観点からそれが実現するかは難しいとの考えだ。「米国のエネルギー関係者たちは、官民共に、化石燃料の少ない東アジア、特に日本と韓国に天然ガスの代替物として水素を売り込むことを考え、その需要を広げたがっているようだ」という。
◆水素が足りない日本、先が見えず
それでは、日本の水素の利用は今後どうなるのか。日本政府は23年6月に「水素基本戦略」を定め、水素を次世代の重要なエネルギー源としている。そして、50年に2000万tの需要を産むことを目指し、それに応じた供給体制も作ることを予定している。しかし現在の生産量は年間数十万tで、かなり非現実的な目標だ。
例えば、製鉄業は今、CO2を少量しか出さない水素を使った製鉄法を検討している。日本のJFEがその採用をめぐる試算を出したが、日本の高炉製鉄が必要とする全エネルギーを水素とすると、年間2000万tの水素が必要になるそうだ。水の電気分解で製造すると必要な電力量は、日本の今の発電量と同じだ。山本氏はそれを紹介し、「水素に期待はあるが、現時点でそれがエネルギーの中心になるか見極めは難しい面がある」と指摘した。
欧州発のエネルギー危機を受け、同盟国内でのエネルギーと資源の確保が重要になっている環境下、米国からの水素輸入は、考えられる選択肢ではある。しかし、これまで述べたコストの問題があり現時点では採算性は非常に難しい。さらにその輸入は専用船が必要で、さらにコストがかかるだろう。
日本は稼げる産業を「失われた30年」といわれる直近に作り出すことができず、また産業構造の転換もできなかった。新しい産業の創出を模索し続けなければいけないが、それをしやすくするためには製造などのコストを下げることを常に考えるべきだと、山本氏は指摘する。そして「水素の採用もそれに基づいて判断するべきだ」とまとめた。
◆米国に引きずられず、日本のためになる水素の活用を
岸田政権は経産省主導でGX(グリーントランスフォーメーション)を国の重要な政策にしている。ただし、人の意見を聞きすぎる岸田首相の政権らしく、注力する24業種を掲げて総花的だ。そして水素はその中に埋没しまった。そして水素に関しては、山本氏の指摘した製造、需要面の課題も未決定のままだ。日本も本腰を入れるべきであろう。
コストと効果を見極めた、日本での水素の適切な活用が期待される。まだ水素は世界的にエネルギーへの利用が始まったばかり。経済が衰えたとは言っても、日本の産業界、エネルギー業界は、その水素利用のシステム作りに関わる技術力をまだ持っている。しかし、米国からの外圧によって水素の利用を拡大する、もしくは先行しても中国に主導権を取られるという、この30年、産業政策で繰り返した展開は見たくない。