旧聞に属する話だが、経産省の幹部人事(7月4日付)が、去る6月27日に発表された。これを受けて翌28日付の日経新聞は、「経産次官は年次逆転、脱炭素を重視」との見出しで、次のように解説した。

〈経済産業省は多田明弘事務次官と平井裕秀経済産業審議官が退任し、後任にそれぞれ飯田祐二経済産業政策局長(1988年入省)と保坂伸資源エネルギー長官を充てる。――経産次官は入省年次がナンバー2の経産審より1年若く“年次逆転”となる異例の人事だ。西村康稔経産相は27日の閣議後記者会見で“政策の継続性と新陳代謝の両立を図る。年次や職種にとらわれない適材適所の人事だ”と語った。飯田氏は岸田文雄政権が看板政策に掲げる脱炭素に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)の立案を担ってきた。2023年頃から10年間で20兆円規模のGX経済移行債を発行し、官民の投資が本格化する。飯田氏をトップに据えて重要政策を継続する姿勢を示す。保坂氏もかねて次官候補と目されてきた。エネ庁長官としてウクライナ危機後のエネルギーの安定調達に向けて陣頭指揮をとった。経験豊富な保坂氏が国際交渉を含めた調整を引き続き担う。――〉
一方、業界紙の電気新聞6月29日付は、「経産省幹部人事 実績重視 手堅い配置」「異例の登用も“納得感”」の見出しで、次のよう解説した。
〈7月4日発令の経済産業省幹部人事は、着実に実績を残した人物を登用した手堅い形となった。エネルギー関係者から「目玉はない」との声も聞かれるが、事務次官に就く飯田祐二経産局長らには多核種除去設備(ALPS)処理水の海洋放出、グリーントランスフォーメーション(GX)の加速などで確実な対応が求められる。――役職的には保坂氏より入省が1年遅い飯田氏が上の立場になるため「異例の年次逆転」とする見方もあるが、経産省関係者は「適材適所の今の時代ならありえる」と納得感を持つ。「2氏は生年月日が一緒でともに違和感はないかも」とジョークを交えて関係性を説明する関係者もいた。〉
事務次官・経産審議官人事を巡る報道
多田事務次官が在任2年となるため勇退、平井経産審議官も筆者に対して本人が笑いながらいわく「自分は勇退」と述べる中で、この二つのポジションを誰が占めるかが注目された。
候補者としては、保坂資源エネ庁長官(87年)、飯田経済産業政策局長(88年)、藤木 俊光官房長(88年)、あるいはこれは経産審候補と言えようが松尾剛彦通商政策局長(88年)――。これらの候補者からどういう組み合わせになるのか。結局、飯田事務次官、保坂経産審の体制となり、藤木官房長と松尾通政局長は現ポジションに留任となった。
メディアは、上記の日経記事が書いたように、従来は事務次官と経産審は後者が同期あるいは年次が下というのが通例だったのが、今回は「経産次官は入省年次がナンバー2の経産審より1年若く“年次逆転”となる異例の人事」ととらえた。
筆者のところにも、発表当日、長年METIを取材してきた複数の全国紙ベテラン論説委員から驚きのメールや電話があった。
一方で経産省の課長クラスの一人は、6月初めに「今の時代に年次逆転はありうる話」と述べていた。同氏はその後人事が発表されると、「飯田さんは、外部の人からはそう見えないかもしれないが、秘書課長をしていただけあって、アイツはダメだとか、人の評価が明確な人なんです」と笑いながら述べていた。
また大手電力幹部は発表直後、「知っています? 資料見ていて気付いたんですけど、飯田さんと保坂さんは生年月日(63年5月2日生)が一緒なんですよね」と筆者に面白い指摘をしてくれた。 電気新聞が上記記事の中で、同様のことを書いたのも、こうした話を聞いて書いたものであろう。
筆者が聞く限り、経産省内部では保坂事務次官説を唱える人も多かった。保坂氏は、昨年1年間はロシアのウクライナ侵攻に伴うサハリンLNG問題への対応などで陣頭指揮の活躍をし、侵攻当初には当時の経産審議官に代わって官邸の危機対応の会議にも詰めていた。 経産審議官として、IPEFなどの対応とともに、ロシア・ウクライナ情勢の展開次第ではそういう場面が再び出てくるかもしれない。
ところで、現職に留任となった藤木官房長、松尾通政局長は、入省年次はともかく、学年的には今回の次官、経産審より2学年若いということになる。
本来、88年入省組は藤木氏が大臣官房総務課長を務め、エースと見做されてきた。前出の課長クラスの一人は、「藤木さんは、下からの信頼厚い。無茶苦茶人望ある」と話している。
一方で、別の課長は5月の段階で「藤木さんはずっと中枢を走ってきたが、ここ数年で見ると飯田さんかな」と呟いていた。その通りになったともいえる。
経産省は、財務省などと異なり、これまで同期で事務次官を引き継ぐというケースは考えられなかったといえる。しかし来年、藤木氏が事務次官に就任するかについては、筆者が感ずるに、多士済々の92年組までの間の幹部層を考えると、OBも含めて違和感は少ないように思われるが、どうであろうか。。また松尾氏は、経産審に就任するかが注目される。
業界紙に見る局長クラスの人事評
西村経産相は6月27日の記者会見で局長クラスの人事について次のように述べた。
「通商政策、GX推進法の詳細な制度設計、半導体、蓄電池戦略といったさまざまな重要施策の継続性、それから大阪・関西万博の開催準備、更には先般成立した知財関連法案、そして経済安保法の非公開特許などに万全を期して――松尾通商政策局長、畠山陽二郎産業技術環境局長、野原諭商務情報政策局長、茂木正商務・サービス審議官、浜野幸一特許庁長官など、関係幹部を留任させます」
経産省が対処すべき課題を特許庁や万博なども含めて抽出し、それに基づき幹部人事を説明しており、これについてあるOBは「原稿を書いた人間がいたとしても、局長世代の顔が見えている西村大臣(85年)らしさも出ていた」と評価する。
ところで、上記の電気新聞6月29日付の記事の中の局長クラスに関するいくつかのコメントは、電力業界の見方を反映しているとも言えるもので、興味深い。
〈内閣府から戻り、資源エネルギー庁長官に就く村瀬佳史氏についても、電力・ガス事業部長の経験から実情に即した制度設計に期待の声が上る〉
最近、カルテル、不正閲覧などの不祥事の根源を、組織風土ではなく、制度問題に寄せて語る傾向が一部見られるが、電力業界を熟知した村瀬氏に「実情に即した制度設計に期待の声」というのも、ややその傾向が感じられるといえよう。
〈山下隆一製造産業局長は、“本流”とされる経済産業政策局長に就くことから、事務次官の有力候補とみる関係者は多い〉
89年入省組の経産局長就任を「事務次官の有力候補となった」というのは、OBでもそのように指摘する人もおり、一般論としてその通りなのであるが、電気新聞の記事には電力業界の気持ちも入っているとも言えよう。
山下氏は、福島第一原発事故時の電力市場整備課長として、激務に対応した人という評価が電力業界の多くの見方といえる。
ジャーナリスト 阿々渡 細門