「いい加減にしろ」。男性の老人が、怒鳴り、人を殴る素振りを見せ、バンと机を叩く。そして「黙ってろ」と怒鳴り、住民の資料を無理やり取り上げ、それを制止しようとした人の腹を叩く。見ている女性は悲鳴をあげる。このような衝撃的な映像が、S N Sで拡散されている。(サイト「太陽光パネルの乱立から里山を守る北杜連絡会」)

これは、山梨県北杜市で行われた太陽光発電の住民説明会を映した映像だ。いったい、何が起きているのか。
◆暴力老人と事業者の素性
関係者によると、これは5月に2回、7月に1回行われた、北杜市内での住民説明会での映像だ。この老人は、営農型太陽光発電を作り、販売する東京・世田谷区にあるN社の人だ。7月の説明会では、暴力沙汰で刑事事件になっている。
北杜市では、2019年に「北杜市太陽光発電設備と自然環境の調和に関する条例」を作り、10k W以上の発電能力を持つ太陽光発電設備(屋根上等の設置を除く)では設置前に地元住民に周知を行うこと、一定の条件に基づき市が太陽光を許可することを定めている。そのために、N社は説明会を行った。
N社は現時点で、北杜市内での3カ所の太陽光発電の実施を計画している。しかし突然の計画発表で、住民は計画に懐疑的だ。最初からN社は攻撃的で、住民との対話をする姿勢がない。一連の対応をし、暴力を振るったのはN社の顧問の80歳のNという人物だ。
映像の内容を紹介する。今年5月7日の説明会では住民の参加者を選び、それに住民が抗議すると、Nは「俺が決めてんだよ、何が決めて悪いんだよ」と激昂。さらに住民に「けんか売りにきたのか。帰ってもらおう」と凄んだ。冒頭の住民に殴る姿勢を示した映像は、この時の説明会の光景だ。腹を殴られたのは同社の社員らしい。
同7月14日の説明会では、出席した北杜市議会の高見澤伸光議員が、このNに腕を掴まれ全治2週間のけがとの診断を受けた。市議は被害届を警察に出し、甲府区検察庁は10月17日に暴行罪でNを略式起訴した。11月15時点で、裁判の結果は明らかになっていない。
N社側から住民に出された資料もかなりおかしなものだ。「景観について」という文章で、同社の営農型太陽光発電は「スマートでおしゃれでかっこいい」「パネル下でお食事でもしたくなる」などと、暴力からは連想できない単語を並べている。
また高見澤市議のブログによると、このNは市役所で許可をめぐって昨年から押しかけ、騒ぎ、市職員の胸ぐらをつかむなどのこともしたという。
N社に対して11月にEメールと電話で取材を申し込んだが、電話は留守電で、メールに返事はなかった。
◆反対に一丸となれない地元、冷たい市長
山梨県北杜市は、八ヶ岳の南斜面にあり、冬でも雪が少なく日照時間が長い。そのために近年太陽光発電が急増したが、それが景観や環境を破壊し、大変な問題になっていた。ここは別荘地で、高原野菜の産地であり、国蝶とされるオオムラサキの生息地である里山が残る地域だ。
太陽光発電など再エネは2012年以来、国が補助金(再エネ賦課金制度(F I T))で設置を支援する。太陽光発電は、その開発の多くの場合に、森が切り開かれる。パネルによるぎらつきや景観の悪化、周辺環境の破壊など多くの問題が起きる。家の周りが太陽光パネルに囲まれると、資産価値は当然暴落する。設置の際には、常識的にせめて住民の合意が必要だが、これまでほとんど行われていないし、法律上の規定もなかった。太陽光発電の事業者は、計画も、小分けによる販売も含めて、北杜市内でF I Tで認定された太陽光発電施設の数2400カ所になる。その面積は不明で、全体像はどこも把握していない。F I Tの制度はかなり雑に作られており、手直ししても問題が次々と浮上している。
太陽光発電による太陽光発電の問題が顕在化する中で、21年には山林指定された地域での太陽光パネルの設置を原則禁止する山梨県条例、19年には前述の北杜市の条例が施行された。しかし再エネの優遇策が始まってから時間が過ぎ、あまりにも遅い。すでにできてしまった設備には、訴求適用はされない。
北杜市では住民が集まり、太陽光発電について意見交換を重ねるようになった。その一つの「太陽光パネルの乱立から里山を守る北杜連絡会」(里山連絡会)は、市内の要望を取りまとめ、上村英司北杜市長、北杜市、北杜市会議員に働きかけを行っている。政党や市民団体の背景はなく、地元住民による自発的なグループという。
同会代表の坂由花(ばん・ゆか)さんによれば、「せっかく北杜市の条例ができたのに、また住民から多くの疑問の声が寄せられているにもかかわらず、太陽光発電所の設置許可は安易に出てしまっているというのが実情だ」という。
同会では上村北杜市長に今年5月26日に直接面会した。上村市長は「個人の土地は個人が自由に使う権利があると思っている、それは憲法で定められているので過度な制約はかけられない」と述べた。そして里山連絡会のチラシに「北杜市でたくさん問題が起きていると思われかねない」と、やんわりと批判した。そして条例の厳格な運用に消極的だったという。北杜市の住民の権利への視点、公共の福祉の視点を重視していないように思える態度だ。
ただし、この暴力事件の後には、市は市議会で、このN社に対して、「地元との信頼がまったく回復できていないので、それについては許可の対象にならないものと考えております」と、議員の質問に答弁している。
市長の反応が示唆するように、北杜市では太陽光発電によって利益が出る人たちもいる。事業者は市外の人が大半だが、遊休地を貸す人、設置に関わる地元工務店などだ。20人の市議会議員がいるが、同会が説明しようとしても約半数がそれを断ったという。つまり北杜市全体が一丸となって、太陽光の乱開発に対応できていないのだ。
◆悪質業者の自発的排除が必要
同会の坂さんは「私たちは太陽光発電を否定はしていません。景観や安全に配慮し、地域住民の意見を聞いて事業を行ってほしいという、当たり前の願いを持っています。しかし、このN社などのように最初から対話をする意思がないどころか、暴力の恐怖を撒き散らす人たちがいます」と、悲しげに語る。住民の不安と不満は当然だ。
太陽光では日本各地で乱開発による住民トラブルが発生している。一部には反社会的勢力が、太陽光発電に参入したという噂がある。太陽光など再エネの補助金の総額は2022年度の見込みで4兆2000億円。人為的に利権が急にできた以上、怪しい人々が参入するのも当然だ。北杜市と同じような住民の困惑は、日本中で起きつつある問題だ。
北杜市は住民を守るという態度を明確にしなければならない。そして、この異様な事件では、当事者の説明が必要だ。さらに太陽光事業者全体による自主規制と悪徳業者の排除が行わなければ、再エネや太陽光事業の未来はない。