【目安箱/1月27日】歴史を揺るがした火山爆発 トンガ噴火とエネルギー問題


南太平洋のトンガで1月14日に巨大海底火山が噴火した。同国は2015年段階で、再生可能エネルギーを20年までに発電の半分にするという目標を掲げていた。太陽光、風車による発電は当面火山灰で不可能だろうし、交通が途絶し津波に襲われた以上、潮力や火力発電の稼働も難しそうだ。この災害によるエネルギー、電力不足も懸念される。トンガ国民、被災者の方の安全を祈りたい。日本と世界で、この噴火による気候への悪影響、さらには穀物価格の上昇への懸念する声が広がっている。影響は現時点ではわからないが、火山の爆発は、歴史を動かすほどの変化を何度も与えている。それを振り返り、未来を考えたい。

◆並外れて巨大な規模の噴火

報道によると、噴火したトンガの海底火山「フンガトンガ・フンガハーパイ」を、トンガ政府地質担当局は今年「休火山」と発表していた。ところが噴火をしてしまった。火山予測の難しさがわかる。

世界の地質学者は、共通指標の火山爆発指数(9段階)で火山の爆発規模を認定しているが、この爆発規模は6相当(並外れて巨大)に相当するという意見が出ている。指数6には1991年に1年間続いたピナツボ火山(フィリピン)などがある。86年に全島民が避難した伊豆大島の大噴火が3相当だから、このトンガでの噴火は相当大きい。

91年のピナツボ山の噴火は約1年間にわたった。火山ガスや粒子が大気中に放出され太陽光を遮ったことで、93年にかけて北半球の平均気温が0.5度程度下がったとされる。日本でも93年は冷夏に見舞われ、全国平均のコメ作況指数は74(平年値100)で「著しい不良」となった。それによる米の不足「平成の米騒動」を思い出し、今回の噴火の影響を心配する声も多いようだ。

◆火山が社会を壊す

火山が社会に大きな影響を与えた例として、1780年代の西洋、東洋での連続的な火山の爆発が知られる。83年に日本の浅間山が噴火。関東一円に火山灰が降り注ぎ、その後に天候不順が続いた。同年には東北の岩木山も噴火。これらの噴火の後に日照が減り、不作が続いた。82年から86年まで天明の大飢饉が発生し、この飢饉では東日本を中心に数十万人規模の餓死者が出た。

83年から85年にアイスランドでラキ火山、グリムスヴォトン火山が噴火。その影響で天候不順がヨーロッパで続く。火山性の有毒ガスは、アイルランド、イングランドまで一時届いた。イングランドでは83年夏に異常な猛暑と二酸化硫黄を含んだガスが健康被害をもたらした。83年から84年初頭の冬は厳冬、84年以降の90年前後まで冷夏が続き凶作となった。フランスでも天候不順による凶作が89年まで続いた。フランス革命の一因は、89年にパリを中心に発生した食糧暴動だった。いずれの場所でも、火山灰の影響で、曇りが続き、太陽光線が弱くなったことが観測されている。

日本は2011年の東日本大震災以降、地震活動、火山活動が活発になっていると、有識者は揃って指摘している。(京都大学2020年度退職教員最終講義・鎌田浩毅教授)トンガの大噴火の影響は数年続く可能性があるし、太平洋の火山活動と地震が連動するかもしれない。

◆影響は土地によってまちまち

ただし心配ばかりしても仕方がないし、予想外の未来が訪れる可能性がある。気候のメカニズムは複雑で、火山が爆発すると必ず冷夏が訪れるという単純なものではない。火山が爆発によってガスや火山灰を拡散させたとしても、その場所、風向き、大気の状況で影響は異なる。

上記図によればピナツボ火山の噴火の翌年の冬、気温の上昇したところ、下がったところが世界の各所で異なる。そして影響は一律ではなく、偏在する。

1991年の第一次湾岸戦争で、クウェートを侵略したイラク軍が、撤退に際して油井を破壊した。その際に、油の燃焼による気候への影響が懸念され、米国の物理学者が試算をし、気温低下を警告した。80年代、核戦争の際の破壊によるって生じたがれきなどにより、「核の冬」が起きることが懸念され、そこで使われた試算方法が応用された。しかし環境汚染はあったもの、気温の大幅な変化は起きなかった。予想より早く鎮火したために、気温への影響は限定的だった。

トンガでの火山噴火で、警戒した方がよい問題であることは確かだろうが、地球の気候への影響がどのようになるかは不明だ。

◆インフレ基調の中での影響を懸念

折しも、ウクライナと台湾では、軍事大国による恣意的な威嚇により武力紛争が懸念されている。ウクライナは欧州に小麦や飼料を提供する穀倉地帯だ。そして気候変動への関心が全世界的に高まり、化石燃料への投資が抑制され、エネルギー資源の価格は上昇傾向にある。世界的に、モノの供給の先行きに不安な要素がある。世界各国で、コロナ禍の不況から一転し、インフレ基調に転換しつつある。

そうした中で、今回の噴火は、またインフレをもたらす材料になりそうだ。気候への悪影響による世界的な不作、連鎖的な火山活動や地震が起これば、物流の停止なども起きかねない。エネルギー産業への影響を考えると、インフレ圧力が高まる中で、エネルギーの資源、電力やガスなどの価格は上昇しやすくなる。企業としてはサービスや提供する物の値上げをしやすくなる一方で、利益との均衡点を探ることは難しく、また消費者や政治からの不満も発生しそうだ。

2022年のエネルギーをめぐる状況は不透明さを持つ中で、天災という、また新しい不安定要素が加わったことは間違いがない。

【記者通信/1月26日】太陽光計画に抜本見直し要請 環境省がアセスで初の厳しい意見


環境省が、埼玉県小川町のメガソーラー計画に対し環境配慮が不十分だとして、事業実施の再検討も含めた抜本的な見直しを強く求めた。メガソーラーでの環境アセスメントの手続きで、こうした厳しい意見が示されるのは初めて。東日本大震災直後に急増した石炭火力新設計画に対する同省の対応を彷彿とさせる。ここ数年、不適切な再生可能エネルギー事業を規制する自治体条例が増えるなど乱開発への懸念が各地で高まっており、今回の対応はそうした動向と歩調を合わせる形となった。

1月25日、環境影響評価法に基づき、小川エナジー合同会社の事業計画(出力3万9600kW、事業実施区域約86ha)の準備書に対する環境相意見として表明されたもの。メガソーラーを対象としたアセスの義務化は2020年4月から施行されている。アセスが必須の第一種事業は4万kW以上、必要に応じて実施する第二種事業3万kW以上が対象で、今回の計画は後者に当たる。

問題視された点の一つは、外部からの大量の土砂搬入だ。当該区域では、過去に残土処分場が計画されるも事業化に至らなかった経緯がある。今回、建設コストの削減を目的にほかの事業で発生する残土などの搬入を計画していることについて、発電事業としての必然性の説明がなく、環境への負荷が生じかねないと指摘した。こうした盛り土に対しては、昨年7月に発生した静岡県熱海市での土石流災害を受け、内閣府の検討会が災害防止のための法制度の新設を提言するなど、規制強化の動きが出ている。

静岡県熱海市伊豆山の土石流発生現場。すぐ横に、メガソーラーが連なる。

また環境相意見では、発電設備設置に伴う大規模な森林伐採や土地改変への懸念も示した。予定地の一部では過去に斜面崩壊が確認されており、土地の安定性に関する調査が不十分だとした。さらに、当該区域やその周辺で形成されている豊かな里山の生態系への影響も危惧した。

同日の会見で山口壯環境相は「残念ながら一部の再エネ事業について環境影響が強く懸念され、地域への説明も不十分であるために、地域において迷惑施設とみられる状況が生じている」「再エネの最大限の導入のためには、環境に適切に配慮し、地域における合意形成を丁寧に進めることが不可欠だ。環境配慮が不十分な事業には今後も厳しい態度で臨み、地域と共生する再エネの導入を促進していきたい」などと強調した。環境相意見を受け、2月上旬にも経産相意見が示される予定だ。

「脱炭素先行地域」への影響は 国会でも乱開発問題に言及

他方で、温暖化ガス30年46%減や、50年カーボンニュートラルに向けては一層の再エネ拡大が欠かせない。環境省肝いりの「脱炭素先行地域」事業は、22年度予算で200億円、財政投融資でも200億円を計上。30年度までに電力消費由来のCO2排出ネットゼロを実現する地域100カ所を目指すもので、ここでも開発のリードタイムが短い太陽光の活用が重要になる。ただ、関係者からは「先行地域の選定要件が思った以上に厳しく、どれくらいの地域が応募にこぎつけることができるのか」といった声も出ている。

再エネ乱開発を巡る問題は、今通常国会でも取り上げられている。1月24日の衆院予算委員会で、高市早苗政調会長が、地域共生の軽視、中国資本との関係、環境破壊などの観点から、政府の対応を問いただした。 件の環境相意見の発出は、図らずも先行地域の公募開始と同日だった。不適切メガソーラーの締め出しを強化しつつ、残された時間がわずかな中、数多くの地域で脱炭素化を実現させることは可能なのか。課題山積の再エネ政策が正念場を迎えつつある。

【目安箱/1月14日】規制と企業の良い関係を探る 「お上」への萎縮をなくせるか


「お上」への委縮が目立つエネルギー業界

原子力規制庁との交渉を担当する電力会社の担当者の東京での会議に、数年前にオブザーバーとして参加したことがある。そこで参加者が、「規制を通るように頑張ります」と、あいさつで口を揃えて決意を述べていたことに、違和感を覚えた。

原子力規制委員会・規制庁の審査は、その要求も審査スピードも理不尽なものが多い。それが各社の過剰な金銭・労力の負担につながり、これはその対応のために集まった会合だ。それなのに、規制庁に文句を言わず、「頑張ります」というのは変だ。

「なんで行政と戦わないのですか」。あいさつの順番が回ってきた時に、筆者は違和感を述べた。その反応に出席者は戸惑っていた。筆者は自分が場の空気を読めないことを反省したが、同時に「お上と争わない」「波風を立てない」という、外から見ると奇妙な電力業界の雰囲気を感じた。

エネルギー産業は総じて、経産省・資源エネルギー庁との深い関係がある。この産業は、インフラであり、運用を間違えば大事故につながりかねないために、規制は当然だ。だが事業者には「お上」に萎縮する態度があるように思う。

もちろんエネルギー業界でも、業種によって行政と規制への態度は違う。自由化の進んだ石油は行政に萎縮せず、自由に活動するように見える。厳しい安全基準に悩み続ける石油小売業は中央・自治体の意向をうかがうのに懸命だ。L Pガス業界は官庁としたたかにと渡り合う。都市ガスは行儀良く、官庁と協調して波風を立てないようにしている。一方で電力は東電が原発事故の後に没落し、経産省や政治家に対して力関係が弱くなってしまった。そして電力各社は今、原子力規制に振り回されている。その姿は気の毒になる程だ。

それでは行政とその規制、そして事業者との間は、どのような関係が望ましいのだろうか。他の業界、他国では、規制が、事業者が手動で作られている。その姿を紹介し、考えてみたい。事業者と規制、行政の関係を考える筆者はエネルギー業界の片隅にいて他業界の規制は付け焼き刃で勉強したに過ぎず、いたらない説明をするかもしれないが、容赦いただきたい。

◆自主規制の存在感が増す金融界

日本の金融界での、事業者による規制との向き合い方の姿を紹介してみたい。そこでは参加者によって市場活動での自主規制である「コード」が作られ、存在感を増している。

日本の金融界では規制が強かったが、1980年代末からのいわゆる「金融ビッグバン」で自由化された。しかし1991年のバブル崩壊から2010年ごろまで続いた金融危機によって行政の存在感が増した。危機が収まり、さらに日本経済の衰退が叫ばれる中で、行政は「コード」に関心を向けた。

先進国で法律は、国民の権利を制限する以上、限定的にならざるを得ないし、国会での議決など制定まで時間がかかってしまう。一方業界のルールならば、広範な規制が行なえ、比較的短期間に決められる。それに官民が注目した。2014年から制定が進んで、資産運用会社、投資家、上場会社を規制している。

もちろん、以上の解説は建前、きれいごとによる説明の面がある。日本のコードは、行政主導で作られている。そして、規制を使って、金融市場を通じて、生産性が低い傾向があるとされる日本企業を変えさせようという目的が強く出ている。コードは、アベノミクスの重要な柱として位置づけられ、行政や金融会への天下り官庁O Bが、意見取りまとめの中心となっている。例えば、株式の持ち合いの禁止、R O E(自己資本利益率、投資の収益性を示す)、E S G投資の促進など、企業の収益性の向上を指示するコードがある

コードによる規制を1990年代に始めた英国では、業界による金融不祥事の防止が目的であった。コードを推奨したO E C D(経済協力開発機構)もその目的を強調した。日本とは意図が異なる。「日本のコードはソフトな形の規制強化のためのもの。ルールが増え、しかも法律と違って曖昧さ、裁量が多く、担当者は苦労している」(投資会社総務担当)という面もあるようだ。

ただし民間が規制作り自主的に参加し、誓約と遵守によってそれを実行するというのは、他業界、そしてエネルギー業界と異なる形の規制だ。

【記者通信/1月7日】北陸電の燃料費が調整上限突破 他6社も上限迫る水準に


エネルギー資源価格が再び騰勢を強めている。1月7日現在の米ニューヨーク市場の動向を見ると、原油先物価格が一時トン当たり80ドルを突破。石炭先物価格もインドネシアの石炭輸出停止の影響などからトン193ドルと、この3日間で20%以上も上昇している。LNG先物価格については、北東アジア・スポット市場の指標となるプラッツ社のJKM(ジャパン・コリア・マーカー)が2月分で34ドルという高値水準だ。

こうした中、大手電力の規制料金に適用されている燃料費調整額について、北陸電力の2月分の平均燃料価格(2021年9~11月の貿易統計実績)が1kl当たり3万4100円となり、基準価格の1.5倍に当たる上限の同3万2900円を突破した。また本誌の調べによると、東北電力(上限4万7100円・平均3万9700円)、関西電力(上限4万700円・平均価格3万9400円)、中国電力(上限3万9000円・平均3万6300円)、四国電力(上限3万9000円・平均3万5300円)、九州電力(上限4万1100円・平均3万3900円)、沖縄電力(上限3万7700円・平均3万4300円)の6社で、平均燃料価格が上限価格に迫りつつあることが分かった。

一方、北海道電力(上限5万5800円・平均4万400円)、東京電力(上限6万6300円・平均4万7400円)、中部電力(上限6万8900円・平均4万4000円)の3社については、上限に達するまで比較的余裕がある状況だ。

平均燃料価格が上限を超えた分は電気料金に反映されず、大手電力側が負担することになる。2016年4月の小売り全面自由化以降、料金設定の自由度が拡大し上限は廃止される方向だが、経過措置として残っている規制料金では依然として上限制度が残ったまま。全面自由化前に比べ、規制料金の割合が減少しているとはいえ、各社の契約口数を見ると平均で低圧部門の約7割を規制料金が占めている。今後も燃料費の上昇が続けば、大手電力の業績に少なからぬ影響を及ぼすことが予想される。

ちなみに、主要都市ガス会社の規制料金について2月分の原料費調整額を調べてみたところ、東京ガス(上限9万1600円・平均7万3030円)、大阪ガス(上限10万2540円・平均6万4090円)、東邦ガス(上限13万3360円・平均7万3020円)、西部ガス(上限13万6560円、平均7万3280円)、北海道ガス(上限10万6100円・平均7万3190円)と、いずれもかなりの余裕があることが分かった。都市ガスの場合、基準原料価格の1.6倍で上限が設けられている。各社とも総じて上限額が高いのは、「原料費が上昇した時期に料金改定を行ったことで、基準価格自体が高く設定されている」(ガス関係者)ためとみられる。

かつては「名目値下げ、実質値上げ」の裏技も

「電力・ガス事業の全面自由化前で規制料金が主流だったころは、燃料・原料費の上限突破が続いた際、事業者の中には届け出で済む値下げの料金改定を行い、その折に上限の根拠となっている基準価格を引き上げることで調達コストの上昇に対応するという裏技的な動きがみられた。そのため、需要家からは『名目値下げ、実質値上げ』との批判が聞こえたこともあったが、事業環境が激変した現在、この手法が通用するかどうか。北陸電力では調整額を超過した分の燃料費について、デリバティブ取引の活用など自社努力で吸収する構えを見せているので、他社も同様の対応を図っていくことになるだろう」(大手エネルギー会社幹部)。

原油、LNG、石炭それぞれの価格上昇に、円安という要素も絡み、22年も引き続き燃料費は高値圏で推移する公算が大きい。事業者、需要家ともに、エネルギーコストの増大に悩まされる年となりそうだ。

エネルギー政策「ドイツに見習え」が怪しい


◆不思議な繰り返し「バスに乗り遅れるな」

「バスに乗り遅れるな」。1939年から40年にかけて、つまり昭和14年前後、欧州でヒトラー率いるナチス・ドイツが第二次世界大戦の初戦で勝利を重ね、欧州大陸を征服するような勢いだった。日本ではその時に、ドイツとの提携を進める人たちが、このスローガンを語って、日独の関係を深めようとした。ドイツの作る世界の新秩序に乗り遅れてはいけないということだ。

こうした世論が1940年9月の日独伊3国同盟の背景になった。しかし、ドイツと協調したことが、米英等の連合国との戦争と敗北という大失敗の一因になった。検証せずに、一時的な華やかさに目を奪われて、国際情勢を見誤ってはいけないという教訓だ。

なぜか現代の日本で、同じスローガンを聞く。「世界の潮流は、自然エネルギーと脱原発」「ドイツを見習え」「ドイツの政策を取り入れろ」。福島第一原発事故の後で、エネルギーをめぐる議論でドイツへの過剰な賛美が頻繁に登場し、今でも繰り返される。欧州の気候変動への異様な関心を肯定し、ドイツの脱原発政策と、固定価格買取制度(F I T)など再エネの過剰優遇策を見習えという議論だ。それらが全て正しいとは思えない。それなのに、ある程度、日本の政策に反映されてしまった。

ドイツの真似をした政策によって、日本のエネルギーに、プラスもあるが、じわりとマイナスの影響が出ている。再エネの過剰な増加と原子力の停止で、コスト増、そして既存電力システムへの投資がおかしくなり、安定供給が崩れ、電力を中心にエネルギー価格が上昇し始めている。ドイツでも同じ問題が発生している。それなのに、再エネを過剰に重視してエネルギー問題を語る人は、ドイツの失敗に沈黙するか、今でも「ドイツに学べ」と叫んでいる人がいる。実に不思議だ。

◆より混迷を深めそうなドイツの環境・エネルギー政策

ドイツのエネルギーをめぐる最近の動きは、混乱が広がりそうなものばかりだ。

▶︎中道左派・社会民主党のオラフ・ショルツ首相が率いる3党連立政権が21年12月に発足した。そこには16年ぶりに、過激な環境政策を掲げる「緑の党」が参加した。2人の共同党首の一人、ロベルト・ハベック氏は政権の要となる気候変動対策と経済政策を両立させるとする新設の「経済・気候保護省」の担当大臣になった。メルケル政権で進んだ、エネルギーの「グリーン化」政策は、より過激になる可能性がある。

▶︎ドイツの憲法裁判所は、21年4月29日に、「現在の気候変動法では2031年以降の温室効果ガスの削減措置は不十分であり、その削減目標は、憲法が保証する将来世代の自由権を侵害する」と判決した。政府とメルケル政権はこの判決を受け、2030年の排出削減目標を従来の1990年比55%減から65%減に引き下げ、40年には88%減の目標を掲げた。しかし、計画の根拠は詳細に示されていない。脱原発政策とそれに伴う石炭火力の活用は継続しており、石炭火力発電の比率が総発電量の3割強になっている。

▶︎ロシアからドイツへの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」は9月に完成した。しかし新政権で与党になった緑の党は、天然ガス利用の削減と、同ラインの建設停止を21年9月の選挙で訴えている。今後、このラインをどのように使うかが政治問題になる。

これらの政策は、ドイツのこれまでのエネルギー政策の延長の中で出てきた。そしてエネルギーで追求すべき、3E +S(経済性、経済安全保障、環境配慮、安全)が満たされる形に、ドイツのエネルギー供給体制は、現在もなっていないし、今後も適切な形に成長するとは思えない。燃料・電力価格の上昇はこれまでドイツで観察されてきたが、その上昇が一段と起こるはずだ。

◆失敗のできるドイツ、できない日本

それでもドイツがエネルギー政策の失敗を隠せたのは、E Uのまとまりの中にいるため、そして周辺に比べて大国であるためであろう。E U諸国の協力の中で、他国から電力、エネルギーを購入でき、そのマイナス点を覆い隠せた。

一方で、日本はどうだろうか。言うまでもなく、日本とドイツは国情が違う。日本は他国からエネルギーをすぐに買えず、電線を引いて他国の電源を使うこともできない。日本がドイツのエネルギー政策の真似をしたら、マイナス面が、ドイツよりもより強く、より早く現れそうだ。実際に今、日本では再エネと脱原発の国民負担、そして既存発電施設への投資意欲の減退などによる安定供給の危機が始まっている。

ところが今でも、再エネの拡大を主張する人たちを中心に、「エネルギーでドイツに学べ」と繰り返す人たちがいる。名前と主催者は伏せるが、1年前、再エネの振興を目指すあるシンポジウムで、ある学者が冒頭に、「進んだドイツに比べて日本のエネルギー政策は・・・」とコメントを始め、それを視聴していた筆者は唖然としたことがある。この人は、河野太郎氏が内閣府大臣の際に主導して始めた「再エネ・タスクフォース」に参加し、積極的に日本批判の発言を繰り返していた。評判の悪い会議だったが、参加者の考えも、現実から遊離していた。

経済問題や社会問題は、理系の学問のように実験はできない。日本の進むべき道は、ドイツの過剰な環境配慮、再エネ重視のエネルギー政策がどうなるか。社会実験として観察し、そのメリットとデメリットを冷静に見極めることであろう。他国の政策の試行錯誤の中には、いわば実験のように、国、企業、消費者、それぞれの立場から学べることがある。それなのに、過剰な思い入れがあると、現実が歪んで見え、何も学べなくなってしまう。

日本のインテリたちの、海外賛美の病はかなり根深い。「ドイツに学べ」などの奇妙な主張を聞くたびに、エネルギー・環境問題で、80年前と同じように、海外の真似をして失敗する過ちが繰り返されることを心配している。

【記者通信/12月14日】再エネTFが活動再開 地域共生策を議論も「期待外れ」の声


菅義偉・前政権下で再生可能エネルギーの大量導入に向けた規制のあり方を提言してきた、内閣府の再エネ総点検タスクフォース。去る10月4日の岸田政権への移行により、規制改革担当相が河野太郎氏から牧島かれん氏に交代した後、解散説がささやかれていたが、12月13日に会合を開き活動を再開した。これに伴い、構成員を一部変更。原英史・政策工房社長が退任し、経産省・電力ガス取引監視等委員会の前委員長だった八田達夫氏が後任に就いた。

この日の会合では、「水循環政策における再エネ導入目標・ロードマップのフォローアップ」「地域と共生した再エネ拡大に向けた規制の在り方のフォローアップ」「リチウムイオン蓄電池にかかわる消防法の見直しについて」の3テーマを議論。中でも注目は地域共生策で、担当大臣の交代が議論にどう影響するか、関係者の関心が集まった。

結論から言えば、議論の内容に代り映えはなく、「悪質事業者の排除し乱開発を防ぐための規制改革に政府主導で取り組む」という姿勢は微塵も感じられなかった格好だ。太陽光条例の制定で乱開発阻止に動く自治体からは「担当大臣や構成員の交代によって、再エネ開発正常化に向けた改革に乗り出すかと期待したが、肩透かしをくらった」との声が聞こえている。

会合で事務局が提示した資料「地域と共生した再生可能エネルギー導入拡大に向けた規制・制度の在り方」を見ると、委員および全国再エネ問題連絡会の意見に対する関係省庁(経産省・環境省・農水省林野庁)の回答が項目別に列挙されているが、基本的には現行法制の枠内で所管省庁ごとに【対応中】【検討中】のコメントが書かれているだけ。そこからは、乱開発がもたらす自然破壊・災害誘発のリスクや、悪質事業者による周辺住民の不利益を何としてでも改善しようという危機感はまるで伝わってこない。

「各省庁は、いかにも適正に対応しているといった内容だが、実際にそうであるなら、全国各地で反対運動が巻き起こるはずがない。深刻な地元の実情や悪質事業者の実態を、ことここに至ってもまだ理解されていないのではないか」。連絡会の山口雅之共同代表は、こう不満をぶちまける。

規制強化に消極的な事務局 問われる内閣府の本気度

再エネを巡っては、山間部における太陽光や風力の大型プロジェクトなどで乱開発が問題化しており、エネルギーフォーラムでも現地模様などをたびたび報じてきた。こうした事態に悩む地元住民などからは、国主導で再エネ開発規制の強化を求める声が日増しに高まっているのだ。

「悪質な再エネ事業者を市場から排除するには、国土利用計画法や建設業法、森林法、電気事業法、FIT法、環境アセス法など関係法令の欠陥を、省庁の枠を越えて体系的に調整し、改正する必要がある。それこそが、再エネTFの使命だろう。政府がいくら良い政策を進めようとしても、悪質事業者がはびこる現状を容認していては国民からの支持は得られない」

 11月中旬、山口氏は再エネTF事務局に対し、こう強く要望したという。ところが、これに対し事務局側は「悪質事業者ばかりではないため、性悪説を前提にした法体系にはできない」「行政法は、企業側の営業の自由や財産権の保障などがあるため、性善説の前提が多い」などとして、規制強化に消極的な姿勢を示したという。山口氏は重ねて、「事業者の財産権や営業権よりも、国民の生存権のほうが優先される」と主張したが、「再エネ最優先・最大限の導入」という政府の大方針の前では効力に欠けたようだ。

 再エネ乱開発に絡む災害や事故は現在も増え続けている。自然エネルギーのための自然破壊を阻止しない限り、熱海・伊豆山の土石流災害のような悲劇は今後も繰り返される可能性がある。その時、再エネTFは国民に対し、一体どんな説明をするのだろうか、「内閣府という立場を最大限発揮して、大局的見地から省庁の壁を越えて、国民のためにより良い仕組みを作っていただきたい」(山口氏)。構成員のさらなる刷新も含め、内閣府の本気度が問われている。

【記者通信/12月3日】原油先物を急落させた「オミクロン・ショック」の謎


新型コロナウイルスの変異による「オミクロン・ショック」が世界的に広まる中、国際原油市況が荒い値動きを続けている。OPECプラスが12月2日の閣僚級会合で、現行の原油増産計画(毎月、日量40万バレルずつ増産)を2022年1月以降も継続する方針を決めたことで、米ニューヨーク市場の原油先物は一時65ドル台半ばまで約5%下落。その後の揺り戻しにより、現在は68ドル台前半で推移している。

原油先物は、コロナ禍の収束による世界的な経済回復や脱炭素化による上流開発投資の停滞を背景に、8月後半から上昇を続け、10月下旬に約83ドルまで上昇した。11月中旬、米国がバイデン政権主導の下、日本や中国、インド、韓国、英国と共に国家備蓄の一部放出に動いたものの、原油相場はあまり反応せず77ドル前後の高値に張り付いていた。

そんな中、26日に突如としてアフリカでオミクロン株が確認されたニュースが世界を駆け巡った。すると即座に、米国が8カ国からの渡航制限を発表したり、英国が行動制限の復活を発表したりするなど、世界経済を揺るがしかねない動きが急加速。主要市場の株価が乱高下するとともに、原油先物も急落し30日には一時64ドル台と約3カ月ぶりの安値を記録した。

原油市況に冷水 「不自然なほど出来過ぎた流れ」

「世界の大国が連携しての国家備蓄放出という、かつてない極めて異例の手法をもってしても下げ渋った原油価格が、今回のオミクロン・ショックによってあっさりと下落した。それだけインパクトがあったわけだが、11月下旬から起きた一連の動きを冷静に振り返ってみると、油価下落を狙う人々にとっては不自然なほど出来過ぎた流れになっている気がしてならない。誤解を恐れずに言えば、過熱していた原油市況に冷水を浴びせる狙いでオミクロン・ショックを演出したと見ることもできる。この機に空売りを仕掛けて儲けたファンドも少なからずあるだろう」。エネルギー問題に詳しい市場関係者はこう話す。

確かに、26~27日ごろの段階ではオミクロン株の実態や影響がまだ不明な状況下にもかかわらず、主要国は申し合わせたように迅速な対策を講じてきた。それがマーケットからは世界経済の減速要因として受け止められたわけだ。12月に入ると、オミクロン株は感染力が強い半面、毒性は弱いという一部の調査結果が伝えられるなど、徐々に実態が判明。主要な株式・債権・商品市場は上昇に転じ始めている。それでも油価はピーク時と比べると、15%近い安値水準で推移している。

「原油価格の高騰に手を焼いてきたバイデン政権にとっては、実に都合の良い展開になった」(前出の市場関係者)格好だ。とはいえ、オミクロン株には重症度やワクチン効果などで不明な点も少なくなく、世界経済の先行きに対する不透明感はぬぐえない。OPECプラスの動向やラニーニャの影響といった波乱要因もあり、油価の乱高下は今後も続く展開となりそうだ。

【目安箱/12月3日】「失敗」に終わったCOP26を考察する


◆制約を強め失敗した歴史が繰り返された

英国で行われていた国連の主導による第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が現地時間11月13日に終了した。どの立場から見ても、議長国の英国政府にとっても、合意をまとめるという点では、「失敗した」という評価が妥当なようだ。

2016年に決まったパリ協定は各国ごとに目標を定め、それを実行するという緩やかな国際協定だった。それなのに、今回のCOP26では厳しい制約を課せという欧州を中心とした世論の盛り上がりがあり、石炭火力の停止や途上国援助、数値目標の上積みや強化が議論された。しかし、その点で大きな合意はなかった。

いつものように、日本でのCOP26への論評では、環境問題に詳しくない知識人とメディアが日本政府と産業界を叱ることが、繰り返された。それは間違いだと思う。筆者は15年ほど気候変動交渉を見ており、「各国政府は愚かな交渉を行い、そしてメディアはパターン化したピントのずれた論評をなんで繰り返すのか」と呆れてしまった。COP3(1997年)の京都議定書が、2009年に継続が断念され体制が壊れたように、各国に厳しい制約を気候変動交渉で加えようとすると必ず反発が起きて、合意ができなくなる。それが今回も繰り返されただけだ。

◆環境運動の過激化がもたらした混乱

ただ興味深い変化があった。ここ数年、国連の事務当局や、欧州の環境派と政治家(どちらかというと西欧の左派政党が多い印象)は、気候を巡る危機をあおり、過激な市民運動を利用していたように思える。今回の会議では、そうした過激な人たちを、利用した人が持て余していた。一方で、過激活動家たちも、そうした政治家や環境派の欺瞞を指摘しはじめた。最近の環境をめぐる欧州の奇妙な同床異夢の動きが、壊れ始めている。

学校を休んで気候変動防止のデモを続けたスウェーデンの少女、グレタ・トゥーンベリさんが、このところ欧米の環境活動家のヒロインだった。彼女は2019年のニューヨークの国連気候変動サミットや、同年のCOP25(マドリード)では、演説を会場内で行った。ところが、彼女は今回のCOP26では会場の外で演説をした。中に入れなかったようだ。過激すぎて国連や会議事務局でも相手ができなくなったのだろう。グレタさんは批判を強め、こんなことを言っていた。

「これはもはや気候会議ではない。北半球の先進国によるグリーンウォッシュの祭典だ。指導者は何もしていない。彼らは自分の利益のために抜け穴を作っている。拘束力のない約束はこれ以上必要ない。COP26が失敗であることは秘密ではない。」

利用した人達が、今になってグレタさんら過激派を懸念している理由もわかる。主張が暴走し、「大変だ」「危機だ」と恐怖を煽る声が、冷静な議論をできなくさせつつある。

一方で、グレタさんたちの怒りもわかる。各国政府は、かっこいいことを唱えながら、結局は何もしない。彼女の指摘通り、環境外交は「グリーンウォッシュ」(環境の名を唱えて実態を隠す行為)、「祭り」だと思う。主要国は、首脳らが出席し、演説をするパフォーマンスを見せたが、結局、強制力のある措置には踏み出せなかった。各国とも行動は偽善に満ちていた。

ここ数年、欧州は過激な環境派に社会が傾注し過ぎた印象があった。大きな流れは脱炭素であることは間違いないが、目先数年は、こうした過激化への揺り戻しがあり、環境を軸にした政治混乱や対立が激しくなっていくのかもしれない。

◆幸いなことに、混乱から遠い日本

幸いなことに、日本には、まだ気候変動を巡る政治的混乱は、広がっていない。グレタさんに同調して世界の先進国で、若い世代が「Friday for Future」という市民団体で活動している。ただし資金源は不明で、その活動と意図に不透明感がある。日本にも少数、この団体を名乗る若者がいて、活動している。そのデモなどを、メディアが好意的に伝えるが、世間の態度は冷たい。

あるテレビでこの団体のデモが報じられ、高校生が気候変動問題に関連して「もうこれ以上の豊かさ、成長は必要ない」とコメントしたところ、S N Sでは批判と嘲笑が広がった。善意を持つ青年が笑われるのは気の毒だが、対案を考えない提案は滑稽さを伴い、批判されるのは仕方がないだろう。日本の人々が気候変動問題で冷静な証拠だ。

日本は、石炭火力プラントの製造と運用を行い、原子力メーカーを持つ、世界では数少ない国だ。三菱重工グループなど、メーカーの作る石炭火力プラントは世界でトップレベルの高効率であり、環境負荷が低い。日本製の石炭火力プラントで、二酸化炭素は大きく減らないが、大気汚染物質の排出は少ない。また東電の福島原発事故の後で原子力産業は打撃を受けたが、まだ世界トップクラスの技術を持つ。そうした現実を前に、石炭火力を否定し、原発の活用を沈黙する環境運動は、明らかにおかしいし、説得力がないのも当然だ。

また京都議定書で、議長国として温室効果ガス削減のために日本は多くの負担を負ってしまった。その失敗があるためか、今回のCOP26では日本の行政も政治家も、背伸びをして負担を受け入れていない。世界の環境活動家が勝手に決める、気候変動交渉に後ろ向きである国を名指しする「化石賞」を、今回の会議で日本はもらったが、それは逆に適切な政策を行ったという証明だ。菅政権では菅義偉首長と、河野太郎、小泉進次郎両大臣は、環境シフトを掲げ、COP26で過激な政策を連発しそうになったが、政権交代で外れた幸運もあった。

◆日本企業の活躍が始まる期待

こうして考えると、気候変動を巡る国際情勢の中で、日本は今、偶然が重なったとはいえ、いいポジションについているように思える。「温室効果ガスの排出を2050年に実質ゼロにする」という菅前首相が2020年10月に掲げた目標は降ろされていないが、政権交代もあって、岸田文雄首相はそれほど固執していない。石炭火力をやめるという各国の動きにも、今回のCOP26で同調しなかった。変な責任を負わず、ビジネスチャンスの可能性が広がっている。

特に日本のエネルギー業界は、今でも技術面で世界に誇れる企業が揃っている。2年ほど前、2000年に作られた東京電力の東京某所にある地下変電所を、アフリカ諸国の技術者がJ I C Aの支援で視察していたところに、偶然出会った。口々に規模の大きさと緻密な構造を感嘆し、質問していた。20年前のプラントでも、世界の手本になっていた。

日本は企業を中心に気候変動問題で活躍できるはずだ。自らが利益を得ながら、温室効果ガスの排出を減らし、世界と日本で貢献できる立場にあるのだ。電力会社、大手都市ガス会社は東電の原発事故前には、そろって海外での施設運用、プラント建設事業を行う計画を立て、重電やプラントメーカーと協業体制を作っていた。原発事故とエネルギー自由化が進み、そうした動きは流れてしまった。ようやくエネルギー自由化も一段落した。再び海外などで、事業拡大に挑戦することができるかもしれない。

今回のCOP26の混乱と失敗は、気候変動問題が環境活動家や政治家の手を離れ、実務家や技術に注目が向き、主役が移るきっかけになればいいと思う。気候変動交渉をめぐるメディアや、活動家の騒動、政治家の嘘に巻き込まれる必要はない。グレタさんとその仲間たちが喜ぼうと、失望しようと、具体策が実行できないために、気候変動には何の影響も与えられないのだ。

COP26の失敗によって逆に、多くの国で既存の電力・エネルギー供給システムから急に離れられないことが、明らかになった。COP26と同時に、フランスなどが原子力の復権を強調している。これまでと違って、日本に有利な形でゲームチェンジが起きるかもしれない。

願いを込めた楽観的な意見かもしれないが、今回のCOP26が、気候変動問題において、偽善や口先の活動家の目立つ動きから、実務と企業が中心になって具体策が語られ、実際に物事が動く流れへの転換になればいいと思う。そして、その可能性は十分にある。

【特集1】世論の壁を打ち破れるか 原子力政策「失われた10年」への決別


脱炭素と安定供給を両立する有力電源「原子力」を再評価する向きが世界的に拡大し始めている。わが国も今こそ原子力政策の「失われた10年」から脱却し、政治主導で世論の壁を打ち破る時が来た。

「議長、日本は、アジアを中心に、再エネを最大限導入しながら、グリーン……、あっ、クリーンエネルギーへの移行を推進し、脱炭素社会を創り上げます」

それは、ほんのささいなハプニングだった。11月2日、英グラスゴーで開かれた温暖化防止国際会議・COP26に出席した岸田文雄首相は、スピーチの際に「クリーン」を「グリーン」と言い間違え、即座に訂正したのだ。

大半の人は気にも留めないような出来事だが、エネルギー業界では意外なほど反響を呼んだ。「グリーンなら主に再生可能エネルギーを指すが、クリーンであれば原子力も含むことになる。たった一文字の違いに過ぎないが、われわれにとってその差は大きい」。大手電力会社の幹部はこう話す。

「クリーンエネルギー(CE)」は岸田首相が総裁選の最中から、たびたび口にしてきたキーワードだ。去る10月8日の国会所信表明演説でも、「CE戦略の策定を強力に推進する」と表明した。

第二次岸田内閣の発足で会見する岸田首相

これを受け、経済産業省・資源エネルギー庁では、第六次エネルギー基本計画の仕事が閣議決定でひと段落するのと前後して、CE戦略の議論に向けた準備に取り掛かった。「休む暇もない」と嘆く事務局が当初作成したアジェンダ案を見ると、「供給サイドの取り組み」として「原子力は、既存設備の徹底活用の方策(長期運転問題、再稼働の徹底推進)」の一文が盛り込まれている。

CE戦略にどう反映? 根強い原子力への抵抗感

「まずは既存原発の再稼働と運転期間延長、次にリプレース、そしてSMR(小型モジュール炉)や高温ガス炉など新型炉の開発・導入という順番を基軸に、これからの原子力政策を考えていく。そんな方針が、経産省の周辺から聞こえている。それがCE戦略にどう反映されるのか、大いに注目しているところだ」。10月中旬、大手エネルギー会社の幹部はCE戦略への期待をこう明かした。

本誌11月号特集『岸田新政権の審判』で報じたように、原発再稼働や新型炉によるリプレースの必要性を声高に訴える甘利明・幹事長を筆頭に、高市早苗・政調会長、萩生田光一・経産相、山際大志郎・経済再生相、嶋田隆・首相秘書官ら、原子力に造詣の深い顔ぶれが第一次政権の主要ポストに並び、業界からも政治主導への高い関心が寄せられていた。

ところが、10月30日に投開票が行われた衆院選で、思わぬ事態が起きる。原子力立て直しの旗振り役だった甘利氏が小選挙区で落選、責任を取って幹事長職を辞任したのだ。「司令塔が倒れて大丈夫か」。業界はざわついた。

脱原発派の河野太郎・前規制改革相、小泉進次郎・前環境相が内閣から外れたとはいえ、原子力推進には依然として高い壁が立ちはだかる。最大野党の立憲民主党はもとより、共産党、社民党、そして与党の公明党まで、短期的か、将来的かの違いはあるにせよ目指すは「原発ゼロ社会」の実現だ。また世論を代表する大手マスコミも、朝日、毎日、日経の3紙を中心に「脱原発」の論陣を張る。

自民党、経産省内を見渡すと、原子力推進色を表に出すことへの抵抗感は根強く残る。東京電力柏崎刈羽で発覚した数々の不正問題に加え、最近も東北電力女川での硫化水素漏れ事故や九州電力玄海での火災事故などが発生。世論の風当たりは相変わらず強い。「政府が下手に脱原発路線の転換を口にしようものなら、袋叩きに合うのは確実」(元経産省関係者)。来年夏には参院選も控え、政治的にも微妙な時期といえる。

しかし一方でCOP26での議論や合意文書が象徴するように、脱炭素化への取り組みは待ったなしの状況だ。太陽光や風力などの自然エネルギーは発電量が天候に左右されるため、大量導入によって電力安定供給に深刻な影響を及ぼすデメリットが世界的に顕在化しつつある。片や安定性に秀でる石炭火力は、CO2排出問題から「段階的に縮小」する方向だ。このままだと、主力電源はLNG火力の一本足打法となり、欧州や中国で起きているような需給ひっ迫、価格高騰のリスクが高まることになりかねない。

小手先だから失敗する!? 正面から堂々と戦略議論を

発電段階でCO2を排出せず、供給安定性に優れ、燃料費も安い原子力は、脱炭素社会の実現とライフラインの維持を両立させる上で欠かすことのできない電源なのだ。そうしたメリットがあるからこそ、欧米の主要国では原子力の価値が再評価され、お隣の中国でも数多くの新設計画が進んでいる。「わが国としても正面から堂々と原子力戦略を議論すべき時に来ている。政治や世論に配慮し、こそこそやろうとするから逆にうまくいかないんだよ」(電力関係者)

青森県知事らとの会談で核燃サイクル推進を明言した萩生田経産相(左)

地ならし的な動きは始まっている。政府の「新しい資本主義実現会議」は、11月8日に発表した緊急提言の中で「CE技術の開発・実装」に原子力を位置づけるとともに、CE戦略策定に当たって「原子力や水素などあらゆる選択肢を追求する」方針を掲げた。

エネ庁は11月下旬からCE戦略の検討に着手、年内に論点を整理する見通しだ。「エネ基で深堀りできなかった、熱エネルギーの脱炭素化やCE投資などが議論の中心となる。原子力については制度面の問題には触れず、新型炉の研究開発や今後のスケジュール感など中期的な課題が書き込まれるかも」(エネ庁幹部)

ただ、わが国政府に求められているのは、そんな小手先の話ではない。「2050年カーボンニュートラル実現」を掲げる日本が、その一翼を担う原子力の国家戦略を提示し、国民的議論を巻き起こすことなのだ。それによって初めて政策は前進する。「世論の壁を打ち破るには、国家感を持った骨太の政策理念と強力な政治主導体制が必要だ」。政界に影響力を持つ経産省OBの言葉が重く響く。

【目安箱/12月1日】エネルギー業界、退社する若者の声を聞く


◆「また若者が辞めた」の背景を考える

ある30歳手前の、理系の高学歴で優秀な青年が、電力会社を退社した。「もったいない」と私は思ったが、話を聞いた。

話を要約すると、以下の不満が勤務した電力会社にあったという。

▼滅私奉公の社風:会社の飲み会、地域社会との交流、企業組合の活動が、事実上強制される。新型コロナウイルス感染症の流行で、社外との交流、会社の飲み会が減って、ほっとした。

▼無駄だらけの業務:行政や地域社会に配慮し、仕事で安全確認と紙の書類が多すぎる。無駄を指摘して改善を提案すると、上司や周囲が不思議がり、「生意気」とレッテルを張られた。改善や業務を効率化しようという意欲が少ない職場で、やる気を出しても、何も現状を変えられない。

▼人事評価の不透明さ:年功序列で、上司の好き嫌いが人事に反映される傾向がある。自分は平均という、あまり良い人事評価は得られなかったが、再チャレンジしようとしてもそれが反映される兆しがない。

▼やりがいが見つからない:「電力を供給し、利用者を幸せにする」仕事と、社内で繰り返される。利用者を幸せにするといっても、研修や仕事で顧客対応の姿を見たが、へりくだりすぎていて、逆に嫌になった。自分は客の召使ではない。仕事の意味が書類や雑務の中で見えない。原子力事故の影響が続き収益が悪化。それに関係しない自分のいた部門も巻き込まれた。

電力会社を若くして退職した人のブログをみると、どれも同じような状況のようだ。

電力会社だけではなく、エネルギー産業はどこもよく似ているのかもしれない。

ただし、話を聞くと、筆者はこの退職した青年の考えから「甘え」のようなものも感じられた。どの会社でも、上記のような問題はあるだろう。

筆者は指摘した。「やり遂げたという達成感も成果もなく、また身についたと自分で思っている技量もないようだ。少し我慢することを考えた方がよかった。次を考えずに会社を辞めて、失敗したと悔やむ人はこの世の中にあふれている」。

すると、その青年は、「指摘はその通りだが、頭でわかっていても、実際に経験し、それによって嫌な思いをすると耐えられなくなった。特にほかの業界で働く大学院同期と比べると、ビジネスの経験での差が大きくなりすぎて悲しく、焦った」という。その気持ちは理解できる。次の仕事はまだ決めていないそうだが、この青年の未来に幸多かれと祈った。

◆波風を立てない組織のままでいいのか?

同じような指摘を、社内外の多くの人がする以上、電力産業に、何か問題があるのかもしれない。

電力・エネルギー産業は、「巨大装置産業」「行政の規制の影響が強い」「インフラであり安全な運営と安定供給が必須」「顧客は供給全地域の住民全員」という特徴がある。その特徴は、上記の退職した人の不満に思った会社の姿と密接にかかわる。

人に危険が及び、多くの人に影響を与えかねないエネルギー産業で、安全・安定供給に注力することは当然だ。安全の確保のためには、前例踏襲(ただし安全に運営されていた場合のみ)が、組織として最良の活動方法だ。そして「誰がやっても同じ結果」が求められるわけで、多少の改善はあっても、劇的な変化は組織として期待されないし、するべきではない。そうすると、波乱を起こさない社員の行動が望まれる。東電の原発事故のような大災害は別にして、大失敗はどの部署でもめったに起きないが、大成功も起きにくい。こうした組織では、年功序列で減点主義の人事評価に傾きがちだ。

前述の辞めた青年の不満は正しいようでもあるが、仕方のない面もある。しかし、ストレスがたまりやすい職場であることは確かなようだ。

◆変わらないままの業界、新しい問題を解決できない

ただしこのままでいいのだろうか。青年の叫びには、正しいことも含まれているように思える。

安定供給というこれまでの仕事の延長では、既存の電力産業、既存各社の対応は素晴らしい。今年の冬も含め、福島原発事故という危機を乗り越え、電力の供給を途切れさせず行ってきた。これは評価されるべきことだ。

ところが新しい動きがエネルギー産業を取り巻いている。自由化、東京電力福島事故の後の原子力への信頼の再構築、原子力発電所の再稼働、高レベル放射性廃棄物の地層処分などだ。そうした問題への対応は適切に行われているだろうか。これらへの対応でも、前述した「前例踏襲」とか「波風立てない」、「没個性」という態度で、電力会社は向き合おうとしているように思える。そして、筆者は、それらの対応に「すばらしい」という感想を抱けない。

一例を示してみよう。高レベル放射性廃棄物の地層処分の用地選定で、NUMOは日本全国で市民との対話イベントを重ねてきた。一度これを見学したが、まじめにやっている担当者の方には申し訳ないが、あまり面白くなかった。事実を説明しているのみだった。広告代理店の動員というのをやめてしまったので、この会合には数人しか出席せず、その多数が反対派という滑稽な状況になっていた。なかなか言えないことはわかっているが、一般の人たちに話をするには、話し手の顔が見え、そしてこの処分は住人の経済的利益につながることを打ち出すことが、印象に残る手法であろう。それを全くせず、金の話を意図的にぼかしているようだった。

つまり、電力会社のこれまでの社風、「前例踏襲」「とりあえず実行する」「波乱を起こさない」という特徴の延長の上で、こういう放射性物質の処分という新しい問題にも対応しようとしていた。効果が出ないのは当然だろう。

電力会社の人々は、自分を取り巻く社会環境の変化の必要を理解していると思う。しかし、実際変化に振り回され、自分が変わる必要を感じないと、対応する真剣度は低下してしまう。電力会社の持つ現場が多様で広すぎるために、状況の深刻さに気付いていない社員が多いのかもしれない。

◆会社の進むべき道‐批判者の声の中にある正しさを見つける

ルールを作り、仕事をやりやすく、効果を継続することは必要だ。前例踏襲も、多くの場合に仕事をスムーズにする。しかし、既存のルールの前提になる社会状況そのものが変わる中で、ルールを守り続ける行動は危険だ。そのルールは中の人しかわからない。それを変えていかなければ、まじめに仕事をしても、社会からずれ続ける可能性があるのだ。

前述の退職した若者を会社の中の人も、私のような外の人も批判することはたやすいだろう。けれどもその批判の中には、ルールそのもののズレとか、会社のあるべき姿そのものへの本質的な問題が隠れているかもしれない。

そして働く人が幸せになる職場は、組織を永続させる。この若者の言うような疑問を、多くの人が電力・エネルギー業界で感じているようだ。その問題点を発見し、是正することは長い目で見ると、会社のためになるはずだ。もちろん、全部を聞いていたら組織が動かなくなるが、必要な批判に聞く耳を持つべきかもしれない。

ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫」(1963年)に、19世紀半ばのシチリアの老貴族に、美男俳優のアラン・ドロン演じる若い甥がイタリア統一運動に身を投じて「変わらず生き残るために、変わらなければならない」と話す場面がある。老貴族は、変化の必要を知りながら、「シチリアは変化を望まない、眠りにつきたがっているのだ」と政治参加の要請を固辞し、時代に取り残される道を選ぶ。この2つのセリフはいろいろなところで今でも繰り返されるが、電力業界の未来はどちらだろうか。

新しい変化を促し、それを気づかせるのは次の世代だ。辞める若い人の苦悩の中から、電力会社・エネルギー産業の変わる方向のヒントが見つかるのではないか。

【記者通信/11月28日】合成メタン開発に温度差 大手ガス社長会見で浮き彫りに


CO2と水素を反応させてメタンガスを精製するメタネーション(合成メタン)技術は、都市ガス業界が「2050年カーボンニュートラル実現」への切り札として研究開発を推進している注目技術だ。業界団体の日本ガス協会では昨年6月に発表した行動計画の中で、「カーボンニュートラルメタンの都市ガス導管への注入1%以上」を2030年目標に掲げている。そうした中、東京、大阪の大手都市ガス2社がそれぞれ開いた社長会見(内田高史・東京ガス社長=11月26日、藤原正隆・大阪ガス社長=11月19日)で、メタネーションに対する両社のスタンスの違いが図らずも浮かび上がった。

まず藤原社長は、技術系出身で化学子会社の大阪ガスケミカル社長を務めた経験もあることから、メタネーション開発の推進には積極姿勢。19日の会見でも、メタネーションについて「水電解・サバティエ反応方式」と「共電解・革新的SOEC方式」の二種類の技術がある状況を解説しながら、「30年の段階で、大規模なSOECメタネーションから供給できるかは微妙だが、完成された技術のサバティエメタネーションを今後さらにスケールアップするとともに、新たな触媒を開発することで効率を上げ、日本ガス協会の30年目標1%に向けて取り組む。SOECメタネーションは非常に効率的なため、同時並行的に現在の基礎研究から開発応用研究に進んでいきたいと考えている」と述べた。

一方で、内田社長は26日の会見で「メタネーションはすでに実験室レベルでは出来ており、それをどこまでコストを下げて大規模化できるか。そのために、さまざまな実証試験に取り組んでいる」としながらも、30年の見通しについては「まだまだコストを下げ切れていない状況で、残念ながら社会実装という面ではほとんどないと思う。いろんな条件があえば可能性としてゼロとは言わないが、外に向かって、これだけ合成メタンを供給していますと言えるところまでは至っていないだろう。30年にはちょっと無理ではないかと考えている」と、慎重な姿勢を見せた。

その上で、ガス協会の30年1%目標について問われると、「合成メタンを持ってきて(導管に)入れるというのは、完全にゼロ、不可能とは言わないけれども、かなり難しい。どうしても、合成メタンが入れられなければ、カーボンニュートラルLNGで代替して入れていくことになるのかもしれない」との見方を示した。

メタネーションによるCN化のイメージ図(資源エネルギー庁資料より抜粋)

得意分野を生かすか、それとも一致団結か

両社の会見に出席した印象では、内田氏、藤原氏ともにメタネーションは50年に向けて都市ガスCN化の主力技術になるとの認識では一致しているものの、その開発に掛ける意気込みや「30年1%目標」の捉え方には少なからぬ温度差があるように感じた。「中期的な断面で見ると、東京ガスはメタネーションというよりも、カーボンニュートラルLNGの導入拡大に期待を掛けている。別々の会社なのだから違いがあるのは、むしろ当たり前。東京ガスがCNL、大阪ガスがメタネーションと、得意分野を生かした形で脱炭素化の取り組みを引っ張っていただきたい」。中堅都市ガス会社の幹部はこう話す。

とはいえ、かつての天然ガス導入・高カロリー化のための「IGF21」計画が業界一丸となっての一大プロジェクトだったことを知る世代からしてみれば、「リーディングカンパニーの大手には一致団結してメタネーションの研究開発に取り組み、少しでも早く商用化してもらえるとありがたい」(地方都市ガス会社トップ)との思いがあるのも事実だ。

藤原社長は会見で、「都市ガス事業者は200社ほどあるが、研究開発に要因や費用をそれなりに投下できるのは3~4社。今は同じメタネーションでもそれぞれが選択肢を広げて研究開発を行っているが、一定程度のタイミングで、どれが1番良いという判断になれば、業界全体でそれに集中することは十分にあり得る。ただ、これは私が考えているだけなので、ほかの会社の方がどう考えるかは分からない。ガス会社同士はライバルでもある。今はどれかに絞り込むところまで研究開発は進んでいない」と、心境を語った。

IGF21事業を根底で支えていた「地域独占・総括原価」時代は、すでに終わった。ガス業界全体が小売り全面自由化、導管部門分離、電力事業との相互乗り入れという新たな局面を迎えている中、メタネーション開発は当面の実証段階でどんな歩みを見せていくのか。今後の動きから目が離せない。

【記者通信/11月27日】「燃料制約発生の可能性低い」 JERA社長会見で強調


JERAの小野田聡社長は11月25日会見し、今冬について「燃料制約が発生する可能性は低い」との見通しを示した。LNG不足が懸念された昨冬の反省を生かし、既に200万tのLNGを追加調達したほか、自主的に在庫を厚めに確保する。さらに、電源の確保や、JEPX(日本卸電力取引所)への供給力拠出といった対応も進め、安定供給に万全を期す姿勢を強調した。他方で、電力の安定供給を確保するためには、自社努力だけでなく、政策面の支援も欠かせないと訴えた。

今春、東京エリアの2022年1月の供給予備率がマイナス0.2%、2月がマイナス0.3%との見通しが示され、電力需給ひっ迫が懸念されたが、10月末時点では1、2月ともに3%以上を確保できる見通しとなっている。

同社は今年12月~来年2月を冬季重負荷対策期間とし、kW、kW時の両面で対策を講じている。燃料確保策としては、エリアの電力需要を想定した上で、過去の実績や他社電源の稼働想定などを踏まえて自社の発電量見通しを独自に予測。これに基づいた安定的な燃料確保を進める。

JERA Global Markets(JERAGM)のネットワークを生かした柔軟な追加調達も図る。例えば需要が増えた際に、欧州向けの米国産LNGを日本に仕向け地変更するといった具合だ。さらに重負荷対策期間は、タンクの運用レベルが通常150万t程度のところを20万tほど引き上げ、在庫を厚くする。

こうした対策を講じた上で、政府に対しては「電力自由化と資源確保の両立、合理的な市場設計、供給責任とその費用負担などに関する制度面の早急な検討を要請している」(小野田氏)。LNG調達に関する官民連絡会議でも訴えた内容の必要性を、改めて強調した。

このほか、JERAはJEPXへの供給力拠出にも取り組む。市場で、燃料の需給状況を反映した価格シグナルが発せられるよう、供給力拠出の仕方を変更。東電エナジーパートナーとの契約を見直してJERAがスポット市場への入札主体となった上で、東京エリアの入札価格に反映する限界費用について、LNGのスポット調達など追加的な調達コストを考慮した価格に見直した。さらに、送配電事業者によるkW時公募の募集要綱を踏まえ、約13億kW時の市場への追加拠出についても検討する。

kW確保については、東京電力パワーグリッドの追加供給力公募で落札された、長期計画停止中の姉崎火力5号機の運転準備を進めている。さらに、需給ひっ迫に備えた発電所の増出力運転の検討や、発電設備のトラブル回避に向けた重点点検などを実施する方針だ。

ガソリン高騰対策は提示も LNG供給の課題解決策は不透明

政府は、ガソリン価格高騰に対しては矢継ぎ早に対策を講じている。小売り価格が1ℓ当たり170円を超えないよう、石油元売り会社に対して補助金を出す方針で、経済産業省は21年度補正予算案に800億円を計上。さらに、価格抑制効果には疑問符が付くものの、米国の要請を受け、石油の国家備蓄の一部を放出するという初の試みも繰り出している。

しかし今のところ、石油価格高騰以外の燃料の安定供給対策について、迅速に対応しているとは言い難い。

JERAは会見内で、カタールとのLNG長期契約のうち、今年で契約が終了する分については延長しないことを明らかにした。世界的な市場の変化や、自由化に伴うLNGの位置づけの変化などを背景にした、従来型の長契を継続することの難しさからだ。

政府には、こうしたエネルギーの安定供給を巡る構造的な課題にも本腰を入れることが求められている。

【記者通信/11月24日】電力危機を回避できるか⁉ 燃料調達とJEPXの価格乖離を解消へ


11月に入ってからも暖かい日が続いていたが、24日は西日本の広い範囲で雨や雪の荒れ模様、晴天だった太平洋側でも寒気が流れ込んで12月初旬並みの寒い一日となった。予報によれば、これを境に今後は寒さが増していくという。本格的な暖房シーズン到来を前に気がかりなのが、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場価格の動向だ。

今秋、JEPXのスポット価格は高値推移を続けている。10月以降、時間帯によっては1kW時当たり50円を超え、11月17日に一時65円の高値を付けると、22日には東日本エリアの多くの時間帯で80円に達し、西日本エリアでも78.8円を付ける時間帯があった。80円は、予備率3%が確保されている場合のインバランス料金の上限であり、卸電力価格の実質上の上限となる。

今秋は低負荷期にもかかわらずスポット価格が高値を続けてきた要因の一つが、アジアのLNGスポット指標「JKM」の高騰だ。100万BTU(英国熱量単位)当たり40ドル近くで高止まりし、発電単価約30円/kW時に相当する。一方で卸電力価格は、高騰する時間帯があるとはいえ24時間平均では20円を下回る。「市場への売り札を増やすということは、100億円の収入しか見込めないのにLNG船1隻分の燃料を150億円で買い発電するということ」(市場関係者)にほかならず、損失を最小限にしようと、大手電力会社は稼働ユニットを絞ったり逆に卸価格の安い時間帯には買い札を入れたりしながら、燃料の消費抑制に努めていると見られる。特に22日に多くの時間帯で高値に張り付いたのは、これに悪天候による太陽光発電の出力減が重なったからだ。

このまま燃料調達価格と卸電力価格が乖離した状態で厳冬を迎えれば、機動的に燃料を調達できずに昨年度冬と同様、燃料不足による需給ひっ迫危機に陥りかねない。そうなれば、卸電力価格は80円どころか200円に張り付くことになる。

JEPXへの供出価格を国際燃料市場と連動へ

大手電力会社は昨冬のような燃料政策・需給ひっ迫を回避する施策の一つとして、JEPXスポット市場への入札(卸電力の供出)に当たり、従来の燃料長期契約とスポット調達の加重平均価格から、追加的な燃料調達を考慮した価格(国際燃料市場ベースの価格)への変更に乗り出している。これにより、電力各社では「卸電力市場に対し適切な価格シグナルが発せられるため、燃料制約や需給ひっ迫の回避・低減に効果がある」とみている。

西日本から順次変更が始まり、22日には東北電力、24日にはJERAが対応を発表した。ただ時期について、東北は「24日以降、準備ができ次第」、東京は「電力・ガス取引監視等委員会の確認が取れ次第」としている。国際燃料市場ベースへの変更によって卸電力価格に燃料指標が反映されると、現状では多くの時間帯で価格が底上げされる可能性が高い。業界関係者の一人は、「22日の卸電力価格が思いのほか上昇し、電力・ガス取引監視等委員会から待ったが掛かったのか」と勘ぐるが、真相は果たして。

環境と経済のトレードオフを超えて クリーンテックがビジネス機会を創出


【羅針盤】巽 直樹(KPMGコンサルティングプリンシパル)

デジタルならぬ「グリーントランスフォーメーション」という言葉が業界に聞こえ始めた。グリーン技術がもたらす社会変革とはどのようなものか。大手コンサル会社の専門家が解説する。

 政府が宣言した2050年カーボンニュートラルの実現に向け、各企業でも既にさまざまな取り組みが始まっている。一方、本稿執筆時点では、波乱含みのCOP26の行方はまだ見えていない。

しかし、この旅の最終目的地が変わる可能性は現時点では低いため、脱炭素化(グリーン化)に向けた対策が求められている状況も、本質的には変わっていない。

人々の生活を豊かにする「GX」とは何か

デジタルトランスフォーメーション(DX)がビジネスのバズワードとなって久しい。この言葉と同様に、トランスフォーメーション(変革)との掛け合わせで、グリーン化に向けた企業の取り組みやコンセプトを「グリーントランスフォーメーション(GX)」と呼ぶ場面に遭遇することが増えてきた。DXと同様に、社会や組織におけるグリーン変革を一言で表している点で分かりやすい。

DXという言葉を最初に用いたのは、スウェーデン・ウメオ大学の研究者たちであるといわれている。その論考によると、「デジタル技術が人々の生活を豊かにする」との意味でDXが用いられている。無批判にデジタル技術を受け入れるのではなく、それらの発達が社会に及ぼす影響を踏まえた上で、人類の進歩にいかに役立てるのかを考えることに一定の示唆を与えている。よってDX推進ができなければ、社会や組織の存亡が危ぶまれるといった類いの脅し文句が書かれているわけではない。

それにもかかわらず、この論考を引用し、DX推進が絶対に必要という「手段の目的化」が甚だしい意見を耳にすることがある。おそらく原典を自分自身で読まないまま、思い込みで意見されているのではないかと考えられる。

一方、GXはカーボンニュートラルへの対応が一義的な目的となる。しかし、DXの文脈でGXを考えた場合、「クリーンテックにより人々の生活を豊かにする」ことができなければ、GXの取り組み意義も薄れそうだ。そして、GXという言葉の記載はないが、この場合の「読まれない」原典に当たるものにIPCCの報告書を筆者は頭に思い浮かべてしまう。

一部には黙示録でも出現するかのように伝えていた第6次報告書のドラフトが8月に公表された。これに対する報道において、報告書における強いトーンの言葉だけを切り取ることや、国連事務総長が「人類への赤信号」だと発言したことなどが、ことさらに強調された論調が目についた。

しかし実際には予測の精度が上がったため、より「油断は禁物」になったが、最悪シナリオの可能性低下も同時に報告されている。DXの場合と同様、原典を正確に読まずに、あるいは自身のストーリーに都合のいい情報の選択というバイアスをもとに、いろいろな喧伝がなされている印象を受ける。 脱炭素化にかかる膨大なコストが問題視され、世界中でさまざまな議論がなされている。わずかな気温を下げるためのコストと捉えると、直接民主主義スイスのように、費用対効果が合わないことを理由に国民投票で対策案が否決される。人類滅亡の回避コストと捉えると、無限にコストをかけても構わないとの考え方も出てくる。このように効果についての意見の一致が見られない問題を抱えたまま、中途半端な地球温暖化対策が世界全体で進むことが懸念される。

環境と経済はトレードオフか コストではなくビジネス機会

企業の場合、コストを上回る売り上げ、投資を上回るリターンがなければ、そもそもゴーイングコンサーン(継続企業の前提)がおぼつかない。温暖化対策がコストでしかない状態が続くと持続可能性が脅かされることになる。

GXの要諦があるとするならば、一般には「環境保全と経済成長にはトレードオフがある」とされる問題を超えなければならないということだ。地球温暖化や脱炭素化などへの対策をコストと考えるのではなく、新たなビジネスチャンスと捉えるべきだとする意見も最近は増えているが、多くは精神論に近い。普通に考えれば対策コスト競争になり、供給者が適正数になるまで生存競争が続き、そのプロセスが終われば最終的に消費者にコストが転嫁されるだけだ。

かつて経営学者のマイケル・ポーター氏は「ポーター仮説」で、厳しい環境規制を先んじて導入した国の企業は、他国の企業よりも競争優位を獲得するとした。この仮説には多くの経済学者から反証がなされてきたが、例えばクリーンテックにおける技術革新を誘発させれば、新たな付加価値を生み出し、環境保全と経済成長の両立が可能となる場合もある。

図にGX戦略の基本的なコンセプトを示した。規制やルールなどを考慮しつつ、新たな技術や製品を開発し、資本市場も適切に利用する。そしてレッドオーシャンの領域を抑えつつ、ブルーオーシャンを発見し、これからの30年をどこで泳ぎ、どのように成長していくのかをイメージしたものだ。

もちろん、これだけでは「絵に描いた餅」だが、頭の整理の第一歩と考えていただきたい。これまでは中期経営計画などで、せいぜい5年ほど先までの将来を描けば十分だった。しかし50年を視野に入れると、いわゆるシナリオ分析が必要となろう。あらゆるシナリオと自社が取り得るオプションを想定し、30年までの短中期戦略と50年までの長期戦略を、地球温暖化対策をベースに組み立てるべき時ではないか。

言うまでもないが、それは自社を破滅させてまで取り組むことではなく、どこまで付き合えるのかの見極めにも必要であるからだ。

たつみ・なおき 博士(経営学)、国際公共経済学会理事。近著に『まるわかり電力デジタル革命EvolutionPro』(日本電気協会新聞部)、『カーボンニュートラル もうひとつの″新しい日常〟への挑戦』(日本経済新聞出版)。

【記者通信/11月12日】どうする!?熱分野のCN化 「定義付け」に高い壁


政府が掲げる2050年カーボンニュートラル(CN)社会の実現は、ある意味不可逆的な流れとして社会全体に大きな転換を促そうとしている。

日本の最終エネルギー消費のうち直接的な電力として利用されるのは約3割で、残りは化石燃料を用いた熱利用が占めている。目標を達成できるかは、電源の非化石化に加え、この熱利用分野のカーボンニュートラル化をいかに進めるかにかかっていると言っていいだろう。ところが、注目されるのは再生可能エネルギー比率や原子力の最大限活用の是非といった電力部門の脱炭素化ばかり。非電力分野に言及される機会はほとんどなく、電力のように長期的な政策や展望もないのが実情だ。

こうした中、日本学術会議が「カーボンニュートラルに向けた熱エネルギー利用の可能性と課題」をテーマに11月6日開催したシンポジウムを聴講する機会があった。行政や研究機関、民間企業で熱エネルギーに係る専門家らが登壇し、それぞれの立場から熱エネルギー利用の進展に向けた課題認識や提案がなされた。一致していたのは、日本は産業用の熱需要が多く、電化以外を認めないとなれば製造業が衰退し雇用が維持できなくなるという危機感だ。水素やメタネーション、CCUSといった熱源の脱炭素化に資する技術を確立すると同時に、社会実装に向けた具体的な政策が示されることが求められる。

ただ、問題はこうした技術が確立したとしても、今のところこれらをCNとして定義付ける制度が国内にも国際的にも存在していないことだ。特に欧州では、再エネのヒエラルキーが高く、化石燃料を活用し続ける仕組みには否定的。いかに世界に協力国を作り、熱分野のカーボンニュートラルの国際基準づくりを主導していくのか。つまり政府がCOPやG20といったハイレベルな交渉の中でいかに発信力を高めることができるか――。高い壁が立ちふさがっている。