【記者通信/9月21日】東電が標準料金値上げを発表 柏崎刈羽の再稼働が焦点に


東京電力ホールディングス(HD)と東京電力エナジーパートナー(EP)は9月20日、2023年4月からの特別高圧と高圧向け事業者を対象とした電気料金標準メニューの詳細を発表した。基本料金に反映する燃料費等調整単価の算定に関し、これまでの電源構成や燃料価格を最新値に置き換えた上で、卸電力取引所におけるスポット市場価格の変動を受けた「市場価格調整項」を導入。料金体系を見直すことで、調達費用が収入を上回る「逆ザヤ」状態の解消を目指す。

特別高圧・高圧電気料金見直しの概要

新設した「市場価格調整項」は、スポット市場価格の加重平均値である平均市場価格と、17.44円に設定した基準市場価格(21年7月~22年6月のスポット価格をもとに決定)の差額に、市場価格単価を乗算したものとなる。市場価格単価は、平均市場価格が1円増減した際の1㎾時当たりの変動額で、特別高圧は32銭8厘、高圧は33銭7厘に設定している。東電EPが試算した参考値によると、仮にスポット市場価格が直近(22年7月21日~8月20日)の32.29円で推移した場合、事業者側の値上げ幅は約12~14%程度になるという。東電EPの秋本展秀社長は会見で「特別高圧、高圧のお客さまに一層のご負担をお願いするということは、非常に当社としても大変心苦しい決断」と話し、秋本社長ら取締役4人と東電HD小早川智明社長の月額報酬10%を、22年10月から23年3月まで自主返納すると明らかにした。

会見する東電EPの秋本社長(右)

料金改定は23年4月1日からの予定だが、契約満了日が4月1日以降の事業者に対しては満了日まで現行制度を維持(託送料金見直し分のみ加算)する。最終保障約款を契約している事業者が東電EPとの契約を希望する場合の協議も再開し、10月中旬の同社ウェブサイトで必要書類や具体的な申込方法などを周知するとしている。

原発再稼働で2000億円削減も「具体的時期示すものでない」

今回の電気料金算定基準には、新潟県の柏崎刈羽原子力発電所7号機の稼働を75%織り込み、約2000億円のコスト軽減を図っている。これにより、東電HDの小早川智明社長が16日の会見で示唆した23年7月再稼働に向けた準備が進むとみられているが、秋本社長は「具体的に再稼働時期を示すというものではない」と再稼働時期を明確にはしなかった。一方で「原料価格や市場価格の高騰を全てお客さまに転嫁することはできないと経営判断した」と話し、原発再稼働による安定供給と財務状況改善に全力を尽くす姿勢を見せている。

記者からは値上げによる収支への影響について質問が出たが、「経営する者として一日も早い黒字化へ、できることを最大限するに尽きる」と話すにとどまった。低圧の規制料金の見直しを含めた対応については、「現時点では考えていない。今後は状況の変化を踏まえて、総合的に判断していく」と述べた。

【記者通信/9月10日】スマエネWeek秋に3万人来場 電力高騰で注目される再エネビジネス


電気料金の高騰が、再生可能エネルギーを巡るビジネスを大きく変えようとしているのか。国内外のエネルギー関連団体や企業が集まる日本最大級の総合展示会「スマートエネルギーWeek秋2022」が8月31日から9月2日まで、千葉県の幕張メッセで行われた。380の企業や団体が最先端技術を出展し、3日間合計で約3万人が来場。コロナ禍にもかかわらず、全国から大勢の来場者が詰めかけ、再エネビジネスへの関心の高さを浮き彫りにした。

7つの展示ゾーンで構成された今回の総合展。注目は、2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向け、主力電源としての期待される洋上風力発電だ。電気料金高騰局面の長期化がささやかれる中、コスト競争力の観点からも関心が高まっている。「WIND EXPO 風力発電展」では、関係者によるセミナーのほか、風力発電所の建設、保守運用、洋上風力技術などで技術を持つ企業団体が出展した。来場者からは「国の後押しもあり見通しは明るい」(曳船サービス担当者)と期待の声が聞こえる一方、「日本は風車の大型化が進み大量生産には向かない。技術力を示して海外企業にアピールしないと儲けにはつながらない」(塗装メーカー担当者)と冷静な意見も出た。

SEP船で大型化する洋上風力事業に対応

「遠浅の海が少なく適地が限られる日本で洋上風力を進めるなら、大型化は必須」と話すのは、海洋土木工事を多く手掛ける五洋建設の担当者。国内で初めて大型クレーンを搭載した800t吊の自己昇降式作業台船(SEP船)を投入するなど、今後は風車の大型化に対応した1600t吊のSEP船を23年4月稼働に向けて建造中だという。担当する洋上風力事業本部の島田遼太郎氏は「1600t吊のSEP船が完成すれば、15MW級の着床式洋上風力設置工事にも対応できる」。自然災害による故障リスクや建築コストの増大など、大型化による弊害についても「1600t吊のSEP船なら悪天候下でも制度の高い作業が可能」と将来を見据える。五洋建設は今後3籍のSEP船を保有し、海底ケーブル敷設や15MW級洋上風力建設の競争力を高めていく構えだ。

洋上風力は浮体式が「世界基準」になるか

三菱重工業グループは、浮体式洋上風力技術の一般化に向け、福島浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業を推進。こちらも15MW級といった風車の大型化に対応する。三菱造船の小松正夫海洋開発担当部長は「3~4年後にも洋上風力は浮体式が世界標準になると予測している」と話す。三井造船の手がけるフロート技術は既存造船所の設備を活用でき、港湾の作業が可能なため、日本の海岸での製造に適しているという。自然災害リスクに対しても「50年に1度の波高、潮流に耐え得る設計で製造している」(小松部長)と自信を見せる。将来的には曳航可能な浮体式の利点を生かしてアジア各国で市場拡大を目指していく。

国際エネルギー機関(IEA)によると、洋上風力市場は、40年には全世界から120兆円超の投資が見込まれるという。特にアジア市場は欧州とは海の形状や気象条件が異なり、現在の風車設計の中心である欧州とは違う技術コンセプトが求められる。今回の総合展で、日本の部品メーカーはアジア市場開拓が可能な技術力を国内外にアピールした。それらを商用化のベースに乗せられるか、注目だ。

蓄電システムへのニーズ高まる

洋上風力とは別に来場者の関心を集めたのが、二次電池や太陽光発電のゾーンに展示された蓄電システムだ。脱炭素と節電を両立させるため、企業や家庭の需要が高まっている実態が浮かび上がった。

蓄電システムは蓄電池とパワーコンディショナーが一体となっているため、電気を蓄え、必要に応じてその電気を利用することができる。中でも大型の蓄電システムは、コンビニやホテルなどの施設にソーラーパネルを設置する企業のニーズが高い。企業の蓄電池導入では国や地方自治体の補助金も手厚く、たとえば東京都は「地産地消型再エネ増強プロジェクト」として、太陽光と蓄電池をセットで導入した場合、経費の3分の2を助成している。

現在、村田製作所やパナソニック、京セラなど電機メーカー大手が販売しているが、新たに参入するのが中国のファーウェイだ。年末を目途に、スマート産業用蓄電システムの発売を予定している。スマートフォン生産などで培った技術を活かし、コンピューター上で行うシステム管理などの使いやすさが強みだ。会場では住宅用蓄電システムの展示も行っていたが、来場者のお目当てはもっぱら産業用。担当者は「用意したパンフレットがなくなりそうです」と嬉しい悲鳴を上げていた。

FIT期間終了の利用者に照準

家庭用の蓄電システムを展示したのが、台湾のプラスチックジャパンニューエナジーだ。台湾プラスチックは化学分野や半導体分野で世界トップクラスの大型複合企業グループで、日本での家庭用蓄電システムの販売に関して7月、双日と総代理店契約を締結した。双日建材を販売窓口として、この秋から販売を開始する。

双日の担当者は「昨年夏から、『(再エネ電気は)売っても安いので貯めたい』という声が増えている」と語る。固定価格買い取り制度(FIT)の開始から10年が経過。今後、10年間の契約期間を終えた住宅は、発電した電気をこれまで通り売電するか、蓄電池を導入して自家消費にまわすか選択を迫られる。ここで重要なのが、蓄電池を導入したとして、採算を取れるのかという問題だ。住宅で蓄電池を導入するには、100万円以上の費用がかかることが多いうえ、蓄電池の寿命は、10~15年ほどとされる。

丸紅エネブル蓄電池の試算では、太陽光パネルを設置している一般家庭で蓄電池を導入、自家消費率を30%から70%まで向上させた場合でも、電気料金の年間削減額はわずか3.5万円にとどまる。これでは、仮に蓄電池の導入に100万円かかったとして、採算が合うのは蓄電池の寿命がとうに尽きた28年半後となってしまう。この状況を見越して補助金が交付されているが、補助金を利用して導入費を抑えられたとしても、初期費用を回収できるかどうかは微妙だ。

今年に入り見積依頼が急増

とはいえ、ある出展企業の担当者によると、電気料金の高騰トレンドが続くと見て蓄電システムの導入を検討する家庭もあり、22年になって以降、見積もり依頼が急増しているそうだ。その中には、太陽光パネルは設置していないが、電気料金が安い夜間に電力を蓄電し、その電力を日中に利用することにより、節約を見込む家庭もある。もちろん、災害や停電時の非常電源として利用できるメリットも考慮した上でのことだ。

企業、家庭ともに、蓄電池を求めているのは採算上のメリットだけが理由ではない。例えば、企業であれば脱炭素経営に取り組むため、家庭であれば災害への備えや、サステナブルな生き方をするため。金銭だけでは計れない価値のために脱炭素を選択する。そして、そこに巨大なビジネスチャンスが生まれ、経済は大きく変容しようとしている――。今回の総合展では、そのうねりを体感することができた。

【記者通信/9月7日】実に快適!「E Vトゥクトゥク」に乗ってみた


東南アジアを中心に移動で使われる「トゥクトゥク」と呼ばれる3輪バイク。これをE V(電動車)にした「E Vトゥクトゥク」が日本で売り出されている。これに試乗してみた。「快適」「軽快」「安全」「かわいい」。印象を言葉にすると、こんな単語が浮かんだ。E V(電気自動車)、小型自動車、バイクの「いいところどり」をしている印象だ。

EVトゥクトゥクのイメージ

◆E V、バイクの「いいところどり」した乗り心地

「E Vトゥクトゥク」の本体サイズは、99.5×102×201cm(幅×高さ×長さ)で小型のボックスカーを、さらに小さくした印象だ。重量は212kgだが、電動モーターで動き、加速も減速もスムーズ。操縦はバイクのようなバーハンドルで行うが、左右に曲がるときリーンしない(車体が左右に傾かない)ためハンドルを切る感じは、独特のものだ。しっかり減速すれば小回りもよく効く。乗車の際にはヘルメットはいらない。街乗りで使いやすい移動手段と思った。

バイクと違って屋根があり正面にはフロントグラスがあるため、雨風をある程度防げる。横にドアがないため、オープンカーのようで、走ると風が心地良い。最高速度は時速40kmで、スクーター程度だ。そしてエンジンを使う自動車やバイクと違って、音はなく振動も少ない。航続距離は1回のフル充電で80km程度、バッテリーを2個搭載すれば約150kmも走れ、かなり遠くまで往復できる。

足による操作がないため乗車姿勢にはかなり自由度があり、3輪自立型で床にはフロアパネルがあるためバイクのように停車のたびに地面に足をつけて車体を保つ必要がなく、安定している。乗車の気分はどちらかと言えば自動車のようだ。ブレーキは、スクーターのようなレバー操作だが効きは良かった。バイクのようなエンジンの振動も音も匂いもなく、出力1000Wのモーター駆動でスムーズに発進、加速ができる。

ハンドルにあるボタンを操作することで「リバース(後進)」ができ、その際にはモニター画面の表示が切り替わって、後部の映像(リアビュー)が映る。スピードや充電量などは液晶画面に映し出される。後部座席には、大人が2人程度乗ることもできるし、かなり大きな荷物も運ぶことができる。E V、バイク、自動車の「いいところどり」をしたような印象だ。

◆とにかく安いランニングコスト

E Vトゥクトゥクの費用はどうだろうか。

電気は、家庭用100V電源から充電するだけだ。充電時間は電気容量ゼロからフル充電まで約5時間程度だ。夜に充電にできる。またバッテリーを取り出して屋内で充電することも可能だ。電気代も充電1回平均50円程度で、財布にも環境にもやさしい。

本体価格は税込み77万円だが、ナンバープレート取得代行や自賠責保険の加入手続などの「納車パック」に11万円かかる。

これは法律の上では「側車付軽二輪」という扱いになる。側車とはバイクのサイドカーの事だ。税制上、軽二輪の扱いとなり、軽自動車税は3600円で毎年必要だが、車検が無く重量税(4900円)は納車時の一度だけだ。電気代はフル充電時で1回100円~150円程度。ランニングコストは、自動車よりもはるかに安くなる。駐車はバイクの駐車スペースがあればよく、車検や車庫証明も不要だ。

経費的には、自動車などの他の移動手段と比較して、かなり手頃だ。

◆観光業での導入拡大に期待

E Vトゥクトゥクは、ビーグルファン(東京)社が、中国のメーカーと共同して開発し、2019年から売り出した。同社の松原達郎社長は、電動キックボードを日本で初めて輸入して広めた人だ。中国のバイク(自動二輪、スクーターも含む)は、電動が大半を占めるが、その中に3輪もある。それとトゥクトゥクを組み合わせたらどうかというアイデアを持ち、中国メーカーと一緒に開発した。現在600台ほどを販売した。

販売代理店の日本環境防災(東京)の本郷安史社長は、E Vの充電器の設置や広報活動に関わってきた。これを自分でも購入し、買い物など近場の移動で「自転車のようにサンダル代わりに気軽に使っている」という。

個人の利用に加えて、宅配や訪問介護、また工場内での移動などに使うための企業の購入、また交通の脱炭素化のために行政機関の購入も増えている。そして今、本郷さんらは観光への活用の提案を続けている。排気ガスがなく騒音もないので観光地の環境を傷つけずに、訪れた観光客が近距離を楽しく、快適に移動できる。実際に観光事業者や、自治体や公的団体の問い合わせや納入が増えている。駅前やバス停でこれを貸し出し乗ってもらう。

「試乗のアンケートでは『快適』という感想が多い。環境にやさしい車としてマイクロE Vはこれから大きく伸びるだろうが、使い心地の気持ちよさがないと広がらないはずだ。E Vトゥクトゥクはその利便性に加えて、気持ちの上でも満足いただける移動手段だと思う」と、本郷さんは話す。

移動手段の脱炭素化は、これからのG X(グリーントランスフォーメーション)を進めるための大きな課題だ。E Vトゥクトゥクは、その快適さなどの長所を活かし、大きな役割を占めるかもしれない。

経産省の概算要求案 「エネ安全保障の再構築」明記


経済産業省はこのほど、2023年度予算の概算要求案をまとめた。総額は前年予算比13.7%増の1兆3914億円で、一般会計は19.2%増の4186億円、エネルギー対策特別会計は15.2%増の8273億円。エネ特会のうち、エネルギー需給勘定は18.3%増の6534億円で大幅増、電源開発促進勘定は3.6%増の1669億円で微増した。ロシアによるウクライナ侵攻を受け、海外権益の維持や再エネの安定化など、エネルギー安全保障に寄与するとともに、脱炭素効果の高い電源の活用を促す中身となっている。

エネ特会の要求の柱は、「福島の着実な復興」と「国民経済を守りながら、未来を切り拓くためのエネルギー需給構造への変革」の2つ。前者では、①原子力災害からの復興と再生に619億円、②福島新エネ社会構想と福島イノベーションコースト構想の実現に679億円――。後者では、①エネルギー安全保障の再構築に4784億円、②GX(グリーントランスフォーメーション)の実現に4949億円、③地政学的不確実性とカーボンニュートラルに対処するためのグローバル戦略の展開に1150億円――を充てる。

海外権益の維持に注力 GXリーグに20兆円

具体的に見てみよう。

エネルギー安全保障の再構築では、石油や天然ガス、ベースメタル、レアメタルなどの海外権益を確保するためのリスクマネー供給、深鉱、技術開発で871億円を計上。新規予算では、系統用蓄電池などの導入支援による電力網の強化で80億円、電力需給ひっ迫に備えた揚水発電の機能向上とFS調査支援で17億円、海底直流送電の実用化に向けた調査や技術開発で30億円をそれぞれ要求する。高速炉や高温ガス炉などの革新炉の研究開発には119億円を充てる。

GXの実現では、GXリーグの実行に20億円を充てた。政府はGX実現に向け、10年間に150兆円を超える投資の実現を目指しており、GXリーグはその柱の一つとされる。電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)などの導入支援や充電・充てんインフラの整備には、410億円を要求。政府は35年までに新車販売で電動車を100%とする目標を掲げ、骨太の方針にも明記されている。

そのほか、新規に洋上風力発電の適地の基礎調査で45億円、安価な水素の安定供給のための運搬技術や共通基盤技術の確立で89億円、先進的なCCS(CO2の回収・貯蔵)事業の支援で45億円、省エネの深化に1017億円を計上した。

グローバル戦略の展開では、資源国との脱炭素技術などの協力事業による資源外交に155億円、アジアのゼロエミッション化に向けた脱炭素技術の実証・導入、人材育成に100億円を充てた。東南アジアでは電源構成の約8割を化石燃料が占め、他地域と比較して脱炭素化が遅れている。政府はアジアのカーボンニュートラルを促進する「アジア・ゼロエミッション共同体構想」を掲げ、CCSなど関連技術の開発を東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と協力して進める方針だ。

エネルギー政策の変化見えるも今冬の不安ぬぐえず

前年度予算と異なる点は、「エネルギー安全保障」という言葉が前面に出ていることだ。前年度予算案は「福島の着実な復興」と「(前略)エネルギー基本計画の実現等による『経済』と『環境』の好循環」の二本柱であり、後者の筆頭は「イノベーション等の推進によるグリーン成長の加速」、次点が「脱炭素化と資源・エネルギー安定供給確保との両立」だった。温室効果ガスの2050年排出ゼロ、2030年の2013年度比46%削減という目標実現に重点が置かれ、エネルギー安全保障という言葉はない。

ところが、23年度の概算要求では二本柱のうちの一つ「国民経済を守りながら、未来を切り拓くためのエネルギー需給構造への変革」の筆頭に、「エネルギー安全保障の再構築」が明記された。ロシアのウクライナ侵攻を受け、脱炭素という中長期目標の実現に向けた歩みを進めながらも、エネルギー価格の高騰や不安定化する供給網の維持・再構築といった目の前の課題に対処する姿勢が見てとれる。

原子力政策を巡っては政府が8月24日、GX実行会議の第2回会合で次世代炉の新増設・リプレースの検討を柱とする今後の方向性を打ち出し、「可能な限り依存度を低減する」としていた従来から大幅な方針転換を図った。ただ、概算要求で計上した高速炉や高温ガス炉などの革新炉の研究開発費119億円は、政府の方針転換を受けてのものではないとしている。

現在、日本はエネルギー価格の高騰、今冬の電力需給ひっ迫という危機に直面している。政府はこれまでに再稼働した10基に加え、7基の原発については「来夏以降」の再稼働を目指すとしているが、今冬の不安は全く解消されていない。「来年度」予算案の概算要求なので今冬の電力需給ひっ迫とは直接関係ないが、今後も政府・経産省の対応から目が離せない。

【目安箱/8月25日】政府がようやく原子力活用へ転換の意味


政府は8月24日、首相官邸で「GX=グリーントランスフォーメーション実行会議」を開いた。そこで岸田首相は地球温暖化防止と逼迫する電力需給に対応するために、来年の夏以降の原子力の追加の7基の再稼働と、次世代革新炉の開発・建設など「あらゆる手段をとる」と表明した。今までよりも原子力を活用する意向を述べている。

政策転換へ踏み出した岸田首相

原子炉7基の追加再稼働は既定の計画で新しい話ではない。しかし中には政治的にこじれて住民合意が遅れ、動かしづらい原子炉がある。岸田首相は「国が前面」に出て再稼働を行うことを表明した。また原子炉の新設について、岸田首相はこれまで「想定していない」と直近まで述べていた。次世代革新炉の開発・建設に言及したことは、その政策が転換したことになる。そして首相の立場からの、この発言には意味がある。

7月に岸田首相は会見で、原子力の活用を表明しながら、実質的には何も新しいことを表明せず、エネルギー関係者は失望していた。(『【目安箱/7月19日】岸田首相「覚醒」せず 原発再稼働表明のごまかし』)今から考えると、これは一種の「観測気球」で、政策を徐々に転換させる布石だったのかもしれない。各種世論調査でも、7月末の電力危機以降、原子力の再稼働を直近で進めることを求める意見が、その停止を求める意見を上回るようになっている。

◆再稼働、革新炉開発に政府が関与

政府によれば、再稼働の対象になるのは7つの原子炉という。関西電力高の1号機と2号機(福井県)、東北電力女川2号機(宮城県)、中国電力島発2号機(島根県)は、追加工事を行って再稼働を行う。

また東京電力柏崎刈羽6号機と7号機(新潟県)、日本原子力発電東海第二(茨城県)は、地元の理解を得るため国が前面に立って対応するという。柏崎刈羽では、東電社員が保安規定に違反していたことを原子力規制委員会が問題視し、再稼働が遅れている。東海第二では住民避難計画の策定が遅れている。国の関与は、このこじれた問題の解決に役立つだろう。

革新炉については、経産省・資源エネルギー庁の「革新炉ワーキンググループ」が検討を進め、2030年代に実用化する期待を示している。その計画を、政府として支援すると言うことらしい。原則40年とされる原発の運転期間の延長も、岸田首相は表明している。

◆難しい政策の具体化をどうするか?

11年3月の東京電力福島第一原発事故を受け、当時の民主党政権は原子力の低減という政策を打ち出した。12年からの自民党政権は、その扱いを曖昧にしてきた。事故から11年目で、岸田首相の表明で、ようやく国の政策が「原子力活用」に転換した。その点では意義がある表明と言える。しかし、年内に具体的な計画を出すと岸田首相は述べているだけだ。その具体化は、かなり難しい。

どのような型の原子炉を、どの企業が、どこに、どのような資金調達計画で、いつまでに作る――。これを決めるだけでも大変だ。どの電力会社も原子炉再稼働の遅れや電力自由化への対応で経営不振に直面しており、あらたに巨額の費用のかかる原子力発電所を作る余力はない。

革新炉の開発にしても、日本は1970年代から続く高速増殖炉開発プロジェクトについて、16年の「もんじゅ」廃炉で挫折した。この失敗の後始末の途上で、新たに国主導で開発ができる状況にはない。

このように再稼働、そして革新炉の開発は、決めるのが難しいことばかりだ。そして原子力を巡り、反対を含めてさまざまな意見がある。政治的にも風当たりは強そうだ。

しかし原子力発電は、その活用によって、電力需給の逼迫、カーボンニュートラルの達成、エネルギー価格の抑制とインフレ対策など、日本のさまざまな問題を解決できる。決断できないと批判をされ続ける岸田首相の変化を評価し、その先行きを注目したい。

【記者通信/8月25日】来冬に原発17基体制へ 岸田首相「国が前面に立つ」と明言


政府は8月24日に開いた「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」で、原子力発電所の再稼働済み10基の稼働確保に加え、来年の夏以降、設置変更許可済みの原発7基(東京電力柏崎刈羽原発6、7号機、日本原子力発電東海第二原発、東北電力女川原発2号機、関西電力高浜原発1、2号機、中国電力島根原発2号機)の再稼働を追加で目指す方針を確認した。第六次エネルギー基本計画に示された原子力発電比率を2030年20~22%とする目標の達成を目指し、これまでの政府方針を転換する。

また、50年カーボンニュートラル(CN)実現に向けて、小型モジュール炉(SMR)や高速炉、高温ガス炉など次世代革新炉の開発や建設、既存原発の運転期間の延長の在り方についても議論を重ね、今年末までに具体論を取りまとめるとしている。岸田文雄首相はオンラインで参加し「設置変更許可済みの原発再稼働に向け、国が前面に立ってあらゆる対応を取っていく」と明言した。

原発17基体制で「約1.6兆円の国富流出を防ぐ」

これまで政府は原発の新増設、リプレースに関しては「現時点で想定していない」との国会答弁を繰り返していた。しかしロシアによるウクライナ侵攻に伴い、エネルギー安全保障が揺らぐ中、この日のGX実行会議でも、参加した委員からは「足元の需給ひっ迫に対応するためには、原子力再稼働の意思決定はマスト」といった意見が挙がっていた。

GX実行推進担当相名で提出された資料によると、原子力分野では①再稼働への関係者の総力の結集、②安全確保を大前提とした運転期間の延長など既設原発の最大限活用、③新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設、④再処理・廃炉・最終処分のプロセス加速化――に政治決断が必要だとした。

今後の原子力政策については、西日本ですでに再稼働済みの原発10基のうち、最大9基の稼働確保を今冬までに進め、来夏、来冬には設置変更許可済み7基で安全工事の円滑な実施と着実な再稼働(高浜1、2号機、女川2号機、島根2号機)と、地元理解の取り組み(柏崎刈羽6、7号機、東海第二)を国が矢面に立って進めるとしている。計17基が再稼働すれば「約1.6兆円の国富流出を防ぐことができる」(GX実行推進室担当者)という。

20年代半ばには、残る設置変更許可申請中・未申請の原発19基に対し、的確な審査対応や理解確保への取り組み、事業環境整備を行う方針。政府は原発再稼働が加速するよう、今秋までに官民それぞれの対応を取りまとめるとしている。

「今冬の電力ひっ迫は解決せず」と悲観の声も

一方で、足元の課題は山積する。再稼働を目指す設置変更許可済み7基の原発のうち、現状で来夏、来冬の供給力として見込めるのは関西電力の高浜1、2号機だ。50Hz地域の電力ひっ迫解決に寄与する原発では、柏崎刈羽6,7号機、女川2号機、東海第二の3基があるが、「今冬に予想される電力ひっ迫の解消には間に合わない」(電力関係者)と悲観する声が上がる。地元自治体や住民との同意形成も課題で、国から地元同意のための行動を求める関係者は多い。「東電の柏崎刈羽(発電所)だけでも動かせるようになれば話は変わる」(電力関係者)という声も上がるが、IDカードの不正利用や侵入検知器の不具合放置などで、規制委が命じた核燃料移動制限の解除のめどは立っていない。

GX実行会議に参加したある委員は「東日本における原発の早期再稼働と、国が前面に立った原子力政策を行っていただきたい。今日の会議でやっと国と産業界が合ってきた感じがする。官民合わせて、電力危機を乗り越えてGXにつなげていきたい」と話す。今年までに再稼働を加速させる具体的な指針を取りまとめられるかが課題だ。

【目安箱/8月25日】太陽光普及を混乱させる小池都知事の失策


◆説明されない「太陽光と人権」問題

東京都は、新築住宅への太陽光発電設備の設置義務化を検討中だ。小池百合子都知事が自ら政策実現を目指しているという。都はそのP Rのために『太陽光発電 解体新書』というQ&A集を出した。

筆者は再エネを応援する立場だが、この冊子の説明は物足りない。太陽光発電は、年3兆円の巨額な再エネ賦課金の補助金の一部で支えられることや、環境破壊などで住民の反対運動が起きていることなど、今起きている問題を言及していない。問題がある行政文章と思う。

「太陽光と人権」の問題についても、記述が不十分だ。この「Q&A」の19番で以下の質問と回答がある。

「Q・太陽光パネルの生産は中国に集中しており、新彊ウイグル自治区における人権問題が懸念されていますが、社会的な問題はないのでしょうか?」

「A・住宅用の太陽光パネルのシェアが多い国内メーカーのヒアリングによれば、 当該地区の製品を取り扱っている事実はないとの回答を得ています。引き続き、国や業界団体等と連携しながら、SDGsを尊重した事業活動を推進していきます。」

この説明では懸念は払拭されない。IAEAが発表したリポートによれば、現在の新疆ウイグル自治区の太陽光発電の原材料のシェアは40%であるが、世界的な材料不足の中で近日中に95%まで増える可能性があるという。

そして中国製の太陽光発電設備が、ウイグル地区での囚人労働などに関係しているという疑惑が囁かれ、欧米諸国でその輸入禁止が検討されている。しかし中国政府は同地域での調査に応じていない。また、このQ&Aでは日本で流通する太陽光パネルは7割が日本企業の製品と強調しているが、実態は中国での現地生産か、OEM生産だ。太陽光パネルによって、人権侵害が行われているか、何も説明していない。

東京都が太陽光パネルに関して人権侵害と関係していないと調査し、証明を発行すれば、世界にインパクトを与えるだろう。しかし、このQ&Aの解答を見る限りそこまで手間のかかることはせず、単なる「ヒアリング」で終わりそうだ。

◆エネルギー問題が政争の材料になった10年

このまま東京都が新築住宅の太陽光発電設備の設置義務という政策に突き進めば、中国の利益を増やし、人権侵害問題に加担してしまう可能性がある。さらに太陽光普及の問題に、政治や民意を絡め、複雑にしてしまうだろう。

エネルギー産業に関係する人は誰もが、2011年からの10年、業界の制度づくりが政治と民意に左右され、予想できない形に事業環境が激変し、今も続いていることに唖然とする経験を持っているだろう。2011年の東日本大震災と、その後の東京電力の福島第1原発事故の後で、原子力と電力会社への反感でエネルギー政策が動いた。当初は原子力批判だったのに、ガスやエネルギーの自由化に話が広がり、それが拙速に決まったため、今もさまざまな問題が残っている。

2011年までのエネルギー産業は業界、消費者団体、専門家、そして行政の合議で、先行きや制度が決まっていた。その議論では一応、経済合理性が貫かれることが多かった。ところが2011年以降、民意や政治にエネルギー問題が振り回されるようになった。それはメリットも多少はあったであろうが、総じて混乱というデメリットの方が多かったように思う。革新政党などの左派政治集団が、反原発や電力会社批判を、政争の道具に使った。騒いだ人たちは今、エネルギー問題は票にならないためか、別の問題に関心を向けている。とても虚しい。

そして中国は日本の経済、政治でのライバルとなり、その行動は安全保障の脅威だ。同国を巡る問題は、社会的関心が高い。特に、保守派、右寄りの人が中国批判で、敏感に反応する。左ほど組織化されていないが、日本ではネットを中心に強く、安倍政権を支えるなど、政治的影響力も大きい。さらに太陽光パネルは、その設置による自然破壊問題を各地で引き起こしている。

「日本を守る」という問題に敏感に反応する保守派の人は、太陽光と中国の人権という2つの問題が重なった「東京都の新築住宅への太陽光発電設備の設置義務化構想」の問題に反応しやすいだろう。しかも、これまで指摘したように、東京都は「中国」「人権」「太陽光発電」の3つの関係を曖昧にしている。

◆「右」の反応で政治が動いたら?

このまま都がこの政策を進めると、今度は「右」の民意と政治の介入で、問題がどのように転がるか予測がつかなくなる。「左」の民意で原子力とエネルギー業界がこの10年経験したことと、似た状況になるかもしれない。小池都知事は自らの行動で問題を複雑にしている。その政治勘の鈍さに驚く。

これは再エネの事業者にも深刻な問題となるかもしれない。再エネは今、多くの問題を抱えて動いている。地域社会との共生が行われずに反発が日本各所で噴出している、環境破壊の住民の懸念に応じない業者がいるなどだ。業界自らの自主規制も遅々として進まない。そこに、この東京都の行動が加わると、今ある太陽光発電への反発をさらに大きくさせ、中立に冷静に設計すべきエネルギーシステムと再エネ振興策を、政治化させ、混乱させてしまう可能性がある。

東京都の新築住宅への太陽光発電設備の設置義務化の活動は、一見すると太陽光の支援策に思える。しかし実は違う結果をもたらす可能性がある。推進する都と再エネ事業者は、この振興策を取り下げる、もしくは中国と人権問題など、政争になりそうな問題を解決してから政策を進めるべきである。

このコラムで、筆者は再エネに厳しいことを言った。しかし本心は多くのメリットを持つ再エネを日本のために拡大すべきだと、考えている。これは再エネの未来を憂いての苦言だ。

【記者通信/8月22日】独で脱原発政策を転換か 日本が学ぶべきこと


◆ロシア産天然ガスに依存するドイツ

ドイツでは現在、運用中の3基の原子炉の稼働について、22年末に止めると設定した期限を延長するかどうかが、政治的な問題になっている。

原子力発電所の稼働が延長される可能性は高いようだ。社会民主党(SPD)を中心とした左派政党連立政権のショルツ首相は、8月に入り「稼働させ続けることが理にかなっている」と何度か述べ、延期の可能性を示唆し始めた。

【写真】水素発電プラントを視察するドイツのショルツ首相(8月10日、同首相Twitterより)

これは過去20年間ほど続いたドイツのエネルギーと脱原発政策を転換する大きな意味を持つ決定だ。欧州の大国であるドイツの動きはE Uや各国の政策に影響を与えるだろう。ドイツは1986年のチェルノブイリ事故をきっかけに、再エネシフトによる脱原発が主張された。ただし再エネは増えたものの原発の代わりにすることは難しく、ロシアの天然ガスと国産の石炭を使っていた。

状況は変わった。今年2月のロシアのウクライナ侵略によって、ドイツはロシアからの天然ガスの供給を抑制すると自ら発表。ところが2020年には、石油34%、天然ガス55%、石炭45%がロシアからの輸入だった。その輸入量は今年に半減すると見込まれ、今冬にエネルギー不足が発生しそうだ。ドイツ政府は公共の建物内の温度を下げる、公的な活動でのエネルギー消費を削減するなどの対策を発表しているが、それでも冬の電力不足はほぼ確実だ。ドイツの冬は厳しく、エネルギー不足は寒さによる一般市民の健康被害の危険を高める。そのために今後数週間以内に再稼働を決め、冬に備えようとしている。

◆20年比10倍の価格高騰が市民生活に悪影響

さらに電力料金の高騰も凄まじい。2020年、ドイツの卸電力価格の平均値は、1MW/h あたり30.47ユーロ(現在約4184円)だった。ところが今年の7月の平均値は315ユーロ(同43265円)と10倍に跳ね上がっている。ロシアからのガスが減り、天然ガスの調達を他国から行っているためだ。日本の卸売市場価格は現在同20000円前後で、直近では高くなっているが、ドイツはそれよりもさらに高い。この急騰はドイツの市民生活を直撃し、家計への 負担で不満が広がっている。また電力料金の高さと供給不足で産業が停滞して、景気後退の大きな要因になり始めた。

世論も変化した。ドイツ誌シュピーゲルが8月に母数5000人のネットアンケートをしたところ、78%が原発稼働の継続に賛成した。ドイツにおいては、この政策をめぐる政府の方針は曖昧なままだった。供給不足とエネルギー価格上昇という現実の変化が早く、政府の無策が混乱を広げてしまった。

ただし仮に原発が延命されても、いろいろな問題が生じそうだ。各電力会社、メーカーは原子力関係の人員を削減し、それに関連する部品も燃料も作れない。21年発足の連立政権に参加している「緑の党」は、反核・反戦・環境保護の左派系市民運動から出発し、脱原発が存在の思想的基盤になっている。雰囲気が変わった今でも「脱原発」を主張しており、連立政権の崩壊もあるかもしれない。

◆非現実的政策のドイツに何を学ぶべきか

振り返って日本の現状を見てみよう。「ドイツに学べ」という言葉が、東京電力の福島第1原発事故以来、日本で繰り返された。特に再エネの振興策と、脱原発政策を評価した人が多かった。日本で採用された固定価格買い取り制度(FIT)を1990年代から大規模に採用したのはドイツだった。現在はこの形の再エネ支援をドイツはほぼやめている。

ドイツのエネルギー政策は、根本の戦略が非現実的だった。再エネは原子力に代替にならなかったし、政策の矛盾を解決するためにロシアのガスに依存する体質を生んだ。それが今の国際情勢によって大きな弊害になっている。それを一部真似した日本でも、電力料金の高騰と供給不足、さらに原発の稼働の遅れというよく似た現象が起きている。日本はエネルギーを中東からの石油とガスに依存しており、戦争などで供給が止まれば、経済も社会も成り立たない。ドイツのように「原発ゼロ」を決めていないのが救いだが、原子力規制政策の混乱で稼働はなかなか進んでいない。

日本の政府、民間企業にとって「ドイツに学べ」というのは、「ドイツの失敗を学ぶ」という意味で役立つ状況になっている。ドイツの政策の転換と、またその産業と社会への影響を見ていくべきだろう。それを反面教師にすると、エネルギー源の種類と地域の多様化、原子力の活用を行うべきという、日本の進むべき道が見えてくる。

【記者通信/8月18日】西村環境相が会見 「脱炭素化と経済の好循環目指す」


西村明宏環境相は8月17日、専門紙誌の記者と会見し「脱炭素化を進めて経済に好循環を目指そうとするときに、環境省と経済産業省が争っていては達成できない」と述べ、経産省との連携を深める考えを示した。脱炭素政策に伴う経産省との主導権争いについて問われると、「経産省は自分たちの思いを形にしたいだろうし、環境省としても思いがある。しっかり話をして脱炭素化を進める」と調整に尽力する意向を表明。その上で、来年議長国のG7サミット(先進7カ国首脳会議)でのアンモニア、CO2回収・有効利用・貯留(CCUS)の活用といった脱炭素化技術発信や、2050年カーボンニュートラル(CN)実現に向けた再生可能エネルギーの主力電源化を推進すると強調した。

政府部内で議論が進むカーボンプライシング(CP)については、「ともすれば、CPするということが経済に対して足かせになる議論もある。CPで税をかけて厳しくすればOK、みんなそっちに行くというのは少々乱暴なところもある」と述べ、産業界への影響の観点から、CPの一つである炭素税の導入には慎重な考えを示した。西村大臣が、CPとして炭素税よりも排出量取引を重視する姿勢だとすれば、これまでの環境省路線とは一線を画すことになりかねない。今後の議論の行方が注目される。

「ベースロード電源」としての地熱発電に期待寄せる

一方、会見では再生可能エネルギーの導入拡大について質問が及ぶと、西村氏は「小規模水力発電や太陽光発電など、地域ごとの特色にあったエネルギーを確保すれば、地域活性化にもつながる」と、CNによる地域資源を活用した自立・分散型社会「地域循環共生圏」の必要性に触れた。再エネの今後の課題として「ベースロード電源になり得る再生可能エネルギーの開発」を指摘し、その解決策の一つとして地熱発電に言及。「日本の世界有数の地下エネルギー資源国。ベースロード電源になり得ると考えている。技術的な課題もあり主力化の状況はまだだが、個人的に進めてほしい」と期待を寄せた。

現在判明する地熱資源の約8割は国立公園、国定公園の一部であり、温泉による観光業や自然環境の保護と地熱開発のバランスで、難しいかじ取りが求められている。「自然環境を守るのが環境省の本質。ただ環境を守るだけではなく、自然環境を生かし政策を行いたい」と、地熱発電の有効活用に前向きな姿勢を見せた。そのほか、バイオ燃料やバクテリアのエネルギー生成にも言及し、政府の方針である再エネの最大限の導入実現に意欲を見せている。

【目安箱/8月17日】低迷する原子力を救う「司令塔」はどこに?


◆なぜ安倍首相の存在感は大きくなったのか?

安倍晋三元首相が7月8日に暗殺されて亡くなり、その影響は社会のさまざまな場所、国際政治に至るまで広がっている。安倍氏の存在感の大きさを実感するが、ここまでそれが大きくなった理由は何だろうか。

理由の一つは、安倍氏が外交、国家観でグランドデザインを示したことにある。そして、それを示すことで安倍氏個人が日本外交を巡る「司令塔」となり、存在が大きくなった。安倍氏は日米同盟の強化、自由で開かれたアジア・太平洋の構築を訴えた。そのデザインを巡り人々が議論をし、彼の存在感が高まった循環が起きた。実際に安倍氏主導の提言や安全保障法制の整備など政策が具体的な形になって現実を動かしたことも存在感を高めた。

なぜ筆者はこんなことを考えたのか。令和3年度(2021年度)版の原子力白書を読みながら、司令塔も、グランドデザインも不在のままで、混乱の続く原子力発電、原子力産業のことを思ったためだ。

◆意欲は見えるが空回り?原子力白書

令和3年度版原子力白書が7月、閣議に報告された。特集は「2050年カーボンニュートラルおよび経済成長の実現に向けた原子力利用」というもの。内容は、経済との関係や社会的必要性を強調している。

原子力白書は、原子力委員会が取りまとめ、国の原子力政策の方向を記す文章だ。2011年の東京電力福島第1原発事故の後で、発表が一時止まって2015年から再開された。それ以来、「福島の反省」ばかりをテーマにしていたが、今年は雰囲気を変えた。

2020年12月、東大教授だった上坂充氏が原子力委員会委員長に就任した。その上坂氏の問題意識がこの白書では強く出ている。冒頭の序文で上坂委員長は「エネルギーは人間のあらゆる活動を支える基盤であり、誰にとっても他人事ではない」として、「じぶんごと」として捉え、考える必要性を自らの文章で訴えた。

(図)原子力白書概要 (同委員会ホームページより)http://www.aec.go.jp/index.html

しかし、せっかく白書をまとめたのに、メディアの取り上げや世論の関心は少ない。かつて原子力を巡って政府が何か発表すると大騒ぎした一部政治勢力は、今回特に騒がなかった。7月に参議院選挙と安倍首相の暗殺という大事件があり、別の問題に関心を向けた。

そして、この白書に原子力関係者の関心もいまひとつだ。電力会社は、再稼働準備と経営危機、電力不足対策でそれどころではない。メーカーも、原子炉新設がないので、積極的に動けない。

自民党の原子力活用派の中堅議員からは、「原子力委員会に政策をまとめる中心になってほしい。委員会は、白書をもっと目立たせる工夫をしてほしかったし、原子力活用をもっと強調してもよかった」という批判まであった。

◆司令塔探しで、原子力委員会に期待?

とはいえ、原子力委員会と上坂委員長の努力を批判するのは酷だろう。原子力委員会は1956年に設立された。その際に、学者を集めて原子力政策の理論武装と司令塔になることを期待された。しかし日本の行政府は予算が取れる場合には積極的に仕事をとり、問題がある仕事は他所に押し付ける傾向がある。原子力委員会は、1960年代に原子力発電が実用化されると原子力発電関係の権限を通産省(現・経済産業省)に取られ、70年代に高速増殖炉開発計画が持ち上がるとその権限を科学技術庁(現・文部科学省)に取られた。原子力委員会の仕事は核物質管理と政策提言に縮小させられてしまった。

しかし状況は変わった。東電の事故による混乱が収束しつつある今、関係者の間で原子力委員会への期待が急速に高まっている。自民党の議員は選挙があるために、社会に原子力の必要性を訴えづらい。経済産業省・資源エネルギー庁も原発事故の責任を問われ、事故の後に規制部門を分離させられて、権限と社会的信用を失った。東電の事故で行政機関の中では、組織として傷つかなかった原子力委員会が急に注目された。

上坂委員長は「このままでは原子力が衰退する。誰かが引っ張らなければ」という危機感を周囲に話しているという。今回の原子力白書の意欲的な発信は、上坂委員長の意欲と周囲の関係者の期待が背景にあるようだ。しかし白書ひとつでは、物事は動かない。原子力を牽引するグランドデザインが必要だが、それを誰が作り、牽引するかが問題になる。

◆司令塔は見つからないが…

ここで冒頭の安倍氏の活動に戻ろう。安倍氏もいきなり外交でグランドデザインを示し、「司令塔」となったわけではなかった。「美しい国日本」とか「クールアース」などと、スローガンだけを掲げた07年の第一次政権は、病気という不運も重なって何もできなかった。しかし、再チャレンジした12年からの政権では、安倍氏の努力に加え、具体的に政策を動かしたことの積み重ね、そして中国の対外膨張への警戒という国際情勢の変化があり、安倍氏の活動の成果を大きくし、その結果、彼の存在感が大きくなったように思える。

安倍氏の活動は、原子力を含めた、社会問題のあり方に示唆を与える。日本の原子力の復活を関係者が願うならば、この安倍氏の活動のように、原子力の未来を巡るグランドデザインを示して世に問うこと、そして具体的な結果を残すこと、それを指示する「司令塔」が必要なのではないか。

原子力の未来について、ぼんやりとした合意は関係者の間で形成され、政策にもなっている。発電の一定量を原子力発電で行いながら、安全性を高め、核燃料サイクルを稼働させ、高速増殖炉や新型炉などの技術革新を進める。中国とロシアの原子力産業が成長する中で、日本の原子力を自由主義陣営の持つ重要な技術、産業として維持する。そうした足場を固めた上で、次の発展を目指すというものだ。

ただし「司令塔」になる存在は、政治には見えない。岸田文雄首相に原子力、またその長期停止による電力業界や原子力産業へのテコ入れの意志はなさそうだ。民間で、米国において原子力開発で中心になっているビル・ゲイツ氏のような存在もいない。役所は頼りない。原子力委員会がその中心になることは難しいだろうが、政策を練るいくつかの柱の一つになることはできるだろう。

安倍氏のような旗印になる人、期待を言えば司令塔になる存在の登場を待ちながら、できる範囲で原子力の次の発展のためにできる取り組みを重ね、信頼を確保することが原子力の復活には不可欠だ。もちろん、その道のりが険しいことは言うまでもない。

【記者通信/8月16日】JERAがベトナム再エネ発電大手に出資したワケ


火力発電最大手のJERAは8月16日、ベトナムの大手再生可能エネルギー発電事業者「ザライ電力合弁会社」の発行済み株式約35.1%を取得したと発表した。ベトナム国内の陸上風力発電、太陽光発電を中心とした再エネ事業に参画する。出資金額は約150億円で、今後2~3カ月をかけ許認可の取得を行い、出資時期は10月~11月ごろを見込んでいる。

JERA再生可能エネルギー・海外発電開発統括部の沖俊博再生可能エネルギー事業部長は、今回の出資について「アジアの各国におけるエネルギー安定供給と脱炭素化は、非常に速いスピードで動いている。その各国の動きに当社が貢献するとともに、それらの国々の成長を当社の成長に取り込める」とメリットを強調した。出資したザライ電力合弁会社は同国最大規模の開発実績を有しており、パイプラインを含む設備の充実も出資材料に挙げている。

FIT制度の見直し進むベトナム 「Gas to Power」も視野に

一方、2050年温室効果ガス排出量実質ゼロを目指すベトナムの電力市場においては、太陽光発電の固定買い取り価格(FIT)制度が終了。風力発電のFITも見直しが検討されている。現在はファム・ミン・チン首相の指示で、第 8 次電力開発基本計画(PDP8)策定に向けた最終調整が行われている。沖俊博部長は「いまはPDP8の策定を待っている状態。これまでのFIT制度が継続するとは考えていないが、引き続き(ベトナム政府から)何らかのバックアップがあると思っている」と分析する。

JERAは2025年までに再エネの持分出⼒約500万kWを目指す。「今回のベトナム合弁会社出資による再エネ持分出力は19万㎾を想定している。現時点の合計で197万㎾(建設中案件含む)まで進むことができた」(沖俊博部長)。今後は再エネ事業だけでなく、LNGなどの燃料調達から発電までの一体型プロジェクト「Gas to Power」についても、ベトナムで展開していく構えだ。

【特集1】大手電力10社に緊急アンケート 認可時と乖離する燃調の実情


石炭、LNG、石油という発電燃料の調達価格高騰に見舞われる大手電力各社。燃料費調整制度にある上限値の影響はどうなのか。沖縄を含む10社に緊急アンケートを行った。

「燃料費の持ち出しはもはや限界。早く対策を打たないと、財務は危機的な状況に陥りかねない」

大手電力会社の元幹部がこう警鐘を鳴らすように、北海道から沖縄まで電力10社のうち、東京、中部を除く8社が8月分の経過措置規制料金で、貿易統計に基づく直近3カ月間の平均燃料価格(石炭、LNG、原油)が、現行料金策定時の基準燃料価格の1・5倍を上回り、燃料費調整条項の上限に達している。

具体的には、今年2月分でいち早く上限に達した北陸電力の平均価格が基準価格の2・4倍になっているのを筆頭に、関西、中国、四国、沖縄の4社が2倍以上に。7月下旬発表の9月分料金では、九州や東北でも2倍を超える可能性があるほか、東京でも上限に張り付く公算が大きい。残る中部も時間の問題といえよう。

「今後の為替動向にもよるが、少なくとも11月分あたりまでは平均燃料価格の上昇が続く可能性がある。燃調制度に上限値が設けられている意味は、利用者への直接的な悪影響を回避するための激変緩和措置であることを踏まえると、本来は規制料金を改定して実勢に応じた水準に基準価格を見直すのが筋だ」(経産省OB)

現状を見ると、関西以外の9社は現行の料金改定を行ってから10年前後が経過。中には基準価格を策定したのが15年前という事業者や、料金策定時から電源構成が大幅に変わった事業者もあり、総じて「燃料原価の洗い替えは避けて通れない」(市場関係者)状況となっている。

収支に大きな影響も 基準価格が現状と乖離

そうした中、本誌は燃調の実情を探るべく、7月上旬から中旬にかけて大手電力10社へのアンケート調査を実施した(匿名回答、うち1社は諸事情で回答見送りのため有効回答は9社)。

まず、燃調の上限値が義務付けられている規制料金が、低圧・電灯部門の販売電力量の中でどの程度の比率を占めているのかを聞いたところ、各社で大きく差が出た。ある電力会社では70・2%と高い割合を示す一方、スイッチング競争が激しいと言われる管内では約10%と回答したところも。各社の平均で見ると、販売電力量の5割程度が依然として規制料金の影響下に置かれている状況が浮かび上がった。

燃調制度の上限値による収支への影響については、6社が「大きな影響が予想される」と回答した。一方で回答の差し控えや、「経営への影響を慎重に見極めている」(F社)と推移を見守る事業者も見られた。

平均燃料価格の構成内容が基準価格策定時と比べてどうかについては、6社が「乖離が進んでいる」と回答。基準価格策定時から時間がたっている事業者ほど、燃料原価の洗い替えが急務の様子がうかがえた。乖離の原因では、「原子力発電の長期停止」「新規火力発電の運転開始」が多く、A社とE社は「経年火力の休廃止」、I社では「再エネ導入量の増加や石油火力の稼働減少」を挙げた。

本来は料金改定が急務 時限的に上限適用除外か

現在の燃料費高騰を踏まえ、規制料金についてどのような対応が必要かに関しては、「値上げ改定」「値下げ改定」「上限廃止」は1件もなかったものの、およそ半数の事業者が料金見直しの検討を示唆。経済産業省審議会や電力ガス取引監視等委員会における料金制度の議論を見極めてから行動するという回答が目立った。

「燃調の上限に達した大手電力では、7月下旬の2022年度第1四半期決算発表に合わせて、今後の方向性を明らかにする可能性がある」(大手電力関係者)。本稿執筆時点(7月21日)で具体的な見通しは不明だが、今後の対策について事情通はこう話す。

「収支が赤字の場合、本来やるべきは値上げ改定だが、それだと査定・認可の手続きなどで相当の時間がかかる。他方、届け出で済む値下げ改定によって基準価格を見直し、燃調上限を実質的に引き上げる方法は、経営効率化の成果を対外的に示し、利用者の納得感を得る意味で有効。ただ、値下げできるほどの原資が確保できるのかという問題も。そう考えると、国が緊急時の措置として燃調上限を引き上げるか、適用を除外することが、業界にとっては最善の策になるのかも」(前出関係者)

四国電力は19日、低圧の「自由料金」を対象に、燃調の上限を廃止すると表明した。東北電力も自由料金の値上げを検討中。「今後、規制料金の上限も見直さなければ、自由料金との逆転現象が発生し、割安感のある規制料金に需要家が戻る可能性も。いわば自由化の逆行になりかねない」(前出OB)

総括原価時代の規制料金が経過措置として現存する以上、原価構成は実態に即したものにする必要がある。利用者負担の増大を抑えたいという事情も分かるが、電気料金の適正化は事業者の責務だ。当面の動きが注目される。

【記者通信/7月29日】革新炉開発の行程表など提示 経産省WGが中間取りまとめ


経済産業省は7月29日、小型モジュール炉(SMR)や高速炉、高温ガス炉など革新炉の開発、導入を議論する有識者会合「革新炉ワーキンググループ(WG)」の第4回会合を開き、革新炉開発のポートフォリオや導入に向けた技術ロードマップなどを盛り込んだ中間取りまとめを報告した。WG座長の黒﨑健・京都大学複合原子力科学研究所教授は「『革新炉』という言葉一つをとっても、皆さんイメージするものが違う漠然としたものだ。それでも中間取りまとめという立場で、現時点で出来るところはまとまった」と話した。

この日の会合では、経産省事務局が「カーボンニュートラルやエネルギー安全保障の実現に向けた革新炉開発の技術ロードマップ(骨子案)」を提示した。第1回~第3回WGでの議論を基に取りまとめたロードマップ案には、革新軽水炉、SMR、高速炉、高温ガス炉、核融合炉のそれぞれについて、2040年~50年ごろの導入に向けた具体的な年数や行程を記載。各革新炉における原子力サプライチェーンによる市場獲得戦略案や三段階評価による開発ポートフォリオなどを明示した。

三段階評価による革新炉開発のポートフォリオ(革新炉開発ロードマップ案より)

開発を巡る課題には、①革新炉開発にかかわる方向性の明瞭化、②開発予算・施設の整備、③革新炉開発を支える事業環境の整備、④開発の司令塔機能の強化、⑤サプライチェーンの維持・強化――を挙げている。黒﨑WG座長は「目指すべき方向性、道筋を示すことができた。また年月が記載されたスケジュールは(革新炉開発へ)非常に大きな一歩だ」と、今回の取りまとめを評価した。

「なぜ革新炉が必要か」継続議論を求める声

この革新炉ロードマップ案を巡って、WGに参加する委員からはさまざまな意見が出た。慶応大学の遠藤典子特任教授は「全体について大いに賛同したい。エネルギー安全保障がなければ脱炭素がなし得ない、という現実的な現状認識がなされた。経済安全保障からのサプライチェーンの問題、雇用貢献にも言及した」「革新炉ロードマップに運転稼働時期のめどを表記していることも高く評価したい」などと強調。経団連資源・エネルギー対策委員会企画部の小野透会長代行は「わが国の革新炉開発の予算は、東日本大震災以降落ち込んだままだ。震災前に日本がリードしていた分野も、現在は中露の後塵を配する危機的状況。経済安全保障分野からも看過できず強く懸念している」と述べ、国による方針の明確な提示を求めた。

日本原子力研究開発機構の小伊藤優子氏は「原発事故以降、原子力の開発議論がなかなかできなかった。その状況で出すこの報告書は、中間報告とはいえメッセージ性がある」と分析する。今後の課題に関しては「国民の理解なくして開発はできない。多くの人が福島事故の記憶が残る中、ロシアによるザポリージャ原発への攻撃や国内電力ひっ迫などに直面し、どう考えればいいのか悩む国民も多い。そうした状況で(革新炉開発を)進めるには『なぜ革新炉開発が必要なのか』に応え続けなければならない」と、継続的な議論を求めた。

「国の方針と矛盾」「主観願望に寄る」の指摘も

一方、原子力資料情報室の松久保肇事務局長は「ロードマップ案では2030年代中ごろから新設することになっているが、エネルギー基本計画や政府答弁などにある原発の新設・リプレースは現時点では検討していないという方針と矛盾している。国の一大方針転換なのに、WGで提示するものとしてはふさわしくないのでは」と疑問を呈した。課題に関しても「司令塔機能の強化に関しては、誰が立ち上げるのか、誰が予算を仕切るのか、誰が責任を取るのかなどの説明がない。ポートフォリオについても評価基準があいまいで主観願望に寄ったものだ」と指摘している。

これに対し、経産省事務局は「今回の資料で政府の方向性を定める、というものではない。意見が一巡した段階での中間的整理」とWGの立ち位置を説明。「WGは専門家の会合で忌憚なき意見をいただくよう設定した場。今までの議論の中でさらなる深掘りが必要な内容もある」と引き続き議論を掘り下げていく方針を示した。今後は経産省の原子力小委員会で、WGでの意見や議論を報告するとしている。

【記者通信/7月26日】「原子炉を作る」ベンチャーの壮大な夢・ブロッサムエナジー


「自力で原子炉を作る」。壮大な夢を掲げるブロッサムエナジー(東京都文京区)というベンチャー企業が2022年4月に創業した。

日本の独自技術である高温ガス炉を2035年までに建設する目標を持つ。2011年の東京電力の福島第一原発事故以来、閉塞した状況にある日本の原子力や電力業界を変えるだろうか。

ブロッサムエナジーを創業した2人。左がCOOの近岡旭さん、右がCEOの濱本真平さん

◆原子力研究者が挑む起業

創業したのは、濱本真平さん(45歳)と、近岡旭さん(27歳)の2人だ。これまでエンジェル投資家とベンチャーキャピタルから約1億円を集めた。

濱本さんは、国の機関である日本原子力研究開発機構(JAEA)に勤め、新型原子炉の研究を行っていた。その商業化の研究を目指した。しかしJAEAは公的機関であり、ビジネスに結びつくことが行いづらい。「日本が育ててきた技術を実用化して、日本をエネルギーが安く安心して使える国にしたい」という使命感から、起業の思いが強まった。

起業への模索、人探しをする中で、東大の大学院に在籍していた研究者だった近岡さんと知り合った。近岡さんが原子力を学んだのは、東京電力の事故直後で原子力専攻の学生たちが悩んだ時代だった。学友たちの間には、別の分野に進む人がいた。近岡さんはそうした中でも学び続けた。「原子力を活性化したいという希望があり、ビジネスにも興味があった」ことから、起業という挑戦に参加した。

◆日本の独自技術「高温ガス炉」

ブロッサムエナジーの提案する高温ガス炉(イメージ)

高温ガス炉は米国などで1960年代に構想された。しかしJAEAは独自にその技術を発展させ、ほぼ国産の技術になっている。高温ガス炉は中国も官民一体になって実験・実証をおこなっている。軍事利用から始まった軽水炉の商業化が先行して世界に広がり、今になって高温ガス炉は新技術と注目されるようになった。中国も実証実験を行なっている。

高温ガス炉は核分裂反応を利用するが、その反応を調整する減速材として黒鉛を、冷却剤としてヘリウムガスを採用している。核燃料は耐熱温度1600度を超えるセラミックで覆い、炉内構造物も同2500度以上の黒鉛を用いている。耐熱性に優れるために事故が起こっても熱による炉心の損傷が起こらないとされる。また冷却剤のヘリウムガスは化学反応が起きにくく、軽水炉で起きる可能性がある水素の爆発、水蒸気の爆発が発生しづらい。極めて安全性に優れた原子炉だ。

JAEAは茨城県大洗町で研究炉「HTTR」を運営している。熱出力3万kW(仮に発電設備を付けた場合、電気出力で約1.5万kW)の小型の炉だ。1998年に初臨界に達し、ガスの高温化、安全性などの実験を重ねている。

◆経済性、安全性で多くのメリット

同社の技術を使えば、ニーズに合わせた設計が可能で、小規模の炉から30~40万kW程度まで出力を増やすことも可能だ。試算では、同社の作る高温ガス炉の発電単価は1kWh(キロワット時)あたり7円程度となり、これはさまざまな電源の中では極めて競争力が高い。また水素の製造、海水の真水への蒸留などのプラントも作れる。

また安全性は、この原子炉の大きなメリットだ。2011年の東電の事故以来、一般の人々の原子力への不安と批判が、原子力発電所の運転や新設を停滞させている。高温ガス炉は、仮に建設されることになったら、その安全性ゆえに、今の原子力発電所が直面するような世論の反発は起きないかもしれない。また既存の原子力発電では、発電所の周辺住民の避難の準備、原子炉の安全対策、理解活動など、その運営には膨大な手間と費用がかかる。それも減るだろう。

「高温ガス炉はHTTRで、すでに運用されている。また原子力規制委員会の厳しい安全審査にも合格している。検討されている新型炉で一番実用化に近い。そしてコスト、安全性、経済性でも軽水炉と競争できる」と濱本氏はメリットを強調する。

◆日本の原子力、復活の夢

ここ数年、世界各国では原子力発電が再注目されている。温室効果ガスを排出しないために気候変動を抑制する重要な電源として期待されている。さらにウクライナ戦争によって、経済安全保障の観点から、ロシアのような石油・ガス産出国に頼らない電源としても、評価が高まった。

著名な慈善活動家で、ビジネスで成功を収めたビル・ゲイツ氏が、新型炉の研究に参入。英仏など各主要国も国家目標として新型炉の開発を掲げている。日本では政府の動きは鈍い。ただし日立、東芝、三菱重工業など巨大メーカーが独自技術により、新型原子炉の開発構想を示している。こうした大企業と濱本さんらは競うことになるが、高温ガス炉の技術メリットを生かせばば、「勝ち残るチャンスはある」と述べる。

日本はかつて原子力では、研究、開発とも世界の最先端を走っていた。ところが2011年の福島事故での原子力への不信感の高まりに加え、高速増殖炉の研究炉もんじゅの失敗が発生して新型炉の研究も行き詰まった。日本の原子力は、技術でも、建設量でも、他国に追い抜かれ、産業としての原子力は今、「衰退」が囁(ささや)かれている。

濱本さんの夢は、そうした流れを変えることだ。「私は国の機関で研究をさせていただいた。日本の原子力技術を発展させ、それを使った原子炉を日本で作りたい」という。英語で「桜(ブロッサム)」を社名にしたのは、それが日本を代表する花であり、日本の技術を使う日本の企業であることを強調するためだ。

ブロッサムエナジーの2人の夢を聞く人は、誰もが揃って「応援したい」と述べるそうだ。しかし原子炉を作るのは大変で、即座に建設計画が動き出すわけではない。「私たちも夢ばかり語らず、まず自ら力をつける。特許をとり設計を進め、我々が主体となって許認可を取る」と、濱本さんは事業計画を描く。

志を持つ起業家が、日本の技術を使い、ビジネスによって人々の生活を豊かにする。しかも、元気のなくなったエネルギー・原子力産業での挑戦だ。研究者2人の夢を聞きながら、この実現を、2人と日本のために祈った。

【記者通信/7月25日】供給網強靭化へ各国協力 原子力産業は「困窮状態」


経済産業省は7月21日、米国など18カ国がオンラインで参加したサプライチェーン閣僚会合に萩生田光一経済産業相が出席し、サプライチェーン(供給網)強靭化に関して議論、共同声明を採択したと発表した。

閣僚会合ではブリンケン米国務長官やレモンド商務長官が冒頭に発言。その後、短期的なサプライチェーンの寸断や長期的な強靭性の構築に関して議論を行った。経産省によると、萩生田氏からは「サプライチェーン強靭化の透明性、多様性、安全性、持続可能性の4原則を支持」「ウクライナ情勢で影響受ける物資確保の緊急対策を実行」「経済安全保障推進法施行を通じた戦略物資のサプライチェーン強靭化対策の推進」「同志国との連携、信頼性に担保されたサプライチェーンをグローバル展開する議論に貢献」――などを発言したという。共同声明では各国が透明性、多様性、安全性、持続可能性の4原則に沿って、国際協調を促進、長期にわたり強靭なサプライチェーンを構築する意思を確認した。

経産省は今年3月から「戦略物資・エネルギーサプライチェーン対策本部」を設置。ロシア産の石油、LNGといったエネルギーや希少金属など、重要物質の安定供給確保に向けた緊急対策を取りまとめていた。日本のエネルギー関連品目におけるロシア依存度は、石油が3.6%、LNGが9%、一般炭が13%程度だが、LNGは国内の民間備蓄能力に限界があるため、サハリン2プロジェクトの今後を含めロシア産エネルギーの輸入が止まった場合、わが国の電力・ガス安定供給に支障が生じる可能性が高い。6月には「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の貿易分野に関する非公式閣僚級会合を開催し、中国・ロシアをけん制しながら、グローバルサプライチェーンの再構築を進めていた。

原子力産業協会が提言 「サプライチェーンは困窮状態」と警鐘鳴らす

一方で、国内原子力産業のサプライチェーン維持の問題は深刻だ。日本原子力産業協会の新井史朗理事長は7月22日に行われた定例会見で「原子力サプライチェーンは困窮状態にある」と指摘。原発の増新設やリプレースを含むサプライチェーンの維持、強化に関する提言を取りまとめた。

協会は提言に先立ち、原子力産業に携わる企業へのアンケートなどを実施。再稼働の遅れによるサプライチェーン企業の撤退や技術損失といった課題を整理した。提言では①早期再稼働のためのあらゆる取り組みの実施。②新増設・リプレースを明記したエネルギー計画の明示。③新増設・リプレースに投資が可能な事業環境整備。④大型軽水炉を含む革新炉の技術開発や実証事業への支援拡大。⑤機器や部品の輸出振興に関する包括的支援策の検討――の5項目を明記した。今後の課題には安全審査の効率的な実施や技術力の維持、人材育成のために学生を引き付けるプロジェクトとして、原子力産業を魅力的にすることなどを挙げている。新井理事長は「電力の安定供給と脱炭素を両立するには新増設・リプレースが必要。そのためにもサプライチェーンの維持強化が必要だと今後も訴えていく」と話している。