ドイツとロシアを結ぶ天然ガスパイプラインの「ノルドストリーム」の爆破を巡って、3月に世界中が大騒ぎになった。米国の関与説、親ウクライナ組織の関与説が報道されたためだ。その後の続報がないために、3月下旬に入って騒動は下火になったが、真相は謎のままだ。日本ではあまり報道されていないが、この事件はエネルギービジネスと、戦争の難しい関係を示している。
◆爆破事件の概要
ノルドストリームの爆破事件を簡単に振り返ろう。
2022年9月、バルト海を通り、ロシアからドイツに天然ガスを輸送するパイプライン「ノルドストリーム」が構成する導管2本の両方、ほぼ完成した「ノルドストリーム2」の導管2本のうち1本が破壊され、使用不能になった。
ノルドストリームは、ロシアのガス会社ガスプロムやドイツのエネルギー企業などが出資し2011年から稼働した。しかし2022年2月からのウクライナ戦争の後に、定期点検を名目に同年8月にロシアはガス供給を停止した。そして、この事業によるガスの購入が批判されていた。爆破事件の後で、供給は再開されていない。また同社サイトを見ると、パプラインの復旧状況を含めて、現状は広報されていない。
ほぼ完成に近かった、もう一つの近くを通るロシアからドイツまでのパイプラインのノルドストリーム2は、ドイツのショルツ政権が、ウクライナ戦争直後に事業の認可をせず、そのままになっている。ノルドストリーム1は、2021年にはドイツの輸入天然ガスの3割を供給し、同国のロシアへのガス依存を強めていた。
爆破事件の犯人3説 ロシア、米国、親ウクライナ勢力
爆破事件では、当初、現場海域近くのデンマーク、スウェーデンと当事国のドイツの捜査機関が関わったが、途中からスウェーデンが理由を示さずに捜査から抜けたことが発表された。ロシアは捜査関与を両国から拒否された。
当初は、西側からロシアの犯行との見方が示された。特にウクライナがそれを主張した。
今年2月になって、米ジャーナリストのシーモア・ハーシュ氏が自分のサイトで、この事件は米国が行い、ノルウェーも支援したと発表した。バイデン大統領の決定によるものだという。22年夏のNATO軍のバルト海での演習の際に爆弾を設置し、3カ月後に爆破させたそうだ。ロシア政府はこの情報に反応し、国連安全保障理事会の会議などでも追及したがアメリカは否定した。
そして米ニューヨークタイムズが3月7日に、親ウクライナ勢力説を伝えた。米国当局者の話として、ウクライナを支援するグループが行ったようだが、ウクライナ政府が関与している証拠はないとしている。ただし続報はない。またウクライナ政府は関与を否定している。
どの犯人説にも決め手なし
一連の報道や各国政府、ノルドストリーム社の広報を見ると、犯人はわからないとしか言いようがない。
普通に考えて、ロシアがノルドストリームを破壊する利益は乏しいように思える。ドイツにガスを供給していた方が金銭的利益は出るし、それによってドイツに影響力を及ぼせるからだ。プーチン大統領は2月のロシアのテレビインタビューで、親ウクライナの勢力が実行した可能性があるとする報道については「全くのナンセンスだ」と指摘。「素人がこうした行為を行うことはできない。このテロ行為は極めて明確に国家レベルで行われた」と主張し、米、ウ国政府の関与があると考えているとほのめかした。
ウクライナにとっては、ドイツ・E Uとロシアのエネルギー面での関係を断つため、破壊する意味がある。しかし、本国から離れたバルト海で、こうした破壊活動を隠れて行うことは難しい。またドイツはゆっくりではあるがエネルギー資源の購入をロシアから減らしている。そうした中で、ドイツ企業の資産であるノルドストリームを破壊したら、有力な支援国であるドイツとの関係は悪化するだろう。
米国はどうだろうか。前出のハーシュ氏は独露関係の悪化を米国が狙ったとされる。しかし、そのために米国が、爆破をするかは疑問だ。ハーシュ氏はスクープ記者として知られるが、飛ばし記事も多い。また一連の情報を、自分の有料ブログと米英で「極左」と認識されるメディアで情報を公開しており、その発する情報は少し偏向している。エネルギー的な観点でみれば、むしろウクライナ南東部にある大規模なシェールガス田開発との関連を疑ったほうが自然かもしれない。
戦争まで含めて「まさか」を考える必要性
真相は結局、しばらく分からないままだろう。しかし、この事件は、日本のエネルギー産業に、さまざまな教訓を与える。
ここから得られる教訓はなんだろうか。E Uとロシアのエネルギー面での結びつきが、政治面だけでなく、物理的な面でも減ったということだ。地政学的側面では、ロシアが世界経済で日本も属する自由主義陣営から切り離され、それが長期化しそうな気配だ。エネルギー面でも、中露とそれ以外の二極化を考え、ビジネスを組み立てるべきことになる。
またエネルギービジネスと政治の関係の難しさも明らかになった。今回のウクライナ戦争では、このノルドストリームだけではなく、エネルギーインフラが狙われている。ノルドストリーム社は事業が停止し、今後が危ぶまれている。また原子力発電所が攻撃されている。本格的な破壊は行われていないが、ロシアは恐怖を与えるために、脅しで攻撃しているようだ。また昨秋にロシアがエネルギーインフラを攻撃して破壊し、今年の冬はウクライナ各地で、同国民は電力不足に苦しんだ。
戦争において、エネルギー産業は、敵対国の軍に狙われる。それは民間企業で対応できるものではない。しかし、それでもできること、リスクを少なくする方法を考えるべきであろう。東日本大震災の後で、自然災害などで「事業継続力」が話題となった。この面で、日本のエネルギー産業はこれまで準備とノウハウを蓄積していた。今までの対応をより深めるだけで良かった。しかし「戦争」、もしくはそこに至らないまでも「テロ」「外国勢力の武力行使」という次元の違うことにも、準備を始めたほうがいいだろう。
原発では、自衛隊や警察との連携などの動きが出始めている。しかし、その他のインフラの防衛、警備は手付かずだ。東アジアの国際情勢の緊張が増す中で、ノルドストリームと同じように、謎の破壊工作に直面していく可能性がある。また、現時点では可能性は低いものの、東アジアの「有事」の際には、攻撃され会社の設備が破壊される可能性がある。
エネルギー産業の中の人にとっては、そこまで考えろというのは酷な要求かもしれないが、それほどの産業が社会の中で重要かということでもある。