前稿(7月13日・論考「サウジアラビア悪玉論の的外れ」)で論じたとおり、昨年11月および今年5月のOPECプラス原油減産は、基本的に市場志向的な動きであり、昨年の供給過剰を解消して世界需給の均衡回復を図るものと理解できる。いわば動くストライクゾーン目掛けて球を投げ込むようなもので、昨年11月に「ど真ん中」と思って投げ込んでみたら、(世界需要増の減速で)ストライクゾーンが下がりそうなので、今年5月には低めの球でストライクを取りに来た。

ところが予想を裏切って、原油先物・スポット市場の反応は鈍かった。5、6月と続けてブレント原油価格はバレル当たり約75ドルと、昨年来で最低水準を記録。低めのストライクのはずが、高めのボールと判定されたようなものだ。
これに反発するように、サウジラビアは7月以降、単独で追加減産(日量約100万バレル)を始めた。他のOPECプラス参加国(特に前稿で「グループA」とした中核集団)が同調しなかったのは、やがて生産調整が価格に反映されると見たからだろう。サウジアラビア石油相による「投機家」に対する攻撃的な発言も伝えられ、この単独減産に関しては短兵急に自力を頼む衝動性が感じられる。
なぜサウジの主導権が強まったのか
ところで、サウジにとって、ロシアの対ウクライナ侵略戦争開始後の国際石油情勢は、何を意味しているだろうか。
まず第1に、産油国・サウジの主導権が強まった。
日量1000万バレル以上の原油生産能力を有するのは、世界にサウジ、米国、ロシアしかない。この「ビッグ3」のうち、(IEAによる9月時点の見通しによれば)米国の原油増産量は22~23年平均で日量70万バレル弱と決して小さくないが、来年はこの半分程度に減速と目されており、もはや生産量を倍増以上させた10年代当時の勢いはない。そして今、有事のロシアに生産能力増強の見通しは立たない。
OPECがロシアを筆頭とする非OPEC・10ヵ国を巻き込み、OPECプラスとして原油生産調整を開始したのは2017年初頭だが、これは油価低迷期の当時、OPEC・非OPEC参加国双方に、互いの生産量を縛る誘因が強く働いたためだ。平たく言えば、OPECプラスは競合する産油諸国が互いの生産抑制を図る「足の引っ張り合い」の集団である。ロシアがウクライナ侵略の暴挙に出て自ら招いた生産制約は、サウジの立場を強めた。
産油国間競争から脱落したのはロシアばかりではない。前稿で、OPECプラスのうち生産量が目標量に及ばない11ヵ国をまとめて「グループB」としたが、これも脱落組である。
OPECプラスは20年5月に、コロナ禍による未曽有の需要収縮に対応して日量約1000万バレルの大減産を行ったが、その際に基準としたのが18年10月時点の生産実績(日量4400万バレル弱)だった。21年7月までに日量3800万バレルへと回復させた後、OPECプラスは生産枠を毎月、日量約40万バレルずつ引き上げていき、遂に22年8月の目標量を当初の基準量にまで戻した。しかし投資不足に苦しむグループBの実生産量は基準量(すなわち約4年前の実績)に遠く届かず、これら産油諸国の落伍は明白となった。
さらに、イランの石油輸出は米国の課す経済制裁下に長く低迷し、「失敗国家」化したベネズエラにも顕著な増産の見通しは立たない。一国また一国と、他の有力産油国が生産停滞に陥る中、サウジアラビアの影響力が強まる。ちなみみに「グループA」の原油生産量の4割以上を同国が占めている。
混乱する西側の対応 結果的にサウジを利する
第2に、協調すべき西側の石油政策が、独善的で混乱している。
サウジにとっては、原油価格の暴落も暴騰も、共に望ましくない。石油危機の事態は各消費国を脱石油に走らせ、不可逆的な需要の喪失を招くからである。ロシアをOPECプラスにとどめ、意思疎通を図る意義は、そこにもある。実際、サウジは昨年を通じて常に日量100万バレルを超える原油生産余力を堅持したが、これは国際石油市場の暴走を防ぐ上で適切な措置だった。しかし国際石油秩序の維持はサウジ単独で担い得るものではなく、特にこれまで共同の担い手であった米国をはじめ西側の同調が必要である。
しかし西側の対応は一貫性を欠き、混乱していた。実体的な石油供給途絶がないにもかかわらず、昨年に西側は米国主導下に国家石油備蓄を大量(日量約100万バレル)放出し、石油価格抑制をその目的として公然と掲げた。いわば防火水槽に貯めた水を、火事も起こらぬうちに勝手に転用して放出したようなもので、明らかに規範に反していた。さらに非ロシア世界全体が致命的にロシア産石油輸入に依存する中で、西側は自らの輸入源をロシア外(北・中南米、中東、アフリカなど)に振り替えておきながら、ロシア石油の海上輸送保険には制裁を課して他国の石油確保を脅かした。妥協策としてロシア石油海上輸出価格に上限を設定したが、制裁回避のための「影の船団」がぞく生して石油輸送を不必要な危険にさらした。
西側には「脱石油」政策はあっても有効な石油政策がない。5月のG7広島サミット首脳コミュニケに「石油」という単語が一度も使われなかったことは、これを象徴している。この石油政策の不在の中で、西側が次々に打ち出す方策(目的外の大量備蓄放出、対ロシア海上石油輸送制裁と上限価格、および日本の巨額の国内石油価格補助)は、いずれも石油供給逼迫時における対応能力を削ぐものばかりだ。
この西側の思考の混乱振りは、国際石油秩序維持を図る上で、事実上サウジへの依存を深めたことを意味する。ここでも同国の主導権が増した。
小山正篤 石油市場アナリスト















