市場のゆがみ、多重委託、財政規律の弛緩……。一連の補助金にはさまざまな弊害が生じている。
会計検査院でこの問題を指摘した田中弥生前院長は、血税の使い方に警鐘を鳴らす。
【インタビュー:田中弥生 会計検査院前院長/東京大学公共政策大学院客員教授】
─エネルギー代補助は価格低下に効果をもたらしたのですか。
田中 ガソリン補助金は元売りに補助金を入れるため、価格が抑制されたのかが分かりにくい構造になっています。他方、電気・ガス補助金は小売り事業者に直接補助金を出し、その分を価格に反映するので、価格抑制状況は確認しやすいです。
投入したガソリン補助金が適切に使われたかどうかについては、財務省や資源エネルギー庁が調査を行い、投入した補助額ほど価格が下がっていない事実が明らかになりました。例えば財務省は2022年3~7月までのガソリン販売実績を基に、補助金によるガソリン価格の抑制効果を機械的に推計しました。すると補助額が価格抑制額を110億円上回ることが判明したのです。財務省はこの結果を受け、エネ庁にサービスステーション(SS)の価格調査を行い、補助金の価格転嫁を促すよう求めました。会計検査院はこの補助金が適切に使われているかを検査しました。
22年2月~23年3月までの補助金投入額と価格抑制額の比較を行いましたが、200億円ほど補助額が抑制額を上回っていました。とはいえ、SSのガソリン価格は小売り事業者が決めています。物価も変動していますし、補助額が抑制額を上回っていたからといって、補助金の効果が全くなかったとまでは言い切れません。
電通の次は博報堂 1カ月の委託額は14億!
─経済への影響を評価しないまま続けている印象を持ちます。
田中 エネルギー価格はわが国の生産活動に広く影響するので、経済活動にどのようなプラス、マイナスの影響をもたらしているのかの検証が必要です。例えば、補助金が物価上昇率やインフレ率の抑制につながっていたのか、脱デフレ政策と矛盾をきたさないかなどです。そのエビデンスは、政策立案の根拠になるはずです。
実際、経済活動にネガティブな影響も出ました。電力先物取引は、補助金によって価格が抑制されたために取引が停滞してしまったのです。本来、市場で形成されるはずの価格に、政府が長きにわたり介入することで市場活動をゆがめていないか。こうした視点からも、政策を見つめ直す必要があります。
─会計検査院は補助金業務の多重下請け構造を指摘しました。
田中 ガソリン、電気・ガスともに、補助金の事務局を受託したのは博報堂でした。大規模な作業だったからでしょうか、複数にわたって再委託を繰り返していることが分かりました。再委託は80%を超えるものもあり、かつ多重となっていました。
新型コロナ禍の持続化給付金で電通の多重委託が問題となり、以前からあった委託のガイドラインが強化され、50%を超える委託・再委託には、妥当であることを証明する説明責任が求められています。会計検査院は再委託時の記録を確認しましたが、抽象的な表現の説明のみで、審議プロセスの資料は残されていませんでした。再々委託になると見積書が見つからないというケースさえありました。
─ほかの問題についても教えてください。
田中 電気・ガス補助金では、料金値引きによって「小売り事業者のキャッシュフロー上問題が生じる」ということで、博報堂が小売り事業者にお金を前払いしていました。すると博報堂は、事業者が倒産してお金が戻ってこないリスクを抱えることになります。そこで「保険(信用保証)」をかけることにしました。ところが、保証料の毎月の支払額をチェックすると、補助金の額以上に保証額を計算している月があったのです。しかも、保証料は業務の間接経費の算定対象に含まれ、その額は約4億円に上ります。エネ庁は保証料がかさむと判断し、委託先をデロイトトーマツに変更しました。1カ月当たりの委託額は博報堂が14・5億円、デロイトは2億7000万円です。
ガソリン補助金では、説明がつかない支出が存在しました。博報堂の再委託先で、小売価格の悉皆調査を受託しヴァリアス・ディメンションズ社には約62億円が支払われていました。この調査は補助金の額を算定する際に用いられるはずでした。しかし、同社の調査結果は全く使われていません。結局、エネ庁のサンプリング調査が補助金額の算定に用いられていたのです。サンプリング調査の方が信頼性は高いと思います。その意味でこの調査にかかる委託の必要性には疑問が残ります。